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[4993] 【2016年度】お題小説スレッド【お題「去る」作品投稿期間】
   
日時: 2016/01/12 23:57
名前: 企画運営委員 ID:7PNV346o



『お題小説スレッド』へようこそ。こちらはあるお題に沿って読みきり小説を書き、その作品をみんなで批評し合う場です。
 初心者も上級者も関係ありません。うまくなりたいとお思いの方であれば、だれでも自由に参加することができます。一生懸命執筆し、一生懸命批評して、小説の技術を高め合いましょう。
 皆様のご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――

>>002 【ルール説明】:必ず熟読して下さい。(※内容、一言の箇所を訂正しました。ご確認ください)
>>003 【批評のポイント】:批評をする際のポイントをまとめたものです。
>>004 【イベントルール説明】:イベントに関するルールです。必ず熟読してください





▼お題:第32回のお題は「種」です。
 二月に種をまくのか? と思いましたが、調べてみるとじゃがいもは二月にまくそうですね。……さらに調べてみると一年中、なにかしらの種をまいてるみたいです。
 そんなことは置いといて。「種」というお題には「たね」以外にも色々な解釈があると思います。みなさんがどのような作品を投稿してくるのか、楽しみにしております。
※第30回の作品投稿期間は2月1日(土)からです


▼お題:第33回のお題は「姫」です。
 三月なので(笑)
 というのはよくわかりませんが(ひなまつりだから?)「ひめ」というのは可愛らしい語感ですよね。私は緑の黒髪をした和服姿が思い浮かびます。桃色が似合いますよね。桃色……やはりひなまつりでしょうか。それでは、みなさんの作品お待ちしております。
 
※第31回の作品投稿期間は3月1日(土)からです


▼お題:第34回のお題は「嘘」です。
 嘘でした。


▼お題:最終回のお題は「魔法」です。
 奮ってご参加ください。


▼お題:第36回のお題は「友情」です。
 ネタでした。


▼お題:第37回のお題は「音」です。
 奮ってご参加ください。



▼日程(第32回)

1月1日       :お題発表
2月1日〜15日   :作品投稿期間
2月16日〜28日  :批評提出期間


▼日程(第33回) 

2月1日     :お題発表
3月1日〜1月15日 :作品投稿期間
3月16日〜30日 :批評提出期間


▼日程(第35回) 

6月1日     :お題発表
6月1日〜7月31日 :作品投稿期間
8月1日〜   :批評提出期間



▼注意もしくは削除対象となるお書きこみ
・荒らし
・荒らしへの反応
・自分や他人の小説の宣伝
・雑談、チャット化
・ルールに反するもの
・管理人が不適切と判断したもの

――――――――――――――――――――

>目次 >>001


>第32回 お題『種』参加作品(敬称略)

>>404 sakana:シロハの辻褄
>>405 伊達サクット:赤い種、青い種

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▼リンク
小説講座/雑談所』(お礼や言い訳等はこちらへ)
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ツイッター』(朔乱のアカウントです。お題の告知などをしています)

管理人:If 空人 朔乱  補佐:伊達サクット
メンテ

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祈れ明日へ ( No.336 )
   
日時: 2013/07/15 23:38
名前: 伊達サクット ID:dSgXKTRY

 2011年初頭、高校サッカー界に衝撃が走った。
 それは第89回全国高校サッカー選手権大会・決勝戦でのことだ。対戦するのは私立満宮栖(まんぐうす)実業高校と県立羽舞(はぶ)高校。その戦いで、優勝候補の最右翼である満宮栖実業を、突如出現した羽舞が土壇場の大逆転で勝利したのだ。
 満宮栖実業は前回の優勝校。過去四回(第54、61、80、88回)優勝経験、二十五年間連続で全国出場を決めている。将成、松大附属と並んで高校サッカー界の『三大王者』と言われ、多数のJリーグ選手を輩出してきた強豪中の強豪である。
 対する羽舞は、去年全国初出場で今年が二回目という、全くの無名校であったが、トーナメントの組み合わせや、対戦相手の相性などにも助けられ、奇跡とも言える快進撃を続け、あれよあれよという間に決勝まで駒を進めてしまったのだ。
 満宮栖は準決勝で古豪・崎岡学園を3-0で危なげなく下し、前回王者の貫録を見せつけた。もう片方の試合は、優勝候補の一つである松大附属と、問題の羽舞の試合。0-0のスコアレスドローでPK戦になったところを羽舞が制したのである。てっきり松大附属が上がってくるとばかり思っていた満実イレブンは驚いたが、誰が相手であろうと自分達のサッカーができれば必ず勝てる。
 そう信じ、満実初の大会連覇への祈りを胸に望んだ決勝戦だった。
 2011年1月7日、満宮栖実業―羽舞。試合終了直前、延長戦で繰り出された高校サッカー至上最も美しいと言われる羽舞のゴールによって1-2の逆転負けを喫した屈辱の試合。
 あの日、国立競技場で、試合終了のホイッスルと共に茫然自失の表情で崩れ落ちる満実イレブンの姿。そして、優勝の喜びを身体一杯で表現する羽舞の選手と監督。満実サッカー部マネージャー・一年生の吉木孝雄はその壮絶な勝敗の光景を、ベンチから見守っていた。
 高校サッカー界を取り巻いている、勝利至上主義とも言われる、フィジカルとスピード、そして鉄壁の防御を重視した満実の組織力サッカーが、個人技に特化した羽舞の自由奔放かつ変幻自在の、華麗なドリブル&ショートパスサッカーに敗北したのである。
 高校サッカーが変わる。吉木は、悲しみに暮れる先輩たちや監督を尻目に、途方に暮れることしかできなかった。
 満実の監督は「とにかく勝つこと。心・技・体、全てにおいて最強を志す。誰よりも強く。教え子達はそれに相応しい努力をしてきた」と語ったのに比べて、羽舞の監督は「一番大切なのは楽しんでサッカーをすること。そして、観る人を楽しませるサッカーをすること。まあ無理して楽しまんでもいいんですけど。自分達の、羽舞のサッカーを貫く。それで負けるなら仕方ありません。我々で高校サッカーを変える。別にどっちでもいいんですが」と語ったのも対照的だった。まさかこんな奴らにやられるとは。

「おい孝雄、俺に願えば勝負に勝たせることだってできたんだぜ?」
 全国大会が終わっての帰路、吉木の横に立つ悪魔・ウォードは邪悪な笑みを浮かべながら、馬鹿にするように語りかけてきた。
(そんなに俺に嫌な思いさせたいの?)
 吉木が頭の中で語りかけた。
「だって、お前に憑いてるの、もういい加減飽きてんだよ。さっさとあと二つ願い叶えちまえよ」
(もうあんな思いは二度としたくないんだよ)
 中学生だった頃、吉木はある偶然から、悪魔の宿主になってしまった。
 そのときウォードは、いろんな偶然が重なって、吉木とウォードの間に契約がなされてしまったと言った。
 君主(マスター)・吉木の眷属となったウォードは、どんな願い事でも三つ叶えることができる。しかし、代償として、吉木に不幸が訪れる。
 しかも、契約が履行されないとウォードは魔界に帰ることはできないという。
「めんど臭えな! お前をぶっ殺して魔界に帰ることができりゃいいってのによ!」
 ウォードが毒づく。契約している間は両者が一心同体になるから、吉木が死ねばウォードも死ぬのだ。
 中学時代、彼に早く願いを叶えるように急かされた吉木は、サッカーの県大会で優勝したいと願った。
 実際、その通りになった。吉木は憧れの県大会の場へと飛翔し、チームは見事優勝し、栄冠を勝ち取った。 しかし、その代償として吉木は大好きなサッカーの練習中に、謝って大切な人を傷つけてしまったのだ。

(不幸になるのは俺じゃなかったのかよ! 周りの人が不幸になるなんて聞いてない!)
「それは、お前が自分自身より、他人の苦しみ、悲しみをより自身の不幸として感じる性格だからだ。それに、俺はお前に訪れる不幸の内容を操作する力は持ってない」

 帰路のバスの中、あのときのことを思い出した。本当にこいつは恐ろしい悪魔だった。
 願い事はあと二つ。願いの規模が大きくなれば、代償の不幸も大きくなる。
 簡単なリスクで願い事を消化しようとして『うまい棒買って』などと願ったりもしたが、その程度の願いでは代償の不幸が小さすぎて、不幸のうちにも入らないと言われてしまった。
 あくまでも、願い事を叶えて、代償として、吉木自身が不幸を身をもって味わうところまでが契約なのだ。なぜなら、悪魔であるウォードの使命は人を不幸にすることなのだから。
 人を傷つけてしまった絶望の中で、吉木はサッカーをやめた。それでもサッカーへの未練から、満宮栖実業高校に進学して、サッカー部のマネージャーになったのだった。
 そして、あのときから二つの願い事はまだ消化していない。

