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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

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▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
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ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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千代に八千代に ( No.123 )
   
日時: 2012/04/07 16:34
名前: 白鳥 美李亞◆R8IcPdfslw ID:0XGMb2lw

「シェーラ」
 愛する妻の名を呼び、庭先に広がる桃色の世界の中を歩いていく。花の香りが鼻孔をくすぐり、新緑の大地を踏みしめる音と感触が、自分が生きているという実感を与える。妻と共に生き、将来を誓い合ってからいったい幾年が過ぎたのだろうか。二人の子供はすでに独立し、残された私達は、残りの余生を二人で静かに過ごそうと誓った。戦で私がいなかった時間を、不幸の倍の幸せでお前を幸せにしよう、心の中でそう誓って。
「あなた」
 妻の優しい笑みが、そこにあった。
「またこの季節が訪れましたね」
「あれからもう数十年と経つのか」
「いやだわ、あれからまだ六年しか経っていないじゃありませんか」
 そうか、と妻と共にくすりと笑う。六年。それは私が軍人として幕を下ろした時。それは私がこれ以上人を殺めないと天に誓った時。軍師として、軍隊の指揮を行うという事は、軍人としては栄えある事だとしても、人を殺め、数々の勲章や称号を授与されたとしても……妻と共に生きる、これ以上の幸せを味わったことはないだろう。長年連れ添ってきた妻にはたくさん苦労をかけた。そして苦しませてきた。これで妻と本当の幸せが送れる。そう思いながら私は妻の手を握った。生と死の隣り合わせの人生で、裕福とはいえない生活を支えてくれた妻の手は、あの若かった頃に見た手とは違い、すっかり老いてしまった。その手は、皮と、あとは薄く肉がついているだけのように見え、指は骨だけがしっかり残っていると錯覚してしまうほどほっそりとしていた。花びらが、ひしと重ね合った自分達の手に舞い降りる。
「この桜の木……」
「ん?」
「この桜の木の下で、あなたは私に契りを交わしてくださったわ」
 ああ、そうだなと、妻の言葉に頷く。この季節だった。妻と共に人生を歩もうと誓ったのは。あの時はまだ女性との交流が未熟で、女性が喜ぶようなものすら知らずに過ごしてきた私は、軍服に身を包み、手持ちのものがなかったから桜の木の枝を折って作ったブーケを両手に、妻に告白するという何とも周囲が呆れるような方法で意気揚々と妻の元に向かった。周囲が私を嘲りながら見ている中、何とその告白を妻は受け入れてしまったのだ。それには周囲よりも、私が驚いてしまった。まさか不器用な自分の告白が、妻に受け入れられてしまうなんて、夢にも思っていなかったからだ。それを不思議に思って数年経ったある日、私は妻に訊ねた。妻はこう答えた。「私は、不器用でも何とかしてそれをしっかり伝えようとする勇気をお持ちのあなたに惹かれたのですよ」、と。
 ああいう頃もあったのだなと、私は再び笑った。妻は昔とは変わらない笑みで私に微笑みかける。私は桜の木を見て、妻の名を呼ぶ。はらりとまた花びらが舞い、それが妻の白髪が混じった鳶色の髪に触れたとき、私は妻にこう話を持ちかけた。
「精霊様にお祈りでもしようか」
 やわらかな笑みを浮かべたまま、妻は答える。
「何をおっしゃいますか。精霊なんてこの世界に存在しないとおっしゃったのはあなたじゃないですか」
「この年になると、精霊の存在がだんだん自分の中では本当になってきてね」
 本当のところ、私はある事がきっかけで前から精霊の存在を信じていた。詳しく言えば、実際この目で見たのだ。

