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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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気になるあの子を眼鏡っ娘にする方法 ( No.94 )
   
日時: 2012/03/10 00:01
名前: 空人 ID:3aIHTkMs

 休日の図書館は粛々とした喧騒の中にある。
 大陸中の魔道書、禁書、楽譜等が一堂に会すこの魔道図書館においてさえ、書籍のデータ化の波は抑えられないものであった。
 幻術士たちが編み出した“奇界”は、空間魔術でもちいる仮想空間に、人の力で顕現せしめた異界である。彼らはそこに規則性と限度を埋め込み、魔力を有する者であれば誰でも利用できるオリジナルスペース“上部催都”の設立をやってのけたのだ。これによってある者は自社の紹介や宣伝、販促を行い、またある者は個人の趣味や、仲間たちの集う対話空間に利用した。
 この魔道図書館も例に漏れず上部催都を建ち上げており、そこで閲覧できる書籍数は無限に思えるほど膨れ上がっているのである。ひとえに仮想空間であるが故の矜持だと言えるだろう。

 斯く言う私もそんな上部催都を利用する者の一人であった。催都を利用する為には補助魔道具である“魔道眼鏡”を使用する必要がある。レンズに映る情報を思念で操作できるのだ。これをかけながらであれば、歩きながらであっても情報の閲覧は可能ではあるが、注意が周囲に向かなくなり、衝突事故が起こった例も少なくない。
 故に私は、この図書室の賑やかな静寂に身を委ねることが日課になっていた。最近のお気に入りは、各人で作り上げた幻術映像を上部移相し、上部閲覧者に無料で配信する催都『世を滑る会』にアクセスして、魔道眼鏡の蔓の部分から骨伝導で伝わる音楽を聞き流しながら、魔道書の文字を指でなぞる。そんな贅沢を満喫しているのだ。

「――っ」

 しかし最近、酷使してきた魔法端末にはノイズが混じるようになってきた。この魔道眼鏡はもう三年も使い続けている。そろそろ機種変更をしなければならないのかもしれないと思いながら、これまでは愛着と怠惰の導くままにしていたのである。

「どうしたのシー、浮かない顔して。『よをすべ』でグロい動画でも見つけた?」
「ユー……」

 眼鏡をはずして見上げると、そこには心配顔の友人が居た。彼女もまた重度の上部依存者だ。自分の術歌を世を滑る会(略称:よをすべ)に上部移相している謡い人でもある。それなりに人気があるらしく、私もしばしば彼女の術歌の視聴に時間を割いていた。

「違うよ、ちょっとノイズがね」
「あー、古いもんねその機種。買い換えないの?」
「まぁ、それには先だつものが、ね……」

 仕送りとアルバイトで食いつないでいる学生に、魔道眼鏡の買い替え等、必然性の高い出費は鈍い痛みのように懐具合を蝕むのである。顔をしかめる私を見て、友人は何かを思いついたように表情を変えた。

『そうだ、ちょっと待ってね……ほい』

 今更ながら周囲に気を配ったように念話通信に切り替えて、ユーはとある催都のアドレスを私に提示してきた。

『これは?』
『今年起業した眼鏡メーカーの広告催都。その下の方を見てみて』

 友人のどこか胡散臭い誘導と、やはりどこか胡散臭い広告に眉をしかめながら、私は催都の文字を追う。
 そこには、新製品のモニター募集という文字が躍っているのだった。





 催都に載っていた住所が近所だった事もあり、半ば強引ではあったが私はユーに手を引かれ件の新規眼鏡メーカーを訪れていた。シンプルな装いの建物は街中に溶け込むように慎ましやかに建っていて、さりげないセンスの良さに期待以上のものを感じた私達はガラス戸をくぐり受付へ足を進める。

「いらっしゃいませ、コバヤシテクノコーポレーションへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」

 どうやら眼鏡の製作会社というよりは、魔道具の技術開発を担う研究所と言ったほうが正しいようだ。受付のお姉さんの貼り付いた接客に会釈をかえしながら、躊躇する私を置いてユーが進み出る。

「モニター募集の広告を見てきました」
「かしこまりました。ただいま担当の者をお呼びいたしますので、待合室にてお待ちください」

 やや礼節に欠けるユーの態度が受付嬢の笑顔を揺るがすことも無く、私たちは簡素な一室に通され担当者を待つ事となった。程なくして現れたスーツ姿の男性は私たちを油断の無い瞳で観察した後、その切れ長の目に営業スマイルを貼り付ける。

「お待たせして申し訳ありません。ワタクシ、新商品開発担当のオギと申します。今回はモニターを引き受けて下さるとのことで、まことにありがとうございます。先ずはお名前と、ご職業もしくはご所属を教えていただけないでしょうか?」

 あきらかな年下相手に対しての丁寧すぎる言葉遣いが、私の警戒心に拍車をかけてくる。しかも先ほどまで勢いのあった隣の友人までも、なにやら萎縮してしまっているようで、意図してかどうかはわからないがそれなりの効果があったのだろう。

「シー・クエンス。メビウスアカデミーの二年生です」
「あ、同じくアカデミー二年のユー・ジュアルです。よろしくお願いします」

 後半の声をフェードアウト気味にしてどうにか自己紹介を終えたユーの姿に溜め息をこらえながら、私は対面の男性『オギさん』の様子にも注意を忘れなかった。彼の営業用の笑顔に作り物らしからぬ意思が宿るのを微かに感じたのだ。

「ほう、アカデミーの学生さんでしたか。失礼ですが何か証明できるものはお持ちですか?」
「ああ、はい。学生証で良いでしょうか」
「ええ、かまいませんよ」

 私たちが学生証を提示すると、その写しを作成するとの事でオギさんは一時的に席を外す。イチイチこちらに許可をとるという丁寧な姿勢は相変わらずだ。
 緊張気味の相方に声をかけ、その緩和に努めているとオギさんが戻ってきた。

「失礼ながら控えを取らせていただきました。こちらはお返しいたします。お二方とも大変優秀なご様子なのでこちらとしても喜ばしい限りですよ」
「いえ、所詮学生の身ですので」
「これはご謙遜を。先ほどからの対応一つ一つにも優秀さが現れておりますよ。それに……失礼ですがユーさまはもしかして『詠い人』では?」
「えっ、ご存知なんですか!?」
「はい、いつも拝聴させていただいております。先日上部移相された『異次元ドリームフィーバー』は素晴らしい出来でした」

 先ほどまでおとなしかった友人が身を乗り出すようにして会話を始める。彼女の緊張を緩和させるための話題だったとしても、オギさんの抜け目の無さは侮れないものだといえるだろう。もちろんただ彼女のファンだったという事も考えられなくは無いが、学区内でも彼女のファンだという者を見かけたことは無かったので、その光景に違和感を覚えたのだ。
 術歌に関する二人の会話を聞き流していると、オギさんの部下らしき女性が書類と小さな箱を二つ抱えて部屋に入ってきた。私たちの前に並べられたそれらに促されるように、二人の会話は止まり、オギさんの説明が始まる。

「そちらには新製品の取り扱いについての説明とモニター試験に関する説明が書かれています。こちらが誓約書。よく読んでサインして下さい」

 渡された資料をパラパラとめくる。どうやら基本的な使い方は従来のものと変わらないようだ。しかしもう一つの品はどう考えても違う。渡された箱は従来の魔道眼鏡にしては小さすぎるのだ。

「そちらの箱が今回モニターしていただく新製品になります。当社の自慢の品ですので、どうぞご覧になってください」

 やはりコレが新製品らしい。訝しく思ったのは友人も同じようで、互いの顔をうかがいながら私たちはその箱を開ける。中には二つの対になったケースが入っており、それを開けた先にようやく見つけ出した新製品は、何の飾りも無い小さなレンズだった。

「これ、フレームは無いんですか?」
「はい、そちらは直接目に装着するタイプになっておりますので」
「えっ、そんな事をして痛くないんですか?」
「個人によっては痛みや違和感が発生するケースもありましたが、慣れてしまえば問題ないようです。もちろんそのあたりは実証済みですので、ご安心ください。簡単に説明いたしますと、直接装着する事で、ご覧になった情報を素早く、そして大量に脳へと送ることが可能になったのです。上部催都の閲覧の他、目の前で展開される魔術や魔力のこもった現象に関しても情報を表示できるようになっています。そちらのケースには浄化の魔方陣が仕組まれていますので、就寝時に外していただいて洗浄なさるのがよろしいかと思います」

 目蓋の中に異物を仕込むというのには少し抵抗を覚えるが、言っていることは確かに納得のいくものだった。さらに、一週間試験的に着用し、その感想や問題点などをレポートで提出すれば、その後このレンズは私たちの私物として使ってもかまわないという。機種交換が必要な私にとっては願っても無いことだ。

「ただし、モニター中のレンズの破損、紛失には相応の金額をもって責任を取っていただく事になります。また、何らかの犯罪に関わるトラブルにはこちらは関与できませんのでご了承ください。あとは、周りの方に商品の宣伝もしてくださるとありがたいのですが、その辺りは任意でという事でお願いします」

 要するに、盗まれたりすると双方にとっての痛手だという事を理解した私は、了承の合図として首を縦に振る。ユーも「わかりましたっ」と元気に返事を返して、その場はお開きとなった。

 こうして、私たちは最新型の魔道眼鏡『コンタクトレンズ』を手に入れたのだった。





 かくして私はまた、図書館の粛々とした喧騒の中にいる。
 はじめは装着や目蓋の裏の異物感に戸惑ったものの、慣れてしまえばどうということも無かった。図書館に来る顔見知りに、魔道眼鏡の有無をたずねられるたびコンタクトレンズの事を説明するのは少々大変だったが、二三日すればそれもおさまってくるだろう。
 しかしこのレンズは非情に優秀な機能を持っている。上部催都の情報はレンズに映すだけで、一瞬にしてその内容を全て把握できてしまうのだ。魔道書など枚数のかさむ教本も、数秒で読破できてしまう。物語を読むときは少し物足りなく感じてしまい、結局一文一文目で追う事になるのだが、それも下手をすれば作者の意図する読ませたい部分やそこに込めた感情にまで理解が進んでしまうため、ストーリーそのものを楽しむ事が困難になるほどだ。
 よをすべ等から流れる音楽は直接脳に届くため多少違和感があるものの、使い勝手は概ね悪くないものだと言えるだろう。目をつぶり、その特異な感覚に身を委ねる。
 このレンズの優位点はまさにここにあるとも言えよう。魔道眼鏡では考えられなかったが、目を閉じたままで催都の閲覧が可能なのだ。更にこのままで、周囲の状況も魔力の探知で有る程度把握できる。だから、後ろから驚かそうと友人が近寄って来たとしても、動じる事は無い。

