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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

================================================================================

▼リンク
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管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
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お題「姫」総評 ( No.416 )
   
日時: 2014/04/01 00:45
名前: 企画運営委員 ID:yvqRh6fA

<総評>

 まず言うべきところは、にゃんて猫さん、BLUEさん共に、かなりの完成度を誇る作品だと思いました。
 にゃんて猫さんの「桜舞ふ」は、最初は上げて落とす感じのパターンかと勝手に思って読んでいたら、かなりポジティブで読後感のよい終わり方だったので、いい意味で期待を裏切られました。豪勢なお屋敷の描写とか、何を参考にしたのでしょうか。優子と美姫の目線の描写や、空間の捉え方も上手いです。
 BLUEさんの「神の都」は、ちょっと会話に頼りすぎなのと、「起」「承」ときて「転」をすっ飛ばしていきなり「結」を突きつけられた感があるのが残念ですが、ストーリー、アイディアが凄まじい。内容もさることながら、<凍える森>という舞台設定が作品全体に漂う薄ら寒さ、透き通るような透明感をさらに助長しています。最後、「とても素敵、でした」「ようこそ」もぞくっときます。
 両作品とも、「姫」が尊い存在として語られていました。いいにしろ悪いにしろ。
 本企画も残り僅かとなります。
 次回は「嘘」です。
 参加お待ちしています。

メンテ
Re: 【四月期お題「嘘」】お題小説スレッド【三月期お題「姫」作品投稿期間】 ( No.417 )
   
日時: 2014/04/27 22:08
名前: 企画運営委員 ID:8gAh5kM2

第34回の作品投稿期間となりました。
お題は『嘘』です。

作品投稿期間は4月1日(火)〜5月15日(水)までとなります。
ルール説明>>002 を熟読の上、ご参加ください。
皆様の力作お待ちしております。
メンテ
【最終回】お題小説スレッド【お題「魔法」作品投稿期間】 ( No.418 )
   
日時: 2014/06/01 00:06
名前: 企画運営委員 ID:kvVftihg

第35回の作品投稿期間となりました。
お題は『魔法』です。

作品投稿期間は6月1日(日)〜6月30日(月)までとなります。
ルール説明>>002 を熟読の上、ご参加ください。

なお、お題小説スレッドは今回で最終回となります。
皆様の力作お待ちしております。
メンテ
幽境楼閣 ( No.419 )
   
