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[15] ネタを交換して是非とも短編を書きましょう
   
日時: 2012/04/30 20:39
名前: sakana◆092jpOU0d. ID:vegG1s5A

 皆さんこんにちは、sakanaといいます。
 そして、早速本題です。「自分の考えたネタから小説を書いてもらって、相手の考えたネタで小説を書こう!」の企画。

 これは
「リレー小説というものに憧れるけれども。ただでさえ、自分の抱えている連載完結の日を思い浮かべることができないのだから……やっぱり無理かなあ……ううう、人と関わって作品作りたいよー」
 というsakanaの願望から始まりました。
 それでも、この企画によって。参加者や閲覧してくださる方々が、感動したり感心したりその他様々な正の想いが少しでも生まれたらと思います。

>>2(企画、ネタ交換の際の概要)
>>3(参加者について)





[目次]
※敬称略

    sakana  かめくん
本編  >>     >>21-25
提供ネタ>>     >>
会議用スレです



    春姫   sakana
本編  >>    >>
提供ネタ>>19  >>18




[お知らせ]
10/21 目次に一ペア。参加者に一名追加
10/23 親スレの《必ず同じジャンルのものを執筆するようにしてください》という部分を修正。相手が指定するという形を取ることにしました。要するに、自分の思いついたままの舞台でのネタを提供。……説明下手ですみません。
    親スレに、会議用スレに関しての付け加え。
    目次に、一つ会議場へのリンクを繋げました。
2012年
1/18  目次に一ペア
    参加者締め切りました
2/25  親スレに目次移動、概要など一部削りました

・参加者が必ず投稿するものは、「短編」と「ネタまとめ」です。
会議場(チャット)はこちらです
(2011年10月20日スレ立て)
メンテ

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01 ( No.21 )
   
日時: 2012/04/29 00:18
名前: かめくん ID:qxqlqPac

「雨の恵みは幸福を」かめくん


 その日のヒュエトスはいつもの静けさはどこへやら、あちらこちらで人々の笑い声と怒声が聞こえた。なぜなら十年に一度行われる恵雨祭がすぐニ日後に開催される事が発表されたからだ。町人達にとって恵雨祭は楽しみでもあったが、それ以上に重要なのは”雨”だ。
「恵雨祭に降る雨は奇跡を呼ぶ」
そんな伝説は習わしや迷信では無く紛れも無い事実であり、ヒュエトスはこの恵みの雨によってこれまで栄えてきた。
雨は豊穣を。雨は勝利を。雨は英知を。そしては雨は”幸福”を呼んだ。
ヒュエトスの町人は畏敬の念を込めて恵みの雨をこう呼んだ。
「女神の涙」と。
 そんな恵雨祭がニ日後に迫っているのだ。町は準備に大忙しだ。誰もが走り回る騒々しい町中を、一人の青年がヨタヨタと歩いていく。背丈程もある大きなイノシシを背負ってるのだから無理もない。青年のがっしりとした体つきと、ボサボサの伸びた茶色の髪がなんともアンバランスだ。青年はイノシシを背負ったまま食堂”アマライト”へ入っていった。
「おい、ブロウさんっ! 見ろよこのイノシシっ! 銀3枚でいいぞ!」
カウンターの奥には青年よりさらに筋肉質なヒゲのオヤジがふんぞり返って座っている。頭はつるつるのハゲ頭だ。
「アバロ、この馬鹿。裏から入って来いっていつも言ってんだろ。そんなもの持って入って来たら客がビックリすんだろうが」
アバロは聞いているのかいないのか鼻をフンフンと鳴らしながら、背負ったイノシシをカウンターどかっと乗せた。
「今日は客なんか居ねーんだから良いだろ。町中なんだか騒がしいな、何かあんのか?」
アバロの言葉にブロウは心底呆れたようにため息をついた。
「お前なんで掲示板見てねえんだ。恵雨祭が明後日に決まったんだよ」
「な、なにっ! 本当かよ!」
「ああ、神官様から直々にご通達だ。皆準備に大忙しだ。うちも盛大に料理振舞わせてもらうつもりよ」
そこまで言うとブロウはカウンターの上に乗ったイノシシの足をぐい、と持ち上げた。
「こいつぁ中々派手な料理ができそうだな。良いだろう、銀3枚つったな。おいチェットッ!」
ブロウが店の奥に向かって怒鳴る。若い女の声で「はーい」と答えるのが聞こえた。と同時に肩までありそうな金髪をポニーテールにした少女が奥からパタパタと現れた。
「何よ、今忙しいんだけど……わっ! なに? おっきぃイノシシ」
「アバロが持ってきたんだよ。銀3枚でいいらしい」
「へっへっへ、お得意様サービスだぜ」
アバロが鼻の下こすり笑う。
「銀3枚ぃー? もーブロウさんはアバロに甘いんだからぁ。こんなにいらないよ」
「おいおい、恵雨祭に出すんだ。ドーンと行かねぇとな」
「そんなもの出したってうちには一銭の得にもならないのに……」
イノシシの足をつまみ上げるチェットの背中をブロウがバンッと叩く。
「祭りだってのに何みみっちい事言ってやがるっ! 食堂アマライトの懐のでがさを見せつけてやらねーとなっ!」
「良い事言うぜブロウさんっ!」
「そうか? そうだなっ! がははっ!」
イノシシを挟んだ男二人が声を上げて笑う。隣でチェットが額を抑えた。
「男って本当馬鹿……」
ふと、ブロウが思い出した。
「おっと、そうだ。それでチェット。わりぃが金庫から銀3枚持ってきてもらえるか」
「え? それならサーニャに言ってよ。あたしは金庫に触ったりなんてしないよ」
チェットの何気無い言葉にブロウが一瞬言葉を失った。チェットが訝しげに顔を覗きこむ。
「どうしたの?」
ブロウははっと我に返ると、誤魔化すように手をパンと打った。
「あ、あいやそうか、そうだな。じゃサーニャに銀3枚持ってくるよう伝えてくれるか」
「分かった。サーニャー、ブロウさんが呼んでるよー」
チェットが奥に消えたの確認してからアバロがブロウを冷えた目で見た。
「……なんだよ」
「別に」
ブロウは顎に生えた無精ひげをゾリゾリとなぞった。
「け、チェットめ。”金庫に触ったりなんてしないよ”か。そら他人様の家の金庫に手ぇつけたりなんてしないわな」
「チェットを引き取ってからまだニ年だろ。お互い気を使うのは仕方ないだろ」
「気ぃ使うような事は無いって言ってんだけどな。良く働いてくれるしよ」
コソコソを話していると、少女達の楽しそうな話し声が聞こえたので、二人は慌ててそっぽをむいた。
チェットと共に現れたのはサラサラの赤髪を振りまくそばかすの目立つ少女だ。年はチェットと同じくらいの16,7といった所だろうか。
「お父さん、銀3枚なんてどうするの?」
「おお、サーニャ。このイノシシ見ろよ。こいつを買おうと思ってな」
「あら、アバロ。これあなたが狩ってきたの?」
「おう。どうだ。悪くない値段だと思うけど」
「そうね。是非恵雨祭に出しましょう。きっと町一番の料理として目立てるわ」
ピン、と指を立てるサーニャに三人が声を上げて笑った。サーニャはほほを膨らませる。
「ちょっと、何よ。良い考えじゃない」
「いやぁ、さすが俺の娘だ」
「ブロウさんもサーニャもお祭りが大好きなんだから」
チェットが押し殺した声でクックッと笑った。
「おし、じゃあ俺はこのイノシシ捌いとくからお前らは神官様に報告しに行ってくれ。アマライトは特大のイノシシ料理を出すってな」
ブロウがその大きなイノシシを片手でひょい、と持ち上げる。
「分かったわ。チェット、アバロ。行きましょう」
サーニャがチェットの手を引っ張った。二人の少女をアバロが追いかけて行った。

