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[20] 死者の歯車
   
日時: 2011/12/02 00:14
名前: 創魔 ID:6uQ6wNh2


≫1- 第1回忌 『葦原 大輔』

≫10- 第2回忌 『尾賀澤 真治』
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第7回忌 『葦原 大輔』 ( No.1 )
   
日時: 2011/12/01 21:16
名前: 創魔 ID:LkNYV25c



葦原 大輔。


20歳。大学2年生。経済学部現代経済学科。

東京都赤羽…、リサイクルショップでCDコンボを買った。
とても真新しく見えたそれは、とても高かった。でも俺もお気に入りの曲を支障なく奏でてくれるなら、なんの問題もなかった。
一人暮らしの俺の部屋には少し不釣り合いの銀色のシックなCDコンボが、男の殺伐とした空間にやってきた。


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一回忌: 『葦原 大輔』 ( No.2 )
   
日時: 2011/12/03 12:03
名前: 創魔 ID:Vpa/I406



 葦原は重たいCDコンボのデッキを抱えて部屋に着いた。
自転車しか持っていない葦原は、バス代も郵送料金も払うのが嫌で7キロ離れた家電量販店から重たいダンボール箱を抱えて歩いて自宅まで戻ってきた。
階段を横歩きに上がって、ようやく一息ついたところでポケットにあったはずの鍵が見つからず、鞄を開けようとして危うく戦利品を地面に叩きつけそうになった。
ダンボール箱を足元に置いて鞄を探し回り、ズボンについていた鍵のチェーンでやっと在りかを思い出す。
もう一度逆のポケットを漁り直して、ようやく古びたアパートの鍵は開いた。


 6畳半のフローリングの部屋は、私服やごみで散らかっていて出かける前に少しでも片せばよかったと後悔した。
足で荷物を横へ押しやり、ダンボール箱を部屋の中に運び入れた。
こういう時にだけ潔癖症が働くのは、新しい物品に関してだけは心機一転したくなる衝動にかられるからだ。
それでも先に新入りの住人の方を一目見たくなって、ダンボール箱に手を伸ばしてしまう。ガムテープをはがすと、開いた蓋の隙間からすぐに銀色のボディーが覗いた。



「うわぁ、…散らかってるねぇ」


「ちょっ…と、ここ最近バタバタしててさぁ。その辺座ってて」
「おかまいなく。あ、ちょっと電源借りてもいい?」

「電源…、あーそっか。えっと…、電源」



 どうせなら、音楽を聴きながら掃除をしよう。そっちの方がかなりはかどるに違いない。重たいデッキを取り出し、さっそく説明書はほっぽりだす。
コードと、ステレオだけ接続して葦原は散乱した部屋の中を振り返った。コンセントは荷物の中に埋まってしまい簡単には見いだせない。
旅行に行ってからそのままの鞄や、授業用のリュックをどかして壁際を探し回る。


「あらー、…説明書みないの?私ちょっと操作難しいかもよ」
「あぁ、うん。大丈夫、捨てない、後で見る」

「そう?…っあ、あった。コンセント」
「えっ?どこどこ」

「その、そこ。…ベッドの。ちょっと失礼」



 コンセントが刺さり、ようやくCDコンボが起動した。思わず葦原から拍手が上がった。相手はちょっと指先を鳴らして微笑み、埃っぽいベッドに腰を下ろした。
なんだか機械が息を吹き返しただけで部屋に炎が灯ったようだった。地元の実家を出てから、ちゃんと音楽を聴くのなんて何年振りだろう。
実家のCDデッキは重たすぎて持ってこられなかったし、あとは型番が古すぎて曲をダウンロードできないウォークマンがあるだけだったが、その中身にはもう3年前から飽き飽きしていた。


「へー、中古にしては結構いろんな機能入ってんじゃん」
「そうでしょ?これでも発売された当時は最初のCD3枚同時再生できる機能で持て囃されたんだから」

「うっそ、マジで?3曲同時再生できんの?」
「うん。あ、…やってみる?ちょっと、CD3枚ほどお借りして…」


 ちょっと部屋の中を見回して、そこらじゅうに散らばったCDケースを目の当たりにする。
少し言葉に詰まった葦原は、CDコンボを見つめて埃の積もった床を手で撫でた。なんとなく了解してから、彼も頷いてゴチャゴチャした部屋を眺めた。



