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[1902] ポケットモンスター≪レジェンド≫ 〜『ホクト越冬隊』
日時: 2014/11/15 17:45
名前: レッド ID:QJBcMWNY

ポケットモンスター≪LEGEND≫
※(物語のあらすじはネタバレとなりますのでご注意ください)

※(一部のポケモンが、通常は覚えない技を覚えている描写がありますが、ご容赦ください。
  Ex:ルカリオの『ほのおの誓い』:ゾロアの『鬼火』:スイクンの『コールドフレア』など)

◆作中のポケモンのステータスを公開しています。
◆作中に登場した「このポケモンのステータスが見たい!」という要望があればお寄せください。


――――――――――――――――――――――――――――
★お知らせ★
最近、ブランド物の広告のような、作品と全く関係のない悪質な宣伝行為を立て続けに行われます。対策として、作品更新後はすぐに『スレッドロック』状態にして、書き込みを受付けないようにすることとしました。もし作品への感想等およせいただくことがありましても、基本は受付けることができません。誠に残念ですが、作品に悪戯される不快な行為を防止するためですので、何卒ご理解お願いします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――


>>2- 第1章 〜古(1000年)の咆哮〜アンジェラス. 
>>86- 【物語のあらすじ】

>>87- 序章:ミュウと始まりの夏休み
>>114- 【物語のあらすじ】


>>115- 第2章 〜追憶の勇者 ルカリオ
>>8- 登場人物
>>18- これまでに訪れた街

>>267- 追章:迷子のリオルと愛のしらべ

>>324- 終章:王家の使者と波導の宝玉
>>323-登場人物

>>368- 新章:氷の大地を突き進め『南極大陸 作品』〜北斗越冬隊

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Re: ポケットモンスター≪レジェンド≫ 〜『ホクト越冬隊』+お知らせ ( No.374 )
日時: 2014/11/15 17:52
名前: レッド ID:QJBcMWNY


 ザザッ!と雪をかき分け、アキラは一人、犬ぞりで南の中継地を目指していた。
走っているのは5頭、いつものグラエナではなく、臨時のチームだ。先頭を走るグラエナも違う。
人の世界とは離れた、静寂。グラエナの息遣いと足音だけ。不気味すぎる静けさにももう慣れた。
白い息、遠くを見る視線、指先で感じ、巧みに操る手綱。それだけで意のままに速度を変える群れ。

 群れにリードでストップをかけると、勢いよく群れは停止した。
自ら重心を右に傾けて反りを横滑りさせると、横転する寸前で片足を着き静止させる。
見事に薄い雪の膜をはね上げたソリは静かに止まり、アキラはネックを口元に引き上げた。

「ここが7つ目の観測地か…。おっさん、もう始めてるかな」
『グォウ!』

 腹をすかせて吠える一頭をなだめ、目の前の建物を見上げた。
雪に埋もれているが、間違いなくオズの建てた中継地点である建物である。
アキラは時計を覗き込んでブリザードまでの時間を確かめると、ソリの積荷に歩み寄った。

「おい、メシは後だ。ちょっと抑えろよ、食欲は」
『バゥ!ガゥウ!』
「あいあい」

 苛立って指に甘噛みしてくるグラエナを押しのけ、積荷から機械を取り出す。
もう何度も繰り返した操作方法で組立て、雪の上に立ち上げる。アイスドリルのハンドルを回した。
ガリガリと氷の表面を削り、奥へと沈み込んでいくドリルで、氷にボルトを打ち込む。
きっちりと固定すればブリザードにも吹き飛ばされない。上にブルーシートをかけて準備完了。

「さて。メシにすっか、つってもお前らだけだけど」

 尾を振って集まってくるグラエナたちにもみくちゃにされながら、エサ皿に肉を放り込む。
我さきにと、バリバリと音を立てて骨を噛み砕き、肉を豪快に食いちぎるグラエナの姿は野生だ。
ちなみに与えている肉は、なんの肉かとオズに聞いたが答えては貰えなかった。
彼曰く、ポケモンフーズなんて軟弱なものを食べていては、氷の大地では気が削げるという。
野生の底力と本能を呼び覚まし、気力を全開にさせなくては反りは引けないのだという。
だから肉だって野生の…、と言いかけたところでオズは口をつぐんだ。無骨な顔で「忘れろ」と言われた。

(なんだろう…、ひょっとしておれも育てたことのあるポケモンかな…)

 嫌な絵が浮かんでしまって、思考を停止した。ただ我武者羅にガツガツと食べるグラエナを眺める。
これも、他のポケモンよりもがたいが良い理由のひとつなのか…。だとしたら真似るのは難しい。
ポケモントレーナーとして、オズのグラエナたちを観察することに決めてから、こうしたところに目を配るも、それはやはり特殊な環境で。
アキラはため息をつき、せめてこの餌がなんなのか、勇気を出して今夜オズに聞いてみようと思った。

ゲップ、と豪快な音を立てて食事を終えたグラエナを見つめる。
腹を満たしたグラエナは、この極寒の地だというのに悠々と昼寝を始める。
雪の上に寝そべり、剛毛に包まれた体を惜しげもなく横たえた。すぐに、ぐー…と寝息が聞こえる。
…逞しすぎて、言葉もねぇというかなんというか。あと数時間でブリザードだというのに。
アキラはため息をつき、ちょうど目の前にいて食事を終えたばかりのグラエナを捕まえた。
自分も雪の上に座り込んで両足を伸ばし、その間にグラエナの体をひっくり返して抱き込む。

