孤独プロパガンダ ( No.275 )
日時: 2013/02/15 23:37
名前: ゐぬめ ID:BLGqd5Cg



 深い深い森の奥。薄気味悪く、真っ白の霧が漂うこの枯れ果てた森のさいはてに、大きな屋敷がひっそりと佇んでいた。
 その屋敷の外壁にはつたが伸び、ところどころ薄汚れており、無人であった気味の悪い屋敷だ。しかし、今では魔女の屋敷と称されている。
 数年前、戦争真っ只中の出来事だ。とある少女が森近くの村へと訪れた。戦争とは程遠い村だったが戦争のためとても貧しく、来訪者をあまり快く思っていない村人たちだったが少女は村を一直線に通り過ぎると何かに取り憑かれたかのような真っ直ぐな瞳で森へと向かっていった。一部の村人は面白がりあとをつけてみると少し不気味な模様の木々を無視し、霧を振り払い、雑草がいくえも生えている場まで来ると目の前に佇んでいる屋敷を少女は見上げると、躊躇なくその屋敷の中へと足を踏み入れていった。
 それからというもの少女の姿を見たものは誰もおらず、いつの間にかその少女は魔女と、そして、屋敷のほうは魔女の屋敷と呼ばれていた。そんな話が広がると、たちまちみな森へと近づくことはなくなったという。

 しかし、魔女と呼ばれる少女の日常を少しでも垣間見たら。決して魔女とは言い切れなくなるだろう。


 ◆

「ふぅっ……今日の掃除も完璧だぁ!」
 三角巾から覗くおでこの汗を拭うと、目の前で光を放つ清潔な窓に笑みをこぼした少女は使い古されているであろう雑巾をでこぼこしたバケツの中に入れると両手でそのバケツを持つ。バケツ一杯に入れられた水をこぼさないようにゆっくりと屋敷の廊下をがに股で歩く少女は金色のウェーブがかかった長い髪を揺らしながら一息つきながら綺麗に装飾された屋敷内を見回す。
 神々しい光を放つステンドグラス。アンティーク調の木製のドア。大理石の板が均一に並べられた床。
 今まで埃とちりにまみれていたこの屋敷の中も、この小さな魔女、シャーレのおかげで昔の面影を取り戻しつつあった。
 昔、おとぎ話のように聞かされた屋敷の話。しかし、今ではさびれていることも話にあったが、少女にとっては関係はなかった。大家族の一番下で生まれたシャーレは二十一人の姉に愛され、可愛がられていた。だが、少女はそれを嫌った。なぜならばシャーレは孤独を愛していたからだ。
 静かな場所で暮らしたい。うるさい家族もいない場所でひっそりと。そう思って、シャーレは何も持たずにこの地にやってきたのだ。
 そして手に入れた一人暮らし。一人占めの住処。裏手に回れば綺麗な川も食べ物が沢山あった。汚さも、怖さもひとりぼっちを手に入れた少女にとっては何の思いもうまれなかった。
「ふう、残りはあと一部屋だから今日はここまででいいかなぁ」
 バケツに溜まった水を捨てて川辺で雑巾を洗っているとふと視界の端に何かさわめくものがみえた。
 バケツと雑巾を干すように木にかけるとスカートの端を持ちながら川を進んだ。靴の中に水が入ってくる感触に、はっとなった。
「あぁ、靴脱ぐのわすれてたっ」
 ええいままよ。心の中でそう呟くとそのまま後ずさらずに進んでいく。すこし川の流れが強いせいか靴下も水浸しになってしまった。
 残念そうに顔を歪ませるものの目の前の陸へと向かっていく。そういえばこの先に向かったことはなかった。そう思いつつも恐怖も好奇心もないまま足を運ばせた。
 川を渡りきると靴と靴下を脱いで両手にいっぽずつ持つことにしてそのまま進む。
 今まで何度も川へと足を運んできたが、今まで見たことのない景色が広がっていた。
 一面花。花。花。赤、白、黄色色々な種類の花が太陽の光を浴びてさんさんと育っていた。しかし、何かが引きずられていたのか花が折れている道が出来ている。
 ふと、その道の先へと目を向けた。

 戦争兵器?
 すぐさまその姿の全貌がわかった。戦争中大量に生産された自律機動兵器。名前もなく、大量に生産され、型番もないそんな冷たい機械が目の前にあった。少々の傷があったものの、何故かシャーレは助けなければいけない。そう感じた。
 シャーレは靴を置き、近づいて触れてみた。熱い。しかし、こちらに敵意は向いていない。どうやってここにきたのか? 兵器にそんなことを聞いたが返答はかえってこなかった。


