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[5243] GloriA -青の誓い-
   
日時: 2014/08/06 23:28
名前: If/Ene ID:Hpfz3R7s


 世界は当然のようにここにあって、何も変わらないものだと思っていた。見上げれば青い空。その中を泳ぐ白い雲。時期を終えて枯れた花も、来年になればまた、美しい姿を見せてくれる。
 そういう当たり前に信じてきたことが、すべて嘘だったと知って、私は恐怖した。私とは何者で、どうしてここにいるのか。なんのために生きているのか。あらゆるものを失くして、それがわからなくなった。君の柔らかな笑顔さえ、偽物のように感じていたのだから、まったく、情けない。
 思えば君は、見かけによらず、すごい奴だった。いつもまっすぐで、諦めることがきらいで、他人の心配ばかりする。ただ、私以上に無理をするのは、心臓に悪いからやめてほしい。
 私たちは、たしかにまがい物かもしれない。けれど、君に宿った奇跡は、君の純粋な優しさから生まれた本物の力なのだと、私は信じている。そして、そのあたたかな手は、だれかを護るためにあるのだと、どうか覚えていてほしい。

 いつか必ず、また逢おう。
 君の澄んだ瞳に浮かんだ、果てない誓いの誇らしさを、私は決して忘れない。


<GloriA -青の誓い->


第一章――偽りの青
[1:神の仔ら]
 【T】 >>001-002
 【U】 >>003-005
 【V】 >>006-009
 【W】 >>010
[2:嘆きの無]
 【T】 >>011
 【U】 >>012
 【V】 >>013-015
 【W】 >>016-018
 【X】 >>019-026
 【Y】 >>027
[3:心火の獅子]
 【T】 >>028
 【U】 >>029-032
 【V】 >>033-035
 【W】 >>036-042

第二章――螺旋の青
[1:囚われの手]
 【T】 >>043-048
 【U】 >>049-


第三章――青の誓い


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〔ご挨拶〕2012/11/01
 今回リレー小説を執筆させていただくことになりました、If/Eneです。交互に書いていく予定です。
 ジャンルはおそらくシリアスファンタジーに分類されるのではないかな、と思います。全三章、一応の話の流れは定めてからの執筆となっています。互いに納得いくまで話し合った、そして書きたいことを詰め込んだ作品です。自分たちの中の最高傑作にできれば、と願っています。もちろん完結まで精一杯執筆させていただく所存ですので、皆さんにも楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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〔連載紹介〕
 リレー以外にも、個人で長編ファンタジーを書いています。合わせてご覧いただけたら、とても嬉しいです。

Hearts:If著
 ┣ ――でも、本当は、私は。あなたにもう一度逢いたいだけなのかも、しれません。
 ┗草原で目を覚ました青年ランテは、すべての記憶を失っていた。悲しく微笑む謎の美女に、優しく温かで頼りになる仲間たち。ラフェンティアルン大陸の覇権を争う、白女神率いる白軍と黒女神率いる黒軍の聖戦に巻き込まれながら、次々畳み掛ける困難を仲間と共に乗り越え、ランテは己の記憶と偽られた歴史の真相に迫っていく――。交錯する意志、そして生まれる奇跡。恋愛あり、陰謀あり、戦闘あり、和みありの異世界シリアスファンタジー。

追憶の:Ene(リリコ)著
 ┣きみが、しあわせであり続けますように。
 ┗見慣れない世界で目を覚ました少女アリスは、ほとんどの記憶を失っていた。不気味な化け物『悪魔』に襲われた彼女を助けたのは、心優しい治癒師の青年カインツ。ふたりの出逢いが、すべてをひとつの約束へと導くことになる。悪魔の脅威と陰謀、強大な力と精霊をめぐる争い、人々の意志のぶつかり合い。立ちはだかる困難を仲間とともに乗り越えながら、泣き虫だったアリスは少しずつ成長していく。しかし、彼女を見守り、支え続けるカインツには、命に代えても守りたいと願う哀しい秘密があった……。

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〔おしらせ〕2014/3/25〜
 If多忙のため、しばらくのあいだ、Eneがひとりで書いていきます。申しわけありません。
メンテ

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Re: GloriA -青の誓い- ( No.46 )
   