「アカ…、てめぇは先導犬でもないのに、よく走るよなぁ?」

 このグラエナ…、群れの中で一番小柄な体を持つのは、アカだ。
人一倍臆病で、なにかあればあっという間に逃げ出す根性なし。ただ群れで一番に足が速い。
ただ先頭を走らせるだけならアカでもいい、とオズに言われて驚いたが、なるほどアカは一目散によく走った。
群れの先頭を突っ走れば、本来のリーダーよりも速いチームになる。群れは、メンバーしだいで改造できるのだ。

 アカをひっくり返したまま、前足を掴んでプラプラさせたり、耳で遊んだりしていた。
すると砂嵐のような音を含んで、無線が鳴ったから取り出した。相手は一人だ。
指示はわかっているから、片手を伸ばしてパチン!と機械のスイッチを入れた。稼働音がした。

『どうだぁ。そっちの天候は?』
「あと2時間くらいでブリザードかなぁ、よくわかんねぇ」
『そうか。じゃあ今日はもう戻ってくるな、そこで一泊して戻ってきな』

 たやすく言いやがる。こちとらエットウ地にきて、まだいくらかの素人なんだぞ。
憎まれごとを憎悪のように呻きながら了解すると、たったそれきりで通信は途絶えた。
なんだ、生存確認だとしたら嫌味すぎるんだが。アカの手足をパタパタさせて、その後ろ頭にキスした。

「アカ。てめぇのご主人は、鬼だな。おれはあいつの手下じゃねぇ」
『クーン?』
「おまえらはすげぇよ、文句も言わずに走り続けて」

 パッ、と手を離すと、弾けるように起き上がってグラエナの群れへと戻っていく。
エルドとラッキーが、肉の食べかすで綱引きをしていた。ほかの連中は昼寝をしている。
さっさと、この建物を掘り出して一泊の準備をしねぇと。サボればあと2時間で全員凍死なのだから。
アキラはリードの外れたソリを中継地の雪のくぼみに隠し、群れを一括した。

「おい、食いもんで遊ぶんじゃねぇ!しごとだぞ、おまえら。
ハッピー、テツ。おまえら入口を掘り出すの手伝え、アカとラッキーは荷物を引きずってこい。
エルド、おまえはおれの隣にくっついて回れ。いろいろ手伝ってもらうからな」

 それぞれ5頭は、残らず指示を聞いてさっと解散した。
アカとラッキーは手荒にソリから荷物を引きずり下ろし、ずりずりと荷物を引き寄せた。
ハッピーとテツは、ブリザードで凍りついた扉を全力で掘り返す。黒い鉤爪が高速でほじくり返した。
エルドは、アキラから手渡されるボルトやらアイスドリルやら、ロープやらを次々と口で預かった。

 用意が済んだのはブリザードが来る直前で、建物の中に逃げ込んだ。
それから数分であっという間に吹雪に見舞われ、窓から灰色の景色を眺めた。
すぐに使い古されたストーブに油をさし、グラエナたちとそこに丸くなって暖を囲む。
毛布にくるまっていると、再び無線が鳴って男の声がした。少し酔っ払っているらしかった。

「…なんだ、また生存確認か?」
『お前によぉ、いいもんを教えてやろうと思ってな。ちょっとした…アレだ』
「なんだ?」

「戸棚にウォッカがあるからよぉ、それに積荷で運んできたバターを入れてよ。
胡椒やら、コンソメやら入れてあっためるんだ。いっきに体があったかく、ひっく…!なるぜぇ」

「…おっさん。おれァ、まだ未成年なんだが?」
『なに。おまえ、まだ未成年なのか?』
「…切るぞ、酔っ払いが」

 無線の奥で「むー…」という拗ねたような音声。何考えてんだ、このオヤジ。
だがストーブの前でも体がかじかんでいるのは確かで、なにか飲みたいと思った。
ウォッカを抜いて、スープにすればまだ自分でも飲めるだろう。呻きつつも、渋々立ち上がって戸棚に向かった。

「だいたい、酒に酔ってソリなんぞ乗ったらマズいんじゃねぇのか?」
『なんだ、酔っ払い運転とでもいいてぇのか?その通りだ』
「…ジュンサー呼ぼうか、ここへ」
『心配すんな。おれぁ、足腰立たなくなるまで飲んだこともあるが、いつだってティガがまっすぐソリで家へ連れ帰ってくれらぁ!大した腕だろう』
「あぁ。ティガがな」

 トランシーバーを右肩と耳の合間に挟み、談笑しながらスープをつくった。
いわれたレシピに砕いたラスクを浮かべて、咀嚼しながら飲み下すと腹の底からあたたまった。
酒は大人になってからだな。そう自嘲しつつストーブのそばに戻ると、酔っぱらいのシーバーを切った。
部屋はランプの灯りのみで、それも節約しようと吹き消してしまえば暗がりに落ちる。
外ではブルーシートがはためき、機械が勝手に観測を行っていた。データはオズへと送信される。

