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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
旧お題小説スレッド』(前スレはこちらから)
ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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Re: 【三月期お題「少女」】お題小説スレッド【二月期「機械」批評提出期間】 ( No.285 )
   
日時: 2013/02/28 19:09
名前: 企画運営委員 ID:Z2SPIZTs


今回は、簡単な全作レビューも一緒につけておきます。

【全作レビュー】
>>272 ひみつのにんにくちゃん!さん:日々
前半の温かさと、後半の悲しさの格差が印象的な作品でした。ただ、全体的に情報不足だったかなあという印象です。描写もですし、展開においても、もう少し細かいところまで書いて欲しかったかなと思いました。
特に、「ストーブつけるわね」から「妻が死んだ」までがあまりにも唐突すぎたかなあという印象です。急すぎて、少し置いてけぼりにされた気分でした。火事のシーンとか山場にもなりそうなので、ぜひ読みたかったです。
その方が、あの感動的なラストもより映えたのではないかなと思いました。

>>273 にゃんて猫さん:螺旋れた心臓
同じリズムの連続が多用されていましたが、分かりやすいといえばそうなんですが、途中で少々飽きを感じてしまいました。機械的に、と心がけられてのこととは思いますが、もう少し自由に書いてくださってもよかったのではと感じました。
中盤までずっと静かで、終盤から一気に物語が進んでしまうテンポの違いにも少し戸惑ってしまいました。また、文章の規則を守りたいがためでしょうか、何が起こっているのか説明不足に陥っている部分も見られたのではないかと思います。
「ガラクタは死んだ」を持ってくるまでの文章は、とてもよい流れだったと思います。

>>274 brainさん:オルゴールロンド
とても面白かったです。工夫の効いた設定、それから話の流れまで本当に丁寧に書かれていたなと感じました。オルゴールの使い方も非常に上手かったです。
何か挙げるとしたら、一つは文章でしょうか。ところどころ、特に助詞などで違和感を感じるところが多かったように感じました。もう一つは、山場の盛り上げがもう一歩欲しかったかなと思います。
全体的に展開が大人しくなってしまっていたようだったので、もう少し動かしてみたらより面白くなったのではないでしょうか。

>>275 ゐぬめさん:孤独プロパガンダ
かわいらしいお話で、つい微笑んでしまうような内容だったんですが、最後がまたいいですね。切ないような、でも優しいような、素敵なラストだったと思います。
シャーレとペトリが仲良くなっていく過程は、もう一つ二つエピソードを足してもよかったかもしれませんね。少し物足りないように感じました。
文章は、特に中盤はテンポよく進んでいて読みやすかったのですが、序盤に少し力みを感じてしまいました。一文を短く切っているときの方が、すんなり頭に入ってきます。

>>276 sakanaさん:たまくずれ
一文が長いときに、稀に情報が詰め込まれすぎて読みにくくなってしまったものがあったと思います。たくさん書きたいときは二文以上に分けるか、もしかしたら思い切って何かを省いちゃってもいいかもしれません。大部分の文章は粒が揃って読みやすかったため、少し気になってしまいました。
それから、冒頭お兄さんと出会ってからしばらくこれまでのいきさつの説明がだーっと続いているのには、少し気後れしてしまいます。説明ではなく、できればエピソードとして読みたかったなと感じました。
いつもながら設定は本当に手が込んでいて、感心してしまいました。豊かな発想力をお持ちで本当に羨ましいです。最後は、これでよかったのかどうかと迷うところではあるんですが、でも前向きに終わっていたのにも安心しちゃいました。

>>277 空人さん:オートマティックな恋心
うまくまとめられていたと思います。ただ、やはりリタの話をもう少ししっかりやって欲しかったなあ、とは感じました。それから、一番最初の塊で少し説明が目立っていたのはとっつきにくかったかなと思います。
地の文での説明としてではなく、話の流れに組み込むような形で必要な情報を出していければ、より読みやすくなった気がします。特に冒頭は読者を迎えやすくする必要があるかと思いますので、もう少し読ませるような部分から初めていたらよかったかもしれません。
作品全体を貫く優しい感じの雰囲気はとてもよかったです。

【総評】
 今回のテーマは機械ということで、いつもとはまた違った毛色の物語が集まりましたね。どの作品も面白く、楽しく読ませていただきました。
 今回は、全体的に大まかな作品が多かったような印象です。もう少しエピソードを足したり、踏み込んで書いてくださったならと感じる作品がたくさん見られました。執筆期間が二週間ほどしかないのもあり、時間との戦いになる部分もあるかとは思いますが、書き手も満足できるほどに書ききることができれば、きっと読み手にも満足してもらえるはずです。逆もまた同じことが言えるでしょう。なんでも全て長くしろ、というわけでもありませんが、必要なことは落とさずに書いていければと思います。
 また、文章面でごく稀に違和感がある作品も多かったように思います。こればかりは読み手の感性もいくらか関わってきますので、難しいところではあるのですが、特に推敲の際に、一文の長さ、含める情報量、リズムなどには気を遣って読み直すとよいかもしれません。
 タイトルの優れた作品が多かったのも、今回の特徴の一つだと思います。
 さて、来月は「少女」ですね。どうやら参加したいという声がたくさん上がっているようで、賑やかな回になるのではと今から楽しみです。ちょうど春休みにも入ることですし、そろそろ学生の皆さんもテストから解放される頃でしょうから、また大勢で楽しむことができればと思います。ぜひふるってご参加ください。
メンテ
Re: 【四月期お題「死」】お題小説スレッド【三月期「少女」作品投稿期間】 ( No.286 )
   
