魔法、出会い、宝物:ずっと一緒に ( No.183 )
日時: 2012/08/14 02:18
名前: If◆rf3Ncl3QUs ID:/KAfOrrk

※原稿用紙30枚超えてます。批評の際は大きな負担になるかと思いますので、お忙しい方はスルーしちゃってください。すみません。

 どうしても勝てない人が二人いた。一人は親友、もう一人は思い人。
「おまえはこうだから三位どまりなんだ」
 十年の在学中一度も漏らさず首席を取り続けて卒業したらしい父は、事あるごとに私にこう言った。悔しくはあったけれど、いつか見返してやればそれでいいと思っていたから、私は焦ってはいなかった。
 その父が仕事で両足を失った。
 父は職を辞す他なかった。以降も時折激痛が全身を襲う後遺症に悩まされ何の職にも就けない。父は私に何も言わなくなった。目標を見失った私はしばらく無気力になったが、私は長女、病弱な母や幼い妹弟のためにもしっかりせねばと奮い立った。そうして決意する。
 今年こそは首席を取る。
 今、収入源を失ってわずかな補償金のみで生活する私の家に高額の学費を払える余裕はない。だが首席になればその学費は全額免除される。名門レティセアークで就学しているとはいえ、中退してはまともな職にはつけない。何としても卒業しなければ、家族全員を養う、ましてや妹弟二人を学院に入学させてあげられるお金を稼ぐことはできない。卒業は最低条件、そしてそのためには今年から毎年首席にならねばならない。
 その日から私は眠るのも忘れて、毎日狂ったように勉強し修行した。まさに死力を尽くして。首席にならねば、首席にならねば、首席にならねば。呪詛のように絶えず繰り返されるその言葉だけが唯一の支えだった。
 ところが、今年の進級認定試験を目前に控えたある日、私はあまりに非情な現実を知ることになる。
 努力では天才に敵わない。

 ◇

 一限、炎属性術。
「さすがだな、フィデル。今日もおまえが一番だ」
 課題を言い渡された直後だった。去年の首席フィデルはもう用意された点火台の全てに異なる色の炎を灯らせていた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。どれも鮮やかで美しく、明かりを落とした教室の中で煌々と輝いている。涼しい顔で立っている彼と、その傍らで教授が嬉しそうに微笑む顔がほんのり見えた。
 私はというと、まだ赤と橙の炎を出現させただけだ。隣にいる去年の二位アスナは青まで灯している。やはりまた敵わなかった、が、去年までの私なら炎を一つも出せていなかったかもしれない。確かに二人に近づけている。下を向かないために、全力で前向きに考えることにした。

 二限、魔法理論。
「――ゆえに魔法で死者を蘇らせることは不可能であると言わざるを得ません」
 予習は完璧でその通りに発表もできた。思わず口元を綻ばせる。
「よく勉強していますね、サリサ」
 教授の頷きも目にし、私はほっとため息をついた。のだが。
「教科書通りに言えばそうでしょう。しかし、必ずしもそうとは言い切れません。アスナ、あなたはどう思いますか?」
「死者を蘇らせることの定義によると思います。確かに死んだ人間を何もかもそのままに蘇らせることは不可能ですが、召喚魔法で一時的に精神を呼び戻すことは可能でしょうし、回顧魔法を使えば過去の姿を蘇らせることもできます」
 突然指名されたのに、アスナは思考の間を一切取らなかった上一度も言いよどまずにすらすら言ってのけた。私は思わず空気の塊を飲み込む。
「そうですね、よい解答です。今のアスナのように、論を組み立てるときは一方向からではなく多方面から様々な可能性を検討する必要があります。よろしいですか?」
 先ほど私に返してきた無表情の頷きとは違い、満足げな表情をして教授が言った。敗北感が押し寄せてくるが、大丈夫、今度は今言われたように教科書を読み込むだけではなくて、自分自身の論も組み立てておけばいいのだ。今日は一晩中その練習をしようと心に決める。まだ、大丈夫だ。まだ追いつける。言い聞かせるように呟いた。

