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日時: 2010/07/25 18:24
名前: 目◆0UVb6Q18Sw ID:enhSuCtE

【はじめに】>>1-2

【遺書の冒頭】>>3-4

【小休止 其の一】>>5-7

【遺書 出会い 其の一】>>8-11
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Re: 名前を書く ( No.7 )
   
日時: 2010/01/08 22:36
名前: 目◆0UVb6Q18Sw ID:I7SEl0H.

「ふん、そんなことはどうでもいいんだ。それより早く読み進めようじゃないか。彼の過去を探りたい」
 趣味の悪いことを……。
 そう思ったことは、Nに伝わらなかっただろうか。しかし、社会的常識を鑑みれば私の言うことの方が正しいと判断されるであろうことは言うまでもないであろう。
「要点をまとめておこうか」
「なぜそんな回りくどいことをする必要があるんだ。さっさと読んでしまおう」
「『小休止を〜』の下りはそれを求めているのだと、私は解釈するね。大した時間は取らせないよ」
 なら勝手にするといい。そういって不機嫌を隠そうともしない態度を取った。
 一度臍を曲げると長引く男、それがNだ。
「まず、彼は名前を書けなかった。自らのことをKとした。次に父は庭師、母は地方の名士の娘。幼い頃に村八分にあっていた親戚に預けられていた。不遇な扱いを受けてきた。この後、なんらかの出会いがある。間違いはないな」
「ああ」
「なら、続きを読み始めるとしよう」
 私は、原稿用紙をめくった。
メンテ
Re: 名前を書く ( No.8 )
   
日時: 2010/01/23 23:35
名前: 目◆0UVb6Q18Sw ID:7AoeUqyA

 結論から言えば、Kが出会った相手は恩師・真坂田幸(まさかださち)である。
 二年次の課程を修了してすぐのことであった。
 Kは学校で、優秀かつ勤勉かつ友好的な性格を有していたが為に、教師からの受けもよく面倒事を押しつけられるなぞ、ざらにあることであって、その日とて例外ではなく学級花壇の花に水をやる仕事をやらされることとなった。
 淡々と仕事をこなしていたKに背後から声がかかる。
「やめちまえば?」
 若い女特有の鈴のような響きを持った声に、Kが振り向くとそこには声に反さず若い女が立っていた。
「みんな、かけっこをやっているじゃあないか。なにもお前だけそんな仕事に従事する必要なんかない」
 そういって、Kの坊主頭を撫で回す女。あまりに不躾な女の態度に、Kは不快感を隠そうともしなかった。
「あなたには関係ありません」
 そう言いつつ頭に乗せられた女の手を払いのける。常識的に考えてそんな口のききかたをしようものなら、あっという間に拳骨を落とされてしまいだろう。しかし、女は豪胆に笑いながら再びKの頭を撫で回し始めた。
「かっかっか、お前はどうやら賢しいらしいな。教師共に面倒押しつけられちまうわけだ」
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Re: 名前を書く ( No.9 )
   
日時: 2010/02/07 16:38
名前: 目◆0UVb6Q18Sw ID:vTNz9T8U

 真坂田が教師であるということを、Kはその段では知り得なかった。だからその時は、失礼で腹の立つ女性、という認識を彼は持ってしまうこととなる。
 次の日、全校朝会が行われたときに初めて、真坂田幸がKの学校に赴任してきたということと、Kの担任が急去したという話を聞いた。とは言っても、特にKの関心を得ることのない情報であったのだが。
「アタシが真坂田幸だ。お前達の新しい担任、一応言っておくと独り身」
 今考えると、たかだか七つ、八つの子供になにを言っているのだ、とこの原稿に書き綴りながら笑ってしまうような話なのだけれど。アハハハハ。
 恩師・真坂田は、大層変わった女であった。基本的に授業をまともにしない。ちゃんとした勉強をさせないという意味だ。
 自らこしらえた教材を使い、実践的な勉強をさせる。高い者をより高くするのではなく、低い者を造らない、という教育方針を持っていたように見えた。
 時代が進めば問題になりそうだとは思うのだがね。
 ともかく、その頃のKは真坂田の評した通り、賢しい子供であったので、真坂田の在り方を心中で否定していた節がある。
 賢しい子供の必ず通る道だが、他人を否定することで己を肯定していた。
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Re: 名前を書く ( No.10 )
   
日時: 2010/03/13 13:11
名前: 目◆0UVb6Q18Sw ID:em.vners

「なぜお前は教科書なんか読んでいる?」
 国語の時間。なぜだかはわからないが実践的な演習ということで、一人一人が芋を持ち寄り名前を刻んだ芋判を造ることになったが、親戚がそんなものを寄越すはずもなくKは手持ち無沙汰に教科書を読んでいた。
「芋がありませんでした」
 恥ずかしいことこの上ない家の事情を他人にひけらかすような趣味はない。
 だから、その場しのぎの嘘が簡単に口から吐き出された。
「畑から盗んでくりゃあよかったろうに」
「…………」
 なにを言っているんだ、この女は。
 教師は聖職者ではないということくらいはわかっていたKでも、呆れて物が言えない程だった。もしかしたら、真坂田は真人間ですらなかったのでは、と疑いもした。それと同時に、なんだこの人面白い、とも思ったのだが、家庭環境を苦にせず真っ直ぐに育った、というわかりやすい設定が欲しかったKは、そのプライドにおいて、認めはしなかった。
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Re: 名前を書く ( No.11 )
   
日時: 2010/07/25 18:23
名前: 目◆0UVb6Q18Sw ID:YPcVpCVc

「冗談だよ!」
 バチン、と遠慮容赦ない力で肩を叩かれ、Kは少しよろめいた。
「アタシの芋を半分やろう。なに、食う分は畑から盗んでくりゃあいいんだからな」
 愉しそうにケラケラと笑い、Kに芋を投げ渡す真坂田。それになんとか対応し、受け取ったKは抗議する。
「食べ物を粗末にしないでください。投げたりするのはいけないことです」
「まあ、今から芋判作ろうとしてる奴の言うことじゃあないわな。洗やぁ食えるんだから、別にいいんだよ。それともなにかい、落ちたくらいで捨てちまうのは粗末にしてるんじゃないってか?」
「魂を込めてお百姓さんがつくっている芋です。投げるのは失礼だと思います」
「感謝はしてるよ」
「行動にあらわしてください」
 そう言って机の脇に芋を押しやり、再び教科書に目を落とすK。更に、その教科書を奪う真坂田。
「なにするんですか」
「今はアタシの授業だろう。え? それともなにかい、お前はアタシの授業が受けらんないってのか? そんなんで成績が貰えるとでも思ってんのか?」
「…………」
 それはもう完全に脅しだった。Kはしばらく無言で抗議の意志を表わしたのだが、真坂田は全く意に会さず、また無言で芋の方を顎でしゃくって示すだけだった。
 仕方なく、教科書を諦め芋に手を伸ばす。真坂田はそれを見て、満足そうに笑い、Kの頭を撫で回した。
「お前の頭は気持ちいいな。撫でやすいし」
「やめてください」
 ひとしきりKの頭を撫で回した後、真坂田はまた教室を歩き回り、生徒の一人一人に声を掛けている。その一人一人が、楽しそうな顔で笑っている。その頃のKは、それが逐一腹立たしかった。
メンテ

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