日時: 2014/03/25 23:01
名前: Ene◆HGfuA96DrE ID:tLD71IZ6

<お知らせ>
お久しぶりです、Eneです。親記事に書いてあるとおり、Ifが多忙のため、しばらくは私がひとりで書いていくことになりました。ほんとうに申しわけありません。これまでよりも一話分が短くなると思いますが、ある程度の更新頻度を保っていけるよう努力します。未熟な筆ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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 すぐさま、ラグナが前に出た。巧みに槍をあやつり、イザベルの振るう二刀を、浮かせ、落とし、弾く。殺すためにではなく、単純に、彼女をもてあそんでいるようにも見えた。やりにくそうに眉を寄せ、イザベルが後退する。彼女の手のひらから、まっしろな光がほとばしった。
 ギルバートは、ほとんど反射的に防御膜をつくりだし、その強大な魔力に、必死に抗った。それでも、やはり及ばない。相手の魔法の威力を、半ばほどそぎ落としたところで、防御膜は砕け散り、ギルバートたちは土煙に吹き飛ばされた。
 ふたたびラグナが立ち上がり、同じように、イザベルに食らいつく。今度はアゼリアとティリスもつづいた。イザベルは、やはり三人から距離をとり、泉のように湧き上がる魔力で戦うことを選んだ。フィーゼが飛距離のある攻撃魔法でそれを妨害し、相手の魔法が発動したら、ギルバートができる限りの力で防ぐ。そんなことを、何度くりかえしただろう。結局、イザベルの攻撃を完全に防ぎきることはできないままだった。
「いくらなんでも強すぎるよ……」
 ティリスが、なんとか身体を起こしながら、悔しそうに歯を食いしばる。ギルバートは、必死に頭を動かして、打開策を見つけ出そうとした。
 こちらが勝っているのは、数と接近戦の能力。しかし、それぞれが浅いとはいえない傷を負っていて、状況はどんどん不利なほうへ傾いている。もっとも気がかりなのはアゼリアだった。いつ倒れてもおかしくない怪我だ。ラグナとティリスだけでは、どこまでもつかわからない。
 おそらく、それを察したのだろう。フィーゼが剣を抜き放ち、前衛に加わった。四人でイザベルを囲い、アゼリアとラグナが積極的に攻撃をしかける。ティリスがちいさな隙を狙い、フィーゼは全体のサポートをしながら、剣と攻撃魔法を絶妙に駆使してみせた。
 イザベルは、それらをひとりでさばきながら、かすかにひざを曲げた。跳躍か、あるいは浮遊魔法だ。そんなことをされては、たまらなかった。ギルバートは、早口に詠唱を終え、腕を伸ばした。対象者の身体に不可視の力をかけ、動きを鈍くする魔法だった。イザベルの足が、かすかに地に沈む。彼女が瞠目した瞬間、アゼリアの剣が恐ろしい速さでひらめき、敵のわきばらを、ざっくりとえぐった。
「……愚かな」
 イザベルの細い眉が、かすかに曲がる。いらだったような手つきで傷口をおさえると、次の瞬間、強引に魔力をかき集めだした。見えない力が、華奢な身体を包みこみ、波のようにあたりに広がる。
 冷たいものが、つうっと背をなでていった。アゼリアたちが一斉に飛び退き、ギルバートの背後に降り立つ。今度こそ、防ぎきらなくては。まっすぐに伸ばした腕の先で、激しく震える指先を、ギルバートは、他人のそれを見るような気持ちで眺めていた。
 ほんとうに、なぜ、戦っているのだろう。相手の目的がわからない。五人でかかっているというのに、勝ち目がない。身体中がじんじんと痛んだ。孤独が胸にしみいるようだった。
 もう、どこにも、逃げる場所がない。助けてくれるひともいない。世界を敵に回すとはこういうことなのだと、今になって思い知った。
「しっかりしろ、ギル!」
 フィーゼの声が、曇って聞こえた。肩を強く揺すられて、ようやく、自分がひざをついていたことに気づく。顔が熱い。涙が、頬をすべり落ちていった。
 怖かった。あと何度、強烈な閃光を浴び、ほとんど意味をなさない魔法で、いつまで立ち向かわなければならないのか。イザベルとのあいだには、圧倒的といえるほどの力の差がある。それを突きつけられ、あとどれだけの痛い思いをして、仲間に血を流させるのか――あと何度そんなことが許されるのかと考えると、おそろしかった。
 震える右腕を、左手できつく支える。知らないうちに、歯を食いしばっていた。やるべきことはわかっている。防御魔法を使えるのは、イザベルの魔法から仲間を護れるのは、今はもう、自分だけなのだ。虚しい意地に、身体が突き動かされた。だれにともなく、魂が、泣くように祈った。
 異変は、ふいに訪れた。
 高まりつつあった魔力が、ぱっと、跡形もなく消えたのだ。全身から力が抜けて、ギルバートは両手を地についた。かすかな熱が、指のあいだから逃げてゆく。顔を上げると、イザベルと目があった。ふかい衝撃のまなざしだった。彼女を取り巻いていた魔力もまた、すっかりと消え失せている。
「まさか」
 薄い唇が、低くつぶやく。ギルバートは、困惑して、仲間たちを振り返った。フィーゼが、ぎこちなく視線をそらし、腕を持ち上げて呪文を唱える。彼の手のひらには、なにも生まれなかった。魔力のかけらさえ、集まってはこなかった。
 だれも魔法が使えないのだとわかった途端、アゼリアとラグナが同時に動いた。イザベルが刀を引き寄せ、かろうじて一撃に耐える。それでも、顔は痛みにゆがんでいた。先ほどの傷口からあふれ出た血が、純白のドレスを、赤く染め上げていた。
「まさか、欠陥に助けられるだなんて」
 苦しそうに、イザベルは声を上げた。ラグナを退け、動きの鈍ったアゼリアを突き放し、あっという間に炎のむこうへ跳んでいく。村の残骸に、彼女の影がまぎれて消えた。追いかけようと足を踏み出したアゼリアが、がくんとその場に倒れ込んだ。

メンテ
Re: GloriA -青の誓い- ( No.47 )
   