 少し、寝るか。古びてスプリングの利かない、ほころんだソファーに寝転んだ。
上から覆いかぶさってきたアカを抱きしめ、一緒の毛布に潜り込む。足元に一頭、頭のそばにもう一頭と増えていく。
窓の外で轟々と吹き荒れるブリザードの音を聞きながら、ひとりの青年の寝息が静かな部屋に響き始めた…。


メンテ
Re: ポケットモンスター≪レジェンド≫ 〜『ホクト越冬隊』 ( No.375 )
日時: 2014/11/21 17:10
名前: レッド ID:mQEwERdM


その日。余りにも長い悪夢の始まりは、突然だった。
いつものようにグナエナたちと、時間少ない晴れた銀世界をソリで走っていた。
この世界で空が晴れるのは一日ほんの数時間、それも数日に一度という貴重さだ。
今回はさらに長いことに、一週間も越冬基地の地下室に閉じ込められていたグラエナたちの苛立ちも積もっていた。
ひさしぶりに眩しい太陽が顔を出し、銀世界をキラキラと輝かせる要項に照らされながら、アキラはソリを走らせた。

 こんな晴れの日に出会えるのは稀で、それもオズの予報あってこそだ。
あの男の天気予報は、外れない。それもこの越冬地に限ってのことだ。今まで外したことなどなかった。
晴れといえば晴れるし、2週間ブリザードといえば2週間きっかりブリザードに閉じ込められる。
俗世間のスゴ腕の天気予報士でさえ、この越冬地の天気を予測することだけは不可能と言われていた。
なんせ雲一つない晴天が、30分後にはブリザードに変わったりする。北の奥地にいたっては未知の世界だった。

 オズの目的は、この越冬地の北の奥地を調べることだった。
越冬基地は、エットウ地の中心よりやや南側にある。そして研究が済んでいるのは東から西まで。
つまり、北は誰も踏み込んだことのない人類未開の地。そこでは人間もポケモンも生きられないとさえ言われた。
ブリザードが止むことはなく、吹雪と霧に包まれ、気温が急激に下がり、息すらできない世界。
そしてそこは、夏になってエットウ地の氷が全て溶けると、何も存在しなかったように姿を消すのだ。

 あの、急激に温度の下がる原因はなんなのか。あそこになにがあるのか。
まるで誰も見たことのない不気味な怪物が、息を潜めて住んでいるかのようだった。
最も温度の低い、絶対零度の世界。それこそが、エットウ地を作り上げている原因かも知れないのだ。



「ん…?」

 オズの話ではその日、十数年に一度という、日光の長い一日になるはずだった。
念のため、ブリザードを凌げる中継地のそばを通りながら、グラエナたちを走らせ運動させた。
またいつ、1週間も地下室の小屋に閉じ込められるかわからないのだ。めいっぱい走らせてやった。
その途中、休憩にソリを止めて昼食をとっていた。そのとき、珍しくグラエナ同士の唸り合いが聞こえたのだ。

『グォル!!」
『グガァァ!!』

 トレーナーのポケモンならまだしも、グラエナというのはそもそも気性が穏やかでない。
悪タイプの体質がそうさせるのか、基本はリーダーの統率がなければ好き勝手する集団だった。
なにか気に入らないことでもあったのか、ディスとラッキーが牙をむき合ってもめていた。
いつもは喧嘩一つしないチームも、怒れば野生のごとく気迫があり、恐ろしいものだ。

「おい、やめろ。なにしてんだ、みんなビックリしてんだろー?」
『キューン…』

同じリードに繋がったまま、逃げることもできずに耳をヘタらせているのはテツだ。
臆病で打たれ弱いのがテツで、情けない顔をして、喧嘩の輪から抜け出したい顔をしていた。
ほかの仲間は、吠えて喧嘩を煽るやら、興味なさそうに地平線を見ているやら、メシの途中やら。
副リーダーのオルハだけは、チラチラと苛立った様子で2匹を見守っていた。

 が、そのときのアキラはまずかった。間違った対応をしたのだ。
万が一グラエナたちが仲間割れをしたときは、リーダーが動かなければ自分で叱れとオズから再三言われていた。
なによりも厳しく、雷を墜とすが如く叱りつけろと。だが、ついいつものクセでそれができなかった。
トレーナーらしく優しく語りかけるように、やんわりと話しかけてしまったのだ。空気が変わった。
オルハがハッとしたように立ち上がり、リーダーとして2匹の間に割り入ろうとしたが遅かった。
ギラリ、と目の色を変えたディスが「どくどくのキバ」をラッキーに突きたて、鮮血と悲鳴が上がった。

「ラッキー!!」

 思わず声をあげて駆け寄り、2匹を遠ざけた。が、指に首輪が引っかかった。
パチン!と音を立ててリードが外れ、ふらつきながら一目散に銀世界へと逃げ出した。声も届かなかった。
止める間もなく、広大な白へと消えていくラッキーに息を呑み、藁にもすがる思いで別のリードを外した。

「テツ!ラッキーを追っかけろ、見逃すな!!」

 命令されて弾けるように駆け出した瞬間、自分のミスに気がついた。
この群れで足が一番早いのは、テツではなくアカだ。しかもテツは打たれ弱く、根性に欠ける。
ようやく群れの序列を覚え始めたアキラは、不安にかられた。臆病なテツに、ラッキーを連れ戻せるのか?
そこでようやく、自分に向かって吠え立てているオルハに気がつき、その首輪も外した。

