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[3345] そんな彼女の普通理論。
   
日時: 2014/03/20 19:11
名前: 九輪桜◆eFdNRq9Ybw ID:oLHDJl.k

 ***

 だらだらとラブコメとか書いてます。


そんな彼女の普通理論。

 普通を探してなんとやら。

【目次】

 ○第零記:常識の定義
 >>81

 第一部 設立される常識部
 ○第一記:求められる常識
 >>82-83
 ○第二記:学院最強ノ教師
 >>87-88
 ○第三記:ポスターとか呼び名とか不条理とか
 >>89 >>99
 ○第四記:お嬢様と執事なあいつ
 >>100-101
 ○第五記:不器用で不良なあの人
 >>102 >>104
 ○第六記:作戦参謀対御頭様
 >>107-108
 ○追記一:山吹色の菓子
 >>109


 第二部 退屈する五條刹那
 第三部 爆走する御巫亜李吾
 第四部 杞憂する香夜千夜
 第五部 観察する黒邸翔
 第六部 激怒する水連寺菫
 第七部 決意する出雲蒼太


こーひーあばんちゅーる

 甘ったるいコーヒーを飲んでたら、なんとなく逃避行したくなった。

【目次】

 登場人物 >>56

 T マイペース上司とナンパ同僚と無謀係長とあたしだけの職場です(ただし素敵ではない)
 >>57 >>59-66 >>70-73 >>77-78

 U 家出少年を捕まえろ
 >>79-80 >>84-86 >>90

 V たのしい休日の過ごし方
 >>91-92
 1.皇と
 >>93
 2.係長と
 >>94
 3.明之さんと
 >>95
 4.うーちゃんと
 >>96

 W 迷子の民事不介入
 >>97-98 >>103 >>105-106

 X という夢を見たのさ!
 Y 犬猿の仲(警視庁と警察庁)
 Z おにいちゃん
 [ それなんてエロゲ?
 \ 窓際部署
 ] 最後の対策係

 終 珈琲色の逃避行

*****

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 このスレの小説を含めて、様々な小説の番外編を主にのっけてちょります。

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Re: こーひーあばんちゅーる ( No.105 )
   
日時: 2013/10/18 10:31
名前: 九輪桜◆eFdNRq9Ybw ID:5f7i6/DY

 翌朝、朝食を食べていると先に食べ終えたのであろう梅子が立ち上がり、洗面台に行ってから近くの鏡台で化粧をし始めた。
 普段何もなければアイラインやらファンデくらいの軽いものなのに今日は嫌に気合が入っているように見える。不思議に思って問いかける。

「デート?」
「合コン」

 ああ、と納得する自分が嫌だ。
「何も朝から気合満タンで化粧しなくても」と苦笑してみるも梅子は特別気にした様子もなく「あんた馬鹿?」と首を傾げた。

「合コンっていうのは戦場なのよ。気を抜いた奴が負けるの」
「そういうもんなのかねぇ」
「そうよ。あんたももう歳も歳なんだし合コンの一つや二つ行ったら? どうせ暇でしょ」
「今はくっそ忙しいの」

 正式な命令じゃないけど。
 へーと大して興味なさげに言ってからマスカラでまつげを上げる作業に入り始めた。トーストをかじりながらその光景を見守る。

「なんでもいいけどさ。あたしはあんたと一緒に三十路まで売れ残りなんてごめんだから」
「失礼な。うーちゃんこそ男運ないんだからどーせまた変な男に引っかかっても知らないよ」
「ひ、引っかからないわよ! 今日は医大メンバーとだもん。今までの安っぽい三流二流の男とは違うわ」

 はいはいそれはいつも合コンの度に聞くお言葉ですよ。
 コーヒーを飲み切ってから食器をキッチンへ戻して、占領されている鏡のわずかなスペースを見ながら髪を結わく。

「ていうか化粧濃くない?」
「そんなことないわよ」
「ケバいよ絶対」
「薄いわよ!」

 吠えられた。正しいことしか言ってないのに。
 へいへいと肩を落として縛り終えた髪をぽんぽんといじる。歯磨きしないとなぁと足は洗面台に向かう。
 本当に梅子は男運は悪い癖に結婚に急いでいるところがあるので困ってしまう。むしろ焦っているからこそ変な男に引っかかるのではなかろうかという意見もあるが彼女の男運の悪いところは学生時代からなので多分元々持ち合わせているものだと思われる。
 そういえばこの間朝の番組で合コンに出ると婚期を逃すとか言っていた気がする。教えてやった方がいいだろうか。
 可愛いんだから焦らなくてもなるようになるとは思っているのだが言うと夕飯を抜かれてしまうため一生懸命我慢している。
 梅子が結婚したら多分この共同生活も終わりを告げるのだろうがその場合あたしの晩御飯は誰が作ってくれるのだろう。そろそろ自炊を覚悟しなければいけないのか。
 かくいうあたしはさして結婚というものに興味を抱いていない。結婚欲丸出しの人間が身近に二人もいるからなのか、あるいは元刑事という肩書があたしを仕事人間へと成長させたのかは定かではないが。
 口をゆすいでから「結婚かぁ」と一人呟く。やっぱりいつかはした方がいいんだろうか。
 口元をタオルで拭っていると化粧は終わったのか梅子の声が大きく響いた。

