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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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Re: 【オリキャラ投票受付中! 詳しくは雑談所へ!!】お題小説スレッド【四月期:作品投稿期間】 ( No.120 )
   
日時: 2012/04/01 18:52
名前: 企画運営委員 ID:nSJ3MzeQ

第12回「さくら」の作品投稿期間となりました。
作品投稿期間は4月1日(日)〜4月15日(日)までとなります。
ルール説明>>002 を熟読の上、ご参加ください。
皆様の力作お待ちしております。
メンテ
蕾桜 ( No.121 )
   
日時: 2012/04/02 16:32
名前: にゃんて猫 ID:st8khiDk

※この作品は事実をもとにしたフィクションです。



「はぁ……」
まただ。家の中にずっとこもっているとため息ばかり出てしまう。
五月病というのはよく聞くけど、三月病というものはないのだろうか。
初夏の体育祭や定期テストで忙しい五月なんかよりも、春休みですることが何ひとつ無い三月末の春休みの方が、よっぽど暇だ。
僕は力なくノートパソコンを閉じる。
ネットというものはどうも苦手だ。
一方的な発言や嘘の情報が跋扈する無法地帯、それがネットだ。
現実でも人との接し方が分からない僕が、そんな世界でうまくやっていけるわけがない。
事実、僕はしばらくネットをしているとだんだんと頭が痛くなって止めてしまう。
ネット中毒ってよく社会で言われてるけど、こんな物にどうやれば中毒になれるというのか。
ベッドの上に投げ出されたままの漫画とケータイ、充電器。
布団をめくれば、つけっぱなしのゲーム機に音楽プレーヤー、文庫本。
春休みが始まって二週間弱、漫画と文庫本は何度も読み返して飽きてしまった。
メールをするような奴もいないし、ゲームは完全攻略を何度かした物ばかりでやる気になれない。
音楽も聞き飽きているし、本当にすることがないのだ。
「……はぁ」
自然とため息をついた。もう何度目かも分からない。

一階に降りる。
両親は仕事で家にいない。
時計の針が正午を指していたので朝御飯の余り、野菜炒めを軽く温め直してパンを焼く。
別段腹が減っていたわけではなかったが、無為にだらけたくなかった。
もそもそとパンを頬張りながらテレビのリモコンを手に取る。
チャンネルを適当に変えるがこの時間帯だ。
ニュース、ドラマ、映画、三流番組の再放送……そもそもテレビはあまり見ないのだが、本当にどれも面白くない。
「はぁ……」
電源を切り、リモコンをいささか乱暴に投げ棄てる。
うまい具合にソファーに落下したリモコンを見て、僕は何故だか腹立たしさがこみあげてきて、無意味に野菜炒めを焦がしつけた。
結果的に僕は、黒く炭化したそれを「不味い」と零して捨てることになる。


大体四時を回ったころだ。
やることがなく、ボーッとしていた僕をインターホンのチャイムが叩き起こした。
だるい体を引きずるようにして玄関へと向かう。
扉を開けると、白髪の薄い男の人が玄関口に立っていた。
「おじいちゃん……!」
白髪の老人……僕の祖父は手にリードとビニール袋を持って言った。
「ゲン、ちょっと散歩に行かないか?チロの」
「チロの散歩?何で俺が……」
当惑する俺の手を祖父が引っ張る。俺は否応なく外に出ることになった。実に十日ぶりの外出だった。

祖父母は、僕の家の隣の古い家に住んでいる。二人とも今年で七十歳だ。
チロというのは祖父母が飼っている犬のことで、雌のビーグル犬だ。
俺の生まれた年に飼いだしたというから、今年でまもなく十六。犬の年齢にしては中々長生きだと思う。
昔はよく祖父と三人で散歩に行ったものだったが、中学に上がる前ごろからめっきり行かなくなり
チロ、という名前を聞くことすら随分久しぶりだ。

「長らくゲンと散歩してなかったと思ってなぁ、久しぶりに行かないか?」
すでに俺を家の外にまで連れ出しておいてよく言ったものだ。
まぁ、ただ家でだらだらと過ごすよりは百倍マシだろう。特に断る理由もない。
「分かったよ……で、チロは?」
祖父はリードを手に「連れてくる」と言って一旦引き返して行った。
チロにも久しく会っていない。元気にしているのだろうか。
「はぁ……」
まだ開いていない桜の蕾を見て、僕はまたため息をついていた。
今年の桜は開花が遅いらしい。
現に、例年ならこの時期に桜の花びらでいっぱいになるこの並木道も、今年はまだひとつとして開いていない。
「ウォン!」
「ひっ!?」
突然の吠え声に驚いて振り向く。
見ると、祖父のリードの先に少し太ったビーグルが繋がれていた。チロだ。昔とほとんど変わっていない。
元気にしっぽを左右に振っている。顎を撫でてやると気持ち良さそうにうなった。
僕のことを忘れていないか心配だったが、ちゃんと覚えてくれているようだった。
「よし、ゲン。リードはお前が握れ」
祖父が赤い紐を僕に向かって差し出す。
今まで、リードはほとんど祖父が握って散歩していたため、この申し出は少し意外だった。
「お、俺が持つの……?」
「春から高校生なんだろ?このくらいできない訳ないだろ」
まぁその通りか。僕は少し緊張しながらもリードの輪っかになっているところへ手を通す。
チロはリードを持つのが僕に変わっても何ら変化を見せず、早く散歩に行きたいのかそわそわしている。
どんっと背中を祖父に叩かれて、俺は上体を起こした。
「ほら、行くぞ」
祖父とチロに先導されるような形で、僕はなつかしい散歩道を行く三十五分間の旅に出た。

道中、チロが他の犬と吠えあったり、車線に飛び出しそうになったりして、中々に大変だった。
犬の力は思ったよりも強く、僕は何度も引っ張っていかれそうになった。
散歩は、丘の上にある池のまわりをぐるっと廻って帰ってくるのがルートだ。
途中、池周りにある大きな木の影で休憩をとることになっていた。
「よし、あそこでちょっと休んで行こう」
祖父が丘を登り切った後、湖の向こう岸にある巨木を指差して言った。
やはり記憶の中の姿とあまり変わっていない。大きな木が一帯の空き地に影をつくっていた。

何とかそこまでたどり着き、僕は空き地の草むらに寝ころがった。
上を見上げると、たくさんの蕾が枝についていた。が、やはり開いているものはひとつもない。
そういえばこの木も桜だったか。チロとはこの木の下でよく遊んだ記憶がある。
「ゲン……高校の入学式は、いつだったかな」
祖父がベンチに座って言う。
「四月の……六日だけど」
「四日にはここいらの桜も満開になるらしい。楽しみだな」
「……そうだね」
祖父の発言の意図が掴めず、僕は曖昧にそれに答えた。

そうだ。

三月病だとか言って皮肉ってたけど、暇なのは今だけだ。
高校生活が始まってしまえば、また忙しい日々に早変わりするのだ。
こうして三人で散歩することなんて、まず無くなる。
チロの寿命を考えれば、本当にもうこんな機会は永久に来ないかもしれない。

「…………」
無言で蕾桜を眺める。
それが花開くまでには、まだ時間がかかるようだった。

休憩を終え、僕たちは来た道を折り返して家の前まで帰ってきた。
「お疲れさん、ほれ」
祖父がチロのリードを外し、庭へと放す。
祖父が「久しぶりだったろ?」と聞いてくる。僕は静かにそれに頷くと、条件反射のような素早さで口を開いていた。
「明日も、行きたい」
無意識のうちに出た本音だった。
祖父が一瞬驚いて目をしばたき、そして柔らかい口調で言った。
「もちろんだ。明日も行こう」