日時: 2013/03/01 00:07
名前: 企画運営委員 ID:5N7cXmPA


第22回「少女」の作品投稿期間となりました。
作品投稿期間は3月1日(金)〜3月15日(金)までとなります。
ルール説明>>002 を熟読の上、ご参加ください。
皆様の力作お待ちしております。
メンテ
ZooっといっShowの呪い ( No.287 )
   
日時: 2013/03/14 13:03
名前: ゐぬめ ID:jEa7XGBg


「ねぇ、なんで――」
 私は、確かにあの時聞いた。
 私が聞いた時に、君は悲しそうな顔をしていたのだろうか。それとも、微笑んでいたのだろうか。今となってはわからない。忘れた訳じゃない。でも、思い出せない。君の顔だけにもやがかかって、それを取り払えないだけ。怖いんだ。知るのが、無知の心地よさが手放せないんだ。手放すのが、とても、怖いんだ。

 私は少女から、大人になった。

 昼の月に手をかざす。流れる雲は緑色に染まる。幻想のようなこの世界で、手に通う血潮が。怖いくらい、赤いそれが、生きている証明となる。いつかまた、この世界が壊れてしまうのかわからない。でも、ただただ今を過ごすだけ。私は、死んだように生きている。生きたまま、殺された。体がただれたツギハギの兎。吐瀉する尻尾のない子馬。目が六つもあるか細い猫に、二足歩行の茶色い海老。それは私の錯覚であり、真実であり、脳内が作り出した虚像である。それは元は人間だった。でも、もともとの人間の姿が思い出せないくらい、私の頭は正常になりつつあった。そう、正常なんだ。もともとが異常だったんだ。今この状況になればわかる。わかるんだ。

 幻想は、綺麗な血だまりとなり、いづれ時が止まるのだろう。人間なんてものが存在しちゃ駄目なんだ。そんなことを思っていると血だまりが、私に声を掛けた。
「$./%l"!EWz♪白;」
 叫び声に似た何か。耳をつんざくようなそんな声に、銀を刻む。止まった。広がった。まるで、内側を蹴破るように湧き上がる。一度刻むたびに湧き上がるそれに、快楽を得た。黒い渦が、下腹部をぬるくぬるくかき混ぜた。銀についてしまったそれは、いずれ綺麗な錆となる。残念だけど、好きなんだけど、錆は困っちゃう。ごめんね。そう言いながら私は銀を綺麗に拭いた。次は、何に刻もう。何を刻もう。赤と青の縞模様のキリンがいいかな。それとも逆立ちをした淡水魚がいいかな。どうしよう。どうしよう。あぁ、早く刻まないと、また思い出しちゃう。もやが、無知が、無くなっちゃう。怖い。少女のままじゃいられない。怖いんだ。それが、怖いんだ。

 暗い部屋は嫌い。喉元が痒くなるから。掻いても掻いても、痒いんだ。銀を刻まないと、でも、いやだなぁ。銀は、好き。でも、刻まれるのは好きじゃない。刻むのは好きよ。でも、刻まないともやが消えちゃう。思い出しちゃう。無知のままじゃいられない。次を、探さないと。見つけないと、刻む。銀を、刻まないと。私がいることの証明を、しないと。だから、次を、探さないと。人間を、忘れないと。醜悪を、無くさないと。怯えたような抜け毛のライオンも、目も牙もない狼も、全て、全てに銀を刻む。ここは、醜悪がとても多い。醜悪。害悪。俗悪。全てに銀を刻もう。もやが、無知が広がる。清々しい。清々しいんだ。こんなにも清々しいことは――
 どすん。
 そんな音が、後ろに響いた。なんだろう。後ろを見たいのに、首が動かない。動くことを、体がゆるさない。ただただ手足が震えるだけ。黒色のないパンダが、動かない私を運ぶ。どこに。どこに行くんだろう。引きずられながら、体から溢れ出る赤が心地いい。もやが、視界の正確さを奪う。あぁ、なんだろう。すごく、心地いい。気持ちがいい。
 そんなところで幻想は終わるんだ。私は多分、少女のままだったんだ。大人になった訳じゃない。でも、いつまでも少女のままではいられない。少女のままでは、いられない。

