ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[742] 雨、降る日のバスケ
   
日時: 2013/11/14 00:09
名前: 創魔 ID:eNpJlsL6

なぜバスケをやるのかと聞かれた。

なぜバスケが強いのかと聞かれた。

 バスケよりも好きなことがあるから、それを忘れるためにバスケを始めた。

逃げるために始めたバスケから、僕は逃げられなくなった。


>>1-  登場人物一覧
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 雨、降る日のバスケ ( No.10 )
   
日時: 2013/10/31 16:22
名前: 創魔 ID:rswhgoVg


「あーあ…、結局。藍堂は途中から先輩たちのコートで練習か。いーなー」
「藍堂くん、向こうのコートでも点取りまくってましたもんね…。向こうのスタメンが半泣きでしたよ」
「スゲーなぁ、やっぱ。鍛えてきた環境が違うんだなぁ」

帰り道、すっかり日の暮れた歩道を4人一緒になって歩いて行く。
試合が終われば、藍堂のすごさを改めて実感したメンバーの眼差しはやはり違うものになる。
妙に突き刺さる視線を無視しながら、藍堂はアイスをかじって舌打ちした。予想以上につまらない練習試合だったのだ。

「…っせーな。肩慣らしにもなんねーよ」
「そういうひねくれた言い方すんなよ。俺らマジで病むぞ」
「ちげーよ。…そもそも、うちの先輩そうそう弱くねーし。俺が出るまでもねーっつか…」

藍堂が出て、形勢逆転で相手を負かせたならまだ出て行く意味もあったものを。
状況は最初から光琳の優勢。そこにエース級の藍堂が入って行ったのだから、もう目も当てられる試合ではなかった。
途中からベンチに引っ込もうかと、キャプテンの申し出たほどだ。予想以上に期待ハズレだった。

「そういう…、ヒーロー的なポジションがいいんですか…。藍堂くんは」
「おもしろくねーだろ。…やるからには、俺がいたから勝てたってくらい、張り合いのある試合じゃねーとな」
「うわぁ…、言いてぇー…それ」
「ばやし!!てめぇは論外だ!!ウチ帰って勉強し直せ!!」

ぼやいた小林に、藍堂がマジギレするのを志田が必死に止める。
ジュースのストローを口に含んでいたアマ公は、そんな様子に吐息をつく。

「いいじゃないですか…、そんなに叱らなくても。小林君、後半スゴかッたですよ…」
「そうそう!俺らの入れ零し、ぜーんぶゴールにぶち込んでくれたもんな!」
「ルールが関係なければ、小林君はやる人です」
「ルールがなきゃバスケじゃねーだろが!」

メンテ
Re: 雨、降る日のバスケ ( No.11 )
   
日時: 2013/11/08 17:17
名前: 創魔 ID:Zt.xApU6


「よーし、1年。外周走ってこい!」
「はい!」



桜の花びらが散る外周コースを、いろんな部活の生徒がそれぞれに走っている。
決められた時間を、それぞれのペースで好きなだけ走る。瞬発性を鍛えたければダッシュだけやる。
体力を付けたければ30分間走り続ける。トレーニングを自分で組めるので、とても走り易い。

「うっしゃあー!めざせ外周20周ー!!」
「小林くん、そういう走り方すると遅筋がつきますよ」

アマ公の忠告も聞かず、一人ぶっちぎりで走って行った小林の背中があっという間に見えなくなった。
スタート地点で肩を鳴らしてそれを見送った藍堂が、呆れて腕組みをしている。
バスケに必要なのは遅筋よりも速筋。遅筋が発達すると速筋が退化する。

「足遅くなんぞアイツ…」
「…一回遅筋が付いてしまうと、速筋にはなかなか戻りにくいんですけどね」

靴紐を結びながら、同じくすこし残念そうにつぶやくアマ公。
ちらり、と藍堂の眼差しがアマ公をかすめたので、ふと視線を上げて相手を見上げる。
相変わらずアマ公の表情は真顔で、少し長い前髪が片目にかかっている。腕組みをしたまま、藍堂は顔を背ける。

