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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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出会い、時間、魔法:【俺と彼女と、ありがたいけど迷惑な幼なじみ】 ( No.184 )
   
日時: 2012/08/14 18:30
名前: 菊桜◆KIKU/p2anM ID:nQkb5vu6

「退屈だ……」

 俺はため息をついた。春休みももう終わりで、明日から学校だ。正直言って面倒臭い。担任からこれでもかというほどたっぷり渡された宿題も、三日で終わらせてしまった。遊ぼうかと幼なじみに電話をしたが「今宿題中! 手伝ってくれ! ……もう腕が死ぬ」と言われ丁重にお断りした。その後、担任の愚痴や家族の愚痴を三時間ぐらい聞かされるはめになった。これに似たようなやり取りを三回して今に至る。もうあいつらに電話はしないと誓い、俺は壁に掛けてある時計を見た。午後四時を回ったところだ。本でも読むかと本棚に手を伸ばそうとした。すると、玄関から声がした。

「すみませーん、誰かいますか?」

 鈴のように高く澄んだ声だった。聞き覚えがない声だ。
玄関の扉は木でできているが、二か所切り抜かれたところがありそこにガラスがはめられているという、よく分からないセンスの人が作ったらしい。そのよく分からないセンスは俺が住んでいるマンション――西洋風のデザインで、少女マンガに出てくるような無駄にお洒落な建物――にも活用されていた。こんなマンションに住もうとは思わないが、俺の通っている学校に一番近かったところがここだったから、仕方がない。ちなみに徒歩五分で着く。
 新しく引っ越してきた人だろうか。俺は玄関の扉を開けた。

「はっ……はじめまして、なのです」

 そこに立っていたのは、腰まである銀髪でアホ毛が目立つ、俺と同い年ぐらいに見える少女だった。白のフリルがたくさんついた、水色から紫へグラデーションした膝丈までの着物。帯はピンク。膝下を覆う水色のブーツ。何よりも特徴的なのはその目だった。左は快晴の空のような水色。右は桜の花のようなピンク。俺よりも背が二十センチメートルほど低く自然と上目遣いになっていた。

「今日から隣の部屋に住むことになりました、コハク・ルファーナです。こっ、これからよろしくお願いしますですっ」

 彼女は恥ずかしいのか若干俺から目を逸らし、早口で言った。耳まで赤くなっているのが分かる。やべぇ、可愛い。

「俺はアリーチェ・ベルモンドだ、よろしく。困った時には助け合っていこうぜ」
「は、はいっ」

 俺が右手を差し出すと、彼女は驚いたような目で俺を見た後、おずおずと手を掴んで握手してくれた。握手をした後、再びよろしくと言って彼女と別れた。……今までに見たことがない、可愛い子だったな。
 その後、幼なじみ三人がいきなり家に来て、宿題を手伝わされた。十時までかかったが、何とか全員分の宿題が終わり、また明日学校でといって別れた。なんなんだ、あいつら。
 明日から、またつまらない日常が始まるのかと思うと、気が重かったが俺はとりあえず眠りについた。

 *

 翌日。学校に登校してきた俺はクラスメートが騒がしいのに気がついた。窓側の一番後ろにある自分の席に座ると、待っていましたという様に幼なじみ三人衆が俺の席の周りに集まってくる。

「あーちゃん、おっはよー! 一日ぶりだね!」
「……おはよう、メリル。お前は相変わらずだな……」

 幼なじみ、一人目。腰まである紺色の髪、髪と同じ色の猫耳と尻尾――先が二つに分かれている――を持った少女が真っ先に話しかけてきた。こいつの名はメリル・キャッツハート。普通の人間のような姿だが、猫の力を持った魔物だ。こいつの席は俺の席の斜め右にある。わざわざ俺の方に来なくてもいいんじゃないか。こいつはクラスメートの名前の最初の文字を伸ばすという独特な呼び方をする。……あーちゃんという呼び方は恥ずかしいからやめてくれ。

「ベルモンド、おはよう……。宿題手伝ってくれて、ありがとう……」
「おはよう、ラルア。どういたしまして」

 幼なじみ、二人目。ピンクの髪を肘ぐらいまである三つ編みにし、髪と同じ色の兎耳――垂れ耳だ――と尻尾を持った少女が話しかけてきた。こいつの名はラルア・ラビファー。普通の人間のような姿だが、こいつも魔物だ。兎の力を持っている。こいつの席はメリルの前にある。こいつは男を名字で、女を名前で呼ぶという独特な呼び方をする。

「アリーチェ、おはよ。大ニュースがあんだけどさー」
「おはよ、シリウス。なんだ、大ニュースって」

 幼なじみ、三人目。肩まである黄緑の髪、髪より淡い黄緑色の翼――広げたら一、二メートルぐらいありそうだ――を持った少年が俺の方を振り返った。こいつの名はシリウス・エンジェ。こいつは天使の力を持っている。悪魔の力を持つ俺とは真逆だ。こいつの席は俺の前にある。授業中にちょっかいかけてくるのはやめろ。

「実はな、転校せ――」
「ここのクラスに転校生が来るんだよ!」

 シリウスが得意げに言おうとすると、メリルがそれを遮って発言した。それが原因で言い争いに発展しているが、俺は無視してラルアに話しかけた。いつものことだ。

「へー、転校生か……」
「ベルモンドは性別、どっちだと……思う?」

 そこで授業開始を知らせるチャイムが鳴り、席につけと担任――男勝りの女教師だ――が言う。名残惜しそうに席に着く幼なじみ三人。全員が席に着いたのを確認すると、担任は教卓に両手を置きどこか楽しそうに発言する。

「今日は転校生を紹介する、入ってきていいぞ」

 どこか、ざわついた雰囲気の教室に転校生が入ってくる。その容姿を見て更にざわつく教室。彼女は腰まである銀髪、特徴的な目――左は快晴の空のような水色、右は桜の花のようなピンク――で教室を見た。小柄――百五十センチメートルぐらいだろうか――で細い体躯はとても十八歳には見えず、十二歳ぐらいに思えてしまう。彼女は後ろ向きになると、電子ボードに自分の名前を書きだした。背が小さいので、背伸びして書いている。やがて描き終わり、彼女は再び前を向いた。

「は、はじめまして……今日からお世話になります。コハク・ルヒャ……あう、か、噛んじゃった……コハク・ルファーナです……よっ、よろしくお願いしますぅっ!」

 彼女は昨日、俺の隣に引っ越してきた少女だった。

「……か」
「か?」
「かわえぇー!」

 教室にいたほぼ全員が叫んだ。よく見ると担任も、かわいいと言って悶えていた。あんた、教師だろ……。十分ぐらいして、全員が落ち着いた後、担任は空いている席を指さした。

「それじゃあ、席は右から二番目の列の一番後ろだな。悪魔の翼が生えた、ぼさぼさの金髪に目つきの悪い奴の隣だ」

 もう一度言う、あんた教師だろ。コハクがこちらに向かって歩いてくる。クラスメートの視線が彼女を追う。主に男子からの殺気の目線がすごい。彼女が席に着き、周りの人にお辞儀をする。俺の方に体を向けた時、彼女は一瞬驚いたような顔をして、また笑顔に戻ると言った。

「こ、こんにちは……アリーチェさん。貴方も同じ学校だったんですね、これからよろしくお願いします」
「……よろしく」

 クラスメートが「知り合い……だと!?」とか「おい、アリーチェ、そこかわれ」とか言ってくるが無視。更に殺気の目線が強まった気がする。

 *

「へー、るーちゃんってあーちゃんの部屋の隣に住んでいるんだー」
「はい、そうなのです……あっ」
「なのです?」
「わ、私の口癖で……恥ずかしいのです……」
「いーじゃん、いーじゃん! 可愛いしー! ねー、らーちゃん?」
「うん……私もルーちゃん……可愛いと思う……」
「うぅ……ラルアさんまで……恥ずかしいのです……」