 準優勝として、満実は堂々と地元に凱旋し、みんなからの祝福を受けた。しかし、高校生のレベルを超越したテクニックを持つ羽舞に破れたことで、課題は残った。
 吉木が二年生になると、満実は低調が続いた。主力の三年生が卒業した後、新たなタレントをスカウトすることもできず、去年度からの総合力低下は否めない。
 その懸念は現実となった。第90回大会の県予選トーナメントの決勝で、県内の準強豪校・陽院寺高校に0-1で敗れてしまったのだ。二十五年間連続出場の記録にピリオドが打たれた瞬間であった。王者は地に堕ちた。
 前年は県内のベスト8に過ぎなかった陽院寺と、部員百名以上を抱える名門・満実。
 内容では終始満実が押していた。実際、ボール支配率はどんなに少なく見積もっても、吉木の眼には満実の70%超えに映った。シュートの本数も、満実は十七本に対して陽院寺はたった三本。
 しかし、勝負は結果が全てだった。陽院寺の必死の抵抗と、少ないチャンスをものにした蜂の一刺しのシュートによって、全国の切符は満実の手からこぼれ落ちていった。正直、去年羽舞に負けた以上のショックだった。一年間、裏方として監督と共にチームを支え、雑務やデータ収集などをこなしてきた吉木には満実に愛着が沸いていた。
 マネージャーの彼も、一握りの満実イレブンや、スタメンに入れない九割の控え選手達と共に泣き崩れた。
 満実イレブンは涙を堪えながらも、陽院寺イレブンに「優勝してこい」と檄を飛ばした。しかし、サッカーの神様はいつも無情だ。県の期待を一身に背負った陽院寺は、一回戦で惜敗した。

 そして、吉木にとっても最後の一年となる、運命の三年目。
 吉木はマネージャーとしての立場から、満実の選手達を支えてきた。選手は、羽舞や陽院寺からの敗北に学び、徹底的に自分達の弱点を克服する訓練を重ねてきた。
 羽舞のサッカーは間違っている。大事なのは、安定して勝利するチーム全体の総合力だ。どんな悪条件でも安定して勝利できること。そのためには、個々の選手の基礎体力を徹底的に磨き、組織的な防御力を高めること。事実、二年前の決勝では、満実の当たりの強さと無尽蔵のスタミナに押され、後半の羽舞の運動量は大幅にダウンしていた。そう、あのとき、内容面では確かに満実が優勢だったのだ。
 もちろん、フィジカルと守りだけではない。今年の満実には技術、決定力でも一級品の選手が揃っている。さらに、鉄壁の守護神としてここ一年急成長している、天才GK藤田亮介。更には、FIFAU-17で活躍し、チームの要でもあるMF、遠藤純が海外より帰ってきた。満実は屈辱の二年前よりさらに強いチームへと昇華した。
 二年前の大会以来、羽舞の革新的なスタイルを真似する二番煎じのチームが多く出現した。しかし、足先の技術と、個々の選手の長所を伸ばすことに偏重したプレースタイルは、はまれば強いが一度崩れると脆い。
 満実は、名門校としての歴史と伝統があり、あちこちからサッカーで身を立てたい高校生が集まってくる。選手だけじゃない、監督やコーチ、雑用をやるマネージャーだって、そういった夢を持った選手達のサッカー人生の成否を賭けてやっているのだ。
 プロの道が開けるか否かは、高校時代に結果を残せたかが重要な要素になる。リスクの高い戦法で万一にも結果を残せず負けた場合は、夢と希望を持った若い才能を殺すことになる。そうならないためには、何よりも組織的に強いサッカーと安定した勝利が望まれるのだ。
 私学の満実には、芝生で敷き詰められたコートをはじめ、充実した設備と予算に恵まれ、地元の後援団体も多い。
 自由に楽しんでサッカーするなどといけしゃあしゃあと言える、県立普通科の羽舞ごときとは背負っているものが違うのだ。
 元々パソコンに明るい吉木は、選手のデータ管理や、他校の情報収集・分析を一手に引き受けていた。できあがった選手達のデータを整理し、監督に見せる。
「よし、今年の俺達は強い。なんと言っても、遠藤だけのチームになってない。みんなが強い。スタメンだけじゃなくて、控えの奴らも、マネージャーもひとりひとりがチームを背負ってる。行けるぞ吉木」
「そうっすね」
 吉木も同じ思いだった。
「そううまく行くもんかねえ。お前ら陽院寺ごときに負けてんじゃねーか。俺に言わせてみれば、どうも遠藤が戻ってきてから、山田と久住のツートップが噛み合ってない。遠藤に遠慮っていうか、気後れしてんじゃねーかな?」
 取り憑いている悪魔が横からシニカルに微笑みながら、会話に入ってきた。もっとも、彼の姿も声も、吉木にしか分からないのだが。
(いちいちうるせーよ! 口挟んでくるな!)
 頭の中で吉木が反論する。
「だってずっとお前の側にいるのも暇なんだって。俺の立場も考えろや」
(それが鬱陶しいっつってんだ。風呂やオナニーのときも一緒にいやがって!)
「好きで見てるわけじゃねえよ。契約だからしょうがねーじゃん。さっさと願いを言ってくれりゃあいいんだが……」
 ウォードは肩をすくめた。吉木には、周囲の不幸を誘発してまで願いを叶える気なんて毛頭なかった。

