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[5337] 孤影を追って
   
日時: 2014/05/11 16:25
名前: 地球儀 ID:m.mJ39jM












僕らは、僕らが夢見る自分になる夢をみた。















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第二部 己の正体 ( No.18 )
   
日時: 2018/10/05 22:23
名前: 地球儀 ID:f1EelZsI

 彼らの頭上では雲が流れ、やがてまた月が姿を現した。その柔らかな光はユリウスの赤い髪を照らす。潮風がまた彼らの間を通り抜けると、その赤い髪が揺れて彼の目元に影を落とす。
「ワイルドから聞いたのだが、シンは自分の樹を探すために都市に行くそうだな」
「うん、都市の近くに1人で移動している樹が居るらしいんだ。それが僕の樹であるのか確かめたい。生まれてからずっと探していた、僕の樹と再会できるかもしれないんだ」
 シンはそう言って、希望に満ちた表情でユリウスを見る。彼にとって都市に行くということは、己の樹に会えるかもしれないたった1つのチャンスなのだ。ユリウスはシンの表情を見て、眉間にさらに皺を寄せて「そうか」と言った。
「水を差すようだが、あそこは近づかない方がいい。人知れず陰謀が渦巻いている場所だ。都市の住民でさえその陰謀に巻き込まれるのだから都市の人間でもない奴が近づけば何をされるかわからない。……だから、あの人にも近づいてほしくないんだ」
「あの人?」
「そのうちわかるさ。俺はワイルドとは違って、あの人の意思を尊重するつもりはない。己を大切にしない方だからな。やりたいようにさせていると命を落としかねない。だからこそあの人の安全を守るつもりだ。俺にはそれくらいしかすることが無いからな」
 ユリウスはそう言って、溜息をついた。彼は大儀そうに立ち上がると、窓枠に足をかけて客室の中に侵入してくる。
「長話に付き合わせて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
 ユリウスは室内に入ると、そう言い残してそのままドアから部屋の外に出ていった。シンはドアの鍵を締める。部屋の中は静かになった。その静寂の中で、彼はユリウスが先ほどまでしていた話を蘇らせる。シンにとってそれらの言葉はまだ何の現実味もないが、一抹の不安を彼が感じたのは確かだった。
 俯いていたシンの視界に、黄色い生き物の姿が映る。オサドリが隠れていたベッドの下から出てきて、身体を振るっているのだ。
 オサドリは床から飛び立つと、室内にあるイスの背もたれにとまる。
「ユリウス都市から海に運ばれそこで捨てられた。風は知っている」
 オサドリの言葉はズシリと重く彼の心に落ちた。
「……兄ちゃんが生まれ育った場所は、知らないことばかりだ」
 シンはIsonから貰った機械を握りしめる。オサドリはその様子を見守った。
 彼は再びベッドに倒れこんだが、今度はなかなか眠れないでいるのであった。それはオサドリの雛も同じようで、窓辺に移動すると、そのまま眠ることなく風の声を聞いていた。
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第二部 己の正体 ( No.19 )
   
