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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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トライ・アングラー ( No.220 )
   
日時: 2012/10/15 23:22
名前: 空人 ID:.Eil8gcA

1、

 僕らが住むこのコンロン湖は、淡水と海水が入り混じる湖だ。その所為か、湖面がマダラな模様に見えることがある。湖の水に魔力が含まれているせいだと言われているらしいけれど、そんな事はここで生きている僕らにはそれほど重要な事じゃない。
 魔力なんて有ったってせいぜいちょっと体が硬くなるくらいだ。もちろん、もっと賢い連中はいろいろなことに使えるらしいけど。出来ない事を追い求めるよりも今を生きる事の方が、弱い僕らには大事な事だったんだ。

 彼女に出会うまでは。

 いつものように、成長すれば何になるかもわからないまま水中漂うプランクトンどもを岩陰から岩陰へ、身を隠すように移動を繰り返しながら捕食していた時の事だった。トプンという不思議な音とともに視界の端にひっかかる湖の中に無い色彩。警戒心の強い僕らはそちらに視線を送らざるを得なかった。臆病な連中は音がしただけで逃げ出し、反応が鈍い奴らもその奇妙ないでたちを見てすぐにそれに従った。
 気がつけば周囲には誰も居なくなっていて、僕もすぐに仲間に続かなければいけなかった。いけなかったんだ。
 けれど、僕の目に映った彼女の姿はどこか神秘的で、なのに儚げで。彼女から目を離すことなんて、できなかったんだ。

 水面から降り注ぐ日の光を受けて、彼女のウロコはキラキラと輝く。誘うようにフラフラとゆれる泳ぎ方に、いつの間にか僕の体も動き出し、まるで髪飾りのようにきらめく彼女の不思議な形の棘には、刺されてみたいとすら思えてしまう。
 自分が何らかの力に狂わされているような感覚はあった。それでも僕はその力に抗おうと思うことは無かった。そのまま狂ってしまえば良いとさえ思っていたのだ。
 気がつけば僕は彼女のそばにまで近付いていて、ほとんど力を込められないまま、彼女の体に触れてしまったのだ。

 ――次の瞬間。

 何が起こったのか理解できなかった。彼女の棘に刺された感覚が有ったから、彼女が何かをしたのだと思う。彼女は僕の隣に居て、だけど視界には湖ではない青い色が広がる。
 空だ。そう気付いたのは、彼女の棘から開放された時で、濃厚すぎる酸素が口からエラへと流れていくせいで思考も儘ならないまま体は痙攣を始めた。意識は遠のく。ゆっくりと目を閉じて……。

 再び目を開いた僕の眼には、いつもと変わらないコンロン湖の風景が広がっていた。
 あれはなんだったのだろう。その疑問は晴らされないまま、僕は岩陰からそっと湖面を見上げると、トプンという音と共に彼女が落ちてくるのが見えた。原理はわからないが、彼女は湖面の上へとジャンプする事が出来るようだ。二匹分の体重を軽々と持ち上げる力は相当なものだろう。もしかしたら魔法を使っているのかもしれない。
 どちらにせよ、僕は彼女に嫌われてしまっただろう。迷惑に思われたかもしれない。それでも僕は、彼女の揺らめく泳ぎ姿から目を離すことが出来ず、岩陰からそっと見つめ続けるのだった。


2、

 北の荒波を越え、俺はコンロン湖と呼ばれる湖にたどりついた。海水と入り混じるこの湖には魔力があり、ここで暮らしている連中には微量ながら魔力を有しているという噂を聞いたからだ。こいつらを捕食すれば僅かではあるが魔力を得る事が出来る。ここより北の海を越える為にも、この湖で力を貯え、さらなる強い力を得る必要が有ると考えたのだ。より強い存在となる為に。
 この湖で最も繁殖しているのは、針魚と呼ばれる細長く小さな魚たちだ。奴らは体を硬くし、名前どおり針のようになって、防御や攻撃をしてくる。しかし、小さなこいつらが固くなっていられるのはほんの短い間だけだ。口の中に入れてしまえばやがて力尽き、飲み込むことも容易になる。
 俺は奴らの群れに突っ込んで数匹を飲み込むことに成功していた。中には反撃してくる奴も居たが、俺の身体にだって棘がある。奴らほど鋭くはないが複数有るその棘を振り回せば、奴らを追い払う事も簡単に出来た。
 この湖の中で俺に敵うような奴は居ないと思われたのだ。

 針魚たちの魔力は微々たる物であったため、かなりの数を捕食する必要がありそうだ。もっと魔力が強そうな奴は居ないのだろうか。そう思いながら岩陰の多い辺りを捜索していたときのことだった。トプンという音と共に、突然おかしな色をした魚が目の前に現れたのだ。
 湖面からの光を受けて怪しく輝くウロコ。体についた棘は歪に曲がり、フラフラと躍るように泳ぐ。今まで見たこともないその姿に一瞬怯みもした。だが、コイツはきっと強い魔力を持っているに違いない。そう思えたのだ。
 一度岩陰に取って返し、隠れるにはやや肉の付きすぎた体をその陰に押し込む。波間を浮遊しているあいつの様子をうかがうと、日の光を受けてチカチカと煌めきながら岸の方へと近付いているようだ。
 そして一瞬、力を緩めたように沈み込むような動きを見せた。すぐに取り繕って見せたが、奴が疲労している事は明白だ。この機会を逃す手はない。再び沈み込む動きをしたのを見て、俺は一気に岩陰から飛び出した。
 大口を開き、ソイツに襲いかかろうという瞬間。口元に痛みを感じ、瞬間的に口を閉じてしまう。痛みの正体は針魚だった。群れで行動しているはずの針魚がなぜそこに居たのか、なぜ俺の邪魔をしたのかはわからないが、上物の捕食を邪魔された俺は頭に血が上ってしまい、口元の針魚を振り払い、そのまま喰らい付き噛み砕く。
 僅かに感じる苦味と、口の中に広がる旨味。針魚は不味いわけではない。しかし俺が食いたかったのはこの味ではないのだ。あれだけ派手に動いたのだ、逃げてしまったに違いないと思いながら、あの妙な魚の方に目を向ける。しかし、ソイツはまるで気にした様子も無く、いまだにユラユラと漂っている。
 なぜかは解らない、しかし好機なのは間違いない。そう判断した後の俺の行動は素早かった。力の限り体を動かし、得られた推力で奴を口の中へ放り込んだ。そして――――。

 気付いた時、目の前に広がっているのは一面の青い空だった。
 口の中を引っ張られる感覚。奴の棘は口の中にくい込んでいる。襲い掛かる浮遊感。濃度が過剰な酸素は肺に突き刺さり、無防備な腹部に衝撃を感じてようやく俺は、岸に打ち上げられたのだと気がついた。
 早く湖に戻らなければと焦る俺を、何者かの手が阻む。そしてどこか狭いところに閉じ込められてしまうのだった。必死に体を動かし、棘を振るい、大きく口を開けて暴れるが、そこから逃れられる事はなく。次第に意識は薄れていくのだった。


3、

 さわやかな風を頬で感じながら、私は湖のまだら模様を眺める。コンロン湖は海水と淡水が入り混じり、豊富な水量と栄養素を含むため多種多様な水生生物が集まる絶好の捕獲ポイントとなっていた。今日私が訪れたのも、ギルドからの依頼でとある魚を釣ってきて欲しいと頼まれたからである。
 依頼の品は『針魚』という魚らしい。しかし私は釣りなどした事もなく、魚の知識が有るわけでもなかったので、針魚がどういった魚かを知らない。しかしギルドの受付嬢曰く『この湖で最も多く生息している魚で捕獲も難しくない』との事で、高い報酬も相まって一も二もなく飛び付くことになったのだ。何でも貴族の連中にはこの針魚なる魚が珍味としてありがたがられているらしく、最近針魚の数が減ってきている事もあって高額となったという話を聞いている。
 私のランクはそれほど高くない。この依頼で得た報酬でそれなりの装備が整えられれば、次は魔物の討伐にだって出られるかもしれないのだ。
 しかし何だろうこのギルドから貸し与えられたルアーは。毒々しい色合いと禍々しくも歪んだ針。こんなものに引っかかるという針魚とはどれだけグロテスクな魚なのだろうか。針魚というからには針のような棘が生えているのだろう。この湖において、このルアーに引っかかるのは針魚だけらしいので、この依頼はすぐに終わるだろう。早速釣竿にルアーを付け、湖に糸をたらすことにする。

 しかし、手応えがない。釣りというものはこんなにも退屈なものなのか。湖の中の釣り糸からは何の反応も返ってこないまま、もう一時間は経過している。やはりこのルアーが良くないのではないだろうか。そう思いながら竿の先を見ると、僅かながらに不自然な動きをしているのが分かった。これは、何かが食いついているのだろうか?
 とにかく竿を上げてみると、一匹の細長い魚がルアーの針に引っかかっているのが見えた。しかし引っ掛かりが甘かったのだろう。細長い魚は空中で針を外し、水の中へと帰って行ってしまうのだった。
 もしかして、今のが針魚だろうか? それにしては針も棘も付いていなかったし、なにやらグッタリとしていて元気もなかった。何より小さすぎて釣った感じがなかったのだ。
 あれは違うのではないか。そう感じながらも、再び湖へルアーを放る。とにかく何かを釣って帰らなければ、報酬も何もあったものではないのだ。

 再び沈黙の時間は続く。今日はダメかもしれない。そう考えると全身から力が抜けた。その内に意識は薄くなり、コクリコクリと舟をこぎ始める。視界の端で竿が揺れたように感じたけれど、またさっきの魚だろうと思うと、さらに気が抜けるのだった。

 ――次の瞬間。

 強烈な引きに体を持っていかれそうになった。何とか踏ん張り、湖に落ちるのだけは避ける事が出来た。竿は大きくしなり、糸は張り詰めたまま、しかしそれ以上の抵抗が付加される様子はない。コレならばいける。腐っても冒険者をなめるな! 
 足元を正し、腕の筋肉を締め上げ、呼吸を整える。そして体のバネを最大限に利用して、一気に糸を引き上げた。そして――――。

 釣り上げたのは、不恰好な魚だった。しかし複数の棘が付いてるし、このルアーで釣れたのだから、おそらくコレが針魚なのだろう。
 満面の笑みを浮かべ魚を保護箱に入れると、悠々と足をギルドへと向ける。明日からはこんな雑事をこなす事もないだろうと未来を夢見ながら。



 ちなみに、依頼の失敗を言い渡されてルアーを床に投げつけその弁償を迫られるのは、コレより数時間後の出来事である。針魚に対する魅了のかかったこのルアーは、それなりの金額だったよ……。



 おしまい
メンテ
Dead or Kill ( No.221 )
   
日時: 2012/10/16 00:51
名前: 文旦 ID:mPSrShxg

 視認し得る限り両の脇から最奥の壁まで一面白に塗り固められたなか、軍靴の音が厭に高い。格別荒々しく闊歩しているつもりはないが鉄の靴底とリノリウムは大変折り合い悪くどうにも小競り合いは避けられぬ。後ろに付く部下ふたりの音も雑じって二重に忙しない。隣を歩く院長の気配が常ならず薄いのはそのせいもあろう。
 Mの処分が定まって以来、この老人は完全に腑抜けてしまっている。珍しいことでもあるまいに、さしもの天才も齢八十を眼前にしては頽堕委靡も止む無しといったところか。蒼白い血管おびただしき手には今回訪れる二二三号室実験体の資料があるが、弛緩した指にかろうじてひっかけているといった具合で危うく揺れていた。
 取調室前に佇立する警備に敬礼を返し、寸陰立ち止まって硝子越しに内部を見、細長い枠に刳られた姿が風景のように頼りないのを見た。と、その顔がつと前を向いた。
 こちらを見咎める視線が、軍服の意味するものに気が付くとPは鷹揚に笑った。うすら寒い蛍光灯の下それは奇妙にあどけなく映った。
 応答は以下の通り、監視室にて、下士官の記述による。