日時: 2014/06/24 00:51
名前: 奈津 矢澄 ID:Je665MFQ

 こういうところにいると、すごく寂しい。階段のある程度高いところへいくと、柵のようなものがあるとおもったのに、何もないまま白い雲が目の前を満たしていて、ああこれはきっとここから落ちなさいと誰かが言っているのだと受け取ることにした。こんなにも高いところなんだから危険なんだよと誰かが示さなければいけないのに、決してそんなしるしも言葉も何もないんだから、それはそのまま落ちてしまって構いませんよという意志があると考えるしかない。ぼくはそのちょうど落下する境目の辺りに手をついて、そっと首だけを空中の方に出して下を眺めてみた。雲が重なっているところがあって、その白さだけの厚さがいろいろな景色を覆い隠しているところもあったけれど、削れたように透き通ったところや、そのまま下界の緑色の大地が見えるところもあって、そういう部分だけをじっと見つめることにした。あそこはあの森だろう、あの街は彼女の住んでいる場所だ、あの洞窟はなんだか懐かしげなおばあさんがいたところだ。ぼくは旅の最中のいろいろな記憶を手繰り寄せながら、そういうひとたちの笑顔と会話を思い出していた。この世で一番高いところにくれば、自然と一番低い場所に想いを寄せることになる。もちろんここはまだそのもっとも高い場所へ向かう途中でしかないけれど、こんな気持ちになるのは、こんな高さのためであるのは当然だ。雪国でこの場所を見つめながら、そして温かいお茶を飲みながらそんな会話を交わしたおじいさんは、大切なひとの手を掴んだまま死んだ。ぼくはそのお方の涙を見ないように家を出た。そしてずっといろいろなところを遠回りしてここにやってきた。本当に高いところでびっくりした。息が苦しいかもしれないというので、ふもとのゲートで呼吸のための魔法を使ってもらった。だけど、こんなにも何もないのなら、簡単に死んでしまえるような気ばかりしている。誰も注意はしなかった。あの場所へ向かうんです、と道中いろいろなひとに告げたが、誰も深い話をしてくれなかった。だから安心したのか、あるいは不安だったのかもしれないけれど、けれどこんなにもひとの息吹を感じない場所だなんておもいもしなかった。
 大昔の魔法使いがとてもおぞましい力を使って作り上げた特殊な鉱石を使っている塔。それが、まるで角砂糖を積み上げたように重なり、緑色の地面からあまりにも不安定な形で天を衝いている。階段はぼくの靴の半分程度の幅しかなかったし、ぼくは決して飛行が得意ではなかったので、やはり落下しなさいと誰かが言っているような気さえした。むしろ、誰かが落下したいがための建造物のような心地さえする。ぼくがここにいるのを、下にいるひとがどれくらい把握しているのかしれない。とっても昔に、恐るべき視力をもったひとに会ったことがあるから、彼だったらぼくのことを見ているかもしれない。仕事の片手間にふとここを見上げると、なんだあいつがいるじゃないか、なんて汗を拭いながら笑ってくれるといい。そう、ぼくは笑って欲しかった。彼がもし今も笑っているならそれでいいのだ。
 その落下の境目からまだ上へ上へと階段は続いていたけれど、ぼくはもう歩き疲れていた。ここは踊り場のようになっていて、少しだけ平らなスペイスがある。夜になったらここで寝てもいい。だけど、もし少しでも転がってしまったら大変だ。落下地点に何かものがあったり、誰かが歩いていたりしたら終わりだし、それは大層危険なことだ。なぜ柵がないのだろう。そういった疑問は消えなかったけれど、この高さから落ちれば、ぼくの体はどれくらい地面に沈むのかは興味があった。大地をどれくらい削ることができるのか、どれくらい土が舞ってくれるのか。それがぼくの体と存在の重さであり、確かに何らかの形で生きてきて、体重をきちんと持っていて、ここに在ったことの証明になる。その証明を誰が受け止めてくれるのかはわからないけれど、でも、誰かが受け止めてくれるのだろう。ぼくはそこで長らく風を感じていた。果たしてぼくは生きているのか。
 ぼくがその平らなスペイスの滑らかな表面に指を這わせていると、上からひとが下りてきた。こつりこつりと、とても奇妙な足取りで落ちてきたひとは、ぼくよりも随分年上の老人。どこかで出会ったあの死んだおじいさんだった。ぼくはおもわず立ち上がり、その勢いで体を揺らがせて落下しかけたけれど、なんとか持ちこたえた。おじいさんはぼくを見て、やはり同じ水平のスペイスに立った。
「君はどこかで」
「昔会ったことがありますね」
「ああ、そうか。そうかもしれない。でも、ここはどこかわかるか。ここは、何か白い石でできた」
「――ぼくは知りませんけれど、ここはとても昔に、魔法使いが作り上げた塔です。何を目的に作ったのか、そしてどこまで続いているのかわかりません。誰も頂上へ辿り着いたことがない。測量の知識であれば、あれはもう雲のずっとずっと上まで高いのだろうと言われています。それで、ぼくはここまで随分のぼってきたわけですけれど、あの、あなたはいったいどこから降りてきたのですか?」
「これは塔、なのか。けれどおれは、ここまでずっと降りてきたのだが」
「降りてきた?」
 ぼくは子どもの頃からずっと、この世界のどこにいても、どこに在っても必ず風景に紛れ込んでいるこの塔を知り続けている。それはやっぱり青い空でも黒い空でも、変わらないままの体躯で空を真っ二つに切り裂き続けているから、それはやっぱりのぼるもののはずだった。けれど、おじいさんは降りてきたと言う。おじいさんは無表情のまま続けた。
「あちらに穴があったんだ。そこからは何か階段のようなものがずっと下に続いている。訊いてみると、誰も知らないという。だから降りてみた。何かすることがあったわけでもないし、何か大切なものやことを忘れていたような気がしたものだから、ずっとずっと、とりあえず足が動く限りはひたすら降りてきてみたんだ。すると、周りは真っ暗だったはずなのだが、急に風のようなものが吹き始めて、いつの間にか真っ白な中にいた。それでもただ降り続けると、白いところからは抜けて、今度は青くなった。そして、君に出会ったというわけかな」
「あなたは死にましたね」
「死んではいないが、いつのまにかあちらにいたんだ」
「あちらというのはなんですか?」
「あちらはあちらさ。とても楽しいところだ。大きな噴水が土地にひしめいていて、角ばった建造物がたくさんある。鳥みたいだがとてもつなく大きな頭をした変な生きものがいて、植物もすごく奇妙で面白いんだ。食べものもまずいし、街のような場所にいるひとたちはみんなとても冷たい。気持ちがいいとはこのことだと何度もおもったさ」