「…負けたくなさそうな顔してますね」
「来易く話しかけんなっつってんだろ。…個人が走る分量に勝ち負けなんかねーよ。…先いく」

走り出した藍堂の走り方は綺麗で、どこにも無駄がない。バランスのいい走り方は、清陵中学で徹底されたそれらしい。
体格も悪くなく、身長も高いし、足も長い。腕や腹筋の筋力も良くついていて、周囲と比べればすでに完璧に出来上がった体。
そこにまだ未知の伸び白があるのだから、きっと高校でもまだ伸びるに違いない。強豪、清陵のエースだけある。
それに比べて、アマ公は小柄で筋力は藍堂に比べればほとんどない。まだ中学生の体つきだ。
アマ公は靴紐を結び直して立ち上がると、その背を追いかけておもむろに走り出した。




もう半分ほど走っただろうか。藍堂はランニングをやめて、クラウチングの姿勢を取った。
バスケには、体力もそうだが瞬発力もいる。つまり遅筋も必要だが、ジャンプやフェイクには速筋を使う。
きっちりと考え抜かれたメニューを清陵で毎日こなしていた藍堂には、光琳のメニューは緩すぎるし、徹底されていない。
だから清涼の頃通り、自分に必要なトレーニングは自分できっちりこなす。そうでなければ作り上げてきたものは、一瞬で崩れてしまう。

「!」

そのとき、真横を一陣の風が抜けて行ったので顔を上げた。
走って行ったのは、黒いシャツ。しかしそれだけで横顔を見ることすらできなかった。
改めて目を細めれば、道の向こうへ抜けていったのはアマ公の姿。その影が、前方でへばっている小林を抜いて行く。

(足…、速ぇーな。やっぱ…)

30mなら、藍堂よりも速いかもしれない。なぜだろう。特別なトレーニングをしているわけでもない。
ふつうの部員と、まったく同じ光琳のメニューをこなしているにすぎないのに。なぜ…。
ここの部活のトレーニングだけなら、あれほどの体力はつかない。なら、自宅で何か特別なことをしているのか。
藍堂が、強豪校からのオファーを蹴って光琳高校に入ったのは、ただ一途にあのアマ公に勝つため。
なら…、と思い藍堂は再びクラウチングの姿勢を取る。その日の帰り道、何気なくアマ公の家の場所を聞いたのはそのためだった。










翌朝、まだ霧の立ち込めるほど速い早朝。
藍堂は体を温めるランニングのついでに、いつものルートと道を変えていた。
場所は、昨日アマ公が言っていた家の近く。もし朝、他人には見えないところで努力をするとすればこの近辺を走るはず。
そう思い、汗をぬぐって周囲を走ってみる。別に見つけたからって声をかけるわけじゃない。純粋に、何をしているのか知りたい。

しかし、アマ公は一向に現れなかった。走りやすそうな川辺の道も、近所も走った。
だがその姿はどこにもなく、いよいよ日が高く昇りかける。ルートが違ったのか。そもそも何もしていないのか。
目的の半分は自分のランニングだったので、別段構わないが拍子抜けする。そろそろ帰るか、と踵を返す。
その時、ふと振り返った場所に、息を切らして立っているアマ公の姿があって目を見開いた。

「あ…」
「あ」

お互いに驚いた顔をして、しばらく沈黙になる。目をしばたかせた。
遭遇したらしたで、逆に気まずくなってきて藍堂は言葉に詰まる。住所を聞いた翌日にコレって、逆に怖ぇ。
しかしアマ公の姿は汗びっしょりで、急に当初の目的を思い出した。アマ公の方は、相変わらず珍しく意表をつかれた様子だった。