 中尉:きみの能力は?
 P:まだ、よくわかっていません。
 中尉:顕現しないということではないんだろう。
 P:はい。ただぼくにもドクターにもよくわからないんです。それで、わけるのがむずかしいようなんです。
 中尉:具体的にどういう現象が起こる?
 P:いろいろです、サー。なにもないときもあれば、ガラスがわれたり、
 中尉:テレキネシスとどう違う?
 P:ドクターによればぼくの力はちょっと……かわってるらしくって。がんばってもスプーンひとつだって曲げられないんです。タンクをぺちゃんこにすることはできました。でも、それもできないときがあるんです。
 中尉:静止物になると駄目なのか。
 P:わかりません。できるときとできないときがあるので。
 中尉:ムラがあるということかな。
 P:そう、なんでしょうか。
 中尉:きみ自身はどういう風に感じている?
 P:よく、わかりません。
 中尉:自分の能力なのにか。
 P:……
 中尉:顕現に決まったパターンは?
 P:だいたい、ぐしゃぐしゃに小さくなります。だん丸みたいなうごいてるものだと止まってから丸まっていきます。
 中尉:何も起きないときは?
 P:そのまま。ちっともうごきません。
 中尉:顕現対象はいつも決まっているのか、つまりいつもできるものとできないものと、はっきり分かれているかどうかだが。
 P:いいえ、サー。さっきも言ったけどできるときとできないときとあるんです。
 中尉:条件が異なれば成功したり逆に失敗するんだな?
 P:はい。
 中尉:その条件にパターンはあるか。
 P:さあ……ぼくにはわかりません。
 中尉:きみは自分の顕現をうまく扱えていると思うか?
 P:……
 中尉:感じたままに言ってくれ。
 P:……、わかりません。
 中尉:確認したところ脳波記録に異常はない。ジェットやタンクを潰すときも、スプーンを前に四苦八苦してるときもきみは間違いなく顕現しているということになっている。
 P:はい。
 中尉:脊髄と脳に埋め込まれたチップが脳波を測定し、かつ顕現の補助を果たしている。そのチップにも異常は見られなかった。とするとやはりきみの能力に何がしかの問題が、
 博士:特色。
 中尉:は?
 博士:『特色』だアクロイド中尉、『問題』ではない。顕現自体は確かなのだからね。
 中尉:これは失敬。きみのその特色とやらが、研究を阻害し停滞させていることになる。
 P:……はい。
 中尉:判然しないものはともかくとして私が聞きたいのは、なぜMを攻撃したかということだ。
 P:こうげきなんかしてません。
 中尉:きみの顕現信号と同時刻にMの脳波が乱れ、以降は脳死さながらフラットなままだ。
 P:でも、
 中尉:現にMは使い物にならなくなっている。
 P:……
 中尉:きみ以外にどう説明がつく。
 P:……
 中尉:実戦投入を間近に控えたこの時期にMを失ったのは我々にとって大きな痛手だ。ただ、起こってしまったことは仕方ない。私はきみを責めているわけではない。事実を知りたいだけなのだ。
 P:……
 中尉:興味深いのはきみの攻撃を認めたMもまた顕現しているという点だ。波形から見るにMは反撃した、所要平均時間から察するに発動まで長くとも〇.六秒、九分九厘その力を蒙った、にも関わらずきみは無事だ。データを鑑みるにMと対峙して無事であった者は一人とていない。きみだけが唯一の例外だ。どうやってMの攻撃を防いだ。
 P:……
 中尉:どうした。
 P:……なさい
 中尉:なに?
 P:ごめんなさい本当にわからないんですしらないんです。マレーナはすごくおこっててぼくは、ぼくがマレーナの本をよごしてぶたれてあやまったけどマレーナはゆるしてくれなくて、あんな……ちがう。ぼくはただ。あんなつもりじゃ。ゆるしてくださいぼくはマレーナを。ともだちだったのに。そんなつもりなかったのに。ゆるしてください。ゆるして。マレーナ、マレーナゆるして……

 そこで机に突っ伏していたPが突如立ち上がりマジックミラー目がけて頭を打ちつけはじめたため査問は中止となった。冷や汗ものとは同席していた新任少尉の弁である。Pをはじめ実験体は長年の薬漬けにより総じて薬効が現れるのが緩慢であり、こと鎮静剤は種馬と同量に投与せぬとまるで効き目がない。運ばれていくPの額は割れ、漣々と夜涙のごとき染みを残し、人工物による平安を彼方に置き去ってしまった。担当職員いわくこんなのはまだ大人しい方であり、件の事件後は文字通り手に終えない錯乱ぶりで、Pの両の指五本はその際欠損した。シリーズもレベルも異なるにも関わらずMとPは昵懇の間柄にあり、それは模範生のMにPが心酔しているといった態でなく、どちらかというと落ちこぼれのPをMが放っておけないといった関係で、ゆえにこそPの狂乱は予想外と言わざるを得なかった。
 あるいはあの度し難い小心こそが自ら呵責に小胆な自己を瓦解させ、遡源すれば発端もそのようにして引き起こされたのやもしれぬ。
 真相を追及しようにもあのような状態ではどうにもできず、表面上意思の疎通がとれていても中身はあの通り狂犬なのだからM共々処分すべきであるなどと若輩に似合わぬ冷徹な、研究員としては鑑たる見解で締めくくった。いざ目の当たりにした武官らも無言ながら同意見であるようだった。しかるに、
「あなたは、Pについてどうお考えなのです」
 アクロイドは衰顔にたゆたう感情が意味するところを見透かさんとする。
 すでに互いの部下は出て行った。院長は皺の走る禿頭を撫でつつ、慎重に言葉を選んでいった。彼の能力は興味深い。今までにない症例だ。ことシリーズの期待株であったMを屠り、かつおそらく反撃を受けたであろうに五体満足でいるのが何とも不可思議である。扱いづらい能力には違いないが、解明できれば必ずや国益に繋がるだろう。ことによると戦争のかたちそのものを変える鍵と成りうるか――
「だが今のところは役立たず以外の何物でもない」とアクロイドが継いだ。「どころか他の実験体をも壊しかねない。そうなると最早負債ですな」
「実に軍人らしい物言いだね」
「褒め言葉として受け取りましょう」アクロイド中尉は淡々と続ける。「無用の長物を飼い慣らしておくほど感傷的ではないのです。この施設運営に毎年どれほどの金額が投資されているか、あなたが一番よくご存じでしょう」
「実験体ひとつにつき約六〇〇万、だろう。この前、中央の公開実験に呼び出されたときに散々聞かされたよ」
 と、溜息ごと心の臓を吐きかねない風であった。眼鏡を押し上げて目頭を押さえ、対峙する中尉に明確な弱気を見せた。
「能力開発は未だ謎が多い……すぐ答えを出せといわれて出せるものではない。時間がかかるしリスクも大きい、個体ごとばらつきがあるからそれぞれプランや対策をその都度練らねばならん。機械とは違うんだ。大体、資質があるというだけで生身の人間を無欠の兵士に仕立てようというのが無茶なのだ。先日まで普通の学童だった子らを……それでも、そういった危険性諸々をひっくるめて利用したいというんだろうに」
「戦闘機を新調するよりは格安で小回りが利きますから。社会主義でない限り何事もビジネス、結果重視でなければ国政は破綻します」
「科学と金は無縁であると、信じていた頃が懐かしいよ。ところで院内は禁煙だよ」
「すぐ消しますよ」
「そういう問題じゃあない」
 中尉は肩をすくめただけで、院長もそれ以上咎めなかった。
 先の惨状を一瞥する。すでにあらかた片付けられてはいるが、血痕は酸化を経て赤銅色に変じ、連れ去られたPの代わりに硝子鏡向こうの監視者たちへと何事か訴うるごとくである。
 アクロイドは実験体の平常を見せるよう申し出で、ふたりの足は自然と独居房への道を辿った。
 扉にはプレートが、無機質に「P」と一文字刻まれている。
 室内にも無駄なものは何一つ見当たらぬ。スリッパや衣類は定位置に、棚には体調グラフと日記が整然と並んでいる。ひとつを手に取ってぱらぱらと眺めやるも、目を引く異常さは見当たらなかった。Pの字はか細く、ときどき幼児の書く記号のような人体が隅で躍っているだけだ。『きょう、ぼくはジェイク先生とじっけんをしました。それはイメージのじっけんで、羽をちがうばしょにうつすためです』……
 二二三号室とMの二一九号室はいくらも離れておらぬので、そちらも覗くことにした。ある程度予測してはいたが、結論から言って得るものはなかった。少なくともMはPと比ぶれば極めてまともな部類に入る、膨大なデータと職員の証言とがその裏付けである。Mの部屋はPのそれよりも無味乾燥としていた。日記には日付と天気の下にメモらしき走り書きが残されるのみであった。それでも根気強く調べていくうち、一冊年号が抜けていることに気が付いた。
 指摘されてはじめて知ったらしく、老顔に怪訝な色が広がった。「原本の管理は患者に任せてあるが、失くしたりしないように言いつけている。患者本人の手で書かれたものもまた貴重な資料だからね」
「当然コピーは取ってあるんでしょうな」
「無論だとも。資料室に話を通しておくから後で行くといい」
「他に実験体の動向を記したものは?」
「すべて渡したよ」
「結構」
 アクロイドは踵を返した。その脊に声が落ちた。「君は、何とも思わんのかね」
 渇いた顔であった。深い皺が疲れた大地に根差した亀裂のように見える。
「思ったところでどうにかなりますか」
 院長はしずかに瞬いた。そうして、ふと腕時計に目をやって、いよいよ重々しくかむろを振ってみせた。
「今、Mの処理が終わったよ」

「わたしたちすべては眠り続けるのではない。終のラッパの響きと共に――」
 表向き軍立病院として建立された敷地には北に四エーカーほどの原生林が連なり、隣接するかたちで墓地を擁する。糸杉の息吹を間近に、エデンの患者――『実験体』の体裁ぶった呼び名だ――は例外なくこの地に埋葬されている。躯と化した後も数多の機密を抱えたまま国家の所有物として管理される光景は、図らずも公園のような静謐さで賓を迎え入れる。またひとり、永久の住人となった証に墓石がひとつ、語らぬ身の上に落ちてようやく患者以前の名を掲げることが許された。プレートよりは見目もいい。
 マグダレーナ・ストーン。
 M一字が豪奢に化けたものよ。
「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。死よ、おまえの棘はどこにあるのか」……
 牧師が去って早々、細巻煙草に火を付ける。糸杉の頂に黒雲が差し迫ろうと意に介さぬ。虚礼を終えて、もっぱら仕事一色に凍て返る脳には、負けず劣らぬ色濃いニコチンが要り様であった。墓を前に半分ほど吸い、残りを帰り道で吸い尽くした。二本目に点火する頃には一層空の崩壊著しく、どこぞより低く唸りを伴ってきた。
「何かわかったか」
「残念ながら」と少尉は肩をすくめ、「当人は薬で死んだように眠っておりますし、分析しようにも事件を境にまったく顕現が見られなくなったそうです。元々P自体不安定な個体だったようですし、あの通り頭の方もガタガタですから……」
 職員いわく来たるべきものが来たといったところで、さしたる当惑もないらしい。
 能力の枯渇は珍しいことではない。原因は今もってわからぬが、極度のストレスが脳細胞を委縮させるためというのが定説である。ただえさえ顕現は脳髄に尋常ならざる負荷を与える。加えて実験体としての境遇、戦場での生活、どちらも烈しいストレスを日常的に強いられる。発狂は数ある逃げ道のひとつに過ぎない。されどPは、退路の選択を誤ったようだ。
 そうして皆すっかり解決気分、部下の微笑はあきらかに興を失したそれである。
 何一つ片付いてはいない。謎は謎のまま死によって葬られようとしている。それもまた安易な逃げ道でしかない。再度同じ事故が、別の状況で起きた場合、どうするというのだ?
 風が窓を叩いている。直に吹きさらされる木が嘘のように傾いでいる。雨は降っているのかいないのか、やにわに夜がやって来て居座るので判然としない。濡れびたしの墓石を想い、朱く垂れた血を想い、押し黙って煙を喫かす上司を、少尉は何か信じがたいものを見るような目で窺っていた。勝手に退室するほど礼儀知らずでなく、適切な対処を心得てもおらぬ若き士官は、次に上司が口を開くときまで愚直に焦れるばかりであった。
「よくて五日か四日。出来損ないとはいえ実験体の処分決定にはそれなりに時間がかかる。その間に真相を突き止めねばならん」
 少尉が喋る爬虫類を目撃したような面になる。「それは、しかしどうやって」
「一から調べ直しだ。資料を読み返し、調書を取り直し、済ませたことをもう一度初心の心境で繰り返せばいい」
「はあ……」
「耳がおかしくなったか?」
「イエス、サー」と模範例に相応しい敬礼をとる。
 立ち去る間際、少尉は質問を投げてきた。「中尉は、Pについてどうお考えですか」
 中尉は一服の間を置いて、「おまえはどう思う」と紫煙交じりに返した。
「私は能力者というものには詳しくありませんが、Pは典型的な怯者です。ああいう手合いは得てして強者を恐れ、妬みに駆られていらぬことをしでかします。隙あらば取り除こうと。そうやってMを背中から撃っただけのことでしょう」
「簡単に言ってくれるが、あれを相手にどうやって奇襲する。おまえ、Mの顕現を見たことあるか」
「いいえ。けれど資料では、」
「あらゆる物体の破壊。よくある力だけに強力だ。俺は六年前に見た限りだが、鉄塊だろうが人体だろうがガトリングぶち込んだプリンがましに思えるほどの有様だった。妬む憎むの次元じゃない、頼まれたって相手にしたくねえ。あれをどうやって防いだと思う」
「防ぐ、という発想がそもそも間違いなのでは?」
「ほう」
「不意打ちのショックでMは目測を誤ったのでしょう。調整が進んでいたとはいえ戦争童貞《お嬢ちゃん》は実戦に弱いものですから」
「かもしれん」
 言いながら、アクロイド中尉の指が机上の分厚いファイルを弾いた。
「Mは第十八シリーズの期待株だった。念じるだけで何だろうと千々に破砕する。実戦経験はないにせよ即戦力になるよう徹底したVR訓練も積んだと来てる。轟音と閃光の酸鼻の只中にあっても普段通りに顕現を行える程度の胆力を備え、そうした過程でもげた左足には人工義肢を移植済みだ」
 と、手袋に覆われた右腕を回してみせる。国家技術の粋を尽くした代物が一向普及しないのは、鉄と神経を接続する際の想像を絶する痛みのせいだ。
「何ともか弱いお嬢ちゃんだな」
 貴族の御三男たる少尉は上品そのものに顔をしかめた。折角、軍人の口振りを真似てみたのをそれ以上の野卑で返されてお気に召さぬと見える。はたまた改めて鉄腕を不気味に思ったか。
「顕現が認められなければPもお払い箱です」
「ああ」
「そもそもあんな不確定要素過多な能力、到底使えませんよ」
「そうだな」
 紫煙がふたりの間を横切っていく。「で?」
「ですから、さほどこだわる必要はないかと」
「その判断をするのは俺たちじゃない」締めた歯に安っぽい苦味が滲む。「俺たちに権限はないからな」
 少尉はぴくりとも笑わなかった。