 長かった一日が終わり、俺達はコハクと一緒に帰っていた。正確にはメリルが強引に連れてきたのだが。まぁ、途中までは帰り道も一緒だし良しとするか。メリルもラルアもコハクのことをるーちゃんと呼ぶことにしたらしい。

「アリーチェはいいよなぁ、あんな可愛い子が隣なんだから」
「なんだよ、急に」
「羨ましいってことだよ」

 シリウスは呆れたように言葉を返してきた。羨ましい? 訳が分からない。俺が顔をしかめると、シリウスは困ったように笑った。

 *

 それからは、何をするのにも五人で過ごした。夏には花火を見たことがないというコハクの為に、夏祭りでやっていた花火を見に行った。黒い生地に桜模様の浴衣を着たコハクは、彼女の銀髪がよく生えてガラス細工のように綺麗だった。秋にはハロウィンパーティ、冬には雪合戦と、コハクがまだしたことがないものをやった。彼女は俺達と過ごすどんな時も楽しそうに笑っていた。
 そういえば、コハクは勉強や運動があまり得意ではないようだった。テストではいつも半分ぐらいの点数を取っていた。彼女はそんな結果を見るたびに、落ち込んでため息をついた。メリルは「あたしより点数いいんだから、落ち込む事ないよ」と言っていたが、彼女との差は五点程度。そして俺達の結果を見てさらに落ち込む。ラルアはなんだかんだで学年十位以内には入っていたし、シリウスも学年二位から下がったことがない。俺は……いつもと同じ、代わり映えのしない結果、学年一位だった。マラソンではラルアと同じぐらい――半分ぐらい――だったが、彼女はよく転び、膝や腕をすりむいていた。メリルは運動はできる方で女子では学年一位だったし、シリウスは学年二位、俺は……いつもと同じ、代わり映えのしない結果、学年一位だった。冬に行うテストの前、彼女とメリルが勉強を教えて欲しいと頼み込んできた。俺達は一週間、四苦八苦しながら勉強を教えた。その結果、彼女は学年九位、メリルは学年十五位をとった。彼女は目に涙を浮かべながら、お礼を言ってきた。そしてみんなで思いきり遊んだ。楽しかった。

 *

「るーちゃんと出会ってもう一年かー、早いねー」
「そうですね、時間が立つのは早いのです」
「ルーちゃん……これからも、一緒だよ……」
「はい、みんな一緒なのです! 仲良しなのですよー」
「あ、もうわかれ道かー、それじゃまた明日ねー」
「また明日……ルーちゃん、ベルモンド……」
「バイバイ、アリーチェ、コハクちゃん」
「じゃあな、シリウス、メリル、ラルア」
「バイバイなのです、メリルさん、ラルアさん、シリウスくん」

「そういえばさ……あーちゃん、変わったよね」
「ベルモンド……前は顔、変わらなくて……ちょっと、怖かった」
「いっつもつまらなそうにしていたよね、アリーチェ」
「あーちゃん、小学生のころからそうだったよね」
「いつも……勉強で一番……だったよね」
「あいつが一番から落ちたことなんてなかったよな」
「大人に天才だーとか言われてさ、もてはやされて……かわいそうだった」
「リルちゃん……」
「そのころに比べたらさ、あいつ、よく笑う様になったよな」
「そうそう、特にるーちゃんといるとき!」
「花火見たとき……着物着たルーちゃん見て……ベルモンド……顔真っ赤にしていたよ……」
「へー、あいつ、もしかしたら……」
「もしかしたらじゃなくてさー」
「ホント……?」
「アリーチェはコハクちゃんのことが――」
「好きなんだよ!」
「また……リルちゃん、エンジェの言葉……遮った」
「それじゃあさ……メリル、ラルア、ちょっと耳かして……」
「ふん……ふん……るーちゃんを……へーそれはいいね! 乗った!」
「私も……賛成」
「決定だな、決行は明日! それじゃあまた放課後に」
「了解! また明日ー」
「了解……また明日……」

 *

 今日は幼なじみ三人衆が全く話しかけてこなかった。会話といえば、登校しておはようと挨拶をしたくらいだった。それから、移動教室の時も昼飯を食う時も、三人は近寄ってこなかった。唯一、俺と一緒に行動してくれたのはコハクだけだった。
 帰りの支度をしているとメリルが声をかけてきた。

「あーちゃん……四時に屋上に来て……話したいことがあるから」
「? あ、あぁ……分かった」

 俺が了承すると、メリルは微かに微笑んで、俺の隣で帰りの支度をしていたコハクに耳打ちし、教室を出て行った。メリルにしてはやけに真剣な顔だったな……。カタンと隣から何かが落ちた音が聞こえ、俺はそちらを見た。

「あ……すみません」

 コハクが筆箱を拾いながら、俺の方を見て謝った。彼女は何故か顔面蒼白だった。

「どうした? メリルに何か――」
「す、すみませんっ! 失礼するのですっ!」

 コハクは急いで筆箱をかばんに入れると教室を走って出て行ってしまった。……? なんでだ? 時計を見ると三時五十分だった。もうすぐ四時だ。俺はコハクが出て行った事を考える暇もなく、屋上に向かった。

 *

 屋上に行くとメリルがこちらに背を向けて立っていた。俺が来た足音を聞きつけたのか、ピクリと猫の耳を動かし彼女は俺の方に振り返った。その顔は唇を真一文字に結び目を細めた、いつも天真爛漫な彼女には不釣り合いなものだった。そのいつもは見せない彼女の顔に驚愕している俺に向かって、彼女は言葉を紡ぐ。

「あーちゃん、私、あーちゃんのことが――」
「ま、まままっ、待ってくださいのですーっ!」

 鈴のように澄んだ声がメリルの声を遮った。俺達がその声のした方に振り向くと――

「来たね、るーちゃん……」

 コハクが息も絶え絶えに、俺達の方に歩いてきた。彼女は呼吸を整えるとメリルと俺の間に割って入る。メリルは彼女に耳打ちした後「るーちゃんが話した後に話すよ」と言って屋上の隅に歩いて行った。

「わ、私も……アリーチェさんに言いたいことがっ……」
「あ、あぁ……なんだ?」
「わ、わたっ、私……ア、アリーチェさんのことが……す、すっ……すすっ――」

 顔を真っ赤にしながら言葉を紡ごうとするコハク。だか相当パニックになっているのか、その続きはなかなか出てこない。俺もある程度、彼女の言おうとしている事が分かってきてしまい、だんだん恥ずかしくなってきた。

「――今だよっ! らーちゃん! しーちゃん!」
「すっ……すっ……ひゃあぁっ!?」
「うおっ!?」

 どこから現れたのかラルアとシリウスがコハクにぶつかり、コハクが俺の方に倒れてきた。俺はコハクの体を何とか受け止め、幼なじみの方を見る。

「お、おい、お前ら……何を――」
「まぁまぁ、気にすんなって。コハクちゃんに集中しなよ」

 シリウスにそう言われ、俺はコハクの方を見た。彼女は耳まで真っ赤になりながら、叫ぶ。

「わ、私っ……貴方のことが……好きですっ! ……大好きですぅっ! ……付き合って下さいなのですっ!」
「へ……?」

 その言葉を言われた瞬間、俺の思考が一時停止した。落ちつけ、アリーチェ……。落ちつけ……。やがてコハクに言われた言葉を理解すると、今までほんのり熱かった顔が、一気に熱くなった。なんだ、コレ……。俺も彼女と同じように、耳まで真っ赤になっていそうだ……。やばい。それより、返事だ。……先を越されてしまったが、俺も言おうと思っていた言葉。俺は彼女に向かって告げる。