 ぼくは、そんなにも素晴らしいところなのか、と答えた。しかし奇妙で面白いところが素晴らしいというのも大変おかしい話だし、食べものがまずいのに気持ちがいいわけがない。けれど、それをよしとするならそれでもいいのかもしれないとこのお方はおもっているようで、奇妙な笑顔を浮かべてしまったのかもしれない。おじいさんの家で食べたあのスープはとてもおいしくいただいたのに、まずいのがよいのなら、それはもう皮肉でしかない。そんなことを言うようなひとではなかったとおもうけれど、決して嘘を吐いている素振りもない。ぼくはなんだか変な気持ちになった。
「大切なものやことを忘れていたような気がしたので、ここまで一生懸命降りてきたのですね」
「ああ、そうだが、本当にこれは塔か? 穴ではなく、そして穴の中の地下ではなく」
「そうです。ここは空です。天へ向かうための階段です」
「ここを一番下まで降りれば、何かに出会えるのだろうか」
「出会えるとはおもいます。でも、わかりません。ぼくはずっと旅をしていて、それが何年も続いたので、あなたの探しているものやことは、もしかしたら朽ちてしまっているのかも。でも、ぼくの時間感覚なんて曖昧なものですから、案外それほど時間が経っていなくて、あなたの求めているものやことのところへ辿り着けるかもしれません」
「そうか。では、行ってみようか」
 そのとき、とても強い風が吹いた。雷がぼくの足元を穿ち、階段がひどく揺れ動く。おじいさんが何か鋭い悲鳴を上げたようにおもったけれど、風の音で霞んで、何か萎んでいくような音にしか聞こえなかった。おじいさんは体のバランスを崩し、階段の端から滑って落下していった。ぼくは何も言わないで、おじいさんと同じ場所から一緒に飛び降りた。そのままひとりぼっちで落としてはまずいとおもったので、とても簡単な判断だった。なぜ柵がないのかわからない。こんなことがあるのなら、やっぱりあんな風に打たれるような高い場所にあるスペイスに、落下のための境目をそのままにしておいては駄目だったのだ。風や雷のようなものが、階段をのぼっているひとを落としにかかろうというのなら――ぼくは空中の寒さのなかで体がとても不自由なことを知ったが、なんとか目の端でおじいさんの姿を捉えると、その手を掴もうと指を伸ばした。雲がぼくの体を何度も殴り、ゆっくりゆっくり、地面と、そこにあるような街や森の輪郭に近づいていく。しまった、とおもった瞬間、ぼくはひどい衝撃と共に地面に叩きつけられた。
 ぼくはゆっくりと体を起こすと、すぐ近くのおじいさんを探した。空中で風に煽られて、どこか少し離れた場所に落ちてしまっているのかもしれない。ぼくが落ちたのは、ずっと昔に一度だけ行ったことがある街のすぐ近くの牧場で、ぼくのすぐ横に尖った針のような柵があってびっくりした。危なかった。衝突したら大変だった。いくらぼくたちが高いところから落ちても平気で、地面にぶつかってもなんてことはないとしても、こういう尖ったものに刺さるのはものすごく危険だ。とてつもなく痛いらしい。だからちゃんと無事に地面に激突することができてよかった。ぼくはそういったことに安堵しながらその辺りを散策した。おじいさんは地面に倒れて死んでいた。あれっとおもった。
「馬鹿な。どうして死ぬんだ?」
 ぼくは近くの牧場の主を呼び、その伝手を使って近所の医者を呼んでもらった。医者は怖い顔をしたおばあさんだったが、何人かの弟子を連れていて、彼らに丁寧な指示をして病院へ連れて行った。ぼくはその医者に、君も来なさいと言われた。ぼくも興味があった。なぜ、なぜおじいさんは死んだのか。
 ぼくは病院で医者と話をした。あの塔をのぼっている最中に、おじいさんが上から降りてきたこと。そのおじいさんは、ぼくが以前出会ったことのあるひとで、亡くなられているはずだということ。上のことを「あちら」と呼んでいて、あまり記憶がはっきりしていなかったり、なんだか言葉が曖昧だったということ。風が吹いて落下して、地面にぶつかったままの状態で死んでいたこと。医者ははっきりと答えた。それは、もうこちらの世界のひとではなかったからだよ。
「どういうことですか?」
「わたしらはどんなに高いところから落ちても死なないだろう。それは、わたしらが地獄の住人だからで、すでに死んでいるからだよ」
「確かにそうですけれど、でもあのおじいさんはこちらで一度死んで、空からやってきたんですよ」
「この世界で死ぬということは、生まれ変わるということなのさ」
「それも知っています。でも、ということはまさか?」
「ああ。もしかしたら、あの階段の頂上は、その生まれ変わった世界なのかもしれないね」
「だから、あのおじいさんはぼくたちとはもう全然違うんですね。だから落下して死んでしまった」
「『この世界のひと』じゃないのだから、高いところから落ちれば死ぬわな。あちらの世界から、こちらへ降りる穴を見つけてしまったのが運の尽きだったんだろう」
 ぼく知り合いの埋没屋さんに言って、おじいさんを丁寧に弔ってもらった。一度死んだこちら側のひとが、あちらで生まれ変わったとして、どうして記憶が戻ったのかもよくわからないけれど、きっと向こうでは忘れていたものが、階段を下りている途中で甦ってきたのだろう。階段とはカウントだからだ。しかしこちらに降りてきて、そしてこのように死んでしまった場合あちらに甦ることができるのだろうか。でも、彼は落下して死んだ。ぼくたちとは違った。ぼくたちは落下では死なない。そうなると、彼は完全完璧な死を迎えたのではないか。彼は完璧なまでに、例えば些細なことで死んでしまうような、脆過ぎる存在としてこちらの世界に迷い込んでしまったのだ。
 ぼくはもう一度塔をのぼりはじめた。なぜ大昔の魔法使いは、この塔を建てたのだろう。それも、あちら側に穴が繋がっているとわかってしまったのは、ぼくとあの医者だけだけれど、なぜそんな風に繋がっているのだろうか。そんなことに何の意味があるのだろう。またいつか、誰かが迷い込んでくる。あちらから、こちらへ。きっとこちらに何かを忘れて、何かに出会いたくて。あのおじいさんのように。でも、そんな誰かがあれほどの塔を無事に降り切ることができるのだろうか。あちらからこちらへ来た者は、地面にぶつかったら死んでしまうのに。多分、とても脆いんだろう。だとしたら塔である意味もない、こちらとは違うし、ぼくたちとは決定的に違う誰か。そうか、それを拒絶するため。いや、どうだろう。わからない。大昔のひとが、いったい何のために何かをしたのかなんてわからないし、悩んでも正解なんて見つかるわけがないから、こんなの無駄だろう。けれど、わかったこともある。いつかきちんと死ぬことができたら、こんな階段なんて一切のぼらなくたって一番高いところへ行くことができる。一番高いところのさらに向こう側へ行くことができる。これはすてきなことかもしれないけれど、すべてのひとがすてきにおもうとも限らないので、誰にも言わないでおこう。みんな誰しも、死んでこちらに戻ることなどありえない。何か大切なものやことを置き忘れていても、この塔を下りてはならない。そんなことを祈りながら、ぼくは階段をのぼる。ちゅうぶらりんのような、この白い楼閣を。
メンテ
シンデレラ侍 ( No.420 )
   
