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[36] ●二次小説書き殴りスレッド●
   
日時: 2014/08/26 01:28
名前: ぼくたちはここにいる ID:6fNiCsC6

 昨今のストテラ利用者減少を憂い、
 人は増やせなくとも、せめて一箇所に人を集められないかと考え、
 ぼくもの板にある「●みんなでぼくものリレー小説●」の内容を丸パクリし、
 一部変更を加えたスレッドを作成してみました。

 題名どおり利用者一人一人が、ゲームが原作の二次小説を書き殴って行くスレッドです。
 ただし長編を書きつづるのではありません。
 一話完結の短編を書くのです。
 ただし、どのゲームの小説を書いたのかは、どこかに記しておきましょう。
 どのゲームだったのか分からないと読む方も困りますし。
 ……といった感じです。どんなゲームでも構いません。

 他の人の書いた小説に批評・感想をつけたい場合は、
 その小説にリンク(>>00)等をつければ、御自由に批評・感想をつけても構いません。
 批評・感想のみの書き込みでも構いません。
 ただし雑談・討論等での使用はやめてください。

 後は、ト書きだろうが、匿名だろうが、ヤマもオチもイミもなかろうが、一向に構いません。
 基本的なマナーと規約を守るだけ。
 あとは好きにしてね。

 ※質問には答えられません。自分で空気読むなりして考えてください。
メンテ

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Te amo.(ペルソナ3) ( No.1 )
   
日時: 2014/09/28 22:43
名前: mooc◆5TNywJLiCU ID:hjk3CFHI

 もうすぐ3月。2010年の2月27日。

 強い風が吹いた。
 体を屈めて、耐えた。それでも冷気が制服の隙間を通りぬけ、体を刺す。
 ベンチにただ座っているのも辛い、冬の日の昼下がり。
 わたしは、彼が来るのをじっと待っていた。
 あまり早く着いても仕方ないと思って、図書室で時間を潰したつもりでいたのに、着いたのは約束の四十分も前だった。
 彼の事になるとこんなことばかりだった。気持ちばかりが先走ってしまう。
 彼はよく笑う。どこにも行かないんだから、落ち着きなって。
 とにかく、もうしばらく待たなければならない。
 手袋をしたまま、文庫本を広げた。
 彼がとても良いからと言って勧めてくれた小説だったけれども、とんでもなく難解で、ちっとも面白くない。それでもわたしはこの一週間、耐えて耐えて読み続けている。文語体と津軽弁が入れ替わり立ち代り、わたしを責め苛む。
 それでも、諦めない。彼のことをもっと知りたいと思うから。彼は、自分のことをあまり曝け出さない人だった。聞けば、答えてくれる。それでも、きっと彼は何かを隠している。
 彼は、不思議な人だった。
 すぐ隣にいても、遠い遠い、どこかを見ているような目をすることがあった。わたしは、彼の立つ場所に近づきたかったのだ。

 また、冷たい風が吹いた。
 待ち合わせは別の場所にすればよかったと後悔する。巌戸台のワックとか。だけれどもいまさら連絡すれば、鈍くさいなあ、と思われてしまうかもしれない。もしかしたら、連絡に気が付かなくて、行き違いになってしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
 だから、じっと待つことにした。寒さはただ耐えればいい。耐えて、話の済まないこともある。
 腕時計を見ると、待ち合わせの時間の十五分前だった。
 さっきから何度も何度も腕時計を見てしまう。当然、遅々として針は進まない。あちらを見ては時計を見、いつの間にか目が離せなくなっていた。目を離した隙に、針が戻ってしまうかもしれないから。
 腕時計は、彼のくれたものだった。学校ではとてもつけられない。放課後にこっそりとつける度に胸が甘く、締め付けられる。
 わたしは小ぶりな時計をそっと撫でた。
 
 年が明けたばかりのころ、日曜日のデートの終わりに寄ったシャガール。プレゼントをあげる、と言って、彼は小さな箱をテーブルの上にそっと置いた。
 箱に印字された外国のブランド名を見て、コーヒーカップを持ったまま動けなくなってしまった。彼は眉を顰めた。
「ごめん。迷惑かな」
 わたしは首を振った。いえ。ありがとうございます。言いつつ、混乱していた。プレゼント。わたしに、彼が。
「嬉しいです。でも、どうしたんですか。こんな高そうなもの」
「え、バイトした」
 ふと、彼は嘘を吐いている、と思った。彼を疑うなんていけない、とは思ったが、仕方がなかった。だって、どう考えてもおかしかった。だから、責めるような口調になってしまった。
「陸上部と美術部掛け持ちして、生徒会も出て、それでテストでもあんなに良い点取って。あ、そう言えば同好会にも入ってましたよね、確か。いつバイトできるんですか」
 そもそもそんな時間があるのならば、もっと自分と会って欲しい、とは言わなかった。
 彼は口を尖らせた。
「バイトは夜だもん」
「なんのバイトなんですか?」
「説明難しい」
 ますます怪しい。
「変なバイトなんですか」
「……いやいや。ちゃんとしてるよ。みい、いや、あ。うん。桐条先輩の紹介だから」
 何を言いかけたのかと問い詰めたい気もしたが、わたしは先を急いだ。
「いつから始めたんですか」
「……4月からやってた」
「知らなかった。見に行っていいですか。働いているところ、見てみたいです」
「無理だよ」
「どうして」
「だって、真夜中だよ。千尋はすぐ寝ちゃうだろ」
 わたしは黙った。顔が熱くなる。大丈夫だって。千尋。心配しないでも。
「桐条先輩に聞いてよ。ちゃんとした夜の仕事だって保証してくれるから。あ、夜の仕事って言っても、変な意味じゃないよ」
 彼は笑った。完全に何かを誤魔化している。
 桐条先輩に聞けるわけがないじゃない、とわたしはむっとした。
 どんな顔をして尋ねればいいというのか。あなたの彼氏は、あなたの紹介で、どんなバイトをしてるんですか。彼女として気になるんです。って?
 わたしが黙ったままでいると、彼はわたしが納得したのかと思ったらしい。
「そんなこといいから、はやく開けて。きっと似合うよ」
 ああ、とわたしはため息をついた。
 何度見てもたまらない。
 彼の笑顔は、芯から痺れる程に魅力的だった。心が蕩けてしまいそうだった。
 全部、どうでもよくなってしまった。
 わたしは言われるがままに箱を開けた。時計は、きらきらと店の照明を受けて輝いていた。
 男の子からプレゼントを貰うのは初めてだった。
 彼と付き合って、色々と初めて感じる感情があった。歓喜には代償だけでなく、色があるのを知った。このまま消えたくなるような、嬉しい。芯から暖かくなるような、嬉しい。深い穴の縁に立つような、嬉しい。
 破裂しそうに心臓が高鳴る。その時、確かに世界が鮮やかに色づいた。小さな時計が、世界だった。何もかもが、きらきらと眩しかった。
「本当にいいんですか。わたしなんかに」
「千尋に似合うと思って選んだんだ。前から話してるけどさ。とにかく千尋にもっと自信を持って欲しいんだ。物になんか、本当はあまり意味はない。でも、それを持つことで、千尋が少しでもいい気分になれればいいと思う。少しでも、自信を持ってくれればいいと思う。だから、細かいことなんて気にしないで欲しいんだ」
 見つめる瞳が美しい。話す唇が美しい。右目にかかる髪の毛先と、払う指先が美しい。何もかもが美しい。
 見惚れていると、彼は微笑んだ。
 こういうのを、難しい言葉では「莞爾」として笑う、というのだ。彼の勧めてくれた小説で覚えた。
 そして、彼の美しさは、外面だけではない。
 彼は匂いたつような、カリスマ的な魅力を放つ。
 その人の隣にいることのできるわたしは、しあわせなのだと思う。
 彼は、あまり笑わない。あまり、喋らない。そういうひとなのだと、皆思っている。それは間違っている。彼はよく笑う。よく喋る。時には、泣く。
 わたしは、完全に魅了されていたのだ。
 コーヒーの匂いに混じって、彼の匂いがした。微かに甘い匂い。嫌な臭いではけしてない。香水のような匂い。
 彼からはいつも、匂いがした。日によって違う匂い。
 夏の盛りに、彼に聞いたことがあった。炎天下、汗をだらだらとかいているのに、彼からはいい匂いがした。
「何かつけてるんですか?」
「うん?」
 首筋に鼻を寄せる。
「なに。やだやだ」
「やっぱり、いい匂いがしますね」
 彼は言った。千尋は鼻がとてもいいね。
「ね、何付けてるんですか」
 彼は、ヴァーチャー、と言った。霊感強いとか言われない? え、言われたことないですけど。そう。
 家に帰ったあと、インターネットで検索してもキリスト教の天使の名前が出てくるばかりだった。