 ◆

「あのね、わたしには二十一人のお姉ちゃんがいたの」
 少女は、虚空を見つめながら口を開いた。困ったように下げた眉、釣り上げた口元は何かを思い出して悲しそうにも、笑っているようにも見えた。
「わたしよりもひとつ上のお姉ちゃんは、クラリスって言ってね。とっても優しくて、とっても綺麗だったんだ。大人だったしね。……だけどね、ある時、男の人に酷いことをされたらしくてね」
 目をつぶりながら、リラックスしたように椅子に重力を預ける。それをひとつの機械が黙って聞いていた。片手にもった新聞の小さく書かれた記事に目を通して。
「わたしのこともわからなくなっちゃったんだ。それから、みんな逃げ出すように家を出て行っちゃった。わたしもだけど……あーあ、みんな仲良かったんだけどね」
 ため息をつくと、少女は立ち上がる。そして、機械のほうへ近づくと持っていた新聞を取り、窓の近くまで歩み寄った。ひとしきりひとつの記事を読み上げたあと、真ん中を切り裂いた。二、三度それを繰り返してから、窓からそれを放り投げた。紙切れはひとつひとつ別れていって、風に舞う。空の色が灰色から青色へと完全に変わったころ、悲しそうな瞳を閉じた。
「大人じゃなかったんだね。まだ、お姉ちゃんは小さな子供だったんだ。わたしも、少女のままじゃいられない。無知のままじゃ、いられない」
 続けて、ねえ、と少女は、シャーレはそう言った。振り向きざまに浮いた水は、太陽が美しく反射した。
「お姉ちゃんより、大人に。大人になれたかな」
 その問いに、機械は何も答えなかった。
 何も、答えられなかった。

 ◆

「ねえ、なんで」

 ◆

 少女のままで、いさせてくれない。

メンテ
弓鳴川心中 ( No.288 )
   
日時: 2013/03/14 15:21
名前: If◆rf3Ncl3QUs ID:.52Rv8s.

 水神さまがお怒りじゃ。
 早う、贄を捧げよ。

 ◆

 由良がやってきたのは、小太郎が十三になったばかりのときだった。
「由良ですっ。十になりますっ。よろしくお願いしますっ」
 耳の下で切りそろえた髪を波立たせながら、由良はぺこんとお辞儀する。緊張で真っ赤に上気した顔が小太郎の方を向き、やがてにこりと笑ったのを見て、小太郎は理解した。
 ――こいつは、何も知らないんだ。
 小太郎の家は、決して裕福ではない。みなしごになった由良を、わざわざ遠い村まで出向いて引き取ったのには、むろん、訳があった。小太郎は、何から何まで知っている。
 ――へらへら笑って、ばかなやつ。
 由良は、今度水の月が満ちたら、弓鳴川に流される。水神さまの怒りを鎮める贄として。

 ◆

「小太郎くんっていうの? 仲良くしてね」
 普段より少しばかり豪勢になった食事は、歓迎という名を被ってはいても、実際は罪滅ぼしのためのものだったに違いない。小太郎は察していたが、由良には分からない。由良は、無邪気にはしゃいでいる。
「吾郎さんも、多恵さんも、いい人だね。あのね、わたしのお父さんとお母さんも――」
 由良の何気ない言葉は、小太郎自身すら知らないうちに抱いていた両親と自分への嫌悪感を呼び起こさせる。しかし、その嫌な感情の正体を小太郎は掴みかねた。
「うるさい。ついてくるな」
 苛立ちをそのまま由良へぶつけ、小太郎は無愛想に席を立った。
「あ、待ってよ小太郎くん!」
 小太郎は振り返らなかった。

 ◆

 由良が来てから、数日経った。両親は小太郎に由良から目を離さないよう命じていた。不慣れな土地は危ないからと適当な理由をつけていたが、由良が逃げ出さないよう見張っていろと言うのが本音であるのを、小太郎は悟っていた。
「小太郎くん、小太郎くん」
「なんだよ、鬱陶しいな」
「見て見て、うさぎさん描いたの」
 拾った木の枝で、由良は地面に絵を描いていた。着物の袖を強引に引っ張られ、小太郎が仕方なく見ると、存外上手い。
「……まあまあかな」
「ほんと? 褒めてもらったの、初めてだよ」
 由良は明るい少女だった。どんなことがあっても笑っている。小太郎はそれが気に入らず、冷たくあしらってばかりいた。悪いとは思わなかった。どうせ由良は、もうすぐ死ぬ。仲良くしても意味なんてないのだ。
 それなのに由良はめげなかった。小太郎が両親の命令を守ろうとせずとも、由良の方が小太郎につきまとう。由良は小太郎がうんざりするほどうるさく、いつでも一人で賑やかだった。
「わたしね、お父さんがお役人で、村のみんなに嫌われていたから、お友だちひとりもいなかったの。だから、ずっとひとりでお絵かきしてたんだ。でも今は、見てくれる人がいて、嬉しいな」
 笑うとき、由良は唇の両端をいっぱいに吊り上げる。歯茎まで見えてしまって、見目がよいとはとても言えないが、このときのものには淋しさがわずかに溶け込んでいた。それは小太郎の目に強く焼きつき、さらにこう思わせる。
 ――少しだけなら、仲良くしてやってもいいかな。
 その日から小太郎は、由良の話を聞くようになった。