「雪絵ー! もういいー? 出るわよー!」
「あ、うん」

 考えても仕方ないことだ。
 洗面所から出てかばんを拾い上げながらそれよりまずは今目前にある問題を解決させるべきだろうと思った。



 ここまでの話を聞き終えると龍ヶ崎監察官がまず感想を口にした。

「楽しいお友達がいますのね、香林さんには」
「気苦労が絶えませんが」

 小さく溜め息を吐きだすとふふっと笑った監察官。他人から聞けばこんなもんなんだろうか。
 しかし、流れでうっかり梅子のことまで話してしまった。監察官にあんたの話したよなんて言えば大激怒だろう。黙っていよう。

「それで、こんなお話をしたのだから逆にわたくしに聞きたいことがあったのではなくて?」
「あ、まぁ」

 苦笑しながら素直に問いかける。

「道真明之警部補の元婚約者が本当に中小路先生なのか、もしかしたら監察官ならご存知ないかな、と」

 あたしの問いかけに龍ヶ崎監察官は甲高く笑った。

「ごめんなさい、さすがのわたくしもそこまでは」
「で、ですよねー。すいません」
「でもどうしてそんなことをお聞きになられて?」

 最初、その質問の意図がよくわからなかった。
「どうして、とは」問いかけに問いかけで返すという一般的にやってはいけないことをしてしまったものの彼女は気を悪くしたわけでもなさそうに続けた。

「いえ、そんな質問に及んだ動機ですわ。単純な興味なのか、これからのあなたたち、つまり少年対策係の業務に支障が出ると感じたのか、あるいはもっと別の考えがあったのか」
「ああ、そういう」

 そこでようやく理解したあたしは彼女から視線を逸らしつつ「強いて言えばやっぱりただの好奇心、ですかね」

「素直でよろしい」
「でも、なんかそれだけじゃないっていうか。知っておいた方がいいかも、って思ったっていうか」
「いわゆる刑事の勘、というものですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし……」

 あたし自身もそこがあまりはっきりしない。
 ただ、あたしの中にあるはずもない第六感がこれだけは確認しておけと言っている気がしてならないのだ。中小路紫乃芙と明之さんは本当にどこかでつながっているのかどうか。でもそれを本人には確認してはいけない気がする。きっとしたところで教えてくれる気もしない。

「そういえば彼も同じことを聞きましたわね。コウ君、だったかしら」
「スメラギです」

 なんであたしがあいつの苗字を訂正してやらねばならんのだと思いながら内心首を傾げる。
 皇もまた、このことが気になっていたらしい。そりゃ奴の性格上それはなんら不思議ではないのだがそれだけではない気がする。
 一人で考え込んでいると「はい横道にそれたお話はおしまい」ぱんぱんと龍ヶ崎監察官が手を叩いた。

「とにかく続きを教えてくださる? その日、高校にも行ったのですよね?」
「ええ、まぁ……」

 急に本題が戻ってきて戸惑いつつ「それじゃ」と再び口を開いた。
メンテ
Re: こーひーあばんちゅーる ( No.106 )
   
日時: 2013/11/24 16:24
名前: 九輪桜◆eFdNRq9Ybw ID:vODV/qwk

 午後、いわゆる学生たちには放課後と呼ばれる時間帯、あたしと皇を引きつれた明之さんはとある高校の門の前に立っていた。
 公立の、それなりに大きい学校だった。名前だけなら聞かなくもないかな程度だ。
 校門の方は帰宅を急ぐ高校生たちで溢れ返っていた。どうやら男子制服は紺色のブレザーのようだが女子の方は今時珍しく藍色のセーラー服のようだった。
 かばんは男女ともに同じもの。なるほど明之さんの言う通り、ここからなら学校を特定することも可能だろう。
 楽しげに話し込む女子高生を見つめる皇を小突く。

「なに見てんの?」
「やっぱり女子高生は素晴らしいな、っていうのともう一個」

 未だに女子を見つめたまま奴が小さく唸る。

「いや、この制服見覚えあるんだよ」

 なんだったっけ、と皇が頭を抱えていると「何してるの?」と無感情な声が響く。
 目の前には赤みがかった三つ編みにされた長い髪に銀色の眼鏡、手元には読みながら歩いていたようでハードカバーの本がある。あたしも何度か会ったことがある。ぽんと皇が手を打った。

「そうそう、アンがこんな風に着てた気が」

 それからはっとしたように彼女を見つめ返して、一言。

「アン!?」
「なに」
「いやいや、お前なんでこんなところに」
「こっちの台詞」

 眼鏡を外しながら彼女は愛らしく息を吐いた。そんな彼女を見ながら明之さんがああ、と納得していた。

「アンさん、ここの学生さんだったんですか」
「はい。一応。道真さんたちはお仕事ですか?」
「ええ、まぁ」

 にっこり応対されてそうですか、とアンちゃんが明之さんから視線を逸らす。代わりにあたしにその視線が向けられる。

「道真さんと香林さんがいなかったら生徒指導部の先生に竜を通報するところでした」
「あれ!? おかしくね!?」
「ボコボコにぶちのめされればいいのに」
「雪絵!?」