「何か用? ユー」
「あれ、わかちゃったか」

 振り向いた先でユーは、決まり悪そうに頭をかく。その顔にはいまだ魔道眼鏡が備わっているがいわゆる伊達眼鏡らしい。コンタクトレンズの説明が面倒だし、何も無いと落ちつかないのだとか。その気持ちはわからなくも無いが、宣伝にはならなそうだ。
 その友人が何かを話したそうにそわそわしているのだが、こちらからきっかけを与えるべきなのかは悩みどころだ。

「あ、あのさ、シー。ちょっとこれを見てくれないかな」
「どれ?」

 どうにか声を振り絞ったユーが提示してきたのはこの図書館の蔵書の一冊で、私は何も疑問に思うことなくそれを開いた。

「あんた、これ禁書じゃない! 私たちが閲覧する許可がおりるわ、け……?」

 小声で叫ぶ声さえもかすれて出てこなくなってしまう。私のレンズには本来閲覧が許されるはずの無い禁書の一頁が何の警告も無しに展開してしまったのだ。

「どう、して?」
「たぶん新製品だからかな? 規制の対象になっていないのか、規制をかいくぐれる仕様なのかはわからないけど。すごいよね、これ」

 すごい、どころの話ではない。今の一瞬見ただけで私の脳には禁書に書かれていた魔法が焼きついてしまっていた。そして流れ込んでくる、この書の製作者の意図と思想。

「これ、転移魔術? なんで禁書に……え、転移先の制限無し!?」
「あはっ、覚えたんだね。これで、わたしと同じだ!」

 嬉しそうに笑う友人の言葉に、顔を上げ目を見張る。それはつまり、彼女も禁じられた術を覚えているという事。しかしそんな事は後回しで良い。彼女は笑っているのだ。もし誰かに知られたら厳しく罰せられてもおかしくない状態に友人をおとしいれてなお。

「どういう、つもり?」

 疑問と共に素早く周囲に視線を飛ばす。こちらに視線を向けたり注意を払うようなそぶりをしている人は居ないようだ。というより、周囲の人の気配が妙に希薄に感じられる。やがてそれすら白く染まって。
 気付いた時にはそこはもう、いつもの図書館ではなかった。

「気付いた? ここはわたしが創った仮想空間。一応上部の隙間にある事になっているけど、そもそもここでは厚みとか関係ないしね。思ったより簡単に出来たよ。ああ、これも禁書の中にあった魔術ね。他にもいっぱいあるし、いっぱい覚えたよ。ねえ、わたしすごくない!?」

 言葉を返すことが出来なかった。確かにこの現象は普通の術者には出来ない芸当だろう。例え禁書に掲載されている魔法を覚えたにしても、一介の魔術師が、それもまだ教育を受けている段階のひよっこがだ、こんな魔術を一人でこなせるとは到底思えない。彼女には才能が有ったのだろうか。普段の彼女からは想像がつかない。
 自分が禁書を見たときのことを思い出す。そうだ、アレを見た瞬間に覚えたのは魔術の使い方だけではない。おそらく一流であっただろう魔術師の知識。それも複数のものが彼女に流れ込んだのだとしたら? 彼女は本当に彼女だろうか。

「質問に答えて。こんな事をして、いったいどういうつもりなの?」
「わからない? わからないかな。これだけの力をわたしは、わたしたちは使えるのよ? もう学生なんかで居る必要は無いわ。この力をもってすれば。世界中の禁書、魔術書を閲覧できたなら! わたしたちは無敵だわっ! 何者にも縛られず、何者にも屈さない。わたしたちは神になれるのよっ! あっはははははははっ!」

 これでハッキリした。彼女は私の知る彼女ではない。私の友人はこんな事を望むような娘ではなかった。おおらかで、お調子者で、歌が好きで、強がってはいるけれど本当は寂しがり屋で、人を思いやる事が出来る優しい子。ユーはそんな娘だったのだ。

「なぜ私をここに連れ出したの? 私をどうするつもり?」
「んふふ、わたしに賛同して、一緒に世界に干渉しようって言うのなら、連れて行ってあげても良かったんだけど。あなたってほら、クールを装っているくせに妙に正義感が強くて、暑苦しいところがあるじゃない? だからきっと反対するんだと思ったのよね。だからあなたはここに閉じ込めようと思うの。殺しちゃっても良かったんだけど、そんな事をしたらかわいそうでしょ? この空間は時間の流れの外にあるから、年もとらないし、お腹も空かない。怪我をするようなものも無いし。あ、不老不死だわ、やったね」

 ぎりっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。自分で思っているよりも感情的になっているらしい。当たり前だ、お前の口で私を語るなと言ってやりたかった。それは友人だからこそ許せる軽口だと。しかし現状の私には何も出来ない。抵抗できる手段も無く、反論できる持論も無い。
 ただ沈黙を守る事しか出来ない私に、彼女は優しい笑顔で詠う。

「もし気が変わったら、さっきの術でわたしに会いに来たら良いよ。そしたらもう共犯者だし、仲直りしようね。やっぱり一人は寂しいもんね。じゃ、待ってるからさっ」

 そう言って、彼女は虚空に消えてしまった。
 彼女が私をここに閉じ込めたのは、おそらく同じ力が使える者が邪魔だったからだろう。彼女は私を恐れているのだ。しかし、一人は寂しいと言ったあのセリフはユーの本心から出たものだったかもしれない。
 ここに残れば何も出来ず、ただ生きるだけの人形になる。長いだけの時間に気が狂ってしまうかもしれない。
 彼女の元へ行けば、共犯者。二人で世界を動かす事はもしかしたら楽しいかもしれない。だが彼女のように禁書の意思に精神を蝕まれ、とんでもない過ちを罪悪感も感じずに行ってしまう可能性もゼロじゃない。
 ……たらればを言ったところで解決には至らない。だから私は決断する。いや、元より選択の余地など有りはしなかったのだ。
 大きく息を吸い込んで、私は魔力を解放した。





 転移した先も似たような空間だった。場を安定させる為に貼り付けられたタグに、ユーの気配が匂う。どこからか聞こえてくる歌声は間違いなく彼女のものだ。先ほどの場所と雰囲気が違うのは、閉鎖されていない空間だからだろうか。

「あはっ、来たね。待ってたよ」

 途切れた歌を惜しみながら、駆け寄ってくる歓迎の声と対峙する。その言葉に嘘偽りは無いのだろう。そうでなければ、さっさと目的を果たせばいいのだ。彼女の、ユーの意思は確かに存在している。ならばなぜこのような事態に陥っているのだろうか。

「一緒に、来てくれるんだよね?」
「申し訳ないけれど、それは出来ない」

 私の返事を聞いて、彼女はこの世の終わりのような表情を浮かべる。拒絶は二人の決別を意味していたのだから。うつむき、こぼれる言葉は涙か。

「……だったら、あなたはここで死ななければいけない。わたしを邪魔するものは、排除しなきゃダメ、だから」

 小さく吐き出された言葉に、込められていたものは殺意などではなく。燃え上がるのをこらえてにじむ、悲しみ。

「無理だね」
「どうして? 禁書に書かれていた術を使えば、わたしはあなたを簡単に殺せる。だから、反対するのならあなたはあの閉鎖空間に居るしかなかった、なのにっ!」

 振り絞った感情は、けれど私には届かない。

「あんたは私を殺せない。もう、気付いているはず」
「そんな事無い! わたしは出来る、出来なきゃ、わたしはっ! ああああああっ!?」

 慟哭に膨らんだ魔力を、彼女は一気に解放した。

「キャンセル」
「えっ!?」

 空間をきしませるほどに膨らんでいた魔力が突然に消失し、彼女は支えを失い膝をつく。そして、今目の前で起きた現象を信じられないといった表情で見つめる。彼女には、見えているはずだから。

「コネクト。ハイパーリンク。わかったでしょ? あんたには無理だよ」
「どう、して……これ、こんな魔術シラナイ……あなたはあの禁書に載っていた魔術の他には、アカデミーで習ったものしか使えないはずなのに……」
「あんたが見せてくれたじゃない。そこから応用して、意図と解釈から読み取って、再構築。そう、これはどこにも無い、さっき私が考えた魔術。新しい魔法。そしてこれを見せても、きっとあんたには使えない。あんたは……優しすぎるから」

 力なく地面にへたり込んだ友人に優しく手を伸ばす。抱擁し、彼女の頬を伝う悲しみを全て抱え込む。きっと彼女にはもう理解できているはずだ。今から私が何をするのかが。

「や、やだっ。ねえ、やめてよっ! そんなの、嫌だよっ!?」
「ごめんねユー。ばいばい」

 私は自分が泣いてなんかいない事に気がついていた。

「デリート」

 コンタクトレンズを通じて直接つないだ回線から、彼女に送り込むのは消滅の指示。彼女は意識を手放し、力尽きる。主からの指示と魔力の供給を失って、崩壊を始めた空間が悲鳴をあげた。
 目をつぶり、転移の魔法を展開しながら彼女の身体を抱きしめたのは、自分が失ったものの重さとぬくもりを感じていたかったからなのかも知れなかった。







 図書館の定位置で、私はコンタクトレンズに関する報告書をまとめていた。
 閲覧制限に対する規制の甘さを指摘しつつ、禁書に触れたこと等は秘密にしなければならず、頭を悩ませる。手元にあるコンタクトレンズのケースは二つ。自分の物と回収したもう一つを視界の端に収めながら、報告書に意識を戻す。いろいろ考えるのは後回しにしたかった。
 今使っているのは使い古した魔道眼鏡だ。コンタクトレンズはコバヤシテクノコーポレーションに返却しようと思っている。私にはもう、必要の無いものだから。

 報告書を書き終えた私は、二つのケースをきつく握りしめ、席を立つ。これで一先ず肩の荷を降ろすことが出来る。それでも足取りは軽くなんてなりはしないけれど。
 不意に聞き覚えのある澄んだ笑い声が聞こえても、私は立ち止まる事を許されなかった。友人と談笑しながら向かってくる彼女に、軽い会釈だけ返しながらすれ違う。顔見知り程度の級友ならば、こんなものだろう。
 図書館を出るところまで歩ききった私は、そこでようやく自分の頬を伝うものが涙だったと気が付くのだった。



〜Fin
メンテ
王の決断 ( No.95 )
   
