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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

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▼リンク
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管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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プロジェクト《桜》 ( No.140 )
   
日時: 2012/05/15 17:19
名前: sakana◆092jpOU0d. ID:2rpb94Ok

 目の前の暗闇に恐れることなく、足を進める男がいた。吹き抜けの螺旋階段。そのずっと頭上で弱々しく光るライトを頼りに、その塔の頂上を目指す。
 その男が身につける、暗闇を一心に受けたスーツは黒色を示すことしかせず。また、彼の軽々しく抱えるキャリーバッグは幾つもの時計で飾り付けられていた。ある懐中時計のチェーンがバッグを打ち、取っ手に括りつけられた腕時計はオレンジ色の光を反射し、怪しくそして弱々しく壁を照らす。
 彼の後に続くコンクリートを打つ音。秒針を打つ事細かな音色。それ以外に音は存在しておらず、静寂は変わらない。
 そして何十分か階段を上り続けた彼はひとつの部屋を見つける。
 この塔に存在するであろう、ただひとつの大部屋。
 何らかの司令室とも、ある研究室の一角とも捉えられる場所だった。黒く巨大なコンピューターが並び、その隣りに長く連なる何らかの機械の画面だけがノイズ音を立て、作動していた。
 その部屋を観察するように立ちつくしていた男は、やはり固い音を立てゆっくりと部屋の奥へと進み始める。その際、備え付けられている幾つものラウンジチェアの間を潜り抜け、男の色白の表情は薄い青で染め上げられる。
「プロジェクト《桜》」
 黒の横線を波だてながら、蒼い光をほとばしる画面。男はオールバックの髪を押さえつけるようにかき上げ、表示される文字を読み上げた。
 そしてひとつの巨大コンピューターの前に陣取るチェアーに目を向ける。
「《世界の終焉》は、……いつだ」
 果たしてその言葉はチェアーの主に向けられたものだったのだろうか。
 そのラウンジチェアだけではない。この大部屋に設置してある幾つものチェアの主たちは皆、白骨死体と化しており――。

 ■

「おれ、やっぱりこの眩しい空は好きになれないんだよなあ」
 少年がひとり。元々は誰の返答も期待していなかった呟きを吐く。ただそのとき彼はは一人ではなく、共にいた物好きな男がいたということで黙認されることはなかったひとつの望み。
「と言われても、空は空でしかない。そこに在り続ける」
「まあね。それが紛れもない事実だから、どうしようもないんだよ」
 紺色のスーツを身に纏った男を脇目に、その少年は地べたに座り込む。この緑の丘から町全体を見下ろすことの出来る見開けた場所だった。雲一つ無い、青々とした空。それに包み込まれるように煌びやかに輝く町には、木造の家が建ち並び、どこか懐かしい時代を感じさせる。ただこの町の中心部ににそびえ立つ、灰色の塔だけはどこか半端だった。
「君は空を見たいのか」
「何言ってんのおっ……ジョブさん。頭の上に広がってるじゃん、空。おれは嫌いだけど」
 口を尖らせ、少年は反抗する。
「おれ思うんだよ。空、だんだんと暗くなって夜になればいいって。一瞬で夜が来るなんて、目が痛いじゃん? チカチカするんだよ――うーん、おれももう年かな」
「先ほどおっさんと言いかけたのも年の所為だった?」
 茶化すように小さく笑うと、男――ジョブ・ナレーター――は腕に巻き付く時計に目をやり「もうこんな時間か」と呟いた。
「何時?」
「一三一四」
「いちさんいちよん? …………えっと」
「昼の一時十四分だ」
「うっわ、やばい。妹と約束してる時間間近ってどういうこと! 昼飯食べてねえのにっ!?」
 そういって少年は、尻についた砂埃を払いながら慌ただしく立ち上がる。そして「じゃっ!」と一言とジョブを残して持ち合わせる予定のため、この丘から立ち去るために駆け足となった。
「そういやあ、おれの名前言ってなかったな! おれデンっていうんだ。デン!」
 少し走ったところで立ち止まり、振り返った少年は大声でジョブに呼びかけた。だからこの機にジョブもひとつ。
「君、なんで私の名前を知っていた! 初対面のはずだというのにさらりと告げられ、流しそうになったが!」
「だからデンだって! デーンー! ……あと、それはジョブさんが身につけてる背広の裾をめくったら記名、してあったんだよ! 一体幾つのおっさんだよ。記名って、記名ってッ」
 けたけたと笑い転げながら、一通りのやり取りを済ませたデンは丘を後にする。
 そして唐突に、ジョブはそんな彼の姿を見てあることを思い出した。
「腕時計は壊れたままだった」
 内心でしまった、と思うがどこか焦りはなかった。遅れた時間は取り戻せなくても、まだ過ぎ去っていないものは手に入れられるのだからという考えを持っていたからかもしれない。
 ゆっくりとした動作で胸元を探って懐中時計を取り出し、今がまだ十一時だったということをジョブは知る。
 


《――只今の時刻、十一時五十二分。十二時まで残り八分を切りました。皆さんお昼は済ませましたか? 開始時刻まで残り0時間08分》
 この町の中心部に位置する広場。杖をつき散歩を楽しむ老夫婦や、子どもたちの追いかけっこ。食材を買い込んだ主婦や、ベンチで昼寝をする男性。そんな賑わう広場の塔からその日常化した音声が響く。
「いつも思うんだけど、この開始時間って何なんだろうな」
「さあ? 分かんない」
 町中に広がる機械的な女性の声を拾い、デンとその妹は手を止め塔を見上げた。
 それは灰色の、ひどく存在感のあるものだった。その入り口には「立ち入り禁止」という札と、扉の取っ手に何重にも括りつけられたトラロープが見える。
 名無しの塔。この町が作られた頃には既に出来上がった状態のもので、しかし町人の誰一人として中に入ったものはいない。だからこの定期的なアナウンスが何のために、どこで、いつから行われているのも、正確に知られていない。町の、不可侵のシンボルだと誰もが思い、中に侵入を試みようとする者はいなかった。好奇心の塊でできている子どもたちさえも。
 だからこその名無し。用途の分からない町の異物。そしてシンボル。
 ジョブ・ナレーターと別れた後、デンは家路につく。そこで妹のユウと落ち合う予定だったのだが、水の入ったコップを片手に「あれ、お兄ちゃんそんなに急いでどうしたの?」という純粋な疑問を投げ掛ける彼女に、意味のない焦りを感じた。そして掛け時計に慌てて目をやり、今が十一時を少し過ぎたところで時間に余裕があるのだと、ようやく認識したのだ。
「あー、とりあえず。いったん外で遊んで、昼食って、また遊ばねえ?」
 デンは「あのおっさんに騙された!」と内心憤りながらも、ユウには照れたように頬を掻きながらひとつ提案した。

 広場の公園で、ユウと遊ぶ。今日は母の誕生日だから、花の冠を作ってプレゼントにする! という彼女の企画したサプライズのカモフラージュでもあった。
 そして、四葉のクローバー探しに躍起になっていたとき、あの音声が鳴り響いたのだ。
「いつもは朝の六時と、昼の十二時と、夕方の五時に時間を知らせんのに、今日は三十分ぐらい前から不定期にだしなあ……。本当に何が起こるんだよ」
「あっ! お兄ちゃん、そこっ。足下に四葉! ああ! 踏んじゃだめ!」
「うおっ」
 興味のない疑問だった。だから口に出した瞬間、忘れてしまう程度。
 デンは笑い、ユウも母の喜ぶ様子を夢見てはにかむ。
 ただ、そんな穏やかな日常と反比例するかのように、終わりへのカウントダウンは疾うに始まり、すでに終止符を向かえる準備まで整えていた。


 だから、十二時。


「な、何これ。意味分かんない、なんでこんなものがここに……!」
 約束よりも早く遊んでいたデンたちは、お昼ご飯を食べようと一旦家に帰る。その途中、数多ものハトを目にした。普通なら誰も気に留めはしない光景。ただ、いつもはあの公園で群がっているヤツらがいるなあ、としか認識されないはず。けれどもこの瞬間。デンはこの時間帯も、変わらずまるで太陽のように、汚れ一つない白さを保つハトの羽毛の一部が黒く見えた。蠢いているように思えたのは気のせいだと、デンは通路に再び目を戻す。何者からか逃げ出しているようにも見えた。けれども辺りは静寂を保ち何の変化も窺えないため、デンはその胸騒ぎを押し込めたのだ。
 そんな行動も一瞬で無に帰る。
 家に着いたデンとユウは、リビングに入ってその悪夢を目の当たりにしたのだ。

