ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

出会い時間擬音:みよんみよん星人 ( No.190 )
   
日時: 2012/08/15 23:00
名前: sakana◆092jpOU0d. ID:2rpb94Ok

〈むかしばなしをしてみまして〉

 むかしむかし、あるところに一人の人間がいました。
 彼はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の教育課程を修学し、恋人はいませんが、浅く広い友人関係と深い家族との絆を築いておりました。
 ごく普通の会社員となり、毎日を多くの人たちと過ごし事業をこなす。夜には一人、または友人とその日の鬱憤を晴らすために、ネオン管で彩られた街へと足を進めるという毎日を送っていたのです。そしてこの日もまた、いつものように覚束ない足取りで帰路へ着こうと、夜道を歩いているところでした。
 ひとつ、街灯の下を通ったときです。彼は酔いに助けられ、ある一軒家の石垣に体重を預けはらはらと涙を流し始めました。
 ただ疲れていただけに起こした、何気ない行動でした。
 この時間を過ぎれば、また変哲のない毎日を送るだけというけじめの涙でした。
 しかし、このとき。同じ場所。その上空で泣いていた者にとって、それは一種の救いだったのです。
 
 夜空にぽっかりと浮かぶお月様。それに対抗するかのように、無音で浮かぶ円盤ひとつ。
 銀色は、街灯の光を反射しながら静かに。それでもしっかりと彼の元へと降りてきたのです。
 そして着地した円盤の中から出てきたのは、手にナイフとフォークに見立てた何らかの機具を持ち、二本の触角を持つひとりの宇宙人でした。
 宇宙人は口を開き、言葉を投げ掛けます。彼は目の前の出来事を信じるよりも先に、ただ受け流しておりました。
 宇宙人は俯いていた顔を上げ、垂れていた二本の触角もぴんと上へと張り詰めます。彼は言葉の通じない宇宙人に恐怖を感じるよりも先に、ただ同情を感じておりました。
 宇宙人は彼へ何か言いたげな視線を投げ掛けながら、それでも先ほどまでの彼と同様に、はらはらと涙を流します。彼はそんな行動をとる宇宙人に対して、違う、と無意識に言葉を発しておりました。
 けれども、通じません。
 宇宙人は涙を絶やすことなく、彼の手を取ります。ひとつ彼は思いました。もしかすると、宇宙人が流しているのは喜びの涙なのではないのだろうか、と。
 そして酔っている彼は抵抗することもできずに、円盤の中へと誘われていったのです。

 銀色の円盤の中は、彼が想像していた以上に広いものでした。ただ家具はありません。長方形に切り取られた無機質な出っ張りがいくつも足下から生えており、それは一種のイスで、ベッドでありました。色のない棺のようだと彼は感じます。
 そして横たわる等身大の長方形の上の寝転がされたのです。
 彼は起き上がろうと身動きします。けれども不思議なことに、ぴたりと長方形に吸い付けられ起き上がれません。これから何が起こるのだろうと。彼は宇宙人を見上げました。
 みよんみよん、と宇宙人は触角を震わせます。そして次の瞬間。ぶちり、と音を響かせてその内の一本を宇宙人は自らの手で引き抜いたのです。
 彼は目を見開きます。そしてはっきりと覚醒した意識の中で恐怖を感じるのです。
 宇宙人は再び、手にナイフとフォークを模した何らかの機具を持ち。そして彼へと、彼の頭部へと当てたのでした。

 さびしい、さびしいと。膨大な時間の中で過ごしていた宇宙人はひとり泣いています。
 さびしい、さびしいと。妙に物悲しい音を立て宇宙人は二本の触角を震わせます。
 さびしい、さびしいと。孤独を捨てたいと必死に願っていた宇宙人はひとりの人間を見つけます。 

 さびしい、さびしいと。
 宇宙人は一本の触角を震わせ、今度はゆっくりと。残った触角を左右に震わせ、新たに出来た仲間へ親愛の意を示すのでした。



〈すうじゅうねんごもえんがあるぼすとのであいと〉

「ひゅーひゅー! ボス、いつ会ってもかっけえです!」
「ボス! ボス! びーおーえすえす、BOSS!」
「我らのボス! みんなのボス! ヒーローでっせぇ! むふふふふー」
「あっ、アナタがボスさんなんですね! 初めまして、俺。××っていいます!」
「ボス、コイツ新入りなんだ。喝でもいれてやってくれ」
「ねえねえボス! 今日ね、俺様年寄りの買い物袋を持ってやったんだ! 偉いでしょ偉いでしょ! 褒めて褒めて」
「ボスー、ああ……どうしてボスはボスなんですか。…………はあ」
「ボスは今年の夏、何して過ごすッスか? そこは男の夏ってことでサーフィンとか? くぅー! もうむちゃくちゃ痺れるッス!」

「やめろ、やめてくれ! 頼むからそれ以上言うな!」

 安物の服を着込み、左頬をガーゼで覆われた男は腕で目元を隠す。その際、腕に付けられたアクセサリーは同士とぶつかり音を立て、掲げられたピンキーリングや髑髏を模った指輪は太陽の光に照らされいっそう光る。強面でアロハシャツ。見た目は思いっきりヤのつく職業の男だった。
 そしてそんな男はいま、猛烈に嫌がっている真っ最中だった。照れるという段階をすっとばし、褒められるということがひどく格好悪いことだと認識してしまっていたからだ。主に、TPOをわきまえず男を褒め称えるこの集団のお陰で。

「何でですかいボス! おいらたち、みーんなボスのこと尊敬してるんんでやすよ!」
「とりあえず、ボスと呼ぶのはまだ良い。誰だって、ひとのことを先生や師匠と呼びたがる年頃だからな、それは分かる」
「さっすが、よく分かっていらっしゃる! 二十歳過ぎた男共はそんな年頃ですもんね!」
「……とりあえず、俺がお前たちに何かをしてやることもしてないのに勝手に尊敬されるのは不可解だが、どうこう呼ばれることに抵抗は、ない。だが! 何故会う度に囃し立てるんだ! 会う度っていうのがもう居たたまれない。それ以前の問題として……お前たち、ぜぇったい俺の後つけてたりするんだろ! 一日に何度この意味不明な男共の集団に会うと思っている!」
「え〜偶然ですよ?」
「目が泳いでるぞコラ。お前とは高校時代からの付き合いだが…………はあ……お前たちの中に、俺の友達と呼べる存在はいないし。気がついたら舎弟みたいなのが勝手に湧いてくるし。今も新入りですって自己紹介してくれたやつがいるが、これは何の組織なのかって話だ。俺は何も創った覚えはないぞ! 知らぬ間に俺を巻き込むんじゃねえよ!」
「またまたー、ボスってば照れちゃって。お・ちゃ・め・さ・ん。あ、ちなみに語尾はハートマークオプション付き」
「嫌がらせか? 嫌がらせなのか?」

 男もといボスは、高校時代からの友人(仮)の物言いに鳥肌を立て、どうしても話が通じないという現状に絶望した。もはや言葉がでない。話し方もどうにかならないのか、と内心思うが何度言ってもぬらりくらりと誤魔化されてしまうため、そんな友人(?)の真意を知ることはできない。むしろ、知りたくはないだろう。

「あ、ところでボスさまさま。喉乾いていらっしゃらませんでしょうか? 暑いッスよね。暑ッス。むしろ熱ちッスですます。ということでみなさまー! ボスさまさまの為に自販機いきましょー! 色々と買い占めてしまおうぜい!」
「……おい、自己完結して後ろの集団に話しかけるな。あと口調がブレてんぞ」
「おおー!」
「ボスさんのために! 了解です」
「俺も何かついでに買おー」
「あっ、コンビニにも寄って良いですか! アイス食べたいぜっていう!」
「むふふーアイス良いね、かき氷も良いよー」
「じゃ、俺雑誌買うー」
「くぅー! これでやっと夏って感じですね!」

「やっぱり嫌がらせか、嫌がらせなのか!」

 はたして、その集団はボスひとりを残してその場から去っていた。最後の方は話題の中心から離れていたというお陰で、むしろ存在を完璧に無視されていたボス。後ろ姿は心なしか、しょんぼりとしていた。

「……っと、ヤツらも帰ったことだし。俺も帰るかな」
 直ぐ隣りに位置する自販機に視線をやり、ボスはくるりと後ろを向いた。そして次の瞬間上げるのは驚きの声だ。
「お、お前!」
 背後に。それも影のように、ぴったりとボスの背後で涼しげに佇む者がひとり。
「頭に触角がある、だと?」
 人間じゃないのか、という言葉も続かない。
「……俺に用があるのか?」
 それに宇宙人は答えず。ただ、みよんみよんと言った。
「にこにこ笑顔を絶やさず…………何だか気持ちの悪いヤツだな」
 宇宙人が手にしている、家庭で使われるものより二回りほど大きなナイフとフォークを目にしてボスは青ざめる。
「お、おう。なんだやるのか……!」
 覇気のない威嚇に怯むことなく、宇宙人はみよんみよんと言った。
「……宇宙との交信か?」
 みよんみよん、とボスは口ずさむ。
 宇宙人はみよんみよんと言った。
 みよんみよん、みよん? みよんみよん、みよーんみよ? みよんみよん、みーよぉぉぉんみよーん! みよんみよん、みっよーんみっよーん、みよんみよん、みっよんみっよん? みよんみよん――……。
「何だこれ、ゲシュタルト崩壊起こしてきたぞ」
 そういって目元を抑えるボス。変わらずみよん、と触覚を左右に揺らす宇宙人。
「はっ! まさか」
 ▼ぼす は ひらめいた !
「その《みよん》で人間たちの精神を支配し、終いには地球侵略を企んでいるのか!」
「んなわけないでしょ」
 カッ、と目を見開き叫んだボスに間入れずツッコミが入る。ボスは慌てて新たな声のする方向へ視線を向け、お前も宇宙人なのか! そうなのか! と彼の触角を凝視して構えのポーズをとった。
「この宇宙人にそんな考えをなんてありませんよ。それに、今まで宇宙人は僕にテレパシーを送ってたんです。言葉を喋れないくせに勝手に出歩いて、挙げ句の果てに他人とコミュニケーションをとりたいからって家で寛いでいた僕をこの暑い中わざわざ呼んで………………クソが」
 ぼそりと付け加えられた言葉にボスは青ざめる。そして宇宙人へと視線を戻すが、そんな様子に気づいた様子もなく、やはりにこにこと笑っていた。
「……えっと、お前も大変なんだな」
「大変なのはこの僕ですよ」
 やれやれ、と首を振る彼と。みよんみよん、と触角を嬉しそうに揺らす宇宙人。そんなふたりを見比べて、ボスは複雑な心境になった。



