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[4141] アベライル戦記
   
日時: 2012/11/18 19:17
名前: Κ ID:NSJyVpME

はじめて書きます。どうぞよろしくお願いします。

不慣れな者ですが、ひとつ厳しく批評していただき、感想などコメントいただければとてもうれしいです。



★登場人物の紹介★
第一章の登場人物の紹介>>105

★誤字、脱字などによる本文の訂正★
2012年3月22日、誤字を見つけたため訂正しました。(>>173

★お知らせ★
ここに書いていた第一章第一節を、第一章第二節(>>1)の前段に移動させました。

★コメントいただいたお客様の紹介★

鳩様        >>[4518]クリスタルと五人の勇者
紅子様       >>[4761]〜REN〜
祟られ神様     >>[4962]極炎浄土の陰陽医
komari様
秋山もみじ様
ぴなーつ様
あっぷるじゅーす様
チェシャ猫様
瞿麦 覇王花様
マギア様
星草様
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かしわ様
メンテ

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Re: アベライル戦記 ( No.306 )
   
日時: 2019/02/02 13:15
名前: Κ ID:iBTQwy5g

読んでいただき感謝です。相変わらず主人公不在ですが、楽しんでいただければ嬉しいです。お待たせしました。では続きを、どうぞ。



第六章 第六節一

木々の間を騎影が切れ目なく駆け抜ける。馬蹄の音が森の静けさを突き破り、道に姿を現していた鳥や小動物を追い払っていく。速脚で駆ける

騎馬の数はすでに百を超え、一群を成していた。騎手は鎧兜で身を固め、盾をかざし、先へと馬を駆けさせる。騎手の兵装をよく見れば、騎

手の一団がアルガタ帝国軍であることがわかる。軍の先頭が森林に入ったところで、将軍アンニは騎馬の間隔を狭めさせている。襲撃に備えて

騎兵は身を低くしていた。進軍の最中、一瞬早く気づいたアンニが声を上げる。

「敵襲だ、右側、防げ」

直後に飛矢が騎馬の上へと降りかかる。矢が突き刺さる音に、射撃を受けた兵士の悲鳴が重なる。アンニは抜き放った剣をすでに右へと大きく振るっていた。

「第一、第二大隊、右に転じる。第三大隊からは挟み込め。迎え撃て」

アルガタ帝国軍騎士が号令に合わせて馬首を回らし、騎馬の向きを変えていく。森林から鬨の声が上がり、騎馬の一群が低木の茂みから身を躍

らせた。剣先をアルガタ帝国軍に突きつけ、先頭の戦士が鞍上で吼える。反乱軍の指導者の一人、トマシュだった。

「アルガタ帝国に屈辱を」

仲間の戦士が続いて声を張り上げる。誰もが緑衣を身につけていた。

「アルガタ帝国に屈辱を」

雄叫びを上げて反乱軍の戦士が突撃する。アルガタ帝国軍は迅速に動いて右へと回り込む。しかし、反乱軍の馬脚が異常に速い。先頭のトマ

シュが剣を突き上げる。生じた激突音が喊声を圧した。絶叫が同時に起こる。反乱軍がアルガタ帝国軍の縦列に深々と突き刺さった。反乱軍は

最前列の得物を短槍で揃えていた。突撃による槍撃を側面に受け、アルガタ帝国軍は列の中ほどまで一気に突き崩される形となった。しかし直

前にアンニが声かけしたのもあって、敵軍の突破をかろうじて食い止めた。勢いを止められた反乱軍は襲撃の三方を塞がれ、逆に周りを囲まれ

た形となった。そこにアルガタ帝国軍第一大隊と第二大隊の一部が反乱軍の後ろから攻めにかかる。が、アルガタ帝国軍が反撃する前に悲鳴と

絶叫が生じた。アルガタ帝国軍騎兵の最前線が血飛沫を上げて倒れ込む。すぐさま縦列から前に躍り出たアンニが鋭く命じる。

「っ、仕掛け矢か。怯むな、盾を押し出して突撃だ」

「裏切り者アンニ、喰らうがいい」

アンニの声に体を捻り、トマシュが怒号とともに手にした短槍を投げつける。凄い勢いで飛び出た投槍はアルガタ帝国軍の騎影の間を貫き、ア

ンニを捉えた。悲鳴は聞こえてこなかったが、アンニの姿が沈むように馬群に消えた。アルガタ帝国軍の怒号と反乱軍の鬨の声が生じたのは同

じだった。反乱軍の戦士の一人が振り返って叫ぶ。出てきた言葉はドーフェイ王国語だった。

「何してる、トマシュ。このまま抜けるぞ、引き揚げだ」

「ああ、突破だ。全員、身を低くして森の奥に駆け抜けろ。全速力だ」

トマシュが応え、反乱軍が強引に前進する。敵軍騎馬の馬腹から先ほど撃ち出された仕掛け矢の存在に怖気づいたアルガタ帝国軍騎兵が、無意

識のうちに後退する。その間を見逃さずに反乱軍がさらに流れ込む。得物を縦横無尽に振り回す反乱軍に、アルガタ帝国軍騎兵は突撃できずに

屠られていく。再び駆けだした反乱軍の勢いが止まらない。アルガタ帝国軍は縦列への反乱軍の横撃を食い止めることができず、道から森林への突破を許してしまった。

「森に駆け込め、抜けるぞ」

トマシュが手綱を握りしめ、先頭に向かって叫ぶ。仲間の戦士が得物を上げて応えるはずだった。しかし、耳に返ってきたのは悲鳴と絶叫だっ

た。虚空を切り裂き、飛び出した矢が先頭の戦士に鋭く突き刺さっていた。先ほど自分たちが行った攻撃をそのまま仕返しされたような形に

なった。目指す先の森の中、並んだ騎馬の群れが突如暗がりから姿を現した。異様な気配を感じたトマシュが後ろから声を張り上げる。

「散れ、新手の敵だ、全員散れ。散開だ」

「討ち取れ。一騎も逃がすな」

馬群中央の戦士が発した硬質な一声で、騎馬がいっせいに躍り出る。気を扱えるトマシュは後ろを振り返り、迫る敵軍に先に剣風を撃ち放っ

た。追撃するアルガタ帝国軍騎兵と反乱軍の先頭から悲鳴が上がる。姿勢を戻したトマシュは勘でとっさに盾をかざした。衝突音と衝撃がトマ

シュの腕を突き抜ける。撃ち放たれた気塊が盾にぶつかり弾けていた。耳をつんざく音は、剣戟の音よりも悲鳴の方が大きい。周りで血飛沫が上がっている。

「やはり、貴様が指揮官だな」

中央にいた戦士が細剣を振りかざし、トマシュの目前へと一気に迫っていた。仲間はすでに新手の敵戦士から突撃を受け、交戦状態に入ってい

る。仲間に襲いかかった新手の敵戦士は、アルガタ帝国軍の兵装をしていなかった。構え直した盾に鋭く重い刺突が連続で加えられる。トマ

シュは急に上体が沈み込むのを感じた。鐙を踏みつけ、かろうじて落馬を堪える。刺突を連撃した戦士が冷たく硬いアルガタ帝国語を発した。間近に見る戦士の容姿にトマシュは驚き、目を見張る。

「ここは、我らの森、侵入者には死を」

「まさか、まさか、樹木の民、どうしてこんなところまで」

戦士の放つ剣撃がトマシュの言葉を遮る。トマシュは力任せに剣を撃ち上げ、敵戦士の剣撃をどうにか凌いだ。喊声とともにアルガタ帝国軍が後ろから押し寄せてくる。

「森の中の新手も敵だ。どちらも援軍ではない、迎え撃て」

反乱軍の異変に気づいたアルガタ帝国軍騎士による号令が森の中に響き渡る。トマシュは襲いくる剣撃を盾で受けながら舌打ちした。いまに

なって樹木の民が動くとは考えもしなかったからだ。この森よりも北に入ったところに樹木の民が姿を見せることは昔から知られていた。しか

し、ドーフェイ王国がアルガタ帝国に侵略されたときも樹木の民は沈黙を守り、草地に住まう人々の争いに関わろうとはしなかった。それが、

アルガタ帝国軍が自国内を行軍するだけのときになって動くとは。仲間の戦士も樹木の民の戦士に攻め込まれて防戦一方のようだ。無理もな

い。樹木の民は誰もがしなやかで強靭な肉体をもっている。戦士ともなればその強さはなおさらだった。一人一人が屈強な戦士であることは間

違いない。トマシュは焦りを覚えていた。奇襲による一撃離脱のはずが、このままだと各個撃破されてしまう。

「怯むな、仲間たち。ここに集まれ、いますぐ反転して突破だ。裏切り者アンニは討ち取った。アンニ将軍は討ち取った。このまま左に突破して撤退する。続け」

反乱軍戦士ユライの声が剣戟の音の中でよく通った。反乱軍の殿にいたユライは、すでに騎馬を転じて目の前のアルガタ帝国軍を蹴散らしにかかっている。

「続け、続け、蹴散らせ」

ユライが剣を突き上げた。ユライの後に続く反乱軍から鬨の声が上がる。鬨の声に思わず反応したトマシュは、放たれた鋭い一突きで鞍から

大きく突き飛ばされた。背中から落馬して動けないトマシュの耳に、聞いたことのない言葉が響く。トマシュを突き飛ばした樹木の民の戦士が

声高に命じていた。仲間の敵戦士が歌声のような喊声を上げて応える。首だけ動かしたトマシュが、目にした『恐怖』に凍りつく。森の奥から、樹木の民の騎兵が新たに姿を現していた。

「我らの森に、侵入者の血を注げ」

「…侵入者の血を注げ」

細剣の剣先が無数に連なり、木漏れ日の中で光り輝く。トマシュは必死に上半身をよじり、絶叫した。

「逃げろ、仲間たち。新手の敵は樹木の民だ、逃げろ、逃げろおお」

馬蹄の響きと大喊声が、反乱軍だけでなくアルガタ帝国軍にも襲いかかった。トマシュの姿は騎馬の群れの中に埋もれた。最前線の仲間が上

げる絶叫に戸惑う反乱軍を前に、いち早く防御を固めるアルガタ帝国軍。しかし、アルガタ帝国軍の中ほどから大音声が上がる。声は剣戟の

音も悲鳴も圧して森の中に響き渡った。御者台に立って声を張り上げたのは『アルガタの悪魔』だった。

「全軍に命じる。守りを固め、敵を全滅せよ。前進」

マギの一声にアルガタ帝国軍騎兵が揃って得物を突き上げて応じる。マギの言葉にユライが首を回らせた。ユライは抑えきれぬ気を放つも、手綱を引いて一声吼える。

「我が仲間よ。左に抜ける。続け」

「奴こそアルガタ帝国軍の総大将、奴こそマギだ、討ち取れ、討ち取れ」

ユライの声に重なる樹木の民の戦士の声、トマシュを突きで落馬させた樹木の民の戦士長ミュゼイネが歌うように高らかに命じる。勢いづいた

樹木の民の騎兵が、突撃の言葉を唱和しながら敵軍に突っ込んでいく。怒号と悲鳴、剣戟の音が入り乱れる中、戦場を離れる方向に馬首を向け

た反乱軍に、並走に近い形でアルガタ帝国軍の一部隊が前面へと回り込む。部隊を率いる先頭の騎士は、誰あろうアンニ将軍その人だった。

「聞け、アルガタ帝国軍将軍アンニだ、アンニならここにいる。アンニは生きている。この首級が欲しければかかってくるがいい。だが、命が惜しいなら、退け、退くのだ」

アンニの吼え声に、反乱軍から絶叫に近い怒号が上がる。ユライは驚きに開いた口がふさがらない。トマシュの投槍を受けたアンニが馬群に沈

むのを確かに見届けていたからだ。ユライの制止の声は間に合わなかった。激高した反乱軍の戦士がアンニに向かって殺到する。アンニは騎馬を棹立たせ、身に受けたはずの短槍を突き上げていた。

