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[5301] 【完】あなたが望むセカイを
日時: 2016/04/19 15:20
名前: ろすとぴーす◆nSH2Fng0iQ ID:H.s2Ea/.

初めまして。
今回は細々ながら剣や魔法の世界を満足の行くよう描きたいと思っています。
短編よりは少し長めの、中編程度になる予定です。それでは宜しくお願いします。
メンテ

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Re: あなたが望むセカイを ( No.41 )
日時: 2016/04/19 15:40
名前: ろすとぴーす◆nSH2Fng0iQ ID:H.s2Ea/.

第三十六話『真実』















「――はぁッ!」

得物よる滑らか且つ精巧な一閃。確実に命を刈り取るための容赦無い攻撃がシーナを襲う。
全神経を集中させ挙動を漏らさず観察していた彼女にとっては回避は困難なものではなかったが、一片の油断もあれば深く傷を負っていたかもしれない一撃だ。
静かに佇んでいたアルマは先程までとは打って変わり激しい立ち上がりを見せた。そこに迷いはなく手加減も疑心もない。
ただ目の前の敵を殺すために全力を尽くすのみである。

「ははっ! いいぞ、やれるじゃないか!」

さらに一歩後退し、身を翻しながら当たりどころが悪ければ致命傷たりえるその連撃を回避した後、立て続けに身体を貫かんと押し付け続ける執拗なまでの刺突の連撃を今までの経験と的確な読み、そして一瞬を逃さない観察眼で察知し全身を稼働させ紙一重で避けていく。
身体を捻っての横薙ぎを囮にして全力で足を砕きに来たアルマの蹴撃を軽く跳躍して見事に凌いでみせる。しかし床を蹴って空中にまで追跡を続行して来た彼の行動にややシーナの顔が驚きに染まった。
彼女ははっきりと自覚した。彼の目は完全に復讐者のそれだということに。ここから先さらに彼を高めていくには気を引き締めてかからねばなるまい。
彼の手が青白く光る。雷光を纏い矛の如くシーナの身体を串刺しに真っ直ぐ伸びてくるそれを同じく電撃魔法をその手に宿し角度をつけて鋭く弾いた。
それと同時バルムンクを宙に放り投げた後腰から短刀を取り出し反応する間もなく最小限の動きでシーナの腕に突き立てる。
傷口から鮮血が滴り落ちるもののさしたるダメージにはならない。空中で身動きが取りづらいはずの彼目掛けてダインスレイフを振るうが、彼は身軽にシーナの身体を踏み台にしてさらに跳躍、バルムンクを回収しつつその目線は一切シーナから逸らさない。
彼が出現させたるは氷魔法。バルムンクを持つ手はそのままに片手を使い瞬く間にそれを中心に吹雪が舞い上がり収束して行く。はっきりと魔王に対して敵意を持った数メートルもの氷柱がかっ飛んでいく。
短刀を引き抜きながら対処しようと身を捻ってあわやといったところで回避し着地。その直後に悪寒を感じ見上げれば莫大な質量を誇った雹が落とされたことに気付く。

「小癪な……!」

流石に身の危険を感じた彼女は冷静に真横に跳躍し回避、一瞬前まで自身がいた所に膨大な質量を伴った雹が落とされ地面を僅かに揺らした。もし当たっていればとても無事では済まなかっただろう。
こんな小細工でシーナを倒せるなどとは当のアルマも思ってはいない。だからこそ必然、追撃に走る。

「はぁああああああああああっ!!」
「ぬぅうッ!」」

床材を砕く音とともに刀身がシーナごと削り取ろうと空間を斬り裂くが手応えはない。返す刀で身体目掛け斬り上げるが彼女の魔剣ダインスレイフによって跳ね上がる前に止められてしまう。
腕力自体は互角。瞳は既に真っ赤に染まり血のように紅い残光を残しながら疾駆するその姿は俊敏さと凶暴さを併せ持った猛獣を思い起こさせた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああぁぁっ!!」

一見力任せに見えるような斬撃の嵐を繰り出し、シーナもまたそれを迎え撃つ。
時折フェイントを織り交ぜながら複雑な軌道を描き確実にシーナの命を刈り取りに来ているアルマの剣戟一つ一つを丁寧に打ち落とし、隙をついて懐へ潜り込み鳩尾に鋭く重い掌打を繰り出すが、それを逆手にとってさらに潜り込みシーナの肋骨を砕く強烈な肘鉄がヒットした。
初めてに近いクリーンヒットで僅かながら硬直したアルマの頬を思い切り殴り付け床に這いつくばらせようとするものの体制を整えそこから地面を這うような低空からの拳がシーナのダインスレイフごと弾き飛ばし数歩後退させる。
好機と見るや踏み込み、十分に射程距離内に収めてから頭ごと叩き割る勢いで渾身の力で持って振り下ろすが一直線の軌道を読まれ力を集中させた右腕で防ぎ、接触の瞬間薙ぐとそのパワーに耐え切れずアルマも得物を吹き飛ばされてしまう。
双方とも自身の武器は吹き飛んだことを思い知るやいなや身体が捩じ切れるかと思われるほどに遠心力のついた暴風のような回し蹴りを相手の顔面目掛けて叩き込もうとするものの到達する寸前風を穿つような高音を鳴らしつつ技同士がぶつかり合い仕切り直しに留まる。
小細工はいらない。確実に敵を殲滅することにのみ意識を集中させたまさに必殺の蹴りだった。足または胴体に叩き込めば或いは一時的に行動不能に出来たかもしれない。
堅実に事を成すならばそれが定石だろうが今回ばかりはそうは行かない。ともに勇者と魔王、一筋縄ではいかない相手だ。
だからこそ倒すための手順が妥協や定石通りならばそこで無意識の内に隙や油断と言った類の決定的な瞬間が生まれそこをつかれるかもしれないという僅かな恐怖とリスクが存在する。
だからこそここは一撃必倒のポイントに絞られる。その事をシーナも、その教えを受けたアルマも熟知している。

「っ……」

凄まじいばかりの蹴撃の後静寂が訪れる。膠着状態故に攻めあぐねているのは間違いないものの、アルマはその上焼け付き痺れるような痛みを全身に感じていた。
極力疲弊を悟られぬよう酸素を求め体内で暴れ回る心臓と荒い呼吸を抑えようとはするものの相手はまがりなりにも師匠、その変化を見逃すはずはない。

「確かに強い。だがその闇魔法は着実にお前の命を削っているのが分かるぞ」
「だからなんなんだ。己の命だととうに捨てている。ここでお前を倒し朽ち果てるなら本望だ。生かしちゃおけない、絶対にお前だけは!!」
「はははっ、それが弟子が師匠に宣うセリフか?」
「黙れぇええええええええええええええええええッ!」

見るからに肉体的にも精神的にも限界が近い。彼の予想はより早く破滅の時は迫っている。それ以上に彼女の口ぶりが許せない。悪気を微塵も感じていない、自覚していない腸が煮えくり返るようなその態度を改めさせ殺すために彼は駆け出していた。
まさに魂を投げ打つような態勢で不敵な笑みを浮かべ余裕の態度を崩さない彼女へ再接近。

「うがあああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」

柄を握る手に砕けんばかりに力を込めただ殺すためだけに剣を振るう。
その単調な一撃をシーナは軽くいなしてカウンターに大ダメージを与えるつもりだった。しかし思惑は外れ闇魔法を大きく注ぎ込んだその攻撃はあっさりと彼女のガードを崩しその身体を斬り裂いて鮮やかな血の華が咲く。
極大な闇魔法の力で以てまさしく意志が力を持ったかのような全ての障害を叩き壊して物理攻撃を押し通すその様はまさしく彼の殺意そのもの。

「んがぁああああ!!」
「ぐっ……!!」

あまりの威力にたたらを踏む。しかし続く攻撃は止まらない。光魔法でない純粋な闇魔法である以上相殺も出来ずに受けに回るしかないシーナの顔には初めて明確な焦りが見られた。
確実な好機。アルマはそこを見逃さない。身体ごとぶつかるようなまさに突進と言うべき前傾姿勢のまま突っ込みバルムンクを半ば叩きつける形でシーナに突き出す。
まともにもらわず且つその後の行動にも対応出来るよう最小限の動きと力で上手く防いだつもりだったが見込み違い。一撃一撃に込める気持ちの強さが違う。

決死の覚悟で放つその攻撃を受け止められず体制が崩れたところへ怒涛の追撃が入った。

「はぁあああああああああああああああああああああああああああっ!」

図らずも師匠に放つことになったその剣戟を余すことなく身体に叩き込む。
どこを穿てば効果的か。どこを削れば有利に出来るか。意外なほど冷静な脳内をフル回転させ目の前の細身な身体を傷つけるために情け容赦なくバルムンクでの斬撃を放ち続ける。
致命傷は避けているものの決して浅くはない大小無数の切創が瞬く間に出来上がりその顔にも苦悶の色が浮かび上がる。
しかし血液を滴らせながらもその目は曇っておらず、僅かな隙を見つけてアルマの膝に鋭い蹴りを放つ。まともに浴び動きが鈍ったところへ今度はシーナの攻撃が待ち構えていた。幾多もの経験からか大事な場面ではアルマのように闇魔法一辺倒な戦い方ではない。
ダインスレイフを地面に突き立てると地面が凍結し身動きをとれなくさせる。そこから目では追い切れないほどのスピードで繰り出される猛烈な速さを伴う連続した刺突で確実にアルマの身体にダメージを蓄積させていく。
ただでさえ対処しづらい刺突の上に精巧さと熟練度が半端ではないことに驚きを隠せないアルマだったが致命傷だけは防ぐため完全に防御態勢に入る。しかしそこを見逃す彼女ではない。
腕に土属性を纏って下から鋭く拳を打ち上げるとその力に耐え切れず大きくガードが崩されてしまう。驚愕の表情とともにアルマのがら空きになった身体が露わになる。
ダインスレイフに炎を纏わせ袈裟斬りを見舞う。返す刀で大きく切り上げると同時水属性を目の前に展開、刀身に風属性を纏いつつそれを叩き斬るとまるでウォータージェットの如く非常に殺傷性の高い衝撃波がアルマを襲った。それを立て続けに数発撃ち込むと見る見るうちに彼の身体が傷ついていく。
たまらずその場から逃げようと回避の態勢をとった瞬間にまたもやダインスレイフを地面に突き立てて凍結。またもやアルマの身動きはとれなくなってしまった。耐え難い状況から脱出するには意識を完全に回避に傾けるのが一番だが、そうなると防ぐことも攻撃もほぼ出来なくなるために、それがわかっている相手に対しては格好の的である。

「ふっ……!」

息を吐きつつ僅かにその身体がぶれるように小さく動いた。一瞬後にはアルマの背後に移動しており、剣を振りきった後だった。
間髪入れずにアルマの身体からは夥しい量の斬撃痕と出血。先程の一瞬で何回斬ったのか分からないが、血染めになった彼を見れば想像に難くない。
後ろ手に倒れ込む音がしたのと同時にシーナは僅かばかり油断した。本来ならあり得ない速度で真上から降ってくる影とともに自身に付着する血液を見て対応が遅れた。
天井から血が落ちてきた時点で気付くべきだったのだ、標的は既に行動を開始していると。強烈な勢いで落下速度を利用した刃がシーナの肩口を斬りつける。
予想外の動きに守りを固めようとしたシーナの行動を読み胸ぐらを掴んで強烈な頭突き。まるで先程の仕返しだ。
額から出血し、目の前に星が飛ぶ。突然のラフな攻撃に泡を食い体制を立て直そうとするも予想以上の威力に思わず片膝をつく。しかし背筋が凍るような感覚とともにその場から大きく跳躍し後ろへ飛ぶと、頭を砕かんばかりにバルムンクを振り下ろした彼の姿があった。

「ぐぅううう……ぅううううッ……!」
「はぁ、はぁ……」

アルマの全身から鮮血が滴り落ちる。シーナの攻撃を立て続けに浴びた上闇魔法が彼の身体を損傷させては修復し、力を与え続けると同時に徐々にその身体は耐え切れなくなり自壊への道を辿っていく。闇魔法の戒めがここへ来て一層ひどくなった。
だが光魔法にある程度理解のある彼女にとって、どんなに弱点である光魔法でダメージを与えようともいくらかの相殺や軽減は可能だ。さしたるダメージたりえない。彼女や玉藻のような人物にとって一番効果的なのは彼女らを上回る闇魔法、純粋に自身を上回る力。それしか対抗する術はなかった。
手練れを相手にするにはこの道しかないのも分かりきっていたことだ。彼が今、苦しみ抜いて悶えるその姿は彼女が闇魔法を教える際既に幻視していたものなのだから。
対してシーナも五体満足ではない。既に足は半ば動かず至る所に切創や打撲の類が目立ち息も切らしている。双方とももう長くは戦えそうになかった。

「そろそろ、頃合いだろう……なあ、勇者」
「……そうみたいだな。魔王」

示し合わせるようにアルマはバルムンクに右手を、シーナはダインスレイフに左手を添えて力強く撫ぜる。

「エンチャント……」
「エンチャント……ッ!」

既に一回の動作でその刀身には炎、水、風、土、雷の属性がまるで透明な仕切りが施されているかのように互いを打ち消さずに存在していた。
複数の属性を上乗せしひどく大きくなったその刀身を軽々と構えながら相手目掛け疾駆する。

「はぁああああああああああああああああああああっ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

最後の一撃。
放たれるは師匠が弟子に教えた倒し切る際に必要不可欠なまさに必殺技たるもの。満身創痍ながらも身体に鞭打ち一瞬にして射程圏内まで接近。
そのまま決死の覚悟で自身の思いを込めた刃を振り抜いた。鼓膜が破れるかと思うほどの衝撃と轟音が間近で鳴り響く。
あまりの反動に危うくバルムンクを取り落としそうになるもののここが正念場だと強引に自身に言い聞かせ最後の力を振り絞り大きく筋肉を稼働させ爆発的な力を注ぐ。ほんの僅かながら抵抗があったものの、それを乗り越えて振り切ることに成功する。
同時にその手には何者にも代えがたい確かな手応えが残った。

「くっ……」

静寂の後、吹き飛ばされ仰向けで倒れている魔王の元へ足を引きずりながら歩み寄る。
彼女はもう抵抗も動きもせず、ただただ虚空を眺めていただけだった。それも何故か満足気な笑みを浮かべながら。

「あはは、はっはははは……っ!」

どこからともなく漏れる笑い声。身体に響き思わず咽返るもののその顔には悔しさや敗北感といった印象は認められなかった。

「成長したな、ぼーや」
「……あんたに、教わったからな」

ぶっきらぼうに返すと、彼女は目を閉じて小さく頷くだけだった。まるで、例えそれが原因で敗れたとしても本望だったかのように。
彼女の命も長くはないだろう。絶対に当てなければならない技、即ち絶対に食らってはいけない技として教えたものを直撃したのだから。