「オルハ!ラッキーを…っ」

 しかし、言葉が終わる前にオルハは飛び出し、命令を無視してディスを押さえつけていた。
そうだ、すっかり忘れていた。ディスは仲間を傷つけた、オルハが制裁を下すべきだった。
喉元に深く食らいつき、巨大な体躯でディスを横倒しにしていた。副リーダーの恐ろしさだった。
ディスはそれほど体は大きくなく、痩せてしなやかな個体だった。襲われればひとたまりもなかったろう。

 関心のなかったグラエナたちも今や各々騒ぎ立て、吠え声が銀世界に響き渡った。
どうしたらいい。ラッキーが消えてしまった、それも「どく」を受けている。放っておけば死ぬかも知れない。
それにテツまで姿を消してしまった。もう、どこを見回しても2匹の姿はどこにもなかった。

「……、」

 途方に暮れていたとき、ふと冷気が肌を掠めて視線を上げた。
それまでそこになかったはずの、薄暗い雲がみるみる空を覆っていた。寒い…。
そう思った瞬間、グラエナが悲鳴を上げて顔を背けた。毛並みが逆立ち、一瞬にして吹き飛ばされた。
冷気。ケタ違いの低気圧に飲み込まれて、息ができなくなった。頭の中が真っ白になる。
巨大な牙に噛み付かれ、引きずられるようにして中継地の建物に転がり込んだ。
なだれ込んできたグラエナたちを尻目に、荒く扉を閉めた。が、次の瞬間足が動かないことに気づく。

「なっ…、んだ。これ」

 足が凍りつき、床にくっついていた。その間にも、壁から、天井から、ミシミシと音を立てて凍っていく。
こんなことは初めてだった。建物中が、一瞬にして凍りついていく。そこらじゅうから建造物を噛み砕かれるような音がした。
次いで、感じたこともないような寒さで体が動かなくなり、服すらも霜が降りて氷が張っていくのを目の当たりにした。
はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返し、自分を抱きしめる。体躯を折ってうずくまり、カタカタと震えた。
初めて感じた恐怖だった。未知の恐怖、このまま死ぬんだという直感。死の恐怖に、心臓を掴まれて凍らされる思いだった。


怖い。怖い。死ぬ。たすけて…、おっさん…!


『ザーー…、ッザザ、 ザーー、ザザザ…! …ぃ、おい!聞こ…、るか、…ザー。
おれ…、ズ…  無事…か!いまどこだ、巻き込まれちゃあ …ねぇか!?返事をしろ!』

「あ…っ、…。お… さん?」
『アキラ!無事か!』

「テツ…、が…。いなくなっちまった…、ラッキーも。すまねぇ…っ
お、おれのせいだ…。あいつら…、外に。生きてる…、はずがねぇ…!ごめんっ…、おっさん」

『あぁ?何を言ってる、ザザー…ッ。とにかく、お前は無事なんだな?
今は…、ガガッ。おれも、迎えに行け…ねぇ。いま外へ出たら、…ザザーッ 死ぬぞ!
いいか、外へ出るな。いますぐに、火をつけて温まれ!グラエナたちの地下室へ行くんだ、いいな!?』

 ポケットの無線から聞こえてきた声に、ホッと安堵する。が、罪悪感のほうが大きかった。
何が起こったのかわからない。どうしていいのか、自分には見当もつかない現象が目の前で起こった。
寒さで頭が回らなくて、あまりの冷たさに息ができなかった。思考回路さえおかしくなっていった。

「おれ…っ、ちゃん、と…叱れ なかった…!!止められな、かった…!!
ごめんっ…、おっさん…。あいつら、が死んだら…お、れのせいだ!外にいるんだ…!!
おれが、行けって命令したから…っ。テツ、震えて、るかもしれねぇ…、探しに、行かねぇと…!」

『バカ!探しになんか、行くんじゃねぇ!!今は…、いいんだ!』
「ラッキーも、毒でどんどん…弱ってるかもしれねぇ。凍死しちまう…っ」
『おい!クソガキ!おれの話を聞け、とにかく地下室へ行くんだ!話はそれからだ!!』

 オズの言葉をなんとか飲み込んで、震える足で立ち上がるとようやく動き出した。
残ったグラエナたちを引き連れて地下室の階段を下ると、ハッチを開けて中へはいった。
すると藁の敷かれた空間は驚く程暖かく、まるで火でも炊いているかのようなぬくもりだった。

「…っはぁ、はぁ!」

 パニックになった頭の中にようやく酸素が入ってきて、胸に息を取り込んだ。
どうやら地下室には電波が入らないようで、オズの指示は全く聞こえなくなっていた。
ゴウゴウと鳴り続ける外の音、バキバキを音を立てて軋む建物の気配。まるで地震のように、地響きがした。
アキラはグラエナたちと身を寄せ合い、それが過ぎ去るのを待った。古い油ランプの鈍い光だけが、灯っていた。

「…ラッキー、…テツ」

 不安でたまらず、そう呟いた。あの2頭が、雪の中で寒さに飲まれている姿を想像して、胸が貫かれたようだった。
そしてまた快晴になって、外に出ることができたとき。凍てついた亡骸がそこにいるのではないかと、泣きそうになる。
オズは、今はいいんだと言った。オズが、2頭は死んだと知ったらなんと言うだろう…。
もういい、エットウ地から出て行け、と。そう言われるのではないかと思うと、身がすくんだ。

