出会い時間擬音:みよんみよん星人 ( No.190 )
日時: 2012/08/15 23:00
名前: sakana◆092jpOU0d. ID:2rpb94Ok

〈むかしばなしをしてみまして〉

 むかしむかし、あるところに一人の人間がいました。
 彼はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の教育課程を修学し、恋人はいませんが、浅く広い友人関係と深い家族との絆を築いておりました。
 ごく普通の会社員となり、毎日を多くの人たちと過ごし事業をこなす。夜には一人、または友人とその日の鬱憤を晴らすために、ネオン管で彩られた街へと足を進めるという毎日を送っていたのです。そしてこの日もまた、いつものように覚束ない足取りで帰路へ着こうと、夜道を歩いているところでした。
 ひとつ、街灯の下を通ったときです。彼は酔いに助けられ、ある一軒家の石垣に体重を預けはらはらと涙を流し始めました。
 ただ疲れていただけに起こした、何気ない行動でした。
 この時間を過ぎれば、また変哲のない毎日を送るだけというけじめの涙でした。
 しかし、このとき。同じ場所。その上空で泣いていた者にとって、それは一種の救いだったのです。
 
 夜空にぽっかりと浮かぶお月様。それに対抗するかのように、無音で浮かぶ円盤ひとつ。
 銀色は、街灯の光を反射しながら静かに。それでもしっかりと彼の元へと降りてきたのです。
 そして着地した円盤の中から出てきたのは、手にナイフとフォークに見立てた何らかの機具を持ち、二本の触角を持つひとりの宇宙人でした。
 宇宙人は口を開き、言葉を投げ掛けます。彼は目の前の出来事を信じるよりも先に、ただ受け流しておりました。
 宇宙人は俯いていた顔を上げ、垂れていた二本の触角もぴんと上へと張り詰めます。彼は言葉の通じない宇宙人に恐怖を感じるよりも先に、ただ同情を感じておりました。
 宇宙人は彼へ何か言いたげな視線を投げ掛けながら、それでも先ほどまでの彼と同様に、はらはらと涙を流します。彼はそんな行動をとる宇宙人に対して、違う、と無意識に言葉を発しておりました。
 けれども、通じません。
 宇宙人は涙を絶やすことなく、彼の手を取ります。ひとつ彼は思いました。もしかすると、宇宙人が流しているのは喜びの涙なのではないのだろうか、と。
 そして酔っている彼は抵抗することもできずに、円盤の中へと誘われていったのです。

 銀色の円盤の中は、彼が想像していた以上に広いものでした。ただ家具はありません。長方形に切り取られた無機質な出っ張りがいくつも足下から生えており、それは一種のイスで、ベッドでありました。色のない棺のようだと彼は感じます。
 そして横たわる等身大の長方形の上の寝転がされたのです。
 彼は起き上がろうと身動きします。けれども不思議なことに、ぴたりと長方形に吸い付けられ起き上がれません。これから何が起こるのだろうと。彼は宇宙人を見上げました。
 みよんみよん、と宇宙人は触角を震わせます。そして次の瞬間。ぶちり、と音を響かせてその内の一本を宇宙人は自らの手で引き抜いたのです。
 彼は目を見開きます。そしてはっきりと覚醒した意識の中で恐怖を感じるのです。
 宇宙人は再び、手にナイフとフォークを模した何らかの機具を持ち。そして彼へと、彼の頭部へと当てたのでした。

 さびしい、さびしいと。膨大な時間の中で過ごしていた宇宙人はひとり泣いています。
 さびしい、さびしいと。妙に物悲しい音を立て宇宙人は二本の触角を震わせます。
 さびしい、さびしいと。孤独を捨てたいと必死に願っていた宇宙人はひとりの人間を見つけます。 