 三人は店を出るとまっすぐ神官の居る礼拝堂に向かった。
礼拝堂には分厚い木の扉が威圧的な雰囲気で閉ざされている。
「中でお祈りをされてるのかもしれないわね」
サーニャの言葉にアバロとチェットが顔を見合わす。
「なら、また後にした方が」
アバロが言いかけるとサーニャは木の扉を思い切り叩いた。
「インベルさーん、いらっしゃいますかー?」
「お、おい。大丈夫かよ」
慌ててサーニャの肩を掴むアバロの腕をうっとおしそうに振り払う。
「大丈夫よ。心配症ね」
サーニャがそう告げると木造の扉が重たい音を立てて開いた。中から大きな帽子とゆったりとした祭服を着た、厳格な顔をした男性が現れた。帽子と服は共に緑色で、中心に大きな十字架が象られている。
「おや、サーニャ。アバルにチェットも。どうしたんだい? 恵雨祭は明後日だよ」
「ごめんなさい、お祈りの途中だったかしら。
”恵雨祭にアマライトから特大のイノシシ料理を盛大に振る舞います”と伝えるよう父に頼まれたものですから」
大人びた様子で淡々と告げるサーニャにインベルがニコリと笑って、サーニャの頭を撫でた。
「それはそれは楽しみだ。私の方から町長に伝えておこう。一番目立てるテーブルを確保しておいてくれ、とね」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございますっ!」
サーニャの手馴れた挨拶にアバルとチェットも慌てて頭を下げた。頭を上げたチェットがインベルに尋ねた。
「毎年お祭りの当日に雨が降るのはインベルさんが熱心にお祈りしてくれてるお陰なのね」
恵雨祭の時に必ず雨が降る。それは村人達にとって不思議でも何でもない常識であった。恵雨祭が行われる月は決まっていたが、日にちは毎年微妙に前後していた。
「チェット、それは違うよ。私は”雨神様”の言葉を聞くだけさ。雨神様は明後日に雨を降らすと、そう仰っられたのさ」
インベルの言葉にサーニャとアバロが興味深げに扉の奥を覗き込んだ。二人の後頭部にサーニャの張り手が飛ぶ。
「馬鹿っ! 失礼でしょ。ごめんなさいインベルさん。それを伝えに来ただけなので……」
二人の首根っこを掴み引っ張り出すサーニャを見てインベルが声を上げて笑った。
「はっはっは。二人とも私のお祈りに興味があるのかい? 若い内から殊勝な事だ。せっかくだ、見学して行くかい?」
「良いんですか!」
ハモった二人の声にインベルはまたも笑う。
「どうぞどうぞ。そんなに面白い物は無いけどね」
「じゃあ、失礼して。お邪魔しまーす」
「ちょ、ちょっと。もう!」
そそくさと中に入っていくチェットとアバロの後ろを、サーニャが仕方なさそうに着いて行った。

 中は外から見るより広く、長椅子がいくつも並んである。奥には十字架を握り涙を流している女神の像があった。女神の下半身は雲に埋もれ、涙は今にも雲に落ちそうだ。
「私、礼拝堂に始めて入った」
「お、俺もさ」
物珍しそうに辺りを見回す二人にサーニャがまたもため息をつく。
「もう。ヒュエトスに住む者として罰が下るわよ。私はいつも雨神様にお祈りに来てますから」
「サーニャは月に一度必ず来ているね。感心者だ」
インベルが嬉しそうに笑う。サーニャは少し得意気に続けた。
「十年前、前回の恵雨祭のお恵みを忘れていませんもの。あの年はそれまで不作で……うちみたいな食堂は苦労しました。ねえ、インベルさん。あの年にお願いしたお恵みは”豊作”でしょ」
インベルは優しい笑みを浮かべゆっくりと頷いた。
「その通りだよサーニャ。あの”女神の涙”が降って……翌朝の歓声で私は起きたのだよ。そして見た。前日まで砂漠のようだった麦畑が、まるで金色に輝いてるかのように実っているのをね」
「へぇ〜、本当に奇跡なんだな」
「まったく驚きね」
アバロが余り興味無さそうに呟きチェットが続く。サーニャが三度目になるため息をつく。
「もう。良い機会だからあんた達お祈りして行きなさい」
「ああ、それは良い」
サーニャの言葉にすぐさまインベルが食いつき、教壇の経典を開いた。アバロとチェットは目配せをした後、やがて諦めたように頭を振った。
三人は最前列の長椅子に並んで座ると手を組んで頭を垂れた。三人の前ではインベルが同じように手を組み、祈りの言葉を捧げ始めた。
五分もしない内に祈りは終わり、三人を顔を上げた。その時アバロの瞳に女神の像の真下にある、祭壇が目に入った。
「インベルさん、そこにある……それ、何ですか?」
祭壇の上には黒い糸の束が置かれていた。どう見ても人毛なのだが、場違いな雰囲気から何やら恐ろしげな雰囲気を出している。アバロはわざと言葉を濁して聞いた。
「あぁ、これかね……」
インベルはゆっくりと毛束を撫でた。慈しむような物悲しむような触り方だった。
「これは供物さ」
「供物?」
「そう、雨神様に捧げる供え物さ。雨神様はこの供物を受け取る事で我々に奇跡を与えてくれる」
「でも、それ、髪の毛」
「さぁ、私はそろそろお祈りに戻らねば。なんと言っても恵雨祭は明後日だ。やる事はいくらでもあるからな」
アバロの言葉を半ばに遮るようにしてインベルは三人を追い出した。三人は入り口で改めて礼を告げ、礼拝堂を後にした。アバロも少しの間だけ先ほどの供物の事が胸につかえていたが、やがて店に戻る頃にはすっかり忘れてしまっていた。

 店に戻ると、庭でブロウがイノシシの血抜きを終え、毛皮を剥いでいる途中だった。
「お、お帰り。伝えてくれたか」
「町長さんに言ってテーブル予約してくれるって。さすがお父さん、手際が良いわね」
「よせやい」
ビィイ、と音を立てて皮を剥ぐブロウが照れて笑う。その様子を見ていたアバロが思いついたように聞いた。
「そう言えばサーニャとチェットは料理出さないのか?」
何気ない質問にサーニャが肩をすくめる。
「私はさっぱり。仕入れとか給仕専門。でもそうねえ。チェット、あなたは料理出せば良いじゃない」
チェットが慌てて否定する。
「あたしだって無理無理っ! 本格的に料理始めてまだ2年よ?」
「たまに料理出してるじゃない。特にあれ、あの鴨のステーキ。あれとっても美味しかったわ」
作業を続けながらブロウも同調する。
「そうだな、あれは確かに美味かったぜ。店としても問題無いぞ」
「で、でもほら、祭りは明後日だってのに今から鴨肉なんて手に入らないよっ! 食材は今皆欲しがってるもの」
皮を剥ぎ終えたブロウが、脂のべっとり貼りついたナイフを乱暴にバケツに投げ入れた。ツヤツヤの白い塊肉となったイノシシをパンと平手で打った。
「うちもこれ買っちまって余裕が無ぇ。確かに材料は中々買えないかもな」
顎に手を添え少しばかり悩んだサーニャだったが、やはり余り良い手は思いつかなかった。
「そうねぇ。何だかごめんなさい。気だけ持たせるような事言っちゃって」
チェットを手をぶんぶん振り否定する。
「そんな事無いよっ! 恵雨祭に出すのはもう少し自信を持ててからにするよ」
「まぁやる事はいくらでもあんだ。料理出来なくたって暇はねえ。チェット、解体手伝え」
「はいっ!」
チェットは勢い良くを返事をして吊るしたイノシシを降ろすの手伝い始めた。
「じゃ、私の方からも町長さんに挨拶に行っておっこかなー」
ぐー、と伸びをしながら独り言を吐いてるサーニャにアバロが答えた。
「俺もやぐらの設営手伝うから一緒に行こうか」
「はいはい。じゃ、お父さんちょっと行ってくるね」
「遅くなるなよっ!」
二人の後姿にブロウの声が響いた。
メンテ
02 ( No.22 )
   
日時: 2012/04/29 00:26
名前: かめくん ID:qxqlqPac

 二人は祭りが行われる広場に向かった。しばらくしてアバロが意を決して聞いた。
「なぁもしチェットが料理を出せるとしたら、いつまでに鴨は手に入れれば良いんだ?」
おずおずと話すアバロに一瞬呆気に取られるサーニャだったが、やがてにやにやと笑い出した。
「そうねぇ、私も料理に詳しい訳じゃないけどステーキならまぁ当日の昼くらいまでに手に入れば何とかなるでしょ」
「そうなのかっ! そっかそっか」
サーニャの言葉にアバロは心の中でガッツポーズを取って喜んだ。明後日の昼くらいまでなら十分間に合う。
「アバロ、良い所あるじゃない」
サーニャがアバロの腰をつん、と突く。すぐにアバロは気恥ずかしくなってしまい、慌ててそっぽを向いた。耳の後ろ辺りが熱くなったのを感じる。
「チェットには言うなよ。取れる可能性のが低いんだ。期待持たせてガッカリさせたくは無いからな」
「はいはい」
そうこう話している内に、広場に辿りついた。中央では大きな柱が四本立っている。完成すれば立派なやぐらになりそうだ。
そんな上半身裸の男達が汗を流し作業してる中心で、一際大きな声で指示を出している男が居た。
「あら、町長さん居たわ。それじゃ私は話してくる。アバロはどうするの? 設営手伝う?」
「いや、俺はもう行くよ」
右手で銃の形を作り撃つ真似をする。サーニャが急に真面目な顔をして、アバロの肩を掴んだ。
「チェット本当はとっても料理出したいと思うの。無理はしなくて良いけど頑張ってね」
「言われるまでもねえよ」
アバロが笑い、サーニャも笑い返した。そして握った拳で胸の辺りを軽く突いた。
「おっきいの期待してるわよ」