日時: 2019/01/04 00:25
名前: 地球儀 ID:ZKa3fiZA

正月休みのおかげで、ようやく進められました…!
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 翌朝、グレイがシンを起こしに部屋にやって来た。彼はシンの顔色が優れないのに気づき心配げに話しかけながらも、彼を食堂へと案内し、2人で朝食を取った。
 グレイは食堂が一番混雑している時間を避けて案内してくれていたようで、食堂の人影はまばらだ。昨日の夜に少しだけ会話を交わした隊員たちが親し気にシンに挨拶をしに来てくれた。
 朝食を終えると、シンとワイルドはエレベーターを使って違う階へと移動する。辿り着いた場所は他の階とは異なる雰囲気であったため、シンは落ち着かない気持ちになった。
 というのも、この階は濃紺色の絨毯が敷かれており、扉も艶やかな黒い材質でできており、重厚感のある空間となっている。グレイがある部屋の扉の前でカードをかざすと、カードと彼の周りをホログラムが囲む。そして、ドアの鍵が開く音がした。グレイは扉をノックしてから、声が聞こえるとその扉を開けた。
 部屋の中は、先日の客間とは様子が違った。ずっしりとして角ばったテーブルが中央にあり、その周りには大小様々な機械が置かれている。ガブリエラがテーブルの一番奥に座っている。その後ろでは、ユリウスが立っている。ユリウスはシンを見るとニッと笑い、「よお」と声をかけた。
「おはよう、シン。好きな場所に座ってくれ。昨日の話の続きをしよう。ワイルド、資料を」
「承知しました」
 ガブリエラの声に応えて、グレイはタブレット型の機械を操作してホログラム映像を浮かび上がらせる。すると、机の上には海上都市や、大陸にある都市、そしていくつかの森が浮かび上がった。初めて見るその映像に、シンは目を輝かせた。
 グレイがタブレット端末でズームを近づけてゆくとホログラムは海から大陸の都市の間までの映像が拡大される。グレイがさらに機械を操作すると、赤い色のホログラムが現れ、矢印となって海から都市へと道順を示す。
 シンはじっとそのホログラムを覗き込んだ。矢印の近くには車や建物などもある。矢印のうちいくつかは×のマークがついており、そのマークがついた矢印の先には道が続いていない。
 シンは何となく、その矢印の意味が分かった気がした。そして、ガブリエラの方を見る。彼女はシンの反応を見ていたようだ。彼の目を見て、口角を少し上げた。
「この矢印は、数日前に匿名で送られてきたメールに書かれていた、都市へ安全に行く経路なんだ。情報元が不明だから信じるのは危険ではあるが、もしこれが本当に安全な経路であるのなら願ってもないチャンスなんだ。シン、これから都市を目指すと言っていたな? 私も一緒について行って都市の偵察をしようと思っている」
 そう話すガブリエラの顔には、ホログラムの放つ電子的な光が落ちている。その光を映す彼女の目は、今までシンが見たこともないような鋭さがあった。その瞳に捕らえられた瞬間、彼は固唾を呑んだ。
 シンは改めて理解したのだ。
いま彼の目の前にいるのは、兄のオシアナスと一緒に森を訪ねてきていた森の子どもたちの姉貴分であるガブリエラではない。海を守る屈強な隊員たちを束ね、荒波と侵入者を制する軍の大尉。若くしてその地位に就いた気鋭の人物なのだ。
 彼はその事実を、今さらながらに思い知った。
 ガブリエラは作戦について話し始めた。