 それから二日、未だ中央からの連絡はない。報告すべき進展もない。Pは変わらず眠り続けている。そうして誰もがMとPの名を忘却に追いやろうとしていた。何となれば代わりはいくらでもいる、時間は常に万人に平等であり、才能には個体ごと大きな隔たりがある。誰もが自ずと知る道理を、エデンは多少冷厳に行っているに過ぎぬ。何しろ一個体につき約六〇〇万、それも単純計算の数値の上であるから実験に不可避の損失を含めれば赤字同然、金も時間もかけた駒が糞の役にも立たぬとあれば見限りは早い方がいい。無くもがなの命であると自覚せぬうちに処分するがせめてもの華である――斯様な思考がエデン職員の素養であるからには蔓延る白眼は道理至極と言えよう。
 こうしたなかでただひとり、汽車のように煙を吐きつつ、アクロイド中尉は逐一を自身の手帳へ詳細に記していった。殊更特筆すべき事柄などはない。ただ病的な記録癖は入隊後もしつこく尾を引いている。蚯蚓が死に悶えるようなおそろしい癖字も同様である。ゆえに職員も彼の部下たちでさえ、この叩き上げの変人中尉が何をし何を考えているかがまったくわからないのであった。
 明くる日の昼過ぎ、ようやくP覚醒の報がもたらされた。早速査問を再開しようとする中尉を、双方共に危険であるとしてエデンの職員たちが断固押しとどめた。ところが対する中尉も、見舞いくらいならよいでしょうと大変頑固であったので、埒が明かぬと先に音を上げた院長の一声により、職員の監視付でのみ面談の許可が下った。
 Pは白紙のようなベッドの上に箕坐している。半開きの口元や焦点の結ばぬ眼など自失の態であるのに、逆光のせいか横顔は奇妙に鋭くあった。
「やあ」アクロイドは無表情に言った。「私を覚えているかな」
 ややあってPがにこやかに肯いた。「はい。へやの前にいた人ですね」
 追及はおろか事件を思わす言葉も避けるよう再三にわたって言いつけられた末の対面であり、後ろに影のごとく控える研究員の目もあって、会話は当たり障りのないものに限られた。
 痩身の至るところを取り巻く管が痛々しい。荒れた肌に走る蒼い静脈や、落ちくぼんだ眼窩などは実年齢以上の衰えを意識させる。まだ薬効が醒めきっておらぬのか瞳は中毒者さながらどろんと濁り、言葉も幾分散らかり気味で、ただ気持ちばかりが静謐なる狂いの境を彷徨うようだ。随伴した職員は部屋を後にした途端「どのみち長くはないだろうな」と、嘲弄さえ過分であるかのように淡々と評した。
 休憩室にて借用した資料を捲っていると、いつの間にやら院長が隣で禿頭を晒しておった。
 時計の針が動く様が耳に迫ってくる。すでに夕と呼ぶべき時刻を示しておったが、蛍光灯に照り光る室内では戯言に等しく、ただ世界が地の果て以上に遠いことを自覚させる。
 口火を切ったのはアクロイドであった。
「本当に覚えておらんようですな」
 院長は眼鏡の曇りを拭い、「すこし、場所を変えようか。どうもここは気が滅入っていけない」まるで客人のように独りごちた。
 中庭より温室へ至る。曇天を押し上げるような硝子張りに見張られて繁殖する徒花らの倦怠が肩に重い。中央に鎮座せし籐の椅子と素っ気ないテーブルが調和をもたらさんとする一方、かえって余所余所しく装うようであり、所在なく見回すアクロイドを院長が、懐かしいかねとからかった。
「季節感のない場所だ」
「コンクリートや鉄の壁よりはよかろう」
 院長は巨大なグンネラに手を伸ばした。「これの世話は患者が交代で行っている。みな緑が好きでね。私より植物の名前に詳しいくらいだ」
 ふたりは籐椅子に腰かけると、ほぼ同時にタイを緩めた。
「Pは、六年前のあの日以来、記憶障害がひどくなっていてね。精神退行はその弊害だ」
「まだ引きずっておるのですか」
「仕方あるまい。我々には見慣れたものでも、彼にとってはじめて目の当たりにした凄惨だ」
「自分の足が千切れたわけでもなかろうに」
「あるいは、他者の痛みだからこそ身に迫るのだろう。まして他ならぬ友の苦痛となればね」
「Pはテレパスだったとでも?」
「君、そういう話ではないよ」
「存じておりますよ」中尉はあくまで真顔であった。「Mの負傷は痛ましいものでした。順当に行けば彼女の出陣は確定的だったのに、傷の影響で能力失調に陥り危うく処分対象になりかけ、ようやく復帰の見込めた矢先にこの始末。他に後釜もおらぬとあっては、当分戦況は悪化を強いられるでしょうな」
「だからPの命で償うかね。今回はともかくあのときは彼の仕業じゃあるまい」
「償いきれるものなら是非。だが奴には多分に荷が重い」
 中尉が煙草に火を点じながら、ここ数年来Pの研究が微塵も進展しないのはそのせいかと訊けば、院長は逡巡を置いて、そうとは言いきれぬと返した。人の心の働きは一概に言いきれるものではない。いかに科学が飛躍的進歩を遂げようと、いや、むしろ科学が神的権威を得るほどに無明の眠りへと引きずられてゆくような、そうした危うさを孕むのが人心というものであり、つまりは死の陰の谷を歩む最中に人は人心を獲得するのである。科学とは凝り固まった信仰へ落とされる可塑剤の一滴に過ぎぬ。ゆえに千年二千年後、今もって万人の救いの青写真すら見当たらぬ……
「Pが希求するは救済ですか」
 じきに死による救済が与えられるではないか。
「死後の安寧などわからんよ。所詮人知の及ばぬ領域じゃないか。死して安らぎを得て何とする。みな、幸福なうちに死にたいのだ」
 紫煙の向こうに、風にも不動に佇立する墓石の群れが浮かんでは消えた。
「わたしはこの歳まで百を超える患者をこの手で育てあげ、同時にこの手にかけてきた。間接的にではあるが紛れもない事実だ。Mのような子もPのごとき子も……ただ点数の優劣のみで量ってきた。愛国心、そんな言葉を本気で信じていたわけではないさ。科学の信奉者、その単純な自負の名の下、脳室に閉じこもって現実から目を逸らし続けたそれだけのことだ。そんなわたしも国家にとってみれば数値で管理されるものでしかない。六十年。六十年、子供を兵器の鋳型にはめてきた。それでもまったく足りないらしいのだ。もっと強い者、優れた者をば……必死必殺の兵器とはお笑い草じゃないか。わたしは彼らの墓を訪れるが、その実彼らの死に様を知らず知らされずにいる。死に顔すらわからん。何だと思うね。わたしは彼らにとって死神ですらない。空虚だよ。わたしは彼らに謝る権利すら与えられておらんのだ。どう思うね、中尉、アクロイド、とうに何もかも手遅れなのだろうか」
「カウンセラーの派遣を要請なさってはいかがです」
 老人の頬に苦笑が這い上った。やれ本当に君は度し難い……

 再びPの訊問、患者の体調を考慮し病室にて職員の立会いの下、記述は引き続き下士官の手による。

 中尉:調子はどうかな。
 P:はい、すこし、よくなりました。
 中尉:結構。今日はきみとMの付き合いについて二、三訊きたいことがある。
 P:……
 中尉:返事は?
 P:はい、サー。
 中尉:そう身構えなくてよろしい、詰問の意図はない。普段Mとどのような会話をしていたか、そういったことを知りたいのだ。
 P:……ええと、
 中尉:……
 P:どういうことですか。
 中尉:難しく考えずともよい。そうだな、きみはどのくらいの頻度でMと会っていた?
 P:しょっちゅうです。たぶん毎日です。
 中尉:そのときMとどんな話をした? 何か、いつも話題にすることはなかったか。天気とか食事とか、職員の態度でもいい、Mはそれらに対してどのように反応した?
 P:……Mは、Mはいつも、はやくここを出たいって言ってました。
 中尉:なぜ。
 P:はやく兵士になりたいからって。
 中尉:それは本心だったと思うか?
 P:たぶん、そうだと思います。
 中尉:他にどんなことを言っていた?
 P:いろいろ……でもマレーナの言うことはむずかしくって。
 中尉:マレーナというのは?
 P:Mの名前です。……ごめんなさい、ほんとはいけないことだってわかってるんですけど……
 中尉:けど?
 P:名前を、だれかにおぼえていてほしいって。ここから出られるかどうかわからないから……マレーナならだいじょうぶだよって言ったけど、だいじょうぶなことなんて本当はないんだよって……
 中尉:なるほど。他には?
 P:うーん、あと、ときどきひざがイタイって。ほんとにときどきだけど。
 中尉:Mは怪我を気にしていた?
 P:はい。
 中尉:早く出て行きたかったから?
 P:はい、たぶん。
 中尉:ふむ――
 P:あなたは、
 中尉:ん。
 P:あなたは兵士ですよね。
 中尉:ああ。
 P:人をころすのですか。
 中尉:まあ。間接にしろ直接にしろ、殺すのが仕事だな。なぜそんなことを訊く?
 P:どういうかんじがするのかと思って。
 中尉:きみならどんな風に感じると思う。
 P:わかりません。
 中尉:どうして。
 P:それは、まだぼくは兵士じゃないから。
 中尉:いずれはそうなる。そのときを想像してみればいい。
 P:イメージですか。
 中尉:そうだ。苦手かね?
 P:はい、たぶん、サー。
 中尉:なぜ苦手だと思う。
 P:わかりません。
 中尉:きみはMのことを知っている。ほぼ毎日のようにMと会っていた。だがその心中に思いを馳せたことはあるか? Mが普段どんな目で周囲を観、どんな風に考えていたかわかるか。
 P:……わかりません。
 中尉:なぜイメージしなかった。
 P:それは……、わかりません。
 中尉:きみは特に、想像実験の分野の成績が壊滅的だな。日常的に努力しようとは思わなかったのか?
 P:がんばろうとは、しました。
 中尉:そうか。
 P:……はい。
 中尉:……
 P:……
 中尉:……
 P:……
 中尉:……少し、昔話をしよう。きみは六年前のことを覚えているか。
 P:え。
 中尉:六年前。第十七、十八シリーズ合同実戦訓練、参加実験体、二一二号室から二二三号室までの総勢十一。敵は十三名の死刑囚及び四十名の俘虜。どちらかのチームが死滅するまで時間無制限の殺し合いだ。きみはそれに参加した。隣にはMもいた。本来きみは参加するはずがなかった、今も昔も何一つ成果のないきみが実験に引き出されたのは後にも先にもあれだけだ。当時の情勢は今ほど厳しくはなかったが、あるいは、仮初の平穏に惑わされかえって功を焦ったのだろう。否応なく引きだせば多少なりとも成果を上げると思ったか。実際はさもあらん、きみは何一つ役に立たなかった。
 博士:中尉、
 中尉:Mは圧倒的だった。敵を視認次第速やかに打ち砕いていき、他の実験体もそれぞれの責務を果たした。敵の数残すところ七名足らず、このまま何事もなく終わるかに思われた。そうして、あの事故だ。
 博士:アクロイド中尉、
 中尉:きみの眼前でMの左足が吹っ飛んだ。敵の攻撃を受けたわけではない、とうに弾丸も爆薬も尽きていた。原因不明の事故はM自身の顕現の暴発ということで片付けられたが、Mには納得できなかった。彼女は自らの力に――自らの力にのみ全幅の信頼を置いていたからだ。テレキネシストとして他の追随を許さぬ自分が一転して欠陥品扱いされることに、彼女の矜持はいたく傷付けられた。ただの人間ごときに傷付けられる自分ではない。彼女は能力者を、味方を疑うようになった。
 博士:中尉、Pを昂奮させないでください!
 中尉:詰め寄られたんだろう? 未知の力、彼女はきみの能力の一端に気付いたに違いない。
 P:やめて、
 中尉:Mはずっときみを疑ってきた。
 P:ちがう、ぼくが、マレーナの本を、
 中尉:無くなった日記か。あれに記してあったのだろう。彼女はメモ魔だからな。
 P:ぼく、ぼくは、
 中尉:きみは彼女が邪魔になった。彼女と同じように、殺意をもって念じた。
 P:ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう
 博士:終わりです中尉、今すぐ退室してください!
 中尉:どんな力だ。どうやって攻撃し防いだのだ。
 P:マレーナ、マレーナたすけて
 中尉:マレーナはおまえが殺した。

 迸る悲痛が奔流と化し、眼閃を伴ってアクロイドへと襲い掛かった。
 髄脳を突き上げた刹那の衝撃は波形となって眼窩より溢れ、崩れる膝が強かに膝を打ち、暗転した意識のなか、確かに欷泣する声を耳にした。
「中尉――無事かね」見下ろしてくる。禿頭、眼鏡と白衣。「わたしがわかるかね」
 身を起こすのも辛く、蹌踉と立ち上がる。辺り一面まるで台風の猛攻に晒された有様で、そこへ埋もれるようまた覆いかぶさるよう、至るところに千切れた人体が散っている。指がすこし、眼球ひとつというものもあれば、内部から爆発したとしか思えぬ臓腑飛沫もある。犠牲となっておるのは軍服であり白衣であり、病院服は見受けられぬ。直感の的中に嘆息すら覚えた。
「覚醒したようですな」
 独白を受けた院長が怒気を滲ませた。「まさか計算済みでやらかしたのかね」
「ここまでひどいとは想定外でしたが」
 アクロイドは老人の手を払うとPの行方を尋ねた。院長は口を開きかけ、眉間の皺を深めて大きく息を継いでから、北館へ繋がる廊下を逃走中らしいと苦々しく言った。
 それは好都合、とアクロイドは無線を手に取った。潮騒じみた音を立てたそれに、
「私だ。Pに攻撃を加えるな、また武器は一切持つな。遠巻きに監視し牽制のみに留めろ、網を張って奴を徐々に森に追い込め。繰り返すが絶対に武器は使うな」
 と呼びかける。
「今更、彼を生け捕りにできると思っているのか」
 ぽつりとつぶやき、割れて垂れ下がった蛍光灯にも眩しげな面を向ける。「無駄だよ。籠を食い破った鳥にはどうあっても逃げられるものだ」
「逃がしませんよ」無線を切って向き直った中尉の、無味乾燥な表情にはじめて情調の微風が流れていた。「奴は逃げません」