 しまったつい本音が。
 口元を押さえながら笑って誤魔化す。

「ひでーぞ」
「そんなことより」
「いつだってあなたの言葉が一番傷つくんですよ道真さん」
「……僕はコウくんのこと好きなのに」
「世界一信用できない好意の吐露をありがとうございます」

 しかし、そんなもんはマジでどうでもいいとばかりに明之さんは「職員室は」とごく当たり前の質問を吐き出した。

「事務室通り過ぎてすぐある階段のぼればすぐに。事務室で多分受け付けしたら教えてくれると思います」
「そう。どうもありがとう。引き留めてごめんね」
「いえ、わたしが気になっただけなので。道真さんも香林さんも頑張ってください」
「そうするよ」
「ありがとうアンちゃん」

 なんか約一名足りなかった気がするが気のせいだろう。
 ついでにその約一名が何か言いたげにアンちゃんの方を見ていたがガン無視だった。「それじゃ」と一礼してから眼鏡をかけて、再びハードカバーを読みながら歩きだしてしまった。その後ろ姿に皇が投げ掛ける。

「歩きながら本読むとあぶねーぞ。気をつけろよ」
「……エロゲーやりながら準備してたらタンスの角に小指ぶつけた竜に言われたくない」
「なぜそれを!?」
「あんな大声で騒がれたら筒抜け」

 ああ、そういえば同じアパートなんだっけな。
 そう言いながらハードカバーと眼鏡をかばんの中にしまってさっさと行ってしまった。

「それでは、僕らも行きましょうか」
「そうですね」

 ジャケットの襟を正しながらアンちゃんとは逆方向に歩いていく明之さんの後を追った。



 受け付けで警察だといえば当然ながらいい顔はされなかった。それでも事情を話せばなんとか理解して貰えたらしく、彼の担任の先生と話ができることになった。
 応接間で待たされること五分、「お待たせしました」と現れたのはジャージ姿の大体四十代半ばほどの男性だった。いかにも体育教師らしくがっしりとした体つきについ身を引いた。

「担任の御坂(みさか)です」

 どこか警戒心が滲む顔にも動じずに明之さんはいつもの笑顔のままで軽く頭を下げた。

「突然申し訳ありませんでした。警視庁の道真と申します」
「同じく皇です」
「香林です」

 ぺこりと頭を下げ、もう一度上げるとやはりその顔にはどこか鬱陶しそうな表情が浮かんでいた。
 どうぞ、を促されてソファに腰かけると面倒そうに御坂先生が口を開いた。

「それで、確か」
「ええ、先生のクラスの北条くんについて」
「あいつ何かしたんですか?」

 溜め息を押し殺した様子で問われ、いえと慌てて首を左右に振る。じゃあなんなんだといわんばかりの視線には明之さんが笑顔で答えた。

「ただ、少し気になることが。少しでも何かあれば調べるのが僕らの仕事なものですから」
「ご苦労さまです」

 心にもなさそうにそう言って「でもあいつ、今年の六月ごろからほとんど学校に来てないですから」はぁ、と生返事。

「そう、なんですか?」
「ええ。テスト以外は」
「なんでまた」
「知りませんよ」

 皇の質問に少し苛立った風に答えて「いじめがあったわけでもないし、家で何かあったのかと聞いても答えないし」

「そうですか。では、先生から見て何か気になることなどは」
「別に」

 視線を逸らし気味でそう言われて、そうですかと返すしかなかった。
 大した収穫になりそうもない。がっくり肩を落とすと「ただ」と先生。

「ただ?」
「いや、一時期あいつネグレクトを受けていたんじゃないかって話があって」



「ネグレクト、ですか」

 龍ヶ崎監察官の言葉に小さく頷いて返す。

「えっと監察官はネグレクトのことは」
「一応、知識程度には。育児放棄、のことでいいんですわよね?」
「まぁ、大体は」

 あたしもさほど説明上手ではないし、もしかしたら事前に話を聞かれていた明之さんたちがどうこうしているのかもしれないが念のため説明だけは軽くしてみようかと口を開く。

「食事や衣服の供与を適切に行わなかったり、長い時間の保護放棄、時折行われる虐待、最悪の場合は死に至るケースも少なくはありません」
「さすがに詳しいんですのね」
「こんな係にいますから、嫌でもそういう話は聞くんです」

 苦笑しながら「一課にいた頃も、時々犯人が幼少期にネグレクトを受けていた、っていう話もありましたし」

「ああ、そういえばあなたは一課員でしたのよね」

 はい、と頷く。いつか戻ってやるのが夢なのだ。

「そういうことでしたら児童相談所の管轄ですわね。警察の仕事ではないですわ」
「はい。事実、そういう話が出たときに実際北条家に児相が行ったこともあったみたいで、そっちの方にも話聞いたりもしましたし」
「でも、そういう範疇では収まらない話にしてくださったのですわね、あなたたちが。わたくしたち警察のお仕事に見事変換してくれたんですわ」