 まず、第一にガブリエラの部隊がいつも通り海上を巡回する。それは、敵に変化を気づかれないようにするためだ。万が一、あのメールの送り主がガブリエラの不在を狙っているのだとしたら、彼女がいないことを知られない方がいいだろうと考えたためだ。
 ガブリエラはシンとユリウス、その他数名の部下と大陸に上陸する。都市に入るための抜け道を捜索し、抜け道を見つけ次第そこから潜入。その際、引き連れていく部下はユリウスのみ。残りはステルス軍用車で野営だ。
 ガブリエラは都市内での作戦は1日で終わらせる計画であると言った。余裕を見て2日ほど、野営組には待機してもらい、2日経ってもガブリエラたちが戻ってこない場合は退却する命令を出すという。
 野営組の主な仕事は、ガブリエラたちより先に投入する小型潜入機から送られてくる位置情報と画像を元に侵入経路を明確化し、それを海上都市のグレイたちのチームに送ること。その情報をもとにグレイは作戦を立ててそれぞれの部隊に連絡する。その中でもグレイが優先するのは、ガブリエラへの経路案内である。
 無茶な計画だ。
 軍の作戦にはド素人であるシンでさえ、そう思った。
 送り主が分からない情報を頼りに敵地に向かい、しかも潜入するのは3人だけでそのうち1人は何の訓練もしていない自分なのである。
そして何よりも気がかりなのは、軍上層部の1人であるガブリエラが前線に向かうということ。仮に彼女が都市で捕まれば、それこそ海の民族にとって大打撃となるのではないだろうか?
「ガブリエラが都市の人に見つかったら危ないよ」
 シンは説明を終えたガブリエラに対して、率直に意見を言った。
「危険は十分承知している。しかし、私は知りたい。あの日、兄貴が行方不明になった日のことを。あの日に何が起こったのか、どうして最近は都市の船がわが軍の偵察機の目を逃れながら海上都市に近づけられるのか、それらを解明したい」
 部屋の中はしんとして、ホログラム機が発する微かな音だけがシンの耳に届く。
 彼はガブリエラの鋭く力強い視線に魅入られ、そして気圧されていたため言葉が出なかった。森に来ていた頃の彼女には無かった、軍人としてのガブリエラに宿る強さに呑まれたのだ。
 グレイはというと、タブレット端末を動かす手を止めて、その様子をじっと見守っている。彼はガブリエラの勢いに気圧されたというよりも、彼女へかけようとする言葉を心の中に封じ込めようとしているようにも見えた。
 そんな中、沈黙を破ったのはユリウスだ。彼はガブリエラの後ろに立っていたが、彼女の横へと進み出て、彼女の目の前にあるホログラムの上に手をのせた。手に遮られたホログラムは歪に形を変える。
「もう一度お考えください、大尉。シンもこの計画に驚きましたでしょう? ご存知だと思うが、あんたは1つの部隊の長としての立場があるんだ。あんたが居なくなればその下についている部下たちの道標がなくなることになる。最悪の場合、全員の命が奪われるかもしれない。個人的な興味で勝手に1人で行動されては困りますなぁ」
 ガブリエラは眉一つ動かさずにユリウスの顔を見る。
「興味だけでこの作戦を立てたのではないのは先に説明した通りだ、バーゼルト。何かのきっかけがあって都市はこちらの機密情報を握っているのではないかと睨んだため、それを突き詰める必要がある。なぜあのメールが私に送られてきたのかも、知る必要があるから私が行くしかないんだ」
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第二部 己の正体 ( No.20 )
   
