ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 【六月期のお題は「魔王」】お題小説スレッド【五月期お題「オリジナルキャラクター」:批評提出期間】 ( No.150 )
   
日時: 2012/05/31 22:56
名前: 朔乱 ID:zgzt.Wqk

 書きたいことと、書けること。この差が大きい。
 総評後に失礼します。今月も好き勝手に書く時間がやってまいりました。


>>137  にゃんて猫さん:歴史

 何この十年単位で変わる国……。絶対落ち着いて暮らせないですよ。私なら絶対にげます。追い出されたジョブさんはラッキーでしたね。
 選挙の結果を外国で報じることに何の問題があるのか疑問に思いましたが、何か特別な事情があるんですよね。察します。
 地の文に力をいれていて、いいなって思いました。リズムとか、文の力の入れ加減とか、こだわるところはまだまだたくさんあると思いますが、色々挑戦して上手くなってくれたらいいなーと思います。偉そうですね。すみません。私も頑張ります。

>>138 アリスさん:嵐の夜のものがたり

 ジョブの特徴全てを物語のなかに自然と入れているのはすごいと思いました。やろうとしてもなかなかこう上手くはできないと思います。
 いかにもミステリーって感じの雰囲気。だからだからでしょうか? 私としては謎解きを期待してしまい。そこに触れられていないのはちょっぴり残念でした。
 アリスさんの小説って、何か仕掛けがあるとき、その仕掛けに向って物語全部が一直線に向かっているような気がします。
 私がそう思ってるだけかもしれません。一直線に向かうことが悪いことではないかも知れません。でも、私個人としては、「余分」なフェイクも大切だと思います。……口で言うのはすごく簡単ですよね。頑張ります……

>>139 空人さん:ゆう⇔かつ 〜普通に勇者が活躍する話を書けば良いのにね〜

 え、これは……皮肉? いや、そんなことはないですよね。いくらなんでも違いますよね。
 ……でも、空人さんならと考えてしまう私がいます。深くは考えないことにしましょう。
 ネット小説ならではって感じですね。
 顔文字。折角ならもっと活かして欲しいなとも。でも、使っただけでも十分すごいですし、面白かったです。
 物語の重さに対して、文章も文章量もほんとにちょうどよくて、良かったです。見習いたいです。

>>140 sakanaさん:プロジェクト≪桜≫

 戦闘シーンかなぁ……。戦ってるのはジョブと何か軟らかいものだけなんで、これが戦闘シーンと言っていいのかわかりませんが……。
 ちょっと理屈っぽすぎたと思います。それまでの地の文が理屈っぽい文章だったので、ある程度依存しちゃうかもしれませんが。テンポが掴みづらいです。特に今回は戦闘がメインではないので、あんまりごちゃごちゃさせないで、読者の感覚に任せちゃって良かったと思います。そのほうが、本当に読んでもらいたい場所も際立つでしようし。
 sakanaさんは文章も上手で表現も豊かですから、上手くメリハリをつければ、もっと面白いお話が書けるんじゃないかと思いました。

>>141 くるくる天然パーマ野郎さん:自分勝手な悲劇

 天パさんの批評で自分のことを↑で表していましたが、これが正式名称なんでしょうか? なんとなくで使っちゃってますが、不快でしたら直します。
 設定がすごく細かいですね。面白かったです。
 設定も素敵で、おかしな文章もこれといって見当たりませんでした。今度は読み手について考えてみませんか? ここで、こんな展開をしたら、読者はどんな反応をするんだろう? ここはあんまり長いと疲れちゃうんじやないか?
 自分の作品を読んでる人のことをもっと考えて書ければ、もっともっと素敵な作品が書けると思いますよ。

>>142 朔乱さん:次回の参加もお待ちしております

 もし、この先誰かが「魔王」についての話を書いたなら、その語りはきっとジョブ・ナレーターだろう。というお話。折角五十嵐エイジさんが考えてくれたキャラクター。今月だけで終わっちゃうのは勿体無いと思い、書きました。今日もきっとどこかでジョブは語っている……
 今回の反省点は話がまとまっていないことです。書きながら、シーンの移動や挿入、削除が多々ありました。エンディングまで変えるという始末。実は、最初はジョブは死(ry
 今回は色々と逃げに走ったので、反省点はこれだけです。あえていうなら、もっと正々堂々書けよってぐらいです。……明日から頑張る!


 さて、次回は「魔王」ですね。書きやすいのか書きにくいのか……。あんまり、イメージの固まっているお題だと、個性が出しにくいなんて方も多いんじゃないでしょうか? でも、当企画では王道を書いたほうがk……あれ、こんな時間に誰か来たみたいです。
メンテ
Re: 【七月期のお題は「擬音」】お題小説スレッド【六月期お題「魔王」:作品提出期間】 ( No.151 )
   
日時: 2012/06/01 23:36
名前: 企画運営委員 ID:9HER2MRU

第14回「魔王」の作品投稿期間となりました。
作品投稿期間は6月1日(金)〜6月15日(金)までとなります。
ルール説明>>002 を熟読の上、ご参加ください。
皆様の力作お待ちしております。
メンテ
なりそこない ( No.152 )
   
日時: 2012/06/08 04:44
名前: If◆rf3Ncl3QUs ID:xqEVwDds

「――魔王は凶悪にして強大。あっという間に城中の兵士を倒し尽くし、王をも殺すと、国を滅ぼしてしまいました」
 イゼアは幼かった。その日、偶然広場を通りかかり、吟遊詩人の謡う英雄譚の一節を耳にしたのだが、彼には難しい言葉は分からない。ただ魔王がとても強く、国を滅ぼせるほどの存在であることは理解できた。
 そしてイゼアは思った。ああ、これだ、これなんだと。心が逸るままに、食糧の調達を任されていたことも忘れて、彼は仲間たちの許へ急いだ。途中何度人にぶつかったか知れない。これまでにないほど高揚していた。
 細い路地を駆け抜け、倉庫が連なる一角へ出る。その奥に彼らの住処はあった。以前は倉庫として使われていた建物のようだが、打ち捨てられて久しく、雨漏りと隙間風がひどい上に狭かったが、彼らにとっては唯一安らげる場所であった。
 軋んでがたつく戸を開け放ち、イゼアは叫ぶように仲間の名を呼ぶ。
「ハルヤ! ティーナ!」
「おー、おかえりイゼア。どうしたんだ?」
 同い年のハルヤはイゼアを認めて薄汚れた顔を綻ばせたが、彼が手ぶらであることに気づくとすぐに眉を顰めた。
「なんだよおまえ。食べもんは? しくじったのか?」
「それどころじゃないんだよ! 聞いてくれ」
「食べもんより大事なことがあるのかよ」
「いいから! さっきさ、広場に変なおっさんがいて、変な歌歌ってたんだよ」
 二つ下の紅一点ティーナが、得意げに胸を張った。
「私、知ってるよ。吟遊詩人っていうんだって」
「そっか。そのぎんゆーしじんとかいうやつがさ、『まおう』ってのの話をしてたんだ」
 よほど腹が減っているのか、ハルヤは不機嫌なままだ。一人壁の方を向いてむすっとしている。
「『まおう』? おうってことは王さまか? 王さまなんて、どいつもこいつもどーせ自分のことばっかだろ。こうやってオレたちが腹空かせてても、何もしてくれねーんだ。自分たちはたらふく食ってるくせに」
「ハルヤ、それが違うんだ。そいつは、他の王さまをやっつけてくれるみたいなんだよ!」
 ティーナがくるりと大きな目を一杯に瞠って、息を呑んだ。
「王さまを? どうやって? お城には兵隊さんが一杯いるのに」
「『まおう』は、めちゃくちゃ強いんだってさ。城も兵隊も王さまも全部一気にやっつけたんだ。すげーよな!」
「うん、すごい! 『まおう』は、どこにいるの? ここの王さまもやっつけてくれないの?」
 イゼアの興奮が移ったのか、ティーナまで高い声で歓声を上げると、さすがに気になったのか、ハルヤも頭を掻きながら座り直してイゼアを見た。
「本当にいるのかよ? その『まおう』っての」
 イゼアはにやりと笑った。この瞬間のために息を切らせて全力で駆けて来たのだ。背筋をぴんと張る。
「いないならなればいいだろ」
「なる?」
「オレが『まおう』になって、この国の王さまをやっつけてやる」
 実際口にしてみると、ますます『まおう』というものが輝いて見えた。毎日毎日食糧を得るために盗みを働き、生きるためだけに生きてきたイゼアが、初めて目標を見つけた瞬間であり、彼の顔もきらきら宝石のように輝いていた。その輝きに魅せられたのか、ハルヤとティーナも眩しげに目を細めて、続く。
「いいなそれ。じゃあオレも『まおう』になることにするぜ」
「じゃあ私も『まおう』になる! そしたらみんな一緒だね。『まおう』が三人もいたら、絶対王さまやっつけられるよね? だったらもう、お腹減ったまま寝なくてもいいかな?」
「当たり前だ。もっと……もしかしたら、ちゃんとした家だってもらえるかもしれねえ」
 三人それぞれが理想の未来を思い描き、顔を見合わせて微笑む。全員が同じ想像をしたのを、確認し合うかのように。暖かい家で、清潔な服を着て、三人が幸せそうな顔で美味しい食事を囲む。なんと慎ましやかで、なんと微笑ましい理想であることか。
「よーし、そうと決まれば『まおう』になる特訓だ! 棒拾ってこよう。『まおう』なら剣くらい使えないとさ」
 彼らは空腹も忘れて、夜遅くまではしゃぎ合った。その日以来、毎日。