……しばらくの後
桜の花はまだ咲いていない。
が、蕾が割れて中のピンク色がうっすらのぞくようになっている。そう待たずに開花するはずだ。
「チロ」
名前を呼ぶと、足下のビーグル「ウォン!」と吠えて応えた。
日々だらけて無為に時間を過ごしていた自分を恨めしくさえ思う。
だが過去はどうしようもない。今をしっかりと生きなければ。
「おじいちゃん、ありがとう」
声はきっともう届いていないだろうけど、この想いが桜の蕾に宿り、花開いてくれたらと願う。
大きな桜の木の幹に触れる。
一瞬だけ、脳裏をあの優しい笑顔がよぎった。
「……行こうか」
リードを引いて、桜の木を後にする。

蕾から花へ、そして散りゆく桜の花びらに少しだけ想いを込めて……
メンテ
いつかの死、いつかの生 ( No.122 )
   
日時: 2012/04/14 17:53
名前: アリス ID:Vbgk9Dfs

 

 おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。





「おい××……聞いたか? 今日さ、この学校に霊能者が来るらしいぜ」
 友人のSが、読書中の僕に話しかけてきた。窓際の席に座っている僕にとって、少しだけ日当たりの眩しい昼休みのことだった。陽気に息を弾ませる彼は、飛びっきりの話題を持ってきたと興奮気味のようだ。しかし僕からしてみれば、何の脈絡もなく非日常にに吹き飛ばされた気分であった。
「なんだそりゃ。霊能者だって? 意味がわからない」
 霊能者という胡散臭い存在についても意味不明ではあるが、それ以前に、なぜそんな輩がこの高校にやってくる必要があるのか。
「あれ、お前知らないのか? この高校にさ、最近幽霊が出るらしいんだ。それを退治するためにその霊能者さんが来るんだとよ」
 この高校に幽霊が出るだって? そんな話は聞いたこともない。学校という建造物に幽霊は付き物といえば付き物かもしれないが、この高校には無縁だと思っていたのだが。彼の言葉には突拍子のないことが多すぎるため、幽霊にしろ霊能者にしろ信じがたい。僕は溜息を吐きながら本を閉じた。
「しかし霊能者か……信じられないよ」
「だよな。俺も、幽霊自体信じてないし」
 そりゃそうだ。幽霊なんて不可思議なものを信じろというほうが難しい。まあそのような噂が流れてるってことは、誰かが面白がって流したか、それか本当に幽霊を見た誰かがいるということなのだろう。しかし僕は前者だと推測する。幽霊なんてこの世にはいない。
 Sは僕の席の前を通り抜け、すぐ左の窓際に手を置いて外を見た。瞬間「おっ」と小さく声を漏らし、外を見つめたまま僕に、おい××、見てみろよと言いながら手招きした。何か外に気になるものでも見つけたのだろうか。どうした、と僕は本を置いて立ち上がり、彼と並んで窓から外を見た。Sは僕の隣で、あそこあそこと指を刺す。ここからは正面玄関の前辺りの少し開けたところが見えるのだが、そこに人が立っていた。二人である。一人はOLといった風貌の女性。今は僕らに背を向けていて顔まではわからないが、礼儀正しい恰好をしている。
 そしてもう一人は、黒いブレザータイプの制服に身を包み、腰にまで届きそうな長い黒髪をなびかせる女の子であった。この距離でもよくわかる、文句無しの美少女である。どうやらSが僕に手招きしてまで見せたかったのはこの二人――とりわけ女の子のほうであるようだった。
 Sが言った。
「あそこにいる女の子、可愛くないか? どこの高校だろう」
 それは僕も気になった。僕の高校の女子の制服はセーラー服だから、当然彼女はうちの高校の生徒ではない。しかし、僕の記憶違いかもしれないが、僕らの学区には黒いブレザータイプの制服を採用している学校は無かったはずだ。となると、西部からわざわざここまでやってきたか、県外からやってきたかのどちらかということになる。それは少し妙な話だ。真昼間から僕らと同じ学生が他の高校に来る理由が思い当たらない。近々転校してくるため下見に来たのだとしても、今は九月半ば。明らかに時期がおかしい。
「まさか、あの子が霊能者さんだったりしてな、あはは」
 Sが笑った。僕も笑い返した。
 その時、その女の子が、こちらを見た。
 僕と目が合った。





「やべえ、教科書忘れた」
 Sは、授業開始五分前になってそんなことを言い出した。そろそろ先生が入ってくる頃合であった。僕は冷静に、隣のクラスから借りてくることを提案し、Sは急いで教室を出て行った。化学教師のT先生は、チャイムと同時に教室に入る。きっと間に合うだろう。僕は胸を撫で下ろしながら席に着いた。ふと右隣を見ると、隣の席のNさんがクスクスと笑っている。
「どうしたの?」
「ご、ごめん……Sくんと××くんのやり取りが面白くて」
「そうだった?」
 心当たりは無かったが、Nさんの頬をちょっとだけ赤くして笑う姿は可愛らしかった。それから先生のやってくるまでの五分間ほど、僕とNさんは他愛も無い話をした。予習の問題四が難しかったことや、T先生の面白い癖など。僕は普段あまり女の子とは喋らないのだが、Nさんとは比較的話をしていた。
「Sくん、帰ってきたみたいだね」
 もう残り時間は三十秒、といったところでSが大慌てで教室に戻ってきた。どうやら教科書は借りてこれたようで、手には化学の教科書がきちんとあった。安心するが、Sはどうも普段から抜けている。注意してやら無いと駄目だな。
「あいつは物忘れが激しいから」
「××くんは、保護者みたいだね」
「違いない」
 二人で笑い合った。





 例の高校の正面玄関前で少し待っていると、切り揃えた髪に眼鏡、スーツという改まった服装の女性が歩いてきた。私に幽霊退治を依頼してきた際の電話の声も女性であったが、おそらくその人であろう。
「おはようございます、もしかして、皆口さんですか」
 彼女は私に近づき、丁寧にお辞儀をしながら挨拶をした。「市役所の土橋と申します」
 私も返すようにお辞儀をする。「はい、ご依頼ありがとうございます」
 正直幽霊退治というのは乗り気になれないし、幽霊を『退治』という言い方があまり好ましくはないのだが、堂々と依頼してきたからには仕方が無い。近所の人は私を霊媒師だとか霊能者と呼ぶが、実際のところ職業としての正式名称はない。ただ役割として、迷える幽霊たちを鎮めることを主としている。あまり公にしたい職ではないが、一族揃って霊に関することに長けていたため、それを生かせる職業とのことで、母が始めたものだった。
「あの、本当に退治してもらえるんでしょうか」
 彼女は不安がちに漏らした。そもそも彼女は、私の霊云々のことについてすら信じていないようであった。それはそうだ。自分のことを胡散臭いと思っているのも仕方ない。依頼しておいて信用してもらえていないというのは少し不満が残るが、まあ信用されなくても構わない。いつものことだから慣れている。
「依頼されたからにはやらせていただきます。ところで、問題の幽霊というのは……」
「はい、目撃情報によると――」
 その時、彼女の肩越しに、二階の窓が見えた。
 こちらを見下ろす、影。
 




「××、奇遇だな」
 部活を終えて、生徒玄関を出ようとしていると、Sが声を掛けてきた。どうやら彼も部活を終えて帰路に立つらしい。一人寂しく帰るよりは、Sと話しながら帰る方がいいだろう。同じ方向であるのも知っている。僕らは並んで帰ることした。
「S、お前今日も予習してなかっただろう」
「なんで?」
「化学の時、当てられて困ってたじゃないか。あの問題は簡単だったんだぞ」
「そ、そうか。ま、教科書忘れてる奴が予習してるわけないだろ?」
「誇ってどうするんだよ」
 くだらない話であったが、僕にとってはこんな話でも楽しかった。オレンジの夕暮れを背に歩き、影は伸びる。カラスの鳴き声。言いようの無い温かみが胸にじんわりと広がっていくのがわかった。それがなぜかはわからなかったが、Sと話していることや、哀愁の漂う空気が胸を締め付けたのだった。疲れているのだろうか。
 ふとポケットに手を入れると、携帯電話を忘れたことに気付いた。そうか、体育のとき机の中にしまったのだ。それを回収せず、そのままにしていた。あれがないといろいろと厳しい。
「S、悪いが学校に忘れ物をした」
「そうか、じゃ、ここでお別れだ」向かい合って言葉を交わす。だがSの目は、寂しそうだった。「じゃあな」
「……? ああ、またな」
 僕は釈然としないまま答え、Sとは別れた。Sはそのまま歩き出し、僕は真逆――今先ほど二人で歩いてきた、学校への道へと踏み出した。