日時: 2019/01/20 12:44
名前: 地球儀 ID:bRBo0/0I

 ユリウスはガブリエラの目を見据える。
「大尉にそのメールが来た時点で罠の可能性が高い」
「罠であるから逃げるのか?」
 ガブリエラからの言葉の応酬に、ユリウスは溜息をついてガブリエラから視線を逸らせた。もとより、ガブリエラが決断したときにその意思を変えられるとは思っていなかったのだろう。特に、相手を射るようなあの瞳を目の前にしては尚更だ。
 ガブリエラは言葉を続ける。
「バーゼルト、ワイルド、私に何かあった時の指揮はお前たちに任せる。判断の精度が高く、そして戦略の立案と不測の事態の対処に長けている。海に何かがあった時のために、作戦に参加しながらこの街を守って欲しいんだ」
「それなら、なおさら大尉は前線に赴かなくては良いだろう! 大尉は海上都市か船の中で指揮をとって、俺とワイルドが見て来ればいい。どうして殺されに行く?!」
「よしなさい、ユリウス・バーゼルト!」
 グレイの声に、一同は驚いて口を閉じた。シンはもちろん、ガブリエラでさえ聞いた事の無い声色だったのだ。部屋は再び静まり返った。一同の視線はグレイに注がれる。
 グレイはタブレットをぎゅっと抱きしめながら話を続ける。
「これは理屈では解決できない問題のための作戦なのよ。アタシだってエディソール大尉を易々と敵に近づけたくないわよ。でも、私たちの力ではどうしようもない事態が起こっているからエディソール大尉に行ってもらうしかないの。終わらせられることができるのは大尉だけなのよ」
 グレイはガシッとシンの肩を掴む。力強く肩を掴まれて、シンは慌てて足に力を入れて重心を支えた。今までのしなやかな動きからシンは想像もつかなかったが、グレイもまた軍人であるため、その腕力は強かったのだ。
「アタシは遠隔で援助するからすぐに助けることはできないわ。何かあったらあの人を頼んだわよ、坊や」
「……わかった。僕とバーゼルトさんでガブリエラを守るよ」
 グレイはいつも通りの優しい微笑みを浮かべると、シンとガブリエラを2人一緒に抱き寄せて、ガブリエラに怒られてしゅんとした。
「良いことを言っていると感心していたのに、お前はすぐにこの調子になるな。……3人とも、ありがとう」
 ガブリエラは少し微笑んでシンたちを見た。
 シンとグレイはつられて笑ったが、ユリウスは顔をしかめたまま目を逸らした。
 シンたちは作戦の詳細を話し合った後、他の隊員たちに連絡する前に昼食をとることにした。ガブリエラが先に部屋を出た。ガブリエラに続いて部屋を出ようとしたユリウスを、グレイは小突いて引き留める。
「年下の男の子に頼むことしかできないなんて、情けないものね。オッサンは無茶せずほどほどにしなさいよ」
「オカマに言われなくてもわかっているさ」
 ユリウスにあしらうように返事を返され、グレイは肩をすくめた。
「わかっているなら心配しないわよ。アンタが、オシアナスさんが都市に興味を抱くきっかけとなったことに負い目を感じたままでいるのを知ってるわよ。でも、あんたのせいじゃないのよ」
「……同じことを大尉も言ってくれたよ。だが俺は、俺さえ見つからなかったらこんなことにならなかったのにと今も思うよ」
 オシアナスの名前を聞いて、シンは2人を見た。廊下の窓から差し込む光が逆光となり、ユリウスの表情はよく見えない。ユリウスはシンの視線に気づくと、彼の肩を叩き、「頼んだぞ」と言った。
 シンとグレイは、廊下の奥へと消えていくユリウスの後ろ姿を見送った。
「巻き込んで申し訳ないわね、坊や。この件は色々と複雑なの。表向きはオシアナスさんが都市との戦闘の際に行方不明ということになっているわ。でも、実際は都市から急に領域内の侵攻が増えた後にオシアナスさんが失踪。そして、大尉に届いたメール。このメールはまだ一部の人しか知らないんだけど、そこにはこう書かれていたの。“お前も統治に論理性を必要とするなら、ここに来い”と。オシアナスさんがよく話していたことなの。彼が、海の軍隊の戦略班を強化することを目的に働きかけている時によく口にしていた言葉だったから。オシアナスさんが敵に寝返ったという憶測が飛んでいてね、大尉も少なからずその可能性を考えているのよ」