 ◆

「おまえ、木登りもできないの?」
 由良は大木を身軽に登っていく小太郎を、羨ましそうにただ見上げていた。
「だって、だれも教えてくれなかったんだもん」
「簡単だからやってみろよ。てきとーに登ればいいんだ」
 助言を受けて、由良は少し木に手を伸ばしたが、すぐに首を振った。
「小太郎くん、わたし、分かんないよ」
 由良が寂しそうな顔をするので、小太郎は仕方なく半分ほど下りる。人差し指で場所を示してやった。
「しょうがないな。最初はそこのこぶ。手はそこのうろ。次にそっちの足を枝まで上げて」
「あっ、小太郎くん、小太郎くん。蜘蛛がいたよ。ほら!」
 少し登ったところで、由良は目の前を横切った蜘蛛を捕まえようとした。木から両腕が離れて、小さい身体が不安定に傾ぐ。小太郎の腹からさっと血の気が失せた。
「ばか、手を離したら――」
「きゃっ」
 案の定、由良の身体は地面に墜落した。幸い高さはなかったので、尻餅をつくだけで済む。小太郎はほっと息を吐き出した。
「手離したら落ちるに決まってるだろ。由良はばかだな」
「痛くないから、だいじょうぶ。小太郎くん、もう一回教えてよ」
 由良は尻をはたくと、意気込んで木登りに再挑戦した。

 ◆

 小太郎の絵は、それはそれはひどい出来だった。
「あははっ、小太郎くん、何それー」
「蛙」
「えー、熊じゃないの?」
 言われてみれば確かに熊にも見えると小太郎は思った。どちらにせよ、下手であることに変わりはない。
「じゃ、熊でいい。くそ、由良みたいにうまくは描けないな。由良はさっきから何描いてるんだ?」
「じゃじゃーん。小太郎くんとわたし。どう?」
 細い枝で、由良は丁寧に二人の顔を描きあげていた。二人とも楽しそうに笑っていて、よく描けている。小太郎は負けを認めるしかない。
「……うまい」
「お絵かき勝負はやっぱりわたしの勝ちだね。じゃあ次はなにする?」
「かけっこ」
「かけっこは前にやったよ。けんけんにしようよ」
「それじゃあ、けんけん勝負だ。あそこの家まで競走な」
 宣言するなり、小太郎はけんけんを始めた。どんどん遠くなっていく背中を見て、由良は焦って立ち上がる。
「あ、待ってよ小太郎くん! ずるいよ!」

 ◆

「雄二おじさんもね、紀江おばさんも、佳奈おばさんも、喜重郎くんも、紗枝さんも、みんなみーんな、わたしはいらないって」
「なんだそれ。由良も怒ればよかったのにさ」
「食べさせてあげられないんだ、ごめんねって言われたの。そうしたら、怒れないよ」
「……おまえ、いつもあんまり食べないのは、おれたちに気を遣ってるのか?」
「ちがうよ。全然ちがう」
 小太郎の家では、家族皆並んで眠る。由良はいつも小太郎の隣で眠っていた。薄い布団越しに、何度か由良の腹が鳴っているのを小太郎は聞いたことがある。
「由良はうそつきだな」
「わたし、うそなんてつかないよ」
「やっぱりうそつきだ」
 由良は唇を尖らせた。
「じゃあ、小太郎くんは絶対うそをつかないの?」
 うそなんてつくもんか。答えようとして、小太郎は声を失った。
 ――水の月、まだ昇らないのね。
 昨晩、食糧庫で母親がそうこぼしたのを、小太郎は聞いていた。腰かけていた枝がぽきりと折れたような錯覚が、突如小太郎を襲った。
「ほらー、小太郎くんもうそつきさんだ」
 小太郎を覗き込んだ由良の笑顔は、あまりに眩しかった。

 ◆

 由良が寝息を立ててから、小太郎はそっと寝床をぬけ出した。
「母ちゃん」
 母親は、台所で明日の食事の用意を始めていた。
「どうしたの、小太郎。眠れないの?」
「おれ、これから食事、半分でいい」
 母親は作業の手を休めて、怪訝な顔で小太郎を振り返った。
「お腹でも痛いの? 駄目よ小太郎、ご飯はちゃんと食べないと」
「おれの分の半分を、由良にあげてよ。だから母ちゃん、由良を水神さまのお供えにするのはやめよう」
 困った顔をして、母親はしばらく答えなかった。
「……由良ちゃんの分の食事ね、村のみんなが助けてくれてるのよ」
 ようやく口を開いたかと思えば、そんなことを言うので、小太郎は首を傾げた。母親はしゃがんで小太郎と目の高さを合わせる。母親の手から、青い野菜の匂いが漂った。
「小太郎は、もう大きくなったから、分かるわね。水神さまに由良ちゃんをお供えしなかったら、由良ちゃんだけじゃなくて、村のみんなが死んでしまうのよ」
 小太郎は、きっと母親をにらみつけた。こみ上げた怒りに耳を真っ赤にしながら、小太郎はほとんど怒鳴るように言い捨てた。
「おれ、分からない。全然分からない!」