日時: 2014/04/12 01:01
名前: Ene◆HGfuA96DrE ID:96Z2E5bg

「アゼリア」
 ギルバートは、あわてて彼女の元へ駆け寄り、傷口に手をかざした。魔法が発動しない。魔力も集まらない。持っていたはずのなにもかもが、するりと外へ融け出てしまったかのようだ。どれだけ念じても、力のかけらすらつかめない。これまでどんなふうに魔法を使っていたのだろうとさえ思った。
 イザベルの放った火は、イルサダの村を呑み込み、あらゆるものを燃やし尽くしてなお、激しくのたうち回っている。くしゃっと軽い音を立てて、また家屋がつぶれた。アゼリアの師匠の家にも、いつのまにか、炎が這っている。ふりかえり、フィーゼが舌打ちをもらした。力強い手つきで、アゼリアを抱きかかえ、ぐるりと視線をめぐらせる。
「傷の手当は後だ。早くここから逃げるぞ」
 言うなり駆け出した彼の背を、ギルバートたちは黙って追いかけた。なんとか火の手をくぐり抜け、暗い林にもぐり、ゆるやかに流れる小川のそばまでやってきたころには、全員がびっしょりと汗をかいていた。風が冷たい。あたりは静かで、ひとどころか獣の気配すらなかった。
 靴の裏で地面を叩き、できるだけ石のない、やわらかなところを選んで、フィーゼはアゼリアを下ろした。まぶたが震えて、うつくしい空色の目が、そっと開く。彼女は、浅く短く呼吸しながら、すまない、と言った。フィーゼが首を振り、ギルバートに鼻先を向ける。
「魔力が戻るまで、しばらくかかりそうだな」
 うなずこうとして、ギルバートは眉をひそめた。息の整い切らないまま、挑むように彼を見上げる。
「フィーゼは、なにか知ってるの?」
 勇ましい眉が、ぴくりと動いたのを、ギルバートは見逃さなかった。沈黙が落ちる。ぐっと奥歯をかんで、アゼリアのかたわらに両ひざをついた。ふたたび意識を手のひらに集中させる。哀しいくらいに、身体のなかが空っぽだった。
「早く、早くしないと……」
「無駄だ、ギル」
「お願いだから」
「ギル」
「なんで、こんなときに」
「ギル!」
「じゃあどうして隠すんだ!」
 ギルバートは、勢いよく立ち上がり、フィーゼにつめ寄った。息を殺すようにして見守っていたティリスが、遠慮がちに口を挟む。耳を貸す気はなかった。ここではっきりさせなければ、フィーゼはどこまでも逃げていってしまうような予感がした。
「……まだ話すべきじゃないと思ったんだ」
 じっとにらみあった末に、フィーゼは視線を折った。地団太を踏みたい気分になった。
「そんなの、フィーゼが決めることじゃないよ」
「そうかもしれないな」
 あきらめたような言いかたが、癪に障った。思わず、彼の襟元に手が伸びた。生まれてはじめてのことだった。フィーゼは、はっと目を見開き、苦い表情を浮かべた。
「……おまえには、ほとんど魔力がないみたいなんだ」
 ことばが、ぽつりと胸に落ちて、波紋のように広がった。
「だから、まわりのやつらから、無意識に魔力を吸い取って、それを使って魔法を発動させてる。さっきは、オレとイザベルもかなり魔力を消費してたし、ギルもずいぶん吸収してたはずだ。結果的に、三人とも魔力を使い果たして、魔法が発動しなくなった」
 魔力がない。信じられない。それなら、最初から、魔法など扱えるわけがない。治癒魔法の使い手であるギルバートにとっては、ありえないことだった。魔力を持たないのは、アゼリアやティリスやラグナのように、魔法使いの素質に恵まれなかった者だけだ。ギルバートはそうではない。