日時: 2014/06/30 02:20
名前: 伊達サクット ID:gQDfr80g

 空は暗く、激しい雨が降り注ぐ日であった。
 臨東(りんどう)藩士・木村正成(きむら・まさなり)は城中の白州にひざまづいて、家老がやってくるのを待っていた。
 程なくして、数名の足音が聞こえ、袴の衣擦れの音で正成の前方に座ったことが推測できた。
「面を上げい」
 低い声が白州に響いた。
 言われるがままに、正成は静かに顔を上げた。白州の上前方に広がる、深緑の畳に敷き詰められた部屋の奥に、家老・岡倉保家(おかくら・やすいえ)は鎮座していた。
 正成は激しい雨に打たれるままだ。面を上げた拍子に、髪の毛を伝って顔に雨がしたたり落ちる。しかし、この場で顔を拭ったりするような無礼な動作は許されない。
「その方、木村正成と言ったか」
 保家が威圧感のある口調で問う。
「木村正成でございます」
 正成は答える。臨東藩は広く下級武士にも開かれた藩である。よもや願い状を提出しただけで腹を切れとは言うまい。
 そう内心で思いつつも、保家の厳めしい雰囲気に気圧され、正成は心臓が引き締まるような思いだった。
「お前の願い状は読んだ。お前の母は肺の病で苦しんでおり、先の戦で父は死に、弟は片腕、片足が使い物にならなくなった。そして、傷痍武士となった弟の手当てが打ち切られ、我が藩から与えられる俸給だけでは家族を養っていくのが難しいと。だから、暮らしを維持していけるだけの手を打ってほしいと。そういうことだな」
 保家は、懐から正成の綴った願い状を懐から取り出し、改めて畳の上に広げてみせた。乾いた紙の音が雨の音を縫って耳に入った。
「その通りでございます。恥ずかしながら、それがし、長男の身ゆえ先の戦では……」
「木村」
「はい」
 保家は諭すような、若干優しさを交えた口調で正成の話を遮った。
「お前の訴えはよく分かる。身一つでここにやってきたくらいだ。これに書かれていることも嘘や誇張ではあるまい。だが、お前の訴えを聞いてやるわけにはいかん」
 正成は、眉をしかめて押し黙ることしかできない。無論正成とて、万に一つの賭けのつもりでやってきた。手放しの期待を持っていたわけではない。
 それでも、湧きあがる失望の念は大きかった。
「正直、ここのところ、こういった願い状を持ってくる者は最近多いのだ。それでも、殿は追い払ったりせず、一人ひとり会って説明するようお命じになられている」
「はい」
「我が臨東藩の財政は非常に苦しい。苦しいからといって、殿は百姓からこれ以上年貢を取ろうとは考えておらぬ。つまり、一朝一夕でお前たちの補償を増やせるような状況ではない」
「それは重々承知いたしております、されど」
「木村!」
 保家は語調を強くして正成をたしなめた。
「はっ……」
「木村、現状でこれ以上の補償は出せないというのはご上意である。これ以上の口答えをすると、わしはお前に腹を切らせねばならなくなる。そうなったら、病の母と片手片足使えぬ弟を誰が面倒見る?」
「……申し訳ございません」
 正成は歯を食いしばって頭を下げることしかできなかった。
「我が藩は、今、改革を行っている最中である。古い仕組みを作り替え、時代に合わせた新しい国づくりを目指している。それを待て」
「その国ができるのは、いつなのでしょうか?」
「貴様、無礼であるぞ!」
「控えよ!」
 ひざまずく木村の左右に構える役人が、怒鳴り声を張り上げた。彼らもまた、雨に濡れた白州にひざまずく正成に付き合って、土砂降りの中を直立不動で身構えていた。
 保家は、しばらく皺の寄った目をつぶり、開いた後、重々しく口を開いた。
「いつかとは言えん。今の段階では、現状で頑張れ、としか言えんのだ。これ以上わしに話せることはない」
 そう言い残して保家は立ち上がり、ずかずかと廊下を歩きながらその場を後にした。保家が通り過ぎる瞬間、正成は慌てて頭を下げた。
 真っ白な地面に突き合せた正成の顔は、悔しさで歪んでいた。
「お前のような浪人同然の下級武士が、岡倉様にお目通りできただけでもありがたいと思え。ウチの藩だからよかったようなものの、よそだったら下手したら切腹だぞ。あんな身の程知らずの訴えをするなんてな」
 帰り際に、正成の訴状の取り次ぎを行った上級武士が嫌味たっぷりに捨て台詞を吐いてきた。
 おそらく自分も正成の巻き添えで雨に濡れる羽目になって腹が立っているのだろう。
 