 オシアナス・エディソールが行方不明になったのはユリウスが海の民族の前に現れた後。ユリウスが軍隊の一員として働く際に関りは無かったが、彼の生活が安定するまでガブリエラが夕食に彼をエディソール家に呼んでいた際に交流があった。
 オシアナスはユリウスに、都市のことを聞いていた。ユリウスは聞かれるままに答えた。ただ、ある時を境目にユリウスは軍隊の仕事以外では都市の話をしないことに決めた。それは、オシアナスと話した際に、彼が漏らした言葉を聞いた時だ。

「--------なるほど、都市は力ではなく理性と論理性で統治しているのか。こことは大違いだな」
「あくまでそれを謳っているだけですよ。実際はもっと無秩序で陰謀が渦巻いている場所です」
「……いや、その言葉も出てこないのは、どうにかしているんだと思うんだ」
「オシアナスさん……?」

 ユリウスは、オシアナスの表情を見て言葉を詰まらせた。相手にかける言葉は、結局出てこなかった。ただ、自分が都市の話をすることで、それに憧れを抱くものを海の民族から作り出してはいけないと、ユリウスは誓ったのだった。
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第二部 己の正体 ( No.21 )
   
日時: 2019/02/11 22:15
名前: 地球儀 ID:YGlWn9Jk

 日が傾き始めて、都市の中ではビルの光が煌々と輝き始めた。
 1台の銀色の車が、渋滞する道路から離脱してパーキングへと滑り込んだ。パーキングのゲートをくぐると、運転しているIsonの腕に付けている端末が青白く光り、音声で彼にこのパーキングでの支払い条件の説明をした。
 Isonは有料パーキングに車を止めると、都市の中心部に位置するセントラルタワーに足を運ぶ。
 ここは都市の主要な施設が並ぶ一体。まさに、心臓部なのだ。
 セントラルタワーに入ってすぐに、来館者用ゲートを通る。彼が腕に付けている機械をゲートに当てると、機械からホログラムが浮かんで目的地を示してくれた。その他には、彼に必要な提出書類なども書き連ねられている。
 その書類の多さを見て、彼は苦笑した。都市の外に出るには途方もない手続きが待ち構えている道を通らないといけないことを改めて思い知らされたためだ。
“非都市地域対策課”と書かれたプレートのある窓口で、彼は自分の担当を見つけた。
 彼の担当の名前はソフィア・アボット。まだ就業したばかりの若手職員だが、彼が都市の外に行くための複雑な手続きを淡々とこなしてくれる頼もしい担当だ。栗色の長い髪はいつも綺麗に束ねられており、細いフレームの眼鏡が彼女の几帳面さを説明してくれる。
 Isonはソフィアのデスク近くにあるカウンターから彼女を呼ぶ。彼女は作成していたデータを保存すると、彼の前に来てカウンター越しに座る。Isonはバックパックからいくつもの資料を取り出し、1つ1つ説明しながら彼女に手渡した。ソフィアはそれらに目を通し、時おり付箋に文字をを書き込んで資料に貼っていった。時おり、「これは中央教育研究所へ提出する資料で、もう片方は高等教育機関への提出書類かしら?」と彼に質問した。彼はその質問1つ1つに答える。一通り資料の確認が終わったのを見計らって、彼は今日一番の目的を果たすべく彼女の名前を呼ぶ。
「ソフィー、良かったらこのあと晩ご飯食べに行かない?」
「そうですね。誰かさんが提出した膨大な量の書類は明日に回すのでいいですよ。それに、そろそろお話したいこともありましたので」
 彼女は書類の束を整えると、ニコリと笑ってそれらを仕分けボックスの中に入れる。
 彼らは1度別れた後、同じ区域にある広場の前で待ち合わせてから人が多いレストランで食事をとることになった。
 大型商業施設のテラスに位置するレストランは仕事や学校終わりに立ち寄る人で賑わっている。年齢も様々な客の中に、彼らは紛れ込んだ。
 親しみやすい価格帯の料理が売りだが、景色が良いということで人気のお店だ。ここでならそれとなく報告を聞くことができるだろうと、ソフィアが選んだのだ。
 Isonとソフィアが空いていた席に腰かけると、ウェイターのアンドロイドが現れて彼らにフィルム・ペーパーのメニュー表を手渡す。彼らは手早く料理を注文して、ウェイターには厨房へと戻ってもらった。
「つかぬことを聞くが、最近、君の部署に人は入ってきたかい? 例えば、都市外の人間とか」
「人は入って来ましたけど、都市外の人間とは聞いていないですね。公表されていないだけなら話は別ですが」
「……なるほど。背が高くて黒髪の、よく日に焼けた男が新しく入ってきたりは……?」
「してないですね」
「ううむ、そうか」
 再びウェイターのアンドロイドが現れたため、2人は口を閉じた。ウェイターに促され、2人ともウェーターが手にしているハンディマシーンに腕を差し出す。ウェイターは1人ずつの腕にその機械を当てた。
 機械が緑色のランプを点灯させるのを見ると、ウェイターは微笑みを見せてお辞儀をすると、再び奥へと消えていった。
 ウェイターは2人の年齢を確認したのだ。都市の人間はみな、腕にチップを埋め込まれている。そこに書かれている情報をもとにサービスを変えているのだ。例えば、未成年には飲酒させないようにするなどの対策を取るために使われる。
「例の件、話していいでしょうか?」
「ああ、頼む」
 ソフィーの問いかけに、Isonは頷いた。
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第二部 己の正体 ( No.22 )
   
日時: 2019/02/11 22:14
名前: 地球儀 ID:YGlWn9Jk

「政府直轄の生物研究センターからは先月から定期的に都市外への外出申請が出ていました。それも半日から2日ほどだからかなり近場に出るようです。重機の申請についての問い合わせがありましたので、恐らく都市の中にその樹を持ち込むつもりでしょう。申し訳ないですが、この中に入り込んでからは私は力になれません」
「いいや、十分だよ。ありがとう、ソフィー」
 Isonはグラスを傾けて水を飲む。氷が音を立てて動く。ひんやりとした感覚が、彼を落ち着かせた。
「どうやら見つけてしまっているようだね」
 そう言って、彼は手元にあるグラスを見つめて黙る。ソフィアも黙ってグラスの水を飲んだ。
 重機を都市の外に出す申請が出ているということは、Isonの悪い予想が刻一刻と近づいているということになる。
 大樹が一度都市の中に入れられてしまった場合、それを逃がすのにはどのような方法があるのだろうか、とIsonは様々な予測を頭の中で巡らせた。
 ソフィーはそんな彼を黙って見守る。もともと、彼女はあまり喋る方ではない。黙って相手を観察しがちなのである。彼らは知り合って日が浅いのではあるが、仕事やとあるきっかけを通じて、お互いの性格をそれぞれ把握していた。