 ■

 始めは棒切れ、少し上達すると盗品で彼らは互いに剣術を磨き合った。成長してからは盗賊稼業から足を洗い、用心棒や傭兵として身を立てる。雇い先や年長者に手ほどきを受け、実戦で経験を積みながら鍛錬も重ね、イゼアとハルヤが二十歳になる頃には町でも評判になるほどの腕を手にしていた。特にイゼアの成長は目覚しく、市民から同業者、果ては領主まで誰もが一目置いたらしい。
 しかし、イゼアたちはそれで満足しなかった。盗みはやめられても、明日の命も分からぬ境遇にいることは変わらない。彼らの夢は魔王になることであり、その夢をまだ諦めてはいなかったのだ。傭兵仲間にも声をかけつつ、資金稼ぎと仲間集めのために闘技場へ足を運び続けて、数年。彼らは王国打倒の狼煙を上げるに十分な準備を終えた。
「な? だから言っただろ? 闘技場に出るのが一番の早道だって」
「ああ、ハルヤの言うとおりだった。仲間どころかパトロンまで見つかるとはな。だけどこんなに上手くいくなんて思わないだろ普通。今でも信じられないくらいさ」
「上手くいくに決まってたんだ。おまえの腕があったらな。だよな、ティーナ?」
「ええ。さすが魔王様ね」
「なあ、いい加減その呼び方やめないか? なんかすげー悪いことしてるような気分になる」
「実際悪いことするんだ。オレたち国壊すんだろ? 魔王そのままじゃねーか」
「正義のヒーローって柄でもないしね、私たち。魔王でいいんじゃない?」
 こうして彼らは、ついに起った。

 ■

 小さな戦を勝ち続けて、迎えた大一番。難所とされていたデムリカ砦での戦いは熾烈を極めたが、七日にわたる攻防の末、ついに決着がつくこととなる。
「勝った!」
「デムリカ砦が落ちたぞ!」
 歓喜に沸く軍の中、共に将を討ち取ったイゼアとハルヤは、肩で息をしながら顔を見合わせた。
「イゼア……オレたち、いけるぞ」
 ハルヤが静かに言う。
「国を倒せる。魔王になれる」
 イゼアも頷いていた。力強く、確かめるように。
「ああ!」

 ■

 イゼア義勇軍は着実に勝ち進み、その勢力は瞬く間に広がっていった。民たちが長い間積もらせてきた王家への憎しみが、一挙に爆発するかのような快進撃だ。仲間も増え、戦力も充実していく。
 しかしどれほど勝利を重ねていこうと、戦は戦、よいことばかりではない。そして、それが起こったのは、王都がすぐ傍に見えてきたヘレン峠の戦いだった。ここを破れば義勇軍の勝利は確定的だと言われていた。それだけに敵側も戦力を整え、デムリカ砦以来の全面戦争となったのだ。
 将でありながら、イゼアは最前線で敵と剣を交えていた。その隣にハルヤはいつも在って、二人は肩を並べて戦っていた。
 戦続きで、疲れもあったろう。だが何より、王都で腕を磨いた、これまでとは遥かにレベルの違う騎兵が後から後からなだれ込んでくるのだ。苦戦は必至であり、事実そうなっていた。息は乱れ、肩は思うように上がらない。
 しかし、優勢であった。もう少し、あと一歩で大局は決する。
 そのときだ。
 イゼアは、あざ笑う敵兵の横顔を見た。血飛沫を見た。傾ぐ無二の友の姿を、見た。
「ハルヤっ! しっかりしろ! ハルヤ!」
 何もかも忘れて、イゼアは倒れたハルヤに駆け寄った。抱え起こして、揺する。閉じられていた瞼がかすかに震えて、開いた。
「は……はは…………ざまあ……ねーぜ……」
 鎧が砕かれ、左胸が斬られていた。血が溢れて、流れて、止まらない。
「なんだよこの血……なんでこんなに。くそっ、止まれ、止まれよ。衛生兵……衛生兵はどこだ!」
「イゼア……落ち着け……よ……。将のおまえが……そんなに……取り……乱してちゃ……士気に――」
「落ち着いていられるかよ!」
 両手で強く圧しても血は止まらない。指の合間から次々零れ落ちていく。心臓が煩い。冷たい汗が浮く。
「分かる……だろ? こりゃ……無理……だ」
「無理なもんか。待ってろ、今衛生兵を探して」
 足を立てようとしたイゼアの腕を、ハルヤは素早く掴んで止めた。
「いい……それより…………聞いて、くれよ…………オレの……遺言……」
「遺言とか言うな! おまえは助かる。三人で国を潰すって決めただろ? こんなところで一人で死ぬなんて許すもんか」
「後は……頼んだ……ぜ? ……おまえ……なら、やれ……る……。おまえは…………おまえまで……死ぬなよ……」
「何も聞こえねえよ。……誰か! 衛生兵を呼んできてくれ! 頼む!」
 後ろを振り返って、イゼアは声の限り叫んだ。すぐにハルヤに顔を戻すと止血を再開する。脳内で色々な記憶と思考がごちゃごちゃ入り混じって、何も考えられない。どんどん遠くなるハルヤの目を何とかこの世に留めようと、懸命に声をかける。ティーナの笑った顔が眼裏を過ぎった。拳を握り締める。彼女は今も後ろで、何も知らずに戦っているのだろう。
「ハルヤ、おまえ、死ぬなよ。こんなところで死ぬな。ティーナのことはどうするんだよ」
「あいつのことも……頼む……」
「断る。ティーナはおまえに惚れてんだ」
「知ってん……だろ? あいつ……本当は、おまえに…………」
「昔のことは関係ない。あいつの今の恋人はおまえだ。おまえ一人だけなんだよ。ティーナを悲しませるな」
 痛みのせいか、それとももっと違うもののためか、ハルヤの瞳が潤んだ。血と一緒に出てくる言葉が力なく震えている。
「あいつ……泣いて…………くれるかな……」
「馬鹿野郎、何言ってんだ。ほら、血は止めたぞ。衛生兵ももうすぐ来る。あと少しの辛抱だからな――ハルヤ?」
 急に腕に負荷が増して、イゼアは息を呑んだ。恐る恐る、ハルヤの顔を見る。瞼を閉じていた。心臓が定位置を離れてぞくりと波打った。
「おい、ハルヤ、冗談はよせよ。おまえがこんなところで死ぬわけがないだろ。なあ?」
 自身の声も頼りなげに震えている。身体の芯は冷え、けれども目の奥は熱い。ハルヤの顔はあまりに安らかで、余計、目を背けたくなった。
「なんて顔してんだよ……まだ国は壊してないだろ? 途中でやめるなんて、おまえらしく――」
「イゼア殿!」
 イゼアとハルヤの二人に代わり最前線に立っていた兵たちを破って、敵兵が迫ってくる。
「くそ……畜生……ティーナに何て言えばいいんだよ……」
 ハルヤをそっと横たえ、血に塗れた手を剣に延べる。力任せに掴み取って、イゼアは立ち上がるのと同時に勢いのまま振り切った。
「あああああああっ!」
 叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。