 黙って腕を組んでいたラグナが、そのとき、咽喉を鳴らした。真紅の瞳に、鋭い光が走る。
「よくそんなことに気づいたね。おまえが、あの女の言っていた監視者だからかな?」
「ラグナ!」
 怒鳴ったのはティリスだった。目に涙を浮かべて、また唇を開いたものの、もうなにもことばにならないようだった。うるさそうに顔をしかめて、ラグナがつづける。
「僕らは、『神の手』が、自分たちよりも優秀な人間を生み出すためにと創り出した実験体だ。オリジナルの人類よりも優秀にできているはずで、けれどまだ完全じゃない。いわゆる試作段階にあたるものなんだろうね。だから欠陥がある。おまえの場合は、それなんだろう」
 ギルバートの手のほうにあごをしゃくり、ラグナは、黒いマントを、自分の身体に巻きつけた。平然としているが、さすがに傷が痛むのかもしれない。
 はいそうですかと呑み込める話ではなかった。しかし、ふたりの言うことが正しいのだろうとは、頭のどこかでわかっていた。筋が通っている。それに、イザベルが去り際に残した「欠陥に助けられるだなんて」ということばの意味も、これなら理解できる。
 ふつうでないことは、他にもあった。ティリスの夢見の悪さや、裁きの使徒の本部から逃げ出す直前に見た、ラグナの謎の力――
 ギルバートは、呆然として、傷だらけのアゼリアに目を落とした。彼女は、怪我人とは思えないほど強い目つきで、こちらを見つめ返してきた。
「それが真実なのだろう。私にも思い当たる節がある。欠陥といえるのかどうかは、よく、わからないが」
 言いながら、アゼリアは、無理やりに身体を起こした。鮮血が、ぼたぼたと音を立てて落ちる。あわてて止めようとしたギルバートを、彼女は片手を上げて制した。
「どうせ死にはしない。私は不死身なんだ」
 ギルバートは、中腰のまま固まった。フィーゼとティリスが息を呑み、食い入るように彼女を見る。アゼリアは、これといって表情を動かすでもなかった。血にぬれた手を、脇腹のおおきな傷に、そっと重ねる。
「気づいたのは、咎人になった師と戦ったときのことだ。ふつうなら死んでいた。しばらくは、思うように身体が動かなかったが、放っておけば傷は塞がったし、噛み切られた腕も元に戻った」
 想像するだけで、胸が苦しくなった。そんなことを、あたりまえのような顔で言わないでほしいと思った。
「だから、今回も問題はない。以前、治癒魔法など必要ないと言ったのは、そういうことだ」
「ちがうよ、アゼリア……」ギルバートは、ぎゅっと目を閉じ、うつむいた。「やっぱり、そうじゃない」
「私のことを、おまえにどうこう言われる筋合いはない」
 鋼のような声だった。出かけていたことばが、すっとしぼんで、身体の底に沈んでいく。これでは前と同じだ。また、彼女の背を見つめ、護られることになる。ギルバートは、こぶしを握りしめて、ぐっと顔を上げた。
「アゼリアは生きてる。死なないから、死ぬような目にあっていいなんて、そんなのはおかしいよ。怪我したら痛いんだよね? 無理やり身体を動かすのはつらいんだよね? だったら、僕たちと同じだよ。アゼリアだけが我慢することなんてない。僕は、そんなのいやだ」
 アゼリアは、かすかに目を丸くした。
 背後で、なにかが、がさりと音を立てた。
メンテ
Re: GloriA -青の誓い- ( No.48 )
   