「…藍堂くん…、こんなところで何してるんですか」
「なにって…、朝ラン」

無愛想にボソリ、と呟いて顔をしかめる。しばらく呆気にとられて、その後「そうですか…」としか返してこない相手。
藍堂は気になるのはその相手の行動の方で、改めてマジマジとその要望を見つめた。なんだか、大いに期待ハズレだった。
アマ公の姿は、トレーニングをするには似つかわしくない、それはそれは普通の格好で…、ランニングとは無縁の私服だった。

「そっちこそ、何してんだよ」
「僕は…」
「そんな寝起きみたいな格好で、ランニングはねーだろ」

アマ公は黒のカーディガンに、ふつうのズボンをはいていて、それで走ったらまず間違いなくバテる。
なのに汗だけはむしろ藍堂よりも多くて、肩で息をしていた。その後ろには、山しか見えない。
しばらく沈黙だったアマ公は、袖で汗をグイッと拭って落ち着きを取り戻した。

「…僕は、おつかいです」
「おつかい?」
「…山の麓に、猟師をしてるおじさんの家があって。おすそ分けをもらいに」

おすそ分け、という意味が分からずに眉をひそめる。そのアマ公の右手には…、何やら袋が。
その赤いものが、まさか血痕だとは思わずに顔を引きつらせる。アマ公が袋の中身を見せてくれた。
興味津々、半ば恐る恐る中を覗き込んで、藍堂は思わず感嘆の声を上げた。

「…マジかよ、すっげぇ!」

袋の中には、キジ、子どものシカ、子イノシシ。山鳩、よく見れば少し目の背けたくなる兎も入っている。
獲れたばかりの獲物で埋め尽くされた袋の中身は凄惨といえば凄惨だが、食料と聞けば感動した。
そういうものを生で初めて見た藍堂は、食い入るように袋の中身を見つめて顔を上げた。

「これ、ぜんぶお前のじいさんが獲ったの!すっげぇじゃん!」
「……。」

無言で、そっと頷いたアマ公はなぜかそっとあ顔を背ける。それに構いもせず、藍堂はしげしげと袋を見つめた。
これをもらいに行っていたのだと言ったアマ公は、それにしては疲れている様子だった。
藍堂はしばらくして我に返ると、咳払いしておずおずと袋をアマ公に返した。それから、首筋を撫でる。

「…じゃ、俺行くわ。…朝練始まるし」
「はい…。僕もすぐ行きます…、また学校で」

そう呟いたアマ公は、なぜか早めに袋を受け取ってすぐに踵を返して走っていく。
その走り方は、やはり後ろから見ると頼りないほど細い体に似合う力強さのない走りで、けれど速い。
バスケ部が始まって以来、藍堂はやっぱりアマ公のことが好きではなく、無愛想に接してきた。
こういう風に喋ったのは初めてだ。こういう一面を知ったのも、バスケ以外では初めて。

(…俺を負かした相手…、未だに信じらんね…)

どうしてだろう。たとえ負けた相手でも、そんなこと引きずるのはバスケにふさわしくない。
今まで何回も試合で負けたこともあるし、悔しかったけど相手を恨んだことはなかった。
なのに、アマ公だけは見ているとイライラするし、試合を思い出せば悔しい。

(…、あいつバスケ選手っぽくない体格してるくせに…、バスケうまいよな)

フェイクも、パスも、シュートも人よりうまい。でもそれからは、不思議と才能を感じなかった。
一際磨きかかってる技があるわけでもなく、ぜんぶがバランスよくうまい。
自分だって、周りと比べれば格段に技術は上だし、基礎もその上も誰より上だ。
それは計画的に作られたトレーニングで、徹底的に教え込まれ、作り上げられた体だから。

けど…、アマ公は違う。誰かに指導されたとかじゃなくて、なにか別の物を感じる。
それはきっと、自分とは全く正反対の努力。自分で磨いて、自分で練習して、一人で強くなってきた力。
だから基礎もバラバラで、なのに圧倒的に違う練習量が、アマ公の存在を際立たせる。…こんな強豪校もいない地域じゃ、仕方ない。
メンテ
Re: 雨、降る日のバスケ ( No.12 )
   