 ■

 ティーナは恋人の訃報を聞いても、涙一つ流さなかった。しばらく沈黙して、顔を俯けてハルヤの亡骸を見つめ、それから静かに首を振った。人間らしい表情を失った彼女は、まるで壊れた人形のようだ。
「イゼアのせいじゃないよ」
 泣きそうな声なのに、ティーナは決して泣かなかった。泣いてほしかったのに、泣いてくれなかった。
「……イゼアのせいじゃない。悪いのは国だわ。ハルヤの仇は、王よ」
 今にも消えそうな弱々しい声で言って、ティーナは最後にぎこちなく笑った。
「お願い。ハルヤと、少しだけ、二人きりにさせて。……最後のお別れがしたいの」
 何か声をかけるべきだったろう。しかしイゼアの口からは何も出てこなかった。ただ促されるがままに彼女の天幕を後にして、入り口のところで立ち尽くしていた。
「ハルヤ……ハルヤ……どうして……」
 すすり泣く声が布を通して聞こえてきて、イゼアは居た堪れなくなった。幼いあの日、魔王になることを誓った日からずっと頭の中央にあった理想が――ただ、三人で暖かい家で温かい食事を望んだだけの幸福な理想が――千々に千切れて砕け散った。身体が不自然に軽くなる。地面の感覚が遠くなった。そのまま浮き上がって、宙で分解してしまいそうだと感じる。
 何のためにここにいるのか、分からなくなった。

 ■

 王都に攻め入ろうかというとき、王城から使者が来た。若い騎士が一人。降伏かと思ったが、そうではないらしい。
「用は何だ?」
 騎士は淡々と切り出した。
「親友を失ったそうだな」
「……それがどうした」
「私も弟を亡くした」
 騎士は冷静だった。が、瞳の中、凪いだ膜を一枚隔てたその奥で渦巻く悲憤にイゼアは気づいた。同じだな、とあの日以来どこか鈍くなってしまった頭でぼんやりと思う。
「今日は交渉に来た。王都攻めを思い留まってほしい。その代わり民の暮らしは必ずや改善させよう」
 何を言い出すかと思えば。イゼアは鼻で笑ってやった。
「断る」
「この国に今の君を止める力はない。だが、王は降伏をしないだろう。このまま戦を続ければ、王都も王城もいずれ落ちる。しかしそれは両軍に多大な犠牲を強いよう。君は味方をこれ以上殺すつもりか? ……親友以外にも」
 目の裏でティーナが微笑んだ。彼女だけは、と思う。断りの言葉は用意していたのに、声は出てこなくなった。
「すぐに返事しろとは言わん。明日、また来よう。よく考えて欲しい」

 ■

 夕刻、イゼアはティーナの天幕に向かった。半日悩み続けて出した彼の結論を話すと、ティーナは目を見開いて全身を震わせた。
「……どういうこと?」
「国と和解することにした」
 胸元を両腕で掴まれた。剣を握るせいで傷だらけになった細い指の一本一本まで、小刻みに揺れている。
「どうして?」
「王都を守る兵の数とその布陣を偵察してきた。あれは、簡単には落ちない」
「でも勝てるんでしょう? 数ならこっちも負けていないわ。士気では遥かに上回ってる」
 瞬きすると、ティーナの目から大粒の涙が落ちる。思わずイゼアは目を逸らした。
「……王が、民の暮らしを改善させると」
「信じるの? そんなの嘘に決まってる。国を滅ぼすって決めてたじゃない。私たち、魔王になるんでしょ? ここでやめたら、死んだハルヤはどうなるの? ……ハルヤは、何のために死んだのよ!」
 イゼアの服を握り締めたまま、ティーナは何度も何度もイゼアの胸を叩いた。頬に幾筋も涙が伝っては流れていく。しかし、どうあっても、彼女まで失うわけにはいかなかった。それでは、それこそ、何のために戦ってきたのか分からない。彼女の両肩を抑えて、イゼアは諭すように言う。
「戦えば、またハルヤみたいに死人が出る。……今度はおまえまで死ぬかもしれない」
 ティーナは一向に落ち着かない。なおもイゼアに拳をぶつけ続ける。
「構わないわよ! そうなるかもって分かって戦ってるもの。そうでしょう?」
「もう誰も死なせたくない。戦わずに話がつくなら――」
「イゼア、どうしちゃったの? あなたはそんなに腰抜けだったの?」
 イゼアは言葉を飲み込んでいた。腰抜け。その通りだった。それでも、ティーナまで居なくなってしまっては、耐えられないに決まっていた。
「王はハルヤの仇なのよ? 王がハルヤを殺したの。分かってるんでしょう? 仇を討たないと」
 何を言われても、考えを変える気はなかった。彼女を支える腕に少し、力を加える。
「ねえ……なんで黙ってるの?」
「明日、また使者が来る。オレは和解を受け入れる」
「そんな勝手な」
「もう決めたことだ」
「なによそれ……なんなのよ……」
 ティーナの腕が、するりとイゼアから離れた。声を堪えて泣き続けるティーナを見ているのが辛くて、イゼアは背を向ける。天幕から出て行こうと入り口の布を持ち上げた瞬間、背中に衝撃があって、イゼアの身体は前後に揺れた。息が詰まる。何とか首を捩って、彼は事態を知った。
「ティー……ナ?」
 ティーナの剣が、イゼアの背中に、中ほどまで突き立てられていた。何度も嗅いだ鉄錆びのようなにおいが、今度は自分の身体の内側からせり上がる。視界に黒い塊がちらついて、両膝ががくんと折れた。
「私ね、ハルヤが死んだときに決めたの。私の手で王を殺してみせるって」
 崩れ落ちたイゼアを上から見下ろして、ティーナは泣き濡れた顔で艶やかに笑んだ。
「ごめんね、イゼア。でも私、どんな手を使っても王をこの手で殺してみせる。私からハルヤを奪った王を。それだけのために、あれから戦い続けてきたのよ。大丈夫、国は私が滅ぼすから。そしたら私もすぐにそっちに行くから。……今度は三人、幸せに暮らせるかな」
 背中が熱い。刺されたところがどくどく脈打っている。視界をうろつく黒が濃度を増して、増殖していく。息ができない。
 どうしてこうなったのか? 分からない。オレたちは何を望んでいたのか? 分からない。それすらもう、分からない。
「ごめんね、痛い? ごめん……だってイゼア、硬いんだもの。大丈夫、次はしっかり刺すね」
 背中から剣が抜き取られていくのが分かる。正面に回りこんだティーナが、今度はイゼアの胸に刃をあてがった。両腕で握って、身体ごと倒れるようにして突き刺す。既に血で汚れていた剣を、身体は簡単に受け入れた。痛みはもはやなく、何に代えても守り抜きたかった最後の友の顔が、イゼアの視界一杯に見えた。すべて、混濁していく。腕の中に心地良い温度があって、ティーナの顔は微笑んでいて、もう、それで良かった。
「ちゃんと待っててね? そうだ、先にハルヤに会ったら、大好きだって伝えて。あなただけ愛してるって。……ああ、早く会いたいな」
 イゼアは、最後に自分が涙を流したことすら知らずに、息絶えた。

 ■

 魔王になり損なった青年がいた。彼は武勇に富み、情に厚く、誰より人を惹きつける力を持っていた。
 ならば、なぜ彼は魔王になれなかったのか?
 彼にはたった一つ、けれども致命的な欠陥があったのだ。
 彼は、優しすぎた。
 あるいは、弱すぎたとも言えるかもしれない。

 イゼア義勇軍はその後、和平派と徹底戦争派に別れて争った。その最中に王国軍から反撃を受け、壊滅、生き残った者も悉く処刑されたという。戦地となった王都は荒れ果て、王の権力は失墜。一年後、隣国アレーノフの侵攻を防ぐことができず、滅び去った。
メンテ
少女 ( No.153 )
   
日時: 2012/06/09 23:40
名前: にゃんて猫 ID:R2xEgX0.