 湖の水面からバタバタと一羽の鴨が飛び立った。やや遅れて乾いた銃声が森を抜ける。鴨には当たっていない。
「くそ……また逃した」
アバロはこの二日間森に出ずっぱりだ。だが季節外れの鴨、おまけに一人での猟ではもはや運試しと言っても過言では無い。今だ一羽の鴨も捕らえれらてなかった。
「祭りの手伝いもせず何やってんだかなあ、俺。昨日なんて野宿までしちゃって母ちゃん心配してるかな」
銃口から弾を込めつつ、ぶつぶつと呟く。まだ薄暗いうちから狩りを始めていたが、そろそろ日も完全に昇り始めていた。
「どの道そろそろ間に合わねぇな……チェットには悪いが引き上げるか」
荷物と銃を持ちポイントを後にする。残念だが仕方ない、祭りを楽しむ事に専念しよう。
ため息を吐いてうな垂れるアバロだが、すぐに思わず歓声を上げそうになった。すんでの所で息を呑みそっと腰を落とす。
眼下には十数羽の鴨が居た。そこはいつも行くポイントとはかけ離れた場所であった。距離はまだ三十メートル以上ある。気配を殺し息を細く吐く。
「まだ……まだだ……もう少し……」
集中した視線と銃口は重なり、自分でも知らず知らずのうちに言葉が口から漏れていた。鴨は今だに気付かず湖を暢気に遊泳している。
その先にピタリと照準を合わせる。照準に鴨が重なった。
辺りに響く銃声と共に鴨の群れが飛び立つ。その内の一羽がすぐにボチャンと音を立てて湖に落下した。アバロは思わず歓喜の声を上げる。
だが鴨は落ちた水面でバチャバチャと暴れ始めた。
「クソッ! 半矢だっ!」
銃を放り出し鴨に駆け寄る。この距離なら弾を込め直してるより、直接締めに行ってしまった方が早い、はずだ。
高揚したアバロは草木を押しのけ鴨に駆け寄る。と、突然視界がヒュンッ、と乱れた。

「チェット! 芋の皮剥いとけつったろ!」
入るなら怒鳴るブロウに負けじとチェットも声を荒げた。
「今タマネギ刻んでんだ! 自分でやれ!」
「口答えすんじゃねぇ! 戻るまでに剥いとけよ!」
ブロウは仕上がった料理を持つと、すぐさま出て行ってしまった。
ほとんど入れ替わりでサーニャが店に入ってくる。チェットは一瞥くれると挨拶も無しにタマネギを刻む作業に戻った。
おずおずと辺りを見回していたサーニャだったが、やがて意を決して口を開いた。
「ねえ、チェットちょっと良い?」
「駄目。今トイレに行く暇も無いくらい忙しいの」
相変わらず作業の手は休めず答えられた。
「大事な事なのよ。アバロ見てない?」
チェットは思わず吹き出してしまった。
「大事な事ってそれ? 見てないけど広場で準備手伝ってるか、料理のつまみ喰いでもしてるんじゃない?」
「そんな……ああ、どうしよう……」
さすがに尋常では無いうろたえぶりにチェットは作業の手を止めた。
「何? アバロがどうしたの?」
「あのね、アバロ多分森に居るのよ。ほら、チェットが料理出せたら良いな、って話したでしょ? その後アバロ、鴨狩りに行くって。でも全然見ないからアバロの家に行ったの。そしたらおばさんが昨日の朝から出かけたままだって言うのよ。お祭り前できっと一人だったろうし、何かあったのかな、私どうしよう……」
サーニャがへたり、と椅子に座り込んでしまった。話を聞き終えたチェットが包丁とエプロンを台所に放り投げた。ちょうどタマネギを全て切り終えた所だった。
「探してくる。夜までには戻る」
「駄目よチェット! あなたまで居なくなったら、私……私……」
今にも泣き出しそうな顔を見せるサーニャにチェットが二ッと笑った。
「大丈夫よ、行きそうな所は大体分かるし絶対無茶はしない。見に行って帰ってくるだけ。本当にそれだけ」
「でも、でも」
「いいから。ブロウさんには適当に言い繕っといて」
 ああ、こんな時の彼女は何て頼もしいのだろうか。サーニャは自分に無い物を持っている彼女が好きだった。一番の親友だと思っていたし、彼女もきっとサーニャを一番の親友だと思っている事だろう。
「絶対よ! 絶対無茶はしないでね! 夜には帰って来てね! 帰って来なかったら町総出で探しに行くからね!」
「わかった」
苦笑して扉に向かうチェットだったが、扉を開けた時ピタリと動きが止まった。首だけ振り返り、心配そうに見つめるサーニャをビッと指差した。
「芋の皮、剥いといて」

「いっつつ、くそ」
森の獣道をアバロは懸命に歩いていた。猟銃を杖代わりに捻った左足を引きずりながら。
「くっそー絶対恵雨祭にゃ間に合わないぞこりゃ」
それだけでは無い。もしこのまま日が落ちるまでに森を抜けられなかったら、もう動けない。暗い夜の森に一人、水も食べ物も無い状況で。そもそもこんな状態にで町まで戻れるのだろうか。このままのたれ死ぬんじゃないのだろうか。嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。
「ああ! くそ!」
頭を思い切り振って中身を空っぽにする。余計な事を考えても仕方ない、今は無事帰る事だけを考えるんだ。
猟銃を強く地面に打ち付ける。
「のわっ!」
ぬかるんだ地面に銃ていがすべる。支えを失ったアバロは顔面から土へダイブした。鼻や口に湿った土が入り込んできた。
こうなるとまた一苦労だ。木によりかかり痛む足を我慢して立ち上がる。もう何度もくり返している。ほとほとうんざりだった。
「もう、駄目かもなあ」
半ば諦めて大の字に寝転った。空はそろそろ赤い。日が沈まぬ内に森は出られるかもしれないが、そこまでだろう。今夜は恵雨祭だ、誰も探しに来てくれなどしない。じゃあ今の内に森を抜けた所で同じじゃないか。アバロは投げやりな気持ちで眼を閉じた。そのまま寝てしまおうとすら思っていた。
眼を瞑ると森の音が良く聞こえた。風が木に当たり、葉を揺らし虫が鳴く。アバロは森の音が好きだった。もっと、もっと声を聞こう。アバロが耳を済ませると何だか懐かしい声がする。
一体この声は何だろうか。アバロは意識を集中して音を書き分けた。これは。
「チェット!」
眼を大きく見開く。間違いない、チェットの声がした。アバロは息を思い切り吸い込み限界まで溜めると、一瞬止めた。そして、あらん限りの力で、吼えた。
「チェットォオオオ! ここだあああ!」
「アバロ!」
チェットの呼ぶ声が聞こえ、ガサガサと茂みをかき進む音が近づく。アバロは痛む足に気合を入れて立ち上がった。同時に茂みからチェットが飛び出した。
「チェットッ!」
「アバロッ! 見つけた!」
チェットが思わず抱きつくとアバロが悲鳴をあげる。
「いたたったたっ! 足っ! 足っ! 足くじいてるからっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
すぐさま離れアバロの足をまじまじと見つめる内に、にがにがしい表情に変わっていった。
「あははは、全く肝心な時にドジっちまったよ」
アバロが頭を掻きながら脚をポンポンと叩いた。
「ひどい……ちょっと待ってね」
そう告げるとチェットは腰に下げた袋から水筒と包帯と取り出した。
「足、ちょっと我慢してね」
そう告げ了承も得ない内に足に水をかけ始め、泥を落とし包帯を巻きつける。アバロの顔が少し歪む。
「はい、とりあえずの処置」
「あ、ありがとう。なんでここが分かったんだ?」
アバロの言葉にチェットがクスリと笑う。
「鴨取りに行ってくれたんでしょ? アバロって酔っ払うといつも”ここだけの話”って自分の狩場の話しだすのよ。だから大体の場所は分かってたの」
「本当かよ。まぁこうしてチェットが見つけに来てくれたんだから良いか」
照れて笑ったアバロだったがすぐにはっとして聞いた。
「なんで鴨捕りに来た事知ってるんだよ」
聞くまでも無い。サーニャがバラしてしまったに決まっていた。チェットも思い出しような顔をして俯いてしまった。しかしすぐさまアバロの腰に飛びついた。
「ごめんね。私、アバロの気持ち全然知らなかった。良かった、アバロが無事で本当に良かったよ……」
自分の腰に抱きつく女の子にアバロは急に心臓が脈打ち始めたのを感じた。どうして良いか分からず宙に浮いた両手に汗をかく。チェットの肩を掴みぐっと離す。そしてすぐ自分の腰袋から鴨を取り出した。
「どうだ! 三日かかったけど何とか一羽捕まえたんだ」
チェット目尻をこすりながら「えへへ」と笑った。
「あんまり大きくないね」
「お、お前第一声がそれかよ!」
「あはは、ごめん。町についたらすぐにステーキ作ってあげる。一番最初に食べてよね」
「ああ、勿論。まぁ恵雨祭にはもう間に合わないけど……」
苦笑するアバロの隣でチェットがおもむろに立ち上がった。手を差し伸べて笑う。
「まだ分からないよ。さ、行こ?」
どう考えてももう間に合わない。そんな事は百も承知だったが、アバロもまた笑顔で返す。
「そうだな」
差し伸べた手を握る。チェットの手はアバロ同様汗ばんでいた。

