ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 【九月期のお題は「  」】お題小説スレッド【八月期お題「過去のお題から三つ選ぶ」:作品投稿期間】 ( No.180 )
   
日時: 2012/08/01 00:32
名前: 企画運営委員 ID:94wVrVP.

第16回「過去のお題から三つを選ぶ」の作品投稿期間となりました。
作品投稿期間は8月1日(水)〜8月15日(水)までとなります。
ルール説明>>002 及び下記の注意事項を熟読の上、ご参加ください。
皆様の力作お待ちしております。

※どのお題を選んだのかわかるように、題名に記載してください。
例) 「桜」「毒」「ジュース」を使って「カニクリームコロッケ戦争」という話を投稿したい場合
  『桜、毒、ジュース:カニクリームコロッケ戦争』
  と、題名に記載してください。
※以下の16個のお題から、三つ選んで下さい。
魔法、出会い、宝物、雨、剣、毒、あかり、時間、ジュース、誕生、始まり、爆発、さくら、ジョブ・ナレーター、魔王、擬音
メンテ
毒、擬音、あかり:ヨーちゃんとルゥちゃんの終わらない夢 ( No.181 )
   
日時: 2012/08/01 20:09
名前: 十一日 ID:.jIYq5lo

 まったく、アイちゃんがいつ目を覚ますのかわからないものだから、ヨーちゃんもルゥちゃんも、荒れ果てた教室の中で、妖精たちと対峙するばかりである。いくら捕まえて握り潰しても、そこらへんをぶんぶんと飛んでいる妖精の量が減ることはない。
 その妖精というものは、ひどく醜くかった。姿は、毛のない鼠と言ってよろしい。その背にはまるで蝉のような羽が生えていて、美しさのかけらもない。握り潰せば、へんな液体が飛び散って、ヨーちゃんとルゥちゃんの綺麗な顔、そしてセーラー服を汚す。ふたりとも、いい加減にこの作業にはうんざりとしていた。
 まずはじめに悪態をついたのは、ルゥちゃんのほうだった。ルゥちゃんは口をとがらせ、ぶつぶつと文句を言い出す。
「ねえ、もう、やめようよ。意味ないよ、こんなの」
 そう言いながらも、ルゥちゃんはまた一匹妖精を捕まえた。手の中で妖精はバタバタと暴れたが、ルゥちゃんはそれを容赦なく握り潰す。液体がはねて、それから妖精の肉体は溶けるように消えていく。はじめは妖精退治に抵抗していたものの、いまでは躊躇することなど忘れてしまった。
「駄目だよ」とヨーちゃんが言う。「できる限りのことはしないと」
 ようするに、ヨーちゃんとルゥちゃんはアイちゃんの夢の中の住人で、その中での唯一の人間だった。アイちゃんというひとりの少女の夢の中にいるからには、なんとしてでもアイちゃんの幸せな夢を作り上げなければならないし、アイちゃんの夢を守らなければならない。だから、見るからに邪悪なこの妖精を、延々と退治し続けている。
 ルゥちゃんはつかれて、そのへんにあったボロボロの椅子に座り込んだ。すると、椅子はすぐに崩れる。グシャン! と大きな音がして、「きゃあっ」。ルゥちゃんは尻餅をついた。
 それを引き金としたように、ルゥちゃんは子供のようにわあわあと泣き出してしまった。
「もうやだよお、もうやだよお、おうちに帰りたいよお、こんなことしたくないよう、アイちゃんはいつになったら起きてくれるの、ここはアイちゃんの夢の中なんでしょう、アイちゃんはなにを考えているの」
「ルゥちゃん」
「帰りたいよー!」
「ルゥちゃん、しっかりして」お姉さんのヨーちゃんが、泣きじゃくるルゥちゃんを立ち上がらせて、そう言った。「帰りたいのは、わたしも一緒。でも、まずはここをどうにかしなきゃ。アイちゃんはねきっとつらいの。わたしたちよりもずっとつらいのよ」
 ヨーちゃんにそう言われるとルゥちゃんは納得したようで、腕で涙をごしごしと拭きながら黙って頷いた。
 すると、教室のスピーカーから、女の子の叫び声がする。ギイイイイ、とそれは反響した。あまりにも大きな音だったので、ヨーちゃんとルゥちゃんははっとして耳をふさぐ。妖精たちは、吸う酸素を失ったかのように喉をおさえもがき苦しみ、床にぽとぽとと落ちて、一気に消えた。
 スピーカーからの叫び声はとまらない。叫び声というよりはまるで雑音に近いもので、ヨーちゃんとルゥちゃんの鼓膜を破くような勢いだった。
 この叫び声は、きっとアイちゃんのものだ。そうふたりが思ったとき、スピーカーからの叫び声は止んで、教室のドアが開く音がする。だれか入ってきたのか。ならば、ドアのほうを見てみればよろしい。しかし、そこには誰もいない。
 ぺた、ぺた、と子供が歩いてくるような歩く音がして、それはやがて黒板の前で止まった。汚い黒板に、文字が浮かび上がっていく。

《ママ ママ ごめんなさい こわいよ ゆるしてよゆるしてよ》

 幼い子どもが書いたような、乱雑な字だった。ヨーちゃんとルゥちゃんは顔を見合わせる。「アイちゃん、アイちゃんなの」とヨーちゃんがきいてみても、教室の中はしんとしていて、ヨーちゃんとルゥちゃんの呼吸する音がきこえてくるほど。ヨーちゃんにたいする返事はないままに、黒板にはどんどん文字が浮かび上がる。

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいママごめんね》

 文字のほかに、絵が浮かび上がった。子どもがかいたような、女の子と女の人。ふたりは笑っていて、右端には太陽が浮かぶ。《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》文字は続く。ルゥちゃんはなんとなく気持ち悪くなって、手で口をおさえた。そうして、すぐに、胃にあったすべてのものを吐いてしまった。ヨーちゃんが、うずくまったルゥちゃんの背中をさする。
 ルゥちゃんを追い立てるように、更に黒板が悲鳴を上げた。爪で引っ掻くような、あの気味の悪い音がする。キュイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイと、それは鳴り続けた。

 キュイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイイイイイキュイイイイイキュ、イイイイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイ、キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイイ

 もう、ルゥちゃんは、泡を吐いてしまう。それで白目を剥いてそうしていたけれど、ヨーちゃんはそんなルゥちゃんをなだめるようにしながら、暢気な調子で口を開く。
「アイちゃんはねー、つらいんだよ」
 ルゥちゃんは、嗚咽をもらしながら我に返って、答える。「知ってるよ」

 キュイイイイイイイイイイキュイイイイイイイイイイイイ

「アイちゃんのお母さんねー、こわいひとなんだって」
「そうなの」

 キュイイイイイイイイイイイイ

「うん。このあいだルゥちゃんが寝ちゃったときに、アイちゃんの声がきこえてきて、そう言ってた。お母さんのことね、こわいって言ってた。だからねアイちゃんのお母さんこわいんだよ」
「それは、知らなかった」

 キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ

「ねえ、でも、幸せそうだね」

 音は止まった。

 なにが? と、ルゥちゃんが首をかしげると、ヨーちゃんは黒板を指差して笑った。「ほら、あの絵。アイちゃんがいて、お母さんが笑っていて、太陽は光ってるでしょ。お散歩しているみたい。幸せそう」
「アイちゃんは、お母さんと、お散歩したことあるのかな」
「わからない」
「アイちゃんは、お母さんのことが好きなのかな」
 ヨーちゃんはなにも答えなかった。
「ねえヨーちゃん。でもねアイちゃんはきっと今ほんとは幸せじゃないよ。だってあの黒板気持ち悪いでしょ。それに、ヨーちゃんもきいたでしょ、あのスピーカーからの声を」
 あの、人間として生きることをやめてしまったような、動物の金切声を。
「わたしアイちゃんに幸せになってほしい」
 口に泡をつけたままそう言って、ルゥちゃんは立ち上がる。
 それはわたしも。ヨーちゃんはそう言おうとしたけれど、その前にまず異変に気づく。こちらに向かって、なにか大きなものが歩いてくるような音がした。そう、ちょうど、巨人が歩いてくるような。ドシン、ドシン、とそれは続く。ヨーちゃんとそれからルゥちゃんは、割れた植木鉢がたくさん散らばっているベランダのほうに顔を向けた。
「あ、あれ」ヨーちゃんは向こう側を指差す。「アイちゃん!」
 ふたりとも、慌ててベランダに出て、ぎゅっと柵をつかんで向こうを見た。白い星がキラキラと輝く青いお昼の空の下、ずっとむこうに、ふたりの何倍も大きなアイちゃんがいて、そこで立ち止まっていた。ふたりと同じセーラー服を着ていて、横を向いている。
「アイちゃん、アイちゃん!」ルゥちゃんが叫んでアイちゃんのことを呼んだ。
 すると、ぼうっとした表情で、アイちゃんがこちらを向く。綺麗な髪が、やさしい風に揺れて、アイちゃんの小さな唇は蠢いた。「ルゥちゃん。ヨーちゃん」
 アイちゃんがこちらに気づいてくれたのが嬉しくて、ルゥちゃんの瞳からは勝手に涙が流れた。ぽろり、とそれはこぼれて、ルゥちゃんはまたアイちゃんの名前を呼ぶ。
「アイちゃん」
 アイちゃんは、数々のビルやおうちを踏んづけながら、こちらにゆっくりときた。アイちゃんの肌は真っ白だな、とヨーちゃんは思った。白い星、白い太陽の光に照らされたアイちゃんの肌は、ヨーちゃんとルゥちゃんの肌よりも白く、かよわい印象を受けた。
 やがてアイちゃんはベランダのほうにやってくる。そして膝をついて、ふたりと視線を合わせた。
「アイちゃんあのね」ルゥちゃんが早口でアイちゃんに話しかける。「アイちゃんわたしがんばったの。ヨーちゃんといっしょにがんばったよ。アイちゃんに幸せになってほしくてねそれでずっとがんばってた。それはヨーちゃんもおなじだよ、ね、ヨーちゃん」
 ヨーちゃんはうつむいたままなにも言わない。
 ルゥちゃんはアイちゃんを見上げた。まだこみあげてくる涙を強引にぬぐいつつも、
「だからねアイちゃんあのね心配しなくてもいいよ。もうきっと夢もこわくないよ。わたしたちがいるからだいじょうぶ。起きて、また寝るときも、こわい夢、きっと見ないよ」
 アイちゃんは黙っていた。そうして、ほんのすこし悲しそうな表情を見せて、アイちゃんはこちらに手を差し伸べた。
「ルゥちゃん、おいで。ヨーちゃんも」
 ルゥちゃんは柵を越えて、アイちゃんの掌の上に舞い降りた。アイちゃんの指は細く、長く、綺麗だった。しばらくして、ヨーちゃんもアイちゃんの掌で立つ。
 アイちゃんの瞳は、まるで死んじゃったみたい。まつ毛は長く、お人形のよう。でも中身にはきっと、わたしたちと同じで、おが屑がつまっているんだろうなあ。ぼんやりとルゥちゃんはそんなことを思った。
 そんなルゥちゃんの隣で、ヨーちゃんは泣き出した。ヨーちゃんが泣くことはいままで一度もなくて、ヨーちゃんはルゥちゃんのお姉さんだったのに、ヨーちゃんは声を上げて泣き出したのだ。ヨーちゃんはこれまで我慢し続けていたのだ。それで、アイちゃんの瞳に見つめられて、泣いてしまった。やっと、認めてもらえたような気がしたのだ。
「二人ともありがとう」
 アイちゃんがかすかに笑った。アイちゃんの吐息は春の風のようにやわらかくあたたかい。
 アイちゃんは、二人を乗せた手を顔の近くに寄せた。
「いままでごめんね。でも、わたし、もう大丈夫だよ」
 ヨーちゃんとルゥちゃんは顔を見合わせた。
 アイちゃんの手にすこし力がこもったのを足元で感じたとき、ふたりは強く手をつないだ。
「ごめんね。ありがとう。さようなら」
 アイちゃんはそう言って、ふたりを握りつぶした。



「ああ、アイちゃん、起きたのね! よかった。今、お医者様を呼んでくるから。そう、もう、大丈夫。もう、つらい思いをしなくてもいいのよ。あのお母さんのことは考えなくていいし、これからは、おばさんがアイちゃんのお世話をしますからね。ああまだ起き上がらないで。お腹の傷が痛むでしょうから。じっとしてて」
 目が覚めると、見知らぬ病室の中にいて、見知らぬおばさんがアイちゃんにせわしなく話しかけた。すぐにおばさんは出ていく。いや、しかし、あのおばさんはどこかで見たことがある。そうだ、おばあちゃんのお葬式のときに、見たことがあるかもしれない。あれは、お母さんのお姉さんだ。
 お母さんに刺されたお腹は、たしかにひどく傷んだ。アイちゃんは息をひとつはいて、ふと窓の外を見る。
 ずっと遠くにある建物の上にはヨーちゃんとルぅちゃんが立っていて、手を繋いでこちらを見ているのが、一瞬、確かに見えた。
 ふたりは、幸せそうに笑っていた。


〈了〉
メンテ
時間・出会い・魔法:茨姫 ( No.182 )
   
日時: 2012/08/08 09:07
名前: にゃんて猫 ID:13DS.4dM






少女は花を植えていた。広がりのない世界で。ただ、花が好きだったから。

男は少女を殺した。広がりのない世界で。ただ、花が嫌いだったから。



「どうして分かり合えないのかしら」

少女は男に言った。

「どうして分かり合う必要がある」

男は答えた。



「何度花を踏み潰されても、私はまた花を植えるでしょう」

茨に足を取られた少女は言った。

「どうしてお前は花を植えるのだ」

男は問うた。

「それが定めだから」

少女は答えた。



「花が好きなのか」

男は少女に尋ねた。

「はい」

少女は笑った。

「俺を愛しているか」

男は問うた。

「ええ」

少女は眼を閉じて言った。



「囚われの姫を助けにきた騎士気取りなのでしょう?」

茨姫の少女は言った。

「そうだと言ったら?」

騎士の男は問うた。

「囚われてなどいません。私は花が好きなのです」

茨姫の少女は冠を捨てた。



「茨の中に眠る姫君よ」

男は呼んだ。

「いいえ、私は花を植えているだけです」

少女は首を振った。

「その茨の花には人を惑わす毒がある。早くこちらへ」

男が手を差し出した。

「いいえ、私は毒に犯されてなどいません」

少女は首を振った。



迫り来る茨のつるを斬り伏せ、騎士の甲冑を身につけた男が現れた。

「俺は花が嫌いだ」

毒の花が華美に花開く。それを黄金の剣で斬って捨てた。

「私は花が好きです」

茨の向こうで、冠を抱いた少女が啼いた。



「眠り姫はどこにいる」

男は探した。

「眠り姫はきれいな花をつけた茨の中にいるよ」

魔女は嗤った。

「ならば茨を薙ぎ倒し、姫を助けよう」

男は広がりのない世界へ足を踏み入れた。



「人を探しているんだ」

男は人々に聞いた。

「それは一体どんな人か」

人々は男を王と呼んだ。

「美しい少女だ」

男は人々に教えた。

「それはきっと、東の森の『眠り姫』に違いない」

人々はそうだ、きっとそうに違いない。と口々に言った。

「東の森のどこにいるのだ」

男は問うた。

「森の魔女に聞けば分かるだろう」

人々は答えた。



「私は花を探しに行きますね」

少女は言った。

「幻の花だ。見つかるわけがない」

男は言った。

「見つけたら、種を植えて増やしましょう。そして、あなたにも与えましょう」

少女は言った。

「花が好きなのか」

男は少女に尋ねた。

「はい」

少女は眼を閉じて言った。

「俺を愛しているか」

男は問うた。

「ええ」

少女は笑った。



少女は男と出会った。のちに一国の王となる男である。

少女は一目で恋に落ちた。男も少女に恋をした。二人は深く結ばれた。

ある時、男は傭兵として戦争に行くことになった。花の咲かない荒れ地に。人を殺しに行くのだと。

ある時、少女は花を探しに行くことにした。この世で一輪しかないと言う。茨に咲く幻の花を探しに。

こうして、二人は―――――



ああ、そうだろう。何度でも繰り返すのだ。何度でも。



「その花は一度だけ願いを叶えることができる花だよ。魔法の花だよ」

魔女は嗤った。

「魔法なら、どんな願いでも叶うのだろうか」

男は問うた。

「叶うさ、どんな願いでも」

魔女は嗤った。

「ならば、出会ったあの時まで戻りたい」

花が萎れ、そして世界は巻き戻った。



黄金の剣が少女の体を貫いた。

「ああ、俺は何ということをしてしまったのだ」

男は嘆いた。もう動かないその肢体に顔を埋めて。

「花を」

どこからか声がした。少女の声だった。

「幻の花か。この花が」

男は少女の手から美しい花をそっと取った。

「これが、お前が私に与えると言った花なのか」

男は啼いた。



少女は花を植えていた。広がりのない世界で。ただ、花が好きだったから。

男は少女を殺した。広がりのない世界で。ただ、花が嫌いだったから。

そして繰り返すのだろう。何度でも。その真っ直ぐで交わることのない愛を。

永遠に。



fin.
メンテ
魔法、出会い、宝物:ずっと一緒に ( No.183 )
   