「全騎突撃」

アンニが得物を鋭く振り下ろす。号令一下、横から喊声とともにアルガタ帝国軍騎兵が跳びだした。激突音を響かせて、アルガタ帝国軍騎兵が

反乱軍を粉砕する。アンニが騎馬を躍らせる。短槍の穂先が光を放ち、反乱軍戦士の頭上に降り注ぐ。絶叫と血飛沫を後に残し、アンニが反乱

軍の中を突き進む。ユライが横合いから突撃の勢いで騎馬を進め、アンニの前進を阻んだ。ユライは名乗り上げたりせずにそのまま剣撃を放

つ。しかしアンニは動じない。上体を逸らして腕を振るい、石突でユライの剣を受け止める。衝撃に気が弾け、剣が砕け散った。アンニが返す

腕でユライの上半身を撃ち払う。ユライは胸に激しい熱さと痛みを感じ、呻きを漏らした。血が迸るのを見上げながら、ユライは落馬して

いった。アンニはさらに反乱軍の中に騎馬を割り込ませる。群がる反乱軍戦士を短槍の一振りで撃ち払う。アンニが再び猛々しく吼えた。

「もう一度だ。退け、反乱軍戦士よ。退け、退くがいい。武器を捨てよ。捨てるのだ。アルガタ帝国軍全兵に告ぐ。逃げる者に構うな。刃向かう者は容赦なく撃て。壁をつくり攻撃せよ」

アンニの怒号に、二つの敵軍に向かっていたアルガタ帝国軍騎兵が盾をかざし、騎馬の脚並みを揃えにかかる。トマシュが樹木の民の戦士に

よって倒れ、いままたユライがアンニ将軍によって倒された。指揮する者を失った反乱軍が混乱に陥る中、樹木の民の軍は戦士長ミュゼイネの

指揮の下、早々と進行方向を右へと転じ、『アルガタの悪魔』目がけてアルガタ帝国軍に突撃を繰り返していた。しかしアルガタ帝国軍は堅い

守りを崩すことなく応戦し、前線に孔をつくらせない。アルガタ帝国軍騎兵は盾を前面に押し出すことで、敵軍戦士の得物である細剣の刺突を防ぐ。ミュゼイネが眉をひそめて振り返り、声を張り上げる。

「勇戦隊、前に。壁に風穴を開けよ」

声に応えて躍り出た戦士の一隊は黒装束に身を包んでいた。手にした得物は細剣ではなく幅広の長剣。樹木の民の戦士が道を開ける中、勇戦隊

の騎馬が前線へと駆け込んでいく。御者台に立ったまま前線を見ていたマギが大音声で命じる。

「黒色の部隊が来る。突撃に備えよ。守りを厚くして、迎え撃て」

馬車横に並走していたアルガタ帝国軍騎士が、手にした角笛を吹き鳴らす。駆け込んできた黒色の戦士と前線の騎士が激突した。耳障りな金属

音とともにアルガタ帝国軍の盾が弾け飛ぶ。細剣の刺突とは違った重く強力な攻撃に、アルガタ帝国軍騎士は抗しきれずに後退した。黒色の戦

士は舞踏のように上体を回らせ、凄まじい速さと重さの長剣をアルガタ帝国軍に叩きつける。樹木の民の戦士の不気味な唱和を、周りの衝撃音

と怒号、絶叫がかき消していく。マギは綻びはじめた前線の『壁』に向かって一喝した。

「怯むな、突出した黒色の部隊を抑え込め。慌てずに攻撃だ」

「私が仕留めに行きましょう」

マギが乗る馬車とともに進んでいたアルガタ帝国軍騎士の一騎が進み出る。マギの前に姿を見せたのは部隊長の一人、マハルだった。

「敵は樹木の民の中でも選ばれた者たちです。手強いですよ」

「御意。第六大隊、出るぞ」

部隊長マハルは振り返りもせずに馬腹を蹴りつけた。アルガタ帝国軍第六大隊の騎士が怒号を上げてマハルに続く。反乱軍とは反対側からアル

ガタ帝国軍の縦列を激しく突き破り、樹木の民の軍はそのまま傷口を切
り開いていた。いまや樹木の民の軍の攻勢を前に、アルガタ帝国軍は盾

の壁をつくるも後退を余儀なくされていた。退いていく前線と入れ違いに第六大隊が敵軍勇戦隊に突撃する。悲鳴と絶叫が生じた。樹木の民の

軍から血飛沫が上がる。マハルが騎馬を跳躍させ、最前線に着地する。剣を振り上げマハルが吼える。

「黒衣の敵は少ない。叩き潰せ」

マハルが敵軍勇戦隊の戦士に剣撃を放つ。黒衣の戦士はマハルの攻撃を難なく剣で受け止めた、はずだった。

「なっ、うぐ」

呻きを残し、黒衣の戦士が弾き飛ばされた。猛るマハルの剣勢が止まらない。一騎だけでなく二人目の黒衣の戦士にも襲いかかる。黒衣の戦士

は気合とともに剣を撃ち合わせた。瞬間、黒衣の戦士の気が弾けた。耳障りな金属音と衝撃音が重なる。マハルの剣速は黒衣の戦士を凌駕して

いた。数合と撃ち合えず二人目の戦士は落馬した。悲鳴と血飛沫が上がる。マハルの戦いぶりに奮い立った第六大隊の騎士が鬨の声を上げた。

「敵は強い、しかし我らも強い」

マハルが三人目の戦士に斬りかかる。第六大隊の騎士が我勝ちに黒衣の戦士に挑んでいく。それまでの戦いぶりからも、武量は黒衣の戦士の方

が明らかに大きかったが、アルガタ帝国軍騎士は怯んだりしなかった。アルガタ帝国軍騎士は武量の差を数で補っていた。黒衣の戦士を第六大

隊の騎士が両側から挟撃する。黒衣の戦士が振るう剣撃を一人が防ぎ、もう一人がその隙に攻撃する。第六大隊の騎士による息つく暇もない攻

防の連続に、黒衣の戦士の猛攻が抑え込まれた。アルガタ帝国軍の前線が踏み止まり、動く防壁となって前へと進みだす。反乱軍を迎え撃った

前線側からはアンニが、中ほどからはマギが、同時に声を張り上げて命じた。

「突撃」

マハルが三人目を刃にかけるのとミュゼイネが横を駆け抜けるのが同時だった。気づいたマハルが剣風を撃ち込むも、ミュゼイネが盾で難なく

弾く。ミュゼイネはアルガタ帝国軍第六大隊が通った道を一直線にマギへと向かっていた。行く手を阻む敵軍騎士を容赦なく突き崩すミュゼイネ。駆け抜けた後で絶叫と血飛沫が生じる。マハルが吼え声を上げる。

「宰相閣下を守れ」

「遅い」

ミュゼイネが騎馬を躍らせたとき、マギは御者の騎士の腰から剣を抜き放っていた。着地の勢いとともにミュゼイネが細剣を鋭く突き込んだ。

火花が走り、甲高い音が響く。マギがミュゼイネの剣を断ち切っていた。驚愕するミュゼイネに向かってマギが剣を撃ち込んだ。ミュゼイネ

がとっさに盾をかざす。重低音が響き、マギの剣が盾ごとミュゼイネを押し退ける。マギの鋭い撃ち込みにアルガタ帝国軍から喊声が起こっ

た。マギの三撃目は再びミュゼイネの盾に防がれた。ミュゼイネは空いた手で鞍に下げた予備の剣を抜き放つ。

「アルガタの悪魔、剣を使うとは聞いていない」

「使えないと言った覚えもないですね」

言い返すマギに、ミュゼイネが盾を押し上げると同時に剣を閃かせる。剣気が暴風となって吹き荒れた。悲鳴と衝撃音が切れ切れに響く。三方

から討ち取ろうと迫っていたアルガタ帝国軍騎士の剣を、ミュゼイネの剣撃が悉く弾き飛ばしていた。一瞬で周囲の敵軍騎士を騎馬ごと弾き飛

ばしたミュゼイネは、態勢を立て直すべく手綱を引いて馬首を回らせる。御者台に立ったままのマギが鋭く命じる。

「逃がすな」

殺到するアルガタ帝国軍騎士よりも早く、ミュゼイネは騎馬を駆けさせていた。一度斬り開いた道を戻るミュゼイネに、アルガタ帝国軍が迫

る。ミュゼイネの気が荒ぶり、殺気が迸った。あまりの放気に気圧されて一瞬動きが止まった敵軍騎士を、ミュゼイネが一撃のもとに屠っていく。上がる怒号と血柱に、樹木の民の軍が鬨の声で応える。
メンテ
Re: アベライル戦記 ( No.307 )
   
日時: 2019/03/03 20:10
名前: Κ ID:LdzZLaM.

今回も主人公がいません、Κです。つらつらと書いていますが、読んでくださっている皆さんに感謝です。遅筆な作者に呆れつつも、拙作をゆ

るく楽しんでいただければ幸いです。お待たせしました。では続きを、どうぞ。



第六章 第六節二

「態勢を立て直す。撤退だ」

ミュゼイネの歌うような響きの号令を受け、樹木の民の戦士が目の前の敵軍騎士に向かっていっせいに気を放った。気で強められた刺突が敵軍

の前線を激しく撃ち貫く。悲鳴と絶叫が上がり、アルガタ帝国軍の前線が一瞬動きを止める。アルガタ帝国軍騎士が気づいたときには遅かっ

た。すでに樹木の民の軍は向きを変えて速脚で騎馬を駆けさせている。追撃すべく怒号を上げて動きだしたアルガタ帝国軍騎士の耳に、マギの声が達した。

「整列だ、整列せよ。樹木の民を深追いするな。樹木の民と戦っている部隊は整列せよ。刃向かう反乱の輩を先に生け捕る」

反乱軍と戦っている部隊を除いたアルガタ帝国軍が慌ただしく隊列を整えていく中、突出した第六大隊だけが樹木の民の軍に食らいつく。先頭を駆けるマハルが放った一撃で敵軍戦士が落馬する。