 約束の五分前になった。
 わたしは不安だった。
 彼は、わたしが会いたいときに会ってくれるわけではなかった。メールや電話で会いたい会いたいと言っても、なかなか会ってはくれないのだ。
 結局、彼は約束の時間ぴったりに、わたしの前に現れた。
「ごめん、待たせたかな?」
「いえ、いま来たところです」
「よかった。うう、今日も寒いね」 
 彼がわたしの隣に座った。控えめに、いい匂いがした。
「フレグランス、付けてるんですか?」
「ちょっとだけね」
「いい匂いです」
「……」
 ふたりきりでゆっくり会えるのは、もう十日ぶりのことだった。
「もっと、そっちに行っていいですか?」 
 彼はこくと小さく頷いた。
 彼にしなだれかかる。彼を見ると、遠くを見ていた。
 ふいに不安が濃くなった。
 顔色が悪かった。2月になってから、いつもそう見えた。白く、血管の透けて見えそうな肌に、血の気はない。
 寮なんかに住んでいるからだ、と思った。
 食生活だって、乱れがちだと思う。だから彼が家に遊びに来たときは、必ず母親に作っておいてもらったごはんを食べさせる。彼はとても喜んで、細い体のどこに入るのかというくらいに食べる。肉じゃがとか、コロッケとか、カレーライスとか、そういう料理が大好きだった。いつも外食ばかりだから、と彼は言った。
 たくさんご飯を食べる彼を見ていると、わたしはたまらなく嬉しくなった。だから、彼のためにおいしい手料理を作れるようになりたいと思っていた。すぐにはうまくならなかった。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろうと悔しくなる。もっと早くから練習しておけば、今ごろは彼においしい手料理を振る舞うことができたのに。
 でも、まだ、時間はたくさんある。よく練習をして、それから彼を驚かせればいい。
 焦ることは、ない。
 
 また、強く風が吹いた。辰巳ポートアイランドは、どうしても風が強い。
「寒いですね」
「行こっか」
「またコート着ていないんですね」
「うん」
「あ。手袋もしてないんですか」
 彼は、今日は寝坊して慌ててきたから、と言った。
 わたしは、手袋を外してカバンにしまった。そして、いつもどおりポケットに突っ込まれそうだった手を取った。今日の彼は、何も言わず、嫌がりもしなかった。
 そっと握ると、手は想像したとおりに冷たかった。
 誰かのいるときは、彼は手を繋ぐことを嫌がることが多かった。
 恥ずかしいよ、とよく言う。わたしもだ。彼と一緒にいるところを友達に見られれば、顔が熱くなるほどに恥ずかしい。それでも、彼を強く求める気持ちが止められない。彼の存在。共に過ごす時間。実感のためのからだ。
 自分がこんなにも大胆になれるとは思わなかった。
 彼と手を繋いでいるのが嬉しい。恋人繋ぎ。
 恥ずかしいような、誇らしいような、甘酸っぱい気持ちになった。
 今日はわたしの日だった。今日は、わたしだけ。

 彼は、わたしだけと付き合っているわけではない。
 けして隠そうとしないという意味では誠実と言えないわけでもないのだが、それでもやっぱり、彼はひどく残酷だった。
 深く深く好きになってしまって、自分では自分の気持ちを制御できなくなって、どうしたって後戻りできなくなってから気がついた。
 泣いて喚いて取りすがっても、彼は何も変えようとはしなかった。
 彼はたくさんのものを与えられる人間だった。わたしに限らず、誰も彼を縛り付けることはできなかった。それはわかっていた。ほかのひとたちにとって、わたしは嫉妬の対象なのもわかっていた。結局は、同じ立場なのだ。だけれども、それがどうしたというのか。
 この、えずくような苦しみ。
 ふつうの少女が彼氏をそうするように、彼を独り占めにしたいという気持ちはある。それどころか、わたしは人よりも、余程そういう気持ちは強いのだと思う。激発して、何をしてしまうかわからない自分が、自分の中に確かにいるのはわかっている。
 だが、彼を縛り付けることは誰にもできない。
 彼は、空高く飛ぶ鳥のように自由だった。わたしは、それをただ見上げている。気まぐれに舞い降りたとき、わたしは、刻みつけるように彼と時間を過ごすしかない。
 ヤキモチを焼いているだけ、時間の無駄なのだ。
 辛いのには、かわりはないのだけれども。
 何よりも耐え難いのは、彼は、必ず寮に帰ってしまうということだった。
 寮に帰れば、ほかのひとがいる。
 四人もいるのだ。家に泊まっていって、とは言えなかった。そこまでは求められなかった。
 結局、彼の生活は寮に始まり、寮で終わる。わたしは、どんなに頑張ったって、途中でしかない。
不倫みたい、と思う。息苦しくなる。やるせない。意味の分からない焦燥感が、心の片隅に積もって、淀む。
 ぎう、と今度は強く彼の手を握ってみた。痛たた。なにすんの。
「なんでもないですから」
 冷たい手だった。
 でも、しっとりした、滑らかな肌だった。女の子みたい、と思う。他の人が手に触れるのも、彼の手が誰かに触れるのも嫌だった。
 みんな、ふいに何かの理由でどこかへ行ってしまえばいいのに、と思う。
 彼の彼女たち。
 寮には同じクラスのちょっと派手めの女の子。隣のクラスの、かわいい感じの女の子。高校生離れした美貌の生徒会長。二学期に転入してきた、人形めいた外国人。それに陸上のマネージャーとも、噂になっていた。一緒にいるのも何度も見た。噂はほんとうだろう。そして、異様な格好をしたモデルみたいな外国人と学校やポロニアンモールにいるところを見かけたことがあるという話も聞いた。
 わけがわからない。七股。しかもそのうちふたりは外国人。
 正直言って、滅茶苦茶だった。人としてどうなのか、とさえ思う。
 彼女たちにもわたしに言うようなことを言っているのだろうか。わたしとするようなことをしているのだろうか。きっと言っているし、きっとしている。
 思えば思うほど、悲しい。何でそんなことをするのかと責めたくなる。
 別れよう、と思ったこともある。彼といて、頭がおかしくなると思ったから。
 遊びなんですか、と聞いた。彼は笑った。バカ、と言った。
「ほかのひとたちはどうなんですか?」
「どう?」
「わたしが遊びじゃないなら、ほかのひとたちとは遊びなんですか?」
「僕は千尋とのことは本気だよ」
「じゃあ、わたしだけにしてください」
「僕は千尋が好きなこととは関係ないよ」
「ひどいです」
「僕は千尋が好きだよ」
「答えになってないじゃないですか」
「これは僕と千尋のあいだの問題だから」
「ふざけないでください」
「ふざけてない。僕は千尋が好きだ。本当に。心の底から。疑ってるの? どうすれば信じてくれる?」
 額と額がくっつく。彼がすぐそばにいる。わたしは、黙ってしまう。
 いつも、こうだった。
 誤魔化されている。わたしは、お人好し。都合のいいやつ。真摯そうな顔をされれば、許してしまう。まったく。もう。
 つまるところ、彼と今更離れ離れになることなんて、想像もしたくないのだ。
 確かに悲しかった。
 だがそれでもまた、いつか会えると知っていたから、耐えることができた。待っていれば、彼は必ず声をかけてくれた。そして、彼が約束を破ることは絶対にない。一度約束さえしてくれれば、必ず彼は約束を守った。わたしはわたしと彼との時間を、大切にすることしかできなかった。
 多少歪んだかたちで、わたしは彼を信じているということ。