〈おとなりさんのふしぎなたいしつをかいまみて〉

「よう、触角兄弟」
「こんにちは、赤い人」

 頭部から一本の触角を生やしたふたりと、くすみのない黒髪で白い簡素なシャツを身につけた男の遭遇。

「ところで、触角兄弟って呼び方やめてくれません? 僕たち兄弟じゃありませんし、以下省略な理由で虫酸が走ります」
「いやあ、奇遇だな。俺も赤い人って呼ばれる度にいらっとくるんだ。いらっと。分かりますぅ?」
「語尾を伸ばさないでください。ちゃらいですよ、赤い人」
「だーかーらー、何で俺が赤いの。触角兄弟の弟の方!」
「だれが弟ですか。なんでこの宇宙人と血縁関係にならないといけないのですか。えんがちょ……の前にこの宇宙人とは赤の……他人ですよ」
 びっ、と隣りに佇むひとりの宇宙人を指さす彼。それでも尚、にこにこと微笑んでいる宇宙人。
 そんな光景を目の前に、男は触角兄弟の兄の方をつくづく不憫に思う。
「……なんですか」
 みよんみよん、と宇宙人は一本の触角を左右に揺らしながら、彼の裾を掴む。
 そして振り返った彼に対して、宇宙人は口の両端をつり上げたまま言葉を模ろうともしない。それでもいっときふたりは目を合わせ、彼は宇宙人のイメージを汲み取った。「確かに」と意味深に呟き、目の前の男に視線を戻す。
「赤い人、今日は流血していませんね」
「流血ぅ? ……もしかしていっつも俺がどこか怪我してるから赤い人なんて呼ばれてんの?」
「宇宙人、どうやら彼。今日は何ともないそうですよ。流血してないなら赤い人って呼んでも仕方がないですし、……新しい呼び名を考えないといけませんね」
「……」
「ふむ、《ただの人》ですか。それでは面白みも何もありませんよ」
「……」
「《隣の家の人》。そのままですね、何か他に案はありませんか?」
「……」
「《人間》。誰もが当てはまってしまいますよ」
「触角兄弟……お前たち、実はひどく仲がいいんでしょ!?」
 目を合わせただけで会話を成立させる、ふたりのやり取りを聞いて男は頭を抱え、隣人に訝しげな目を向ける。ただ、彼はその叫びを聞き、宇宙人との会話をぱたりと止めた。そしてゆっくりと男に視線を向け、静かに答えた。
「もう、過ぎたことだって諦めてしまってる節があるんです」
 男は何も言えなかった。

――……何も、言えなかった。
「あ」
 それも。どこからともなく、この一瞬で吹いた強風に青色の瓦が飛んできて男に直撃したためだ。
 なんで突風が、と疑問に思う暇もなく男は身体を前のめりにし、現状を把握しようと顔を上げたときには頭部から血が滴っていた。どくどくと、それも大量に絶え間なく白いシャツを赤く染め上げていく。
「やっぱり赤い人のままで良いですね。。改名の余地はない、と」
 男もとい赤い人が痛みに呻き声を上げる中。彼はいたって真面目に呟き、宇宙人は変わらず微笑んだまま触角を揺らし、何度も小刻みに頷いた。みよんみよん。



〈しょうらいひーろとなるしょうねんは
 せけんのせまさをかんじることでしょう〉

 ×月××日 空飛ぶえんばんを見ました

「きさまっ! 悪のてさきだな! このぼくがせいばいしてやるっ!」
 一人の少年は、丸めた新聞で作られた剣を持ち、えいやーと叫ぶ。その標的は、ひとりの宇宙人。みよんみよん、と頭から生えた触角からは何とも不可解な音を立てていた。
 ぺしり、と軽い音が響き、新聞紙の剣は宇宙人の身体と平行に曲がる。そんな無残な姿へと変わり果てた、数十分で完成させた愛用の剣を目にして、少年は涙を浮かべる。手元に武器がないと分かっていながらも、「このっこのっ」と宇宙人に小さく毒づいていた。
「あれはゆーふぉーだな! きさまはうちゅうからきた悪のしんりやぁく者だからっ、ぼくがたおさないと。――たおさないとッ、みんながみんながああああ!」
 うわああああ! と。妄想によってひとり頭を抱え悶える少年を、宇宙人は微笑みを絶やさずただ眺めていた。

 
 ×月××日 うちゅうじんがふえました

「あ、悪のてさきがぶんれつしてふえた、だと……!」
「誰が分裂したんですか」
 彼がそう言うと、少年はぴっと宇宙人を指さした。そんな少しの躊躇もない答えに、彼は青筋を立てながら少年に笑いかける。
「もう一度、今度は口で言ってみてください。誰が、分裂して、誰を、生み出しただって?」
「え、あ、うあ…………き、きのうからこの公園にあらわれ始めたみよんってやつが、お、おまえを……」
 区切りながら言葉を紡ぐ彼に、少年は青ざめながら。それでも先ほどと何も変わらない答えを出した。
 そんなひどく怯えきった少年の様子を見て、彼はため息をつき。子どもは正直者ですね、と小さく呟いた。
「君、将来ヒーローになりたいって言ってましたよね。悪人と善人の見分け方を教えてあげます。まあ、僕の独断と偏見での入れ知恵となりますが」
 こくり、こくり、とゼンマイ仕掛けの人形のように、少年は何度も頷いた。


 ×月××日 あくにんづらしている人はいい人だそうです。たぶん

「いいですか少年」
 強い日差しの中。スーツを着込んだ彼は人差し指をぴんと上へ向け、少年へ言葉を投げ掛けた。
 宇宙人はこの公園のベンチにもたれ掛かり、近くを飛ぶモンシロチョウを眺めている。
「このように、にこにこと笑って無害そうな顔をしているヤツに限って裏では良くないことを考えているものなんですよ」
 そういって彼が指すのはもちろん宇宙人。ベンチの上で転た寝を始めていた。
「……良くないことって、たとえば?」
「触角を抜いたり、ひとにそれを植え付けたり、ひとを攫ったり、恐怖を植え付けたり、ひとの将来を奪ったり、というか平凡な日常を奪ったり……ですかね」
「人を殺したり、金目のものをうばったりはしないんだな」
「……少年、あなた中々外道ですね」
「いやっ、普通そういったのが悪いことだろ!?」
 少年がちらちらと気にするのはベンチの宇宙人。よだれを垂らしマヌケ面を晒していた。
「えっと、じゃあ今の話をまとめると、とりあえず。悪人づらしている人は、良い人ってことか」
「違う」
「え、あ、ちがうの、か?」
 考えを否定され、潤んだ瞳で不安そうな表情をする少年に珍しく彼は慌てる。そして継いだ言葉は気の利かないものだった。「ひ、ひとつの可能性として――」「……むずかしくて、分からない」


 ×月××日 うちゅうじんがぼくの宝ものを人じちに……!

「ほーら、ほらほら」
「ぼっ、ぼくのヒーローエイリアンを返せッ!」
「……ヒーローのくせにエイリアンっていう名前なんですか、これ」
 きらきらとした目で、自らの英雄を語っていた少年。それも宝物だというアクションヒーローの人形を、今日この日公園に持ち込んだ。
 彼はそれを目にした後。何を考えたのか、その人形を手に取り少年の手が届かない高さまで持ち上げ、端から見ればいわゆる悪さを始めたのだ。
「か、返し――」
 幾度目かになる少年の涙。僅かながらもそれを垣間見て、彼は少しだけ焦る。そして何を思ったのか、今日もやはりベンチで日光浴をする宇宙人にヒーローの人形を渡したのだ。
「うわーん! ぼくのえいりあん返してー!」
 宇宙人はにこにこと、締まりない笑顔で少年の頭を撫でた。それを目撃する人によっては、とても気味の悪い宇宙人だというのに、少年にはそう映らなかったらしい。自分の宝物を取られていることさえ忘れ、少年は心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「じゃーねー、またあしたー!」
 昼時になり、ぱたぱたと走り去っていく少年。あ、と彼は声を上げた。宇宙人は、ヒーローエイリアンの頭部を見て嬉しそうに触角を揺らしていた。

