剣、出会い、宝物:背教の子ら ( No.187 )
日時: 2012/08/15 14:32
名前: 茶野◆EtTblie50o ID:R5f/oLSo

 【5】

「その神は悪魔だ、と見ず知らずの旅人に言われた。さて、どうする」
 まず信じないだろうね、と彼らのうちの一人が言った。よそ者の言うことなど信用できない、と。
「その旅人が神の声を聞く者だったとしても」
 笑い声があがる。自らが否定する神の声を聞くなどと言うのはおかしなことだと思ったのだろう。
 村人たちと火を囲み、彼は物語を紡ぎだす。村人たちは彼の語に耳を傾ける。彼らにとってそれは物語でしかなく、彼もそれを物語以外のなにものにもするつもりがなかった。村人たちは立会人で、彼は執行人だ。
 自覚がないところは、昔も今も変わっていないのだと彼は思った。――神の言うことが本当ならば、の話だが。

 【4】

 その村の人々は火の神を祀っていた。かつて悪魔に火を奪われそうになったとき、助けてくれたのがその神だ。火は生の象徴であり、生を奪うものは悪だった。
 村人たちは神に感謝の意をしめすために、年に一回丘の上に作った祠へ火を捧げた。旅人がその村を訪れたのは、その年の火を奉納する日だった。
「今すぐ祭りをやめなさい。あなたたちの祀る神は、神ではなく悪魔です」とその旅人は言った。
「わたしは神の声を聞きました」
 彼の言葉に村人たちが耳を貸さなかったのは無理もない。彼はよそ者だった。彼らの見たこともない服を着て、同じ言葉を話しているはずなのに喋り方は彼らと明らかに異なっていた。村人たちは村を出ない。異民族と出会うことはまずなかった。たとえ旅人が神の話をしなくとも、不審に思われたことだろう。
 人々に見向きもされなくとも、旅人はかまわず話を続けた。神が言った、と前置きしたうえで彼は語り始めた。
「あなたがたの先祖は、神の言葉を聞かなかった。そのかわり悪魔のささやきに耳を貸したのです」

 【3】

 彼の言葉を信じる者はいなかった。火を奪うものが神であるはずはないと村人たちは考えていた。
「火を絶やそうとしているのは神だ。だが、それは悪魔から私たちを守るためなのだ」
 何のために神がそのようなことをするのかと問う者がいた。
「悪魔は火を好む。神はそれを知らなかったのだ。我々に火を与えてから気がついた。私たちから少しずつ火を盗んでいった悪魔が力をつけて襲ってくるぞ」
 やむことを知らない大雨の中、多くの村人たちは火種を絶やすまいと体を張って守り続けていた。彼は人々に向かって神の言葉を投げかけ続けた。
「お前たちは、火を与えてくれた神に背くというのか」

 【2】

 冷たい世界に人々は暮らしていた。
 一人の男が丘の上に立った。
 彼の手にはなにやら眩しく明るく暖かい光があった。
 彼は言った。これは神からの贈り物なのだと。

 【1】

 彼は声を聞いた。
 その声の主は光に包まれ、姿を目にすることはできなかった。

 【0】

 愛しき子よ、と光が言った。

 【1】

 彼はそれに神という名前をつけた。
 ことあるごとに「神よ」と呼びかけ、他の人々はそれによって「神」の存在を知った。

 【2】

 冷たい世界は終焉を迎えた。
 火を手にした人間たちはそれまでよりも長い命を得た。
 神に感謝しようと言い出したのは誰だっただろうか。
 彼らは丘の上に神を祀る祠を作った。
 神は感謝など望んでいないことを、神の言葉を聞いた男は知っていた。神は見返りなど欲さない。愛だけがあった。
 だが男は人々を止めなかった。人に話したことで、神との邂逅が夢のできごとのように思えてきたからだった。