 正成は、前もって決めていた。
 もし、訴えが聞き入れられなかったときは、自由平等平和解放軍の戸を叩くと。



「本当に、治せるのか」
「ああ、天姫(あまひめ)様にできないことはない。どのような病でも天姫様はその魔術で奇跡を起こしになられる」
 正成と同じ区画に住む下級武士・川田孝右衛門は言った。
「俺の親父も足腰立たなくなっていたところを天姫様に治してもらった。今じゃ若者のように野山を走り回っている。まさに現人神だ」
 同じく下級武士・長谷川柳膳(はせがわ・りゅうぜん)も興奮を抑えられぬ様子で言う。
「分かった。頼む」
 正成は川田と長谷川に頭を下げた。
 川田と長谷川は非常に協力的であった。三人の侍たちは、その足で正成の家へ向かった。
「肺病の母と、身体の不自由な弟をこの雨の中連れまわすのは忍びない。今日は泊まっていってほしい。すぐに夕飯を作る」
 正成が言うと、川田と長谷川はそろってかぶりを振った。
「何言ってんだ。お前のところは俺達に食わす余裕なんてないだろう」
「いらんいらん。自由平等平和解放軍に入れば飯はたらふく食わせてもらえる。今の俺たちはお前の馳走に預かることもないんだ」
「そうなのか……」
 正成の興味と期待は、ますます天姫と自由平等平和解放軍に傾いていった。
 下級武士の家が敷き詰められた城下町の西区画に正成の家はあった。そこに川田と長谷川を招き入れる。
「母上、ただいま戻りました」
 薄汚れた布団に横たわる母は、よろよろと上半身を起こした。
「いやいや、どうかそのままで」
 正成は母を気遣ったが、母は横になろうとはしなかった。
「まあ、正成、よく無事で……。私は心配で心配で。ご家老様に意見をするなんて言うもんだから……」
 そう言って、母は苦しそうに急き込んだ。
「岡倉保家様が話を聞いて下さったが、駄目でした。かくなる上は、自由平等平和解放軍に入るつもりです。この川田と長谷川が口利きしてくれます」
「正成の母、トメです。よろしくお願いします」
「正成が弟、木村義成(よしなり)と申します。よろしくお願い致します」
 母の横に座る弟、義成も包帯で覆われた右手と右足を引きずりながら前へ出た。そして、自分の意思で曲げられる左手のみで床を付き、客人に頭を下げた。
「父上と義成は藩の呼びかけに応じて、金剛藩の征伐軍に加わった。そして父上は討ち死に、義成もよく戦い、右手右足を藩に捧げてこのような姿となった。なのに、藩はわずかばかりの手当てを寄越したのみで、俺もお役目を与えてもらえず、暮らしは困窮するばかり。幕府も臨東藩も腐っている!」
 正成は拳を床に叩きつけた。
「その通りだ。もはや幕府も大名も朝廷すらも必要ない」
 川田が言う。公衆の場で言おうものなら、それすなわち死罪となる暴言であろう。
「今こそ天姫様を頂点とした教団の教えの下で新たな世を築き上げるのだ。そのための自由平等平和解放軍なんだからな」
 長谷川も口を添える。彼らの革命への決意は固かった。
 正成たちは床についた。
 降りしきる雨の中、母の咳きこむ音だけが夜通し聞こえ続けた。布団の中で、正成の目は赤く湿った。



 翌日、正成は長谷川と川田の力を借り、荷車で母と義成を『軍』の隠れ家まで運んだ。
 軍の隠れ拠点は、城下町の外れにある居酒屋の地下にあった。そして、その地下室は巨大な礼拝堂のようになっていた。
 薄暗いが、なぜか柔らかい光に包まれたような温もりを感じる。湿っぽさはなく、乾燥した清浄な空気が地下室には溢れていた。
 奥にある、黄金に輝く巨大な女性を模した像に向かい、白装束に身を包んだ者たちが何十人といた。みな一様に頭を下げ、一心不乱に祈りを捧げている。
 正成は病の母を背負い、義成は川田と長谷川に肩を担がれ、不思議そうな面持ちでこの地下室の様子を眺めていた。
「これが、救いなのか……」
 正成はその荘厳な雰囲気に圧倒され、うわ言のように呟くことしかできなかった。
 礼拝堂のさらに奥へ進んだところに、天姫の部屋はあった。
 純白で煌びやかな刺繍が施された服を着た幹部達が細長い部屋の左右にずらりと並び、その一番奥に天姫はいた。
 幹部たち以上に豪華絢爛な、光り輝く着物を身にまとい、真紅の髪と青い瞳を持っている。
 珠のような白い肌と、一度目を合わせたら視線を逸らせないような美貌を持った女性であった。
「さあ、天姫様であられる。ご挨拶を」
 長谷川に促され、母を背負ったままで正成は一歩前へ出た。
「拙者、臨東藩士・木村正成と申す者にございます。此度は、肺の病に侵された我が母と、手と足が動かぬ弟を治せると聞き、まかり越しましてございます」
 正成の挨拶を聞き、天姫は優しげな、しかし妖しげな笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「よく、来てくれましたね。辛かったでしょう。さあ、もっと前へ」
「はい」
 正成は、前へ進んだ。義成も川田と長谷川の肩を借りながら天姫の眼前までやってきた。
「それでは、いきますよ。正成。あなたの母をこれへ」
 天姫は柔和に呼びかけた。それに応じて正成は静かに母を降ろし、床に座らせた。
 天姫は、真っ白な手を正成の母にかざし、目を閉じた。
「我が神よ。あなたの子らに自由と平等と平和を与えんがため、この天姫に、癒しの力を貸したまえ」
 その言葉とともに、天姫の手のひらから青白い光がぼんやりと発せられた。
「おお……」
 正成は眼前の超常現象に圧倒された。
 結果として、天姫の、およそ信じられない、魔術のような力の前に、母と義成の身体は完治した。
「兄上、動きます! 手と足が! 動きます!」
 義成は全身で歓喜した。
「おお、よかったな、よかったなあ!」
 正成は弟と手を取り合って喜び合った。
「ありがたや……ありがたや……」
 母は涙を流し、天姫に平伏した。
「礼には及びません」
 天姫は母ににっこりと笑いかけた後、正成の目をまっすぐに見つめた。
「木村正成、木村義成。私には理想があります。民を虐げるこの国を我が教えの下に変革し、私のこの力をもっと多くの人たちに広め、苦しみのない世の中を作るという理想が。力を貸してくれませんか?」
 正成と義成は天姫にひざまずいた。
「この木村正成。自由平等平和解放軍に入隊し、天姫様に身命を賭してお仕えいたします」
「義成も同じにございます!」
 兄弟は忠誠を誓った。天姫はより妖艶に微笑み、真っ赤な唇を釣り上げる。
「それは、臨東藩藩主・本田貞風(ほんだ・さだかぜ)、並びに幕府将軍家と戦う覚悟があると。そう受け取ってもいいのですね?」
「無論のこと」
 一切の迷いなく、正成は言い放った。
 木村一家は、この日から『教団』の信者に、自由平等平和解放軍の使途となった。