 ◆

 何かをするには、小太郎は幼すぎた。父も母も一度として頷かず、痺れを切らして長老に訴えても、何も変えられなかった。
 そうしている間に、ついに水の月が昇った。今はまだ細いが、満ちるまでにそう時間はない。月が満ちれば由良は流される。
 小太郎は決めた。全て由良に話すことを。
「小太郎くん?」
 いつもの木の上だったが、由良は小太郎がいつもとは違う深刻な面差しをしていることにすぐに気がついた。
「小太郎くん、どうしたの?」
「由良、おまえは、水神さまのお供えのために、おれの家に引き取られたんだ」
 由良は分からないというように何度も瞬いた。
「水神さま? お供え?」
「水神さまは、この間いっしょに行った、弓鳴川の主なんだ。最近弓鳴川は水が増えてる。イケニエを差し出さないと、水神さまが怒って、もうすぐ溢れてしまうって、おばばが言ったんだ。だから、父ちゃんと母ちゃんは、由良を引き取った。イケニエにするために」
「わたし、イケニエになるの? イケニエになったらどうなるの?」
「弓鳴川に流される」
「死んじゃうかな」
 小太郎が黙って頷くと、由良は、「そっかあ」と言った。自分の命の危機であるにもかかわらず、由良は無頓着だった。
「ねえ、小太郎くん、今日は何して遊ぶ?」
「由良は、このままだと死んじゃうんだぞ。水の月が満月になったら、ギシキが始まって――」
「わたし、べつにいいの」
 必死な小太郎をよそに、由良は常以上に落ち着いている。由良は小太郎が見たこともしたこともないような、ひどく大人びた顔をした。
「みんな、わたしをいらないって言った。でも吾郎さんと多恵さんはいるって言ってくれたし、今日まで優しくしてくれたよ。だから、それでいいの。それに」
 由良は笑った。歯茎をむき出しにする、あの笑い方だった。
「おかげで、小太郎くんに会えたよ」
 だから、いいの。それより遊ぼうよ。今日はきれいな石を集めよう。足をぶらぶらさせながらそう言う由良は、元気だった。少しも無理なんてしていなかった。だからこそ、小太郎は悔しかった。
 そのとき、小太郎はふと思いついた。
「由良」
「なあに?」
「逃げたらいいんだ」
 由良は、きょとんとした顔で小太郎を見上げた。
「逃げるって、どうして?」
「逃げれば、流されなくて済む。おれもいっしょに行くよ。だから」
 真面目な顔になった由良が、静かに小太郎をみつめた。
「イケニエが逃げたら、水神さまは、きっと怒っちゃうよ」
「でも、おれは、由良が死ぬのはいやだ。だから逃げよう」
 由良は一瞬だけ微笑むと、ばっと小太郎に抱きついた。
「小太郎くん、ありがとう。わたしね、小太郎くんが、大好きだよ」
 小太郎も、由良が大好きだった。しかし、小太郎が今一番欲しかったのは、「逃げよう」への頷きだった。しかし由良は頷かない。この先由良がずっと頷かないだろうことも、小太郎には分かった。
 小太郎は泣いた。小太郎自身、理由がよく分からないのに、涙が止まらなかった。
 隣で由良も、泣いていた。