 驚き縮み込む心臓を無理矢理広げ、声を張り上げる。
 そしてデンは、自分の背後で腰を抜かしているユウの手を取り、一目散に逃げ出した。
「ま、待ってお兄ちゃん! お母さんと、お父さんが……! あの黒いのっ、あれっ、お母さんとお父さんっ!」
 息をちりぢりにしながら訴えるユウの言葉を、デンは信じたくないと言った。
「だって、手が……! 深爪で、趣味の悪い指輪が、やっぱり見えたの! 確認っ、できたの!」
「けどっ、だけどッ! このまま家にいたら、――喰われるぞ!」
 それはイメージ。自分たちを捉えるために突如現れた化け物だというひとつの認識。
 玄関をくぐり、リビングに顔を出した二人が遭遇したのは。黒い四体の軟体に、母と父を包み込むように飲み込まれる場面だった。そしてそれは、その場に張り付けられたように動けないデンたちに見せつけた。彼等の両親を消化するかの如く、ひどく粘着質な音を立て伸縮し、その大人ひとり分の膨れあがった質量を減らしていく様子を――。
 先に我を取り戻したのが、デンだった。 
 両親を飲み込んだ化け物の背後にもう二体。今度はデンとユウを捕食するために、形を持たないそれはゆっくりと向かってきていることに気づいたのだ。そして逃亡。
 その化け物には目も口も鼻もなければ、手も足もない。大人ひとり分の身長を辛うじて超えたほどで、その厚さはドア一枚分にしか満たない。空気孔だろうか。ぷつぷつと、その黒の身体に幾つか穴があり、その窪みだけはより深い闇となっている。それが表だと――辛うじて表と裏だけは区別できる。
「何あれ、本当に何なんだっ!」
 疲れた、とデンは口走る。得体の知れない恐怖と喪失、そして《これから》の絶望を感じ取ったためだった。
「お、兄ちゃん、痛い、……腕痛い!」
「……ああ、ごめん」
 デンは、引っ張り上げるように強く掴んでいたユウの腕を放した。彼より一回り小さく、腰を抜かしていたユウをあの場から連れ出すにはそれほどの力が必要だったのだ。
 とりあえずどこか隠れられるところを見つけないと――とデンは考えた。
 だがしかし、それは突如響いた悲鳴によって遮られる。
「な、何?」
 いつから抱いていたのだろう――ユウはお気に入りの人形を片手で抱きしめ、小さく震えながらデンにしがみつく。
 しかも悲鳴は複数あり遠くない。得体の知れない恐怖を感じつつ、デンはユウだけは守らなければならないと意識を強く持つ。ユウの手を引き、再び歩き出すのだ。ただ今度は、どこか隠れられる場所、という目的地を広場へと変更し、何らかの情報を得ようと考える。
 とにかく誰かと会おう、町の人と今の状況を話し合おう、食料はどこで確保しよう、この意味の分からない状況はいつまで続くのだろう……――。
 早歩きで、それでも辺りへの警戒は絶やさず、塔のある広場を目指す。幾つもの角を曲がり、木造立ての家に邪魔され見えない向こう側を見据えるように睨みつけ、デンは気づいたように声を上げた。
「ユウ、逃げるぞッ!」
 ただ勘だった。デンは自分たちが向かっている方向にあの化け物がいると感じた。だからUターン。走って、外へ出てから何とも遭遇しないまま走って、とにかくがむしゃらに逃げて、だけどやっぱり出会って――。
「あう、あ」
 町の人たちが捕食されていくのを幾重も見届けながら、デンとユウは涙目でそれでも必死に生きていた。
「ユウ!」
 匂いはなく、気配もない。音と姿から、化け物の居場所を見つけるしかなかった。
「おにい、ちゃん」
 躓き転んだユウの手を不覚にも離し、デンは背後を振り返る。そしてユウを襲おうとしている化け物に畏怖するのだ。
「待ってろ、ユウ! 今助けるからっ!」
 声を張らないと足は動かない。笑わないと恐怖に心は竦む。目を見開かないと前さえ見えない。
「ほらっ、いま!」
 戻ってユウを抱きかかえ、デンは力一杯の声を上げた。そして後ろを顧みることもせず走る。
 暑いからなのか、恐怖からなのか。よく分からない汗が一筋、目に入る。

 そして開けた広場にようやく到着したのだが、そこも地獄絵だった。
 今まで通ってきた道よりも遙かに多い黒い軟体。そしてそれらに囲まれた人々。目がないというのに、化け物たちは人々を見据え、理解不能の動きをする。そしてぬちゃり、とあの音を響かせた後。
 ひとつの銃声が広場を支配する。
「あ、消え……た?」
 ひとつ、またひとつ。張り詰めた気を切るように鳴り響く音に八方して散る化け物たち。未練がましく、夜に溶け込んでいくのが見えた。
 何が起こったのか、デンには理解できなかった。けれども、先ほどまであの化け物たちに囲まれていた人々は助かったのだと、それだけは分かる。
 だからこそ次に起こるのは、歓喜。デンは公園のベンチの側まで歩き、ようやく銃声の主を発見したのだ。
「ジョブさん」
 紺のスーツに身を包み、オールバックの彼。ただその表情には達成感も疲労感も見られない。
「君! 助かった、本当に助かったぞ! 礼を言う。見かけない顔だが、余所からやってきたのかい?」
「おお、そうかいそうかい! 君がここにいれば、我々も一安心だな。はっはっは」
「なに、あんちゃん誰か探しているのか」
「唯一の知り合い、か。残念だが心当たりねえな。……もしかしたらもう食われちゃったのかもしれないな」
「いや、良いってことよ!」
 デンのいる、広場の端から多少離れた場所にいる彼等。だというのに、話し声が聞こえる。ただ、ジョブは変わらず気の昂ぶっていない音量のため、拾えたのは、命拾いしたと愉快に笑うおじさんの声のみだった。
「そと、外ってどこだろう」
 ふと、デンは呟いた。そういえば、学校の授業で地図を書いた。この町の地図。それが全てで、これが世界だと習った。じゃあ、外とは何だとデンは思考する。
 と、そこで。
 再び聞こえた銃声に、デンは身を縮こまらせる。
「な、なんだあ!?」
「拡散しただけ、という話か」
「お前さん、どうにかしてくれええ!」
 逃げまどう人々。次々と復活する化け物。それに対応するジョブ。
 デンはその光景を見て何を思ったのか、化け物の――ジョブが佇む――その場所へと弾けるように走り出した。
 ちぃっ、と舌打ちが聞こえる。また悲鳴が聞こえる。粘着質な、聞き慣れない不幸が幾つも聞こえる。目を開き、デンはユウの手を握りしめ、声を張り上げた。
「――ジョブさんっ、うええ!」
 その言葉に、はっとした表情を見せ。ジョブは上に銃口を向けるが間に合わず、ぐしゃり、とまた違った気味悪い音が耳を付いた。
「ジョブさあああああん!」
 潰れた、ジョブさんが潰された。ぐるぐると同じ言葉だけが回る思考。それでもデンは諦めなかった。だから――、走り続けて、風の切る音を耳にすることができる。
「――このっ、どういう事だ!」
 黒を押しのけるように発砲音は化け物を拡散させ、その下からどこも欠けていないジョブの姿が現れる。
「ジョブさん!」
「デン、君無事だったのか!」
 ジョブは目を見開き、次の瞬間破顔する。
 その笑顔につられ、「おう!」とデンはたくましい返事をした。
「この場は私ではもう食い止めることさえできない。逃げるしか手はないようだ!」
「あいあいさー!」
 少しだけ笑えた。この状況でも、何かと根性のある命を目にしたら嬉しくなるんだな、とデンはしみじみと思ったのだった。



