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[3725] そこには一人の男がいた。
   
日時: 2013/03/31 22:13
名前: 小麦粉 ID:b6ylc32I






──私は今、エレベータに乗っている。








------------------------------------



【目次】


1.私は今、エレベータに乗っている。
メンテ

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Re: そこには一人の男がいた。 ( No.1 )
   
日時: 2019/04/28 20:16
名前: ウホッ!いい男 ID:0rW/dlJw

 気がつくと朝だった。
窓からはほんのわずかな朝日が溢れている。
 「よっ、初日にしては寝つきがよかったね。君は環境適応能力に優れているのかもな」
目を覚ますや否や、シドはベッドの上に座りティーカップを手に持っている。
 「おはよう、シド。・・・なんで紅茶なんか飲んでいるの」
 「これが僕の朝の日課だからさ」
するとドアの外からどんどん、と騒がしい音が聞こえてきた。
 「お、朝の点呼だ。早く廊下に出ないとどやされるよ」
と言いつつシドは優雅な顔つきで紅茶を嗜んでいる。
 「あなたは行かないの?」
 「僕はね、今一応病気なんだ。2ヶ月は療養を要するって、看守にも伝えてあるし」
と晴れやかな顔でシドは言った。

 廊下に出ると、すでに隣の部屋のドアの前には他の捕虜たちがいかにも軍人らしく起立していた。
私もそれに従ってドアの前に立った。ふと横を見てみると、隣の部屋には昨日同じ隊列にいた、金髪の美人がいた。彼女はまたも私を無言で見つめ、私は慌てて視線を正面に戻した。
すると、廊下の奥から一人の士官と二人の兵士が歩いてきた。
 「朝の点呼を取る。私がこれから貴様らを監督するアシュ大尉だ。各員、健康状態を簡潔に報告しろ」
いかにも一兵卒から昇格してきた、と言わんばかりの堅苦しい厳格さを感じずにはいられない男だった。軍服や立派なひげは丁寧に整えられているはずなのに、どこか落ち着かなさをそこはかとなく振りまいていた。

 「レイラ・イーリッジ曹長、健康状態異常なし」
大尉は私をじっと見つめると、
 「イーリッジ曹長、か。見たところまだ20歳にも届いていないようだが・・・。ふん、まあいい。帝国軍はこんな子供を前線に投入するほど窮地に追い込まれているんだろうなあ」
とあからさまな嫌味を私にぶつけると、そのまま廊下のドアを開けてどこかに行ってしまった。




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Re: そこには一人の男がいた。 ( No.2 )
   
日時: 2019/04/30 06:38
名前: ウホッ!いい男 ID:399BcPf2

今は、ロージアン大陸歴1029年。
私の名前はレイラ・イーリッジ。20歳。
サザラント帝国空軍の新任士官だ。階級は曹長。
私が着任した部隊は、先鋭中の先鋭と呼ばれる第4飛行艦隊。その中の駆逐艦・バゼラーテの先任曹長補佐に任じられた。
部隊に着任し、数ヶ月の雑多な書類仕事や研修を終え、いよいよ作戦従事が認められた時には嬉しさと怖さが入り混じった感情を覚えたものだ。

私が初めて従事する作戦は、大陸東部に位置するバーウィッチ地方への空襲計画だった。
バーウィッチ地方は美しい自然が広がる一方で山岳地方は資源の宝庫であり、かねてより連合軍の要所であったこの地の占領を帝国軍は企てていた。
以前からある程度の規模の侵攻作戦は行われていたものの、堅牢とも言える防御網に撤退を余儀なくされており、今回の作戦は今までにないほどに大規模な作戦が展開されると噂されていた。
作戦開始の12時間前に、私は緊急ブリーフィングにて艦長からその概略を知らされたのである。
 「非常に急で申し訳なく思うが、何しろ急襲作戦なのでね。スパイを防止する意味合いもあったのだ」艦長はそう言い、
「正直言って無謀だ。参謀本部は気が狂ったに違いない。戦いは数が多ければいいというものではないんだ。軍曹、この戦いが君の初陣なのはあまりに気の毒だ」と続けた。