 あれは息子と娘がまだ年五つと満たない頃の事だった。そのときはまだ精霊の存在を信じていたわけではなかったのを思い出す。古来から精霊が住むとされる森に、三人で遊びに行って帰ろうとした矢先、息子が私の護身用の剣をいじって遊んでいたのを取り上げようとしたとき、息子が手を滑らせ、更に息子が足を滑らせたものだから剣と共に私にのしかかり、その勢いで剣が私の脇腹を貫いたのだ。脇腹を貫いたとはいえ、激痛ということには変わりなく、私は意識を失ってしまった。息子は私の元で泣きつき、娘にいたってはまだ片言ながら回復魔法を唱えている。薄れゆく意識の中で、私はそれだけを確認できた。どれくらい時が経ったのだろうか。意識が戻った時には日はとうに傾き、泣きついて私から離れなかった息子と、魔法を詠唱していたはずの娘は何事もなかったかのように眠っていた。よほど疲れたのだろうか、私はそう思い、娘の髪に手を触れ、貫かれた脇腹を見て思った。
 傷跡がない。
 娘の詠唱がうまくいったのだろうか。にしては綺麗に跡が消えている。本当に娘が唱えた魔法のおかげなのだろうか。そう思って辺りを見回したとき、私の脇腹に触れる感触がした。子供達の手かと思ったが、子供達の手にしては大きい。ふと振り替えると、そこには美しい妙齢の女性が座っていた。
 ――お気づきになられましたか。
 新緑の、艶やかな長い髪がとても似合う女性だったことを覚えている。白い肌をなぞるように髪が晒されていて、細い髪が、夕焼けの空に踊るようになびいていた。
 ――あなたは……?
 ――私はアリシア。この森に住むニンフという種類の精霊です。
 精霊、という言葉を疑ってかかったのは、私がまだ精霊の存在を信じていなかったからであろう。だが、精霊と言われれば納得がいく風貌であったのも確かである。人間とは思えない、妻がいつも身に纏っている、というより庶民が普段身につけている着衣よりも露出が多い服を身につけていたから、でもあろう。だが、それは他人から聞いた情報を元にした自分の思い込みであって、真実とはいえない。精霊は露出が多いものを好む、など友人は言っていたが、はたしてそれが定かなのかは、精霊しか知らないことであるから。
 ――この傷はあなたが治したのか?
 ――はい。そうでもしないとあなたが死んでしまうところだったので。
 その精霊はおっとりとした口調で話すが、信用しがたい感じはしなかった。だがそれ以前に、本当に精霊なのかと疑ってしまうのが先に表れていて、私は再度アリシアに訊ねた。
 ――あなたは本当に精霊なのか?
 ――はい。
 ――信じられないな。
 ――信じられないでしょう。
 ――精霊など本当にいるのか。
 ――精霊がいなければ、この世の万物は形をなすことはなく、幾年経っても無形のままでしょう。
 という会話をしたのを覚えている。アリシアは息子の頬を撫で、柔らかな口調で話していた。ふと顔を上げると、もうすでに暗闇が空を支配していた。息子と娘は静かに寝息をたてて眠っているが、早く戻らないと妻が心配しているだろう。早く帰らなければと、私が息子と娘を起こさないように静かに立ち上がると、アリシアはそれを制するようにして、私の服の袖口を握った。
 ――私がお送りします。どうぞそのままで。
 子供達も眠っているし、体も満足に動けないのでアリシアに頼んだ。星々が燦々と、時間が経つほど一層輝きを増す中、アリシアは静かに私を見て、こう言った。
 ――あなたは、ローザンブルク元帥ですね。
 あの時はその言葉を聞いて驚くしかなかった。
 ――なぜ私の名を知っている?
 だから私はそう訊ねたのだろうと思う。
 ――私はあなたのお子様の祈りで現れたのですから。
 アリシアが言った事はこうだ。精霊は強い祈りに反応し、祈った人間の元に現れるのだという。アリシアが反応した強い祈りの元を辿って見つけたのが、私の子供達なのだと。
 ――風の便りでも、ちゃんとあなたのことを伺っていますのよ。なんとその人は、人間には珍しい和解の道を探っているんですって。
 くすくすと笑い出すアリシアを見て、私は、はっとなった。あの時、自分が可笑しな道を歩んでいるのだなと思っていたのかもしれない。だが、アリシアのその一言は決して蔑みの意味を込めているように感じなかった。むしろ自分の気持ちを察してくれているような、そんな感じがしていた。だから、あの時正直な気持ちをアリシアに話すことが出来たのかもしれない。妻には今まで苦労ばかりをかけ、幸福と呼べる時間を与えることができなかった自分の愚かさと、内心を述べ、抱えていた気持ちが消え去った安堵感。あの時私は初めて、救済されたような感覚を味わうことが出来たのだろうと思った。気づいたら、私は何度もアリシアに礼を述べていたのだから。
 ――私は何もしていませんのに。さあ、準備ができましたわ……。

