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[3290] 青の中に沈む春【完結】
   
日時: 2018/09/01 15:56
名前: 地球儀 ID:SIYuGe1Y



その中に飛び込むことを、私たちは躊躇していた








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第四章 ----1 ( No.19 )
   
日時: 2018/07/21 10:51
名前: 地球儀 ID:btwfMiZ2

 暦の上では早春へと変わってしまった、とある冬の朝。
 私はブレザーを羽織ると、そのポケットの中にタカダマコトから貰った“お守り”を入れる。
 ついに今日が、満月の見える日だ。簡単なようで、ちっとも上手くいかなかったある計画のことに想いを馳せると、自然と胸が高鳴る。
 私は律義にもタカダマコトの言う通りに満月の昼間を待った。しかし、雨や曇りでその機会は巡ってこなかった。
 天候は気まぐれなものだと、小学生の時以来久しぶりに雨や曇りを呪った。
 少し欠けた月なら満月にカウントされるかもしれないと思った私は絵に少し触れてみたが、乾燥した絵具の表面は私の指を押し返した。

 昼休みを告げるチャイムが鳴るころ、私は真っ先に上田がいるクラスへと向かう。ちょうど上田は購買部へ行こうとしているところだった。
「ごめん、頼みがあるの。予冷が鳴る前に私がここに来なかったら、体調が悪いから早退したことにしたって私のクラスまで言いに行って欲しいの」
「へ? いつの間にサボるようなキャラになったの?」
 上田は目を見開き、私の顔を凝視する。私の言葉に戸惑っていたが、ひとまず頼みは引き受けてくれた。
 上田のいる教室を離れると、私は昇降口へと向かう。昇降口の近くは人が居なかった。昼休みは人気が少ない場所で良かったと安心する。
 私はごちゃごちゃと転がっている忘れ物たちの間をぬって、1枚の絵のもとに辿り着く。廃棄される予定のロッカーにたてかけられた絵画。この場所は、歴代のめんどくさがりやな卒業生たちが置いていった物たちが息を潜めているのだ。
 絵の前には、タカダマコトが居た。
「お久しぶりです」
 私の言葉に彼は応えなかったが、代わりに右手を差し出してくる。促されるままに
手を乗せて気づいたのだが、目の前にいるタカダマコトの手には体温が無かった。
「私は彼ではないよ」
 私の様子に気づいたのか、彼はそう言った。そして、私の目の前で額縁に手をかけて絵の中に入ってゆくと、そのまま私を絵の中に引き込んでいった。
 カンバスが私の頬をかすめた。
メンテ
第四章 ----2 ( No.20 )
   
日時: 2018/07/22 10:45
名前: 地球儀 ID:eZEpPTG6

 マコトの絵の中は、様々な彩度と明度を持つ色みが砂嵐のように渦巻いている。目の前で吹雪くそれらに圧倒されて、私は息もできないまま立ち止まってしまう。タカダマコトに似た人物は風上に立って、私を色の砂嵐から庇う。
「ゆっくりでいいので前に進みましょう。この嵐は止まないので、ここから移動しなければなりません」
 私は声を出せないため、頷いて応えた。
 その時、猫が現れた。猫は色の砂嵐の干渉を受けずに私のもとに歩いてくる。足にすりつく姿は、私に足を動かすよう促しているように見える。
私は右足を前に出す。続いて、左足。私が足を止めないように猫はぴったりと私の足にくっつく。踏んでしまいそうなのが心配だが、それでも猫がいるということで心強くなった。
 耳元では砂嵐の吹き荒れる音に合わせて、マコトやタカダマコト、朝倉小夜さんの声が聞こえてくる。何を言っているのかまでは聞き取れないが、声の大きさや調子だけで、なんとなくだが彼らの間に流れる気まずい空気を感じ取ることができる。
 私が中に入り込んだこの作品は、3人がそれぞれの道を決めた頃に描かれたものなのかもしれない。
 マコトの抱いた感情が、彼の記憶が、砂嵐となって渦巻いている。
 一際強い風を受けて立ち止まった時、制服のポケットから淡い青色の光が放たれる。光は次第に大きくなっていき砂嵐を押しのけると、見慣れた美術室の風景が目の前に広がる。私はその中に立つマコトの姿を捉えた。
 彼はうちの学校の、以前のデザインの制服を着ている。私たちに気づいて、彼は振り返る。
「朝倉?」
「え?」
 彼は今、私を見て朝倉と言った。戸惑う私を、タカダマコトに似た男が小突いてくる。
「彼の話を聞いてくれ」
 私は頷き、視線をマコトへと戻す。
「朝倉、やっぱり美大を目指さないか? 朝倉だって行きたかったんだろ? それなのに、親の期待に応えて違う道を選んだから……そんなことしなかったら朝倉は生きていたのに……」
 マコトは私の腕を掴もうとする。しかし、その手はすっと私を通り抜けた。その瞬間、青い光が消えて再び砂嵐が流れ込んでくる。マコトの姿は、砂嵐にかき消されていった。