再開発の進む都市部の中に、深い森は佇んでいた。
開発の手が届かなかったのか、それとも土地の所有者の意向か。ともかくその森は都市の中で孤立していた。
空から見れば、ゴルフ場よりも小さな緑色の点がビル群や住宅街に埋もれているのが映っただろう。
側で見れば、その深く色濃い深淵はそう簡単には人を踏み込ませんとする威圧感があった。
しかし、それでもこの森に忍び込んでは行方知れずになる者が後を絶たない。
理由は単純明快。ある噂のせいである。

この森の奥にある屋敷に、【魔王】が住んでいるという――――――――――








時計のベルがけたましく鳴り続いている。

五つにも満たないであろう幼い少女は、それをただじっと見つめている。

止めることなく ただ、じっと

「ベルを止めなさい」

階下から神経質な女の声が響いてきた。
だが少女はそれでも時計のベルを止めずにただじっと見つめている。
少女は止め方を知っていた。
だが少女は時計のベルを故意に鳴らし続けていた。
その理由は本当のところ、少女自身にもよく分かっていなかったのかもしれない。
ただ、そのベル音にカタカタと音を立てて遂には倒れ伏せたカエルの目覚まし時計が
少女には大声で泣いている子どものように見えたのだ。
それは自分の―――――

「止めたら、おやつを食べましょう」

階下からまた声がする。
今日は日曜なので、おそらくは少女の大好物の苺のショートケーキだろう。
少女がフォークを握ったまま口でそれを犬のように貪り、母親はそんな少女を見つつ優雅に紅茶を飲む。

そんないつもの風景が、この時は未来に無かった。

少女はベルを鳴らし続けた。大好きな苺のショートケーキすらも欲しいとは思わなかった。

ただただ鳴らし続けた。それが彼女の代弁者であり、抵抗であり、ある種の警告だった。

「何やってるの。うるさいから早く止めなさい」

先ほどよりも近い場所―――――おそらくは階段の近くだろう。
鋭さを増した女の声がベルの高い声に負けじと響く。
それでも鳴り止まぬベルの音に、遂に階段を登る足音が響いてきた。
ベル音を主音にして、まるでドラムのように低いテンポと重い音でそれが段々と近づいてくる。
少女は特段、焦燥感などは覚えなかった。
むしろ構ってくれたことを喜ぶように、口先が僅かに吊り上がっている。

「いい加減にしなさい」

ドラムの音が最大まで高まり、シンバル代わりにドアが勢いよく開かれた。

女の目に映ったのは、鳴り続けるカエル時計を血眼になって見つめる幼い我が子の姿だった。

「何をしてるの、早く止めなさい」

少女は聞こえないふりをしていた。否、女にはそうしているように見えた。
小刻みに揺れる時計はまるで痙攣しているように見えた。

「聞こえてないの!? ベルを止めるのよ」

女が俯く少女の顔に鼻がくっつくのではないかと思うほど顔を近づけて言った。

「・・・・・・つかまった」

少女が蚊の鳴くような声でぽつりと呟いた。

「つかまった? 何がつかまったの」

「・・・・・・パパが」

その答えに、女の眉が僅かに動いた。

「・・・・・・パパは捕まってなんかないわよ。今日にも出張から帰ってくるんだから、いっしょにお迎えしようって言ってたでしょ?」

「つかまったの・・・・」

「だからパパは今日・・・・・・」

「つかまったの」

「今日出張から・・・・――――」

「つかまって、連れていかれたの」

「いい加減にしなさい!」


ヒステリックな女の罵声が容赦なく少女に浴びせられた。短いその言葉が一回きり発せられただけだったが、少女はそれでビクっと肩をいからせた。

「・・・・・・そんなことより、早く下でおやつを食べましょう」

腰に当てていた手をのけて、女がカエルの時計を拾い上げる。

左手でベルを押して止めようとした瞬間、今度は少女が声を張り上げた。

「パパ、魔王に連れて行かれたの。帽子を被った女の魔王に!お父さんを―――――」

ゴン と鈍い音が響いた。同時に、鳴り続けていたベルの音も止んだ。
少女の体が少し遅れて倒れた。頭の下のカーペットに円状に赤いシミが広がっていく。

血のついた時計を握りしめて、女が力なく膝をついた。

「――――――――美羽?」

返事は 無い。


「美羽? 何をしてるの。いっしょにおやつを食べるわよ。寝てないで早く起きなさい。熱があるの? ねぇ何か言って。ねぇ美羽。美羽しっかりして美羽。聞いてる? 美羽どうしたのよ美羽美羽美羽美羽美羽美羽美羽美羽・・・・・・」

動かなくなった赤い肢体を抱き上げ、女が青ざめた顔で呼びかける。


返事は 無い。


「美羽病気なの? そう病気なのね。きっと何か悪い病気だわ。ええきっとそうよ。そうじゃなきゃ何で美羽が返事をしなくなるもんですか。美羽、ちょっと待っててね。すぐにお医者さんを呼ぶから・・・・・・」

小さな体を床に置き、立ち上がる。その時になって女は、自分の手が真っ赤に染まっていることに気がついた。

「あら、私いつの間に・・・・・・嫌だわ。これじゃまるで私が美羽を殺したみたいじゃない」

誰に見られていない家の中で、女はさっと辺りを見た。人影はない。居るのは女と横たわって動かない少女のみだ。

「・・・・・・そうだわ、これは全部パパがしたこと。そうよ、パパがあんなことをしたからいけないの。パパが浮気なんてするから。パパとあの女がいっしょになって美羽を殺したんだわ。きっと、そうに違いないわ」

女はそう言って血まみれの時計を蹴った。カラカラと赤いカエルがベッドの下に転がり込んでいく。時計はベッドの奥に入って見えなくなった。

「凶器も無いし、私が殺したわけじゃないわ。そうよ、私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない

私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない」

パパがやった あの女 殺した


「そうよ、こんなことしてる場合じゃないわ。おやつを食べなきゃ。美羽は食べられないから、病気が治ったら食べましょう。パパ、そうだわパパを呼ばないと。パパを呼んで、あの女も」


その時、玄関で音がした。「ただいま」という男の声が階下から聞こえてくる。パパが帰ってきたのだ。

「お前、居ないのか? 美羽も、どこにいるんだ?」

女は息を潜めて部屋から出た。足音を殺してゆっくりと階段を降りていく。

「二人とも、どこにいるんだ? 隠れんぼなら止めてくれ。二人にお土産があるんだ」

「お前? 美羽? どこにいるんだ」

男が階下をうろうろとしているのが足音から分かった。
直に階段にもやって来る。女は潜めていた足を動かして一気に階段を駆け下りた。
ドンドンというドラムに似た音が家中に振動する。
音は男の耳にも当然届いた。それを聞いた男が安心したように息を吐く。

「まったく、驚かせないでくれよ。・・・・・・お前、どうしたんだその手―――――がっ」

男めがけて女が飛びかかり、その場に男を押し倒す。
血で塗れたその両手で、男の首を締め上げていく。

「あなた・・・・・・パパ、あの女はどこ? どこに居るの? どこで会ってたの?」

苦しそうに息をしつつ、男の顔があからさまに狼狽したのが見て取れた。

「女・・・・・・だって? 何の、こと、ぐほっ」

女がより力を込めて男の首を手で締め付ける。ネイルをした爪が浅くその首筋に突き刺さる。

「パパ、待っていたのよ。ママ美羽といっしょにずっと待っていたのよ。どこに行ってたの、出張なんて嘘でしょう。ねぇどこに行ってたのよ。パパの嘘つき。ママと美羽を裏切って、美羽を殺して」