 ◆

 水の月が、満ちようとしていた。
 数日前から長老の家に引き取られていた由良を、小太郎は毎日訪れ、ついにその日、二人だけで過ごせる時間を与えられた。
 小太郎の懐には、父親の帯が一つ、入っていた。家から黙って持ち出したものだった。
「外で遊べるのは、久し振りだね。ねえ、小太郎くん、何する?」
 由良は小太郎の名前をよく呼ぶ。その日も同じだった。日暮れまで色んな遊びをしながら、何度も何度も、由良は小太郎の名を呼んだ。
「由良」
 刻限は、陽が沈むまでだった。小太郎は、由良を弓鳴川まで連れてきていた。弓鳴川は夕陽の紅をにじませて、きらきら輝きながら流れている。
「由良、おれも、イケニエになるよ」
 由良と離れ離れになってからも、小太郎は考え続けていた。どうすれば由良とずっといっしょにいられるか。そうして至った答えが、これであった。
「駄目だよ。小太郎くんも、死んじゃうよ」
 ぶるぶる首を振った由良を見て、小太郎は微笑んだ。小太郎は、あのときの――生贄になることを「べつにいい」と言ってのけたときの――由良よりも、ずっと大人びた顔で笑っていた。
「前に、ここに、シタイが流れてきたことがあるんだ。二人組のシタイで、離れないように、身体を帯で縛ってた。おれたちも、これがあれば、いっしょにイケニエになれると思う」
 小太郎が取り出した帯を見て、由良は息を呑んだ。
「駄目だよ、小太郎くん……イケニエは、わたしひとりでいいんだよ」
「由良は、ひとりで、こわくないのか?」
 由良は震えて泣きそうになった目を伏せる。弓鳴川の流れる音にかき消されそうなほど、か細い声が続いた。
「こわいよ。本当は、すごくこわい」
 小太郎は、帯を握ったまま、由良を優しく抱きしめた。
「ふたりなら、こわくない」
 小太郎は、解いた帯の片端を、由良に差し出した。由良は戸惑って、戸惑って、そうしてついに手を伸ばす。
「……いっしょにイケニエになったら、小太郎くんと、ずっといっしょにいられる?」
「たぶん」
「小太郎くんは、イケニエになっていいの?」
「由良といっしょなら、いい」
 小太郎が、先に帯を身体へ巻きつけた。促されて、由良も帯を巻きつける。小太郎が受け取って、両端を括った。何重にも括った。
「小太郎くん、本当にいいの?」
 由良がひとりで川に飲まれていく夢を、小太郎は何度も何度も見ていた。白い手が水の筋の中へ消えていくたびに、泣きながら跳ね起きた。
 ――ああやって見送るくらいなら、いっしょにいくほうがいい。
 小太郎の心はとっくに決まっていた。

 幼い二人が身を投げた瞬間は、奇しくも、水の月が顔を出したのとちょうど同じときだった。

 ◆

 その後、二人の死体は見つからず、二人の姿を見た者もない。
 ある者は二人は海まで流されてあぶくとなったのだと言い、ある者は二人は豊かな村に流れ着き幸せに暮らしたのだと言い、またある者は二人は新たな水神さまになったのだと言った。
 いずれにしても、以降、弓鳴川が増水することはなく、生贄が捧げられることもなくなったらしい。
メンテ
こより ( No.289 )
   