 さびしい、さびしいと。
 宇宙人は一本の触角を震わせ、今度はゆっくりと。残った触角を左右に震わせ、新たに出来た仲間へ親愛の意を示すのでした。



〈すうじゅうねんごもえんがあるぼすとのであいと〉

「ひゅーひゅー! ボス、いつ会ってもかっけえです!」
「ボス! ボス! びーおーえすえす、BOSS!」
「我らのボス! みんなのボス! ヒーローでっせぇ! むふふふふー」
「あっ、アナタがボスさんなんですね! 初めまして、俺。××っていいます!」
「ボス、コイツ新入りなんだ。喝でもいれてやってくれ」
「ねえねえボス! 今日ね、俺様年寄りの買い物袋を持ってやったんだ! 偉いでしょ偉いでしょ! 褒めて褒めて」
「ボスー、ああ……どうしてボスはボスなんですか。…………はあ」
「ボスは今年の夏、何して過ごすッスか? そこは男の夏ってことでサーフィンとか? くぅー! もうむちゃくちゃ痺れるッス!」

「やめろ、やめてくれ! 頼むからそれ以上言うな!」

 安物の服を着込み、左頬をガーゼで覆われた男は腕で目元を隠す。その際、腕に付けられたアクセサリーは同士とぶつかり音を立て、掲げられたピンキーリングや髑髏を模った指輪は太陽の光に照らされいっそう光る。強面でアロハシャツ。見た目は思いっきりヤのつく職業の男だった。
 そしてそんな男はいま、猛烈に嫌がっている真っ最中だった。照れるという段階をすっとばし、褒められるということがひどく格好悪いことだと認識してしまっていたからだ。主に、TPOをわきまえず男を褒め称えるこの集団のお陰で。

「何でですかいボス! おいらたち、みーんなボスのこと尊敬してるんんでやすよ!」
「とりあえず、ボスと呼ぶのはまだ良い。誰だって、ひとのことを先生や師匠と呼びたがる年頃だからな、それは分かる」
「さっすが、よく分かっていらっしゃる! 二十歳過ぎた男共はそんな年頃ですもんね!」
「……とりあえず、俺がお前たちに何かをしてやることもしてないのに勝手に尊敬されるのは不可解だが、どうこう呼ばれることに抵抗は、ない。だが! 何故会う度に囃し立てるんだ! 会う度っていうのがもう居たたまれない。それ以前の問題として……お前たち、ぜぇったい俺の後つけてたりするんだろ! 一日に何度この意味不明な男共の集団に会うと思っている!」
「え〜偶然ですよ?」
「目が泳いでるぞコラ。お前とは高校時代からの付き合いだが…………はあ……お前たちの中に、俺の友達と呼べる存在はいないし。気がついたら舎弟みたいなのが勝手に湧いてくるし。今も新入りですって自己紹介してくれたやつがいるが、これは何の組織なのかって話だ。俺は何も創った覚えはないぞ! 知らぬ間に俺を巻き込むんじゃねえよ!」
「またまたー、ボスってば照れちゃって。お・ちゃ・め・さ・ん。あ、ちなみに語尾はハートマークオプション付き」
「嫌がらせか? 嫌がらせなのか?」

 男もといボスは、高校時代からの友人(仮)の物言いに鳥肌を立て、どうしても話が通じないという現状に絶望した。もはや言葉がでない。話し方もどうにかならないのか、と内心思うが何度言ってもぬらりくらりと誤魔化されてしまうため、そんな友人(?)の真意を知ることはできない。むしろ、知りたくはないだろう。

「あ、ところでボスさまさま。喉乾いていらっしゃらませんでしょうか? 暑いッスよね。暑ッス。むしろ熱ちッスですます。ということでみなさまー! ボスさまさまの為に自販機いきましょー! 色々と買い占めてしまおうぜい!」
「……おい、自己完結して後ろの集団に話しかけるな。あと口調がブレてんぞ」
「おおー!」
「ボスさんのために! 了解です」
「俺も何かついでに買おー」
「あっ、コンビニにも寄って良いですか! アイス食べたいぜっていう!」
「むふふーアイス良いね、かき氷も良いよー」
「じゃ、俺雑誌買うー」
「くぅー! これでやっと夏って感じですね!」

「やっぱり嫌がらせか、嫌がらせなのか!」

 はたして、その集団はボスひとりを残してその場から去っていた。最後の方は話題の中心から離れていたというお陰で、むしろ存在を完璧に無視されていたボス。後ろ姿は心なしか、しょんぼりとしていた。