「お、俺も……ずっと、すっ……好きだった……は、初めて会った時から……ずっと……。俺もずっと言おうと思って……つ、付き合って下さいっ……」

 その瞬間。

「やったー! 大成功!」
「おめでとう……二人とも……」
「あっ、アリーチェ、顔真っ赤ー! そんな顔するんだ、意外!」

 幼なじみ三人が物陰から飛び出してきた。……意味が分からない。俺とコハクが訳を問いただすと三人は楽しそうにこう言った。

「だってあーちゃん、るーちゃんが来てから毎日とても楽しそうなんだもーん」
「ベルモンド……着物着たルーちゃん見て、顔真っ赤にしていたから……」
「だから、僕らは二人がくっつくように手伝いをしてあげた訳……あー、楽しかった!」
「……はぁ?」

 三人の話を要約するとこうだ。俺とコハクがお互いに好意を抱いていると思ったシリウスが、メリルとラリアに協力するように頼んだ。メリルは俺を屋上に呼び出す役とコハクに宣戦布告する役。あの時、メリルがコハクに言った言葉はそういうたぐいの奴だったらしい。ラルアとシリウスは、屋上にコハクが来たらいい感じになったところでコハクにぶつかり、俺に受け止めさせることで告白を促す役。コハクは内気だから、肝心な部分をいつまでも言えないままだと思ったらしい。まぁ、実際そうだったが。告白するまでにシリウス達がぶつかってくれなかったら、何時間も言えないままだっただろう。シリウスとラルアはどこにいたかと言うと、シリウスがラルアを抱えて羽ばたいていたらしい。翼が疲れたとシリウスが愚痴をこぼしていた。コハクが来なかった場合はどうしたのかと彼らに 問いただすと、メリルに告白する気はなかったと言われ、シリウスとラルアにはなんかめんどくさいことになりそうだからそのまま帰っていたかもと言われた。……もう宿題手伝ってやらないからな。

「とにかく、コハクちゃんはアリーチェの心を癒してくれたんだよ。天才と言われ続けて疲れきっていたアリーチェの心をさ。
 ……本当はもっと時間がかかるはずだったのに、コハクちゃんは一瞬で治してくれたんだ、まるで魔法のようにさ」
「へっ……?」

 シリウスがまるで俺の言おうとしていたことを見透かしていたかのように言った。きょとんとしているコハクにメリルが言う。

「あーちゃんは子供のころから天才天才って言われていてねー、大人たちにもてはやされていたんだよ。
 だからあーちゃん、るーちゃんが来るまでは全く笑わなくて、つまらなそうだったんだ」
「……そうだったんですか」

 悲しそうな顔でメリルの話を聞くコハクに、続けてラルアが話す。

「ルーちゃんが……ベルモンドに出会ってくれたから……ベルモンドは怖くなくなったの……ルーちゃん……ありがとう……」

 コハクは三人の話を聞くと、三人にお辞儀をして、俺の方に向いた。うつむいて目を伏せた、憂いをおびた顔だった。

「私が……アリーチェさんと出会ったのは、ただの偶然です。でも、私がアリーチェさんの心を知らぬ間に癒していたなんて……」

 そう言うと彼女は顔を上げた。何か決意を秘めた顔だ。その真剣な顔に俺の胸が高鳴る。

「アリーチェさん、ちょっとしゃがんでもらっていいですか?」
「……? あぁ……」

 言われたとおりに、俺は片膝をついてしゃがんだ。更に、目をつぶって下さいと言われたので、俺は目をつぶる。

「好きです」

 直後、頬に一瞬だが、何かが触れた。俺が目を開けると、コハクは泣きそうな顔で笑っていた。

「キャー! ねぇねぇ、写真撮った!? 写真!」
「あぁ、バッチリ! 残っている! 待ってろ、今携帯におく――」
「おい、待て、お前ら」
「シリウスさん……? 何を送るんですか?」
「うわぁ!? いつものアリーチェに戻ってる!? てか、コハクちゃん、顔怖っ! いや、怒った顔も可愛いけど……。
 ちょっ、待ってアリーチェ携帯取らないで! お前の貴重な照れ顔が……データ消すのだけはやめてえぇぇ!」

 *

 こうして晴れて恋人同士になった俺とコハクは、劇的に変わるのかと思いきや、そんなに変わらない生活を送っていたりする。恋人同士になったことで、幼なじみ三人衆が更にちょっかいをかけてくることが多くなり、むしろ二人きりになれない事がほとんどだ。だけど、お前らには……ちょっとだけ感謝しているんだ。直接は言わないけどな。
 玄関から、コハクの声がした。今日はみんなで遊園地に行く約束がある。今日も、楽しい一日だろうな。
 いつまでもこの日々が続きますように。

<了>
メンテ
雨、擬音、魔法:『レイニー・バスストップ』 ( No.185 )
   
日時: 2012/08/15 13:11
名前: 空人 ID:1jZ2VNR.

1.サイクリング・ストップ


「ちっ、降ってきたか?」

 思わず漏れ出した悪態を灰色の空に撒き散らしながら、自転車のペダルに力を込める。片田舎のあぜ道はそんな俺を嘲笑うかのようにデコボコと波打つ。このまま走り続ければ、徐々に崩れやすくなっていく足場にはまり、転んでしまうかもしれない。そして、こんな小石だらけの場所で転倒すれば、かすり傷ではすまないだろう。
 家までの全力疾走により濡れ方を最小限に抑える作戦を断念した俺は、仕方なく自転車を降りどこか雨宿りが出来る場所を探す。傘なんて携帯しちゃいない。出かける前に天気予報を確認しもしないのは俺の癖というか、自身が隠し持っている能力に起因するのだが、今はそれを気にしてもしょうがない。と思うことにする。
 強くなり始めた雨足に小さく舌打ちを鳴らした俺の視界には、ようやく雨宿りが出来そうな場所が見えてくるのだった。

 背の高い立て看板と小さな小屋。そこはこの田舎に一本だけ通っている幹線バスの停留所だった。小さな停留所とはいえ、一時間に一本二本のバスが通るだけの場所なので、屋根付きの休憩所となっているのだ。自転車は仕方なく小屋の外に立てかけ、急いで入り口に駆け込む。備え付けのベンチに腰を下ろした俺は、そこでようやくこの小屋に先客がいることに気が付くのだった。
 その少女は今の俺と同じように肩を濡らし、うつむいた姿勢でベンチの隅の方に座っている。濡れた前髪からは雫がしたたり、彼女の膝へ水滴を落として――――泣いているのかと思った。小屋の中を照らす光源は少なく表情は読み取れないまま、それ以上の詮索も不躾だろうと思いなおす。
 だけど、俺はその少女の顔に見覚えがあることに気がついた。

「月宮……だったか? 隣のクラスの」

 声を出してしまったのを一瞬だけ後悔しつつ、相手の様子を窺う。名前を呼ばれた事ではじめて俺が居る事に気が付いたのだろう、月宮ははじかれたように顔を上げた。瞳が濡れている事には気付かない事にする。

「あ……うん。天寺くん?」
「――お、おう」

 かすれた声はまだ多量の水分を含んでいて、一瞬返事をためらってしまいそうになる。もちろんそれも指摘する事はできない。彼女は笑っていたのだから。

「い、いやぁまいったよな。いきなり降ってきたもんな。天気予報なんて見てないからビックリしたぜ」
「晴れだよ」
「……へっ?」

 取り繕うように早口でしゃべった後だったので、彼女のそっけない言葉が何を示しているのか一瞬理解できなかった。それに気付いたのか、月宮は一呼吸おいた後にもう一度口を開く。

「天気予報、今日は晴れだったよ。降水確率ゼロ」
「あ、ああなるほど。なんだよ、当てにならないな最近の天気予報も」

 そう言って、笑い飛ばそうとした。明るい話題にしようとしたのだ。だけど、その目論見は失敗に終わる。

「ごめんなさい」
「はぁ? なんで月宮が謝るんだよ」
「だって……」

 視線を合わせた彼女の目から雫が溢れるのを、止めることが出来なかったのだから。

「私、雨女だから」


_______

2.ハートビート・ストップ


 落ちてくる空。天の恵み。美しく表現する言葉はたくさん有るけれど、見上げれば見慣れた景色。まるで、私の心を映したみたいに。
 溜め息。
 そういえば、最初に意識したのはいつだっただろう。クラスメイトの誰かが言ったのだったかもしれない。
 私が、『雨女』だと――――。