「逃がさんぞ、樹木の民」

マハルの声に黒衣の戦士が振り返る。すかさず殿の一騎が手綱を引いて馬首を返した。落馬した戦士を隊列に戻し、一騎はそのまま自軍から離

れた。敵軍戦士は盾を持っていなかった。手にしている得物は細剣でも幅広の長剣でもない、刀だ。突撃態勢のマハルに向かって頭上から振り下ろす。

「な、に…」

己の勘に頼ってとっさに騎馬を躍らせるマハル。騎馬がいたところ、振り下ろされた刀の刀筋に当たる地面が切り裂かれ、草地に溝ができてい

た。衝撃音が耳を打ち、マハルが騎馬ごと弾き飛ばされる。刀を振り払い、敵軍戦士が悠然と騎馬を寄せてきた。続いていた第六大隊がマハルの後ろで馬脚を止める。

「我が相手になる。まとめてかかってくるがいい」

敵軍戦士の口から挑発的なアルガタ帝国語が響いた。マハルが素早く手を振り第六大隊の動きを制する。

「一騎打ちだ。動くな」

「マハル隊長、我らは敵軍を追います」

首を振り、マハルが声を苛立たせる。

「戦いを見届けろ。樹木の民の戦士の戦いぶりを」

言い終えるやマハルは敵軍戦士に向かって突撃した。上体を屈ませた敵軍戦士は刀を持った腕を後ろに引き、空いた手を前へと突き出した。刀

の切先を平に寝かせる。雄叫びとともに剣を振り上げていたマハルは、とっさに身をのけ反らせて盾をかざした。瞬間、激突音が間近に起こっ

た。撃ち込まれた刀風が盾を弾き、粉砕していた。マハルは受けた衝撃を逃すべく、鐙から足を外していた。マハルの体が後ろへと弾け飛ぶ。

宙返りするマハルの視界に、鞍から跳び下りる敵軍戦士の姿が入った。数回の回転でも勢いを殺せず、マハルは着地とともに受け身をとり、そ

のまま横へと転がった。着地場所を影が過る。烈風となった気がマハルの横顔に当たった。突っ込んできていた敵軍戦士が地面を蹴り、向きを

転じる。立ち上がったマハルは直感で剣を振るう。放気で生じた剣風を、刀を立てて敵軍戦士が切り裂く。剣を振るったマハルはすでに横に

跳んでいる。腰を低くし、敵軍戦士は刀を鞘に戻した。気が凝縮するのをマハルは感じた。動きを止めず、マハルが第六大隊に向かって絶叫する。

「防げ」

直後、空気が震えた。敵軍戦士が見えない速さで抜刀していた。生じた刀風が空気を切り裂き第六大隊に襲いかかる。絶叫と血飛沫が上がっ

た。盾を構えた者は弾け飛び、防げなかった者は騎馬とともに血飛沫を上げた。マハルは衝撃波となった刀風を寸前でかわし、敵軍戦士の前へと踏み込んでいる。

「おまえの相手は私だ」

怒気を露わにしたマハルの連撃を、敵軍戦士は刀で難なく弾き返す。マハルは気合とともに剣を撃ちつける。受け止めた敵軍戦士を膂力でその

まま弾き飛ばした。敵軍戦士は刀を胸元に引きつけ、軽やかに受け身をとり、勢いのまま後方へと回転する。剣を引いたマハルは駆け込んで距

離を詰めていた。マハルの追撃を起き上がった敵軍戦士は体捌きでかわす。わずかに届かない剣刃を、マハルは踏み込みを鋭くすることで届か

せた。数合の撃ち合いの末、息を切らした両者は互いに押し合いながらいったん距離を置いた。先に呼吸を整えたのは敵軍戦士だった。踊るよ

うな足運びで駆け寄り、体を回転させながら剣撃を放つ。辛うじて直撃をかわし、マハルは剣の平を使って襲いくる刀風を受け止める。襲いか

かる衝撃にマハルの鎧が見る間に疵だらけになっていく。刀を振り回し、間合いに入ろうと踏み込んでくる敵軍戦士に対し、跳び退って距離

を置くマハル。防戦一方の中でようやく息を整えたマハルは気を注ぎ、迫る刃に合わせて剣を撃ち下ろす。マハルの動きを読んだ敵軍戦士は体

を沈みこませ、片膝ついて刀を振り上げた。空気が震え、激突音が響く。生じた衝撃波が周囲を吹き飛ばした。二人は撃ち合った体勢のまま固まっている。

「…我が名はウイーゾ。貴様の名は」

「私は、マハル、だ」

両者の体からいっぺんに血が吹き出した。マハルの体が先に傾いだ。崩れ落ちたマハルをウイーゾが受け止める。

「マハル、敵ながら見事な戦いぶり。再戦を期す」

ウイーゾは片手でマハルを横たわらせてから立ち上がった。わずかな距離を置いて敵軍第六大隊の騎士が控えていた。騎士の一人が進み出る。

「仲間のもとへ行くがいい、樹木の民の刀使い。我ら第六大隊、隊長の命により貴様に手出しはしない。だが、…二度は無いと思え」

ウイーゾは第六大隊から怒気が上がるのを感じ取っていた。ウイーゾは流れる動作で刀を納めると、すぐさま騎馬に跳び乗った。ウイーゾは振

り返ることなく友軍に向かって駆け去った。第六大隊の騎士がいっせいにマハルの側に駆け寄る。アルガタ帝国軍は撤退する樹木の民の軍を追

うことなく、整列を終えていた。馬車の御者台に立ったままのマギが声を張り上げる。

「左側は樹木の民の攻撃に警戒せよ。これより刃向かったままの反乱の輩を掃討し、森林を抜ける。アンニ将軍と第一、第二大隊のもとに続け」

マギの声にアルガタ帝国軍は得物を突き上げて応える。アンニと第一、第二大隊は刃向かう敵軍と交戦中だった。だが、指揮する者を倒され、

反乱軍は混乱したままだった。もはや集団のまとまりはなく、個々に動きだし散らばっていた。かたやアルガタ帝国軍騎兵はアンニの指揮のも

と小隊規模でまとまって動き、刃向かう反乱軍戦士を迎え撃っていく。戦いはすでに掃討戦の様相をみせていた。アンニが振り返って命じる。

「全軍、反乱軍を包囲せよ。これより逃げることなく残った者を生け捕る」

アンニの声かけでアルガタ帝国軍騎兵が駆けだした。馬車と護衛の部隊が動かずにいる。マギが御者台から降り立ち、外から客室の扉を開けた。中から待ち構えたように穴人オドが跳び出してくる。

「どこだ、敵はどこにおる」

オドは着地とともに周囲を見渡した。手には金槌を持っていた。マギは騎馬が進む先を指で示してみせた。

「敵は逃げていきました」

「何だと。樹木の民どもはどうした。馬車の中まで聞こえていたぞ。奴らが敵を前にして引き下がるなんぞ、そんなことがあるのか」

オドは信じられないとばかりにマギに食ってかかった。マギは肩をすくめてみせる。

「予定が少しずれましたが、このまま森を抜けて国境へ向かいます。襲撃されることはないと思います。さあ、乗ってください」

鼻を鳴らしてオドは客室に乗り込む。御者を務める騎士がマギに声かける。

「宰相閣下もお乗りください」

マギは扉を閉めて答える。

「ちょっと、待っていてください。第六大隊のところに行きます」

マギは歩いて第六大隊へと向かう。横たわったマハルを下馬して囲んでいた第六大隊の騎士が、やってきたマギに気がつき直立不動となる。マギは手を振ってみせた。

「マハル隊長、意識はありますか」

「いま、隊長は負傷して気を失っています」

第六大隊の騎士の一人が答える。マギは膝をつき、マハルの鎧に手を置いた。

「急いで隊長を医療部隊のもとへ運びなさい。彼を死なせてはいけない、絶対です」

マギの声に第六大隊は即答し、マハルを担ぎ上げた。第六大隊を動かしたマギのもと、入れ違いでアンニが近づいてきた。縄で縛りあげた敵軍戦士二人を、部下である四人の騎士が連れてきている。

「宰相閣下、反乱軍の指揮官二人を捕まえて連れてきました」

「アンニ将軍、この二人と面識はありますか」

トマシュとユライの顔を見てマギが問いかける。アンニは即答した。

「はい。二人ともドーフェイ王国軍の元兵士です」

トマシュがマギに近づこうとするのを、アルガタ帝国軍騎士が縄を手繰って止める。トマシュはマギをにらみつけ、殺気立っていた。マギは顔色一つ変えず、アルガタ帝国語で尋ねた。

「目的は何ですか、二人とも」

トマシュとユライは口元を歪め、顔を背ける。マギは問いを重ねることなくアンニに話しかけた。

「捕虜にした者たちは通常の扱いで集めておいてください。連行します。いまはリドバン王国との交渉が先です。負傷者の手当てが済み次第、進軍を再開します」

マギはアンニの表情を確かめてから馬車へと歩きだした。反乱軍戦士の二人を部下に任せ、アンニが後に続く。

「アンニ将軍は、この辺りの樹木の民の戦士をご存じですか」

マギは振り返りもせずに尋ねる。アンニはマギの横に並んだ。

「この森林付近に樹木の民が姿を見せるのは聞き知っていました。ですが、戦士を見たことはいままでありません。樹木の民と戦うことがなかったものですから」

「では、あの黒衣の戦士の部隊はやはり知らなかったと」
確認を求めるマギにアンニは返答する。

「はい。あのように精強な部隊までいるとは知りませんでした」

「ということは、どうやら本物ということになりますね。これは面倒なことになってきました。先を急ぎましょう」

マギはアンニにそう言い残し、馬車の客室へと乗り込んだ。アンニは御者の兵士に声かけしてから騎馬へと戻っていく。掃討戦も終わりを迎えようとしていた。

メンテ
Re: アベライル戦記 ( No.308 )
   
日時: 2019/04/07 21:59
名前: Κ ID:lfiipDCI

拙作に目を留めていただき感謝です。遅筆にもかかわらずお付き合いくださっている読者様には大変感謝です。いつもありがとうございます。

お待たせしました。では続きを、どうぞ。



第六章 第七節一

グラントブ帝国軍第十軍三個大隊(百騎)は、騎馬の蹄に布を当て、轡をとって物音をできるだけ立てずにエルバイツ橋へと近づいた。目的の

場所を前に、トルガウは加勢した第二・第三大隊の帝国軍騎士に敵軍の様子を伝えていた。

「突撃のときは必ず盾を構えろ。敵軍兵士の中に一人、強弓の射手がいる。フェルセド仟長に矢傷を負わせたほどの腕前で、橋詰手前の茂みに

まで的確に射ることができる。近づけば盾を貫通させるだろう」

帝国軍騎士はトルガウの言葉に顔を頷かせた。凄腕の射手であるフェルセドが負傷したのを皆が目の当たりにしていたからだ。横を歩くゴウラドがトルガウに尋ねる。

「手筈通り、そろそろ分かれるとしようか。敵軍陣営は橋に向かってどちら側だ」

「左側だ」

ゴウラドは足の向きを変え、トルガウから離れて進みだした。進軍方向を変えたゴウラドを、第二大隊が後を追いかける。

「側面攻撃は第二大隊が引き受けた。第一・第三大隊で正面から突撃しろ。合撃の時機は合わせる」

言い捨てて攻め場所に向かうゴウラド。ウーダイがトルガウに顔を向けて頷いてみせる。

「先陣を任せる。ウーダイは斜面登り道から攻め込んでくれ。敵陣が第三大隊に向かう動きを見せてからこちらも正面切って突撃する。狙撃兵

が始めに狙うのは指揮官であるウーダイ、おまえだ。奴はどこからでも射かけてくる。気をつけろ」

ウーダイは片手を上げて応え、トルガウの前へと出た。第三大隊が分かれて先へと進んでいく。木々の茂みの手前、第三大隊の背を見送り、トルガウは手を上げて足を止めた。第一大隊が整列する。

「全員疲労困憊だな。だが、日が落ちる前に何としても決着をつけたい。伶長、仟長の仇討でもある。例の強弓はわかっているな。突撃のときの体勢には十二分に気をつけろ。突撃用意」

トルガウの一声で帝国軍騎士は速やかに騎乗した。トルガウはすでに鞍上で抜剣している。先に進んでいた第三大隊の姿はもう見えなくなって

いた。前方から急激な気の高まりを感じ、トルガウが顔を向ける。直後、吼え声にも似た雄叫びが起こった。

「始まったか。第一大隊、出るぞ」

トルガウが騎馬を茂みへと突っ込ませる。第一大隊が鬨の声を上げて続いた。視界を遮る木々の茂みの中、トルガウは一直線に橋を目指して騎

馬を駆けさせる。衝突音が重く響き、続く雄叫びと怒号に剣戟の音が加わっていく。すでに戦端は開かれていた。虚空に広がる圧迫感にトルガウは顔をしかめる。

「盾を上げろ。低くなれ」

トルガウの怒鳴り声が一瞬早かった。重なる枝葉の茂みを貫いて、一本の矢が飛び出してきた。低姿勢となった第一大隊騎兵の上を、猛烈な勢いで飛矢が突き抜ける。

「怯むな、盾を前に。茂みを抜いて突撃する」

トルガウのかけ声に第一大隊騎兵は雄叫びで応える。蹄音を轟かせて第一大隊が茂みを駆ける中、枝葉が騒ぐ音と矢が飛び出してくるのがほぼ

同時だった。衝突音と呻きが一瞬生じる。呻いたのは先頭を駆けるトルガウだった。トルガウは盾を使って迫る矢を逸らすのに精一杯だった。

襲いかかった第二矢は、トルガウの盾を貫き半壊させた。矢は幸い別方向に弾け飛び、後続に当たることはなかったが、トルガウの背筋を寒く

するには十分だった。トルガウは頭を下げて奥歯を噛みしめる。茂みの端が間近に迫っていた。

「行くぞ、突撃」

グラントブ帝国軍第一大隊は茂みを抜け、敵軍陣地の正面へと出撃した。正面から敵軍の鬨の声が響く。ラタイデン王国軍副将軍ヒューイが弓箭兵を従えて前方で待ち構えていた。