 奇怪な光景であった。空手で走っている実験体を誰も捕まえられない。飛びかかる者は残らず身体がひしゃげていく。背丈の半分ほどにも潰れる、肋骨が飛び出す、腕が捩じ切れる、程度に違いはあれど皆Pに立ち向かった結果であった。一方で逃げ惑う者らには目もくれない。Pも避けて通る。出くわせば誰も彼もが砕けて堕ちる、その様がPの尻をますます炙りたてる。彼は動くものすべてに怯え、自分以外のすべてに怯え、自分自身にも心底怯えきっていた。自分がどこにいるのかもわからぬままひたすら駆けに駆け――運動にあまり意力的でなかったにせよ実験体すべからく頑健たるべしと養育されてきたPは昂奮していることもあっておそるべき速さと持久力を兼ね揃えていた――、やがて北のはずれにたどり着いた。とうに実験体の立ち入り禁止区域内である。
 見慣れぬ場所に来てどうしたことかPの心は凪ぎはじめていた。はじめて間近で、温室以外の緑を目にしたせいもあった。天から細糸で吊られる実直さで、また灯影のごとき確たる態で、黒く高く伸びる木々が野火の形相でただ広がる。その満目蕭条としたなかで、無窮の石板が低く林立を描いている。よく見れば一面には文字が刻まれており、しかもひとつひとつで異なっていた。アデル、エイドリアン、アーニャ……。
 右にはBがあった。左にはAがあった。左は森近くまで続くかに思えたが、右は半ばまでいかずに途切れている。
 我知らず足が動いて行った。二列目の左は空白、右にはまだAがある。三列目、右はダミアン、デリアと続き変わり左はカルメン、チャールズと続く、四列目も同じくDとCが頭文字、石板の数が多かろうと少なからろうと二列ずつアルファベット一文字が割り振られている。左から右なんだ。朝と夜に点呼をとる並び方と同じ。国語の書き取りが好きなPはそれがABC順であると知っている。積み上げていくうち凪いでいた鼓動がまたも逸りはじめた。
 七列目を過ぎた。もう自分が何を探しているかわかっていた。速足がいつの間にか走り出していた。十三列目、左に折れる。メイベル、マカリオ……マグダレーナ。
 マレーナ、と呟き弛緩した頬を労わるように涙が滑ってゆく。
 石の表面は濡れている。Pは昨夜雨が降ったことを知らない。きっと石が泣いているのだと思った。その上にPが新たな雫を滴らせる。マグダレーナ・ストーン。なんてきれいな名前だろう。自身の名を嫌いただマレーナ、とだけ明かした彼女の、内緒話にひそめた眉と目見が思い起こされて、ページを捲る指先の動きや、髪を払って瞬く瞼のゆるやかなことや、何か喋る際に唇を軽く噛む仕草などが嵐より疾く花を嗅ぐようにすべて。崩れた膝を芝生がやさしく受け止める。留まりながら燃ゆる糸杉のはるか先、天が雲に封じられようとしている。そうして大気に水の気配を呼び込んでいた。
「パルプス・ノーリッシュ」アクロイド中尉の声が飛んだ。
 上げた顔を、ゆっくりと墓まで下げてしばらく後、Pの肩が大きく一度波を打った。そうか、と肯き振り向く顔には笑いが牙差していた。「きみはもう、Sじゃないんだね」
「俺を覚えているのか」
「なつかしいよ。とても、とてもね」
 包囲網と呼ぶには頼りない人数であるが、すでに墓地の入り口から林の合間、また屹立する壁の外にまで手を回してある。武器こそ携帯させてはおらぬが見張りにはそれで充分だ。はなから攻撃させる気もない。
「どうしてもどってきたの。今さら。ぼくをころすため?」
 きみは兵士だから。
「殺しはしない。おまえの処遇は中央が決める」
「どうせころすんだ。そう言ってたよ、みんな」
「俺は殺らん。仕事のうちに入っとらんからな」
 無遠慮に距離を詰めるアクロイドに、Pは怪訝な顔を見せた。「ぼくがこわくないの」
「おまえが? パルプス、俺がおまえにビビったことが一度でもあったか」
「きみもころすよ」と、右手を掲げた。「本気だ」
「おう、やれよ」
 なおも大股の前進をやめぬ男に、とうとう実験体が後ずさった。
「逃げるなよ。おまえはいつもそうだな。あの訓練でもそうだった。危ないから戻れって言ってるのにブービートラップに突っ込んでいきやがって。Jが止めなければ今頃生きちゃいなかった」
「Jは、元気なの」
「死んだよ」
 Pの腕がわずかに下がった。双眸から異様な熱が去り、萎んだうちにも燠のごとく燻るものがあった。それが何であるのかアクロイドは己のことのように知っている。二歩と半分の距離が、Pの歩みによって埋められる。彼らは今、向かい合った。そうしていつまでも睨み合っているかに思われた。……
 ゆくりなくPの痩身が傾ぎ、すかさず受け止めたアクロイドの腕へPが満身の力でしがみついた。いや、いやだ、いやだと叫び泣きじゃくっては軍服に血のにじむほど爪を立て、その度に林の奥から何かが砕け乃至は裂けるような、バキッ、ビシッ、と厭な合奏となって届く。
「みんながぼくを見てる。おこってる。おいかけてくるよどうすればいいの」
「それは全部幻だ」
「たすけて。おねがい、こわいよ」
「俺がわかるか。なあ、こっちを見ろ。見るんだ」
「こわいよ、シーザーこわいよ」
「パルプス」
 こわいよ。
 一筋、涙と共に終の息がこぼれて落ちた。
 今際の刻みにアクロイドの袖を引きちぎっていった腕は石のように白く強張っている。
 風のなかにはっきりと雨が混じってきている。霧雨に吹かれてか林より警備がそろそろと出てくる、仲間の血や死体を踏み越えて、そうして遠くからは白衣の禿頭もやってくる。黒鉄に塗り込めた空は最早二度と開かれることあたわず、白日など望むべくもないように映じる。それが単に冬空の常に過ぎないと、能力を取り戻すまでもなくシーザー・アクロイドは知っている。彼は確と両の足で立ち、差し当たり煙草のため屋内を目指すことにした。

「――はい、そうです。Pは自殺いたしました。おそらく差し迫った処分を恐れてのことでしょう。特にここ数日は精神衰弱著しかったようですので……はい……はい。問題ありません。報告は以上です」
「ご苦労、アクロイド中尉。すぐさま中央に引き返したまえ。裁断士《マインドリッパー》の再来を嬉しく思うよ」
 ところ変わって東館、温室に院長はいた。緑を後ろ盾に面杖をつき、緩みきった指先で薄いノートを絶妙に支えている。アクロイドに気付くと、その手がひょいと持ち上がった。
「君が言った通りの場所にあったよ」
 他のものと同じくPが隠した日記もまた、短いメモ書きの連なりであったが、ある日を境に高揚あからさまに文字が乱れて珍しく長文が綴られていた。『Pの能力がわかった。あれは彼だけの力じゃなくて彼を取り巻く者の力を利用しているんだ……』、以下の記述には間違っているところも見られるが、概ね的を射ておると言えよう。このページは一度それとわからぬように破られ、再度貼り付けられたものであった。コピーの目をかいくぐってまで秘匿したのはなぜなのか……
 院長はそれを、Pの身を案じてだろうと結論付けた。比類なき力を公表すれば、Pには容赦のない実験と投薬の日々が待ち構えている。過敏なPは到底耐えきれぬだろう。彼女は友を護ったのである。
 中尉は別の回答を出した。Mは己のミスを晴らすことより、自分がPに劣る能力者だと知られることを避けたのだ。彼女は自身の矜持を優先させたに過ぎぬ。何となれば彼女が信ずる者は己以外にいないのである。
 この日記が紛れもない証左だ。文中の至る箇所から、存在意義を奪われたMの怨恨にも似た執念が読み取れる。執念あればこそPの能力の片鱗に触れることが叶ったのだ。
 もっともP自身、最期まで自身の能力を把握しきれていなかった。
「結局、彼の能力というのは何なのかね」
 煙をくゆらす中尉に、院長が尋ねた。
 あくまでもPとMの情報と個人的考察を総括した推察に過ぎないがと前置きしてから、
「Pの能力は、自身が脅威と認識した外的現象を対象にそのまま跳ね返すものです」
「よく、わからんのだが」
「テレキネシスでもテレパシーでもない、またはその両方を併せ持つ力……」
 Pの顕現は単体では成立しえない。このとき単体とは「P」もしくは「顕現を受ける対象物」である。『彼だけの力じゃなくて彼を取り巻く者の力を利用している』とMが考えたよう、Pの内的反応のみや、またPから見た外界現象単体だけでは成立しえず、互いが互いに反応、双方の共鳴によって引き起こされる衝突。Pが危険と見なさぬもの――実験においての羽やスプーンなど――が何の影響も受けず、あのとき刃向わず逃げていた職員だけが無傷であったのはそういうことだ。
「しかし、ならばなぜMの足が吹っ飛んだんだ? あれはどう見ても共同戦であってPと敵対したわけではなかろう」
 それが問題なのだ、とアクロイドは続ける。
 厄介なことにPが敵意や殺意だと見なせば、また相手が何らかの攻撃反応を示してさえいれば共鳴は成立しうるのである。誰に向けられたものであろうとPがそれを恐れる限り、激情や衝撃は等しく己が身に跳ね返る。特色が本質だけに無差別型なのである。
「問い詰めた私が気絶で済んだのは幸運でした。危害を加えるつもりはありませんでしたが、遅々として進まぬ状況に苛立ってはいましたからね。おそらくそれに感応し発動したのでしょう」
 窓硝子をゆする音だけが気忙しく、群れる葉々はまったき平安を甘受し、しばしの沈黙に己が息遣いを忍ばせていった。
 院長は腕組みし何か考えている風であったが、すぐそばに解答があると気付いたらしい。
「君は、Pを葬った。なぜ無事だったのかね」
 答えは単純明快。「Pに攻撃と認識させず、私も敵意を向けなかった」
「前者はともかく後者は不可能だろう」
「私の能力をよもやお忘れですか。私は他のテレパスと違って相手の心に忍び込むのではなく、一旦相手と同化するのです。そうして、ただ想うだけ……凄惨な記憶、外傷、最も恐怖するイメージ、恣意的にではありますが思考は常に独擅場、頭蓋の独演を主催するは『私』ではなく『私たち』だ」
 院長は重々しく息を吐いた。「自死は攻撃には値しないというわけか」
「他にもPの能力は欠陥だらけです。まず、あれはPが度し難い怯者であったからこその破壊力。豪放磊落たる勇者には威力の半分も発揮できないでしょう。次にPが恐慌し疑心に陥れば、周囲の何もかもが自身に危害を加える存在だと思い込むこと。ただ逃げていた職員や、監視に徹していた者達にまで被害が見られるのもこれで説明がつく。最悪の場合取り乱したPを目にして驚いただけで、頭がかち割れる羽目になる。さらに最悪なことに、自分がかち割ったにも関わらず、それをもPは恐れるということです」
 そうして火口を一際輝かせると灰皿に押し潰し、手持無沙汰を誤魔化すように腕を組んだ。
 院長は外した眼鏡を鷹揚にハンカチで拭って言った。
「無敵の能力だな」
「死にましたがね」
 皮肉る中尉に首を振り、
「君でなければできなかったろう。それほどまでに恐れるPに、あのとき一体誰が手出しをできたものか。危害を加える気がなくとも、疑心や恐怖をも読み取って反撃に転じるのだろう? 君以外に誰ができるものか。悲しみではない。まして憐れみでもない。友人だけが有する確かな慈愛でもって綏撫し、死を救いたらしめたのだ」
 すべてを打ち砕くM、畏怖の帳で諸共包むP、寄り添って切り刻むS。君たちは間違いなく最強の能力者であったろう。鼎立の果て生き残ったのは幸運どころか天運とすら言えるのではないか……
「相変わらず言葉がお好きですね、院長」
 久しく浮かべぬせいか、中尉の笑みは若干の凶悪さを孕んで淀んだ。
「私は軍人です。勝たねば価値なき代物ゆえ」
メンテ
ポルフィーリのじゃんけん ( No.222 )
   