「見事にお前は私をねじ伏せてみせた。さあ、やるべきことは一つだ。やれ」
「……わからない」

真っ直ぐアルマを見つめる彼女の瞳には決意らしきものが宿っていた。しかし対照的にアルマは浮かない顔をして彼女の瞳を見つめ返す。

「どうしても、わからないんだ。海底トンネルの折、あんたは何故あのろくでもない人間たちを助けようとしたんだ……?」

そこで彼の表情はくしゃりと潰れ年相応の子どもらしさを見せた。

「何故、僕の村を滅ぼしたんだっ……! 何も悪いことはしてないのにッ!!」
「……っ」

師匠が魔王だったとしても。血みどろになり傷だらけになりながらも。得たかったその答え。
むしろシーナが魔王だったからこそ心の底から渇望するそれを、彼女は答えるべきかどうか判断しかねていた。
その時だった。シーナはただならぬ気配を感じ、それと同時に出入口から殺気が垣間見えたのを見逃さなかった。素早く起き上がり、押し倒すようにアルマをその身に抱きしめながら倒れ込む。
先程までアルマがいた位置に鋭い光線が通り過ぎシーナの脇腹を直撃しざっくりと斬り裂く。
アルマは、シーナが傷を負ったのを認め同時に何者からによる攻撃から庇ってくれたのだと認識するが、そこまで気付いて彼の表情が困惑の色に染まった。

「し、っ……ど、どうして……?」
「っ……ぼーやが、大切だからに決まってる……!」

激しい傷による発汗と出血で呼吸するにも苦しくなってくるが無理矢理笑おうとする。言葉自体嘘でも何でもない、心からの本音。全てはこの少年のため。
この命も身体も肩書きさえも今下になっている少年の前では意味を成さない。全てをかなぐり捨ててここまで来たのだから。
シーナは無理矢理アルマに笑いかけようとするが、満身創痍なだけあって上手く笑えなかった。

「おおー……? 良い感じにどっちも死にかけてるなあ、結構結構!」
「ジ、……ジェイド……!!」
「そのまさかよお」

そこへ突然現れたのはぼさぼさの長髪をまとめることもせずただただ小馬鹿にしたような笑みを浮かべて歩いてくる男性。シーナの血族に漏れず整った顔立ちと今までより遥かに力強さを増したそのパワーはまさしく最上位に相応しい風格と実力をも併せ持っている。
おまけにどこで見繕ったか上流貴族が着込むようなタキシード姿での登場だった。
シーナが驚くのも無理はない。彼女にとって元凶の、弟であるジェイド・シュヴァルツシルトだった。ここへ来るのは読めていたがまさかここまで早く来るのは。いや、この戦い自体が長引いてしまったからなのかもしれない。
どちらにせよ彼がこの状況でここへ来てしまった時点でシーナの計画は大きく揺らぐことになってしまう。
シーナにとっても、またアルマにとっても非常に邪悪な存在であるジェイドを排除するためにはアルマがシーナを殺し、その責任と覚悟を糧にしてジェイドを打ち倒すのがシーナの計画だったのだが。

「本当に馬鹿な奴だなあお前。自分の村を救ってくれた恩人をこんなに傷めつけやがって……なぁ? 姉貴よ、痛いだろそれ。嫌だよなあ。あの日も、今も、他人のためにわざわざとばっちり受けて。心も身体も、ズタボロじゃねえか」
「貴様、どこでそれを……!?」

この言い方、ジェイドは間違いないこの状況をほぼ全て理解している。むしろ知らないのはアルマのみだ。シーナにとって非常にこの展開は都合が悪い。

「ま、知ったのは最近だがな。何のために今までお前らの前に顔出さなかったかよく考えてみろ。ゆっくりと観察して、魔物や人間を殺してエネルギーを奪い取り力を蓄えるためさ。俺の力の糧になれたんだ、今まで取り込んだ彼らには感謝して欲しいね」
「下衆め! 人間にも魔物にも手を出しおって、そこまで堕ちたかッ!!」

普段は温厚なシーナが珍しく怒号を飛ばすが、ジェイドはその様子を鼻で笑う。傷だらけの相手など脅威たりえないといったところだろう。

「魔王のお前がずっと留守にしてうろうろしてんだ、放浪して魔物と人間狩りを楽しんでる俺もそりゃおかしいって普通に気付くだろう。いや、しかし驚いたぜ。まさかあの日の一連の騒ぎ、魔物が村を襲いそれを魔王が村を救いに行って、その村の生き残りが勇者になって互いに殺し合ってんだ、傑作だぜ」
「やめろジェイド……!」

芝居がかった動きで辺りを歩きながら喋り続ける悲痛な面持ちで制止するシーナを振り返り顔を近付けて大声で怒鳴る。

「なぁ? お前頭おかしいんじゃねえの? マトモな頭してたら責任とって死のうなんて魔物が、ましてや魔王が考えることじゃねーっつーの! 魔王ってなぁ我儘通して! 好き放題やって! 気に入らない奴は殺す! 当ッたり前だろうが!!」
「それでも私は魔王として責任を取りたい!」

自分の意見を曲げずあくまで信念を貫き通すシーナ。その様子が癪に障ったのかジェイドは急に冷めたような表情で狙いをアルマにつけた。

「……はぁ、ごちゃごちゃうるせえな。責任だかなんだか知らんがまあいいや。おい小僧、面白いことを教えてやるよ」
「貴様今すぐその口を閉じろ!」

この先彼を喋らせれば大変なことになる。シーナがここまで積み上げてきた、してきた意味が根本からなくなる。自分なりのけじめも、苦悩も、決意も全て。
シーナは必死に制止しようと声を張り上げる。動けない彼女を放っておいて、ゆっくりと威圧的な足取りでアルマの眼前へやって来て言った。
その瞳を覗き込むようにして顔を近づけて、一句一句区切りながらゆっくりと刻み付けるような声で。

「あの日、村を滅ぼすよう指示したのはそこにいる魔王じゃない。実行犯もこいつじゃない」
「やめろぉおおおおおおおおッ!!」
「お前の村はな――お前のとこの王様に命じられて、俺が、滅ぼしたんだ」
「……!」

自分だけが答えを知っているという優越感。おまけにそれは自分が起こした事件によるものだという強烈な実感がジェイドに自然と醜悪な笑みを作っていた。

「っっがああああぁあああああああああああああああッ!!」

傷だらけの身体を引き摺りバルムンクすらも捨てた捨て身のタックルと同時に拳をジェイドの顔面目掛けて放つが、虚しくも小気味良い音を立ててがっちりとした掌に食い止められただけだった。

「良い拳だが効かんなあ? はっはははは!! お前はこのために強くなったんじゃないのか? 弱すぎて笑っちまうぜ全く!」
「お前かっ!! お前かぁあああああああああああああああああああああああァアアッ!!」
「所詮は小僧、お前もただの弱い人間ってことだぁっ!!」

半ば発狂しながら手足を振り回し暴れ回るアルマの鳩尾に強烈な拳が打ち込まれる。瞬時に呼吸が止まり吹き飛ばされた。

「ぼーや!!」
「おいおい、立てよ魔王。サンディールのとこの王様がお前をお待ちかねだ。女の魔王だからな、あの王様にとってとても良い供物になるだろうよ。そしてその後は俺様が魔王だ」
「……っ」

強引に腕をとって身体を支え乱暴な手付きでもはや自力では歩けないシーナを抱え込む。彼女の表情には既に諦めに近い物があることをアルマにははっきりと見て取れた。

「今すぐお前を殺してやってもいいんだが、生憎俺は別の用件で忙しい。帰ってきたらまた相手してやるよ。じゃあな、小僧」
「ま、まて!」
「ぼーやっ……!」

そちらに向かって手を伸ばすが無情にも届かず虚空を切るばかり。
ジェイドが城の一角を吹き飛ばし魔王城を飛び出す直前だった。抱えられたままのシーナは確かに、声には出さずともアルマ向かって口を開いた。
許して、と。
それが精一杯の彼女なりの本音。素の自分らしさ。アルマの前では決して見せなかったような弱気な態度を、図らずも今この状況で切り出した。
その事もアルマはわかっていた。何しろ相手は旅の途中ずっと一緒にいた仲。それが彼女にとってこれから迫り来る苦難を思えばどういう意味なのかは理解している。
先程までの死闘は嘘のように静寂が魔王城を支配する。後に残るのは後悔と驚きと、そして自分の無力さだけ。
やるせなさと激しい憎悪が身を包む。そして未だ信じられない事の真相に対して行き場のない怒りを拳に乗せて思い切り床を殴りつけた。

「〜〜ッ!」

何が魔王だ。何が仙人だ。いつも気丈に振る舞って、中身は本当に繊細な女の子じゃないか。僕の前だからって無理して、今にも泣きそうな表情して。本当に、彼女は大馬鹿者だ。
大きく魔王城が揺れ、頑丈に作られていたはずのその床に大きな亀裂が入り謁見の間らしからぬ様相を呈する。
天窓から差し込む光に気付き空を見上げると、いつの間にか雨は止んでいた。ありったけの声で以て彼女の名前を呼ぶ。

「――シーナぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

この声が届いているのかはわからない。それでも叫ばずにはいられなかった。もはや師匠でも魔王でもない、ただの一人の女性の名を。
彼女はずっと自分の味方だった。出会ってから今まで気にかけてくれていたんだ。自分はなんて馬鹿だったんだろうと今更ながら思い知る。
朧気ながらあの日、ゴーレムに殺される前に割って入った人影が見えたことを思い出す。今思えばあれが彼女だったのだろう。彼女が助けてくれなければ自分の命はないものだったんだ。
感謝こそすれ殺意を向ける道理なんてどこにもない。彼女はずっとずっと苦しんでいたんだ。自分が魔王だと言うべきか言うまいか。言えば楽になれるだろう、弁明も、言い訳もしたかっただろう、その上で謝罪もしたかっただろう。
それでもきっと自分はこう返すはずだ。お前のせいだ、と。そうなればこの旅はなかったものだったに違いない。彼女はそもそも悪の権化のような魔王ではなくどちらかと言えば人間より人間らしい、平和な世界を求めた。だからこそ道中でも積極的に魔物、人間問わず助けたがったんだ。
自分はまだまだ子どもだった。人の気持ちも聞けず、自分の気持ちも制御出来ないただの生意気で背伸びした子ども。
盤上を眺める第三者のような気持ちでさえあったのかもしれない。全てに気付き、しかし手出しも対処のしようもない状況の如く。
それを彼女は見越して、全てを分かった上で自分が死ぬという選択をしたんだ。勇敢で、英断だと思う。自分には真似出来なかったはずだ。
同時に全ての謎が氷解し、新たに見え出した衝撃の事実と対面しより一層自分の行為と浅はかさに気付き、激しく自己嫌悪する。
彼以外誰もいなくなった寂れた魔王城で、虚しく絶叫が木霊した。

魔王、シーナ・シュヴァルツシルトとの戦いが終わりイレギュラーな事態からついに明かされた真実。
シーナはジェイドに攫われ、裏で王をも絡んでいるとの話を聞いたアルマは数々の思いを胸に単身、決戦の場となる旅立ちの地サンディールを目指す。
メンテ
Re: あなたが望むセカイを ( No.42 )
日時: 2016/04/19 15:40
名前: ろすとぴーす◆nSH2Fng0iQ ID:H.s2Ea/.

第三十七話『選択』













「……やあ、気がついたか」
「……お前は」

気がつけば僕はいつぞやと同じく辺り一面真っ白な無機質で殺風景な空間に佇んでいた。何もない。障害物も動物も、雑草すらも。
目の前には自分と同じ顔、同じ身体をした人物。かつてシオンと名乗った少年が真っ直ぐにこちらを見据えている。
その表情は歓喜とも悲哀ともとれるような複雑な色を示していた。彼が本当は何者なのか、そして何が目的なのか。全ては今から話されるということは雰囲気で分かった。
不思議と僕の胸の内は静かだった。その理由は何故だかわからない。もはや全てを諦めているからなのかもしれない。自分自身どうして良いのか、良く分からなかった。

「その剣は……」
「ああ、これか。ダインスレイフ。彼女の剣さ」
「何故お前がそれを?」

邪悪なまでに紅に染まった抜き身の刃は今にも血を欲するように断続的に脈打ちまるで今この場で暴れ出しそうな雰囲気を醸し出していたが、とうの本人は戦う気はないようだった。
それどころか僕の話にはほとんど触れず強引に話題を変えたようにも見えた。

「まあ、それについては良いさ。ところで君がここへ来るのは二回目だね。闇魔法を会得した時以来か」
「そうだな」
「以前と比べてどうだ? 君の在り方は、何か変わったかい? ああ、そもそも君の目的とはなんだった?」
「魔物を全て、殺すこと」

彼からいくつかの質問を投げかけられる。そのどれもが僕を内面からじわじわと苦しめた。
見間違いじゃない。勘違いでもない。彼は自分に非常に親しい人物であることはもはや疑いようもなかった。素直に吐露しようとごく自然に決心がついた。
だからこそかもしれない、自分の口をついて出たその答えが、逆に自分をさらに苦しめることになるのを自覚する。

「そう。……そうだね。それをシーナに止められた。人間にも失望し見殺しにしかけた。だがどんな奴でも彼女は見殺しにしなかった。助けようとした。どんなに自分が危険な目に遭うとしても、分かっていても、諦めなかった。そんな彼女を見て君は彼女の在り方に疑問を持ち始めたんだったね」
「……ああ」

短く肯定する僕に、目の前の彼は話を続ける。それは一切の間違いや疑いを持たない確たる物語。これまで辿ってきた軌跡そのもの。

「人間も魔物も、分け隔てなく救おうとする彼女が君には時に疎ましく感じられた。……サヤや玉藻に見咎められたりもしたね」
「僕にとって、魔物は憎悪の対象だ。あの日奴等に突然奪われた。僕の全てを。今でも憎しみの火が消えることはない。……でも、何の罪もない弱者の魔物を虐げることに疑問を感じていたのも事実だった。だからこそ、この惨状を引き起こした元凶である魔王を殺す事を目的にしたんだ」
「うん……全て魔王が悪いと考え行動するようになった君はいつしか魔物を全て殺すことに始まり、自身を仇なす敵を屠るに成り代わり、ついには魔王を抹殺出来る所にまで至った君だったが問題が起きた。その魔王が、ずっと旅を続けていた相棒のシーナだった。……だろ?」
「……」

ここへ来てから無感情に近い口調だった彼が初めて若干の感情を含んだ口調で問い詰める。怒りや悲しみが入り混じったような、そんな声。
僕はそれに頷くしかなかった。
そして口を噤んでしまう。あまりの自業自得さに嫌気が差し、それでも事実と向き合わなきゃならない残酷さから逃げ出したかった。

「君はシーナとの戦いの際とどめを刺せず、途中でジェイドに乱入され挙句の果てには無様に彼女を連れ去られた。間違いないね?」
「そうだ。……くそっ」

一片の配慮など断ち切ったその言葉には有無を言わせぬ迫力があった。事実だったし否定するつもりもない。そう自覚した瞬間、抑え切れない衝動が身を包む。自身の無力さに悲観し絶望し、腸が煮えくり返るほどに腹が立つ。
いつの間にか跪き地面に思い切り拳を振り下ろしていた。痺れるような痛みが拳を覆うが構わず叩き続ける。自分を戒めるように、ただただ叩き続けた。