「美羽、を・・・・・・な、んだって・・・・・・?」

「パパが美羽を殺したのよ。あの女といっしょに美羽を殴って殺したの。何てことをするの。美羽、私の可愛い美羽に。病気になっちゃのよ? ママが可愛そうじゃない。次は私なの?美羽、美羽、美羽。ねぇパパ返事をして」

男の血管が青筋立って、唇からは涎が垂れていた。目はかろうじで女を見ていたが、それも次第に白くなっていく。

「ぅ・・・・・・」

その言葉を最後に呼吸が止まった。


「ねぇパパ聞いて―――――――――」


返事は 無い。







家に帰ると、妻も美羽もいなかった。
一瞬だけ、浮気がバレて逃げられたのかとも思ったがそんな考えはすぐに頭の隅へと追いやった。
隠れんぼでも始めたのだろう。そう思って一階をくまなく探してみた。
押しな入れの奥 キッチンの戸棚の中 たんすの陰

色々探したが二人とも見つからない。

「お前、居ないのか? 美羽も、どこにいるんだ?」

返事はなかった。仕方ないのでもう一度探すが、やはり見つからない。

「二人とも、どこにいるんだ? 隠れんぼなら止めてくれ。二人にお土産があるんだ」

これは嘘ではなかった。出張と偽って出ていた以上、いくらかの工作はしてあった。
まるで当地に本当に行ってきたかのように、当地土産をネットで取り寄せていた。今持っている紙の手提げの中には一風変わった和風ロールケーキが入っている。

「お前? 美羽? どこにいるんだ」

しびれを切らして、ようやく男は気づいた。二階だ。きっと美羽の部屋にいる。そう思って階段へと向かっていくと、音を立てて妻が階段を駆け下りてきたところだった。

「まったく、驚かせないでくれよ。・・・・・・お前、どうしたんだその手―――――がっ」

ため息をついて視界を前に戻すと、妻が真っ赤な手で爪を立ててのしかかってきた。
その場に押し倒され、両手で首を絞められる。息苦しくなり、男は何度か咳き込んで驚いて妻を見る。

「あなた・・・・・・パパ、あの女はどこ? どこに居るの? どこで会ってたの?」

狼狽が一瞬で顔に出てしまったのが自分でも分かった。慌てて隠すがもう遅い。

「女・・・・・・だって? 何の、こと、ぐほっ」
男が顔をしかめて妻を見上げる。まさか、いや、もうバレてしまったのだろうか。

妻がより力を込めて首を手で締め付けてくる。ネイルをした爪が浅くその首筋に突き刺さり、男は息苦しさと痛みに顔を歪ませる。

「パパ、待っていたのよ。ママ美羽といっしょにずっと待っていたのよ。どこに行ってたの、出張なんて嘘でしょう。ねぇどこに行ってたのよ。パパの嘘つき。ママと美羽を裏切って、美羽を殺して」

早口言葉を言うように妻が言い募ってくる。美羽 殺して ? 一体何のことだ。

「美羽、を・・・・・・な、んだって・・・・・・?」

「パパが美羽を殺したのよ。あの女といっしょに美羽を殴って殺したの。何てことをするの。美羽、私の可愛い美羽に。病気になっちゃのよ? ママが可愛そうじゃない。次は私なの?美羽、美羽、美羽。ねぇパパ返事をして」

妻は明らかに錯乱していた。絞めてくる手がぷるぷると震えている。
血眼になってこちらを見ていくる妻を薄れていく意識の片隅に見る。

唇から涎が垂れている。ピントが合わず、妻の顔がぼやけていく。

「ぅ・・・・・・」

呼吸が止まった。死を意識した瞬間、それは唐突に男を現実へと引き戻した。

死ぬわけにはいかない。死にたくない。まだ生きていたい。彼女と共に第二の人生を歩むのだ。

「ねぇパパ聞いて―――――――――」

手を伸ばし、妻の首を締め上げるた。
自分の首を絞めていた両手が外れ、妻の上半身が浮き上がる。
自分が何をしているのか認識できないまま、男は妻の首を絞めて


                             殺した。








妻の体が、力なくその場に崩れ落ちた。
その眼はもうどこも見ていない。

「・・・・・・お前?おい、どうしたんだよ」

仰向けの状態から起き上がって妻の体を抱き起こす。
泡で白くなった涎を零し、女の体がゆらゆらと頭を揺らして抱き起こされた。
脈は無かった。男は悲鳴を上げた。

「う、嘘だろ。うううううう嘘だ。嘘だ!」

喚きながら妻の体を床へと投げ落とす。まるで汚い物を吐き捨てるように。

「お前・・・・・・そんな・・・・・・」

何が起こったのか 自分が何をしたのか

それをようやく知って、その場に男は泣き崩れた。

「嘘だよ・・・・・・お前、真穂。こんな、こんなことが・・・・・・」
呼びかけても、妻の魂が宿っていた肉体は動かない。揺さぶっても、溶けたようにまどろむ眼が虚空を見つめるのみである。



「―――――そうだ、由里を呼ばないと」


突然思い立ったように、男が立ち上がった。殺した女の死体を蹴飛ばして玄関先に置いた鞄を漁る。
ほどなくしてその手に中古の携帯電話が握られた。震える手で、男は電話をかけた。

「由里? ……俺だ。今から来れるか? 家だよ。……いいから早く来てくれ。今すぐにだ」

やや乱暴に言い捨てて、男は通話を切った。


それから十数分が経過し、家の外から車のエンジン音が聞こえてきた。

男が待ちわびた様子で玄関の扉を開ける。流行ものの帽子を被った女が動揺を隠せずに緊張した面持ちで入ってきた。

「一体どうしたのよ修二さん。ついさっき会ったばっかりじゃない。それに前ここに来た時に、子供に見られたかもしれないからしばらく来るなって……」

言い訳のように言葉を並べる女に、男は引き攣った笑みを浮かべて言った。

「そのことなら心配いらない。二人とも死んだから」

「……え?」

男の言ったことを理解できずに、女は二三尋ね返した。

「殺したんだよ。いや、むしろ殺されそうになって、反射で殺してしまったんだ。正当防衛だよ。だから大丈夫だ。これからはいっしょに二人で生きよう。もう妻も子供もいない。俺は独り身になることができた。これからは由里、君を生涯の伴侶として人生を歩みたい」