日時: 2013/11/09 20:21
名前: 創魔 ID:1KfeOAXU


部活終わり、時間は20時を超えようとしていた。先輩たちの鞄もなくなる。
くるる、と器用にボールを指の上で回しながら、藍堂は自分の番のミニゲームが回ってくるのを待っていた。
スタートが同じとはいえ、他の1年生のスキルアップのため大人しくしている時間がどうしてもある。
右手だけではなく、左手でもボールを操る練習をしていた藍堂は、暇つぶしに手の甲から腕にかけてボールを跳ねさせていた。

「…ボールの扱いうめーな、藍堂」
「右だけじゃバランス悪ぃーだろ。…つか、コート使わしてもらえねーなら、帰ってもいいかな」

勝手なことを口走る藍堂が、退屈そうにあくびをする。
今は小林の猛特訓中で、体でルールを教えさせていた。フェイクのかけ方、シュートの種類、ファウルなどなど。
あぐらを掻いた上に頬杖をついて、小林についてルールを教えるアマ公の様子を暇そうに眺めていた。

「…てか、ルールくらい自分ちで勉強して来いっての…」
「実践しねーとワケわかんねーんだと…。文章でレイアップの仕組み読んだって、そりゃ頭はいんねーよ」
「手首跳ねるだけだろーが…。…やってらんね、俺帰るわ。あとよろしくー…」

ガリガリと頭をかいて、鞄を持ってステージから降りる。
「えー藍堂ー…」と駄々をこねる志田を残して、立ち去ろうとする藍堂に声がかかった。
ぼんやり振り返ると、最後にシュートを決めてサッとネットをくぐったボールの音がした。そこに嫌いなヤツがいた。

「帰るんなら…、最後に一回くらい小林くんと、1on1していきませんか」
「はぁ?…そんなヘボ相手に、なんで俺が相手しなきゃなんねんだよ。…練習して来いバーカ」
「まーまー!だいたい分かったって、なんとなーくコツ掴んだって。一回だけ!メシおごるから!」
「……。」

「…ヤダ」
「…、じゃあ。2on2 で、どうですか?」

志田と、藍堂の方を見てアマ公がそう言いだす。経験者の志田と藍堂。アマ公と小林。
言われてみれば、確かに試合はできないが2on2 はできる人数なので、志田が「あ、確かに!」と声を出す。
初心者の小林一人相手にしたところで面白くもなんともないが、アマ公が加われば多少は意味がある。
藍堂は、じとりとした目で3人を睨み、うなだれながらステージに鞄を下ろして、ゆらりと戻ってきた。

「…メシ、奢んだな?」
「へへっ、お前が俺らに勝てたらなー!」
「…小林くん、そういうこと言うの止めてください。僕まで奢る羽目になるので」

ぼそりと恨みがましく呟いたアマ公と対峙して、2対2のチームを組む。
誰もいない体育館に、4人分のバッシュの音だけが響き渡る。素早い切り返しの音、パス、ボールの音。
雨の音をかき消すようなその活気のある音が、4人の耳に届く。藍堂から渡ったパスを、アマ公がカットする。

「…っそのままゴールまで行ってください!」
「よーっし任せろ!レイアップだな!…もうお手のもんだぜっ!!」

その瞬間、藍堂は目を見張った。小林の足が、思った以上に速い。それ以上に、ドリブルがうまい。
つい先日まで、トラベリングがなんたるかも知らなかった初心者なのに。素人にしては速度が違う。
驚いたのは志田も同じで、即座に追いつこうとするが、その速さには舌を巻いた。

「おっ…、おい嘘だろ!バヤシ!お前いつドリブルマスターしてっ…!!」
「基礎くらい!バカにしてんじゃねーよっ!」

成長が信じられないほど早い。運動神経がいいのは分かっていたが、それ以上だ。
あっという間にゴール前に到達した小林が、大きく腕を伸ばして跳んだ。指先が、ゴールに接する。
その手首が、ゆっくり後ろへ引かれて、ボールを軽やかに弾く。そのスナップが、驚くほど速い。

(待っ…!!)