 県内予選が始まった。
 満宮栖実業は、順調にトーナメントを上がっていく。準決勝では、やや危ない場面はあったものの、陽院寺を1-0で何とか下してリベンジを果たす。更に、全国行きの切符を賭けた決勝では、昨年度のベスト4で、県内でもトップクラスの実力を持つ長年のライバル校・東梶原を5-0の圧倒的実力差でねじ伏せた。初戦から、無失点での予選突破。鉄壁のキーパー・藤田がいる限り負けはない。藤田がゴールを守ることによって生まれる異様な安心感。これが王者満実イレブンの真の実力だ。彼らが、吉木らマネージャーやスタッフ、更にはスタメンへ実力が届かない大勢の選手達を全国の場に連れていってくれる。吉木の胸は否応なしに高鳴った。
 第91回全国高校サッカー選手権大会のトーナメント抽選会が行われた。
 初戦の相手は、清水育英高校。格下の相手だ。楽な試合など決してないというのが満実の信念だが、ひとまずこれは喜ぶべきことだ。問題は、二回戦であの羽舞高校と当たる可能性があるということだ。もちろん、羽舞が初戦で更科高校に勝ったらの話だが。更科も全国本戦の常連校だが、今となっては羽舞が上がってきてもまったくおかしくなかったし、むしろ、インターネット上の前評判では羽舞優勢なくらいだった。
 勝利への祈りを胸に、本戦が始まった。
 第一回戦、第一試合、いわば大会の開幕戦で羽舞―更科の一戦は始まった。
 試合前半は羽舞のパスサッカーがうまく繋がらず、最初から守備を捨てている弱点を更科に徹底的に突かれ、次々と失点。何と前半だけで1-6という、信じられない点差でハーフタイムを迎えた。
 このまま名門・更科が羽舞との総合力の差を見せつける試合になるだろうと、誰もがそう思った。
 しかし、会場一万人の観客が、更に信じられない事実を目の当たりにするのはここからだった。後半には羽舞の到底高校生とは思えない人間離れした個人技の数々が炸裂して更科を翻弄。普通ではあり得ないような狭いスペースにショートパスが決まるようになる。こいつらは目を閉じていてもサッカーができるのではと疑いたくなるくらいに、人もボールも有機的に良く動く。驚異的なポゼッション能力で次々にシュートを放ち、後半だけで七得点を入れ、8-6で逆転してしまったのだ。絶望してフィールドに倒れ込む更科の選手達。彼らの真っ黄色な極彩色のユニフォームは、緑の芝生の上では残酷なほどよく映えた。
 羽舞の華麗で変幻自在なテクニカルサッカーは、得点が入っていない場面でも歓声を巻き起こし、一万人の観客を魅了した。その試合を観戦していた吉木を含む満実の選手達は、二年前の悪夢の再来に動揺した。羽舞は恐ろしい。奴らはいつも奇跡を起こし、人々を惹きつける『何か』を持っている。
「おいおい、あいつら天使でも取り憑いてんじゃねーの?」
(俺みたいに?)
 この逆転劇には、由緒正しき上級悪魔であるウォードまで驚いていた。
 しかし、動揺してばかりはいられない。まずは、目の前の相手、清水育英を倒すことに全神経を注がなければならない。
 そして吉木の、マネージャーとしての最後の全国が始まった。
 一回戦、満宮栖実業―清水育英。相手が得意とするカウンター戦法を完封(吉木が監督に命じられて行ったデータ収集も功を奏した)し、2-0で満実の勝利。パワーとスピードに任せた正面からの正攻法で堂々と清水育英を撃ち破り、絶対的なチーム力の差を見せつけ、王者復活への足がかりとした。不安視されていた山田と久住のツートップも見事に爆発していた。
 そして、運命の第二回戦。第88回王者の満実と、第89回王者の羽舞。二回戦屈指の好カードとなった試合。二年前の大会で、高校サッカーの常識を覆す個人技サッカーでまさかの優勝を果たし、伝説を残した羽舞。そしてその大会で羽舞に負けて以来、翌年は県予選すら突破できず敗北の屈辱を味わったが、FIFAU-17の遠藤、山田・久住のツートップ、守護神藤田など多数のタレントを鍛え上げ這い上がってきた傷だらけの王者・満実。
 日本中の高校サッカーファン達が、全国の場で披露する満実や羽舞の試合をもっと見ていたいと思っていた。しかし、2013年1月1日の試合で、このどちらかが勝ち、どちらかが消えるのだ。
 大会本部からの急報は、明日に控える羽舞戦に備えて練習していた満実イレブンに突如としてもたらされた。羽舞の選手達が、何と食中毒で入院して試合は棄権。満実の不戦勝となったのだ。
 スポーツ誌の一面にも、『緊急事態! またしても羽舞の監督やらかす! 羽舞イレブンまさかの緊急入院! 監督が差し入れに配った特製絶倫スポーツドリンクで腹を壊し集団食中毒! 病院での年越し確定! 満実不戦勝で三回戦進出!』とあった。
「やった! やったー! 羽舞に戦わずして勝ったんだ!」
 吉木は他の部員やマネージャー達と喜び合った。横にいるウォードともハイタッチをし合い、周囲の人物に「一人で何やってんの?」と不審がられた。
 しかし、監督やコーチ、満実の三年生達の表情は悲しみを帯びていた。
「どうしたの?」
 吉木は、同じ三年生で、スタメンの中で唯一中の良いDFの村井に話しかけた。
「実は俺、もうこの大会でサッカーやめることになってんだ」
「えっ? そうなの?」
 吉木は意外に思った。村井からはそんなこと一度も聞いていない。
「最後に、羽舞を倒して、先輩達の無念を晴らしたかった……」
 村井の目には、涙が光を帯びていた。
「くっそー! 何やってんだ馬鹿野郎! 何食中毒なんかなってんだよ! 畜生!」
 遠藤が悔しさを滲ませて、ロッカーの扉に拳を叩きつけた。
「お前ら、しょうがない! 勝負では何が起こるか分からないんだよ! もう頭を切り替えて、次の試合に集中しろ」
 選手達に監督が語りかけるが、その顔にも悔しさが滲んでいた。
 吉木は、しばらくその場に立ち尽くした。最初自分は喜んだが、イレブンの連中や監督はそうではない。このとき、吉木はマネージャーという裏方と、最前線で栄冠をつかまんとする彼らとの間で開いた意識の差というものを感じた。
 選手達は練習を終えて、失意の表情で宿泊場所へと戻っていった。羽舞を倒して王者の威信を取り戻す。それには、ただの勝利とは比較にならない、大きな意義があったのだ。
 帰り道、吉木はウォードに頭の中で語りかけた。
(ウォード。二つ目の願い。いい?)
「ああ、何だ?」

 1月1日、会場の観客席はまるで決勝戦のように埋まっており、立ち見の客も多数いるようであった。
 年明け一発目の試合。満宮栖実業―羽舞。因縁のリターンマッチ。吉木はベンチから両チームの選手達が一堂に会する場面を見つめていた。

 この場所を訪れる前、吉木が手に取った古新聞。そこからは、羽舞の食中毒の記事はまるで最初からなかったかのように消えていた。
「これでよかったのか? お前、自分が何やったか分かってんのか?」
(問題ない。満実は勝つ。今年の満実が、あいつらが羽舞なんかに負けるはずない)
「長い間お前を宿主にしてるからな。悪魔といえど、情ってもんも沸く。今ならまだ取り消しできるぜ? ただ、試合のホイッスルが鳴った時点で時間は戻せなくなる。俺の立場上な」