「殿、ここのところ、国に怪しげな教えを振りまく者が増えているそうで。なんでも、病や傷に侵されたものを一瞬にして治すだとか」
 城の天守閣で、岡倉保家が藩主・本田貞風公に言上した。
「信じられない話だね」
 急逝した先代・本田秀風の後を継いだばかりの若き藩主はぽつりと言った。城下を一望できる窓から望遠鏡で街の様子を眺めながら。
「この不安定な情勢で邪教が広まっては危険です。取り締まりのご許可を承りたいと存じます」
「いや、保家。亡き父上も宗教には寛容だった。少しでも民の救いになるというのならそれでいい」
「ははっ。し、しかし……」
「分かってるよ保家。ちょっと詳しく調べてみて。もし、今の秩序に刃を向ける教えだったら、ほっとくわけにはいかないからね。そこんとこは任せるよ」
「かしこまりました」
「まあ……、今『民の救いになるならいい』なーんつってみたけどさあ、十中八九、僕や保家の疑う通りだろうね」
 貞風は腕を組んで、面倒くさそうにため息をついた。
「今この藩の状況で、幕府に目をつけられたら終わりだからね。やっと父上の遺臣も遠ざけたんだ。一刻も早く改革を進めたいものだけど。そんな教団の対策に人と金を割く暇なんてないってのに……」
「仰せの通りで」
 保家は、若き藩主のこの言葉を聞いて、この新しい藩主が甘い理想論を持たない正常な判断力を備えた主君であると、改めて安堵した。



 月日は流れた。
 臨東の国は相変わらず米の値上がりは続き、民百姓は飢えるばかりで、藩の政(まつりごと)の実権を握っている一部の上級武士と、それと太い繋がりを持つ豪商だけが甘い汁を吸っている。
 岡倉保家が言っていた国の改革などいつまで経っても興らなかった。むしろ、藩はその逆しかもたらさない。
 母はすっかり往年の体調を取り戻し、他の信徒と同じように真っ白な装束に身を包んで、毎日せっせと天姫に祈りを捧げている。亡き父の冥福を祈っている。
 正成や義成もまた、奇跡をもたらした天姫の心酔し、礼拝堂の天姫の黄金像に毎日のように祈りを捧げた。
 そして、自由平等平和解放軍は、来るべき決起の時に備え、着々と戦の準備を始めていた。



「松、首尾はどうか」
 保家は自らの屋敷に、上級武士・手塚松次郎(てづか・まつじろう)を招き、潜入捜査の報告を受けた。
 手塚は、人智を超える様々な現象に対処する部署『破魔組(はまぐみ)』に所属する、精鋭中の精鋭であった。
「民に救いを与える超常の術、それは一時のものかと思われます」
「そのまやかし、斬れるか」
「そのための破魔組。そのための手塚松次郎にございます」
 手塚は眼光鋭く、抑えながらも力強く声を張った。
「よくぞ申した。殿からお前に渡すよう言われたものがある。是非受け取ってほしいとの仰せだ」
「貞風様が……?」
 保家の近習が一本の刀を持ってきた。それを受け取った保家は、それをそのまま手塚へと差し出す。
「初代藩主・本田重風公が退治した鬼の角を混ぜて鍛えた妖刀『重ね風』だ。妖(あやかし)を斬る呪われし剣。松、お前の腕なら使いこなせよう」
「必ずや、ご期待に応えてみせます」
 手塚は深々と頭を下げ、重ね風を受け取った。