「……っと、ヤツらも帰ったことだし。俺も帰るかな」
 直ぐ隣りに位置する自販機に視線をやり、ボスはくるりと後ろを向いた。そして次の瞬間上げるのは驚きの声だ。
「お、お前!」
 背後に。それも影のように、ぴったりとボスの背後で涼しげに佇む者がひとり。
「頭に触角がある、だと?」
 人間じゃないのか、という言葉も続かない。
「……俺に用があるのか?」
 それに宇宙人は答えず。ただ、みよんみよんと言った。
「にこにこ笑顔を絶やさず…………何だか気持ちの悪いヤツだな」
 宇宙人が手にしている、家庭で使われるものより二回りほど大きなナイフとフォークを目にしてボスは青ざめる。
「お、おう。なんだやるのか……!」
 覇気のない威嚇に怯むことなく、宇宙人はみよんみよんと言った。
「……宇宙との交信か?」
 みよんみよん、とボスは口ずさむ。
 宇宙人はみよんみよんと言った。
 みよんみよん、みよん? みよんみよん、みよーんみよ? みよんみよん、みーよぉぉぉんみよーん! みよんみよん、みっよーんみっよーん、みよんみよん、みっよんみっよん? みよんみよん――……。
「何だこれ、ゲシュタルト崩壊起こしてきたぞ」
 そういって目元を抑えるボス。変わらずみよん、と触覚を左右に揺らす宇宙人。
「はっ! まさか」
 ▼ぼす は ひらめいた !
「その《みよん》で人間たちの精神を支配し、終いには地球侵略を企んでいるのか!」
「んなわけないでしょ」
 カッ、と目を見開き叫んだボスに間入れずツッコミが入る。ボスは慌てて新たな声のする方向へ視線を向け、お前も宇宙人なのか! そうなのか! と彼の触角を凝視して構えのポーズをとった。
「この宇宙人にそんな考えをなんてありませんよ。それに、今まで宇宙人は僕にテレパシーを送ってたんです。言葉を喋れないくせに勝手に出歩いて、挙げ句の果てに他人とコミュニケーションをとりたいからって家で寛いでいた僕をこの暑い中わざわざ呼んで………………クソが」
 ぼそりと付け加えられた言葉にボスは青ざめる。そして宇宙人へと視線を戻すが、そんな様子に気づいた様子もなく、やはりにこにこと笑っていた。
「……えっと、お前も大変なんだな」
「大変なのはこの僕ですよ」
 やれやれ、と首を振る彼と。みよんみよん、と触角を嬉しそうに揺らす宇宙人。そんなふたりを見比べて、ボスは複雑な心境になった。



〈おとなりさんのふしぎなたいしつをかいまみて〉

「よう、触角兄弟」
「こんにちは、赤い人」

 頭部から一本の触角を生やしたふたりと、くすみのない黒髪で白い簡素なシャツを身につけた男の遭遇。

「ところで、触角兄弟って呼び方やめてくれません? 僕たち兄弟じゃありませんし、以下省略な理由で虫酸が走ります」
「いやあ、奇遇だな。俺も赤い人って呼ばれる度にいらっとくるんだ。いらっと。分かりますぅ?」
「語尾を伸ばさないでください。ちゃらいですよ、赤い人」
「だーかーらー、何で俺が赤いの。触角兄弟の弟の方!」
「だれが弟ですか。なんでこの宇宙人と血縁関係にならないといけないのですか。えんがちょ……の前にこの宇宙人とは赤の……他人ですよ」
 びっ、と隣りに佇むひとりの宇宙人を指さす彼。それでも尚、にこにこと微笑んでいる宇宙人。
 そんな光景を目の前に、男は触角兄弟の兄の方をつくづく不憫に思う。
「……なんですか」
 みよんみよん、と宇宙人は一本の触角を左右に揺らしながら、彼の裾を掴む。
 そして振り返った彼に対して、宇宙人は口の両端をつり上げたまま言葉を模ろうともしない。それでもいっときふたりは目を合わせ、彼は宇宙人のイメージを汲み取った。「確かに」と意味深に呟き、目の前の男に視線を戻す。
「赤い人、今日は流血していませんね」
「流血ぅ? ……もしかしていっつも俺がどこか怪我してるから赤い人なんて呼ばれてんの?」
「宇宙人、どうやら彼。今日は何ともないそうですよ。流血してないなら赤い人って呼んでも仕方がないですし、……新しい呼び名を考えないといけませんね」
「……」
「ふむ、《ただの人》ですか。それでは面白みも何もありませんよ」
「……」
「《隣の家の人》。そのままですね、何か他に案はありませんか?」
「……」
「《人間》。誰もが当てはまってしまいますよ」
「触角兄弟……お前たち、実はひどく仲がいいんでしょ!?」
 目を合わせただけで会話を成立させる、ふたりのやり取りを聞いて男は頭を抱え、隣人に訝しげな目を向ける。ただ、彼はその叫びを聞き、宇宙人との会話をぱたりと止めた。そしてゆっくりと男に視線を向け、静かに答えた。
「もう、過ぎたことだって諦めてしまってる節があるんです」
 男は何も言えなかった。