そして、艦長の予言ーー誰にも予想はついたことだがーーは最悪の形で的中することになった。
帝国の首都のルガラントを発ち、艦隊がバーウィッチ地方の軍事境界線を突破するやいなや、地上から極めて激しい砲撃が始まり、我々を待ち構えていた連合軍の大艦隊が宵闇から現れた。
作戦開始からわずか1時間ほどで、私が乗っている艦・バゼラーテの前方を航行していた駆逐艦が墜落し、大破炎上した。
その光景は艦の艦橋からはっきりと見えた。私が人生で初めて見る、人の命が潰えた瞬間だった。
運の悪いことに墜落した艦の破片が飛び上がり、我々の艦の船底に衝突した。
艦橋は怒声と緊急ベルの音、砲撃音で溢れかえっており、まともに上官の指示を聞くこともままならなかった。
墜落の瞬間、私は大きく身を投げ出された。これでもう終わりだ、そう思った。


それからどのくらい経ったのだろう。
目を開けたくなかった。私がまだ生きているという事実を受け入れられなかった。
目を開けたら、見たくないものが見えてしまう。
私は死んだに違いない。きっとそうだ。
痛みが全くない。あれだけ巨大な軍艦が墜落して怪我ひとつないなんて嘘だ。
こんな奇跡はいらない。私だけが生きて、他の人たちが死ぬなんて。
このまま舌を噛み切って死んでしまおうか。
そう思った矢先、遠くから機械音が聞こえてきた。
間違いない。連合軍だ。私は開けたくない目をゆっくりと開けた。

最寄りの連合軍基地に連行された私は、そこで憲兵に調書を取られ、簡単な健康診断をされた。
艦が落ちてゆく光景が頭にこびりついて離れなかった。私と同様に無事助かった帝国兵もいたが、何人かは現実を受け入れられず叫び狂っている者もいた。
その後はこれまた簡単な軍事裁判が開廷したが、わずか10分足らずで収容所行きを告げられて裁判官は忙しそうに退廷した。
そしてまたも手錠をはめられ駅に連行されていき、連合軍の機関車の貨物車に乗せられた。

そして数日が経った。
 汽車はひどく揺れた。秋の雨が降りしきり、貨物内はこれ以上ないほどに寒い。同乗している他の捕虜たちも同じようで、まるで死んでいるかのようにぐったりとあぐらをかいて項垂れている。私は疲労から何度も眠り落ち、汽車が揺れるたびに目を覚ました。
 一体ここはどこなのだろう。
ふと思い出し、カバンの底を探り、大切な香水のアトマイザーがあるかどうか確認した。小さくヒヤリとした感触があり、ふと安堵の息をこぼす。
 蓋を開け、残った香りをかぐ。このフレグランスは、3年前に他界した母が最も愛用していたものだ。こんな冷たい空間の中で、私は亡くなった母の暖かい記憶を思い出す。