 決起の時。
 今や教団はその信徒を国中に増やし、周囲の藩の使途も合流し、一大勢力となっていた。
 木村一家もすでに城下を飛び出し、自由平等平和解放軍の砦に身を寄せていた。
「みなさん。新しい世を築き上げるため、今こそ武器を取って立ち上がりましょう。まずは臨東藩の臨東城を攻め滅ぼし、本田貞風の首を取ります。そうすればこの地の全ての民が我々に呼応しましょう」
 天姫の演説を受け、正成は他の兵士たちと共に気勢を上げた。今や信徒たちの士気は絶頂だった。
「しばらく」
 天姫が立つ祭壇の両脇に控える幹部たちの中で、三番隊隊長・手塚松次郎が挙手した。
「なんでしょう?」
 天姫が綺麗な笑みを手塚に浮かべる。手塚も整った笑顔で応え、立ち上がる。
「戦いの前に、我ら自由平等平和解放軍が、果たして真の敵を見定めて戦えるのかどうか、試したく存じます」
 手塚がよく分からないこと言い始めた。正成は不審に思いながらその様子を見守る。
「真の敵は、民を苦しめる大名と幕府です」
「仮に天姫様の仰せられる通りだとしても、目の前の景色がまやかしであれば、兵の手に取る槍はあさっての方に向かいます。そうなっては一大事。なので、今この場でそれを試させて頂きます」
「どういうことでしょうか……」
 急に天姫の様子が殺気だったものになった。彼女の側近の侍女たちが、天姫を守るように周囲に集まる。
 その瞬間、手塚は腰から刀を抜き放ち、瞬時の所作で祭壇にそびえ立つ黄金像を真っ二つに斬り裂いた。
「あ、ああああああっ!」
 急に侍女たちが悲鳴を上げた。そして像が倒れると同時に、正成の目の前に陽炎が立ち込めた。同時に頭の内部を酷い頭痛が襲った。
 正成だけでない。川田、長谷川といった同僚や、弟の義成までもが同じように苦しみはじめた。
「ああ、兄上、腕が……、脚が……」
「義成! どうしたんだ? しっかりしろ、義成!」
 側の弟のうめき声を聞き、正成は頭痛をこらえて義成を見た。
 すると、弟は天姫の術を受ける前のように、動かなくなった腕と足を引きずって頭を抱えていた。
「そ、そんな」
 正成は驚愕した。信じられない光景だった。
 背後から激しく咳き込む声がした。まさか。
「正成……義成……」
 母が胸を抑え、床に崩れこんでいた。母だけではない。白い装束に身を包んだ信徒たちは、みな救われたはずの病や飢えに蝕まれ、苦しみ始めたのだ。
 祭壇の上でも信じられないことが起こっていた。側近の侍女たちは、人の殻を破ってその輪郭をみるみる変えていく。
 彼女らは、あっという間に大蜘蛛の化け物になったのだ。
 そして、大蜘蛛たちは一斉に手塚に襲い掛かる。手塚は、目にも止まらぬ激しい太刀を振りかざして、いともたやすく蜘蛛の化け物たちを切り捨ててしまった。
 大蜘蛛の真っ黒な血液で純白と黄金の祭壇が染まった。
 周囲から悲鳴が漏れる。信徒たちの絶望の悲鳴が。そして、祭壇上で対峙するのは手塚と天姫。
「あ、天姫様あ!」
 侍女以外の、戦闘部隊の隊長たちが慌てて立ち上がり、祭壇に上ろうとした。
 すると、隊長たちの中の、一番隊隊長の沢谷氏実と十番隊隊長の関口雄太郎が抜刀し、祭壇へ続く階段を塞いだ。
「沢谷、関口、何のつもりだ!」
 他の隊長たちは動揺して叫ぶ。
「まさか、お前ら、藩の犬か?」
 その問いに対して、沢谷と関口の作った不敵な表情が肯定の答えとなっていた。
「おのれえええ!」
 天姫の声が聞こえた。
 彼女は紫色の光に身を包み、その青い瞳は髪と同じように真紅に輝いていた。
 そして、天姫の髪が急激に伸び、うなりを上げて手塚に襲い掛かる。手塚は、剣を構え、天姫に突撃した。
 両者の対決の行く末を、正成が、長谷川が、川田が、隊長たちが、そして、無数の憐れな自由平等平和解放軍の信徒たちが見守った。
 触手のようにうごめく天姫の艶やかな髪が手塚に襲い掛かる。しかし、その髪を手塚は鋭い太刀筋でなぎ伏せる。
 ついに交錯する両者。刹那、手塚の刀にかかった天姫の首が、祭壇の宙に舞った。
「夢は叶えるもの。与えらえた夢はじきに底をつく……」
 手塚が刀を納め、その背後にどさりと首が落ちた。
「天姫様……、天姫様ぁ……」
 正成は絶望してひざを折った。どんなに祈っても、母は肺病だったし、弟の身体は不自由なままだった。
 信徒たちにもまた苦しみがぶり返していた。どんなに泣き叫んで像にすがっても、救いは与えられなかった。



「殿、ご安心を。邪教は破魔組が速やかに征伐致しました」
 天守閣で、保家は貞風に報告した。貞風は、渋い表情で望遠鏡を覗き込んでいる。
「悔しいね保家。我々の政より妖の幻想の方が魅力的だったなんて」
「仰せの通り。それがしも、自分の力不足を深く恥じ入っております」
 保家は苦々しげに頭を下げた。
「反逆の徒たちは、全員首をはねます」
「いや、首をはねるのは指導していた隊長たちだけだ。他の信徒たちは裁かないこと」
「なりませぬ! それでは反乱の火種を消すことができませぬ」
「保家」
「はっ」
「六角藩や神楽藩は、海を越えた国々の技術や政の制度を取り入れて、急激に力を伸ばしている。六角や神楽は藩内の争いを最小限に食い止めてきた。我々臨東も、外を見なければならない」
「はっ」
「臨東は六角や神楽に比べて出遅れている。我々も同じように改革に取り組み、一刻も早く力をつけるべきだ」
「仰せの通りにございます」
 保家は反論せず、頭を下げる。
「ただし、もし六角や神楽の急激な発展が、妖と手を組んだ結果だとしたらどうする? 天姫のような者が表舞台に出てきたってことは、ウチだけの話じゃないと思うんだよね」
「はっ」
「もし、そんな藩が、都にのぼって朝廷を担ぎ上げようとするなら、本田家は藩を上げて帝(みかど)をお守り奉る。保家、悪いけどそのときは損得じゃない。たとえ我らが滅びようとも最後の一兵尽きるまで妖の好きにさせるわけにはいかない。そのときは、幕府とか関係ないから」
「殿がお決めになったことなら、我ら家臣一同、それに従うまでです」
「人の世を脅かす妖から領民を守ることを使命としてきた我が本田家が、妖にたぶらかされた民を無下に斬るようじゃ、先祖に顔向けできないよ。信徒になった下級武士にも、分かってもらうように手を打ってくれ。どんだけ時間かかってもいいから」
「はっ!」
「あとすぐ早馬! 殺しはしないって残党にすぐ伝えて! 早まって殉教でもされたらそこいらに散った隠れ信徒たちの結束を強めかねない!」
「ははーっ!」
 保家は、再び深々と頭を下げた。



