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[508] ひとつだけ
   
日時: 2012/09/28 23:40
名前: 無名で良し ID:9A1VviU2


これだけなんです、ひとつだけ。



僕はいつだって後ろ俯く臆病者で、どうしようもない駄目ニンゲン。

自分がかわいくて、閉じこもってドアの向こうに耳を澄ませる。

こわいものはいつだってそこにあって、憧れる“勇者”のようにはなれない僕。

立ち向かって剣を奮い、猛然と立ち向かうんだ!

そんな想像だけは一人前。

何も知らない通行人に、僕は鼻を高くして嘯く。

「僕は勇者だ! 怖いものなんてありゃしない!」

震える心を隠して隠して、誰にも見えないように隠して隠して。

それで僕は剣を持った振りをして通信機を手にする。

誰か助けて、助けて。 死にたくないよ。 でも死にたいよ。 助けて助けて!

口にすることも文字にすることもない救援要請。

でもきっと、時間サマが解決してくれるだろう!

時が経てば、はい終わり! みんな笑って一件落着!

現実逃避は所詮、現実逃避。


空に雷鳴が響き渡る。

世界が揺れて、崩壊寸前!

家の中は阿鼻叫喚! 僕は部屋から飛び出して逃げる逃げる。

家の鍵を部屋に忘れた僕は、遂に通信機で兵隊さんを呼び出した。

「助けて、鬼を捕まえて!」

逃げおおせた僕は兵隊さんに連行される鬼を見た。

僕と少し似ている横顔は、いつものように前を向くことはなく。

僕と同じように俯いて震えてる。

僕の兄弟。 たったひとつの、絆。

僕はおおぶりなハサミで断ち切ろうとする。

でも鬼の涙はホンモノだった。




きっと同じことを繰り返すんだ。

笑いながら涙を流して首をくくろうとする母さんの顔を思い出した。

逃げてた僕は、一体いままで何を見てたんだろう?

「にゃー」と一匹の子猫が割り込んできた。

僕は彼なら鬼を退治してくれると思った。

僕は気付いたら前を向いていた。

こわい、助けて、死にたくないけど、死にたいけれど。

僕はもやしの足で立ち上がる。

うつむく顔は棒で固定しよう。

真っ白になる頭は、とりあえず放置して。

武器もないけど、盾をないけど。

僕は口を動かしてみた。

どうしようもない駄目ニンゲン。

勇気も自信もないし、絶望ならいくらでも語れる僕は。

語れる口で仲裁してみよう!


戦うのでもなく、挑むのでもなく。

俯いたキミと僕はきっと同じ。

それに僕はキミのこと、大好きなんだ。

伝えられたらいいな、この想いが。

伝えよう、この希望を。

村人にも通行人にもなれない、ただのどうしようもない駄目ニンゲン。

勇者に憧れてはいたけれど。

勇者になれないのなら僕は誰になろう。

きっと誰にでもなれる。

それならば、僕はキミの――家族になろう。




ハサミを捨てた僕は、とりあえず自転車で突っ込んでいく。

兵隊に連れられた鬼に向かって。

僕は猛然と駆けていくのだ。

何事もイキオイ。

今なら言えるよ、きっと。

だから会いに行こう、今すぐに。


ずいぶんと遠回りしたけれど、ようやく僕は自らドアを開けて鬼に向かって口を開く。


「僕はキミの敵じゃないよ」



――だって警戒する小動物には、それを伝えることが大事でしょ?



僕とキミは同じ。

同じなら、きっと、もう一度、同じ道でキミと笑い合えるはずだから。

「にゃー」と彼が鳴いた。

鬼はきっと退治された。
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