 初めの頃はもちろん友人たちも一緒になって笑い飛ばしていた。けれどもイベントのたび、大事な記念日のたび、雨が重なればおのずと自覚も出来てくる。
 そしてとある雨の日に、誰かが言ったその言葉がある種の毒のように、そして呪いのように私の心に刻まれるのに、それほどの時間はかからなかった。

 『わざとやってるんじゃないだろうな?』

 そんなわけ無い。誰が好き好んで雨なんか降らせるというのだろう。それに、私の意志で自由に雨を呼べるというのなら、もっと別の有意義な使い方を思いつくに違いない。
 そんな事にも頭が回らない、そして気も回らない失礼な台詞だった。それでも、周囲の人間にはそれが幾分か信憑性のある言葉に聞こえたらしく、私はその日、クラスメイト全員から責められる形になったのだ。
 次の日空は晴れていて、恐る恐る教室を覗いた私に、クラスメイトは明るく声をかけてくる。まるで前日の出来事なんか無かったかのように。
 以来私は他人を友人を、そしてより近しい人たちですら、完全に信用する事が困難になっていったのだ。
 放課後は涙色の空。仕方ないとあきらめて、バッグから折りたたみの傘を取り出す。もちろん常備しているのだ。少し面倒臭いギミックを組み立てていると、後ろから駆けて来る人の気配がした。

「うわっ、雨降ってるとか。マジかよ」

 空を見上げたままの姿勢で隣に並んだのは、クラスメイトの男子だ。

「佐野くん、傘持ってないの?」
「うおっ!? と、なんだ月宮か。そうなんだよ、部活休みになったから早く帰れると思ったんだけどな」

 確か彼は陸上部だったか。私の存在に気付いていなかったのか、飛び上がるくらいに驚いた後、佐野くんは首をガクンと振り下ろす。少々オーバーなくらいのリアクションは他人を拒絶しようとしていた私の心を緩ませるには効果的だった。気が付くと私は、クスッと小さく笑みを漏らしていたのだから。

「傘、貸してあげようか?」
「え、でも月宮はどうするんだよ。あ、その……一緒に?」
「ううん。私、置き傘もあるから」

 持っていた傘を差し出すとあたふたと上下に手を動かし、私の説明を聞いて今度は首を傾げる。元気というか大げさというか、なんだかとても楽しそう。

「そっかお前、雨女だとか言ってたもんな」

 何気無い台詞。自分が誘導したに等しいそれが、私の心に再び影を落とす。暗くなりかけた思考を首を振って払い落としながら、組み立て終わった折り畳み傘を佐野君に渡し、自分は置き傘を取りに行こうと踵を返した。

「傘、ありがとう! じゃあまた明日な!」

 大きな声に視線だけを後ろに戻すと、佐野くんはすでに校門の近くにまで走り去っていた。足が速いんだなと思うより、そんなに走ったら傘の意味が無いだろうという思いが先に来てしまう。
 なんだか嵐が通り過ぎた後のような感覚を、ほんの少しの時間だけ私は心に抱きしめた。

 それから、彼とはよく会話をするようになった。冗談を言い合うような関係になるまでそれほど時間はかからなかったと思う。彼の部活を見学して一緒に帰ることもあった。あの時渡した傘が返ってきてないことに気付いてはいたけれど、それを指摘する気は起こらなかった。彼と居ると、自分が雨女である事を忘れていられる時間が増える。その代わりに彼を想う時間が増えていく。正直、うかれていたとも思う。
 そしてそれは、佐野くんに近くの小さな遊園地に誘われたことで、最高潮に達してしまうのだ。

 おしゃれをして軽くお化粧して、遅れないよう早めに家を出て。たどり着いた遊園地はそう――――雨の中なのです。
 小雨くらいの降り方なら、傘でしのげたかも知れません。けれども目の前に広がるのは、ザアザアよりもバチバチに近い音が目に見えるほどの豪雨。民家から気軽に遊びに来られる距離にあるはずの小さな遊園地に、今は動く影すらない。
 家を出るときは『少し空気が重いな』程度だったのに、行程の中ほどから降り出した雨は、目的地への到着を待たずして、淡い期待を打ち砕く弾丸となって私の頭上に落ちてきた。
 『待った?』『ううん、今来たとこ』なんていう甘ったるいやり取りも想定していたのに、待ち合わせの場所で顔を見合わせた私たちは、示し合わせたように同時に溜め息を吐き出したのです。

「これは、無理だよな」
「うん、ごめんね」
「月宮のせいじゃないだろう」

 雨で予定が潰れた時のいつものやり取りでさえ、今日は重たく感じる。雨は遊園地の広場や乗り物のシートだけでなく、これから燃え上がろうとする若い心の種火までもを濡らし、潰れていく休日の予定と同じように価値の無いものへと変えてしまおうとでも言うのだろうか。
 そして重苦しい雰囲気は、ついに彼に呪いを吐き出させるにまで至った。

「わざと……じゃ、ないよな?」

 彼が口にしたのは、解決策でもこれからの予定でもなく、私の傷痕に塩を塗るような一言だったのだ。
 気が付くと私は佐野くんを殴り倒していた。グーで。水たまりと豪雨にさらされて、全身びしょぬれになりながら、彼は驚いたように私に目を見開く。でも、その行動に驚いたのは彼だけではなかった。突然の自分の衝動を信じられないまま佐野くんに背を向ける。急いで謝れば取り繕う事は出来たのかもしれない。だけど、頂点からどん底へ落とされた気分を味わった私の心は、それを許容できないほど色を失っていた。この空と同じように。

「……あの傘、返してね」

 決別の言葉を残し、私はそこから逃げ出したのだ。

 家の近くまで戻ってくると、雨はまた小降りになっていた。どうやら遊園地に近いほど、雨は激しさを増すらしい。それは何か本当に呪いのようなものを連想させて、私は濡れて震える身体を抱きしめた。
 そのまま帰る気力もなくて、バスの停留所となっている小屋に隠れるように身を置いた私は、雨の音だけが支配する空間でうつむき、ひざに雫が落ちるのをうつろな目で眺めるのだった。
 佐野君と過ごした時間が夢のように感じられる。今日のことだけが夢であったらよかったのに。今更になって痛み始めた拳が、そんな浅はかな考えを拒絶する。
 嫌われてしまった、だろうな。そう思うと、なんだか逆におかしくなってくるのだった。

「月宮……だったか? 隣のクラスの」

 そこへ突然降ってきた声に、私ははじかれたように顔を上げる。
 雨宿りに来たらしいその少年は、たしか隣のクラスの天寺くんだ。泣き顔を見られた事には、気付かないフリをした。


_______

3.クライマティック・ストップ


 吐き捨てるように断片的に語られる月宮の独白を、沈黙のまま俺は聞いていた。こんな時どうすればいいのかなんてわからない。彼女を元気付ける言葉も思いつかず、ありきたりの慰めなんて、必要とされていないと感じたのだ。
 だけど俺にはたった一つだけ、現状の空気を変えさせる秘策が無いわけではなかった。それは小さな寺社を営んでいる我が家に代々伝わる秘術。とは言ってもまだまだ修行中の未熟な俺には、ほんの些細な奇跡が起こせるに過ぎない。
 本来の大掛かりの儀式を行うなら口外したり他人に見せたりする事は禁忌ではあるが、簡略された方式で僅かな力を使う程度なら、許されるのではないかと思われた。それで、彼女の涙が止まるのなら。