 学校へ到着して玄関に到着すると、靴を履き替えているNさんに会った。
「Nさん、今帰り?」
「うん。××くんはどうしたの?」
「ちょっと教室に忘れ物をしたんだ」
「そう……」
「Nさん?」
「あ、ごめん、なんでもないの……」
 Nさんは、少しだけ顔を赤らめて俯いてしまった。何か僕に言いたいことでもあるのだろうか。だが自分から何も話さないのだから、話したくないことなのだろう。もっと話していたいという気持ちはあるが、踏み込んだら変に思われるだろうか。僕らしくない。Nさんに対してはどうも調子が狂う。
「じゃあ僕は教室に行くよ。気をつけてね」
 僕は言葉を捻り出し、彼女の横をすれ違って廊下の方へ歩み出した。


 しばらく歩いて廊下の中ほどに差し掛かるときだった。
「××くん!」
 Nさんの声がした。僕はゆっくり振り返った。
 彼女は僕の方を見つめていた。
「私、君の事好きだったから!」
 その言葉を理解する前に、Nさんは外へ走っていってしまった。玄関とこの廊下は一直線。ただ外へと走っていくNさんの後姿を見つめるだけだったのに、どこか胸が痛かった。これは、Nさんの気持ちを聞いた事の痛みなのだろうか。僕も、君のことが好きだったのかもしれないと。だけど、返事も聞かずに走って逃げていく彼女は、何もかもが怖かったのだろうか。どうして今、気持ちを告白してくれたのか。僕にはわからなかった。
 最終下校のチャイムが鳴り、僕は急いで教室に向かった。
 オレンジの黄昏は少しずつ薄暗くなり始め、カーテンの開き切った教室は儚く切ない。だがそこに、いるはずのない誰かが立っていたのだった。
「こんにちは」
 教室の真ん中に佇む影。
 僕とSが昼間見た、制服の美少女その人であった。
 




「探し物は、これですね」
 彼女は僕に気付くと、携帯電話を見せてきた。紛れも無く僕のものであった。
「そうだが、なぜ君が持っている?」
 聞きたいことは山ほどあったが、それしか出なかった。
「単純な話です。この携帯電話の持ち主に会いたかった。それだけですよ」
 僕に会いたかった、ということだろうか。意味がわからない。しかし彼女は、この携帯電話の持ち主、と言った。つまり僕自身と特定してはいない。携帯電話の忘れ物があればなんでもよかったということだろうか。ますます意味がわからない。
「君が噂の霊能者さんか?」
「その呼び方は好きではありませんが……まあ良しとしましょう。確かに私は、この学校に現れる幽霊を鎮めるためにきた霊能者です」
「その霊能者さんが、なぜ僕の携帯を?」
「携帯電話にはこれといった意味はありません……用があるのは、あなたです」
 彼女は鋭い瞳で僕を突き刺した。心臓を手で握られたような切迫感が襲い、急に息が苦しくなったように感じた。彼女の雰囲気が毒々しく、締め付けるような感覚。声がすぐには出せなかった。首を絞められているかのようだった。
「僕に、用だって?」
「はい。あなたに話したいことがありまして」
 彼女は僕に一歩一歩近づいてきた。僕の体は動かなかった。恐怖か、何か。胃にナイフが刺さっているかのような、じわじわと体を蝕んでいく何か。彼女は僕の前に立ち、動けない僕を上目遣いで見つめた。
「その様子だと、気付いていないのですね」
 もはや、思考の中にしか僕は存在しなかった。
「……悲しい人」
 僕が。
 僕が何に気付いていないというんだ?
 彼女は神妙な顔つきで言った。
「すでに、幽霊だということにも気付かないなんて」
 それが引き金になったように、僕はゆっくりとその場に崩れ、倒れた。
 まどろむ意識の中で、少女はもう一言、僕に浴びせた。
 

「桜の木の下で、お待ちしてます」





 目が覚めると、僕は家のベッドで寝ていた。
 ガバリと布団を投げ飛ばして体を起こす。自分の両手のひらを見つめたり、指を曲げ伸ばしてみた。体もある。頬をつねっても、ちゃんと痛みはある。昨日携帯電話を取りにいってからの記憶がまるで無いが、どうやらあの後無事に帰宅できたようだ。枕元には携帯が置いてあるし、ベッドで寝ていたのが何よりの証拠だ。窓からは朝を告げる陽光が眩しく差し込んでいる。僕は額を押さえた。
 あの女の子は……なんだったんだ? 

 すでに幽霊だということにも気付かないなんて。



 ……意味がわからない。
 馬鹿馬鹿しい。霊能者だなんて自分で語っていたけど、結局狂言で惑わす馬鹿な奴じゃないか。胡散臭いとは思っていたけどまさかここまでとは。幽霊だって? どこにそんな要素があるというんだ? 僕にはちゃんと体はあるし、足だってある。やはりあの女の子の言っていることは間違っている。間違っているどころの話ではなく、彼女の言葉全てが意味不明なだけだった。


 学校に登校して廊下を歩いていると、Sがクラスの友人と話していた。
「おはよう、S」
 僕は声を掛けた。
 だがSに返事はなく、笑顔で談笑を続けている。
 僕は昨日の女の子の件もあって少しいらいらしていたし、冗談でも無視されると腹が立った。僕はちょっと苛立ちを見せ付けるように声を荒げながら、Sの肩を掴もうとした。
「おい、S」
 ――!
 Sの肩を、僕の手が擦り抜けた。





 土橋さんから電話が掛かってきたのは、人の込み合う朝の街中であった。私は一応高校生だから、授業中などに掛かってくる電話には受けれないのだけど、今回は朝の登校中であったので受けることができた。
「はい、皆口ですが」
「あの……度々すいません。その、依頼の方は進んでますか?」
 渡ろうとした横断歩道が赤になり、私は立ち止まった。駅前の交差点なので人は多く、雑音に電話の声は掻き消されそうになる。
「はい。一応やることはやりましたが」
「あれ、今はどちらに?」
「駅前の交差点にいます。一応学生なので、登校中です」
「そうでしたか、お忙しいときにすいません」
「あ、いえ。お構いなく。それで、今回はどのようなご用件で」
「その……依頼内容はもう終わりなんですか? まさか昨日だけで幽霊を退治したんですか?」
 信号が青になり、立ち止まっていた人たちが歩き出す。私は前方から来る人たちとぶつからないように意識しつつ、電話の向こうへと話しかける。私の職業に理解の無い人は、大抵こういう質問をしてくるから慣れていた。まあ霊とか、そういうものを理解するのは難しいのはよくわかるから、別に面倒だとは思わなかった。
「あの高校に結界を仕掛けました。おそらく今日辺りから、幽霊の力は弱まってくると思います」
「力が弱まる……と言いますと?」
「まあ単純に言えば、現実世界に干渉できなくなります。よくホラー映画なんかにあるでしょう。『今誰かに肩触られた』みたいなのが」
「ありますね」
「幽霊は、人間に触れます。それは幽霊の力が強い証拠なんです。でも私の仕掛けた結界は、そういう幽霊の力を弱めてくれる。あの高校に現れる幽霊も人間には触れなくなってくるし、人間の目には見えなくなってくるはずです。結界に即効性はないので、仕掛けるだけ仕掛けてしばらく様子見ということになります。まあ今日の夕方辺りにもう一度高校には行きますけど」
 横断歩道を渡りきり、駅への歩道を歩く。
「だから、皆口さんは学校に行かれてるというわけなのですね」
「はい。信じてもらえるかはわかりませんが」
 わかっている。どうせ信じてもらえない。
 私は依頼さえこなせればいいのだ。
 雑踏を歩く。もうすぐ駅だ。