 「あの・・・」
ふと隣にいる女性兵士から、柔らかい声で話しかけられた。
 「それ、いい匂いですね。」
 「ありがとう。死んだ母の形見なの。よかったら嗅いでみる?」私は彼女に香水を渡した。
 「わあ・・・。本当にいい香り」
彼女はとても幸せそうな顔をしていた。まるで野原で花を摘む少女のようだ。が、ふと我に返ったのか、何かに気づいたように
 「ごめんなさい。私ったら、こんな緊張感のない・・・」
 「いいの。私が取り出したんだもの。あなた名前は?」
 「はい。申し遅れました。第四艦隊補給艦所属のホリー・ノリッジ伍長です。」
 「私はレイラ・イーリッジ曹長。あなたも第四艦隊?補給艦は落ちたの?」
 「いえ、私の艦は退路を失い、止むを得ず投降しました。」
退路を失い投降した?
ということは作戦は失敗に終わったということ?私は言葉を失った。
 「・・・。」
 「どこに向かっているんでしょうか」と伍長は続けた。
 「捕虜収容所に間違いないんだろうけど・・・」
 「祖国に帰れるんでしょうか」
 「帰れるよ。いつか絶対。戦争だって帝国が勝つに決まってる」
私は無理に微笑んで、伍長と目を合わせた。伍長も私にほほ笑み返してくれた。
話を聞いているうちに、伍長は私と同じ19歳であることがわかった。無論、軍歴も階級も私の方が上だ。だがこの短い時間で、二人の心の間に橋が架かっていることに私は気付いた。この車内で話をしているのは私たち二人だけだ。
 「曹長、もう一度さっきの香水の匂いを嗅がせてください」
 「・・・曹長なんて呼び方はしなくていいわ。同じ年なんだから。下の名前で呼んで」
 「そんな、とても呼べないです」
 「じゃあ私もあなたを下の名前で呼ぶわね。はい、ホリー」と言うと、私は香水を渡した。
 「ありがとうございます・・・。レイラ」

 次第に機関車は速度を弱めていき、車輪の回転音や貨物車の揺れからからもそれは見て取れた。
おそらく駅に止まるのだろう。行き先も何も知らされていない私はそれ以上は何も想像できない。
 しばしの沈黙があった後、貨物車の引き戸が大きく開かれた。冷気が一気に車内に押し寄せてくる。
 「よし、貴様ら。起立!!」
恰幅のいい、あまりハンサムとは言えない中年の兵士が叫んだ。その叫び声はどこか大鳥の鳴き声を想像させた。
私たちは座り続けて固まってしまった腰を上げた。同乗していた他の捕虜たちもぞろぞろと降りていき、私とホリーは後に続いた。
駅は屋内で、屋根はとてつもなく高かった。壁や床は一面頑丈そうな軍用レンガで覆われており、ここが単なる駅ではないことがすぐにわかった。
駅舎には大小さまざまの鉄格子の門がついており、こうしている間にもいくつかの門が開き、兵士たちや荷物が出入りしていた。
 「どこなんでしょうか・・・ここ」ホリーがふと呟いた。
壁には「ミンガイル収容所」と大仰な字で書かれている。
ミンガイル・・・?聞いたことがない。士官学校時代に連合軍の捕虜制度に関する講義があったが、その時にはミンガイルという名前は出てこなかった。

すると門の一つが扉が軋む音を立てながら開き、中からぞろぞろと兵士たちが出てきた。
 「前にぃ・・・ 進め!!」
先ほどの中年兵士の掛け声とともに、私たちのいる隊列は歩み始め、門の中にへと入っていった。
門の中に入ってしまうと、通路内は静かだった。通路内は洞窟を思わせるほどに暗く、光は遠くに見えた。聞こえるのはまばらで定まらない足音だけだ。
ホリーは無意識なのか、私の手のひらをぎゅっと握り、私も強い力で手を握り返した。

通路を出ると、私は目を疑った。
久しぶりに見える空の下に、森の木々のように立っている巨大な煙突からもくもくと立ち込める煙。
血管のように張り巡らされた通気口。
巨大な機械類が単調な動きを繰り返しており、あちこちから作業音やボイラーの音が聞こえてきた。
上を見上げると、簡素な作りの連絡橋が各建物同士を蜘蛛の巣のようにつなげており、空が見えなかった。
工場・・・?これが収容所なの?