「撃て」

弓弦が弾け、矢が放たれた。飛矢が空を切る中を、盾を構えたままグラントブ帝国軍第一大隊は突撃した。悲鳴と怒号と蹄音とがない交ぜにな

る。突撃するグラントブ帝国軍騎兵の馬脚は驚くほど速く、ラタイデン王国軍の第二射が間に合わない。弓箭兵の前にラタイデン王国軍騎兵が

駆け込んできていた。剣を振り上げたトルガウが怒号を上げる。

「蹴散らせ」

激突音が響く。グラントブ帝国軍騎兵が守りを固めた敵軍騎兵を勢いで突き破った。血飛沫と怒号に悲鳴が続く。押し戻そうと殺到する敵軍騎

兵をトルガウが一振りで弾き飛ばす。が、トルガウが急に手綱を引いた。そのまま騎馬を棹立たせる。直後、目の前の地面が衝撃音とともに

爆ぜた。矢が地面に深く突き刺さっていた。しかしトルガウは強弓の射手を探すことができなかった。間を置かずに敵軍騎兵が四方から斬りか

かってきていた。トルガウが怒気とともに剣撃を放つ。周囲の敵軍騎兵が一撃のもとに落馬した。首を回らせるトルガウ。第一大隊は行く手を遮られたものの、まだ勢いは止められていない。

「脚を止めるな。敵陣を潰せ」

「返り討ちにしてくれる」

トルガウの言葉にラタイデン王国語でヒューイが応える。ヒューイが剣を振り上げ、騎馬を跳躍させてトルガウの前に現れていた。衝撃音を響

かせて、トルガウの盾が弾け飛んだ。上体をのけ反らせたトルガウの前に、ヒューイの剣撃が迫る。身を捩ったトルガウが無理矢理剣を突き込

んだ。火花が散り、金属音が耳をつんざく。剣を弾かれたヒューイの上体が傾いだ。トルガウが続けて連撃を放つが、ヒューイが瞬時に盾を上

げて防ぎ切る。数合の撃ち合いの後、両者の騎馬の位置が入れ替わったところで、二人は視線を交わした。互いに相手が強者であることを認め

たところで、背後から怒号と悲鳴が生じた。何が起きたかを確かめる暇は互いに与えなかった。射放たれた矢のような勢いで突撃し、互いに必

殺の一撃を叩きつける。二人の剣が咬み合い、火花と剣風をいくつも生じさせる。トルガウの撃ち下ろしに盾を押し上げて受けるヒューイ。崩

しかけた体勢を戻し、勢いそのままにヒューイは突き返す。盾を持ち上げ刺突を逸らすトルガウ。互いに相手の剣圧に押し切られそうになるの

を堪える。相手の連撃をかわし切り、トルガウは呼気を吐きだした。防具を見れば明らかだった。疲労と焦りが動きを鈍くしている。剣を構え

直し、トルガウは己の慢心に舌打ちした。ヒューイは突き放った姿勢から剣を面前へと戻し、間を保ちつつ呼吸を調える。ヒューイは姿勢を正し、敬礼した。

「我が名はヒューイ。ラタイデン王国軍副将軍だ」

「グラントブ帝国軍部隊長トルガウだ」

返礼するトルガウ。互いに乱れた呼吸を正し、剣気を込めながら機をうかがう。先に動いたのはヒューイ、一息遅れて剣を振り上げたのはトル

ガウだった。両者ほぼ同時に騎馬を駆けさせ再び激突した。


雄叫びとともに斜面の登り道に突如姿を見せたグラントブ帝国軍第三大隊に、ラタイデン王国軍は即応してみせた。ラタイデン王国軍はマルケ

サスが一部隊を率いてすでに待ち構えていたからだ。マルケサスが剣を横に振るう。

「防げ」

ラタイデン王国軍騎兵が盾を構え、迎え撃つ隊形を迅速に整える。敵軍の動きを見下ろしながら、ウーダイは剣を振り下ろし、第三大隊を突撃

させた。盾を前にかざし、第三大隊騎兵が速脚で斜面を駆け下る。

「頭を下げよ」

先頭を駆けていたウーダイが慌てて声を張り上げる。帝国軍騎士は鞍上で身を屈めた。思わず悲鳴を上げる帝国軍騎士。間一髪、第三大隊の頭

上を一本の飛矢が凄まじい勢いで切り裂いていく。ウーダイは前方に顔を向け、目を見張る。橋が、橋が無かった。エルバイツ橋がすでに落ち

ていた。しかし、考える間もなく迫る風切り音に、ウーダイはすかさず剣を閃かせる。恐ろしい速さで第二矢が撃ち込まれてきていた。甲高い

金属音が響く。ウーダイには飛矢が見えていなかった。勘だけで体を動かし、かろうじて飛矢を弾いたにすぎない。だが、矢の威力に剣を持つ

手が痺れ、上体がのけ反った。背筋に冷たいものが走るのを自覚しつつ、体勢を戻したウーダイが吼える。

「体を前に、盾構え。全騎最速、突撃」

雄叫びを上げ、第三大隊騎兵が加速する。迎撃態勢の敵軍騎兵に怒涛の勢いで突撃した。重く響く衝撃音の後に血飛沫が上がった。一時に起

こった怒号が剣戟の音をかき消す。第三大隊はラタイデン王国軍騎兵がつくった前線の壁を一撃のもとに撃ち砕いた。後ろからも蹄音が轟き、

喊声が上がっていた。突撃の勢いそのままに、ウーダイの周りを固めた第三大隊騎兵が、敵軍指揮官へと迫る道を強引に切り開いていく。立ち

向かってくる敵軍騎兵を一撃のもとに弾いていく。開けた道にウーダイが騎馬を進ませた。肌を刺す異様な気配に振り向いたマルケサスが盾を

かざす。ウーダイは騎馬を跳躍させていた。騎馬の着地とウーダイが剣を撃ち下ろすのは同時だった。マルケサスが思わず呻き、盾ごと押し潰

されそうになるのをどうにか堪える。ウーダイがすぐさま馬首を返して追撃の剣を振るう。体勢を戻し、マルケサスは剣を撃ち上げた。耳をつ

んざく金属音が立て続けに起こる。剣を弾いた後にマルケサスが撃ち下ろすのを、ウーダイが身を捩って突き返す。刺突を剣で捌いたマルケサ

スが返す動きで斬りかかる。とっさに盾をぶつけるウーダイ。剣を引くマルケサスにウーダイが剣撃を放つ。剣を鋭く撃ちつけるマルケサス。

撃ち合いの激しさに火花と剣風が生じ、四散する。二騎は円を描くように動きながら、撃ち合いを続けた。指揮官同士の一騎打ちに乱入する者

はおらず、二騎を遠巻きにしたまま手近な敵軍騎兵に向かって攻撃していた。両軍ともに指揮官からの明確な指示のないまま、突撃から乱戦状

態に入っていた。グラントブ帝国軍は什長(十騎の長)が張り上げる声のもと、小隊(十騎)ごとにまとまって動き、一息動きの遅れた敵軍の

戦列を撃破していく。各小隊は敵軍内を自在に動き、橋詰と敵軍陣地目がけて駆け出していた。敵軍指揮官と十数合に渡って撃ち合う中、周りが視野に入ったマルケサスが吼える。

「何をしている。慌てるな。敵軍を包囲、叩き潰せ」

マルケサスの一喝にラタイデン王国軍が息を吹き返す。数で優るラタイデン王国軍騎兵が敵軍騎兵に殺到する。激しい剣戟の音に怒号が重な

り、喊声が上がる。甲高い金属音が響き、血飛沫が宙に舞う。グラントブ帝国軍は小隊(十騎)ごとに小円を形作り、旋回しながら周囲の敵軍

を蹴散らしていく。ラタイデン王国軍騎兵は敵軍騎兵を取り囲み、戦列に厚みを増して攻撃するが、敵軍の旋回をとどめることができない。

「一気に押し込まんか、」

「貴様こそ、何してる」

苛立ち怒鳴るマルケサスに、構わずウーダイが剣を叩きつける。間一髪で剣を差し込んだマルケサスは剣撃を受け止めきれずにのけ反った。騎

馬ごと敵軍指揮官を弾き飛ばすウーダイ。背中から落馬したマルケサスは、受け身を取れずに短く呻いた。予期せぬ指揮官の落馬に、ラタイデ

ン王国軍から怒号が上がった。騎馬を寄せたウーダイは強烈な剣撃を放つ。跳ね起きたマルケサスは膝をつき、奥歯を噛みしめて盾に隠れる。

衝撃音が頭上で鳴り響く。繰り出される重い連撃にマルケサスの体が沈み、剣風が周りを吹き飛ばす。苛烈な斬撃にマルケサスは堪らず顔を歪

めた。気を込めるべく、ウーダイが剣を大きく振り上げる。瞬間、盾から姿を晒したマルケサスが決死の勢いで踏み込み、剣を撃ち込む。空気

が割れて、気が爆ぜた。撃ち合いの衝撃に両者の体が吹き飛んだ。手綱を放したウーダイの体が鞍上から宙を飛ぶ。激突に驚いた騎馬が激しく

嘶き横転する。マルケサスは背中を丸めて地面を後転し、衝撃を殺した。マルケサスが地面を蹴って起き上がる。ウーダイは落馬の衝撃を殺

せずに地面を転がり続けていた。先に立ったマルケサスが無理矢理息を整えて剣を地面に叩きつける。生じた剣風が地面を切り裂きウーダイを

撃つ。胸甲に裂傷ができる。襲いかかった衝撃にウーダイの体が跳ね上がった。マルケサスが雄叫びを上げて剣撃を叩きつける。立ち上がりか

けたウーダイが吹きつける剣風を防げずに悲鳴を上げた。周りで戦っていた第三大隊騎兵が、ウーダイを鼓舞するように喊声を上げていっせい

に突撃していく。マルケサスは迷わず駆けだした。ウーダイが再び立ち上がりだしている。駆けながらマルケサスは剣を一度引く。背後ではラ

タイデン王国軍騎兵の包囲を第三大隊騎兵が突破していた。戦列を整えて駆ける第三大隊騎兵の怒涛の勢いに抗しきれず、ラタイデン王国軍騎

兵から悲鳴が上がる。戦況の不利を見て取ったマルケサスはウーダイに向かって鋭く斬りかかった。ウーダイは倒れ込むように身を沈ませる。

ウーダイの動きが速い。マルケサスの剣筋の懐に踏み込んだ。吼え声上げてマルケサスが剣を撃ち下ろす。耳をつんざく衝撃音に絶叫が響く。

ウーダイが剣を撃ち上げ、マルケサスの体が宙に舞った。遅れて全身から血が迸る。マルケサスは血反吐を吐いて落下した。落ちたところ目が

けてウーダイが剣を撃ちつける。受け身を取れなかったマルケサスは衝撃に呻き、体を丸めてそのまま地面を転がった。ウーダイは同じ轍を踏

むことなく、連撃を放ちながら追っていく。無数の剣風を受けて傷だらけになりながらも、マルケサスは逃げ回るのを止めなかった。ウーダイ

が駆け寄り、間合いを一気に縮める。呼吸を調えてようやく立ち上がったマルケサスに強烈な剣撃が迫る。重く響く激突音。マルケサスがかざ

した盾を一撃で撃ち払い、ウーダイは剣を斬り返す。返しの刃に弾かれた盾が間に合わず、マルケサスが剣を撃ち合わせる。マルケサスの口か

ら悲鳴が上がる。腕だけでなく体ごとマルケサスは弾かれた。ウーダイの追撃が鎧に疵をつける。マルケサスは剣と盾を使って致命傷を受けな

いように身を防ぐが、防具の疵は増える一方だった。ウーダイが痺れを切らし、雄叫びとともに気を爆発させる。マルケサスは衝撃を逃がすこ

とができず、三度後方へと吹き飛んだ。間髪入れず跳躍するウーダイ。風を切る轟音と絶叫が生じた。激突音を響かせてウーダイの体が地面を

跳ねた。噴き出た血飛沫が弧を描く。ウーダイの左肩に矢が突き刺さっていた。

メンテ
Re: アベライル戦記 ( No.309 )
   