「……っ」

 だが今はどうすることもできずに、ただうずくまって冷気が過ぎ去るのを待った。
こんなに不安な一夜を過ごしたことは、未だかつてなかった。グラエナたちに囲まれて、膝に顔をうずめる。
窓のない地下室では時間もわからなかったが、その日外に出ることは叶わなかった。
一睡もできず、ただ寒さと恐怖と、苦痛に襲われながら一晩中じっとそうして過ごした。


メンテ
Re: ポケットモンスター≪レジェンド≫ 〜『ホクト越冬隊』 ( No.376 )
日時: 2015/01/13 12:43
名前: レッド ID:swO6SYI6



「!」


夜が明けた頃、寒さと風の音に目を覚ますと外はまだ吹雪だった。
信じられなかった。朝が来れば天候はもどると勝手に思っていたのだ。
あまりのショックにその場にいるグラエナたちの頭数を数え、あれが夢だったのではと疑おうとしたが無駄だった。

2匹足りない。ラッキーとテツがいないのだ。アキラは深く呻いた。
通信を取り出してみるが、どうやらまだあの男とは音信不通だった。落胆した。
ここでこのままどうしていいかもわからず、ただ藁の中に座り込んでもうひと晩明かすのは耐えられなかった。
かといって水も食料も、この犬小屋の地下室を出て上階に上がれば数日越せるだけの蓄えがあるので不可能ではない。
だがそれはあまりに…、助けが来るまで何もせず待つというのが心底臆病じみていると思った。

 ひどく疲れていた。寒さの中じっと耐え凌いでいるせいか頭痛がする。
これからブリザードの中へ出て行って、2匹のグラエナの死骸を回収に行くという行動がひどく億劫だった。
暗い気分に浸りきり、犬小屋の地下室で好きにくつろぐグラエナたちを気を紛らわせるのに眺めた。

 数匹は離れて眠っていて、ある一頭は藁を引っ掻いている。
女王陛下のエマは一際高く積み上げられた土管資材の上に鎮座していた。
副リーダー、オルハだけがじっと階段上の入口に座り込み、額を高鉄の扉に押し付けて外の様子に耳をそばだてている。
副リーダーに制裁を食らった痩細のディスは、オルハを恐るように最も離れた場所にうずくまっていた。
アキラはその一頭に釣られたようにして入口へ歩み寄った。すぐそばに屈み、声をかけた。

「…お前、仲間を探しに行きたいのか?」
『……。』

オルハは、臆病な人間をひと睨みしただけだった。ひどく冷め切った目をしていた。
ポケモンとは外見に反してまるで人の心を持っているようだと、アキラは久々に思い知った。
人にひれ伏し付き従うが、その腹の中で何を思っているかなど想像も及ばないものだ。
ただ言葉が使えないだけで、この経験豊富な副リーダーはアキラをはるか下に見下しているに違いない。
お前のせいでこうなったんだと、その冷ややかな目は物語っているようだった。

「…外に出ても平気かどうか、俺にはわからねぇ…。だから、その…。
お前が外に出て仲間を探したいなら、俺はここを開ける…、一緒に探そう」

 その瞬間、アキラはまさかグラエナに牙を向かれるとは思ってもみなかった。
耳打ちを聞き届けた瞬間、見たこともない長い犬歯がアキラの服を腹部から切り裂きに来たのだ。
訳が分からず後ろに尻餅をついて後ずさると、最高潮に苛立ちを顕にしたオルハが詰め寄ってきた。
まるで獲物を追い込むかのような足取りだった。体を横にし、威嚇を交えてにじり寄ってくる。
それに呼応したのは女王エマで、副リーダーの招集に我先にと応じて階段下から牙をむいた。

 訳がわからなかったが、トレーナーの思考で直ぐに直感した。
何かがこの群れの規律を乱したのだと。何かがこの副リーダーに受け付けられなかったのだ。
自分は今、この群れの指導者として追放されようとしている。ソリの乗り手として不適合の烙印を押されようとしている。
初心者の頃でさえ、群れは自分に忠実に従い動いていたというのに。この期に及んで追放される理由がわからなかった。
アキラは必死で頭を回転させ、目の前の体の大きな副リーダーを凝視した。

判断を間違えば、追放でなく、噛み殺される。そう思った。なんて規律の厳しい群れだろうと思った。
人間のもとで、あの温厚な男のもとで飼い慣らされているグラエナとは思えない。これは野生だ。
野生の環境で、厳しくたくましく、ギリギリの世界で生きてきた生物と同じ厳しさだ。
この極限後でソリを引いてきた彼らは、人の管理という枠を超えたルールを身につけていたのだ。
オズは、それを上手く管理しているに過ぎない。グラエナの長として、彼らと共存しているのだ。

 エサを与えれば甘えて共存してくれるポケモンたちとの違い。リーダーが絶対の世界。
アキラはそれをようやく理解し、自分の浅はかさを認識した。外ではまだごうごうと吹雪が鳴っていた。
それから頭を急回転させて、どうすれば吹雪の中動き回れるかということを考え始めた。
ただ不足していたのは、この極寒の地に関する知識で、それだけは致命的だった。
すべてのグラエナを無事に生還させられる自信がない。それでも自分が責任を負わねければならない。