日時: 2012/03/10 22:18
名前: 8823 ID:bZtGeguU

 大地は底のしれない闇となってひたすらに広がっていた。雲に覆われた空からは光もなく、連なる山々がさらに濃い影を浮かべ、ぬるい風に揺れる木々は闇の表面を逆立たせている。
 不穏な空気の流れの間を縫うように、毒花の噴き出す瘴気の漂うかげに隠れるように、音もなく進む一連の赤い光があった。彼らは戦意と憎悪の渾然としたしぶとい負のエネルギーをたたえながら、着々と歩を進めている。
 肥大した植物の密とした茂みを越えると、山脈に囲まれた険しい土地に高くそそり立つ城があった。外壁を黒く染められ汚染したつたに覆われてなお、崩れることなく頂をよどんだ空に突き立てている。瘴気の漂う暗い森の中、ものものしいガスマスクの奥で彼らが赤い光を揺らして睨みつける先はそこだった。
 国土を広く見渡せる城のバルコニーでは、行軍の様子を見つめる二人がいた。
「およそ50時間です」
 片方が言った。大きな頭部と細い手足、頭身が不釣り合いな身体を小刻みに震わせている。長い指にからみつかれるようにしてある小さな機械が青い画面で位置状況を示している。
「クルトの様子は」
 もう片方が言った。毅然とした声だった。毒気の混じった風に吹かれて微塵も揺るがず、超然と森を眺めている。彼は、今まさに反乱を迎えている国の王だった。メルクと言った。
 帝国アルドは現在、王権剥奪を掲げた反乱の勃発において、二つの脅威にさらされていた。
 一つは反乱軍によってその種をまかれた、「毒花」と呼ばれる生体兵器である。それは、開発者自身をも圧倒させるその成長スピードでもって今や国土の大部分を占めていた。毒花が発する、瘴気と呼ばれる毒ガスにより、人口は反乱軍も含め三分の一に減少した。建物は黒い植物に覆われ、大地は闇に沈んだ。
 もう一つは、ヒトの感情を大きく左右できる特殊な魔法が、反乱軍の士気を操作する目的で使われているという事実だった。その魔法は今、行進する戦士たち数万人が、赤い目を光らせ、彼ら自身をも滅ぼしうるほど強い闘志を持つ事態に至らしめている。
 このことで現状、帝国軍と反乱軍の単純な兵数には大きく差が開いていた。
 地下と連絡を終えたゼブが言った。
「現状、クルト様の成長速度は予定より少し遅れております。潜在魔力は、かなり高い数値のようですが……」
「十分だな」
 それを聞いて王は、戦争の終結が時間の問題であることを確信した。彼は、息子クルトの内に秘める莫大な魔力が敵兵を一掃してくれることを考えていた。それに自分の力が加われば反乱の鎮圧は容易いものである、と確信していた。
「地下へ向かおう。そろそろ生まれるころだ」
 ゼブは眉をひそめた。「クルト様がカプセルから出られるようになるまで、あと最低でも30時間とかかる計算ですが」
 メルクは答えず、ただゼブの声が以前よりしわがれていることに、マスクを持って出なかったことを後悔させられながら彼を城の中に促した。すでに毒は城の近くまで広がって来ている。

 *

 階段を下りるにつれ白い内装は少なくなり、地下の壁は石の肌が露出していた。等間隔に置かれた松明の明かりは乏しく、熱がこもったように暑い通路。
 部屋へ着くと、中は騒然としていた。中の人間たちは一様に、青白い顔に汗を浮かべて部屋を駆けまわっていた。国王が姿を現したことに見向きもしない。
「どうした、騒々しい」とゼブが怒鳴り、研究者の一人が彼を見て言った。
「所長、クルト様の容体がおかしいのです」
 騒ぎの原因が、空間の中心に据え付けられた巨大カプセルにあることは明らかだった。中には六、七歳ほどの幼児が培養液に浮かんでいてしきりに水泡を発している。
 ゼブは壁の大画面に映し出され絶えず変化する数値を睨みつけ、やがて驚愕に目を見開いた。「こんなことが」
「驚くことはない」メルクが言った。「成長を促す魔法を、奴は自分自身にかけているのだ」
 ゼブは信じられないという顔をした。「しかし、クルト様はまだ」
「魔力を測ってみろ」
 ゼブが指示を下すと画面が切り替わった。そこで部屋にはどよめきが起こった。示された数値はすでに、国王かつ帝国軍総指揮官であるメルクのそれの四割を超えていた。
「生体反応急上昇」と誰かが叫んだ。次の瞬間、カプセルが弾け、ガラスが四散し内部の液が勢いよく床を濡らし始めた。
 そして、身体を丸くして小さく眠っていた「それ」の目がかっと開き、迷わずにメルクを射抜いた。
 その時、メルクも「それ」を見ていた。メルクと「それ」はお互いを見つめ合った。そのとき彼は言いようのない不安を一瞬にして強く感じた。自分の中に何か矛盾が存在していることへの、恐れと言うものに近い不安を感じた。
 メルクは驚いた。生まれたばかりの我が子に、神から自分の過ちを問われたような気にさせられたことに。そしてその過ちが何なのかも分からないのだ。
 一同は凍りついたようにクルトを見つめていた。彼はその視線を尻目に、自らの小さな体を確かめるように見つめていた。やがて、自分の足でメルクのもとまで歩いた。
「父上」
「何だ」父に対して、恐れや畏敬といった感情を全く含まない物言いに、王は少なからず動揺した。
 そして王子は言った。
「母上はどこですか」
 メルクは、もう一度驚いた。今度こそ驚いた。かろうじて表情には出さなかったものの、あまりの驚愕に口を開くことも出来なかった。まさか、生まれて最初の言葉が母親の所在を問うものであるとは、彼は予想だにしていなかった。
 さらに言えば、メルクはその問いに答えられなかった。
 クルトの母親は瘴気に侵され、彼を腹に残したまま死んだ。彼女が身ごもっていたことは城中の者しか知りえないことであるが、もしクルトが母の死を知れば、彼女を蘇らそうという意思で、アルドで唯一の蘇生術を使おうとすることは確かだとメルクは思った。しかし、その術を行使するには膨大な魔力が必要であり、クルトが現時点で持つそれでは足りなかった。誕生してばかりの彼には、それをやろうとするだけの絶対的な才はあっても、実際に成功させるだけの力はまだ存在していなかった。何より、クルトには戦争を終わらせるという使命があり、間違ってもこの状況で彼に蘇生術を行使させるわけにはいかなかった。
 クルトはメルクから視線を外し、辺りを見回した。メルクを含めて、彼を除いた誰もが動くことを忘れていた。
 やがてクルトは父に視線を戻し、再び訊いた。
「母上はどこですか」
「お前の母親は」かすれた声で父は言った。父は、子の目を真っ直ぐに見られなかった。「お前の母親は今、反乱軍に捕らわれている」

 *

 毒花の技術と人心操作の魔法はどちらも城で生まれていた。地下で秘密裏に開発されたそれらは、そこで働いていた一人の研究者によって外部に持ち出された。彼の名をグリフィスと言った。グリフィスは本来敵国の土地に撒くべき毒花の種を、あえて自国にばら撒いた。それは彼の予想を上回るスピードで成長し、国土を支配した。そして彼はそれが城で開発されたものであることを民衆に伝え怒りを煽った。その際に人心の魔法が使われたことは言うまでもない。城がそれに気付いたときには遅かった。彼はすでに反乱軍を作りあげ、開城を迫る進軍を始めていた。
 兵士たちは瘴気の霧の中を黙々と進んでいる。先頭に立つグリフィスは森を進む途中で、城に存在する巨大な魔力が二つに増えたことに気付いた。一つはメルク国王のものであるが、もう一つの正体が分からない。
 彼はその事実に少なからず動揺したが、行進をここで止めるわけにはいかなかった。兵の歩を進めている魔法が一度解けてしまっても、彼にその魔法をもう一度ほどこす魔力が残っていなかったためである。異常に成長した毒花のために進軍の速度は大幅に遅れていたし、それに加えて帝国軍側に時間を与えるわけにいかないという選択だった。

 *

 時計が正午を報せる。カーテンを開けると窓ガラスにはびっしりと黒い蔦が張り付いており、曇った空からはおよそ昼と夜の区別もできない。
 反乱軍が城にたどり着くまでの時間はおよそ20時間に迫っていた。
「ゼブよ」メルクは言った。「この国は滅びるしかないのだろうか」
「そんなことはありません」とゼブは否定した。「クルト様の力が加われば容易に反乱は収められるでしょう」
「国土の汚染はどうする」
「解毒剤を開発中です。土壌に至るまで元に戻るでしょう」とゼブは誇らしげに言った。彼は、敵が使用する二つの武器が、いずれもこの城で作られ盗まれたものであることを忘れているようだった。多少歪められ増幅されていると言っても、国民の怒りが正当であることをメルクは否定できなかった。やはりこの国は一度滅びる結末を迎えるべきかもしれないと考え始めていた。
 そして、クルトの存在。
「あいつは、気付いているだろうか」
「それは分かりません」とゼブは言った。「ただ、クルト様がそういう行動に出る恐れがあるのならば、王妃様の死を教えるわけにはいきません。少なくともこの反乱終わるまでは」
「クルトは今」
「寝室にて、眠っておられます」とゼブは答え、「もちろん、本人様に気付かれないよう見張りを立てております」と付け加えた。
 メルクはその時初めて、自分が一国の王に値しない存在であることを思った。そしてそこから広がるように、クルトが生まれた瞬間、自分を襲った強烈な不安の正体を悟った。
 国王は決意した。「ゼブ。解毒剤が完成するまでいくつかかる」
「今は、クルト様のこともあり開発を中断させておりますが……再開させた場合、およそ20時間かと」
「進軍の到着に間に合わせろ」
「はっ?」とゼブは思わず聞き返した。
「私は部屋にこもる。解毒剤が出来上がるまで、クルトを含め、誰も入れてはならない」王は彼に背を向けそれだけ言うと、素早く部屋を出ていった。