日時: 2013/03/15 03:01
名前: 宮塚◆tdu/XtyVrs ID:1csBGe7o

 ノートPCをシャットダウンし、静かに閉じる。右手で左肩を掴み肩を回した。続いて右肩も同じようにする。作業の後の一連の動作だ。酷使した眼鏡を外して、懐裡のハンケチで拭く。椅子の背もたれに身体を預けて、上鼻を手で摘んだ。
 疲れた。最近は夜通しいつもこんな感じで流石に身体の感覚も少しおかしくなってきた。暗い部屋の隅っこで携帯ゲームをやっていた琥愛が終わったの?とあちらも持っている機械を閉じる。ああ、終わったよ。私はよろよろと琥愛の近くまで歩いて行って倒れた。私の頭を琥愛が撫でる。
「有難う、琥愛」
 暫くの間、その姿勢で居た。琥愛は私が床に倒れている間ずっと私の頭を撫でてくれていた。
「もういいよ」
 身体が回復して来たので私は琥愛の手を退かして、洗面台まで歩く。そしてグラスの中に水を注いで一気に飲み干した。今日の分の仕事がこれで終わりだ。明日また外へ出て完成したディスクを買い手に渡す。そんな仕事をもう数年と続けてきた。お陰で頬は痩せこけ、目のクマはきっくりと刻まれている。
 そんな私をいつも励ましてくれているのは横に居る小さな琥愛だけである。まだ胸の膨らみすらないあどけない少女だが、そんな彼女でも孤独を癒してくれるには充分だ。
「琥愛、夜食は食べたのか」
「台所のポテトチップス勝手に食べた」
「身体に悪いな」
「わたしの食べられるような物、この家にないもの」
「それもそうだな」
 明日外に出るときに子供でも簡単に作れるような冷凍食品を買ってこよう。昔は食えたもんじゃないと思っていたが、最近の冷凍食品は中々旨い。栄養価もそんなに悪いものではないし、ちょうどいいだろう。
「私はもう寝るから、お前も勝手に布団に入って寝ろ」
「いーよー、わたしはもうちょっとゲームしてるから」
 言って、琥愛はさっき閉じた携帯ゲーム機を開いた。家に来たときは充電器が無かったため手持ち無沙汰にしていた琥愛だが、私がゲームの充電器を買って来てからはそればかり見ている。
「もう一通り終わったんじゃないか」
「そうだね。もう10周目だよ」
「飽きないか」
「そろそろ飽きてきた。何? 新しいゲーム買ってくれるの」
「そうだな、お前がもう少し良い子にしてたらな」
 琥愛は少しの間黙ってから分かったと小さな声で頷いた。私は満足して笑った。
 寝る前にさっきのお返しに琥愛の頭を撫でてから寝室に向かった。この寝室もずっと掃除していない。明日外出している間に琥愛に掃除させるか、そんなことを考えているうちに余程疲れていたらしい、私はすぐに夢の世界へ誘われた。
 辺りが真っ白な部屋の中に私は居た。部屋の中には何もない。ただただ白い壁だけが映えて私を苦しませる。私は部屋の真ん中に陣取っていた。そうしているといつの間にか琥愛が部屋の隅っこに居る。泣いている。私は琥愛に近づいた。何故か手に持っているお菓子を琥愛に手渡す。夢だ、何でも有りだ。琥愛はいらないと言う。私は困った。そして琥愛の汚れた服が気になった。琥愛、着替えないかい。私は琥愛に囁く。琥愛は私の言葉を聞くと服を脱ぎだした。私は琥愛の脱いだ服を集めて部屋の外に有った洗濯機に放り込む。部屋に戻ると琥愛は裸で座り込んでいた。生憎子供用の服などなかった。私は自分の服を琥愛の前に置いた。琥愛は暫くそのまま動かなかったが、流石に寒くなってきたんだろう。何も言わず、服を着た。勿論、ダブダブだ。上着だけで身体を全て覆ってしまう。ズボンも置いたのだが、下着だけ履いたようだ。確かに全部身につけてしまったらその体には邪魔なだけだろう。私はいつの間にやらPCに向かっていた。仕事をしている。カタカタと言う音だけが部屋に響く。琥愛はずっと部屋の隅でじっとしていたが、退屈なのか私の所に恐る恐る寄ってきた。
 何をやっているの。
 お仕事だ。私は答える。
 お父さんは家でお仕事しないけどな。
 私の仕事はずっと家でするしかなくてね。
 ずっと家に居るの。
 用事が無ければ私が外に出ることはないね。
 いつ外に出るの。
 まあ明後日には仕事の結果を渡さなきゃ行けないからな。外出するときはちゃんと鍵をかける。
 そう。
 琥愛はまた私から離れて部屋の隅へ向かう。私は変わらずキーボードを打ち続ける。カタカタ。カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
 目が覚めた。頭の上にある目覚まし時計をひん掴む。午前9時。引渡しの時間までまだ5時間はある。
「琥愛」
 名前を呼ぶが返事はない。寝室を出ると、琥愛は布団に入らず、ゲーム機を持ったまま眠ってしまっていた。
 風邪を引くじゃないか、と私は寝室から掛け布団を持ってきて、琥愛に掛けようとしたがその拍子に起きてしまった、
「おはようございます」
 言って、欠伸で口を開けた。
 おはよう。私も挨拶を返す。琥愛はぶるっと体を震わせた。流石にその格好で寝ていたら寒かっただろう。琥愛は眠気眼で洗面台へ向かった。私も後を着いていく。琥愛は毎日、朝おきたら直ぐに顔を洗い、歯を磨く。教育が良かったのだろう。琥愛の背では蛇口まで届かないのでいつも私が脚立を用意しているのだ。だからと言って一人で脚立を使うのも危ないので私が同伴している次第だ。
 私が用意した脚立に乗って、琥愛は蛇口から勢い良く溢れ出る水で顔を洗う。私はその間、後ろでノートPCを持ち出し、ブツの最終確認をしていた。私も顔を洗隊が、二人で洗える程広い洗面台ではない。琥愛が終わるまで待つ必要がある。琥愛が顔を洗うと、私に手を差し出した。私は慣れた手つきで用意していたタオルを琥愛に向かって投げる。琥愛も同じく慣れた形でタオルを受け取った。そして顔を拭く。そして洗面台の横にタオルを置くと、蛇口の近くで横に倒れている歯ブラシで歯を磨きだした。
「顔を洗ったならちょっと退いてくれないか。私も洗う」
 琥愛は頷くと、脚立からぴょんと飛び降りた。私は眼鏡を外し顔を洗う。鏡に写る自分はいつも通り窶れていた。これでも昔は若々しい、元気だった頃はあるはずだったのだが。忘れてしまった。もう、昔の自分がどんなものだったかなど分からない。私はただ与えられた仕事をして、それに見合う対価を与えられその対価で生活する。金がなくなり、また仕事をする。それだけだ。それだけでも不幸とは思わない。人間、多かれ少なかれこんな感じで生きている。それに琥愛も居る。
 顔を洗うと、琥愛が洗面台の横に置いたタオルで私も顔を拭く。歯を磨こうとすると、琥愛が私の裾を引っ張った。口を濯ぎたいらしい。私は琥愛を持ち上げて、脚立に乗せた。蛇口は私が捻る。琥愛は口に含んだ水を吐き出した。グラスで水を汲んでやる。水の汲まれたグラスを琥愛は私から受け取って口に含むと、頬を膨らませてうがいした。
「有難う」
 琥愛はそれだけ言って、洗面台から離れると卓袱台を用意した。朝食は琥愛がいつも勝手に食べるが、稀にこの時間に私が起きていると、私に朝食を作るよう言ってくる。今日もそのつもりだろう。簡単に、トーストと目玉焼きを焼いて渡してやることにしよう。私は歯を磨きながらシンプルな朝食メニューを決める。
 朝食を食べている間、琥愛はTVを見る。ずっと家に居てはそんなに話題も有るものでないし、私から話すことも少ない。琥愛が見るのは朝の子供アニメなんかではなく、いつもニュースだ。そしてニュースを見ながら、分からない単語があったりすると私に聞く。それを私はできるだけ丁寧に説明してやると、琥愛はそっかあと嬉しそうに笑うのだ。
「そうだ」
 琥愛と一緒に朝食を食べていると私は良いことを思いついた。
「昨日、ゲームがほしいと言っていたろう」
「言ってたね」
 琥愛は口の中に目玉焼きを含んだまま喋った。
「今日は仕事相手にディスクを渡すまでに時間があるんだ。その間に外に行かないか。そこで好きな物を買ってやろう」
 外に出してくれるの? 琥愛はまた一段と輝いた目で私を見つめた。ああ、と私も笑って頷いた。
「そうすれば、昼食も外で食べれるしな。何が食べたい」
「カレーライスかな」
 私は頷いた。カレーライスなら、駅前にチェーン店がある。そこにしよう。琥愛は私の提案を聞くと、急いで朝食を食べ終えて数少ない外着に着替えた。
「じゃあ玄関の前で待ってる」
 琥愛はそう言って、玄関の前で座って靴を履いた。私がドアを開けるまで外には出れないので、琥愛はまたゲームを取り出してプレイしだす。そんなに急がれてはこちらも応えるしかなかろう。私も寝室に掛けてある外套を持ってきて、外出の用意をした。
「じゃあ行こう」
 私は琥愛の手を強く掴んだ。琥愛も私の手を強く握り返した。