広場では唄を歌う者、踊る者、喧嘩する者と騒々しいことこの上無い。ブロウもまたその内の一人だった。
ブロウの料理は大好評だった。お陰で皆の酒もすすむ。
サーニャは今だ一人思い悩んでいた。まだチェットとアバロは戻らない。もうすぐ日が暮れる。このままでは二人の命まで危険だ。
「お父さん」
サーニャは仲間達と酒を飲み合っている父の裾を引いた。
「あ、おめーどこ行ってた? 祭りなんだから飲め飲め!」
すでに出来上がっている父にサーニャは一瞬ためらった。二人の事を話したら父の事だ、すぐに皆で探しに行くなどと言いかねない。それでもサーニャはすぐに思いなおし父の顔を見つめ直す。
「あのね、アバロとチェットの事なんだけど」
サーニャの口が止まった。サーニャだけでは無い、それまでに騒々しく唄って騒いでいた町人全てが、突然ピタリと止まった。
サーニャは空を見上げた。ポツリ、ポツリと自身の訪れを告げ始めたそれは、サーニャの額に当たり、頬をつたった。
「雨だわ」
メンテ
03 ( No.23 )
   
日時: 2012/04/29 00:36
名前: かめくん ID:qxqlqPac


「ちょっと、待て。待ってくれ。もう無理だ」
肩で息をしようにもその肩を貸してしまっているアバロはついに力尽き、その場に座り込んでしまった。
「大丈夫?」
言いつつ水筒を取り出したチェットはアバロにそれを差し出す。森を抜けた今、恐らく最悪の事態は免れた。
受け取った水筒を飲みアバロは息を整えた。
「大丈夫よ、ゆっくりで。少し休みましょう」
チェットがそう言いながらアバロの隣へ腰掛ける。
「やっぱり今夜中は無理ねー」
「あ、お前言うなよ!」
チェットの言葉に思わずアバロが突っ込んだ。
声を上げて笑うチェットにアバロは何故かブロウとの疑問が頭に浮かんだ。
「な、なぁ最近店の調子はどうだ?」
「え、何よ急に。いつも通りよ」
チェットが訝しげに眉をひそめた。それはそうだろうな、とアバロが自分自身に突っ込んだ。
「いや、そのーなんだ」
ああ、もう。どうしてこう自分は馬鹿なんだろうか。そう思わずにはいられない程、言葉が出てこなかった。
「何よ? はっきり言って」
「ブロウさん達に遠慮してるんじゃないかって」
「はあ?」
思わず率直過ぎる言葉が出てしまったアバロが慌てて言い繕う。
「いや、ほらお前もブロウさんに引き取られてから二年たつだろ? 上手くやれてんのかなーってさ……気になって……」
思わず目線が泳ぐアバロの顔をチェットが覗きこむ。やがてハァ、とため息をついて口を開いた。
「私の髪って金髪でしょ。ママみたいに綺麗な黒髪じゃないの」
「そん」
そんな事は無い、と言いかけたがチェトに被せられてしまった。
「いいの、私分かってるから。それに金髪で良かったと思ってるわ。ママがあんな事になっちゃってたし……。そのせいでパパまでお酒飲んでは暴れるようになって。結局最後は酔っ払って川に落ちて死んじゃったんだもん。私ってば自分が呪われてるんじゃないかって思ったわ」
アバロは黙って俯いていた。自分には否定も肯定も出来ない事が分かっていた。
「でもね、その後ブロウさんが私の事引き取ってくれた。町の人も皆すごく、本当にすごく優しくしてくれたの。同情だったかもしれない、でもそれって優しさと同じ事じゃない。だから私町の皆、ううん。ヒュエトスの町が大好きなの。ヒュエトスの皆の事家族だと思ってるわ」
アバロは顔を上げた。見つめた少女の顔には嘘や偽りは無かった。
「だから皆家族よ。アバロもブロウさんもサーニャも。皆々大切な家族なの。遠慮なんてこれっぽっちもしてないに決まってるじゃない」
サーニャの言葉はアバロの胸に詰まっていた物まで取ってしまった。安堵したような嬉しいような気持ちがこみ上げる。
「その言葉、サーニャが聞いたら泣いて喜ぶぜ。あいつ結構感情屋だから」
「ふふふ……あっ!」
突然チェットが大きな声を上げた。
「な、なんだよ」
「サーニャ、サーニャよ!」
チェットは立ち上がったまま、その場で足踏みを繰り返す。
「サーニャがどうした」
「私あの子に”今夜中に帰るって言っちゃった! サーニャ夜までに戻らなかったら町人総出で探しに行くって!」
「な、なにぃ?」
「急いで帰りましょう! なるべく早く町に着かないと!」
二人は動かなくなった足を無理やりに奮い立たせ夜行軍で町に向かった。

 町の入り口まで辿り着いた時すっかり日も昇りすでに昼前だった。思わずその場に倒れ込む。足の怪我はどこへやら、アバロはいつのまにか道を駆けていた。
「は、はー疲れた!」
隣ではやはりチェットが息を切らしている。
「何よ、サーニャったら……誰一人探しになんて来ないじゃない」
その通りだった。町は昨日の祭りを終えた人々が道端で寝たり、後片付けに勤しんでいる。チェットやアバロの姿を横目で見る者もいたが特に気になどしてないようだ。
「とりあえず俺家に行くよ。もう二泊も無断で外泊してんだ。さすがに母ちゃんも心配してんだろ」
「そうね、私も一緒に行って弁解してあげる」
二人は重い腰を上げアバロの家へと向かった。
すぐに井戸に水を汲みに行く途中だったアバロの母と鉢合わせる。
「おう、母さん。ただいま」
声をかけられた母は手に持ったを桶を思わず落とした。
「お前アバロ! この馬鹿! 二日間も一体どこ行ってたんだよ! サーニャちゃんが行方を聞きに来るし……」
「いや、悪い悪い。ちょっと遭難しててさ」
「遭難!?」
「そうなんです、アバロ君私のために一人で狩りに行ってくれてて……」
突然割り入ったチェットを、アバロの母が胡散臭そうに見つめた。
「あ、あらそう。え、っとこちらの方は? まさかお前彼女かい?」
「はあ?」
今度はアバロが驚く番だった。
「何言ってんだよ。チェットじゃねえか。小さい頃から良く遊んでるだろ」
「え、そうだったかい? さあねえ……ちょっと覚えが無いねえ」
「無理も無いです、ここの所お顔も見せていなかったもの」
首をかしげるアバロの母にチェットが助け舟を入れる。アバロが母を胡散臭そうに見つめる。
「もうろくするにゃ早ぇぞばばあ」
「親に向かってなんて事言うんだよこの子はっ! 祭りの準備も一向に手伝ってないんだからせめて後片付けくらいしておいで!」
石でも投げかねない勢いの母に外泊の説明もできない内に二人はその場を後にした。