 昼休み。
「先輩! あの、風属性の魔法を見てもらいたいんです。お食事後、ちょっといいですか?」
 学年で五本の指に入る生徒は、こうして後輩の指導を任される立場にある。中庭で弁当を広げていると、私の胸元に輝く三と記されたバッチを目にした後輩が三人、近寄ってきた。
「そうしたいんだけど、ごめんね。明日提出の課題レポートがまだ済んでいなくて。今日はこれから蔵書室で調べものをしようと思っていたの」
 私には他の人の勉強や修行を助けられる余裕も時間もない。今も一刻も早く昼食を終えて蔵書室に急ぎたいくらいで、申し訳ないが断った。
「試験、今日の四限なんです。ちょっとでいいんです。駄目ですか?」
「ごめんね……」
 暗い顔を俯けた三人のうち、一番左の子が誰かを見つけてぱっと表情を変えた。その視線を追うと、なんとフィデルがいた。友人数名と食事の最中だ。
「ね、じゃあフィデル先輩に教えてもらおうよ!」
「そうしよっか。先輩、ありがとうございました。またお願いしますね!」
 元気よく駆けて行った三人組は、その先でどうやらよい返事をもらったらしく、揃って飛び跳ねていた。また負けた気がする、いや、これは首席のためには仕方のないことだ。そう思うことで自分を納得させて、私はちぎったパンを口に含んだ。

 三限、魔法実践。
「はーい、二人一組になってー。今日は防御魔法の訓練をしますよー。片方が防御魔法を張り続け、もう片方は催眠魔法で攻める。相手が眠ってしまったら目覚めの魔法を使ってあげてねー。いいですかー?」
 ペアは成績順に決定された。私の相手は学年四位オルスだ。申し訳ないが、今の私なら彼には負ける気がしない。
「先どうぞ」
 お言葉に甘えて、先に催眠魔法をかけさせてもらう。呼び出した薄黄色の光はオルスの作った防御障壁を一度で破壊して、すぐに彼を眠りにいざなった。起こす前に、首席と二位の戦いを見学させてもらうことにする。飄々としたフィデルと意気込むアスナが対峙していた。
「どっちから?」
「あなたが先に防御魔法張って。行くわよ!」
 初っ端からアスナが全力で催眠魔法の連撃を叩き込んでいるのが分かったが、フィデルは顔色一つ変えずに拵えた防御魔法で完璧に防いでいる。アスナは時間が経つほどに頭に血を上らせて、攻撃はどんどん激しくなっていく。
「アスナ、落ち着きなさいよー」
 教授の声が響いたがアスナは無視した。いくらやっても一向にフィデルの防御魔法を破れる様子はない。そして。はっとした。アスナが使う光の色が濃くなったのだ。あれはきっと強制催眠魔法だ。七回生で学習するはずの魔法。練習場にざわめきが溢れた。今や生徒全員が二人の戦いを見守っていた。アスナが両手を使いありったけの力を込めて放った強制催眠魔法は、フィデルの防御魔法の障壁に触れた瞬間、ひゅんっと跳ねて彼女の方へ返っていった。私は目を一杯に見開いた。あれは反射魔法だ。八回生で学習する魔法のはず。
「は、反則よ!」
 抗議の声を上げるも今さら、アスナは自身の渾身の魔法を頭から浴びた。ぱたりと倒れた彼女は、このまま魔法の効力が切れるまで覚めない眠りにつくことになるのだろう。
 私は呆然とした。今度はどう考えても自分を奮い立たせることなんてできなかった。首席を定める進級認定試験まであと三日、こんなにも明瞭にあの二人との差を見せつけられては、もう。
 三限の授業をその後どう過ごしたかは覚えていない。終了のチャイムを聞く。ふらふら練習場を出ようとした私を、いつの間にか近づいていたらしいフィデルが呼び止めた。
「サリサ、ちょっと頼みがあるんだけど」
 こういう心理状況でなければ喜んだに違いないが、現在の私にそんな余裕はなかった。煩わしい気さえする。
「なに?」
「こいつ、女子寮まで……っていうか、おまえら相部屋だったよな? だったら部屋まで連れてってやってくれないか? 四限の教授には事情話しとくから」
 フィデルが指差したところには浮遊魔法で宙に浮かされたアスナがいた。なんだか気に入らなくて、つんとした返事をしてしまう。
「どうして反射魔法なんて使ったの? こうなるの、分かってたでしょうに」
 フィデルは優しい顔をしてアスナを見た。ああ、と思う。胸の奥がきりきり痛む。目を瞑ってしまいたくなる。
「最近寝てなかっただろ。こうでもしないと寝ないと思って」
「……優しいね」
「あんまり頑張られると首席取られるから、こっちも必死なんだ」
「嘘ばっか。いつも余裕でいるじゃない」
「そういうことにしといてくれよ」
「分かったわ」
「あと、おまえも寝ろよ。すごい顔になってる」
 自分の目の下をなぞって、フィデルはちょっと笑った。頼むな、と言い残して踵を返した彼の背中を見送る。
 分かる。フィデルがアスナに向ける目と、私に向ける目は何かが決定的に違う。きっとフィデルはアスナのことが好きだ。
 ふわふわ浮いたまま安らかな寝顔で私に運ばれるのを待つアスナを見る。大好きな親友だ、けれども今は妬ましくてならなかった。そして、そんな感情を抱く自分を心から嫌悪した。