「いえ、信じますよ」
 私の足が止まった。
「では、引き続きよろしくお願いします。お電話すいませんでした」
「あ、いえ」
 電話は切れた。私は携帯電話を耳から離し、それを見つめる。
 ……真っ向から信じてもらえていたなんて。
 昨日の出会った感触からして、彼女は私のことや幽霊のことを信じていないのだと思った。だけど、彼女の先ほどの言葉は、そんなのとは無縁で、きちんと私は信じてくれたような力強さがあり、戸惑いや疑惑がほとんど感じられなかった。
 ……こういう人も、いてくれるんだ。
 不慣れな感覚を抱きながら、私は駅に向かった。
 幽霊を鎮めるのは、今日の夕方。
 真実は、残酷だ。
 私は奥歯を噛み締めた。



 

 別の友人と楽しそうに話をしながら廊下の向こうへと歩いていってしまうS。僕はその背中を、言いようの無い黒々しい不安とともに見つめていた。鈍器で頭を殴られたような衝撃さえ体を迸る。そのくせ、自分の状況を静かに描写する心は嫌味なほどに冷徹だった。
 僕の手が、Sの肩をすり抜けた。
 それはまるで、ホログラム映像に手で触れたように、触れたという感覚はまるで無く、空を切ったのだった。何にも触れていない。僕は廊下の真ん中で佇み、ただ自分の手のひらを見つめ、指を曲げ伸ばしするだけだった。
 どうなってるんだ? 僕はどうなってしまったんだ。
 始業も近かったので僕もSの後を追った。最初の授業は化学だから、化学室へ移動しなければならない。しかし移動中も僕の頭は宙を舞うように留まりが無く彷徨い、説明のつかない事態に混乱し続けていた。
 化学室に到着するが、まだ始業まで数分残っており、室内はざわめきに満ちていた。こういう特別教室では、通例出席番号順に座ることになっている。僕は自分の所定の席に座り、先生が来るまで予習をしようと考えた。教科書を開いて、ノートを捲る。しかし、恐怖に似た切迫感が、まるで背後からじりじりと迫るようで落ち着かなかった。僕はそれから逃げるように、隣の席のNさんを見た。
 昨日のことは……僕にもよくわからない。
 Nさんに好きだと言われたけど、今僕の隣に座っているNさんは、僕の方に見向きもせず、静かに予習をしているようだった。僕には、彼女の言葉を考える余裕など無かったし、返事だって考えられなかった。彼女の告白を聞いてすぐ、あの霊能者の少女に出会い、それ以降の記憶がまるでないのだから。しかしNさんの横顔は、僕などまるで意識していないようにも思えた。……僕は何を考えているのだろう。そして今彼女は何を考えているのだろうか。
「N、さん」
 怖かった。
 告白されて気まずいこともあった。だが、いろいろと気に掛かることがありすぎて。
 Nさんが、まるで『隣に誰もいないような』素振りばかりするから。
 だから。


「Nさん」
 彼女の視線は、いつまでもノートと教科書に注がれている。
 ……嘘、だ。
 僕はゆっくりと、Nさんの頬に手を伸ばした。触れてしまったら申し訳ない、ではない。頼む、触れてくれであった。Nさんに触れたい。邪な考えではない。ただここに僕がいると証明する手立てが欲しいのだ。聞こえてる? 触れる? 僕はここにいる? さまざまな疑問を解決したい。そのために、僕は彼女に触れようとした。できるならば、僕が頬を触れることによって、Nさんの恥らう赤い顔が見れればいいって。そう思って。
 そう思ったのに。

 僕の手は、ゆっくりと彼女の頬に沈み、すり抜けた。


 嘘だ、こんなの。

 僕は立ち上がって、手当たり次第クラスメイトに触れようとした。だが、誰一人として触れることができなかった。ありえない、こんなのはありえない。なんで、なんで触れられないんだ。誰も彼も僕と目を合わせない。試しに殴ろうとする。しかし僕の腕は弧を描いてすり抜ける。そいつは何も感じなかったように隣の奴と談笑している。そんな馬鹿な。気持ちの悪い汗が流れ出し、体が震えた。どうすればいいのかわからなかった。僕は、僕は今なんなのだと、教室を見渡してもわからないままだった。
 始業のチャイムが鳴る。先生が入ってくる。教室は静まる。授業の開始を告げ、先生は教科書とチョークを片手に掴んだ。


「じゃあ、教科書七十二ページの――」
 先生。
 先生は授業が始まってるのに、席を立っている僕を注意しない。
 クラスの皆もだ。
 僕は確かに教室の中央に立っている。後ろの方の席の人は、僕の所為で黒板は見えないはずだ。僕は明らかに、邪魔者で、こんなところに立っていたらノートを写すために視線を上げるクラスメイトたちの障害にしかならないはず。そのはずなのに、皆はきちんと黒板とノートを交互に見てノートを取っている。
 見えてない。
 見えていない。
 誰からも、僕は見えていない?
 そんなことが。




 ――その様子だと、気付いていないのですね。


 突然再生される、昨日の少女の声。


 ――悲しい人。


 すでに、幽霊だということにも気付かないなんて。






 生暖かい風が頬を撫でる。
 切り取られたように輝く月が世界を照らす中、僕はゆっくりと歩んでいた。地面を擦る靴音が嫌に大きい。緊張しているのだろうか。何が待つかわからない、でもそれを知らなければならない。言いようの無い使命感、焦り、恐怖が入り混じる。
 桜の木は、光っていた。
 夜の闇に生える、ピンク色の恍惚。
 冬の街を彩るクリスマスツリーのような、黒々しい背景の中にはっきりと光を放つそれは、まるで目印のように、僕の向かうべき場所のように、視界の中にはっきりと姿を見せていた。
 近づく度に、桜の前に立つ人影が見えるようになった。
「……来たのですね」
 彼女は振り向いた。
 僕は何も言えなかった。
 彼女は、シャベルを僕の前に投げ捨てた。
「するべきことが、わかっているのですか?」
「……ああ」
「真実は、残酷です」
「知っている」
 真実は、残酷。わかっていた。生半可なものではないということを。しかし僕には、この桜の下にある『何か』に導かれるように、そうしなければならないと知っているかのように、やるべきことが頭の中ではっきりしていたのだった。
 僕は、足元に落ちているシャベルを持った。鋭利な先端。長い柄に両手を添える。桜の輝きは電灯のように辺りを照らし、辺りを余裕で見渡せる明るさであった。月の光も相まって、僕の視界は冴えている。シャベルの先端に光が瞬いた。
 きっと彼女は、高校に現れる幽霊を退治するために、何か霊の力を抑える魔法のようなものを使ったのだろう。だから僕は、SやNさんに触れられなくなった。だって僕は……。
 桜の根元の地面をシャベルで突き刺した。
 固かった。先端が少しだけ地面にめり込んだだけだった。その反動が手のひらを伝わり、全身に痺れを与える。一度で、これだけの疲労感。柄を握る指にかすかな隙間が開いた。やめろ、やめてしまえ。僕の中の僕が叫んだ。真実は残酷だ。その真実に、お前は死ぬような思いをして近づく必要はないだろうと。だが僕の中の小さな誇り――SやNさんと過ごした日々が無残にも壊された、その理由がここにあると知っての憤り、そして使命感に帯びたもう一人の僕が反抗する。やるしかない、ここを掘るしかないのだと。その力を吐き出すように、シャベルに全身の体重をかけた。じわじわと先端が地面に埋まっていく。力を込めて、地面をすくい上げた。小さな穴が開いた。だが、これでは駄目だと思った。僕が知りたい真実は、この程度掘っただけでは見つからない。知ることができない。だから、もっと……。もっともっと。
 僕は死に物狂いで掘り進めた。
 地面を、とにかく掘り続けた。
 何が埋まっているかの見当はついていた。だが、それを深く思慮することはなく、ただ一心不乱に、本能のままに、求めるままに掘り続けた。思考する暇はなかった。自分という自分の程度を落ちるまで落とす。音が消え、生理的な音だけが体中を包み上げた。吐き出す息、暑さによる汗が目に染みる。
 桜の花びらが、僕の掘った穴に落ちてくる。
 それをシャベルが切り裂き、地面をえぐる。
 地面は少しずつ柔らかくなり、僕が掻き出す土の量は増える。
 だが、見つからない。
 見つからない、見つからない。
 どれだけ掘っても、どれだけ土を掻き分けても、現れるのは黒々しい土だけだった。
 それでも、ここに『埋まっている』のだ。
 そう、わかっているのに。
 僕はただ夢中で掘り続けていたはずが、それほど穴は大きくならない。なぜだ? どれくらいの量や時間を掘ったかはわからない。だが、それなりに時間は掛けたはずだ。それなのになぜだ? 僕の横にある掻き出して避けて置いた砂の山が、それほど大きくない。なぜなのだ? あれだけ体中の力を使って掘り進めたはずなのに、いつまで経っても兆しが見えない。どれだけ掘っても、それらしきものは出てこない。
 僕はすでに死にそうなほど汗をかき、心臓音が自分でも聞こえるほど苦しい。時折漏れる咳や喘ぎ声。息が詰まり、体が自由に動かない。疲れている? 僕は異常なまでに疲れていた。シャベルを地面にもう一度刺した。その瞬間、お腹から胸、そして喉の辺りを激痛が襲う。僕は喉奥から競りあがる気持ち悪さに耐えかね、手で口を覆い咳き込んだ。桜と月の灯りが照らす、自分の口を覆った手のひら。指の隙間を滴る液体。それが血だと気付くのには、重いまぶたを何度も擦り続けた後だった。
 シャベルを握っていたはずの手はあまりに強く握りすぎたのか、中指が奇妙な方向に曲がり、薬指は皮から骨が飛び出していた。血すら出ていなかった。あまりに掘ることに必死すぎて、自分の手の崩れなど気になっていなかったのか。シャベルの柄を握ろうとするだけで激痛が走る。だが止められなかった。まるでそうせざるを得ないかのような、糸で引かれているかのような不思議な魔力を、桜の根元から感じ続けていたからだ。
 僕は、見つけなければいけないのだ。
 全てを晒し出す様に叫び、地面にシャベルを突き刺した。