 ○

「もうすぐ三年生ですね」
「千尋は二年生になるね」
「そうですね」
「当たり前か」
「進路って、考えてるんですか?」
「考えなくちゃね。1月に進路指導があったんだけど、先生に聞かれても何も答えられなかったんだ」
 意外だった。彼は、学年で一番勉強ができる。
「大学は? きっとどこでも選べるのに」
「大学かあ」
 まるで、初めて思いが至ったかのように彼は行った。そうだね。そういう選択肢もあるんだね。
「千尋はどうするの?」
「まだ決めてないです。でも、お母さんはきっと大学に行って欲しいと思ってるみたいです。でもわたしって、何をしたいかなんて全然」
「そう。でも、まだ焦る必要なんてないよね」
 世界が、と彼は言った。
「世界?」
「世界は、生きている人の数だけある。世界の集合体が世界だ」
「よく、わからないです」
「僕がもし死んだら、僕の世界はそれで終わりなのかな」
「何言ってるんですか?」
「進路のこととか考えてたら、何か変なこと考えるようになった」
「そうですか。ちょっと、疲れちゃいますよね、きっと」 
「千尋」
「なんですか?」
「家に遊びに行ってもいいかな」
「……いいですよ。お母さん、最近いつも遅いですから」
「うん」
 彼は、ぷいと横を向いた。自分で言っておいて恥ずかしがってるのだ。可愛い、と思う。

 ○

 彼を送るのは、好きではない。
 次いつ会えるかわからない。校内でゆっくり話なんてできない。メールはできる。でも、そんなもので充たされるわけがない。
 玄関に座って靴を履く彼の背中を、わたしはじっと見ていた。彼と長い時間を過ごした後は、必ず眠くなってしまう。朝まで眠ってしまうことも珍しくなかった。それでも、今日はちゃんと見送ろうと廊下まで出た。ベッドから見送るのは、だらしなさすぎる。
「雪がふりそうですよ」
「そうだね」
「そう言えば、なんでコート着ないんですか」
「寒くないから」
「嘘。さっき寒いって言ってたじゃないですか」
「もう、温まったから」
 彼は立ち上がった。
 耐え切れなくなって、わたしは彼の背中に抱きついた。彼はわたしの腕の中で身をくねらせ、こちらを向いた。抱き合う。キスをする。息が漏れる。
 離れて、わたしは言った。やっぱり。
「顔色。すごく悪いです」
 体が、冷たかったと思った。
「うん。なんか最近体がだるいんだ」
「大事にしてください」
「薬飲むよ」
「あの。次はいつ会えますか?」
「千尋が僕と会いたいとき」
 やっぱり聞かなければよかった、と思った。
「あの、電話、待ってますから」
「うん」
「体、本当に気をつけてくださいね。学校なんて休めばいいのに」
「千尋に会えなくなるのはちょっとね。ありがとう」
 彼は、笑って手を振って去っていった。部屋の窓から外を見ていると、駅へ向かっていく彼が見えた。振り向いて、目が合った。彼はまた手を振った。気持ちが通じた気がした。
 でも、嘘つき、と思った。
 重い体を引きずって、ベッドに倒れこむ。
 
 居間の方で音がするので出てみると、いつの間にかお母さんが帰ってきていた。
「起きたのね。何か食べる」
「ううん」
 眠気が覚めるまでぼうっとしてから戻ると、夕食が用意されていた。焼きそば。
「彼氏さんとはうまくいってるみたいね」
 お母さんはあまり彼とのことを聞くことはない。
「どうして」
「今日、来てたんでしょ」
「え」
「駅のところで会ったわ。もしかしたら、と思って声をかけたら、やっぱり」
「そうなんだ」
「すごく感じ良かったわ」
「会ったことあるんだっけ」
「写真見せてくれたじゃない」
「そうだっけ」
 くすぐったい感覚があった。
「昔見た白黒映画に出てくる人みたいね」
「よくわからない」
「なんか、現実離れしてるのよね」
「そうかな」
「笑いかけられたら、ちょっとゾッとした」
「何それ」
「彼、格好良いね」
「うん」
「あのね、怒らないでね」
「うん」
「お母さん、ちょっと心配してたの。彼の写真だけ見てたから。でもね、大丈夫だろう、って思えるようになったわ」
「何を話したの」
 ふふ、とお母さんは笑った。



 3月4日。
 暖かい日だった。
 何となく校内新聞に目をやると、教師と生徒の恋愛が話題になっていた。何となく噂は聞いていた。彼も言っていたような気がする。確か、生徒の方は彼のクラスメイトだったはずだ。
 読むと、完全にバカにしている記事だった。色呆けのふたり、と言った感じ。
 ため息が出た。
「千尋」
 振り返ると、彼が後ろに立っていた。
 顔色の悪さは相変わらずで、唇が青い。何だか少し、頬がこけているようにも見えた。
「どうしたんですか? なんだか調子悪そう。早く帰らないと、悪くなっちゃいますよ」
「いや。いいんだ。何してるの?」
「あ、見てください。この掲示物」
 題名は、「先生と生徒の熱愛歴史」だった。
「恋愛は自由です。悪いことじゃないはずです。それが先生と生徒では問題になるのも分かりますが、だからってこんなふうに茶化して良いものではありませんよね」
 ああ、と彼は言った。そのとおりだよ。
「わたし、新聞部に抗議してきます」
「僕も行こうか」
「あ、一人で、大丈夫ですから」
「本当?」
 彼は笑っている。彼は、わたしと出会った頃のことを思い出しているのかもしれない。何もできない、何も求められない、臆病なわたしを。
 彼が変えてくれる前のわたし。変わろうとする前の、わたし。変わることすら決意できなかったわたし。変わるのは難しいことだよ、と彼は言ったものだ。でも、千尋は変わろうとしてる。とっても良いことだと思う。だから、千尋が好きなんだ。もっと千尋に自信を持って欲しい。変わろうとする千尋は、すごくかわいい。ん。かわいいって変かな。まあ、とにかく、すごく好きなんだよ。
「ありがとうございます」
 深呼吸して、続けた。
「わたし、一つ、決めたことがあるんです。ささやかなことなんですけど」
「どんなこと?」
「わたし、来年も生徒会に入りたいなって」
「うん」
「自分の意見も言えなかったわたしを変えてくれたキッカケ。それが、生徒会とあなたですから。わたし、頑張ろうって、そう思ってるんです」
「嬉しいよ」
「もっと自分を好きになりたいから。そして、もっと好きになって欲しいから。あなたの、一番になりたいから」
 彼はまた笑った。彼も幸せな気持ちになってくれているのならばわたしも嬉しい、と思った。
「好き、です」
「僕もだよ」
 見つめられる。
「学校でこんなこと。すみません」
 彼がそのまま一緒に帰ろうと言ってくれたらばいいと、わたしは思ったのだけれども、すぐに思い直した。こんな体調の悪そうな彼を引き止めてはいけない、と思った。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「うん。気をつけてね」
「次は、一緒に帰りましょうね」
「うん」
「わたし、まだまだ一緒に、行きたいところがたくさんあるんですよ。ひとつひとつ、あなたと行きたいです」
「うん。行こう。一緒に。どこにでも。僕も一緒に色んな所にいきたいんだ」
 また、笑った。素敵な笑顔。
「じゃあ」
 わたしは玄関に行くまでに、何回か彼の方を振り返った。何度も何度も振り返った。彼は振り返るたびに笑いかけ、手を振ってくれた。
 遠目に見ても、彼はおかしかった。