 悪魔は先程そう言った。
 しかし、吉木の心は決まっていた。自分も、他の仲間と一緒に、羽舞との試合を見てみたい。戦う選手達を応援したい。そして、満実は勝つに違いない。
 個の技術の価値を認めながらも基礎を重んじ、チーム全体としての総合力を優先し、地獄の訓練で培った鍛え上げられた身体能力で攻める正統派の満実。基礎訓練やフィジカルなトレーニングに重きを置かず、個々の選手の持ち味や長所を最大限に伸ばし、高レベルの個人技に裏付けされた独創性とアイディアに満ちたサッカーに拘る羽舞。
 奇しくも、二年前の決勝カードがここに実現した。好対照な強豪同士の試合が遂に始まる。羽舞のキックオフによって火ぶたは切られ、場内は異様な熱気に包まれる。
 吉木は、祈った。
 勝ってくれ。
 もしこれで負けてしまったら、自分のせいだ。全国大会は一回負ければそれで終わり。プロ入りを目指す選手にとっては、その結果が今後のサッカー人生を左右することになる。この試合で無様に負けたら、吉木のせいで仲間の夢を奪うことになってしまう。
 満実は、羽舞のパスを繋ぐサッカーを封じるために、積極的にプレッシャーをかけ続ける。羽舞のサッカーをやらせるわけにはいかない。
 羽舞は平均身長170cmを切る小柄なチームだ。スタミナや当たりの強さは満実が遥かに上回っている。羽舞のショートパスを刻みながら丁寧にボールを運んでいく戦法は、選手が常にコート内を目まぐるしく動きまわり、多大な運動量を必要とする。にも関わらず、羽舞の選手はスタミナのなさが弱点というジレンマを抱えている。そこを徹底的に突いて、羽舞のサッカーを崩壊させるというのが監督の采配だった。羽舞の華麗で軽快な戦法に対して、耐えて耐えて、あくまでも粘り強く、泥臭く戦うのだ。
 前半32分、FWの山田が相手の守備の一瞬の隙を突き、力強いミドルシュートで先制点を決めた。1-0。選手はもちろん、観客席も、ベンチも歓声に包まれた。
「よしっ!」
 吉木もベンチから腰が浮き上がっていた。
「速い。行けるかもしれねーな」
 ウォードも腕を組みながら感心した様子で試合を見ていた。
 前半戦は満実のリードで終了。是非ともこの勢いを維持して逃げ切りたい。お願いだ。この一戦は勝ってくれ。
 前半は満実のペースで終わり、羽舞は苦戦に立たされた。しかし、後半、防御をかなぐり捨てて、選手交代をした後はまるで開き直ったかのように前線に上がり前へ前へとパスを進める羽舞。対する満実は徐々に翻弄されていった。
 羽舞の選手のシュートが、まるで物理法則を無視しているかのようにカーブしながら、満実のネットを揺らさんと迫りくる。
 藤田がスーパーセーブでそれを防ぐ。沸き起こる歓声。
 しかし、危機は第二、第三と波状攻撃のように押し寄せる。
 スルーパスにフェイント、ヒールパス、股抜け、スイッチ、高速ドリブル。羽舞の選手達はあらゆる足先のテクニックでリズムを作り出し満実を惑わせてきた。
 コートの中を縦横無尽に動き回る、羽舞の美しいとも形容できるサッカーは、まるでコートという大空を飛びまわる鳥のようで、満実の激しいプレッシャーをスルスルと受け流していくその姿は、まるで満実が二年間胸に秘めてきた勝利への思いを嘲笑っているかのようであった。
 そして後半20分、ついに相手の同点ゴールが入った。
 追いつかれた満実は選手交代。巻き返すべく反撃に転じようとする。しかし、羽舞の快進撃は止まらない。わずか七分後の後半27分。羽舞に逆転ゴールを決められる。1-2。羽舞リード。
 しかし、満実イレブンは決してメンタル面では綻びを見せず、自分達のサッカーを愚直に続けた。次々に放たれるシュートを藤田は良く止めてくれた。
 後半34分、久住が敵のパスミスに乗じて決定的なチャンスを作り、シュートを放つ。しかし無情にもボールはゴールの上を飛んでいった。更に39分。前に出た遠藤が山田のアシストからシュートを放つ。鋭いキレを持ったボールは見事相手のネットを揺らしたが、痛恨のオフサイド判定を受ける。同点ならず。
 吉木には祈ることしかできない。残り六分。一点でいい。まずは何とか一点を入れてPK戦に行ってくれ。頼む! これで負けたら、この試合を実現するように悪魔に頼んだ俺の責任だ!
 いつもは斜めに構えているウォードも、沈黙したまま鋭い眼差しで試合を見守っていた。
 後半41分、羽舞がシュートを放つ。吉木の胸が収縮して痛くなる。藤田がギリギリで弾く。しかし、こぼれ落ちたボールを羽舞の選手が拾った。彼は村井の決死のディフェンスをやり過ごし、あり得ない姿勢からボールを蹴り込んできた。一瞬の時間であったが、吉木には永遠に映った。
 直前のセーブで体勢を崩していた藤田は、対角線上に飛んでいったボールになす術もなかった。駄目押しの三点目。1-3。残り時間を考えれば絶望的な状況。
 満実の選手達はそれでも諦めず、悲痛なまでにひた向きに、攻勢を展開した。
「最後まで勝ちに行けーっ!」
 コーチが泣きそうな表情で叫んだ。
 しかし、残りの数分でも、五分間のアディショナルタイムでもどうにもならず、再び満実は羽舞に敗北した。
 試合終了のホイッスルが鳴る。赤いユニホームの満実は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。対して、青いユニホームの羽舞の選手は身体をぶつけ合って歓喜している。気付いたら、吉木の目にも涙が浮かんでいた。控え選手達、後輩達も一様に。コーチと監督は、ベンチに鎮座したまま、顔に深い皺を刻み、影のある表情で選手達を見つめていた。
 まさに二年前の悪夢の再来だった。
(ウォード。負けた……。満実は負けたよ……)
「孝雄。気にすんな。あいつらは良く戦った」
 ウォードが静かに言った。
(俺のせいで。皆の夢を、不幸を……)
「違げーよ。不幸なのはお前だけだ。真実を知ってるお前だけ。見ろ、あいつらの表情を」
 ウォードに促されて満実の選手達に目を向けた。
 すると、メンバーは皆、悲しみを押し殺し、晴れやかな表情を作って羽舞の選手に礼をていた。お互いの健闘を讃え合い、優勝の夢を羽舞に託していた。
「な?」
 選手達の清々しい表情を見て、吉木はついに泣き崩れて膝を折った。遠藤、山田、久住、藤田、兵頭、乾、桂木、井上、中村、金子、そしてレギュラーにも関わらず、マネージャーの吉木と仲良く接してくれた同じクラスの村井。交代で下がった岡田と世良、故障で退場した南、みんな本当によく戦った。目立ったミスもなく、自分達の持ち味を活かせていた。最高のプレーだった。何で負けたのか、何がいけなくて負けたのか全く分からないほどだった。
「ほら、お前も行ってこいよ。たとえ悪魔との契約で不幸になっても、その経験は自分次第で幸福の糧にすることができる。多分な」
 ウォードに後押しされて、吉木は立ち上がった。
「あ〜あ。これで三つ。契約完了だな。じゃあな、割と良かったぜ」
 その刹那、吉木は視野の片隅に、悪魔の頬に一筋光る物が流れ落ちるのを見た。
 慌てて振り向くと、そこにはもうウォードの姿はなかった。
(なんだよ、三つ目って。俺は何も願ってないぞ。おい、ウォード! どこ行ったんだよ! ……俺はあの試合中、何を祈ってた? 何を願ってたんだ? 答えろよウォード!)
 いつものように心の中でウォードを呼んだが、言葉は帰ってこなかった。

 かくして、一度プライドを砕かれた王者・満宮栖実業は、第91回の全国大会で再びその王座をかけて這い上がってきたが、またしても羽舞の前に散り、二回戦で姿を消した。
 果たして、この戦いで傷だらけの王者はその誇りを取り戻すことができたのだろうか。
 満実はまたしばらく忍従の時を過ごすことになる。復活の号令を世間に轟かせるのは、これより四年後、2017年の大会まで待たねばならない。
 この大会で、満実は準決勝、すなわち全国ベスト4まで駒を進め、満実が未だ健在であることを世間に見せつけることになるのだが、それはまた後の話。吉木達が卒業して何年も後の話である。

(終)
メンテ
不器用な勇者 ( No.337 )
   
日時: 2013/07/15 20:13
名前: かなちゃん王女 ID:ILO7csBk


 僕の名前はリヨ。
 職業は僧侶だ。
 僧侶とは神への祈りの力で傷を治したり、呪いを払ったりする者のことで、魔力を生命力と変える特殊能力を持った人しかなれない。

「いわば、歩く薬草だな」

 独り言を呟きながら、はっとし、僕は目の前を見た。
 そこには屈強な筋肉……もとい剣士のシン様が歩いていた。
 シン様は僕のご主人様だ。

「何か言ったか、リヨ?」

 シン様は鋭い眼光を僕に向ける。
 身がすくむとはこのことで、僕はもごもごと目をそらしながら、何も言っていないと答えた。
 ご主人様と言ったが、別に僕は心からシン様を慕いつき従っているわけではない。
 僧侶とはその力故人買いにさらわれることがある。
 さらわれた僕を買ったのがこのシン様だったというだけである。

「リヨ、構えろ」

 ピリリとした雰囲気に一瞬で包まれた。
 シン様が構えろと言ったとき。
 それはバトルの合図だからだ。

「ピキー!」

 目の前に躍り出てきたのは、巨大な鳥だった。
 翼を広げたそれは、見た感じ三メートルほどある。
 シン様は世界中に居る巨大化した生き物や魔物と闘っている。
 魔王を探しながら。

「……雑魚が」

 シン様はそう言うと背中の大剣を引き抜くと鳥に向かって攻撃を開始した。
 鳥はただ攻撃を待つわけもなく、翼をはばたかせ突風を起こす。
 人が吹き飛ぶというほどではないが、砂利や石が飛び、それらはシン様の皮膚を切り裂いていく。
 けれど、シン様は気にする風もなく振り上げた大剣を振りおろし鳥を両断した。

「ふぅ……」

 シン様は一息つくと大剣をしまった。
 僕は慌てて駆け寄り、シン様を抱きしめる。

「リヨ、ご苦労」

 しばらくしてシン様は僕を払いのけた。
 僕はそのまましりもちをつき座り込む。
 見上げるとシン様の傷はすべてなくなっていた。

「鳥なら食えるかな」

 シン様はそういうと、それきり黙って鳥を解体し始めた。



「意外とうまいな」

 シン様は料ることが得意ではないらしい。
 調味料というものを使うところを見たことがない。
 ただ、焼くだけだ。

「はい……」

 僕は小さな声で返事をし、小さく切り分けられた鳥の塊にかじりついた。
 味付けなしでも食べられないこともないが、十分な血抜きがなされておらず、若干臭い。
 しかし、贅沢は言ってられないだろう。
 僕は腹を満たせればそれだけでも幸運だとむさぼり食った。

 その日の夜は久しぶりに夢を見た。
 まだ、僕が自由に暮らせていたころの夢だった。



「起きろ、リヨ」

 次の日、僕はシン様の背中で目が覚めた。
 どうやらずいぶんと寝過ごしてしまったらしい。
 日はずいぶんと高くまで登っていたようだ。

「も、申し訳ございません! シン様!」
「構わない。黙れ」

 シン様は僕を投げ捨てるように下ろすと、構えろと言った。
 肌に嫌な空気がまとわりつくような気持ち悪さが覆っていた。
 僕はシン様の邪魔にならないように離れる。
 目の前には悪魔がいた。

「ここはわれら魔族の領地となった。ここより先に入るもの。入ろうとする者の命はすべて保証できない。また、この場に居合わせたものの命の保証もない」

 悪魔はそういうと、蝙蝠のような羽を広げ、爪をむき出し、僕に向かって牙をむいた。
 僕は身動きが出来ない。

「相手は俺だろ」

 シン様がそう言ったのか分からない。
 ただ、そう言った気がした。
 ただ、目の前でシン様が、シン様のお腹が、シン様のお腹に穴が開いていて、シン様のお腹の穴から悪魔が見えた。

「シン様っ!」

 僕はうっすら涙を流してシン様に抱き着いた。
 精いっぱいの力で治癒を施した。
 シン様は邪魔だと、僕を突き飛ばし、邪魔だと言って悪魔をその剣で引き裂いた。
 シン様は倒れた。
 シン様のお腹には穴が、穴が、穴が開いていて、血がたくさんああああああああああああああ!