差し出した右手を見て、女が身を竦めて半歩退いた。目に見えて畏怖の念を男に対して抱いている。

「何よそれ……本気で言ってるの」

「本気さ。そのために君をここに呼んだんだ。証拠が見たいかい?ほら、あそこに横たわっている―――――」

男が言い終わるより先に、女は身を翻した。「人殺し」と叫んで、家の外へ逃げ出そうとした。

だが男はすぐさまそれを察知して女の手首を掴んだ。
振り解いて逃げようとする女の体を、乱暴に抱きすくめる。

「あぁ、何が怖いんだ。安心してくれ。邪魔者は消えたんだ。これからは俺たちの好きに愛を育もう」

「ふざけないで! 離して、離してよこの殺人者。あなたなんて好きじゃないわ。付き合ってたのも金のためよ」

「何だって?」

「あんたなんてどうでもいい! 一人で勝手に生きたらいいわ。でも私を巻き込まないで!」

叩きつけるように発せられた罵声と共に、女が身をよじって男から離れた。

そのまま外へ出ようとドアノブに手をかける。

「……ふ、ふざけるなぁ!」

野太い大声と共に側に立てかけてあったゴルフセットが振り上げられる。

避ける間もなく、鈍器は女の頭に命中した。

鈍い音と共に女がドアノブに手をかけたまま扉によりかかるようにして倒れる。

そして蛇口をひねったかのように、紅い紅い液体がだらだらと扉を塗りたぐった。

女は押し黙ったように静かになり、やがて音を立てて崩れ落ちると二度と動き出すことはなかった。

「あ……あぁ……由里。由里」

男がゴルフセットを落として茫然とする。

「由里、そんな。真穂と由里が。美羽も死んだ。俺は、俺は、俺は」

血走った眼で、男は叫んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ ぉ … ぉ………」


悲痛な響きは家中に木霊して、懺悔を乞う亡霊の声ように男の耳に反ってくる。

「―――――消さなくては」

罪を消さなくてはいけない。
生き残るためには、死体をこのままにしていてはいけない。

罪から逃げなくてはいけない。あるいは隠ぺいするしかない。

「死体を 消す」

男はよろよろとした足取りで起き上がると、壁に寄りかかりながらゆっくりと台所のコンロに向かった。

「――――――――火」

無心で、コンロに火をつける。そこにバスタオルや紙を引っ張ってきて燃やす。換気扇を回していないので酷い異臭があたりに立ち込めて、思わずむせ返った。

「――――燃やそう」

次々と燃えそうな物を火に投入していく。手の皮膚は放射で焼け爛れ、熱を感じられないほどに麻痺していた。

「家ごと 燃やすんだ」

まるで失敗した企画書をシュレッダーにかけるように、男は言った。


炎がついにタイルを溶かし、壁に燃え移った。

そこから、凄まじい勢いで辺りに引火していく。

「―――――――燃えろ。もっと。全て燃やし尽くせ」


火の手に囲まれてしまう前にその場を離れ、玄関の女の死体のポケットから車のキーを奪い取る。

生き残ってどうするかなど、男は考えていなかった。ただ罪を消すことのみを考えていた。

外に出て、一瞬だけ後ろを振り返ると、すでに炎は家の南側を貪りながら、北側、兼ては二階にまで襲いかかろうとしていた。

急いで表に止めてあった赤のオープンカーに乗ってエンジンをかける。


行き先など無い。ただ、男は逃げた。

自分の家を燃やして、罪を消そうと思って。逃れられるはずの無い袋小路に踏み込んでいった。







「脳波が活発化しています」
研修医の報告に、医師は頷いてそれを見た。
「心電図の方にも、動きがあったみたいだな」
ディスプレイに映されていく数多のパラメータを見ながら、医師は言った。
それを見て、研修医が不思議そうに呟く。
「脳死状態だった脳が突然動き出す……そんなことってそうそう無いですよね?」

「珍しい事例だが、前例が無いわけではない。欧米では植物状態だった患者が健全な状態に戻るようにもなっている」

「それは医療面の進歩ですよ。そうじゃなくて、この子は自力で『目覚めた』んですよ。これを医学的に説明できますか」

研修医のくせに生意気な口ぶりだ、と医師は叱責しようとして――――止めた。確かにその通りだったからだ。

「……確かに死んでいた脳が動き出すなんてことは、普通は考えられん。僅かに思考していることはあるそうだが、ここまで脳波が活発に動いているということは」

「脳死ではなかった、と?」

「文学的な物言いだが、夢を見ていたのかもしれないな。永い、覚めることのない夢を。……それが何故か目覚めてしまった」

研修医が「何スかそれ」と言って笑う。医師も笑ってコーヒーをすすった。

「……この子、藤島美羽ちゃんですっけ。5歳の時に事件に巻き込まれたんですよね」

「もう十年以上前の話になるな。会社員の藤島修二が家にいた妻の由里さんを絞殺し、美羽ちゃんを鈍器で殴った」

「またどうして」

「浮気がバレたのが原因じゃないかってことだったな。その後愛人だった樋本由里さんを家に呼び出して鈍器で撲殺したらしい」

「可笑しな話ですね。妻と子供だけ殺すならともかく、愛人まで殺しちゃったら意味無くないですか?」

不謹慎なことを言うな、と叱責したくなるのを堪えて医師が苦笑する。

「樋本由良は藤島修二の浮気相手だったが、どちらかというと金が目的だったみたいだな。事件後の警察の調べで、彼女の口座に200万近い大金が振り込まれていたことが分かった」

「で、事件はそれで終わりですか?」

苦笑を残したまま、医師は言う。

「……藤島修二はその後、事件を隠蔽するために家を燃やして逃走した。消防隊員が駆け付けた頃には家が崩壊寸前までいってたそうだ。死体の燃焼がひどくて、捜査開始当初は他殺であることすら把握できていなかった」

「へぇ……」

話が一通り終わり、研修医の男がつまらなさそうに前を向いた。

白いシーツの上に横たわる少女は、とてもよく眠っている。何せ十年間、一度も目を覚ましていないのだ。
体は16歳に成長しているが、その脳内は未だ事件の起きた5歳のままだろう。いや、事件のショックで五年分の記憶が一部あるいは全て欠落してしまった可能性もある。

「……いっそ十年前に死んでしまっていた方が、良かったのかもしれないな……」

叱責しようかと迷いながら、自分が最も危ない発言をしていることに気づいて、医師はまた苦笑を浮かべた。

「よく覚えてますよね。十年も前のことなのに」

「事件の担当刑事だったからね。医者の仕事も大変だがあの時はあの時で大変だった。――――だからこそ、よく覚えている」

医師はそう言って目蓋を閉じた。脳裏に浮かぶのは、初めてこの少女と面会した時だ。
もっとも、手術の関係もあって事件発生からすでに一か月近く経過しており、藤島美羽自身は脳死判定を受けていたため実質はただの見舞いだった。

ただ、医師はその時から 目覚めることのない少女を見守っていたいと思うようになった。

(何故……そう思うようになったのだろうか)

同情心か、はたまた別の何かか。
その答えが分かるころには、何かが今と変わっているのだろうか。



「――――――先生、脳波が」

研修医が突然狼狽した声で医師を呼んだ。

「どうした」

慌てて駆け寄ってディスプレイを見ると、そこにはあり得ない波長が刻まれていた。

「これは――――――」

「どういうことですか―――――洒落にならないっすよ。本当に目覚めるなんて……」








重い頭を引きずって顔をあげると、視界は赤く滲んでいた。

それは、少女の額から滴り落ちる血のせいでもあり、

音を立てて燃える炎のせいでもあった。

「ママ、パパ」

転げ落ちるようにして、四つん這いになって一階へ降りる。

火の手はもうそちらこちらで舞い上がり、そうしてる間にも少女の居た二階の子供部屋は火の海に変わっていた。

逃げるように這って進む。玄関に帽子を被った女が倒れているのが見えた。

「魔王だ―――――ママ!」

リビングに倒れ伏せた母親へ向かって、少女は進む。ママ ママ と呼びながら。

「ママ……」

母親だった女の顔は、炎の中でも青白く映った。人形のように冷たい体を、少女が必至に温めようと全身で抱きしめる。

「ママ、だめ。いっしょにおやつ食べよう。ママ」

返事は 無い。


その時外で音がした。車のエンジン音だ。赤い天井のない車が、Uターンして家を離れ、山道へと入っていくのが見えた。

「パパが乗ってる……」

急いで窓に駆け寄るも、車はすぐに山道に入り、そのまま見えなくなった。

「パパ! パパ置いてかないで! ミウとママも連れてってよ。パパ、パパ!」

少女が独り、家に取り残された。残ったのは絶望という名の悲しと――――







―――――――燃え盛る火だるまの木柱が、少女めがけて倒れてきた。








永い 


永い夢を見た


「お早う。気分はどうだい?」

知らない男の声がする。あっちは私を知っているのだろうか。どうでもいい、と不意に思った。

「君は十年間眠ったままでいた。君の体はある事件のせいでボロボロになってしまった。たとえば君は自分の力で歩くことができない。倒れた柱の下敷きになって、足の神経が焼き切れてしまったからだ」

確かに 私の折れ曲がった下で横になっている二本の脚というものは、感覚が感じられなかった。動かない。というよりも、どうやって動かしていたかも思い出せない。

「……藤島美羽ちゃん。目を覚ました感想は?」

男が声の調子を変えて聞いてきた。私は思った通りに、その問いに答えた。

「―――――――悪くないわ」

その答えに驚いたように、男が口を半開きにする。

「驚いたな……君は十年間眠っていた。すなわち頭の中は未だ5歳にしか満たないはずだ。それがこんな的確な受け答えができるなんて……」

男の返答を聞いて、私は不機嫌になった。眠り姫が目覚めたら祝福するくせに、私の場合は可笑しいというのか。何だか訳が分からなくなってきて、私は拳で動かない脚を叩いた。