 まるで御坂先生のような気だるそうな監察官に少しだけむっとしつつ「お言葉ですが」と反論だけ述べてみる。

「どうなっても結果的にはこのことは警察の問題になったわけで、むしろ莉子ちゃんはそう思ったからこそ一度家にやって来た児相ではなくわたしたち警察を」
「御託はいいですわ」
「御託って……」
「それで?」

 首を傾げられた。

「そのあと、どうなったんですの?」
メンテ
Re: そんな彼女の普通理論。 ( No.107 )
   
日時: 2013/12/01 11:50
名前: 九輪桜◆eFdNRq9Ybw ID:mKV/pbos

 第六記:作戦参謀対御頭様


 由々しき事態だ。
 廊下を歩きながら俺は素直にそう思っていた。
 無理もないだろう。何せ、あの常識部とかいう未だにまともに活動していないどころか副部長ですら何をするのか全く理解できていない謎部活にまた一人愉快な仲間を引きこんでしまったのだ。
 何が悲しくて、訳の分からん部活を校内に蔓延らせなければならないんだ。
 せめて五條刹那が何をどう考えているのかが分かればなんとかなったのかもしれないがあの女の思考を理解しようにも俺がどれだけ鍛錬を積んだところでどうにかなる問題じゃない気がする。RPGで言うところの負けイベントなのだ。負けるしかない。
 そうして犠牲になったところで世界が救われるわけでも幸せになるわけでもないのだからうんざりする。

「はぁー」

 盛大に溜め息をつきながらがっくり肩を落とす。
 それでも律儀に第六会議室に行こうとするので俺は本当に救いようのない大馬鹿野郎なのかもしれない。
 そんなことを考えながら階段を登り切ったあたりで「え、ええと」と戸惑ったような聴き慣れてしまった声が聞こえてきた。

「あ、あの、千夜、そういうの本当に興味なくって」
「まぁまぁそう言わずさ。ちょっと見て行ったあとでお茶してくれるだけでいいからさ」

 何かの部活の勧誘にかまけたナンパらしい。
 全く校内でよーそんなことすると思いながらこのまま素通りするのも先輩的に酷い気がするので助けに行こうかと一歩踏み出す。

「何されてるんですか?」

 後ろから柔らかい、落ち着いた声が聞こえてきた。
 振り返ると、俺と同じ制服を着た男子生徒が立っている。焦げ茶色の少し長めの髪を指先でいじりながら「いや、だから」と柔和な笑みを浮かべた。

「何してるのか、って聞いたんですけど」

 びくっと相手の男が千夜ちゃんから手を離した。それから裏返った声を出しながら背筋をぴんと伸ばした。

「く、黒邸(くろやしき)さん……!」
「また勧誘ですか?」
「え、ええ、ま、ままままぁ」

 かつかつと足音を立てながら歩み寄ってくる彼に男が後ずさっていく。
 まるで仕事をサボっていたところを上司に糾弾されている部下のようだと呑気に見ていると「熱心なのは結構ですが、嫌がる方を無理やり、というのは感心しかねますね」

「す、すすすみませんっす!」
「確か、あなたには先週も同じよーなお話をしたと思うのですが」

 くいっと男の顎を持ち上げながら彼は変わらずにこにことした笑みを浮かべている。それに泣きそうな顔する男、どう考えても普通じゃない。ああ、千夜ちゃんが居なかったら今すぐ回れ右しておうちに帰りたい!
 周りの生徒たちもざわめきだした。それを横目で見て「ここでは目立ちますね、場所を変えましょう」

「ひ」
「返事」
「は、はひぃ!」

 まったく、と息を吐いてから彼は硬直している千夜ちゃんまで歩み寄ると「彼がご迷惑をおかけしたようで申し訳ない。僕が代わってお詫びします」と深々頭を下げた。
 千夜ちゃんがぶんぶんと首を左右に振る。

「そ、そんな!」
「彼にはよく言ってきかせますので今回のところは大目に見ていただけないでしょうか」
「いえ、ち、わ、わたしもそんなに気にしていないのであ、あのどうぞ頭をあげて……!」

 あわわと今にも泡吹いて倒れそうな千夜ちゃんを頭をあげながら彼はもう一度視線を向けた。

「ああ、確認が遅れて申し訳ない。お怪我は?」
「そんな! ちょっとお話してただけなんです! ほ、ほんとに! ね?」
「あ、はははい!」

 手を左右に振りながら慌てて千夜ちゃんが男の方に同意を求めれば勢いよく頷いた。

「そうでしたか。ではかえって大事にしてしまってご迷惑だったでしょうか」
「とんでもないです! あの、ほんとに……」

 頭の下げ合いでこのままだと千夜ちゃんが殺されそうだ。
 そう思っていたものの彼はぐいっと男の腕をとると「とにかく、この度は申し訳ありませんでした。このお詫びはまた後日にでも。失礼いたします」と立ち去って行ってしまった。
 思わず、茫然と立ち尽くしてからやがてはっとして「千夜ちゃん!」と慌てて彼女に駆け寄った。