「……明日、返しましょうね」


 ×月××日 知らないおとなと知り合いになりました

「少年、このいかにもヤのつく職業じみたボスのこと、どう思いますか?」
「ちょい待てお前。こんな所に俺を連れてきてどうするつもりだ。こんな真摯な少年の目の前に俺を引っ張ってきて……自分で言うのも何だが、悪影響だろ」
「少年、このオジサンは。おっそろしい、何とも言えない鬼とも化け物とも区別の付かない顔をしていますが。心はぴゅあ、なんですよ」
 たぶん、という言葉が付け加えられたのをボスは聞き逃さなかった。それ以前に、聞き逃してはいけない言葉が幾つもあったことに気づき、慌ててボスは抗議する。
「ちょっ、誰がオジサンだ! まだ四十……いや、三十いってるからそうかもしんねえけど。鬼とか化け物とか人のこと何だと思ってんだ!」
「少年、そしてこっちの赤い人。彼はこんな風にへらへらと笑うチャラ男で、そこらへんにいる女性を片っ端からナンパして悪さをするような外見をしています。ですが、中身自体は……だけはまともです」
「ねえ、俺。このボスさんって人もこの少年も知らないし、全然関係ないんだけど。なんで連れてこられたの。なに勝手に俺の紹介してんの」
「ですが、近づかない方が身のためです。いつも不慮の事故に見舞われ、どこかしら流血していますので巻き添えを食らう可能性も否定できません。道ばたで見かけても、絶対に近づいてはいけませんよ」
「触角弟、……俺さ。なんでそんなこと言われないといけないの。もう長年そんなこと言い合ってきたら疲れて、諦めが出始めたよ……泣いて良い? ねえ、泣いて良い?」
 ざめざめと手で顔を覆い、泣き真似をする赤い人。今日もまた、白色のシャツの背後が赤く染まっていた。

「と、いうのが。僕の身の回りの人物です。後はクラウンとかカゲとか酔っ払いとか、……まあ色々と一筋ではいかない知り合いが居ますが、今日は都合が付けられなかったので」
「とりあえず、僕が言いたかったのは外見に惑わされてはいけない、ということです」

 少年は言葉を喉に詰まらせたまま、小さく頷いた。


 ×月××日 公園にいつもいた
 うちゅうじんたちと会わなくなりました

 ・
 ・
 ・
 
 ×月××日 日記帳、記念すべき十冊目突入。記念すべき十年目
 ヒーローとは何でしょう

 ・
 ・
 ・

 ×月××日 出会いました
 ずっと小さいとき。子どもの時に出会った宇宙人と再会しました
 不思議体験だったから、てっきり夢の中の出来事だと……というか、あの宇宙人。人を襲うんだな。最低だ
 夜、いつものように見回りを行っていると、悲鳴が聞こえたため、急いで現場に向かった
 そうすると、あの夢だと思っていた出来事そのままの姿の宇宙人ふたりと、腰を抜かして震えている女性を発見しました
 とりあえず、いつものように小っ恥ずかしい、黒色のマスクとぴちぴちのスーツ姿で女性を保護しました
 ……あと、宇宙人等を追いかけましたマル

 ×月××日 落ち着いて話ができました
 とりあえず、今日の午後。宇宙人等と落ち着いて話をすることができました。昨日の人を襲っていた、というのは誤解だったそうです
 宇宙人等の姿を見て、腰を抜かして悲鳴を上げたそうで。彼等も慌てたそうです(まあ、あの触角だし)
 十数年ぶりに出会った宇宙人等は、あのときと全く変わらない姿のままでした
 私の年齢が二十歳を超すまで姿を見ないと思っていたら、宇宙旅行に行っていたという
 ヒーローになりました、と言うと。良かったね、と何とも気のない返事をもらいました



〈なりあがりとのなれあいで〉

 その日は雨が降っていた。
 あるマンションのエントランスホールについた彼は肌寒い水に濡れた触角を垂れさげ、身につけているシャツをめくり絞る。大量に染み込んでいた水は一気に地面に叩きつけられ、髪の先からは、ひたひたと水滴がこぼれ落ちる。
 そうして被っていた毛糸の帽子を振り回しながら、コンクリートの階段を上っていった。
 警備システムは皆無だといってもいいマンションの一室。そこまで辿りついた彼は、そうしてつい最近住み始めた家への扉に手を掛けるのだ。
 みよんみよん。
 ふと、その音に彼は顔を上げる。ひどく疲れ切った表情だった。目の下には色濃い隈があり、顔だけではなく頭部から生える触角さえ、疲れ果てているかのようにひどく青々しかった。
 それでも視線だけは、目の前の宇宙人をより的確に捉えている。
「――どうして僕だったんだ」
 未だに靴を履いたままの状態。すぐ目の前にいる宇宙人を押し抜ける元気もなく、その場に立ちつくした彼は強く拳を握りしめる。そうやって壁を殴る彼の姿はどこか痛々しかった。目を極限までつぶり、宇宙人自体に手を出すことはしない。それでも、何で何で、と。誰かに投げ掛けるわけでもなく、ぐるぐるとその言葉ばかりを呟く。
 ただ宇宙人はみよんといった。
 そうして彼は、感情をいつものように静めリビングへと上がっていった。
 背後から雛のようについて回る宇宙人を煩わしいと感じながらも、この日。それ以降彼は恨み言を口にしなかった。
 それでも、気持ちだけは素直だった。ちゃっかりと客用の座布団の上で寛ぐ宇宙人をキッと睨みつけ、涙の形跡さえ見られない宇宙人をひどく恨んだ。

――これは、宇宙人の触角を一本譲り受けてしまった彼が、何もかも許していなかったときの話である。

「にこにこと、笑ってばっかり。毎日毎日何で僕がこんな思いをしなくちゃならないんだ」
 家族とは会えない、会社は辞めないといけない、引っ越さないといけない、外では帽子を被らないといけない、それだけではない。ひとというものから逸脱した彼は何もかも、今と未来を捨てなければならなかった。世間から隔離されて何ヶ月たっただろうか。
 みよん、と。彼はいつもと変わらない表情の宇宙人を見据える。
 みよんみよん、みよん。みよんみよん、みよん。みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよんみよん、みよん。
 一体どのぐらいの時が経ったのだろうか。何気なく宇宙人に対して震えさせた触角。彼は宇宙人を。宇宙人は彼を。それは互いの意思を確認することもしなかったふたりの、初めての交信だったのかもしれない。
「なにそれ……嬉しいって僕は、僕はっ……!」
 ただ宇宙人はみよんといった。
 そして彼は、宇宙人との混じり合いの中で知った。
 膨大な時間の流れを。その中でひとり、あの銀色に輝く円盤に乗り宇宙を彷徨うものを。

 泣いていた。いつもひとり。同族の仲間の顔など既に忘れてしまっていた。そんな自分が腹立たしい。円盤内の簡素な障害物。輝く色だけを見続けるという物悲しさ。様々な星に立ち寄った。誰も居ない。地球とはまた違った星にいた生き物と出会っても、何も共有できない。そんな自分が惨めで悔しい。宙を見た。円盤内から見える、それらの輝きは憎らしいだけだった。膨大な量の星々。どこに同族がいるかなんて分からない。誰かを求めていた。太陽は眩しかった。やはり憎らしい。そんなことしか出来ない自分に失望する。触角を揺らし暇をもてあます。考えることを放棄する。それでも探すことは諦めない。誰かを求める。また別の星を訪れる。自分の諦めが悪いことは自覚していた。そんな希望を捨てられない自分に泣く。泣く。泣く。涙は枯れない。何故自分は生きている。宇宙に生きている。ここにいる。ここにいる。――ここにいる。

 そして宇宙人はみよんといった。
「…………う、あ」
 彼の頭に流れ込んでくるのは一つのビジョン。
 宇宙人の触角を譲り受けたことにより、望めば過去を共有できることを知る。テレパシーを飛ばせることも知った。

 泣いていた。喪失を味わうことも出来ずに宇宙を漂流していた。そしていつものように立ち寄った星。地球。生き物がいた。自分と似たような構造の生き物だと思った。秘かな喜びを感じ泣いた。だけど違う。みよんと触角を揺らしても、通じない。誰も気づいてくれない。やっぱりひとり。それは変わらないのだと希望を自分の外へと流した。泣く。泣く。泣く。涙は枯れない。だって見つけた。自分と同じように泣いている生き物を見つけた。同じ。同族でなくとも、きっと感じているものは同じに違いない。嬉しい。嬉しい。嬉しい。みよん。

「そ、れが僕だったって言うのか」
「僕が、……――ふうう゛っ、うぐ、」
 彼は目から溢れてくる涙に手を取られる。掌だけでは足りず、腕までも使って涙を拭う彼はどこか必死だった。ただ何もない宇宙人の時間の流れを感じ取って、寂しいと感じた。それだけなのに、涙が止まらない。
「――分かった、分かったもういい。分かったから、僕は僕はっ」
 そうして彼は、許さないと言う。
「それでも、僕と宇宙人は違うっだからっ」
 嗚咽を懸命に抑えながら、彼は言葉を紡ぐ。
「僕はもうっ、過ぎてしまったことだから」
「許さないけどっ、諦めるからっ」
「だから思い出して泣くなっ」
「何で一緒になって泣くんだよぉ」
 にこにこと微笑んだまま、宇宙人は静かに涙を流す。彼は声を上げて泣いた。
 全てを洗い流そう、そんな意図が働いていたのかもしれない。

「うん、もう宇宙人を否定しない。中々長生きしてたんだな、宇宙人。仲良くは出来ないかもしれないけど、精一杯は尽くすよ。僕だって宇宙人の所為でこう、なってしまったから」
 掠れた声を上げ、「とりあえず一緒に、お茶でも飲もうか」と彼は言った。
 一本の触覚をしおらしく下げた彼は、後に続く宇宙人のみよん、という答えを聞く。そして変わり身の早い宇宙人に対して、威嚇するように声を張り上げた。
「ちゃっかり人ん家の冷蔵庫の中身を把握してるんだな! しかも僕の秘蔵のオレンジジュースとコンビニの桜餅を消耗しようとは良い度胸じゃねーか! オレンジっていうセレクトから、僕の喉をよりいっそう痛めつける気か! そうか、そうなのか。だが断らない、振る舞ってやるよ! 振る舞ってやりますよ! こんちくしょー」
 斯くして彼は、宇宙人と共にいることを容認した。最初で最後の妥協だった。



〈おわります〉

 みよんみよん。
メンテ
宝物、魔王、爆発 : 壁の中の楽園 ( No.191 )
   