日時: 2012/10/17 01:24
名前: 宮塚◆tdu/XtyVrs ID:TFdZfud6

「人間相手のジャンケンならば、どんな勝負でも勝ってみせる」
 噂のジャンケン請負人、ポルフィーリ・ニェスチャースチエは私がまだインタビューを始める前だというのにこう豪語した。
 多くの人々が知っている通りに彼、ポルフィーリは「じゃんけん請負人」として世間に現れたときから、連戦無敗である。しかし、彼のすごいのは連戦無敗だということではない。
 彼には魔法の才能が一切ないのだ。
 じゃんけんは伝統的に私達の国ではその魔力をはかる簡易試験として知られてきた。完全ではないが、それでもかなり正確にじゃんけんをする二人の魔力の優劣をはかることができる。故に、じゃんけんはどちらがより優れた魔力の持ち主なのかを競うひとつの方法だった。歴史的にも、地域をおさめる組織を決める対立や抗争の合意を生むためにじゃんけんが使われることは古来から、そして現在でもかなり多い。
 アナスタシア・ミール博士が発明したじゃんけん傀儡(魔力がゼロで、じゃんけんをする相手に三つの手の内のひとつをランダムに出す人形)が現れてからは更にじゃんけんの魔力計測性は高くなり、誰もじゃんけんの結果に疑問を呈する人間はいなかった。
 今までは。
 それだけ我々が信頼をおいてきたじゃんけんの歴史がポルフィーリによって覆されようとしている。
 ここでじゃんけんの確率について確認しておこう。じゃんけんで一人が出せる手は、グー・チョキ・パーのうちどれか3通りである。もし二人でじゃんけんをする場合、相手が出せる手も同じく3通りなので、片方どちらかが勝つ場合は3通り×2、引き分けの場合は3通りである。その為、じゃんけんで勝つ確率は3分の1だということになる。この3分の1のいう数字は、人間が事象に魔力を通すことのできる最低の確率であることは2000年前にイヴァーン・オジームが発見したとおりである。もっと正確に魔力の計測を行いたいのならば籤引を行うが、準備が面倒なためじゃんけんは魔力の優劣を決める方法論として市民権を得ていたのである。
 だが、ポルフィーリは言う。
「じゃんけんに勝つのに魔力はいらない。それは僕がこれまで魔法の才能がないのにじゃんけんで連勝してきたことを見れば明らかなはずだ」
 ではポルフィーリにとってじゃんけんに勝つために必要なものは何なのか? 私が彼にはじめて聞いた質問がこれだ。ポルフィーリは少年のような顔で私に笑いかける。
「ちょうどいい。これから、じゃんけんの請負があるんだ。君にも付いてきてもらおう」
 ポルフィーリはそう言って、私をウラジーミル街の空き地に連れて行った。そこでは今まさに、ウラジーミル街の支配権を巡って、二つの組織がじゃんけんをはじめようとしているところだった。魔法省当局から、その対立の様子を詳しく書く事は既に許可されているため。ここではその場にいた人々の実名を出すことを了承してもらいたい。
 ポルフィーリをじゃんけん請負人として雇ったのは、ガイダールという斜陽組織だ。元々ガイダールはこのウラジーミル街を含めた5つの地域を統べる組織だったが、ガイダールの創立者、ペリニコフが死んでからはその勢いは急速に落ち、今の縄張りはこの小さな街一つだけになってしまった。そのため、何とかして最後の財産だけは死守したいと現ボス、セミョーノフがあるだけの金をかき集め、噂のじゃんけん請負人を雇ったのである。
 対する組織は、今おそらく国で五本の指に入る実力はあるであろうと言われる大勢力、ヴァランチである。勝負の場のほとんどはヴァランチの構成員で埋められており、どう考えても対するガイダールに勝目はないように思えた。事実、このじゃんけん勝負に持ち込む前にほぼ勝負は決していた。この勝負は組織を潰したくない一心でセミョーノフが死ぬ気で組んだものだ。ただ、この勝負が組めたのはヴァランチのじゃんけん士であるエゴールの好奇心も一役買っている。
 この地域の人間なら誰もが知っているであろうが、これまで純然たるじゃんけんでエゴールに勝てたものは一人もいない。つまりこのポルフィーリとエゴールのじゃんけん勝負は無敗対無敗の戦いなのだ。どちらが勝ってもどちらかの伝説が終わる。
 その勝負の面白さに、エゴールとヴァランチはガイダールとのじゃんけん勝負を受けたのである。もうじゃんけんをするまでもなく、土地の真の所有者がどちらなのかは明らかなのに、である。
 だが、そんなエゴールに対してもポルフィーリは涼しい顔をしていた。そして凛と言い放った。
「君も僕と同じように無敗の男らしいが、断言しよう。君のその記録は僕によって破られる」
 エゴールはポルフィーリの啖呵に怒鳴るでも眼を飛ばすでもなく、大笑いした。
「確かにポルフィーリ、お前の噂は知っている。お前の存在がもしかしたら魔法の歴史を覆すことになってしまうのではないかと年寄りどもが心配しているのも知っている。しかし、言っておこう。本当の強者の前では、そんな紛い物何の役にも立たん」
 勝つのは俺だ、とそう啖呵を返すエゴール。
「じゃんけん!」
 掛け声が放たれる。その瞬間、ふたりの手が同時に場に出る。その結果に歓声が上がった。
 ポルフィーリはパー。エゴールはグー。
 ポルフィーリの勝利だ。一勝したのだ。エゴールは苦虫を潰すような顔でポルフィーリを見つめていた。まだ終わりじゃあない。公式の場でのじゃんけんは三番勝負が主流だ。ここでも同じだった。
 両者のあいだに緊張が走った。私はポルフィーリのうしろで祈る30人にも満たないガイダールの構成員と一緒にこれから起こる勝負の様子を固唾を飲んで見守った。
「じゃんけん!」
 ポンと二試合目の結果が出たにも関わらず、そして恥ずかしいことに私は目を瞑ってしまっていた。怖かったのだ。噂には聞いていたが、ありえないことが目の前で起こることが。歓声は上がらない。私は恐る恐る目を開いた。あたりの皆が口を大きく開け、勝負する二人を見つめている。
 ポルフィーリはチョキ。エゴールはパー。
 ポルフィーリの勝利だ!
「やったー!」
 はじめに沈黙を破ったのは他ならぬガイダールのボス、セミョーノフだった。
「やった! やったぜ! これでウラジーミル街はまだまだ俺達のもんだ! しばらくは俺達ガイダールも消えないぜ!」
 ボスの声に他のガイダール達も歓声を上げ、共に抱き合い、胴上げをした。
 ヴァランチの陣営は、と言うと未だ目の前の勝負の結果が信じられないようだった。それはそうだ! 私だって信じられない。魔力の通わない一人の青年が、大魔法使いに勝ったのだ。
 だが、当のポルフィーリはただ微笑んでいるだけだった。
 どうして君はそんな涼しい顔をしていられるんだい? 私は彼の態度が信じられず、ポルフィーリに聞いた。ポルフィーリはにっこりと笑って、
「当たり前のことだからですよ」
 と言った。
 宴を始めようとするセミョーノフにポルフィーリが誘われても「取材がありますので」とクールなものである(寧ろ、私の方がセミョーノフたちと宴をはじめたい気分だった)。
 私とポルフィーリは勝負の場を後にして、彼の家に帰った。そして質問を続ける。
「どうして、君は……そう、あんな有り得ない結果を……、そう! どうして、あんな強いエゴールに勝てたんだい?」
 興奮冷めやらぬ声でポルフィーリに聞く。彼は簡単なことですよ、とじゃんけんのフォームをとった。
「あなたはじゃんけんをするとき、一番はじめに何をだそうかということを決めていますか?」
 私が逆にポルフィーリに質問されてしまった。
「いや、決めていない。そんなもの決めている人なんていないだろう。結果は同じなんだから。君は決めているのかい?」
「半分イエスで、半分ノーです」
 ポルフィーリ曰く、彼がじゃんけんで一番最初に何を出すのか、というのを相手を見て決めるそうだ。
「例えば今日の相手のエゴール。彼はとても魔力の強い人ですね」
「その通りだ。今日まで君以外に彼にじゃんけんで勝てる者はいなかったくらいのね」
「これはあくまで傾向なのですが、彼のように魔力の強い人間は最初にグーを出すことが多いのです。だから、私はパーを出したというわけです」
「ええっと、つまり君は相手の魔力の強さによって出す手を決めている?」
 それはおかしい。相手の魔力の強さをはかるなんて高等技術、それこそ強い魔力の人間にしかできることではない。しかし、この質問にはポルフィーリは首を横に振った。
「もちろんそれだけじゃあありませんよ。相手の手の動きから何を出すのかを予測したり、じゃんけんの前に色々と工夫をしておいたり、と全てを教えるのは私の商売が成り立たなくなってしまうので無理ですが、これだけは言えます。これは私だからできることじゃない。誰にでもできる“テクニック”なんです」
 テクニック。その言葉に私は驚いた。普通その言葉も、魔力のない人間が言葉にするようなものではない。
「しかし見えていてください。これから世界は変わりますよ。私のようなものが出てきたことで、常識が覆されたことに驚いた人々はいずれ、私と同じように“テクニック”を見つけることになるでしょう。いずれ、じゃんけんが魔法と関係なくなる日が来るかもしれませんね」
 彼の言葉ひとつひとつが私にとっては驚きだった。
 ポルフィーリの言葉の信憑性を確かめるため、私は魔法研究所に趣いた。何をするつもりなのかというと、ポルフィーリとじゃんけん傀儡でじゃんけんをさせて見ようと思ったのだった。
 彼が言うには、じゃんけんの“テクニック”はあくまで対人間用のもので、意識の通わない人形に対しては効果をなさないのではないか、と仮説を立てたからだ。結果は予想通りだった。
 あのエゴールに勝利したポルフィーリが、じゃんけん傀儡に対しては全くの平々凡々な青年に戻ってしまったのだ。勝つこともあるが、それと同じくらいにじゃんけん傀儡に負けるし、あいこになりもする。
 私はその様子に唸ってしまった。これは彼の言葉が本当になる日も近いのではないかと。そう思うと、仕事柄わくわくする気持ちもあれば、少し背筋が凍ったような気持ちもした。
 彼へのインタビューを終えた帰り道、私は両手を使ってひとりでじゃんけんをしてみた。彼の言う“テクニック”とやらが私にもわかるかもしれないと。
メンテ
遊戯魔女パズル ( No.223 )
   
日時: 2012/10/16 14:01
名前: アリス ID:4i30KdJI

 部長の同級生の女子生徒が、ここ三日間姿を見せないという。
 それについて部長が叫んだ言葉は、これである。
「オカルトです! 先輩!」
 僕はお菓子を食べながら、部長の突き付ける人差し指を見た。