 ◇

「あ、おはよう、アスナ」
 アスナが目を覚ましたのは夜半を過ぎた頃だった。何をするのも嫌になっていたはずなのに、まだ諦められずに教科書や参考書、辞書を広げて奮闘していたところだった。上半身を起こしたきり寝ぼけ眼でぼうっとしていたアスナの顔を覗き込みに行く。
「よく眠れた? よかった、ちょっと目の下の隈マシになってるよ。最近全然眠ってなかったでしょ?」
「えーっと、なんで私……ああ、そっか……」
 思い出したらしく、アスナは肩を落とした。そのまま溜息をこぼす。
「あいつもう反射魔法も使えるのね。やられたなあ」
「魔法実践の教授が呆然としてたよ。強制催眠魔法に反射魔法の撃ち合いなんて、とても六回生には見えないって」
「でも負けたし、嬉しくないわ」
「ほんとアスナは負けず嫌いね」
 不服げなアスナは次はどうしたら勝てるかを考え始めた。私も反射魔法を使えるようにならなきゃ。独り言が漏れている。これ以上離されては困る。遮るように私は声を掛けた。
「いつ強制催眠魔法なんて使えるようになってたの? 私、全然知らなかった」
「この間、ちょっとね。催眠魔法の練習してたらできるようになったの」
「術式理論は知ってたの?」
「ああ、私あれ嫌いなのよ。感覚頼りで実践的にやってみた方が速いわ」
 声を失った。術式理論も覚えずに感覚で魔法を会得することができるなんて、そんなことがあり得るなんて初めて知った。目の前のアスナが急に遥か遠くの存在に見えた。アスナもフィデルも、天才なのだ。始めから凡人には決して手の届かない高みにいるのだ。
 泣きたい気分だった。今まで精一杯の力でぴんと張り詰めていたものが、ぷつりと切れてしまった。もう永遠に立ち上がれないと思った。
「朝までどれくらいあるかしら。寝てる場合じゃなかったのに。このままじゃ今年もフィデルに負けちゃうわ」
 そしてアスナ自身も三位の私には目もくれない。自分より上にいるフィデル一人しか見えていないのだろう。どうしようもなく惨めになる。
「今年こそは首席を取りたいのよ」
「そうだね」
「頑張らないと」
「そうだね」
「どうしたら勝てるのかしら」
「そうだね」
「サリサ?」
「そうだね」
「ちょっと、サリサ!」
 身体を揺さぶられて我に返った。アスナが眉根を下げた心配そうな顔で私を見ていた。
「サリサ、大丈夫?」
「え……あ……うん」
「顔色悪いわ。熱は……ないようだけど、医務室に行きましょ」
「ううん、大丈夫。大丈夫……」
「大丈夫には見えないけど……そうね、やっぱり今日はもう寝ましょ」
 アスナが気遣ってくれているのが分かった。明るいと私が落ち着いて眠れないから、アスナも勉強をやめて眠るつもりなのだ。でもその心遣いが勝者が敗者へかける情けのように思えて、私は一人でますます惨めになっていく。
「おやすみ」
 アスナは私を布団に埋めてから自分のベッドに戻って、明かりを落とした。闇の中でひとり絶望する。
 勝てない。才能に差がありすぎる。二人がいる限り、私は首席になんてなれない。首席になれなければ学院を卒業できない。卒業できなければ就職できない。就職できなければお金はもらえない。お金がもらえなければ私の家族はどうなるのか。生活ができない。妹弟を学院にやれない。このままでは私の家族は破滅する。
 どうすれば首席を取れる? できる限りの努力はした。埋められない差というものを身をもって知っただけだ。時間があれば可能だったとしても、試験まではあとたった二日だ。もう努力ではどうにもならない。
 どうすればいいのどうしたら首席になれるのそんな手段がどこかにあるのでもどうにかしないとなんとかしないとだって私が卒業できなかったら家族がだけどどうにもならないなにもできない私はこのまま学院を中退するしかないのかもしれないでもでもでもそしたら――
 延々と下る思考はついに暗闇の底へたどり着いて、一つの恐ろしい答えを私に与えることになる。
 こうするしか、ない。