日時: 2012/08/15 23:47
名前: brain◆P3Wb.oVPT6 ID:pBkMVxRQ


――――
 ジュナは とてもまずしいかていに うまれそだちました。
 いえは きれいではないし まいにちの たべものも まんぞくにないけれど いっしょうけんめいはたらくおとうさんと やさしいおかあさんといっしょに しあわせにくらしていました。
 
 ジュナはうまれつきからだがよわく すぐにかぜをひいたり びょうきにかかったりしました。
 だからジュナは、あまりそとであそびませんでした。
 
 でも おかあさんがおうちでしごとをしているときには ジュナはそとへでました。
 そんなときにはいつも ジュナは だれもいないきょうかいにあそびにいきました。
 そこには ジュナのひみつのともだちがいたからです。
――――



 しんと静まり返った教会に、サンダルの足音が響く。
 白いワンピースの少女がひとり、教会に入ってきたのだ。

 無断で立ち入っても、咎める者も、迎える者もいない。この教会にいた神父やシスターたちは、戦争の煽りでみなこの街を逃げ出していたのだ。
 いまやこの空間は、白い少女、ジュナひとりのものだった。

 
 ジュナがこの教会に遊びに来たとき、決まって向かうのは、聖堂のすぐ隣にある展示室だった。
 ここには、教会が所有する多くの書物や絵画が展示されている。多くは宗教の教えを説くような説教くさいものばかりだったが、ジュナにとっては、そんなものは価値がなかった。
 ジュナはまだ難しい言葉や文章が読めないし、絵画に記されている宗教の意味も分からない。彼女はただ、そこに展示されている絵たちを見て、大人たちが想像しえないことを思い描き、楽しんでいた。

 ジュナのお気に入りの絵は、展示室の中でもいちばん端に追いやられるように展示されている大きな絵だった。
 背景は赤と黒の渦が禍々しく描かれ、無数の悪魔がとりまく中央に、悪魔の統領が君臨している。恐ろしい形相の銀色の仮面をかぶった騎士が、黒い悪魔の馬に跨っている様だ。
 ジュナはなぜか、無数の絵に描かれた天使や女神よりも、この絵のまえにやってくることが多かった。
 この絵画のタイトルは「Inferno」、破戒者が堕とされる恐るべき地獄を描いた作品だった。
 しかし、ジュナは恐れはしなかった。絵画のタイトルの単語の意味を知らないのだ。そのために彼女は、この絵と、その中央に描かれている魔王を「インフェルノ」と呼び、妙に親しんだ。

 ジュナは素直な子だった。母親が内職に勤しむ間は邪魔にならないように家を出る癖をつけていた。
 そしてきまってやってくるのが、この教会の、この絵画の前なのだ。
「インフェルノ、今日もお母さんは忙しいの。ここで遊ぼう」
 絵画に語りかける少女。もちろん、ただの絵画は返事など返すわけがない。
 しかし、彼女はそんなことを気にもかけずに、肩にかけていたバッグをひっくり返した。
 その中からは、どこから拾ってきたのかぼろぼろの紙と、小さくなったいくつかのクレヨンが転がり落ちる。
 ジュナはそれを拾い上げると、インフェルノの前で、一人静かに絵を描きはじめるのだ。 

 ジュナの紙に、次々と絵が描き上がっていく。

 彼女は手早く書き上げた一番最初の絵を、インフェルノに差し出した。
 黄色いシャツを着た青年の絵だ。
「この人はね、ファトにいさんっていうの。わたしのうちの近くに住んでいて、井戸の水汲みを手伝ってくれるの。だけどね」
 ジュナがちょっと肩を落とす。
「昨日、死んじゃったの。とっても悪い病気にかかったんだって、お母さんがいってた。ファトにいさんも、びょういんにいけなかったんだって、ジュナと同じだね」
 ジュナはインフェルノにしばらく絵を見せつけてから、その絵を傍に置いて、またクレヨンを手に取った。
 
 ジュナが次に書いた絵は、いくつかのチューリップの絵だった。
「これは、ジュナの家の前に植えていたお花。きれいでしょう。でも、ぜんぶ枯れちゃったの。わるい兵隊さんが、毒をまいたっていってた」
 ジュナの絵の中には、きれいな自然や、花や草木が描かれているものが多い。
 しかし、窓の外を見てみれば、荒廃した大地に灰色の空、ジュナの絵の中に描かれている美しさなど影も形もない。
 ジュナは書き終わった花の絵を傍にどけて、また次々に絵を描いていく。

 ジュナはクレヨンを操り、カラフルで楽しい、いろいろな絵を描いてはインフェルノに見せていった。

 一匹も見かけなくなった虫の絵も描いた。
 どこへ行っても鳴き声の聞こえない鳥の絵も描いた。
 青かった頃の海の絵も描いたし、木々が生い茂っていた森の絵も描いた。

 それは、絵の中にしかない世界だった。
 ジュナの描くものは、もうこの世界のどこにもないものばかりだった。


 いつしかジュナの周りにはたくさんの絵が散らばっており、ジュナのもつ白紙は最後の一枚になっていた。
 ジュナはその最後の絵に、たくましい男性の絵を描いた。
「おとうさんだよ」
 ジュナが両手に紙を持ち、インフェルノによく見えるように絵を掲げた。
 その絵の中の男性は、軍服に身を包み、突撃銃を手にしていた。
「おとうさんは、もうずっとお仕事から帰ってこないの。まえはときどき帰ってきてくれたのにね。でも、ずっと帰ってこない。お母さんに聞いても、何も教えてくれないんだよ」
 それが意味しているところを、ジュナはまだ知らない。

 ジュナはその絵を傍に置いて、今まで書いた絵を見回してから、急に大声で泣き出した。
 泣き声は、教会中に虚しく響き渡る。その声を聞き届ける者は誰もおらず、慰める者もいない。


 ジュナが立ち上がり、描いた絵を踏みながら絵画に歩み寄って、絵画の中の魔王を見上げた。
「ねぇ、わたしのたからものは、みんななくなっちゃったの。インフェルノはどこかにいったりしないよね? ずっとここにいるでしょう?」
 ジュナは何度も、絵の中にそう問いかける。魔王はただただ絵画の中で、天に向けて矛を掲げるばかりだった。
 返事をしてくれない絵画にがっくりと肩を落とし、ジュナは描いた絵をそのままに、クレヨンだけを片付けて去っていく。

 残されたジュナの絵は、壊れた窓から吹き込む風に飛ばされて、部屋の隅へと固まっていく。
 その場所には、もう既に、数えきれないほどの絵たちが山のようになっていた。


 時間が経つにつれて、ジュナの姿はますますみじめになっていった。
 食べ物が手に入らず、ジュナはいつも空腹だったが、母親の仕事が忙しくなり、度々絵画の前に訪れるようになった。
 どこから拾っているのか汚い紙だけは、あいかわらず持ち合わせているようで、絵画の前で絵を描く習慣はかわりない。ただし、彼女のクレヨンは次第に短くなっていき、とうとう、彼女のお気に入りの緑のクレヨンがちいさくなって、なくなってしまった。
 彼女はその日までに、他にも何色かの色をなくしていた。色がなくなったせいで、彼女は、花や草木を描かなくなった。

 そんなことを延々と繰り返すジュナとインフェルノの遊びは、ジュナが七つになるまで続いていた。
 そんな頃までに、残っているクレヨンはめったに使わない紫だけになってしまい、ジュナは絵を、線だけで描くようになってしまった。
 ジュナの絵が変わり、ジュナの世界が変わっていっても、教会の外の世界だけは、相変わらず荒廃の色を消すことはなかった。 








 

 その日、絵画の魔王はいつものように絵画のなかに佇んで、唯一の客人が来ないかと待っていた。
 教会の外は花火の音が鳴り響き、窓の外は絶え間なく閃光が行き来して騒がしい。魔王はこんな外の光景を百年も前に伺ったことがあった。村をあげての祝祭の時だった。
 しかし、今の外の様子は、きっとそうではないだろう。
 魔王はこの教会に途方もなく長い時間飾られており、外の様子というものを知らなかった。しかし、ある日突然この場所にやってきて、以降すっかり常連となった小さな女の子が、長い時間をかけて外の世界のことを教えてくれたのだ。

 魔王は外の事をすっかり察していた。この世界は泥沼の宗教戦争に侵されている。しょうもない科学力などというものを身につけながら、未だに神などという馬鹿げた思想を掲げて、殺し合いをしているのだ。
 健気に生きるジュナの話を聞くのはあまりに胸が痛いことだった。しかし、自分はただの絵画。話を聞いてやれるというならそれも自分の役割だろうと、魔王は常に、ジュナの言葉に耳を傾けていたのだ。

 ジュナはどうしているだろうか、こんなにも戦火がすぐそばまできていて、果たして無事なのだろうか。
 魔王はだんだん不安になって、ジュナがはやく無事な姿で絵画の前に来てくれないかと気を揉んだ。


 翌日も、その翌日も外の戦争は続き、ジュナは現れなかった。しかし、四日目の夜に、ようやくジュナが教会にやってきた。


 ジュナはふらふらだった。白いワンピースの脇腹が、赤い血で濡れている。そんな有様で、絵画の前までよろよろと歩み寄ってきて、しゃがみこんでしまったのだ。
 ジュナは目にいっぱい涙をうかべて、魔王を見上げてきた。