ボールが吸い込まれかけたとき、勢いよく弾かれる音がして小林の手からボールがもぎ取られた。
それ以上に高くジャンプした藍堂の手が、小林の手からボールをはじき落としたのだ。
音を立てて落ちたボールと、藍堂の着地の音。ポカンとした小林が、口を開けた。

「…っ藍堂!いまのは本気出すとこじゃねーだろ!せっかくいい感じだったのに!入れさせろよ!!」
「は?」

意味が分からないという顔をして、藍堂が耳をかく。確かに、あのまま行けばシュートは決まっていた。
入部して、1からバスケを始めたにしては鮮やか過ぎるほどのシュートだった。ぶっちぎりのドリブルも、もう初心者の息を出ている。
汗をぬぐった志田とアマ公は、ふっと吐息をついて小林の粋がる姿を眺めて顔を見合わせた。

「すごいですね…、小林くん」
「あぁ…、ひょっとするとアイツ、俺らン中で一番化けるかもな…」

もう一回、と言おうとしたときだった。ふとした拍子に、目の前に白い光が走った。
硬直した4人の耳に、巨大なドラム缶を一斉に転がしたような爆音が響き渡る。思わず身を固めた。
気をへし折るような音が続いたかと思うと、一斉に体育館の電気が消えて暗闇が落ちた。
しばらく沈黙に包まれた4人が、息を詰めて辺りを見回す。急に、雨の音が大きく響いているのに気付いた。

「…停電か」
「結構、近くに落ちたな。…つか、この学校に落ちたんじゃね?」

辺りを見回しても、光に慣れ過ぎた目には何も映らない。4人は吐息をつき、遊びを切り上げた。
手探りでボールを倉庫に戻し、鞄を担いでバッシュを脱ぐ。鞄から教科書を出して、ロッカーに突っ込んだ。
体育館の扉を開ければ、予想以上のどしゃ降りに足がすくむ。顔を見合わせ、ため息をついた。

「…っしゃーねーか。台風近いらしいし」
「風邪ひくなよー。んじゃ、おつかれ」

小林が早々に雨の中に飛びだして、闇の中に見えなくなる。志田も、仏壇に手を合わせるように祈りを捧げて、雨に消えた。
傘をさしても全く意味がなさそうな土砂降りの中、残された藍堂とアマ公はしばらく無言でいた。
付き合ってないでさっさと帰るんだった…、と愚痴をこぼす藍堂の横で、アマ公はシャツを脱いだ。

「…なに脱いでんだ?」
「どうせ濡れるなら…、先に脱いでおこうと思って。水を吸うと走りにくいです…」

上半身裸になったアマ公が、ジャージを鞄に詰めて雨と向かい合う。
そこで腹をくくったのか、仕方なく藍堂も上着だけ脱ぎ捨てて隣に並んだ。雨の飛沫はすさまじく、滝のようだ。
きっと夜通し降り続く雨なのだろう。覚悟を決めた2人は、吐息を吐く。ちらり、と背の高い眼差しがアマ公を見下ろす。

「…せいぜい不審者に間違えられんなよ」
「お互いに。…じゃあ」

同時に踏み出した雨の中で、視界は0になった。目の前は飛沫の嵐。街灯の光が、睫毛にぶつかって屈折する。
ひどく悪い視界の中で、藍堂が一瞬にしてアマ公を見失ったのは言うまでもない。あとは、ひたすら目の前の天候と格闘するだけ。
あっという間に水浸しになる靴、重たくなるシャツ、冷たい水にさらされる髪。家に着くころには、どうなっているんだろうか。

『……。』

悪態をついた藍堂の、はるか遠くで。
物陰から飛び出した、光る眼をした1匹の獣が濡れたジャージを咥えて闇の中へ消えていった…。
メンテ
Re: 雨、降る日のバスケ ( No.13 )
   