「何故僕は止められなかった! もっと早く、立ち上がれていればっ! 動揺なんてしていなければ! くそっ! ちくしょうっ……!!」
「無理もないさ」

気持ちが昂ぶり、赴くままに拳を振り下ろしていた僕に、彼は言った。

「彼女が指示を出していないのは本当かもしれない。ジェイドは君の所の王様に命じられて君の村を襲撃した張本人、そうかもしれない。全てはまだ謎のままだ。直接聞くまではわからない。しかし仮に事実だとしてじゃあ一体、彼女とは――シーナ・シュヴァルツシルトとは何だ? 彼女は君にとって魔王という倒すべき敵だ。それは変わらない。しかし同時に謂われない疑惑や責任を負わされた被害者でもある。魔王という立場に反して彼女は非常に繊細で、仲間思いで、他人を見過ごせなかった。変えられない、これ以上はないと自覚し分かっていながらも求めてしまう共存への道」
「っ……」
「片や確実に殺すために必死になり、片や最後の最後まで成長させるために全力を尽くす。そんな彼女にも、君は憎しみという刃を向けるのか。闇魔法を会得した君になら分かるだろう。魔王でない限り、魔物も人間も受け入れられるような人物でないと破滅してしまう。君がシーナと戦う際に一番良く思い知ったはずだ。それを使えば恐怖と暴力によって世界を意のままに操ることも出来ただろう。しかしその上で彼女は闇魔法たる横暴を認めなかった。許さなかった。魔王という立場にいて尚、彼女は人間より人間らしい生き方をしていた。魔王というただの言葉、地位が、自身を迷わせたんだ」

彼は立て続けに言葉を紡ぐ。有無を言わせないその迫力はもはや詰問に近かった。

「自身が魔王となった時から描いていた共存という名の理想。求めるほど、大事にしたいと思うほどに離れていくその理想に――彼女はどんなことを思い、君と一緒に居たのか。罪を認め、折り合いをつけなきゃならない辛く苦しい現状に耐え、それでも前を向いて君を育て、その上でこの世界で探し続けていた。違うか?」
「それはっ……!」

言い訳しようとしたまま固ってしまう。強く拳を握り目を閉じてしまう。今ここで僕が彼女について何かを言える資格などどこにあるのだろう。
殺すつもりで剣を振るい、彼女を奈落の底へ突き落としたこの僕に。その事を痛感しながらも身を焦がすほどの激情をどうすることも出来なかった。

「今こそ問おう。君は何のために、そのチカラを使う?」
「え……?」

これ以上なく真剣な眼差しで彼は僕を見詰め問いかける。そこに冗談といった類のものは含まれておらず、空気を敏感に察知した僕は彼の瞳を見据えた。

「君はこれから、どうしたいんだ? 行動理念は?」
「僕は……」
「村を襲った魔物を滅ぼすため? 指示を出した魔王を滅ぼすため? 人間を守るため? ……自覚しろ。もしジェイドの言葉が事実であったなら、お前は人間というか自分と同じ種族によって自分の家族を、友人を奪われたことになる。じゃあお前は一体誰を守るんだ? その力は、何のためにある?」
「……」

長い沈黙が続いた。何となく彼の言わんとしていることは分かっていた。
最初からあの王には辟易していたし、正直なところあまり好いてはいなかった。
当然だ、僕たちあの村の民は彼によって追いやられたようなものなのだから。もし魔王の、シーナの指示ではなく王の指示によってジェイドが行動し村が襲われたのだとしたらそれは即ち王が元凶であることに他ならない。
僕は別段人間を守るために戦ってきたわけじゃないが、本当ならば本当に倒すべき巨悪はサンディールを統治し人間という種族の絶対的な立場である王そのものなのだろう。じゃあ、僕は何のため戦っているのだと。
守るべきはずの人間によって実は最初から仕組まれていた。こんなことがあってたまるはずがない。
それでも尚彼らを守る覚悟が僕にはあるかと、暗にそう問うているのだ。闇魔法の在処。全てを受け入れる資格という破滅と隣合わせの禁術。

「正直、自信がない。言われても実感が沸かないんだ。……でも、それでも」

深呼吸し、伝える。彼をしっかりと見据え自分の真っ直ぐな気持ちを。

「彼女を――シーナを放っておくわけにはいかない。自分を犠牲にしてまで僕の事を考えてくれていた彼女を、見捨てたくないっ……!」
「よし」

彼の言葉を理解し、はっきりと宣言する。
それを見て満足そうに微笑んだ彼は、それからこちらに背を向け誰に云うでもなく天を仰ぎながら呟いた。

「全ては憶測にすぎない。本当かもしれない、嘘かもしれない。もしかしたら私なんて人物は幻想で、本当は君の脳内で作り出した幻想かもしれない」
「……?」

いきなり突拍子もないことを話し始めた彼に僕は困惑の色を隠せない。しかしこちらのことなどお構いなしにそのまま話し続ける。

「闇魔法って何なんだろうって考えてた。光魔法と対極にある物であり、人の器を測る道具であり、世界を滅ぼす力であり。もしかしたらあったかもしれない未来を見せるファンタジーな物でもあったりするのかもね。道を間違えなかった君なら私の代わりにきっと救える。彼女を殺し王を殺し、全部壊れてしまえば良いと思い、世界の敵となって――全てを失ってしまった私のようにはなるな。いいな? 『ぼーや』――なんてね」
「っ――!?」

視界が薄らぎ霞んでいく中必死で目を凝らそうとする。消え行く意識の最中、もはや表情すらも読み取れなくなった朧気の中で。
つい先程まで激闘を繰り広げていた彼女の真紅に染まった剣と全く同じ得物を持つそのシルエットが不思議と自身が良く知る人物と重なった。



















「……っぐぅう」

全身に伝播する激痛によって目を覚ましたアルマは鉛のように重く感じるその血塗れの身体を引きずってなんとか立ち上がる。
死闘によって負傷した全身の出血自体はかなり激しかったはずだが不思議と血は止まっていた。もしかしたらシオンと会話した影響かもしれない。
自分の在り方を再確認し闇に飲み込まれることなく立ち直れたおかげで今の自分があるんだと理解した。
先程まであった憎悪や殺意と言った類のものが消え失せ、今の彼にあるのは使命感。シーナを助けるという単純なまでの己の使命を強く自覚し反芻する。
本格的にシーナが王の前へ引きずり出されればその時点で処刑されるか、人間たちの前へ突き出され公開処刑は免れない。
そうでないまでも見せしめとして王の奴隷にされるかもしれない。下衆な彼の事だ、そのくらいのことはとうに考えているだろう。
努めてその事を考えないようにしてポーチからありったけの薬草を口に放り込み咀嚼する。それをさらに毒々しい色をした飲み物で胃袋に流し込む。

「まッず……っ!」

これも回復アイテムなのだが、そうとは思えないほどに舌が焼けるような感覚と胃液が逆流しそうなほどの異物感で噎せ返る。
良薬口に苦しとは良く言ったものだ。しかしその甲斐あって非常に大きな恩恵を受けることが出来た。力が漲り活力が湧いてくる。
とにかくこれで応急的に力は得られた。彼女との戦いで疲弊した身体に鞭打つありがたい薬だ。
準備は整った。ただひらすら長距離を走るのに今更技術なんていらない。必要なのは自分の心意気と、根性だけ。

「シーナ……」

連れ去られていった方角を見やる。あれから幾分時間が経っている。当然ながら姿など見えるはずもないのだが、居ても立ってもいられなかった。
しかしまだ数時間も経っていないはずだ。今から急げばきっとまだ間に合うはずだ。
恐らくこれまでも、これからも、これ以上に急ぐことはないだろう。もしかしたらアルマ自身これから死ぬことになるかもしれない。
しかしそれでも後悔だけはしたくなかった。自分が後悔しない道を。

「今度は、僕が助ける番だ」

闇魔法を発動し球体を握り潰し異能の力を身に纏う。
手早く変身を済ませ打ち捨てられていたバルムンクを拾い上げ、荒れ狂う竜巻の如き勢いと迫力で魔王城から飛び出していく。
そう。両親が言っていた。自分が正義だと思うものを信じなさいと。
今のアルマにとっての正義とは、魔物を全て滅ぼすことでも、魔王を打ち倒すことでも、人間を守り抜くことでもないない。そんなものは今更どうだっていい。
ただシーナという一人の女性を助けたい。ここまで育み強くしてくれた彼女を助けたい。それこそが唯一絶対の正義。今の彼の存在理由に他ならなかった。今こそ正義を遂げる時だ。
ポーチを確認した時に見つけたそれを思い出しながらアルマはただただひた走る。いつしか玉藻から受け取った薄汚れたビン。結局使うことはなかったそれだが。彼女のことだ、無駄な代物ではないだろう。それに大凡どういうものであるかは分かっていた。
信じる道が定まった時。そして正義を遂げるためにどうしようもなくなった時。これを使うことになるだろう。
既にアルマにはあった。例え自分がどうなってしまおうとも、どんなに危険が伴っても構わないという覚悟が。
サンディールへ向かう折、行く先々で辿った軌跡とともに思い起こされる記憶。
数々の敵と戦いその過程で魔物によっていくつもの生命が虐げられて来た。プラント、支部、海底トンネル、共存の村、幽霊屋敷、ネージュ港、アローム港。海に落ちないよう魔力を使い水面を走る。この程度の芸当は既にお手の物になってしまった。
かつて地獄の特訓を課され何十何百と周回した平原を走り抜ける。そこで凄惨な跡地を目にするはめになった。ここだ。自分の村。ここから全てが始まった。
王への批判により追いやられた自分たちだ、元々他の人たちにも快く思われていないのは当たり前だ。いや、むしろ王自身がそれを抑制しているのかもしれない。
変に関わり合いを持つとお前らもこうなると暗に言い聞かせているのだ。そのせいか当然手入れなどサンディールからの後処理の兵士によって最小限にしかされておらず、未だその爪痕を強く残している。無意識に固く拳を握り締めていた。
ここを見るのは最初以来だ。思えば、随分と遠くまで来たものだ。
あの頃よりも遥かに強くなった今の自分だったが、それでもあの日、あの時自分が彼らを救えなかったことに変わりはない。

「……っ!!」

気のせいか――焼き払われた村を目にして今も尚、あの地で慟哭している自分の姿が見えたような気がした。家族を失い、皆を失い、非情なまでの己の無力さと魔物に対する憎しみを痛感し誓いを立てたあの頃の自分が。
全てを知った今。あの頃とは見え方、考え方すら180度違う自分自身に違和感を覚えながら、悔しさで涙が出そうになり前が霞む。
危うく走る足が止まりそうになったが、悲しんでいても彼らが戻ってくるわけではない。それよりも必要なのは一刻でも早くサンディールへ到着すること。

「待ってろ……シーナ」

そのサンディールが、全てを決着する舞台である王都を象徴するとてつもなく巨大な壁ががもうすぐそこまで見えていた。
壁特有の防御に抵触するかもしれないという危惧と人間への僅かばかりの恐れから変身を解く。一段と身体が重く感じられたが今更何の事はない。
無事に絶対防御を誇る壁を通り抜け宮殿へと急ぐ。恐らくそこにいるはずだ。シーナも、ジェイドも、そして王も。



全ての役者が揃う時、紐解かれ突き付けられるあの日の真相。それを実感した時、本当の答えは導き出される。
――他人の痛みが分かる子になりなさい
――自分が正義だと思うものを信じなさい
良い魔物の王と、悪い人間の王、もしそうならアルマにとって信じるのはどちらなのか。人間とは、魔物とは何なのか。

物語の終焉が、刻々と迫っていた。
メンテ
Re: あなたが望むセカイを ( No.43 )
日時: 2016/04/19 15:40
名前: ろすとぴーす◆nSH2Fng0iQ ID:H.s2Ea/.

第三十八話『僕が僕であるために』











「ぐっ――!」

サンディール宮殿内、謁見の間。人間側の中枢たるその場所にてシーナは今まさに強引に地面に組み伏せられていた。
周りには出入口を封鎖するように、そして吹き抜けになった上階からもシーナを取り囲むようにして部屋全体に衛兵たちがひしめき合っていた。
魔王城から攫ってきたジェイドは微笑を浮かべながら得意気に王の前へと引きずり出し、屈強な衛兵たちがが拘束を引き継ぐ。
その様子を、目を細めただ無感情に見下ろすのはシーナを含む魔王にとって全ての敵である国王。紛れも無い人間という種族においてトップの地位に座している彼だった。
服装だけは王族らしく、これ見よがしにいくつもの高級そうな装飾品を括りつけ、外見だけは立派に拵えていた。巨大で醜悪な自己顕示欲が見て伺える。
しかし服の上からでも分かる醜く肥え太ったその身体は自分がいかに怠慢にして傲慢であるかを体現したかのような説得力があった。
五指に様々な宝石の埋め込まれた指輪をきらりと光らせながら頬杖をつきつつさも興味もなさそうに振舞っていた彼だったが、ボロボロに傷つき力無くされるがままのシーナを身体を見るそのべったりとした下卑た視線だけは妙な熱意が篭っていた。

「ふうむ。……ジェイドよ、ご苦労だった」
「なに、楽な仕事さ。弱ってようがいまいがどちらにしろここへ連れてくるのはそう難しくはない。何しろ利害関係が一致してる内はあんたについてやるよ」
「さて……と」

彼は王の象徴たる玉座から重い腰を上げ、ゆっくりと階段を下っていく。
その間にもシーナを値踏みするように鋭い眼光は失われておらずその口元には僅かばかりの笑みがへばりついていた。

「……ああ、そのままではちと見辛い。起こせ」
「はい」

シーナの身体を拘束していた部下達が短く返事をすると、彼女を苦痛なまでに押さえ付けられていた力が緩み、一転乱暴に引き起こされる。
両腕をとられ依然として身動きの取れないまま目の前に立ちふさがる王を見上げるしかなかった。

「何度か使者を通じて手紙でのやり取りはしたが直接会うのは初めてだな。初めまして、魔王よ。儂が人間側の責任者であり国王だ」
「……どうしてだ。どうして、私の話に耳を貸さなかった。貴方がもっと正しい判断をしていれば双方無駄な犠牲を――」
「は!! 何を言うかと思えば! 笑わせてくれる!」

彼女は努めて冷静に王への言葉を選びながら発言する。叫びたいのをぐっと堪え、刺激しないよう、且つ今まで溜め込んでいた疑問をぶつける。
魔物も人間も大切な彼女自身にとってこれはとても重要な質問だった。王に直接会うことが出来るならこの質問をまず最初にするだろう、と彼女は以前から考えていた。こんなシチュエーションでなどとは思ってもみなかったが。
満を持して疑問を唱えたシーナの言葉が彼にはさぞかし可笑しかったのだろう、身体を大仰に仰け反らせ皮肉たっぷりに笑い始めた。

「これは戦争だぞ。馴れ合いでもない。止める理由がどこにある? お前たち魔物は儂ら人間の敵だ。目障りに飛び回り剰え殺されかねない危険のある害虫どもだ。殲滅すべき悪だ。そんな奴等と共存? 馬鹿も休み休み言え」
「いがみ合っている間にも私と貴方の部下たちは死んで行った。しかし誰が見ても貴方たち人間側が劣勢だったのを分からないはずはないだろう。……国を想い民を想い、そして的確な判断を下すのが真の王だということが何故わからないッ?」
「だからこそだ。儂は国民の気持ちを理解し代弁しよう。そして的確な判断とやらを下そうじゃないか。この戦争を止めるつもりはない。魔王を倒しその戦争に勝利することこそが儂の、そして全国民にとっての悲願なのだ。それ以外に道はない!」
「お前は、狂ってる……っ!」