「…、の前に。ちょっと部屋を掃除しましょうか」
「了…解、です」


 苦笑いしながら、相手は足元に落ちていたCDを一枚拾い上げた。
裏返すと、埃の積もった表面には懐かしい去年のオリコンランキング1位の曲が印字されていた。


「どう。…作業中のBGMに、一曲」
「あっ、懐かしい!いいねぇ」


 CDコンボの中に、少々傷ついたCDが吸い込まれていく。テンポの速いJポップが流れ出す直前、葦原が突然手で彼を制止して叫んだ。
再生しようとした動作を硬直させて、葦原の様子をうかがった彼は、ゆっくりとした警告を聞いた。



「アパートだから、音量…よろしくね」
「あっ…、了解です」


 何度か注意深く頷いて、音楽は流れ始めた。何年ぶりに掃除するだろう。もう冬が近い、秋の暮れの窓を全開にすると身を裂くような冷たさが流れ込んできた。
それでも気にせず、これだけ埃を溜め込んだツケだとばかりに葦原は布団を引っ張り出して窓辺に干した。
それから傍らで健気に教科書を拾い始めたのと一緒に、葦原は一人で年末前の片づけを少し早めに開始した。


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Re: 死者の歯車 ( No.3 )
   
日時: 2012/01/29 23:32
名前: 創魔 ID:bESIIq1Y

 その日は夜遅くに帰ってきて、葦原が派手に足音を立てながら廊下を歩いてきた。
戸を閉める音も荒々しく、部屋に入るなり鞄を投げ出して大きくため息をついてベッドに倒れ込んだ。
大きく軋んだ貧相なスプリングに振らされて、本を読んでいた男がちょっと目を丸くした。
少しばかり驚いた顔をしながら、本から顔を上げて冷静な声を出した。


「おっ。 おかえりなさい」


「あーもうっ、苛々するなぁ。なんだってんだよ、期限内に出したってのに」



 大息をついて天井を見上げ、もう一度跳ねあがってベッドを下りて闇雲に歩き回る。
本を置いて葦原を見上げ、その横暴な行動を目で追いながら声をかけた。


「イライラしてるの?…コーヒーでも飲んだら?」

「分かってる、いいの。落ち着かないから」
「レポートが上手くいかなかった?」


 若い葦原の様子を見とって穏やかに気遣うと、葦原は唇を噛みしめて床に座り込んだ。
もう鞄から参考書を出すのも嫌だという顔で、パソコンからも目を背けていじけた顔をした。
昨日の夜遅くまで、ひらすらタイピングしていた彼の後姿はずっと見ていた。
もともと文章が苦手だった葦原にその努力は重く、やっと提出したが学校での結末は見て取れた。


「俺は俺なりに書いたんだよ!それなりに考察したし。でも専門性がないなんて言われたって学生にはどうしようもないだろ!」
「そうだねぇ。キミ達には限界があるものねぇ」

「もう経済学科なんて通いたくねぇよ。バイト先でフリーターになっちまおうかな」



 床に寝っころがった葦原は、もうなにも聞きたくないとばかりに鞄で耳を塞いで不貞寝してしまった。
そんな若者を見下ろして、持っていた本のタイトルに目をやってからもう一度葦原を見つめた。
それは葦原がもっていた本で、彼でも初めて読めたという政治経済関係の新書だった。
男はちょっと部屋の中を見回すと、じっと葦原を観察して、おだやかに問いかけた。



「フリーターでも、この家の家賃はどうにかなるの?」
「…なんとか」

「将来の夢とか、ないの」
「……。」


 聞こえない振りをする葦原を無視して語り続ける。地道にコツコツやり遂げる葦原だが、すぐに自分に幻滅して現実から逃げようとするのも若者のいい癖だ。
葦原も近年と彼らと何ら変わったところはなく、自分なりの努力も周りの学生の中に埋没してしまう。


「嫌いじゃないでしょ、経済学。こんな難しい本読んでるんだから」
「…焦ってたから買っただけ」
「いいじゃない。焦るところもキミの長所だよ」



 いい年の男にそう諭され、葦原は不機嫌な顔をそのまま向けて顰めた。
提出したのに、ただ罰だけつけられて返却されたレポート用紙を引っ張り出して床にほっぽりだす。
ホチキスで止められた長いレポートは、彼にとって決して読むに足らない物ではない。
それを恨めし気に睨みつけて、葦原は時計を見上げた。