 ◇

「アスナ、フィデル。大事な話があるの。放課後、少しだけ時間をちょうだい。第三研究室で待ってるから」

 ◇

 召喚魔法でだけ、私はアスナとフィデルに肩を並べることができた。一番得意な魔法でさえ並ぶのがやっとだというのは悲しい話であるが、それでも天才の二人と同じ場所に立てるというのは私にとって誇りだった。唯一父親に褒められたことがある魔法でもあったから。
 その誇りだった召喚魔法で、私は今日、二人を陥れる。
 研究室の暗幕を全て引き終える。部屋は真っ暗になった。
 努力が足りないゆえに上に立つ者の足を引っ張ろうとする人間たちを、私はずっと軽蔑してきた。最も忌むべきものだと思っていたその行為に、私は今日、手を染めるのだ。嘲笑していた。ここまでくると惨めを通り越して愚かだ。しかしプライドを捨ててでも、どんなことをしてでも、私は首席にならなければいけない。こうするしかない。繰り返し言い聞かせることで無理やり納得する。
 紋を描き終え、中央に立つ。両手を広げれば淡い紫の輝きが暗がりに溢れた。
「……サリサ?」
 扉が開いた音がした。薄い光に照らされたアスナとフィデルが見える。一緒に来たようだ。同時に召喚も終わる。人ならざるものの息遣いが、静かな部屋の中でよく聞こえる。
「アルガル、施錠魔法」
 私の命に応えて、呼び出した魔法生物アルガルは天才二人の退路を断った。私の施錠魔法では二人には効力がないも同然だが、アルガルの魔力にはいくらなんでも勝てないはずだ。同じクラスの魔法生物を召喚するしかないが、そんな時間はあげない。
「サリサ、どういうこと? なんで施錠魔法なんか……それに魔法生物なんか呼び出して」
 浮遊魔法で浮き上がって白い鬣をそっと撫でてやると、アルガルは嬉しそうに鳴いた。
「ごめんなさい。でも、こうするしかないの」
「こうするしかないって?」
「私、首席にならないと」
「待ってサリサ、どういうことなの?」
 混乱しているアスナには答えを返さず、撫でる手を止めてアルガルに指示を出した。
「アルガル、いい? 使うのは強制催眠魔法だけよ。あなたの魔力なら、フィデルもアスナも三日は眠らせることができる。絶対に他の魔法は使っちゃ駄目だし、乱暴も駄目。いい? 二人に怪我なんてさせたら、私、二度とあなたを呼ばないからね」
「待ってサリサ!」
 アルガルは承知してくれた。立ち尽くす二人に向けて初撃を放つ。黄色い閃光が闇を裂いて走ったが、さすがは学年首席と二位、左右に飛び退って避けた。
「さすがに一回じゃ駄目だね。アルガル、いい子ね、もう一回。今度はちゃんと当ててね」
 耳の傍まで高度を上げて、顔を寄せて囁くように言う。アスナは焦っていたが、フィデルは落ち着いていた。先にアスナから狙うように命じる。
 光が集まって再び迸ろうとしたその瞬間、急にアルガルが呻いて震えた。逆側からフィデルが何らかの魔法を撃ったようだ。
「厄介なの呼び出したな。あんなの、オレの反射魔法じゃ跳ね返せない」
「アルガル、平気?」
 怪我をしていないか確認したいが、アルガルが大きな身体で暴れ始めたせいで上手く反対側へ回れない。
「アルガル、駄目! 落ち着いて、アルガル、駄目だって……あ、きゃっ」
 鎮めようと鬣に触れたのがどうやらいけなかった。一段と大きく振り回された長い首がちょうど腰に激突する。集中が途切れて浮遊魔法を継続させることに失敗し、私は勢いのままに弾き飛ばされた。壁にぶつかると、一瞬目の前が真っ白になる。
「あ……」
 頭を打ちつけた。くらくらするが、気を失っている場合ではない。歯を食いしばって意識を手繰り寄せ、瞬きを繰り返すうちに視力が少し戻ってくる。アルガルが怒りの矛先を私に向けたのが分かった。私を睨みつけて、私に突進してこようとしている。少し安心した。フィデルの方へ向かわないかと心配していたのだ。