「―――――おやつにしよう」

「……何だって?」

「ママもいっしょに食べよう。……そう、家に帰って」

急に独り言を言い始めた少女に、男が困惑する。

「い、一体どうしたんだ、急に」

「家……合図はベルの音。カエルさんの時計。苺のショートケーキ、ママは紅茶ね」

涎を垂らして、少女は言った。

「……パパ、早く帰ってきてね。いっしょに食べてあげるから」







再開発の進む都市部の中に、深い森は佇んでいた。
開発の手が届かなかったのか、それとも土地の所有者の意向か。ともかくその森は都市の中で孤立していた。
空から見れば、ゴルフ場よりも小さな緑色の点がビル群や住宅街に埋もれているのが映っただろう。
側で見れば、その深く色濃い深淵はそう簡単には人を踏み込ませんとする威圧感があった。
しかし、それでもこの森に忍び込んでは行方知れずになる者が後を絶たない。
理由は単純明快。ある噂のせいである。
この森の奥にある屋敷に、【魔王】が住んでいるという噂だ。
ある者はこれを聞くと森に立ち入ろうとしなくなるが、また別のある者はしきりに森に入りたがろうとする。
そして入って行ったが最後、戻ってくる者はいない。
森に一体何があるのか、私たちは知る術を持たない。
ただ、更に別のある噂を参照する限り、森には木造の家が建てられており、そこには一人の少女が住んでいるらしい。
脚が動かないので、車いすに乗っている。割れたカエルの時計を抱え、けたましいベルの音を鳴らし続けて。
にわかには信じがたい噂ばかりだが、情報が他に無い以上仕方がない。
さて、私はこれからその真相を暴きにその森へと潜入する。
生きて帰れないかもしれない。むしろその可能性の方が高いだろう。今まで生きてあの森から帰ってきた者はいないのだから。
ただ、一つここで明らかにしておきたいことがある。
なぜその少女が魔王と呼ばれているのか、ということだ。
十数年前の新聞記事を見ると、森の中の家で昔火災があったらしい。それで家は一度全焼したが、数年前にまた建て直された。
そして建て直されたのとほぼ同時期に、地元の新聞にこのような談話が載っていた。内容を要約すると……
「森の中には絶対に踏み入るな。あそこに住んでいるのは人ではない。魔王だ」
おそらくこれが一連の噂の根源となったのだろう。この談話をした人物は興味深いことに、その火災で生き残った藤島美羽という少女の担当医師だったらしい。
藤島美羽が病院でどのような治療を受けていたかは私の察するところではない。ただ、藤島美羽は家が再建された二日後にはその病院を退院していた。

何もかもが興味深い。たとえ命の危険が待っていようとも、踏み入らないわけにはいかない。

私を愚かだと嗤う者もいることだろう。だが私はあえてその魔王の罠に嵌ってみようと思うのだ。

生きて帰れる保証はない。よってこの手記はある種私の遺言になるだろう。

だからこれは私から諸君へのメッセージだ。魔王とは何か、その問いを発し続けていればいずれ真実へとたどり着く。

信じて疑わないことこそが力なのだと。信じてくれ。

では、また機会があればどこかで会おう。(6/9)


読裏新聞本社記者 岡本英明 







少女は待ち続けていた。

パパが帰ってくるのを。

割れたカエルの時計を抱いて。

ずっと ずっと。


また玄関が開いた。男の背恰好をしている。

パパだ。

「き、君が魔王か……?」

男が声を発する。会いたかった。パパ。こっちへ来て。今度こそ私とママを連れてって。

「や、止めてくれ。僕はただ真相が知りたいだけなんだ。本当に君が―――――」

聞こえない。少女の、魔王の耳に人間の声は届かない。

手をのばす。男は悲鳴を上げた。

「やめろ。やめてくれ。お願いだ。助けて、だれか助けてくれ。助け――――――」

声が途切れ、男がこと切れる。

少女は倒れた男の顔を覗き込んだ。

違う、パパではない。別の誰かだった。

「パパ、お願い。早く来てよ」

そして今宵も



魔王は佇む 少女の姿で
メンテ
中二病な俺とノリのいい彼女と最終回 ( No.154 )
   
日時: 2012/06/11 23:47
名前: 空人 ID:5DiYTvJQ

 決戦の場は夕日に浸され、俺と宿敵とを紅に染める。
 これから始まるのは、俺達の未来を左右する大事な戦いだ。その場を包む緊張感に、頬を流れ落ちる汗にさえかまっている余裕もない。こんな事ではいけないと、まずは宣戦布告をするために震えだそうとする足を叱咤し、ゆっくりと呼吸を整える。息を吸い込み、いざという瞬間。
 しかし沈黙を破ったのは、低く抑えられた奴の声だった。

「よく来たな。待っていたぞ、ユウシャよ」

 出鼻を挫かれ焦る。
 しかし、それをおもてに表したりはしない。隙を見せるわけにはいかないのだ。
 奴は俺の名を既に知っているはずで、その自分を示す通称で呼ばれたという事は、こちらとしても、それに便乗してやるのが筋だろう。

「逃げ出さなかった事を褒めてやるよ、マオウ」

 強大な力を持つマオウは、その台詞を滑稽に思ったのかもしれない。クックッと声に出して笑う奴の姿に、俺の中の血が滾り、思考にも熱を帯びさせる。
 だが、冷静にならなければいけない。ここで下手を打てば、今日のこの場を用意し、今も奴の信者たちを抑えてくれている仲間たちの、熱い期待をも裏切る事になってしまうのだ。
 心を静め、奴を陥落させる為に用意した決戦兵器を掴む手に込める――想いの全てを。


 *


 それは、俺がこの世界における極一般的な教育機関で、新たなる学年へと無事に進級を果たし、早二ヶ月程が経過した頃だった。それまで至極平和に過ごしてきた俺の日常に、一石を投じる出来事が起こったのだ。

「おらぁ、お前ら席に着けぇ!」

 街の闇に蔓延る悪党のごとく声を荒げ教室の扉を開け放ったのは、我らが担任さまだった。何らかの事件や非常事態があったというわけではなく、日頃からこのような態度なのだから始末が悪い。しかし学友たちも慣れたもので、その声に怯えることも無く各自自分の席へと戻る。
 ちなみに担任は女性である。そのような態度だから現在まで嫁の貰い手が無いのだというのが、我々生徒一同の共通の認識なのだが、それを指摘するような勇気ある者は居ない。
 もしかしたら、勇者の血を引く自分こそが申し出るべきなのかもとも思う事もあるのだが、彼女が以前、失態を犯した生徒に施した説教という名の罵詈雑言を長時間聞き続けていられる程の覚悟は持ち合わせていない。
 さて、我らが担任さまの話は置いておいて、問題は彼女に続いて教室に入ってきた存在の方にある。

「授業を始める前に、お前らに新しく級友となる生徒を紹介するぞ」

 教室が静まり返ったのは、担任さまが乱暴に教卓に投げ放った出席簿の音に皆が驚いたからではない。そこに現れた少女がそれまで教室を包んでいた雰囲気を一変させるような空気をまとっていたからである。

「はじめまして、黒木真央です。よろしくお願いします」

 静まり返る教室に、その声は染み渡るように広がる。奴は今、マオウを名乗ったのだ。
 それを指摘しようとする声は上がらなかった。その後に聞こえてきたのは、男子生徒の息をのむ音と女子生徒のこぼれる吐息のみ。
 美しさと括るには整いすぎていて、清楚と語るには艶やかすぎた所作でもあった。浮かべし笑みに虜となるものはこの先も後を絶た無いであろう事を容易に感じさせる。それほどの存在感を撒き散らす女性だったのだ。
 しかしその魅了の力も、俺の中の勇者の力には及ばない。否、苛烈なまでに反応するこの血潮こそが、俺の脳裏に警鐘を鳴らすには十分な威力を持っていたのだ。