俯ききつく目を閉じて、絞り出すようなその声に王の目がぎょろりと蠢く。

「さて。魔王であるお前を処刑せねばならん。ただ儂もな、魔王が女だとは思っていなかったんだよ……」

至近距離にまで近付いて来た王の指がシーナの頬に触れた。死闘によってやや乱れた髪を掻き上げ、その後滑るように頬をなぞり顎に指がかかる。
そのまま覗き込むようにシーナの瞳を見据える。とうの彼女は良い気分でもなく、それでいて抵抗もせずただただされるがままになっていた。
脂ぎって血と欲に塗れた汚い手がシーナの首に触れ、そしてしなやかな肩に触れる。
そのあまりにもどす黒く触れられた者を凍てつかせるような醜い感情。それが直接感じ取れるかのような指先に思わずびくりと肩を震わせた。

「ふむ……実に良い身体だ。魔素を極度に軽減させるここでは魔王も人間とそう変わらない。魔王とは言え女……この場で無闇に殺すのは非常に惜しい。それに敗者を跪かせ穢せられるのが勝者の特権だからな。この後儂の部屋に来い。死ぬ前に、存分に楽しもうじゃないか?」
「っ……好きにしろ」
「そうさせてもらおう。その前に……そうだな、この壁の中とは言え肝心なタイミングで逃げられたりしては興醒めだ。念の為にもう少し痛めつけておくか」

無愛想に、一欠片だけ残った理性で強がってみせる。そんなシーナの内心を知ってか知らずか王はさらなる指示を出した。
軽快に指を鳴らすと、王の後ろで控えていた部下数人が得物を持ってじりじりと近づいて来る。適当に傷めつけ満足に動けなくした所で惨めに王の慰み者にされた後無残に殺されるのだろう。
――嗚呼、とシーナは自分の命運を悟った。ろくな展開にはなるまい。いや、彼女は最初から分かっていたことだ。そう、覚悟を決めたあの日から。
心残りがあるとすれば彼だ。今までずっと一緒に旅をして来た少年のことを想う。今も魔王城にいるのだろうか。穢され殺されてしまったと知ったら彼はどんな顔をするだろうか。なぜ私は連れ去られる直前あんな事を……。
その時、丁度盛大な音を響かせ天窓が突き破られ一人の影が舞い降りる。その影は丁度シーナの前に降り立ち、まるで彼女を守るかのように背中を向け、衛兵たちに相対した。
突然の侵入者に、王を含め怒号を上げ慌てている彼らを尻目に、シーナただ一人だけが周りなどまるで見えていない静寂の中彼の声を聞いた。

「――助けに来たぞ……」
「……え――」

シーナには目の前の現実が信じられなかった。自分は彼に殺され、それで終わると思っていた命。それがこうして今、自分を助けようと立っている。
ここまで来るのに膨大な時間がかるはず、ましてや瀕死の状態で来れるはずがない。それでも彼――アルマは立っていた。そこに、立っていた。
彼の既に勇者服はボロボロだったがある程度の傷は治っていた。闇魔法を以前よりもずっと自然に扱えるようになったせいだろうか。

「必要以上に宮殿を壊したくない。移動するぞ、離れるな」
「あ……」

まともに理解が追いつけないまま強引に身体を抱かれて宮殿の一角を壊し脱出する。なるべくシーナに配慮しつつ進み続け、続いて降り立ったのは宮殿横の演習場であるコロシアム。
衛兵が対魔物を仮想しての様々な訓練を行う所であり、催し物としても使用されることもあり観客として多数の人員を招き入れることがある故非常に巨大な施設だ。
今から起こることを考えれば宮殿ならともかくここならば幾分ましだろうという結論に至ったまでのこと。仮にもアルマは人間だ。その象徴たる宮殿を壊したくはない。彼にとってそれが憎しみの根源たる存在がいたとしても。
追手がかかるまでまだ少しだけ時間があった。それまでにアルマは聞いておきたかった。全ての真相を。これまでの軌跡を。
とは言ってもある程度は既に推測がついていた。ジェイドがあの状況で嘘を言うとも思えなかったし、先程割り込んだ時の状況を見れば大体の察しはつく。
それでもアルマが聞きたいのはシーナの気持ちだった。純粋な、一人の女性としての決意と葛藤を。

「これから激しい戦闘が起こる。シーナ、もしかしたら君と話せるのはこれが最後になるかもしれない。その前にどうしても言っておきたいことがあったんだ」

アルマの表情はもう、甘ったれた初期のそれではなかった。自分の運命を理解しどこか達観したようなもの。
もう彼は無理な訓練や戦闘によってすぐに弱さを見せるようなそんな少年ではなくなっていた。
真っ直ぐ、シーナの瞳を見て質問する。彼のその行為は、もはやここからの会話には一切の遠慮も嘘は必要ないと告げているかのようだった。

「その前に私から言わせて欲しい。君の村を滅ぼしてしまったこと、そして魔物を、ジェイドを止められなかったこと、魔王としてお詫びしたい。そして今までずっと黙っていて、本当に申し訳ないっ……」

腰を折り頭を下げ、必死で頭を下げるシーナを見据えながら、アルマは無表情でその言葉を聞いていた。
仏のような、されど悪鬼にも豹変しそうな複雑な表情からはその真意は汲み取れなかった。

「……ジェイドが独断でやったことでは?」
「それでもだ! 私がジェイドを止められなかったのは事実だっ……私がもっとしっかりしていれば、ぼーやみたいな被害者を出さずに済んだんだっ……本当に申し訳なく思っている。許して欲しい……ッすまない、本当に……すまなかった……ッ!」」

地面に頭を擦りつけその自身の責任から必死で謝罪の言葉を口にする。
普段からあまり感情的になることのないシーナの魂からの慟哭がアルマの胸に突き刺さる。歯を食いしばり、大粒の涙を流す彼女の姿を見るのは初めてだった。
気丈に振る舞い、いつでもアルマの良き師匠であろうとした彼女の素顔にアルマはひどく衝撃を受ける。彼女はずっと溜め込んでいた。どうにもならない現実を目の当たりにして、自分の夢を断って、命まで捧げて。
その事を完全に理解した彼は座り込み、シーナの肩に手を置く。そして俯き泣き続けるシーナに向かって語り始めた。

「僕はずっと復讐だけを考えて生きてきた。村の皆の無念を晴らすため、そして僕自身の信念を遂げるため。そのために強くなったし、様々な経験もした。そのための手助けをしてくれたのはシーナ、他でもない君だ。魔王である君が何故そんなことをしたのか、ここへ来るまで僕はずっと考えていたんだ。旅路の最中、君はいつも無闇に他者を殺すべきではないと言っていた。なんて温いと思ったけど、あれは君自身がまるで争いを望んでいないからだったんだね。最初に会った時、僕は勇者になるため教会に行った。でも同じ人間であるはずのシーナはそうしなかった。……あの時、シーナは教会に入らなかったんじゃない。入れなかったんだ。人間に化けているとは言っても魔王だ、あんな有害な場所に入って影響がないはずがない。もっと早く気付いてやるべきだった……」
「……っ」
「今まで見てきて、正体が分かって。なんて魔王らしくない魔王だと思ったよ。魔王に対する認識は僕もジェイドと同じだ。他者を平気で殺し奪い取る、そんな非道な奴さ。でも君は違った。君は誰よりも人間らしい、ごく普通の女の子だったんだ」

涙ながらに土下座し、力任せに土を握り締めるシーナとは対照的にアルマは静かに口を開く。
それでもその声には、他の誰にも真似することは出来ない優しさが含まれていた。

「……ずっと、責任を感じていたんだろう。引け目を感じて、僕に相談も出来ず悩んで、どうにもならなくて。あるのは死ぬまでの時間と、抗えない結末だけ。心がいつ壊れるかわからないそんな中、ずっと僕と一緒に居てくれたんだね。並大抵の辛さじゃない。生半可な覚悟では成し遂げられない。君は立派だよ」

そのままそっと優しく抱き締める。
理解し、受け入れ、許す。その行為には言葉以上の力強さと慈愛の心で溢れていた。

「本当に、今まで君の苦労に気付かなくてごめん……あの村の唯一の生き残りの僕だから、……このセカイでたった一人、僕だからこそ君を許すことが出来る。――だから、僕は君を許すよ」
「あ、ぁあ……ッああぁ……!!」

彼女は泣いた。アルマの腕に抱かれただただ泣き続けた。全ての戒めを解かれ、自身の心に絡み付き苛んでいた罪咎は今、許された。

「良いんだ。……もう、良いんだ」
「ありがとう……っ、ありがとう……!!」
「うん……」

魔物にだって、人間にだって、誰だって事情はある。争いという絶えず続く連鎖の中でその生命を刈り取ることを止められないのは仕方のないことなのかもしれない。
それでも彼女の理想を実現させるには止めるしかない、この争いを。手は尽くした。この状況、言って聞かないならば諸悪の根源を断ち切るため。強行手段に出るしかない。

「さあ、まだ終わっちゃいない」

いつまでもこうしているわけには行かない。
追手の気配が近付きつつあった。間もなくここへ掃討部隊が到着するだろう。話し合いでの解決は望めない以上恐らくこちらも戦うことになる。

「ジェイドと分からず屋の王を相手にしなきゃならない」
「っ……ああ。頑張ろう」
「いや――」

涙を拭い、己を奮い立たせたシーナを見計らって声をかける。彼女がずっと感じていた違和感。
その正体は終始ずっと諦め切ったような表情を見せるアルマにこそあった。

「っ!?」

突如彼女は己の内側から電撃が走り身体が大きく跳ねるのを自覚した。気付けば自身の腹にはいつの間にか彼の拳が打ち付けられてあり、驚きに目を見開く。
直後急速に失われつつある意識を必死で手繰り寄せ繋ぎ止めようとするもののその努力は無駄に終わる。

「もう良いんだ、今はゆっくりおやすみ、シーナ。起きた時にはきっと、幸せな世界になっているはずだから」
「っや、やめるんだ……! あ、アルマっ……」
「……」

ぐったりと倒れた彼女を抱え上げ歩き出し後方にある近くの観客席にその身体を横たえる。今出来る最大限の魔法力で彼女を守る円錐型で紫色の強固な結界を築き外敵からの接触を封じた。
その後振り返ると、わらわらと衛兵がコロシアム内に入り込んで来るのが見えた。後ろには王及びジェイドがその姿を現す。

「随分と勝手な真似をしてくれたものだな! 勇者よ!!」

衛兵に守られながら観客席の一角へと誘導されふんぞり返っている王は、ことさら大声でアルマを詰る。シーナを取られた事への怒りと、自分の思い通りに行かないことへの確かな苛立ちが含まれていた。
その異様な怒気に見え隠れする言動はまさしく典型的な独裁者で我儘なそれだった。

「旅の途中で魔王を倒せず、挙句の果てには魔王を助けるなどと貴様は一体何を考えておる!? これでは貴様が勇者という役職に相応しいのかどうか、今一度検討しなければならぬことになるぞ! さあ、分かったらさっさと魔王を出せ!」
「断る」
「あぁ!?」

にべもなく返事をしたアルマに王は素っ頓狂な声を上げる。まさか反対されるとは夢にも思わなかったようだ。
身体を揺らし指を指し唾を飛ばして怒り狂う彼を、アルマは努めて無表情のまま見つめる。

「貴様ッ王に向かって何事か! 儂は王だぞ! この国を、民を、種族を支える王だ! その儂に口答えして良いと思っているのか勇者の分際で!! お前ら、奴を今すぐ拘束しろ!」

王の一声によって十数人の衛兵が一斉に襲い掛かってくる。隊列を乱さず甲冑を身に纏い槍を構えて突進して来るその様は驚異的であったが、今のアルマにはそれらの攻撃を凌ぐなど造作も無いことだった。

「……」

バルムンクを抜剣しつつ身体に電撃を身に纏い電光石火の如き速さで包囲網を潜り抜け脱出し、足元に氷属性を放つと瞬く間に周囲の地面をも飲み込み凍結して行く。
身体を捻って身動きの取れない衛兵たちをたった一振りで即時戦闘不能に陥らせた。

「ぐぬぅ……!」
「殺してはいない。力の差をも感じ取れない無能で邪魔な奴らだったから気絶させただけだよ。さて、王様。勇者の分際でとは一体どういうことでしょう? そもそも勇者とは何ですか? 王様自身が見繕った人を勇者という役職につけさせ、最低限の加護を受けさせて魔王討伐に出向かせる」

狼狽える王を尻目に冷たい目で周囲を見渡し、ジェイドが未だ動く気配がないことを確認し怖気づいた衛兵たちを一瞥した後王に向かってバルムンクの切っ先を掲げる。

「実際のところ、勇者は自分たち人間のために一生懸命魔物と戦っているんだぞと国民に見せたいだけなんでしょ。それはもう貴方に利用されるだけの駒と違わないのでは? 時には弱みに付け込み、時には自分にとって都合の悪い人間を選出し、死地に赴かせる。国のために、民のためにと魔物を討伐するよう仕向け、勇者などという貴方がやらせようとしているのは体の良い、良く見せたいだけのただのパフォーマンスだ」
「良く見せたいだけだなどと何をでたらめな! 貴様は元々、勇者になるつもりで来たと言っていただろう!」
「それはそうです。何しろ僕は村を滅ぼされ家族を殺されてしまった。勇者になって魔物を討伐したいと思うのはごく自然な流れじゃないですかね? 本当に、偶然にも僕の村が襲われてしまったのならば、ですが」
「……何が言いたい?」
「つまりこう言いたいんですよ。あれは本当に偶然だったのか、とね。元々僕らの民は貴方のやり方に反対していたから王都を追い出された。僕らが貴方にとって厄介者だったのは、御自分が一番良く分かっているんじゃありませんか? ――あの日の襲撃は、貴方の命令なのでは?」
「……はっ」

核心をついたその言い方に王は薄笑いを浮かべて俯くと、その身体が小刻みに揺れ始める。
耐えるようなその笑いは徐々に大きくなっていき、その顔を上げた瞬間、勝ち誇ったような表情と共に良くぞ暴いたというある種の快感の色が滲んでいた。

「はははは! そうだ! そうだとも! 貴様の村は儂がジェイドに命じて襲撃させた!」
「……!!」

いくつもの過程を経てやっと見つけた、真の敵。本当にそれは自分たち人間の王だった。
半ば確信していた事だったがやはりそれを実感した瞬間身体が打ち震え背筋が凍る。固まったままのアルマを睨みつけながら王は猛烈な勢いでまくし立てた。

「儂のやり方が気に入らない? 儂の国だ、儂のルールだ! それは弱小民族が愚かにも私に歯向かった罰なんだよ! 魔物の脅威から守っているのは誰だと思っている!? 生きていられるのは誰のおかげだと思っている!?」

王の言葉は止まらない、濁流の如く飛び出すその辛辣で傲慢な発言はどうしようもなくアルマの神経を逆撫でした。

「嫌なら出て行けば良いのだ! 王都を追い出されたと思ったら次は集落を作り生意気にも生き延びていやがった、どうしようもなく癪に障った! 見苦しくもちまちまと生きているその様に反吐が出た! どうせなら貴様も惨たらしく死ねば良かったんだ。そしたら苦労もせず今頃楽になれたのになぁ! どうだ? 真実を知った気分は? 勇者にならせてくださいなどと宣った相手が元凶だった今の気分はどうだ? 悔しい? 悔しいよな? でも貴様は今から死ぬんだ。たかが一度部下を蹴散らしただけで良い気に――」
「そうか……」
「――あ?」

王の言葉を遮り、何の感情も読み取ることは出来ないアルマの表情。まるで空虚なそれは何色にも染まり得るあやふやさがあった。
ポケットから小さなビンを取り出し蓋を開け、一瞬だけ躊躇する。

