剣、時間、魔王:多重戦隊サイムレンジャー ( No.186 )
日時: 2012/08/15 03:23
名前: 伊達サクット ID:YweRMbB2

 佐藤はごく普通の、どこにでもいる西暦2050年の日本の女子高生として日常生活を営んできた。
 しかし、ある日突然その平凡な秩序は崩壊した。父と母が五百万の借金を残して逃げたのである。家族で残ったのは、祖父と祖母のみ。
 すぐさま三人の家族会議がお茶の間で開かれた。
「ああ、どうしたらいいんじゃ婆さん」祖父が頭を抱えた。
「ああ、どうしたらいいんじゃ爺さん」祖母も頭を抱えた。
「私、お父さんとお母さんがあんな借金してたなんて、ちっとも知らなかった。私、高校通えるの?」
「よく分からない」祖父が言った。
「よく分からない」祖母も言った。
「ああ、もう! どうしてこんなことになっちゃうかな?」
 佐藤はどうしていいのか分からず途方に暮れ、後ろに寝転がった。もしかしたら家に怖い人がやって来るかもしれない。もしものときは、自分が祖父と祖母を守らねばならぬ。
 ともかく、学校の先生など、周りの大人と相談して何とかこれからの道を切り開かねばならないと思った矢先、玄関のインターホンが鳴った。
 佐藤は立ち上がって玄関へ走った。覗き窓に目をくっ付けると、サングラスをかけた黒服の巨漢が立っている。あまりの危機感に、佐藤の腕は鳥肌に覆われた。
「どちら様でしょうか?」
 とりあえず、相手が何者か確かめるために定例文句を言う。
「拷問金融の長谷川です。佐藤優子さんはいますでしょうか?」
「あの、私です」
 佐藤はおそるおそる返答した。
「借金のことでお話しがあるので、開けてもらえますか」
 拒否したところで何が解決されるわけでもないだろうから、仕方なしに長谷川を玄関に入れた。
 話は玄関先で済んだ。長谷川いわく、学校に通いながらできるアルバイトがあるという。それで借金を返済するよう勧められたのだ。
 終わった、全て終わったと佐藤は思った。援助交際だか風俗店だか知らないが、夜のバイトに決まっているのだ。どうあっても両親を恨みたくなかったので、自分の運命を呪い抜くことにした。
「それしか方法がないのなら、やらせてください」
 佐藤はめそめそ泣きながら言った。
「よし、いい子だ」
 長谷川はバイト先の人物と会わせると言い、佐藤を黒塗りのベンツに乗せた。
「どんな人と会うんですか?」
 助手席の佐藤が長谷川に聞いた。財布と携帯電話以外、全くの手ぶらで出てきたので不安そのものであった。
「宇宙人さ」
 長谷川は馬鹿にしたように言った。彼の発言にいちいち反応する気にもなれず、佐藤はうつろな目で両手を太ももに置き、流れる車窓の景色を見送っていた。
 長谷川に案内されたのは、とある貸しビルだった。彼とはビルの前で別れた。去り際に、「こんな可愛い顔してるなら、夜のバイトでも十分行けるのに、勿体無いな」という言葉を投げかけられたが、その言葉の意味するところはまだ佐藤には分からなかった。
 長谷川に言われた通りに、三階の一室までやってきたが、扉に書かれている文句は非常に怪しげなものであった。
『宇宙防衛組合 地球支部』
 と銘打ってある。エキセントリックな感じがビンビンと伝わる字面だが、風俗店よりはましだと思い、思い切って扉を開けた。
 中は、何の変哲もない中小企業のオフィスといった感じで、おかしな部分は見受けられなかった。
「おお、あなたが佐藤優子さんですね。長谷川さんから話は聞いてますよ」
 そう言って現れたのは、体格の良い中年の男性であった。しかし、体系のことより目を惹いたのは彼の服装である。
 ヘルメットを被り、ごてごてと光る装飾を施した特撮番組のヒーローのようなスーツを身に付けているのだ。あまりの衝撃的な光景に、言葉もなかった。そんな佐藤を尻目に男は爽やかな笑い声をあげ、話し始めた。