日時: 2014/04/30 22:32
名前: Ene◆HGfuA96DrE ID:zAw967V6

「だれっ」
 ティリスが叫ぶ。アゼリアを除く全員が、一斉に振り返り、片足を引いて構えをとった。人影はない。ギルバートは、軽く腕を広げて、アゼリアをかばうように立った。つきん、と頭が痛む。だれもが怪我をし、体力を消耗している状況で、もう一戦交えるのは、厳しいに決まっていた。
 音がしたのは、ちょうど濃い茂みのあるあたりだった。おおきな男でも、腰を落とせば、隠れることができるはずだ。ラグナが、すばやく気配を探り、ひとりか、とささやく。それでも、今まで存在を感じさせなかったのだから、相当な手練れだと考えたほうがよいのだろう。まさかイザベルが追ってきたのでは、と歯を食いしばったところで、もう一度茂みが揺れ、奥からだれかが顔を出した。
「あれ? きみはたしか……」
 ギルバートは目を丸くした。隠れていたのは、見覚えのある、十代半ばごろの女の子だった。腰まで届く銀髪と、伏し目がちな紫の瞳。透き通るような肌に、涙のこぼれ落ちた跡が、うっすらと残っている。名前は、エトワールといったはずだ。降臨祭のとき、怪我をした白猫を抱いて、ギルバートに助けを求めてきた子だった。あのときは、ソフィアナ教団の面々と同じ服装をしていたが、今は黒いワンピース――フリルが多く、あらゆるところにリボンがついていたりするせいで、ほとんどドレスに見えるが――を着ている。
 彼女はちいさく震えていた。武器も持っておらず、白い手が、胸元でぎゅっとかたまっている。敵意はないようだと判断したものの、警戒を完全に解くことはできなかった。彼女もまた、教団の一員であるし、なによりその容姿が、やはりあのイザベルによく似ているからだ。教祖の妹であるという線が強いだろう。
「どうしてここにいるのか、話してくれないか、エトワール」
 フィーゼが、困惑した様子で問う。エトワールは、目をうるませながら、細い声をしぼり出した。
「お、おにいちゃん、たちと……お話し、したくて……」
「それが、教団内でのおまえの仕事か?」
 フィーゼは、うなるように言った。身体を縮めて、エトワールが首を横に振る。
「……わたしは、もう教団、知らない。お仕事じゃない……」
「疑われたくないなら、それなりの説明をしてみせてくれないかい。おかしな真似をしたら、すぐに殺すよ」
 ラグナにねめつけられて、エトワールの肩は、びくりと跳ねた。やめてあげてほしいと思った。思うだけで、そんなふうにできるわけがないと、わかっていた。
「教団から、追い出されちゃって……お姉ちゃんが、いちゃ駄目だって言ったから……。でも、よくわからなくて、それで、歩いてたら、お姉ちゃんの魔力が、こっちで……」
 つっかえながらも、彼女は一生懸命に話して、フィーゼとラグナの表情をうかがった。ふたりは眉間のあたりをくもらせたまま、ひとことも発しない。エトワールの瞳が、ティリスを見、アゼリアを見、すがるようにギルバートを見上げた。
「その怪我は、お姉ちゃんが、やったの……?」
「話にならないね」
 吐き捨てたのは、ラグナだった。くるりと槍を回し、エトワールの鼻先に、鋭く突きつける。エトワールの目に、涙が盛り上がった。彼女は、がくがくと震えて、その場に尻餅をついた。
「今から十数える。早く教会に帰りなよ」
「……帰れない……」
「一」
「話、聞いて……」
「二」
「助けて……」
「三」
「わたし……」
「四――」
 ラグナの声は、あくまで冷たかった。エトワールが後ずさるたびに、同じだけの距離をつめて、槍の切っ先を見せつける。
「……そんなぁ……」
 大粒の涙が、エトワールの白い頬をすべり落ちた。しばらくの間を置いて、唇を結び、ぎこちなく立ち上がる。そうして、ラグナが、九、と告げた瞬間、きびすを返して、林の出口のほうへ駆け出した。
 怯えた背が遠ざかり、足音が遠ざかり、気配が完全に追えなくなる。ラグナが槍を下ろすと、フィーゼも剣をおさめた。小川の流れる静かな音が、ようやく耳に戻ってくる。
 ほんとうに、これでよかったのだろうか。ギルバートは、両手で顔をおおい、うなだれた。殺されるわけにはいかない。だから仕方がなかった。そんなことはわかっている。けれど虚しかった。あんな子のことまで、もう、信じられなくなってしまったのだ。
「そんな顔をするってことは、きみが監視者なのかい」
 遠慮もなしに、ラグナが唇のはしをつり上げる。ギルバートは、沈んだ気持ちのまま、彼を見つめ返した。つい先ほどまでなら真っ先に声を上げていたであろうティリスも、唇を閉ざして、しおれた花のようになっている。
 ちがうよ、とギルバートはつぶやいた。どうだか、とラグナが肩をすくめる。証拠なんてどこにもない。信じてほしいと思うけれど、信じてもらえるようにと懸命になることも、もうできそうになかった。
「監視者がいるって話は、信じるんだね」
「疑われたら逃げるのかい」
「だって、イザベルのことばなんだよ。僕たちのなかに監視者がいると思いこませて、仲間割れさせようって思っているのかもしれない」
「……悪くない目になったじゃないか」ラグナは嘲笑した。「監視者がいるのかいないのか、だれが監視者なのか、なんてことには、さほど興味がない。僕は、はじめから、だれも信用していないし、きみたちのことだって、邪魔になれば殺す。殺されても構わない。癪だというだけで、死ぬのが怖いと思ったことは一度もないしね」
 ギルバートは、うつむいて、アゼリアの横にひざをついた。傷口に手をかざす。ほんのすこし、一握り程度の魔力が、やっと集まるようになっていた。エトワールと接触したからなのか、それともギルバートやフィーゼの魔力が戻りつつあるからなのかは、よくわからない。
「ラグナは、フィーゼを疑ってるのかな」
 ティリスが隣にしゃがみこみ、ちいさな声でそう言った。たぶん、とうなずいて、てのひらに意識を集中させる。アゼリアは、上体を起こしたまま、そっとまぶたを落とした。
「おまえたちも、ラグナと同じ考えなのか」
「そんなはずないじゃない。あたしたち三人は、昔からずっといっしょにいたんだから」
 心外だ、といったふうに、ティリスが目尻をつり上げる。ギルバートは、もう一度うなずいた。そうか、とつぶやいたアゼリアの声は、すこしだけ明るくて、けれど笑ってはいなかった。
「覚悟さえあれば、なにを信じようと、おまえたちの勝手だ」
「……そうかもしれないね」
 白い光が、不気味な薄闇に、ゆっくりと膨らんでいく。それは、頼りなく揺らいで、ギルバートたちの顔を照らしだした。
「僕はフィーゼを信じてる。わからないことだらけだけど、絶対に」
メンテ
Re: GloriA -青の誓い- ( No.49 )
   