日時: 2019/06/01 09:38
名前: Κ ID:v.ZQ6eTI

あまりの遅筆に断筆しようかと考えることもしばしば、…Κです。拙作を長く読んでいただいている皆様に感謝です。はじめての方も、楽しんでいただければうれしいです。

長らく、本当に長らくお待たせしました。では続きを、どうぞ。



第六章 第七節二

マルケサスの相手に矢を射放ったゲイトルードは、新たに起こった鬨の声に視線を転じる。峡谷を背にしたラタイデン王国軍の野営地はすでに

二方向から敵軍の攻撃を受けていた。そこに別の敵軍部隊が姿を現した。敵軍部隊は空いていたラタイデン王国軍の右側面へと突撃する。悲

鳴が激突音をかき消した。新手の敵軍部隊が側面からラタイデン王国軍を一気に食い破る。ゲイトルードは混乱する友軍に遮られて矢を番える

ことができない。側面を突かれた友軍の戦列は、盾を構えることもできずに敵軍騎兵の怒涛の突撃によって決壊した。一挙に流れ込んだ敵軍騎

兵がラタイデン王国軍の野営地を蹂躙する。耳をつんざく剣戟の音と怒号、噴き上がる血飛沫を前に、ゲイトルードは恐怖のあまり立ち竦んで

いた。敵軍部隊は小隊規模でまとまりながら散開し、友軍の右側から後背にかけてを遊撃していく。ラタイデン王国軍はヒューイ副将軍が敵軍

指揮官との一騎打ちに挑んだため、全体を指揮する者がいない状況だった。友軍は戦列を調えて、敵軍の攻撃に真正面から迎え撃っていたが、全体が急な動きの変化についていけずにいた。

「第一大隊を援護しろ。深追いは無用、一撃離脱を繰り返せ」

グラントブ帝国軍第二大隊を率いるゴウラドは、各小隊を遊撃隊として攻め込ませ、自身は真ん中で強弓の射手を探していた。吼えたゴウラド

の目が一点で止まる。敵陣の天幕前、容姿に似合わない長弓を持った女性兵士が明らかに怯えた様子で立っている。

「各隊、突き崩せ」

命じるやゴウラドは単騎、天幕へと駆ける。迫る騎影にゲイトルードが気づいたときには遅かった。ゴウラドが素早く剣の平をゲイトルードに

撃ちつけた。受けた衝撃にゲイトルードの体が弾け飛んだ。地面を転がったゲイトルードは、悲鳴を上げる間もなく気絶した。

「まさか、あの強弓が、このように若い…娘だったとは」

駆け寄って下馬したゴウラドは、手早くゲイトルードを縛り上げると、近くの天幕の一つに放り込んだ。そのまま騎乗したゴウラドは天幕を背に独白する。

「我らが勝ち、生き残れたら、また道も開けるだろう」

第二大隊がラタイデン王国軍本隊を遊撃する中、ゴウラドは雄叫びを上げて敵軍へと向かっていく。敵軍指揮官とトルガウが一騎打ちをしてい

る場に急行した。両者の戦いはまだ続いていた。ゴウラドは首を回らし瞬時に戦況を見るや大音声を上げる。

「第三大隊、敵陣を突破して第二大隊と合流。そのまま敵軍本隊を後背から強襲しろ。第一大隊と挟撃する。突撃だ」

ゴウラドの吼え声は戦場に響き渡った。各大隊が鬨の声を上げて応える。ゴウラドはいま一度戦場をにらみつける。第三大隊が攻撃している

敵軍部隊の威勢が上がっているように見えた。第三大隊の中にウーダイの姿が見つからない。一方、トルガウが指揮できない状況の中、第一大

隊はよく持ち堪えている。ゴウラドは手綱を引き、騎馬を棹立たせる。ゴウラドは剣を高く突き上げた。

「聞け、ラタイデン王国軍。我が名はゴウラド、グラントブ帝国軍のゴウラドだ。おまえたちの頼みの射手、強弓の射手なら我が倒した。我を

倒したくば弓矢ではなく剣で挑んでくるがいい。第一大隊、攻め上がれ。これより敵陣を潰す」

第一大隊が喊声を上げる。敵軍左翼部隊を突き破った第三大隊が、敵軍本隊の後背へと回り込んできた。敵軍本隊を右側面から攻撃した第二大

隊が、遊撃を繰り返しながら前進し、第三大隊と合流する。声を聞きつけ群がった敵軍騎士を撃ち払い、ゴウラドが大音声を上げる。

「全軍突撃」

得物を突き上げ、グラントブ帝国軍がいっせいに猛進する。衝突音が立て続けに起こり、怒号が悲鳴、絶叫へと変わっていく。第三大隊を追っ

た敵軍左翼部隊は本隊の援護に回ろうとするが、第一大隊の突撃を受けて本隊の側へと敗走する。一箇所に押し込まれた形になった敵軍を、グ

ラントブ帝国軍は容赦なく挟撃する。ラタイデン王国軍左翼部隊を率いていたマルケサスが剣を突き上げ、号令を下す。

「ラタイデン王国軍、全軍密集隊形をとれ。盾を構え、防げ」

マルケサスの声が戦場に響き渡った。全体の指揮官が戻ったラタイデン王国軍はいっせいに盾を持ち上げる。ラタイデン王国軍の盾が密に集まりだした。

「集めるな、分断しろ」

ゴウラドの吼え声にグラントブ帝国軍が追撃を加速する。しかし、ラタイデン王国軍が防御陣をつくるほうがわずかに速かった。激突音と怒号

に剣戟の音が重なるも、両軍の大きな動きが止まってしまう。包囲する側も攻め手を欠き、戦線は一進一退となった。その横で、いまだ一騎打

ちが続いている。トルガウ、ヒューイ、ともに徒歩で剣撃を放っていた。十数回の突撃の末、両者の騎馬はすでに息が上がっていた。騎馬の

突撃による決着を見ることができず、互いに下馬しての撃ち合いとなっていた。二人とも盾を手放し、兜を脱ぎ捨てている。鎧はすでに疵だらけだった。ヒューイの撃ち下ろしにトルガウは片膝をつく。

「攻めろゴウラド、俺に構わずラタイデン王国軍を叩け」

吼えるトルガウの言葉をヒューイの連撃が阻む。両者にとっての誤算は相手の力量を見誤ったことだった。二人とも短期決戦を期しての一騎打

ちだったが、戦いを長引かせる結果となっていた。トルガウが口元を歪める。一度ついた膝を元に戻せない。ヒューイの容赦ない剣撃を前に、トルガウの体が沈み込んでいく。

「トルガウ佰長の足を引っ張るな。全軍突撃、敵軍を押し潰せ」

トルガウを奮い立たせるべく大音声を上げるゴウラド。グラントブ帝国軍が得物を突き上げ打ち鳴らす。ひと際大きな喊声に背中を押されたト

ルガウが、ヒューイの剣撃を撃ち上げた。両軍からは激突音と絶叫が生じ、汗と血が飛び散る。グラントブ帝国軍が敵軍の防御を突き崩そうと

攻勢をかけたときだった。空にひびが入ったような凄まじい鳴き声が剣戟の音をかき消した。あまりの大音量に両軍兵士の動きが凍りつく。騎

馬が嘶き暴れだした。言うことを聞かず、騎手を振り落としにかかる。背筋を寒くさせるような一陣の風が戦場に吹きつけ、空が翳った。見上

げた両軍兵士が悲鳴を上げる。峡谷から巨大な鳥が羽ばたこうとしていた。目を疑うその巨躯は家屋よりもはるかに大きい。巨大な鳥の一声に

空気が震え、打ちつける衝撃に兵士は堪えきれず耳を塞ぐ。恐怖のあまり誰かが絶叫する。

「怪鳥だ、あれは怪鳥だ、く、喰われる。助けて」

恐怖が瞬く間に両軍兵士を吞み込んだ。ラタイデン王国軍兵士がその場から我勝ちに逃げようと、目の前のグラントブ帝国軍へと突っ込んでい

く。同様に、混乱著しいグラントブ帝国軍も敵軍の突撃と真正面から衝突するだけで、攻撃の機会を見失っていた。暴風が戦場全体に吹き荒れ

る。誰もが突風に吹き飛ばされそうになるのを懸命に堪えた。羽ばたいた怪鳥が空へと一気に舞い上がる。見下ろす怪鳥の一声に邪魔されて、

マルケサスの怒声もラタイデン王国軍の逃走を止めることができない。剣を振り上げたままだったトルガウに、騎馬を近づけていたゴウラドが大音声で呼びかける。

「トルガウ、トルガウ、一騎打ちは中断だ、敵軍と戦っている場合じゃない。このままでは餌にされて全滅だ。指揮を頼む。俺はあの化け物鳥をどうにかする」

トルガウが答えるよりも先に、戦場全体に悲鳴と嘶きが生じた。両軍兵士が吹き飛ばされないように必死に身構える。頭上に空気の塊が落ちて

きた。羽ばたいた怪鳥が両軍の上に降り立とうとしている。影におおわれた両軍兵士が逃げ惑い、混乱状態となった。トルガウ同様に動きの固

まっていたヒューイは、敵軍指揮官であるトルガウとゴウラドをすぐさま見比べる。ゴウラドは手綱を引き、馬首を返した。

「頼んだぞ、トルガウ」

駆けだしたゴウラドの背にトルガウが言葉を投げかける。

「どうにかって、どうする気だ」

「どうにかだ。それより速やかな退避と援護を頼む。あるだけの投槍と弓矢を化け物鳥に撃ち込んでくれ。目を狙うんだ」

振り返らずにゴウラドは怒鳴り返した。化け物鳥の脚が急速に迫ってくる。周りを見渡しトルガウは大音声で命じる。

「グラントブ帝国軍、撤退だ。全軍下がれ。来るぞ、逃げろ」

「ラタイデン王国軍、逃げろ、逃げるんだ」

近くでヒューイが友軍に対して怒鳴った。トルガウとゴウラドのやり取りを横でただ聞いていただけではなかった。ヒューイは動けなくなった騎馬へと向かって駆けだす。

「弓箭隊、化け物鳥に向かって撃て、撃て」

駆けながら声を張り上げるヒューイ。悲鳴、絶叫が地響きに呑まれる。衝撃が両軍兵士の足元を崩し、翼撃が体を吹き飛ばす。化け物鳥が戦場

へと降り立った。化け物鳥の影の中、両軍兵士のほとんどが立っていられずに倒れ伏す。

「駆けろ、散開だ。小隊ごとに体勢を立て直し、投槍、弓矢を撃ち込め、撃て」

とっさに剣を突き立て、転倒を堪えたヒューイが吼える。脇を凄まじい剣風が吹き抜けた。気の籠った剣風は、そのまま前方の化け物鳥の脚に

直撃する。化け物鳥が耳をつんざく鳴き声を上げた。剣を構えたまま、後ろから近づいてきたトルガウが声を張り上げ話しかける。化け物鳥が首を回らし、嘴をこちらへと向けようとしていた。


「休戦だ。このままだと両軍ともに全滅する。あの化け物鳥を狩るのに協力しろ。見返りに全員無事に帰国させる、どうだ」

「わかった。我らはどのように動けばいい」

トルガウは化け物鳥の目をにらみつけたまま即答した。横に並び、ヒューイが言い放つ。

「軍を分けて四方八方から奴に攻撃し、奴の注意を散らしてくれ。こちらから化け物鳥の狩人を奴の至近距離に送り込む。時間を稼ぐんだ」

「全軍に告ぐ。グラントブ帝国軍と休戦する。一度下がれ。小隊に分かれ、あの化け物鳥を攻撃しろ。一撃離脱を繰り返し、奴の注意を散らすのだ。マルケサス、全体を一度下がらせろ」