 私でよかった。そうよ、私に怒って。私は悪巧みにあなたを利用したのよ、アルガル。私、親友と好きな人を罠に嵌めようとしたの。最低な人間なの。アルガル、私、もう駄目よ。殺してくれたっていい。
「サリサ!」
 アスナの呼び声が私を引き戻した。視界が完全に戻ってくる。いきり立つアルガルの傍で、アスナとフィデルが私を案じるような顔を向けていた。
「停止魔法な」
「え、そんないきなり」
 せーの。二人同時の合図、二人同時の魔法。二本の白い光線が直撃すると、アルガルはぴたりと動きを止めた。
「サリサ、大丈夫? 怪我はない?」
 駆け寄ってきたアスナが座り込んで私の身体を抱える。どうして優しくしてくれるの。私、ひどいことをしようとしたのに。堪えきれずに涙をこぼした。大声を出して思い切り泣きたかったけれど、突然響いた大きな音がそれを許さない。
「うわー、二人がかりでたったの三秒って」
 アルガルはまた首を振り回しながら四本の足で地団駄を踏み始める。このままではアスナとフィデルが怪我をしてしまうかもしれない。それだけは止めなくてはならない。
「アルガル、駄目って言ってるでしょ! 友達なの! 暴れないで! アルガル!」
 主の声も今となっては届かない。見境なく周囲の物の破壊を始めたアルガルを見て、アスナが立ち上がった。
「サリサ、こうなったらもう力ずくで黙らせるしかないわ。できる?」
 手を差し伸べられる。こちらからも伸ばそうとして、しかし躊躇った。
「私……私……ごめんなさい……」
 アスナは微笑むと腰を屈めて私の手を自ら取った。強い力で引っ張られて腰が浮く。助けられて、私も立ち上がる。
「何か理由があったんでしょ?」
「ごめんなさい……でもお願い、アルガルを傷つけないであげて。悪いのは私だから」
「分かってる」
「喋ってないで手伝ってくれよ。きついどころじゃな――」
 アルガルが次から次に放つ魔法攻撃を、フィデルは一人で必死に防いでいた。輝く障壁が彼の前に作られていたが、多くの魔法を受けたせいで大きく撓んでいる。
「フィデル!」
 アスナが高く叫ぶ。強力な破壊魔法が放たれたのだ。撓んでいた壁に亀裂が走った。駄目だ、持たない。私は反射的に両手を伸ばした。防御魔法を詠唱する。フィデルを何とか守ってくれるように念じて。
 そして、間一髪。フィデルの防御魔法が砕かれた直後に私の防御魔法が間に合った。アルガルの魔法はやはり強く、フィデルの障壁にあらかじめ威力をいくらか削がれていても相殺されてしまったが、どうにか守れた。心の底から安堵する。
「フィデル、大丈夫?」
「ああ。助かった」
 けれども、まだアルガルは止まらない。暴れて暴れて手がつけられない。皆であちこち逃げ回っていると、フィデルがアスナを指した。
「オレとこいつでどうにか強制催眠魔法かけるから、おまえは回帰魔法に集中しろよ」
「うん……ありがとう」
「よし、やるぜ、アスナ」
「ええ」
 怒りで暴れ続けるアルガルが教壇へ向けて首を振り下ろした。教壇は見る影もなく破壊されたが、少しの間アルガルの動きを止めてくれる。
「今だ!」
 掛け声の直後、今度も息ぴったりにフィデルとアスナの魔法が発動された。黄色い閃光は二方向からアルガルの身体に直撃し眩く輝く。教壇に頭を突っ込んだままアルガルは膝を折った。今なら還せる。紫の紋を広げて目を瞑る。集中して、私は回帰魔法を詠唱した。
 瞼越しの回帰魔法の光が見えなくなって、しばらく。息を切らしながら私はおそるおそる目を開く。引き千切られたカーテンから薄明かりが漏れている。研究室はひどい有様だったが、横から顔を出したアスナとフィデルは笑顔だった。
「やったな」
「成功よ、良かったわ」
 気が抜けて、足からかくんと力が抜けた。
「怪我は? 二人とも、怪我はしてない?」
「大丈夫よ、私もフィデルも無傷。でもサリサが……ほら、頭、たんこぶになってる」