「驚いているようだね。私の名はドゴーン。はるか宇宙のチュドーン星からやってきた地球防衛組合地球支部長だ。よろしく。拷問金融の債権は我々が譲り受けさせてもらったよ。だからこれからは我々が債権者だ。両親の足取りはつかめないから君には多重戦隊サイムレンジャーのサイムレッドとなって働いてもらう。君が五人目、戦隊最後のメンバーだ」
 言っていることは分かるが、言っていることが真実かどうかは分からない。
「あの……」
「シャラップ! 黙って聞きなさい」
 ドゴーンは高圧的な態度でこちらの発言を認めなかった。そもそも、見た目が人間と区別がつかないので、宇宙人だというのが信じられない。
「今から君の四人の仲間を紹介する。ムキムキニート四天王だ。彼らがブルー、グリーン、イエロー、ピンクとなる。四人とも埼玉出身だ」
 ドゴーンは手拍子を二回打った。すると、奥の部屋から四人の筋骨隆々のマッチョマンが一列になって、のそのそと歩いてきた。四人とも、主張の強い筋肉の割にはすまなさそうな表情をしている。
 ドゴーンが小さく咳払いをして、四人の解説を長々と始めた。
「彼がブルー、ムキムキニート四天王、毘沙門天の田中。無職。就職活動もせず筋トレばかりに明け暮れて、気が付いたら三百万の多重債務を抱えていた男だ。強い奴を見るとワクワクしてくる爽やかなナイスガイだ」
「田中です。よろしく」
「彼がイエロー、増長天の桂木。無職。筋肉の割には知能が発達した頭脳派だ。その証拠に、何と九九は四の段まで言える。司法試験の準備を八年続けているが、受験したことは一度もない、気付いたら借金三百万だ。彼にとって、筋肉とは法律なのだ」
「桂木です。よろしく」
「彼がグリーン、広目天の矢島。無職。体温を気合いで自由に変化させることができるクールな奴だ。夏は江の島海岸にカメラを持って出没するぞ。ホームページの管理人で、必ず一日三回更新するほどの頑張り屋だ。借金二百万」
「矢島です。よろしく」
「最後にピンク、多聞天のイボンヌ丸山。無職。特になし、強いて言えばオカマ。借金七百万」
「イボンヌ丸山です。よろしく」
 みんなそんなにいい身体をしていたら、力仕事がいくらでもできるではないかと佐藤は思ったが、他人のことを深く詮索しても仕方がない。心配すべきは自分の今後である。
「そして、佐藤君、君がレッド、リーダーだ」
「えっ、私がですか? 見た感じ、私が一番年下っぽいんですけど」
 佐藤は真剣に切り替えした。あの自己紹介を聞いているうちに、自分がどんどんこの妙な雰囲気に組み込まれていることが分かる。運命の流れに身を任せるしかない。
「だって、こいつら全然やる気ないんだもの」
 ドゴーンが呆れ顔でマッチョ達を眺め、さらに続けた。
「いいか、諸君らの星では戦隊モノの番組はフィクションかもしれんが、我が星では生放送のドキュメンタリーなのだ」
「えっ?」
 佐藤は怪訝な表情を作って聞き返した。激しく嫌な予感がする。
「諸君らの借金は、これより戦隊全体の債務となる。よって、五人の合計二千万円を全員で協力して返すのだ。仕事はマッチョ怪人退治、週一回日曜日。ノルマ制で怪人を一体やっつければ九十万円。毎週日曜日の朝八時、こちらで用意したマッチョ怪人を宇宙船から東京に落とす。怪人は本気で無差別破壊にかかるから、せいぜい命がけで戦うんだな。その戦いぶりが我々のチュドーン星のテレビで放送されるというわけだ。我々にとっては、君達の星がどうなろうが知ったことではないからな」
 佐藤は足を震わせながら、携帯電話を持って抗議した。
「それじゃあ、自作自演じゃないの。そんなの酷過ぎるよ。人の星をおもちゃにして。そんなことするんだったら警察や自衛隊に電話するからね」
 しかし、ドゴーンは全く動揺するそぶりを見せない。