 *

 城には赤い目の大軍が押し寄せていた。戦いの亡者と化した彼らはヒトのものとも獣のものとも区別できない怒声を上げながら行進していたが、先頭が止まると彼らも歩みを止めた。グリフィスは混乱していた。彼は数時間前に、城の内部に巨大な魔力が二つ存在していることに気付いた。それだけで作戦を危惧すべき緊急事態だったのだが、それが今は一つに減っている。さらには、城門前にも、門を抜け庭園を突っ切った先にも帝国兵の姿が一人も見えないこと。不審を感じるべき点があまりに多すぎた。罠の可能性もあったが、帝国軍側からの動きがあると見たのだ。
 そのタイミングを見計らったように、メルク国王が突如としてグリフィスの前に姿を現した。彼にとって不可解なことに、現れたメルク国王にはもうほとんど魔力は残されていなかった。戦士を操るために限界まで魔力を行使したグリフィスにさえ劣るほどの力しかなかった。王が国軍トップの戦力であったことは彼も承知していた。その王が消耗しきったように息も絶え絶えの様子なのだ。巨大な魔力が一つ消えたのはきっとこのことだろう。
 しかしそれが何を意味するのか、彼には全く分からなかった。ただそれでも、この戦争が自分の勝利に終わることをグリフィスは確信した。彼が狙うものは王の座のみだった。王はただ一人敵軍を目の前にして、話がしたいと言った。グリフィスは襲いかかろうとする反乱軍の戦士たちを抑え、王の話を聞くことにした。
 王は言った。「王権を貴様に譲ろう。ただし条件がある」
 グリフィスはせせら笑いを浮かべた。「奪うつもりであるから、譲り受ける必要はない」
 今度は王が薄く笑いを浮かべる番だった。「貴様は敵軍の戦力も把握できないのか」と王は言った。
 グリフィスはそこで、もう一つ巨大な魔力が城の中にあることを思い出した。しかしその分をふまえても、総合的な戦力は自分たちの方が上回っているはずである。
 しかし、そのもう一つの魔力の正体、さらにはこの状況にあって余裕な表情を見せる王の真意と分からないことが複数ある事実が、グリフィスを慎重に振る舞いざるをえなくさせた。
「条件を満たしさえすれば、王権を譲るというのだな」
「そうだ」
「その条件とは」
 王は一枚の紙を掲げた。誓約文書だった。以下の条件が満たされた場合、王権が指定の者に譲渡される旨が王のサインとともに記されていた。そしてその条件は、『【1】国土に蔓延する毒花を一本残らず処分すること【2】「人心操作の魔法」行使の禁止【3】王室付属研究室の閉鎖』の三つだった。
 グリフィスは文書から王に目を移した。「条件は飲めない」
「なぜ」
「毒花はもはや我々にも手が付けられないからだ」
「解毒剤を研究室が開発した」と王は言った。「もともと、種を作ったのはこちらなのだ」
「分からない」とグリフィスは言った。「王よ、貴方の考えていることが私には理解できない」
「交渉は」王は苛立ち気に言った。「イエス、オアノー」
 グリフィスは深く考え、やがて諦めたように首を振って、「イエス」と答えた。

 *

「王よ、本当によろしいのですか、この決断で」ゼブは狼狽した様子で言った。「まさかグリフィスのような輩に、王権を渡すなど」
「条件が満たされなければ、お前が王をやればいい」とメルクは鞄に荷物を詰め込みながら言った。彼がまとっているのは白い王衣ではなく、擦れた皮の服である。
 奥の寝室からクルトの呼ぶ声が聞こえ、メルクはそれに答える。「――それにゼブ、私はもう王ではない。家族ぐるみで国を追われることになった、ただの重罪人だ」
 クルトが服にまみれて奥から飛び出してくる。「父上、母上がどちらの服を置いていくべきか聞いてきなさいと」
「両方だ、エリアに伝えてくれ」と即座に答えると、メルクは最後にゼブを一瞥してから、「後は頼んだぞ」と言った。ゼブは、長い沈黙ののち、やがて細い手足を震わしながら
「分かりました」と言った。そして今まで握りしめていた通信機を床に叩き落とし、一礼をすると、王に背を向け部屋を後にした。
「あなた」クルトと入れ替わりに、エリアが顔を覗かせる。服は王妃のころと違ってみすぼらしいものになったが、その振舞いには王家の高貴さが漂っている。
「何だ、エリア」
 エリアは、クルトがまだ奥ではしゃいでいるのを確認すると、メルクの方に近づいて、「――本当に、この結果で良かったのですか」と小声で尋ねた。「魔力を失い、国を追われてまで、私を生き返らせる必要があったのですか」
 メルクは肯いた。「クルトが、私たちの子供であるためには、お前が絶対に必要だったのだ」
 エリアは目を丸くした。
「――さあ、クルトが呼んでいる」メルクは言った。
 三人は円になって、手を繋いだ。寝室の窓に張り付いたツタのわずかな隙間から、夜明けの光が山の端を照らし始めるのが見えていた。
「クルト、私はもう魔法を使えないから、頼んだぞ」
「はい父上。父上は、どこに行きたいのですか」
「エリアは、どこがいい」
「そうですね」とエリアは首飾りを外しながら言った。「どこでもいいですわ。三人で一緒なら、それで。あなたこそ、どこか行きたい国はないのですか」
「わたしはそうだな」メルクは楽しそうに言った。「遠い国が良い。私たちのことを誰も知らないような遠い、そして魔法も兵器もない国だ」
メンテ
スチームパンク・空の舞い! ( No.96 )
   
日時: 2012/03/14 00:28
名前: 伊達サクット ID:53qyxv8k

 元マテリアル商工会議所、現魔術師ギルド事務所の一室で、横一列に並べられた椅子に、五人の男達が座っている。彼らは、みな一同に両手を構え、目をつぶり、歯を食いしばって力んだ表情をしていた。
「はい、そこまで!」
 5人の男達の前に立っている、ローブを着こんだ老人がパチンと手を叩いてそう言うと、男達は構えを解いて楽な姿勢になった。
「いかがですか? 大魔道殿」
 部屋の隅の椅子に座り、その様子を見ていた若年の男、セレクト=ラザース下院議員が立ち上がり老人に近付いた。その老人・大魔道は「うーん」と唸りながら、しかめっ面で口髭を指先で撫でた。
「やはり、この方々からは魔力を感じ取ることができません。素質がないみたいですね。これでは魔法の習得は難しいかと」
 大魔道の言葉に対して、セレクトは失意の表情を作った。
「本当ですか? 一応、商工会……じゃなかった、魔術師ギルドの者達の中でも格別魔法の素養を持っていると思われる5人なのですが」
 セレクトは椅子に座った5人の男達、武器屋・防具屋・道具屋・鍛冶屋・宿屋を左から右へと渡す。それぞれが困惑しているようだった。
「議員殿、魔法って言っても、どうすればいいのか正直ピンときませんわ」
 武器屋が辟易したように言った。
「もういいんじゃないッスか?」
 防具屋も続ける。
「そうは行きません! もうギルドの予算案を組んで、上院に通しちゃってるんですから。あの、大魔道殿。一体、この者達の何がいけないのでしょうか?」
 セレクトが再び大魔道に尋ねた。
「何が、とかいうレベルではなく、もう根本的に魔法ができる人達ではないですのう」
 大魔道もどうしていいのか分からなさそうな様子である。
「では、精霊と契約させるなどしてみては?」
 セレクトが続けて問う。
「そうですなあ。それではこれから私が風の精霊を召喚してみます。見ていて下さい」
 大魔道が目をつぶって意識を集中し、呪文のようなものをゴニョゴニョ唱えながら、両手で水をすくうような仕草を取った。そのポーズのまま、大魔道は特に何もしなくなる。
「……あの、精霊を出すんじゃないのですか?」
 セレクトが言う。他の5人も狐につままれた風に大魔道を見つめていた。
「議員殿。私は掌に、もう精霊を呼んでいるのです。まず、精霊が見えないようでは契約のしようもありませんな」
 大魔道の言葉は率直的で、かつ納得がいくものであった。見えない相手とどう契約せよというのか。
「あの、もう帰っていいですか?」
 道具屋が、おそるおそるセレクトに打診した。
「……分かりました。魔法訓練はここで終了することにしましょう。大魔道殿、わざわざ我が国にお越しいただきありがとうございました。国境まで『バード』でお送りします」

 事務所を出た所に停めてある、前面の大部分がフロントガラスに覆われて、それ以外の部分はにび色の装甲に覆われた乗り物。半重力蒸気機構内蔵型飛行装甲『バード』。セレクトの愛機には、装甲板に家の紋章が刻まれているのが特徴だ。
 セレクトはバードの背部ラックから、同乗者用のバイザーヘルメットを取りだし、大魔道に渡した。
「そう、ベルトを、こう固定して。あ、髭、食い込んでますよ」
 大魔道はいかにも嫌そうな顔をして慣れないバイザーヘルメットを装着した。
 セレクトもすぐにヘルメットをかぶり、側面のドアを開け、大魔道と共に内部の座席に座り込んだ。
「大魔道殿はバードに乗るのは初めてですか?」
「こういうときは魔法の絨毯や、ワープの魔法を使うからな」
 セレクトが操縦盤脇のワイヤーを力強く、かつ丁寧に引っ張ると、機体下部のノズルから蒸気が噴出し、バードは柔らかく宙へと浮き上がる。いつものことながら、この浮遊感は素晴らしい。しかも、魔法の世界に生きている者を同乗させ、初めてのフライトを見せるとなるとその快感もひとしおだ。
地面からの乖離。天空への飛翔。そして、ハーピーやワイバーンも凌ぐ高速飛行。セレクトもまた、バードの魅力に狂った男の一人であった。
「国境まで、1時間ほどです」
 操縦桿を倒すと、バードは緩やかに上昇しながら加速する。
 気付いた時には、小さくなった市街地の遠望が遥か下に広がっていた。そう、排出蒸気に汚され、淀み切った空気に包まれた首都の遠望が。

 剣と魔法のこの時代において、カーライル庭国(ていこく)は極めて特殊な単一民族を有する国であった。国民は、みな生まれながらに魔法を使うことができなかった。
 魔法にもさまざま種類がある。己の魔力を頼りに使う通常魔法。精霊と契約して、自然界の元素の力を借りるシャーマン魔法、魔界と契約して闇の力を放出する黒魔術や呪術の類。また、力の強い精霊などを呼び出す召喚魔法など。
 さまざまな国の魔法の使い手が文明を発達させ、各分野の魔法の充実・体系化は進み、日常や戦闘などにおいて人々の営みから魔法は切り離せないものとなっていた。
 そんなご時世で、カーライル人は魔法を使えないため、もう一つの文明、科学を発達させて今日まで至った。科学とは、人々が魔法を追求するあまり実現させた魔法の出来損ないである。
 国で産出される半重力物質・ダカルガタルナカ鉱石と蒸気機関を融合させたシステム・半重力蒸気機構を最たるものとして、今、真下に広がる草原を突っ走る磁場列車など、独自の技術を多岐に渡り開発し、国を発展させてきた。魔法が科学と違う点。それは全て理論で説明でき、計算で結果を証明できることであった。
 しかし、科学は魔法と比べて「性能の低い文明」であると言わざるを得ない。
 科学による文明の発達は、国土の資源を多く消耗し、また、バードの排出ガスや工場の煙突から出る煙は、森を、空を、川を急速に汚し、緑に溢れて美しかったカーライル庭国はみるみる内に灰色の、くすんだ鉄の国になった。自然の産物を多く浪費していながら、自然そのものを否定しているかの如きたたずまいであった。
 だから国は考える。
 魔法が発達した美しい周囲の国々のように、カーライル庭国を魔法国家に転換させ、元の緑と澄んだ水に溢れるカーライルの大地を取り戻したいと。
 今、国立議会で政権を握っている魔法革新党は、元々の二大政党の対抗馬・科学保守党を圧倒しつつある。
 セレクトは魔法革新党所属の下院議員で、魔法転換派の最右翼である父親を持つ二世議員だ。議員立候補可能になる最年少の20歳になってすぐ、父親の手によって無理矢理政治の世界に入らされた典型的なボンボンである。
 バードに乗って世界の果てまで旅をするという夢を完全に諦めたセレクトは、魔法転換を推進するため、首都の中小零細職工衆・マテリアル商工会議所を「魔術師ギルド」と改名し、所属する職人達に魔法を習得させようと頑張っていた。
 セレクトは魔法の分野に関する筆記試験を実施した。そして、成績上位5名の武器屋・防具屋・道具屋・鍛冶屋・宿屋に魔法の才能ありと踏み、国境を同じにする隣国、魔法国家エルミナから有名な大魔道を呼び寄せ、高いギャラを払って魔法の伝授を依頼したのだ。
 大魔道は数日の間、魔術師ギルドの事務所で5人に対して魔法の特訓を仕込んだが、ちっとも使えるようにならず、早々にさじを投げた。大魔道いわく、3つか4つの子供でもとっくに覚えるはずだ、とのことであった。