「あ、あのさ。もしもの話なんだけど」
「?」

 もったいぶった言い回しにしたのは、秘匿義務がどうとか言う話ではなく、ただ単に口に出すのを恥ずかしいと思ったからで。

「もしも俺が、この雨を止ませる事が出来るって言ったらどうする?」
「……え?」

 言葉を聞いただけで信じる事は困難だろうし、信じてもらう事が目的ではない。だから俺は、驚いて瞬きを繰り返している月宮に、ニヤリと笑って見せたのだ。

「そんなの無理だよ。人の力で天候を変える事なんて出来るはずないもの」

 聞き慣れた台詞でも、彼女が使うと重さを感じる。それは彼女を長い間苦しめてきた払拭できる可能性であり、彼女が望んでいた力であるのかも知れなかった。
 だからって、門外不出の秘術を見せていい理由にはとどかない。これは俺の意思。俺が見たいと思ったからだ。偽りではない彼女の本当の笑顔を。

「じゃあ、本当に雨を止める事が出来たら、俺と付き合ってくれるっていう事でひとつヨロシク!」
「え、ええっ!?」

 突然の告白に驚いた彼女はどうやら涙を引っ込めてしまったらしく、俺の目論見のひとつは達成されたと思って良いだろう。
 悪戯な笑みを返しておきながら、俺は自分の中に流れる力に集中する。目を閉じイメージするのは球体。何も無い空の器。そして、そこに溜まっていく水を思い浮かべる。
 それは雨。今、この地域一帯に降り注ぐ雫を器の中に閉じ込める。両手を胸の前に持っていき、その球体を支えるように包み込む。そうだな、時間は十分程度でかまわないだろう。設定した時間に足りうる量の水が器にたまったのを確認して、俺は勢い良く両の手を打ち鳴らした。
 ――それは雨を打ち払うように。
 ――そして神に祈るように。
 パチンと打ち鳴らした柏手は、停留所の小屋の壁を突き抜けて泣き続ける空に響き渡る。そうして開いた俺の目に飛び込んできたのは、沈みかけの太陽の赤く燃える満開の笑顔だった。

 一定時間、雨が降る時間を遅延させる。それこそが俺が唯一使える小さな魔法。無事に成功した秘術に安堵の溜め息をついた後、隣に座っていたはずの月宮の顔をうかがい見る。そこに有った驚きと感動を混ぜたような表情に満足して、俺はもう一度小屋の入り口から溢れる日の光に目を向けた。

「月宮!」
「え……うそ。佐野くん……?」

 そこに飛び込んできたのはずぶぬれの息を切らせた男で、たしか月宮と同じクラスの男子だ。つまりそれは、彼女の話に出てきた今日のデートの相手であり、彼女の心のオアシスだったはずの少年であり。

「ごめん。俺、無神経な事言っちゃったんだよな。気にしてるってわかってたはずなのに。それなのに俺……」
「う、ううん。私こそごめんなさい。その、なぐっちゃって。自分でもビックリしちゃって、もう嫌われたんじゃないかと思って。それで……!」

 互いの謝罪を聞きあった後で、佐野くんとやらは月宮の腕をつかみ、強引に立ち上がらせるとそのまま引き寄せ、まだ濡れている胸で彼女を抱きしめた。

「嫌いになんかならないよ。だからあの傘、返さなくても良いかな?」
「うん……ずっと持ってて、良いよ」

 俺が見ている事などすっかり忘れているらしく、二人は燃えさかる胸の内を打ち明け、手を取り合って陽の光の中を歩き去っていくのだった。二人の未来に向けて。



 十分後に戻ってきた雨の中、俺は自転車を押しながら田舎のあぜ道を歩いていた。まあ、雨もたまには悪くないのかもな、と。そんな事を考えながら。



END
メンテ
剣、時間、魔王:多重戦隊サイムレンジャー ( No.186 )
   