 『お前が行きたいと判断するならば、一緒に行って仲間を探してもいい。』
オルハにすべての責任を押し付け用としていた自分を恥じ、アキラは決断した。
ゆっくりと立ち上がると、飛びかかってきたオルハを渾身の力で蹴り上げて道をどかせた。
ポケモンに手を挙げたのは、生まれて初めてだった。あまりの衝撃に、自分自身にくらりと目眩がした。
暴力によって鉄の手すりに叩きつけられたオルハが人をも殺しそうな目で睨んできた。
アキラはそれを無視し、固く凍って固まった地上への扉の鍵を開き、こじ開けた。
とたんに冷気が地下室に流れ込んできて、くつろいでいたグラエナたちが一斉に驚いてはね起きた。

 毛皮を凍りつかせる冷気を顔に浴びて怯んだオルハを、無言で見下ろした。
これで分かった。オルハは、外に出ても平気だから、外に出る機会を伺っていたわけではない。
オルハにも外の危険は計り知れないのだ。ただ扉を開ければ我が身顧みず無鉄砲に飛び出しただろう。
ポケモンにはそれしかできないのだ。人間のようにすべてのリスクを見越した計画などない。
だからこの群れには、群れのすべての責任を負う人間がいて、彼らはその力に依存することで共存する。
この群れがあの男に従うのは、あの男がこの群れの中で最も頼れる存在だから。

 ならば今、自分がこの群れで最も頼れる存在でなければ、群れは動かない。
オルハも従わない。自分がすべての責任を負い、自分がしたいことを示すのだ。
このままここに留まるのならそうすればいい。危険を冒して2匹を探しに行きたいのなら、そう命令するのだ。


「…俺は2匹を探しに行く。だからついてこい 」




 2階部分に乱暴に突っ込んであったソリを引っ張り出し、固まった氷を砕いた。
金具を留め、リードを引き締め、逞しく、あるものはしなやかなグラエナの体を固定した。
たっぷりな厚々した毛並みに雪が積もり、真っ黒く強靭な爪が雪を掻く。
すっかりホワイトアウトした視界に目を細め、ゴーグルを引っ掛けてリードを握った。
途中、クレバスがあるかもしれない。最高速度で走る正面に大岩が迫るかも知れない。
でも自分にはそれは見えない。先導犬のオルハにすべてを任せ、自分は方向を支持するだけだ。
なんとも心もとない、死出の旅だった。猛吹雪の中、アキラは唯一の安息の場所である拠点からソリを出した。

どこにいるかもわからない、小さな2頭を探すために。




 
メンテ
Re: ポケットモンスター≪レジェンド≫ 〜『ホクト越冬隊』 ( No.377 )
日時: 2015/04/16 23:03
名前: レッド ID:esCoOiYI



ブリザードの日に外へ出たのは初めてだった。
越冬地における寒気は死を意味し、数日に一度訪れる晴天以外は基地にいた。
ポケモンでさえ巻き込まれれば数時間と生きられない死の世界で、アキラは犬ぞりを走らせた。
グラエナたちは視界ゼロの吹雪の中を、肺を凍らせながら駆けた。
毛皮は凍りつき、吹き荒れる氷点下の外気は喉を荒らす。命を削りながら駆ける群れ。

 目の前は吹雪どころではない、完全なる白だった。
そこには広大な大地が広がっているはずなのに、何一つ見えないのだ。
まるで目の前の白紙を見ているような気分だった。吹きすさぶ氷礫ですらわからない。
方角を確認するもコンパスは狂い、ブリザードの中では全てが無に帰すらしい。
ただ命の灯火のように大地を走るグラエナたちに乗って、アキラは突き進んだ。

息が、できねぇ。…前も、見えねぇ。頭がガンガンする。
いや、しかしグラエナたちの方が極限状態のはずだ。こんな絶対零度の中を、命を爆発させて走っている。
自分はこの手綱を離してはいけない。その使命感だけだったが、もはや手足の感覚すらなかった。
頭の中ではひたすら意識を保つことだけに集中し、視界に黒い影が横切らないか目を凝らした。
白い紙の中に取り残された、2頭のグラエナを探して。

「!!」


 突如、先頭狗のオルハがありえない曲がり方をして群れを捻じ曲げた。
群れは大きくしなり、ソリが投げ出されてアキラは硬い氷塊に叩きつけられた。
それだけで意識が飛びそうなほどに頭痛がひどくなる。
しかし横たわっていては数分の命も持たないため、すぐさま起き上がってハンドルを掴んだ。
起き上がると、目の前に巨大な黒岩が鎮座していた。凶悪な凶器がそこに聳えている。
グラエナたちは失速したことで体温を奪われ、弱々しく体を低くして寄り添っていた。
オルハが障害物を寸前で避けたのだろう。自分は気がつかなかったが、避けなければ衝突して即死だった。
ゲホゲホと咳を吐き出し、頭痛と吐き気を抑えながら必死に立ち上がった。

(ここ…、どこだ…)