「インフェルノ、お母さんも死んじゃったよ」

 ジュナ自身、もう立ち上がる体力も気力もないのか、しゃがみこんだまま動こうとしない。

「インフェルノ、痛いよ。怪我したの。でも、治してくれる人はもう誰もいないの」

 ジュナの周囲に広がる血だまりが、絵画の下まで迫ってきた。ジュナはそれでも、青ざめた顔をあげて絵画を見上げてくるのだ。

「インフェルノ、もうなんにもなくなっちゃったよ。家もないし、クレヨンもなくしたの。わたしはどうすればいいの、これから、どこへいけばいいの?」

 ジュナが最後の力を振り絞って、絵画にしがみつく。絵画にジュナの血がいっぱいにこびりついた。ジュナはそのまま、絵画に訴えかけるように激しく揺すり

「インフェルノ、インフェルノがいるところは安全なの? ねぇ、わたしもそこへ連れて行って。ジュナ、こんな世界は嫌い。たすけて……イン、フェルノ」

 その言葉を最期に、ジュナは大きな咳をして、その場に倒れ、もう動かなくなった。



 ジュナは死んだ。まるで小動物か何かのように、あまりにあっけなく、死んでいった。
 何の罪もない一人の少女が、教会の中で、何一つとして救いもないまま命を落としていった。
 魔王が愛した少女が、神々のくだらない争いのおかげで、いなくなってしまった。 

 あんまりにも、残酷すぎる。

 絵画の中の魔王の仮面の目のところから、いっぱいに水が零れ落ちてきた。





 夜が明け、教会に冷たい風が吹き込む、そして、教会の中に響き渡る、悲しい咆哮。

 どこからか現れた黒い甲冑をまとった魔王が、教会の展示室に佇んでいた。
 血で濡れた足元には冷たくなった少女が倒れたまま。壁の隅には、彼女が思い描いた世界が埃をかぶっていた。


 魔王の咆哮が、再び教会に響き渡る。そして唐突に腰から剣を抜くと、室内にある展示物を次々に破壊していった。
 慈悲などと笑わせる、何の役にも立たない天使や女神の像を次々に斬り壊していき、剣が放つ業火が書物や絵画を焼き払っていった。
 展示室はすっかり炎に包まれた。少女の亡骸と彼女の絵はそれに焼かれ、その煙は静かに天へと昇っていく。
 
 
 魔王は教会の外に踏み出した。
 教会の外ではどこの国の兵士かもわからぬ者たちが、銃や大砲や、よく分からない火器を肩に下げ、防毒のマスクをして戦いあっていた。
 それらが一斉に、魔王の方に注目したのだ。魔王は三度吠え、愚か者たちに剣を振りかざした。
メンテ
出会い、宝物、始まり:シーラカンス・エレジー ( No.192 )
   
日時: 2012/08/15 23:52
名前: アリス ID:r2ieknV.

 

 悠久の前を歩める者たちに、ただ確信の別れを。





 樹海の奥に小さな、それでも深そうな池があって、そこにシーラカンスが泳いでいた。
 その姿はテレビでしか見たことがなかったのに、水面の向こう側に見えるその形を見た時、すぐにその名前が思い浮かんだ。こんな樹海の中の、小さな池にシーラカンス。不恰好で締りのない両者の結びつきに戸惑ったが、疲れていたこともあり、池のすぐ横にある乾いた岩に座ってその姿を眺めることにした。
 生きている化石、深海魚。そんなシーラカンスにとっては狭すぎるのかほとんど泳ぐことはなく、水中を動きもなく漂ってばかりのようだった。それとも、元来シーラカンスは泳ぐことのない魚で、水中に漂うだけの魚なのだろうか。そういった知識のない私にはよくわからない。そもそもなぜこんなところにいるのだろうか。私は膝の上に頬杖を突き、それを見つめながら思考した。それでも答えは見つからず、風を受け入れる木々の囁きや、鳥の鳴き声が右から左へと流れていくのを体中で感じるばかりであった。
「そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」
 突然そんな声が聞こえ、私は頬杖をほどき辺りを見回した。誰だろう。随分近くで聞こえた気がするのに、周りには誰もいない。私を囲っているのは、見渡す限りの木の連鎖と唸る土と剥き出しの根、突き出した岩だけである。真昼のホラーだろうか。樹海といえばそういうことになるのだろう。真昼とはいえ薄暗く、普段触れることのない木肌の連結、重なり合う葉の織り成す緑の幕のような天井は禍々しく怪しいのである。声のする姿がないのだから、姿のない人の声。樹海であるのだから、それもありうるのかもしれない。
「こっちです、こっち」
 しかし再び声がして、今度は辺りに気を回していたからかはっきりと方向が掴めた。池である。すなわち、このシーラカンスの方向から聞こえたような気がしたのだった。私はシーラカンスに目を向ける。先ほどは側面をこちらに向けて悠々と浮かんでいたシーラカンスは向きを変え、表情のない顔をこちらに向けていた。尾ひれがふわりと揺れるのも見える。そして何より目に付く黒い瞳が、私をじっと見つめているようだった。
「……シーラカンス?」
「そうです。気付いてくれましたか」
 問いかけに、なんの躊躇もなく口を動かしたシーラカンス。声が耳元に響いた。混乱はしなかった。なぜシーラカンスが喋れるのか。水中にいるのになぜ私に声が届くのか。そんな疑問符は尽きて止まないが、その堂々たる態度に声を失くしてしまったのだ。ただ、私の足元の池にいる魚が喋った。そんな事実として処理されているような、受け入れがたいのに簡単に受け入れてしまう不思議な何かがあった。
「朝も早くからこんなところまで……何しに来たのです」
 シーラカンスはそう言った。少しだけ低い、成人男性のような声色をしていた。それでも無機質ではなく人間味があって、とても魚が発している声には思えない。しかし、シーラカンス――彼は自分の声だと肯定したのだ。言葉に迷ってばかりいたが、からくりの向こう側にある喋れるという事実だけを見ることにして、私はその質問に対応することにした。
「……実は、死体を探しに来たの」
「それはそれは。ちなみにどなたの?」
「友人……そう、友人の死体よ」





 得体の知れないシーラカンスに、私がここにやってくる経緯を説明した。
 ある日のこと、友人に手紙を渡された。ラブレターかと思ったけどそれはありえないと思った。友人は「家に帰ってから読んで」と言っていて、私はそれほど考えずに了解した。友人と私は同じクラス、同じ部活という他の友人とはまた違った関係にあった。
 言われた通り家に帰って手紙を読むと、私のことが好きであるということ、苦しいから死ぬつもりであること、この手紙を渡した日の夜には樹海に行くということが書かれてあった。最後には、ただ虚しく一言、別れの言葉を添えて。電話にも出ず、メールも返さなかった。友人の家を訪れてみたが、まだ友人は帰っていなかった。もうすっかり日は暮れていたというのにだ。
「それで、ここまで来たということですか」
 私は頷いた。
「それほどまでに、大切な友人なのですね」
 シーラカンスの包み込むような口調に考え込む。なのですね。私の気持ちに理解を示しているような、物腰柔らかな応答。友人が大事だとは言っていない。しかし友人のために樹海に赴くなんて行動は、やはり友人を大事に思っているからこそとシーラカンスは感じたのだろう。そうなのかもしれない。だが友人というのは誰にとっても大切なものだろう。友人はそんな一般的な友人だ。大事といえば大事。しかしそれ以上のことなど何もない。シーラカンスは私のことなど何も理解していないのである。私は唇を舐めて、シーラカンスの言葉に耳を傾けた。
「私もそのような人に、何度も会いましたよ」
「やっぱり、長い間生きているから?」
「それはそうですよ。この池からずっと、ここを通っていく人、死んでいく人を見てきました。それは何十年も何百年も」
 それはすごい。さすがは生きている化石と言ったところか。しかし生きている化石というのは、存在した時代と現在生きている姿が変わらないものを指すものであって、シーラカンスが長寿だから、何千年も生きられるから生きている化石と呼ばれているわけでなかったはずだが。シーラカンスにも死期はあるのだ。だとすれば、そんなに長い間生きていると漏らしたこのシーラカンスは一体なんなのだろうか。
 しかしいい話を聞いた。この池で常に通りすがり死んでいく人たちを見たのであれば、もしかしたら友人の姿を見ているかもしれない。探す当てもなくふらふらと樹海を動くつもりであった私には有力な情報源となろう。そのことをシーラカンスに伝えると、特徴を教えて欲しいと言われた。最後に会った友人は制服だったがそれは学校で会話したからであり、樹海に行く際の服装まではわからなかった。それでもお洒落に疎かったはずだから、普段と同じだと一か八か予想する。
 髪の色。歩き方。瞳。顔の雰囲気。服装以外の部分での情報をシーラカンスに教えてみる。細部まで覚えている自分に驚いている私もいた。頭の中の白い空間に、振り返って微笑む友人の姿。それを克明に口に出して描写する。しかし記憶の齟齬、瞬間瞬間で頭の中の友人の姿が移り変わることもある。着ている服が変わる。髪の長さが変わる。微笑みが変わる。こちらを見つめる瞳が変わるのだった。そうだった。私はそれほどまでに友人の表情と、姿と、そして様々な時間とを一緒に過ごしてきたのだ。だからこそ、きっと頭の中に友人は住んでいて、その姿をシーラカンスに教えるためだとしても、その姿をすんなりと思い浮かべることも可能なのだ。
 ……しかし、その回想を長く続けるのも良くはない。
 私が友人に関する情報をほぼ全て言い終えると、シーラカンスは口を開閉しながら黙った。なだらかな曲線を描く口元から、泡が湧き立ち水面に顔を出す。池の水は青い。シーラカンスの色は灰色のような茶色のような、掴みどころのない色をしている。
 それから少しして、シーラカンスは言った。
「見ました。昨日の夜、そのすぐ横を通りすがって行きました」