「とりあえずアマライトに行きましょう。サーニャきっと心配してるわ」
今だに二人の歩みは重い。とりあえず一休みできる場所が欲しかった。
「いいぜ、腹もぺこぺこだ。なんか昨日の残りものでも貰おうぜ」
「もーアバロはそんなのばっかり」
二人が冗談を交わしながら食堂アマライトにつく。
「お邪魔しまーす」
アバロが無遠慮に扉を開く。洗い物をしていたブロウだが、アバロを一目見ると目の色変えて飛び出した。
「てめぇこの野郎! 昨日はどこ行ってたんだ! 俺の料理も食わないで……」
そこまで言ってブロウの言葉が止まった。隣にチェットを見たからだ。急ににんまりと笑い、背中をバン、と叩いた。
「なんだなんだそういう事か! いやいやアバロお前も隅に置けねえじゃねえか!」
ブロウの言葉に二人は顔が真っ赤になった。
「何言ってんだ! そんなんじゃないよ! 大体チェットは昨日ほとんど店に居たんだろ!」
アバロの言葉にブロウがうんうんとうなづく。
「そうかそうかチェットってのか。随分と可愛い子じゃねえか」
「やだ、ブロウさん何を言ってるの」
チェットが赤かった顔をますます赤くして俯いた。
「ん、どこかで会った事あったかな? 女の子の顔と名前は忘れねえ質なんだがなあ」
はっはっはと声を上げて笑うブロウの前にし、二人さすがに眉をひそめた。
「何言ってんだ、ブロウさん。昨日の酒がまだ残ってんのか?」
「どういう意味だ?」
ブロウの笑いが止まると、ちょうどサーニャが扉を開けて入ってきた。
「あら、アバロお帰りなさい」
「あ、サーニャ聞いてくれよ。ブロウさんが変なんだよ」
「お父さんが変なのはいつもの事じゃない」
サーニャが笑うとチェットも声を上げて笑った。
「あら、こんにちは。アバロのお友達?」
サーニャの言葉にアバロもチェットもさすがに何だか言い知れない不気味さを感じた。
「おいなんだよさっきから。冗談のつもりか? 全然面白くないぞ、ここはチェットの家じゃないのか?」
いい加減に怒りを見せたアバロに二人も顔をしかめる。
「お前こそ何訳分からない事言ってんだ。うちはずっとサーニャと二人暮しだぞ」
突然チェットが店の奥へと駆け出した。
「あ、おい!」
ブロウの声も無視して進んだ先は寝室だった。無言のまま扉を開くとベッドが二つ並んでいる。色合いや大きさからして女の子の物である事が分かる。
「ベッドはあるわ……」
誰に言ってるのか、チェットが声を漏らした。今度はブロウとサーニャが驚く番だった。
「おい、そう言えば何でお前の部屋にベッドが二つあるんだ?」
「それは、だって……あれ?」
「どういう……事だよ」
誰も何も言わなくなった。気まずい沈黙が続く。暫くそのまま静寂が続いたが、チェットがぽつりと呟いた。
「私、町長さんの所へ行くわ」
とぼとぼとした足取りで店を出る。ブロウとサーニャは何とも言えず、黙ったまま目を見合わせた。
「もう! ブロウさんもサーニャもいい加減にしろよ!」
何だか分からない不気味さを押し付けるように、アバロは二人を怒鳴りつけチェットを追いかけた。

二人はすぐに町長と会えたが結果は変わらなかった。町長はチェットの事が分からなかった。二人は片っ端から知り合いと会いに行ったが、結局チェットを知っている人間は誰一人としていなかった。
なんだか町人と会い辛くなった二人は町外れの川に居た。ここなら余り人は通らない。
「みんな……どうしちゃったのかしら」
一時、自分たちの方がおかしくなってしまったのかすらと思った二人だが、チェットのベッドはあった。他にもチェットが居たという痕跡はある。それについて町人を問い質すと皆揃って訳の分からない顔をするのだ。
「わかんねえ……冗談にしたって悪質だよ」
ただの冗談では無い事は分かっていた。大体町人全てがぐるになってチェットを騙すなんて不可能だ。
「私、何か皆を怒らせるような事しちゃったのかな……」
チェットが橋から頭を覗かせ水面を見つめる。
アバロは声をかける事ができなかった。
「本当はずっと怒ってたのかしら。私のお母さんもお父さんもずっとずっと皆に迷惑をかけて来たわ。本当は皆私の事なんて疎ましく思ってたんだわ」
「そんな事は無い!」
アバロが声を大にして否定するもチェットの表情は変わらなかった。
「あの皆の優しさは嘘だった……のよ」
水面に波紋が一つ広がった。ぽたり、ぽたりと波紋は増えて行く。チェットは声を押し殺し泣いた。
アバロはただただ、悲痛な様子のチェットを眺める事しか出来なかった。
「あぁ、君たちこんな所に居たのか」
橋の向こうから町長がひょっこりやって来た。チェットは慌てて涙を拭った。
「町長さん……チェットのことはやっぱり思い出せないんですか?」
「うーん……すまんなぁ」
最早怒りすら覚えたアバロが拳を握った。町長はそんな様子に気付きもせず続ける。
「しかしどうも妙な話なんでな。インベルさんにはもう相談したか?」
二人は首を振る。
「ならばすぐに行った方が良い。彼なら何かしら分かるかもしれん」
二人は町長に礼を告げるとすぐに教会へ向かった。

「ごめん下さい、アバロです! インベルさん居ますか?」
そろそろ日が落ちそうだ。アバロは慌てて扉を叩いた。
おもむろに開いた扉の奥からインベルが現れた。
「やあ、アバロ……にこちらのお嬢さんはどちら様かな?」
チェットのが顔が曇る。
「その事で相談があるんです。とりあえず入れてもらっても良いですか?」
少しばかり悩んだインベルだがすぐに二人を礼拝堂へ招きいれた。
二人は長椅子に並んで座ると、インベルが教壇の前に立った。
「確認しますけど本当に彼女が誰か分からないのですか?」
アバロがやや睨みつけるように聞いた。チェットはもう答えが分かりきってるようだ。
「ん? この頃年なもんで物覚えが悪くて……どこかで会ったかな?」
「祭りの二日前ここに俺とサーニャと彼女でお祈りに来たじゃないですか」
「いや、あの時の事は覚えてるがアバロとサーニャだけだったはずだよ」
「そう……ですか」
これ以上の問答は無駄だと思ったアバロがこれまでのいきさつを話した。
「つまり、君達二人が祭りの間森に居て戻って来たら誰も彼女の事が分からなくなってた、と」
「そうです」
インベルが顎に手を当て俯いた。何か思考をめぐらせているのが分かった。
数分間そうしていた事思うと突然口を開いた。
「恐らく……いや間違いなく”恵みの雨”の影響だろうな」
「恵みの雨?」
それまでずっと俯いていたチェットだったがインベルの予想外の言葉にアバロと口を揃えた。
「この話にはまず前回の恵雨祭の事から話さないといけない」
インベルは話し始めた内容はチェットにとって辛いものだった。絶対に思い出したくない過去。

 その昔、ヒュエトスに町一番の美しい娘が居た。黒く艶のある長い髪を揺らすその後ろ姿に、町の男は誰もがため息をついた。
娘はいつも男達から美しさを称えられ、誰もがその美しい姿を自分だけのものにしたいと願った。
「私はあなただけのものにはなれないわ」
娘はその美しい黒髪を振り払い、心の内を見透かすような笑みでそう答えた。彼女は自分の美しさを知っていた。だからこそ男達からの求愛に応えるような事は無かった。
娘が成長するにつれ美しさは増して行った。男はおろか女達さえも見惚れる黒髪は今だ誰のものにもならなかった。
そして彼女は意外な選択をする。
相手は羊飼いの男だった。背は低く丸顔のどこか垢抜けない、どん臭い田舎者のような男だった。だがいつも笑顔で羊の世話をし、町の人々から馬鹿にされつつも愛されていた。
彼女が何故彼を選んだか。それは二人にしか分からない事だったが彼女は一度だけこう答えた。
「彼なら私の髪は彼だけのものにならないわ」
羊飼いの男は彼女の全てを受け入れていた。町で歩いている二人を見ても常に女は前を歩き男がそれに着いて回っているようだった。だがそれでも男はいつもにこにこと笑い、彼女の美しさを称えていた。
また彼女も自分の美しさを自覚するような高飛車だったが、決して性格に難あるよう女ではなかった。二人はとても上手くいっていた。
そしてチェットは産まれた。