「リヨ、顔を見せてくれ」

 僕はシン様の顔を覗き込んだ。
 シン様は初めて見せる笑顔で抱きしめてくれと言った。
 口づけされた。


 ねぇ、もし神様がいるのならお願い。
 僕からシン様を取らないでよ、神様っ!


 シン様の命は治らなかった。



 祈りなんか意味ないよ。
 力がないと……。




 僕はシン様にキスをして、一人で歩き出した。
メンテ
無垢 ( No.338 )
   
日時: 2013/07/15 23:37
名前: 8823 ID:Kwik.Lc.


 宿舎の窓にぶら下がり、一階の庇の上に降りるとすぐ近くの太い枝に飛び移る。そこから反対側の枝に移動して馬小屋の屋根に飛び降りる。考えていた通りうまくいった。
 眼下には、乾いた土と家畜の臭いをはらんだ柔らかい闇夜が広がっていた。
 誰もいない。ただ風が吹けば、砂っぽい空気とともに大通りの喧騒が届いてくる。陽気な楽器の音が流れてくる。平たい屋根が並ぶ向こうの、こうこうとした灯りと人の動きが、馬小屋の上からでもぼんやりと見える。どうして自分たちだけが参加できないのか。そんな理屈はなかった。
 歩けば歩くほどざわめきは大きくなっていった。日干しレンガの高く積まれた狭い裏道を何度も引っかかりながら進み、ついに本通りへ出ると、そのあまりの眩さと熱気に目がくらむ。
 暗がりに明滅するちりちりとした光彩の中を沢山の人が歩いていた。
 馬や羊の声もする。幅の大きな道の両側で、様々な食べ物や刺繍ゆたかな布や飾りを広げたお店がどこまでも並んでいる。
 市場を歩いたことは何度もあった。中継地に停泊したときだ。だけどこんな大勢の人の流れを見るのは初めてだった。
 あまりの人ごみに、
(他にも誰か連れてきたらよかった)
 と思ったが、そもそもみんなに隠れてここへ来たのだった。

 絶対に行ってはいけない、と言われた。
「本当はこんな日にここに泊まりたくはなかったんだ」とお父さんは言った。
 何で? と聞いても、誰もはっきりと返してくれなかった。ただ「自分たちはこの町の人たちとは違う」ということらしい。
「何で? 同じ宗教でしょ?」と言っても、お父さんは首を振るばかりだった。「色々あるんだよ」

 足は、裏通りをちょっとはみ出したところで動かなくなっていた。強烈な色彩とただよう粉じんに気が遠くなったがそれ以上に、不安と心細さのために踏み出せなくなっていた。
 通りの向かい側を見ると、土釜の上に巨大な鍋が置かれ、客の目の前で焼き飯が作られ始めた。たちまち肉と野菜と米の焦げる香りが辺りにただよい出す。
 激しい火にあぶられてじりじりと照り上がる黒い鉄鍋を見つめながら意を決し、ようやく一歩を踏み出しかけた時、
「何してんだお前?」
 少年だった。
 串焼きを頬張りながら、こちらをじっと見ていた。
「見ない顔だな、遊牧民か?」
 首を振る。
「じゃあ、商隊の人?」
 うなずく。
「砂漠の手前の町だから、ここ」
「式典には行かないのか?」
 それには、首を振ることもうなずくこともできなかった。ただ黙りこくった。
 少年はしばらくこっちを見ていた。何かと思うと、わたしの首飾りが気になるようだった。
「これがどうかした?」自分でもなぜつけているのか分からない物だった。ただ親からつけていろと言われてもらったのだった。
「いや」
 少年は通りのほうを向いた。「――それより、何でこんな所でじっとしてるんだ」
 人ごみにひるんでいた、と言いたくなかったので理由を探す。
「……お金ないし」しかしこれも本当のことだった。
 そんなことか、と少年は大げさに驚く。
「ちょっと待ってな」
 そう言って近くの屋台へ走り寄ると、厚底の鍋をかきまぜている男に話しかけた。すると男は彼にスープの盛られた皿を手渡した。少年はもう一つねだったようで、両手に皿を持って帰って来た。
「どうして? お金払ってないのに」
 少年はどうしてか得意げに笑った。「内緒」
 どよめきが起きて、人の群れが通りの両端に寄った。そうしてできた広い道を馬の列がゆっくりと通る。きらびやかな装飾の施された祭壇が引かれていく。後方になると人を乗せた馬も現れる。大きな冠をかぶり分厚い布と飾りに覆われている。人々の注目を浴びながら、祭りの中心へ向かっていく。
「食べないのか?」
 ふっと我に戻った。そして手元の、よく分からない練り物や切り身が色々煮込まれた茶色いスープを、おそるおそるすすった。どろどろした触感と塩辛い味がした。
「ここ初めてか?」そんな様子を見てか少年は言った。小さくうなずくと、「じゃあ案内してやるよ」と言って手をつかむ。
「えっ」
「はぐれるなよ。人が多いから」そう言って群れの中に飛び込んだ。強引に手を引っ張られ、慌ててついて行く。
 少年の人ごみの中を進む技術はすばらしく、魚のようにすりぬけながら、目当ての屋台のちょうど前で群れから飛び出す。
 色んなものを食べた。変わったソースで焼いたパンと沢山の油を使って揚げたお菓子は初めて食べるものだった。
「あのさ」
「うん?」主人の笛に合わせて駆けたり回ったりする小動物を見つめていた横顔が振り向く。
 背後で子供たちの騒ぐ声が聞こえた。
 どうしても気になることがあったので、意を決して尋ねた。
「友達といなくていいの? わたし一人といるより楽しいでしょ?」
 すると少年は複雑そうな顔をした。「ああ友達なあ」とぼんやり言ったきり黙りこくってしまった。
 そのとき、祭りの中心である広場から巨大な音がした。太鼓の音だった。再び音楽が鳴り出した。歓声がわっと高まる。
 それを聞いて、しきりに広場に目をやっていた少年はとうとう飾り屋の前で、「すぐ戻る」と言って駆け出してしまった。
 取り残されたわたしは、並べられた飾りの前にしゃがんでそれらを眺めた。
 色んな種類と形があった。金属のほか木彫りや竹や土でできたもの。丸いものや四角いもの。花の模様をしたものや鳥が獣が彫られたもの。
 自分の首飾りと見比べてみる。
(神様……かな)
 ひし形の木板に人物の顔のようなものが彫られている。改めて、じっくりと模様を見るのは初めてだった。
 足元を黒い影が覆った。少年が戻ったのかと思い顔を上げると、お店の主人らしき男がこっちを見ていた。
 こわい顔だった。
「何だお前、その首飾り」
「え?」
 わたしに言ってるの、と思った。
 男は顔を引きつらせた。そしてわたしに向かって大声で怒鳴った。マラム派が何でここにいる、と言ったみたいだったが彼の言っている意味が分からなかった。
 人の流れがぴたりと止まるのが分かった。わたしはただにらまれた獲物のように身体を強張らせた。
 やがて色んな声が聞こえてきた。
「異教の人間がいるって?」「しかもマラム派だと?」「教義を無視して偶像を拝む奴らか」「今日がどんな日か分かってるのかよ」――
 刺すような視線を全身に感じた。明らかに危険が迫っていると分かっていても、恐怖に凍りついたように脚は動こうとしなかった。涙がじわりとにじんだ。
「何やってんだ」少年の声が鋭くさえ渡った。腕にぎゅっと熱を感じる。日に焼けた手。「こいつは俺の友達だ。何か文句あるのか」
 不思議と少年は一人でその場の空気と張り合っているようだった。店主はたじろいだ様子だったが、「しかし」とつぶやいた。
 それからどう走って、その場から離れたか分からない。気付くと、少年と出会った最初の場所に戻っていた。
 みんな広場に向かったみたいで人はもう少なく、道は薄暗く残り火の灯りがちかちかと点滅している。巨大な鉄釜は役目を終えたように油を光らせて、遠くから太鼓の音だけが鳴り響いている。
 そしてわたしは、嗚咽を上げて泣いていた。一度引っ込んだ涙はもう一度溢れ出すと、今度は止まらなかった。
 何を言ったかもよく覚えていない。同じ神様じゃないの? とか、宗教なんて大嫌い、というようなことを言った気がする。少年は黙ってそれを聞いていた。
 それからわたしは、ことの発端たる首飾りを首から外し、その場に捨てようとして、
「それはだめだ」と少年に止められた。
 どうして少年がそれだけは止めようとしたのかよく分からない。ただその時のわたしは、ひたすら首飾りが憎かった。土地を転々とすること、ひび割れた地面、馬の振動、テントの中の寒い夜、友達もいない――辛いことのすべてがその首飾りのせいだった。
 腕をつかむ少年とそれを振り払おうとするわたしはしばらく喧嘩をするようにもつれ合った。
「分かった。分かったよ」息も荒く、二人とも疲れきってぐったりしたときだった。
「どうしてもと言うんなら、それは俺がもらう」少年は言った。
「え?」
「その代わり、これをもらってくれ」
 俺のだと言って、右腕につけていた腕輪を外してわたしに渡した。
 びっくりするほど細かい模様が彫られていて、それにきらきらと輝く腕輪だった。
「交換だ。ならいいだろ」
 わたしは仕方なくうなずいた。しかし、少年がどうしてこんな高そうなものをくれるのか分からなかった。
 太鼓の音は激しさを増し、乾いた夜の空気を急き立てるように震わせている。
「祭りは二日あるんだ」少年は思い出したように言った。
「知ってる」
「……明日も来る?」
「夜明け前くらいに出る」
「そうか」
「……」
「ここからは帰れる?」
「うん」
 わたしはそのとき初めて、少年が白い絹の衣服に着替えているのに気付いた。
 香水のにおいを漂わせ、うっすらと化粧もしていた。
「行かなくていいの?」とわたしは言った。
 少年は一度だけうなずくと、さっと広場のほうへ振り返り、そのまま走り出した。
 白い後ろ姿は、一度も振り向くことなく暗闇の向こうに消えていった。腕に巻かれてぶらぶらと揺れている首飾りはいつまでも目に残った。もらった腕輪は同じ右腕にはめたが、太さが足りずちょうどはまったのは肘の近くだった。
 もと来た道を歩く。行きよりも暗がりは深く、慎重に進んでいても何度もけつまずいた。
 馬小屋の上から木に飛び移り、二階まで戻る。中は静かだった。みんなには気付かれてないようだった。布団に入るとすぐに眠たくなった。