まるで一つの都市のようだ。連合軍はいつの間にこれほどの工業力を手に入れたのだろう。
大きなベル音が鳴り響き、頭の上を通っている通路を何人かの作業員が駆け抜けていった。
すると突然私の横で大きな歯車が回転しだし、扉が開くと、戦闘ロボが重い足取りで出てきた。頭部に据え付けられているカメラで私を一瞥すると、そのままどこかにへと歩いて行った。
不気味すぎる。整然としていて全てが規則正しく動いているのに、退廃的でぬくもりが感じられなかった。まるでロボット人間の体内を歩いているみたいだ、と私は思った。
 「レイラ・・・」
ホリーがさらに私に近づき、握った手をさらに強めた。
呼吸が荒くなっているようにも感じ、泣きそうな吐息だ。何か大きな機械音が鳴り響くたびに、ホリーはびくっと体を震わせた。

 隊列が広場にたどり着くと、そこには数人の連合軍士官と、護衛の兵士が銃を構えて待機していた。中年兵が士官の前に駆けつけると、すかさず敬礼をした。
 「総員50名、連行は無事滞りなく完了致しました!!」
すると敬礼をされた女性士官が中年兵に敬礼を返す。
 「ご苦労。早速各員の居房を割り振ってくれ」と彼女は言うと、隊列に向かって声を張り上げた。
 「私がこの収容所の所長、ヘイリー中佐だ。この収容所では貴様ら捕虜たちはもはや勇ましい帝国兵ではない。単なる一人の無力な個人なのだ。不本意であろうが、ここでは連合軍の命令にのみ従ってもらう」
ヘイリー中佐、と名乗ったその女性をよく見つめてみた。
かなり若く見えるのに中佐?どうみても私と同じくらいにしか見えない。

二人組の兵士が隊列を前から順番分けし始める。私はどこに行かなければいけないのだろう。
雨が本降りになり始め、寒さが骨身にしみるほどになってきた。ホリーがまた私の手を握る。
兵士が前にやってきて、名簿を見ながら
 「レイラ・イーリッジ曹長、N-167室・・・覚えとけ」と覇気なく言うと、別の兵士が私の腕を無理に引っ張った。
伍長と繋いだ手がするすると抜け落ち、距離が遠ざかる。
 「レイラ!」とホリーが叫んだ。

次第に彼女の姿は見えなくなっていった。
雨に加えて風が吹き始め、寒さに打たれながら私はとうとう自分が一人になってしまったことを感じた。



兵士は私と他数名を連行し、複雑な道を辿った。
底が見えないほどに長く続く螺旋階段や、薄暗い迷路のような廊下。おそらくこれは脱走防止の策なのだろうな、と私は思った。
ふとすると、私の二人分前を歩いている痩せた女の髪が目に入った。美しい天然のブロンドで、長さは腰まで届きそうなほどだった。
あの人も捕虜?いや、そんなはずはない。あんな髪の長さは軍規に反しているし、体型も軍人のそれではない。着ている服も軍服ではなく、平民のしかも男が着るようなオーバーオールの作業服だ。
おそらく兵役拒否者かだろうか。数年前より連合軍構成国家では兵役義務は男性でなく女性にも課せられている。帝国と連合を問わず、兵役拒否は重罪だ。

そんなことを考えながら私はただ隊列を歩いて行った。
すると、突然迷路のような通路の先に、広間が広がった。
無数のエレベーターの乗り場が点在し、金網ばりの壁越しにも多くのエレベーターが行き来しているのがわかる。
 「お前らはこっちだ」
兵士はさらにそこで隊列を分け、十人いた隊列をさらに五人ごとに分隊した。あのブロンドの女も一緒だ。
女と正面から目があい、たじろいだ。なんて綺麗な人なんだろう、と私は思った。涼しげな切れ目で、顔全体が凛々しさに満ち溢れていた。白い肌には少しシミが出来ていたが、それすらも彼女の美しさのアクセントになっているように感じた。
彼女は何も言わず、その特徴的な瞳で私を見つめた。本人には他意はないのだろうが、私にとってはどことなく、睨まれているような感覚を覚えた。

