赤い種、青い種 ( No.405 )
日時: 2014/02/23 22:28
名前: 伊達サクット ID:J1DFMNEo

「赤の大樹よ。国は厳しい寒さに覆われて作物が育ちません。人々は飢えで苦しんでいます。どうか、飢えを救う種を授けて下さらないでしょうか」
 青年は、遥か北の山に大昔から生えている赤の大樹に訴えた。赤の大樹はわさわさと枝葉を揺らし、青年に語りかけた。
「よろしい。ならば、どんな寒さでも実が育つこの種を与えよう。それで飢えはなくなるだろう」
「ありがとうございます」
 青年は、一握りの種を受け取って国へ戻っていった。

「青の大樹よ。赤い木の赤の実を育てたおかげで、国は飢えから救われました。しかし、どんな寒さでも育つ強い赤の木は、その強さ故に国中で増え続けてしまい、溢れる実があちこちで腐り始め、国で恐ろしい病が広がっています。このままでは人々は死に絶えてしまいます。どうか、病を治す種を授けて下さらないでしょうか」
 中年は、遥か南の山に大昔から生えている青の大樹に訴えた。青の大樹はわさわさと枝葉をゆらし、中年に語りかけた。
「ならば、この種を授けましょう。この種を育て、すり潰した粉で薬を作りなさい。その薬を人に飲ませれば病は治り、赤の木にまけば枯らすことがでます。それで人々は救われるでしょう」
「しかし、種は一握りだけです」
「人々を救うだけの量を育てるには時間がかかります。それまでは耐えねばなりません」
「病で死が迫っている人達は、待つことができません。あっという間に種を使い果たしてしまうでしょう」
「残念ながら渡せるのはこれしかありません。育てることができなければ、あなたのその手にある一握りの命しか救えません。ならばそんな種などない方がいいのかもしれません」
「いいえ。頂きます。必ず種を育てて、増やしてみせます」
 中年は、一握りの種を受け取って国へと戻った。

「赤の大樹よ。国で流行った病から人々を救うために、私達は一生懸命種を育て、青い花を増やしました。すると、青の薬をまいて赤の木を枯らしたところから、紫の木が生い茂り、国中で増え始めたのです。赤の木や青の木より繁殖力が強く、国中を蝕んでいます。どうかお助け下さい」
 老人は、再び北の山の赤の大樹のもとにやってきて、真っ赤な葉を生い茂らせる赤の大樹に訴えた。
「よろしい。ならば、私を燃やせ。そして青の大樹のところへと行くがいい」
「それはできません」
「いや、そもそも、あのときお前に種を渡したのが間違いだったのかもしれない」
「それは違います」
「紫の花が国を滅ぼすところは見たくない。やってくれ」
 老人は、赤の大樹を燃やした。赤い灰は風に乗り、国の空を覆った。

「青の大樹よ。私は国を飢えから救ってくれた赤の大樹をこの手で燃やしました。そして、赤の大樹にあなたのもとを訪ねるように言われました」
 老人は、再び赤の山の大樹のもとにやってきて、青く輝く葉を持つ、美しい青の大樹に語りかけた。
「分かっています。私を燃やして下さい。そうすれば青い灰が国を覆い、赤い灰と混ざり合い、紫の花は全て枯れるでしょう」
「どうしても燃やさなければならないのですか」
「はい。それが最後の私の務めであり、罪滅ぼしです。私と夫は、あなた方の国を救いたい一心で、赤と青の種を渡しました。それだけは信じて頂きたいのです」
「そんな。我々がそんなことを疑おうはずがありません」
「結果的に、私達の子供達が、あなた方の国を脅かすことになってしまいました。ごめんなさい。さあ、燃やして下さい。そんな悲しい顔をしないで。灰となって空へ上がれば、夫とひとつになることができるのですから」
 老人は、意を決して、青の大樹に火をつけた。
 みるみるうちに青の大樹は燃え広がり、青く輝く灰が空高く舞い上がった。

 国の空は赤と青の灰で満たされた。
 紫色の雨が何日も、何日も降り続けた。
 国中を蝕んでいる赤と青の大樹の子供達はその雨を浴び、枯れて土へと還っていった。
 その光景を見ながら、老人は今は亡き妻と息子のことを思い出していた。
 老人は、青の種を育てている最中に、妻と息子をあの病で失っていたのだ。
 妻と息子を救えるだけの種はあったが、国を救うだけの量が育つまでは、誰にも与えず育てると決意していた。それがたとえ家族だとしても。
 だから、紫の花を枯らせと老人に言った赤と青の木の気持ちも分かるつもりだった。

 国からは、飢えも疫病も、紫の花もなくなった。
 老人も歳をとった。苦しみの種がいつかは取り除かれるように、救いの花もまた枯れる。彼が死んだ後、時が経てば、再び飢えも流行り病も出てくることがあるだろう。
 老人は、ふと庭の土を手に取った。
 実らぬ種もある。だが、腐りこぼれ落ちた種は土に還る。土は残る。
 長い雨がやみ、雲ひとつない青空と、真っ赤な夕焼けを見たその日の夜。
 自分も種のようなものだなと、老人は思った。