日時: 2012/08/14 02:18
名前: If◆rf3Ncl3QUs ID:/KAfOrrk

※原稿用紙30枚超えてます。批評の際は大きな負担になるかと思いますので、お忙しい方はスルーしちゃってください。すみません。

 どうしても勝てない人が二人いた。一人は親友、もう一人は思い人。
「おまえはこうだから三位どまりなんだ」
 十年の在学中一度も漏らさず首席を取り続けて卒業したらしい父は、事あるごとに私にこう言った。悔しくはあったけれど、いつか見返してやればそれでいいと思っていたから、私は焦ってはいなかった。
 その父が仕事で両足を失った。
 父は職を辞す他なかった。以降も時折激痛が全身を襲う後遺症に悩まされ何の職にも就けない。父は私に何も言わなくなった。目標を見失った私はしばらく無気力になったが、私は長女、病弱な母や幼い妹弟のためにもしっかりせねばと奮い立った。そうして決意する。
 今年こそは首席を取る。
 今、収入源を失ってわずかな補償金のみで生活する私の家に高額の学費を払える余裕はない。だが首席になればその学費は全額免除される。名門レティセアークで就学しているとはいえ、中退してはまともな職にはつけない。何としても卒業しなければ、家族全員を養う、ましてや妹弟二人を学院に入学させてあげられるお金を稼ぐことはできない。卒業は最低条件、そしてそのためには今年から毎年首席にならねばならない。
 その日から私は眠るのも忘れて、毎日狂ったように勉強し修行した。まさに死力を尽くして。首席にならねば、首席にならねば、首席にならねば。呪詛のように絶えず繰り返されるその言葉だけが唯一の支えだった。
 ところが、今年の進級認定試験を目前に控えたある日、私はあまりに非情な現実を知ることになる。
 努力では天才に敵わない。

 ◇

 一限、炎属性術。
「さすがだな、フィデル。今日もおまえが一番だ」
 課題を言い渡された直後だった。去年の首席フィデルはもう用意された点火台の全てに異なる色の炎を灯らせていた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。どれも鮮やかで美しく、明かりを落とした教室の中で煌々と輝いている。涼しい顔で立っている彼と、その傍らで教授が嬉しそうに微笑む顔がほんのり見えた。
 私はというと、まだ赤と橙の炎を出現させただけだ。隣にいる去年の二位アスナは青まで灯している。やはりまた敵わなかった、が、去年までの私なら炎を一つも出せていなかったかもしれない。確かに二人に近づけている。下を向かないために、全力で前向きに考えることにした。

 二限、魔法理論。
「――ゆえに魔法で死者を蘇らせることは不可能であると言わざるを得ません」
 予習は完璧でその通りに発表もできた。思わず口元を綻ばせる。
「よく勉強していますね、サリサ」
 教授の頷きも目にし、私はほっとため息をついた。のだが。
「教科書通りに言えばそうでしょう。しかし、必ずしもそうとは言い切れません。アスナ、あなたはどう思いますか?」
「死者を蘇らせることの定義によると思います。確かに死んだ人間を何もかもそのままに蘇らせることは不可能ですが、召喚魔法で一時的に精神を呼び戻すことは可能でしょうし、回顧魔法を使えば過去の姿を蘇らせることもできます」
 突然指名されたのに、アスナは思考の間を一切取らなかった上一度も言いよどまずにすらすら言ってのけた。私は思わず空気の塊を飲み込む。
「そうですね、よい解答です。今のアスナのように、論を組み立てるときは一方向からではなく多方面から様々な可能性を検討する必要があります。よろしいですか?」
 先ほど私に返してきた無表情の頷きとは違い、満足げな表情をして教授が言った。敗北感が押し寄せてくるが、大丈夫、今度は今言われたように教科書を読み込むだけではなくて、自分自身の論も組み立てておけばいいのだ。今日は一晩中その練習をしようと心に決める。まだ、大丈夫だ。まだ追いつける。言い聞かせるように呟いた。

 昼休み。
「先輩! あの、風属性の魔法を見てもらいたいんです。お食事後、ちょっといいですか?」
 学年で五本の指に入る生徒は、こうして後輩の指導を任される立場にある。中庭で弁当を広げていると、私の胸元に輝く三と記されたバッチを目にした後輩が三人、近寄ってきた。
「そうしたいんだけど、ごめんね。明日提出の課題レポートがまだ済んでいなくて。今日はこれから蔵書室で調べものをしようと思っていたの」
 私には他の人の勉強や修行を助けられる余裕も時間もない。今も一刻も早く昼食を終えて蔵書室に急ぎたいくらいで、申し訳ないが断った。
「試験、今日の四限なんです。ちょっとでいいんです。駄目ですか?」
「ごめんね……」
 暗い顔を俯けた三人のうち、一番左の子が誰かを見つけてぱっと表情を変えた。その視線を追うと、なんとフィデルがいた。友人数名と食事の最中だ。
「ね、じゃあフィデル先輩に教えてもらおうよ!」
「そうしよっか。先輩、ありがとうございました。またお願いしますね!」
 元気よく駆けて行った三人組は、その先でどうやらよい返事をもらったらしく、揃って飛び跳ねていた。また負けた気がする、いや、これは首席のためには仕方のないことだ。そう思うことで自分を納得させて、私はちぎったパンを口に含んだ。