 友人は学校の制服を着ていたそうだった。
 しかし、私の学校の制服は黒い。夜の闇と比べれば明るいにしても、蛍光色に少しも踏み込まない見渡す限りの陰りの中で、黒い制服の人間など見つけ辛いにちがいない。友人の死に方はどのようなものだったのだろうか。樹海は自殺の名所と聞くが、実際どのような死に方をするのだろう。わからない。木に縄をくくっての首吊りか。それとも、薬だろうか。わからない。しかし、なるべく綺麗であって欲しいとは思った。その姿を私が見た時どう思うのかわからない。それでも、凄惨な姿など見たくはないのだ。それは私のためであり、友人のためでもある。
「確かに、このすぐ傍を通っていったの」
 私は問うた。私の座り込んでいる岩の後ろは確かに人が通りやすく、岩も根も大人しく平坦に伏している。ここを通って奥へ行くことは容易いだろう。そもそも私がこの池を見つけたのはその通りやすい道を進んできたからである。友人も――いや、ここへ死に訪れた多くの人たちもこの道を歩んだのかもしれない。
「はい。あなたのご友人は、確かにそこを通って行きましたよ」
「そう……参考になったわ。私はこれから奥へ行く。教えてくれてありがとう」
 随分長く居座ってしまった。なぜこんなところにシーラカンスがいるか。確かにそれは気になるが、今はどうでもいい。最初から全部探す気でいたのだ。ここを通りすがったという情報が聞けたのはよかった。ただそれだけである。不可思議であっても、ここでいつまでも立ち止まったままシーラカンスと話を続ける理由にはならない。私はお礼を言って息を吐き、そのまま再び探索を始めるつもりで立ち上がった。
「なぜ行くのですか」
 冷えた言葉だった。砂のついた後ろを払うための指が止まる。
「ただのご友人のために、わざわざここまで来られ、死んでいるとしても探すのはなぜです」
「……」
 それは痛い質問だった。背中を氷で撫でられたような、気持ちの悪い寒気。
 シーラカンスとの会話で、私の頭の中で何度も『わからない』を使った。全てを有耶無耶にしておけば、曖昧にしておけば――次の段階へ進むために必要なものさえ揃っていればそれでもいいと思っていたのに。シーラカンスがなぜここにいるか、なぜ生きているのか、なぜ喋れるのか。それらは全て、私が友人を見つけるという段階のために必要なものではないのだ。それと同じだ。私がなぜ友人を探したいか、なぜ友人程度のためにここまでやってきたか。そんなものはどうでもいいのだ。
 しかし動揺しているのは私だ。確かに動揺してしまった。理由など考えるべきではないのに。
 考えては駄目だ。
 冷静になれ、冷徹になれ。
「……友人なのだから、探したいと思うのは当然でしょう。馬鹿な魚ね」
「そんなことを問うているのではないのです」
 たかが友人に。友人と称すべき相手に。
 その程度の存在に、わざわざ尽くして樹海まで来るか。
 それだけを問うているのだろう。
 私はシーラカンスを見下ろした。変わらない表情。当然だ。ただの魚だ。しかしその表情が、さっきよりも詰め寄るように不気味に思えてくる。瞳に色はない。人間ではないのだ。人間の瞳のように、瞬間瞬間で心を映すものではないというのに。平坦な表情がなおさら私の心に迫ってくるのだった。それが嫌で、そっと目を逸らす私。樹海に転がっている適当な岩肌に目を無理やり押し当て、言葉を紡いだ。否定しなければ。否定しなければならない。
「……見つけてあげたいと思ったのよ」
「たかが、友人を」
 その差し迫った言葉は、どういう意味があるのだ。
 私はシーラカンスの言葉を拒絶するように、一切を黙らせるように強い口調で言い返す。
「たかが友人でも、大切であればそれでいいじゃない」
「それはもう、友人ではないのではありませんか」
 シーラカンスに目を向けた。
 違う。
 友人でいい。
 そのままでいいのだ。
 友人以上である必要などない。
 友人であればいいのだ。
 そう言おうとして口を開いたのに、言葉が出なくて、口を開け閉めして、息を吸い、奥歯を噛み締めた。
「私は見てきましたよ」
 やめて。
「見ました。何人も何人も。死に急ぐ人を」
 もう言わないで。
 それ以上の言葉を止めて。
「そして、その人を追い、恋しい人の死を追ってここにやってくる人を」
「やめてよ。もう、やめて」
 意識させないで。
 もう、意識させないで欲しい。
 友人でいいのだ。
 『友人』でいい。
 どこにでもいるような、私が今まで繋いできた友情の一つでいいのに。それならば、冷静になって探していられたのだ。ずっと言い聞かせなければ。友人だと言い聞かさなければ歩けなかった。友人という関係なのだ。それであれば、友人であれば、私は苦しく想う必要などない。友人の死に無頓着であっていい。友人の死を受け入れなくても、友人の死に悲しまなくてもいい。だって友人なのだから。たかが友人なのだから。数ある友人の一人が死んだ。それならば、涙を流さずとも生きていけるのに。
 恋しい人だと、意識しなければ。
 意識さえしなければ……。
「好きだったのでしょう」
 それでも、シーラカンスの言葉は続いた。
「恋し、愛していたのではないですか」
 もう、言わないで。
 恋を知れば、想いを知れば、歩みは止まってしまう。
 言い聞かせたのだ。
 自分の言葉も、自分の心の中も、シーラカンスとの会話も……全部全部、『友人』と称すれば逃げられると思ったのに。自分の気持ちに嘘を吐けば、探すためにふらっと家を出た時も、探している最中も、全て冷静でいられたのに。友人だ。友人だ! そう呼ぶことは、逃げることであったとしても自分を保つことだ。友人であれば、その死に泣き叫ぶ理由なんてなくなるんだ。私の心の奥の奥、くすぶったように疼く気持ちは無視しなきゃ駄目だったんだ。そうでなければ、きっと私は壊れていたんだ。
 手紙に添えられた『好きだった』という文字面に心が躍ったのは誰だ。その瞬間に唇が震えて、紙をなぞる指や声も一緒に宙に舞った様な開放感に襲われたのは誰だ。
 そして、死ぬという文字に、一瞬で叩きつけられたのは誰だ。
 手紙を落として、崩れ落ちて、まるまる数時間ショックで固まり続けたのは。
「っ……」
 友人の……あいつの顔が浮かぶ。
 そのために、ここまでやってきたのは……私だというのに。
 心を偽って、心の底に沈めてきたのに。
 嘘を吐き続けられなかった。
 偽れなかった。
 結局私は――。


 私は膝を突いて、声を上げて泣いた。
 愛しい人の名前を読んで、みっともなく泣いた。
 
 





「さよなら、シーラカンス」
 私は数歩だけ歩いて、シーラカンスに振り返った。
 この魚がなぜここにいるのか、なんとなくわかった気がした。あいつもシーラカンスと話をしていたら、歩みを止めて私の元へ帰ってきたのかもしれない。そんな風に思った。
 なぜあいつが死を選ぼうとしたのか、わからない。本人に聞かなければわからないだろうし、推測ばかりでは答えに行き着くことはありえない。しかし、その本人はすでに死んでいるかもしれないのだ。今はすでに死体と化し、この樹海のどこか暗がりで静かに倒れているのか。それとも首を吊り、微かな風に縄を震わせながら揺れているのか。どちらにしても、私は大声を上げて泣くのだろう。それは『友人』の死ではなく、気付くのが――いや、気付いていたのに認めなかった、拒絶し続けた『恋しい人』の死だから。
「何処へ行くのです?」
「もちろん、好きな人のところにね」
「……さようなら」
「ありがとう、長生きしなさいよ」
 シーラカンスは悟ったのだろう。
 私があいつの死体を見つけた時、どのような選択を取るのか。
 それが、ある意味で望まれない選択でも。
 それでも、私はそれでいいんだと思う。
 私が、そうしたかったんだから。
 それが、心の奥で望んでいた想いだったから。





 そして、私の前を歩む者たちに、安らかな眠りの歌を。


 


(了)
メンテ
さくら、ジュース、毒:カニクリームコロッケ戦争 ( No.193 )
   
日時: 2012/08/15 23:59
名前: 朔乱 ID:whLMJ2Rw


 ユタヒア王国の王都はいつもより慌ただしかった。隣国マイフェニア王国から王女様が来たからだった。ユタヒアの騎士や将軍は王女様になにかあってはいけないと、貴族や家臣たちは王女様の機嫌をそこねてはいけないと、朝からバタバタとしていた。

 王都に住む庶民たちも例外ではない。将軍や家臣たちは政治的な意味もあって慌ただしかったから、庶民たちの慌ただしさとは全く同じというわけではないが、騒がしいのには変わりがない。
 王都の外れにある酒場でも王女の話題で持ちきりで、昼間から酒に酔ったゴロツキ共が「姫様のきめ細やかな白い肌を俺の不精髭で真っ赤にしたい」「姫様の胸の重さはどれくらいだろう」などと勝手なことを言っていた。


 その酒場の隅っこに二人、変態がいた。

「俺はだな。ミーア王女の手の甲に口付けをしたことがあるんだ」

 旅人の格好に短剣を下げた男は自慢気に言う。この男の名前はアトラス。元々はマイフェニア王国でミーア王女の護衛を任された騎士隊長だった。しかし、王女を愛するあまりに護衛とストーカーの区別が付かなくなり、王城を追い出された。今は旅人のフリをして、こっそりと王女を追いかけ回す生活をしている。


「はいはい。その話は何度も聞きました」


 うんざりとした様子で言葉を返す小柄な男も旅人の格好をしている。この男の名前はロベルト。元々は田舎の農家の生まれで家庭も裕福ではなかったが、地元で戦争が始まるとその血に飢えた本性を表し、各地で虐殺に近い戦闘を繰り返した。ところがアトラスに出会ってからはその全ての感情を王女へと向けている。今はアトラスの従者として、アトラスと共に王女を追いかけている。従者であるロベルトがアトラスへの礼儀がないのはアトラスをただの旅人に見せるための偽装と「ミーア王女を愛する兄弟に上も下もない」というアトラスの意志からである。