 国境の関所にバードを着陸させ、大魔道をエスコートしながら降ろす。
 別れ際、大魔道は言った。
「魔法とは、神が作った森羅万象の力をお借りして使うようなもの。カーライルの民は、自然を汚し、神々や、精霊に嫌われているから魔法が使えないのではないでしょうか。科学によって、世界からの搾取を選び、融和を否定したがために。世界とは人だけで作られているわけではありませんからのう」
 その言葉は、セレクトの心にグサリと突き刺さった。
「大魔道殿。我々には、その融和する手段、魔法がない。だから科学を発展させざるを得なかったのですよ」

 魔法の特訓が終了して数ヶ月後が経った。
 セレクトは、魔法の使い手が一人もいないという滑稽な魔術師ギルドの扱いに頭を抱える日々であった。
 そんなとき、セレクトは博士に呼び出された。
 薄汚れた白衣に身を包んだ博士は、研究所の屋上で望遠鏡をのぞき込んでいた。
「博士、こんにちは」
 セレクトが声をかけると、博士はこちらに気付いたようで慌てて望遠鏡から目を離し、こちらに振り向いた。
「おお、いらしてましたか、議員殿。実は、世紀の大発見をいたしまして。王家のないこの国で、誰に報告すべきか迷ったところ、我ら学者や職工と懇意にしているラザース家の方にお伝えしようかと」
「世紀の発見?」
「まず、この望遠鏡をご覧下さい」
 言われるままに、望遠鏡をのぞいてみた。
 レンズに映っているのは、はるか天空に浮かぶ巨大な要塞のような建造物であった。
「な、なんだあれは!」
 セレクトは目を見開いてなんとかその巨大な物体の正体を探ろうとするが、豆粒見たいに小さくて良く見えない。
「……あれは、おそらく我が国の伝説にある空中庭園に間違いないかと」
 セレクトが望遠鏡から目を離すと、博士は古い伝説が記されている文献を取りだし、ページをめくる。
 そこに描かれている空中庭園の絵は、今双眼鏡で確認した物体と形状が酷似している。
 空中庭園の伝説はセレクトもよく知っていた。
 はるか昔のこと。カーライルは他の大陸で高度な文明を持って栄えた大国であったが、国は魔界から襲来した悪魔の侵略によって脅かされた。悪魔達の力は強力で、神の力をもってしても民を守ることはできなかった。
 神は悩み、考えた。
 そして、神は空を飛ぶ大地・空中庭園を作り上げ、カーライル人を新天地へ移住させることを決めた。
 神の作ったゆりかご、天空に存在する空中庭園までは悪魔の手は届かなかった。
 そして、新たにカーライル人がたどり着いた地が、現在のカーライル庭国なのである。
「空中庭園……。まさか、伝説は本当だったのですか? だとしたら、あそこに我らの神が?」
 セレクトが博士に力強く問う。
「行ってみなければ分かりません」
「そうですね。行きましょう」
「は?」
「神に直接聞いてやる。何で我々は魔法が使えないのかを!」
 大魔道の言葉がずっと胸につかえていた。カーライル人は科学によって世界を汚したため、神に、世界の森羅万象に嫌われているという。しかし、カーライル人は、元々魔法が使えなかったら、科学で発展する以外に道はなかったのだ。
 神がカーライル人を否定しているのか、カーライル人が神を否定しているのか。どちらが原因で魔法が使えないのかは分からない。
 でも、空中庭園に出向き、神と直接話をし、理解を得ることができれば神の、自然の力を借りて魔法が使えるようになるかもしれない。
「博士、飛行船テアリゴを出しましょう。この国の未来のために」

 飛行船テアリゴは、カーライル庭国の科学力の結晶とも言える巨大な飛行船で、半重力蒸気機構を惜しみもなく使った非武装の商船である。元マテリアル商工会議所が開発したもので、主任設計者・開発作業監督は博士だったが、冷却機構と通信機構に関してはセレクト自らが設計・開発を担当している。
 早速父親や、魔術師ギルドの職人達に呼びかけを行い、空中庭園へ向かう準備は秘密裏に進められた。
 魔法文明への転換を避ける科学保守党や、バードや磁場列車の開発大手・ダカルガタルナカ半重力磁場産業にとっては、カーライル人は魔法が使えないままの方が都合がいい。
 もし空中庭園の存在が知られたら、必ず相手は邪魔をしにかかってくる。下手をしたら空中庭園を破壊しようなどという暴挙にでるかもしれない。
 セレクトは父親に頼み、職人達の間に戒厳令を敷き、市民への情報統制を徹底させた。

 しかし、この極秘事項は科学保守党にどこからか漏れてしまったらしい。
 出発直前になって、テアリゴの機関部が何者かによって爆破されたのだ。
 目撃した万屋や測量屋の証言によると、黒装束に身を包んだ怪しげな数人の人物が、テアリゴから飛び出し、飛行装置『バックパック』を背負って空へと去っていったという。その直後に爆発が起きたのだ。
 おそらく爆破工作を行ったのは科学保守党が裏で抱える忍者達だ。
 相変わらず卑怯な連中だ。セレクトは苦虫を噛み潰した。
 
 結局、科学保守党の空中庭園への接触が危惧されるので、飛行船の修理は断念し、作戦の決行は予定より繰り上げて行うことになった。
 そして作戦決行の日、準備は終わって誰ひとりとして魔法が使えぬ魔術師ギルドの事務所に商人・職人達が集う。
 セレクトを含む全員がバイザーヘルメットにフライトアーマーを装着し、バックパックを背負っていた。
 セレクトはメンバーの前に立ち、みんなの顔を見回して口を開いた。
「みなさん、我々の力で神への血路を切り開き、美しいカーライルの大地を取り戻しましょう! 空中騎兵隊、いざ出陣!」
 セレクトが声高らかに掛け声を上げ、手に持った銃を高く掲げると、男衆もそれに呼応して手に持つ銃を掲げた。

 事務所の外に全員が出ると、まずは先鋒を務める2班、4班、6班がそれぞれバックパックからスチームを噴出させ、雲ひとつない蒼天に向かって爆走する。白い煙がまるで空へ昇る竜のように一直線に伸びて行き、バックアップから発せられるダカルガタルナカ鉱石の放つ赤い光のめくるめく交錯は、まるで上昇する流れ星が意思を持って空を踊っているかのようであった。
 続いて、セレクトが班長を務める1班に加え、3班が出撃し、最後に司令塔であるセレクトの父親の搭乗する大型バードと、その護衛の任に就く5班が出撃する。

 空中騎兵隊が装備している銃は、『相殺銃』と呼ばれるもので、銃口からレーザーを発射して、対象のダカルガタルナカ鉱石の半重力作用を打ち消す効果がある。すると相手はたちまちに自由落下、地面へと墜落し、バックアップに搭載されたパラシュートが展開するという寸法だ。
 なぜ実弾を使わないのか。政治上で戦闘行為と定義されないためである。
 カーライル庭国は軍隊を持たない。国家警備隊はいるが、警備隊の出動は外敵からの脅威から身を守るため、国内の治安を維持するためという場合に限られていて、議会の承諾がないと出動はできないのだ。
 もし、一発でも実弾の発射が確認されようものなら、たちまち警備隊が出動して、こちら側の空中騎兵隊は鎮圧されるであろう。そうなると、魔法革新党の政治的立場が危ういのだ。武装したバードでの出撃などは論外である。

 1班合計6名、セレクト・武器屋・防具屋・道具屋・鍛冶屋・宿屋は編隊を組んで空中庭園へと突き進む。人の身一つで鳥のように風を切って飛ぶ。話だけ聞くとさも爽快な風に聞こえるかもしれないが、バックパックに依存し、乗り物に頼らない飛行は想像以上に孤独で心細いものがある。だから小隊行動を伴い、互いに安否を確認しながらの飛行が重要となる。

『4班より司令塔・全班へ! 敵飛行部隊を確認! おそらく科学保守党のジェット忍者部隊だと思われる。警戒されたし!』
 セレクトの通信回線に無線が入ってきた。
 やはり来たか。
 遠目に、スチームの白煙を噴射させた大量の黒装束の忍者達を確認できる。
 一筋の青白い閃光が空を裂いた刹那、一つの光芒が明滅した。
 そして、一つの赤い光が消滅し、はるか下方でパラシュートが展開した。
『こちら4班パン屋! 敵にやられて飛行不能! パラシュート展開!』
 仲間の通信が再び伝わる。科学保守党側も装備しているのは相殺銃だ。
 セレクトは心の中で祈る。
――神よ、あなたに文句を言いに行くつもりでしたが、この空中で、死人の出る可能性の極めて低い相殺銃で戦うという状況をお与えになったことを感謝いたします。あなたの作りし世界を汚す我らカーライルの民に、まだご加護を与えて下さっているのでしょうか?