 三限、魔法実践。
「はーい、二人一組になってー。今日は防御魔法の訓練をしますよー。片方が防御魔法を張り続け、もう片方は催眠魔法で攻める。相手が眠ってしまったら目覚めの魔法を使ってあげてねー。いいですかー?」
 ペアは成績順に決定された。私の相手は学年四位オルスだ。申し訳ないが、今の私なら彼には負ける気がしない。
「先どうぞ」
 お言葉に甘えて、先に催眠魔法をかけさせてもらう。呼び出した薄黄色の光はオルスの作った防御障壁を一度で破壊して、すぐに彼を眠りにいざなった。起こす前に、首席と二位の戦いを見学させてもらうことにする。飄々としたフィデルと意気込むアスナが対峙していた。
「どっちから?」
「あなたが先に防御魔法張って。行くわよ!」
 初っ端からアスナが全力で催眠魔法の連撃を叩き込んでいるのが分かったが、フィデルは顔色一つ変えずに拵えた防御魔法で完璧に防いでいる。アスナは時間が経つほどに頭に血を上らせて、攻撃はどんどん激しくなっていく。
「アスナ、落ち着きなさいよー」
 教授の声が響いたがアスナは無視した。いくらやっても一向にフィデルの防御魔法を破れる様子はない。そして。はっとした。アスナが使う光の色が濃くなったのだ。あれはきっと強制催眠魔法だ。七回生で学習するはずの魔法。練習場にざわめきが溢れた。今や生徒全員が二人の戦いを見守っていた。アスナが両手を使いありったけの力を込めて放った強制催眠魔法は、フィデルの防御魔法の障壁に触れた瞬間、ひゅんっと跳ねて彼女の方へ返っていった。私は目を一杯に見開いた。あれは反射魔法だ。八回生で学習する魔法のはず。
「は、反則よ!」
 抗議の声を上げるも今さら、アスナは自身の渾身の魔法を頭から浴びた。ぱたりと倒れた彼女は、このまま魔法の効力が切れるまで覚めない眠りにつくことになるのだろう。
 私は呆然とした。今度はどう考えても自分を奮い立たせることなんてできなかった。首席を定める進級認定試験まであと三日、こんなにも明瞭にあの二人との差を見せつけられては、もう。
 三限の授業をその後どう過ごしたかは覚えていない。終了のチャイムを聞く。ふらふら練習場を出ようとした私を、いつの間にか近づいていたらしいフィデルが呼び止めた。
「サリサ、ちょっと頼みがあるんだけど」
 こういう心理状況でなければ喜んだに違いないが、現在の私にそんな余裕はなかった。煩わしい気さえする。
「なに?」
「こいつ、女子寮まで……っていうか、おまえら相部屋だったよな? だったら部屋まで連れてってやってくれないか? 四限の教授には事情話しとくから」
 フィデルが指差したところには浮遊魔法で宙に浮かされたアスナがいた。なんだか気に入らなくて、つんとした返事をしてしまう。
「どうして反射魔法なんて使ったの? こうなるの、分かってたでしょうに」
 フィデルは優しい顔をしてアスナを見た。ああ、と思う。胸の奥がきりきり痛む。目を瞑ってしまいたくなる。
「最近寝てなかっただろ。こうでもしないと寝ないと思って」
「……優しいね」
「あんまり頑張られると首席取られるから、こっちも必死なんだ」
「嘘ばっか。いつも余裕でいるじゃない」
「そういうことにしといてくれよ」
「分かったわ」
「あと、おまえも寝ろよ。すごい顔になってる」
 自分の目の下をなぞって、フィデルはちょっと笑った。頼むな、と言い残して踵を返した彼の背中を見送る。
 分かる。フィデルがアスナに向ける目と、私に向ける目は何かが決定的に違う。きっとフィデルはアスナのことが好きだ。
 ふわふわ浮いたまま安らかな寝顔で私に運ばれるのを待つアスナを見る。大好きな親友だ、けれども今は妬ましくてならなかった。そして、そんな感情を抱く自分を心から嫌悪した。

 ◇

「あ、おはよう、アスナ」
 アスナが目を覚ましたのは夜半を過ぎた頃だった。何をするのも嫌になっていたはずなのに、まだ諦められずに教科書や参考書、辞書を広げて奮闘していたところだった。上半身を起こしたきり寝ぼけ眼でぼうっとしていたアスナの顔を覗き込みに行く。
「よく眠れた? よかった、ちょっと目の下の隈マシになってるよ。最近全然眠ってなかったでしょ?」
「えーっと、なんで私……ああ、そっか……」
 思い出したらしく、アスナは肩を落とした。そのまま溜息をこぼす。
「あいつもう反射魔法も使えるのね。やられたなあ」
「魔法実践の教授が呆然としてたよ。強制催眠魔法に反射魔法の撃ち合いなんて、とても六回生には見えないって」
「でも負けたし、嬉しくないわ」
「ほんとアスナは負けず嫌いね」
 不服げなアスナは次はどうしたら勝てるかを考え始めた。私も反射魔法を使えるようにならなきゃ。独り言が漏れている。これ以上離されては困る。遮るように私は声を掛けた。
「いつ強制催眠魔法なんて使えるようになってたの? 私、全然知らなかった」
「この間、ちょっとね。催眠魔法の練習してたらできるようになったの」
「術式理論は知ってたの?」
「ああ、私あれ嫌いなのよ。感覚頼りで実践的にやってみた方が速いわ」
 声を失った。術式理論も覚えずに感覚で魔法を会得することができるなんて、そんなことがあり得るなんて初めて知った。目の前のアスナが急に遥か遠くの存在に見えた。アスナもフィデルも、天才なのだ。始めから凡人には決して手の届かない高みにいるのだ。
 泣きたい気分だった。今まで精一杯の力でぴんと張り詰めていたものが、ぷつりと切れてしまった。もう永遠に立ち上がれないと思った。
「朝までどれくらいあるかしら。寝てる場合じゃなかったのに。このままじゃ今年もフィデルに負けちゃうわ」
 そしてアスナ自身も三位の私には目もくれない。自分より上にいるフィデル一人しか見えていないのだろう。どうしようもなく惨めになる。
「今年こそは首席を取りたいのよ」
「そうだね」
「頑張らないと」
「そうだね」
「どうしたら勝てるのかしら」
「そうだね」
「サリサ?」
「そうだね」
「ちょっと、サリサ!」
 身体を揺さぶられて我に返った。アスナが眉根を下げた心配そうな顔で私を見ていた。
「サリサ、大丈夫?」
「え……あ……うん」
「顔色悪いわ。熱は……ないようだけど、医務室に行きましょ」
「ううん、大丈夫。大丈夫……」
「大丈夫には見えないけど……そうね、やっぱり今日はもう寝ましょ」
 アスナが気遣ってくれているのが分かった。明るいと私が落ち着いて眠れないから、アスナも勉強をやめて眠るつもりなのだ。でもその心遣いが勝者が敗者へかける情けのように思えて、私は一人でますます惨めになっていく。
「おやすみ」
 アスナは私を布団に埋めてから自分のベッドに戻って、明かりを落とした。闇の中でひとり絶望する。
 勝てない。才能に差がありすぎる。二人がいる限り、私は首席になんてなれない。首席になれなければ学院を卒業できない。卒業できなければ就職できない。就職できなければお金はもらえない。お金がもらえなければ私の家族はどうなるのか。生活ができない。妹弟を学院にやれない。このままでは私の家族は破滅する。
 どうすれば首席を取れる? できる限りの努力はした。埋められない差というものを身をもって知っただけだ。時間があれば可能だったとしても、試験まではあとたった二日だ。もう努力ではどうにもならない。
 どうすればいいのどうしたら首席になれるのそんな手段がどこかにあるのでもどうにかしないとなんとかしないとだって私が卒業できなかったら家族がだけどどうにもならないなにもできない私はこのまま学院を中退するしかないのかもしれないでもでもでもそしたら――
 延々と下る思考はついに暗闇の底へたどり着いて、一つの恐ろしい答えを私に与えることになる。
 こうするしか、ない。