エレベーターに乗り込み、兵士が行き先の階のボタンを押した。
激しい音がなり、ヒステリックとも形容できるような摩擦音を上げながらさらに地下にへと下がっていく。
兵士は誰も同僚が見ていないことを確認すると、大きなため息を吸い、極めてリラックスした表情を見せた。
 「お前らも付いてないな。ま、ここは決してお前らが思っているよりも悪いところじゃないぞ。」
というと、懐から煙草を取り出してマッチで火をつけ、ひどく美味そうに吸った。
兵士は他の囚人にも煙草の箱を向け、無言で進めたが、誰もそれを受け取らなかった。
 「なんだよ。これからはもうタバコなんて吸いたくても吸えないぞ。」
という言葉を聞くなり、ブロンドの女は焦りを覚えたのか、兵士から半ば強引に一本煙草を受け取った。
兵士はひどく丁寧に、まるで召使いのようにもう一度火をつけると、女の煙草に火をつけた。
 「それでいいんだよ」と兵士は言った。

エレベーター内は煙草の煙でむせかえっている。
私は生来煙草というものが嫌いだったので、すぐに気持ち悪くなってしまった。
兵士は煙草を吸い終えると、口から離して軍靴で踏みつけ、女もそれに続いた。
目標階に着くやいなや、兵士はまるで何かを思い出したかのように、背筋を伸ばした。
ドアが開き、兵士はさらに私たちを誘導し、またも狭い道を二、三度曲がり、施錠してある扉を開けた。
 「ここがお前らがこれから過ごす場所だ。各人は割り振られた居房のドアの前に立つように」

ドアの中に入ると、廊下の横の部屋の扉にそれぞれ番号が書かれてある。
私はドアのすぐ横のN-167室だ。ドアには外から中が見えるように小型の窓が付いている。
 「それでは各人、俺が鍵を開けしだい中に入れ。今日はこのあと夕食が部屋に届けられる。今日1日だけはぐっすり休むんだな」
というと、兵士はまるで鋏と見間違えるほどの鍵を鍵穴に刺した。

恐る恐る中に入る。
灯りは付いてなく、誰もいない。
鉄格子がはめられた小さな窓があるが、日当たりが悪く薄暗くじめじめする。
部屋には左右対称でベッドとクローゼット、机が置かれている。
照明は机の上にロウソクたてがある他は何もなかった。
唯一の所持品だったカバンを置き、帝国軍の軍服を脱ぎ捨てて身軽な格好になったままベッドに横たわった。

もはや絶望以上だ。
戦争が終われば帰れるかもしれないが、それがいつまで続くのか考えただけでも気が狂いそうだった。
ここで短い人生を終えるのかもしれない。19年の人生が頭の中で断片的に浮かび上がる。
お父さん・・・。子供の頃に憧れた、陸軍の軍服を着た広い背中。今は戦地で負傷し、後方勤務に回されている。もしここで私が死んだら、誰も肉親がおらず、ずっと孤独に過ごすことになってしまう。あの広い屋敷の中で、たった一人・・・。
昔いた従者も皆兵役に服したまま連絡が取れなくなった。中庭に咲いている大きな栗の木はまだ枯れていないだろうか。死んだ母の部屋からよく見えたものだ。
あの母の香水のコレクションはどうすればいいだろう。私以外に誰があれを管理すればいいの?
そうだ、友人たちにあげよう。みんなきっと大切に使ってくれるはず・・・。
そんなことを考えていたら、瞼が重くなってきた。



重い扉の音が鳴り、ふと目を覚ます。
長く寝すぎてしまったのか、頭の中がひどく重かった。
外は完全に日が落ち、部屋の灯りは付いていない。
誰か今入ってきたの?食器がぶつかる音がして、食事が運ばれてきたのが分かる。
 「起きなよ」
その声の主は、ベッドに横たわっている私にそういった。ひどく甘い、上ずった声だ。
私は驚き、急いで蝋燭に火をつける。暗い部屋にわずかな光が灯った。私は蝋燭たてをずらし、声の主の顔を見られるようにした。
帽子をかぶった、子供・・・?少年にしか見えない。
私を見下ろすその目は、ひどくパッチリとした人形のような青い瞳だ。目の前にいるのに、なぜかずっと高みの次元から、深淵を覗き込むような達観した表情で私を見下ろしている。