「そ、そーたせんぱいいぃ」

 へにゃへにゃとその場にへたり込みながら今にも泣きそうな顔を向けてくる彼女の背中をぽんぽんと叩いた。

「なんかえらい目にあってたな。ごめんね、すぐ行かなくて」
「いえ……た、ただびっくりしましたぁ」

 俺の手を掴みながらふらふらと立ち上がった彼女は「今の方、何者なんでしょう?」と首を傾げた。

「さあ」

 そう言って苦笑するしか他なかった。



 千夜ちゃんを連れ、第六会議室にやってくると今日もポテチと紅茶という不思議な組み合わせを片手に時代劇を見入っている水連寺先生がいた。

「こんにちは、先生」

 声をかけると彼女はくるっとこちらを向いて「御機嫌よう、スミス君に香夜さん」とポテチを口に放り込んだ。

「ど、どうも……」
「お嬢様に出雲さま、本日は嫌にやってくるのが遅うございましたね」

 恭しく一礼しながらそんな問いを発する自分の執事に「うん、ちょっと……」と力なく項垂れながら椅子に腰かけた。
 画面の中で斬り合う侍たちに見入る先生を一瞥してから俺もその目の前に腰かけると園咲さんが心配そうに千夜ちゃんを覗き込んだ。

「どうかなさいましたか、お嬢様。この園咲でよろしければ、お話くださいませ」
「大したことじゃないの。ただちょっと上級生に絡まれちゃって。あ、いや知らない人に助けてもらったんだけど」

 じろっと園咲さんが俺を睨み付けてくる。

「俺じゃないですよ!」
「いえ、なぜてめーが助けなかったこのポンコツという意味の視線にございます」
「……園咲さんって俺のことも嫌いなんですか?」
「とんでもない。好意を持って接しております」

 好意を持って接してそれなのか。
 どう返したらいいのか分からず、困っていると「やけに廊下の方が騒がしかったな」とつかつかカップ片手に刹那がやって来た。

「いたのかお前」
「なんだ、文句あるか?」
「別に」

 差し出されたカップを受け取ると刹那は俺の隣にあった椅子に腰かけて「千夜、お前誰に助けられたのだ?」

「あ、それがお名前は聞いてなくて」
「あーでも、確か、黒邸さん、って言ってなかった? ほら千夜ちゃんに絡んでた奴の方が」

 上級生っぽかったし、知らないのも無理ないが。
 そんな風に考えながら言った俺の言葉に反応したのは意外にも先生だった。

「黒邸……?」
「なんだ、菫、知り合いか?」
「……ええ、知り合いというか知りすぎというか」

 溜め息を押し殺すようにしてから一旦画面を停止させた先生はこちらに歩み寄って来て困ったように笑う。

「三年、黒邸翔(しょう)。わたくしをはじめ、生徒指導部に知らぬ教師はいないわ」
「ちょっと待ってください先生、生徒指導部なんですか?」
「何か問題でも?」

 にこっと微笑まれていえ、と視線を逸らす。なんというか意外すぎてそっちの方に驚いてしまった。
 一方でうーんと千夜ちゃんが唸る。

「生徒指導、を受けるような方には見えませんでしたけど」
「ええ、事実彼は一度も生徒指導を受けたことはありません」
「ならばなぜ、生徒指導部の有名人なのだ」
「これ以上はわたくしの口からはとてもとても」
「あいつは不良グループの頭なんだよ」

 どこか苛ついたような声が聞こえてきた。
 振り返ると亜李吾さんが腕を組みながら扉の前で不満げにこちらを見ていた。どうやら今来たところらしい。
 挨拶もそこそこに、彼女は続けた。

「もっとも、あいつが表立って何かをするわけじゃない」
「と、言いますと」
「あくまでも裏で人を操って自分は不介入を貫くの。先生も生徒指導しづらいんだよね、その手だと」

 亜李吾さんがちらりと見ると水連寺先生は知らん顔して再びテレビの前へと戻ってしまった。そんな彼女を見て亜李吾さんが肩をすくめる。

「今はあいつ、そのグループを抜けたけど今でもその力の強さたるや恐ろしいこと。そこら一帯の不良ならすぐに丸め込むと思うよ」

 ああ、それであんなにヘコヘコしてたのかあのナンパ男。
 嫌に納得していると「御巫さまはなにゆえ、そこまで詳しいのですか?」と園咲さんが首を傾げた。それに亜李吾さんはきょとんとしてからやがて「あ、そっか」とぽんと手を打った。

「そういやこの話してなかったもんね。刹那ちゃんが知ってる風だったからうっかり話すの忘れちった」

 てへと笑いながら亜李吾さんは「わたしも一時期、不良グループの長だったことあってさ。中学の頃の話だけど。今は真面目にやってるんだよ」その髪色はなんだと聞きたいのをぐっと堪えた。