――……何も、言えなかった。
「あ」
 それも。どこからともなく、この一瞬で吹いた強風に青色の瓦が飛んできて男に直撃したためだ。
 なんで突風が、と疑問に思う暇もなく男は身体を前のめりにし、現状を把握しようと顔を上げたときには頭部から血が滴っていた。どくどくと、それも大量に絶え間なく白いシャツを赤く染め上げていく。
「やっぱり赤い人のままで良いですね。。改名の余地はない、と」
 男もとい赤い人が痛みに呻き声を上げる中。彼はいたって真面目に呟き、宇宙人は変わらず微笑んだまま触角を揺らし、何度も小刻みに頷いた。みよんみよん。



〈しょうらいひーろとなるしょうねんは
 せけんのせまさをかんじることでしょう〉

 ×月××日 空飛ぶえんばんを見ました

「きさまっ! 悪のてさきだな! このぼくがせいばいしてやるっ!」
 一人の少年は、丸めた新聞で作られた剣を持ち、えいやーと叫ぶ。その標的は、ひとりの宇宙人。みよんみよん、と頭から生えた触角からは何とも不可解な音を立てていた。
 ぺしり、と軽い音が響き、新聞紙の剣は宇宙人の身体と平行に曲がる。そんな無残な姿へと変わり果てた、数十分で完成させた愛用の剣を目にして、少年は涙を浮かべる。手元に武器がないと分かっていながらも、「このっこのっ」と宇宙人に小さく毒づいていた。
「あれはゆーふぉーだな! きさまはうちゅうからきた悪のしんりやぁく者だからっ、ぼくがたおさないと。――たおさないとッ、みんながみんながああああ!」
 うわああああ! と。妄想によってひとり頭を抱え悶える少年を、宇宙人は微笑みを絶やさずただ眺めていた。

 
 ×月××日 うちゅうじんがふえました

「あ、悪のてさきがぶんれつしてふえた、だと……!」
「誰が分裂したんですか」
 彼がそう言うと、少年はぴっと宇宙人を指さした。そんな少しの躊躇もない答えに、彼は青筋を立てながら少年に笑いかける。
「もう一度、今度は口で言ってみてください。誰が、分裂して、誰を、生み出しただって?」
「え、あ、うあ…………き、きのうからこの公園にあらわれ始めたみよんってやつが、お、おまえを……」
 区切りながら言葉を紡ぐ彼に、少年は青ざめながら。それでも先ほどと何も変わらない答えを出した。
 そんなひどく怯えきった少年の様子を見て、彼はため息をつき。子どもは正直者ですね、と小さく呟いた。
「君、将来ヒーローになりたいって言ってましたよね。悪人と善人の見分け方を教えてあげます。まあ、僕の独断と偏見での入れ知恵となりますが」
 こくり、こくり、とゼンマイ仕掛けの人形のように、少年は何度も頷いた。