「ジョブさん、何書いてんの?」
 広場から離脱したデンとジョブは、広場に繋がる小道を抜け、そこから目視することのできない場所に身を隠していた。用途の分からないコンクリートの塀とフェンスが両端にあるというだけ。雨さえも凌げない場所に、不満だ、とジョブは当初呟いた。
「メモだ」
「いや、そのぐらい分かるって」
「拡散、手応え零、空気、音か?、一人で消える、無視、ガン無視、と今メモをした」
「…………」
 少なくともデンにとって、ジョブがメモをした内容が不可解で返す言葉さえ見つけられなかった。その前は? と声を絞って辛うじて問うが、そんなデンの窺うような様子を気にすることなく、「確信できた」と言い立ち上がる。
「デン、君は生きたいか」
「死にたくねえよ。ジョブさんだって、そうだろ?」
「同じか」
「同じだよ」
 即答された言葉に、ジョブは考え込むように手を懐に入れたまま動かない。
 デンは、ただ見ていた。ジョブが懐から手を離し、デンへと伸ばしたところで――その一瞬に呆けることしかできなかった。
 両肩を掴まれ、何をされるのかと思う前に身体は宙を切り、予想していなかった衝撃に見舞われる。痛みに呻くが、その暇さえジョブは与えなかった。胸倉をつかまれ、予想以上の力に手足をばたつかせる。ただ、そのときデンは思い出す。
 自分は、ユウと一緒にいたのだと。彼女を、妹だけは守らないといけない、と。
「うぐ」
 ひどく短い声が漏れる。響く可能性さえ見いだせないものだった。
 宙に浮いた足はばたつかせ、それでもデンはユウを抱きかかえるように腕の中に閉じこめ、ジョブを薄目で見据える。ジョブは一言も発さず、渾身の力でデンをフェンスの向こう側に投げ飛ばした。
 頭を打ち、その民家の塀でデンはのびる。だが、その意志の強さによりすぐ目を覚まし、軽い音を立てて目の前に降り立つジョブを見上げた。
「な、なんで……?」
 声は掠れたものとなり、コンクリートの塀に打ち付けられたその身体には幾つもの血が流れていた。鼻から流れる血さえも抑える気力のないデンは、それでも咄嗟に抱え込んだユウだけは離さない。
「その方が楽だと判断したからだ」
「意味、分かんねえ……でも、ジョブさ……」
「妹には、ユウには手を出さないっ、でくれ」
 壁に背を預け、ジョブの方へと足を投げ出す姿勢となっているデン。その額の直線上には銃口があり、なぜ自分が撃たれなければならないのかなど、考える余地もなかった。
 その悲痛な叫びをジョブは黙認しようとした。しかし、何か思い当たることがあったのか、眉をひそめ口を開く。
「……その必要はない」
 硬い表情のジョブの視線に促され、デンは自分が抱え込むユウへと目をやる。そこには妹であるユウがいて、それだけの、はずが――。
「――え、?」
 今まで感じていた重みや香りが嘘だったかのように消え去る。その変化に呆気にとられ、ぴくりと身体が飛び跳ねるが、そんなことを気にする余裕もない。ゆったりと構えられている腕の中にはその広さに見合うものが存在せず、ただ妹が。ユウが握っていた人形だけがあったのだ。綺麗な青色の瞳と金色の髪を持ち、華やかな服装は今にも踊り出しそうに揺らめく。
 ユウが大切にしていた人形だった。咄嗟に家から飛び出し逃げたとき、彼女が掴んでいた宝物。
 なぜ、とデンは目を見開く。人形を掴んだままの格好で、両腕は動かない。
「出会ったときから、君はそれを手にしていた。……やはり私たちとは認識の仕方が異なるからだろう」
「だって、ユウは、ずっと、一緒に」
「ならば、そこにいる。君たちはまた違った生き物なのだから」
 目を閉じてユウを脳裏に浮かべれば「おにいちゃん」と心配そうな表情の彼女を確認した。
 そこにいる、確かに紛れもない事実だ。だがいない、結局は自分の中にいるだけという話なのかよ、とデンは口ごもりながら、涙を浮かべた目を開ける。
「……ユウ」
「だからデン。君は」

「もう、いいんだ」

 ジョブは視線をデンの頭部に戻し、構えた指を引く。躊躇いのないその行動は、デンが死を覚悟し目をつぶる時間も与えなかった。銃のトリガーは無慈悲に引かれ、乾いた音が辺りに響き渡る。

 ■

「町の中心部に、名無しと呼ばれる塔がある。唯一の入り口はトラロープで塞がれているシンボルだ。そこに先日侵入した」
 慣れない筋肉の酷使に、ジョブのオールバックは崩れていた。黒髪はぱらぱらと目元に落ち、首を振って目の安全を確保する。
「私は職業柄、題材にしようと思った町に出会ったとき、隅々まで調査することにしている。だが今回、そう言った意味で功をなすことはなかった。知ったのは、この町の作られた理由と、この世界に関して」
 後味が悪いものは好みじゃない、悲劇は書かない趣味だ、とも付け加えるようにジョブは呟いた。
「名無しの塔で知ったことは二つある。その内のひとつ――君たちの、町の事から話そうか」
 ジョブは初めてデンと出会った町全体を見渡せる丘で。それでもなお、町の中心部に背を向け歩き続ける。そこには僅かな風が存在した。
「プロジェクト《桜》、それが君たちがここにいる理由だ」
  ジョブは空を見上げ、世界が最期の《夜》へ移行したことを知った。塔の真上に浮かぶ、真っ白な太陽という電灯が輝きを失ったのだ。
 辺りは暗闇に包まれ、それでも破壊された家々から僅かな光が漏れる。そんな小さく鮮やかな光に目を細め、ジョブは町を出るために再びキャリーバッグを引き始めた。

「端的に言おう。――この町の人々は皆《意識の集合体》だったという」

 ジョブは丘を越え、コンクリートの無機質なトンネルへと身を隠した。そしてバッグを壁に立てかけ、荷物を全て下ろしたジョブは、スーツ姿でありながらも地面へと吸い込まれるように座り込んだ。
「何を目的にしたプロジェクトだったのか、またその動機も分からない。だが、ひとつ言えるのは、君たちを作ったのは塔にいた研究者たち、ということだ」
「意識の集合体――そうだな、分かりやすい例を上げると。……あのとき私がデン、君に撃ち込んだのはエアガンだ。世の中物騒だから、とむかし友人に渡されたものだ。この程度の威力で、打ちどころが悪くない限り人が死ぬことはない。だが、君は意識だ。その作られた精密な肉体の内側は全て意識で出来ている。――あのとき、デンは《死》を連想した。そして撃たれ、死んだのだと思った。それをより強く想ってもらうために、……いろいろと酷いことをした、すまない。だが、だからこそ、意識はその過程において死を忠実に再現したという話さ。ただ器が存在したから仮死状態になった後、今こうして目覚めることができている」
 そこで息を切り、ジョブは先ほどまで背負っていたデンの顔を見据えた。
「そして、君が妹の手を引いていると思っていたのも意識のためだ。君たちには産まれ備わった感覚がないらしい。だが、痛覚も感情ももちろん存在している。侵入した塔から知った情報――全て視覚から直接脳に備わる意識で《そういう状況》だと判断した後、感覚を手に入れる。妹の姿を確認して手を引いていなかったために起こった出来事という話だった」
「そして、人々を襲ったあの軟体動物のような化け物は、俗に言う白血球だ」
「ただ今回の場合、元々《中》にいたものを狙い、余所者を無視する――ひとつの化け物がひとりをノルマとして、意識たちを分解していく――それに気づいたのは不覚にも、無防備な姿を化け物たちの前に晒してしまったときだ。余所者の私を対象だと認識せず、背後で腰を抜かしていた男に襲いかかった。そして諸とも消える――。君も見ただろう。あれは単に運が良かったわけではない。元々排除の対象となっていなかっただけの話だ。私は触れることさえ叶わなかった。潰れるような音は、化け物自身のものだった。その下でもがいても、何も訪れない。あのとき私が発砲しなくても、無事だったに違いない。その行動だって、実際は音で気を――化け物という一種の意識――を八方に散らすもので、一時的なものでしかなかった。君たち以外のものは何もかも、虚空を切るようにすり抜けざるえなかったのだから」
「化け物は、《世界》が終焉を迎えるに当たって、この世界の終焉を隠し通すために動き出した機能。つまり、塔にいた研究者たちは、この世界の寿命を知っていたということだ。そして、君という成果を外へ出さないことを最期の指命だと考えた」
「君たちは意識の集合体。今は普通の、変哲のない人間だと思いこんでいるため、普通は何も起こらないが。その存在は、ある意味超能力者といっても過言ではない。それも、研究者たちにとっては、その段階で寿命を持つと確認されない未知の生き物」
「研究者たちが年月を経て老いていくのに対し、君たちはそのままの姿で、そのままの生活で《その時》のみを感じていた。ある意味時間の流れを知らない。時間という概念を知っていても、時計というものさしを所有していても、一定の《時間》から外へ出ることが許されなかったからだ」
「だから研究者たちが君たちを最高の成果だと思うのと同時に、脅威だとも思った」
「《意識》は信号だ、電気だ、命だ、エネルギーだ。それらを使いこなし、その気になれば、外の《世界》だって征服しえる力を持ち合わせている。だから、この《世界》――地下都市――で生きてもらう。それが、君たちを生み出した研究者たちの責任だったらしい」