 アスナが治療魔法を使ってくれる中、私は研究室を再び見渡した。机は軒並みひっくり返り本棚は倒れ黒板は陥没し電灯は割れて、全員がほぼ無傷でいられるのがおかしなくらいだった。
「私、本当に……ごめんなさい」
「何があったの? 首席にならないといけないって、どういうこと?」
 治療魔法を終えて、アスナがしゃがみこんで私と目を合わせた。言わないでおこうと思ったが、理由も知らずにこんな目に遭わされたら二人も納得いかないだろう。俯いて、切り出す。
「少し前、お父さんが大怪我して……仕事ができなくなったの。このままじゃ私、来年の学費が払えなくて。でも中退したら、家族全員を養えるほどのお金は稼げないから……どうしても首席になって、学費免除を取らなくちゃいけないの」
 アスナもフィデルも何も言わずに私の言葉を聞いてくれている。徐々に指に力が入って、私は拳を握り締めた。
「私、自力で頑張ろうとした。こんな卑怯な手、使いたくなんてなかった。だけど昨日の魔法実践での二人を見て……努力じゃどうにもならないことがあるって、そう思った。どうしたって敵わないよ」
 だって、強制催眠魔法も反射魔法もまだ術式理論さえ教わってないじゃない。涙声になりそうなのをどうにか堪えて話し続ける。
「それをいとも簡単に撃ち合って……どうしても敵わないって思ったの。だから試験が終わるまで、眠っていてもらおうと思って……本当にごめんなさい」
「そうだったの……」
 けじめはつけなくてはならない。私は涙が浮いてきた目を拭い、顔を上げて足を立てた。
「私、ちゃんとこのことを教授に話してくるね。迷惑かけて本当にごめんなさい」
「待って。どうして話してくれなかったの? そういうことなら私たち」
 そのとき、扉付近で物音がした。開錠魔法が使われる。一体誰だろう? 三人全員で注目する。ゆっくり開かれた扉から、史学の教授がひょっこり顔を出した。息を飲み込む。
「君たち」
 教授は見るも無残な研究室の様子を目にすると、言葉を忘れたようにあんぐり口を開いて硬直した。他の二人に迷惑をかけるわけにはいかない。先手を打った。
「あの、教授、これは全部私が!」
 ところが、全部言い終える前にアスナに妨害される。口を塞がれて声が出せない私の代わりに、彼女が罪を負おうとする。
「教授、違います。これは私たちのせいなんです。その、昨日のことで喧嘩になって」
「おまえオレを巻き込むなよ」
「いいでしょ! 話し合わせなさいよ!」
「ああはいはい。そういうことです教授」
 フィデルまでこんな返事をする。なんとかアスナの腕から逃れようと悪戦苦闘していた私だったが、結局解放されたときには話は終わってしまっていた。誤解を解かなくてはと慌てて進み出たとき、教授は「待ちなさい」と言うと、私、アスナ、フィデルを順々に見て再び私に目を戻した。
「サリサ、君のご両親から学費については前々から相談を受けていた。学院は当面支払いを猶予することを決定している」
「あ……」
 先ほどの話を全部聞かれていたようだ。ばつが悪くなって、それから両親が既に話をしていたことに驚いたのもあって、私はどぎまぎした。
「そして、君への処罰だが」
 続いた言葉に腹を括った瞬間、後ろからアスナが大きな声で抗議した。
「教授、待ってくださいってば! 私たちが悪いって言ってるじゃないですか!」
「まあ待ちたまえ。君たち全員にこの研究室の修復をしてもらおう」
「え? それだけですか?」
 拍子抜けしたようにアスナが尋ねる。私も意外すぎて目をぱちぱち瞬かせた。教授はちょっと笑って答える。
「不満かね? ならばさらに全員史学のレポートを再提出――」
 これには即座にフィデルが応じる。
「いえ結構です」
「では、ぴかぴかにしてくれたまえ。ぴかぴかに」
 教授の声に、全員揃って元気に返事した。
「はい、喜んで!」