 ×月××日 あくにんづらしている人はいい人だそうです。たぶん

「いいですか少年」
 強い日差しの中。スーツを着込んだ彼は人差し指をぴんと上へ向け、少年へ言葉を投げ掛けた。
 宇宙人はこの公園のベンチにもたれ掛かり、近くを飛ぶモンシロチョウを眺めている。
「このように、にこにこと笑って無害そうな顔をしているヤツに限って裏では良くないことを考えているものなんですよ」
 そういって彼が指すのはもちろん宇宙人。ベンチの上で転た寝を始めていた。
「……良くないことって、たとえば?」
「触角を抜いたり、ひとにそれを植え付けたり、ひとを攫ったり、恐怖を植え付けたり、ひとの将来を奪ったり、というか平凡な日常を奪ったり……ですかね」
「人を殺したり、金目のものをうばったりはしないんだな」
「……少年、あなた中々外道ですね」
「いやっ、普通そういったのが悪いことだろ!?」
 少年がちらちらと気にするのはベンチの宇宙人。よだれを垂らしマヌケ面を晒していた。
「えっと、じゃあ今の話をまとめると、とりあえず。悪人づらしている人は、良い人ってことか」
「違う」
「え、あ、ちがうの、か?」
 考えを否定され、潤んだ瞳で不安そうな表情をする少年に珍しく彼は慌てる。そして継いだ言葉は気の利かないものだった。「ひ、ひとつの可能性として――」「……むずかしくて、分からない」


 ×月××日 うちゅうじんがぼくの宝ものを人じちに……!

「ほーら、ほらほら」
「ぼっ、ぼくのヒーローエイリアンを返せッ!」
「……ヒーローのくせにエイリアンっていう名前なんですか、これ」
 きらきらとした目で、自らの英雄を語っていた少年。それも宝物だというアクションヒーローの人形を、今日この日公園に持ち込んだ。
 彼はそれを目にした後。何を考えたのか、その人形を手に取り少年の手が届かない高さまで持ち上げ、端から見ればいわゆる悪さを始めたのだ。
「か、返し――」
 幾度目かになる少年の涙。僅かながらもそれを垣間見て、彼は少しだけ焦る。そして何を思ったのか、今日もやはりベンチで日光浴をする宇宙人にヒーローの人形を渡したのだ。
「うわーん! ぼくのえいりあん返してー!」
 宇宙人はにこにこと、締まりない笑顔で少年の頭を撫でた。それを目撃する人によっては、とても気味の悪い宇宙人だというのに、少年にはそう映らなかったらしい。自分の宝物を取られていることさえ忘れ、少年は心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「じゃーねー、またあしたー!」
 昼時になり、ぱたぱたと走り去っていく少年。あ、と彼は声を上げた。宇宙人は、ヒーローエイリアンの頭部を見て嬉しそうに触角を揺らしていた。

「……明日、返しましょうね」


 ×月××日 知らないおとなと知り合いになりました

「少年、このいかにもヤのつく職業じみたボスのこと、どう思いますか?」
「ちょい待てお前。こんな所に俺を連れてきてどうするつもりだ。こんな真摯な少年の目の前に俺を引っ張ってきて……自分で言うのも何だが、悪影響だろ」
「少年、このオジサンは。おっそろしい、何とも言えない鬼とも化け物とも区別の付かない顔をしていますが。心はぴゅあ、なんですよ」
 たぶん、という言葉が付け加えられたのをボスは聞き逃さなかった。それ以前に、聞き逃してはいけない言葉が幾つもあったことに気づき、慌ててボスは抗議する。
「ちょっ、誰がオジサンだ! まだ四十……いや、三十いってるからそうかもしんねえけど。鬼とか化け物とか人のこと何だと思ってんだ!」
「少年、そしてこっちの赤い人。彼はこんな風にへらへらと笑うチャラ男で、そこらへんにいる女性を片っ端からナンパして悪さをするような外見をしています。ですが、中身自体は……だけはまともです」
「ねえ、俺。このボスさんって人もこの少年も知らないし、全然関係ないんだけど。なんで連れてこられたの。なに勝手に俺の紹介してんの」
「ですが、近づかない方が身のためです。いつも不慮の事故に見舞われ、どこかしら流血していますので巻き添えを食らう可能性も否定できません。道ばたで見かけても、絶対に近づいてはいけませんよ」
「触角弟、……俺さ。なんでそんなこと言われないといけないの。もう長年そんなこと言い合ってきたら疲れて、諦めが出始めたよ……泣いて良い? ねえ、泣いて良い?」
 ざめざめと手で顔を覆い、泣き真似をする赤い人。今日もまた、白色のシャツの背後が赤く染まっていた。

「と、いうのが。僕の身の回りの人物です。後はクラウンとかカゲとか酔っ払いとか、……まあ色々と一筋ではいかない知り合いが居ますが、今日は都合が付けられなかったので」
「とりあえず、僕が言いたかったのは外見に惑わされてはいけない、ということです」