日時: 2014/10/30 23:40
名前: Ene◆HGfuA96DrE ID:C9xVj0DU

 【U】

 旅は、つらいものだった。いつだれに襲われるかわからない。咎人に遭遇するたび、はち切れそうな胸をおさえて、戦わなければならない。そうして歩きつづけても、『神の手』に関する情報は、一向に手に入らない。大陸の西側を回りきっても、状況は変わらないままだった。
「ただいま。遅くなってごめん、みんな」
 ギルバートは、フードを落とし、薄汚れたローブを脱いだ。街や村に出入りするときは、かならずそうやって顔を隠すようにしていた。全員で集まるのも、極力人目につかないところと決めている。今は、キッツァの街を出てすぐの、ふかい森のなかに、身を潜めていた。
 買ってきたばかりのパンを手渡してやると、ティリスは、ぐったりと眉を下げて、ちいさなため息をついた。睡眠不足と疲れのせいで、目元が黒くくすんでいる。
「やっぱり、働かなきゃだめだよ。このままじゃ、お金、なくなっちゃう」
「いや、ひとつの場所に留まるのは危険だ。イルサダの二の舞になる」
 そう首を振りながら、フィーゼはなにか考えているようだった。どうにかしなくては、という気持ちは、当然のようにあるのだろう。ティリスが目で助けを求めてきたけれど、ギルバートの頭には、なにも浮かばないままだった。
 かわいたパンをかじり、すくない水をわけあって飲む。ずいぶん追いつめられているのだと、改めて実感せざるを得なかった。平然としているのは、アゼリアとラグナくらいのものだ。自信の有無と、意志の差のせいだろうと、ギルバートは思っている。ふたりとも、かなり戦えるほうであるし、疲労や空腹にも、驚くくらいに耐える。乱暴な手段をとることにも抵抗がない。ギルバートも、それなりの覚悟を持ってこの状況に挑んできたつもりだけれど、ふたりを前にすると、ほんとうにそうなのかと、自分に問いたださなくてはならない気分になる。
 ティリスの腹が、ぐう、と鳴った。顔を上げると、居心地の悪そうな瞳と、視線が交わる。すこし前までなら、恥らって、頬を染めていたはずなのに、今の彼女には、そんな気力も残っていないらしかった。
 アゼリアが、パンを半分にちぎり、ティリスに差し出す。相変わらずにこりともしないが、どうやら心配しているらしかった。ギルバートは、急いで倣い、代わりにアゼリアの手を軽く押しのけた。
「アゼリアはもっと食べなきゃだめだよ。ティリスには僕のをあげるから」
「きみは食事をとらなければ死ぬだろう」
「アゼリアだって、食べなかったらお腹空くでしょ?」
「そのくらいなんてことはない。死なれるほうが困る」
「だめだって」
「そういう無駄話が多いから余計疲れるんだってことにまだ気づかないのかい」
 最後のひとかけらを口に放りこむと、ラグナは腰を上げ、槍を背負って、大股で歩きだした。どこへ、とギルバートは振り仰ぐ。
「こんなことなら、おまえたちを置いて、『裁きの使徒』につけばよかったよ。無能なやつばかりだろうけど、食糧の確保くらいはしているだろうしね」
「正論かもな」
 ラグナが捨て置いていったことばに、フィーゼは肩をすくめて、薄い笑みを浮かべた。そんなこと言わないでよ、とティリスがまつ毛を伏せる。それから、じわりと笑って、ギルバートとアゼリアが差し出したパンを、ゆったり押し戻した。
「それにしてもあいつ、単独行動が多すぎやしないか」
「ラグナさんのこと?」
 ギルバートが訊ねると、フィーゼは返事の代わりに眉を上げた。
「こういっちゃなんだが、オレたちは使徒を抜けてからやつれただろう。動きも鈍くなってきてる」
 ああ、とギルバートはうめいた。街や村に赴き、なにかの拍子に鏡を見て、そこに映った自分の姿に声を失ったのも、ずいぶん昔のことのように思える。頬がこけ、目は落ちくぼみ、おおよそ生気の感じられない顔をしていた。ローブのそでやズボンのすそをまくってみると、骨のような手足がだらりと伸びていて、よく生きているなとぎょっとしたものだ。
 咎人や獣と戦っていても、突然身体から力が抜けてしまったり、視界がぼやけてしまったりといったことが、何度もあった。アゼリアでさえ、なんの前触れもなく剣を取り落としたことがある。気づかぬうちに、感じている以上の速度と濃度で、疲れは蓄積しているのだと考えると、ぞっとした。このままでは、いつか全員、なにかに吸い込まれるように倒れて、そのまま目覚めないのではないか。そんな未来が見えるようだった。
「だが、ラグナだけは別だ。あいつはむしろ、使徒の本部で会ったときよりマシな肌つやをしている。日に日によくなっていくんだ。動きのキレも増してる」
 大真面目な表情で、気づかないか、とフィーゼは言った。ぱちぱちと瞬きして、ティリスがちいさく吹き出す。
「気のせいだよ。最初のころのラグナって、ほんとうに死にそうだったでしょ。だからそういうふうに見えるんだと思う。今もひどいけど、前よりはひどくないっていうか。強いのは相変わらずだし」
 彼女の言うとおりだとギルバートは思った。長い期間、飲まず食わずで牢にうずくまっていたときと比べたら、今のほうが多少は健康的というものだろう。戦いぶりだって、いつも見事なものだ。はじめてラグナを見たときの――降臨祭のことを思いだして、胸がじんと痛んだ。弱っていたラグナが、ようやくあのときの強さを取り戻した。それだけの話だ。
「たしかにな。フィーゼの指摘は正しいかもしれない」そうつぶやいたのはアゼリアだった。細いあごに手を当て、ふむ、と目を細める。「妙な違和感があったが、なるほど、そういうわけか。フィーゼ、おまえはすごいな」
「褒めてもなにも出ないぜ」
「うむ。ラグナを舐めるように見つめている成果が出たな」
 フィーゼは頬を引きつらせた。ギルバートは、ティリスと目を合わせ、またアゼリアに視線を戻す。
「どういうこと?」
「おいおい、わかってくれよ。ひとりだけこっそり飯食ってるってことだ」
 答えたのは、あきれ顔のフィーゼのほうだった。ええっ、とティリスが声を上げる。ギルバートは、かすかに首を傾げ、そのままキッツァの街のほうを眺めた。ラグナが消えていったのは、おそらくあのなかだろう。
 彼が、ひとりでものを食べるだろうか。食べるかもしれない。じつは金を隠し持っていて、もしくはなにやら企んでいて、そうやってうまくやっているのかもしれない。容易に想像ができた。ただ、なぜか腑に落ちなかった。
 ギルバートは腰を浮かせた。フィーゼとティリスのぼやく声が、ぴたりと止まる。
「どうしたのギル、敵?」
「ちょっとラグナさんを探してくる」
 彼らのほうを見もせずに、ギルバートは早足でその場を後にした。

メンテ
Re: GloriA -青の誓い- ( No.50 )
   