――お主にこれを渡しておく。肌身離さず持っておけ。自分の信じる道が定まった際、それを使うとええ

「……信じる道か。ふっ……」

自嘲気味に笑うと如何にも毒々しく禍々しい闇を零したかのような漆黒色の中身を一気に呷り嚥下する。

「変身ッ……」

その言葉を呟くと同時に彼の周囲に黒い煙が立ち込め、見る見る内に家に姿形が変わっていく。もはや原型をも留めていないシルエットが見え隠れする内に、コロシアムに散らばっていった衛兵たちの顔色に明確な焦りが浮かんでいく。

「どいてろ、お前ら」

その様子を伺っていた後方に佇むジェイドは衛兵たちを下がらせ自分が前へ出る。彼もそこまで馬鹿ではない。男性にしては長すぎる長髪を手で払いながらアルマの目の前へと進む。
性格上目立つ存在なのは分かっていたし、持ち前の気配や力を察知させない特殊な体質なため汚れ仕事もやって来た彼にとって重要な危険察知には最も優れていた。
内なるジェイド自身が訴えかけている。彼は危険だと。過去最も大きく警鐘を鳴らし脅威の大きさを物語っている。
アルマ自身もその危険さは存分に身にしみていた。力が溢れてくる。他の何にも例えようのない圧倒的なまでの力。これを解放すればどうなるか想像がつかない。ただ、どうしようもないほどの高揚感と使命感だけがそこにはあった。
彼は戦う。信じる道を、信念を貫き通すために。もう何もない自分にとって唯一の味方を、師匠を、そして女性をこの手で守れるように。彼女が目指した理想を実現させるために。
邪魔をするならどんなことをしてでも目の前の肉塊どもを殲滅しなければならない。奪われないために。自分を守ってくれたシーナを護る。今度は、自分が。僕は彼女に生かしてもらったから。
僕が僕であるために――それが今の自分の存在理由なのだから。それがようやく分かった。

「僕――ガ、護ル」





――もうこれは様々な意味でも彼だけの戦いだ。彼女は関係ない。ただその過程で憎らしい敵を処理すればシーナの夢も叶えられ、結果的に護ることにもなる。だからそのためになら鬼にでも悪魔にでもなる。例え人の道を踏み外し魔物に魂を売ってでも。

王の言葉によって器と資格を捨て禁忌を犯しついに更なる人外の力を獲得したアルマはその力を仇なす者たちへ向けて発揮する。
紆余曲折を経て辿り着いた真実に直面するものの、そこへ進化した最大の敵ジェイド・シュヴァルツシルトが立ちふさがった。
全てはかつて同じ事をしたシーナを護る、ただそれだけのために邪魔者達を排除する。
最上位級の魔物に対抗出来るのは光魔法じゃない。闇を超える闇だけだ。
メンテ
Re: あなたが望むセカイを ( No.44 )
日時: 2016/04/19 15:40
名前: ろすとぴーす◆nSH2Fng0iQ ID:H.s2Ea/.

第三十九話『集大成』










黒鉛の向こう側で蠢くそれはもはや人の形を留めていない。
軟体生物のように伸縮し自在に大きさを変えては時折苦しむように痙攣し絶えず苦悶の声を辺りに響かせる。
それも束の間、突如としてその黒煙が中からの力強い一閃により打ち払われ今まで隠されていたその正体が晒された。
その姿を見たものは息を呑んだ。先ほどまで佇んでいた少年とは似ても似つかぬ容姿。体色は浅黒く変化し身体は服の上からでも一目で分かるほどに一切の無駄なく鍛え抜かれ、何よりも惹きつけられるのは怒髪天を突き目の前の敵全てを射殺さんとする紅き殺意の双眸。その瞳が明確な敵意を持って取り囲む彼らへ一人残らず向けられていた。
猛り狂い溢れ出る魔素を存分に発揮し雄々しく彼らの前に降り立つはまるで鬼。東洋の島国に言い伝えられるとする人外そのものだった。

「オォォォオオオ……!」

変身というよりは降臨したことに感慨深くもしくは感傷に浸るような呻き声を上げて空を仰ぎ、聞いた者の身体を震わせるような重苦しい一言呟いた。

「我――闇を極めたり」

全身は僅かに肥大化したしたものの鋼のような肉体が出来上がっており、調子を確かめるように大きく手を開閉させる。
明らかに何もかもが違う彼の姿に、周囲も動揺を隠せない。早くも戦意喪失し武器を捨て逃げ出そうとする者まで出始めた。しかし彼――アルマはそれを追いかけはしない。視界全てに、いや周囲の状況全てを理解し万物を把握し得る彼にならばその様子が伺えよう。
だが追わない。彼にとって敵意のない者は一切の殺害対象にはならない。彼にとって絶対に守るべきものは二つ。シーナの保護及びジェイドと王の殺害だけだ。
完全な殺戮者として完成されつつある彼に僅かばかりの人間の理性があるのは先に考え決めたことがあるからに過ぎない。正義なくただ無作為に殺害する様は魔物と変わらない。それはもう人間ではない。
ただしそれも気休めだ。邪魔をするなら人間であろうと無条件に無力化させるし、シーナを攻撃しようとする輩がいるならば容赦なく殺害する。
彼は不穏分子を刈り取ろうとしているだけだ。どんなことをしてでも彼女にとっての理想を築き上げる。自分が死んでも彼女と世界が無事ならそれでいい。

「どういうことだ!? この壁の中は魔物による魔素を極度に軽減させる効果があったはずだ! おいジェイドどうなってる!」
「どうもこうも無いだろ。相殺し切れなかった、と考えるのが妥当だ。第一ここの要塞は外敵からの侵入を防ぐためのものだと記憶しているが。その軽減とやらの効果がどこまで信憑性のある情報だか。とにかく、この勇者サマには効果が無いってこと。まあ――今の奴に、勇者なんて言葉が似合うとは思えないが」
「敵対する者全てを葬り去るのが僕の使命。彼女の夢を実現させるのが僕の存在理由。彼女を守り通すのが僕の正義」

あまりにも想定外の事態に動揺する王に冷ジェイドは至って冷静に返事をするだけだ。その瞳ももはやアルマ以外は映しておらず、厳しい目つきで集中力を高めていく彼ら。
いつ戦闘になってもおかしくない状態だった。

「おい衛兵ども! このコロシアムから逃げ出した腑抜けはこの戦闘が終わり次第即刻処刑だぞ! ぼさっとしてないで儂を守れ!」

肝心の王は喚き散らし周囲に我儘をぶつけるだけだ。
普通ならば身の危険を感じここから避難することが正解だが、王がそれを許さない。自身のプライドだけで周囲の部下を道連れにしかねない彼の横暴な態度に辟易しているはずなのだ。
だがそれを表に出せば処刑は免れない。今まで何の苦労もせず人にばかり負担をかけてきた王はここへ来てもその持ち前の性格は普段通り、いやもっとひどいかもしれない。
アルマとジェイドの二人はもはや広場内に誰もいなくなったただっ広いコロシアム中央で睨み合う。

「ジェイド、貴様が犯した数々の罪、今ここで償って頂く」
「そんな姿になってまで俺を殺したがるなんて物好きだな。何度挑んでも一緒さ、お前もあの村の連中と同じようにグチャグチャにしてやる。悶え苦しむ姿を早く見せろ」
「……」

否が応でも熱気と殺意が絡み合い嵐の前の静けさが如き静寂と沈黙が場を支配する。
先に沈黙を破ったのはアルマの方だった。

「その力を得るまでに一体何人の人間を、魔物を犠牲にして来た?」
「さあな。俺の力の一部になれたんだ、むしろ感謝すべきじゃないのか?」
「……ああ、貴様はそういう奴だったな。だから僕も、遠慮なく殺せる」

地面を抉り取り盛大な砂埃を上げながらジェイドに迫る影。視認すらままならずただただ来たるは死神を体現した闇の眷属。
その首を一撃で刈り取る威力と無遠慮さで以てジェイドを葬ろうとするものの、やはりそう上手くもいかない。すんでのところで軽く身体を仰け反らせると目の前を何倍にも伸び頑丈に変化した爪が通り過ぎる。
少しでも目測を誤れば即あの世行きの攻撃、さらに初撃という距離感すら整っておらず尚且ついつの間にか爪自体を強化していたそれらを踏まえてジェイドはあえてその回避方法を選んだ。
もっと確実に回避するならば身を屈めるなど横っ飛びで身体ごと安全地帯へ飛び込めば良いだけの話。思ったよりジェイドには見えている。そして自信に裏打ちされた実力があることをアルマは初撃で悟った。
だがその程度は何の恐怖にもならない。回避しざま僅かな硬直を狙い無表情に片腕を振るい不敵な笑みを浮かべるジェイドの腹部目掛けて全力でその拳を押し込む。その威力に少しばかりの驚きを見せたまま完全に受け流すことは出来ず後方へ吹き飛んだ。強烈な勢いで地面を転がり、素早く受け身を取り立て直せば目の前には既にアルマの姿が。
渾身の力を込めて拳を繰り出そうとするその挙動を見てジェイドは最小限のダメージに留めるため完全な防御態勢に入る。その様子を直前で判断し即座に切り替えたアルマは固めた拳を解き彼の腕に手が、指が絡みつく。次の瞬間にはジェイドの腕に灼熱の炎と同時に衝撃が走る。
圧縮と爆発が同時に起きその腕は肉が焦げ黒煙が上がっていた。流石のジェイドもこれには少しばかり眉を潜ませる。

「……ッ」
「逃がさん」

腕を庇うようにその場から脱出しようと画策する彼の姿を見て深く笑みを零すアルマの顔はまさに血に飢え自身が君臨する地位を疑わない実力を併せ持った魔物と何ら遜色ないものだ。
王はともかくとして一連の流れを周りの衛兵や王は把握し切れているのかも疑わしい現状だったが、一先ず劣勢と見た彼は脚力を活かして追い詰められたこの状況を打破すべく位置を入れ替えようと駆けた。
その事を予測していたアルマは強く地面を踏み込むと一瞬高音が走り目に見えるほどの紫電が地面を覆った。区域から脱出していた周りの者達は無事だったものの、対峙していたジェイドは直撃してしまう結果となった。

「はっはぁっ!」

口元を歪め心底楽しそうに左腕を振り抜き凍結したいくつかの雫をジェイドへ向けて差し向ける。その雫は的確に足を捉え穿ち、その機動力を削ぐ。
血が滲みその血液までも凍結させようという殺傷力の高いの魔法をその身に受けジェイドは蹈鞴を踏んだ。

「何をしとる! そんなバケモノとっとと仕留めんか!」

傍から見たあまりの劣勢に流石の王も黙ってはいられず口出しし始めた。もはやアルマのことなど人間とさえ思っていない様子だ。
当のジェイドはそれを聞いて不思議と口元を綻ばせた。まるで何かを待っていたように。直後に襲い掛かる悪寒をアルマは即座に感じ取る。
だが行動する間もなくその機は訪れた。全身に走る激痛と衝撃に思わず呻き声を上げその場から離脱する。上空を見ればいくつもの小さなビットがアルマ目掛けてロックオンを完了していた所だった。

「……」

中に潜む水晶自体はクロスした形で、中心に周りを取り囲むように盾のような形の装甲が水晶を守るように四つ。
透き通るような水晶の綺麗さとは裏腹に狙った獲物は必ず仕留める狩人のような凶悪な形だ。まるで口元を開き獲物に襲いかからんとするビットは的確にアルマに狙いをつけていた。
一瞬水晶が光り、耳障りな音とともに光線を射出する。たったそれだけの事がアルマには随分と厄介に感じられた。技や魔法といった部類の攻撃方法にはおのずと自身による性格や本質の傾向が見え隠れする。
短絡的だと踏んでいたジェイドの最大の武器はビットだったとなると、どちらかと言えば理論派で計算づく、悪く言えば狡猾さで相手を仕留めることを得意とする場合が多い。
そうなればその本質はアルマの想像していたものと少し違うのかもしれない。だが、今や彼にとってその程度の違いなどどうでもいい。ジェイドは敵。それ以上でも以下でもない。

「くっ……」

対するアルマの攻撃方法は超近距離で攻撃を押し付けるといったものに近い。必然、近づかなければお話にならない。
この局面で最も苦戦するであろう戦いを余儀なくされていることは彼自身が一番良く分かっていた。

「なるほど……、それが貴様の本当の武器というわけか」
「なるべく死なないためにどうするべきかを考えた結果だよ。わざわざ何の援護もなく近付いて押し潰すような戦い方、愚かにも程がある。しかし俺も油断していたことは認めよう、まさかここまで飛躍的に強くなるとは思わなかった。だがこれからはもう俺に傷一つ付けることは出来ない」
「くっく……やってみようじゃないか!」

今のアルマには苦戦すればするほど、敵が強ければ強いほどに戦闘意欲と快楽が増す興奮状態に陥っていた。間違いなく相性最悪のこの状況、この逆境で彼は笑っていた。
魔法力を増強し召喚した頑丈な両手斧を持ちアルマからの攻撃に備えるジェイドの瞳からは既に油断や余裕と言ったものは消えていた。ただ自分に仇なす目の前の勇者を刈り取ることのみを考え尽くしたような表情が浮かぶ。
そこからはひたすらに膠着状態が続いた。周りも手出しできないまさに一進一退の攻防の中、二人はクリーンヒットを狙うために攻撃を繰り返していた。
幾重にも折り重なり多数のビットから繰り出される光線を掻い潜りながらアルマはひたすらに近付こうと距離を詰める。まるで踊っているかのように小刻みに地面を蹴り的を絞らせないように。そして最小限の動きで次の回避に間に合うよう計算しながら動き、走り回る。
そのあまりの速さに僅かにビットも反応が遅れ射出にも時間が出始めた頃を見計らいジェイドへ接近し得物であるバルムンクを抜剣し振り抜くが防がれてしまう。
続けてジェイドからのビットによる攻撃もさらに熾烈さを増した。だがいくらジェイドとは言えビットだけでアルマを仕留めるには些か無理がある上にやや信頼に欠ける。
口では愚かだと言うもののどの道決着をつけるには自ら手を下すしかないことも薄々気づいていた。もっとも彼がこれほど粘り続けるのもやや意外だったが。

「はっ……!」

一方のアルマもその表情には歓喜の色が浮かんでいた。いくらまともに手出しも出来ない状況とは言え一度直撃してしまえば立て続けに光線による集中砲火を受けるのは必至。
かと言ってジェイドに接近し攻撃を仕掛ければ彼は防御しているだけでビットによる攻撃が彼自身を守り、またアルマにも手出しさせまいと絶対の盾になる。非常に便利で憎たらしく、また極限の緊張感を齎してくれる最高の相手だった。
しかしその死のダンスもそうそう長くは続かない。ビッドも徐々にアルマの動きに反応してくるようになり、彼もまた少しずつだが掠るようにもなっていった。
幾度目かのジェイドの攻撃を防いだ際、ついにビットがアルマの動きを捉える。一つの光線がアルマの足を貫き、動きが鈍ったところへ好機とばかりに撃ち込まれてしまう。

「ガァアアアアアアアァ……!」

獣じみた悲鳴を上げ、全身を真っ赤に染め上げながらのたうち回る。ジェイドも途中で手を止めるようなことはせず、ただひたすらにビッドでの光線の嵐が降り注いだ。
砂埃が舞い、やがてアルマの声すら聞こえなくなるとジェイドはゆっくりと近づいて行き状況を確認する。
視界を覆う砂のカーテンが消え去った時、そこにアルマの姿はいなかった。どこへ、と問う間もなく背後からの強襲を察し振り向きざま腰を落とし両手斧をがっちりと構え剣戟を防ぐ。そこには片手でバルムンクを打ち付けるアルマの姿が。片腕は既にビッドの攻撃により潰れ動かないのは明白だった。