 私は、息が詰まりそうだ。

 頭の中に浮かんでくるのは、朝倉小夜さんの訃報が記された記事。彼女は大学に進学後、授業の一環で外国に滞在した際に災害に巻き込まれていて他の同級生と共に行方不明となっていた。その彼女は、私が高校に入学した年にに発見されて死亡が確認されたのだ。
 それだからこそ、あの春の朝、この学校に居る古株の先生たちは玲ちゃんの姿を見て驚いたのだ。亡くなった生徒の生き写しのような人物が現れたのだから。
 私は知っていた。
 あの記事を読んだ日の前後に忌引きで上田と橘先輩が休んでいたことを。
 美術室の窓から玲ちゃんを見かけたときのマコトの目を。
 
 私は彼らの環の中に入っていなかったが、彼らが駆け引きしてる様子をずっと外から見ていた。
 その中に招かれる日が来るとは知らずに。
「こっちへおいで」
 タカダマコトに似た人物が私の手を引いて歩きだす。私はつられて足を動かした。しかし、足は震えてガタガタと動いていてとても不格好に歩いていたに違いない。
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第四章 ----3 ( No.21 )
   
日時: 2018/07/29 08:41
名前: 地球儀 ID:Z/eAXYMg

 砂嵐の中を進むうちに、すっと体が楽になって今までの感覚が無くなると、急に身体に重力がかかってくる。自分の身に何が起こっているのか分かった時には、私はクッションの上に落ちていた。その隣では猫が綺麗に着地している。
「無事でよかった」
 私が落下した音を聞きつけて“知識”が部屋の奥から現れる。
 クッションはあるものの地面に体を打ちつけているのにかわりはないのであるから文句を言いたいところではあるが、私は彼に礼を言う。
 “知識”は振り返り、壁に掛かるマコトの絵を見つめる。
「あの絵は、彼が学生の頃に描いていたのだが完成しなかった。憧れていた2人が専門の道に進まなかったから罪悪感を持って描いていたんだよ。自分だけ美術の道に進めて良いのかと。彼は本当に、2人の絵が好きだったからね」
「そう、彼は高校を卒業する頃からスランプに陥っていたんだ」
 タカダマコトに似た男も話に加わる。
「あの、あなたは一体誰なんですか?」
 私の問いに答えたのは“知識”だった。
「彼はタカタマコトにとっての“美術”だ。彼が高校を卒業したころから急に姿が変わってね。恐らく彼は “美術”と向き合う時には常にタカダマコトのことを意識して、彼と自分を比べていたのだろう」
「……そうですか」
 “友達”の話をしているマコトは楽しそうだった。しかし、今も彼にとっての“美術”がそのタカダマコトの姿をしているのであれば、マコトはまだ引きずっているのかもしれない。憧れと焦燥を。
 私はポケットの中から“お守り”を取り出す。その“お守り”を見て、“知識”はにっこりと微笑んだ。
「彼女を守ってくれてありがとう、朝倉さん」
「本当に、危ないところを助けてもらいました」
 私はそう言って、“知識”にそれを手渡す。彼は掌にあるそれを懐かしそうに眺めた。そして、彼は私の掌の中に“お守り”を戻す。
「青い花を咲かせる植物は他の色のものと比べると少ない。それは、青色は本来植物の中にある色ではないからわざわざ作らないといけないためなんだ。あえて苦難の待ち構える道を選んだ時、そのために続けた努力が他には無い貴重な1つになるはずだ。結果はどうであれ、ね」
 彼はそう言うと、私の肩を叩いた。
「帰りはあちらの絵の方からが良いでしょう」
 “知識”が指す方の壁には、私の知っている作品がかけられている。私は思わず彼の顔を見た。彼はニコニコとして頷く。
 帰り道になる絵は、私がコンクールに向けて描いた静物画だ。
「私はこの作品、好きなんです」
「ありがとうございます」
 “知識”の言葉は嬉しいけれどこそばゆい気持ちになる。私たちが絵に入られるように彼が台を用意してくれている間、私はにやにやと頬が緩んでしまっている自分に気が付いた。
「お邪魔しました」
「また来てくれたら嬉しいな」
 マコトの“美術”が先に絵の中に入り、私の方へ手を伸ばす。私は“知識”にお辞儀してから“美術”の手を掴み、絵の中へ入っていった。
メンテ
第四章 ----4 ( No.22 )
   