沈黙した彼らに話しかけたのはウェイターだ。彼はそれぞれに料理を運ぶと、他のテーブルへ移動して注文を聞きに行った。ウェイターに話しかけられて我に返ったIsonを見て、ソフィアは苦笑した。
「とりあえず、食べましょう? 今日は食事をしに来たのですし」
「そうだな。済まない」
 彼らはそれぞれが頼んだ料理に手を伸ばす。
 ソフィアちらりと彼を盗み見る。目の前の男は、さっきとは打って変わって、美味しそうに頼んだ料理を頬張っている。
「なぜあなたはそんなにも森に行きたがるんですか?」
「うーん……。1つは、自由に生活している彼らが羨ましかったから」
「あなたらしいですね」
 ソフィアは呆れた顔で聞きながら、綺麗にスパゲティをフォークに巻きつけて口の中へと運ぶ。
 彼女にとって、Isonは奔放で変わり者な人間なのだ。あらゆることが管理された都市より広大な大地で伸び伸びと生活する方が彼には会っているのだと思っている。
 Isonは彼女の表情を見て困ったような笑顔で応えた。彼は彼女には頭が上がらない。彼女が仕事についてからというもの、何度も煩わしい申請を担当してもらっているためだ。
「もう1つは、身の回りで何が起こっているのかを知りたいから」
「身の回りで起こっていること?」
「そう。食べ物の生産地や製造過程を気にするように、自分が生きているこの環境がどのようして成り立っているのかを知ることは大切だと思う。そのためには外から見るしかないと思ってね」
「レベッカさんも同じようなことを言っていましたね」
「そうか……」
「気にしないでください。あのような事がありましたが、私にとってレベッカさんは大切な姉のような存在なんです。今でも」
 レベッカ。都市の人間はその名前を聞いてすぐに、最近起こったばかりの事件の話を始めるだろう。彼女は一時期、都市を激震させた殺人事件の犯人である。
 政府直轄の児童保護施設の職員を数人殺害した後、不特定多数の人間を拉致監禁した。
 報道各社の調べによると彼女は事件が起きた保護施設出身であるということが分かり、一時は何か私怨があってこの事件が起きたのではないかと憶測が飛んだのだが、最終的には彼女の精神が不安定であったことが原因であるとされた。そして彼女は、事件の判決が出る前にこの世を去った。原因は自殺だとか。
 この事件には様々な謎が残されているため、今でも政府の目が届かないところでは議論が続いている。
 殺された職員というのは、人間ではなくて試験的に運用されていたアンドロイドなのではないのか。また、犯人であるレベッカは“スカーレット”と名乗る人格を持った多重人格病とされるが、それは彼女が同施設に居た頃にそのアンドロイドを用いた実験が行われていたことが要因なのではないか、と。
ソフィアも彼女が起こした事件の被害者であったのだが、皮肉なことに、その一件があったからこそIsonは彼女と仕事以外でも話すきっかけができたのだ。
というのも、Isonは彼女が事件に巻き込まれた際に居合わせたのがきっかけでこの事件の真相を探るべく動いた。しかし最終的には彼も事件に巻き込まれてレベッカの手の内で危機に瀕していたところ、政府の要請でこの事件について調べていたホンジョウに助け出されていたのだ。
 あの一件は、本当の意味で解決したのだろうか。
 Isonは席から見えるセントラルタワーを睨みつけ、物思いに耽る。
 ソフィアはそんな彼を心配そうに見ていたが、声をかけることはしなかった。調べて欲しいことがあるが、そのことについて関わるのは止めて欲しい。そう彼に言われていたためだ。

 本当に、自由で勝手な人だ。

 ソフィアは小さくため息をついた。それでも彼女は、彼を放っておくことができないでいる。自由で勝手な人間とはわかっていながら。
 そんな彼らを遠くから眺めている、1組の男女がいた。
「ねえ、聞いた? やっぱり家族っていいものね」
「なるほど。今この状態が君なりに望んで手に入れた家族というやつか、スカーレット」
「今はレベッカよ」
嬉しそうにしている女とは正反対に、彼女の向かいの席に座っている男は苦い顔をしている。
この女こそが、先の事件の殺人犯レベッカ。一度は自殺としてこの世から消された彼女。こうしてまた生きているのには、政府の手駒として暗躍するべく生かされたためだ。そのことを知る者はごくごく限られている。
「迷っていたら何もかも失ってしまうわよ、ホンジョウ」
「心得ている」
「私の可愛い妹とは、これが最後の晩餐となりそうね。Ison」
 レベッカの目はしっかりとIsonを捉えている。穏やかに微笑む彼女からは慈愛さえ感じられるが、その指は妖艶な動きで手元のナイフを撫でていた。もう片方の手でグラスを傾けると、赤いワインが波打った。
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