「ぐぅっ……!」
「残念だったな……お前の負けだ」

決定打となり得る攻撃を受け止められ、満身創痍の状態でアルマは悔しさに顔を歪めるかと思いきや、その口元は僅かに微笑を浮かべていた。
そこでジェイドは気付く。動かないはずの片腕が僅かに震え彼自身の身体に押し付けられているのを。それを確認した時には既に一歩遅かった。
接近戦特化としてどんなに速く動こうともビットに対応されてしまえば限界がある。幾度にも及ぶ攻防の末埒があかないと踏んだアルマはたった一度の攻撃に賭けていた。ここ一番、まさに乾坤一擲の勝負に出た。
そうと決まればあとは近付くだけでいい。何とかして潜り込む。あとは――

「喰らえ――」

たった一撃。この瞬間のために。彼は復讐鬼になった。ここまで来た。彼らの無念を晴らすために。そして彼女を守るために。
自身の身体の一部を抉り飛ばすほどの爆発により推進力を得たアルマはジェイドのビットすら間に合わないほど勢いがついたまま両手斧を斬り裂き、その先にあるジェイドの身体をも斬り裂いた。

「ぐぁあああああああああああッ!」

彼は絶叫を上げながら片膝をつく。その身体からは止め処なく血が溢れ出ている。誰が見ても致命傷なのは明らかだった。
まさに肉を切らせて骨を断つ。闇魔法による驚異的な身体能力上昇作用がなければ決して出来なかった捨て身の戦法。ジェイドも腐ってもかなりのランクの魔物だ。ある程度の治癒能力はあるはずだが全く機能していないところを見ると確かに闇魔法が効いていると言えよう。
最後の一撃も闇を選び不幸を背負う覚悟がなければ到底成し得なかった。相殺される可能性も熟練度の可能性から見ても確かに、光魔法を選ばなかったのは正解だったと言えるだろう。だがアルマも無事ではない。闇魔法特有の丈夫さはあるもののそう長くは動けないし保たないのは確かだ。
ビットもいつの間にか消え、倒れているジェイドを引き起こす。息も絶え絶えにアルマを睨みつけるその瞳は、未だに闘志が宿っていた。

「くっ……かくなる上は!」

掴んだ手を振り払い、まさに最後の力を振り絞り辺りを取り囲んでいた衛兵たちの一角へ突っ込みその両手に衛兵二人が掴み上げられる。兜を装着しているので表情はわからないが、その挙動は苦しそうだ。衛兵たちはもがくものの、片や魔物でも別格の強さだ、ただの衛兵が太刀打ち出来るはずもない。
その直後、衛兵たちの身体はぐったりと力が抜け微動もしなくなる。間違いなくジェイドが何かしたからなのは火を見るより明らかだ。

「ジェイド貴様、まさか……!」
「そのまさかだ! おかげで血が止まったよ」

遠巻きに見て確かに回復はしたようだが、当然ながら衛兵たちからの罵倒と怒号が鳴り止まなかった。
彼ら全員がジェイドの行為を非難し、我慢ならないといった様子でコロシアムは険悪な雰囲気に包まれた。ただ一人、ほぼ全ての人達がジェイドを敵視していた。ただ一人王を除いては。

「おいおいお前ら、何か勘違いしてないか?」

悪びれる様子もなく彼は非難の嵐を身に受けつつ大声で問う。その声には若干ながらの彼特有の意地の悪さが含まれていた。魔王城でアルマに告げた時と同じように。

「お前らの命は好きにして良いって契約だったんだぜ? お前らの王様との、な」
「……っ」

途端に周囲がざわつき始める。流石にこの自体は王様も予想していなかったのかびくりと肩を震わせその顔に焦りの色が浮かぶ。

「そうだったよな? どうしたよ王様。何か言ったらどうだ」

いつまでも無言を貫き通している王に対して催促の声が徐々に大きくなりつつあった。その空気に耐え切れず王は両手で耳を塞ぐが焼け石に水だ。
その姿勢にさらに増え続ける疑惑と中傷の声、鳴り止まない罵声にとうとう王は意を決したように立ち上がり喚いた。

「うるさいッ!!」

全身全霊の、全身を汗まみれにして放ったその一言によってコロシアムはしんと静まり返る。
一変したその空気に釣られ王様はもはや自身でも歯止めが効かなくなったかのように話し始めた。

「貴様らは何様のつもりだ! 儂は王だぞ! 貴様ら愚民の命の一つや二つどうってことないわ! 儂を守るため、必要ならば儂のために捧げることこそが大儀であるはずだ! 貴様らの金も、命も儂のものだ! わかったらとっとと奴に喰われて死ぬがいい! 儂を守るためなら本望だろうがあ!」
「――」

一瞬の静寂の後、爆発でも起きたかのような叫喚がコロシアム内に広がった。
そのどれもが王を、ジェイドを批判するもの。もはや忠義も大儀もどこにもありはしなかった。王はただの我侭な男。それが今コロシアムにいる人間側の考えだった。
いくらなんでもひどすぎる。ここへ来て絶対王政による弊害が明るみに出たのだ。明確な反逆。今まで押さえつけられていた鬱憤を晴らすが如く王への罵声は止まらなかった。
喧騒の中、コロシアムの中心で倒れ、それを見下ろす影が一つ。アルマがバルムンクでジェイドの身体を斬り裂いたところだった。

「隙をつこうとでもしたか? 今更不意打ちでどうにかなるとでも思ったのか。もはやこれ以上の抵抗は状況を悪化させるだけだ。諦めろジェイド。もうお前は終わったんだ。さあ、僕に何か言うことがあるんじゃないのか」
「くく、……命乞いでもすると思ったのかよ? なめんじゃねえ。俺は魔王に選ばれなかった時から自分一人だけで生きてきた。使える奴は何でも使い、生きるためにはなんでもした。力が欲しかったからだ。誰にも屈することのない力、それがあれば必然的に魔王の座を奪える」
「……」
「確かに俺は身を隠すため王様との契約で王都へ招待され秘密裏に汚れ仕事をこなしてきたさ。だがそれがどうした、この世界の掟は弱肉強食、それが基本だろうが。所詮弱き者は奪われるだけ。強くなるためには他を犠牲にしてでも乗り上がらなきゃならねえ。だから――」
「いや」

ジェイドの言葉を遮り、アルマは出来うる限りの憎悪を込めながらその紅い双眸で睨みつける。自分の、村の皆の敵を、静かに見下ろしながら。

「貴様はただの、腐った、魔物さ」
「……っ!」
「被害者面していれば良いと思ったのか。苦しいのが自分だけだとでも? ふざけるなよ……お前の自己満足せいで、一体どれほどの罪のない人たちが犠牲になったと思ってる……? お前のせいで……!」

ジェイドの胸ぐらを掴んでその頬を思い切り殴り飛ばす。
地面を転がる彼を見ながらただただ溢れ出る苛立ちを声にして少しでも解消しようと試みた。

「立て!! 彼らが受けた痛みはこの程度ではないぞ! 立てッ!」

再び引き起こしその瞳を間近に見ながらもう一度言葉を吐き出す。

「周りの目がある中人間に手を出したんだ。少なくともお前をもう味方だと思う奴はいないさ。もっとも、僕もだがな」

そう言ってもう一度殴り飛ばす。度重なる攻撃によってジェイドは顔も身体も血塗れでもはや勝てる見込みなど無いに等しかったがそれでも謝りも命乞いもしなかった。
それだけが彼の意地であるかのように。それが最もアルマを苛つかせる要因に他ならなかった。
そんな中、ジェイドが突如笑い始める。大声で、ただただ笑い続ける。何が可笑しいのかもわからないままアルマは困惑の表情を浮かべる。

「ここまで来たら、仕方がない……」
「何をするつもりか知らないが!」

ただならぬ空気を感じ取ったアルマはバルムンクをその腹に突き立て動きを止めようと試みたがそれは叶わなかった。

「っ……!?」

それはあまりにも強固で頑丈な肉体だった。今までとは明らかにおかしい。アルマの力が弱まったわけでもない。
ジェイドが異様に頑丈になったと考えるべきだろう。そして嫌な予感は的中し、どんどんとその身体が肥大していく。

「いいか、覚えておけ小僧……この世を統べるのは絶対的な力だ。それを見せてやろう。本当は闇魔法がこの手にあれば――」

聞き取れたのはそこまでだった。
次第に巻き起こる小規模の竜巻がジェイドの身体を包み、やがてその体躯は王都を守る壁と見まごうほどにうず高くなっていた。ゴーレム、それも通常種の何十倍もの大きさを持つ超巨大なゴーレム。彼の本当の隠し球はこれだったのだとアルマは痛感した。ただ巨大になるよりもゴーレム種の力を取り込んだことで相乗効果により非常に強い戦闘能力を保持することが可能となる。
おまけにあまりにも大きすぎる。攻撃するどころではない。おまけに自身は負傷している。どうにもこうにも、勝機が見つからない。
既にコロシアム内は阿鼻叫喚で、本当に逃げ出す者も続々と現れる中、王だけは誰も救いの手を差し伸べてくれずに腰を抜かしただただ右往左往するだけだった。

「ちっ…‥とんだボーナスステージだよ……!」

憎々しげに、されどその口元には笑みを浮かべながら事の次第を実感する。味方はいない、援軍もない、武器はちっぽけな剣のみで、敵は数十メートルもの巨大なゴーレム。
声にならない叫び声を上げながらゴーレム――ジェイドはその自慢の手でコロシアム自体を押し潰そうと画策する。もはや彼自身の自我が残っているのかわからないがそんなことはもう考えている場合ではない。
彼の攻撃を防がねばコロシアムにも、果てはこの壁内にも甚大な被害が出てしまう。軋み痛む身体を引きずりながらバルムンクを掲げてショックに耐えるべく力を込めた。

「おぉおおお……!」

膨大な突風が彼の身体を打ち付け吹き飛ばされそうになりつつもしっかりと踏み留まる。だが、いつまで経ってもそのショックは来ない。
不思議に思い薄っすらと目を開けてみれば目の前にはコロシアムを半ば壊されつつもジェイドの攻撃から守った一匹の、小さな巫女服姿の妖怪がいた。

「ふいー……どっこいしょっと」

その小さな体躯には似合わないほどの驚異的な力でもってその手を弾き返すと。額に浮かぶ汗を拭いながら振り返る。
自慢の耳と尻尾をふりふりと振りながら驚きに目を見開いているアルマの方をこれでもかというほど渾身のしたり顔を見せつける。

「しばらくぶりか? アルマ。いやそんなことはないか。ところでお主、アレを飲んだのか……思ったより変化せなんだ。それはそれで構わんがの、話通じぬかもしれんし。……あ? どうしたのじゃ固まって」
「あぁあああああああああああああああああ!!」
「あぁああああああああああああああぁぁぁ!?」

いきなり妖怪――玉藻を指指し驚愕し叫んだアルマに釣られ彼女も思わず叫んでしまう。直後に顔を真っ赤にして怒り出した。

「いきなり大きな声を出すな! 心臓止まるかと思ったじゃろが! この戯けが!」
「どうしてここに居るの!! 早く逃げろ!」
「戯けかおんどれは! 助けに来たんじゃ! 助けに! 間に合わんと思ったが間に合ったんじゃあー! もっと喜べ!」

そうこうしている内にジェイドの口から高エネルギーの魔力弾が集束され撃ち放たれる。
毒々しいまでの真っ赤なその色を受け止めるべく玉藻は再度ジェイドの方へ向き合い両手を翳す。集中するたびに、または興奮する度に拘束で耳と尻尾が高速で動き回るのはもはや癖なのだろうか。
こうしちゃいられないとアルマも臨戦態勢をとった直後、何者かの影が割って入り、その弾はこちらに到達することなく真っ直ぐジェイドの方へ弾き返された。
その影は傍らに着地するとその容姿が明らかになる。ただの衛兵だったが、その兜を脱ぐと同時アルマに電撃が走る。その真紅色の髪には見覚えがあった。

「遅くなってすみません」

振り返ったその顔を見てアルマは思わず飛び上がりそうになった。
シーナが知れば卒倒するかもしれない。だってもう死んだと思っていた人物がそこにいたから。
サヤ、それが彼女の名前だ。旅の道中で魔物を食い止めるため犠牲となった彼女が確かに今、そこにいた。

「なんですかアルマさん、そんなおばけでも見たような顔は……それに色々変わりましたね」
「あ、あ……サヤ、生きて……」
「まあ、一生消えない傷は負いましたがね……これじゃあ嫁に行けません。災難ですねえ」

アルマも思うように言葉が出てこない。
サヤが右半分の前髪をやや上げると、目を横断するかのように深い切創が刻み込まれていた。しかし当の本人は言葉ほど気にしているほどではない様子でなく、むしろ今はどうでもいいと言った風な印象を受ける。

「さあ皆さん、話は後です。とにかくこの三人でジェイドを――」
「いや――四人さ」

背後からかけられた声に振り向くと、そこには僅かばかりに苦悶の表情を浮かべたシーナ・シュヴァルツシルトの姿があった。自力で結界を突破したらしい。
幸い、戦闘による怪我はなかったらしく目立った外傷は見られない。
久々に見る姿にサヤは感嘆の声を漏らし、玉藻も満更でもなさそうだったがアルマだけはばつの悪そうな表情を禁じ得ない。

「随分と無茶をしたらしいな、アルマ。だが今はよそう。サヤ、玉藻、再会を喜ぶのも後でだ」
「……ああ」
「はい」
「うむ」

四人は立ちはだかる敵ジェイドを睨みつける。今や災厄の対象となった彼を倒す以外に平和はない。

「……そういえばシーナ、いつの間にか僕のこと、ぼーやって呼ばなくなったね」
「……」

突然の問いにシーナは少しばかりの間を置くと、ジェイドから目を逸らさないまま返事をした。ただその口元に、かつてない笑みを浮かべて。

「どんな形であれ私を守りたいと思ってくれたこと、非常に嬉しかった。あの日から、ここまで立派に成長してくれた君をもう、ぼーやなどとは呼べんだろう」
「……ありがとう。さあ皆、準備は良い? 今こそジェイドを倒し――この世界に平和を」





今、ようやく役者が揃った。アルマ、シーナ、サヤ、玉藻。
ジェイドを倒すため、この世界を守るため。運命を決めるラストバトルが幕を開ける。

次回、最終回。
メンテ
Re: あなたが望むセカイを ( No.45 )
日時: 2016/04/19 15:41
名前: ろすとぴーす◆nSH2Fng0iQ ID:H.s2Ea/.