「私、びっくりするくらいお父さんに似ちゃってて。正直なんでお母さんに似なかったんだろう! って思った事だって一度や二度じゃないわよ」
チェットがばつが悪そうに舌を出した。インベルはチェットを見つめた。
「やはり、君は彼女の……。本当にお父さんにそっくりだ」
インベルが力なく頭を振った。
「悲劇は恵雨祭の翌日起こった。彼女の悲鳴は町中に響いたよ。彼女が目を覚まし見たもの、それはごっそりと抜けてしまった自分の髪の毛だったんだ」
アバロも苦々しく顔をしかめた。
「俺も小さかったからはっきりと記憶してないけど、あの時の親父さんとおばさん見ちゃいられなかったぜ……」
「君のお父さんが何度もお母さんの事をそれでも美しいと称えたのだが……何より自分自身が一番許せなかったのだね」
「お母さんが自殺しちゃってからのお父さん酷かったわ。私にも乱暴するようになってたもの」
「なあ、チェットの両親の話と皆が忘れちまったのと何の関係があるんだ?」
さすがに疑問に思ったアバロが間に割った。インベルは黙って奥から髪の毛の束を持ち出した。それは三日前に見た、あの髪の毛だった。
「これはねチェット、君のお母さんのものだ」
「え?」
二人は口を揃えた。チェットが困惑して聞いた。
「な、なんでお母さんの髪の毛がここに……?」
「ここから先の話は誓って誰にも言ってはいけない。約束できるかい」
インベルは突然険しい顔になって二人を見つめた。二人は互いに目配せしあうと黙って頷いた。
「恵みの雨はね、町に大きな恵みをくれる代わりに誰か大きな災厄をもたらすんだ。君のお母さんが髪を失ったのは恵みの雨の災厄だ」
暫くの沈黙が流れた。時が止まったかのように二人は言葉を失っていた。やがてアバロがおもむろに立ち上がり震える声を出した。
「ど、どういう事だよ……」
「君のお母さんには申し訳ないと思っている。だが、仕方なかったと思って欲しい」
「ふざけんな!」
アバロがインベルを睨みつけ胸倉を掴んだ。
「仕方ないだと! あんたチェットのおばさんや、お父さん……チェット自身のあの有様だって見てたんだろ! それを仕方ないだって! 良くもそんな事が言えたもんだな!」
アバロの殴りつけようとして抑えた左手は、それでも行き場を失った力で震えていた。
「あの年のヒュエトスは稀に見る不作だった。
それもその年だけじゃない、前年も前々年も。町は疲弊していたんだ。恵みの雨が無ければ町は滅んでいたよ」
ぎりぎりという音が聞こえた。アバロが歯を噛み締めている音だった。
「だからって皆の幸せのために誰かが不幸になっても良いっていうのか?」
「勿論誰もが幸福のが絶対に良い。だがあの犠牲は仕方なかったんだ。君は町が滅んでいた方が良かったのか? 私に責任を押し付けたいのか?」
「くっそ!」
最早怒りに身を任せたアバロがインベルを殴りつけようと拳を振り上げた。
その拳をチェットが後ろから握った。
「アバロやめて……お願い」
「チェット……」
「インベルさん、その話本当なら私の事を町の人が思い出す事はもう絶対に無いんですか?」
「ああ、絶対に無い。だが、私から説明しよう。君の事を忘れてしまったって君は君だ。またすぐ元のように仲良くなれるさ」
インベルはチェットの肩に手を置いた。チェットが俯いた顔を上げることは無かった。
メンテ
04 ( No.24 )
   
日時: 2012/04/29 00:41
名前: かめくん ID:qxqlqPac


「よろしくね、チェット」
「まあ自分の家だと思ってくれ」
インベルは女神の涙の秘密は上手く誤魔化し、町の皆に説明した。説明を受けた町人は最初は驚いていたが、すぐに納得していた。だが失ってしまった記憶で元のように接する事は出来ない。誰の反応もぎこち無かった。
「部屋はとりあえずそっちを使って。鍵もついてるから心配しないでね」
サーニャは笑みを浮かべ部屋を案内した。
「そう……ありがとう……」
チェットに笑顔が戻ることは無かった。住まわせてくれる、部屋を与えてくれてる。二人にとって全く知らない者をここまで迎え入れてくれるなんて中々できない。
私の事を忘れてもサーニャはサーニャ、ブロウさんはブロウさんなんだ……。
チェットは必死に自分に言い聞かせた。それでも自分の記憶がかえって邪魔をしていた。記憶にある親密な二人では無い、優しくもあるがどこか余所余所しい態度。まるで家族が突然敬語で話し出したような奇妙な距離感を感じていた。
もう二度とサーニャの隣で寝る事はできないのだろうか。そんな事さえ思ってしまう。
「今日は色々あって疲れたでしょう? もう休んで」
「ね、ねえ!」
扉を閉めかけたサーニャに思わず声をかける。
駄目だ駄目だ。ゆっくりと時間をかけなくては。頭ではそう思っても寂しさが感情が許してくれない。
「どうしたの?」
サーニャが優しく微笑む。つい甘えてしまう、そんな笑顔だ。
「今晩……一緒に寝れないかしら」
「え?」
サーニャの笑顔が驚きの顔に変わった。それでもまだ笑ってくれていたのは幸いだった。
「えーっと……それは同じベッドって事?」
「普段は部屋だけ一緒でベッドは違ったわ。でも……私その寂しくて」
チェットの顔がみるみる紅潮していく。サーニャが困ったように肩をすくめた。
「私、あなたとそういう関係だったのかしら? 自分ではそんな素質無いと思ってるんだけど……」
余りのすれ違いにチェットがすっとんきょな声を上げる。
「ち、ちがうわ! そうじゃなくて友達! 仲の良い友達としてよ!」
チェットが何かを振り払うかのように手をぶんぶんと振り否定する。それでもサーニャは納得いかない様子でうなった。
「うーん、私寝る時って割と神経質な質だから誰かが部屋に居ると寝れないのよね……あなたと私が? 同じ部屋で?」
「最初は確かに別々に寝ようとしたわ。でも私小さかったし孤児だったから夜泣きしちゃって。サーニャが一緒に寝ようって言ってくれたのよ。ふふ、あんまり良く覚えてないけど嬉しかったなアレ」
懐かしむように笑ったチェットだがサーニャの反応はまるで逆のものだった。
「そ、そう。でも今のあなたはもう大人でしょう? 気持ちは分かるけど……ごめんなさい。無理よ」
訝しんでいるかのように眉をひそめたサーニャが扉を閉めた。ガチャリ、という音が何かの決定的な音に聞こえた。
「そうね……変な事言ってごめんない……」
もうそこには居ない彼女に向かってチェットは言葉をかけた。

「よーし、それじゃチェット。料理ってのはどのくらい出来る?」
「とりあえずいつもの下準備くらいならやるわ」
そう告げるとチェットは厨房を所狭しとかけずり回った。
ブロウが呆気に取られて見つめているとチェットがはた、と作業の手を止めた。
「あ、勝手に厨房触っちゃってごめんなさい」
チェットが我に返り頭を下げた。ブロウは一瞬呆けていたがやがて声を上げて笑った。
「いやいや上等上等! こんだけ出来りゃ即戦力だな!」
ブロウが肩を叩いてチェットを労う。
「なんだか気恥ずかしいわ、ブロウさんにこんなに誉めてもらえるなんて」
久々にチェットが笑みを漏らした。
「そう言えば」
チェットがうれしそうに寸胴鍋の前に立った。
「アマライト特製ソースの作り方だって分かるわ! まずさばいた鳥を……」
チェットの手が止まった。ブロウの顔から笑みが消えていたからだ。
「ブロウさん……??」
「俺は、ソースの作り方まで教えていたのか?」
「ええ……なにかまずかったかしら?」
「そうか……いや、何でもない。俺は……そうか」
チェットは訳が分からなかった。ソースの作り方を教えてくれた時、ブロウは何か特別な事を言っていただろうか? そんな素振りは見せなかった。
「すまん、今日はここまでにしてもらっていいか? 君の事を知ってもらわなくちゃいけないのは店だけじゃないだろう? 皆と話してくるといい」
ブロウの表情は険しかった。言いしれぬ雰囲気のブロウに、チェットはなにも聞く事ができずただ黙ってエプロンを脱いだ。