「よく言いますね、わたくしに生徒指導されている癖に」
「そう言わないでよ菫センセー」

 くねっと体を曲げてから「とにかく」と目を細めた。

「『バロン』のことだ、なんか裏にある! そうじゃなきゃおかしいもん!」
「……『バロン』?」
「黒邸のこと!」

 ばんっと机を叩いて立ち上がって、「そもそもあいつ、あたしを倒すためにこの学校に入ったんだ! そうに違いない! つまり千夜ちゃん助けたのだってあたしへの宣戦布告!」と再び会議室の扉に手を掛けた。

「亜李吾さんどこ行くんですか!?」
「売られた喧嘩は買うのが御巫家の決まりなのだー!」

 そう叫びながら駆け出して行ってしまった。
 思わず千夜ちゃんと一緒に刹那に視線を向けると奴は悩ましそうに頭を抱えてから立ち上がった。

「追うぞ」

 それだけ言って廊下へと出て行く刹那の背中を慌てて追い掛けた。
メンテ
Re: そんな彼女の普通理論。 ( No.108 )
   
日時: 2013/12/29 18:45
名前: 九輪桜◆eFdNRq9Ybw ID:kmu35fh2

 廊下を物凄い勢いで歩いていく亜李吾さんを慌てて追い掛ける。

「あ、亜李吾さん!」
「あの野郎、今日こそぎゃふんと言わせちゃる!」
「それは無理だろう」

 大股で歩きながらずかずかと歩いていく亜李吾さんの後に続きながら刹那が告げる。
 紫色の鮮やかな髪を揺らしながらこちらを見た彼女はむっとした表情で自分を見つめる彼女に刹那が腕を組んだ。

「私は実際にぎゃふんと言った奴を見たことがない」
「そういうことじゃないだろ」
「そうなのか?」
「そうだよ」

 呆れながら答えると難しそうに頭を抱えられてしまった。何も難しくないのに。一番難しいのはお前の考え方だというのに。
 すっかり勢いを奪われたのか足を止めながら「じゃ、じゃあ」と額に手を当てながら亜李吾さんが言う。

「ぎゃーとかわーとか言わせちゃる! あるいはあんぎゃー!」
「あんぎゃーって……」
「もーとにかく黒邸の奴に痛い目見せてやるんだから!」

 地団駄踏みながら亜李吾さんが叫ぶ。

「あのクールぶった面歪ませてやる! 見てろよ黒邸!」
「僕がなんですか?」
「だから黒邸、に」

 極々自然に会話に加わった声に答えようとして亜李吾さんは目を見開いた。
 後ろにいたのはまさにその話題の人、だった。びくっと千夜ちゃんが肩を跳ね上がらせてからぱっと刹那の背中に隠れてしまった。

 そして、亜李吾さんはといえば。

「黒邸!」

 ばっと距離を取って彼と向き合うとぎゅっと唇を噛み締めた。

「お久しぶりです、御巫さん。まだ生きてたんですね」
「余計なお世話」

 けっと吐き捨ててから「そっちもお変わりなさそうじゃん」と腕を組んだ。

「お陰様で。それにしても」

 柔和な笑顔を浮かべたままでこちらを見た彼は軽く頭を下げてから続けた。

「どうしてあなたがここに?」
「決まってんじゃん」

 口の端を引き上げながら亜李吾さんがそれに答える。

「うちの後輩がお世話になったみたいだからお礼を言いに来たんだよ」
「後輩?」

 彼が不思議そうに首を傾げるのを見て、「部活の後輩」と淡々と亜李吾さんが答えれば一拍置いてから彼が言う。

「常識部」

 ぽつりと聞こえたその単語に反応したのは部長たる刹那だった。

「ほう、うちの部を知っているのか」
「ええ」

 にこっと微笑んだ彼は「何せ」とポケットから何かを取り出した。綺麗に折りたたまれたそれは先日、俺の分が無理やり記入されていたものだ。

「入部希望者なものですから」



 今にも殴り合いを始めそうな亜李吾さんを連れて部室まで戻ってくるとまさに時代劇が終わったところだったのか水連寺先生がテレビを見つめながら涙を拭っていた。
 手元にあるカップを傾けながらスタッフロールを眺めている。もう片方の留守番だった園咲さんは千夜ちゃんの姿を見つけるなりドアに駆け寄ってきて腰を折り曲げ、頭を下げた。

「お帰りなさいませ、皆様」

 と、顔を上げてから驚いたように目を見開いた。

「はて、そちらは」
「入部希望だ」

 やれやれと溜め息をつきながら刹那が園咲さんの脇をすり抜けて「菫」

「なんですか、今感動に浸っているところなんですけど」
「サインをよこせ。判子もだ」
「なんですかそれが教師に物を頼む態度」

 と振り返った先生は「あら」と黒邸さんの姿を捉えて薄く笑った。

「マフィアのドンがいますね」
「そんな物騒な例えやめていただけますか。ただの一生徒ですよ」
「どういうつもりですか?」
「マフィアのドンが部活に入るのはおかしいですか?」