 *

 青い朝焼けがまばらに生えた草に影を落としている。
 ひび割れた大地。荒涼な風。吐く息は砂気を交えて白く流れていく。
 穏やかな上下の振動を感じながら、粉っぽいにおいをすい込む。家に帰ってきたみたいで安心すると同時に、寂しさとむなしさを感じる。
「どうした寝不足か? しゃきっとしろ」後ろから叱咤の声が飛んでくる。
 逃げるように脱出してきた早朝の町は昨夜の熱気を冷ましつつ、まだ今日のための、音にならない期待と噴気をたたえていた。きっと昨日以上に盛大なお祭りが行われるのだろう。
「リンネ」
 後ろを歩くお父さんが呼ぶ。
「なに?」
「次に泊まる町でもな、ちょうど大きなお祭りがあるらしい」
「……それで?」自分でも驚くくらい気だるい声だった。実際、喋るのもおっくうだった。
 おもむろに、低く間延びした音が、ぶるぶると大気を振るわせた。
 そのお祭りには参加できるみたいだぞ――というお父さんの声は、その巨大で柔らかな音に塗りつぶされた。馬が目覚めるような声でいなないた。
 振り返る。
 いまや手のひら大の大きさになって、地平線と近いところで転がっている、あの町からだった。
 初めは、牛が鳴いているのかと思った。それから笛の音だと気付いた。
 少年が吹き鳴らしているのだと、誰に言われるでもなく分かった。
「朝からにぎやかなことだな」呆れるように誰かがつぶやく。
 右腕の肘の辺りをつかむ。上着の下のごつごつした確かな感触。
 前方を見た。
 ひび割れた大地が果てしなく広がっていた。
 音は途切れることなく、波立ちながら、荒野の隅から隅まで行き渡らんと低くうなり続けた。
メンテ
星に願いを ( No.339 )
   
日時: 2013/07/16 00:21
名前: 空人 ID:MnaWayK2

 夜の校舎は昼間の喧騒を移す鏡。
 月は静かに闇夜を照らし、校庭の静寂を見守っている。
 これから私が行うのは、一種の召喚術だ。本来ならば複数人で輪を作り、呼びかけを行う必要が有るらしいが、友人たちはこの儀式を眉唾物だと訝しみ、あるいは愚行だと罵った。
 心に曇りなく純粋に願わなければこの儀式は成功しないと検索結果には書いてある。彼女たちを交えてしまえば成功率は下がってしまうのではないだろうか。
 ならばと私は代案を考えた。空から見えるこの校庭に人が輪になっている図形を描いてしまえば良いのではないだろうか、と。人の頭とそれをつなぐ腕とを円になるように白線で描けば、それはさながら召喚のための魔方陣のように見えて、私はその出来映えを自賛した。
 さあ、準備は整った。私は円の中央へと歩み入り、誰にもつなげられない自分の手を胸の前で組合す。召喚の呪文はできる限り大声で、と書いてあった。心を沈めるために大きく息を吐き出し、夜に冷やされた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「ベントラー、ベントラー!」

 静寂を切り裂いた私の声は、校舎に跳ね返り、夜空に溶ける。

「ベントラー、ベントラー!」

 仰いだ空に月は微笑む。声の限りに夜空に煌めく星へと捧ぐ。祈りを。

「ベントラー、ベントラー!」

 けれども届くはずも無く、呼吸は乾き、喉に突き刺さる。負けじと張り上げる声にしかし最初ほどの勢いは無く、込められるのは想いばかり。儀式の失敗が頭をよぎり、そして結果は与えられた。

「コラーッ! そこで何をしてるんだっ!」

 成果は妥当なものだったと言わざるを得まい。
 職員用の昇降口から召喚されたのは、この日宿直だった我らが担任さまからのありがたき説教だったのだから。





 ところで件の召喚術において、呼び出す対象が何だったのか。賢明な者ならば呪文のみからでも推察できたであろう。
 ――――未確認飛行物体。即ち俗に言うUFOである。
 『ベントラー』はそれを呼びつける言葉として広く広まっているらしい。一昔前ほどに一部の人々の間で流行したというこの言葉は、UFOそのものを指し示す言葉であるらしく、自分の素性や住所などを一緒に唱えるとか、UFOの所有者を示す『スペースピープル』と付け足して唱えるとかいろいろつたえられているらしい。しかし『ベントラー』が彼らの言葉であるのなら、日本語や英語らしき言葉を混ぜてはたして通じるものなのだろうかと私は考えたのだ。故に私に出来た選択はただひたすら闇雲に『ベントラー』を叫ぶことのみであったのだ。

「おっはよう、ミドリ。どうしたの、暗い顔してさ」
「おはよう。……別に、なんでもないよ」

 隣の席に腰を下ろしながら気さくに話しかけてきた奇特な人物は、数少ない私の友人である。しかし彼女は昨日の儀式において、私の誘いをあっさりと気持ちの良いくらいにキッパリと断ってくれた者の一人である。
 故に私の機嫌が仮にも悪いなどということが有ったのだとしたら、それは彼女に原因の一端が有ると言っても過言ではないのではないだろうか。もちろん言及したりはしないが。
 かわりに視線をずらし溜息などを吐いて見せるが、私のそんな好ましいとは呼べない態度は彼女に言わせればいつもの事らしく、少しは気にして欲しいという私の思考さえも無視して気楽なままに話しかけてくるのである。おかげでこちらの気も多少なりとも楽にはなるのだが。