トルガウに大きく頷いてみせてから、ヒューイは怒号とともに先に駆けだした。ヒューイの方へと顔を近づける化け物鳥に向かって、トルガウ

は渾身の一撃を撃ち放った。生じた剣風が化け物鳥の顔を直撃する。化け物鳥がけたたましく鳴いた。その間にも両軍兵士が小隊ごとに下がっていこうとする。

「全軍下がれ。ラタイデン王国軍と休戦した。一度下がってから攻め直す。馬は置いて走れ。化け物鳥の動きに注意しろ、走れ。ウーダイ、ウーダイはどこだ」

化け物鳥に剣風を撃ち込みつつトルガウが吼える。両軍兵士は翼撃と脚踏みにさらされながらも遊撃を繰り返していた。ヒューイとマルケサス

がラタイデン王国軍を分けて、化け物鳥の脚を攻撃させている。

「遅くなってすまない、敵軍指揮官との戦いでこの様だ」

トルガウの前に出てきたのは左肩に矢傷を負ったウーダイだった。トルガウは半身血塗れの姿に一瞬目を大きくするが、構わず話しかける。

「時間が無い。奴が空へ逃げる前に狩りたい。全軍の指揮を頼む」

「ゴウラドはすでに向かってるのか」

背を向けて走り出したトルガウにウーダイが声かける。振り返ってトルガウが答える。

「先に向かった。後を頼む」

ウーダイは答える代りに剣を振り上げる。生じた剣風が翼の一部を撃ち払う。化け物鳥が鳴き声を上げて駆けだそうとする。駆けだしを阻止す

るべく、両軍の小隊が脚元を間断なく攻撃する。化け物鳥が嘴を鳴らし、兵士をついばもうと首をもたげる。マルケサスの号令で投槍と弓矢

が化け物鳥の顔と翼に撃ち込まれる。両軍の遊撃は致命傷を与えてはいないが、化け物鳥を苛立たせ、駆けださせないように飛び立たせないよ

うにしていた。鳴き声が空気を震撼させる。吹き飛ばされないように両軍兵士が地面に剣を突き立てて堪える。ヒューイが化け物鳥の脚元へと

跳び込んだ。マルケサスが嘴を狙って気を撃ち放つ。化け物鳥が嫌がる素振りをみせたところで、ヒューイが雄叫びとともに強烈な剣撃を脚に

放った。化け物鳥の脚から血飛沫が上がった。化け物鳥の悲鳴が耳をつんざく。傾いできた頭にウーダイが全力で剣気を撃ち込んだ。衝撃が嘴

を弾く。化け物鳥が巨体を揺らす。後を引く悲鳴。化け物鳥の背を人影が走る。人影は足を止めずに化け物鳥の後頭部に剣撃を放つ。衝撃に化

け物鳥が頭を下げた。両軍兵士が退避しながら斬りかかる。

「こっちだ、まだ終わっていないぞ」

化け物鳥の背を駆け上がり、その肩口にゴウラドが立っていた。振り上げた剣をゴウラドが一閃させる。化け物鳥の翼の付け根の部分から血が

噴き上がった。空気が割れる。生じた絶叫に多くの兵士が耳を押さえて倒れ込んだ。羽ばたきと脚踏みを繰り返し、暴れ狂う化け物鳥に、動け

るわずかな兵士が攻撃を続ける。駆けるヒューイが脚を撃ち続け、正面に立つマルケサスが首下から撃ち上げる。ゴウラドは背から振り落とさ

れないように跳び上がり、翼に強烈な剣撃を放っていく。血塗れの化け物鳥は鳴き続け、狂ったように体を回転させる。両軍兵士が作りあげた

囲みの外側を、トルガウは一人の兵士を連れて回り込んでいた。振り返ったトルガウは拙いラタイデン王国語を使って怒鳴る。

「いまいる弓、使う中で、貴様、一番だ。奴を狩れる、できるか」

凄みのある怒声に顔を引きつらせるも、ゲイトルードは大きく頷いた。人間ならいざ知らず、鳥獣が獲物であるならば、狩人として狩らないわ

けにはいかなかった。例えその獲物がどれほど大きかろうともだ。激しい物音に意識を取り戻し、体に痛みを感じながらも天幕から外に出て、

体が固まった。戦場が一変したことに驚嘆し、身震いした。近づいてきた敵軍兵士に恐怖したが、片言のラタイデン王国語で両軍が休戦したこ

と、巨大な鳥を狩ろうとしていることを告げられ、言われるがままに後をついてきた。トルガウは化け物鳥の全体を狙えるところまでゲイト

ルードを連れてきていた。立ち止まったゲイトルードがすかさず箙から鏑矢を抜き取った。トルガウが目を見張る中、ゲイトルードは流れる動

作で矢を番え、天に向かって射放った。突如空を切り裂いて響く音に、両軍兵士の動きが止まり、化け物鳥が一瞬身を固める。化け物鳥が天を

仰ぐよりもゲイトルードの第二射の方が速かった。化け物鳥につられて見上げた兵士が目を眩ませる。化け物鳥を見ていた誰もが、轟音ととも

に雷電が化け物鳥の眉間に落ちたように感じていた。太陽の中心から撃ちだされた飛矢が、化け物鳥の頭へと吸い込まれるように突き刺さる。

化け物鳥の口から絶叫が迸った。響く絶叫に誰もが動きを止める中、ゲイトルードは第三射を射放っていた。ゲイトルードは気を扱う修練を積

んだ武人ではなかった。しかし、狩人として得物を狙うとき、自然に矢に気を込めることができるようになっていた。いま、気の籠った第三の

矢が虚空を貫いて化け物鳥の胸部へと飛んでいく。飛矢は過たずに化け物鳥の胸の中心に突き刺さった。絶叫と暴風が襲いかかる中、トルガウ

は確かに弓弦の音を耳にした。揺らぎもせずに立つゲイトルードが第四、第五の矢を続けて撃ち込んでいた。これまでにない絶叫を上げて化

け物鳥が伸び上がり、両翼を大きく広げた。脚先から嘴まで、激しく痙攣させたかと思うと、脚元から崩れ落ちる。両軍兵士が下敷きにならな

いように一目散に逃げだした。化け物鳥が地響きを上げて倒れ伏した。両軍兵士が化け物鳥の巨体を遠巻きにしている。誰もが息を殺し、横た

わった化け物鳥を凝視した。奇妙な静けさの中、ヒューイ、マルケサス、ウーダイ、ゴウラドの四人が周りの兵士を押し退けて前へと進み出

る。無言のまま集まった四人は互いの顔を見やってから、化け物鳥の頭部に目を向ける。静けさを破り、ゴウラドが声を出した。

「やっと片付いたようだが、で、止めはどうやったんだ。トルガウは、」

「私は見ていない。止めを刺したのは我らグラントブ帝国軍ではない。おそらく…」

ゴウラドに答え、ウーダイがそのままヒューイへと顔を向ける。

「おそらく、我が方の弓箭兵士の矢が…」

答えかけたヒューイが口をつぐんだ。兵士たちが道を空け、向こうからトルガウとゲイトルードが歩いてくる。ゲイトルードの顔に気遅れした様子は見られない。

「ヒューイ副将軍様、あの巨大なハイタカは仕留めました。それで、」

ゲイトルードはヒューイを見上げて報せた。後からきたトルガウがゲイトルードの言葉を遮って話しかける。

「この戦の一番の武勲は、誰あろうこの弓箭兵士だ。この者の強弓が無ければ、あの化け物鳥は倒れていないだろう」

トルガウはそのまま腰を落とした。ウーダイ、ゴウラドが続いて膝を折り、ヒューイとマルケサスも座り込んだ。指揮官の動きを目の当たりに

したゲイトルード、他の兵士たちも慌ててその場に腰を落とす。車座に座った両軍の指揮官の顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

「それで、どうする、…再び戦うのか」

ウーダイの挑発にヒューイが首を振る。

「こちらとしては、そちらの、トルガウ将軍の申し出を受ける。橋を落とされたいま、我が部隊は貴国にあって孤立無援、物資や兵站の維持も

ままならない。このまま貴国に包囲戦を仕掛けられればどのみち敗戦は免れない。ならば被害が少ないうちに休戦する方が我らにとって上策だ」

ヒューイはぎこちないグラントブ帝国語で答えた。隣のマルケサスが一瞬目を見開くが、口を挟むことはなかった。ウーダイとゴウラドは黙ってトルガウに目を向ける。

「奴の餌食になる前に、ヒューイ将軍に休戦を持ちかけた。条件は戦いを止め、奴を合同で狩ること、見返りは全員無傷の帰国だ」

立ち上がりかけたウーダイとゴウラドは再び腰を落とした。二人揃ってゲイトルードに目を向ける。

「確かに。あの強弓に我らは救われた」

「あのとき仕留めていなければ、化け物鳥に多くの者が喰われていたことだろう」

二人が自分のことを話していることに気づき、ゲイトルードは首をすぼめた。ゴウラドがヒューイに向き直る。

「こちらから申し出たことだ、約束は守る。橋の再建にはおそらく時間がかかるだろう。安全に渡河できる場所を確保できるまで、ここで野営

してもらいたい。糧食に不足があれば、ここまで送り届けよう。だが、野営中は武器を預からせてもらう。野営地の周りには我らが立つ。これでいいか、トルガウ」

「ラタイデン王国軍がその条件でよければ構わない。どうだ、ヒューイ将軍」

トルガウに尋ねられてヒューイは即応する。

「配慮に感謝する。ところであの化け物鳥は、」

「あれは化け物ではなくてハイタカです。大きさは…もの凄く大きいですけど」

ゲイトルードがヒューイの言葉に意見を挟む。マルケサスが驚きの声を上げた。

「あれが、ハイタカだと。ハイタカ…」

マルケサスは呆れて化け物鳥を見やった。化け物鳥は倒れたまま身動ぎもしない。

「はい。ただ、あんなに大きいのに幼いのはどうしてか…」

ゲイトルードは首をかしげてみせる。ゴウラドが眉をひそめた。

「あれで幼鳥だと。強弓の者よ、本当か」

ゴウラドに問われて頷くゲイトルード。マルケサスがヒューイに意見を述べる。

「副将軍閣下、あの鳥の死体は燃やせばいいですか」

「燃やすしかないだろうな。ハイタカと聞いては食うわけにもいかない。あの巨体だ、捌くことも運ぶことも簡単ではないだろう」

疲れた表情でヒューイが見上げて答える。ウーダイが唸り声を上げた。

「あれで幼いというなら、親鳥はいったいどれほどの…、しかもハイタカだと」

「想像していることはみんな同じだろう。あまり口に出したくない言葉だが、…魔法ぐらいしか思いつかない」

トルガウが腕を組み、ため息をついた。ヒューイが声を低める。

「トルガウ将軍の言葉、本当であれば大変なことになる。ハイタカの幼鳥一羽でこの有様だ。このような魔法を使われでもしたら、国が滅ぶ。

両軍兵士が襲われていることから両国の仕業でないことは明らかだろう。となると、両国が共倒れをして得するのはどこかということになる」

指揮官同士、互いに顔を見合わせる。相手の表情から読み取った答えは同じもののようだったが、誰も口に出しはしなかった。ヒューイがまず立ち上がり、トルガウが続いた。

「我が部隊はグラントブ帝国軍と休戦の約定を交わした。投降するわけではないが、生きて無事に国に帰るため、グラントブ帝国軍に武器を預ける。帰国の目処が立つまでここで野営する」

「グラントブ帝国軍第十軍のトルガウだ。あなたがたの生命は私が保障する。安全に渡河できる場所を用意できるまで、不便をかけるがここで野営していただく」

そう言ってトルガウは一歩身を引いた。ヒューイが口を開く。

「日も暮れてきた。が、今日は真っ暗になることはないだろう。臭ってくる前にあれを焼き尽くさねばならないからな。半分は設営を、もう半分は焚火だ」

「我らも焼くのを手伝おう。糧食も届けさせよう」

声を出したゴウラドに、ヒューイとマルケサスは大きく頷いた。ラタイデン王国軍兵士から喜びの声が上がった。ゲイトルードは大きく息を吐き出し、空を見上げる。長い一日がようやく終わろうとしていた。
メンテ
Re: アベライル戦記 ( No.310 )
   