 ◆

 忘れていた。少女はため息をついた。
 "自律"つまりは主人はいなくてもこの兵器自体は動力が無くならない限り、永遠に動き続ける。そして、自動的に不備がある部分を修繕する。
 そこまではまだわかる。だけど――
「しゃーれ、そうじおわッタ」
「うん」
 何よりも孤独を愛していたシャーレはこの兵器により孤独を無くしてしまった。あの日あの時見つけなければ。と思ったがこの兵器は一体何十とも言える兵器をその身に積んでいるかわからないし、何よりもここを誤射で壊されてしまったら困る。軍に連れて行くのも考えたが、村の人の目線が怖いシャーレはこの状況のまま一ヶ月を過ごしていた。
「兵器さん」
「わたくしノことデショウカ」
「うん」
 自律機動兵器は一ヶ月前にこの屋敷に住み込み、シャーレの掃除をしている姿をみて自ら掃除するようになった。
 それは決して困ることではないのだが、孤独がなくなる感覚にシャーレは少し嫌気がさしていた。
「出て行ってください」
「いやデス」
 何度この会話を続けただろうか。なぜこの兵器はこの屋敷に住み着いているのだろうか? シャーレは疑問に思い何度も問いかけたものの返答はなかった。
 再びシャーレはため息をつくと屋敷を出る。
 ここ一帯も綺麗にして素足でも出歩けるほどになりシャーレは毎日のように自律機動兵器と出会った花畑へと出かけている。
 そこで虫に一部食われてしまった本を見る。それが日課になっていた。
 しかし、ほとんどの本はいつも良い所で虫食いに食われておりシャーレはまだ完結を目にしたことはない。だけど、それで構わなかった。
 一時でも一人になれる。没頭できる本。しかし、そんな時間もいつも突然おわりを迎える。
 ぽさりと頭に落とされた香りを放つ冠。
「……? 花冠?」
 ふと手に取って真上を見上げる。そこには自律機動兵器が顔? に影を作りながら待っていた。少し微笑んでいたように見えたが多分気のせいだ。
「ありがとう。兵器さん……じゃあ呼びづらいね。名前はあるの?」
 へへ、と笑いながら問いかけるものの自律機動兵器は体を揺らしながら無いということを伝える。
「それじゃあ私がつけてあげよう」
 得意げに言うと自律機動兵器は喜びを表しているのか両の手を上下させた。
「じゃあねぇ――」

 頭上を飛ぶ自律機動兵器の大群の音にシャーレの言葉は遮られた。


 ◆

「どう? 面白い、かな?」
 シャーレはすっかりと大人になっていた。昔読んだ本を補完するかのように話を作ることに没頭していた。
「はい、とっても」
 自律機動兵器――いや、ペトリもまた姿を変えていた。機械だらけの体ではなく人間に酷似した姿に。
 ペトリは笑うことを覚え、怒ることも覚えた。カタコトもなくなってずっとずっと自然になった。だけど、悲しそうな顔は見せなかった。
 だけど、やっぱりシャーレは孤独が好きだった。
「嘘が下手だねペトリは」
「あはは」
 やっぱり自律していても兵器は兵器だ。笑うこともぎこちない。そう思うとペトリのやることなすことがぎこちなく思えてきた。
 ふと、一人になりたいと思う時がある。いつもの毎日にすこし嫌気がさすこともある。だけど、ペトリがいなくなるのはやっぱり嫌だ。
 でもやっぱりシャーレは孤独が好きなんだ。
「じゃあ、少し出かけてくるね」
「はい、お気を付けて」
 この言葉を使えば簡単に大好きな孤独がやってくる。一人だけの時間。
 いつものように花畑に訪れる。少しだけ花の数が減ってしまった。だけど、ここは心が安らぐ場所のままだ。
 でも、今では読む本もない。そのせいか虫食いにあっていた昔の服も編み物の道具として活用していた。
 こんなに上達するとは自分でも思ってもいなかったが作ったものを着せるような子供も、渡すような友達もいない。ただそこにいるのはペトリという兵器だけ。
 シャーレは孤独に浸る。
 いつか本当に孤独になってしまうことに恐怖を覚えながら。

 轟音を立てながら空を飛ぶ新たに作られた自律機動兵器に、花と髪をちらせながら。


 ◆

 ――あぁ。とうとう花畑の花は全て枯れてしまった。それもこれも戦争のせいだ。
 八十年と続く戦争もシャーレも等しく衰えていった。自律機動兵器の姿ももう見えないが、目の前にはペトリが優しくシャーレの眠っているベットを見ている。
 風の噂で聞いたが、戦争は終わるという。しかし、とある工場の兵器が人間を支配すると言ったのだ。今度は機械と人間の戦争が始まる。そしたらこの屋敷も、この森も、あの村も、もう無事ではすまないだろう。
 ――あぁ、孤独がやってくる。
 シャーレは孤独が好きだった。
「怖い」
 ベッドの中で動かない体を揺らしながらシャーレは涙を流した。霞んだ光景に助けを叫ぶ。
「大丈夫」
 ペトリは優しくシャーレの皺だらけの手に触れる。冷たくて硬い感触に、孤独を感じた。
「ごめんね。ごめんね」
 ――あぁ、もっとおしゃべりしたかったのに。もっと遊びたかったのに。もっと褒めてあげたかったのに。
「少し、出かけないと」
「…………」
 最後だ。ペトリの笑みを見せて。そうシャーレは思う。だけど、霞んだ光景に見えた無機質な兵器は、とても歪んでいた。
 眉をハの字に曲げて、目をつぶりながら、眉間に皺をよせながら、口をへの字に力ませながら。ペトリは笑っていた。
 ――お気を付けてといってよ。
「……嫌だ……です」
 暖かい水がシャーレの手に落ちた。
 ――あぁ、やっぱり孤独が好きだ。
「わたし、ね……」
「嫌だ……」
「……ペトリと、一緒の」
「……ダメだよ……」
「一緒の、孤独が好き」



 シャーレは孤独が好きだった。
 でも、ペトリとの孤独のうが、もっと大好きだ。