「デン。君は一体幾つだ。年齢は。本当に、妹よりも長く生きていたのか」
「そういうことだ。そう初めに設定づけられていただけで、本当に君が君の妹よりも長く生き、両親よりも短い年月を生きているという保証はない。そう思いこむことが、この町で生きていくための術でもあった」
「君はきっと、町の人々を生み出した研究者たちよりも長い人生を歩んでいる。そうでなければ、……塔で亡くなっていた彼等が不可解な現象だと辻褄が合わない。――これを聞いて、もしかしたら君は、そんな作られた世界で、作られた人生だったと苛立ちを感じるかもしれないな。だが、それら全て偽物だと一概には言えはしない。その生活の中で学び、感じ、得たものは紛れもない本物だから」
「話を戻す」
「私は塔で知った事実と、君と共に体験したものを元に一つの仮説を立てた。そして君を撃った。案の定、化け物は君が《消えた》と思った。《死んだ》という考えは、一瞬でも本当に意識を押し込め、化け物に勘違いさせることに成功した。だからここに来るまで、背負われた君は化け物に襲われなかった。君は、知らないだろう。外の世界を、この入り口も」
「それがもうひとつ、世界に関してだ」
「この町は、この世界は、君たちの為に作られた。君たちを閉じこめるための箱庭でもあり、平和に生かすための措置でもあった。だが、所詮人間が創った世界だ。寿命もある。問題は、その寿命が研究者たちの予期できるところにあったということだ」
「だから彼等は考える。世界が終わったとき、自分たちが作り出した彼等をそのまま外へ出して良いものかと」
「そこには様々な葛藤があったに違いない。塔で秘かにその時間を知らせていたのも、君たちを襲ったあの化け物を作ったのも、全くの非道というわけではないから更に後味が悪い」
 そう言って、ジョブは懐中時計を取り出し時間を確認する。
「《世界の終焉》が近い。……もしかしたら、終焉を見透かして《桜》というプロジェクト名に決定したかもしれないという話さ」
 ジョブは息を付き、「まだ話に過不足があるような気もするが」と呟いた。
「このプロジェクトの研究者たちは、日本人だと予想できる。あの民族は春という季節を愛していたのだから」
 デンは春を想像する。桜、というものは知らないが春は知っている。ぽかぽかと、眠りを誘う季節だと口にした。
「自分たちが眠りたいだけなのに、おれらを巻き込んで欲しくなかった」
「そうか」
「おう」
「それならば、世界の終焉を見届けるのをやめるか?」
 デンは何と答えようか困ったように目を伏せ、ジョブはその僅かな沈黙の間に言葉を紡ぐ。
「ある意味皮肉が効いている。始まりが桜で、終わりも桜なのだから」
 そう言って、ジョブは静かに目を閉じた。この地下世界の入り口で佇む彼の元で、デンは見届けることにした。
 ぱらぱらと崩れゆく世界を。空はひび割れ、町へと降り注ぐ。一瞬で幾重もの瓦礫の山が積み上がり、《夜》だと設定された黒色はすでに消えていた。名無しの塔へ輝きの失った太陽は衝突し、見慣れた空のずっと奥から、町の人々が決して目にすることのなかった《外の世界》の夕日が顔を出す。
「――これが、プロジェクト《桜》」
 大きな破片を全て落とし尽くした地下都市の空は、巻き上げられた塵や、落ちずにぶら下がる小さな破片で彩られる。そしてそれは、一斉に夕日に照らされ桃色へと染め上げられる。華やかに舞い散る吹雪だった。最期に精彩を放つ、一生に一度の光景。
 それはまるで花びらだ、とデンは感じる。
 そしてそれは儚い夢だ、とジョブは言った。

「名無しの塔のデータに残っていた言葉だ」

「《桜》――《心待ち遠しい未来への希望、意識なんていういつ消滅してしまうか分からないものへの儚さ、美しさだけで彩られる世界、始まり原点を全てここに》」
メンテ
自分勝手な悲劇 ( No.141 )
   
日時: 2012/05/17 18:59
名前: 天パ◆5eZxhLkUFE ID:yPKXqW3g

「皆様、ジャピャンハニェダ空港に着陸いたしました。機体が完全に停止し、座席ベルト着用サインが消えるまでお席にお座りになってお待ちください。ただ今の現地時刻は、五月二十三日、午後一時十六分でございます。天候は晴れ、気温は――」

 スチュワーデスのハキハキとした声で機内放送が流れる。長い空旅を終え、やっとジャピャンの土を踏むことができるようだ。その男は溜まった疲労を吐き出すかのように息を吐いた。
 皺一つ無い紺のスーツを華麗に着こなしたオールバック、黒髪の白人の男は眠たげに目を擦り――仕草から推測するに先ほどまで眠りについていたようだ――窓の外に目をやった。発着所を縦横無尽に走り回り、着陸への最終準備をこなしている職員達の姿がここから見える。
 しばらくして、座席ベルト着用サインが消えた。男はそれを確認するとベルトを外して立ち上がり、機内の人ごみの中を歩き出した。彼の席は飛行機の前部にあったため、彼は飛行機の前の扉から直接繋がっている到着ゲートへと歩いた。
 ゲートに到着するとそこには入国審査を待つ搭乗者達の列が出来ていた。男は肩にかけていた黒のビジネスバックのポケットからおもむろにパスポート、ビザ、機内で予め記入してきた入出国カードを取り出し、その長蛇の列に並んだ。
 十分ほど待ち、その男の番がやってきた。男は先ほど取り出したパスポートとビザと入出国カードをそっとカウンターに置いた。カウンターの中で座っている入国審査官はまず初めにそれらを受け取り、彼を上目遣いに一瞥すると、幾つかの質問を始めた。

「名前は」

「ジョブ・ナレーターです」

「出身は」

「アミェリカ合衆国です」

「現在の住居も出身国と同じですか」

「はい」

「職業は」

「アミェリカでABCジャーナルの記者をやっています」

「ということは入国理由も取材、ということですか」

「いえ、今回は単なる観光で」

「滞在期間は」

「約三ヶ月です」

 それを聞いた瞬間、入国審査官の目が驚きに見開かれた。それもそのはず。ジャピャン人の一般的な旅行は二泊三日。長くても一週間。それに対しアミェリカ国民は一ヶ月以上の長期旅行を好む傾向にある。夏季長期休暇中、全域に渡って一家全員が海外旅行に行ったというケースも珍しくはない。この入国審査官もその国民性の違いを把握していた。
 が、それを考慮に加えてもジョブの三ヶ月間というのは異常だった。入国審査官は不審人物でも見るような目つきで口を開いた。

「『単なる観光』で、そんなに、ですか」

「……ええ」

「どうしてそんなに」

 それを聞くなり、ジョブは目頭をゆっくりと押さえ、上ずった声で語り始めた。

「……家内と、子供二人がジャピャンの旅行中に永逝してしまったのです」

 語り始めを聞いてすぐに審査官の表情が深刻な面持ちに変わった。
 ――やってしまった。
 彼の表情が全てを物語っていた。

「……不慮の事故でした。彼女は幼い二人の子供とジャピャンの首都、トウキュウをレンタカーで観光していました。しかし――」

「も、申し訳ありません! 私めの配慮が行き届いておりませんでした!」

 審査官は彼の話を遮り、勢い良く立ち上がって深々と一礼すると、パスポートの査証欄に入国スタンプを押してジョブへと返した。これ以上客の機嫌を損ねてはいけない。そう考えての判断だろう。
 ジョブは男泣きに泣きながらカウンターに置かれたパスポートを手に取った。
 ――しかし、その口端は糸で吊られたように吊り上がっていた。

  ◆   ◆

 少々ゴタゴタがあったものの、無事ジョブはジャピャンへと入国することができた。
 手荷物引渡場でピックアップした黒いキャリーケースを引きながらジョブはジャピャンハニェダ空港の中を十分ほど歩き回り、お目当ての場所へと辿り着いた。
 ジャピャン最大手のケータイショップ。ジョブが今持っているアミェリカ製のケータイでもジャピャンのケータイと連絡を取ることは可能らしいがそれだとバカみたいに通信費がかかると聞いた。
 約三ヶ月間の滞在。それだけの長期に渡るとなると、ジャピャンの「取引用」ケータイを買えば安上がりで済む。ジョブは短い手続きを終え、最近世界中で流行っている「スマホ」を手にジャピャンハニェダ空港を出た。
 ジョブは買ったばかりのケータイを起動した。他国のケータイだというのに、まるで言語やそれの仕組みを理解しているように、手馴れた手つきで初期設定を決定していく。一分後、全ての設定を終えたジョブはスーツの内ポケットからメモ帳を取り出した。
 まず、最初の「交渉」だ。ここで「取引先」の機嫌を損ねて躓いたら今回の「任務」はここでおじゃんだ。それだけの重要な「取引」だけに珍しくジョブの心は高ぶっていた。
 彼はメモ帳に書かれていた電話番号をプッシュした。二回、三回の呼び出し音が耳元で響く。五回目の呼び出し音でようやく目当ての人物は現れた。

「もしもし」

 おずおずと、気弱そうな若い女性の声が聞こえた。ジョブは高鳴る鼓動を抑えながら、流暢なジャピャン語で話し始めた。

「突然お電話させてもらって申し訳ありません。こちらヒカワさんのお宅でございますでしょうか?」

「はい」

「ヒカワマコさんは今いらっしゃいますでしょうか?」

「私……ですけど」

 それを聞くとジョブはケータイから耳を離し、周りをきょろきょろと見回した。自分の声を聞かれる範囲内に人がいないことを確認すると、ジョブはこれでもかというほど声を潜めて言った。