 僕の所属するオカルト・ミステリ研究部は、僕と一個下の部長の二人だけという廃部寸前の部活だ。ところでなぜ後輩の彼女が部長なのか、というと創部したのが彼女だからである。僕は高校二年生で、彼女は高校一年生で、傍から見ると女の子に部長を無理やりやらせているように見えるだろうがそれは大きな誤解である。むしろ彼女は自分から部長になったのである。変な偏見はやめていただきたい、というのが僕の意見なのだがあまり受け入れられることはない。
「……確かに三日間も姿を見せないというのはオカルトだが……誘拐ではないのか?」
「可能性はあります」
「だったらオカルトじゃないじゃないか」
「でも、あのビル街にいたのを目撃されてるんですよ」
 なるほど。僕は本を閉じ、彼女の話に耳を傾ける。
 ビル街――僕たちの住む区域のはずれに『第四都市跡』と呼ばれる廃れたビル街が存在する。僕らの住む区域にニュータウンが設立され、第四都市の住人はそちらに全員強制引っ越しをさせられたのだ。させられた、というと強いられた感じが否めないがそんなことはなく、ニュータウンで用意された魅力的な住宅やビルに進んで入ろうとする住民は多かったそうである。元々ビル街なのに過疎化も進んでいたのだ。そのために、残ったビル街は人の影が見れなくなり、一種の廃村に分類されているらしい。
 そのビル街には、一つの噂がある。
 ビル街の中央に存在する電波塔を三周し、すぐ隣のビルとビルの間――つまり路地裏に入り、用意した水を口に含み、合掌して心の中で三度ほど願い事を囁く。路地裏には小さな石が土から顔を覗かせているので、祈りが終わった後に口に含んだ水をその石に思いきり吹きかける。すると『遊戯魔女』と呼ばれる魔女が現れるらしい。彼女はそこに祈りに来た者にゲームを仕掛け、勝負に勝利すると願いが叶い、負けると体をさらわれてしまう。これが第四都市跡のビル街に伝わる噂、もとい都市伝説である。
「それらしき女子生徒が第四都市跡に入っていくのを、監視カメラがとらえています」
「捜索願は出されたのか?」
「はい、両親が出されたそうです。しかしながらビル街含む第四都市跡に痕跡はなかったそうです」
「となると――まあ、都市伝説が本当だとすればの話だが、魔女に負けた、と考えるべきかな」
「ですよね! 私もそう思います!」
「いやいや、そこは興奮しちゃ駄目だろう。人が一人消えたんだ。もしかしたら魔女の仕業に見せかけた誘拐かもしれないし、都市伝説は都市伝説だ。実際に見た奴がいるわけでもない」
「えー、夢のないことを」
「女の子一人消えて夢もくそもあるか」
「先輩は、このオカミス研所属なのに、現実的すぎます」
「まあな」
 しかし可能性はある。僕は『遊戯魔女』の存在を信じているわけではない。その一方、完全にいないと確信しているわけではないのだ。その噂が誰かの創作である可能性もなくはないし、または誰かの目撃談があったからこそ出来上がった都市伝説という可能性もある。だから僕は存在の可否にそれほど意見は求めないし、どちらでもよい。しかし部長の同級生が行方不明。しかも第四都市跡のビル街で見かけたという点。これは一見『遊戯魔女』の仕業に思えてしまうだろう。しかしこの都市伝説は近所ではそれなりに有名だ。これは『遊戯魔女』の都市伝説を利用した犯罪ではないのだろうか? つまり、誰かが『遊戯魔女』が勝負に負けた人間をさらう、という部分があることを考えた犯人が彼女を誘拐。結果としてその誘拐は『遊戯魔女』の所為となり、犯人は自分の犯罪を隠せるのである。僕の地元のS町にある山では子供が神隠しに会う事件が発生していたが、それは神隠しの伝承を利用した凶悪な犯罪で、犯人は人間だった、という事件もある。その例から考えると、やはり今回の行方不明も『遊戯魔女』の伝説を利用した犯罪ではないか。僕は部長にそう伝えた。部長は小さな身長でぬいぐるみのような高校生には見えない風貌をしているが、なかなかに頭は切れる。まあ少しばかりオカルトやらミステリやらに熱中しすぎるきらいがあるが。彼女は僕の話を聞くと、手をひらひらさせて反論した。
「確かにその線は考えられますが、興味はないですか?」
「無くはないが……まさか行くのか?」
「だって、第四都市跡のどこにもいないんですよ? 第四都市跡へのは入り口は全部で四つ、東西南北のゲートのみで、高い塀が都市を覆っています。出入りは自由ですが、東西南北のゲートには監視カメラが設置されているんです」
 第四都市は廃村だがニュータウン以降前の姿として完全な形で残っている。建物の内部は全て綺麗にされていて住人の住んでいた痕跡はない。つまりビルやら住宅街が並んでいるだけの、テーマパークみたいなものだ。そこに出入りは自由である。しかし東西南北のゲートには監視カメラが設置されており、出入りがわかるようになっている。もし犯人が同級生さんを誘拐したとしても、カメラに映っていれば第四都市の外、映っていなければ中に立てこもっている、という判断が付くだろう。
「でも、カメラには誰も映っていなかったのですよ。先ほど話した、同級生の姿が捉えられたのは西ゲート。しかし彼女が出て行った姿は映っていないし、当然犯人らしき人の姿も映っていませんでした」
「つまりだ。第四都市跡は、カメラによってその内部に入っていく人間がわかる。同級生――名前がないと不便だが」
「みーちゃんと呼んでます」
「そのみーちゃんが」
「先輩はみーちゃんと呼ばないでください」
「だったら最初からフルネームで教えろよ」
「大原ミサキという名前です」
「そうか。ちょっと話が逸れたが、カメラによって第四都市跡は内部にいる人間がわかるわけだ。大原ミサキが第四都市に入った時、すでに第四都市に入っていた人間はいなかったんだな?」
「はい。みーちゃんが入る前に、カメラに映った人はいません」
「となると、第四都市は完全にゼロ――誰もいない都市だったわけだ。そこに大原ミサキは入り、そして失踪。警察は都市をくまなく調べたが見つからず、誘拐犯もいない。カメラには出ていく人間は映ってはいなかった」
 僕は顎に手を当てた。これはまずい。状況からして『遊戯魔女』の存在を信じるしかないのではないだろうか。状況を分かりやすく言うと、トイレの個室に入った友人が出てこないからノックしたら誰もいなかった、という感じである。ゲートは四つ。他は高い塀があり普通の人間では乗り越えることは不可能だ。そんなところから大原ミサキがどのようにして姿を消すのか。『遊戯魔女』の勝負に負けて、さらわれた……と考えるのが妥当だろうか。まあこんな超常現象や都市伝説に結論を落ち着けるのを『妥当』と称していいのかはわからないが。
 部長はぴょんぴょんと飛び跳ねながら僕の顔を覗き込む。
「どうです? オカルトっぽくないですか?」
「……うーん、確かに表面的には『遊戯魔女』の仕業でしかないとは思うが。だが、第四都市跡とはいえ隠れられるような場所もあるはずだ。十年前までは人が住んでいたのだし、家屋の天井裏なんかに隠れているんじゃないか?」
「その線もありますが、わざわざ第四都市で身を隠す必要がありません。何かみーちゃんが家族と喧嘩しただとか、嫌なことがあっただとか、家出まがいのことをする理由があったにしても場所が特殊的です。カメラが東西南北に設置されていることは周知の事実。カメラに映って場所がばれて保護されたら家出の意味がないじゃないですか」
 確かに。冷静な読みだな。部長の言うように、家出というのは『帰ってこない』『どこに行ったのかわからない』というような状況を親やら家族に知らしめることで、自分の存在なんかをアピールするために使う犯行方法だ。第四都市跡の入り口四つにはカメラが存在する。もし大原ミサキが本当に家出で第四都市跡に入っていき身を隠したとしても、カメラに映っていたために場所はすぐに特定される。それでは家出として意味がほとんどないし、時間差も生じにくい。少なくとも家出ではなさそうだ。家出だとしてもあんな場所を選ぶのは違和感が先立つ。カメラに映るリスクを考えると、別の場所を選ぶのが普通だ。
「家出でもないのに、なぜ第四都市跡に行く必要がある? 何かあるわけではないと思うが」
「あれですよ、『遊戯魔女』があるじゃないですか」
「……何か願いを叶えに行った、と?」
「その可能性は十分にありますよ。叶えたい願いなんて誰しもあるものじゃないですか」
「僕にはないが」
「夢がない、夢がないですよ先輩」
「冗談はさておき、大原ミサキに叶えたい願いがあったと推測できる何かはあるか?」
 『遊戯魔女』には勝負に勝てば願いが叶うという、部長曰くかなり魅力的な報酬がある。しかしその反面負ければさらわれてしまうという大きなリスクが生じる。大原ミサキが本当に『遊戯魔女』と接触したのであれば、大原ミサキに叶えたい願いがあったと言える。だが自分がさらわれるリスクを負ってでも叶えたい願いなんて言うのは、日常では生じにくい。例えば僕にもお金が欲しいなあとか頭良くなりたいなあ、というような願いならあるが、自分がさらわれるかもしれない危険を冒してまで叶えたい願いではない。
 部長はうーんと目を泳がせながらしばらく唸ると、ポンと片手の平を叩いて閃いたような素振りを見せた。
「思い出しました。みーちゃん、幼い頃からすっごく可愛がってた飼い猫が死んじゃったそうです」
「となると、その猫を甦らそうとしたと考えるのが妥当だが……しかし猫の命のために自分の命を危険にさらすのかな」
「先輩ひどーい! 幼い頃から可愛がってた猫なんですよ! 家族です家族! そんな猫が死んじゃったらもうすっごく悲しいんですからね!」
「そうなのか、まったく乙女心はよくわからん」
「これは乙女心っていうんですか」
「ともかくだ。大原ミサキは、猫の死に悲嘆に暮れ、自分の身を賭したとしても甦らせたかったんだな?」
「相当悲しんでましたからね。その線はありかもしれません」
 なるほど。
 条件は揃っている。
 論理的に考えれば、大原ミサキは『遊戯魔女』に勝負を仕掛け、負けた。
 そしてその姿を消してしまったのだ。
 だとすれば僕らオカミス研としてはなかなかに興味深いことだろう。実際大原ミサキが消えてしまったというのは悲しむべきことなのだから僕らとしてはあまり面白がるのもよくはない。
「で、部長の君はどうしたいんだ」
「これで『遊戯魔女』の存在は信憑性を増しました。取材にゴーです」
 部長は僕らの部誌の表紙の紙らしきものをヒラヒラさせた。おいおい、まさか次号は『遊戯魔女の謎に迫る!』なんて記事を書くんじゃないだろうな。大抵記事を書いてるのは僕で、部長は横でわいわい騒いでるだけじゃないのか。頑張るのは僕なんだぞ。溜め息を吐いた僕の目に、部長の左手が映った。人差し指の真ん中辺りが絆創膏にくるまれている。
「部長、指、どうしたの」
「ああ、これですか。この表紙作ってる時に、切っちゃったんですよ」
「……馬鹿か」
「馬鹿とはなんですかー! せっかくいいネタなんですよ! オカルトですよ! 先輩には私がこの表紙を作ってる時の熱意や感動がわからないんですかぁ!?」
「わからんわからん」
「まったく先輩は……とにかく取材行きましょうよ。第四都市跡」
「やめとけ。本当だったとしたらやばいだろう」
 僕は読んでいた本でポンと部長の頭を軽く叩いた。小さな声を上げた部長を頭を押さえて僕を見上げる。身長低いなホント、という突込みを僕は今まで何度しただろうか。部長は悔しそうな瞳で訴える。
「私たち、全然活動してないじゃないですかあ。このままじゃ来年度の予算落ちませんよ」
「だが、相手が悪すぎるよ。別のところからネタを探してくるんだな」
「ううー」
 部長は口を尖らせて不満たらたらな態度を見せる。
 こんなの取材して、負けたらどうするんだ。
 僕は溜め息を吐いた。






 
 ところが次の日、大原ミサキに遭遇した。というよりも、廊下で女子軍団に囲まれている女性生徒がいて「おいおいなんだなんだ」と思ったら、どうも中央にいる女子生徒が「みーちゃん」と呼ばれている。胸のリボンの色が青なので一年生、一年生でみーちゃん? 僕は昨日の部長のやり取りを思い出した。同一人物がいるのだろうか。大原ミサキは行方不明のはずなのに。みーちゃんを取り囲んでいる他の女子――彼女らも皆一年生のようだが――の会話に耳を澄ます。
「なにがあったの?」
「無事でよかったー」
「心配したんだからー」
 僕はその言葉たちで確信し、どうやら本当に大原ミサキがいるようだと悟った。行方不明だったのに無事だったんだな。そりゃよかった。僕はその女子の群れたちから離れて教室へ向かう。
 となると『遊戯魔女』の仕業ではなかったのだろうか。今のところ『遊戯魔女』に勝負で負けさらわれ、後に助かったという話は一度も聞いたことがない。まあ聞いたことがないだけで実際あったのかもしれないが……。不明瞭な部分が多すぎるし、というか本当に『遊戯魔女』に負けたのか? というかそんなのいるのか? オカミス研に所属しているとはいえそういった類に否定的な僕である。こりゃ部長が黙ってないだろうなあ。せっかく有力な都市伝説情報が手に入ったのに、もしかしたらいないかもしれないとここに来てひっくり返るとは。もちろん大原ミサキが無事だったのは喜ばしいことだが、部長はオカルトやミステリのこととなるとまわりが見えなくなるし。大原ミサキとは友人だったようだから今頃「うーん、みーちゃんが帰ってきて無事だったのは嬉しいけど、『遊戯魔女』の信憑性が!」と唸っていそうだ。やれやれ。放課後が思いやられるな。
 まあ悔しそうに悩む部長を見るのも悪くはない。そう思いながらまたしても部室の机で読書をしながら、大声を上げて部室に入ってくる部長を待った。
 しかしながら窓の外がだんだん赤黒くなっていくというのになかなか来なかった。僕は本のページを見て、うお結構読んだなと感心すると同時に、少しばかり変な感じがした。大原ミサキが無事だったことは友人だという部長にも伝わるはずだが……だとしたら何か反応を起こすはず。真っ先に僕に突っかかってくると思っていたが自惚れだったか? 僕は本を鞄に仕舞い部室を出る。
 いや、よく考えても部長の性格からして部室に寄らないのはおかしい。これでも一応は半年以上は過ごしてきた仲である。部長の性格は熟知しているし、大原ミサキについて僕に報告してくるのが当たり前だと思うのだが。タイミング良く風邪か? だったらメールか電話くらい寄越すだろうが……。いや、風邪だったら大原ミサキが無事だったことには気付かないかな。ニュースか何かでやってるかもしれないけど。
 僕はその日家に帰った。
 次の日の朝、部長が行方不明になっていることを知った。





「あの……」
 部室で一人読書をしていたら、女子生徒が一人やってきた。この部室に僕と部長以外の人物がやってくることはほぼ皆無だったので驚いた。しかもやってきた彼女に見覚えがあり、よく見るとそれは数日前までここらを騒がせていた張本人、大原ミサキだったのである。僕は驚いて本を閉じ、体の向きを変えた。彼女はなんだか酷く悲しそうな顔をしていて、思いつめたような陰も差している。
「何か用かな。どうも部長は行方不明なんだ」
 僕がそういうと、彼女はびくっと震えたように表情を強張らせ、戸惑ったような素振りをする。それから口を一度紡いだ後、なにやら決心したかのように強い瞳で僕を見ながら言った。
「その……ごめんなさい!」
「は?」
「さっちゃんが行方不明になったのは、私の所為なんです」
 大原ミサキは大きく頭を下げる。僕はどうすればいいのか迷った。女の子が僕にこんなにも必死に謝っている。なんか僕が悪いような気分になってきた。顔を上げてと促したが、大原ミサキは目の端に涙を浮かべていてますます深刻そうである。僕はパイプ椅子を用意し彼女を座らせ、温かいお茶を用意した。
「えーっと、大原ミサキさん……だよね? 一昨日まで行方不明だった」
「はい……」
「色々と聞きたいことはあるが……単刀直入に訊こう」
 僕は彼女に、核心的な質問を浴びせた。
「君は――『遊戯魔女』に会ったのか?」
 彼女はしばらく唇を震わせたように、そして怯えるようにそわそわと落ち着かない様子であったが、小さな声で答えてくれた。
「……会いました」
 ――!
 僕は目を見開いた。
 嘘を吐いているとは思えないその迫真的で真に迫るような態度に僕は息を呑んだ。やばい、僕の中の理性とか観念とかそういうものが崩れていきそうだ。会った? 『遊戯魔女』に? 僕は机に肘をつき、顔の前で指と指を絡めてなんとか自分の心が湧き立つのを抑える。しかしよく考えれば『会いました』という言葉だけで僕には『遊戯魔女』のイメージも何も浮かんでは来ない。まだ焦る時間じゃないし、まだだ。僕は落ち着いていなければならない。ここで焦れば大事なものを見落とす。
「……君が行方不明になった理由を教えてほしい」
「はい……あの、私、飼い猫が死んじゃって……本当に、大事な子だったんです。私、本当にショックで……それで、『遊戯魔女』のことを思い出しました」
「それで、願いを叶えに行ったのか?」
「生き返らせたくて、それで」
「それはわかった。それで……『遊戯魔女』とはなんなんだ?」
 彼女は真っ青な顔で僕に目を合わせようとはせず、何か後ろ暗いところがあるような感触で続ける。
「全身真っ黒なローブみたいなのを着てて、長い黒髪でした。顔は真っ白でよくわかんなかったんですけど……もう、なんだかわかんないくらい怖くて」
 なるほど。僕の想像していた『遊戯魔女』はもうちょっと二次元的な――つまりは黒いハットをかぶりテカテカした服に身を包んだ麗しい女性像だ。だが彼女の証言だと、何か禍々しく恐ろしい感じが浮かぶ。顔が真っ白でローブだと? しかも長い黒髪か。僕の想像は当たっているような外れているような微妙なラインだがちょっと想像はできない。だが彼女の様子からしても間近で見たら相当恐ろしいのだろうな。魔女とか都市伝説ではなく、もはやお化けの域だ。
「勝負をしたのかい?」
「はい……私、足がすくんで動けなかったんですけど、『遊戯魔女』は『勝負をしましょう、演劇しりとりよ』って言って……台詞でしりとりをしたんです」
「負けたのか?」
「はい。言葉が出てこなかったというか、かなり長く続いたんですけど……負けてしまいました」
「それで、どうなった?」
「ふと気付いたら、『遊戯魔女』に会ったビル街に倒れてて」
「……それで、どうして部長が行方不明になったのが自分の所為だと思ったんだ?」
 ここまでの話だと、彼女は単純に『遊戯魔女』にさらわれ、ふと気付いたら助かっていた、ということしかわからない。そこでどうして部長が彼女の所為で行方不明になったことに結びつくのだろう。
「なんというか、そんな気がして……私を助けてくれたのは、さっちゃんだって思うんです」
「根拠はないのか」
「ないんです、でも……さっちゃんの声を聞いた気がして」
「…………」
 彼女は泣き出してしまった。僕は何も言えず、せめて目を逸らし窓の外を見る。
 どうも部長は『遊戯魔女』の元へ大原ミサキを助けに行ったようだ。取材ついでに助けに行ったのか? 何か叶えたい願いがあったわけでもないのだろうし。だからあれほど行くなと言ったのだが……。しかし行方不明になったのなら、もう確定だろう。
 部長は『遊戯魔女』に負けたのだ。