「好きにすればいい。ただし、こんな話警察は信じんだろうがね。まあ、君にやる気がなければ残念だが仕方がない。この話は他に回すから。君は宇宙人ヤクザの取立てを受けるんだな」
「喜んでやらせて頂きます……」
 佐藤は、観念してサイムレンジャーの一員となる道を選んだ。
「ううう……。恨んでやる。呪ってやる。祟ってやる」
「つべこべぬかすな。だってそうだろう? 一体倒して九十万なら利息を入れても二十五週の放送で完済だ。ツークールで二千万円の借金を返せるんだからこんないい話はないじゃないか、ん?」
 ドゴーンはおかしそうに高笑いをした。その様子を佐藤は恨みがましい視線で見つめていた。

 マッチョ怪人は本当に毎週日曜日、東京に出現した。円盤のよう形の宇宙船から、一匹ずつ飛来してくるのだ。
 佐藤は高校生活の傍ら、その都度真っ赤なコスチュームを身に付けたサイムレッドとして必死に闘うのだが、彼女以外のムキムキニート四天王はどうにもやる気がなく、酷いときには一人か二人、戦いに来ないこともある。秘密戦隊としての連帯感は皆無だ。
 マッチョ怪人の力は凄まじかったが、サイムレンジャー達の戦闘能力はそれを上向いたものであった。とにかく、街を破壊する怪人から、関係のない人々や建物を守ることを最優先で、佐藤は死力を尽くしていく。
 借金の返済は順調に進んでいたが、佐藤はある問題に気が付いた。
 サイムレンジャーのスーツには残り借金の金額がメーターで表示されているのだが、実はこのスーツ、債務残高が減れば減るほど力が弱くなっていくのである。多重戦隊サイムレンジャーのコスチュームは、借金がパワーの源になっているのだ。
 佐藤は切実に焦燥感を覚えた。これは良い傾向ではない。
 弱くなると怪人を倒せない。登場してから三十分経過すると怪人は何の脈絡もなく、勝手に宇宙船に帰還するが、その放送日は九十万円の報酬が入らないので、宇宙防衛組合に債務を返済できない。そのようなときは、次の放送分も同じ怪人が使い回しで出てくる。借金は利息で増えており、戦隊自体は強くなっている。だが、使い回しのマッチョ怪人を倒せても、次週はもっと強い怪人が登場するので、序盤は減っていた借金が、少しずつ膨らんできているのである。今までは無意識に計算を避けて目を背けてきたが、このままでは借金を返済できないのだ。
 そうこうしているうちに、サイムレンジャーは借金まみれの正義のヒーローとして日本中の話題になり、マスコミも戦隊の正体に注目し始めた。
 数ヶ月が経過したある日曜日、先週倒し損ねた『電気ウナギマッチョ』に辛勝したときのことである。佐藤達サイムレンジャーの背後に一台の高級車が停まり、中から恰幅のよい老人が数人のボディーガードと共に現れた。
「サイムレンジャーさん。先日は悪の手先からうちの孫娘を助けていただいてありがとうございます」
 老人は佐藤の手を力強くにぎり、顔に満面の笑顔を浮かべていた。
「え、私ですか?」
 そう言えば怪人の電撃から、女の子を身を挺して庇っていたのだと、佐藤は先週のことを思い返した。
「私は、日銀総裁の金子と申します。この度はせめてものお礼として、あなた方の借金を私が個人的に返済させてもらおうと思いまして」
 佐藤は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になったが、ヘルメット越しには分からないであろう。それにしても都合のよい展開にもほどがある。嬉しい申し出だが、佐藤は思った。ここで自分達が借金を返済しても、チュドーン星人は再び債務者を引っ張ってきて怪人と戦わせて、見世物にするであろう。黒幕を叩かねば意味がない。
 ふと、佐藤の頭にあるアイディアが浮かんだ。実現するか分からない、一か八かの賭けであった。