最終話『あなたが望むセカイを』













アルマ、シーナ、サヤ、玉藻。平和な世界を築き、それを守らんとする者たち。その四人が今、集まった。
彼らの目的は一つ。共通の敵、ジェイド・シュヴァルツシルトの撃破及び治安維持。
可及的速やかに事を運ばなければ主要都市であるサンディールは陥落し大惨事を引き起こしてしまう。そうなればもはやどうなるか誰にもわからない。
膨大な数の魔物人間問わず喰らい尽くしその力を吸収してきた最大の敵ジェイドは今や数十メートルにも及ぶ巨大なゴーレムとなり王都の中心地、宮殿横のコロシアムにて半ば暴走の様相を呈していた。猛り狂うジェイドは突然暴れ出しその腕を振り上げ王都を囲んでいた壁の一角をたちまち破壊してしまった。
ジェイドの大きさを考えればそれも無理からぬことだったが、外郭へ盛大に大小ばらばらの壁だったものが飛散し吹き飛ばし地面を抉り取る。そうなって初めて、王都内及び周囲の人間、魔物問わず異常事態を察知した。
寝ていた者や談笑した者を始めいくつもの人々が何事かと外へ飛び出し、いるはずのない聳え立っているゴーレムを見て悲鳴を上げ逃げ回る。
とは言えもう逃げ場などない。壁の外が危険なのは周知の事実で、今や壁の中である彼らが住む王都は魔物によって安全が脅かされている状況だった。
壁が破壊された。その事実は人間魔物問わず数々の思惑や危機を浮かび上がらせる。平穏を信じていた何の罪もない善良な市民らを絶望させるにはまさに絶好の機会だろう。
あまりに早く狂乱といった動きに対処が間に合わず為す術なく盾である壁を破壊されてしまったことに歯噛みし小さく毒づくのはシーナ。以下三人は険しい表情で惨状を見つめるしかなかった。
膨大な魔力を内包した火炎魔法がサヤの杖から放たれジェイドの身体に直撃。回避こそ出来ないもののその頑丈さは健在だ。しかし少しの間動きを止めることは出来た。
動きを再び暴れ出す気配を見せる前に彼らは密かに手早く作戦を進める。

「……言うまでもないと思うが、奴を野放しにしてはおけない。あの質量と体積だ、これ以上被害を出さないために全力を尽くす」
「ああ」
「分かっています」
「ウチに任せとけい!」

今世界は平和か絶望かその際に立たされていることを彼らは十分に実感している。玉藻なりの配慮か元々の性格か、恐らく後者だが多大な責任と緊張感に押し潰されそうになりながらも必死で耐え抜いている彼らにとってこんな時でも、この場にそぐわず調子を崩さない玉藻の姿はある意味で救いとなり得るものだった。
そんな玉藻に向き直り、シーナは真剣な表情で胸の内を伝える。
まさかもう一度話せる日が来るとは思わなかったのは双方同じ。しかし今は喜んでいるべき時ではないことも理解していた。

「玉藻、いきなりで悪いがお前に少し頼みたいことがある。あそこでうろうろしている王に……壁の機能を停止させるよう、説得してくれないか」
「はあ!? ウチを戦闘に参加させない上になんじゃそりゃあ! そんな事したらさらに他の勘付いた魔物たちまで王都へ入って来るんだぞ。それに人間たちも巻き込むことになる! お前らしくないぞ、どう見ても状況が悪化するだけじゃ!」
「あいつなりの能力……変化したゴーレムが、それもあれほどのものが倒れるとしたらどうなる? 無論ただでは済まない。壁が少しでも破壊されてしまった以上、ここからは人間だけじゃない――私達魔物全体の問題でもあるんだ。やるしかないんだ」

とてもシーナらしくない発言が飛び出し玉藻を、さらにアルマやサヤまでもが驚愕した。
彼女がやろうとしているのはかなりのリスクを伴う賭け。失敗すれば双方に甚大な被害が出る上に無事では済まない。そして勿論彼女の理想も永遠に達成されないことになる。そのことを十分に踏まえつつ玉藻は慎重に言葉を紡いだ。

「つまりは、その、お主は説得出来るのか……? もはや今までのようなお前一人の責任ではない。下手をすれば今日、これからどちらかが滅ぶことになる。もし失敗すれば勝っても負けても地獄じゃぞ」
「……頼む」
「アルマ、サヤ。お主たちの意見は?」
「僕はシーナを信じている。だから任せるだけだ」
「私も同じ意見です。強いて言えばこのままでは王都及び周囲に被害を出さずにジェイドを倒すのは非常に困難かと」
「……。……よし、分かった」

誰よりも長く居続けてきた玉藻はいち早くシーナの意図を汲み取り、力強く頷きその場から離脱する玉藻を見やると同時に、頭上にはコロシアムを一撃で倒壊させるほどの威力を伴った拳が打ち付けられる。
その衝撃で全体が爆散し外壁はひしゃげ観客席は吹き飛び夥しい瓦礫が周囲に散らばる。三人でもってその衝撃と威力を止め切るために自身の得物をそして身体をも全力で酷使し力全てを跳ね返すために使う。
アルマとサヤが同時に得物を両手で振り抜くと同時シーナも得物こそ持っていないものの掌に炎属性を凝縮し拳を打ち付けざま一気に爆発させるさせることで大きく跳ね返すための力足り得た。

「グォオオオオオオオオ……!」

掌から盛大に黒煙が上がり切り裂かれた手を庇いながら大きく呻き声を上げるジェイド。
そのあまりの効果に驚き、一瞥しながらもアルマはシーナに向かって咄嗟に叫んだ。

「っく……」
「シーナ! あまり無理しなくてもいい! まだ傷も癒えてないじゃないか!」
「馬鹿者が…‥ここで、この場面で無理しなければ、どこで無理するっていうんだ……!? 絶対に殺させない! お前らも、人間も、絶対守る……!」
「……!」

たった一撃弾いただけとはいえ馬鹿にならないほどの威力と迫力を持ったジェイドの攻撃だ。肉体的、精神的披露も半端ではない。しかし彼女は鬼気迫るといった勢いで満身創痍の中汗ばみ息も絶え絶えの彼女からは絶対に退かない覚悟が見て取れた。そんな様子を見てしまってはもはや止めるに止められない。
とはいえ彼女の現状を引き起こしたのは紛れもない自分自身だ。そう強く言えるわけもなく、大人しく引き下がるしかなかった。
いくら彼女と言えど肉体的にも精神的にも非常に苦しい状態なのは恐らくアルマも彼女自身と同様わかっている。だからこそ見ていられない。一秒でも早く終わらせなければならない。

「あれを見てください!」

指差し叫ぶのはサヤ。目ざとく見つけたのはジェイドの胸元に光る水晶。そこが大きく点滅するや否や、ジェイドの口からまたもやエネルギーに満ちた真っ黒な禍々しい弾が撃ち出される。
咄嗟に跳躍し回避したものの、今までいた場所を跡形もなく消し飛ばし大穴を空けたその攻撃は間違いなくただでは済まないことを意味していた。
恐らくあれが奴の中核。動力炉と言ってもいい。即ちその破壊こそが頑強なジェイドを倒す唯一の道。

「切っ掛けを掴まなければ。……アルマ、サヤ。行けるか?」
「ああ」
「いつでも」

アルマは左手に、シーナは右手に。サヤは杖に魔力を集中させ。
繰り出されるは最上級雷魔法ライトニングメテオ。元々雷魔法は得意だったシーナと向いていたアルマ。光魔法と持ち前のセンスのおかげで扱いに長けていたサヤの三人による究極と言っても良いほどの強さを伴い紫電と高音が交じり合ったその矛先は全てジェイドへと向かう。
彼はたまらず雄叫びを上げながら蹈鞴を踏む。確実に効いている。

「一気に決着をつける。行くぞ!」
「よし」
「はい!」

シーナ、アルマ、サヤの三人は跳躍し直立することで莫大な身長を誇るゴーレム種となったジェイドに真正面から戦いを挑む。
威力とは反比例してややその動きは緩慢でそのほとんどは手による振り払いや拳での殴打といったものがほとんどであり回避さえ出来れば大した攻撃ではない。だが余りある威力と何よりも強固な身体が非常に厄介であった。
何度か魔法による遠距離攻撃を試みるものの上手く当たらず、やはり至近距離で攻撃するしかなさそうであることは明白。しかしながら喰らえば致命傷は免れず何十倍もあるサイズを相手に回避し続けることも簡単ではないのも事実だ。

「ぁぁぁあああああっ!!」
「おおぉおおおおおおおおおっ!」
「はぁああああああああああああっ!」

だが彼らは諦めない。示し合わさなくともシーナが直接攻撃を叩き込むことは既に分かっていた。
よってアルマとシーナは自慢の魔法によってジェイドの拳による攻撃を回避しつつ、その手ごとありったけの魔力を叩き込んだ。渾身の凍結魔法でジェイドの両腕を封じる。その間にシーナは一目散に突進しし続けた。
ジェイドも黙ってはいない。生命線である両腕は封じられたと見るや最大出力であろう魔力が口に収束し、次の瞬間には光の帯となってシーナを貫こうと射出される。

「……っ!」
「ほいさっさ!」

飛び込んでくる影と、その影が繰り出すコンパクトにして強烈なアッパーカット。素手でのその拳は高出力だった渾身の攻撃を僅かに上方へ反らし見事にシーナへの直撃を免れた。驚きに目を見開くシーナの瞳に映ったのは狐。それも小さな。彼女が一番信頼しているであろう彼女が地上数十メートルで目の前にいた。

「行け、シーナ」

空中で身を翻し体制を整えて。髪や衣服、そして余波の影響で脇腹の一部を焼き尽くしながらも。彼女は己が使命のため突き進む。ただただジェイドの露出した中核へ向かって。

「――すまん、ジェイド」

姉として、魔王として。複雑な思いを乗せて放ったその拳での一撃は完璧にジェイドを成す動力炉である水晶を破壊し、彼の生命を絶った。
断末魔すら上げず人形のように立つことすら叶わなくなった結果両膝をつき、見る見る内に全身からゴーレム種の特徴である岩石が崩れ落ちつつあった。それも高度からの落下だ、真下にいる王都の建物や民にも被害が出ていた。

「奴も厄介だ……だが入って来る魔物たちも放ってはおけない……予想外の事態の連続だ、普段からだらけきっている衛兵どもも腰を抜かしている以上凄惨なことになるのは間違いない。せめてどこかにある王直々の放送機器さえあれば奮い立たせてやることも出来るのだが」
「なら私の出番ですね、アルマさん」
「何かあるのか? サヤ」

深刻な表情をしたアルマを見てサヤは得意気に胸を張る。
まるで待ってましたと言わんばかりに携えていた杖を地面に突き刺し彼女はそちらへ手を差し伸べつつアルマの方を見やる。
それと同時にアルマとサヤの中で急激に変化する力の存在を感じた。先ほどとは打って変わって力が漲りいくらか身体も動かせるようにまで回復した。
押さえつけられていた力が無くなったかのように身体が軽く感じられた彼らは少し考え込んだが直後ある可能性に思い当たる。
時を同じくして玉藻が戦線復帰した。やや満足気な表情で一息つき彼らの前に姿を現した。

「壁の無力化に成功した。どの道部分的に破壊されたのじゃ、同じことじゃが……これで引き返せないところまで来たな。これは賭けじゃ、雪崩れ込んで来ている魔物達を、そして怯える衛兵を説得出来なければ文字通りこの世界は崩壊する。到着までものの数分じゃろう。確かに奴を倒すには協力し合わなければならぬ」
「用意出来ました。説得はどちらが?」
「私だ」
「では……」

サヤが杖に触れた後一歩下がる。シーナにとってそれはもう開始の合図であると悟った彼女は声を大にして、彼らに向けて、叫んだ。

「王都及び王都周辺にいる、私の声が聞こえている全ての魔物、衛兵達に告ぐ! 攻撃を止めて聞いて欲しい! このままでは王都や外郭は完全に破壊され人間も魔物も関係なく多くの命が失われてしまう! それを防ぐには君達からも見て分かる通り聳え立っているゴーレムの崩壊を食い止める他ない! 時間がないんだ! 全ての魔物と、衛兵たちに告ぐ!! 魔王として、そして一人の魔物として――」

ありったけ、ただ自分の全てを込めて。思いのままに。

「より多くの命を守るため、そしてこのセカイを守るために! 皆の力を、貸して欲しい!!」

だが思ったよりも反応が少ない。やはり魔王という立場が枷になっているのか。己の至らなさを痛感し始めたその時――ふと彼女の横に誰かが割って入った。

「君たちに、この心優しい魔王に協力してもらいたい!! ――これは全国民の希望を担う勇者としての要請である!!」

勇者。それは人々の希望。紛れも無い人間の味方。そこからは王都そのものへの憎悪や嫌悪といった感情は見られなかった。だからこそ人々はその言葉を信じたのかもしれない。
シーナの声は人々の、そして全員の心に響いた。どこからともなく盛大な歓声が上がる。目の前の目標に向けて一致団結しようと今、この状況下で皆の心が一つになった。
ある者は自分を奮い立たせある者は使命を思い出しまたある者はただ敬愛する魔王の言葉に従って。
人間も、魔物も関係なく我先にと一斉に残骸となったゴーレムの岩石の鎧が剥がれ落ち破片となって散らばり地面へ衝突するのを防ぐため。
己の力を、技術を、魔法を、勇気をそのために使い、ただただ飛び回って協力し援護し食い止めるために躍起になった。
衛兵は壁の上に設置されていたありったけのバリスタや大砲を用いて的の大きい破片を狙い撃ち粉微塵にする。
魔物はドラゴン種を中心にその中でも長である金色の鱗が特徴のグレイトドラゴンを長として多種多様な魔物が連携を取りながら大小様々な破片を狙い撃ちし次々に破壊していく。

「シーナ……君は、凄い奴だよ」
「お前もな。アルマ」

見事彼らは説得に成功した。間違いなく人間と魔物の共存に一歩近づいたはずだ。シーナとアルマが協力してこその結果。初めて彼らは達成感を得ることが出来たのだ。
そして数十分後。崩壊して行く破片を大まかに破壊し終え、事態は終息に向かいつつあった。
だが――彼は、アルマの戦いはまだ終わっていない。徐ろにシーナとサヤの側を離れどこかへ歩いて行く。

「お、王都が……壁がぁ」
「気分だどうだ、王様。……さて、聞きたいことがあるんだが」

アルマは辿り着いた。仕切っていた王都を滅茶苦茶にされ半ば放心したまま、されど彼を恐れるように腰を抜かしている王のもとへ。

「わ、儂は……儂は、知らん! そう、何も知らんぞ!」
「まだ何も聞いてないが……まあいい。今更そんな言葉通用するとでも思ってるのか、見苦しいぞ」
「聞き間違いじゃないのか!? 儂はそんな、何も言った覚えはないぞ……!」
「……」

あくまでしらを切るつもりらしい。アルマが何について詰問しているのかは王が一番良く分かっているはずだが、彼は一心不乱に首を振り続ける。

「そう、知らん! 全くのでたらめ! 証拠もないんだ! そうだ証拠だ! 誰もが納得出来る証拠を出せ!!」

ジェイドによる二次被害は既に殆ど解決しつつあり、今や人間も魔物も、大破したコロシアム内でのアルマと王の成り行きをただ見守っていた。
だが証拠たる証拠はない。間違いなく王の仕業であろうが、例え自白したとしても大衆を納得させるにはそれを明確に指し示す証拠がない限りは言い負かすことも認めさせることも出来ないのだから。


――貴様の村は儂がジェイドに命じて襲撃させた!

「……は?」

――儂のやり方が気に入らない? 儂の国だ、儂のルールだ! それは弱小民族が愚かにも私に歯向かった罰なんだよ! 魔物の脅威から守っているのは誰だと思っている!? 生きていられるのは誰のおかげだと思っている!?