「じゃあな」
 
 S……お前は、僕の一番の親友だったよな。
 あんな別れ方、したくなかった。


 
 まるで憎らしい人を刃物で何度も刺すように、憎らしい人を鈍器で何度も殴打するように。僕はひたすら地面をシャベルで殴り、刺し、砕き、掻き続けた。その度に、誰彼の言葉や顔が頭に浮かぶ。その温かい様相に、僕の狂気は増していく。



「私、君の事好きだったから!」
 
 Nさん。僕も君の事、好きだったよ。
 なのに、返事もできなかった。



 僕の怒号は、もはや自分の耳にすら聞こえなくなっていた。聞こえるのは、真っ白な空間だけだった。僕には、何も聞こえていなかったのだ。自分の命を燃やしているような気がした。この先にあるのは、死。ただそれだけの闇。しかしそれでもいい。そうさせるだけの理由がある。僕はそれでいい。それでいいから、見つかって欲しい。ただ、そうさせてくれればいいのだ。
 何度も何度も、幾度も幾度も、ひたすらに、地面をえぐる。

 
 もう幾度目かの叫びを上げた時、明らかに土とは違う、柔らかな感覚をシャベルが突き刺した。硬い、だがシャベルの先端を無機質に受け入れる何か。
 見つけた。
 見つけた……。
 僕はシャベルを投げ飛ばし、その部分をまるで大切なものでも扱うように、しゃがんで手のひらを使い土を払った。白い部分が見えた。一瞬で、これは頭蓋骨だとわかった。僕は自分の爪でその白い部分の横辺りをえぐった。少しずつ、少しずつ、見えてくる形。
 僕は声を上げた。



 見つけたのは、Sの首だった。






「空襲ですか」
 私は、向かい合って座っている土橋さんに問いなおした。あの高校の校舎に現れる幽霊のことで、私には少しばかり気になることがあったのだった。学生の姿の幽霊というから今までこなしてきた依頼のように一人程度かと思ったが、まさか学園全員とは。それを彼女に伝えると、あの近辺で空襲があったらしい。
「はい。五十年ほど前なのですが……あの学校の生徒職員のほとんどの方が亡くなったそうです」
「もしかしたら、死体は見つかっていないのでは」
「お察しの通りです。どうやら被害が甚大であった学校近辺は、死体の捜索などもせず土で埋め立ててしまったといいます」
「あの校舎は?」
「あれは空襲の数年後に、埋め立てた土地の上に再建されたものですよ。まあ、ご存知の通り数年前に隣町の高校と合併され、今はもぬけの殻の廃校ですが」
「なるほど……恐らく目撃される幽霊は、空襲で亡くなった当時のまま、自分が幽霊になったことにも気付かずあの校舎に通い続けているのでしょう」
 学生の姿のまま、教師の姿のまま。
 気付かないまま、学校に通って、永遠に学校として機能していく。
 そんな悲しいことがあっていいのだろうか。
 いいわけが無い。
 全てのものは流れ去り、浄化されるべきだ。
 不慮の死を与えられた人たちには、安らかな眠りについてほしい。
「……先ほど、ほとんどの方がなくなられたっておっしゃいましたよね。もしかしたら、生存者がいたのではないですか」
「聞くところによると、一人……たった一人だけ、生き残った方がいらっしゃるそうです」
 私の脳裏に、昨日の光景が過ぎった。
 彼女の肩越しに見えた、二階の窓から見下ろす影。
 あれは……あれは、老人だった。





 目の前で項垂れる老人を、私は静かに見下ろした。
「……あなたは、ここであった空襲の、唯一の生き残り」
 こんなにも悲しい宣告を、私がしなければならないなんて。
 いろいろと依頼はこなしてきたつもりだったけれど、ここまで悲しい結末を私自身の手で下さなければならなかったのは初めてだ。まさか、生きている人間が、幽霊たちと一緒に学校生活を営んでいたなんて誰が想像できようか。おそらく一番辛いのは、目の前で項垂れている彼であるのに……。
「あなた以外の全ての人は、幽霊だったのですよ」
 彼は自分を、老人だとは思っていなかった。
 若かりし頃の――かつての級友たちと共にいたあの日あの時の自分だと錯覚したまま通い続けていたのだ。永遠の学校に、昔確かにいた一人の学生として。
 最初に彼が掘り返したのは、ただの頭蓋骨だった。
 しかし、彼は――膝をついて涙を流す老人はその頭蓋骨を見つめ、しきりに誰かの名前を呟き続けていた。それから、ハッと思い出したようにもう一度シャベルを手に取り、桜の木の周辺を掘り出したのだ。土が掘られる度に、現れてくる大量の骨。しかし彼はそれらには見向きもせず、先ほどのように一心不乱に地面を掘り漁った。最後に動きが止まったと思えば、またもう一つ頭骸骨を掘り出したのである。彼は感嘆し声を漏らすと、愛おしそうにそれを抱きしめ、女性の名前を言った。二つの頭骸骨を並べ、彼はそれを座って眺め続けた。


 私たちの間を、風が撫でた。
 ただ『彼ら』を見つめるだけで、何もいえなかった。
 彼は、いつまでも、偽りの中にいたのだから。
 私には、彼に掛けていい言葉がわからない。
「……ごめんなさい。あなたには、辛い現実かもしれません。でも――」
 老人は、ゆっくりと顔を上げた。
 見下ろす私と、見上げる老人。
 彼は唇を震わせて、言った。

「……いいんだ、ありがとう」
 
 そこで彼は、そのままの恰好で、静かに息を引き取った。

 