「もう誰も信じられない」

 その言葉を口にした瞬間、通話口の向こうで相手――氷川真子――がハッと息を飲む音が聞こえた。ジョブは内心ガッツポーズをした。掴みは順調だ。
 長い長い沈黙の後に、氷川は口を開いた。

「……何で知ってるの、あなた、関係者じゃないのに」

「おっと、まだ幹部の方には連絡がいってないようですね。私、つい先日『新羅株式会社』に入社したジョブ・ナレーターという者です。どうぞお見知りおきを」

「……で、その新入社員が私に何の用? ただの挨拶回り? それなら切らせてもらうわよ」

「それでは単刀直入に用件を述べさせてもらいます。あなた、『新羅株式会社』から退社したくはありませんか?」

「……あなた、読心術でも心得ているの?」

「生憎ながら武術には精通しておりません」

 ぞっとするような勘違いから生まれたちんぷんかんぷんなジョブの回答に、電話の向こう側で氷川は深く溜め息を吐いた。対してジョブは自分の犯した失態に気付かず眉を寄せながら首をかしげた。
 氷川は吐息を終えると、やや躊躇った後にジョブに質問をぶつけた。

「何で、私が『新羅株式会社』を脱退したいって分かったの?」

「簡単なことです。私が『新羅株式会社』に関することを言った後のあなたの返答――最初の一言が、必ず上ずるんですよ。今の質問の一言目も僅かにではありますが確かに上ずっていました。あなたの『新羅株式会社』を脱退したいという思いが自然と現れているんですよ。しかし何故か当の本人だけはそれに気付かない」

「やっぱりあなた――いえ、何でもないわ」

 「読心術でも心得ているの」と言いかけて氷川は口をつぐんだ。……早くもジョブに対する会話のコツを掴んだようだ。

「……るの」

「え?」

「どうすれば……『新羅株式会社』を脱退できるの、って聞いてるのよ」

 その言葉を聞いた瞬間、思わずジョブは柄にも合わず、左拳を強く握った。

  ◆   ◆

 時はややさかのぼり一週間ほど前。アミェリカにて。
 超高層ビルが所狭しに立ち並び、それらの谷間を色とりどりの車が灰色の煙を排出しながら走り抜けてゆく。
 地面を覆うアスファルトは灼熱の太陽光の照り返しでより一層の熱を生み、その上を歩いていく半袖姿の人々は皆一様に顔を歪めている。
 真夏の都会によくある風景。が、このうだるような暑さの中でただ一つ――いや二人、異質な存在があった。
 高さはゆうに五十メートルを超えているであろうビルとビルの間に挟まれた三階建ての、くすんだ茶色の建物。おまけにそれの入り口は地味な裏通りに面し、より一層その建物を目立たなくさせていた。百人の人間がこの建物の前を通ったとしても、誰一人としてこの建物に一瞥もくれないだろう。それほどまでに、その建物は地味だった。
 その建物の二階のある一室。安物の長机を挟んで二人の男が対峙していた。

「ジャピャンに行ってもらう」

 様々な書類の入ったクリアファイルを荒々しく長机に置いてそう言ったのは、リクライニング機能付きの大きな椅子に座った長髪の男。この気温にも関わらず真っ黒のビジネススーツを着用していた。
 長髪の男の目の前で直立しているのは、紺のスーツを華麗に着こなした黒髪にオールバックという髪型の白人――ジョブ・ナレーターだった。
 驚くことに、冷房どころか扇風機一つも設置されていない部屋の中にいるにも関わらず、二人とも苦しそうな顔どころか、汗一つ掻いていなかった。それは、傍から見れば甚だ異様としか思えない光景であった。
 ジョブは乱暴に置かれたそれを手に取ると、十数枚はあろうかという中身を次々と速読していく。

「その書類に記してある通りだ」

 ジョブがクリアファイルの中身を全て読み終える頃に、重低音の声色で、長髪の男は静かに言った。

「ある哲学書を読んで不安のあまりに発狂した教祖が立ち上げた――誰しも心の奥深くには邪心を隠し持っている、といった我々からしてみれば至極当然の理論をモットーに人間の全てを疑ってやまない『不信教』、熱い友情物の小説を読んで感動のあまり号泣した教祖が立ち上げた――人は窮地に立たされれば誰しも真実をさらけ出す、といった持論をモットーに活動を続けている『真理教』……共に同時期に設立された教団だ。このような正反対の基本理念を掲げていれば、宗教間対立が起きるのも止むを得ないだろう。ジャピャン国内では今だにこの二つの宗教間で冷戦が勃発している。宗教に対して寛容なジャピャンなだけに珍しい話だがな」

 長髪の男の一人語りが終わるやいなや、ジョブは書類から目線を上げて口を開いた。

「まさか……たったこれだけの資料でこの情報のシッポを掴めと?」

 ジョブがそう言うのも訳はなかった。
 『不信教』『真理教』設立から本日に至るまでの歴史、ジャピャン全国で起きているこの二つの宗教の対立の内容。今長髪の男が語った全てが、その書類に書かれていた全てだったからだ。
 長髪の男は「仕方が無い」と言うと更にこう続けた。

「ジャピャン各メディアにはこの情報は公開されない、『不信教』『真理教』両陣営では言葉やポーズなどによる一定の暗号が定められていて、どちらかの陣営の関係者でもない限りコンタクトを取ることは不可能、対立の事実を偶然知ってしまった人間には口止め料として大金を積む……これら全て、ジャピャン政府が行っている処置だ。下手したら政府の権力を行使して裏で違法行為を繰り返している可能性もある。要するに、ジャピャンの政治家が総力を挙げてこの事実をもみ消しているんだ。……何故だか分かるか?」

「……分かりません」

「ジャピャンはお前も知っている通り、安心して飲める水道水や、夜に女が一人で出歩いていても襲われない、自動販売機を大量設置しても泥棒が起きない、といった治安の良さ、和を重んじるブシドー精神、『ANIME』や『MANGA』などの『OTAKU』文化などの他国には決して見られない文化を色濃く残した国家だ……その魅力に惹かれて、何度も旅行に赴く者や永住を決める外国人も少なくない。ジャピャンの財政の一角をそれら外国人の観光費が担っていることも確かだ……つまりは、『信仰の自由』を謳っているこのジャピャンで宗教間対立が起きているという事実が全世界に露呈したら……どういうことか分かるな?」

「ジャピャンの評判はガタ落ちし、外国人観光者は激減する……」

「そういうことだ。この事実は外国どころか国内でも厳重に隠蔽されている。我々も何人かの諜報員をジャピャンに送り込んだが――手に入った情報はたったのそれだけの、いかがわしい三流週刊誌にでも載っていそうな情報ばかりだ。……ジョブ・ナレーター。この風の噂程度の情報を確実な物として本国に持ち帰ること。これが今回のお前の任務だ」

 ジョブは小さく、何度も頷いて話を飲み込んだ後で「お言葉ですが」と口を開いた。

「その風の噂程度の情報でも全世界に知れ渡ればジャピャンの外交上での立場は危うくなると思うのですが」

 ビジネススーツの男は頭をポリポリと掻くと憎たらしげに開口する。

「実の所を言うと俺さえもその情報には耳を疑っているんだ。なにせ派遣された諜報員の報告によるとそれらの情報は『路地裏で偶然出会った情報屋から手に入れた』らしい。その情報屋に会わなければ空手で帰ってくるほどに――ジャピャンの情報規制は完璧なんだ。それにお前には分からないだろうが……ジャピャンの今の外交上の立場からすると、その程度の情報だとただのホラとみなされて終わりだ。下手したら逆にアミェリカの立場が悪くなる可能性もある……そこで、だ」

 ジョブの直属の上司らしき、その男は椅子からゆっくりと立ち上がりジョブの肩に手を置いた。

「コードネーム『語り部』……最終兵器、お前の出番だ。潜伏期間は約三ヶ月。それ以上滞在するとただでさえ厳しい現地の警察からマークを受けるはめになる。……どうにかして、三ヶ月以内に風の噂を真実にしてくれ」