 ◇

「アスナ、フィデル。大事な話があるの。放課後、少しだけ時間をちょうだい。第三研究室で待ってるから」

 ◇

 召喚魔法でだけ、私はアスナとフィデルに肩を並べることができた。一番得意な魔法でさえ並ぶのがやっとだというのは悲しい話であるが、それでも天才の二人と同じ場所に立てるというのは私にとって誇りだった。唯一父親に褒められたことがある魔法でもあったから。
 その誇りだった召喚魔法で、私は今日、二人を陥れる。
 研究室の暗幕を全て引き終える。部屋は真っ暗になった。
 努力が足りないゆえに上に立つ者の足を引っ張ろうとする人間たちを、私はずっと軽蔑してきた。最も忌むべきものだと思っていたその行為に、私は今日、手を染めるのだ。嘲笑していた。ここまでくると惨めを通り越して愚かだ。しかしプライドを捨ててでも、どんなことをしてでも、私は首席にならなければいけない。こうするしかない。繰り返し言い聞かせることで無理やり納得する。
 紋を描き終え、中央に立つ。両手を広げれば淡い紫の輝きが暗がりに溢れた。
「……サリサ?」
 扉が開いた音がした。薄い光に照らされたアスナとフィデルが見える。一緒に来たようだ。同時に召喚も終わる。人ならざるものの息遣いが、静かな部屋の中でよく聞こえる。
「アルガル、施錠魔法」
 私の命に応えて、呼び出した魔法生物アルガルは天才二人の退路を断った。私の施錠魔法では二人には効力がないも同然だが、アルガルの魔力にはいくらなんでも勝てないはずだ。同じクラスの魔法生物を召喚するしかないが、そんな時間はあげない。
「サリサ、どういうこと? なんで施錠魔法なんか……それに魔法生物なんか呼び出して」
 浮遊魔法で浮き上がって白い鬣をそっと撫でてやると、アルガルは嬉しそうに鳴いた。
「ごめんなさい。でも、こうするしかないの」
「こうするしかないって?」
「私、首席にならないと」
「待ってサリサ、どういうことなの?」
 混乱しているアスナには答えを返さず、撫でる手を止めてアルガルに指示を出した。
「アルガル、いい? 使うのは強制催眠魔法だけよ。あなたの魔力なら、フィデルもアスナも三日は眠らせることができる。絶対に他の魔法は使っちゃ駄目だし、乱暴も駄目。いい? 二人に怪我なんてさせたら、私、二度とあなたを呼ばないからね」
「待ってサリサ!」
 アルガルは承知してくれた。立ち尽くす二人に向けて初撃を放つ。黄色い閃光が闇を裂いて走ったが、さすがは学年首席と二位、左右に飛び退って避けた。
「さすがに一回じゃ駄目だね。アルガル、いい子ね、もう一回。今度はちゃんと当ててね」
 耳の傍まで高度を上げて、顔を寄せて囁くように言う。アスナは焦っていたが、フィデルは落ち着いていた。先にアスナから狙うように命じる。
 光が集まって再び迸ろうとしたその瞬間、急にアルガルが呻いて震えた。逆側からフィデルが何らかの魔法を撃ったようだ。
「厄介なの呼び出したな。あんなの、オレの反射魔法じゃ跳ね返せない」
「アルガル、平気?」
 怪我をしていないか確認したいが、アルガルが大きな身体で暴れ始めたせいで上手く反対側へ回れない。
「アルガル、駄目! 落ち着いて、アルガル、駄目だって……あ、きゃっ」
 鎮めようと鬣に触れたのがどうやらいけなかった。一段と大きく振り回された長い首がちょうど腰に激突する。集中が途切れて浮遊魔法を継続させることに失敗し、私は勢いのままに弾き飛ばされた。壁にぶつかると、一瞬目の前が真っ白になる。
「あ……」
 頭を打ちつけた。くらくらするが、気を失っている場合ではない。歯を食いしばって意識を手繰り寄せ、瞬きを繰り返すうちに視力が少し戻ってくる。アルガルが怒りの矛先を私に向けたのが分かった。私を睨みつけて、私に突進してこようとしている。少し安心した。フィデルの方へ向かわないかと心配していたのだ。
 私でよかった。そうよ、私に怒って。私は悪巧みにあなたを利用したのよ、アルガル。私、親友と好きな人を罠に嵌めようとしたの。最低な人間なの。アルガル、私、もう駄目よ。殺してくれたっていい。
「サリサ!」
 アスナの呼び声が私を引き戻した。視界が完全に戻ってくる。いきり立つアルガルの傍で、アスナとフィデルが私を案じるような顔を向けていた。
「停止魔法な」
「え、そんないきなり」
 せーの。二人同時の合図、二人同時の魔法。二本の白い光線が直撃すると、アルガルはぴたりと動きを止めた。
「サリサ、大丈夫? 怪我はない?」
 駆け寄ってきたアスナが座り込んで私の身体を抱える。どうして優しくしてくれるの。私、ひどいことをしようとしたのに。堪えきれずに涙をこぼした。大声を出して思い切り泣きたかったけれど、突然響いた大きな音がそれを許さない。
「うわー、二人がかりでたったの三秒って」
 アルガルはまた首を振り回しながら四本の足で地団駄を踏み始める。このままではアスナとフィデルが怪我をしてしまうかもしれない。それだけは止めなくてはならない。
「アルガル、駄目って言ってるでしょ! 友達なの! 暴れないで! アルガル!」
 主の声も今となっては届かない。見境なく周囲の物の破壊を始めたアルガルを見て、アスナが立ち上がった。
「サリサ、こうなったらもう力ずくで黙らせるしかないわ。できる?」
 手を差し伸べられる。こちらからも伸ばそうとして、しかし躊躇った。
「私……私……ごめんなさい……」
 アスナは微笑むと腰を屈めて私の手を自ら取った。強い力で引っ張られて腰が浮く。助けられて、私も立ち上がる。
「何か理由があったんでしょ?」
「ごめんなさい……でもお願い、アルガルを傷つけないであげて。悪いのは私だから」
「分かってる」
「喋ってないで手伝ってくれよ。きついどころじゃな――」
 アルガルが次から次に放つ魔法攻撃を、フィデルは一人で必死に防いでいた。輝く障壁が彼の前に作られていたが、多くの魔法を受けたせいで大きく撓んでいる。
「フィデル!」
 アスナが高く叫ぶ。強力な破壊魔法が放たれたのだ。撓んでいた壁に亀裂が走った。駄目だ、持たない。私は反射的に両手を伸ばした。防御魔法を詠唱する。フィデルを何とか守ってくれるように念じて。
 そして、間一髪。フィデルの防御魔法が砕かれた直後に私の防御魔法が間に合った。アルガルの魔法はやはり強く、フィデルの障壁にあらかじめ威力をいくらか削がれていても相殺されてしまったが、どうにか守れた。心の底から安堵する。
「フィデル、大丈夫?」
「ああ。助かった」
 けれども、まだアルガルは止まらない。暴れて暴れて手がつけられない。皆であちこち逃げ回っていると、フィデルがアスナを指した。
「オレとこいつでどうにか強制催眠魔法かけるから、おまえは回帰魔法に集中しろよ」
「うん……ありがとう」
「よし、やるぜ、アスナ」
「ええ」
 怒りで暴れ続けるアルガルが教壇へ向けて首を振り下ろした。教壇は見る影もなく破壊されたが、少しの間アルガルの動きを止めてくれる。
「今だ!」
 掛け声の直後、今度も息ぴったりにフィデルとアスナの魔法が発動された。黄色い閃光は二方向からアルガルの身体に直撃し眩く輝く。教壇に頭を突っ込んだままアルガルは膝を折った。今なら還せる。紫の紋を広げて目を瞑る。集中して、私は回帰魔法を詠唱した。
 瞼越しの回帰魔法の光が見えなくなって、しばらく。息を切らしながら私はおそるおそる目を開く。引き千切られたカーテンから薄明かりが漏れている。研究室はひどい有様だったが、横から顔を出したアスナとフィデルは笑顔だった。
「やったな」
「成功よ、良かったわ」
 気が抜けて、足からかくんと力が抜けた。
「怪我は? 二人とも、怪我はしてない?」
「大丈夫よ、私もフィデルも無傷。でもサリサが……ほら、頭、たんこぶになってる」
 アスナが治療魔法を使ってくれる中、私は研究室を再び見渡した。机は軒並みひっくり返り本棚は倒れ黒板は陥没し電灯は割れて、全員がほぼ無傷でいられるのがおかしなくらいだった。
「私、本当に……ごめんなさい」
「何があったの? 首席にならないといけないって、どういうこと?」
 治療魔法を終えて、アスナがしゃがみこんで私と目を合わせた。言わないでおこうと思ったが、理由も知らずにこんな目に遭わされたら二人も納得いかないだろう。俯いて、切り出す。
「少し前、お父さんが大怪我して……仕事ができなくなったの。このままじゃ私、来年の学費が払えなくて。でも中退したら、家族全員を養えるほどのお金は稼げないから……どうしても首席になって、学費免除を取らなくちゃいけないの」
 アスナもフィデルも何も言わずに私の言葉を聞いてくれている。徐々に指に力が入って、私は拳を握り締めた。
「私、自力で頑張ろうとした。こんな卑怯な手、使いたくなんてなかった。だけど昨日の魔法実践での二人を見て……努力じゃどうにもならないことがあるって、そう思った。どうしたって敵わないよ」
 だって、強制催眠魔法も反射魔法もまだ術式理論さえ教わってないじゃない。涙声になりそうなのをどうにか堪えて話し続ける。
「それをいとも簡単に撃ち合って……どうしても敵わないって思ったの。だから試験が終わるまで、眠っていてもらおうと思って……本当にごめんなさい」
「そうだったの……」
 けじめはつけなくてはならない。私は涙が浮いてきた目を拭い、顔を上げて足を立てた。
「私、ちゃんとこのことを教授に話してくるね。迷惑かけて本当にごめんなさい」
「待って。どうして話してくれなかったの? そういうことなら私たち」
 そのとき、扉付近で物音がした。開錠魔法が使われる。一体誰だろう? 三人全員で注目する。ゆっくり開かれた扉から、史学の教授がひょっこり顔を出した。息を飲み込む。
「君たち」
 教授は見るも無残な研究室の様子を目にすると、言葉を忘れたようにあんぐり口を開いて硬直した。他の二人に迷惑をかけるわけにはいかない。先手を打った。
「あの、教授、これは全部私が!」
 ところが、全部言い終える前にアスナに妨害される。口を塞がれて声が出せない私の代わりに、彼女が罪を負おうとする。
「教授、違います。これは私たちのせいなんです。その、昨日のことで喧嘩になって」
「おまえオレを巻き込むなよ」
「いいでしょ! 話し合わせなさいよ!」
「ああはいはい。そういうことです教授」
 フィデルまでこんな返事をする。なんとかアスナの腕から逃れようと悪戦苦闘していた私だったが、結局解放されたときには話は終わってしまっていた。誤解を解かなくてはと慌てて進み出たとき、教授は「待ちなさい」と言うと、私、アスナ、フィデルを順々に見て再び私に目を戻した。
「サリサ、君のご両親から学費については前々から相談を受けていた。学院は当面支払いを猶予することを決定している」
「あ……」
 先ほどの話を全部聞かれていたようだ。ばつが悪くなって、それから両親が既に話をしていたことに驚いたのもあって、私はどぎまぎした。
「そして、君への処罰だが」
 続いた言葉に腹を括った瞬間、後ろからアスナが大きな声で抗議した。
「教授、待ってくださいってば! 私たちが悪いって言ってるじゃないですか!」
「まあ待ちたまえ。君たち全員にこの研究室の修復をしてもらおう」
「え? それだけですか?」
 拍子抜けしたようにアスナが尋ねる。私も意外すぎて目をぱちぱち瞬かせた。教授はちょっと笑って答える。
「不満かね? ならばさらに全員史学のレポートを再提出――」
 これには即座にフィデルが応じる。
「いえ結構です」
「では、ぴかぴかにしてくれたまえ。ぴかぴかに」
 教授の声に、全員揃って元気に返事した。
「はい、喜んで!」