「しかし、ユエルのやつはまだ来ないのか?」


「遅いですねぇ。今回はあいつだけがいい思いをしてるからなぁ。さっさと戻ってきて土産話でもしてくれないと、旨い酒が飲めないってやつですよ」


 二人は冷静を装いつつも、身体を忙しく揺らして酒場の出入り口を見つめる。ユエルがやってきたのは丁度そのときだった。ユエルはすぐに二人を見つけると、どこかからイスを持ってきて座った。

「ごめんごめん。遅くなったよ。いやぁ、楽しかった」


 ユエルは太っているわけではなかったが、実践的で引き締まった筋肉を持つアトラスやロベルトと比べるとだらしなかった。
 それというのも、ユエルは元々土埃にまみれる生活とは無縁だったからだ。ユエルは王立魔法学校の准教授だった。

 十六歳のときに史上最年少准教授となり、最近では教授就任の話も出ていた。ところが、ユエルは王女に一目ぼれをした。それからはあらゆる魔法の知識とセンスを使って王女の「研究」に没頭するようになり、気が付くと学校には自分の居場所がなくなっていた。そんなときにアトラス達と出会い、ともに行動するようになった。

 今回の王女の遠征では魔法を上手く使い、王女の荷物を運ぶ人夫として王女の行列に紛れ込んでいた。

「それで、どうだったんだ」

 ユエルが席につくとまもなくアトラスが詰め寄った。

「残念だけど、ミーア王女の私物は運ばせてもらえなかったよ。だけど、ミーア王女の乗る馬車の少し後ろにまではこれたんだ。あぁ、王女様を通り抜けた風が自分に浴びせられると考えると……今でもにやけてしまう」

「くそぅ、なんと羨ましい。それで、王城にも入れたんだろう?」

「うん。それで夢中になっちゃって、遅くなったんだ。食料庫にも入ったよ」

「俺は王城という場所に入ったことはありませんが、そんなにうろうろできるんですかぁ?」

「ふふふ。私の魔法と、王女への愛をなめてもらっては困るよ。ところで、食料庫に珍しいものがあったよ。なんだと思う?」

「食料庫か。つまり今晩のディナーで出されるものだな。王女様の好物はキウイとレタスと浅漬けだな。この中で珍しいものというと、やっぱりキウイか?」

「はずれ。なんとね。カニがあったんだよ。すごいだろ? カニだよ。あんな高級食材を用意するなんて、ユタヒアもよっぽど王女様に好かれたいらしい」

「なんだと、カニだと!?」

 アトラスは急に立ち上がると、大声を出した。突然のリアクションに流石の二人も驚く。

「いやいや。そりゃあ、俺はカニなんて食べたことも見たこともありませんけど。そこまで驚くことですかぁ? 王国なら、それぐらい用意できるでしょ」

「いや……違うんだ。ミーア王女は、王女は……カニアレルギーなんだ!」

「なんだって。そんなこと初めて聞いたよ!」

 聞いて二人も青ざめる。王女がカニアレルギーだということは長年研究をしてきたユエルでもしらないことだった。

「昔一度だけ、王女様が召し上がったことがある。その時は三日三晩寝たきりになった。カニなんて滅多に食べるものじゃないからな。その時もただの体調不良として扱われて、知っているものも少ない」

「でも、毒見役はいるんですよね? いくら知っている人が少ないとはいえ、毒見役なら知っているでしょ」

「いや、それが……」

 ユエルが唇を震わせながら言葉を発する。二人は目を見開いて、早く言えと合図した。

「シェフが楽しそうにホワイトソースを仕込んでいた。揚げ物用の大きな鍋も用意さていたよ」

「おい、まさかそれは……」

「あぁ、今夜のディナーはカニクリームコロッケだ」

「そんな馬鹿なぁ!」

 三人は一斉にテーブルを叩いた。グラスがはね、客の目を引くが三人は気が付かない。

「クリームコロッケにカニが入っているかどうかは、言われなければなかなか気が付かない。ましてや、高級食材であるカニが潜んでいるとは夢にも思わないよ。私は医療分野には詳しくないけど、アレルギーの恐ろしさは本で読んだことがある。最悪、王女様は命を落としかねないよ」

「でも、どうしてカニなんか使おうとシェフは思ったんでしょうね」

「おそらく枢機卿だ。今、マイフェニア王国の内政はよくない。何かしらのイチャモンをつけてユタヒア王国と戦争をしようっていうんだろう。王女様の訪問に枢機卿がついてくるなんておかしいと思ったが、そういうことか」

「王女様を政治の道具にするなんて、許せないですね。コロッケの具にしてやりましょうか……!」

 悲しみから一変、三人は殺気立つ。それでもユエルは冷静だった。

「まずは王女様の安全を確保しないと」

「あぁ、そうだな。それにはまず王城に忍び込む必要があるが……うむ、それはなんとかなりそうだな」

「そうですか。じゃあアトラスに任せましょうか。次はどうやってカニクリームコロッケを王女様に食べさせないようにするか。ですね」

「私たちが食べてはいけないと言ったところで信じてもらえるかどうか……」

「無理だろうな。こういうのはどうだ? 王女の飲み物をこっそりとお酒にすり替える。王女はお酒が弱いから、一口飲んだだけで眠ってしまわれるだろう」

「お酒……いい案かもしれませんが、愛する王女に毒を盛るようなこと、私はできません」

「だが、酒に酔い乱れるミーア王女をみたいとは思わないか」

「なるほど、それはみたい!」

「なんて破廉恥なことを言っているんですか!」

「ミーア王女の外見しか見ていない愚か者は黙ってろ!」

「黙りませんよ! 王女は心の芯から溢れでる清楚さが美しいんです。酒に心を蝕まれた王女など見たくはありません」

「なるほど、それも一理ある」

「なっ!? ユエル、貴様裏切ったなぁ!」


 ☆


 ユタヒア王城の東門。ここは物資を運ぶのに使われる門で、他の門よりも地味だったが、一番大きな門だった。今日はマイフェニア王国の王女がやってきたせいで、いつもより出入りが多く、門番は疲れきっていた。

 今はもう王女の荷物は全て城の中に入り、落ち着いている。そこへ荷車がやってきた。

「こんばんは。お疲れ様です」

 荷車を引く男は愛想良く門番に挨拶をする。それから、慣れた手つきで王女の使いであることを示すカードを門番へ見せた。門番はそれに照合機にあてて、本物であることを確かめる。

「随分と遅い到着だな」

「はい。アルンブルグ公爵が遠出をする王女様のために、急遽自領のりんごジュースを用意されたのです。王女様はこのジュースが大好きなんですよ」

 男はそういいながら、アルンブルグ家の使いを示す紋章の入った証明書を見せる。こちらも本物だった。

「もしや、そのジュースは「ミーア王女の搾りたてアップル」じゃないか?」

「えぇ、そうですよ。はい、どうぞ。王女様はこのジュースが世界中に広まるようにと、出会った人にプレゼントするよう言いつけられています」

 男はビンのパッケージをよく見せてから、門番に渡す。

「おぉ! これは嬉しい。このジュースの噂はユタヒアにも届いている。一度飲んで見たかったんだ。ありがとう。王女様にもお礼を伝えてくれ」

 男は深々とお辞儀をすると、愛想のいい笑いを浮かべながら門をくぐった。門番は荷車を見送ったあと、有難そうにジュースを飲むとすぐに眠ってしまった。

「なんとか入り込めたようですね」

 荷車の中に潜んでいたロベルトとアトラスは顔を出す。

「まだ門をくぐっただけだよ。これからが大変だ」

「しかしジュースといい紋章といい、どうやって手に入れたんですか?」

「ジュースは我が家に常備してあるのをお前も知っているだろう? あれをユエルの転送魔法で持ってきた。紋章は俺が昔使っていたやつだ」

「え、このジュースはアトラスのとこで作っているんですか?」

「俺の叔父が作っているんだ。まぁ、俺はもうアルンブルグ家の人間じゃないけどな。いつか使うだろうと思って紋章だけは持っていたんだ。ところで転送魔法が使えるなら、それで俺たちを城の中に運べば良かったんじゃないか?」

「それはできないんだよ。城の中はどこも魔法探査機がしかけられているんだ。簡単な魔法なら偽装できるんだけど、転送魔法は最近私が発見した高等魔術だから、偽装は難しいんだ」

「やっぱりユエルはすごい人なんですね。何を言ってるのかさっぱりですよ」

「因みに、転送魔法を見つけたことを祝う席で初めて王女様に出会ったんだ」


 ☆

 それから三人は城中を歩き回り、睡眠薬の入ったジュースを配った。

「よし、もういいだろう。予定通り、ユエルとロベルトはできる限りの証拠を集めてくれ。俺は王女がカニクリームコロッケを食べないように時間を稼ぐ」

「結局、アトラスがおいしい役だよね」

「さっさと終わらせましょうよ」

 三人は食堂で集まることを約束すると、別れた。


 ☆


 食堂ではマイフェニアのミーア王女と枢機卿、ユタヒアの王族たちがディナーを始めようとしていた。すぐにシェフが腕によりをかけたカニクリームコロッケが出される。

「まぁ、コロッケね。中身は何かしら?」

「中身は食べてからのお楽しみということでございます。ミーア王女」

 料理を運んできた男は深く頭を下げたまま、丁寧に答える。

「そう、なら少し下品ではあるけれど、切らずに食べたほうがいいのかしら。そう考えると、このコロッケが少し小さいのも意味があってのことなのね」

 予算の問題から材料のカニが少ししか手に入らず、そのためにサイズが小さいことなど、王女は気がつかない。カニクリームコロッケをまるごとフォークで刺し、小さな口を開ける王女を、枢機卿が不気味に見つめていた。