 『語り部』。これが、どんな喜劇的状況でも悲劇的状況でも姿勢を崩さずに、落ち着いて事態を対処することから小説の三人称語りをもじってできた彼のコードネームだった。
 彼はこのビジネススーツの上司の下で暗躍する――スパイだった。依頼されればどこにでも飛んでいき、仕事の主はアミェリカが外交で切るカード――各々の国が抱えている弱みという名の情報――の収集。
 真夏のビルでのこの商談が終わった翌日、ジョブは大胆にもジャピャンの電話を盗聴(勿論発信先を不明瞭にして)。二日間にも渡る盗聴の結果、ジョブは一般人には到底払えようにもない多大な借金を抱えた若者の存在を知る。彼は極秘ルートで手に入れたその若者の電話番号をすぐさまプッシュした。交渉の結果、彼の膨大な借金を全額返済するのと引き換えに、彼にはジョブの協力者となってもらった。
 まずジョブが彼に最初に下した指示は「何らかの偽名で『不信教』に入会しろ」だった。彼はジョブに言われるがまま『不信教』に入信し、『不信教』で入手した情報――例えば口頭による暗号や主要メンバーの特徴など――を例によって極秘ルートでジョブに渡していった。『もう誰も信じられない』は自分が『不信教』の入信者であることの証、『新羅株式会社』も、入信者同士が国内線電話で会話をする際の『不信教』の言い換えである。
 その過程で知ったのが氷川真子の存在。彼の調査によると「表面上は強がっていても、実は気が弱い。おまけに酒にも弱い」だそうだ。
 それを受けてジョブが出した二つ目の指令が「氷川真子と接触し、彼女の本音を聞きだせ」だった。指令が出された六時間後、彼には神懸かり的なコミュニケーション能力があるのか、彼から「氷川真子が教団を止めたがっている」との連絡、そして氷川真子の電話番号が国際電話を通じてジョブの元に届けられた。ここまで約一週間である。
 そして彼はそれらの情報を入手した翌日、任務を達成すべく、ジャピャンへと飛んだのであった――

  ◆   ◆

 ジャピャン都内の安アパートの一室。氷室真子の部屋。今の季節にはやや不釣合いなコタツを挟んでジョブと氷川は向かい合っていた。
 傍から見ればセールスマンと一人暮らしの女性との商談とも取れるかもしれない。だが、コタツの天板の上に無造作に置かれたそれがその可能性を完全否定していた。
 札束。思わず目も眩んでしまうほどの額の、札束である。

「……亡命?」

 コタツの上の札束を一瞥して、彼女は言った。

「ええ」

 ジョブは短く、そう返した。
 一国の命運を懸けた談話は、既に終わっていた。氷川真子の口から吐き出された数々の目を覆いたくなるような冷戦の数々――「ジャピャンの弱み」は、彼のスーツのポケットに入っているICレコーダーと、スーツの内ポケットに入ったメモ帳にしかと記録されていた。
 故にジョブと氷川の話題は、「どうやって教団を抜け出すか」に移っていた。
 そこでジョブが提案したのは、亡命である。

「『不信教』と『真理教』の対立の全てを話してしまった今、あなたは両教団からも命を狙われる存在となっています。こうなったらもはや離教手続きなど必要ありません。この金で――さっさとこの国から出てしまいましょう。外国なら命を狙われることもありません」

 全部嘘っぱちだった。
 宗教対立の被害者による亡命者が出ることで事態は更に悪化する。ジャピャンは完全に手の出しようがなくなる。これが本当の理由だった。
 ジョブは内心微笑みながら、身を乗り出し氷川の手を握って言った。

「逃げましょう」

  ◆   ◆

 翌日、ジョブは再びジャピャンハニェダ空港へと来ていた。勿論、大金を抱えた氷川を連れて。
 搭乗手続きと出国手続きを済ませ、彼らは飛行機へと乗り込んだ。
 ジョブのポケットに入っている証拠の品をこのままアミェリカへ持って帰るだけ。それで任務完了だ。何もかも、上手く行くかに思えた。が、飛行機の離陸寸前、最後の最後で最大級の誤算がジョブを襲った。

「非常に残念なお知らせがあるわ」

 飛行機が滑走路を走り始めた時、ジョブの隣の座席に座った氷川が口を開いた。

「何ですか」

「全部全部、嘘だったのよ」

 ジョブは自身の体が上から押さえつけられるような嫌な圧迫感を感じた。飛行機は無事滑走路を離れたようだ。

「私は『不信教』の二重スパイ」

 その言葉がジョブの耳に届いた瞬間、ジョブは今にも舌打ちしそうな顔を作った。自分の犯した失敗に気が付いたのだ。
 次の瞬間、機体全体が大きく横に揺れた。乗客の中から次々と悲鳴が上がる。その時、軽快な音楽と共に機内アナウンスが流れた。それは、『不信教』がこの飛行機をジャックしたことを知らせる悪夢のようなアナウンスだった。

「一週間前だったかしら。『椎名徹』っていう若い男が『不信教』に入信したわ」

 氷川は今なお揺れ続ける機体を物ともせずに、無感動な顔で口を開く。

「自分の上着と靴に付けられた盗聴器と盗撮カメラにすら気付かない、あんなスパイ初心者を協力者に付けたのが間違いだったわね」

 機体の先端が、ガクリと大きく下方に傾いた。乗客の悲鳴が更に大きさを増す。
 ジョブが『椎名徹』に行わせていたスパイ行為は全て『不信教』に筒抜けだった。策士、策に溺れる。氷川は『椎名徹』を通じてわざと情報を流し、ジョブは氷川の手の平の上で踊っているにすぎなかった。そして、『不信教』は入信者、一般人の命をも巻き添えにしてジョブを抹消しにかかってきている。

「恨まないでよ」

 半ば自嘲的に氷川は言った。

「あなたをアミェリカに帰したら『不信教』と『真理教』の入信者は問答無用に全員、ジャピャン政府に殺されるのよ。今まで私達は何度も何度も命を狙われかけていた。でもその度にテロの可能性をちらつかせて私達はここまで生き抜いてきた。ただ自らの宗教を信じていただけなのに。ジャピャンの都合で私達は死ななきゃならない。何が『宗教の自由』よ。そんなのただの大法螺じゃない!」

 飛行機の落下速度が速まっていく。氷川は嗚咽を漏らしながら更に続けた。

「どうせこの飛行機事故だってただのバードストライクか何かで何事もなかったかのように、外国にバレないように処理されるだけ……私もあなたも、ここにいる乗客達も、最初からいなかった存在として処理される。所詮人の命なんてこんなチープな物なのよ。人の本性なんてこんなものよ。やっぱり教祖様の言う通りだわ。みんなみんな、自分の私利私欲のためだけに動いてる。教祖様以外、人間なんて誰も信じられない」

 ジョブは何か思い立ったように、傾いた座席から、唐突に立ち上がった。それでも氷川の嘆きは止まらない。

「でも、でも。私と、入信者二人と、ここにいる乗客と、あなたの命。たったそれだけを犠牲にするだけで、『不信教』の皆は助かるのよ。それなら私は喜んで命を捧げるわ」

 ジョブは座席の上にある棚から自分のビジネスバッグを取り出した。そして中からバッグの中身を勢い良く引き抜いた。
 バッグの中から現れたのは、二人分のパラシュート。
 彼はそれらを背負いながら、氷川の手を取った。

「私も随分と舐められたものですね――こんな事態はアミェリカを発つ前に想定していました。それに私はちゃんと言ったはずです。『逃げましょう』と」

 氷川の手を引きながら、彼は上り坂の床を歩いていった。間も無く、彼らは機内の出入り口へと到着した。
 ジョブは手際よく自分と氷川の体にパラシュートを括りつけ、扉を開け放った。勢い良く流れ込んでくる風で、ジョブの髪の毛が命を宿したかのように暴れだす。
 ジョブがそこから飛び降りようと膝を曲げた。その瞬間、その大きな背中に氷川が上ずった声をかけた。

「何で、何で私を助けるの? 私はあなたの命を奪いかけたのに」

 ジョブは曲げていた膝をまっすぐに戻し、ゆっくりと振り向いた。

「まだ人が乗れるスペースのあるボートに……人を乗せない理由がありますか」

 次の瞬間、ジョブの姿は見えなくなっていた。氷川は涙を腕で拭うと、その後を追って飛行機から飛び降りた。

  ◆   ◆

 アミェリカの都心。くすんだ茶色の建物。約一週間前と同じシチュエーションで、ジョブと彼の上司は向かい合っていた。

「……という話だったのさ」

 ジョブは職務報告にしてはやや相応しくない言葉で報告を締めくくった。彼の上司は溜め息を吐きながら椅子の背もたれによりかかる。彼らの間にある安物の長椅子の上には、報告書代わりのICレコーダーと、メモの切れ端が残っていた。
 彼の上司は少しの沈黙の後に「よろしい。任務完了だ」とぶっきらぼうに言い放った。