朦朧とした意識の中、アキラはふらふらと辺りを見回した。
何も見えない…、ダメだ。どのルートを走っていたのかも、分からなくなった。
巨大な氷海大陸の上に、たった一人と数頭の命…。とてつもなく頼りない…、無力だった。
グラエナの首をかき抱き、アキラはゆっくりと呼吸を使用としたが無駄だった。
肺が凍りつき、まともに息をすることすら困難な世界。酸欠になる一方だった。

(くるしい…、おっさん…。たすけ…、ろ)

もはや自分の思考回路が正常でないことは百も承知だった。
一刻も早くソリを立て直して走り始めなければならないことも、理解できない。
このままここに膝まづき、体温を奪われて数分で凍死するのか…。
生命なんて…、余りにもあっけなく脆いものだと絶望した。

(あぁ…、そうか。見捨てればよかったのか…、あいつらを)


2頭を見捨てれば、こいつらを死なせずに済んだのに。
この広大な、砂漠のような不毛の大地を一人で探そうという方が無謀だった。
オズなら、黙って2頭の命を見捨てられたんだろう…。それがプロというものだ。
俺はまだ甘ったれたポケモントレーナーだから…、こんな馬鹿なことするのか。
命の危険を侵して、ブリザードの驚異も知らないで…。
腕の中にかき抱いた、もはや名前も分からないグラエナが鳴いた。
頬を舐められた気もする。ごめんな…、こんな使えねぇリーダーで…。
ほかの仲間たちも、一頭また一頭と力尽きて死んでいくのか…。
重たいソリに繋がれたまま、リードに繋がれて凍え死んでいく…。可哀想だった。


心底、可哀想だった…







遠くで、犬の吠える声がした。
細長く、切なげに風が唸るような声で…、何度も。
やがてそれが、自分の周りで鳴いているのだと気がつき目を開けた。
遠くに何かが見える。大きくで黒い、巨大な山が…。


『ウォォォォォーーーー・・・・』


目を開く。グラエナたちの遠吠えに最後の力を振り絞って目を覚ます。
横たわっていた自分の腕の中で、エマが吠えると心臓が震えた。
巨大な山の麓に立っている、小さな犬の姿。アキラは息を呑み、涙をこぼした。
体は勝手に持ち上がり、最後の力でハンドルを握った。

「テツ…!」


ブリザードの中に埋もれた、巨大なホエルオーの亡骸は黒い山のようだった。
凍りついた亡骸の腹にぽっかりと空いた肉の空洞に、群れは馳せ参じた。
一目散に、最後の力を振り絞って駆け抜けた。
命を削り、足に凍傷を負って群れは走った。凍った肉の洞穴に飛び込んだ。
アキラは転げるようにしてソリを投げ捨て、その腕の中に仲間をかき抱いた。

「テツ!!あぁ、テツ…ッ、ラッキー!!」

 狭い雪洞の中で、アキラと獣は抱擁した。クークーと甘えた鳴き声がした。
腕の中に2頭を抱きしめ、アキラは頬を流れる涙に燃えるような熱を感じた。
極限の世界で生きている者だけが流す、灼熱の涙だった。
自分の中に、これだけの熱が燃えていたのかと驚いた。2頭の命を抱きしめた。
以前、遠征の途中で潜り込んだこの屍を、2頭は覚えていた。
とうの昔に朽ちた屍が、この世界のぬくもり。死が、生を守る。これが越冬地。
アキラは声を上げて泣いた。冷気で枯れた喉を震わせ、この世に恐怖して泣き、命あることに感激して泣き喚いた。
その晩はたくさんのグラエナに囲まれて、そのぬくもりを体で感じ、ホエルオーの屍で身を寄せ合って群れは眠った。


メンテ
Re: ポケットモンスター≪レジェンド≫ 〜『ホクト越冬隊』 ( No.378 )
日時: 2015/07/14 22:49
名前: レッド ID:bgHKdqXU



「…あれは。すべてを凍りつかせる、あの恐ろしい現象はな、小僧。
…このエットウ地が誕生する理由の一つであり、この世の最大の謎なのさ。
もう30年も経験してなかった、本当に恐ろしい現象だ。
俺も、お前もグラエナたちも…。恐らく死んでいた…、本当にすまねぇ」


本拠地に戻ると、オズはすぐに火を焚き、アキラを匿ってくれた。
その男は、戸口にアキラの姿を見た瞬間、柄にもなく本当にぞっとした顔をしていた。
3日目の帰宅だったのだ。満身創痍でソリを走らせ、ここへたどり着いた。
ガスストーブに惜しげもなく油を注ぎ、青年を毛布で包み込み、ソファへ座らせた。
グラエナの群れは地下の犬小屋へ収容し、暖かい部屋で抱いてこられたのは、ラッキーだけだった。

「……。」

「お前を襲った、あの恐ろしい冷気の塊は…『凍える世界』という。
他に現象の存在を知っている奴が少ないから、俺はそう呼んでいる。
通常じゃありえない、普通のブリザードの比じゃねぇ低気圧の塊が突然現れ、
…地形も、生態系も、何もかもを塗り替えちまう。恐ろしい現象だ。
…あれは天候の変化じゃねぇ。何かの原因が、あの冷気を作り出してる…」