 新聞なりニュースなりを見て情報を集めてみる。
 部長は数日前――大原ミサキを生徒玄関で見かけた日の前日――の夕方に、第四都市跡の西入口のカメラに映っているのが公開されている。しかし出ていく姿はカメラのどこにも映っていない。それどころか行方不明だった大原ミサキが出てくるのをカメラが捉えている。部長は第四都市跡に入った姿が映ったきり、出ていく姿は捉えられていないようだ。大原ミサキとまったく同じパターンである。大原ミサキは事実、『遊戯魔女』に勝負を仕掛けられ、負けた以降の記憶がないと証言している。『遊戯魔女』にさらわれると何処か別次元にさらわれるのか? 大原ミサキの証言も有力と言えば有力だが、『遊戯魔女』の性質に迫れるものではない。
 どうする……?
 僕は居間でテレビをつけた。
『行方不明になっているのは第三都市中央高校一年の――』
 部長の顔がテレビに映っている。
 もし彼女が行方不明になったことではなく別のことでニュースに名前が流れ写真が写ったら、「先輩! ニュース見てくださーい! 私が映ってますよー!」なんて電話を掛けてくるのだろうな。しかしそんなことはない。彼女は『遊戯魔女』に負けたのだ。大原ミサキのために。
「……だからやめておけと言ったんだが」
 僕は制服のまま家を出た。
 あんなのでも部長だ。
 僕は彼女を助けに行かねばならない。





 道中自販機で水を買い、第四都市跡の入口へ向かった。部長の捜索が行われたのは先日のことだが、彼女は今魔女によってどこか別の場所に囚われているのだ。見つかるわけがない。そのために第四都市跡の入り口は閑散として人影もなく、無人の入り口が見えているだけであった。僕は入り口に立ち上を見上げる。カメラがこちらをじっくりと睨みつけていた。あれが大原ミサキと部長を捉えていたカメラか。あれによって人間の出入りがわかり、一度入った大原ミサキが出てこなかったから謎になったんだ。部長も同じである。
 僕はとりあえず第四都市跡に入り、魔女の条件を満たすことにした。
 ある程度歩き、中央のそれなりに広い広場に出る。その中央にはビル街でも一際目立った赤色の電波塔があるのだ。これを三周……冷たく冷えたペットボトルを持ったまま歩く。電波塔は大きい。僕は周回しながらいろいろなことを考えた。
 部長はなぜここに来たのだろうか。大原ミサキを助けるため? 確かに優しい子だし友達思いだ。その可能性は十分にある。同時に取材して記事を書き、来年度の予算のために何かしたかったというのもあるだろうな。どっちにしても僕が止めたところで無駄だったのだろう。オカルトのことになると途端熱くなる性格だ。友達も助かり、自分の取材もでき、オカルトを体験できる。部長にとって好都合だったのだろうな。しかし彼女は微妙に馬鹿で、自分が負けるなんてことを考えてなかったのだろう。まったく世話の焼ける奴だ。だからこうやって僕が来てやってるんだ。あとで何かおごってもらうしかない。
 電波塔を三周し終わり、辺りを見回す。近くのビルとビルの間に入ればいいと言うがどこに入ればいいのだろうか。確か路地裏に石が置いてあるからそれを探せばいいんだったっけ。僕は買った水を口に含み、適当な路地裏に入ることにした。ビルとビルの間でじめじめと薄暗く、何か出てきそうな予感はある。長く人の住んでいない第四都市跡の路地裏だ、不衛生極まりないし、どこか鬱蒼とした陰のある雰囲気が妙に生々しい。僕とて高校生だ、このような場に長居したいと思わない。さっさと用を終えなければいけないな。
 ある程度歩くと、確かに地面から不自然に突き出した僕の膝丈ほどの石があった。ここだ。
 僕は都市伝説として聞いた通りの行動を取ることにする。確か口に水を含んだまま合掌し、願い事を三回心で唱えて石に吹きかけるんだったか。僕は両掌を合わせて眉間に付けると、心の中で呪文のように願いを唱えた。なぜここに来たのか、どうしてここに来たのか。そんなのは決まっている。この願いを叶えるためである。
『部長を返してください。部長を返してください。部長を返してください』――。

 



 その姿は禍々しくも神々しく、僕は口を開けっ放したまま見つめてしまった。息一つ止まるほど、瞬き一度を忘れてしまうほどの威圧と高圧。畏怖の念が心の中から湧き上がってくるような圧倒的なその姿に、僕は一歩だけ後ずさりをした。
 『遊戯魔女』――。
 これを魔女と称した人間はどれほど忠実にこの言葉を使用したのだろうか。そのままである。『魔女』という文字列が頭に粘りへばりとくっついて離れない、イメージの権化。魔の女。まさしくそれである。誰が最初にこの魔物に出会ったのかは知らないが、『遊戯魔女』と名付けた誰かさんは素晴らしい。これは本当に、魔女と称されるべき存在であろう。僕は息を呑み、思わず笑ってしまった。
 全身を黒いローブに包み、袖からは真っ白な指が、そして真っ白な顔がこちらを睨んでいる。ローブの肩口までの黒髪は煌びやかに輝き、その背後からは紫色のオーラのような、煙幕のような曖昧な光が明滅していた。真っ白な顔。のっぺらぼう。しかしそこには僕を確実に『見ている』という気配が感じられる。こいつはマジだ。僕の中の本能が告げる。こいつはやばい。逃げろ逃げろと。じんわりと震える手のひらに汗が滲み始め、歯もガチガチとぶつかるようにして音を立てた。恐怖。これは恐怖だった。
「――あなたも願いを叶えに来たのですか」
 『遊戯魔女』が言った。外見の印象とは裏腹な柔らかな声だったが、その言葉には妙な反響が掛かっているような魔女の声とは別のノイズのようなものが入っており、声は綺麗というよりもいろいろなものが混じり合っているような印象だった。何処かの通信機から流れ出しているような、しかしそれでいてやはりどことなく安らぎを感じるような声だ。超越的。目の前にいるのは魔女であり、常識を覆す存在だ。人間らしさを期待する方がおかしい。僕は踏み止まったように息を呑み、声を出した。
「ああ、願いに来た」
「しかしご存知ですか。私は願いを叶えに来た者に『遊戯』を持ちかけ、勝負をするのです。あなたが勝利すれば願いは叶え、私が勝利すればあなたはこの世から消えてしまうのですよ」
 確かにまずいリスクだ。僕とて消えるのは嫌だし、それは死ぬのとほぼ同義であるから死にたいなんてこれっぽっちも思っちゃいない。
「それでも叶えたい願いなのですね」
 僕は部長の顔を思い出した。
 ああ、そうだったな。
 別に命を賭すぐらいなんでもない勝負じゃないか。
 僕は震えを止め、魔女に笑ってやった。
「そうだ。僕は彼女を助けるためにここにきた。勝負だ、『遊戯魔女』」







 魔女の提示した『遊戯』は――ジャンケンであった。
 だが魔女の提示したジャンケンの名前は『虚偽ジャンケン』――。
「考え方は、一般的に行われている『ジャンケン』と同じものです。当然ながら掛け声は、最初はグー・ジャンケンポンとなります」
 確かに『遊戯』ではある。僕は唇を噛んで思考に潜った。勝ち負けを決める問題においては、ジャンケンというのは非常に効率がいい。三すくみで完全に運。負けても運が悪かった、勝っても運が良かった、というような恨みっこなしの抑止力が働き、勝敗を決するのに手っ取り早い勝負であると言えよう。これもまた『遊戯』だと考えてもいい。魔女の手がローブの袖からはみ出ており、その細長い指先を見つめながら考える。勝つ確率は運で決まる。別に数学の問題ではなく何のしがらみもない勝負だ。確率は絶望的なほど低いわけではない。なかなか危うい勝負だが……と僕が腹を括り始めた時、『遊戯魔女』は言葉を紡ぐ。
「ただし、二つほど制限を付けましょう」
「制限、だって?」
「一つは――事前に次に出す一手を教えること。そして、二つ目。この『次に出す一手』を教える際、一度だけであれば嘘を吐いてもいいということ」
「……!」
 僕は握った手のひらを開いた。
 馬鹿な。
 そんなジャンケンがあってたまるものか。事前に次に出す手を教える。また、その次に出す手を教える時、一度だけであれば嘘の手を教えてもいいだって? むちゃくちゃだ。確かに表面的にはジャンケンと考えることはできる。だがこれは制限が付きすぎだ。次の一手を教える時点で勝率は劇的に上がる。それにいろいろと疑問点が多すぎるし、単なるジャンケンよりも複雑だ。僕は人差し指を立て、疑問をぶつける。
「待ってくれ。疑問がいくつもある」
「なんですか」
「まず第一に。事前に次の一手を教えること、嘘を一度だけなら吐いてもいいこと。これには何の意味がある?」
 ジャンケンを複雑にしているだけにしか思えないが、何か意味があるのだろうか。
「意味? 意味なんてありませんよ。『遊戯』とは遊び戯れることです。そこに意味を持たせてどうするのですか? 楽しければいいのです。遊ぶことができれば、戯れることができるのならば」
 魔女のおぞましいような微笑みが浮かんでくるような声色に、僕は奥歯を噛みしめる。意味なんて要らないか。確かにそうだ。どうしてトランプをするのか、どうして鬼ごっこをするのか。そんなものに意味や裏づけなど必要がない。このような駆け引きの場において僕は少し神経質になっているようだ。『遊戯魔女』は本質的に『遊戯』を楽しもうとしているだけなのである。そこに複雑さや意味の皆無が生じたとしても、遊戯本来の目的を達成できればそれで構わないのだ。なるほど『遊戯魔女』の名は伊達じゃない。
「二つ目の質問だ。事前に次の一手を教えること。これを教えるのが、僕が先かあんたが先かで、随分と展開が変わってくるんじゃないのか? しかもこんなの教えたら勝負は簡単についてしまうだろう」
「ですから、一度だけなら嘘を吐いてもいいと言ったではありませんか」

 ――そうか! 
 
・事前に次に出す一手を教える。
・一度だけ『次の一手』を偽ってもいい。

 このルールはなるほどゲームをより複雑化しているのか。何の意味もなく制約を加えただけのように重るが、実は随分と奥深い。さすが『遊戯魔女』と言ったところか。僕は急激に冷えていく思考を、なんとか部長のことを考えて奮い立たせる。考えろ、論理を展開するんだ。このゲームの難しさを理解し尽くさなければ、勝利できない。
 例えば僕が事前に『次はチョキを出す』と相手に教えたとする。このゲームはジャンケンに勝利した方が結果的に勝ちだ。僕が勝利なら部長は救われ、僕が敗北すれば僕は魔女に連れて行かれる。魔女の真意は不明だが、当然魔女は勝ちに来る。今までもそうやって大原ミサキや部長を負かせてきたのだから。だからもし僕が『チョキを出す』と宣言すれば、当然魔女は『グーを出す』と宣言するのではないか? それが当然だ。でなければ勝利できない。事前に教える一手は本当のことでなければいけない。僕と魔女がそれぞれそのように宣言したのなら、僕はチョキを、魔女はグーを出さなければならないのである。一つ目のルール『だけ』ならば、僕はこの時点で敗北だ。魔女に連れ去られて行方不明だろう。終わりである。
 だが二つ目のルール。一度だけならば『次の一手』を偽ってよい。
 もし僕が先ほどのように『チョキを出す』と宣言する。そして魔女が『グーを出す』と宣言したとする。するとどうなる? 僕は敗北し、魔女は勝利だ。これではまるで面白くないし、遊戯というより茶番だ。事前に教えた手を変えてはいけないのならどうしたって後攻の魔女が有利すぎるし、何より勝ち負けが速攻で決まってしまい僕に勝ち目がない。これでは駆け引きも、魔女の言う『面白さ』というのは皆無だ。
 だが二つ目のルールがあれば、僕は後に『チョキを出す』という宣言を『嘘』にすることができるのである。僕がチョキと宣言。すると相手はグーを出すと宣言するだろう。負けてはならない。だとしたら、僕はチョキの宣言を『嘘』にしなければならない。そのままチョキを出していればグーに負けてしまうのだから。これは嘘にしなければならない状況に追い込まれる、もしくは追い込むことで、駆け引きを生じさせるルールなんだ。『嘘』にすることが『可能』。これは一つ目のルールで起こった勝負の簡潔さを逆に複雑化させるルールなんだ。宣言が嘘か本当かは言った本人にしかわからない。であれば、後から嘘に変えることは可能である。
「勝負は、三回勝負です。二回勝利した側の完全勝利となります」
 のっぺらぼうがニタリと笑ったように見えた。
 こいつ、掛け値なしにとんでもない勝負をふっかけてきたな。
 僕はあまりの理不尽とあまりの平等性に笑った。
「それでは、始めましょうか」
 最初に出す一手。三回勝負だ。一回目の時点ではどの局面で嘘を吐けばいいのかがわからない。『遊戯魔女』はこのジャンケンの出題者である。僕なんかよりも十分にこのゲームを知り尽くしているはずだ。単純な思考ではまず勝てない。しかし深く考えすぎても無限に可能性が行き当たる。何より元々ジャンケンは心理戦なのだ。事前に一手を教えて、嘘を一度吐いてもいい。これだけの条件が提示されれば心理戦はより色を濃くする。全うな理論と論理、筋道と知略で勝利することが果たしてできるのだろうか? 『遊戯』は楽しければいいという信条がある魔女だ。もしかして勝敗はない? しかし最初に『負ければこの世から消える』と言っている。これは勝敗が決する勝負だ。やはり勝つしかない。
「では――」
 魔女が左手を差し出した。