 倒れた妖たちの前で、信徒たちは絶望に暮れていた。
 正成は精気の失せた表情で、苦しむ母や弟を見回した。
「あ、天姫様……」
 天姫の首は手塚に持っていかれてしまった。
 その亡骸を囲むように信徒たちは密集し、飢えや病に苦しんでいた。
「隊長たちは藩の役人にしょっぴかれていった。我々の死罪ももはや免れまい」
 長谷川が口惜しそうに言う。
「おのれ貞風えええ! 救いを求めるのがそれほど罪だと言うのか! 貞風! 貞風! 貞風ええええっ!」
 川田も泣き叫んで恨み言をぶちまける。
「腹を……斬ろう……」
 正成は、ぽつりと言った。
「木村」
 川田がはっとして顔を向けた。
「もし天姫さまが妖だったとしたら。妖は、人の肝を食うんだろう」
「そうか、その手があったか!」
 長谷川が鞘を杖にして、力強く立ち上がった。
「そうだ! 皆で腹を切り、肝を天姫様に供えよう! 武士として名誉ある死を遂げ、同時に天姫様の命を蘇らせる糧となれるなら、武士として二重の誉れ!」
 正成は鞘から刀を抜き、高く天に掲げた。
 その声に合わせ、自由平等平和解放軍の兵士たちは勇ましい咆哮を上げた。
「兄上、自分もお供します。この手と足は不本意ながら藩に捧げる形となりましたが、このはらわただけは天姫様に捧げたいと思います」
 義成が信徒たちの肩を借りながら、足を引きずり、正成の傍らにやってきた。
「よし、共に参ろう」
 正成は力強くうなずく。
「手塚は言った。夢は叶えるのだと。天姫様に与えらえるだけではなく、我ら自身で肝を差し出し、我らの力で天姫様を蘇らし、再び自由平等平和解放軍を!」
 正成が叫ぶ。
 信徒たちも叫んだ。みな思いは同じである。
 しかし、そんなとき、正成の足をつかむ手があった。
「正成、義成……。やめておくれ……。もう病など治らないでもいいから……」
 母が胸を抑え、ぜえぜえと息を切らしながら、白髪交じりの髪を頼りなく揺らし、やせ細った身体を懸命に奮い立たせ、息子たちの足元にすがりついた。
「母上、どのみち藩が我らを見逃すことなどあり得ません。先に行って待っていて下さい。自分たちもすぐ後を追います。御免!」
 正成は、天に掲げた刀を降ろし、母の喉を刺し貫いた。衰えた母は、息子の足元に崩れ落ちた。
 自分は長男だったから、跡取りとして先の戦には出られなかった。この刀で初めて斬った者が母だった。正成の瞳から一筋の涙が流れた。




 上級武士・菅原一郎、佐伯蓮斎、高橋与兵太が自由平等平和解放軍の砦に向かって早馬を走らせていた。
 信徒たちは、棄教を誓えば全員助命するとの本田貞風公の意向を伝えるためであった。
 しかし、そこに広がっていたのは、首をはねられた天姫の骸によりそうように腹を切って果てた信徒たちの死屍累々であった。
「これは……遅かったか……」
 その地獄絵図を前に、菅原は絶句した。
「殿の慈悲を無駄にしおって、馬鹿者どもめが……」
 毒づく佐伯の表情は、その言葉と裏腹に、どこか哀しげだった。
 高橋が下馬し、信徒たちの亡骸に向かって膝をつき、静かに祈りを捧げた。
 しかし、その祈りの所作は、臨東藩に伝わるそれであって、彼らが帰依していた天姫の教えに則った祈りではなかった。



 さらに時が過ぎた。
 皮肉にも、正成たち信徒が殉教したしばらく後に、家老・岡倉保家の主導の下に行われた藩政改革によって、藩は豊かさを取り戻していき、財政は息を吹き返した。
 そして、幸運にも臨東藩の土地は数年豊作が続き、豊かな実りが食糧事情を回復させた。
 そんな中、打ち捨てられた祭壇の下で、信徒たちの血が染み込んだ地の底から、一本の美しい女の手が突き出てきた。
 紫色の光に包まれたその白い腕は、土をかき分け、やがて一人の女の肢体が露わになる。
 信徒の血を吸い、一度は死んだ妖・天姫が地獄の底から蘇ったのである。
 久しぶりに全身を現世の空気に当てた天姫は、妖しげな笑みを浮かべて一層強力な妖気を振りまいた。
「やはり、我ら妖が歴史の表舞台に立ち、下等な人間どもを従えるべき……。貞風よ、覚悟するがいい。貴様の一族に長年虐げられてきた我ら妖の恨み、今度こそ晴らしてくれよう。いや、むしろ、奴の許嫁に化け、貞風の子を孕んでくれようか。敵である妖と交わり、妖の子を生んだとなれば、それは本田に対する最大の復讐となる! そうすれば臨東五十万石と破魔組の力……あの手塚の力が、全てはわらわのものだ! 待っているがいい、貞風! 臨東藩を足掛かりとして、やがて幕府の朝廷もわらわの足元にひざまづかせてくれよう! ふふふ、ホーッホッホッホ!」
 天姫は漆黒の夜空に向かって高笑いした。
 信徒たちが全て死に絶えた今、私怨にまみれた彼女の本音が飛び出たのだった。
 しかし、そんなことは正成たちにはどうでもよかったのかもしれない。
 少なくとも、天姫が正成たちに見せた奇跡は、天姫が存在する上では紛れもない真実であり、岡倉保家の改革などでは、決して母や弟の回復は成らないのだ。
 蘇った天姫が、再び苦しむ民に幸せを与えてくれるのなら、それは正成にとっては真実であり、彼女の血肉になることができたのは本懐なのである。



「我々の剣で妖の妖術そのものは斬れても、その妖術に魅せられた者たちの魂は、自らの意志でしか目覚めることはできない」
 手塚は、さらに腕を磨くため、破魔組の仲間と共に剣の稽古に打ち込んでいた。
 あの信徒たちにとっては、夢から覚めることは不幸だったのだろう。しかし、手塚は迷うわけにはいかなかった。
 なぜなら、妖は本心から民に希望を与えるためではなく、単に利用するために偽りの現実を見せているに過ぎないからだ。
 


 純粋な信徒たちの犠牲を喰らって蘇りし天姫が、その私怨と野望で臨東藩に暗い影を落とすのは、間もなくのことである。


<終>
 
メンテ

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