死してひとの子 ( No.360 )
日時: 2013/08/18 19:47
名前: 変幻自在フード仮面様 ID:n101Butk

・中期の期間すぎてますが、一人しか参加者いないようだったので急きょやってきました。ルール違反ということであれば教えてください。

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 死にたくない。それしか頭になかった。
 たしか、勝っていたはずだった。そういう知らせを受けたから、安全な魔法陣のなかから飛び出して、手柄取りに戦場にやってきたはずだった。それが上官の嘘で、自分たちは騙されたのだと気づいたときには、私の部隊は、ほぼ壊滅状態に陥っていた。
「俺は貴族だぞ」後ろのほうで、誰かが、うめくように言った。「負け戦なんかに、どうして俺が」
 彼の言葉をきっかけに、似たような泣き言が、うるさい足音にまじって、次から次へと飛んできた。いっそ、彼らの口を削ぎ落して、炎のなかに放り込んでやりたい気分だった。
 私だって貴族だ。私だって、負け戦に引っ張り出されるような、くだらない扱いはごめんだ。愛する家族だっている。蓄えた金がまだたくさん残っている。四十を超えて、身体が思うように動かなくなったら、息子たちにあとを任せて、妻とふたりで余生を楽しむつもりだった。
 ふいに、右手の民家が爆発して、私たちは紙くずのように飛ばされた。とっさに頭を抱えたものの、かたい地面に、したたかに全身を打ちつける。私は痛みに泣いた。どこもかしこも、じいんと痺れて、自分の身体ではないようだった。
 顔を上げると、分厚い熱気が、むわっと押し寄せてきて、汚れた肌をぬらした。あたりの民家は、どれも炎に包まれて、私たちの前に後ろに、壁のように立ちはだかっている。
 あちこちに吹き飛ばされていた部下たちが、狂ったように剣を振りまわし、助けを求めて走り出した。逃げ場など、どこにもない。ここから離れたところで、また新たな火の手が、あるいは鋭い雷が、彼らを襲うことだろう。帝国は殲滅が好きだ。降参の旗を揚げてもなお、攻撃され続けた国々を、私はいくつも知っている。それらの国の兵が、どんなにむごい殺されかたをするのかも。
 踊るように燃え盛る明るい炎を、私は、ふしぎなほど静かな心で見つめていた。曇天には、帝国軍の召喚士が呼び出したらしい醜い獣たちが、うじゃうじゃと群れている。やつらは、私に気づくだろうか。おおきな翼を広げ、隕石のように飛んできて、私の肉を、ひとかけらも残さずに食い荒らすだろうか。
 ふしぎなほど、生き残れる気がしない。だからこそ、上官は私を騙した。
 目の縁に、また涙が盛り上がってきて、かわいた頬を伝い落ちる。唇が震えた。私は、腕に顔をこすりつけて、死にたくない、と繰り返した。知らなければよかった。負けていることにも、騙されたことにも、気づかずにいればよかったのだ。
 息苦しさにもがくと、足先が、なにか硬いものに触れた。私はびくりと目を見開いて、すぐさまそちらに目をやった。
 それは、だれのものかもわからない、骨だった。たった一本転がっているだけだから、人間のものだとも限らない。ちょうど、私の腕と同じくらいの長さだった。
 私は、ずるずると地面を這って、それをじっと見つめた。表面に、半透明の細かい虫が、びっしりとくっついて、うごめいている。悪寒が走った。だらしなく開いた口のはしから、唾液がこぼれた。虫は、葉がこすれるような、さあっという音を立てて、今度はそれに群がった。私は、ぎゃっと悲鳴を上げて、宙を引っ掻きながら、その場を逃げ出した。