 そして、3月7日、彼のことを知った。

 悲しかった。すごく、悲しかった。
 いや、違う。もう、悲しみなんかじゃない。そんなものではなかった。耐え難い、鋭い痛みだった。生爪を引き剥がされる痛み。初めて剥き出しになった、今まで守られてきた柔らかい部分が露出して、痛い。
 彼は行ってしまった。
 だから、世界が終わったような気がした。
 もう、遠くなってしまった日常を過ごしていた頃。彼との別れを何とか耐えられたのは、また会えると知っていたからだ。
 だが、もう、彼とは会えないのだ。二度と。
「ねえ」
 掠れた声が出た。
「ねえ、制服でいいのかな」
 いいと思うと、お母さんは答えた。そして、それだけだった。
 お葬式、という言葉は口に出来なかった。たとえようもなく貴い3月4日を思い出す。彼との未来を考えていた。行きたいところがたくさんあった。
 行かなければならない。
 どうあってもお別れだけは、しなければならない。あああ、嫌だ、とわたしは思った。嫌だ。嫌だ、嫌だ。
 彼のことを思い出す。彼の声を思い出す。彼の笑顔を思い出す。彼の、熱いからだを思い出す。冷たい、からだを思い出す。
 枯れえぬ涙が、また、頬を伝った。
 わたしは喪服を着たことがない。
 誰か身近な人間が永遠にいなくなってしまうなんて、想像もしたことがなかった。遠かった。彼のことを知るまでは。
 行かなければならない。行かなければならない、行かなければならない。彼が自分だけのものにならないのはわかっていた。でも少しだけ、自分のものだった。だからわたしも、彼に連れられて、少しだけいなくなってしまったような気がした。
 もうわたしは、前までのわたしではいられない。大切なものをなくして、わたしという人間は、欠けた。もう、完全なわたしに戻ることは、けして、ない。
 それでも、立ち上がる。制服を着た。彼を送るため。
 
 ○

 虚ろな儀式。
 わたしは、彼の頬を撫でた。
 涙は我慢できた。耐えられたのは彼がそこにいたから。
 この世で見る最後の彼。涙で曇らせたくなかった。意志の力で、涙を堪える。笑って送ってあげたかった。笑えなかった。唇を強く引き結んで、必死に耐える。
 彼は、穏やかな顔だった。微睡んでいるようだった。
 そう。
 彼は寝顔が可愛かった。寝顔も好きだった。こっそり、携帯電話で撮影しようとして怒られてしまったことを思い出した。嫌われてしまったかと思って泣いてしまったら、彼はおたおたとした。
 ほかのひとたちも混じっているだろう参列者の顔を見ないように努力しながら、家に帰った。わたしは、玄関で泣き崩れた。

 ○

 彼はもういない。彼のために、わたしは変わろうとしていた。おかしなことじゃない。誰だって、誰かのために生きているのだから。でも、彼はもういない。

 インターネットで、彼がプレゼントしてくれた時計を探した。
 いけない、と思っていた。金額を知ると、自分が彼をお金のことで責めてしまいそうな気がしていた。
 苦労するかと思っていたら、案外あっさり見つかった。
 64万円。ブランド物の時計の値段なんて知らなかった。
 高いだろうとは思っていたが、思ったよりもずっと高かった。高校生のバイトの給料なんてたかが知れている。一年かけたって、貯まるはずのない金額だった。
 絶対におかしい。
 何が、彼を殺したのだろう。
 わたしには、知る勇気がなかった。
 知る術はあったのだ。あの、寮だ。あの寮と、あの寮の住人たちに、何か秘密があるに違いなかった。
 だけれども、わたしはまた臆病になってしまった。だから、わたしは何もしないで泣いてばかりいた。
 だって、彼はもういない。
 彼が何か、ひどく辛い思いをしていただろうか。そうだったら、たまらなく彼がかわいそうだった。そして、そうでなくても彼がかわいそうで仕方がなかった。だって、彼は行かなければならなかった。何をさせられていたのだろう。何をしなければならなかったのだろう。彼はけして逃げようとはしなかった。どうしてなのだろう。それは、生命を賭けなければならないほどのことだったのだろうか。何のために彼はあの寮にいたのだろう。脅されていたのか。諦めていたのか。あるいは、楽しんでいたのだか。もしかしたら、どうでもよかったのか。それすらわからない。彼は自分のことを予感していのだろうか。眠るようだったのか。苦しんだのか。わたしは知らない。わからない。彼はもういないから。彼はもういない。
 彼は、もう、いない。
 悲しみはただただぐずぐずとたゆたうだけになった。
 わたしは啜り泣き続けた。

 ○

 わたしは2年生になった。
 期末テストはろくに受けることができなかったが、学校は有耶無耶のまま進級させてくれた。学校に、何人かそういう人がいたらしい。わたしも含めて、卒業した桐条先輩が手を回してくれたとか、回してくれなかったとか、色々と噂を聞いた。尊敬もしていたし、単なる高校生ではないとは思っていたが、まさかそこまではできないだろうと思っていた。
 それに、彼とのことがあって、やはり少しだけ憎いままだった。

 どんなに悲しくても日常が、戻ってくる。そう、誰かが言った。だが、わたしはやはり、彼を喪って、戻れなくなっていた。

 ○ 

 4月が中旬になっても、わたしは立ち直るためのきっかけも掴めないままだった。
 携帯電話が手放せなくなった。
 何をしていても、ふいに息がつまりそうになる。その時、彼から届いたメールを見て、救われるような気持ちになるため。写真も、暇さえあれば眺めている。動画がないのが心残りだった。
 彼の声が、聞きたかった。今は脳裏に確かに残っている。だが、いつかわからなくなってしまうような気がしてならなかった。怖かった。
 なぜ、学校に来ているのだろう。
 彼に会えるような気がする。
 彼が、何の前触れもなく、また、現れるような気がする。
 屋上。廊下。彼のいた教室。グラウンド。美術室。生徒会室。
 あり得ない。そう、思いたくない自分がいた。悪夢だと思いたかった。だが、夢ではない。
 わたしは現実から遊離しようとしている。生を望まなくなっている。
 
 授業が終わってしばらく、教室の自席で、窓から見える景色を眺めていた。灰色の雲がゆっくりと空一面を流れている。
 桜はもう既に、散っていた。
 何もする気になれない。
 生徒会に入ると彼に決心を打ち明けたことを思い出した。何の意味もない決心だった。変わったつもりだったが、わたしはまたもとのわたしに戻ってしまった。彼がいなければ、前と同じだった。
 何もせず、ただ、この苦しみが終わるのを待てばいい、と思った。ときどき、彼との記憶を、永遠の小箱から取り出して、それを愛撫する。
 それだけで人生を終わりにしてもいい、と思った。
 
 家に帰らなければならない。
 苦痛の道だった。彼と、一緒に帰った日もあった。彼の記憶は、傷を癒やさない。駅。道。彼と過ごした空間すべてが、耐え難い苦痛を誘う。家に帰れば帰ったで、そこにも彼の記憶があった。彼と過ごした、時間があった。
 ふ、と顔を上げると、派手のピンク色のカーディガンの女の子の背中が見えた。短いスカートから伸びる、白くて長い足。スタイルがいい。
 見覚えがあった。
 ポートアイランド駅の傍の赤信号で、彼女は立ち止まった。以前だったら。彼がいたころだったら、わたしもその場で立ち止まって、彼女が行ってしまうの待っただろう。彼を責めてしまいそうだったから。
 だけれども、彼はもういない。
 彼女の隣に立った。
「こんにちは」
「あ」
 岳羽さんは、驚いたような顔をした。相変わらず、派手で、可愛い。ちょっと言葉を交わしたことはあったが、取り立てて話をしたことはない。
「あの、突然すみません」
「あ、うん」
「ちょっとお話しませんか?」
「いいよ」
 意外だった。
「いいんですか?」
「逆にさ、いつ声かけようかな、って思ってたんだ。でも、タイミングがうまく掴めなくて」
 立ち話もなんだしさ、巌戸台のワックでいい?
 ワック。そこにも思い出があった。嫌な人、と思った。八つ当たりなのはわかっていたが、顔に出てしまったらしい。その後岳羽さんは黙ったままだったし、わたしも何を言おうか考えているうちに、ワックに着いてしまった。