「あの、それだったら、総裁にお願いがあるんですけど……」
 佐藤は切り出した。こうなったら全てを話すしかない。
 彼女の考えた作戦に他のメンバーは同調しなかったが、リーダーとしての発言力でねじ伏せた。すると四天王は、始末が悪いことに「じゃああんたがやればいいんじゃないッスか」と言い始めのだ。結局、最後の戦いにはサイムレッド独りで臨む羽目になった。
 次の週、佐藤は現れた怪人を指一本で、木っ端微塵に粉砕した。
 東京上空の宇宙船は、すぐにはるか上空へと撤退していく。しかし、佐藤はスーツを飛行形態に変形させ、凄まじいスピードで上昇した。
 宇宙船には一瞬で追いついた。佐藤は手に持ったスピーカーで、宇宙船に怒鳴りつける。
「こら、ドゴーン! 聞いてる? これより多重戦隊サイムレンジャーはあなた達から独立します。もうあなた達は二度と地球へは来ないこと。分かった?」
 すると、宇宙船からはドゴーンの声が聞こえる。
「債務者ごときが舐めたことをぬかすな! マッチョ怪人発射だ!」
 宇宙船のハッチから十体以上の怪人軍団が出現したが、二秒後には佐藤が右手から発射した凄まじいビームで怪人達を蒸発させていた。
「何だそりゃ? こうなったら最終回で出す予定の大魔王も出しちまえ」
 ドゴーンの慌てた声が聞こえる。
「ハーッハッハッハ! 我こそ大宇宙の真の支配者! 大魔王ゴハッチューなりー!」
 突如として空が暗黒に包まれ、巨大な怪人が現れたが、それもアッパーで大気圏外に吹き飛ばした。
「そんな馬鹿な! 意味分からない! こうなったら真のラスボスも出せ!」
「我こそ大宇宙の真の真の支配者! 究極超魔帝ヨブンニューカだああああ!」
 佐藤は構わず脚をオーラで包み込んだハイキックを叩き込み、相手の肉体を木っ端微塵に破壊した。舞い散るは究極超魔帝の血の飛沫と肉片。
「やばいやばいやばい! 何とかしろおおお!」
 ドゴーンのうろたえた声が宇宙船から響いてくる。佐藤は宇宙船を指差して、勝ち誇りながら種明かしをした。
「実は私ね、日銀総裁に頼んで、首相にかけ合ってもらったの。すぐに閣僚会議が始まって、超法規的措置として一時的に日本の抱える負債を、全て私が肩代わりすることになったわけ。だから今の私のパワーは国と地方合わせて約二千兆円分! 今だって坂を転げ落ちるように力がみなぎってるんだから!」
「さよなら」
 宇宙船は宇宙へ逃げようとするが、佐藤はさらに追跡する。
「サイムレンジャースペシャルアイテム、マネーレーダー!」
 佐藤は小道具のようなレーダーを取り出した。レーダー画面には、宇宙船の中心部に赤い反応が示されている。
「……金目のもの、発見!」
 佐藤は宇宙船に突撃した。装甲をぶち破り、一気に反対側から出てきた。その両腕には巨大なコンテナが担がれている。
「あっ、それは地球で収集した宝石じゃねえか! 畜生、クソ野郎が地獄に落ちろ、返すもんも返さねえで!」
 宇宙船は、ドゴーンの憎々しげな捨て台詞を残し、よろめきながら上空へ消えていった。
「バーカ、そんな借金踏み倒すに決まってるでしょ。いつもいつも債務者は踏みにじられてばっかりなんだから!」
 戦いが終わって借金は宇宙防衛組合の債権放棄という形となり、スーツはその力を失った。そして、取り返した宝石を持ち主に返すことにより莫大な報酬を受け取った佐藤は、当分の間生活に困ることはなくなったのだ。
 両親が消えた生活の寂しさにようやく馴染んできたある朝、祖父が佐藤に尋ねた。
「また、あの宇宙人が仕返しにきたらどうするのかね。もっと強い奴を用意してるんじゃないのかねえ」
「地球に悪が再びはびこるとき、サイムレンジャーもまた蘇る……。大丈夫、そのときは、国の借金ももっと膨れ上がっているから。それじゃ、行ってきます」
 佐藤はにっこりと笑ってみせ、学校へと向かった。