 パン屋は市街地上空での空中戦の脱落第一号となり、パラシュートで住宅街へ不時着した。
 上空を見ると、まるで花火のようにあちこちに光の爆発が発せられ、相殺銃のビームの筋が空に絶え間なく直線を描く。
 市街地の住民達は、情報統制により何が起こっているのかも良く分からずに、空の様子を唖然とした様相で眺めているだけであった。
「あーあ。こちとら通常業務が減るわけでもないってのに……」
 パン屋はぼやいた。そして、本作戦において彼ができることはもうなかったので、速やかに撤収して、店に戻り、通常営業を開始した。

 激しい空中戦はなおも続いていた。
 セレクトは半重力装置のお陰でどちらが上か下かも分からず、必死でジグザグに動き回りながら黒装束を探していた。上下左右、どこからレーザーがくるか分からないので、いかに相手を撹乱できる動きができるかにかかっている。
 いいタイミングで忍者の背後を取った。旋回される前に銃の引き金を引く。ビームは初弾が外れたものの、2発目は忍者に命中し、激しい光を放射した。半重力の恩恵を失った忍者が墜落し、パラシュートを展開する。
『こちらセレクト、一人撃破!』
 バイザーヘルメットの通信機の回線を1班専用のものに合わせ、メンバーに連絡する。
 そのとき、何者かに背後からしがみつかれた。
 忍者に後ろを取られていたのだ。
「この魔法論者めええええっ! カーライルの既存産業は潰れ、経済は崩壊するぞおおおっ!」
 忍者が絶叫しながらセレクトの後頭部に頭突きをかました。ヘルメット度同士の硬質な衝突音が頭の中に鳴り響く。しがみつかれている状況ではうまく飛行姿勢を取ることができず、忍者共々空中を暴走する。しかし、セレクトも負けてはいない。
「お前たちこそ、今の環境破壊の状況を見て何も思わないのかあああっ! しかも空中で忍者装束って意味ねえだろうがああっ!」
 空中を高速スピンしながらも、忍者に何度も肘討ちを浴びせた。その過程で、持っていた自分の相殺銃を手から滑り落とす。
 セレクトは渾身の力で忍者の持つ銃を奪い取り、体を反転させて思いっきり忍者を蹴飛ばした上で、レーザーを発射。忍者にパラシュートを展開させた。
 すぐにセレクトは通信で班内に自身の無事を連絡する。
『こちらセレクト、なんとか一人やった!』
『了解! こちら鍛冶屋、1班まだ全員健在!』
 その報告はセレクトに束の間の安堵をもたらした。

『こちら6班本屋! 離脱します。6班は全滅です!』
『こちら3班用紙屋、狙われている! 誰か!』
『今は無理だ!』
『こちら4班宝石屋。いまウチの魚屋をやったのが司令塔に向かっている!』
『こちら司令塔。もっとみんな高度を上げろ! 2班、そこを抜かれたら敵は空中庭園に取りつく、先回りしろ!』
 通信が錯綜する。どうもこちらが不利らしい。

 セレクトも空を舞いながら敵から奪った銃を撃ち、何人かの忍者を倒したが、1班もまた鍛冶屋、宿屋がやられていた。
 焦りと疲労からくる集中力の途切れが災いし、セレクトの飛行軌道は一瞬ひどく直線的で単調なものになった。そこを忍者に狙撃された。
 視界がまばゆい閃光に包まれ、次の瞬間には風切って体が自由落下し、すぐにパラシュートが開き落下速度がゆるやかになる。全ては瞬く間のできごと。状況の把握が風の流れにだいぶ遅れて追いついた。
『こちら1班、セレクト下院議員! 敵にやられた。離脱します! リーダーを武器屋に託します!』
 仲間に報告し、心中に悔しさが沸く。ここで脱落するとは。あとは仲間達に託すしかない。
 そんな時に耳に入ってきた、聞きなれた低いエンジン音。
 はっとして音のする下方を確認すると、そこに現れたのは荘厳な鉄の飛行船。テアリゴであった。
 セレクトはテアリゴに救助された。これで形勢は一気に空中騎兵側に傾く。テアリゴは1班の鍛冶屋、宿屋など、パラシュートで地面に落ちる途中の味方を救助しており、もう一度新しいバックパックを装備させ、戦列に復帰させていたのだ。
「どうして、テアリゴは飛べたんだ?」
 爆破工作によって機関部が吹き飛び、エンジンが完全に壊れていたはずだ。
「修理したんです。博士が一晩でやってくれました」
 乗組員が答えた。セレクトは博士の底力に驚愕した。

 飛行船の到着後、忍者達はほどなくして退却した。
 テアリゴは空中騎兵達を内部に回収し、半重力機関を全開に作動させてどんどん高度を上げて、ついに空中庭園に降り立った。
 神の領域に踏み込んで生還できる保証は全くない。
 1班の6名が代表で探索に出ることにし、他のメンバーは船内に待機することとなった。
 1人の若手議員と、筆記試験の成績がたまたま良かっただけの5人のオッサン達は船を降り、神の住まう場所、空中庭園の地面を踏む。
 そこに広がっていたのは、澄んで暖かい空気と、鮮やかな花や緑に覆われた、さしずめ楽園のような庭園であった。一同は息を飲む。周囲は優しげな静寂に包まれており、微かに小鳥のさえずりが聞こえる。
 まさに伝説の通りの空中庭園。セレクト達が先へ進もうと歩み始めたとき、背後から「あー、待ちや、そこでええって」という老人の声が聞こえた。
「あなたは……」
「ワイは神や」
 そこにいたのは、伝説で聞いた通りの、長く白い髭に、白髪を生やし、白い服に身を包む存在・神であった。
「あ、あの……」
 いざ神と対面するとなると、緊張して言葉が出ない。まず、何から聞けばいいものか。
「まあ、立ち話も何やし、そこの神殿ではなそうや」
 神は気さくな感じで、セレクト達を庭園中央の神殿に案内した。

「あー、その歴史、間違ってるで。ほんまのところ、あんたらが自分で前いた土地を駄目にしたんや。ほな、ワイがこの地に導いた後で、歴史を改竄し、悪魔のせいにしたってわけやな」
 神の口から全ては語られた。
 セレクトが神に見せた文献。悪魔に以前いた土地を奪われ、今のカーライル庭国に移り住んだという記述は実は歪められたものだった。
 神は語った。元々カーライルは非常に高水準な魔法文明を有していたが、富を求めて際限なく自然の元素の力を操り、錬金術を使おうとした。それによって、物質の法則が乱され、激しい災害や異常気象が巻き起こり、その土地に住めなくなり、見かねた神が自身の乗り物である空中庭園に民を招き入れて、新天地に案内したというのが真実だったのだ。
 なぜ今のカーライル人が魔法を使えないか。それは神が同じ過ちを繰り返さないようにカーライル人から魔法という手段を完全に奪い取ったからだった。
 しかし、人々は魔法の代替手段として科学に手をつけた結果、同じ過ちを繰り返そうとしている。
 セレクトは、人間の愚かさに嫌気がさしてしまった。
「あんたらが離れた土地な、もう自然は蘇っているんや。でもな、そこに連れ戻したかて、また同じことを繰り返すで?」
 神が言った。
「カーライル人は愚かですね……」
 宿屋が言う。その通りだとセレクトも思った。
「そう気落ちすることもないで。そういった過ちに関してはカーライル人が一番よく知ってるわけやん。ワイも魔法ばかりに目が行っとったもんで、この数百年で随分勉強させてもらったわ。魔法かて科学かて、どっちにしろ破滅を招く危険をはらんでるんや。ほんま堪忍なんやが、あんまワイがあんさん達を直接助けるってでけへんのや。今の土地が本当に環境が破壊し尽くされたら、ワイもこの庭園に導くか考えんでもないんやが……」
 神は魔法をカーライル人に返すつもりはないらしい。セレクトの心中に失望の念が広がる。
「でもせっかくきてくれたんや。この庭園を見ていってほしいんや。昔と違って庭園も中身が変わっとってな、これは神のワイがあんたらの国の技術をちょいとパクらせてもらって、科学と魔法の融合を果たしてるんや。魔法と科学、いいところを融合させれば、人の力でこの庭園のような世界を地上に作れる。神のワイが保証するんだから、間違いないで!」

一年後――
カーライル・エルミナ国境――

 国境地帯、国を隔てる外壁が部分的に取り崩され、国と国の境目に新しい街を開拓することが両国間で決定した。
 実は、カーライルだけでなくエルミナの方でも魔法の使いすぎで自然元素のバランスが崩壊しかけており、厳しい状況にあるというのだ。
 そこで、魔法と科学、両方の利点を生かして新たな文明のあり方を模索する都市モデルを作るということで、国の隔たりを部分的に壊したのだ。
 この都市を起点に、やがては両国の国境を完全に取り払うことを視野に入れた取り組みだ。これで双方に科学・魔法両方の恩恵がもたらされる。
 いま、セレクトの目の前で、父親とエルミナの大臣が固い握手を結んでいる。
 歴史的瞬間に居合わせている職人達に、セレクトは呼び掛けた。
「街を作ろう! 空に浮かぶ楽園のような!」
 職人達だけでなく、エルミナ人側の方からも歓声が上がった。
 予想外の反応の大きさに、セレクトは赤面した。

 胸の晴れた気持ちになり、セレクトは久しぶりに愛機のバードでフライトを楽しんだ。
 一年前、空中庭園を発見した空域。あの庭園はどこに行ってしまったのか、そこにはただ虚空があるだけだった。
 しかし、セレクトはあの楽園の光景をしっかり目に焼き付けている。機体の高度を下げ、操縦席から地面を除くと、国境地帯・見渡す限りの草原に、新たな街の息吹が芽生えているのが確認できた。

<終>
メンテ
魔法の誕生とその歴史 ( No.97 )
   
日時: 2012/03/13 00:53
名前: ナルガEX ID:.PcCVk.6

ここは無の世界。

何も存在せず、何もないこの場所。

ある時、一つの光が生まれた。

その光は、無数の点を作り、生命を誕生させた。

その生命の周りには7つの神々が均一を保つように並んんだ。

生命はその神々に見守られる為の優位つの場所で生活をしていた。

様々な動植物が住む果樹園。生命は飢えることもなく日々生活をしていた。

しかし、ある時生命は罪を犯した。

そして、その罪は生命に自我を与えた。

神はその自我による世界の崩壊を恐れ、その園から生命を追放した。

しかし、自我の進化は収まらず、生命に言葉、知能、五感を与えた。

しばらく生命は、それを上手く利用し園の外で生活していた。

追放から500年の歳月がすぎたある時、生命はその五感と言葉を匠に操り一つの武器を作った。

魔術の誕生である。

魔術で人は文明築き上げた。

光を作り、作物を作り、安心と安定を作り上げた。

しかし、魔術を悪用する者も出現し、一時期世界の崩落が危ぶまれた。

それを哀れに思った神は魔術をその世界から持ち去った。

魔術を失った事で、生命は戦う事が不可能になった。

それからしばらく、平穏な日々が続いた。

しかし、言葉には少量の魔術が残っていた……。

生命の進化は未だに止まらず、新たな武器も生まれ続けている。

しかし、己の過ちにより一つの答えが今、現れようとしていた。

出てくるようで出てこない。そんなアンバランスな状態が続く第二世代パンゲア大陸。

もしかしたら、その答え自体が開けてはならないパンドラの箱なのかもしいれない………。
メンテ
不帰の島 ( No.98 )
   