 ○

 別々のレジに並んで注文したのに、席についてみるとふたりともコーヒーとアップルパイだった。
「微妙に気まずいよね」
 彼女は笑った。屈託のない、何の愁いもない笑顔に見えた。癪に障って仕方がなかった。
「寒いね。今日」
 何かを話したくて、声をかけたわけではなかった。だけれども、天気の話をしたいわけではない。澱を吐き出したかった。澱は、怒りなのか、悲しみなのかよくわからない。得体の知れない、粘体性のもの。
「彼のことを、少し話しませんか」
「うん、いいよ」
「この時計。彼から貰ったんです」
 最近は、周囲の目も気にせずに付けるようになった、彼から貰った時計。
「幾らだと思います? 64万円もするんですよ」
 岳羽さんの目を見る。動揺の色は、ないように見えた。彼女は、少し、目を細めただけだ。やはり、知っている。
「高いね」
「高校生のバイトじゃ、無理ですよね」
「そうだね」
「何か、知ってますよね? 仕事をしてる、って、彼は言ってました。どんな仕事だかは教えてくれませんでした」
「彼は」
 彼は、と言って、少しの間岳羽さんは黙った。言葉を探している。
「彼は、お金を持っていたの。お金の管理を任されていた。最初は、少しだけだったけど。そのうちに、必要以上にお金を持つようになった。必要と思われるお金を全部使っても、彼の手元にはお金がすごくたくさん残るようになった。彼は最初困っていた。でもそのうち、自分のお金と区別を付けなくなった。でも、誰も何も言わなかった。別に、お金のためにやっていたわけじゃなかったし。空気的に緩かったんだよね。
 そういうお金だった。だから、別に、彼は悪いことをしてたわけじゃないの。許されてた」
「何のお金だったんですか?」
「し、しごと。今言ったでしょ」
「何の仕事だったんですか?」
「それはいいでしょ、別に」
「よくないですよ」
「言うつもりもないし。それにもう、今はやっていない。終わったの。わたしたちは、やるべきことを成し遂げた」
 岳羽さんは、わたしたち、と言った。
「寮の人たち皆でやっていたんですね」
 彼女はわたしを見た。
「そうね、そういうこと」
「教えてください。彼は、あなた達と一緒に何をやっていたんですか?
「何回訊いても同じ。教えるつもりはないよ」
「絶対に言う気はないってことですか」
「悪いことはしていない」
 言う気はないらしい。爆発しそうになっている自分を、わたしは冷えた目で見ていた。
「わたし、彼がああいうことになってしまったことに、仕事のことが関係してると思ってます」
「……そう」
「どうして、彼はああいうことなってしまったんでしょう。
 岳羽さん、あなたは、知っているんですか?
 教えてください。わたしは、辛いです。
 だって、何も知らないですから。知らないのは辛いです。彼のことを、教えてください。あなたの、あなたたち寮の人たちが知っていることを、全部教えてください。わたし、辛くて辛くて、仕方がないんです。彼の体調が悪いのは知っていました。でも、突然ああいうことなってしまいますか? 普通、そうはならないですよね。彼は不思議な人でした。彼は普通じゃなかった。でも、高校生だった。変わったことはしていなかった。普通の高校生でした。普通の高校生と違うとしたら、仕事のことだけなんです。あんまりです。ひどいじゃないですか。どうしてなんですか。辛いんです。辛いんです。あなたは、何か知っているんじゃないですか? わたし、こんなこと、本当は聞きたくないです。だって、あなたが知っていてわたしが知らないなんて、悔しいです。わたしは彼のことが本当に好きでした。彼は、わたしのことを本当に好きだと言ってくれました。わたしはわたしのことだから、本当だと思います。でも、彼のことはわからないんです。彼は、嘘を吐いていたんでしょうか? あなたが、本命で、わたしは遊びだったんでしょうか? だから、わたしは彼の本当のことを知らないんでしょうか? そうだったらそうで、諦めます。辛いですけど、諦めます」
 教えてください。
 わたしは、泣いていた。声は小さいままだったが、誰かがこちらを気にしているのがわかる。
「辛いよね。ほんとに、辛いよね。わかるよ」
 わたしは胸を張った。
「そうです。付き合ってました。あなたも、彼と付き合ってましたよね?」
「付き合ってた」
「何で、そんなに平然としていられるんですか? 彼のこと、好きだったんでしょう?」
「平然として見える?」
「ふつうに見えます」
「色々あったから。わたしだって、あなたくらいにヘコんだよ」
「そうは見えないですね」
「ふざけないで!」
 岳羽さんは、脂でぬるつくテーブルを拳で思いきり叩いた。
「わたしがどんな気持ちだったか知らないくせに、適当なこと言わないで。あんたは本気だったように、わたしだって本気だった。好きだったの! 彼が! 辛いのはわたしだって同じなの!」
 絶叫に近い叫び声で、店内が静まった。数呼吸して、また喧騒が戻る。好奇の目は明らかだったが、わたしたちがそのまま数分間黙っていると、消えた。
「ごめん。意味ないよね。これじゃ」
 そう、岳羽さんはぽつりと言った。わたしも、もう、これ以上に話すことはないと思った。終わらせようと思った。
「もう、終わりにしますか?」
「ごめん、言わなきゃいけないと思ってたこと、まだ言ってないから」
「何ですか」
「わたしが知っていることは、仕事のこと以外はあなたと同じくらいだよ。彼は、平等だったから。
 あのね、わたし、あなたと彼が帰ってるのを見て、詰めたことがあるの」
 意外だった。嫉妬しているのは自分だけではないと思うと、不思議と彼女が違って見えた。同じ、苦しみを共有していた。
「その話をすると、彼、話を逸らしてばかりで全然お話にならなかった。キレて、しばらく口きかなかった時期もあったし。て言うか、同じ寮の中で四股もかけないでしょ、ふつう。しかも寮以外にも彼女作ってるし」
 何だか、おかしかった。つい笑うと、彼女も笑った。どうしようもない人だった。
「よくやっていけましたね」
「ほんと嫌だったし、彼に怒ったことも何回もあった。わたしが嫌だったっていうのもあるし、ほかのひとたちがかわいそうっていうのもあった。でもね、それでも結局、彼から離れられなかったの。何だかうまく行ってた。不思議と」
「分かるような気がします」
「今月になってから、皆に彼のこと、話を聞いて回った。でね、わかったことがあったの。わたしたちの、共通点。
 わたしたちは彼と出会って一緒に過ごすうち、コンプレックスとか、悩みとかを解決してもらうの。それで、その途中で好きになって、彼に告白する。ね、伏見さんもそうだったんじゃないの?」
 そうでした、とわたしは応えた。
「彼はそうだった。そういう人だった。それだけわかった。とっても、優しい人だった。自分じゃなくて、ほかのひとのために生きたいと思う人だった。
 ねえ、伏見さん。彼のことを思い出すのはいい。わたしもそうだし。でもね、それで、後ろ向きに生きてたらよくないと思う。それだけ、わたしは伝えたかったの。わたしは、わたしのやり方で前を向いた。伏見さんにも、前を向いて欲しい。
 仕事のことは話せない。彼のこと、仕事のことが関係してないとは言えない。ごめんね。でも、わたしたちは別の話をするべき。
 彼の、話をしよう。
 どんな人だったか、一緒に話をしよう。皆で話をしよう」

 岳羽さんが、去年の夏に屋久島に行った時の話をした。夏祭りのこと。クリスマスやバレンタインデーには、彼が寮から姿を消してしまい、女の子たちが全員呆然としたこと。
 わたしも、彼の話をした。大切な思い出を、惜しみなく披露した。驚くほどに、口が回った。彼のこと、彼のこと、彼のこと。わたしと、彼のこと。岳羽さんは、笑ったり、驚いたりした。わたしが、そうしたように。
 
 ○
 
 何度か、岳羽さんと会うだろうと思う。たぶん、桐条先輩と。あるいは、ほかのひとたちとも。
 そして彼の話をする。彼の記憶を共有する。少しずつ、彼が変わっていく。彼は、わたしだけを見ていたわけではなかった。彼は、皆と時を過ごしていたのだ。孤独な嫉妬の中の憶測ではなく、人と人との絆の軌跡として、彼と岳羽さんのことを聞く。わたしの中の彼が、少しずつ姿を変えていく。堕ちていくわけではない。彼が彼本来の姿に戻っていくだけ。わたしは少しずつ、わたしがあれほど求めていた彼から自由になっていく。でもそれは、彼の魂を自由にしてあげるということだった。忘れるということではないのだ。似ているのかもしれないけれども、まったく別のものだった。