「…明日の朝までに、提出」

「やればいいじゃない。今から机に向かえば、絶対間に合う」
「なに書けばいいのかワカンネ」

「専門性がないなら、キミが理解できないことを書けばいい。
学問に縛られないで、キミが講義の中で『そんなアホな話ありえない』ってことを絞って書けばいい。
キミに理解できないことは、大衆にも理解できない。理解できないものを世の中のルールに組み込もうたって
そんなのうまく行きっこない。晦渋な内容を、バカでも分かるように分かりやすく書けばいい。
分からないことを掘り下げていけば、そこに生まれた道筋の中から矛盾が見えてくる。そこを突け」


「バカでも分かる話…」
「それが専門性。そうこの本にも書いてあったよ」


 葦原はじっとその新書を見つめて、意を決したようにパソコンを開いて机に向かった。
男は笑ってベッドに腰掛け、ふと横目に見たCDスタンドに手を伸ばした。



「なにか集中力とぎれない曲、聞きながらどう?」
「ガツンと頭にくる、眠気が覚めるヤツ」

「コーヒーもセットでね」
「ありがとう」

「葦原」


 青年が振り返ると、男は立ち上がって葦原にガッツポーズを突きだした。


「Boys be ambitiousだ!」
「ッス!」


 葦原も椅子をひっくり返してポーズを返してきた。
男は笑ってヘッドホンをつけた葦原の耳に小気味いい曲を流し、猛烈な勢いで論文を書き始めた青年を横目に、またベッドに座って同じ本を読み始めた。




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Re: 死者の歯車 ( No.4 )
   
日時: 2012/01/29 23:36
名前: 創魔 ID:bESIIq1Y


「君がー…、好きで…メリークリスマス…」

「…たららー、…ら」
「二度とないキスが冷めてゆくー…」


「終わりは、忘れていいー…」
「らららー…」



CDがとまった。感傷に浸った葦原は、笑いながらグラスを傾けた。
飲み込んだシャンパンは、ほんのり彼女が好きだった苺の味がした。後は冷たいだけ。


「…いいの?クリスマスなのに」
「もう別れちゃったんだから…、しょうがないのー」

「嘘ついてよぉー。君シャンパンなんかで酔っぱらう奴じゃないでしょー」
「ショックがデカイと酔っぱらうんですー。疲れてると酒の周り速いでしょ、おんなじ」

「ショックなの?じゃあ早く仲直りしに行ったら」



葦原はついさっき、駅の大きなクリスマスツリーで別れ話をしたばかりの彼女を思い浮かべた。



「…無理だって。その話もういいよ」
「クリスマスにひとりぼっちじゃない。むなしーよ、…男が一人でクリスマス」

「よけーなお世話ッス!」
「いーから早く仲直りしてきなさい。いい曲用意しておくからさ」

「ここに呼べっての?」
「なんだよ。まさかそのシャンパン、高かったのに一人で空ける気?」


「あ…、いや。でももう気まずいし、さっき別れたのにもうより戻すとか…」



男は顎髭をさすって渋い顔をした。
スーツの襟をピッと正して、肩からサッと鋭く埃を払う仕草をした。


「寄りを戻すんじゃなくて、仲直りするの」
「えー、だって美佐。許してくれっかなぁ…、あいつ着短いんだよなー」


「決める時に決めるのが男だろー。頭下げる時にはサッと頭下げてくんだよ。バシッと決めろバシッと」
「あー…、」



葦原はため息をつくと、ちらりと時計を見上げた。夜10時。
少し黙り込むと、横からジャンパーを掴んで立ち上がり鍵を探して廊下に出た。



「バッチリ決めろよぉ。男が廃るぞぉ!」
「ッス!…あっ、あのさぁ。シャンパン冷蔵庫入れといて。あと…ちょっと片づけて」

「あいよぉ、任せろ。すっごいロマンチックな曲かけて待ってるからさ」



お互いに親指を立てて、葦原は勢いよく扉を開ける。
雪が舞い散る外に出た瞬間、部屋の中から切羽詰まった声で呼びとめられた。


「あっ、…シャンパンって冷凍庫? それとも冷蔵庫の方がいい?」
「えっ?」

「ほら、ウィスキーとか。たまに冷凍庫入れるじゃない。露点低いから…、どっち?」
「あー…、冷蔵…庫 かな?発砲だし」

「冷蔵庫ね!」
「あぁっ、…じゃ!」


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