時間・出会い・魔法:茨姫 ( No.182 )
日時: 2012/08/08 09:07
名前: にゃんて猫 ID:13DS.4dM






少女は花を植えていた。広がりのない世界で。ただ、花が好きだったから。

男は少女を殺した。広がりのない世界で。ただ、花が嫌いだったから。



「どうして分かり合えないのかしら」

少女は男に言った。

「どうして分かり合う必要がある」

男は答えた。



「何度花を踏み潰されても、私はまた花を植えるでしょう」

茨に足を取られた少女は言った。

「どうしてお前は花を植えるのだ」

男は問うた。

「それが定めだから」

少女は答えた。



「花が好きなのか」

男は少女に尋ねた。

「はい」

少女は笑った。

「俺を愛しているか」

男は問うた。

「ええ」

少女は眼を閉じて言った。



「囚われの姫を助けにきた騎士気取りなのでしょう?」

茨姫の少女は言った。

「そうだと言ったら?」

騎士の男は問うた。

「囚われてなどいません。私は花が好きなのです」

茨姫の少女は冠を捨てた。



「茨の中に眠る姫君よ」

男は呼んだ。

「いいえ、私は花を植えているだけです」

少女は首を振った。

「その茨の花には人を惑わす毒がある。早くこちらへ」

男が手を差し出した。

「いいえ、私は毒に犯されてなどいません」

少女は首を振った。



迫り来る茨のつるを斬り伏せ、騎士の甲冑を身につけた男が現れた。

「俺は花が嫌いだ」

毒の花が華美に花開く。それを黄金の剣で斬って捨てた。

「私は花が好きです」

茨の向こうで、冠を抱いた少女が啼いた。



「眠り姫はどこにいる」

男は探した。

「眠り姫はきれいな花をつけた茨の中にいるよ」

魔女は嗤った。

「ならば茨を薙ぎ倒し、姫を助けよう」

男は広がりのない世界へ足を踏み入れた。



「人を探しているんだ」

男は人々に聞いた。

「それは一体どんな人か」

人々は男を王と呼んだ。

「美しい少女だ」

男は人々に教えた。

「それはきっと、東の森の『眠り姫』に違いない」

人々はそうだ、きっとそうに違いない。と口々に言った。

「東の森のどこにいるのだ」

男は問うた。

「森の魔女に聞けば分かるだろう」

人々は答えた。



「私は花を探しに行きますね」

少女は言った。

「幻の花だ。見つかるわけがない」

男は言った。

「見つけたら、種を植えて増やしましょう。そして、あなたにも与えましょう」

少女は言った。

「花が好きなのか」

男は少女に尋ねた。

「はい」

少女は眼を閉じて言った。

「俺を愛しているか」

男は問うた。

「ええ」

少女は笑った。



少女は男と出会った。のちに一国の王となる男である。

少女は一目で恋に落ちた。男も少女に恋をした。二人は深く結ばれた。

ある時、男は傭兵として戦争に行くことになった。花の咲かない荒れ地に。人を殺しに行くのだと。

ある時、少女は花を探しに行くことにした。この世で一輪しかないと言う。茨に咲く幻の花を探しに。

こうして、二人は―――――



ああ、そうだろう。何度でも繰り返すのだ。何度でも。



「その花は一度だけ願いを叶えることができる花だよ。魔法の花だよ」

魔女は嗤った。

「魔法なら、どんな願いでも叶うのだろうか」

男は問うた。

「叶うさ、どんな願いでも」

魔女は嗤った。

「ならば、出会ったあの時まで戻りたい」

花が萎れ、そして世界は巻き戻った。



黄金の剣が少女の体を貫いた。

「ああ、俺は何ということをしてしまったのだ」

男は嘆いた。もう動かないその肢体に顔を埋めて。

「花を」

どこからか声がした。少女の声だった。

「幻の花か。この花が」

男は少女の手から美しい花をそっと取った。

「これが、お前が私に与えると言った花なのか」

男は啼いた。



少女は花を植えていた。広がりのない世界で。ただ、花が好きだったから。

男は少女を殺した。広がりのない世界で。ただ、花が嫌いだったから。

そして繰り返すのだろう。何度でも。その真っ直ぐで交わることのない愛を。

永遠に。



fin.