 すぐに、立ち直るのは無理なのだと思う。
 なくしたものへの執着が強ければ強いほど、やはり、人の悲しみもまた深くなるのだから、どうしようもないことだった。それは避け得ない。わたしは臨界まで悲しまなければならない。そうでなければ、ならなかった。なぜなら、わたしは彼を本当に好きだったから。その贖いに。悦びが高いところにあるのならば、喪った痛みもまた、深い。
「彼への想いは想いとして、わたしはわたしの人生を生きなくちゃ、だめ」
 岳羽さんはそう言った。当たり前の話なんだけどね。
 割り切ったふりをするのは簡単だ。わたしが彼のことを、ひとりじめできないのだと、割り切ったふりをしたように。きっと、辛くて泣く日もある。岳羽さんだって、そうだった。
 でも、克服しなければならない。
 彼は、それを望んでいると思えるから。
 使い古された、色褪せた、心の整理の付け方。でもだからって、間違っているわけではない。繰り返し、繰り返し、皆が気がついてきたことだった。誰もがありふれていると思っても、皆が言う。そこには確かに真実があるから。
 彼は、行ってしまった。だが、彼は行ってしまっただけなのだ。彼は、煙のように消えてしまったわけではない。彼と過ごした時間が、彼が笑っていたり、泣いていたり、怒っていた記憶がわたしの中にあるのならば、彼の意志は確かに、今ここにだって確かに存在している。
 彼が、わたしに何を望んでいたのかを、わたしは知っている。わたしは彼の意志を知っている。
 彼は、わたしに、自分を好きになれと言った。自分を好きなわたしを、好きだと言った。
 自分を好きな人間はどういうふうに生きるのか?
 それくらい、わかる。

 ○
 
 彼は、彼のできるかぎりでまわりの人間を救っていた。落とし穴に落ち込んでいた人に、手を差し伸べていた。
 彼は言った。僕たちは、それぞれ世界を持っている。と。彼が行ってしまって、わたしはわたしの世界が終わったような気がした。彼は崩壊しかけていたわたしの世界を救った。そして、わたしは彼との絆を通して、世界を変えた。
 岳羽さんは、彼が、最期をどのように迎えたのか教えてくれた。彼が、何を考えていたのかを、彼女の知りうる限り教えてくれた。わたしも、彼のことをたくさん話した。彼女の知らないことも、たくさんあった。だが、悔しかった。わたしの知らない彼を知る人が、彼と特別な関係だったことが、素直に妬ましい。そして、ほかのひとの知らない彼を知っていたのが、誇らしかった。
 
 閉店間近のワックを出ると、夜もすっかり更けていた。
 彼は、わたしを大切だと言ってくれた。好きだと言ってくれた。だから、わたしはわたしを好きになれた。彼は、自分を好きだったのだろうか。彼は彼なりに苦しんでいたのだろうか。彼女はわからない、と言った。ほら、彼ってわりとクールなタイプだったでしょ。言う時は言うけど。あ、わかります。結構、怒ったりしてくれるんですよね。
「何もかもはわからないよ。でも、よく笑ってたから、彼。あんな笑顔、自分が嫌いな人ができるわけないよ」
 彼の笑顔を思い出す。
「だったら、わたしもすごく嬉しいです。わたしは、彼のこと、好きでしたから」
 わたしたち、彼を救えていたんでしょうか。わたしも、彼の世界を変えられたんでしょうか。
 彼女は笑った。彼に聞いてみたいね。彼ともっと話、したかったね。
「かなしいですね」
「かなしいね」
「わたし、全然ダメなの。まだ全然、慣れない。わかってるの。でも、ダメ」
「わたしもです。彼がいないから辛いのに、彼がいてくれればな、とか思うんです」
「深刻」
「深刻ですよ。当たり前じゃないですか」
「そうだよね」
「そうですよ」 
 そのあと、彼のことを思って、道すがら、ふたりで泣いた。
 雲はいつの間にか消えていて、美しい月が見えた。
 
 わたしは、岳羽さんと一緒に泣いて泣いて泣いた。
 すると、悲しみは、少しその色を変えていた。一人で泣いていた頃にはなかった感覚だった。
「仕事」のことは、どうでもよくなっていた。彼が悪いことをしていたわけではないことがわかった。それだけでよかった。「原因」を知って、何が変わるわけでもない。
 それに、彼は、望んでいたという、岳羽さんの言葉を聞いたから。
 それで、いい。
 
 ○

 やはり、悲しみはすぐには癒えない。
 だが、日に日に眠りが深くなった。日に日に笑えるようになった。
 何もかもが一気に変わったわけではない。
 彼を喪った悲しみを分かち合うひとがいる。誰かと分かち合えるなら、わたしは、少しずつ前を向ける。
 わたしがそう望んでいたように、愛された記憶だけに縋って生きていくこともできる。それも生き方だと思う。だけれども、そんなのは悲しすぎる。彼とともに生きることに比べれば、孤独にさえ思える。
 日に何度も、彼を偲ぶ。そうしない日はない。その度、彼が笑いかけてくれるような気がするから。それだけで、勇気が湧く。変われる。
 
 ○

 皆、わたしが変わったと言う。聞くひとには、いつも、わたしは胸を張って答える。失敗ばかり。でも。
「大好きな人が、わたしを変えてくれた」
 と。

 

 ***

 ペルソナ3です。
 気合入ってます。以前こんなのも書いてます(http://www.story-m.com/spat-event/read.cgi?mode=view2&f=17&no=01)。
 なお、連作になる予定でございます。
 さりとて、二次創作であるため、ペルソナ3をやったことのない人にはちょっと意味不明な小説かもしれません。
 ペルソナ3についてはこの辺りの動画(http://youtu.be/bzp_FCSRm3Q)でどのようなゲームか知った上で、ぜひともプレイをしていただきたいと思います。ネタバレしちゃってますけど。自信を持って良ゲーだと薦められる、JRPGの白眉であります。
 ペルソナ4は更に洗練されていますが、僕はペルソナ3の、あるいは昏いストーリーに惹かれてなりません。
 ちなみに「彼」の浮気癖は公式設定です。こんな感じの動画が作られるくらいですかね。(http://www.nicozon.net/watch/sm8677393
メンテ
頂点を求めた先にあったものは退屈ただひとつだけだった ( No.2 )
   
日時: 2014/12/25 12:04
名前: ビクター ID:pBeIHPHs

 はるか地中の奥深く。
 幾千の時を経て、ついに魔界を統一する者が現れた。
 魔物達は彼を地獄の帝王と呼び、その偉業を讃えた。

 その爪は海を切り裂き、その牙は天空の竜王の鱗でさえも貫く。
 吐息は輝く吹雪となり、咆哮は灼熱となって燃え上がる。
 鋭い眼光は身も凍るような波動となり、心弱き者はその名を口にするだけで呪われ、死に至る。

 天地魔界。
 三界において彼に敵う者無く、天空の竜王でさえ手が出せぬとまで言わしめた。
 しかし王は厭いていた。ただひたすらに厭いていた。
 王の名はエスターク。
 彼が渇望してやまないのは心躍る敵だった。

 天より堕ちし闇に染まった光の神官。彼がもたらしたのは進化の秘法。
 天の定めし理より外れる邪法。天なる神に背く大罪。世界への反逆。
 魔界の実力者でありながら、しかし一番ではない魔物にもたらされた黒き誘惑。
 それは進化の秘法。それは金色の腕輪。

 彼は邪法を受け入れ、絶大なる進化を遂げて己が望む力を手に入れた。
 代償として、かつての肉体と魔法の力を失ったが、それは問題ではなかった。
 あらゆる魔法に耐えうる肉体、あらゆる存在を凌駕する圧倒的な力。
 それだけで十分だった。
 その時から、彼の前に敵は無くなった。

 否。 
 敵は確かにいたが、全てが容易に足下にひれ伏し、あるいは無残な血肉と化した。
 かつて強敵であったもの、難関であったものは、全てが路傍の石と変わらぬものとなった。
 進化した力を満足に引き出してくれる相手を探す内、気が付けば魔界を統一していた。
 魔界には、彼の力を振るうに値する者はいなかった。