 少年は言葉を喉に詰まらせたまま、小さく頷いた。


 ×月××日 公園にいつもいた
 うちゅうじんたちと会わなくなりました

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 ×月××日 日記帳、記念すべき十冊目突入。記念すべき十年目
 ヒーローとは何でしょう

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 ×月××日 出会いました
 ずっと小さいとき。子どもの時に出会った宇宙人と再会しました
 不思議体験だったから、てっきり夢の中の出来事だと……というか、あの宇宙人。人を襲うんだな。最低だ
 夜、いつものように見回りを行っていると、悲鳴が聞こえたため、急いで現場に向かった
 そうすると、あの夢だと思っていた出来事そのままの姿の宇宙人ふたりと、腰を抜かして震えている女性を発見しました
 とりあえず、いつものように小っ恥ずかしい、黒色のマスクとぴちぴちのスーツ姿で女性を保護しました
 ……あと、宇宙人等を追いかけましたマル

 ×月××日 落ち着いて話ができました
 とりあえず、今日の午後。宇宙人等と落ち着いて話をすることができました。昨日の人を襲っていた、というのは誤解だったそうです
 宇宙人等の姿を見て、腰を抜かして悲鳴を上げたそうで。彼等も慌てたそうです(まあ、あの触角だし)
 十数年ぶりに出会った宇宙人等は、あのときと全く変わらない姿のままでした
 私の年齢が二十歳を超すまで姿を見ないと思っていたら、宇宙旅行に行っていたという
 ヒーローになりました、と言うと。良かったね、と何とも気のない返事をもらいました



〈なりあがりとのなれあいで〉

 その日は雨が降っていた。
 あるマンションのエントランスホールについた彼は肌寒い水に濡れた触角を垂れさげ、身につけているシャツをめくり絞る。大量に染み込んでいた水は一気に地面に叩きつけられ、髪の先からは、ひたひたと水滴がこぼれ落ちる。
 そうして被っていた毛糸の帽子を振り回しながら、コンクリートの階段を上っていった。
 警備システムは皆無だといってもいいマンションの一室。そこまで辿りついた彼は、そうしてつい最近住み始めた家への扉に手を掛けるのだ。
 みよんみよん。
 ふと、その音に彼は顔を上げる。ひどく疲れ切った表情だった。目の下には色濃い隈があり、顔だけではなく頭部から生える触角さえ、疲れ果てているかのようにひどく青々しかった。
 それでも視線だけは、目の前の宇宙人をより的確に捉えている。
「――どうして僕だったんだ」
 未だに靴を履いたままの状態。すぐ目の前にいる宇宙人を押し抜ける元気もなく、その場に立ちつくした彼は強く拳を握りしめる。そうやって壁を殴る彼の姿はどこか痛々しかった。目を極限までつぶり、宇宙人自体に手を出すことはしない。それでも、何で何で、と。誰かに投げ掛けるわけでもなく、ぐるぐるとその言葉ばかりを呟く。
 ただ宇宙人はみよんといった。
 そうして彼は、感情をいつものように静めリビングへと上がっていった。
 背後から雛のようについて回る宇宙人を煩わしいと感じながらも、この日。それ以降彼は恨み言を口にしなかった。
 それでも、気持ちだけは素直だった。ちゃっかりと客用の座布団の上で寛ぐ宇宙人をキッと睨みつけ、涙の形跡さえ見られない宇宙人をひどく恨んだ。

――これは、宇宙人の触角を一本譲り受けてしまった彼が、何もかも許していなかったときの話である。

「にこにこと、笑ってばっかり。毎日毎日何で僕がこんな思いをしなくちゃならないんだ」
 家族とは会えない、会社は辞めないといけない、引っ越さないといけない、外では帽子を被らないといけない、それだけではない。ひとというものから逸脱した彼は何もかも、今と未来を捨てなければならなかった。世間から隔離されて何ヶ月たっただろうか。
 みよん、と。彼はいつもと変わらない表情の宇宙人を見据える。
 みよんみよん、みよん。みよんみよん、みよん。みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよん。
 一体どのぐらいの時が経ったのだろうか。何気なく宇宙人に対して震えさせた触角。彼は宇宙人を。宇宙人は彼を。それは互いの意思を確認することもしなかったふたりの、初めての交信だったのかもしれない。
「なにそれ……嬉しいって僕は、僕はっ……!」
 ただ宇宙人はみよんといった。
 そして彼は、宇宙人との混じり合いの中で知った。
 膨大な時間の流れを。その中でひとり、あの銀色に輝く円盤に乗り宇宙を彷徨うものを。