 ◇

 壊滅的な被害の出た研究室の修復は、優秀な二人と一緒でも大変な作業になった。魔力はとっくの昔に使い切り、今では全員手でガラスの破片を拾い集めたり書籍を本棚に戻したりと地道な作業になっている。しかしそれも大詰めで、私が最後の机を拭き終えることで全ての修復活動は終わった。二人は文句一つ言わず最後まで付き合ってくれた。
「ふー、疲れたわね。でもこれ、絶対前より綺麗になったわよ」
 アスナの言葉に促されて研究室を眺めると、確かに、研究室特有の埃ぽさも黒ずみも何かの薬品のにおいもなくなっていた。心も一緒に洗われたような晴れやかな気分だ。
「アスナ、フィデル、本当にごめんなさい」
 改めて頭を下げて謝罪すると、返事はすぐに返ってきた。
「もう気にしないの! こっちは全然気にしてないんだから。ね? あなたもでしょ?」
 ちょっと頭を起こすと、アスナがフィデルを睨みつけているところだった。彼は苦笑で答える。
「脅さなくてもオレも気にしてないし」
 あんなことを仕出かした私を、この二人は少しも恨まずに許してくれている。やっぱり敵わないと思うが、今度は後ろ暗い感情はついてこない。素直に二人のことをすごいと尊敬できる。
「試験、頑張りましょうね」
「お願いだから私に気を遣わないでね。じゃないと私」
「分かってるわ。首席は私がいただくから。サリサにもフィデルにも負けない」
「悪いけど今年もオレがもらっていくから、そのつもりでよろしく」
「あなたねー!」
 口喧嘩を始めた二人を見て、私は思う。
 私は最高の友達に出会えた。ずっと一位にはなれないかもしれないけれど、そんなのはどうだっていい。二人と一緒に過ごせる時間が私にとっては何より大切なのだ。こんな二人と同じ年に生まれて同じ場所で勉強して、そして友達にまでなれるなんて、私は世界の誰より恵まれている。
 ふと仰いだ夜空で星が一筋流れ落ちた。間に合わなかったけれど、願ってみることにする。
 アスナとフィデルと、これからもずっと一緒に居られますように。