 その後も彼女のもとに膝を折るものが続々と現れた。
 彼女がその類い稀なる語学力を発揮した時、秀でた運動能力を見せつけた時、調理実習で味付けを失敗して泣きそうになっている時などに、その数は着実に増していく。
 自らを信者と称する彼らは、基本的に彼女に対して、そして彼女を見守るのみの連中に対しては不可侵を決め込んでいる。だが、彼女への一定以上の距離を縮めようと近付くものが居たならば、その者への粛清は凄惨たるものであったと伝え聞く。
 学園を侵食していくその様は、まさしく魔王そのものであった。

 このままではまずい、そう思い始めた矢先に機会は訪れる。
 それはある日の昼食時の休憩時間。俺が屋上のいつもの場所で持参した弁当を食べ終えた時分のことだった。特に景色が綺麗なわけでもない屋上は、常時閑散としている。ましてや出入り口の上にまで足を運ぶ奴など滅多に居ないので、一人になりたい時、考え事をしたい時などに重宝しているのだ。
 この日も屋上は俺一人。グランドを駆け回る生徒たちを見下ろしながら、この学園の未来を憂いていた時だった。
 不意に入り口の開閉する音がしたので覗き込むと、そこにはかの魔王の姿があったのだ。

「……まったく、どうしてああもつるみたがるのだ人間どもは。用を足す時すら一人ではいられないというのか。何という脆弱なのだ。」

 周囲に人が居ない事に安心したのか、彼女は取り巻きの女子生徒に対する愚痴をこぼし始めたようだ。コッソリと人目につかないところで他人の陰口を叩くなど、なるほど邪なる者らしい所業である。
 しかしこれは好機かも知れない。この彼女の悪態を校内に広めてしまうのはどうだろう。俺が自分から吹聴するのはまずいだろうが、噂好きの女子にことを話せば十二分に足りる。
 或いは彼女の侵攻を止める結果となり得るかも知れないのだ。

「――――何者だっ!」

 小さく笑みをこぼした気配を捉えられたのか、振り向いた彼女の黒い瞳に俺の姿が映りこんでしまった。ここでコソコソ身を潜めるのは勇者の血が許さない。堂々と立ち上がり、宿命の相手を見おろす。

「級友の顔をまだ覚えきれていないようだな、優等生さん」

 少々ガラの悪い物言いになってしまったことは否めないが、それでも彼女の顔が失態に歪むのを拝めたのは愉悦に値する事だろう。

「転校してきて一週間かそこらで、顔と名前を一致させろって言うほうが横暴だ。……名のりなさい、特別に覚えておいてあげるわ」

 おそらく彼女は、自分の今の立場を理解しているはずだ。その上で横柄な物言いを止めようとは思わないらしい。ここで下手に出る必要は無い。しかし、名を問われて告げないのは正義の名に恥じる行為だろう。

「覚えておくが良い、俺の名は社。社優司だっ!」
「やしろ……神に仕える者の名。……貴様、ユウシャかっ!」

 名前を告げてだけ看破されるとは思っていなかったが、元より隠すつもりも無い。

「ようやく気付いたようだな、黒木真央……いや、マオウと呼ぶべきかな?」

 マオウの黒く大きな瞳が見開かれる。そして睨みつけてくる凶暴な視線は、しかしすぐに楽しげな笑みへと変わる。凶暴な視線はそのままに。

「私をそう呼ぶということは……覚悟が出来ていると思って良いのかな?」
「ああ、俺は逃げも隠れもしない。だが――」

 正式に彼女の名前を呼ぶ。それが彼女に挑戦する者の作法らしいことは、すでに学園中の周知となっている。しかし今は装備が心許無い。彼女だっていきなりでは準備不足だろう。

「明日の放課後、三階の空き教室で待っているがいい。その時こそ、決着をつけてやる」
「ふん、まあ良いだろう。楽しみにしているよ、貴様の足掻きをね」

 素早く出入り口の上から飛び降りた俺は、おそらく未だに睨みを利かせているであろうマオウに一瞥くれてやることもせず、屋上を後にした。





 その後、俺の行動は迅速だったと言えるだろう。情報通の友人に連絡して、今回の切り札となる武器を取り寄せて貰う事。頭の切れる友人と相談して、信者たちを抑える作戦を考える事。三階の空き教室は、とある事件から人が寄り付かなくなってはいるが、一対一の戦いに邪魔が入らないように万全を期すため、見張りを立てる事など。考えうる全ての条件を打破していったのだ。

 そして終に決戦の時。
 窓に映る校庭の桜は花の時季を終え、夕日に染まる葉を不気味なまでに蠢かせている。この戦いを嘲笑うかのように。
 先手を取る事には失敗したものの、切り札はまだ手の中にある。俺はゆっくりと彼女に見せつけるように二つの“けん”を引き抜いた。白金に装飾されたそれらは沈みゆく陽の光を受け、人を魅了するほどの煌きを放っている。
 その威力はマオウにも理解できたのだろう。表情を抑え動揺を隠しているつもりなのかもしれないが、動きが止まり、視線だけが“けん”を追っているのが分かる。

「これが何か分かっているようだな」
「ええ、そうね。噂には聞いていたけど、まさかお目にかかれるとは、ね」

 “けん”の輝きが眩しいのか、目を細めながらも視線は動かない。このまま言葉のみでマオウを陥落できるかもしれない。そんな欲目が出てきたとしても、誰も俺を責められないだろう。

「そ、それで? その“けん”でどうする気だ?」
「ふっ、知れた事。コイツはお前への……っ!」

 決定的なところで、俺は言葉を飲み込む事となった。突然教室の扉が大きな音を立てて開かれたのだ。そして、そこに現れた人物はこれまでの空気を打ち砕き、鬼の形相で俺たちを怒鳴りつけてくるのだった。

「こるぁっ! 貴様らっ、こんな時間まで校内に残って何をやってるんだっ! さっさと帰らんかぁ!」

 腕を組み仁王立ちで喚いているのは、我らが担任さまだった。おそらく見張りに立っていた友人をも蹴散らしてきたのだろう。
 俺は反射的に“けん”を引っ込める。どうやらコイツの存在に気付いてはいなかった様だが、もしもこんな物を持ち込んだことがバレれば、今の怒りは数十倍となって跳ね返ってくる事だろう。

「す、すいません。すぐに帰ります」

 ペコリと頭を下げる優等生に習って、俺も同様にお辞儀をするとそそくさと廊下に逃げ出した。
 ピシャリと閉ざした扉の中を窺うが、担任さまがすぐに出てくることは無かった。もしかしたら、教室が荒らされていないか確認しているのかも知れない。
 とりあえずの危機が去った事に、俺も彼女も小さく息を吐き出し、勢いの挫かれた互いの表情を見合う。

「なかなか面白い趣向だったよ、ユウシャくん。用意した得物も素晴らしいものだった。だが、タイミングが悪かったな」

 そう言い残し、マオウは俺に背を向けた。この機会を無駄にするのは惜しいが、俺の気持ちとしても仕切り直しが欲しいところだった。まあ、こっちの意図は彼女に伝わっただろうから、良しとする。悔恨の思いを飲み込みつつ彼女の背を見送るため目線を上げると、不意にその足が止まる。

「ああ、そうそう。次回も期待している、と言っておこう。出来るならその“けん”の期限が切れる前に、もう一度場を設けてくれると嬉しいのだがね」

 ハッとして懐から券を取り出す。友人が用立ててくれた大型アミューズメントパークのフリーパスポート、プラチナチケットだ。期限もまだ一ヶ月はある。屋上での彼女の悪態を俺が知っている以上、彼女が俺の誘いを簡単に断ることは出来ないはずだ。再戦は近いうちに果たされるであろう。
 一抹の希望と共にチケットを握り締め、俺はリベンジを誓った。

「ああっ! 必ずお前にコイツを受け取ってもらうぞ。首を洗って待っているがいいっ!」

 声は廊下中に響いたかもしれない。しかしそんな事は些細なものだ。希望はまだ俺の手の中にある。


 ――俺たちの戦いは、これからだっ!





〜END〜
 ご愛読ありがとうございました。空人の次回作にご期待下さい。
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
パスワード (記事メンテ時に使用)
コメント

   クッキー保存