 不思議なことに、この場面までしか覚えていない。我ながら細々とよく覚えているなと思いながらも、半ばあれは嘘だったと、私の中で処理されていたようだ。処理されていたおかげで私は今に至るまで、ずっと忘れていたのだから。そして驚いたことに、息子と娘は事の成り行きを覚えていないと言うのだ。思い出そうとしても思い出せない、とも言う。結果的に、精霊を見たどころか私が傷を負った事すら、彼らは忘れていた。
 以上が、私が覚えている出来事の全てだ。全て、と呼ぶには、記憶の断片が全て揃っていないが、私はこれが嘘だと思えない。私は確かにあの時、この目で見て、そしてこの身で感じたのだから。もちろん精霊などいないと頑なに否定していたもので、周囲にはおろか妻には言っていない。
 あれから……もう時は過ぎた。残された短い時間で、私は妻に何をしてあげられるのだろうか。移り変わりゆく季節の中で、私は幾度も考えた。同じように変わりゆくこの桜の木の下で、何度も、何度も。
「ねえ、あなた、私……あなたと過ごせて幸せでした」
 そんな妻から出た言葉に私は驚いた。
「何故だ……? 私はお前に決して良いという時間と人生を与えることができなかったのに」
「だって、夫に全力を尽くせる時間と人生を与えてくださったのはあなたじゃないですか。高貴な身に生まれ、苦労をすることなく育った私に、あなたは民と同じように苦労をして過ごせる日々を与えてくれた。苦労せずに生きた私に、家族を営む役割を与えてくださったのも、あなたじゃないですか」
「しかし……」
「……私は幸せでした。夫に尽くせる喜び、家族に囲まれて私を必要としてくれた幸福を、例え別の男性と契りを交わしたとしても、それすら知らずに一生を終えるであろう私にあなたは全てを教えてくださった。だから……」
 一呼吸間を置いて妻は言った。
「だから、私はあなたと家族同然に過ごした桜の木になりたいのです。あなたが幸せなひとときを与えてくれた、その幸せと同じ時間を生きた、この桜の木のように、私は人々に幸せを刻む桜の木になりたいのです」
 そう言って、一本の桜の木に触れた。その木は、私達が結婚したあとに妻と共に植えた小さな苗木が成長したものだ。あれから見違えるほど大きく成長し、背丈はまだ他の桜の木と比べて小さいが、他の桜の木には劣らないような花を咲かせ、若さを強調するように枝をしげらせていた。
「シェーラ」
「はい」
「ならば、それを精霊様にお願いしよう。私達が幸せだったあの時を象徴するように、美しく凛とした花を咲かせよう」
 私には、迷いはなかった。妻と共に桜の木になろう。そして、同じ分の幸せを人々に与えよう。そう私は誓った。
「精霊様に、お願いするのですか?」
「ああ。私がいなかった時間の倍を、お前と共に生きよう」
 妻の目尻には、涙が浮かんでいた。短い時間を、こうして二人で静かに暮らすことができる。私はそれ以上の幸福を感じていた。今度は、妻を幸せにしよう。たとえこの身が滅びようとも、妻に全てを捧げよう。そして、妻の傍を片時も離れることなく、ずっと傍にいよう。目を閉じ、妻の手を握り、強く祈った。私達を桜の木にしてほしい、と。
 目を開けたその時、私は夢を見ているような錯覚にとらわれた。
「その願い、確かに承りました」
 ああ、あの時と変わらない姿。
「人々に永久の幸せを与え続ける、その役目をあなた方二人に託しましょう」
 ――アリシア。
 そこには、あの時と全く変わっていないアリシアがいた。
「ありがとうございます、精霊様」
 私はアリシアに恭しく言った。アリシアは私を見て、にっこりと微笑むと、その白い手で妻と私の手をとった。
「三日の時が経てば、あなた方はその役目を担います。それまで、あなた方のお好きなように時間をお過ごしになられるとよろしいでしょう」
「ありがとうございます、精霊様……」
 私と同じ言葉を繰り返し、妻は静かに涙をこぼした。