日時: 2012/08/15 03:23
名前: 伊達サクット ID:YweRMbB2

 佐藤はごく普通の、どこにでもいる西暦2050年の日本の女子高生として日常生活を営んできた。
 しかし、ある日突然その平凡な秩序は崩壊した。父と母が五百万の借金を残して逃げたのである。家族で残ったのは、祖父と祖母のみ。
 すぐさま三人の家族会議がお茶の間で開かれた。
「ああ、どうしたらいいんじゃ婆さん」祖父が頭を抱えた。
「ああ、どうしたらいいんじゃ爺さん」祖母も頭を抱えた。
「私、お父さんとお母さんがあんな借金してたなんて、ちっとも知らなかった。私、高校通えるの?」
「よく分からない」祖父が言った。
「よく分からない」祖母も言った。
「ああ、もう! どうしてこんなことになっちゃうかな?」
 佐藤はどうしていいのか分からず途方に暮れ、後ろに寝転がった。もしかしたら家に怖い人がやって来るかもしれない。もしものときは、自分が祖父と祖母を守らねばならぬ。
 ともかく、学校の先生など、周りの大人と相談して何とかこれからの道を切り開かねばならないと思った矢先、玄関のインターホンが鳴った。
 佐藤は立ち上がって玄関へ走った。覗き窓に目をくっ付けると、サングラスをかけた黒服の巨漢が立っている。あまりの危機感に、佐藤の腕は鳥肌に覆われた。
「どちら様でしょうか?」
 とりあえず、相手が何者か確かめるために定例文句を言う。
「拷問金融の長谷川です。佐藤優子さんはいますでしょうか?」
「あの、私です」
 佐藤はおそるおそる返答した。
「借金のことでお話しがあるので、開けてもらえますか」
 拒否したところで何が解決されるわけでもないだろうから、仕方なしに長谷川を玄関に入れた。
 話は玄関先で済んだ。長谷川いわく、学校に通いながらできるアルバイトがあるという。それで借金を返済するよう勧められたのだ。
 終わった、全て終わったと佐藤は思った。援助交際だか風俗店だか知らないが、夜のバイトに決まっているのだ。どうあっても両親を恨みたくなかったので、自分の運命を呪い抜くことにした。
「それしか方法がないのなら、やらせてください」
 佐藤はめそめそ泣きながら言った。
「よし、いい子だ」
 長谷川はバイト先の人物と会わせると言い、佐藤を黒塗りのベンツに乗せた。
「どんな人と会うんですか?」
 助手席の佐藤が長谷川に聞いた。財布と携帯電話以外、全くの手ぶらで出てきたので不安そのものであった。
「宇宙人さ」
 長谷川は馬鹿にしたように言った。彼の発言にいちいち反応する気にもなれず、佐藤はうつろな目で両手を太ももに置き、流れる車窓の景色を見送っていた。
 長谷川に案内されたのは、とある貸しビルだった。彼とはビルの前で別れた。去り際に、「こんな可愛い顔してるなら、夜のバイトでも十分行けるのに、勿体無いな」という言葉を投げかけられたが、その言葉の意味するところはまだ佐藤には分からなかった。
 長谷川に言われた通りに、三階の一室までやってきたが、扉に書かれている文句は非常に怪しげなものであった。
『宇宙防衛組合 地球支部』
 と銘打ってある。エキセントリックな感じがビンビンと伝わる字面だが、風俗店よりはましだと思い、思い切って扉を開けた。
 中は、何の変哲もない中小企業のオフィスといった感じで、おかしな部分は見受けられなかった。
「おお、あなたが佐藤優子さんですね。長谷川さんから話は聞いてますよ」
 そう言って現れたのは、体格の良い中年の男性であった。しかし、体系のことより目を惹いたのは彼の服装である。
 ヘルメットを被り、ごてごてと光る装飾を施した特撮番組のヒーローのようなスーツを身に付けているのだ。あまりの衝撃的な光景に、言葉もなかった。そんな佐藤を尻目に男は爽やかな笑い声をあげ、話し始めた。
「驚いているようだね。私の名はドゴーン。はるか宇宙のチュドーン星からやってきた地球防衛組合地球支部長だ。よろしく。拷問金融の債権は我々が譲り受けさせてもらったよ。だからこれからは我々が債権者だ。両親の足取りはつかめないから君には多重戦隊サイムレンジャーのサイムレッドとなって働いてもらう。君が五人目、戦隊最後のメンバーだ」
 言っていることは分かるが、言っていることが真実かどうかは分からない。
「あの……」
「シャラップ! 黙って聞きなさい」
 ドゴーンは高圧的な態度でこちらの発言を認めなかった。そもそも、見た目が人間と区別がつかないので、宇宙人だというのが信じられない。
「今から君の四人の仲間を紹介する。ムキムキニート四天王だ。彼らがブルー、グリーン、イエロー、ピンクとなる。四人とも埼玉出身だ」
 ドゴーンは手拍子を二回打った。すると、奥の部屋から四人の筋骨隆々のマッチョマンが一列になって、のそのそと歩いてきた。四人とも、主張の強い筋肉の割にはすまなさそうな表情をしている。
 ドゴーンが小さく咳払いをして、四人の解説を長々と始めた。
「彼がブルー、ムキムキニート四天王、毘沙門天の田中。無職。就職活動もせず筋トレばかりに明け暮れて、気が付いたら三百万の多重債務を抱えていた男だ。強い奴を見るとワクワクしてくる爽やかなナイスガイだ」
「田中です。よろしく」
「彼がイエロー、増長天の桂木。無職。筋肉の割には知能が発達した頭脳派だ。その証拠に、何と九九は四の段まで言える。司法試験の準備を八年続けているが、受験したことは一度もない、気付いたら借金三百万だ。彼にとって、筋肉とは法律なのだ」
「桂木です。よろしく」
「彼がグリーン、広目天の矢島。無職。体温を気合いで自由に変化させることができるクールな奴だ。夏は江の島海岸にカメラを持って出没するぞ。ホームページの管理人で、必ず一日三回更新するほどの頑張り屋だ。借金二百万」
「矢島です。よろしく」
「最後にピンク、多聞天のイボンヌ丸山。無職。特になし、強いて言えばオカマ。借金七百万」
「イボンヌ丸山です。よろしく」
 みんなそんなにいい身体をしていたら、力仕事がいくらでもできるではないかと佐藤は思ったが、他人のことを深く詮索しても仕方がない。心配すべきは自分の今後である。
「そして、佐藤君、君がレッド、リーダーだ」
「えっ、私がですか? 見た感じ、私が一番年下っぽいんですけど」
 佐藤は真剣に切り替えした。あの自己紹介を聞いているうちに、自分がどんどんこの妙な雰囲気に組み込まれていることが分かる。運命の流れに身を任せるしかない。
「だって、こいつら全然やる気ないんだもの」
 ドゴーンが呆れ顔でマッチョ達を眺め、さらに続けた。
「いいか、諸君らの星では戦隊モノの番組はフィクションかもしれんが、我が星では生放送のドキュメンタリーなのだ」
「えっ?」
 佐藤は怪訝な表情を作って聞き返した。激しく嫌な予感がする。
「諸君らの借金は、これより戦隊全体の債務となる。よって、五人の合計二千万円を全員で協力して返すのだ。仕事はマッチョ怪人退治、週一回日曜日。ノルマ制で怪人を一体やっつければ九十万円。毎週日曜日の朝八時、こちらで用意したマッチョ怪人を宇宙船から東京に落とす。怪人は本気で無差別破壊にかかるから、せいぜい命がけで戦うんだな。その戦いぶりが我々のチュドーン星のテレビで放送されるというわけだ。我々にとっては、君達の星がどうなろうが知ったことではないからな」
 佐藤は足を震わせながら、携帯電話を持って抗議した。
「それじゃあ、自作自演じゃないの。そんなの酷過ぎるよ。人の星をおもちゃにして。そんなことするんだったら警察や自衛隊に電話するからね」
 しかし、ドゴーンは全く動揺するそぶりを見せない。
「好きにすればいい。ただし、こんな話警察は信じんだろうがね。まあ、君にやる気がなければ残念だが仕方がない。この話は他に回すから。君は宇宙人ヤクザの取立てを受けるんだな」
「喜んでやらせて頂きます……」
 佐藤は、観念してサイムレンジャーの一員となる道を選んだ。
「ううう……。恨んでやる。呪ってやる。祟ってやる」
「つべこべぬかすな。だってそうだろう? 一体倒して九十万なら利息を入れても二十五週の放送で完済だ。ツークールで二千万円の借金を返せるんだからこんないい話はないじゃないか、ん?」
 ドゴーンはおかしそうに高笑いをした。その様子を佐藤は恨みがましい視線で見つめていた。