 【3】

 雨はその後数日降り続けた。重い雲の隙間から光がさしてくるのが見えたとき、村人たちは悪魔から火を守りきれたことを悟った。
「神が我々をお守りくださったのだ」
 誰もがそう思った。そのうち村人たちの中に神の言葉を聞いたという者が現れた。
「神は感謝を捧げよと言っている」
 声を聞く者は一人だけではなかった。老若男女問わず、村人たちはみな神の声を聞いた。神は悪魔だと言った男も例外ではなかった。
 村人たちは話し合って、年に一度神の祭りを行うことにした。
 悪魔の存在を予知できなかった神だ。間違えることはよくあるのだろうと男は思った。
 悪魔の声を信じた村人たちの心が神の祠に悪魔を招き入れたが、誰一人として気がつく者はいなかった。
 神の声は二度と男に届かなかった。

 【4】

「このままだと悪魔がこの村を襲います」
 男が話し終わるのを最後まで聞いていた者がいた。
「ところであんたはどうしてこの村に来たんだ。あんたの言うことが本当なら、神はよそ者のあんたに話しかけたってことじゃないか。おかしいだろう」
「ええ」
 旅人はその者の言葉に同意した。
「わたしだってそう思いますよ。ですが、寝ているところに毎晩毎晩話しかけてくるものですからしかたないのです。神の言葉をあなたがたの前で話せたので、ようやくわたしは解放されます」
「それに意味があったのかね。村のものは誰もあんたの言うことなんか信じていない」
 さあ、と旅人は首をかしげた。
「わたしはどうだっていいんです。故郷の家でゆっくり寝つけさえすれば。あなたたちの神なんてわたしの知ったことではありません」
「まあ、そう言わずに。今日はちょうど祭りの日だ。ゆっくり楽しんでいくといい」
 村人たちは神の言葉を信じていない。旅人にはそもそも宗教がない。神と信仰心が結びつかなかった。幻聴だったのかもしれないと彼は思った。自分で作ったという人間一人にすら信用してもらえないものが、神と名乗るのは妥当かどうか。その神が悪魔だというもののほうがよほど神に近いだろうと彼は考えた。
 祭りは一晩中続いたが、悪魔の襲撃は起こる気配すら見せなかった。

 【5】

 神の物語を物語ること。つまり、処刑だ。彼は死にゆく神にとどめをさした。
 面白い話だったと村人たちは言った。彼らからの賛辞に笑みで答えながら、彼は神を思う。
 これで神は物語の世界の住民になった。村人たちは神が実際に存在するとは思っていない。存在が認識されないものはいないことと同じだ。神話は長く語り継がれていくかもしれない。しかしそれは物語でしかないのだ。多くの語り手によって打ちつけられてきた楔が、神をもう物語の中から離さないだろう。
 実際、神は何もできなかった。言葉をつむぐだけで精一杯だった。
 祭りにかこつけて酒盛りをする村人たち。親の手を振り払う子どもは何も考えていない。そう考えるとむなしいものだ。
 かつて彼らが神と呼んだ悪魔も死んだ。目に見えるもの以外はすべて物語になった。
「神よ」
 彼は呼びかける。
「もしもお前が本当にいたのなら、姿を見せればよかったのに」
 声を聞いたとき、すぐに殺すことを考えた。そのほうが神にとっても幸福だろうと。親元を離れていく子どもたちを見るのはつらいことだろうと彼は考えたのだ。
 村人から酒の杯を受け取り、彼は一気にそれをあおった。村のあちこちで焚いているかがり火の灯が揺れている。ふっと彼は笑う。
「何がおかしいんだい」
「いや、私も子どもだったのだなと気づいて」
 そりゃあ老人からしたら子どもだろうと誰かが言った。そうではないと彼は答える。
 自らすすんで刺したはずの刃を抜き取りたくなった自分がおかしかった。失ったのだろうか、それとも、今初めて得たのだろうか。
 もう彼はそれについて何も語らなかった。