「では、あなたが先に『次の一手』を教えてください」
 僕が先か? この条件の場合先に次の一手を提示した方が勝ちにくいような気もするが……だがその辺りは挑戦者の背負うべきリスクとして甘んじるべきかもしれない。第一結局のところあまりに難しく複雑なため、例え後攻だとしてもリスクも何もよくわからないのだ。初めて体験する、未知の縛りジャンケンだ。あまり難しく考えすぎると、負ける――、のか? わからない。だが、勝つしかない。勝たなければ部長は戻ってこないんだ。それは僕が許さない。だとしたら勝つしかないのだ。
「僕は『グー』を出す」
 さあ、どう出る。
 魔女は不気味に浮遊したまま、数秒だけ間を置いた。そのおどろおどろしい威圧感は思わず笑ってしまう。人は本当に恐怖すると笑うというが、僕は確かに恐怖しているのかもしれない。だがなんとか平静を保てているのは、心の中や頭の中で必死に勝つことを願い、そして部長の笑顔を思い出しているからであった。まったく普段はあんな部長やれやれとスルーしていたのに、こういう局面になれば僕も随分素直になるものだ。だからこそ勝たねばならない。さあ、来い『遊戯魔女』。
「私は、『パー』を出しましょう」
 やはりか。僕は息を呑んだ。
 僕はグーを出す。魔女はパーを出す。
 この宣言は本当でなければならない。『次の一手』を教えなければならない、というのは二人で了解したルールだからだ。これを破ることはできない。僕はグーを出し、彼女はパーを出す。お互いに教えあうのだから簡単に勝負がつく。だからこそ第二のルールが適応される。僕は嘘を吐いてもよかったのだ。だからすでに宣言した『グー』という一手を別の手に変えることが一度であれば許されている。でなければ負けてしまう。僕は次、チョキかパーを出すという選択に追い詰められたわけだ。
 だが同様にして『遊戯魔女』にも嘘を吐く権利がある。であれば、『パー』を出すという言葉も嘘の可能性があり、もし僕がグーとパーなら負けてしまうからチョキかパーを出そうと考える。だが同様に彼女は『このまま行けば相手はチョキかパーを出してくるように変えるはず』と当然予想がつく。僕がグー、彼女がパーという宣言の時点で、魔女は僕が嘘を吐かなければならないと当然わかるからだ。
 しかし――だとすれば僕はどの一手を出すべきなんだ? 正直幅が広すぎる。どれを出しても勝率は五分五分だ。グーを出すとリスクが高い。逆に最も安全なのはパーだ。もし『遊戯魔女』が嘘を吐いていなければパーを出すだろうし、僕の他の二手――チョキとパーのどちらかを出しても、あいこか勝利のどちらかで終わることが出来る。だから安全なのはチョキかパー。しかし相手が本当にパーを出してくるか? 僕にとって一番安全なのは明らかにパーだ。そんなの分かり切っていることじゃないか。だとしたら相手は嘘を吐いてチョキを出してくるんじゃ? だったらチョキが安全ということにもなる。
 つまり――どれも、ほぼ同じ勝率だ。
 どうする。
 何を出す?
 三回勝負だ。
 焦るな。
 だから。
 僕は叫んだ。
「最初はグー、ジャンケン――」
 僕は左手を振りかぶり、差し出す。
「ポン!」
 僕はパー、相手はチョキだった。





「!」
 魔女の生気のないような左手が指し示す二本の指はまさしく刃、僕の薄っぺらな左手のひらをかみ切りそうな勢いを見せつけていた。しなやかな指先である。だがその圧倒的な余裕が指先やローブ、そして紫色に瞬くオーラが僕を嘲笑っているかのようだった。僕は震える自分のパーの一手を見つめた。
 負けた。
 急激に悪寒がせわしなく迫ってきて、僕は奥歯を噛みしめた。
 負けた負けた負けた!
 くっそ、読み違えた! 僕はさっき確かに、相手がチョキを出すんじゃないかと予測していたのに。まんまと読まれていた。これで相手に一ポイント。あと二戦。もう後がない。もう一度魔女が勝利すれば僕は負け――そしたら、部長は――助からない? そんな。そんなことは認めないぞ。部長は助からなければならない。例え僕の命を賭してもだ。……だが、どうする。僕は決定的な事実に気付いた。
 僕は。
 負けたんじゃないか?
 だって、嘘は一度しか吐けない。
 僕はもう、嘘を吐いた。
 『遊戯魔女』も嘘を吐いたじゃないか。
 僕はグーと宣言し、彼女はパーと宣言したはずだ。
 であれば、もう僕たちは互いに次の一手を――本当の一手を教えあうことしかできない。本当の一手だ。
 ならば。
「……おい、魔女。次の一手を教えるのは、あんたか僕、どっちが先だ」
「私からですね」
 彼女はのっぺらぼうのまま答える。ノイズが余計に頭に響いて、僕の勝利への渇望を少しずつ打撃していく。恐ろしい。声が、存在が。この遊戯は――何の意味があったとかは関係ない。考えろ。僕が後だ。彼女が先に一手を教える、後で僕が一手を教える。互いに嘘は吐けない。
 だったら……二回目は僕の勝ち、だ。
 だが、一回目は彼女が後、二回目は僕が後だとすれば……三回目は、彼女が後に一手を教える。
 だとしたら。
「僕の――負け……?」
 実質一回勝負だったんだ。
 これは。
 僕が、負けた。
「行きますよ。次は私は、『チョキ』を出します」
「……」
 くそ、部長のためにここまで来たのにこのザマか。
 僕は悔しさで砕きそうなほどに奥歯を噛みしめる。
「……僕は『グー』を出す」
 くそ!
 少しばかり投げやりに、低調な声で僕は言った。
 頭の中に部長のことが浮かぶ。
 助けてやれなかった。
 僕は、負けたんだ。
「それでは行きましょう。ジャンケンポン」
 魔女の掛け声で出された一手。
 僕は、グー。彼女はチョキ。当然だ。もう僕らは互いに嘘を吐いてはいけない。これはルールだ。もう僕らは遊戯というよりも茶番化してしまった、お互いにネタバレ――次の一手を教えあい、本当にその一手を出すことで意味のない空虚なジャンケンを繰り返すしかないのである。僕は負けた。『敗北』という文字が心の中の白い空間に強烈に叩きつけられ、部長の顔が少しずつホログラムように、ぼやけては薄れていく。僕の信念はこの程度だったか。くそ、情けない。
「それでは、あなた――次の一手を」
 僕は彼女の出したチョキが引っ込んでいくのを見た。
 細長くか細い左手。




 僕の中に電流が走った。
 待てよ。
 待て。
 僕の勝利条件はなんだ。
 『部長の救出』だ。
 ――今、僕はとんでもない仮説に行き当たった。
 大原ミサキの言葉を思い出せ。

 ――『全身真っ黒なローブみたいなのを着てて、長い黒髪でした。顔は真っ白でよくわかんなかったんですけど……もう、なんだかわかんないくらい怖くて』

 部室の部長を……。

 ――『ああ、これですか。この表紙作ってる時に、切っちゃったんですよ』

 僕はなんとか自分をやせ我慢でもなんでもいいから奮い立たせ、地に足を吐き、顔を上げた。
 負けてたまるか。
「僕は、次――『グー』を出す」
 手を見せつけて宣言する。
「では私は『パー』を」
 彼女は左手を広げて見せた。
 そうだ。
 それでいい。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
 僕はグーを出し、『遊戯魔女』はパーを出した。
 一勝二敗。
 僕は、『遊戯魔女』との遊戯に負けた。
 そして僕は、勝利したのである。






 
 私が目覚めると、電波塔の真ん中にいた。
 ……先輩?
 ずっとずっと暗闇の中に囚われていたような気がしたのに、その中で先輩の声が聞こえていたような気がした。記憶が曖昧で頭がぼんやりとしている……でも、覚えている。私は、取材のために一人であの路地裏に向かったんだ。みーちゃんを助けるためでもあるし、先輩はないがしろにするけど……本当の本当に学校側から文句を言われていて、もう予算も落ちない。先輩には行ってないけど、何かやらなきゃ廃部にさせられてしまうんだ。そんなの嫌だった。先輩ともっともっと、一緒にいて、いろんなことをしてたいのに。だから『遊戯魔女』の取材をして、皆に興味もってもらって、部誌も売れて、そしたら……部活も続けられると思って。だからここまで来たんだ。みーちゃんを助けること、そして取材のために。
 だけど私は、『遊戯魔女』の投げ掛けた『四次元ポーカー』と称される意味不明な付加ルールに基づいたポーカーに身を投じ、敗北した。それからの記憶はない。ずっと暗闇に閉じ込められていたような気がするけど……それでも、先輩の声が聞こえていた気がする。
 先輩は。
 どこだろう。

 帰宅すると、いろんな人に抱きしめられた。
 どうやら私は行方不明になっていたみたいで……私はそこでみーちゃんのように『遊戯魔女』に囚われていたことを知った。いろんな人に抱きしめられ、家に友達が何人も来た。みーちゃんもいた。私は驚いた。なぜならみーちゃんは『遊戯魔女』に囚われていたと思っていたし、そこから逃れられたなんて私には知る由もなかったからだ。みーちゃんになぜかお礼を言われた。どうして? って聞くと、ずっと暗闇の中でさっちゃんの声が聞こえてた気がするの、さっちゃんに助けてもらったような気がするの、と泣きながら言った。
 ……私が、みーちゃんを助けた?
 だって私は――『遊戯魔女』に敗北したんだよ。
 

 敗北して……助かったの?
 なぜ?
 それに……暗闇の中で聞こえていた声の主が、助けてくれたってこと?
 だったら、私は。
 先輩が。
 私はいろんな人たちを放って、第四都市跡に向かった。
 途中、水を買った。
 左手の人差し指、絆創膏が貼りっぱなしだった。







「やっぱりそうなんだね、『遊戯魔女』――」
 私は目の前に現れたそれに相対した。
 その姿は。
 ――男だった。
 髪型が、私の相対したものとは違う。
 そうだ。
 私が『四次元ポーカー』で戦った『遊戯魔女』は――みーちゃん……大原ミサキの姿にそっくりだった。髪型も、ふんわりとした髪をしていたんだ。だけど目の前の『遊戯魔女』は違う。女ではない。男の人の髪型だ。それも――私の、私の本当に大事な人の。
「先輩……」
 『遊戯魔女』は。
 負けた挑戦者の姿を借りるんだ。
 そして、以前の敗北者は用済みとなり、解放される。だから私が敗北したことでみーちゃんは解放された。『遊戯魔女』は敗北した挑戦者の姿身なりを取って代わることによってその姿を保っていた! だから毎回出会う『遊戯魔女』の姿は変わる。私の時も、そして当然、今目の前にしているこの姿も。
 恐らく先輩が戦った『遊戯魔女』は、私の姿髪型だっただろう。この肩に掛かる程度のショートカットに先輩は気付いたんだ。それと――もしかしたら、この指の絆創膏も。先輩は私を助けに来た。そして――魔女が私自身で、魔女は挑戦者が敗北することで、前回の敗北者を解放すると気付き……負けを選んだ。もしかしたら完全に不可抗力で、完全敗北しただけかもしれない。勝利の道があったのならば、勝利を選ぶ人だ。もしかしたら私のことには気付かず、本当に負けただけなのかもしれない。
 でも……助けに来てくれてありがとうございました。
「やあやあ、ようこそ。僕は『遊戯魔女』。ここに来たということはどういうことかわかってるかな」
「――はい」
 私は願い、私のために負けた先輩のために、もう一度ここに来た。
 勝負だ。
 私の願いは。
 先輩のためにある。
「それでは僕の仕掛ける勝負は――『パラドクス神経衰弱』」
 私は、負けない。
 勝って、先輩と帰るんだ!
 
 
 
メンテ
Re: 【十一月期のお題は「美しい」】お題小説スレッド【十月期お題「ジャンケン」:作品提出期間】 ( No.224 )
   
日時: 2012/10/16 01:33
名前: 企画運営委員 ID:FhKj7G6g

作品のご投稿お疲れ様でした。
16日(火)〜31日(水)は批評期間です。作品をご提出なされた方は必ず全作品の批評を行ってください。批評だけのご参加もお待ちしております。


>第18回 参加作品(敬称略)

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メンテ

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