日時: 2013/11/09 22:01
名前: 創魔 ID:1KfeOAXU


今夜、台風がちょうど地域を通過していくというニュースを見ていた女性は、
ふと雨戸を何かが引っ掻くような音を聞いて顔を上げた。暖かい部屋の中、いつものように家族がいる。
カリカリと丈夫な爪で網戸の金具をひっかいて音を出す。たまに鼻を鳴らして、その存在を訴える。
パタパタと急ぎ足に近寄ってくる足音を聞いて、ひかえめに後ろ脚立ちをやめて後ろへ下がった。
豪雨に押されながら、そろりと網戸を開ける女性。ずぶ濡れでそこに立っていた生き物を見て、ちょっと驚いた顔をする。

「雨…っ、今までどこ行ってたの。そんな恰好で」
『……。』

庭先に立っていた、一匹の獣。泥だらけのジャージを口にくわえて、金の目が土砂降りの中で動かずにいる。
軒の屋根の下に手招きされて、その水浸しの毛皮にバスタオルをかけられた。しかし、それをうっとおしがるように身悶えする。
母親に、口にくわえたジャージと鞄だけ押し付けるようにすると、女性は呆れた顔をしてそれを受け取った。

「…もう、今お風呂沸かすから。風邪ひくよ」

そう言って、縁側から立ち上がった女性が目の前から去るのを見送る。
すると、ちょうど階段を下って来た少女が、汚れた毛並みの獣を目の端に入れて吐息をついた。
家の中を覗き込んでいる獣に、突き刺すような口調で釘を刺す。今まさに、獣が家の中に身を乗り出している所だった。

「ちょっと。そんなんで家に上がる気じゃないわよね」
「…どいてよ、姉ちゃん。今、風呂に入るんだから…」

バスタオルの中から、少年の声がわずらわしそうに少女に言葉を発した。
布で体を包んだ、びしょ濡れの少年が軒先から少女を見上げていたのだ。獣の姿はどこにもなかった。
さきほどまでそこにいたはずの獣は…、一頭の灰色の狼だった。深成岩のように黒、灰、白の斑模様の毛並み。
それが、雨という少年に変わってそこに立っていた。姉である少女は、吐息をついて廊下にタオルを敷く。

「通路汚したら怒るからね。…なんで普通に帰って来ないわけ、余計にドロドロじゃん…」
「帰りが遅くなりそうだった。…ていうか何でいるの、今日バドミントンの合宿じゃ…」
「中止になったの。台風のせいで。最悪」
「当たるなよ」

「もー、廊下で喧嘩しないの。雨、早くこっちきてお風呂入って。窓閉めないと、縁側が濡れるでしょ」
「……。」

母親に急かされて、雨はしぶしぶ家の中に入った。姉が置いてくれたタオルの上に乗って。
鞄の中身の、着替えや泥だらけのシャツが、水を張った桶の中に浸されていた。
バスタオルで体を包み込んで、それを覗き込む。桶に洗剤を入れる母親の背中を見つめた。

「…明日までに、乾く?」
「どうかな…。今日は外に干せないから…、」

母親の返答を聞いて、肩を落とす。そのまま浴室の戸をあけて、お湯を被った。
冷たい肌に、ジンジンするほど熱い湯が流れていった。湯船につかったとき、扉の外から母親の声がした。
お湯に鼻先をつけて、俯いていた雨はそっと耳を澄ます。どこか心配そうな、呆れた口調だった。

「雨…、どうして普通に帰って来なかったの?」
「…帰りが遅くなりそうだったから」
「なんで遅くなったの?」

朝から、台風が来るということは知っていた。だから遅くならないようにしようと決めていた。
けれど、部活が終わってもなかなか帰らなかったのは、例のバスケの上達の特訓で遅くまで残ったから。

「…仲間と、バスケしてた」
「電話してくれれば迎えに行ったのに。お友達も一緒に」
「必要ない…」

バスケを始めたのは、小学4年生から。バスケに憧れたからとか、楽しそうだったからじゃない。
父親に勧められたからだ。バスケを続けたのは、自分にとって何よりバスケが大切になったからじゃない。
バスケ以上に、夢中になってしまう物があった。それから逃れるために、バスケを続けるのが一番だった…。