 くすっと笑った彼に先生がふふっと笑い返した。

「いいえ。素晴らしい心がけだと思います」

 それからちらりと亜李吾さんを見て「てっきり彼女を追ってきたのかと」

「まさか」
「ですよねー」

 そのやり取りにふんと顔を逸らして亜李吾さんが椅子に腰かけたところで先生に入部届を預け、改めてこちらに向き直った。
 柔らかい笑顔は不良がどうだのマフィアのドンだのとはとても思えない。あんなにチンピラがへこへこしていたとは未だに信じられないものがある。

「改めて、三年、黒邸翔です。どうぞよろしく」

 その黒い瞳を見返しながら「ええと」と名乗ろうと口を開きかけると「出雲蒼太くん」

「え、あ、はい!?」

 まさか先に名前を言われるとは思わずに驚きながら恐る恐る問いかける。

「な、なんで俺の名前」
「すいません。ここに来るまでに少しだけ調べました」

 そう言って刹那と千夜ちゃんの方を見て軽く微笑んだ。

「部長の五條刹那さんと一年の香夜千夜さん。後ろにいらっしゃるのは執事の園咲さん」
「ほう」
「ふぇ!?」

 感心したような刹那とびっくりしてまた肩を跳ね上がらせる千夜ちゃん。園咲さんは「これはこれは」と困ったように笑っていた。

「この園咲、見知らぬ方に名を知られるとはとんだ失態でございました」
「あなたのことは以前から興味深いと思ってましたので」
「……わたくしのことを以前から?」
「お姉さんのことを」

 園咲さんが眉を寄せた。

「あの姉はわたくしの唯一にして最大の汚点でございます。なんの関係もございません」
「そうですか」

 にこにこと笑っているのに平和な空気を感じられないのは何故だろう。
「とにかくだ」腰に手を当てながら刹那がにこり、というよりはにやりという擬音が似合う笑みを浮かべた。

「これで五人揃ったな、部員が」
「五人揃うと何かあるのか?」
「ない。ただライトノベルとかは大抵五人だろう、つまり部活も五人くらいが普通なんだ」
「なんだそのめちゃくちゃな理屈は」

 呆れながら満足ならばまぁいいかと思ってしまう俺も居たのであった。
 ツッコむ気にもなれず、これからどうするかと考える気にもなれず。小さく肩を落としているとつんつんとそこを突かれた。

「スミス君、スミス君」
「なんですか」

 もうスミスに関しては無駄な抵抗だということが分かっていた。

「あれ、観ましたか?」
「あれ?」

 きらきらとした瞳で問いかけられて首を傾げてから少し記憶を探る。
 それからやがて、突っかかりを見つけて「あ」と声を漏らした。このタイミングで聞く方も聞く方だと思うがそういえば先生から時代劇のDVDを借りていたような気がする。

「すいません、まだです」
「あら、いけませんね」
「すぐに返した方がいいですか?」
「いえ。ただ早く感想が聞きたくて」
「はぁ」

 それどころじゃないだろうに自由だな、この人本当に。
メンテ
Re: そんな彼女の普通理論。 ( No.109 )
   
日時: 2014/03/20 19:10
名前: 九輪桜◆eFdNRq9Ybw ID:oLHDJl.k

 追記一:山吹色の菓子


 食器を洗い終えてから、手を拭って唸る。
 どう考えても厄介に巻き込まれているのは事実だ。どうしたものかと思いながらとりあえずカバンの中を探る。
 中から引きずり出したのはプラチックのケースに入れられた一枚のDVDだった。
 先日水連寺大先生から受け取った時代劇のDVDである。受け取った、まではよかったもののずっとカバンの中に放置したままだった。
 時代劇というものにさほど興味を持った記憶は今までなかった。嫌いというわけではないが特別好きというわけでもなく、やることもない日に別に見るものもなかったら見る程度のものだった。
 とはいえ、あの学校一とも噂されている水連寺先生から借りてきてしまったDVDだ。見ずに返すのもなんだか面倒くさそうなので結局、デッキにディスクを飲みこませることにした。
 ごとごと音を立てながら中身を読み込んでいくデッキを眺めていると「何やってるネ、あおにい」と背後から聴き慣れた声が鼓膜を揺らした。

「おー楓來(ふうらい)、おかえり」

 黒い髪を二つに分けて、束ねて団子状に丸めて結う。俗にお団子頭呼ばれる髪型をしたこの女、名前は出雲楓來といい、俺の妹に当たる。中学生で、今は僅華学院の中等部に通っている。

「ただいま。で、何してるネ? エロビデオか? え? 家の中で堂々とエロビデオ観るアル?」
「んなわきゃあるか」

 ぺちんと楓來の額を弾いて溜め息を吐く。
 何かの漫画か、それともアニメか。何に影響されたのかは不明だが楓來が不自然な日本語をしゃべるようになったのは中学編入が決まったあたりだった。
 別に日本語が話せないわけではなく、多分単なるキャラ付けなのだろう。いつもまっすぐ下ろしていた黒髪も団子状に結えと言ってくるようになって、気分はすっかりどこぞの「チャイナ娘」だ。
 なんだか無理に止めるのも面倒で、別に悪いことをしているというわけでもないのでこれに関しては放っておいている。