「それでは、次の任務までお暇をいただきます」

 ジョブはほっとしたように一礼すると、上司に背を向けた。彼の上司はその背中に「ついでにそこのゴミ箱にこれを捨てといてくれ」と先ほどまで読んでいた何かを投げた。それはジョブの背中に当たり、情けない音を立てて地面に落ちた。
 ジョブは体を捻り、床に落ちたそれを手に取る。それは、先日ジャピャンで発行された新聞だった。
 『バードストライクで飛行機墜落』という大見出しと共に、あの飛行機事故のことが一面全体にわたって綴られていた。ジョブはそれを一瞥すると、興味本位から頁を捲った。
 何の因果か、ジョブの視線は、何の変哲もない一つの記事に注がれた。見出しには『トーキュー都在住氷川真子さん(25)が空港内で射殺される』とあった。ジョブは新聞紙を綺麗に畳んだ。

「これは独り言だが」

 彼の上司がわざとらしく宙にむかって語り始めた。

「昨夜ジャピャンの人口が二千万人ほど減ったらしい。ジャピャン政府はこれに関して『何も知らない』と証言しているようだ」

 ジョブはそれを背中で聞きながら、新聞を出入り口近くのゴミ箱に捨てた。
 彼の上司はそれを見ると、鼻で笑い、口を開く。

「事後には興味無し……か」

 ジョブは出入り口のドアの取っ手に手をかけてドアを開けた。そしてゆっくりと振り向くと微笑しながら返答した。

「私は物語の『登場人物』ではなく『語り部』ですから」

 部屋にドアが閉まる音だけが響いた。
メンテ
次回の参加もお待ちしております ( No.142 )
   
日時: 2012/05/15 23:55
名前: 朔乱 ID:whLMJ2Rw

 一本の道。都会から離れた駅の前を通る、どこにでもありそうな道。たぶん、毎日この道を通っている人なら、この道がどんな道かを説明できるんだろうけど、あたしにはできない。この道がどんな道かはどうでもいいから、説明できなくてもいいんだけどね。問題は、この道がどこにでもある普通の道だってことだから……

 先生はもう三日間もこの道に立ち続けている。ただの田舎道に三日間も。ここで絶対に何かが起きるんだぁ! とか熱くなっちゃってさ。いや、先生はそんな熱血系じゃないけど、目がそういってた。情熱的な何かを感じた。
 あたしもきっと何か起きると思ってる。先生は今までいくつもの物語を見てきたらしいし、あたしだって三日間ここに立っているんだから。信じてないとだめだよね。信じてないと……

「先生? 本当に何かが起こるの? もう三日もここにいるけど、何も起きてないよ? 同じ時間にほとんど同じ人が通る。もう三回も繰り返してる。ここにあるのは、どこにでもあるつまらない日常だよ。先生が望むようなことは起きないんじゃないかな……?」


 実はもう意地になっている。先生はわからないけど、あたしはそう。三日間もこんな所にいて、何もないのは嫌。何かが起きると、先生にはっきりと言ってもらいたい。

「もう何度も言っているが、私は先生などと呼ばれる者ではない。私はこれから起きる物語をみたいだけなんだ。君には関係ない。関わらないでくれ」

「あれ? 先生はこれから何が起こるかわかっているの? それに、もともと先生は物語に巻き込まれる人でしょ? わざわざ巻き込まれにいかなくてもいいじゃん」

「そうだな。よく巻き込まれる。だが……最近、どうにも物語に巻き込まれない。このままだと今後の仕事に影響しそうだからな。たまには自分で物語を探して見るのもいいかと思ったんだ。……因みに、ここで何かが起きるという根拠はない。当然だが、何が起きるのかもわからない。残念だったな。はやく家に帰ったほうがいい」

 根拠ないのかよ! 無駄骨疑惑浮上したよ!

「まぁ、いいや。何も起きなくても、あたしは先生と一緒に待っているよ。他にやることもないしね。あ、喉乾かない? ジュース買ってくるよ」

 ここはコンビニが近いからいいね。ジュース程度のパシリどうってことはない。あたしがここにいる理由にもなるだろうし……
 まぁ、あたしが飲みたいだけなんだけどね。最近暑いから。お昼前だっていうのにさ。
 ……先生にはまた関わるなってまた言われるかな。

「ん? じゃあ、シーチキンと昆布。あとは珍しいのがあったら適当に。梅はやめてくれ」

「それ、おにぎりのことだよね! ちゃっかりお昼ご飯にしようとしてるよね!?」


 ☆


 先生とあたしが出会ったのは三日前。朝の忙しい駅前の道で静かに、退屈そうにもせず突っ立っていた先生をあたしが見つけたのが最初だった。
 めまぐるしく流れる人の流れに負けることなく。いや、先生ははじめから人のこない場所に立っていたんだけど。
 それでも、一人動かない先生はすごく不自然で、興味を惹かれた。

 騒がしい朝が終わって、先生とあたしの二人だけになっても、先生は変わらずに立っていた。まぁ、先生が気になってたあたしもずっと立っていたんだけどね。
 
 そして、嫌がられながらも先生の話を聞いた。
 先生は世界中で綴られる物語を見てまわっているらしい。つらい戦争のお話。世界を虜にした女優の話。流石に他人の恋を見ていたってのはひいたけど……。
 そういえば、物語を語っているときだけはすごく楽しそうだったな。
 先生が一通り語り終わったあと、あたしは確信した。

 ーーあぁ、あたしがずっと探していたのはこの人だったんだと。あたしはようやく前に進めるんだと。


 ☆


「正直に言おう。邪魔だ。私はこれから起きる物語をみたいだけだ。関わるつもりはない。君がいては、それも難しいだろう?」

 それが人の買ってきたイカスミパスタ風おにぎりを食べている人間のセリフですか。

「気づいてないかもしれないから言うけど、オールバックにスーツ姿の白人男性がこんな所にずっと立っているのってすごく不自然だと思うよ。ほら、あたしがいれば……ほら! なんとなく風景に溶け込めると思わない? なんとなく……!」

 因みに、あたしはサンドウィッチ。パンの耳がカットされているあれ。昼食包装。おっと、これ以上はやめておこう。

「それにね、あたしも先生と同じなんだ。この世界とは関わりたくない」

「この世界?」

「あたしね、どんなに小さくても、どんなに弱いものでも、不必要なものってないと思うんだ。必ず、どこかで必要とされている。そう、どこかで……。どこかの世界、どこかの時代にいるあたしはきっと必要とされていると思うんだ。それこそ、物語の主人公になってるかもしれない。だけどね、今、ここにいるあたしは必要ない」

「どこかの世界……か。その考え方が正しいとは思えないが、私には反論できなさそうだ」

 先生は口元だけで笑うと、黙ってしまった。

 沈黙。

 この道は通勤通学で駅を利用する人しか通らない。だから今はとっても静か。
 太陽はもう真上をすぎていた。


 ☆


「君は、家族はいないのか?」

 あたしは首を振る。
 重苦しい沈黙が嫌だったのか、先生は話しかけてきた。関わりたくないとか言ってるのにね。
「親戚は?」
 首を振る。
「友達は?」
 首を振る。
「保護者は?」
「先生」

「……そうか」

 また沈黙。

 せっかく先生が話題を提供してくれたのにね。可哀想だからあたしからも何か話題を振るか。うーん、何かないかなぁ……。
 お、あった。これでいいや。

「先生? もうさ、これにしちゃいなよ。ほら、頑張ってるよ」

 あたしは地面を這っているアリンコを指差す。アリンコは自分よりも大きい虫を独りで運んでいた。なんていう虫か、あたしは知らない。

「蟻? 蟻なんか見てどうするんだ?」

「アリンコの物語を見る。きっと、普段気にしてないだけで、アリンコにだって物語はあるよ」

「そんなものは小学生にでもやらせておけ。夏になったら嫌でも語られるだろう」

 ぷちっ。

「踏まなくてもいいだろ……。さっき、不必要なものがないとかなんとか言ってなかったか?」

「アリンコだからね。きっと、どっかの世界で必要とされてるよ」

「適当だな」

 先生は簡単に、どうでも良さそうに笑う。

「先生はさ、どうして物語を見たがるの?」

 先生は答えない。何かを考えてるみたい。
 ーーそういえばなんでだろう
 そんな風に考えてる。……たぶん、わかんないけど。

「それが仕事だから? としか言えないな」

「仕事? 先生って記者か小説家なの?」

「いや、物書きではない。それどころか、見聞きしたことを誰かに話すつもりはない。当然、お前にもだ」

「別にいいよ。この世界で起きたことなんかどうでもいいから。……じゃあ、どうして? メモまでしちゃってさ。まさか、家で読み返して『むふふ』ってするため?」

「まぁ、それぐらいだろうな」

「キモッ」

 あ、傷ついたみたい。先生はあたしの言葉にピクッと反応すると、黙ってしまった。

 また沈黙かよ!


 ☆


 空が赤くなって、それでも何も起きなかった。それどころか、先生とあたしは一言も喋らなかった。

「やっぱりさ、あのアリンコ、観察しておけばよかったんじゃない?」

「……そうかもな」

 うわ、投げやりだなー。流石の先生でも、今回はお手上げなのかな?