 「あ、ごめんなさい。つい眠ってしまって・・・。」
 「まあいいさ。君、名前は」
 「はい、帝国空軍所属のレイラ・イーリッジ曹長です」
 「ふうん。帝国軍ね。どこの所属だったんだい」
彼は椅子を持ってきて座り、背もたれに腕と顎を乗せた。
 「第四艦隊です」と私がいうと、彼は口笛を吹いた。
 「ほう。第四艦隊か。つい87時間前に壊滅したばかりだね」
 「知っているんですか?」
 「僕の知らないことは何もないよ」
僕、と彼は言ったが、どことなく声の調子やトーンが少女のようだ。

「 あ、申し遅れた。僕の名前はシド。シド・ヘンリット、とこの収容所内では通っている」
シドは被っていた帽子をあげ、軽く礼をした。
 「名前も男だし、こんなをなりしているし、喋り方も男じみているけど、れっきとしたレディさ」

その言葉で全て腑に落ちた。シドは確かに女性だったのだ。
しかし、こんな場所になぜ少女が収容されているのだろう?

 「レイラ、と言ったね。はい、家賃の400ペルド」
シドは何かをおびき寄せるような手つきを私に向けた。何のことかわからずに呆気にとられていると、
「・・・何だよ。一文無しか」
 「そんな、お金なんてないし、何で渡さなきゃいけないの」と私は語気を強めて言った。
 「当たり前だろ。僕の方が先輩なんだし、この収容所内では色々と金が入り用なんだぜ」
その言葉を聞いて私は目の前がくらっとした。お金が必要?ここは収容所でしょ?
 「はあ・・・。世間知らずだね君は。僕が前に一緒に暮らした奴はちゃんと払ってくれたのにな。まあ、今週分はいいよ。それよりもせっかく僕が食事を持ってきたあげたんだ。食べなよ」
机の上にはパンとスープ、わずかばかりの野菜が載ったトレーが置いてある。私は空腹を思い出し、パンにかぶりついた。

 「人間の営みって不思議なもんだね」とシドは私を見ながらふと呟いた。
 「人は腹が減るから食べ物を作る。食べ物を作るために土地を起こす。その土地を手に入れるために他国を侵略する。戦争の根源っていうのは全て人間の食欲じゃないかって、最近そう思うんだ」
 私はシドを一瞥した。
 「知った風な口を聞かないで。特に帝国軍の当てつけは許さない。」
シドは肩をすくめると、またも口笛を吹いた。これが彼女の癖なのだろう。
 「・・・ところで、レイラ。これから金はどうするんだい。何か当てがあるわけでもないだろうに」
 「どうにかして調達する。それしかないじゃない」
 「呆れたね。金がなる木があるわけじゃないんだよ。看守にこっそり賄賂を渡せば労働をズル休みもできるし、抜き打ちの所持品検査だって大目に見てもらえる」
シドは椅子から立ち上がり、窓の下に立った。
外を眺めながら、月明かりを頼りに何かの様子を伺っているように見えた。
 「あなたは金があるの?」
 「そりゃあもう唸るほど持ってるさ。今ここにはないけどね。ちょっとした貴族同然さ。この帽子とゴーグルだって金で手に入れたものさ」