日時: 2012/03/13 15:15
名前: If◆TeVp8.soUc ID:VRhd8Q8Q

「『花園』への通信魔法を受け取りました。えーと、この感じは『蘭』かしら?」
「はい、お疲れ様です。その声は『椿』さんですか?」
「ええ、久しぶりね。無事で何より。あなたは今どこだったかしら」
「クレジア島です」
「ああ、『不帰の島』……最近見ないと思っていたら、今度はあなたがそこに派遣されてたのね」
「はい」
「どう?」
「順調です」
「そう。でも何があるか分からないから注意するのよ。『欅』も『楠』も、『向日葵』も『百合』も『牡丹』もそう言いながら帰ってこなかったんだから」
「はい、十分注意します」
「今日は定期報告?」
「ちょうど一年なので。万事問題ないとお伝えください。引き続き警備隊の一員として情報を収集します。何か分かり次第、また連絡しますね」
「確かに伝えるわ。では、また生きて会いましょう」
 通信が切断され、足元に描いていた紋の光が消えた。久しぶりの魔法だったのに少しも疲れなかったのは、やはりこの島の魔力のお陰なのだろう。精霊の庭園とはよく言ったものだ。よそ者のあたしにも力を貸してくれるとは、ずいぶん懐が深い。
 魔力溢れる島クレジア。またの名を、精霊の庭園。そこで使われる魔法は、いかなる者のいかなる術であっても、ことごとく強化される。世界の覇権を狙う四大国はその不思議な島を手中に収めんと競って兵を派遣したが、桁違いの魔法の前に幾度も敗れ去り、そして悟ったのである。一に、他国との協力が必要不可欠であること。二に、クレジアの情報が要ること。そうして四大国は勝利後島を四分割することを約束し同盟軍を結成、クレジアへ密偵を放った。三年前になる。ところが、送り込んだはずの密偵が一向に帰らない。通信魔法での連絡も途絶え、探索魔法を使ってみても反応がなく、全員が全員消息不明になっているのだ。どうも殺されたわけではないらしいが、奇妙な行方不明事件はかえって同盟軍の恐怖を煽った。四大国合わせればクレジアを圧倒する兵力を持つにも関わらず、同盟軍は思い切った行動を取れずに、正確な情報を欲して密偵を送りこみ続けている。それで、今度はあたしに仕事が回ってきたというわけだ。
 通信魔法の痕跡を消しながら仰いだ空では――建物に囲まれているせいで狭かったが――綺麗な星がいくつも輝いている。落ち着いて空を眺めるなんていつ以来だろう。ここの人間は、誰も疑うことを知らない。同業者たちの間では不帰の島なんて呼ばれてはいるが、今まで引き受けたどの任務よりも楽に感じるほどで、ひどく拍子抜けした。国の中枢機関である警備隊の連中も、入隊して一年のあたしにもう己の命を預けるようなことまで任せてくる。帰ってこなかった者たちは一体どんなへまをやらかしたのかと笑いたくなるくらいだ。これなら、任務を達成して無事帰還できる日も近かろう。
 夜風が冷たい。宿舎に戻ろうと足を踏み出しかけたそのとき、首筋に薄ら寒い気配を感じてあたしは硬直した。視線、人の気配だ。悟った途端心臓が肥大化して、身体の内側で鼓動が大きく木霊した。利き腕を剣柄にそろりと延ばす。こちらが気づいたことを気取られるわけにはいかない。
 一体、いつから? 通信魔法の前からか? だとしたら――だとしたら、殺すしかない。舌打ちしたい気分だった。この仕事においては、順調なときほど危険が増すことは身に染みて知っているはずだった。それなのにあたしはその順調さに慢心して、おそらく尾行を許してしまったのだ。
 ここまで来て失敗するような愚かな真似はできない。目だけ動かして、これから取るべき行動に最適な場所を探す。よし、あの角を折れたところで待ち伏せしよう。敵がどれほどの手練であったとしても、不意打ちで仕留めてしまえば問題ない。ならば剣より懐剣の方がよかろう。腰に延ばしていた手を懐に戻しながら、あたしは不自然にならないよう細心の注意を払って足を動かし、角を折れた。すぐに建物の陰に身を潜めて、その瞬間を待つ。肥大化した心臓は、まだ元の大きさに戻らない。どくどくうるさい胸を、抑えた深呼吸で落ち着かせる。懐剣をぎゅっと握り締めた。騒がれるわけにはいかない。一突きで。
 じっと決行の瞬間を待っていたのに、いつまで経ってもそのときは訪れない。そっと壁から頭を出して様子を窺ったが、そこには暗い路地が見えるだけだ。
 刹那。
 またしても首筋を這った悪寒に、あたしの身体はひとりでに跳ねた。鞭のような敏捷さで振り返って、月光の薄明かりの下に見たは遠くに翻る警備隊の制服。同職の誰か。やはりつけられていた。一瞬目に入った鞘色は紅だったと思い返して、一人、覚えのある顔が浮かぶ。
 どうする、どうする、どうする? 今すぐ追って殺すか? 敵うのか? 視線を感じるまで、あたしにはあいつの気配を察知することが出来なかった。今から追いかけたところで、相手が本気なら当然撒かれてしまう。ならば寝首を掻くか? あいつの部屋は宿舎の三階南端。どれだけ素早く上ろうと、必ず巡回兵に見咎められる位置だ。このまま宿舎に戻らないという手もあるか。逃げるのだ。だが、それは失敗と同義。
 ――おまえが頼りだ。分かっているな?
 長は出発前、わざわざあたしの前に現れて、両肩を強くつかんでそう言った。言外に失敗は許されないとにおわせて。駄目だ、逃げられない。逃げ戻ればきっと殺される。同業者に殺されることとなろう。数少ない、唯一味方と呼べる者たちの手にかかって死にたくはない。それならばどれほど惨たらしい目に遭おうとも、敵地で死ぬことを選びたい。それに、もしかしたら。戻ればあいつが他言する前に始末できる機会が巡ってくるかもしれない。
 戻ろう。
 あたしはいまだ落ち着かない心臓を抱えたまま、懐剣を握り締めそう決めて、敵地である警備隊宿舎への帰路についた。
 十日前の話だ。

 ◇

 生臭い気息が降りかかる。合成獣、溢れる魔力に狂わされた哀れな生物。これは、その腹の中で朽ちていった血肉が残した臭いだ。嫌悪感は既にない。代わりに少し高揚する。いつだってこうしているときは何も考えずにいられた。剥き出しになった急所の青白さが目に染みて、知らない間にあたしは笑んでいた。返した剣を両手で握る。渾身の力で突き立てた剣は、みるみる肉のうちに滑り込んで――血に餓えた獣の息の根を止める、そのはずだった。だが、突如剣先から迸った電流が、指から腕へ、そして全身へ駆け巡る。何かとても、硬い物。本来はそこにあるはずがない骨。阻まれて剣は止まる。痛みに怯んだか、驚愕に麻痺したか、それとも窮地に臆したか、あたしの身体はそれきり動かない。仕留め損なった合成獣が耳元で苦しげな咆哮を上げた。肩に熱い物が落ちてくる。赤黒い染み。仰げば、合成獣は己の血を滴らせた牙を鈍く光らせて、あたしを見下ろしていた。また、あの臭いがした。とても生臭い。
 死んだかなと思った。少し安堵した自分がいた。けれども牙は、あたしには届かなかった。
 ずうん、と地響きがする。愛剣はいつの間にか手を離れていた。あたしは何やら分からぬままに、斃れた巨躯と、派手に裂かれた首と、その隣に頼りなげに刺さる剣と、そいつの背中を見た。
「よーし、北側は片づいたな。あとは南だ。怪我人はいないな――って、うおっ、カルト!」
「あ、すいません。ちょっとドジって」
「何悠長に言ってんだおまえは! さっさと傷塞げ!」
「大丈夫っすよこれくらい。早く南の方行きましょう」
「おいおいおいおい。アイラ! その馬鹿今すぐ止血してやれ。で、そこのおまえは医者呼んで来い。そっち二人は担架の用意!」
「リーダー、んな大げさな」
「おまえはもう黙ってろ!」
 背中が、合成獣の骸に刺さったままの剣に寄って、柄を握った。あたしの力ではぴくりとも動かなかった剣が、いとも簡単に引き抜かれる。刃を濁らせる赤色を一振りで払い切って、そいつはあたしを振り返った。
「はい、これ」
 柄をこちらへ向けて差し出したその男は、左半身が血染めになっていた。返り血もあっただろうが、肩口に負った傷からは今も絶えず血が溢れ出している。剣を受け取るより先に、あたしの手は腰のポーチに延びていた。包帯、包帯が見つからない。乱暴に中身をひっくり返して、散らばった道具の中にようやく白い巻き布を見つけた。拾い上げた手が震えている。
「座って」
 聞こえているはずだが、そいつはすぐには従わない。その間も腕を伝った血が指先から流れ落ちていく。
「肩の止血するから! リーダー命令よ」
 右の腕を引っ張ってそいつを強引に座らせた。覗きこんだ傷の深さに背筋が凍る。震えた指では包帯が上手く解けない。上から手が延びてきた。
「いーよ。自分でやるから。おまえ不器用だし」
 あたしから包帯を奪い取って、そいつは片端を咥えると右手だけで――左は動かないのだろう――傷口を塞ぎ始めた。真新しい白に鮮やかな赤が滲んでいく。どんどん広がる。目を背けずにはいられない。
 少しばかり冷静になって、あたしはようやく何が起こったか理解した。脳は死を覚悟した瞬間に見た映像をすぐに受け取っていたが、それを正確に認識するまでには果てしなく長い時間を要したのだ。なぜなら、あたしは知らなかった。こんな風に身を挺して庇われることが、現実に起こり得るなんて。
 それに。
「なんで助けたのよ」
 この男は確かに知っているはずだった。こいつの鞘色は紅色、あの晩あたしはこいつに見咎められたのだから。助けられる理由なんてない。むしろ、見殺しにされて然るべきだった。包帯を結び終えてもそいつは答えない。無言であたしを見ているだけで。
「何よ」
「おまえさ、向いてねーよ」
「……剣が?」
「そうじゃなくて――わっ」
 伸びてきた筋肉質で傷痕だらけの腕が、そいつの無事な方の腕を掴んだ。血まみれの重症人を引き起こしたリーダーは心配顔だ。その後ろでは、担架の準備が済んでいる。
「怪我人搬送するぞ!」
「いやリーダー、俺普通に歩けるけど」
「急げ!」
 そいつはリーダーたちに力ずくで引っ張られ、有無を言わさず担架に乗せられるとそのまま運ばれていった。取り残されたあたしの目の前には、血溜まりと、綺麗になったあたしの剣があった。
 息が苦しくなった。