日時: 2018/08/18 19:44
名前: 地球儀 ID:0y4MeFOk

 私の絵の中は、幾層もの青色が広がっていた。それらには時折、木漏れ日のように別の色の光が現れて私たちに光を落とす。
 マコトの“美術”は手を伸ばして、青い層に触れて歩く。きらきらとした光りが、彼の指の間から零れて宙を舞う。

「君はずっと僕らと彼らを見ていたんだね」
「はい。観察することは得意なんです」
「なるほど。でも、これからは君もこの中に入ってもがくことになるだろう。“将来”から与えられた猶予はもう終わったんだ。君はこれから夢を形にしていかなければならない。その道は途方もなく長い。完成と再構築の繰り返しの中で君たちはずっと僕らに語りかけ、問いかけてゆくんだ。たとえ君たちがこの世から離れても、僕たちが君たちの想いを誰かに伝えていくことができるように」

 マコトの“美術”は立ち止まって、私の方に振り向く。
「道を変えてもいいかい? 会って欲しいんだ」
 “美術”が指さす先には、猫が居た。マコトの絵の中で私の足を押してくれた猫。私たちが猫に近づくと、柔らかなグレーのトーンが辺りに広がる。猫の足元にはピーコックブルーの影が落ちている。
「……もしかして、この猫?」
「そう。この猫こそが朝倉小夜にとっての“美術”」
 マコトの“美術”が目線で合図すると、猫は優雅な足取りで私の前へと歩み寄る。
「こうして話すのは初めてね。人間と話せて嬉しいわ。小夜と話していたころを思い出すもの。小夜はずっと私に話しかけてくれていた。だから、私はこれからずっとあの子が見た景色やあの子の気持ちを伝えていくの。あの子の絵がこの世にある限り。ただ、あの子の家族や友人たちのことを解決できるほどの力は持ち合わせていないから、あなたにお願いしたいの。新しい絵描きの卵さん、どうか彼らをまた会わせてあげて」
「はい。必ず」
 私の言葉を聞いて、朝倉小夜さんの“美術”はガラス玉のような綺麗な瞳を細める。
「ありがとう。では、頼みますよ」
朝倉小夜さんの“美術”の声に合わせて淡いグレーの光の層が、“美術”たちの背後から現れて彼を透過する。その光が私の横を通り過ぎると、気づけば私は美術室の床に倒れこんでいた。
 身体を起こすと、教卓の裏にある戸棚に目が留まる。そこには1枚の絵があった。少女と猫が描かれている水彩画。描かれている猫は、朝倉小夜さんの“美術”と姿が似ていた。私は端が黄ばんでいるその絵を裏返してみた。そこには、『優衣ちゃんとターナー』と書かれている。
 “優衣ちゃん”と書かれた文字を見た瞬間、橘先輩の顔が浮かんできた。
 みんな、朝倉小夜さんと繋がっていたのだ。
 思い出してみると、ことのきっかけは橘先輩から絵具のチューブを受け取ったことだ。
 壁に掛かる時計を見ると、もう午後の授業は終わっていた。運動部の掛け声もまだ聞こえていないから、もしかしたらホームルームが終わった直後なのかもしれない。
 彼は隣の部屋にいる。
 なんとなくそう思えた私は立ち上がって、制服をはたく。美術室を出て、隣にある美術準備室の扉に手をかけた。扉は難なく開いた。