 昼食を食べてから、琥愛が新しい服を買いたいと言うので、取引の時間までデパートで時間を潰した。あまり外出することもないのだから服を気にすることはないだろう、とは思ったが、この歳だ。気になる年頃なんだろう。琥愛は色々とおねだりしたが、最終的にピンク色の可愛いワンピースを買った。琥愛にはまだちょっと早すぎるデザインだと思ったが、気に入ったらしい。
 ワンピースを買ってやると、取引の時間の一時間前になっていた。私は琥愛を背負って急いで家まで走った。琥愛は私の背中で少しの間眠った。家についてもまだ目を覚まさなかったので、私の寝室に琥愛を寝かせた。私はノートPCをそのまま鞄に入れて、外出した。鍵は閉めなかった。急いでいて、気づかなかった。
 車を飛ばして、取引先まで行く。混雑もなく、取引の時間までまだ10分は残っていたが、取引相手は既に現場に居た。
「来たな」
 取引相手は葉巻を吐き、掛けているサングラスの位置を直した。
「モノは変わりありません」
 私はディスクを渡す。取引相手はディスクを傍に控えている細腕の男に渡した。この男は初めて見る。前まで居た人はどうしたんですか、と問うと嘘か誠か、取引相手は海に沈めたとだけ呟いた。
 私がその言葉に高い声で笑うと、本当だよ、とドスの効いた低い声で威圧するので、私は恐縮して頭を下げた。
「大丈夫です。問題ありません」
 細腕の男が自前のPCでディスクをチェックし終えると、取引相手は懐裡から札束を出して乱暴に私の手を取って掴ませた。
「いつもより多いが、まあ礼だ。アンタほど重宝する奴もいないからな」
「光栄です」
 先ほどのことがあるので、私は対価の礼だけ述べてそれ以外何も言わずそそくさと車に乗り込んだ。
 家に帰ると、鍵を掛けていないことにようやく気がついた。私の心臓の鼓動が少し速くなった。ドアを開ける。
「おかえり」
 果たして琥愛はそこにいた。私はほっと胸を撫で下ろす。見ると、琥愛は今日買ってやったワンピースを着ていた。
「どうかな?」
 琥愛はファッションモデルのようにその場で一回転して、私にワンピースを見せる。
 似合っているよ。私は琥愛の頭を撫でた。琥愛はえへへと嬉しそうに笑った。
「また外に連れて行ってね」
 琥愛が言った。
「ああ、連れて行ってあげるとも」
「約束だよ」
「約束だ」
 琥愛が右手の小指を差し出したので私はその小指に自分の小指を絡ませた。
 指きりげんまん嘘付いたら針千本のーます。
 懐かしい遊戯だ。私は思わず顔を綻ばせた。
「じゃあ楽しみにしてる」
 琥愛は言って、またいつものように部屋の隅っこでゲームに夢中になった。覗いてやるといつもやっているのと違う。今日買ってやったものらしい。
 勿論、私も楽しみにしてるとも。
 私は邪に笑った。
メンテ

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