 泣いていた。いつもひとり。同族の仲間の顔など既に忘れてしまっていた。そんな自分が腹立たしい。円盤内の簡素な障害物。輝く色だけを見続けるという物悲しさ。様々な星に立ち寄った。誰も居ない。地球とはまた違った星にいた生き物と出会っても、何も共有できない。そんな自分が惨めで悔しい。宙を見た。円盤内から見える、それらの輝きは憎らしいだけだった。膨大な量の星々。どこに同族がいるかなんて分からない。誰かを求めていた。太陽は眩しかった。やはり憎らしい。そんなことしか出来ない自分に失望する。触角を揺らし暇をもてあます。考えることを放棄する。それでも探すことは諦めない。誰かを求める。また別の星を訪れる。自分の諦めが悪いことは自覚していた。そんな希望を捨てられない自分に泣く。泣く。泣く。涙は枯れない。何故自分は生きている。宇宙に生きている。ここにいる。ここにいる。――ここにいる。

 そして宇宙人はみよんといった。
「…………う、あ」
 彼の頭に流れ込んでくるのは一つのビジョン。
 宇宙人の触角を譲り受けたことにより、望めば過去を共有できることを知る。テレパシーを飛ばせることも知った。

 泣いていた。喪失を味わうことも出来ずに宇宙を漂流していた。そしていつものように立ち寄った星。地球。生き物がいた。自分と似たような構造の生き物だと思った。秘かな喜びを感じ泣いた。だけど違う。みよんと触角を揺らしても、通じない。誰も気づいてくれない。やっぱりひとり。それは変わらないのだと希望を自分の外へと流した。泣く。泣く。泣く。涙は枯れない。だって見つけた。自分と同じように泣いている生き物を見つけた。同じ。同族でなくとも、きっと感じているものは同じに違いない。嬉しい。嬉しい。嬉しい。みよん。

「そ、れが僕だったって言うのか」
「僕が、……――ふうう゛っ、うぐ、」
 彼は目から溢れてくる涙に手を取られる。掌だけでは足りず、腕までも使って涙を拭う彼はどこか必死だった。ただ何もない宇宙人の時間の流れを感じ取って、寂しいと感じた。それだけなのに、涙が止まらない。
「――分かった、分かったもういい。分かったから、僕は僕はっ」
 そうして彼は、許さないと言う。
「それでも、僕と宇宙人は違うっだからっ」
 嗚咽を懸命に抑えながら、彼は言葉を紡ぐ。
「僕はもうっ、過ぎてしまったことだから」
「許さないけどっ、諦めるからっ」
「だから思い出して泣くなっ」
「何で一緒になって泣くんだよぉ」
 にこにこと微笑んだまま、宇宙人は静かに涙を流す。彼は声を上げて泣いた。
 全てを洗い流そう、そんな意図が働いていたのかもしれない。

「うん、もう宇宙人を否定しない。中々長生きしてたんだな、宇宙人。仲良くは出来ないかもしれないけど、精一杯は尽くすよ。僕だって宇宙人の所為でこう、なってしまったから」
 掠れた声を上げ、「とりあえず一緒に、お茶でも飲もうか」と彼は言った。
 一本の触覚をしおらしく下げた彼は、後に続く宇宙人のみよん、という答えを聞く。そして変わり身の早い宇宙人に対して、威嚇するように声を張り上げた。
「ちゃっかり人ん家の冷蔵庫の中身を把握してるんだな! しかも僕の秘蔵のオレンジジュースとコンビニの桜餅を消耗しようとは良い度胸じゃねーか! オレンジっていうセレクトから、僕の喉をよりいっそう痛めつける気か! そうか、そうなのか。だが断らない、振る舞ってやるよ! 振る舞ってやりますよ! こんちくしょー」
 斯くして彼は、宇宙人と共にいることを容認した。最初で最後の妥協だった。



〈おわります〉

 みよんみよん。