 美術準備室の扉を開けると、電気は消されている。薄暗い部屋の中。窓から入る光でホコリがきらきらと光っている。私はその中で、真正面の奥に置かれている机に顔を突っ伏しているマコトを見つけた。
 寝ているのかもしれない。
 私は恐る恐る彼に近づく。
 起きてもらわないといけないが、起こしてはいけないような気もした。

「先生はずるいです。周りの人たちに本音を受け止めてもらえているのに、心配してもらってるのに、その人たちから逃げてばっかり。みんな先生の進む道を否定しなかったのに、どうして逃げる必要があるんですか?」

 マコトがもぞもぞと動く。動いたが、まだ顔をあげない。

「絵を描けば描くほど、あいつらどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。描いているのは楽しかった。描けない時も、絵のことを考えているだけで心が満たされていた。でも、絵のことを考える度に苦しくもなるんだ。俺が好きだった絵を描いていた人たちはもう美術の道を出ていったのに、自分はこのまま描き続けていいのだろうかと考えていると。そう悩むのが怖くてあいつらを避けていた」

 うつ伏せになっているマコトの周りで、光を反射したホコリが不規則に動きを変えてゆく。
 外の音を遮断した、静かな室内は私の耳にマコトの絵の中の音を送りこむ。砂嵐のあの音が聞こえてくる。

「いつも思うんだ。あの時、俺が朝倉を美術の道に引っ張っていたらどうなっていたんだろうって」
「そんな風に考えちゃだめです。朝倉さんの決断を否定するようなことになります。進む道を決めるときの気持ちを、先生は知っていますよね?」

 マコトは笑った。俯いたまま笑い声をあげた。
 体を震わせて笑うマコトの周りを、不規則な光が舞う。
 私は鼻の奥に痛みを感じた。

「参ったなあ。白木を逃げ道にしていたバチが当たったのかな」
「本当にずるいですよね。降参して朝倉さんたちに会いに行ってください」
 
 マコトは体を起こした。顔は手で覆っている。少し目をおさえた後で、彼は顔から手を離した。少し赤い目が、ぼんやりとどこともない1点を見ている。
 私はポケットから“お守り”を取り出して、マコトの前に置いた。彼はそれを手に取り、キャップに描かれている『あさくら』の文字を見る。
 マコトは何も話さずに、時おり鼻をすすった。
 私はもう、彼にかける言葉を持ち合わせておらず、震える彼の肩を見ているしかなかった。彼の背後にはいくつかのキャンバスが並んでおり、そのうちの1つは白色で塗りつぶされている。

 こうしてようやく、彼がこの校舎で過ごした日々の1つが、彼の中で終止符を打ったのだ。
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第四章 ----5 ( No.23 )
   