「…バスケットボール、続ける代わりに…、約束したよね」
「……。」
「…怒ってないよ。でも、車とか、人とかに気を付けてね」

母親の声はそれきり、遠ざかって行った。雨は湯船に身を沈めて、前髪を湯に浸した。
ふー、と息をついて肩の力を抜いた。バスケをやっている理由。バスケ以上に楽しいこと。それは家族だけの秘密。
それは、絶対に知られてはならない家族の秘密。雨は静かに瞳を開き、物憂げに湯気の中の水面を睨んだ。

メンテ
Re: 雨、降る日のバスケ ( No.14 )
   
日時: 2013/11/22 21:37
名前: 創魔 ID:gN0nQz9E

ホイッスルが鳴って、アマ公は広いコートの中を走り出した。
4番、6番、10番へとパスが回る。最後にパスをもらって、シュートを投げ込む。
高いバッシュの音が鳴り響いた。再びホイッスルが鳴って、汗をぬぐったメンバーが中央へ集合した。

「よし…、アップは終わりだ。ベンチに戻るぞ」
「あの…、さ。キャプテン」

同学年の2年生が、おずおずとキャプテンに声をかける。
眉をひそめたキャプテン、清水が振り返った。他の先輩たちも、苦笑を浮かべている。
その不穏な空気を理解していないのは、藍堂とアマ公だけ。顔を見合わせて首をかしげると、先輩が口を開いた。

「練習試合の相手が…っ、なんでいきなり去年のベスト8になってんのか教えてくんねーのかなっ…!?」
「いつもの練習相手なら、近所の東坂とか、伍羽屋とかなのに…!!」
「電話番号間違えたのか!お前がオファー駆ける相手先を間違えたのか!!」

寄ってたかってくる仲間たちに、キャプテンは頭の痛そうな顔をして吐息をついた。
憐れむような眼差しを投げた後、悩める声を出して呻いた清水は首を振って仲間たちを眺めた。

「俺がオファーを出したんじゃない。向こうからオファーが来たんだ…。去年の優勝校と対戦したいって」
「それ俺らじゃなくて、藍堂とアマ公!違う学校!ちがうチーム!」
「だから…、それでもいいから練習試合組めって…」
「断れよ!」

嘆く先輩たちの姿が痛々しい。無残な結果が目に見えるようだ。
面食らった様子で見下ろすアマ公の隣で、腕の筋を伸ばしながらストレッチをする藍堂が眉をひそめた。
片眉を吊り上げて、先輩たちから目線を逸らし、相手ベンチを見やりながら口を開いた。

「?…、別にいッスよ無理なら…。俺一人で潰してくるんで…」
「何言ってんだ、藍堂。相手はお前に1on1挑んでんじゃないんだぞ」
「…べっつに。明稟、明稟て。飽きるほど練習試合でやってきた中学だし…、まるで相手にならねーよ」

そう吐き捨てた藍堂を、メンバーたちが呆然と仰ぎ見た。
清陵は、数ある強豪校を練習試合相手に何度も試合を重ねてきた。明稟は、その数えるうちの一つでしかない。
その台詞を聞いて、メンバーは顔を見合わせた。藍堂一人、明らかにそのメンバーの中では異質だった。

「…頼もしい、けど。なんか腹立つなそれ」
「アマ公。お前も去年、明稟と試合してんだろ。だったらなんか、パターンとかないのかよ」

そう問われて、アマ公は「ううん…」と考え込んだ。
相手ベンチは、明らかに藍堂一人に対抗心を燃やしていた。それは中学時代からの一方的な因縁。
アマ公は相手の選手たちを見つめながら、吐息を吐いて口を開いた。

