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[742] 雨、降る日のバスケ
   
日時: 2013/11/14 00:09
名前: 創魔 ID:eNpJlsL6

なぜバスケをやるのかと聞かれた。

なぜバスケが強いのかと聞かれた。

 バスケよりも好きなことがあるから、それを忘れるためにバスケを始めた。

逃げるために始めたバスケから、僕は逃げられなくなった。


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Re: 雨、降る日のバスケ ( No.21 )
   
日時: 2013/11/25 12:21
名前: 創魔 ID:gBtzJEE2


正直、どっちが強いのか。それはずっと気になっていた。
身長も上。体力は同格。瞬発力や速さには負けるが、技術やセンスはどちらも比べても上は分からない。
試合に出れば藍堂の方が圧倒的に得点力があり、ディフェンスも単独オフェンスも上を行く。
しかしアマ公は、仲間にパスを出しているばかりで得点に繋がらず、しかしドライブやフェイクの腕は誰にも負けない。

そんな藍堂と、アマ公。どちらが強いのか、はっきりしないまま部活はずっと続いていた。
最初の1on1は藍堂の勝ちだった。しかし、その後は抜くこともあれば抜かれることもある。
正直、アマ公を相手にした時の勝負は、藍堂の予想外に動きが流れ、翻弄される。だから確信する。アマ公は強い。
強いのに…、その決定打といえる部分が欠落している。相手の方が絶対的に強いという確信が、欠ける。
何故だ…、とずっと考えていた。バスケだけに打ち込み、バスケだけに向かってきたと自称するアマ公。
なら、自分だってその強さをきっちり推し量れたっていいのに。わからない。アマ公の強さが…、わからない。

一番わからないのは…、もっと基礎的な部分。体力や、瞬発力はどこからきているのか。
毎日の練習で、パスやシュートの練習はみんなと同じだけやっている。たまに一人で練習しているときもある。
けど、それ以外は持ち前の才能だというのか。小柄で、藍堂には絶対に及ばない身体的なレベルの違いが、そこにあるはずなのに…。

「……。」

藍堂はわずかに瞳を細めると、体育館の大きな時計を見上げた。
夜8時。その日の部活が、終わろうとしていた。






早朝、4時。藍堂はじっと腕時計を見つめて、桟橋のたもとで霧の中を睨んでいた。
山がすぐ後ろにあり、普段の朝よりも底冷えする。ランニング用のジャージを着て、いつものイヤホンから流れる英語を聴き流す。
光琳高校がある街から、ずっと走ってくると川に出る。その河川敷に沿って走っていくと、この桟橋に突き当たる。
その桟橋の先は、街とは離れた農村のような雰囲気の広がる住宅街で、山と一体になっている。
その街と山の境界線で、藍堂はじっと腕組みをして佇んでいた。街の方を、じっと見据えて。

「……。」

やがて、藍堂は顔を上げて険しい顔で霧の中を見つめた。足音が、近づいてくる。
誰かが、桟橋へ向かって走ってくるのだ。それを測ったように藍堂が桟橋に寄りかかっていた背中を起こす。
遠くから、短い息切れの声とともに現れたのは、細身の少年。Tシャツに、チノパン。
白い息を吐きながら現れた少年は、ふと瞳を瞬かせて驚き、立ち止まった。
目をしばたかせて、ゆっくりとその歩調を緩めると、佇んでいる藍堂の前で息を整える。

「…、藍堂くん」
「…よぉ」
「なにしてるんですか…、こんな時間に、こんな場所で」
「……。」

藍堂はイヤホンを外すと、腕組みをしたまま答えない。アマ公も呼気を落ち着かせながら、じっと待った。
藍堂いつも走るのは、決まって朝5時から6時の間。時間は早いし、普通は河川敷までで桟橋には来ない。
しかし今日は、いつものルートから3キロも奥手にある、この人気のない桟橋まで来ていた。
呆気にとられているものの、じっと黙り込んでいるアマ公に痺れを切らして首筋を撫でて、白状した。

「…お前を待ってた」
「え…」
「ここ、通るんじゃないかと思って…。早めに来て待ってた」

前にランニングでアマ公と鉢合わせた時は、早朝の街だった。これから川沿いに出ようという時、獲物を担いだアマ公にあった。
なら、もっと早い時間。山の付近のアマ公のジイサンの家に繋がるこの桟橋に来れば、必ず来ると思っていた。
今は手ぶらのアマ公を見て、その汗のにじんだ格好を眺める。街の自宅からここまで、走ってきたのか。