「ちょ、あ、あぁ……!?」
「――いやいや、王都って便利ですねぇ? そこら中にモニターやら拡声器があるんですから。いやはや、民衆はさぞかし恐怖に震えたことでしょう。反発も出来ず、絶えず王様からの言葉や規律を守るための警告がモニターから発せられている。これも勿論私なら魔法で操作して映像と音声を流すなんてお手の物。そしてこの杖なんと録画機能つきなんですよ、驚きました?」

――嫌なら出て行けば良いのだ! 王都を追い出されたと思ったら次は集落を作り生意気にも生き延びていやがった、どうしようもなく癪に障った! 見苦しくもちまちまと生きているその様に反吐が出た! どうせなら貴様も惨たらしく死ねば良かったんだ。そしたら苦労もせず今頃楽になれたのになぁ!

「と、止めろ!! 今すぐ止めろ!」
「モニターは貴方が設置させたんですか? 大方自分を映し権力と力を誇示するためにってとこですかねぇ。いやあ独裁そのものです。すみませんねぇ王様。私の手違いで全部放映させちゃいましたよ、先ほどの一連の流れでの貴方の発言。今頃この王都内は貴方への不満が爆発してることでしょうね、あはは」

――貴様らは何様のつもりだ! 儂は王だぞ! 貴様ら愚民の命の一つや二つどうってことないわ! 儂を守るため、必要ならば儂のために捧げることこそが大儀であるはずだ! 貴様らの金も、命も儂のものだ! わかったらとっとと奴に喰われて死ぬがいい! 儂を守るためなら本望だろうがあ!

「あ、がぁぁぁぁ……!」

ついに悪事は暴かれた。アルマは何の躊躇もなく、培ってきたその拳に感情の限りを乗せて悔しげに歪む王の胸ぐらを掴み上げその顔面に拳を見舞う。

「ぐわぁあっ!」

鼻血を吹き出し吹き飛び、仰向けに倒れた王のその肥えた腹にきつく足を乗せ、逃げられないよう踏み潰さんばかりに力が込められる。

「もう誰も助けちゃくれないぞ。いい加減吐け。魔王の仕業ではなく全部お前が発端。……そうだな?」
「あ、あ……」
「どうなんだ? 皆にも聞こえるように返事をしろっ!!」
「あ、ああそうだッ!! やらせたのは魔王ではない! 儂が命令し、やらせた!!」

たった一人。衆人環視の中、それを見ていたシーナだけが、深くため息を吐いたまま俯く。彼女にとって正直な所最も避けたい状況だった。
ただアルマを、穢れ無き人間のまま守ってやりたかった。王を目の前にすれば間違いなく冷静ではいられなくなってしまう。そうなれば全てがおしまいだ。

「アル――」
「やめろ、玉藻」
「シーナ……?」

不穏な空気を感じ取り、たまらず玉藻が駆けつけようとその場から動こうとする。しかしそれを止めたのはシーナだった。ぴしゃりと言い放ち静止させた。
彼女は悲痛な面持ちでゆっくりと頭を振り、玉藻の瞳を見て口を開く。

「私たちは口出し出来る立場でもないし資格もない。……これは、あいつ自身が決断すべきことだ」
「……」

玉藻はそれを聞いてぐっと堪える。しかし一番悲壮感を漂わせているのは他ならぬシーナ自身であることも、少なくとも玉藻もサヤでさえ分かっていた。旅をして来た者だからこそ知り得る事情がある、それに繋がるのがこの場面だったというだけだ。
こればかりは仕方がない。どれだけ彼がシーナを許しても、彼女にジェイドを止められなかった責任の一端はある。変えようもない事実。その事実がここへ来て最悪の枷になってしまう。まだ彼女が死んでいれば一方的に人間側の勝利という形で終わり、事は露見しなかったかもしれない。こんな事態にはならなかったかもしれない。
だからシーナにとってここだけはどんなことがあっても絶対に手出しが出来ないどうにもならない状況だった。全ては彼に、委ねるしかない。
全ての事の顛末を知り、理解している玉藻だからこそその事を瞬時に理解し、頷いた。最早駆けつけようとは思わない。シーナはゆっくりと玉藻の腕を掴んでいたその手を離した。

「お前が憎いッ……今ここで殺したいくらいに!! お前みたいなのがいるからいつまで経っても戦争が終わらない! お前が我儘だから、お前の勝手な欲望のせいで僕の村は襲われ、家族も友人も皆殺されたんだ! わかってるんだろ!!」

僕の言うことは間違っちゃいない。目の前の王が事をしでかしたことも事実だ、僕の怒りも収まらない。収まるはずもない。
拳を握り締め、目の前がぼやけるほどに滲む涙を止めようともせず。あまりの怒りから身体は無意識に震え、文字通り射殺さんばかりに睨みつける。

「ぐっ……くぅっ……く――ッ……!」

言いたいことはいくつもあった。もっと思い切り非難して罵倒して詰ってやりたかった。だが思い出や感情がいくつもいくつも湧いてきて上手く言葉にならない。
握り締めた拳に爪が食い込み出血することも厭わず、剣を未だ振り上げたまま。思考の渦に飲み込まれ上手く今ある現実を理解することさえ満足に出来なかった。ひたすらに湧き上がるのは彼への怒りと思い出す悲しみだけ。
どのくらいの時間が経っただろうか。たった一分か、数分か、それとも数十分か。周囲は一言も話さず、動かず、じっとアルマの挙動を見据えていた。
玉藻も、サヤも、シーナでさえも。
やがて彼は目の前の敵に向かって冷たく言い放つ。これまでの思い全てを込めて。

「僕は、お前を殺す権利がある。資格もある。大義も、理由も、力も。今ここでお前を王から引きずり下ろすことなんて簡単だ。今や民衆は明確にお前の反逆の態度を示し、直属の衛兵でさえ庇ってくれはしない。お前は王の器じゃない。相応しくないことはもう皆わかってる。やり過ぎたんだ。もはや居場所などどこにもない。だから、だからいっそ僕が――!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいっ!!」

振り上げた剣の切っ先を王の額目掛けて押し込もうと力を込める。
王はどうにもならない事態と迫り来る刃に対してどうすることも出来ずに情けなく悲鳴を上げることしか出来なかった。
ここでアルマが王を殺してもほぼ全ての人は何も文句を言わない。誰一人異論を唱える者はいない。それほどの事態を王は引き起こした。
だが、その刃は彼を刺し貫くことなく。頭部の数センチ横に突き刺さっていた。荒い息遣いのまま乱暴に剣を引き抜いて。力尽きたように長い間愛用していた魔に魅入られたかのように黒く禍々しい剣、バルムンクを取り落とした。戦意喪失した途端、闇魔法は身体から抜け切り元の姿に戻った。やはりあの薬は強制的に闇魔法の力を限界まで引き出すものだった可能性が高かったよようだ。
そしてアルマは両手で顔を覆いながら嗚咽を漏らしながら叫ぶ。

「僕は何をやってるんだ……! 今、元凶が目の前にいるのに。今度こそ、確かなことなのに。肝心なところで、僕は結局、真まで魔物にはなれない……! 

お前を殺せなければ、僕は一体今まで何のためにっ……!!」

使命感と憎悪と理性に押し潰されそうになりながらその瞳は確かに奥の怯えた目をしっかりと捉えていた。

「でも、殺さない…‥!」

歯を食いしばって堪えながらも。爪が食い込み血が滲んでも。唇を噛み締め出血しながらも。

「殺さない……ッ!!」

今にも身体が溶け出しそうになるほど上昇した体温。溢れ出る悔し涙。思わず振り抜こうとする腕を残る理性で必死に、ただ必死に止めて。
歯を食いしばり、辛さも、苦しみも、痛みも、怒りも、全てを受け止めて。綯い交ぜになった感情を爆発させぬよう全力で食い止めた。

「……殺さないッ…‥!!」

それが、アルマが出した結論。不幸に見舞われたった一人取り残された世界で目的の大半を、復讐を糧に生きてきた彼が辿り着いた答えだった。

「自分の私利私欲のために何の罪もない他者を犠牲にしたお前は許したくない。――この男を、地下牢へ連れて行け……」

アルマは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、それだけを伝えた。
理不尽を許してはならない。アルマも王も人間である以上許すことは出来る。だが罪のない人を殺した王はただの魔物だ。
腐り切った外道。どんな者でさえ人間である以上相応の過ちを犯し、それもまた人間である。いつか誰かに教えてもらった言葉だ。そういう意味では王もまた人間であるのかもしれない。しかし一先ずアルマは彼を牢獄送りにした。彼を許せるかどうかは、アルマ自身がこれから決めることだろう。
結果的に人々のために戦った良き勇者と、自分のために戦わせた悪しき王。
どちらを支持するかは分かりきっていた事で、王は抵抗することもなく、だが最後まで情けない泣き声を上げながら勇者に指示を受けた衛兵数人に地下へ連れて行かれてしまった。
これでもう、圧政は終わった。恐怖による支配も、洗脳も、惨たらしい差別もなくなるはずだ。

「これでやっと、平和な世界が訪れますね」
「うむ。……皆が協力し合ったおかげだな」

戦いも終わり。玉藻とサヤが感慨深く一息つく。
そこへアルマを連れたシーナがやって来て、釈然としない表情で尋ねた。

「……ところで、サヤ。お前はあの時プラントが倒壊して死んだはず。どうやって生き延びた?」
「ああ……それですか」

サヤは赤毛を揺らしてにこりと微笑むと、傍らに佇んでいた一匹の魔物を指差した。その魔物はおずおずと前に出てくるとアルマとサヤに一礼する。

「彼が、助けてくれたんですよ」
「あの時は、殺さないでくれてありがとうございました!」
「……お前は幽霊屋敷の……。アルマ、覚えているか?」
「ああ」

サヤに憑依していた蝋燭型の小型の魔物。以前とは違い穏やかな雰囲気を纏った彼は二人に対して微塵の警戒心すら抱いていないようだった。
事件にしてもそうだったが、彼にとってサヤを守ることが目的である以上あの場で殺されなかったことはよほど嬉しかったようだ。あの頃のアルマはとにかく魔物を嫌っていたし、この戦いの一部始終を見ても何か心に感じるものがあったのだろう。
一概に悪者ではない。それがアルマに抱いた印象であり、アルマがシーナを始めとする魔物に抱いた印象だった。
アルマが彼を許したから。そこにシーナがいたから。そう、あの時切って捨てなかったからこそ今のアルマがあると言っても過言ではなかった。あの時確かに、影響していたのだ。
サヤと玉藻、そして蝋燭の魔物ではしゃいでいるのを尻目に。アルマとシーナは少し離れたところで話し始めた。

「アルマ」
「……ごめん、シーナ。僕は王をどうしても許したくなかった。同じ種族なのに……あの場で、許すことが出来なかった」
「どうするかはお前自身が決めることだ。こうしろああしろと私が言える事でもない。ただ……お前が吹っ切れる事なく思いを馳せ続けているのは未だに許そうと思っている証拠だ。その心を大事していれば、いずれきっと」
「……うん」

アルマは重苦しく一つ頷く。それを見ていくつかまだ言いたいことがありそうなシーナだったが一先ず納得させられたようだ。
それを待っていたかのように玉藻が口煩く会話に入って来た。

「さあお主ら 王はいなくなったし支持も鰻登り。ということはあとはお主らで良い世界を作って行くだけじゃ。まず手始めに、な?」
「さあ、二人とも」
「……シーナ。是非君が」
「いやいやアルマ。お前が……」
「いやいや」
「いやいやいや……」


――同日、次期サンディール国王として勇者アルマが着任
――同日、国王アルマ及び魔王シーナ・シュヴァルツシルトは人間代表と魔物代表として和平成立の共同声明を発表
――同日、この日を終戦記念日とし、人間、魔物間の全面的な争いを禁じた
――後日、サヤは国王直属の衛兵として仕えることとなり、歴代でも優秀な成績を残した他、臨時の魔王との連絡役及び不在時においての人間と魔物双方についてを玉藻と共に取り仕切り人間と魔物問わず人望ある人物として名を上げた
――後日、サンディールを守っていた壁の取り壊しが決定。王都を中心に様々な場所でも魔物と人間の共存を目的とした支部が多数見受けられるようになる

そして半年後。今でも魔物と人間による共存は無事に続いている。


――心。それは人間が人間であるため失ってはならない大切なものだった。でも、その答えはむしろ人間だからこそ簡単には出ないものだ。人間であるが故に持つ特別なもの。大切なこと。最も誇るべきもの。それを見失ってはいけない。
闇魔法とは恐ろしいもので人を魔物に変えてしまう。危うく彼は獣に成り果てる所まで来ていた。そうなれば取り返しの付かないことになっていただろう。例えどんな理由があろうとも僕が人間である限り同じ種族である人間は殺さない。明確な殺意を以て手を下してしまえばそれは心ない魔物や獣と何ら変わらない。それはもうおよそ人間とは呼べない。他者を慈しみ、他者の存在を心で感じられる。そんな純粋な人間であるが故の一線を越えぬための理性。それを大切にし守って行ける存在、それが人間なんだとアルマは考える。それこそがシーナを始め様々な人と出会い、考え、この旅の中で出した、最後の結論だった。
















小話。
共存という形がやっと実現してから半年の月日が流れた。
アルマとシーナの二人は相変わらず旅をしてばかり。世界が平和になったとは言えまだまだ小規模のトラブルは絶えない。
それを解決するのが今の彼らの仕事というわけだ。その途中で腹ペコ魔王のシーナは食べ歩きもしょっちゅうである。サヤと玉藻はと言えば彼らがいない間の雑務をこなしている。
少し留守にしただけでも双方合わせてそこそこの量にはなるようで帰ると必ず小言を言われてしまうのが日課だ。

「今日はもうトラブルはないみたいだな」
「じゃあ食べ歩きツアーするか?」

街で入手した情報を照らし合わせ辺りを見回し争いも何もないことを確認する。
そういえば最近、宮殿にいるサヤは流石に役職は衛兵だけあってきっちりしているものの、やや口煩い所も増えた。
それも日頃から絡んでいる誰かさんの影響かもしれないなと取り留めないことを思いながら言葉を返す。

「よっし、行くか。とは言っても国のこともある、そこまで時間は取れないよ」
「流石国王サマ話が分かるな。奢りで頼む」
「ま、それだけ平和になったってことさ。怒るよ?」

いきなり共存しろと言うのも無理な話ではあったかもしれないが、各地で小競り合いやトラブルこそ発生しているものの大規模な争いは未だ殆ど起きていない。
これにはシーナを始め彼らも驚き予想以上に共存が進んでいることを喜んだ。共通の敵、ジェイドを協力して打ち倒した事が絆となったのだ。そしてそれを繋いだのは紛れも無くシーナとアルマの声だったに違いない。

――彼らはふと考えることがある。これからの世代はどうなって行くだろうか。数十年後、数百年後。またいつしか人間と魔物において決定的な亀裂を生み対立してしまうかもしれない
――それでも彼らに出来るのは今、この時代がより良い未来になるよう最善を尽くすことだけだ。まだまだ魔物と人間の共存は完全とは言えない
――ほんの少しでも僕達が後の世代に思いを、そして在り方を託せられるような素晴らしい未来を作りたい
――もはや、もう別段珍しい話ではないのだ。人間と魔物が共存している、なんてことは
――彼女がずっと描き続けてきた理想。共存を信じ、夢や愛を信じてここまで来た。共存という眩い光。それは僕達の進む先にある。だからこれからも守り続けていこう。あなたを。そしてこの――
――あなたが望むセカイを




Ending Song――SPYAIR『My World』



――Fin――
メンテ

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