日時: 2014/10/31 12:41
名前: Ene◆HGfuA96DrE ID:uhVnuwOk

 キッツァは、大陸のなかでも比較的広い街だ。ひとも店も多いが、首都アミュラスのようなにぎやかさはない。いわゆるガラの悪い街だった。道も家も壁も、大概のものが灰色の石でできていて、せまい通りが、迷路のように複雑に入り組んでいる。ティリスだったらすぐ迷子になるな、とふと思った。それ以前に、怖がって入らないかもしれないけれど。
 あちこちから飛んでくる視線に、できるだけ気づかないふりをして、ギルバートはすたすたと進んだ。昔から、道を覚えるのは得意だ。先ほど世話になったパン屋のわきを通り、ちいさな広場に出る。ラグナが行くとしたら、どこだろう。フィーゼはああ言ったが、ひとが集まる食事処にはいないような気がした。
 意を決して、暗い路地に入る。なんのものだかわからない悪臭がした。酔っ払いや、ぼろきれをまとったひとが、あちこちに座り込んだり倒れ込んだりしている。裁きの使徒にいたころは、こんな街があるなんて、考えたこともなかった。
「なにをこそこそ歩き回ってんだ」
 背後から声がして、ギルバートは、はっと身を硬くした。短剣に手を伸ばし、振り返る。体格のよい男がふたり、にこりともせずにこちらをにらんでいた。手には、血ぬれた金属の棒がにぎられている。
「ここでなにしてやがる」
「訊くまでもねえ。こそこそしているやつってのはよ、大体ろくでもねえことを考えてやがるんだよ」
 ふたりが近づいてくる分、ギルバートも後退した。目的は、暴行と金目のものだろう。逃げられるだろうか。道順を頭に描きながら、一歩下がり、二歩下がる。そうして、きびすを返そうとした瞬間、だれかの手に、がっと足首をつかまれて、ギルバートは尻餅をついた。腕を伸ばしてきたのは、路地のすみでぐったりしていた女だ。ギルバートの足首を引き寄せて、ローブのなかをまさぐろうとする。振り払おうとすると、今度は男に側頭部を蹴り飛ばされた。冷たい地面に倒れ込み、それでも、ぎゅっと目をつむりながら、なんとか短剣を探り当てる。
 男たちと女が、ギルバートを――というより金品を巡って、口論をはじめる。ギルバートはずるずると立ち上がり、彼らに背を向けて、暗い路地を走った。足がもつれる。頭がぐらぐらと揺れて、気持ちが悪い。まっすぐ走るのが難しくて、塀や家の壁に何度もぶつかった。どうしてか、目に涙が浮かぶ。
 似たようなことは、これまでにも何度かあった。特別怖いわけでもない。逃げることが悔しいわけではない。ずっと護られてきたけれど、この旅で、すこしだけひとりで戦えるようにもなった。けれどただ、言いようのない苦しみが、突然胸に込み上げてきて、涙が止まらない。
 なにをしているのだろう。こんなところで、生きることにさえ困って、いつか力尽きるまで旅をつづけるのだろうか。『神の手』を止めるために戦うと誓って、あれだけつよい気持ちで使徒を出たのに。
 怒鳴り声とともに、男に髪をつかまれて、ギルバートはぞっとした。いつの間にか追いつかれていた。短剣を振り上げて抵抗する。男の頬に、さっと赤い線が走る。もうひとりの男に、棒で腕を叩かれて、ギルバートはうめいた。短剣が指のあいだからすべり落ち、かわいた音を立てて地面を転がる。
 ふいに、冷たい風が頬をなでた。男たちの動きが、ぴたりと止まる。彼らは、ギルバートをにらんだまましばらく固まっていたが、やがてゆっくりと口を開け、前のめりに倒れ込んだ。なにが起きたのかわからずに、ギルバートは混乱する。彼らの下から這い出て、おおきく息を吸い、顔を上げて、そうしてようやく、目の前に黒衣の青年が立っていたことに気づいた。
「ラグナ、さん……」
「余計な好奇心は持たないほうが身のためだよ」
 冷たい目でちらとこちらを見てから、ラグナはふたりの男に視線を落とした。屈強な肉体が、あっけなく溶けてなくなっていく。死んだのだ。けれど、どうして。
 そういえば、とギルバートは記憶を手繰り寄せる。思い出したのは、使徒の本部を去る直前のことだ。牢からラグナを連れ出して、戦っていたフィーゼたちと合流して――そうしてかつての仲間の何人かが、突然倒れた。なにが起こったのかわからなかったけれど、それでもラグナの仕業だということははっきりしている。倒れたうちのひとりの手から槍を奪い、使徒を威圧してみせた彼からは、牢にいたころの弱々しさが消えていた。
「僕らは試作段階の実験体で、それぞれ埋めようのない欠陥を持っている。この前そう説明したことも、もう忘れてしまったのかい」
 自嘲的に唇をゆがめて、ラグナがローブのフードをかぶる。顔を上げると、彼はまだ笑んでいた。まさか、と思う。頭のなかに浮かんできた考えを、一度捨てようとしたけれど、できなかった。
「ひとのいのちを吸い取って、自分のものにしているってことですか」
「ことばがいちいち不器用だな」
 ラグナはそう不愉快な顔をしたけれど、ギルバートにとっては、他にどう言いようもなかった。口にして、改めて、そんなことが起こり得るものだろうかと不安になる。
「僕は他人のいのちを喰らって生きている。そうしないと生きていけない。おまえたちが食事を摂らなければ死ぬのと同じだよ」
 突き放すように吐き捨てて、ラグナは、すっと目を上げた。汚れたローブを着こんだ人影がみっつ、路地をまっすぐにやってくる。アゼリアにフィーゼ、そしてティリスに違いない。
「価値がないと思うだろう」
「え?」
 唐突なラグナの問いかけに、ギルバートは、力なく立ち上がったまま、目を丸くした。
「べつに、人生に意味なんか求めていないよ。僕らはどうせ創られたんだから。それでも、だれかのいのちを奪ってまで生きているって、みじめで、吐き気がする。死んでやろうと思うときには、決まっておせっかいなだれかが邪魔をするからね。だから僕は、こうやって、自分よりも価値のないやつを探して、殺して、生きるしかない」