「時代劇観ようと思ってさ」
「あおにいが時代劇?」
「なんだその似合わないと言いたげな目は」

 リモコンを拾い上げてソファに腰かけると荷物を放り投げながら楓來も隣に座って来た。

「どういう風の吹き回しネ?」
「部活の顧問が貸してくれてさ」
「顧問?」

 疑わしそうな目で見られて肩をすくめる。

「あおにいどんな部活入ってるアル? まさか、常識部とか言わないネ?」

 思わず固まった。
 信じられない。てっきり騒ぎになっているのは高等部だけだと思っていたのにすでに中等部にもその名を馳せていたとは。誰のせいだ。刹那か、先生か。いや、どうせなら両方だろう。
 無言で楓來から目を逸らしつつ再生ボタンを押す。その俺の態度に楓來は黒い目をかっぴらいてわなわな震えた。

「マジ!?」
「あーあーほら、始まったから静かにしてろって」
「ちょ、マジアルか! じゃあ何ネ、あの学院最悪の教師水連寺菫と一緒にいるアルか!?」

 ぎゃーぎゃー喚く妹に「うーるーさーい」とわざとらしく耳を塞ぐ。
 しばらく納得できなさそうにしていたものの楓來は諦めてでもくれたのかやがて何も言わずにテレビに視線を向けた。
 すでに再生を始めていたテレビにはありがちな始まりとしていかにも悪徳そうな商人がこれまた悪そうな顔をした代官に菓子の箱を差し出すシーンが映し出されていた。
 なぜかソファの上で体育座りする楓來は何やってんだという瞳を気だるそうに画面に向けていたもののその箱が開かれて、中に入っているのが菓子ではなく、小判と分かるやくるっと俺の方を見た。

「あおにい……江戸時代は小判型のお菓子が流行ったアルか?」
「お菓子に見せかけて小判を渡すのが流行ってたんだよ」

 実際流行っていたかは知らないが。
 楓來は不思議そうに首を傾げてから「なんで」

「袖の下って知らない?」
「……袖の下?」

 自分の服の袖をじっと見つめる楓來に苦笑する。

「賄賂だよ、賄賂」
「あ、あー!」

 ぽんと楓來は手を打って、俺から視線を逸らしながら「も、勿論知ってたネ!」

「嘘くせ」
「う、うるさい! 黙って観るヨロシ!」

 ぷくっと頬を膨らませる楓來にはいはい、と適当に返事しながらまた画面に視線を向けた。



「ふ、ふおおお……!」

 画面の中の殺陣の様子を見て、楓來は足をバタバタと上下させた。
 すでに何本目に到達したかカウントするのも忘れていたがさすがに厳選されていると言っていただけのことはあって非常に面白い。新旧の違いやタイトルの違いこそあれ、大まかな流れとしてはどうしようもない悪党がいて、それを叩き切って行くようなものが多かった。煩雑としたものがない分、分かりやすくていい。殺陣にしてもいちいちかっこいい。
 ただひたすら会議室を占拠して、永遠と再放送を観ているだけではないらしい。
 主人公である役人と代官が刀を交える。鋭い金属音に小さく身震いした楓來は「ちょーかっこいい……!」とキャラ付けも忘れて目を輝かせている。

「あおにい、刀……刀欲しい……」
「そんなぷるぷるしながらこっち見ても無理だ」

 現代には銃刀法というものがある。
 うーと難しそうな顔をする楓來に苦笑すると「なーに観てんだお前ら」とソファの後ろから声がかかった。

「あ、りゅーにい!」
「おーおかえり龍兄」

 ネクタイを緩めながら「ん」と小さく返事する人物は出雲家長男であり、俺の兄でもある。
 あまりに自分の名前が『アレ』だというので弟と妹である俺たちは彼のことを名前の一文字を取って「龍兄」と呼んでいる。もう社会人として立派に働いて、俺たちを母親から引きはがしてくれた人でもある。
 その龍兄はテレビを見て「お、懐かしいもん観てんじゃん」と笑った。

「りゅーにいこれ知ってるネ?」
「おー、俺が学生の頃やってた。これが大好きなクラスメイトがいて、毎週顔輝かせながら話聞かされた」

 役者の名前を呟きながら「やっぱかっこいいなぁ、この人」と龍兄はうんうんと頷いていた。

「んで、どうしたんだよこんなの」
「学校の先生に勧められてさ。観てみたら面白くって」
「へぇ」

 カバンを床に置きながらちらっと後ろを見た龍兄は「つーか」と首を傾げた。

「蒼太、飯は?」

 ぴたっと動きを止める。
 そういえば、まだ何も準備していない。仕事で多忙な龍兄や料理嫌いの楓來に代わってこの家で料理をするのは俺のわけだが、その俺は今の今まで時代劇を観るのに夢中になってしまっていておかずはおろか、炊飯器のスイッチすら入れていない。
 慌てて立ち上がる。

「やべぇ、忘れてた! ちょ、待って、今から作るから! パスタとかでいい!?」
「おー」
「あおにいのうっかりー、お腹空いたネ」
「お前も今まで一緒に観てたんだろうが!」

 妹に叫びながらエプロンを拾い上げて、キッチンに駆け込んだ。
メンテ

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