 私達は、息子と娘宛に、遺書に似た置き手紙を書いた。私達は桜の木になって見守っている。だが、離れていてもずっと二人を見守っている、だから安心して生活してほしい、と。そして残された二日間は妻と旅行へ行った。妻が行きたかった所へ行き、妻が食べたかった料理も食べた。そうして最後の一日は、家でのんびり過ごすことにした。庭先で紅茶をたしなみ、桜舞い散る世界の中で静かにその時を待っていた。
「静かですね」
 ティーカップの中の紅茶の波紋を見ながら妻が小さく呟いた。
「ああ」
 そして私は、妻が焼いた焼き菓子を口の中で、いつもより長い時間をかけて味わいながら答えた。
「あなた」
「ん?」
「一日というものは、とても長いのですね」
 本当に一日というのは長かった。こうして妻が淹れる紅茶を飲みながら焼き菓子を味わい、長年変わらずに桜の花を眺めているのに、今日という一日は、とても長く感じられた。あの桜の木の下で、私は妻と契りを交わした。あの桜の木の下で、妻と共に桜の花を眺めていた。あの桜の木の下で、私は妻に誓った。もう、私は妻に幸せを与えてもらった。今度は、私の番だ。私が妻に、そして人に幸せを与えよう。花は時に不幸を忘れ去らせる力がある。その美しさは、人々の心に残ってゆくだろう。花は幸せをもたらす。そう教えてくれたのは妻と、そしてアリシアだった。アリシアが最後に、私に話した事を思い出したのだ。
 ――花は美しきもの。人の心のように繊細で、儚きもの。そして同時に、善悪に染まりやすい人の心のように様々な色に染まっていくもの。花に赤く染まった水を与えていけば赤い花が咲きますし、青く染まった水を与えていけば青い花が咲きます。けれど、その美しさだけは決して失われることはありません。自然を失い、その中で花が咲いたとしても、美しい花を咲かせる。そんな命の輝きを、人々の心に留め、人々の心を幸せな気持ちにさせます。形を永久にとどめることが出来ずとも、その儚さの間に輝き続ける美しさはとどめることはできるのですから。桜の木だって同じこと。あの美しさは花から葉となり、蕾となり、そしてまた花となって幸せを届けるのですから……。
 その通りだな、と思う。私は幾度となく幸せを与えられた。この季節、我が家へ戻るといつも妻と桜の木に幸せを与えられて、私はいつも幸せな気持ちになっていた。妻との思い出の桜の木。幸せを運ぶ桜の木。雨風に挫けず、私達の傍で幸せを与え続けてくれた桜の木。言葉では表せられないが、そんな気持ちがたくさんつまっている桜の木と、傍に植えた、見間違えるほど大きく成長したあの時の苗木。小さくても、その姿は勇ましいものである。私達も、その傍で花を咲かせよう。そして、妻と添い遂げよう。静かに妻の顔を見た。妻も、静かに私の顔を見た。
「シェーラ」
「はい」
「愛してるよ」
 それは紛れもなく、本心だった。人として妻に言う、最後の告白だった。
「私もですよ、あなた」
 妻は小さく頷き、答えた。私達は立ち上がり、二人で植えた苗木を間に挟むようにして立った。暖かい春風が、私達を包む。それは私が幸せを実感した瞬間でもあった。
「あら……?」
 変化が訪れたのは、それから一時もしない時だった。妻の足元が褐色に染まっていき、次第にそれは木の根本となっていった。
「もう時間が来たんだね」
「ええ」
 妻が微笑んで答えた。これが妻の最後の笑顔かと思うと、どこか悲しく感じる。私は声の限りに、妻に言った。
「シェーラ! 私は桜の木となろうと、君を愛している! 私は人々だけじゃなく、今までそばで支えてくれた君にも幸せを届けよう!」
「私もあなたを愛しています! たとえ桜の木になったとしても、私はあなたを支え続けます!」
 妻の頬には、人として最後に流す涙が伝っていた。胴体が幹となり、胸が侵蝕されていくその時、私はほぼ同時に、向かいの愛する者に手を伸ばした。指が絡み合って枝となり、そして顔が蝕まれようとする瞬間、私と妻は同時に言った。
「これからも、よろしく」
「これからも、よろしくおねがいします」

「愛する者と運命を共に、か……」
 苗木の左右に寄り添うようにして立っている桜の木を見ながら、女は呟いた。
「それが人が形作った愛なのね」
 桜の花は頷くように風に揺れた。くすりと女は笑うと、腰掛けていた枝から立ち上がり、別の枝に移って、小さく呟いた。
「さようなら、永久に、そしてその誓いと愛を大切に幸せを運び続けてね」
 桜の木に背を向けると、ふわふわと桃色の世界を浮かびながら姿を消した。かつて人であった桜の木は、女を惜しむかのように枝をゆらゆらと揺らせた。

 その後、その桜の木は幸せを運ぶ木として、世界中に幸せを送り続けているという。
メンテ

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