 ◇

 救護室のベッドの上で布団にうずめられ、そいつは青い顔をして眠っていた。少々音を鳴らしても寝息を乱すことさえしない。平気なふりをしていても、やはり傷は深かったのだろう。
 深夜だ。他に人の姿はない。忍ばせた懐剣に、服の上から手をやった。やるなら今しかなかった。
 こいつは、あの晩のことを、十日間喋らずにいた。でなければ、私がこうしてここにいられるはずがない。目的を達成するまで喋らずにいてくれればそれでいい。が、その保障はどこにもない。確実に任務を遂行するためには、ここで殺している方がいいに決まっている。
 殺せ。取り出した懐剣を逆手に握った。殺せ。一歩ベッドに詰め寄る。殺せ。窓からのほのかな明かりに刃がきらめいた。殺せ。色んな薬品が混じったにおいがする。殺せ。首を一突き、それだけでいい。殺せ。早鐘。殺せ、殺せ、殺せ。さあ殺せ。早く殺せ。
 扉が開けられる音がして、あたしは空気の塊を一挙に飲み込んでしまった。咽ながら振り返る。リーダーが立っていた。
「おーアイラ、おまえもいたのか。灯くらいつけろよ。合成獣の群れ、ようやくさばききった。これで明日は休めるかもな。カルトは無事か――って、おまえ」
 目は、当然あたしの胸元にある抜き身の懐剣に留まった。すぐに顔が険しくなる。
「どういうつもりだ?」
 低く重く響く声で、そう聞かれた。ほとんど詰問だった。言い逃れるのは不可能、そう思った。
「……あたしは」
「違うんですよ、リーダー」
 思わぬ後ろからの声に驚愕する。そいつは、いつの間にか上半身を起こしていた。
「カルト、起きてたのか」
 なぜか、そいつは笑った。
「すいません、外してもらえますか。今修羅場で」
「修羅場?」
「浮気がばれちまって」
「あー……ああ、おまえたちそういう……あー、そうか、そうだったか……」
 訳が分からない。立ち尽くすあたしをよそに、話はどんどん先へ進行していく。
「だけどアイラ、ほどほどにしといてやれよ。そいつは確かに馬鹿やらかしたが、今は怪我人だ。せめて剣はしまえ」
「リーダー、俺は大丈夫ですから」
「そうか? ……そうか、そうだな……まあ、そういうことは二人で解決した方がいい。なんだ、邪魔したな。すまん」
 リーダーは踵を返すと、そのまま救護室から出て行った。絶体絶命の窮地だったはずだが、知らない間にあたしは逃れていた。標的の助けによって。なぜ? 分からない。全く分からない。
「殺さねえの?」
 筋が弛緩して、それまで強く握りこんでいた懐剣が滑り落ちた。響き渡った耳障りな音が、動転しきった脳内をさらにかき乱す。そいつは、真っ直ぐにあたしを見ていた。
「殺せないんだろ」
「……ち、違うわ。殺すわよ。殺さなきゃいけないの」
「だったら殺せよ」
 足元に横たわった懐剣に目を落とす。おそるおそる延べた手を、横からふいに掴まれた。
「なんで震えてんだ?」
 知らない間に、あたしの手は震えていた。困惑する。抑えようとしても震えは止まらない。それどころか全身に広がっていく。
「殺し未経験?」
「わ、悪い? 内偵だもの、ばれなければそんなことしなくたって良かったの」
 声の調子もおかしい。妙に裏返っている。自分で自分の制御ができない。まだ身体は震えている。震え続けて止まらない。
「死んでたらよかったのよ」
 喉を突いて言葉が飛び出てきた。今度は頭が真っ白になって、唇だけが勝手に動く。
「そしたらこんな風には……殺さないと……そうじゃなくて、でも……」
 支離滅裂な言葉だと分かったが、自分でも何をどう言いたいのか定かではなくて、訳の分からないことを呟くうちに、ついには一言も出てこなくなった。沈黙しても、頭の中で絶えず思考が浮いては沈み、沈んでは浮いて、何が何やら、混乱を極め前後不覚の状態に陥っている。溺れているみたいに息苦しくて、気づいたときにはあたしは浅い息を小刻みに繰り返しながら膝をついていた。
「落ち着けよ。とりあえずゆっくり息しろ。そのままじゃ過呼吸になる」
 苦しくて苦しくて、だから息を吸おうとする。でもそうすればするほど、もっと苦しくなった。手が痺れてきた。目が眩み始める。息ができない。死ぬかと思うほど苦しくて、生理的な涙が目の端から零れた。身体はまだ震えている。そいつはベッドから降りてくると、あたしの正面にしゃがみこんだ。手首を掴んだままだった腕を放して、代わりに背中に遣る。優しくさすられると、ようやくゆっくり息が吐けた。
「なんでまた……助けてるの? あたし……あなたを……殺しに……来たのよ」
 しばらくしてどうにか喋れるくらいには回復したらしく、切れ切れながらもあたしはそいつに聞いた。楽になったのに涙は止まらない。顔を見られるのが恥ずかしくて、あたしはずっと俯いていた。
「殺すつもりなかっただろ」
「殺すつもりだったの……殺さなきゃいけないの……でも、だって、あなたがあたしを……何度も助けたりするから」
「おまえには殺せねえよ」
「でも、殺さなきゃ」
 床に落ちたままの懐剣を見た。涙のせいかひどく歪んで映る。もう、手を延ばす気にはなれなかった。
「なんで密偵とかやってるんだよ」
「そういう生き方しか、あたしは知らないの」
「家族は?」
「知らない。孤児だもの。物心ついたときには、もう軍の養成所にいたわ」
 何を取り繕う気にもなれなかった。正直に話すたび、あらゆる束縛から解放されていく心地がした。
「なんで助けたの」
 そいつはほんの少し、黙った。
「おまえが入隊したきっかけ、覚えてるか」
「合成獣退治でしょ」
「そのときおまえが助けたガキ、俺の弟なんだよ」
「ああ、あの子……ずいぶん歳が離れているのね。そう、だからあたしを助けたの」
「それもある」
「あとは?」
「おまえが密偵だって気づいたの、あの晩じゃない。もっと前だ」
「嘘でしょ? 全然気づかなかったわ。最初からあたしを疑ってたの?」
「いや俺、リーダーにおまえの監視役言いつけられてたから」
「リーダーにもばれてたの?」
「いいや。隊に入って一年未満の新米兵には全員世話役兼監視をつけるんだ」
 涙が止まっているのに気づいて、あたしは顔を上げた。思ったより近いところにそいつの顔があって、即また伏せる。
「それで……でも、じゃあ、なんであの日、わざわざあたしに尾行してるのばらしたのよ。リーダーに言わなかったのもなぜ?」
「やめさせたかったから」
「密偵を?」
 もう一度、今度は心構えをしてから面を上げる。そいつはやっぱり、あたしの目を真正面から見ていた。
「やめろよ。おまえ、向いてねーよ」
 そいつはあまりに容易く言った。やめる。考えたことすら、いや、思い浮かべたことすらなかった。
「そんな簡単にやめられるものじゃないわよ」
「簡単さ。やめるって決めたらそれでやめられる。本当はやめたいんだろ?」
「やめたいわけじゃ……」
「おまえ何のために密偵やってんだ?」
「それは、クレジア島の魔力を手に入れるために」
「それ手に入れて、おまえなんか得すんのか?」
 思わずあたしは瞬いた。
「分からないわ」
「しないだろ」
「そうかもしれない」
「ほら、やめとけって」
「でも、やめても何も得しないわ」
 あたしがそう言うと、そいつは静かに笑んだ。
「俺が得する」
「は?」
「なんで身体張ってまで助けたと思ってんだよ、おまえは」
「え? ……え?」
 戸惑う。今度は思考が入り乱れるのではなくて、停止した。そいつはあたしの背中に残したままだった腕で、あたしを引き寄せた。何が起こっているのか分からない。でも、とても、温かい。
「やめないってんならやめさせる」
「やめたら居場所がなくなるわ」
「ここにあるけど?」
 本当は、ずっと、心のどこかで憧れていた。疑いを知らないこの島の無垢な人たちに。そんな世界があるなんて知らなかった。あたしがこれまで生きてきたのは、猜疑と欺瞞だらけの世界だったから。ここで何も知らない振りをして暮らせたら、どんなにいいかと思っていた。気づかないようにしていただけだ。だって気づいてしまったら、二度と取り返しがつかなくなりそうで。
「怖いわ」
「なんで?」
「……分からないの。もう、どうしたらいいのか分からない。怖いわ」
「どうしたらいい、じゃなくて、おまえはどうしたいんだよ?」
「どうしたいか……」
「人間、普通はやりたいように生きていくもんなんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
 それでもやっぱり、どうしたらいいかも、どうしたいのかも分からない。でも、ここは落ち着く。温かいから。期待に満ちた長の目や、同業者たちと過ごした日々を遠く霞ませてしまうほどに。
「ここにいたいわ」
「だったら」
 ここであたしは我に返った。そしたらまた泣きたくなった。
「でも、いられない」
「理由は?」
「あたしには束縛の呪いがかけられているもの」
 強力な呪いだ。生きている限り、術者に居場所を把握され、そして同時に生死も握られている。密偵には皆、この呪いがかけられているのだ。だから裏切れない。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、束縛の呪いがどんなに強い呪いか――」
「ここがどこか分かって言ってんのか? 『精霊の庭園』だぞ?」
「あ……」
 言葉を失うくらいに、あたしは唖然とした。障害物だらけだった視界が、急に大きく開けたようだ。
「他の場所でかけられた呪いを解くなんて楽勝」
 言いながら、そいつは――カルトは、解除魔法の紋を広げた。孤光が幾重にも広がって、溢れ出た綺麗な空色の光が周囲を柔らかに照らしながらあたしを包み込む。途端、身体がすっと透いたように軽くなった。本当に、本当に、信じられないくらいに、軽くなった。
「はい、終わり」
 新しい涙が流れた。何をどう口にしたら上手く言えるのか、あたしには分からない。分からないから、あたしは黙って両手を持ち上げて、カルトを抱きしめ返した。
 やっぱり、温かかった。

 ◇

「カルト、何やってんの! もう日昇ってるわよ」
 大声で呼びかけながら、あたしは強めに部屋の戸を叩く。昨日の合成獣討伐は夜遅くまでかかったから、きっと寝坊したのだ。かすかな物音がした後扉は開かれて、眠そうな目のカルトが顔を出した。
「……あのさ、せっかく呼びにきてくれたところ悪いけど、俺今日非番」
「え? 嘘でしょ、だって今日……あっ」
 そう言えば、昨日の討伐前にそのようなことを言っていたような気がしてきた。
「なに? そんなに俺と一緒にいたいわけ?」
 謝ろうと口を開いたのに、カルトがそんなことを言うからつい飲み込んでしまった。代わりに素直じゃない言葉が出てくる。
「違っ! ただ間違えただけ――」
「分かったから、ちょっと待ってろ。すぐ用意する」
「い、いいわよ! 休みなんでしょ」
「おまえが仕事なら、どうせ暇だし」
 そう言って笑ってから、カルトは再び扉の向こうに消えた。今度は素直に待ちながら、ふと遠い古巣を思った。今頃はあたしも消息不明者の仲間入りをしていることだろう。この島は、また不帰の島として恐れられることになるのだ。密偵たちがなぜ帰ってこないのか、その理由も知られないままに。そう考えるとなんだかおかしくて、あたしは笑った。
 支度を済ませたカルトと並んで歩きながら、あたしはとても幸せだなと思った。
メンテ

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