日時: 2019/08/10 11:04
名前: Κ ID:p47Z6WGA

遅くなりました、Κです。拙作に目を向けていただき感謝です。読み続けてくださっている方も、はじめての方も、楽しんでいただければうれしいです。

お待たせしました。では続きを、どうぞ。



第六章 第八節一

ブーランギの町近くを進発したグラントブ帝国軍第三軍第二連隊五個大隊が、エヌブート王国ブーラフラエ街道を東進する。城攻めの際にスル

ベド城砦守備隊が渡ることなく手前で左折した川、テスブーラ川をすでに越えてさらに先へと進んでいた。街道沿いには草地が広がり、ところ

どころで森林が生い茂っている。街道からずいぶんと離れたところに村らしき集落をいくつか見かけたが、どれもブーランギの町ほどの大きさ

はなく、小さなものだった。分遣隊の先頭を駆けるのは第八大隊、次に第九大隊が荷馬車に載せた『捕虜』と兵士崩れの『流民』を護送する。捕虜と流民は第六・第七大隊が変装した姿だった。後には殿として第十

大隊が続いていた。第八大隊佰長ハーリドの前で、見張りを務める部下の一人が前方を指し示す。

「佰長、前方に砂塵が上がっています」

「ようやくエヌブート王国軍のお出ましか、待ちかねたぞ」

ハーリドが口元に不敵な笑みを浮かべる。兵士が言うように、確かに街道のはるか前方に砂塵が上がっていた。砂塵の様子から、人馬の群れが

こちらに向かっていると想像できる。隣のボイターフ県に行きつくまでに、ブーランギの町と同じくらいの大きさの町が、街道沿いにいくつか

あるのは聞き知っていた。当然、町の規模からして守備隊が駐屯していてもおかしくはない。ただ、そのエヌブート王国軍がフラッジア県の兵

士、つまりはルカルドア伯爵の部下かどうかが問題だった。ルカルドアの配下でなければ話は早い。グラントブ帝国軍がルカルドアを討つため

に、エヌブート王国から援軍要請を受けたことを知らされているはずだった。

「脚を緩めろ。軍旗を掲げ、迎撃態勢を取れ。本当に敵軍であれば、突撃もあるぞ」

ハーリドの大声にグラントブ帝国軍兵士が応答し、馬脚を緩める。急拵えの荷馬車の荷台から、ラウラがいきなり叫んだ。

「迎撃を。近づいてきているのはルカルドアの配下です」

別の荷馬車の荷台にいたミュラ少将が、荷馬車に並走していた第九大隊佰長カガシュに知らせる。

「聞いたか、カガシュ、あれは敵軍だ、全騎いますぐ迎撃態勢を取るように。ハーリド、ケルミカにも伝令を走らせよ」

鞍上で即答したカガシュが周りで駆けていた兵士に命じていく。荷台でミュラは立ち上がり、荷馬車に向かって大声で命じる。

「捕虜と流民に命じる。いつでも荷台から動けるように準備せよ。前方に敵軍が姿を現した。視認でき次第、攻撃する」

連なって進む荷馬車の荷台がにわかに騒がしくなる。捕虜と流民に変装した兵士が、手首、足首を縛っていた縄を緩め、動ける状態をつくって

いく。ミュラとは別の荷台にいたカミュ中将が、見えないはずのはるか前方に目を向ける。

「ブーランギの町の時とは、また違った感じがしますが…」

敵軍は砂塵に紛れて近づいて来ているらしく、全容がよくわからない。だが、カミュは前方から立ち上る妙な軍気を鋭敏に感じていた。

「ミララック、教えてください。敵軍がルカルドアの配下というのは本当ですか」

「さすが、カミュ将軍は鋭い。奴らはもともとルカルドアに心酔していた部下ではない。例えるなら、飼い犬になりすまし、餌に群がったただの野犬だ」

立ち上がりかけていたミララックが吐き捨てるように答える。

「奴らは、…奴らに忠誠心は無い。おそらく、グラントブ帝国が手に入れたであろう何かを勝手に想像して横取りに来ただけだ。ああ、どうやら見えてきたみたいだ」

片膝をついた姿勢で話していたミララックが前方を指差した。砂塵から騎影が見えだしている。ミララックに頷いてからカミュは荷台の板の一

枚に手をかけて外し、裏返す。板の裏側には武器が括りつけられていた。手際良く板から剣を外し、腰に吊るす。荷台にいた他の兵士もカ

ミュと同じように得物を身につけていく。すでに剣を手にしたミララックがラウラに声かけた。

「ラウラ、大丈夫?」

ラウラは頷き、瞳を閉じた。両手を差し上げたラウラの唇から聞き慣れない言葉が流れ出る。グラントブ帝国軍兵士が首を回らし、辺りをうか

がう。誰もが周りの雰囲気が変わったように感じていた。ミュラがラウラに目を向ける。ラウラはまだ言葉を紡いでいた。ミュラの視線に気づき、ミララックが代わりに答える。

「ラウラがみんなの周囲に魔法をかけている。心配ない。敵の攻撃から身を守るものだ」

ミュラは頷き声を張り上げた。

「全兵に告ぐ。いま感じているのはラウラ殿の魔法の加護だ。荷台にあっても臆するな。敵軍を叩き潰せ」

ミュラの言葉に荷台にいた兵士は鬨の声を上げて応える。変わらず遠眼鏡を覗いていた第八大隊の兵士がハーリドに告げる。

「砂塵の中から騎馬の一群が姿を現しました。どの騎馬も武装しています。あれは、」

報せる兵士が言葉を詰まらせる。ハーリドが眉根を寄せた。

「どうした、何が見える」

「はい、あれは…あの先頭の旗印は紅の鹿、あれは『紅鹿傭兵隊』」

兵士が驚きの声を上げるのを聞き、ハーリドが一喝する。

「紅の鹿だと、たかが傭兵団の一つに何を恐れる。全騎、盾を構え、迎撃せよ」

「で、ですが、」

兵士に応えずにハーリドは騎馬を前へと進ませる。振り返り、剣を高々と突き上げた。兵士に向かって大音声を上げる。

「敵軍の中に、東の地の悪名高き傭兵団の一つが加わっている。だが、我らが敵軍を叩き潰すことに変わりはない。臆するな。盾を構えよ」

第八大隊の兵士が鬨の声を上げる。ハーリドは遠く前方で姿を現した騎馬の一群を注視した。一群の先頭の中に際立った一隊がある。どの騎手も赤色の鎧兜に身を包んでいる、その姿は紅衣一色だった。

「あれが噂の『紅の鹿』、聞くと見るとではずいぶん違うじゃないか」

ハーリドは感心していた。『紅の鹿』はグラントブ帝国よりも東の地で、ここ数年戦場で名が知られるようになった傭兵隊だ。伝え聞くとこ

ろでは猪突猛進な戦士の集まり、情け容赦のない苛烈な戦いぶりをする集団だった。中でも『赤騎士』と呼ばれる戦士は蛮勇の戦士として知ら

れていた。ところがどうだ、脚並み揃えてこちらへと向かってくる様は整然としている。まるで一国の正騎士団のようだ。

「全騎、抜剣。盾を構え、突撃態勢。いつでも出られるようにしろ」

ハーリドの怒声に第八大隊が戦列を速やかに揃えていく。カガシュからの伝令の騎士がハーリドの側へと駆けつけた。伝令に頷き返すハーリ

ド。その間にも敵軍が近づいてくる。ハーリドは片手を上げた。兵士が馬脚を止める。ハーリドは兵士に告げた。

「敵かそうでないかを明らかにする」

グラントブ帝国軍第三軍分遣隊が停止する中、紅鹿傭兵隊を先頭にした騎馬の一群が街道を進んでくる。紅鹿傭兵隊は兵装を統一させていた

が、後続の戦士は装いが不揃いだった。鎧兜だけでなく、手にした武器も防具も様々である。ただ、どの戦士も素顔を晒さずに目深に兜を被っ

ているように見えた。ハーリドと第八大隊の兵士が見つめる中、騎馬の一群が歩みを止める。紅衣の騎士が一騎、前へと進み出た。両手に旗を

持っている。一方は紅地に鹿の紋章が入った旗、もう一方は白旗だった。ハーリドが手を大きく横に振る。

「休戦の使者だ。手向かいするな。弓を引くんじゃないぞ」

命じてハーリドが騎馬を進ませた。紅衣の騎士は両軍の間を中ほどまで進んできている。兜は頭全体をおおっていて、使者の表情をうかがい知ることはできない。ハーリドは近づき、声かけた。