「…僕に、用事ですか。あと3時間もすれば、朝練で会えるのに…」
「朝練じゃ遅ぇんだよ」
「一体どうしたんですか…、」

不審そうな眼差しを揺らして、アマ公が藍堂の顔を覗き込む。仲間良い2人とは決して言えない。
ライバルと呼ぶにはまだあまりに互いを無知で、同じ部活動のせいで敵とも呼べない。なのに仲間でもない。
そんな不思議な関係のせいで、藍堂はアマ公の本当の強さを測りかねている。その物体のない不気味さが、気持ち悪くて。
知ろうと思ったらこんなところに来ていた。藍堂は冷たい朝の空気の中で息を吐くと、ゆっくりと体を伸ばした。

「…お前、これから走るのか?」
「え…」
「…、ジイサンの家までオツカイか。それとも、お前もこれから基礎練すんのか」
「……。」

なぜか、アマ公は応えなかった。迷ったように藍堂の言葉に瞳を泳がせる。
家から来たのは確かだ。こんな時間に、こんなところまでわざわざ走ってくる理由は、どっちかしかない。
その返答を、じっと見守っているとアマ公は山を見つめた。それから、小さな声で返答した。頷きと共に。

「…そうであるとも言えるし、そうじゃないとも言えます」
「どっちでもいいや…、俺も付き合せてくんね」
「えっ…?」
「お前の基礎練。どんなことやってんのか興味あんだ…」

顔を合わせることなく桟橋を渡りながら、藍堂はそう言ってぐっと伸びをした。
いつも人をはるか上から見下ろして、下手糞だ相手になんねぇ、などと豪語している藍堂が、そう言った。
強いからこその、人を馬鹿にしたような態度で、多くの選手や、仲間や、敵の心を折ってきた。
その藍堂が、素直に他人の練習風景が見たいという。そのとき、アマ公は束の間、彼のバスケに対するひたむきさを感じた。
藍堂が振り返り、立ち尽くしたアマ公の顔を伺って変な顔をする。呆れたような、面倒臭そうな顔。

「…なんだ、駄目なのか。俺がいちゃ、邪魔か」
「……。」

アマ公は、一瞬の藍堂の意外な一面に驚いたそのすぐ後、今度は密かに考えあぐねている様子だった。
基礎練一つに、何をそんなに見られたくないものがあるのか。瞳を逸らして、物憂げにうつむいていた。
困っていたり、動揺したりではない。じっと、ただ深慮深げに視線を下げている。藍堂は舌打ちする。
邪魔に思われるくらいならこっちから願い下げだし、無理してまで押し入る気はない。

「おい。駄目なら駄目ってはっきり言え。待ちくたびれんだよ」
「いえ、いいです。…その代り、藍堂くんもちょっと付き合ってもらえませんか」
「あ?」

アマ公が、言葉を言い終わると共に桟橋を渡り始めたので、藍堂も大人しくそれに従った。
自宅は遠くないが、桟橋を渡って山の近くに立ち入るのは初めてだった。緑が豊かで、街より空気が澄んでいる。
自分の前を、ただ黙々と歩いて行く少年を見つめて、藍堂は眉をひそめる。不思議な少年だった。
まるでこの山のように静寂で、無色で、寡黙。だが、山がその裏側に人間に推し量れない大きな生命力を持っているのと一緒だ。
物静かで、これといって個性の何一つない。逆に、なにひとつ個性の掴めない、掴み処のない存在感。
山が放つ静寂なプレッシャーと、この少年の放つ異様な何かは、とても似ている気がした。

「ここです」

アマ公が立ち止ったのは、なにもない住宅と住宅の間に通る、十字路だった。
一気に田舎の匂いが広がり、まだ早朝と言うことで人気が一切ない。霧で道の向こうがかすんでいた。
辺りを見回しても特にこれと言ったものはなく、その平凡な空間に藍堂は眉をひそめる。

「…ここで何するってんだよ?」

「…僕がやろうと思っていたことを、今日はキミに譲ります。ただちょっとキツいので…。
体を壊すと思ったら、すぐにやめて戻ってきてください。それから、道に迷いそうになっても同じです。
ここへ戻ってきてください…。僕は、この辺を軽くランニングしているので。5時になったらここに集合です」