 ◇

 壊滅的な被害の出た研究室の修復は、優秀な二人と一緒でも大変な作業になった。魔力はとっくの昔に使い切り、今では全員手でガラスの破片を拾い集めたり書籍を本棚に戻したりと地道な作業になっている。しかしそれも大詰めで、私が最後の机を拭き終えることで全ての修復活動は終わった。二人は文句一つ言わず最後まで付き合ってくれた。
「ふー、疲れたわね。でもこれ、絶対前より綺麗になったわよ」
 アスナの言葉に促されて研究室を眺めると、確かに、研究室特有の埃ぽさも黒ずみも何かの薬品のにおいもなくなっていた。心も一緒に洗われたような晴れやかな気分だ。
「アスナ、フィデル、本当にごめんなさい」
 改めて頭を下げて謝罪すると、返事はすぐに返ってきた。
「もう気にしないの! こっちは全然気にしてないんだから。ね? あなたもでしょ?」
 ちょっと頭を起こすと、アスナがフィデルを睨みつけているところだった。彼は苦笑で答える。
「脅さなくてもオレも気にしてないし」
 あんなことを仕出かした私を、この二人は少しも恨まずに許してくれている。やっぱり敵わないと思うが、今度は後ろ暗い感情はついてこない。素直に二人のことをすごいと尊敬できる。
「試験、頑張りましょうね」
「お願いだから私に気を遣わないでね。じゃないと私」
「分かってるわ。首席は私がいただくから。サリサにもフィデルにも負けない」
「悪いけど今年もオレがもらっていくから、そのつもりでよろしく」
「あなたねー!」
 口喧嘩を始めた二人を見て、私は思う。
 私は最高の友達に出会えた。ずっと一位にはなれないかもしれないけれど、そんなのはどうだっていい。二人と一緒に過ごせる時間が私にとっては何より大切なのだ。こんな二人と同じ年に生まれて同じ場所で勉強して、そして友達にまでなれるなんて、私は世界の誰より恵まれている。
 ふと仰いだ夜空で星が一筋流れ落ちた。間に合わなかったけれど、願ってみることにする。
 アスナとフィデルと、これからもずっと一緒に居られますように。
メンテ
出会い、時間、魔法:【俺と彼女と、ありがたいけど迷惑な幼なじみ】 ( No.184 )
   
日時: 2012/08/14 18:30
名前: 菊桜◆KIKU/p2anM ID:nQkb5vu6

「退屈だ……」

 俺はため息をついた。春休みももう終わりで、明日から学校だ。正直言って面倒臭い。担任からこれでもかというほどたっぷり渡された宿題も、三日で終わらせてしまった。遊ぼうかと幼なじみに電話をしたが「今宿題中! 手伝ってくれ! ……もう腕が死ぬ」と言われ丁重にお断りした。その後、担任の愚痴や家族の愚痴を三時間ぐらい聞かされるはめになった。これに似たようなやり取りを三回して今に至る。もうあいつらに電話はしないと誓い、俺は壁に掛けてある時計を見た。午後四時を回ったところだ。本でも読むかと本棚に手を伸ばそうとした。すると、玄関から声がした。

「すみませーん、誰かいますか?」

 鈴のように高く澄んだ声だった。聞き覚えがない声だ。
玄関の扉は木でできているが、二か所切り抜かれたところがありそこにガラスがはめられているという、よく分からないセンスの人が作ったらしい。そのよく分からないセンスは俺が住んでいるマンション――西洋風のデザインで、少女マンガに出てくるような無駄にお洒落な建物――にも活用されていた。こんなマンションに住もうとは思わないが、俺の通っている学校に一番近かったところがここだったから、仕方がない。ちなみに徒歩五分で着く。
 新しく引っ越してきた人だろうか。俺は玄関の扉を開けた。

「はっ……はじめまして、なのです」

 そこに立っていたのは、腰まである銀髪でアホ毛が目立つ、俺と同い年ぐらいに見える少女だった。白のフリルがたくさんついた、水色から紫へグラデーションした膝丈までの着物。帯はピンク。膝下を覆う水色のブーツ。何よりも特徴的なのはその目だった。左は快晴の空のような水色。右は桜の花のようなピンク。俺よりも背が二十センチメートルほど低く自然と上目遣いになっていた。

「今日から隣の部屋に住むことになりました、コハク・ルファーナです。こっ、これからよろしくお願いしますですっ」

 彼女は恥ずかしいのか若干俺から目を逸らし、早口で言った。耳まで赤くなっているのが分かる。やべぇ、可愛い。

「俺はアリーチェ・ベルモンドだ、よろしく。困った時には助け合っていこうぜ」
「は、はいっ」

 俺が右手を差し出すと、彼女は驚いたような目で俺を見た後、おずおずと手を掴んで握手してくれた。握手をした後、再びよろしくと言って彼女と別れた。……今までに見たことがない、可愛い子だったな。
 その後、幼なじみ三人がいきなり家に来て、宿題を手伝わされた。十時までかかったが、何とか全員分の宿題が終わり、また明日学校でといって別れた。なんなんだ、あいつら。
 明日から、またつまらない日常が始まるのかと思うと、気が重かったが俺はとりあえず眠りについた。

 *

 翌日。学校に登校してきた俺はクラスメートが騒がしいのに気がついた。窓側の一番後ろにある自分の席に座ると、待っていましたという様に幼なじみ三人衆が俺の席の周りに集まってくる。

「あーちゃん、おっはよー! 一日ぶりだね!」
「……おはよう、メリル。お前は相変わらずだな……」

 幼なじみ、一人目。腰まである紺色の髪、髪と同じ色の猫耳と尻尾――先が二つに分かれている――を持った少女が真っ先に話しかけてきた。こいつの名はメリル・キャッツハート。普通の人間のような姿だが、猫の力を持った魔物だ。こいつの席は俺の席の斜め右にある。わざわざ俺の方に来なくてもいいんじゃないか。こいつはクラスメートの名前の最初の文字を伸ばすという独特な呼び方をする。……あーちゃんという呼び方は恥ずかしいからやめてくれ。