 朝になって、桜を見上げていると、土橋さんがやってきた。生温い、しかしそれでいて爽やかな風が吹いた。つぼみすらなく寂しげな桜の木は風に揺れ、ざわめきもない。校庭の砂を巻き上げる、囁くような音が辺りを包むだけだった。
「おはようございます」
 彼女は私に近づくと、丁寧に挨拶をした。「おはようございます」と私も返す。土橋さんは私の言葉を聞くなり、怪訝な顔をして私に尋ねた。
「……あの、どうしてそんなに泥だらけなんですか?」
「えっ?」
 私は自分の体を見た。手だけではなく、着ていた高校の制服まで泥に汚れていた。簡単には落ちそうにない、黒い汚れがそこかしこにしっかり染みている。今まで夜だったから気付かなかったのか……こんな恰好を人に見られてしまったことに、少しばかり恥を覚えた。
「何をされていたんですか?」
 彼女は私の横に並び、先ほどの私のように、枯れた桜を見つめながら問うた。
 私は、「幽霊を、鎮めてました」とだけ答えた。

 
 頭蓋骨を二つ掘り当てた老人は、その場で亡くなった。
 私は彼が使っていたシャベルを手に取り、彼が掘り返した『二人』、彼、そして掘り出されたたくさんの骨を、桜の下に埋めた。そのために夜を全て使い切ったのだった。なぜあの学校が、永遠の学校として機能していたのか。それはきっと、この老人と、この老人の愛する人が再会するのを待ち望んでいたからなんじゃないかって、私は思ったのだ。
 だから、眠るときは、一緒のほうがいい。
 私は、彼が大事に見つけた頭蓋骨を、彼の遺体に並べて、そっと土を被せた。
 ……おやすみなさい、と。


 私の今回の依頼は、終わった。






 私は、花のない桜を見上げた。
 


 全てのものは流れ去る。
 彼と『彼ら』はそれに気付かず、いつまでも永遠にいた。
 それでも、『彼』は、幸せだったのだろう。
 幽霊でも、偽りでも、幻でも。
 自分が確かにいた過去の情景に身を置くことは。自分の肉体を精神が凌駕し、自分を学生だと思い続けて、幽霊たちと交流したことは。ただ楽しく、仲間たちと共に過ごした記憶に想いを馳せることは。そして、級友たちの死を知って、自分も同じ場所にいけると悟ったことは。
 彼は、いいんだと言った。
 それだけで、十分だったのだ。
 悲しい人。
 でもそれ以上に、大切だったものを抱きしめて、確かに幸せなひとときがあった人。



 彼の死に顔の微笑みを、私は覚えている。
 あなたの死を、あなたたちの死を。
 私はずっと、憶えている。


「おやすみなさい」


 いつかの死、いつかの生を。
 静かに受け入れる、ただそれだけの眠りを。

 私はいつまでも憶えている。








(終)

メンテ
千代に八千代に ( No.123 )
   
日時: 2012/04/07 16:34
名前: 白鳥 美李亞◆R8IcPdfslw ID:0XGMb2lw

「シェーラ」
 愛する妻の名を呼び、庭先に広がる桃色の世界の中を歩いていく。花の香りが鼻孔をくすぐり、新緑の大地を踏みしめる音と感触が、自分が生きているという実感を与える。妻と共に生き、将来を誓い合ってからいったい幾年が過ぎたのだろうか。二人の子供はすでに独立し、残された私達は、残りの余生を二人で静かに過ごそうと誓った。戦で私がいなかった時間を、不幸の倍の幸せでお前を幸せにしよう、心の中でそう誓って。
「あなた」
 妻の優しい笑みが、そこにあった。
「またこの季節が訪れましたね」
「あれからもう数十年と経つのか」
「いやだわ、あれからまだ六年しか経っていないじゃありませんか」
 そうか、と妻と共にくすりと笑う。六年。それは私が軍人として幕を下ろした時。それは私がこれ以上人を殺めないと天に誓った時。軍師として、軍隊の指揮を行うという事は、軍人としては栄えある事だとしても、人を殺め、数々の勲章や称号を授与されたとしても……妻と共に生きる、これ以上の幸せを味わったことはないだろう。長年連れ添ってきた妻にはたくさん苦労をかけた。そして苦しませてきた。これで妻と本当の幸せが送れる。そう思いながら私は妻の手を握った。生と死の隣り合わせの人生で、裕福とはいえない生活を支えてくれた妻の手は、あの若かった頃に見た手とは違い、すっかり老いてしまった。その手は、皮と、あとは薄く肉がついているだけのように見え、指は骨だけがしっかり残っていると錯覚してしまうほどほっそりとしていた。花びらが、ひしと重ね合った自分達の手に舞い降りる。
「この桜の木……」
「ん?」
「この桜の木の下で、あなたは私に契りを交わしてくださったわ」
 ああ、そうだなと、妻の言葉に頷く。この季節だった。妻と共に人生を歩もうと誓ったのは。あの時はまだ女性との交流が未熟で、女性が喜ぶようなものすら知らずに過ごしてきた私は、軍服に身を包み、手持ちのものがなかったから桜の木の枝を折って作ったブーケを両手に、妻に告白するという何とも周囲が呆れるような方法で意気揚々と妻の元に向かった。周囲が私を嘲りながら見ている中、何とその告白を妻は受け入れてしまったのだ。それには周囲よりも、私が驚いてしまった。まさか不器用な自分の告白が、妻に受け入れられてしまうなんて、夢にも思っていなかったからだ。それを不思議に思って数年経ったある日、私は妻に訊ねた。妻はこう答えた。「私は、不器用でも何とかしてそれをしっかり伝えようとする勇気をお持ちのあなたに惹かれたのですよ」、と。
 ああいう頃もあったのだなと、私は再び笑った。妻は昔とは変わらない笑みで私に微笑みかける。私は桜の木を見て、妻の名を呼ぶ。はらりとまた花びらが舞い、それが妻の白髪が混じった鳶色の髪に触れたとき、私は妻にこう話を持ちかけた。
「精霊様にお祈りでもしようか」
 やわらかな笑みを浮かべたまま、妻は答える。
「何をおっしゃいますか。精霊なんてこの世界に存在しないとおっしゃったのはあなたじゃないですか」
「この年になると、精霊の存在がだんだん自分の中では本当になってきてね」
 本当のところ、私はある事がきっかけで前から精霊の存在を信じていた。詳しく言えば、実際この目で見たのだ。