 シドの話し方や振る舞い方はどことなく、昔見た貴族向けの演劇に出てくる少年役のセリフのようであり、少年向けの冒険小説に出てくる勇敢な主人公のようでもあった。
わざとらしさを感じずにはいられない。
収容所の管制塔から照らされる光の一筋が、窓の中から入り、シドの顔を照らした。
まさに少女だ。まつげが長く、鼻筋も通って綺麗だ。髪はかなり短く切り込んでいるものの、身なりを整えて髪を伸ばせば、今日同じ隊列にいたあの女性と同じような美人になるだろう。

 「・・・僕のもとで働くかい」
シドは顔を私に向けて言った。
 「働く?あなたの元で?」
 「そうさ。僕はちょっとした便利屋をここで営んでいてね。ちょうど助手の一人でも欲しいと思ってたんだ」
便利屋を営む、どういうことだろう。あまりにも謎が多いこの少女がさらに私に謎の追い討ちをかける。
 「もし君がその気になってくれれば僕は嬉しい。家賃も住み込みってことでタダにしてあげるよ」
 「便利屋、って一体何なの」
 「よし。百聞は一見に如かず。今僕が君の依頼を受けてあげよう。入社サービスってことでね。」
まだ私は同意していない。私はそう思ったが、さっきまで金をせびっていたシドが急に家賃をタダにする、などと言い出したので渋々聞き入れることにした。
 「何か、食べたいものだとか欲しいもの、その他何でもいいよ。この収容所内でできる事なら何か一つやってあげよう」
シドが用意した夕食を食べ終えると、思いを巡らせた。この収容所内で?食べ物なんか今はいらないし、欲しいものといえば単に無事で釈放される、ということだけだ。そうだ、ホリー。ホリーはどこに行ったんだろう。今頃無事だといいけれど・・・。
 「・・・私と今日、一緒の列車で連行された帝国軍の兵士の女の子がいるの。その子がどこにいて、無事かどうか確かめて欲しい。それが私の依頼」
 「なるほど。承知致しました。それで、その女の子の名前と特徴、その他分かることを出来るだけ教えてくれないか」
私はホリーの名前を伝え、外見の特徴・話し方・最後に別れた場所をシドに伝えた。
シドは真剣な表情で話を聞き、時折頷いた。
 「了解した。そのホリーって娘、ちょっと調べてこよう」
シドは立ち上がると、何やらぶつぶつと独り言を呟きながらドアの前に立った。
 「ねえ、その扉ってもう外から施錠してあって出れないよ?どうやって出るの?」
私がそういうと、シドは「ちょっと手品を見せてあげよう」というと、ドアの前に立ち、ドアノブを掴んだ。
 「・・・。」
 「・・・。」
しばしの沈黙があり、ロックが解除される音がした。
シドはまるで当たり前のようにドアノブをひねり、外にそそくさと出て行った。

どういうことだろう。
さっきから謎が多すぎて頭が混乱してきた。
実は明晰夢を見ているのではないか。そう思い太ももをつねるが、痛かった。
私はもう一度ベッドに横になり、シドの帰りを待つことにした。
夜に一人でこの部屋にいるのは、いささか不安な気持ちだった。
子供の頃から見たあの夢を思い出す。「誰か俺を救ってくれ」と。きっと彼を救ってあげたならば、私はもうあの恐ろしい夢を見ずに済むだろう。

それから眠れず、ずっとベットに横になったまま、窓から流れ出る鋭角な光の筋を追っていた。外からは秋の虫の声が聞こえるばかり。ふとドアが開き、シドが帰ってきた。
 「ただいま。ホリーちゃんのことね。全部調べてきたよ」
シドは帰るなりどかっとベッドに腰を下ろし、子供らしく足をばたつかせている。私は起き上がり、シドの顔を見つめながら報告を聞いた。
 「ホリーちゃん、今いる場所なんだが・・・。正直言ってあまり喜ばしくないところだ。あの子がいるGブロックっていう場所はだね、ベルモンド家の巣窟だ」
 「ベルモンド家・・・?」
 「そう。ベルモンド家って奴らはね、「トニーノ・ベルモンド」っていう、いけすかない親父の元に組織されているチンピラどもさ」
 「そんな。ホリーはそこにいるってわけ?」
 「よりにもよってGブロックの120番代だ。あそこに近づくだけでもヒヤヒヤものだったさ」
 「様子はどうだった?」
 「うーん。ひどく精神的に参っているみたいだ。今のところ特に危害を加えられたりはしてなさそうだけど」