「ミーア王女。そのコロッケを食べてはいけない!」

「なんだお前は!」

 アトラスが食堂の扉を蹴破って入ってくる。自分の呼びかけによって、目を丸くしてアトラスを見る王女に胸が高鳴る。

「お前は……アトラス・アルンブルク。危険人物だ。すぐに追い出せ!」

 枢機卿の言葉を聞いてユタヒア王は衛兵に指示をだす。衛兵たちは数でアトラスを抑え込む。

「ミーア王女。ご無礼をお許しを。ですが、どうか聞いて下さい。そのコロッケには……」

「ミーア王女! 覚えていらっしゃいますか。アトラス・アルンブルグ。以前王女の騎士隊長をしていたものですぞ」

 枢機卿は汗をかきながら、アトラスの言葉が王女に聞こえないように割って入る。

「アトラス……あぁ、あの変態の。こんなところまでつけてきたのね。恐ろしい」

「ミーア王女、決して彼の言葉を聞いてはなりませんぞ。さぁ、飲み物を飲んで、コロッケを食べて、気を沈めましょう。大丈夫です。アトラスはユタヒアの衛兵がすぐに連れ出すでしょう」

 王女はコクリと頷き、りんごジュースを飲む。そして、フォークに手をかける。

「王女おおおおお! 好きだああああああ!」

「流石にこんな状況では何も食べられないわ。飲み物を頂戴」

「チッ……まだ手こずっているのか」

 枢機卿はアトラスのほうを見て一瞬険しい顔したあと、すぐに柔和な表情に戻って王女のグラスにジュースをつぐ。
 アトラスは衛兵たちに押しつぶされていた。

「光よ。汝の輝きをもって全てを白に染めよ!」

 突然カメラのフラッシュのような光が部屋中を満たす。突然の光に脳が驚き、そこにいる全員の思考が止まった。

「あぁ、恍惚としたミーア王女も可愛らしい」

 全員がポカンとしている中で、ユエルが一人幸福感に浸る。

「おや、アトラス。君は男と抱き合う趣味があったのかい?」

 ユエルに呼ばれて、衛兵たちと絡み合った状態になっている自分に気がつく。

「馬鹿を言うな。俺はミーア王女にしか興味はない。ところで、証拠はもう見つかったのか?」

「もちろん。枢機卿、あなたの部屋からミーア王女の診断書と漁師との取引が書かれた帳簿を見つけました。どうやら、カニはあなたが用意したみたいですね」

「何をデタラメなことを。私の部屋にはちゃんと鍵も封印もかけてある。入れるはずがないだろう。王女、聞いてはいけません。あいつらは王女を我がものにしようとしているだけなのです」

「貴様のようにもの扱いなどしない。もっと大事にする! それと、部屋の小細工についてだが、あんなものは私の愛の力にかかれば一瞬で破壊できる」

「おいまてユエル。お前今、診断書って言ったか?」

 アトラスが真顔で割って入る。ユエルは勝者の余裕を見せる微笑を浮かべた。

「あぁ、診断書だ。大丈夫。もう全て暗記したから」

「そういう問題じゃ……! いや、そういう問題か。ふむ。後で写したものをくれないか?」

 ユエルは胸を張って親指を突き立てて答える。アトラスも同じようにして、感謝の気持ちを伝えた。

「まって。あなたたちは一体何の話をしているのでしょうか?」

 王女は首を傾げる。その姿に二人は魅了され、舌が回らなくなってしまった。

「そこにいる枢機卿が、このシェフにカニクリームコロッケを作らせたんですよ。王女様」

 シェフを担いで、決めポーズを取りながらロベルトは言う。しかし、緊張して王女を直視することはできず、床を見ていた。

「そんな……。本当なの!?」

「ミーア王女、あんなやつらのことを信じてはいけません。ほら、何をしている! さっさとこいつらをつまみ出せ!」

 衛兵たちが三人を取り囲む。増援が来ているのか、部屋の外からたくさんの足音が響く。

「へへっ、こりゃあ、久しぶりに暴れるしかないみたいですねぇ」

 ロベルトは凶悪な笑みを浮かべて、愉快そうに話す。アトラスは短剣を抜いて心を落ち着ける。

「あぁ、そうだな。だが、忘れるなよ。誰の血であろうと、ミーア王女には一滴も見せない!」

 二人は宣言通り、誰の血を流すこともなく敵を倒して行った。その戦いの中をうまくすり抜けて、ユエルは王女のところへと向かう。ミーア王女の騎士が立ち塞がった。

「待て、それ以上近寄るな!」

「あなたたちがミーア王女の騎士ですか? それにしては、愛が足りない」

 騎士六人全員の足元に魔法陣が浮かび上がる。騎士たちが気がついた頃にはもう遅かった。

「消えなさい」

 ユエルが指を鳴らすと魔法陣に穴が空き、騎士たちは落ちていった。それを怯えた目で見る王女にユエルは笑いかける。

「安心して下さい。マイフェニアの地下牢へと送っただけです。普通の魔法使いでは一人を百メートル転送するのがやっとでしょうが、ミーア王女への愛に溢れた私なら、数十キロ先に六人を転送することぐらい簡単です。さぁ、こちらにきてください。ミーア王女に危害が及ばぬよう、結界を張ります」

 ユエルは王女を部屋の隅にまで連れてくると、結界を張った。結界は攻撃を防ぐだけでなく、外からも中からも見えないようになっていた。
 結界の中はユエルと王女だけになる。ユエルは結界を張り終えると王女の視界に入らないように数歩下がり、声が出ないように注意してから

「密室きたあああああああ!」

 叫んだ。

「アトラス。ユエルがぁ!」

 ロベルトが慌ててアトラスに報告する。アトラスもそれを確認して焦る。

「クソ、あいつめぇ……だが、これで手加減しなくて済む。さっさと終わらせるぞ!」

「あぁ、でも。二人っきりだなんて……何か間違いでも起きませんかね?」

「今は仲間を信じるしかない! ミーア王女の騎士隊長というものを見せてやる」

 アトラスは剣を突き上げると、身体中に炎を纏った。怒りと嫉妬で燃え盛るその炎は、王城を焼き尽くす。


 ☆


「終わったみたいですね。あーあ。これはまた派手にやっている。修復魔法をかけるので、もう少しそこで待っていてください」

 ユエルが結界から出て、一分もしないうちに結界は解かれた。焼け焦げた王城は全て元に戻っていて、食卓に並ぶ料理もカニクリームコロッケ以外は全て元通りだった。
 そして、王女は縄で縛られた枢機卿を見つける。

「この男はマイフェニアとユタヒアの戦争を望み、ミーア王女がカニアレルギーだということを知っていてわざとシェフにカニクリームコロッケを作らせました。ミーア王女、この男をいかがなさいましょう」

 枢機卿は必死に首を振って王女に訴える。しかし、王女の目は冷たかった。

「形はどうであれ、この三人の愛は本物であると、わたくしは感じました。三人の無礼は決して喜ばしいことではありませんが、わたくしは、三人の言うことを信じます。この男を父上の元へ送りなさい。処分については父上にお任せします」

 ミーア王女の手紙と共に、枢機卿は転送魔法によってマイフェニア王のところへ送られた。
 アトラスが口を開く。

「ところでミーア王女。実は、私たち、少し……いや、かなりやりすぎてしまいまして。その、ここ、制圧してしまいました」

「どうして謝るのです? 褒め称えるべき武功ではありませんか。あなたたちには本当に感謝致します。なにか、わたくしにできることでしたら何でも言ってください」

「それでは、私と結婚してください!」

 三人は声を揃えて、上ずりながら叫んだ。王女は軽く微笑する。

「それはできません。ですが……」

 王女はぐいっと顔を近付ける。王女から出るいい匂いが三人の顔を真っ赤にする。

「わたくしの奴隷になりたいと言うのなら、考えてあげますわよ」

 王女は囁いた。


 ☆

 こうして、三人の活躍により王女の命は救われ、ユタヒア王国はマイフェニア王国の領地となった。これを、カニクリームコロッケ戦争という。
 また、物語としても大変人気があり。
『王女の命を狙おうとする枢機卿と隣国の王子を三匹の犬がやっつける」
 というおとぎ話は大変有名である。
メンテ
Re: 【九月期のお題は「  」】お題小説スレッド【八月期お題「過去のお題から三つ選ぶ」:作品投稿期間】 ( No.194 )
   
日時: 2012/08/16 00:33
名前: 企画運営委員 ID:.ann04Z2

作品のご投稿お疲れ様でした。
16日(木)〜31日(金)は批評期間です。作品をご提出なされた方は必ず全作品の批評を行ってください。批評だけのご参加もお待ちしております。


>第16回 参加作品(敬称略)

>>181 十一日       :毒、擬音、あかり   :ヨーちゃんとルゥちゃんの終わらない夢
>>182 にゃんて猫     :時間、出会い、魔法  :茨姫
>>183 If        :魔法、出会い、宝物  :ずっと一緒に
>>184 菊桜        :出会い、時間、魔法  :【俺と彼女と、ありがたいけど迷惑な幼なじみ】
>>185 空人        :雨、擬音、魔法    :『レイニー・バスストップ』
>>186 伊達サクット    :剣、時間、魔王    :多重戦隊サイムレンジャー
>>187 茶野        :剣、出会い、宝物   :背教の子ら
>>188 鳳         :あかり、時間、さくら : 散らない桜
>>189 フロスト      :魔法、時間、雨    :あなたの魂に安らぎあれ
>>190 sakana       :出会い、時間、擬音  :みよんみよん星人
>>191 brain        :宝物、魔王、爆発   : 壁の中の楽園
>>192 アリス       :出会い、宝物、始まり :シーラカンス・エレジー
>>193 朔乱        :さくら、ジュース、毒  :カニクリームコロッケ戦争
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
パスワード (記事メンテ時に使用)
コメント

   クッキー保存