 マッチョ怪人は本当に毎週日曜日、東京に出現した。円盤のよう形の宇宙船から、一匹ずつ飛来してくるのだ。
 佐藤は高校生活の傍ら、その都度真っ赤なコスチュームを身に付けたサイムレッドとして必死に闘うのだが、彼女以外のムキムキニート四天王はどうにもやる気がなく、酷いときには一人か二人、戦いに来ないこともある。秘密戦隊としての連帯感は皆無だ。
 マッチョ怪人の力は凄まじかったが、サイムレンジャー達の戦闘能力はそれを上向いたものであった。とにかく、街を破壊する怪人から、関係のない人々や建物を守ることを最優先で、佐藤は死力を尽くしていく。
 借金の返済は順調に進んでいたが、佐藤はある問題に気が付いた。
 サイムレンジャーのスーツには残り借金の金額がメーターで表示されているのだが、実はこのスーツ、債務残高が減れば減るほど力が弱くなっていくのである。多重戦隊サイムレンジャーのコスチュームは、借金がパワーの源になっているのだ。
 佐藤は切実に焦燥感を覚えた。これは良い傾向ではない。
 弱くなると怪人を倒せない。登場してから三十分経過すると怪人は何の脈絡もなく、勝手に宇宙船に帰還するが、その放送日は九十万円の報酬が入らないので、宇宙防衛組合に債務を返済できない。そのようなときは、次の放送分も同じ怪人が使い回しで出てくる。借金は利息で増えており、戦隊自体は強くなっている。だが、使い回しのマッチョ怪人を倒せても、次週はもっと強い怪人が登場するので、序盤は減っていた借金が、少しずつ膨らんできているのである。今までは無意識に計算を避けて目を背けてきたが、このままでは借金を返済できないのだ。
 そうこうしているうちに、サイムレンジャーは借金まみれの正義のヒーローとして日本中の話題になり、マスコミも戦隊の正体に注目し始めた。
 数ヶ月が経過したある日曜日、先週倒し損ねた『電気ウナギマッチョ』に辛勝したときのことである。佐藤達サイムレンジャーの背後に一台の高級車が停まり、中から恰幅のよい老人が数人のボディーガードと共に現れた。
「サイムレンジャーさん。先日は悪の手先からうちの孫娘を助けていただいてありがとうございます」
 老人は佐藤の手を力強くにぎり、顔に満面の笑顔を浮かべていた。
「え、私ですか?」
 そう言えば怪人の電撃から、女の子を身を挺して庇っていたのだと、佐藤は先週のことを思い返した。
「私は、日銀総裁の金子と申します。この度はせめてものお礼として、あなた方の借金を私が個人的に返済させてもらおうと思いまして」
 佐藤は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になったが、ヘルメット越しには分からないであろう。それにしても都合のよい展開にもほどがある。嬉しい申し出だが、佐藤は思った。ここで自分達が借金を返済しても、チュドーン星人は再び債務者を引っ張ってきて怪人と戦わせて、見世物にするであろう。黒幕を叩かねば意味がない。
 ふと、佐藤の頭にあるアイディアが浮かんだ。実現するか分からない、一か八かの賭けであった。
「あの、それだったら、総裁にお願いがあるんですけど……」
 佐藤は切り出した。こうなったら全てを話すしかない。
 彼女の考えた作戦に他のメンバーは同調しなかったが、リーダーとしての発言力でねじ伏せた。すると四天王は、始末が悪いことに「じゃああんたがやればいいんじゃないッスか」と言い始めのだ。結局、最後の戦いにはサイムレッド独りで臨む羽目になった。
 次の週、佐藤は現れた怪人を指一本で、木っ端微塵に粉砕した。
 東京上空の宇宙船は、すぐにはるか上空へと撤退していく。しかし、佐藤はスーツを飛行形態に変形させ、凄まじいスピードで上昇した。
 宇宙船には一瞬で追いついた。佐藤は手に持ったスピーカーで、宇宙船に怒鳴りつける。
「こら、ドゴーン! 聞いてる? これより多重戦隊サイムレンジャーはあなた達から独立します。もうあなた達は二度と地球へは来ないこと。分かった?」
 すると、宇宙船からはドゴーンの声が聞こえる。
「債務者ごときが舐めたことをぬかすな! マッチョ怪人発射だ!」
 宇宙船のハッチから十体以上の怪人軍団が出現したが、二秒後には佐藤が右手から発射した凄まじいビームで怪人達を蒸発させていた。
「何だそりゃ? こうなったら最終回で出す予定の大魔王も出しちまえ」
 ドゴーンの慌てた声が聞こえる。
「ハーッハッハッハ! 我こそ大宇宙の真の支配者! 大魔王ゴハッチューなりー!」
 突如として空が暗黒に包まれ、巨大な怪人が現れたが、それもアッパーで大気圏外に吹き飛ばした。
「そんな馬鹿な! 意味分からない! こうなったら真のラスボスも出せ!」
「我こそ大宇宙の真の真の支配者! 究極超魔帝ヨブンニューカだああああ!」
 佐藤は構わず脚をオーラで包み込んだハイキックを叩き込み、相手の肉体を木っ端微塵に破壊した。舞い散るは究極超魔帝の血の飛沫と肉片。
「やばいやばいやばい! 何とかしろおおお!」
 ドゴーンのうろたえた声が宇宙船から響いてくる。佐藤は宇宙船を指差して、勝ち誇りながら種明かしをした。
「実は私ね、日銀総裁に頼んで、首相にかけ合ってもらったの。すぐに閣僚会議が始まって、超法規的措置として一時的に日本の抱える負債を、全て私が肩代わりすることになったわけ。だから今の私のパワーは国と地方合わせて約二千兆円分! 今だって坂を転げ落ちるように力がみなぎってるんだから!」
「さよなら」
 宇宙船は宇宙へ逃げようとするが、佐藤はさらに追跡する。
「サイムレンジャースペシャルアイテム、マネーレーダー!」
 佐藤は小道具のようなレーダーを取り出した。レーダー画面には、宇宙船の中心部に赤い反応が示されている。
「……金目のもの、発見!」
 佐藤は宇宙船に突撃した。装甲をぶち破り、一気に反対側から出てきた。その両腕には巨大なコンテナが担がれている。
「あっ、それは地球で収集した宝石じゃねえか! 畜生、クソ野郎が地獄に落ちろ、返すもんも返さねえで!」
 宇宙船は、ドゴーンの憎々しげな捨て台詞を残し、よろめきながら上空へ消えていった。
「バーカ、そんな借金踏み倒すに決まってるでしょ。いつもいつも債務者は踏みにじられてばっかりなんだから!」
 戦いが終わって借金は宇宙防衛組合の債権放棄という形となり、スーツはその力を失った。そして、取り返した宝石を持ち主に返すことにより莫大な報酬を受け取った佐藤は、当分の間生活に困ることはなくなったのだ。
 両親が消えた生活の寂しさにようやく馴染んできたある朝、祖父が佐藤に尋ねた。
「また、あの宇宙人が仕返しにきたらどうするのかね。もっと強い奴を用意してるんじゃないのかねえ」
「地球に悪が再びはびこるとき、サイムレンジャーもまた蘇る……。大丈夫、そのときは、国の借金ももっと膨れ上がっているから。それじゃ、行ってきます」
 佐藤はにっこりと笑ってみせ、学校へと向かった。
メンテ
剣、出会い、宝物:背教の子ら ( No.187 )
   
日時: 2012/08/15 14:32
名前: 茶野◆EtTblie50o ID:R5f/oLSo

 【5】

「その神は悪魔だ、と見ず知らずの旅人に言われた。さて、どうする」
 まず信じないだろうね、と彼らのうちの一人が言った。よそ者の言うことなど信用できない、と。
「その旅人が神の声を聞く者だったとしても」
 笑い声があがる。自らが否定する神の声を聞くなどと言うのはおかしなことだと思ったのだろう。
 村人たちと火を囲み、彼は物語を紡ぎだす。村人たちは彼の語に耳を傾ける。彼らにとってそれは物語でしかなく、彼もそれを物語以外のなにものにもするつもりがなかった。村人たちは立会人で、彼は執行人だ。
 自覚がないところは、昔も今も変わっていないのだと彼は思った。――神の言うことが本当ならば、の話だが。

 【4】

 その村の人々は火の神を祀っていた。かつて悪魔に火を奪われそうになったとき、助けてくれたのがその神だ。火は生の象徴であり、生を奪うものは悪だった。
 村人たちは神に感謝の意をしめすために、年に一回丘の上に作った祠へ火を捧げた。旅人がその村を訪れたのは、その年の火を奉納する日だった。
「今すぐ祭りをやめなさい。あなたたちの祀る神は、神ではなく悪魔です」とその旅人は言った。
「わたしは神の声を聞きました」
 彼の言葉に村人たちが耳を貸さなかったのは無理もない。彼はよそ者だった。彼らの見たこともない服を着て、同じ言葉を話しているはずなのに喋り方は彼らと明らかに異なっていた。村人たちは村を出ない。異民族と出会うことはまずなかった。たとえ旅人が神の話をしなくとも、不審に思われたことだろう。
 人々に見向きもされなくとも、旅人はかまわず話を続けた。神が言った、と前置きしたうえで彼は語り始めた。
「あなたがたの先祖は、神の言葉を聞かなかった。そのかわり悪魔のささやきに耳を貸したのです」

 【3】

 彼の言葉を信じる者はいなかった。火を奪うものが神であるはずはないと村人たちは考えていた。
「火を絶やそうとしているのは神だ。だが、それは悪魔から私たちを守るためなのだ」
 何のために神がそのようなことをするのかと問う者がいた。
「悪魔は火を好む。神はそれを知らなかったのだ。我々に火を与えてから気がついた。私たちから少しずつ火を盗んでいった悪魔が力をつけて襲ってくるぞ」
 やむことを知らない大雨の中、多くの村人たちは火種を絶やすまいと体を張って守り続けていた。彼は人々に向かって神の言葉を投げかけ続けた。
「お前たちは、火を与えてくれた神に背くというのか」

 【2】

 冷たい世界に人々は暮らしていた。
 一人の男が丘の上に立った。
 彼の手にはなにやら眩しく明るく暖かい光があった。
 彼は言った。これは神からの贈り物なのだと。

 【1】

 彼は声を聞いた。
 その声の主は光に包まれ、姿を目にすることはできなかった。

 【0】

 愛しき子よ、と光が言った。

 【1】

 彼はそれに神という名前をつけた。
 ことあるごとに「神よ」と呼びかけ、他の人々はそれによって「神」の存在を知った。

 【2】

 冷たい世界は終焉を迎えた。
 火を手にした人間たちはそれまでよりも長い命を得た。
 神に感謝しようと言い出したのは誰だっただろうか。
 彼らは丘の上に神を祀る祠を作った。
 神は感謝など望んでいないことを、神の言葉を聞いた男は知っていた。神は見返りなど欲さない。愛だけがあった。
 だが男は人々を止めなかった。人に話したことで、神との邂逅が夢のできごとのように思えてきたからだった。