「ずっと考えていたんだが、やっぱり私は君に関わるべきではなかった」

「まだ言ってるの? 割り切れない男はモテないよ? あ、モテなくていいのか」
「いやモテたい」

 即答かよ!

「……話を戻すが。今回の物語の主役は君だ。私は、君の物語をみるべきだったんだ。しかし、君が私に話しかけた所為で、私は物語の登場人物の一人になってしまったんだ。まったく……大失態だ」

 誰が悪い訳でもないと、それがさらに悔しいと。先生は不機嫌そうにペンとメモ帳を取り出す。

「先生はさ、自分の話を書くつもりはないの?」

 走り出したばかりのペンを止めて、先生は考え込む。

 なかなか喋り出さない。答えが上手くまとまらないってのもあるんだろうけど、やっぱり自分が物語の一人になったのがショックだったみたい。頭が回ってなさそう。

「さっき、君は自分がこの世界に不必要なものだといっただろう? 私も、私はこの世界に不必要なものだと思っているんだ。おそらく、役割なんかもないんだろう。だから、見るんだ。役割がないなら、ないなりに探せばいい。不必要なら、世界と関わらずに独自の役割をもって存在していればいいんだ。私のこの世界における仕事は、見ることだ」

 静かな道に車が一台通る。夜が開けてからこれで丁度十台目の車。やっぱり、この道はとても静かだね。

「先生はさ、不必要な存在なんかじゃなかったんだよ。それこそ、物語の主人公になれる存在。でも、もうそれもお終い」

 あたしは先生の目を真っ直ぐに見つめながら、後ろ歩きで先生と距離を置く。

「本当はね。あたし、先生を殺そうと思ってたんだ。だって、先生がいなくなれば、あたしに出番がやってくる。まぁ、どっちみちもう時間切れなんだけど……。先生のお役目はここでお終い。このままだと、お役目を終えた先生は死んじゃうんだよ? でも、先生はまだ死にたくないよね?」

 何を言っているのかさっぱりわからない。そんな表情をしてる。でも、ちゃっかりと頷いている所が先生らしいね。

「いいよ。あたしの物語を見なよ。そして書きなよ。ジョブ・ナレーター、あたしはもう、貴方には関わらないからさ」

「君は……一体何者なんだ?」

「あたし? あたしもよくわからない。名前だってまだないしね。でも、一つだけわかっていることがあるんだ。それはね、あたしが『魔王』だっていうこと」

 あたしがその場を立ち去って以来、あたしは先生を見かけることはなくなった。でも、それはあたしが気にしてないだけで、きっとどこかであたしを見ていると思う。あたしの物語を綴っているに違いない。なんだか、ちょっぴり気持ち悪いね。でもいいか。それが先生のお仕事なんだし……。



 さぁ! あたしの物語が始まるよ!
メンテ
Re: 【六月期のお題は「魔王」】お題小説スレッド【五月期お題「オリジナルキャラクター」:作品批評期間】 ( No.143 )
   
日時: 2012/05/16 00:09
名前: 企画運営委員会 ID:XEbyH0s.

作品のご投稿お疲れ様でした。
16日(水)〜31日(木)は批評期間です。作品をご提出なされた方は必ず全作品の批評を行ってください。批評だけのご参加もお待ちしております。


>第13回『オリジナルキャラクター』参加作品(敬称略) >>137-142

>>137 にゃんて猫:歴史
>>138 アリス:嵐の夜のものがたり
>>139 空人:ゆう⇔かつ 〜普通に勇者が活躍する話を書けば良いのにね〜
>>140 sakana:プロジェクト《桜》
>>141 天パ:自分勝手な悲劇
>>142 朔乱:次回の参加もお待ちしております
メンテ
Re: 【六月期のお題は「魔王」】お題小説スレッド【五月期お題「オリジナルキャラクター」:作品投稿期間】 ( No.144 )
   
日時: 2012/05/21 18:31
名前: にゃんて猫 ID:qcIDCyYs

皆様執筆お疲れ様でした。今回はかなり自由性の高いオリキャラがお題でしたね…………って私オリキャラお題初めてでしたw
ジョブ・ナレーターというキャラあってこそのお題。作って投下された五十嵐さんに深くお礼申し上げます。楽しい話を書かせていただきありがとうございます。
さてさて今回も批評……じゃなくて感想……にも至らない独り言ですがよろしくです^^;
※批評最後の茶番はやってみたかっただけなので無視してください;


>>137 自作:歴史
時雨沢さんごめんなさい(ぇ
某短編旅行小説に雰囲気を似せて書こうとしてことごとくパクリ寸前まで行ってしまいました。。。
これで喋る二輪車とか出してたら終わってますね、ごめんなさい。
皆、人中心の話を書くだろうと思って「国」の話にしてみましたが、私には敷居が高すぎたようです。
いつもどおりの頭でっかち+肝心な所の描写が薄い のが直らずじまい。大変御粗末な出来となりました。
ジョブ以外に人の名前とかを一切出さないという縛りでやってみましたが中々難しかったです。
時間制限は5時間中3時間弱。推敲はしてませんが期間中にちょっぴり修正したりしました。
次回は頑張って地の文を味のあるものにしてバランスよくしたいものです。
五十嵐さんに重ねてお礼、すてきなキャラをありがとうございました!


>>138 アリス:嵐の夜のものがたり
ジョブに終始語らせるってアイデアは思い付きませんでした(投票の時はそんなことも考えてたけど書く段になって忘れてました。どの道私にはできなかったかなと)
事件モノは誰か絶対するとは思ってましたがここまで完成度が高いのには驚きました。さすがアリスさんです。
こんな長い説明聞く刑事さんも大変っすなあ(汗
口ではとても感そ……じゃなかった批評しにくいのですが最後のシードが殺されるシーンでもう少し緊迫感が出ても良かったかなぁと思います。
ただ、ジョブは語り倍なのでそこまで事件に関わるのもどうかと思い、よくよく考えてみると
やはりアリスさんのエンドが丁度いい気もします。ケチの付け所の見つからない作品(ぇ
次回も期待してますー。


>>139 空人様:一部記号が変換できなかったためタイトルを表示できませんでした。すみません><
すごく現代的な話……!勇者モノのくせにっ(ぇ
茶番劇のように見えて繊細な語り口。ジョブの型を全く崩さずに突出した内容の話を書ける力量には感嘆するばかりです。
顔文字もどことなくゆるふわとした雰囲気が出ていて気を楽にして読めました。
就職のくだりは……現実味帯びてて怖いですw
次回も楽しみにしてます〜。


>>140 sakana様:プロジェクト<桜>←記号が違う理由は同上です
一瞬先月のお題と間違えたのかと思いましたw
世界観がとにかくスゴい!
ジョブの時計ネタなども違和感なく取り入れられていて読み応えのある話でした。
強いて言うならちょっと長い気が……いえ、このくらいの長さなら許容範囲ですよね。
最後が説明ベタなのも気になりましたがタネ明かし&ジョブというキャラの性質なのでこれも許せる範囲ですよね。
これまたケチ付けられない作品なので批評が楽っ……何でもありません/////
次回も楽しみに待ってます。


>>141 天パ様:自分勝手な悲劇
五十嵐さんのキャラ象に忠実なジョブさん!キャラを崩さずネタも可能な限り拾おうとする姿勢がすごいです。
空白があったので比較的読みやすく、展開もスムーズで良かったです。ジャパン最高(!?)
完成度が高いのは私の以外すべてそうなんですが、その中でも一際オールマイティな作品でした!
登場キャラも案外ツボだったり……w
次回も期待しております。


>>142 朔乱様:次回の参加もお待ちしております
来月のお題と間違えたのかと(以下略
これは……来月のお題とのまさかのコラボってことでしたが意外にも違和感が仕事してません。
朔乱さんの為せる技といったところでしょうか!
うまく繋げやがって……とか言って読んでましたごめんなさい
文が少々荒削りに見えてしまうのはやはりコラボが原因なのでしょうか。違和感が消えたわけじゃないのでやはり魔王×ジョブは難しかった(のか?)という証拠ですね。
次回も仰天できる作品とか期待してます。



各作品(自作を除く)のレベルが高かったため自身の力量がまだまだなことを痛感しました。もっと時間をかけて執筆できる環境が欲しい……!
次回は魔王ですか。中々王道な奴がテーマですが果たして……?
それではお疲れ様でした。五十嵐さん、投稿者の皆さん、そして……


       数々の素晴らしい物語を有難う ジョブ・ナレーター







「……とまあ、こういう話だったとさ。では諸君、またどこかで会うことがあれば、その時に続きを話すとしよう」




                                          Fin.
メンテ

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