「…帝(ウチ)は、正直あまり強くなかったので。分析をやってくれるようなマネージャーがいませんでした。
なので僕の主観ですが…、明稟は強いです。強いて言うなら…、堅実なバスケ、というか。
とにかく基礎が硬くて、かつ速攻とカウンターが以上に速い。戦略も強固で、どこまでも読んでくる」

基礎レベルが高い、ということは技術が総合的に高いということだ。
それに加えて戦略が徹底されていれば、フォーメーションやパスの軌道、流れの作り方も作りこまれている。
そして最大の武器が、速攻とカウンター。聴いているだけで嫌になるほど、頑丈な敵だった。

「ただ、中学のバスケと高校のバスケはまるで違います。見ただけでも、まず身長が圧倒的に違う…。
スピードもパワーも、中学の時とはレベルが違います。…何人か、戦った覚えのある顔はいますけど。
正直、僕の予想は当たらないと思います。…ていうか、僕も高校のバスケは初めてなので、分かりません」

「分かりませんてお前…、投げるなよ」
「…俺一人で十分だっつの。中学だろうが高校だろうが、どうせ明稟は明稟なんだからよ。…おい!オカ!」

唐突に、藍堂が怒鳴るように読んだ名前で、明稟側のベンチが騒然とした。
清水が止めるも、聞く耳持たずズカズカと相手ベンチへ歩いて行く藍堂を、なすすべなく見送る。
名前を呼ばれたらしい一人の青年が、じとりと嫌そうな睨みを利かせてベンチサイドに座っていた。
しかし、諦めたように立ち上がると、その恨みがましそうな眼差しのままタオルを置いて歩み寄って行った。




「よぉ、オカ。…半年前の準決勝ぶりだな」
「…あの最後の試合で、お前らにやられて以来。俺たちはお前らの練習試合に呼ばれなくなったからな」
「そーなのか?…監督が、ブチ切れてたからな。相手にならなさすぎて」

ぴくり、と眉間に皺を寄せた相手を、藍堂は嘲るように笑って流す。
明稟のベンチから、痛いほどの視線を受けていた。まるで今日が、恨み返しの一戦だとでもいうように。
オカという2年の選手は、その視線に気が付いてため息をついた。一歩ずれて藍堂をその憎しみの視線から庇うように立ち、顔を上げる。
くつり、と笑った藍堂が、他人からは見えない位置へオカに歩み寄り、その耳元で声を低くした。

「…なんで今さら、挑んできやがった。まだ負けたりねぇのか…?」
「…中学のバスケと、高校のバスケを一緒にするな。今日は負かしてやる」
「恐ぇ」

からからと笑う藍堂を、後ろで見守っていた光琳のメンバーは背中に冷たいものを感じながら項垂れた。
「一人でやる」と言い張る藍堂を「本気か」と思いつつ、できればもうそうしてくれと言いたかった。

「…あいつ、調子乗って忘れてんじゃないだろうな。アイツが今いるのは清陵じゃなくて光琳(ウチ)だぞ…」
「アマ公、どう思う…?」
「…他校とはいえ先輩への口のきき方が、なってないと思います」
「いやそういうことじゃなくて…、てかソレ確かに」

中学以来の因縁、という関係を知って見守っていた光琳ベンチが不安の息を漏らす。
しかし、アマ公はまっすぐにコートを見つめたまま、どこかウズウズした様子を見せていた。
まだ喋っている藍堂に、相手側の監督が近づいてきて、自分のベンチへ戻るよう忠告を受けている。
いい加減、藍堂を引っ張り戻しに席を立ったキャプテンの横で、1年の志田が首をかしげた。

「どーした?アマ公、なんか落ち着かなくね?」
「…明稟、は手強いと思います。…でも、久しぶりの試合がなんだか嬉しくて」

早く出たいです、と控えめに呟くアマ公を見て、志田は思わず笑った。
ホイッスルが鳴り、ベンチから立ち上がる互いの選手たち。中央へ寄って、礼をした。

メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
パスワード (記事メンテ時に使用)
コメント

   クッキー保存