 【3】

 雨はその後数日降り続けた。重い雲の隙間から光がさしてくるのが見えたとき、村人たちは悪魔から火を守りきれたことを悟った。
「神が我々をお守りくださったのだ」
 誰もがそう思った。そのうち村人たちの中に神の言葉を聞いたという者が現れた。
「神は感謝を捧げよと言っている」
 声を聞く者は一人だけではなかった。老若男女問わず、村人たちはみな神の声を聞いた。神は悪魔だと言った男も例外ではなかった。
 村人たちは話し合って、年に一度神の祭りを行うことにした。
 悪魔の存在を予知できなかった神だ。間違えることはよくあるのだろうと男は思った。
 悪魔の声を信じた村人たちの心が神の祠に悪魔を招き入れたが、誰一人として気がつく者はいなかった。
 神の声は二度と男に届かなかった。

 【4】

「このままだと悪魔がこの村を襲います」
 男が話し終わるのを最後まで聞いていた者がいた。
「ところであんたはどうしてこの村に来たんだ。あんたの言うことが本当なら、神はよそ者のあんたに話しかけたってことじゃないか。おかしいだろう」
「ええ」
 旅人はその者の言葉に同意した。
「わたしだってそう思いますよ。ですが、寝ているところに毎晩毎晩話しかけてくるものですからしかたないのです。神の言葉をあなたがたの前で話せたので、ようやくわたしは解放されます」
「それに意味があったのかね。村のものは誰もあんたの言うことなんか信じていない」
 さあ、と旅人は首をかしげた。
「わたしはどうだっていいんです。故郷の家でゆっくり寝つけさえすれば。あなたたちの神なんてわたしの知ったことではありません」
「まあ、そう言わずに。今日はちょうど祭りの日だ。ゆっくり楽しんでいくといい」
 村人たちは神の言葉を信じていない。旅人にはそもそも宗教がない。神と信仰心が結びつかなかった。幻聴だったのかもしれないと彼は思った。自分で作ったという人間一人にすら信用してもらえないものが、神と名乗るのは妥当かどうか。その神が悪魔だというもののほうがよほど神に近いだろうと彼は考えた。
 祭りは一晩中続いたが、悪魔の襲撃は起こる気配すら見せなかった。

 【5】

 神の物語を物語ること。つまり、処刑だ。彼は死にゆく神にとどめをさした。
 面白い話だったと村人たちは言った。彼らからの賛辞に笑みで答えながら、彼は神を思う。
 これで神は物語の世界の住民になった。村人たちは神が実際に存在するとは思っていない。存在が認識されないものはいないことと同じだ。神話は長く語り継がれていくかもしれない。しかしそれは物語でしかないのだ。多くの語り手によって打ちつけられてきた楔が、神をもう物語の中から離さないだろう。
 実際、神は何もできなかった。言葉をつむぐだけで精一杯だった。
 祭りにかこつけて酒盛りをする村人たち。親の手を振り払う子どもは何も考えていない。そう考えるとむなしいものだ。
 かつて彼らが神と呼んだ悪魔も死んだ。目に見えるもの以外はすべて物語になった。
「神よ」
 彼は呼びかける。
「もしもお前が本当にいたのなら、姿を見せればよかったのに」
 声を聞いたとき、すぐに殺すことを考えた。そのほうが神にとっても幸福だろうと。親元を離れていく子どもたちを見るのはつらいことだろうと彼は考えたのだ。
 村人から酒の杯を受け取り、彼は一気にそれをあおった。村のあちこちで焚いているかがり火の灯が揺れている。ふっと彼は笑う。
「何がおかしいんだい」
「いや、私も子どもだったのだなと気づいて」
 そりゃあ老人からしたら子どもだろうと誰かが言った。そうではないと彼は答える。
 自らすすんで刺したはずの刃を抜き取りたくなった自分がおかしかった。失ったのだろうか、それとも、今初めて得たのだろうか。
 もう彼はそれについて何も語らなかった。
メンテ
あかり、時間、さくら : 散らない桜 ( No.188 )
   
日時: 2012/08/15 15:27
名前: 鳳◆MebFSLR8nQ ID:wWGEUahs


 小規模ながら素晴らしい出来だと話題の桜園。今まで作られることのなかった、移ろう春の象徴。それがようやくどこぞの技術者連中によって作り出された。桜を見ることができなくなり五十年余り経ってのことだった。
 味気無いまやかしを映し出し、殺伐とした真実を締め出す天蓋の下。死んだ風趣に毒されること無いよう、蓋され封印された箱庭。ここへと収監される最後の年までの通り、日が落ちてから園庭に赴く。そして今、その入口で私は立ち尽くしていた。元々、百と見られないということもあって、格別な情感を持ってこの場へと足を運んだわけだが……一目触れた、それだけで、“物”を見る俗な心持ちになってしまった。それでも、永く目にすることさえ叶わなかった桜のため、すぐ帰るという気にもなれない。仕方なく、心動かされることの無い虚像を見て回る。心に残ることすらも無いと知りながら。

 一瞥して把握できてしまうほどの統一感。混沌の中に宿る対称性など、月夜を映す天蓋の外へと置き忘れたようだ。情趣ある流麗な桜などは何処にも見られず、一様に輝くほど明瞭な鮮やかさを振り撒く薄紅色で、一様に派手な呈色をしている。
 月明かりの中歩く群衆は異人邦人問わず皆若い。心躍るその気持ちをはしゃぎまわって表現する子供がいれば、感銘を受けたような視線を送る若人もいる。それらのほとんどが、桜を目にした事が無かったのだから、無理も無い。
 紛い物の土の上に作り上げられた虚像。手を伸ばそうとも“物”に触れることはなく、何一つ感じることなく空を切る手と揺らぐ素子が見えるだけ。形だけは完全な出来であり、記憶に焼きついた実像と同じく美しい。しかし、記憶の中に残る精悍な輝きは目の前にはない。代わりに見受けられるは紅玉のような冷たい輝きだった。
 桜を囲む群衆のほとんどは手を伸ばすことなどない。影に慣れきって、物質を意識することすらないからだろう。稀に子供が情報を乱す他は、一歩引いたところで見上げている。作り上げられた偶像しか知らないその目には一体何が映し出されているのか、私には知る由もない。
 人の群れに釣られてゆっくりと歩く。変わり映えしないどころか、一片の変化もない景観に包み込まれ流され続けた。しばらく進むと、流れが塞き止められ横へ広がっていく。何か、余程の物を囲って眺めているのか、口汚い耳障りな歓声が所々で上がる。背伸びをして視線の集まる先を見てみると、そこには下方から光を受けて照り返す桜があった。あざとく照らされたそれを眺めて喜ぶ人集りに紛れて一人溜息を吐く。無粋だ。発案者の即物的な視野が容易に思い浮かぶ程に。
 すぐにその場を離れた。幻像の上にわざとらしい余計な装飾をくっつけたところで、ただ見苦しいだけ。擬似の桜に空疎な装飾を施すなど、虚ろなことこの上ない。紛い物一つで崩れ去る情趣が、虚飾を重ねた塊に宿るはずもない。

 失望と諦めを胸に、出口へと足を向ける。歩みを進める道中、常に満開の桜が私を取り囲む。萎むことも、落ちることも、散ることもなく、全てが全て満開で鮮やかで、一転の曇りもない。何処に目を向けようとも、幻像の桜は風にたなびくこともない。雲があろうとも隠れることのない天蓋の月のように。見れば見るほど思い知らされる記憶と現実の乖離。実像と虚像の埋めようのない隔絶。
 出口を潜り抜けて来た道を顧みる。月明かりに照らされる空想であり幻像の桜、そして群がる人々が目に留まる。過去は欠けない月を持った空だった天蓋のように、この桜にも変化は望めるのだろうか。

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