 あれは息子と娘がまだ年五つと満たない頃の事だった。そのときはまだ精霊の存在を信じていたわけではなかったのを思い出す。古来から精霊が住むとされる森に、三人で遊びに行って帰ろうとした矢先、息子が私の護身用の剣をいじって遊んでいたのを取り上げようとしたとき、息子が手を滑らせ、更に息子が足を滑らせたものだから剣と共に私にのしかかり、その勢いで剣が私の脇腹を貫いたのだ。脇腹を貫いたとはいえ、激痛ということには変わりなく、私は意識を失ってしまった。息子は私の元で泣きつき、娘にいたってはまだ片言ながら回復魔法を唱えている。薄れゆく意識の中で、私はそれだけを確認できた。どれくらい時が経ったのだろうか。意識が戻った時には日はとうに傾き、泣きついて私から離れなかった息子と、魔法を詠唱していたはずの娘は何事もなかったかのように眠っていた。よほど疲れたのだろうか、私はそう思い、娘の髪に手を触れ、貫かれた脇腹を見て思った。
 傷跡がない。
 娘の詠唱がうまくいったのだろうか。にしては綺麗に跡が消えている。本当に娘が唱えた魔法のおかげなのだろうか。そう思って辺りを見回したとき、私の脇腹に触れる感触がした。子供達の手かと思ったが、子供達の手にしては大きい。ふと振り替えると、そこには美しい妙齢の女性が座っていた。
 ――お気づきになられましたか。
 新緑の、艶やかな長い髪がとても似合う女性だったことを覚えている。白い肌をなぞるように髪が晒されていて、細い髪が、夕焼けの空に踊るようになびいていた。
 ――あなたは……?
 ――私はアリシア。この森に住むニンフという種類の精霊です。
 精霊、という言葉を疑ってかかったのは、私がまだ精霊の存在を信じていなかったからであろう。だが、精霊と言われれば納得がいく風貌であったのも確かである。人間とは思えない、妻がいつも身に纏っている、というより庶民が普段身につけている着衣よりも露出が多い服を身につけていたから、でもあろう。だが、それは他人から聞いた情報を元にした自分の思い込みであって、真実とはいえない。精霊は露出が多いものを好む、など友人は言っていたが、はたしてそれが定かなのかは、精霊しか知らないことであるから。
 ――この傷はあなたが治したのか?
 ――はい。そうでもしないとあなたが死んでしまうところだったので。
 その精霊はおっとりとした口調で話すが、信用しがたい感じはしなかった。だがそれ以前に、本当に精霊なのかと疑ってしまうのが先に表れていて、私は再度アリシアに訊ねた。
 ――あなたは本当に精霊なのか?
 ――はい。
 ――信じられないな。
 ――信じられないでしょう。
 ――精霊など本当にいるのか。
 ――精霊がいなければ、この世の万物は形をなすことはなく、幾年経っても無形のままでしょう。
 という会話をしたのを覚えている。アリシアは息子の頬を撫で、柔らかな口調で話していた。ふと顔を上げると、もうすでに暗闇が空を支配していた。息子と娘は静かに寝息をたてて眠っているが、早く戻らないと妻が心配しているだろう。早く帰らなければと、私が息子と娘を起こさないように静かに立ち上がると、アリシアはそれを制するようにして、私の服の袖口を握った。
 ――私がお送りします。どうぞそのままで。
 子供達も眠っているし、体も満足に動けないのでアリシアに頼んだ。星々が燦々と、時間が経つほど一層輝きを増す中、アリシアは静かに私を見て、こう言った。
 ――あなたは、ローザンブルク元帥ですね。
 あの時はその言葉を聞いて驚くしかなかった。
 ――なぜ私の名を知っている?
 だから私はそう訊ねたのだろうと思う。
 ――私はあなたのお子様の祈りで現れたのですから。
 アリシアが言った事はこうだ。精霊は強い祈りに反応し、祈った人間の元に現れるのだという。アリシアが反応した強い祈りの元を辿って見つけたのが、私の子供達なのだと。
 ――風の便りでも、ちゃんとあなたのことを伺っていますのよ。なんとその人は、人間には珍しい和解の道を探っているんですって。
 くすくすと笑い出すアリシアを見て、私は、はっとなった。あの時、自分が可笑しな道を歩んでいるのだなと思っていたのかもしれない。だが、アリシアのその一言は決して蔑みの意味を込めているように感じなかった。むしろ自分の気持ちを察してくれているような、そんな感じがしていた。だから、あの時正直な気持ちをアリシアに話すことが出来たのかもしれない。妻には今まで苦労ばかりをかけ、幸福と呼べる時間を与えることができなかった自分の愚かさと、内心を述べ、抱えていた気持ちが消え去った安堵感。あの時私は初めて、救済されたような感覚を味わうことが出来たのだろうと思った。気づいたら、私は何度もアリシアに礼を述べていたのだから。
 ――私は何もしていませんのに。さあ、準備ができましたわ……。

 不思議なことに、この場面までしか覚えていない。我ながら細々とよく覚えているなと思いながらも、半ばあれは嘘だったと、私の中で処理されていたようだ。処理されていたおかげで私は今に至るまで、ずっと忘れていたのだから。そして驚いたことに、息子と娘は事の成り行きを覚えていないと言うのだ。思い出そうとしても思い出せない、とも言う。結果的に、精霊を見たどころか私が傷を負った事すら、彼らは忘れていた。
 以上が、私が覚えている出来事の全てだ。全て、と呼ぶには、記憶の断片が全て揃っていないが、私はこれが嘘だと思えない。私は確かにあの時、この目で見て、そしてこの身で感じたのだから。もちろん精霊などいないと頑なに否定していたもので、周囲にはおろか妻には言っていない。
 あれから……もう時は過ぎた。残された短い時間で、私は妻に何をしてあげられるのだろうか。移り変わりゆく季節の中で、私は幾度も考えた。同じように変わりゆくこの桜の木の下で、何度も、何度も。
「ねえ、あなた、私……あなたと過ごせて幸せでした」
 そんな妻から出た言葉に私は驚いた。
「何故だ……? 私はお前に決して良いという時間と人生を与えることができなかったのに」
「だって、夫に全力を尽くせる時間と人生を与えてくださったのはあなたじゃないですか。高貴な身に生まれ、苦労をすることなく育った私に、あなたは民と同じように苦労をして過ごせる日々を与えてくれた。苦労せずに生きた私に、家族を営む役割を与えてくださったのも、あなたじゃないですか」
「しかし……」
「……私は幸せでした。夫に尽くせる喜び、家族に囲まれて私を必要としてくれた幸福を、例え別の男性と契りを交わしたとしても、それすら知らずに一生を終えるであろう私にあなたは全てを教えてくださった。だから……」
 一呼吸間を置いて妻は言った。
「だから、私はあなたと家族同然に過ごした桜の木になりたいのです。あなたが幸せなひとときを与えてくれた、その幸せと同じ時間を生きた、この桜の木のように、私は人々に幸せを刻む桜の木になりたいのです」
 そう言って、一本の桜の木に触れた。その木は、私達が結婚したあとに妻と共に植えた小さな苗木が成長したものだ。あれから見違えるほど大きく成長し、背丈はまだ他の桜の木と比べて小さいが、他の桜の木には劣らないような花を咲かせ、若さを強調するように枝をしげらせていた。
「シェーラ」
「はい」
「ならば、それを精霊様にお願いしよう。私達が幸せだったあの時を象徴するように、美しく凛とした花を咲かせよう」
 私には、迷いはなかった。妻と共に桜の木になろう。そして、同じ分の幸せを人々に与えよう。そう私は誓った。
「精霊様に、お願いするのですか?」
「ああ。私がいなかった時間の倍を、お前と共に生きよう」
 妻の目尻には、涙が浮かんでいた。短い時間を、こうして二人で静かに暮らすことができる。私はそれ以上の幸福を感じていた。今度は、妻を幸せにしよう。たとえこの身が滅びようとも、妻に全てを捧げよう。そして、妻の傍を片時も離れることなく、ずっと傍にいよう。目を閉じ、妻の手を握り、強く祈った。私達を桜の木にしてほしい、と。
 目を開けたその時、私は夢を見ているような錯覚にとらわれた。
「その願い、確かに承りました」
 ああ、あの時と変わらない姿。
「人々に永久の幸せを与え続ける、その役目をあなた方二人に託しましょう」
 ――アリシア。
 そこには、あの時と全く変わっていないアリシアがいた。
「ありがとうございます、精霊様」
 私はアリシアに恭しく言った。アリシアは私を見て、にっこりと微笑むと、その白い手で妻と私の手をとった。
「三日の時が経てば、あなた方はその役目を担います。それまで、あなた方のお好きなように時間をお過ごしになられるとよろしいでしょう」
「ありがとうございます、精霊様……」
 私と同じ言葉を繰り返し、妻は静かに涙をこぼした。