 胸が、ちくりと痛んだ。彼は、ついともう一度こちらを見て、つまらなそうに眉を寄せた。余計なことをしゃべったよ、となおさらふかくフードをかぶる。ギルバートは、かけることばを探した。なにか言わなければと思うのに、声のひとつも出てこない。
 そうこうしているうちに、アゼリアたちが、すぐそばまで来てしまった。ギルバートの様子を見て、フィーゼがラグナをにらむ。
「おまえ、ギルになにかしたのか」
「危害を加えるつもりなら、おまえたちが来る前に殺している」
「そうだろうな」アゼリアは、いつもの凛とした表情で、片手を腰に当てた。「この状況では仕方のないことだが、私たちは殺伐としすぎていないか? 行動を共にする仲間を、こうも疑うというのは、あまり褒められたことではないぞ」
「そうだけど……疑われるようなことするラグナも悪いよ」
 つぶやくティリスの表情は、すこしだけ寂しげに見えた。元々人懐こい彼女だ。ほんとうはラグナとも仲良くなりたいのだろう。
「間違いなく仲間かどうか、それがわからないから、腹の探り合いになるんだけどな。けど、アゼリアの言うように、そろそろ落ち着きたいのも事実だ」
 赤毛をかき混ぜ、フィーゼがギルバートのかたわらにやってくる。男たちが持っていた二本の棒を流し見て、それから落ちていた短剣を拾い上げ、手渡してくれた。怪我の具合を訊かれて、ようやくギルバートは、だいじょうぶ、と答えることができた。できるだけ目立たないよう、ゆっくりと、弱い力で、腕を癒していく。
「ラグナ」
 何度か静かに深呼吸して、ギルバートはおもてを上げた。冷ややかなまなざしに、一瞬ひるむ。痛みのとれた右腕をつよくにぎって、挑むように、それを受け止めた。
「助けてくれてありがとう。ラグナがいなかったら、僕はあのひとたちに殺されていたかもしれない」
「僕は単に、飢えを凌ごうとしただけだ」
「え? じゃあやっぱり、ラグナってひとりでごはん食べてたの?」
 ティリスが、ぱちぱちと瞬きする。すこしほほえんで、ギルバートはまたラグナと向かい合った。
「僕たちも、自分たちが生きていくために咎人を殺してきた。でも、この世界のことを知るまでは、咎人を同類だと思ったことはなかったし……冷たい言いかたをすれば、自分たちだけ逃げて、咎人を放置しておくこともできる。それでも僕たちは生きていける、と思う」
「なにが言いたいんだい」
「僕にもよくわからない」
 苦笑いを浮かべて、かすかに頭を下げる。
「ラグナの欠陥は、特別なようで、特別じゃないと思った。でも、なにかを奪わないと生きていけないって決まっていたら……僕たちと違って、殺すことから逃げられないとしたら、それはすごくいやだ、とも思った」
「理解なんて求めていないよ、気持ち悪いな」
 思い切り顔をしかめて、ラグナはそっぽを向いた。
 欠陥は、たぶん、どう足掻いても自分のものでしかない。だれかが肩代わりしてくれるわけでもない。ラグナの葛藤を、彼の口から聞いたって、その痛みをギルバートがもらい受けることはできない。だから、完璧に理解などできるはずがないのだろう。それぞれが、欠けた部分を抱え、寄り添い合って生きていくしかできないのだと思う。すくなくとも、今はまだ。
「欠陥のこと、ギルバートに話したのか」
 アゼリアが、腕組みをして問うた。見られただけだ、とラグナがぶっきらぼうに返す。フィーゼとティリスは、気にするように首を傾げていたけれど、詳しいことはなにも訊かなかった。
「教祖の……イザベルといったか? あいつのことばに踊らされるのは、もうやめにしよう。私には、このなかに監視者がいるとは思えない」
 断ち切るように、アゼリアは言う。身体の奥底で、ずっとこわばっていたなにかが、ようやくほどけたように思えた。久しぶりに明るいえくぼをつくって、ティリスがうなずく。
「そうだよね。ごめんラグナ。あたしずっと、ラグナのこと、ちょっとだけだけど疑ってたんだ。ギルとフィーゼのことはよく知ってるし、アゼリアも悪いひとって感じじゃないし、あたしは違うし……で、じゃあラグナなのかなって」
「邪魔にならなければ、疑われるのは構わない」
 ラグナは、ティリスではなく、ギルバートをにらみつけた。
「ただ僕は回りくどいことがきらいだ。もし僕が『神の手』についているのなら、その邪魔をしようとするおまえたちも、裁きの使徒も、全員すぐに殺している」
「言っておくが」口を挟んだのはフィーゼだ。「おまえさんを疑ってたのは、オレとティリスだ。ギルはちがう。アゼリアはまあ、興味があるようにも見えなかったけどな」
「興味はある。ラグナの焼く肉はうまい」
 アゼリアの場違いな発言に、ギルバートはつい笑った。苦い顔をして、ラグナが早足に歩きだす。ギルバートたちも、急いでそれを追った。
「この街で、おまえたちが笑っていられなくなるような情報をふたつ、手に入れた」
 暗い路地を進みながら、ラグナは平坦な声で言う。
「ひとつ。使徒が咎人の討伐を本格的に中止して、本部に続々と集結、武器や食糧を買い集めているらしい。近いうちに動くつもりだろう」
 彼のことばは、ギルバートたちから、ほんとうに笑みを奪った。ついに戦争がはじまる。止めなければ、と思う。
「まさか、ワイズさんたちは、『神の手』に直接攻め込む方法でも見つけたのか」
「ふたつ」
 フィーゼの問いに、ラグナはそう、嘲るようにかぶせた。
「各地の教会に派遣されていたソフィアナ教団の面々が、こちらも本拠地ソフィアに集まりつつある」
「それじゃあ、戦うのって……」
 か細い声で、ティリスがささやく。ギルバートは、両の手のひらを硬く握り込み、まっすぐに前を見据えた。
「行こう、みんなで」

メンテ

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