私が初めてホリーと出会ってから、特に長い時間を共有したわけではない。一緒にいたのもたかだか半日かそのくらいだろう。
それでも二人の間には確かに絆が芽生えていたということを私は確信していた。
いくら帝国の徴兵制度が男女平等だとはいえ、ホリーには兵士という立場はあまりにも似合わなさすぎると私は考えていた。
今頃帝国にいる彼女の両親はどんな気持ちで彼女を待っているだろう。
まさかこんな得体の知れない収容所の、危険地帯にいるなんて。
そんなことを少し考えるだけで心が痛んだ。

 「ねえ、シド」
 「ん?なんだい」
 「もしあなたの下で働いたら、ホリーを救える?」
シドは私を何も言わず見つめている。
 「私、あなたの下で働かせてもらう。お金のためじゃない。ホリーを救ってあげて、できることなら自由の身にしてあげたい。ただそれだけ」
 「その心意気、気に入った!」シドは膝を打った。

 「じゃ、君は僕の助手だ。よろしく、レイラ」
シドは手を差し伸べてきて、私も彼女の手を握った。少女特有の柔らかい掌だ。
暗い部屋の中で、少女の不自然な笑顔がくっきりと浮かんだ。

 「ならばまず、僕の秘密の内の一つを教えなきゃね」
 「秘密?」
 「そうさ。さっき君も見たろ。僕の稼業の商売道具というかね。」
シドはまた立ち上がり、ドアの前に立った。

 「・・・僕は、この収容所に入ってからある【力】に目覚めたんだ。」
シドは自分の手のひらをまじまじと見つめ、言葉に合わせるようにドアノブを掴んだ。
 「それは、どんな【ロック】も開けられるってこと」
 「【ロック】を開ける?」
さっきと同じようにシドがドアノブを掴むと、鍵が解除される音がした。 
 「そう。どんなに厳重に施錠してある扉も何故か開けてしまえる。扉だけじゃない。金庫でもなんでも、とにかく【ロック】されているものは全て開けられるんだ」

シドはドアを開けた。
 「君にとっておきの場所を見せてあげよう。おいで」

部分別小説情報
掲載日2019年 04月25日 15時38分最終更新日 2019年 04月29日 20時37分
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Re: そこには一人の男がいた。 ( No.3 )
   
日時: 2019/04/30 07:04
名前: ウホッ!いい男 ID:399BcPf2

サザラント帝国は、大陸内の国家間で締結されたヘイスター軍事協定を突如破棄し、皇帝ヘドヴァル王の指揮の元に周辺諸国への進出を開始した。後にロージアン大戦と呼ばれる戦争の始まりだ。
帝国は実用化されて間もない飛行軍艦と全自動の機械兵を実戦に投入し、わずか半年ほどで近隣諸国を制圧してしまった。
そしてサザラント軍に対抗するために、軍事協定を締結した国家間で「ヘイスター軍事連合軍」が発足し、長い戦いが始まった。
当初帝国と連合双方のは早期講和を望んでおり、誰もがこの戦争は長く続かないだろうと楽観していた。しかしお互いの講和内容の不一致が発生し、その期待は大きく裏切られる形になった。
更に帝国においても、国王であり軍の最高指揮官であるヘドヴァル王が病に伏せ、タカ派である宰相のコンラード・ヴァプソムが軍の実権を握るようになった。
帝国と連合の戦いは次第に泥沼化していき、講話はもはや遠い夢物語にへとなってしまった。
戦争が始まって早30年が経とうとしていた・・・。
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