「だから、なにやらせるってんだよ。…なんもねぇぞ、ここ」

自分に譲る、とはどういう意味なのか。訳が分からずに眉間に皺を寄せて睨んでいると、ふとアマ公が振り返った。
目の前にある4つ角の、垣根と垣根にはさまれた細い道。向こうには柵があって、ずっと一本道が続いていた。
その道を指さしたので、藍堂は瞳を細めてその先を見た。人からは簡単には見えないような、死角になる道だった。

「…この道の先。山の入口の社の下に、犬が一匹待っています」
「犬…?」
「その犬を追いかけてください。それだけです」
「犬を追いかけるって…、どこの犬だ?」
「ウチの犬です。…逃げられても、諦めず追いかけてください。藍堂くんなら、余裕で捕まえられると思います」

「…ん、だそれ」

呆れてものも言えずにいると、アマ公はただそれだけを告げて藍堂の反応を見守っている。
どっか自分ちの畑をダッシュとか、バスケのボールの練習とか、そういうものを想像していたので落胆する。
藍堂が乱暴に頭をかくと、吐息をついてアマ公を見下ろした。結局、不思議過ぎてよくわからねぇ…。

「つまり、何か。脱走したお前んちの犬を、ひっ捕まえて返しゃいーんだな…」
「そんなところです」
「…朝練つか、ただの雑用じゃねーか…。バスケと関係あんだろーな…」
「関係は、ないかもしれません…。でも、たぶん終わって帰ってきたころには、藍堂くんの謎はいくつかは解けてる気がします」
「んだソレ…。ッチ…、覚えてろよテメェ」

ここまで追っかけてきたお詫びとでもいうか、藍堂は要望を受け入れて細道へ向かった。
歩いているうちになんだか疑り深くなって、一度元来た方角を振り返る。そこにはアマ公が立っていた。
吐息をついて前を向いた後、ふと気になってもう一度振り返るとそこからアマ公の姿は消えていた。

バスケと関係はないかもしれない。でも終わる頃には、自分の中の謎は解けている…。
基礎体力と何の関係があるのか。まさか犬と毎朝追っかけっこして、それで鍛えてますとでもいう気か。
だとしたら相当舐めてる。てか、舐められてるな…。自分も大概と思いながら、気が付くと鳥居の前に来ていた。
うっそうと茂った森に、思わず圧倒される。古い石造りの鳥居。すぐそばには苔むした地蔵の祠が祭ってある。
神隠しでも起こりそうな雰囲気の中、入口を見上げるとそこから果てしない階段が、うねるように山の中へ消えていた。
その階段の脇にそびえる大岩があった。瞳を細めると、その大岩の下に一匹の犬が座っていた。

「…お前か、鳥居の下の犬ってのは」

犬は、警戒するでも、喜んで尻尾を振るでもなくそこに横たわっていた。
見れば、大きな犬だった。大型犬どころではない。体高は90cmほど。大きさは1.6mくらいある。
大きなブラシ状の尾は長く、体は白、黒、茶の目立つ灰色斑の毛でおおわれていて、大きな耳がかすかに動いた。
目が、金色の網膜の中に黒い月のように小さく打たれていて、藍堂を見据えていた。野性の目だ。狐か何かのような。

しばらく呆然とその『犬』を見つめていたが、やがて犬が腰を上げたその速さと言ったらなかった。
まったく重さを感じさせない様子で立ち上がると、その足の長さからさらに大きさに戸惑う。
わずかにこちらの様子を伺うように、頭を下げて上目にこちらを見る。その動作はまるで『オオカミ』を思わせた。
天然の苔を踏みしめた、その足の大きさに驚く。藍堂の広げた手のひらほどもある、大きな前足。
腰を上げたその動物が、階段を一っ飛びに超えていったのを見て藍堂は我に返った。『アレ』を山から、引き摺り下ろすのだ。

「待てッ…、てめぇ!!」

藍堂は、鳥居をくぐり山に立ち入った。そのときはまだ、捕まえることしか頭になかった。
山がいかに過酷で、人間の身体能力が通用しない場所かと言うことを、藍堂は認識していなかったのだ。
ゆっくりと空が白み、日の光が金色に山を包み込む時間になるまで。藍堂が再び鳥居に姿を現すことはなかった。
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