「ベルモンド、おはよう……。宿題手伝ってくれて、ありがとう……」
「おはよう、ラルア。どういたしまして」

 幼なじみ、二人目。ピンクの髪を肘ぐらいまである三つ編みにし、髪と同じ色の兎耳――垂れ耳だ――と尻尾を持った少女が話しかけてきた。こいつの名はラルア・ラビファー。普通の人間のような姿だが、こいつも魔物だ。兎の力を持っている。こいつの席はメリルの前にある。こいつは男を名字で、女を名前で呼ぶという独特な呼び方をする。

「アリーチェ、おはよ。大ニュースがあんだけどさー」
「おはよ、シリウス。なんだ、大ニュースって」

 幼なじみ、三人目。肩まである黄緑の髪、髪より淡い黄緑色の翼――広げたら一、二メートルぐらいありそうだ――を持った少年が俺の方を振り返った。こいつの名はシリウス・エンジェ。こいつは天使の力を持っている。悪魔の力を持つ俺とは真逆だ。こいつの席は俺の前にある。授業中にちょっかいかけてくるのはやめろ。

「実はな、転校せ――」
「ここのクラスに転校生が来るんだよ!」

 シリウスが得意げに言おうとすると、メリルがそれを遮って発言した。それが原因で言い争いに発展しているが、俺は無視してラルアに話しかけた。いつものことだ。

「へー、転校生か……」
「ベルモンドは性別、どっちだと……思う?」

 そこで授業開始を知らせるチャイムが鳴り、席につけと担任――男勝りの女教師だ――が言う。名残惜しそうに席に着く幼なじみ三人。全員が席に着いたのを確認すると、担任は教卓に両手を置きどこか楽しそうに発言する。

「今日は転校生を紹介する、入ってきていいぞ」

 どこか、ざわついた雰囲気の教室に転校生が入ってくる。その容姿を見て更にざわつく教室。彼女は腰まである銀髪、特徴的な目――左は快晴の空のような水色、右は桜の花のようなピンク――で教室を見た。小柄――百五十センチメートルぐらいだろうか――で細い体躯はとても十八歳には見えず、十二歳ぐらいに思えてしまう。彼女は後ろ向きになると、電子ボードに自分の名前を書きだした。背が小さいので、背伸びして書いている。やがて描き終わり、彼女は再び前を向いた。

「は、はじめまして……今日からお世話になります。コハク・ルヒャ……あう、か、噛んじゃった……コハク・ルファーナです……よっ、よろしくお願いしますぅっ!」

 彼女は昨日、俺の隣に引っ越してきた少女だった。

「……か」
「か?」
「かわえぇー!」

 教室にいたほぼ全員が叫んだ。よく見ると担任も、かわいいと言って悶えていた。あんた、教師だろ……。十分ぐらいして、全員が落ち着いた後、担任は空いている席を指さした。

「それじゃあ、席は右から二番目の列の一番後ろだな。悪魔の翼が生えた、ぼさぼさの金髪に目つきの悪い奴の隣だ」

 もう一度言う、あんた教師だろ。コハクがこちらに向かって歩いてくる。クラスメートの視線が彼女を追う。主に男子からの殺気の目線がすごい。彼女が席に着き、周りの人にお辞儀をする。俺の方に体を向けた時、彼女は一瞬驚いたような顔をして、また笑顔に戻ると言った。

「こ、こんにちは……アリーチェさん。貴方も同じ学校だったんですね、これからよろしくお願いします」
「……よろしく」

 クラスメートが「知り合い……だと!?」とか「おい、アリーチェ、そこかわれ」とか言ってくるが無視。更に殺気の目線が強まった気がする。

 *

「へー、るーちゃんってあーちゃんの部屋の隣に住んでいるんだー」
「はい、そうなのです……あっ」
「なのです?」
「わ、私の口癖で……恥ずかしいのです……」
「いーじゃん、いーじゃん! 可愛いしー! ねー、らーちゃん?」
「うん……私もルーちゃん……可愛いと思う……」
「うぅ……ラルアさんまで……恥ずかしいのです……」

 長かった一日が終わり、俺達はコハクと一緒に帰っていた。正確にはメリルが強引に連れてきたのだが。まぁ、途中までは帰り道も一緒だし良しとするか。メリルもラルアもコハクのことをるーちゃんと呼ぶことにしたらしい。

「アリーチェはいいよなぁ、あんな可愛い子が隣なんだから」
「なんだよ、急に」
「羨ましいってことだよ」

 シリウスは呆れたように言葉を返してきた。羨ましい? 訳が分からない。俺が顔をしかめると、シリウスは困ったように笑った。

 *

 それからは、何をするのにも五人で過ごした。夏には花火を見たことがないというコハクの為に、夏祭りでやっていた花火を見に行った。黒い生地に桜模様の浴衣を着たコハクは、彼女の銀髪がよく生えてガラス細工のように綺麗だった。秋にはハロウィンパーティ、冬には雪合戦と、コハクがまだしたことがないものをやった。彼女は俺達と過ごすどんな時も楽しそうに笑っていた。
 そういえば、コハクは勉強や運動があまり得意ではないようだった。テストではいつも半分ぐらいの点数を取っていた。彼女はそんな結果を見るたびに、落ち込んでため息をついた。メリルは「あたしより点数いいんだから、落ち込む事ないよ」と言っていたが、彼女との差は五点程度。そして俺達の結果を見てさらに落ち込む。ラルアはなんだかんだで学年十位以内には入っていたし、シリウスも学年二位から下がったことがない。俺は……いつもと同じ、代わり映えのしない結果、学年一位だった。マラソンではラルアと同じぐらい――半分ぐらい――だったが、彼女はよく転び、膝や腕をすりむいていた。メリルは運動はできる方で女子では学年一位だったし、シリウスは学年二位、俺は……いつもと同じ、代わり映えのしない結果、学年一位だった。冬に行うテストの前、彼女とメリルが勉強を教えて欲しいと頼み込んできた。俺達は一週間、四苦八苦しながら勉強を教えた。その結果、彼女は学年九位、メリルは学年十五位をとった。彼女は目に涙を浮かべながら、お礼を言ってきた。そしてみんなで思いきり遊んだ。楽しかった。

 *

「るーちゃんと出会ってもう一年かー、早いねー」
「そうですね、時間が立つのは早いのです」
「ルーちゃん……これからも、一緒だよ……」
「はい、みんな一緒なのです! 仲良しなのですよー」
「あ、もうわかれ道かー、それじゃまた明日ねー」
「また明日……ルーちゃん、ベルモンド……」
「バイバイ、アリーチェ、コハクちゃん」
「じゃあな、シリウス、メリル、ラルア」
「バイバイなのです、メリルさん、ラルアさん、シリウスくん」

「そういえばさ……あーちゃん、変わったよね」
「ベルモンド……前は顔、変わらなくて……ちょっと、怖かった」
「いっつもつまらなそうにしていたよね、アリーチェ」
「あーちゃん、小学生のころからそうだったよね」
「いつも……勉強で一番……だったよね」
「あいつが一番から落ちたことなんてなかったよな」
「大人に天才だーとか言われてさ、もてはやされて……かわいそうだった」
「リルちゃん……」
「そのころに比べたらさ、あいつ、よく笑う様になったよな」
「そうそう、特にるーちゃんといるとき!」
「花火見たとき……着物着たルーちゃん見て……ベルモンド……顔真っ赤にしていたよ……」
「へー、あいつ、もしかしたら……」
「もしかしたらじゃなくてさー」
「ホント……?」
「アリーチェはコハクちゃんのことが――」
「好きなんだよ!」
「また……リルちゃん、エンジェの言葉……遮った」
「それじゃあさ……メリル、ラルア、ちょっと耳かして……」
「ふん……ふん……るーちゃんを……へーそれはいいね! 乗った!」
「私も……賛成」
「決定だな、決行は明日! それじゃあまた放課後に」
「了解! また明日ー」
「了解……また明日……」

 *

 今日は幼なじみ三人衆が全く話しかけてこなかった。会話といえば、登校しておはようと挨拶をしたくらいだった。それから、移動教室の時も昼飯を食う時も、三人は近寄ってこなかった。唯一、俺と一緒に行動してくれたのはコハクだけだった。
 帰りの支度をしているとメリルが声をかけてきた。