 私達は、息子と娘宛に、遺書に似た置き手紙を書いた。私達は桜の木になって見守っている。だが、離れていてもずっと二人を見守っている、だから安心して生活してほしい、と。そして残された二日間は妻と旅行へ行った。妻が行きたかった所へ行き、妻が食べたかった料理も食べた。そうして最後の一日は、家でのんびり過ごすことにした。庭先で紅茶をたしなみ、桜舞い散る世界の中で静かにその時を待っていた。
「静かですね」
 ティーカップの中の紅茶の波紋を見ながら妻が小さく呟いた。
「ああ」
 そして私は、妻が焼いた焼き菓子を口の中で、いつもより長い時間をかけて味わいながら答えた。
「あなた」
「ん?」
「一日というものは、とても長いのですね」
 本当に一日というのは長かった。こうして妻が淹れる紅茶を飲みながら焼き菓子を味わい、長年変わらずに桜の花を眺めているのに、今日という一日は、とても長く感じられた。あの桜の木の下で、私は妻と契りを交わした。あの桜の木の下で、妻と共に桜の花を眺めていた。あの桜の木の下で、私は妻に誓った。もう、私は妻に幸せを与えてもらった。今度は、私の番だ。私が妻に、そして人に幸せを与えよう。花は時に不幸を忘れ去らせる力がある。その美しさは、人々の心に残ってゆくだろう。花は幸せをもたらす。そう教えてくれたのは妻と、そしてアリシアだった。アリシアが最後に、私に話した事を思い出したのだ。
 ――花は美しきもの。人の心のように繊細で、儚きもの。そして同時に、善悪に染まりやすい人の心のように様々な色に染まっていくもの。花に赤く染まった水を与えていけば赤い花が咲きますし、青く染まった水を与えていけば青い花が咲きます。けれど、その美しさだけは決して失われることはありません。自然を失い、その中で花が咲いたとしても、美しい花を咲かせる。そんな命の輝きを、人々の心に留め、人々の心を幸せな気持ちにさせます。形を永久にとどめることが出来ずとも、その儚さの間に輝き続ける美しさはとどめることはできるのですから。桜の木だって同じこと。あの美しさは花から葉となり、蕾となり、そしてまた花となって幸せを届けるのですから……。
 その通りだな、と思う。私は幾度となく幸せを与えられた。この季節、我が家へ戻るといつも妻と桜の木に幸せを与えられて、私はいつも幸せな気持ちになっていた。妻との思い出の桜の木。幸せを運ぶ桜の木。雨風に挫けず、私達の傍で幸せを与え続けてくれた桜の木。言葉では表せられないが、そんな気持ちがたくさんつまっている桜の木と、傍に植えた、見間違えるほど大きく成長したあの時の苗木。小さくても、その姿は勇ましいものである。私達も、その傍で花を咲かせよう。そして、妻と添い遂げよう。静かに妻の顔を見た。妻も、静かに私の顔を見た。
「シェーラ」
「はい」
「愛してるよ」
 それは紛れもなく、本心だった。人として妻に言う、最後の告白だった。
「私もですよ、あなた」
 妻は小さく頷き、答えた。私達は立ち上がり、二人で植えた苗木を間に挟むようにして立った。暖かい春風が、私達を包む。それは私が幸せを実感した瞬間でもあった。
「あら……?」
 変化が訪れたのは、それから一時もしない時だった。妻の足元が褐色に染まっていき、次第にそれは木の根本となっていった。
「もう時間が来たんだね」
「ええ」
 妻が微笑んで答えた。これが妻の最後の笑顔かと思うと、どこか悲しく感じる。私は声の限りに、妻に言った。
「シェーラ! 私は桜の木となろうと、君を愛している! 私は人々だけじゃなく、今までそばで支えてくれた君にも幸せを届けよう!」
「私もあなたを愛しています! たとえ桜の木になったとしても、私はあなたを支え続けます!」
 妻の頬には、人として最後に流す涙が伝っていた。胴体が幹となり、胸が侵蝕されていくその時、私はほぼ同時に、向かいの愛する者に手を伸ばした。指が絡み合って枝となり、そして顔が蝕まれようとする瞬間、私と妻は同時に言った。
「これからも、よろしく」
「これからも、よろしくおねがいします」

「愛する者と運命を共に、か……」
 苗木の左右に寄り添うようにして立っている桜の木を見ながら、女は呟いた。
「それが人が形作った愛なのね」
 桜の花は頷くように風に揺れた。くすりと女は笑うと、腰掛けていた枝から立ち上がり、別の枝に移って、小さく呟いた。
「さようなら、永久に、そしてその誓いと愛を大切に幸せを運び続けてね」
 桜の木に背を向けると、ふわふわと桃色の世界を浮かびながら姿を消した。かつて人であった桜の木は、女を惜しむかのように枝をゆらゆらと揺らせた。

 その後、その桜の木は幸せを運ぶ木として、世界中に幸せを送り続けているという。
メンテ
「バーチャル」 ( No.124 )
   
日時: 2012/04/15 11:05
名前: ナルガEX ID:ToOw2koo

「バーチャル」



俺はこの世界に降り立って何年立つだろうか。

草原に座り、桜を眺めながらビールを飲んだ。

握っていた手を開くと風が舞込み、花びらが渦の様に回る。

「この現象も偽り。この風景も偽り。この世界も偽りか………。」

そう言ってまたビールを飲んだ。

この世界……いや、この星の全ては嘘で出来たものだった。

そう。それは、26年前だった………。

◆◆◆

「バーチャルプラネット!?」

「そうだ、近年になって発見された未開の星だ。」
そう言うのは俺の上司

「仮想の惑星……。なんかのテストとかじゃなくて?」

「いや、今度のは実在するやつだ。」

上司の話によると、この星から5000光年離れた気体状の惑星、ちょうど太陽の様星らしい。

その星に決まった形状は無く、常に変化しているらしい。
霧状になったり、楕円形になったり、半円形になったりと形は様々。惑星に降り立っても同じで、風景も幻想的になったり、近代的になったりと少し不思議な惑星らしい。

「チケットはとってある。君は惑星観察機の乗組員と共に惑星に降りてもらう。いいな?」

「……はい。」
俺に選択の余地はなかった。どうせ、もう少しでもクビになるんだから。

俺は何をやっても今まで上手く行った試しがない。

だけど、例の惑星には魅力を感じた。

そこには、俺の居場所があるかもしれないと………。

◆◆◆

もしかしたら、この星も地球もさほど変わらないのかもしれない。

自分を守るため、他人を傷つけないため、周りから良く思われるため、人々は皆必ず自分に綺麗な偽りを被って生きている。

汚いものは地下の奥深くにほっぽり投げ、綺麗なものはより磨き上げる。今の国はみんなこんなことばっかりやっていて、汚いものの掃除すらしようとしない。

昔のことわざで「嘘つきは泥棒の始まり」と言う物があるが、それを誤魔化すように「嘘も方便」と言うものもある。

あまりこの星と変わらない。

バーチャルプラネットには雨が降らない。

雨と言う薄暗いイメージを表に出さない。

そして、食物連鎖がこの星では確立してない。

星の動物は、幻想的な生き物が多数いるが、捕食をしている姿は確認されていない。

それに、風景が綺麗なものしか出てこない。

これには正直、嫌気がさした。
しかも、それらのものに触れようとすると消えてしまう。
偽りとはそんなものだ。

俺は高台に一本の桜の木を植えた。

物であるれていそうで何もないこの星に、一つの事実というものを植えた。

時がすぎて、地球に帰還する日に桜の木は満開になった。

俺は木に触れた。
これは消えない。

俺は座り込み、ビールを開けた。

◆◆◆

「もう船に乗り込め。帰るぞ!」

振り返ると上司が立っていた。

俺はしばらく黙った。

「………俺は………ここに残る。」
それは俺の一つの結論だった。

それは、事実から逃れることだったのかもしれないが、ここで過ごしていると何か答えが見出せそうな気がした。

「…………そうか……お前ならそう言うと思ったよ。」

俺は上司の言葉に少し疑問を感じたが、だいたい理解した。

「俺たちは先に帰る。お前はここでじっくり考えて、お前自身を見つけとけ。来年になったらまた迎えにくる。」

そう言って上司は俺のもとから離れて行った。

俺はあの人が上司で良かったと思っている。

きっと、帰ったら部下を置いてきたという理由でクビになってるだろう。

座ってると動物がよってくる。

俺は頭を撫でようとするが、触ると消えてしまう。








やはり、ここが俺の居場所だった。






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