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[742] 雨、降る日のバスケ
   
日時: 2013/11/14 00:09
名前: 創魔 ID:eNpJlsL6

なぜバスケをやるのかと聞かれた。

なぜバスケが強いのかと聞かれた。

 バスケよりも好きなことがあるから、それを忘れるためにバスケを始めた。

逃げるために始めたバスケから、僕は逃げられなくなった。


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Re: 雨、降る日のバスケ ( No.24 )
   
日時: 2013/11/25 18:48
名前: 創魔 ID:gBtzJEE2


「……。」


 雨は、じっと森の中に耳を澄ましていた。今朝は、雨上がりの冷たい匂いがした。
早朝の3時。まだ森は闇に包まれ、明かりは何一つなく、暗がりに沈んでいる。山にも森にも気配はない。
人の気配がないことを確かめる。あの4ツ角をまっすぐ歩いてきた、鳥居の入口の岩の前。
そこで雨は、最後に人がいない事を確認して、狼になった。服が滑り落ちて、濡れた苔の上に落ちた。
咥えていつもの大岩の影に隠すと、軽く泥の斜面をはじいて山の中に駆け上がって行った。

『……。』

これが、雨の本当の至福の時間。本能に何もかも飲まれる麻薬のような時間。
狼になれば、人間だった時間のことなど忘れてしまう。静寂に耳を澄ませて、4つ脚で全力疾走する時間。
風がふだんの10倍のスピードで過ぎ去っていき、5mはある大岩も軽々と飛び越えられる。
体中のバネを使い、飛び上がる瞬間の自由。岩の上に着地した途端、弾けるようにさらに山を駆け上がった。
草や茂みの冷たい雫を弾き飛ばし、毛皮は森の匂いに染まっていく。灰斑色の狼は、野性に帰る。



 白い光が走り、雨は金の目を走らせた。兎が一頭、木の根の間に紛れていた。
そろり、と足音をそばだてる。狼の気配に気づいた兎が飛び出した瞬間、雨は行く手を大きな前足でふさいだ。
右へ、左へ、と縮こまった動きで逃げ惑う兎。それを、鋭い動体視力で反射的に右へ、左へ、と追い込む。
素早く飛び出した兎の行く先を追いかけ、山の中をどこまでも走り抜けた。強靭な後ろ足に蹴られた大地は、大きな力を雨に返してくる。
雨は兎をすぐには捕まえず、しばらくそうして敵を翻弄する兎を追い込んでいた。食い殺そうと思えば、何度でも牙は届く距離で。

同じ行為を繰り返しながら、山鳩、子イノシシ、ネズミ、と捕らえていく。
雨にとって、この山の全てが基礎練習だった。雨にしかできない、体力を養う方法。
しかしそれは、野性の中で育くまれるこの上ない興奮の中で行われる、自然で、至福の時間だった。
狼の反射神経や洞察力は、人間の数倍。脚力や体力は、山の中で雨を何十倍にも成長させた。


かさり、と音がして耳をそばだてる。蹄の泥臭い匂い。葉や木の皮を削り取る荒い音。
近くにシカの気配がした。雨は興奮した息を押さえ、暗闇に目を光らせた。勝手に足が、尾が、静まり返る。
ゆっくりと身を低くして、シカの匂いを確実に嗅ぎつけた。人の時では考えられない行為と、欲求。
耳を後ろに伏せて集中すると、牙が勝手にむき出される。突然の狼の吼え声と共に、雨は襲い掛かった。


 気が付けば、シカの悲鳴が一つ上がっていた。襲い掛かった先で、勢いをつけてがぶり、と急所に牙を立てる。
シカの全力疾走の勢いと共に、山の斜面を転がり落ちた雨は、傾斜に爪を立てて滑り落ち、雨飛沫を上げて止まった。
キバの中から赤い舌をのぞかせて、本能的に荒い息を繰り返す。山の地面に押さえつけた泥まみれのシカは、既に息絶えていた。
それらの獲物を引きずって、雨は山の頂上まで登った。引きずり上げた獲物に、ためらいもなく雨は近づく。
牙や口のまわりがちに染まっていることなど気にもせず、雨はシカに牙を突き立てて食べ始めた。
まだ温かい肉をむさぼり、苦みのある内臓を舐めとった。骨を噛み砕き、空腹の腹を満たしていく。

 この山には、タヌキもいる。キツネもいる。しかし、狼ほど明確な捕食者はいない。
雨は、この山の最強の生き物だった。そしてまた同時に、雨は人間だった。ふと街からクラクションの音がして、彼を我に返した。
気が付けば空は白んでいて、山頂からは雲海のような白い街が広がっていた。
静けさに包まれていた町が、車の音によって徐々に満たされ始める。闇に溶けていた自分の姿も、今や明確だ。
野性の姿で町を見下ろして、雨はその冷たい空気に身を浸して目を閉じ、耳を後ろに倒した。
気持ちが良かった。生きているという、心臓に地が巡る心地良さ。そして獲物をしとめた、欲求の充足。

 しかし同時に、雨は瞳を細めて街を見下ろす。徐々に興奮が収まっていき、雨は人の心を取り戻した。
今は空の明るさから、午前5時半。家に帰って、7:20には朝練が始まるから、学校へ行く。
時間を考えられるようになるのが、人に戻った合図だ。一気に気持ちは沈んでいき、落ち着いた。