「そんな事より、アレ。あんたの仕業でしょう?」
「?」

 彼女が指し示したのは校庭であり、そこには確かに咲くや行った儀式の痕跡がそのままになっているのである。具体的に言うと、白線で描いたいびつな輪っかとか。
 儀式の最中は上手く描けていると思い込んでいたが、こうして上から見ると少々赤面してしまうくらいに曲がりくねっているのが解る。人の頭の象形である小さな輪さえ潰れていて、それらをつなぐ大きな円に至っては、最早円であったのかどうかさえ疑問に思えるほどであった。

「くっ……もう少し綺麗に描けていると思ったのに」
「いや、そうじゃないでしょ。てか、やっぱりあんたなんだ。じゃあ例の儀式とやらも本気だったりするわけ?」
「……昨日そう言った、はず」

 自分的にはこれでもかというくらい本気の目線で訴えながらの懇願だったのだが、いつも陽気な友人様には伝わっていなかったようである。

「じゃあ、何か見えたの? たしか宇宙人を呼ぶんだっけ」
「UFOを、ね。残念ながら何も。途中で田口に邪魔されたし」

 思いのほか食いついてきた。説明したはずの事を間違っていたりするが、興味が無いものとばかり思っていた友人が話題に上げてくれるようになったのなら、一人ぼっちだった儀式は全てが失敗だったわけではないのだろう。

「大変だなあ田口先生も。じゃあ、アレが残っているのは先生が消し忘れたんじゃなく、あんたに消させるためかもね。全校生徒の前で、さ」
「う、なんて陰湿な……」

 どうやら担任は、深夜の学校侵入や白線引きやグラウンドなどの無許可での使用を許してくれる気は無いようだ。罰として自らの手で処理を終わらせる事は罪に比べて軽いのかもしれないが、観衆の目線を浴びる事を考えれば、犯人さらしという一面も現れてくる。それは即ち同じ事件を繰り返す事への抑止力としても一役かっているということだ。しかも自らの手を一切汚さずに。
 眉間にしわを寄せうなだれている私を、友人は励ますように撫でていてくれたが、そんな癒しの時間さえ予鈴にかき消されてしまう。
 もうすぐ担任がやって来て、私に引導を渡すと共に毎日のように繰り返す日常へと導いてくれるのだろう。

 しかしこの時の私はまだ知らなかったのである。
 望んだはずの非日常は、既に日常を侵食し始めていたということを。




 教室のドアを開けて入ってきた彼は、教室全体をかたきか何かのような目線で見回し、教卓の前へと進んだ。彼は生徒の名前を順に呼んだりはしない。名簿にある名前の人物をその目でとらえ、出席を確認するのだ。それは顔と名前が一致していないと出来ない所業であり、我らに対する愛の現われでもあるのだろう。しかしその値踏みするようなねっとりとする視線は、けして評判の良いものではなく、生徒からは嫌悪の感情が返されていることを彼は知っているのだろうか。
 と、そんなことを考えてるうちにその視線が私をとらえた。そして、まるで挑発でもしてるが如く言葉を飛ばしてくるのだ。

「く@ジュ☆○れ×△ks区」

 私は震え上がった。それは言葉なんて優しいものではなかった。電波に載せた快音そのものであった。彼の触手の一本が聞いているのかとばかりに私の方へ向けられる。そしてくねくねとしなやかな軟体を揺さぶるのだ。
 そう、彼は人間の姿をしてはいなかった。歪な肉塊から幾つもの触手を伸ばし、丸く見開かれた大きな目はたった一つ、顔らしき部位の中心に居座っている。なのに見慣れたメガネや趣味の悪いネクタイは間違いなく我らが担任のそれなのだ。
 私が目をそらし、うつむいているのを一応の反省だと捉えたのか、担任らしき生物は名簿に視線を戻した。メガネを押し上げる所作には間違いなく彼の面影を見ることが出来る。
 あまりの衝撃で固まった私は、それ以上何も考える事が出来ず、悪夢のようなホームルームは彼の退場をもって終了を迎えるのだった。

「……何? あれ」
「ん? ああ、田口先生ね。確かにあそこまで言うこと無いのにねえ」

 私のつぶやきはごく小さなものだったのだろう。聞こえたのは隣の席の友人だけだったらしい。その友人が発した一言は、私を再び衝撃の渦の中へと落とし入れたのだ。
 彼女には彼の言葉が普通に理解できていて、その姿は異様な物として映ってはいないのだ。
 教室を見回してみても、私のように動揺しているクラスメイトを見つけることが出来ない。いつもと同じ教室の雰囲気だ。
 その後も授業は滞りなく進み、帰りのホームルームを迎えた。彼はやって来て一言二言電磁波を飛ばし、去っていった。私のほうをひと睨みしたのは、気のせいだったと思いたかった。





「おはr■_」

 次の日は文字化けから始まった。隣の席の友人が異形と化しているのだ。一応人型は保っているらしく、日本語らしきものを発音できている。

「……おはよう」

 若干のけぞりながらも挨拶を返す私に、友人は不思議そうに首をかしげて席に着いた。それから毎日、少しずつではあるが彼らの仲間は増えていった。変化は教室内に留まらず、また学校の中に留まる訳でもないようだ。町中には多種多様な異形がうろつき、異質な建造物が増えていく。
 自分の方がおかしくなっている可能性は否定できず、保健室へ相談にも行ったのだが、その翌日から保健の先生も異形になっていて、自身の健康状態さえも把握できない現状だ。
 いつか私も彼らの仲間になるのかもしれない。いっそ、そうなってしまえば気は楽になるだろうが、それを待つにしても出来うる事は試してみようと思うのだ。
 そう、私にはまだ出来る事がある。





 夜の校舎は変わらずにひんやりとした空気をまとっている。
 月には雲が寄り添っているが、闇が辺りを支配するには至っていない。
 グラウンドにはあの日の名残がまだうっすらと残っている。生徒に踏み潰されずにすんでいるのは、そこがグラウンドの端であることに加え、不審な図形に足を踏み入れることを本能的に忌避しているのだろうと推測できる。
 どうせ陣はいびつなのだ。描き直す必要も無いだろう。私は図形の中央付近に歩み入り、今回もまた、誰にもつなげられないままの自分の手を胸の前で組合せる。静かな夜を吸い込んで、星の空へと解き放つ。祈りを。

「ベントラー、ベントラー!」

 懇願にも近しい叫び声は、早くも喉に痛みを与える。

「ベントラー、ベントラー!」

 月は嘲笑うかのように、私の声を吸い込んで。

「ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー!」

 最早声はかすれ、力なく、涙は溢れ、嗚咽が漏れだす。その先に光明を見い出さんがため、それでも唱える声は続く。そして――――。
 精も魂も尽き果てた頃、涙でにじんだ視線を横切る一筋の光。

「べ、ベントラー! ベントラー!」

 声を発するたびに光は増えていく。小さくは有るが、蛍のように明滅したりはしない。色が変わるものもいる。

「ベントラーッ、ベントラー!」

 それは間違いなく、未確認の飛行する物体であり、私が欲した非日常そのものだ。ならば私は彼らに願わなければならない。今、私の周りに存在する超常的な事象の終結を。

「お願いっ、私を元の日常にもどしてっ!」

 無数の小さな星たちが集まっていく。それは大きくなる程に光度を増し、やがて目視できない程に溢れ出す。
 
「ベントラ――――ッ!」

 目をつぶったまま、私は最後の力を振り絞った。





「コラーッ! ここで何をしてるんだっ!」

 光の中から召喚されたのは、いつもの姿の我らが担任さまだった。聞きなれた声、見なれた容姿。安堵に胸は振るえ、涙が溢れる。

「せんせえぇっ」
「うおっ、なんだ、どうしたんだ!?」

 思わず抱きついてしまった私の頭を撫でながら、田口先生はメガネを押し上げる。困ったように笑いながら、優しい声をかけてくれた。

「事情はよく解らんが、片付けて帰ろう。送っていくから」
「はい」

 差し出された触手を自分の触手で絡めとると、私たちは帰路についた。
 私たちが在るべき日常へと。


メンテ
Re: 【八月期冒頭祭お題「海」「見る」「犠牲」】お題小説スレッド【七月期「祈り」お題投稿期間】 ( No.340 )
   