「え、ソース?」
ソーニャが驚いて聞き返す。二人は店で使う食材の買い出しに出ていた。
「そうなの。何か分かるかしら」
「……驚いたわ。お父さんそんな事まであなたに話していたのね」
サーニャの表情もまた、父を同じく険しくなった。
「あのね、うちのソースは死んだお母さんが考えたの」
「え、そうだったの?」
「うん。……あのソースはお父さんにとって特別な存在なのよ。多分教えた時には相応な気持ちだったんだと思うけど……お父さんからしたらペラペラと喋ってしまったような気分だったんだと思うわ」
「そう……」
チェットは顔を俯かせた。そんな大事な事を教えてくれていたなんて、知らなかったとはいえ人の秘密をばらしてしまったような気持ちになった。
「お母さんの事大好きだったもんね、ブロウさん」
何気ない一言だった。他意はなかった。サーニャがバッと振り向きチェットを睨んだ。
「あなたに何が分かるの!?」
「え……」
すぐにチェットは”しまった”と顔をしかめた。
「ごめんなさい、あなたは分かっているんだったわね」
「ううん、知ったような口聞ちゃったわ……ごめんなさい」
二人は黙って歩きはじめた。どちらも何も言えなかった。家の近くまできた時、サーニャが意を決して口を開いた。
「あの、ね」
そこで一旦言葉が止まる。まごまご言い出し
辛そうだ。やがて決意したようにふう、と息を吐いた。
「私たち初対面からやり直せないかしら」
思いは多々あった。たくさん試行錯誤した。だがもう気持ちは決めていた。その方が互いのためだという確信を持っていた。
「もちろん家には住んで。仕事も手伝ってもらう。だけど新しい下宿人として、そういう立場で居てほしいのよ」
チェットはもう何も感じていなかった。サーニャの気持ちが痛い程分かったし、その方が良いとすら思えた。だが聞かずにはいられない。
「どうして?」
自暴自棄に近かった。言葉として受け取る事でより理解し、傷ついてしまいたかった。サーニャは理解しているのか、淡々と言葉告げた。
「あなたは私達の事を知っているのに私達はあなたの事を何も知らない。あなたの事はこれから知れば良いかもしれない。でもね、私達の事をどれくらい知ってるのかを知らない。それが嫌なの。何だか私達の心中を見透かされているような、そんな気分になるの。その……なんだか怖いわ」
「そう」
しばらくの沈黙があった。先に口を開いたのはチェットだった。淡々と迷いの無い口調だった。
「分かりました。これからよろしくお願いします」

 アバロが家に帰った時すでに日が暮れていた。狩りの仲間に半ば無理矢理酒の席へと連れていかれていたのだった。
「母ちゃん遅くなってごめん!」
いつもの叱責を覚悟し家に入ったが、余り怒っている様子はなかった。
「おかえり。チェットって子が来てるよ」
「え、こんな時間にか」
「私ももう明日にしな、って言ったんだけどねえ……何だか話がしたいんだと。お前、もしかして」
母の顔が下世話ににやついた。
「馬鹿かおめー。余計な詮索してんじゃねえ」
悪態をついて部屋へと戻ると、チェットがベッドに腰掛けて待っていた。
「お前、こんな時間にどうした? ブロウさん達には言ったのかよ」
「うん……ちょっと一人にして欲しいって。二人にもその方がいいだろうし……」
「何訳分かんない事言ってんだよ」
アバロがチェットの隣へと腰掛けた。
「ね、今この町で私の事知ってるのアバロだけだよ」
「あ、あぁ……。俺は雨に打たれなかったからな」
「もしあのまま森から帰らなくても誰も気づかなかったんだよね。あ、アバロの事は覚えてるから駄目か。私だけ居なくなれば良いのか」
「おい!」
アバロが声を荒げたがチェットの心はここにあらずだった。
「かわいそうなアバロ。誰も私の事知らないのにアバロだけ私の事覚えてる。きっとアバロ町中から変人扱いされちゃうわ」
「かまわないよ別に」
「アバロは強いね。私は無理だな、耐えられない」
「しっかりしろよ!」
アバロがチェットの肩を掴んだ。
「インベルさんだって言ってただろ! 無くなったのはお前への記憶だけだって! お前は知ってるだろ、町の皆の事! 誰かお前の事傷つけるような奴居たか? 居ないだろ? 時間の問題だよ、ちょっとだけ頑張れよ」
「無理……いっそ私も皆の事忘れてた方がまだマシだわ」
「俺はやだよ!」
アバロがまたも声をあげた。チェットが顔を上げる。
「俺はお前に忘れられるなんて嫌だよ! もし俺までお前の事忘れちまってたなんて、考えるだけでゾッとする! だけどそれは無い、絶対に! 俺はお前の事忘れない! だから、だからあんま辛そうにしないでくれよ……」
怒鳴りながらアバロの眼からポロポロと涙がこぼれた。悲しみか怒りか同情か。自分にも分からない涙だった。
「本当? 絶対? 私の事忘れない?」
「ああ、絶対!」
アバロの言葉を聞いてチェットまでも涙をこぼした。
「私の事、誰も覚えてないの……! サーニャもブロウさんも……アバロまで私の事忘れちゃったらって思ったら、もう……もう」
アバロがチェットぎゅっと抱き寄せた。チェットがビクリと身体を震わせる。
「忘れねえ、忘れねえよ」
二人はしばらくそうしていた。チェットは声を上げて泣いていた。
「……ありがとう」
鼻をすすりチェットがアバロの胸から顔を離した。
「落ち着いたか?」
「うん。アバロったらこうやって女の子口説くんだ?」
えへへ、と涙を拭ってチェットが笑う。
「馬鹿! ちゃかすなよお前」
「あはは、ごめん」
チェットがボスっと音をたてて横になった。顔を背けてたずねる。
「ねえ……今晩泊まっていい……?」
「え! それは……ちょっとまずくないか……」
アバロが顔を赤らめた。声がうわずっているのが分かる。チェットは顔を背けたままアバロの手をギュッっと握った。
手の平は汗で湿り、かすかに震えているのが分かった。
「おねがい……」
アバロはため息一つついてチェットの手を握り返した。
「ああ、いいよ」
メンテ
05 ( No.25 )
   
日時: 2012/04/29 00:52
名前: かめくん ID:qxqlqPac

 朝、アバロが目を覚ますと握ったチェットの手は無く姿も見えなかった。何だか昨日の事が急に気恥ずかしくなり、母と会うのすらためらったがそうもいかない。アバロが食卓へと向かう。そこにもチェットは居なかった。
「母さん、チェットはもう帰ったのか?」
「あーおはよ。何だか朝早くにね。これ、お前に渡してくれってよ」
母が手紙をアバロへ差し出した。瞬間、なにか嫌な気がした。アバロは手紙をひったくるように奪い、中を開く。
「アバロへ。昨日はありがとう。私とても嬉しかったです。何だか顔を合わせるのも恥ずかしいから手紙を置いていくね。私は町を出ます。私も誰の事も知らない、どこか別の場所に行きます。私はこの町が、町の皆が大好きです。でも今のままじゃきっと私町の皆を嫌いになってしまうと思うんです。それだけは絶対に嫌なんです。アバロが私の事忘れないって言ってくれてとても、とても言葉にできない程うれしかった。私もアバロの事は忘れません。こうやって二人共忘れないと誓ってくれていれば、例えアバロが私の事を忘れてしまっても私は他の場所で生きていけます。こんな言い方矛盾してるかな? でも、だからもう会えません。アバロはヒュエトスで生きてください。どうか町を嫌いにはならないでください。さようなら」
アバロは手紙を床に叩きつけた。様々な感情と思考がかけ巡りとても制御できない。だが一つ明確な疑問が浮かんだ。これを確かめずにはいられない。部屋にかけ戻り猟銃を手にし、何事かと聞く母を無視し家を飛び出た。