 彼は進化の秘法を使ったことを後悔していた。
 地獄の帝王と呼ばれ、天空の竜王すら手玉に取ったが、ただひたすらに退屈だった。
 命の法則に逆らってまで得た力は、確かに神をも超えるものだった。
 しかしその代償は大きかった。少なくとも彼にとっては。
 あらゆる存在を超越したその進化は、彼に全てを容易にさせた。
 かつては輝いて見えた遥かなる目標も、血湧き肉踊る戦いの狂乱に垣間見た至高の快楽も、今の彼には全てが色を失っていた。

 天空の竜王であれば、力を振るう機会を求めているこの肉体を鎮められるかと思ったが、その期待は裏切られた。
 己が身の安全を第一に考える竜王は、決して全力で向かってこない。
 竜王との戦いは、きわめて退屈だった。酷く落胆した。
 魔界では、永きに渡って我らを魔界に押し込めた憎き天空の者共をついに、と目前に迫る勝利に狂喜する。
 その様を見て、彼は酷く悲しくなった。
 魔界の者共にとっては、天空の竜王は最大最強の敵である。
 しかし彼にとっては、ただ逃げては蚊の刺すような攻撃をするばかりで何の脅威も感じない、ただ賢しいだけのトカゲに過ぎない。
 彼にとっては天空の竜王でさえも、路傍の石とさして変わりは無かった。
 路傍の石を退けただけで、いったい誰が喜べるだろうか。
 それを思うと酷く悲しかった。
 彼の目の前には路傍の石しか存在しなかった。

 彼は、いつしか「今は自分が生きる時代ではないのでは?」と思うようになった。
 この時代には、自分を満足させるほどの、力の振るい甲斐のある難関と思えるものが無い。
 多くのものを失ってまで外法に身を染めたに値する障害が無い。
 しかし、いかに彼が悠久の命を持っているとしても、ただ待つのもまた酷く退屈だった。
 ただ待っていては、肉体の疼きを鎮めるために目の前に見える全ての世界を滅ぼしてしまいそうだった。
 思案した彼は、ひとつの妙案を思いつく。
 そしてそれを叶えるため、彼は天空の竜王へ最後の戦いを挑んだ。

 頭が消失し、腕が吹き飛ぶ。身体には穴が開き、片翼がもげた。
 しかしそれらは次の瞬間、泡と共に新たに生まれ、より強固な肉体として再生する。
 彼は無防備に攻めた。自分の再生能力を見せ付けるように。
 攻撃では倒せないことを、彼は竜王に教えたかった。
 そして待っていた。
 竜王が最後の賭けに出るのを。自分を封じようと時の砂の秘術を使うのを。
 戦いの中で破れかぶれに放ったであろう竜王の一撃をあえて受け、彼は秘術を使う隙を与えた。
 千載一遇のチャンスを見逃さなかった竜王は、目論みどおり時の砂の秘術を使った。

 来た。

 彼は進化の秘法を受け入れてより初めて歓喜に吼えた。
 時は逆流し、彼の肉体は進化直後の胎児の状態にまで戻っていく。
 時を越え、時空を越え、彼は彼の力を揮うに値する相手が現れる事を期待し、静かに目を閉じた。

 時のまどろみの中で、彼は幾多の強敵と出会い、戦う夢を見る。
 あるときは白銀の装具に身を包む煌めく翠髪の少年であり、あるときは魔物を従えた不思議な目をした青年と白銀の装具を纏う小さな少年達であった。
 地獄の帝王エスタークは、彼らに出会う時を夢見、未来に心躍らせ、時の秘術の中で長き眠りについたのであった。

 ***

 魔界にある朽ちた城の、かつて玉座のあった場所で、地獄の吟遊詩人が古き魔界のものがたりを歌い、伝える。
 それは光も闇も越えし究極の進化を遂げたが為に、本来あるべき魔性を失ってしまった魔界の英雄の哀しき歌。
 かの名はエスターク。それは地獄の帝王と呼ばれし者。
 かの名はエスターク。それは魔性を失った悲しき魔王。
 かの名はエスターク。それは悠久の時の中で心躍る相手をただひたすらに待ち続ける無垢なる破壊者。
 かの名はエスターク。それは……





 吟遊詩人は息絶えた。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 ドラクエ4……の小説になると思うような気がしないでもないかもしれない。
 久々に過去のファイルを開けてみたら見つけたので、気持ち手直しをして投下。

 微修正。
メンテ
Aghapy ( No.3 )
   
日時: 2014/12/29 01:20
名前: mooc◆5TNywJLiCU ID:BKIaTKqs

 こころは、ものではない。精神の世界に存在している。
 みながそうと信じている。
 もちろん人間の感情は、突き詰めれば脳の電気信号にまで分解することはできる。だが、そういう意味ではない。わたしは、そんなことを言いたいわけではない。

 ○

 こころに触れることはできない。
 誰もが、そう考えている。
 だが、それは普遍的な真実ではない。
 わたしのこころに、彼は触れた。
 下手な喩えではなく、彼はわたしのこころに触れた。彼がわたしのこころに触れたひとときを、わたしは、文字通りかけがえのないものだと知っている。なぜなら、それは一度きりだったから。そして、二度はないから。
 彼は、死んだから。

 ○

 わたしのこころに触れて欲しい、と彼に言ったとき、彼は不思議そうな顔をした。何を言っているのか、理解するのに時間がかかったのだ。
 理解したのだろう、彼は、にこと微笑んだ。
「アイギス」
 わたしの名を呟いて、それきりずいぶんと長い間黙っていた。

 ○

 健康であり、過度に幼かったり、老いたりしていない人間の、お互いに強い好意を持った男女が、密室でふたりきりで長い時間を過ごす意味を知っている。生殖だ。無論、それに伴うコミュニケーションや、感じるここちよさを主たる目的とすることの方が多いことも知っている。色々な道具・手法を用いて、人間が生殖を避けて、その快楽だけを得ようとしていることも知っている。
 わたしはちゃんと知っている。
 彼を好きになって、わたしは、いろいろなことを学んだ。それは、わたしの製造された目的からは遠く離れている。シャドウ制圧には何ら必要のない情報だった。だが、もうそんなことは関係なくなっていた。
 わたしは、時間を見つけては夢想するようになっていた。わたしは、彼を求めていた。それは彼の存在という意味でとどまらなかった。わたしは彼のからだを求めていた。だがわたしは、わたしのからだが機械であることを忘れてはいない。ただ、それと彼を求めることに関係があるわけではない。それを理由に、わたしの気持ちが変わることはない。
 わたしは彼を求めている。彼の温もりを望んでいる。彼の優しさだけでなく、彼が生きているということを事実を欲している。実感。体験。何と言えばいいのか、正確にはわからないのだけれども。
 機械のわたしが、人間の彼のからだを求めるということがどういうことなのか。人間の取り扱うべき問題ではないだろう。だから、誰に聞くこともなかった。
 機械は、人と違う。決定的に違うのは、厳密に言えば、わたしが死なないことだ。適切なメンテナンスさえ行われるのならば、半永久的に稼働し続ける。並の機械ならば消耗し、かつ交換のきかない部分があるのだろうが、わたしは機械の中でも特注品だった。
 そう。死なないのならば、当然、性からは遠い。ものだからだ。生きていないからだ。人形、だからだ。無生物は性交を行わない。性交をするのならば、それは生物だということだ。
 わたしは悔しかった。
 同じ寮の人たち。学校の女の子たち。彼と、親密な彼女たち。皆、例外なく、血と肉を備えていた。何かの拍子に触れれば、優しい体温があった。わたしは硬い。冷たい。
 彼は、わたしに触れても彼女たちに触れるときのように、喜びはしないだろう。抱きしめた時、やわらかさを感じる。ため息と一緒に、ほんのりと甘い匂いがする。
 そういうことは、ない。
 それなのに、わたしは彼にそういうことを望んでいる。
 わたしは彼から奪いたいのだ。
 彼に何も与えることができないのに求めるというのならば、それは、奪うことにほかならない。あえて言うのならば、わたしは硬いからだを、ゴム製のおもちゃと同じ、物質を与えるだけに過ぎない。それは、きっと無意味だった。
 そしてわたしは、彼を得たとして、何を感じるのだろう。果たしてそのような仕様が備わっているのか。
 