日時: 2013/07/16 00:26
名前: 風雨 ID:q7KAeDAI



 舌の上の氷をがりがり噛み砕いた。組んだ指に顎をのせて、殊勝な表情でうつむく彼を見つめる。
「ねえ、どうして?」
「……魔が差したというか、その、ごめん」
「はあ」
 わざとらしくため息をつく。ストローでオレンジジュースをかきまぜた。そして直接グラスに口をつけて氷を口に含む。
「もう、いいよ。ちょっと冷静に話できそうにないから、今日は帰る」
「……ごめん」
 わざわざ別にきってもらった領収書を二つとも手にとった彼から、強引に一枚奪い取る。
「おごったりとか、そういうのいまはいいから。ほんとに」
「……ごめん」
 うなだれる彼をおいてレジへと向かう。絡みつくようなウェイトレスの視線が不快だった。
 年下で、貯金がなくて、おまけにときどき浮気する。
 わたしはどうして彼と付き合っているのだろう。



   シスターの祈り方


「美雪ちゃん、今日あいてる?」
「……ええ、あいてますよ」
「よかった、じゃあ飲みに行こうよ」
「はい、ぜひ」
 社会人なってなにより驚いたことは、大人たちは学生よりもずっとずっと恋愛に飢えているということだ。これまで男性から声をかけられたことなどほとんどなかったわたしだが、会社に入ってからは上司にかなりの頻度で声をかけられた。当初は仕事とはこのようなものだと思っていたのだが、しばらくしてそれが非常に個人的なものだと気付いた。周りを見てみると、友人たちも同じように男性たちに声をかけられていた。
「スーツでも入れるお店だから、そのまま行こうか」
「はい」
 上司は見せ付けるように外国メーカーのストラップを着けた車のキーを指でもてあそんだ。

 「スーツでも入れるお店」とやらは、たしかにスーツでも入れたが、わたしが普段スーツ姿で入っている店とは客層も出す料理も違っていた。ウェイトレスがナプキンのような布のようなものでワインを持ってグラスに注ぐ。当然ながら、氷は入っていない。ストローもついてない。
 蟹の殻から身を取り出して、上司はゆっくりと口に運んだ。わたしは手が汚れるのがいやなので、その料理には手を付けないことにした。

「美雪ちゃん、彼氏いるんだっけ」
「うーん」
「どうしたの? もしかして、ケンカとかあったの?」
 グラスを傾けた。無言は肯定。「おれでよかったら話を聞くよ」。響きのいいことばだ。もし彼のことがすきだったら、仕事のときは「私」なのに、「俺」に変わった一人称にキュンとしたりするのかもなあ。ワインがグラスに膜を張ったのを眺めた。
「彼、浮気っぽいというか、頼まれたら断れない性格なんです」
「そうなんだ」
「だから、今度もまた断りきれずに女の子とご飯行ったりして」
 グラスを傾けた。独り言をいっているような感覚がした。
「それで、わたしそれに気付くんですよ。特に鋭いってわけでもないんですけど」
「それは、男からしたら怖いね」
 上司が冗談めかしていった。わたしはそういうのを求めていなかったので、曖昧に笑った。
「でもわたしだって、木下さんとこうしてご飯食べにきたりしてるんですけどね」
 秘密に上司は口の端をゆがめた。彼がなにか言おうとして、着信音がそれをさえぎった。

「あ、ごめんなさい」
 ディスプレイには彼の名前がでていた。
「いいよいいよ」
 と彼は笑った。すみません。と電話に出る。
「もしもし」
「もしもし、美雪?」
「そうだよ。誰だとおもってかけたの」
「いま、どこ?」
「どこだとおもう?」
「わかんない。どこ?」
 上司がこちらを見てニヤニヤと笑っていた。わたしは弁解するよう、そして彼に聞かせるようにいう。
「あ、木下さん。すぐ終わるんで」
「待って。誰といるの?」
 彼の反応が、面白かった。
「誰といるとおもう?」
「いいかげんにしろよ!」
 大声にビクリと萎縮してしまう。
「だいじょうぶ?」
 電話口に聞こえない程度に、上司が優しく声をかけた。
「……ごめんね、いま仕事だよ」
「いつくらいに終わる?」
 わたしが素直な返事を返すと、怒声がウソのように彼は穏やかになった。
「……また連絡する」
「うん」
 ほかの客はわたしに興味がないふりをしてくれているのだろうか。上司以外、だれひとりこちらを見ていない。
「木下さん、すいませんわたし行かなきゃ」
「だいじょうぶなの?」
「ええ、だいじょうぶです。お代置いておきますね」
「いや、いいよ。誘ったのはおれだし」
「そんな、悪いですよ」
 押し問答を繰り返し、結局財布の口をあけないまま店を後にした。


 店を出てすぐ、彼に電話をかけた。ワンコールで彼はでた。
「もしもし」
「もしもし、美雪?」
「そうだよ。知らないででたの」
「いま、どこ?」
「車で迎えにきてよ。ネオン街の、奥のほうの店なんだけど」
 ネオン街という響きに、彼が電話の向こうで眉を顰めたのがわかった。それでも店名をつげると、彼はわかったといって電話をきった。
 人工の光を浴びていると、まるで癌になってしまったような気がした。同伴なのかアフターなのか、キャバクラ嬢のような女性とハゲかけた中年リーマンがべったりと絡み合いながら歩いていた。
 複雑に入り組んだ光と影は、さっき食べた蟹を想起させた。
 どうも顔を隠したくなって、鼻筋に指を這わせた。
 影から現れたように、黒の軽自動車がわたしの前に止まった。
「お待たせ」
 特に怒ってる様子はなかったので、わたしはいつもどおりにいくことにする。
「遅い」
「ごめん」
 彼はジャケットを脱いで、Yシャツ姿だった。どう見ても成人式から迷ってきたようにしか見えない。どことなく社会を知らなさそうなにおいがしていた。
 助手席はなんだか汚れているような気がしたので、彼のエスコートを無視してわたしは後部座席に乗り込んだ。
「どこがいい?」
「ファミレス」
「わかった」
 携帯を取り出して、上司へ詫びのメールを送る。
 彼の車は彼のにおいがした。麝香の香り。それでもわたしは、助手席にだれかわたし以外の女を乗せたような気がしてならなかった。
「ねえ」
「なに?」
 彼は視線を前からはずさないまま答えた。
「浮気した?」
「してないよ」
「ふうん」
「してないって」
 わたしは信じない。彼はわたしよりも年下で無垢なかおりがしても、社会人で、つまり上司のようにいろんな女の子に声をかけているかもしれないし、逆に女の人に声をかけられている可能性だってあるのだ。

「ついたよ」
「ありがと」
 車を降りる。アスファルト独特の、むっとした熱が不快だった。
 ウェイトレスにピースサインして、禁煙席へと案内してもらう。
「ドリンクバーふたつ」
 そういうと、あからさまに店員は顔をしかめた。犬を払うように以上と言葉を置き捨てる。

 足を組んで彼をじっと見つめると、かすかに、彼の後ろで見えない尻尾が震えた気がした。
「浮気、してないの?」
「してないよ」
「ウソ」
 わたしがこれだけいろんな男に声をかけられているのだぞ。彼氏であるおまえが浮気してないとはどういった了見だ。
 そんなのファミレスで接客してるさっきのさえないウェイトレスと同レベルだぞ。おまえそれでもいいのか。
 と、心の中で責め立てる。
「してるでしょ?」
「……してない」
 それが聞こえたのかどうか知らないが、彼は少し弱気になっている。電話口で怒鳴ったのがウソのようだった。
「車に、におい残ってたよ」
「…………」
 鎌をかけると、あっさりと彼はひっかかった。
「ほら」
「……ごめん」
「いいよ」
 わたしは黙って席をたって、ドリンクコーナーでグラスにオレンジジュースと氷を入れた。
「怒らないの?」
「怒ってないから」
 彼は必死でことばを探していた。かわいそうなくらい必死だった。涙さえ、わたしの目には見えた。
「ほら、のみなよ」
 あまりにも不憫になってしまったので、オレンジジュースを彼に差し出した。
「いいの?」
「早くのみなよ」
 彼はストローからオレンジジュースをすすった。よく見ると彼は泣いていなかった。目は真っ赤だった。
「もう浮気、しない?」
「……約束する」
 わたしは笑って見せた。どういうわけか、彼はついに涙をこぼした。
「なんで泣くの?」
「……わかんない。ほっとしたのかも」
「変なの。そんなに不安になるなら、最初から浮気なんてしなきゃいいのに」
「ごめん」
 彼の手から、優しくグラスをとりあげて、氷を口に含んだ。
 どうしてわたしは彼と付き合っているのだろう。
 指を組んで顎を乗せて、そっと目をつぶる。
 それは、祈りに似ていた。
メンテ

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