「あーちゃん……四時に屋上に来て……話したいことがあるから」
「? あ、あぁ……分かった」

 俺が了承すると、メリルは微かに微笑んで、俺の隣で帰りの支度をしていたコハクに耳打ちし、教室を出て行った。メリルにしてはやけに真剣な顔だったな……。カタンと隣から何かが落ちた音が聞こえ、俺はそちらを見た。

「あ……すみません」

 コハクが筆箱を拾いながら、俺の方を見て謝った。彼女は何故か顔面蒼白だった。

「どうした? メリルに何か――」
「す、すみませんっ! 失礼するのですっ!」

 コハクは急いで筆箱をかばんに入れると教室を走って出て行ってしまった。……? なんでだ? 時計を見ると三時五十分だった。もうすぐ四時だ。俺はコハクが出て行った事を考える暇もなく、屋上に向かった。

 *

 屋上に行くとメリルがこちらに背を向けて立っていた。俺が来た足音を聞きつけたのか、ピクリと猫の耳を動かし彼女は俺の方に振り返った。その顔は唇を真一文字に結び目を細めた、いつも天真爛漫な彼女には不釣り合いなものだった。そのいつもは見せない彼女の顔に驚愕している俺に向かって、彼女は言葉を紡ぐ。

「あーちゃん、私、あーちゃんのことが――」
「ま、まままっ、待ってくださいのですーっ!」

 鈴のように澄んだ声がメリルの声を遮った。俺達がその声のした方に振り向くと――

「来たね、るーちゃん……」

 コハクが息も絶え絶えに、俺達の方に歩いてきた。彼女は呼吸を整えるとメリルと俺の間に割って入る。メリルは彼女に耳打ちした後「るーちゃんが話した後に話すよ」と言って屋上の隅に歩いて行った。

「わ、私も……アリーチェさんに言いたいことがっ……」
「あ、あぁ……なんだ?」
「わ、わたっ、私……ア、アリーチェさんのことが……す、すっ……すすっ――」

 顔を真っ赤にしながら言葉を紡ごうとするコハク。だか相当パニックになっているのか、その続きはなかなか出てこない。俺もある程度、彼女の言おうとしている事が分かってきてしまい、だんだん恥ずかしくなってきた。

「――今だよっ! らーちゃん! しーちゃん!」
「すっ……すっ……ひゃあぁっ!?」
「うおっ!?」

 どこから現れたのかラルアとシリウスがコハクにぶつかり、コハクが俺の方に倒れてきた。俺はコハクの体を何とか受け止め、幼なじみの方を見る。

「お、おい、お前ら……何を――」
「まぁまぁ、気にすんなって。コハクちゃんに集中しなよ」

 シリウスにそう言われ、俺はコハクの方を見た。彼女は耳まで真っ赤になりながら、叫ぶ。

「わ、私っ……貴方のことが……好きですっ! ……大好きですぅっ! ……付き合って下さいなのですっ!」
「へ……?」

 その言葉を言われた瞬間、俺の思考が一時停止した。落ちつけ、アリーチェ……。落ちつけ……。やがてコハクに言われた言葉を理解すると、今までほんのり熱かった顔が、一気に熱くなった。なんだ、コレ……。俺も彼女と同じように、耳まで真っ赤になっていそうだ……。やばい。それより、返事だ。……先を越されてしまったが、俺も言おうと思っていた言葉。俺は彼女に向かって告げる。

「お、俺も……ずっと、すっ……好きだった……は、初めて会った時から……ずっと……。俺もずっと言おうと思って……つ、付き合って下さいっ……」

 その瞬間。

「やったー! 大成功!」
「おめでとう……二人とも……」
「あっ、アリーチェ、顔真っ赤ー! そんな顔するんだ、意外!」

 幼なじみ三人が物陰から飛び出してきた。……意味が分からない。俺とコハクが訳を問いただすと三人は楽しそうにこう言った。

「だってあーちゃん、るーちゃんが来てから毎日とても楽しそうなんだもーん」
「ベルモンド……着物着たルーちゃん見て、顔真っ赤にしていたから……」
「だから、僕らは二人がくっつくように手伝いをしてあげた訳……あー、楽しかった!」
「……はぁ?」

 三人の話を要約するとこうだ。俺とコハクがお互いに好意を抱いていると思ったシリウスが、メリルとラリアに協力するように頼んだ。メリルは俺を屋上に呼び出す役とコハクに宣戦布告する役。あの時、メリルがコハクに言った言葉はそういうたぐいの奴だったらしい。ラルアとシリウスは、屋上にコハクが来たらいい感じになったところでコハクにぶつかり、俺に受け止めさせることで告白を促す役。コハクは内気だから、肝心な部分をいつまでも言えないままだと思ったらしい。まぁ、実際そうだったが。告白するまでにシリウス達がぶつかってくれなかったら、何時間も言えないままだっただろう。シリウスとラルアはどこにいたかと言うと、シリウスがラルアを抱えて羽ばたいていたらしい。翼が疲れたとシリウスが愚痴をこぼしていた。コハクが来なかった場合はどうしたのかと彼らに 問いただすと、メリルに告白する気はなかったと言われ、シリウスとラルアにはなんかめんどくさいことになりそうだからそのまま帰っていたかもと言われた。……もう宿題手伝ってやらないからな。

「とにかく、コハクちゃんはアリーチェの心を癒してくれたんだよ。天才と言われ続けて疲れきっていたアリーチェの心をさ。
 ……本当はもっと時間がかかるはずだったのに、コハクちゃんは一瞬で治してくれたんだ、まるで魔法のようにさ」
「へっ……?」

 シリウスがまるで俺の言おうとしていたことを見透かしていたかのように言った。きょとんとしているコハクにメリルが言う。

「あーちゃんは子供のころから天才天才って言われていてねー、大人たちにもてはやされていたんだよ。
 だからあーちゃん、るーちゃんが来るまでは全く笑わなくて、つまらなそうだったんだ」
「……そうだったんですか」

 悲しそうな顔でメリルの話を聞くコハクに、続けてラルアが話す。

「ルーちゃんが……ベルモンドに出会ってくれたから……ベルモンドは怖くなくなったの……ルーちゃん……ありがとう……」

 コハクは三人の話を聞くと、三人にお辞儀をして、俺の方に向いた。うつむいて目を伏せた、憂いをおびた顔だった。

「私が……アリーチェさんと出会ったのは、ただの偶然です。でも、私がアリーチェさんの心を知らぬ間に癒していたなんて……」

 そう言うと彼女は顔を上げた。何か決意を秘めた顔だ。その真剣な顔に俺の胸が高鳴る。

「アリーチェさん、ちょっとしゃがんでもらっていいですか?」
「……? あぁ……」

 言われたとおりに、俺は片膝をついてしゃがんだ。更に、目をつぶって下さいと言われたので、俺は目をつぶる。

「好きです」

 直後、頬に一瞬だが、何かが触れた。俺が目を開けると、コハクは泣きそうな顔で笑っていた。

「キャー! ねぇねぇ、写真撮った!? 写真!」
「あぁ、バッチリ! 残っている! 待ってろ、今携帯におく――」
「おい、待て、お前ら」
「シリウスさん……? 何を送るんですか?」
「うわぁ!? いつものアリーチェに戻ってる!? てか、コハクちゃん、顔怖っ! いや、怒った顔も可愛いけど……。
 ちょっ、待ってアリーチェ携帯取らないで! お前の貴重な照れ顔が……データ消すのだけはやめてえぇぇ!」

 *

 こうして晴れて恋人同士になった俺とコハクは、劇的に変わるのかと思いきや、そんなに変わらない生活を送っていたりする。恋人同士になったことで、幼なじみ三人衆が更にちょっかいをかけてくることが多くなり、むしろ二人きりになれない事がほとんどだ。だけど、お前らには……ちょっとだけ感謝しているんだ。直接は言わないけどな。
 玄関から、コハクの声がした。今日はみんなで遊園地に行く約束がある。今日も、楽しい一日だろうな。
 いつまでもこの日々が続きますように。

<了>
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
パスワード (記事メンテ時に使用)
コメント

   クッキー保存