「……。」

 雨は、迷っていた。雨は、半分人間。半分狼という生まれ方をして、この世にいた。
聞けば、祖父も同じだったという。そして祖父は、人間として生きる道を選んだ。狼の生き方を捨てて。
その証が、獣を銃で狩るという方法だった。狼なら、爪や牙で狩りをすればいい。それに、銃を使う。
それは狼の最も本質的な部分を捨て、人類の文明に頼るという選択だった。それが、祖父の覚悟だ。
父は狼の血を、なぜか受け継いで生まれては来なかった。母は人間で、父も人間。だから、狼の血は断たれたと思っていた。
けれども、その血は再び、孫の雨に現れたのだ。祖父は、ハイイロオオカミの血を継いでいた。雨もまた、そうだった。

けれども、人として生きるか、狼として生きるかの狭間で迷い、2つ両方の生き方を行ったり来たりしている。
昼間は人として高校生になり、家族と一緒に時間を過ごす。夜は危険なためで歩いてはいけないと言われ、
雨が狼として出歩くのは、誰にも姿を見られることのない早朝の、この3時間だけだった。
しかし、この3時間は雨にとって何にも代えがたい時間だった。自分が、ありのままでいられる時間。

 一度、狼として生きる道を決めようとしたことがある。だが、それはあまりにも過酷な選択だ。
自然で生きることは、この3時間に比べたら違い過ぎる。野性の厳しさ、自然の残酷さ、不条理。
そして狼という生き物が、この土地で暮らすことの難しさ。それが何よりも、雨の意思を阻んでいた。
生きられるのはこの山の中だけ。ちっぽけな、本当に小さな世界だ。一歩外に出れば住宅街、車や街。
絶対に足を踏み入れてはいけない場所がある。その2つの過酷さの中で、人並みの寿命を迎えるのは不可能だ。

それを思うと、雨の母親は、狼として生きることに反対していた。人として、幸せに生きて欲しいと。
雨が迷いに迷い、自分を見失っていたとき。小学4年生の時だった。父親が、誘ってくれたものがあった。

『雨…。バスケットボール、やってみたいか?』
『バスケットボール…?』

 父は、雨をプロのバスケットボールの試合に頻繁に連れ出すようになった。そして、一緒に楽しんだ。
しばらくすると、小学校のミニバスのクラブに入り、いつも練習するようになり、バスケの面白さにハマった。
仲間もでき、それまで狼の野生の生き方にばかり気を取られ、魅了されていた雨の目を逸らさせた。
やればやるほど強くなる。山にはない面白さがある。仲間が喜んでくれる。自分を見止めてくれる。
そんな面白さにのめり込んで、雨はどんどん強くなっていった。同時に、仲間といることが好きになった。
しかし…。

「……。」

 狼としての本能は、日増しに再び雨を山へと誘い出すようになった。人として生き、また山へも通った。
年を重ねるごとに、森への誘惑に勝つことが難しくなり、雨は以前にも増してバスケに打ち込むようになった。
まるで、山からの誘惑に逆らうように。山へ引かれればひかれるほど、憑りつかれたようにバスケに向かった。
野性と、バスケ。無秩序な自由と、規則だらけのルール。まるで対極の生活が、次第に雨の日常になって行った。

(気が付けば…、僕は全中大会で優勝していた…)

なぜバスケをやるのかと聞かれた。

なぜバスケが強いのかと聞かれた。

 バスケよりも好きなことがあるから、それを忘れるためにバスケを始めた。

逃げるために始めたバスケから、僕は逃げられなくなった。





 雨は狼の姿で瞳を細めると、さっと身を翻して山を下りた。獲物を咥え、鳥居の傍に戻った。
一歩、また一歩と下る階段。狼の前足が、ふとした瞬間に人のそれに戻って、静かに階段を下って行った。
家族と祖父へのお土産に(本当は家族はいらないのに、そうしたくて)持ち帰る獲物。家族ももはやそれに慣れてしまった。
服を着て、足に靴を履いて。布袋を抱いて山を見上げた雨は、完全に人になっていた。いつもの大人しい、ひかえめな少年に。

「……。」

ふと、鳥居の向こうに広がる道の向こう側に瞳を細める。彼は…、藍堂くんは今日は来なかった。
彼が山に来たとき、正直かなり動揺した。自分の秘密を、知られるかと思った。
けれど、雨はなぜか仮の嘘で彼に付き合い、自分の本性を曝してしまった。そんなことをする義理はなかったのに。
彼が、それを犬だと思い込み狼だと気が付かなかっただけでも助かった。自分は…、どうしてあんなことを。
藍堂のことを、改めてとんでもない人だ、と思った。自分の動きに、2時間ずっとついて離れなかった。
自分が狼の姿だったとしても、2時間ずっと山の中を駆け抜けるのは不可能だ。なのに彼は…、走り続けた。

雨が野性の獲物に対して取らせるあの俊敏で予測不能な動きを、自ら藍堂に示して見せた。
逃げる側になったのは、初めてだったと思う。藍堂の追い込むような、あの動きはバスケの産物そのものだ。
彼は山の中で、それを苦も無くやってのけた。彼は本当に、本物の天才だ。自分とはちがうことは、火を見るより明らか…。


「……。」

 雨は、布袋を抱えて服の泥を払い、家へと小走りに帰って行った。
誰も知らない、狼の秘密。バスケがなければ、きっと自分は狼になってしまうだろう。
だからバスケは、雨が人であるための最後の砦だった。
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