「我はグラントブ帝国軍隊長ハーリド、あなたたちは、」

「私は紅鹿傭兵隊副隊長ヨールギ、我らにグラントブ帝国軍と戦う意思はない。どうか剣を納め、自国にこのまま引き返していただきたい」

使者であるヨールギが先に馬脚を止めて答える。ハーリドも騎馬を止めた。

「剣を納めるかどうかは、あなたの返答による。あなたたちは、これからどこへ、何をしに行くつもりだ」

ハーリドの前で、ヨールギは握っていた旗を地面に鋭く突き刺した。

「立場と順序が違うのではないか、ハーリド殿。他国に侵入しているのはあなたたちだろう。問い質すのが我々で、答えるのはあなたたちではないのか」

「我らは貴国の宮廷から援軍の要請を受け、これに応じ、任された役割を果たした。その結果を直接報せに行くところだ。動きを咎められる覚えはない」

ハーリドは平然と言ってのける。ヨールギは胸を反らして哄笑した。

「なるほど、報告のために宮廷に向かうと。それなら理に適っている、が、報告ならば我らが代わって伝えよう。あなたがたが援軍に来られた

のは我らも聞き及んでいる。いままさに、我らはこの地を統治していた領主ルカルドアに反旗を翻そうと動いていたところだ」

声を低めたヨールギを一瞥し、ハーリドは振り返った。

「聞いた通りだが、信じていいのかい、ラウラ殿」

騎馬に跨り近づいてきていたラウラが首を振る。ヨールギの気が一瞬にして増し、姿形が一回り膨らんだようにハーリドは感じた。

「彼らがいまもエヌブート王国軍とはかぎらない。ルカルドアだけでなくエヌブート王国をも裏切ろうとしているかもしれないから」

ラウラが氷のような冷たさで言い放つ。ラウラの登場でヨールギが怒気を発した。

「ルカルドアお抱えの魔法使いだな。なぜここに、どうして生き延びている。裏切り者はおまえではないのか、魔法使い」

「我が軍の捕虜に言いがかりをつけるのは止めていただこう。どれ、仕方ない、あなたたちが我が軍を隣の、ボイターフ県だったか、そこまで

案内していただけないか。このまま宮廷まで向かうのが確かなようだから」

ハーリドは変わらぬ態度で話した。体を震わせてヨールギが怒声を上げる。

「我らが伝令することを信用しないだけでなく、我らが国を裏切るなどと、よくもそのような侮辱を…」

「いつからか知らないが、ルカルドアに反乱するつもりだったなら、なぜ、我らが援軍にくるのがわかった時点で動きださなかったのだ。ま

た、日和見であったならば、戦いの結果を見定め、我らに伝令の使者を送るのが先ではないか。それをしないでここまできたのは、我らもルカ

ルドア同様に倒れることを望んでいるからではないのか。その兵装は始めから戦うための物だろう」

ハーリドの言葉にヨールギは答えない。紅色の兜は沈黙を守っている。

「その沈黙は肯定か。だが、使者を斬り捨てるわけにもいかんな。ヨールギ殿、その旗を持って戻るがいい。あなたが戻るまではこちらも動かずにいよう」

ハーリドが言い終える前に、ヨールギは腰から剣を引き抜いた。

「グラントブ帝国軍を討て、突撃だ」

剣を突き上げ、大音声を上げたヨールギに、後方に控えていた騎馬の一群が喊声を上げて応える。ハーリドは振り返りもせずに一際高く口笛を

吹いた。ヨールギが雄叫びを上げて騎馬を駆けさせる。ハーリドはラウラの前面へとすでに動いていた。ヨールギが振り下ろした剣を盾で受け

止めるハーリド。斬りつけたヨールギが横を駆け抜ける。すぐさま馬首を返したハーリドは舌打ちした。ヨールギが騎馬を反転させずに駆けさせている。

「我はヨールギ、紅鹿傭兵隊だ。グラントブ帝国軍に告ぐ。いますぐこの地を去れ。我ら『独立軍』に刃向かうならば容赦なく叩き潰す」

ヨールギは第八大隊を前にして吼え声を上げた。ハーリドの口笛で列を揃えた第八大隊が徐に動きだす。響く蹄音に、ヨールギは振り返りざま

に剣撃を放つ。耳障りな金属音に衝撃が重なる。ヨールギは剣ごと腕を弾かれ、堪らず身をのけ反らせた。ハーリドが間近に駆け寄ってきてい

た。後ろでラウラがグラントブ帝国軍へと急ぎ駆け戻っていく。

「待て、裏切り者が」

急いで体勢を戻し、後を追いかけようとするヨールギに再びハーリドが割って入る。無言で撃ちつけられた剣を、ヨールギはとっさに盾で受け

止めた。重低な衝撃音とともに剣風が吹きつけ、ヨールギは盾ごと押し潰されそうになる。ヨールギは声にならない声を上げ、気合とともに盾

を押し上げた。ハーリドが剣を引き、短く口笛を吹く。駆けてきた第八大隊が二騎の手前で二手に分かれる。二騎に構うことなく第八大隊が横

を駆け抜けた。轟く蹄音に鬨の声と激突音が重なる。紅鹿傭兵隊率いるエヌブート王国『独立軍』が第八大隊と激突した。前線を固める紅衣の

騎士が、凄まじい圧力で第八大隊を撃ち払う。堪えきれず、悲鳴を上げて後退する第八大隊。紅衣の騎士を先頭に、独立軍が怒涛の勢いで押し

寄せる。盾を重ねて構え、突撃を防ぎつつ下がる第八大隊の後ろから、単騎、白衣の騎士が駆け込んできた。

「あれは、ルカルドア配下の白騎士。ミララック、ミララックだ。奴だ、奴を討て」

紅衣の騎士の一人が気づき、声高に命じる。白衣の騎士を目がけて、紅衣の騎士が殺到する。と同時に、紅鹿傭兵隊とともに突っ込んできてい

た独立軍の他の騎兵から悲鳴が上がった。街道上で両軍が正面激突する前に、グラントブ帝国軍の捕虜と流民が荷台から跳び下り、街道の両側

外に素早く散っていた。草地に紛れた捕虜と流民は、身を低くして独立軍に近づいていた。ヨールギの声が響いたとき、捕虜と流民は街道に向

かって駆けだしていた。前線に意識を奪われていた独立軍の側面に、捕虜と流民が斬り込んでいく。独立軍は誰もが騎兵、一方、捕虜と流民は

徒歩だった。圧倒的に独立軍が有利であるにも関わらず、捕虜と流民は両側から独立軍を押し込んだ。血飛沫が上がり、悲鳴と怒号が響く。街

道の幅に押し込められていた独立軍は、攻撃を受けたところが身動き取れない状態になっていた。独立軍の左側面に真っ先に斬り込んだのはモ

ラジクだった。剣撃を放ち、一撃で敵軍戦士を落馬させたモラジクは、騎馬を奪って素早く騎乗していた。

「騎馬を奪い、撃ち払え」

変装していた第六大隊が、佰長(百騎の長)の勇姿に喊声を上げる。独立軍の戦士が負けじと声を張り上げるが、個々の武量がグラントブ帝国

軍兵士に及ばなかった。グラントブ帝国軍兵士を迎え撃つも、三合と撃ち合えずに落馬する。第六大隊兵士が次々と騎馬を奪い、騎乗してい

く。第六大隊を率いて駆けだしたモラジクの前に、独立軍の騎馬が一騎躍り出た。

「好き勝手にさせんぞ、侵略者が」

大柄の戦士が振り上げた斧槍を撃ちつけてきた。剣で受け止めたモラジクは、勢いを殺せずに騎馬ごと後退した。繰り出される二撃目を剣で弾

き飛ばす。突っ込みすぎた敵軍戦士が体勢を立て直す隙に、モラジクは馬首を返した。三撃目が迫る。

「我は独立軍のイムバリ。我らの独立を邪魔する輩は容赦しない」

力任せの強烈な一撃にモラジクは体ごと持っていかれそうになる。

「まだまだ粗削りだが、惜しいな」

モラジクは呼気とともに気を込めた。イムバリの体を斧槍ごと弾き飛ばす。

「俺の名はモラジク、独立とやらを訴える前に出直してこい」

イムバリが声にならない悲鳴を上げて落馬する。モラジクは騎馬を棹立たせ、剣を突き上げる。

「悉く、撃ち落とせ。このまま突き抜ける」

モラジクの吼え声に第六大隊が呼応する。独立軍の側面から絶叫が上がった。気勢の上がった第六大隊兵士が、いっせいに敵軍戦士を撃ち落

としにかかる。鞍上から応戦するも、独立軍戦士は防戦一方になった。第六大隊が独立軍の戦列を食い破る。反対側、独立軍の右側面も同様

だった。中へと押し込まれた独立軍の騎馬が行き場を失い、ぶつかり合って嘶く。まだ攻撃を受けていない独立軍戦士が後方へと逃げだし

た。グラントブ帝国軍は独立軍を分断することなく、紅鹿傭兵隊の後背から押し退けるように動いていく。紅鹿傭兵隊は敵軍の中に取り残され

ないように動きだすべきだったが、真正面から激突したグラントブ帝国軍第八大隊に前線を持ち堪えられ、攻め込むことができずにいた。何よ

りルカルドアの手下の一人、ミララックが姿を現している。独立軍の戦士にとって退くことはできなかった。

「ミララック、貴様は、許さ…」

雄叫び上げて紅衣の騎士の一人が騎馬ごとぶつかってくるが、ミララックに動じたところはなかった。二振りの剣を軽やかに扱い、二合撃ち

合った後に鎧の隙間を切り裂いた。向かってきた紅衣の騎士は悲鳴も上げずに落馬する。息つく間もなく迫る次の刃を、上体を反らしてかわす

ミララック。束ねた金色の長髪が宙を舞う。躍動するミララックの勇姿に鼓舞されて、第八大隊が勢いを盛り返した。グラントブ帝国軍を凌ぐ

強さを見せていた紅鹿傭兵隊が、第八大隊の攻勢を受け止めきれずに下がりだした。ミララックが駆ける先を、一騎の紅衣の騎士が遮った。兜

の奥の目でミララックを見据え、手にした長槍で虚空を突く。空気を震わし、衝撃波が突き抜ける。生じた風に、側にいた騎馬が押し退けられ

る。連撃の長槍に剣を撃ち当てて、ミララックは身をかわす。長槍がさらに加速ししなりだす。槍撃を弾き返せずにミララックは騎馬ごと身を引いた。紅衣の騎士が長槍を繰り出す。

「ミララック、逃がさんぞ」

長槍がミララックの胸元を捉える。火花が走り、耳障りな金属音が響いた。穂先が剣の平で受け止められていた。ミララックが短く驚きの声を

上げる。ミララックの上体と長槍の間に剣が差し込まれている。横合いから剣を差し込んでいたのはカミュだった。紅衣の騎士が腕力で長槍を押し込もうとするが、剣は微動だにしない。

「鹿狩りなら、私が相手になろう」

「貴様、ふざけるな」

怒鳴る紅衣の騎士が長槍を引くのに合わせて、カミュが斬り込む。カミュの剣に穂先を突きつけ引き下がる敵軍騎士。足で騎馬を巧みに操

り、敵軍騎士が間合いを取ろうと槍撃を繰り出しながら逃げる。カミュは迫る穂先を目前で悉く弾いていく。ミララックの背を庇うように騎馬を動かすカミュ。

「ミララック、気を抜かないように。敵は手練ればかりのようです」

体勢を戻したミララックが振り返って頷く。カミュは迫る槍撃を再び受け止める。苛立った敵軍騎士が怒声を上げて誰何する。

「何者だ、貴様」

「私はグラントブ帝国軍のカミュ、あなたは」

カミュの返答に敵軍騎士は手綱を引いた。兜を大きく揺らし哄笑する。

「これはこれは、願ってもない相手ではないか。名前は聞き及んでいるぞ、グラントブ帝国軍のカミュ将軍。我はズィングル、貴様を討って、我らの独立の狼煙を上げるとしよう」

兜の奥で目が鈍く光った。空気を貫く音が響く。突撃の勢いで長槍を繰り出すズィングル。カミュは剣先を槍撃に合わせて受け流し、槍の筋を

変えていく。しなりだした槍がまるで蛇のように曲がりながら襲いかかる。しかし、カミュは体捌きと剣先で悉く槍撃をかわしていく。ズィン

グルが低く唸るような雄叫びを上げた。烈しい気が込められた一撃を、カミュは難なく撃ち落とす。諸手で振るう長槍を撃ち落とされ、ズィン

グルは兜を上げた。衝撃に痺れた手で得物を握り直し、ズィングルが気合を発する。膨らんだ気が周囲に吹き荒れた。虚空を切り裂き、振り回

された長槍から鋭い突きが繰り出される。頭、胸、腕へと突き出される槍撃に、瞬時に剣の平を合わせて、押しながらかわし続けるカミュ。連

撃を放つ中、ズィングルはカミュの後ろにいたはずのミララックがかなり先へと進んでいることに気がついた。いつの間にか味方の前線が後退している。

「まさか、貴様、これを狙って」

「さすがは音に聞いた『赤騎士』の槍撃。凌ぐのは大変です。ですが、今度はこちらの番ですね」

カミュの声音が冷たく響く。騎馬を近づけたカミュが鋭い斬撃を放つ。兜に迫る剣撃を、ズィングルは長槍を立てて受けた。脇へと続く連撃に

も槍をずらしてさらに受ける。突きを避けるべく退いた瞬間、反対側に剣を撃ち込まれた。受けた槍ごと上体を持っていかれる。ズィングルは

騎馬とともに後退した。カミュが剣を構え直している。目が冷たく光って見えた。

「まさか、これで全力ではないでしょう。名の知れた傭兵団がこの程度なはずがない」

カミュの剣が猛烈な風となってズィングルに吹きつけた。衝撃音が耳をつんざく。放たれる一撃一撃が重い。受けるたびにズィングルは体が吹き飛ばされそうになる。

「時間稼ぎはこの辺りでいいでしょう。いったい何が狙いですか。フラッジア県の独立だけが目的ならば、我らグラントブ帝国軍と戦ったり

せず、始めから和睦するのが良策でしょう。県境で本国との戦いを迎える前に、兵力を減らすのは愚かというもの。にもかかわらず我らと戦うことを選んだ。どうしてですか」

剣を戻し、カミュが問いかける。ズィングルは長槍を持ち直し、体勢を戻した。

「…貴様らに、グラントブ帝国の者に話すことなど、」

「ならばこちらから答えましょう。『泥人形』は我らグラントブ帝国軍が破壊しました」

赤騎士ズィングルが上体を傾がせ、長槍の石突を地面に突き立てた。身を震わせる。ズィングルは呻きにも似た雄叫びとともに気を吐きだした。全身に怒気をまとっている。

「貴様、…よくも、泥人形を、よくも」

後は怒りのせいか言葉にならない。ズィングルが槍を振り上げ、大音声を上げる。

「全軍に告ぐ。グラントブ帝国軍を叩き潰せ。一騎も逃すな」

ズィングルの怒声は戦場に響き渡り、独立軍から鬨の声が上がった。
メンテ

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