日時: 2018/09/15 21:17
名前: 地球儀 ID:gQnPLqHU

 2月のとある朝。今日は先輩たちの卒業式の日だ。
 私は学校の駐輪場に自転車を停めて、そのままグラウンド近くの自販機置き場へ向かう。いつもより早くに来ているためか、人気が無い。あと少ししたら運動部の朝練が始まるのだろう。
自販機置き場には、もう上田が来ていた。その隣には、岩崎が居る。予想外の人物の登場に、私は驚いた。
 というのも、少し早めに来て話せないかと、上田から連絡があったため私はここに来たのだ。その話の内容はマコトたちのことだろうと予想していたため、岩崎がなぜここにいるのか見当がつかない。
「岩崎も手伝ってくれていたんだよ。前に絵が入れ替わっていたことがあったでしょ? 小夜さんが描かれてる絵を入れ替えたら、マコトに何か変化があるかもしれないっていうタカダさんの提案でやったんだよね。あの絵は全てタカダさんが描いて玲ちゃんが仕上げたものを私と玲ちゃんで運んで、人が少ないときに岩崎が学校に来て入れ替えたんだよ。こいつ、そういう企み事は昔から得意だから。私たち、何かしらあの3人と縁があったから協力していたってわけ」
「そうだったんだ。岩崎まで加わっていたなんて意外」
「悪かったな、巻き込んで」
「気にしないで。あと、橘先輩も加わっていたんだよね?」
 私の言葉に、上田と岩崎は顔を見合わせる。このことに気づいていたことは予想外だったようだ。
「先輩が卒業するまではね。マコトが頑固だったから苦労してたよ、先輩。そこで、先輩は自分の交代相手として瞭子に目を付けたんだ。美術に向き合う姿がマコトに似ているから、瞭子なら何とかなるかもしれないって直感したんだって」
 私と上田と岩崎は自販機置き場から外へ出て、春の日差しをくぐって教室へと向かった。まだ肌寒い朝。昨日までは低く垂れこめた雲が雪を落としていったが、今日は柔らかな青色の空が広がっている。
「ねえ、朝倉小夜さんってどんな人だったの?」
「“みんなのお姉ちゃん”ってとこかな。小さい頃に橘先輩も私も岩崎もよく一緒に遊んでもらってたんだよね。まあ、岩崎にとっては“未来のお嫁さん”だったっけ?」
岩崎は顔を真っ赤にして「やめろ上田!」と言った後、恥ずかしさのあまりそのまま校舎の中へ早足で消えてしまった。
 私と上田は、そんな岩崎の様子を見送ったあと、それぞれの教室に戻った。

 卒業式が終わると、私たち在校生代表は外に出て花道を作り、先輩たちを見送っていた。卒業生全員が会場から出てくると、在校生たちはお世話になった先輩の元へ行き記念撮影をしていた。
 昨年は橘先輩と話したくてうろうろしていたが、今年卒業する先輩たちとはぎくしゃくしたままだったため、いまひとつ会いに行けないでいた。手持ちぶさたな私は校門の壁に寄りかかり、記念撮影している人たちを眺めていた。
「白木さん」
 呼びかけに顔を上げた私はぎょっとして声の主の顔をまじまじと見てしまったそこには元部長の、桐原先輩が立っていた。
桐原先輩は穏やかな笑みを見せた。それは間違いなく何の意図も持たないで私に見せているのがわかる。
「今日で最後になってしまうわね。ずっと言いたかったんだけど、白木さんがコンクールに出した作品、すごく良かった。私、あの作品が好きなの」
「ありがとうございます……」
「部活も一番頑張っているのは白木さんね。もしかして、美大に進むの?」
「美大は……その……行きたいですけど……」
なかなか言葉が続かないでいると、先輩は私の肩に優しく手を置いた。
「白木さん、どんな答えを選択したっていつか誰かがあなたを責めると思う。あなたに対する希望は人それぞれ違うものを抱いているもの。それなら、自分が楽しめると直感的に思った道に進んだ方がお得よ」
 私は先輩の目を見る。前は睨まれているようで合わせづらかったその目を。しかし、今ではそのようには見えない。
 私は、とても寂しくなった。私は、全く先輩のことを見ていなかったことに気づかされた。
「先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
 先輩は手を振ると、記念写真を撮り合う同級生たちの元へと戻っていった。
 先輩と入れ替わりに、マコトが姿を現した。期末試験もあって美術室に近寄っていなかったから、あの日以来久しぶりに彼を見た。
「白木、忘れ物はちゃんとタカダに返してきたぞ。この前、朝倉の墓参りに一緒に行ったときにな」
「そうですか」
「……ありがとうな」
「私は特にこれといったことはしてないですよ。お礼言わなきゃいけないのは橘先輩や上田やタカダさんや、……とにかくいっぱいいるんですからね」
 マコトは笑いながらも、「それは大変だなぁ」と言いながら頭を掻く。
「さて、白木には次の模試で志望校欄に美大の名前を書き連ねられるようにプレゼンしてやるから覚悟しておけ」
「おてやわらかに」
 マコトから逃げるように視線を逸らすと、校門のすぐ近くに猫が座っているのが見えた。地面にピーコックブルーの陰を落とす猫。猫は私に向かってゆっくりと目を瞑って見せると、そのまま美術室がある南館の中へと入っていった。




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書くのが遅くて完結まで6年もかかってしまいました……。
もしずっと読んでくださっていた方がいましたらとても嬉しいです。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
メンテ

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