 わたしに、彼のからだを求める資格はない。
 わかっていたのだが、わかっていて我慢のできることとできないこともある。好きになるというのはそういうことなのだろうと思う。
 彼を求める気持ちが抑えられない。
 一つになりたいと願っている。

 わたしは、機械だ。
 精神を備えた機械だ。人間にニセるため、シャドウを制圧するために、こころがある。感情がある。だがそれは、あくまでシャドウとの戦闘にはペルソナが欠かせないからに過ぎない。
 この、得体の知れない感情。
 これは性欲、なのだろうか。
 いとおしい彼と、限界まで一つになりたいと願う気持ちを、そう呼んでしまうべきなのだろうか。彼と何かに融けあえるのならばそうしたかった。一つになりたい。
 わけがわからなくなった。
 無理なのは、わかっていた。けれども、突き動かされる。
 夢想はもう、妄想に近くなっている。
 ならばできる限りのことをするしかなかった。そうすることで、一つ、線を引かなければならなかった。
 運命の日まで、もう、残された時間は長くない。もう、迷う暇もない。もう、一秒だって無駄にはできない。
 ありふれたことだった。だけれども気づいた瞬間、世界は、息づいた。
 機械は死なない。だから、時間もまた無意味に近い。死ぬさだめを負った、有限の存在である人間との関係においてのみ、時間は意味を持つ。
 わたしにできること、とわたしは考える。
 一つになれないのならば、刻み込みたい、とわたしは考えた。わたしの中に、永遠に残したい。彼を、大好きな彼を、閉じこめてしまいたい。うつろう人間の女の子たちよりも確かに。もっと純粋に。もっと、すべてを。もっと、深く。
 もっと、もっと。
 誰も知らない。誰も触れられないところ。クリーンルームの、無の中でのみ、僅かに露出を許される、こころ。
 パピヨンハート。触れてもらえれば彼の遺伝子情報が焼きつくだろう。

 嘘をつく。
「前は悲しいと思っていました。」
 美しく飾った言葉を考えた。
「死のないわたしに言える言葉があるって。わたしは、あなたを絶対に一人にしません」
「わたしは、あなたの傍にいます。あなたのことを想いながら」
「首元のりボンの結び目の奥に一番大切な部品が収められているんです。わたしという人格の源。精神中枢。パピヨンハート」

 うそつき。本当は、どろどろとしたものだけなのに。

 ○ 

 彼が胸元のリボンをほどいた。
 そしてそのままになった。
 彼はゆっくりとリボンを結んだ。
 それから、彼はわたしを弱く抱き締めた。
 変なお願いだったですね、と言った。拒絶されるのも、十分に考えられることだった。諦めはついた。
「ごめんなさい。わたし……」
「アイギス」
 もう、黙って、と彼は言った。
 何も言わないで、アイギス。このまま、ちょっとの間、こうしていよう。イヤ。イヤ。イヤ。
「ずっと、こうしていたい。あなたを、こんなにも近くに感じるのに」
「じゃあ、ずっと」
「はい」
 彼は回す腕に、力を込めた。きっと、人間だったら苦しくなるくらいに。
 わたしはまた、辛い、と思った。
 こんなにも近いのに、こんなにも彼を感じているのに、一つになれない。人間であれば、こんなにも苦しい思いをしなくてもよいのだろうか。人間であれば、一つになれただろうか。随分と、長い間彼はわたしを抱き締めていた。抱き締められるのは、造られて初めてのことだった。こんなにも素敵。こんなにも、嬉しい。
 でも、重苦しさは消えなかった。
「あの」
「うん?」
「わたし、嬉しいです。こんなに、幸せ、って思ったのは初めてですから」
「僕も、嬉しいよ」
「あの、あなたは、わたしが人間だったら嬉しかったですか?」
「よくわかんないな、アイギス」
「わたしは、機械です。あの、その。冷たいでしょ」
 この部屋は寒いよ、と彼は笑った。あまり寒すぎなければ、機械は寒い方が調子がいい。暗い、冬の夜が近い。暖房もつけないのだから、寒いに決まっていた。彼が、話を逸らそうとしていることくらい、わかった。違う、そういうことじゃなくて。
「笑わないでくださいね」
「うん」
「わたし、嫉妬してるんです」
「誰に?」
「みなさんに。
 昨日、見かけました。風花さんと一緒に歩いているの。風花さんの部屋に入っていくのも、わかってしまいました。聴覚、リミットをかけることもできました。でも、できなかった。あなたが風花さんの部屋に入っていくまで、何かの間違いじゃないかって!」
 彼は、わたしから離れた。苦しい、と思った。だが、誤解だった。嫌悪ではない。なぜなら、彼は微笑んだから。
「僕は、アイギスが好きだよ」
「嬉しい。でも、わたし、自分が人間だったらって、そう思うんです」
「どうして」
 彼の言葉が、わたしの深奥から、ヘドロのように溜まった言葉を引きずり出した。彼には、そういう力があった。
「わたしとあなたでは、できないから」
「アイギスはしたいの?」
「そう、思います。あなたをもっと、近くで感じたい。抱き締めてくれて、わたし、とても嬉しかったです。でも、人間の女の子だったらもっとあなたに近づくことができた。ひとつに、なれた。でもわたしは、わたしが、機械だから、ここまでなんです。あなたはわたしを好きだと言ってくれた。抱きしめてくれた。それで十分だと思うべきなのはわかっています。それで満足しなければならないのはわかっています。でも、でも」
 彼は、くすりと笑った。
「アイギス。僕はできるよ。アイギスの思うようなふつうからは、少しズレるけどね。できるよ。だって、アイギスが望むように、僕も望んでいたから」
 でも、ちょっと違うよ。することに、そんな意味はない。したって、そこには何もないよ。意味があるように思えるとしたら、それはそのことに無理に意味を与えただけだ。する、っていうことは、そういうことだよ。アイギス。
「しても、本当にひとつになんてなれない。一瞬。その瞬間だけ、そんな気がするだけ」
 人間だって変わらない。死すさだめを持っているから、だから完全にひとつになれる、というわけではない。求めて求められて、ひとつになろうともがいていても、結局、好き合うふたりが、完全にひとつになることはない。
 ひとと、きかいは、同じだった。
 永遠に満たされない、ひび割れた器を抱えてどう生きていけば良いというのか。
「むなしい、ですね」
「むなしくても、しなければならないこともある。どうでもいいことなんて、何もない。むなしくなんてないよ。少なくとも、ふたりでいれば寂しくなんかもない」
 永遠に満たされない器を、満たそうとし続けることは、とても大切なこと。
「アイギス。しようか」
 わたしは頷いた。もう一度、彼はわたしの胸元のリボンを解いた。
「触れるだけじゃ、ダメだよ。アイギス」
 しよう、アイギス。

 ○

「どうして」
「うん?」
「どうして、最初は触ってくれなかったんですか」
「アイギスが本当に望んでいるのがそんなことじゃないくらい、僕にはわかっているよ」
 ごまかしはよくないよ、アイギス。僕は、ちゃんとわかるんだからね。

 ○

 彼の言うことは正しかった。彼が低く呻き、わたしが高くないたその刹那、わたしは彼と一つになれた気がした。だけれども、彼の言ったとおり、ほんとうにその瞬間だけだった。
 終わってしまって、彼が去って、部屋に一人でいるとき、わたしはどうしようもない虚ろな気持ちになった。だが、その虚ろな気持ちこそ、彼との絆の証でもあった。

 ○

 彼のことを、思う。
 
 あるとき、ふと気がついた。
 わたしは、彼のことを想っている。かけがえのない人だと、思っている。
 でも、わからない。彼は、彼自身は何を望んでいたのだろう。彼は自分の望むことは、わたしの望むことだと言った。だが、それは本当のことなのだろうか。答えは、ない。
 彼は、死んだ。人が死ぬというのは、そういうことだ。 

 わたしは、答えのない問を抱えて、そしてその重みに潰されかけて、3月を終えようとしている。







 *

 
 >>1と同じく、ペルソナ3です。
 うーんきもちわるいなと思いつつ、楽しく書きましたとさ。
 連作ということで、次がラストです。
メンテ

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