「馬鹿野郎! 何する気だ!」
「頭を冷やせ!」
外から町人たちの怒鳴り声が聞こえた。祈りの途中だったインベルは立ち上がり扉へと近づく。が、すぐに扉は勢いよく開かれた。扉の前ではアバロが猟銃を構え怒りの形相で銃口をこちらに向けていた。
「ば、ばかもの! 神官様に銃を向けるとはこのバチ当たりめ!」
「もういい! とっちめちまえ!」
町人がアバロを取り押さえようと囲むがすぐに銃口を向けられて動きが止まる。
「やかましい! 俺はインベルに話があるだけだ! 邪魔すると誰だろうと撃ち殺すぞ!」
「この……」
町人が武器を携えてアバロをにらみつける。両者の間で一触即発の空気が流れた。
「いいだろう」
均衡を破ったのはインベルだった。
「話があるのだろう? 構わないよ入りたまえ」
「神官様……!」
「お前らは入ってくるな!」
アバロが再び銃口を町人に向ける。
「ふざけるな! お前みたいな狂人と神官様を二人きりになどできるか!」
「私は構わないよ。すまないが彼と二人きりにさせてもらえるかな」
「神官様、しかし」
「今、彼を触発して逆上される方が困るんだ。気持ちだけありがたく頂いておくよ」
「分かりました……」
町人が腑に落ちない様子で扉をしめた。
「……物わかりがいいな」
アバロがインベルへ銃口を向けてうなった。
「君の行動は理解しかねるけどね。なぜ話し合いにわざわざ銃なんて持ち込むんだい?」
「真実を知るためだ」
「銃で脅せば私が嘘をつかないと?」
「俺が嘘だと思ったら撃ち殺すだけだ」
アバロが銃を構え直す。インベルが首を振ってため息をついた。
「死にたくなければ本当の事を話せ。嘘だと思ったらすぐさま殺す」
「聖職者として嘘をついた事はないよ」
「黙れ! まず昨日チェットと俺に話した内容は事実だな」
「そうだ」
「今回の恵みの雨は町に何をもたらした?」
「”平和”だよ。町長らと話し合った。ここの所近隣諸国の戦争が絶えない。賊落ちした傭兵が村や町を荒らし回ってるんだ。この町も時間の問題だ」
「町にもたらす恵みはお前らが決めれるんだな?」
「先ほど述べた通りだ」
ガチリ、と猟銃の撃鉄が起こされた。アバロは一息ため、覚悟を決めた。
「ならば誰かに降りかかる災厄もお前らが決めているな?」
インベルの顔が瞬時にこわばった。
「答えろ!」
アバロの声が響く。インベルは迷った。今の彼なら撃ちかねない。真実を話すべきか嘘を語るか。
「その通り……だ」
インベルは真実を選んだ。
「だが恵みは相談し決めているのに対し、災厄は私一人で決めている。というより災厄の事実を知っているのは私だけだ。いや、今は君とチェットも知っているか」
「ならば何故昨日俺たちにそんな秘密を話した」
インベルの表情がまたも固まったが、すぐに覚悟を決めたように話し出した。
「信じてもらえるか分からないがどうしても罪悪感に苛まされていた。彼女……エミリアの娘に嘘をつけなかったんだ」
エミリアはチェットの母の名だ。銃がカタカタと揺れた。アバロの手が震えていた。
「なんで……なんで……」
「彼女たちを選んだか、か? 彼女たちはこの町を愛していたからだ」
インベルが悲しげに目を伏せた。アバロはその表情に偽りは無い、と感じた。
「恵みの雨に必要なのは町への愛だ。それが強ければ強い程願いは叶う。女神の涙は慈悲の心なんだ」
「ふざけるなよ、畜生!」
アバロが声をあらげる。インベルは続けた。
「この町は昔からそうやって繁栄してきたんだ。最早女神の涙無くしては町は現状を維持できない。これが代々伝わる神官の仕事なんだよ」
「くそっ……くそっ……」
アバロが震える手が銃口をあげた。その先にインベルの胸を狙って。
「私を殺すかい? それもいいだろう。神官は代々一人しか選べない。今、私を殺せばこの悪しき習慣は消えるよ」
「チェットは……この町が……本当に大好きだったんだ……」
「雨の量で分かったよ。好きであれば好きである程裏切られた時の涙が多くなるんだ」
「本当に……雨抜きでは町は滅んじまうのか……?」
「間違いなくね。それ程町の繁栄の維持は難しいんだ。この町の土は痩せていて特産物も無い。町を守る軍事力もなければ国の後ろ盾も無い。数年後には滅んでしまうさ。だが……こんないびつな発展をとげた町など滅んでしまった方が良いのかもしれんな……」
ガシャ、と音がした。アバロが猟銃を投げ捨てた音だった。
「チェットはそんな事望んじゃいなかったよ……」
「だろうね」
インベルがアバロの肩に手をかけた。

 扉が開かれ、町人は武器を構えた。先に出てきたのはインベルだった。すぐその後ろにアバロが連く。猟銃は持っていない。村人がアバロを取り押さえようと取り囲んだ。
「やめたまえ、彼は何もしていない」
インベルが町の人々を制した。
「しかし……!」
「大丈夫だ、彼も反省している」
ちら、と目配せされたアバロがおずおずと町人に頭を下げた。
「もうあんな馬鹿な真似はしません。お騒がせしてすみませんでした」
皆が顔を見合わせると、しぶしぶと武器を下げた。
「さあ、もう皆帰りなさい。アバロもね」
インベルがそう告げると皆バラバラと散っていったが、町人の一人の
「さすが神官様だ」
という声がアバロの耳に暫く残った。

 家に帰ったアバロを母のヒステリックな怒鳴り声が出迎えた。誰から聞いたのか、銃を持って教会に突撃した事はすでに伝わっていた。だが、アバロは母の激昂すらどうでも良かった。頭の中を虚無のような何かが埋め尽くしている。聞いているのかいないのか分からないアバロの態度に、やがて母の方が根負けし部屋に戻るように言った。
アバロはベッドに入った。ぼんやりとした実態の無い疑問が浮かぶが、今だ答えが見つからない。どうして良いか分からない。これからこの町で何をすれば良いのか。眠れずベッドから出ると、窓から見える月を見上げた。この月をチェットもどこか知らない場所で見上げているのだろうか。
「……よし」
アバロは答えを決めた。

 翌日またも教会の扉を叩く者が居た。インベルが扉を開く。そこにはアバロが立っていた。昨日のような怒りは無く、それでいて心は完全に閉ざしているような表情だ。
「……どうしたんだい? まだ何か話が?」
「話、というより伝たくて」
アバロが背負った荷物をぐっと持ち直す。良く見れば背中だけでない腰に掲げた布袋にもたくさんの荷物が入っている。まるでそれは。
「俺はこの町を出ていく」
そう、旅立ちの格好だ。
「チェットを追って……かい?」
「ああ。それも理由の一つだ。あんたの話を理解はしたがやっぱり納得はできない。この町のルールに従えないから出て行く、それだけさ」
「そうか……それを伝えに?」
「そうだな。町の皆には俺が出て行った、と伝えて欲しい。昨日の事もあるから狂人が町中うろついてると思われたら困るからな」
「分かった」
「それだけだ。じゃあな」
またも荷物を背負い直したアバロがくるりと背を向けた。
「アバロ!」
インベルが離れ行く後姿に呼びかけた。アバロが立ち止まる。
「もし、もしチェットに会えたら……」
喉まで上がった言葉だったが、アバロの姿を見ているとそれを口に出す事はためらわれた。
「いや……なんでもない。気をつけて」
アバロは黙って振り返り去っていった。

「そう……アバロも去ってしまったのね」
「ああ。もう戻らないだろう」
インベルは町人より先にサーニャへアバロの話を告げた。
「彼女の行方も知らないのに馬鹿な人……」
サーニャが表情を曇らて、力なく笑った。
「馬鹿で鈍くて……でもとても純粋なのよ……あの人は。誰かが傷つく事が絶対に許せないの」
「そうだな。彼はとても真っ直ぐな正義の持ち主だった」
インベルは両手で自身の顔を覆った。いまだ悩みが消えうせない。
「私は間違っているのだろうか」
思わず漏らした言葉にサーニャは特に驚く様子もなかった。
「あなたは優秀な指導者だわ。誰よりも公平で誰よりも傷ついている」
「すまない……だがどうしても迷ってしまうんだ……戒律に殉する覚悟は決めたつもりなのだが」
サーニャがフッと笑ってインベルの方を向き直した。
「”戒律”は大事よ。あなたを失ってしまったら皆どうしていいか分からなくなる」
インベルは黙って聞いていた。
「でも……そうね。あなたが”戒律”ならアバロは……彼らはきっと、新たなる可能性を見つける”希望”なんだわ」
そう告げる彼女の頬に一筋の涙が流れ、落ちた。
メンテ

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