オズの膝に乗せられたラッキーの右腕に、包帯が巻かれていくのをじっと見ていた。
オズは、アキラが温かい飲み物を飲み流すのを睨むように見守りながら話し続けた。

「その原因が分かれば、このエットウ地の謎は解き明かされるはずだ。
…なぜ、夏になるとこの広大な土地が姿を消しちまうのか。
なのに、なんだって冬になる前には数千キロって大陸が突然姿を現すのか。
…なにが、こんなデケェ大陸を作るほどの冷気を生み出すのか。
それはこの大陸の中枢、もっと奥深くにまで調査を進めなけりゃわからねぇ」

それが、オズという男がエットウ地にとどまり調査を続けている理由。男は語った。
右腕を失ったグラエナの肩を優しく撫で、物憂げに呟いた。

「…あのデケェ冷気の塊は、普通なら『夏』の終わりに現れる。
その冷気が、やがて海を凍らせて、数日ででかい大陸を作るんだ。
だが、今は冬のど真ん中…。あの冷気がやってくる理由がねぇ。
あの冷気だけは、『観測』できねぇんだ。いつも突然やってくる…。
俺はもう30年も前に、それを一度だけ体験した。同じような冬の時期だった…」

風が止み、空気だけが凍っていくような恐ろしい感覚。
息ができなくなり、酸素までもが凍りついたのだと分かった時には遅かった。
急いで基地の中へ逃げ込んだが、冷気は家の中までも凍てつかせ、グラエナチームを多く失った…。

「…俺ぁ、お前を確実に殺しちまったと思ったぞ…。心から。
お前の両親へ贈る詫びの言葉も考えた。取り返しのつかねぇ…、若い命を死なせたと思った。
えらいことに巻き込んじまって…、首を括る最後まで想像した3日間だった。
…生きていてくれてよかった、小僧。あんな思いはもう懲り懲りだ…」

「よせ…、おっさん。そんな…」
「本気だ!大真面目だ!俺ぁ、こんな思いはもう二度と…ッ!!」

男は勢いよく立ち上がって怒号を飲み込んだ。絶句した顔だった。
そのままどさりと座り込み、顔を両手で覆ったのを見てアキラは息を飲んだ。
…本当にこの男は、自分のことで責任を取ることを考えていたのだ。
アキラは重たい空気に生唾を飲み込み、深く息を吐いた。

「…おっさん。俺に、遺書を書かせてくれねぇか」
「?!」

「…あんたの言うとおりだ。あんたに迷惑をかけてまで、ここにいることはできねぇ。
…だが、俺はここをまだ出ていくことはできねぇし、外だって帰れる季節じゃねぇ。
だから、ここであったことのすべてに、俺が責任を持つことにするんだ」

「…帰らねぇってのか。あんな目に遭っておいて」

「俺はポケモントレーナーだ。俺が成長するには、俺はここで学びたいんだ。
確かに、こんな過酷な場所じゃ自分のポケモンを鍛えることなんかできない。
でも、ここにはグラエナがいる。ここにしかいないポケモンも多い。
…俺は、ここで学んで、得た知識を将来の自分に活かしたい」

ポケモンのことだけじゃない。知識、常識、経験。ここは貴重な場所だ。
凍傷にかかった時にどうしたらいいか、ポケモンを治療できるのかも知った。
どうやってガスに火を点け、暖を取るか。分厚い氷を飲み水に変えるか。
絶対零度の世界で、自分ひとりで生き抜けば良いかも知った。
自分はここへ来て、格段に成長している。実感があるからこそ離れたくない。

「…だが、迷惑だったら言ってくれ。俺はここを離れる。
あんたの邪魔をしてまで、自分に注ぎ込む気はねぇよ…。
あんたの命を危険にさらすことはできねぇし、…ましてやグラエナたちも」

アキラは、苦い思いでそっと瞳を伏せた。ラッキーの腕は、そこにはない。
毒と、凍傷にやられて足を失ったのだ。もう二度とソリを引くことはない…。
グラエナは、オズにとって財産だ。大切な商売道具なのだ。命をつなぐ要。
それを、不注意で損なってしまったことへの罪の意識は重い。
アキラは、オズにも、ラッキーにも土下座したい思いでいっぱいだった。

「…おめぇは、よくやった」
「!」

「…チームを生きてここへ返したのは、お前がいてこそだ。大した奴だと思ってる。
損傷はあれど、おめぇは正しいことをした。…間違ってねぇ。
一瞬、群れを乱しちまったことについては、これから慣れていけとしか言えん。
…だから、群れのことを学びたきゃあ、先輩のオルハによぅく聞くんだぜぇ」

「オルハに…?」

「群れのおっかねぇ副リーダーだ。あいつに学んどきゃあ間違いはねぇ。
現に、さっきもオルハからキツい焚きを食らったらしいじゃねぇか。
それは、てめぇに『しっかりやりやがれ』と言ってるんだぜぇ。
あいつが咬み殺す勢いだったってことは、違いねぇ。おめぇは見込みがあるよ」

「どういうことだ…?」
「認められてるのさ。じゃなきゃ、…咬み殺されてたさ。あいつはそういう副リーダーだ」
「!」

本能に忠実、とはよく言う。オルハはやはり、飼われてなどいない。
野生そのもののグラエナを、オズが飼いならしている。それに過ぎなかった。
群れにとって利用価値がない人間は、さっさと噛み殺すだけ。
それが最も群れにとって有益な結果。アキラは俯いて、その事実を聞いていた。

「他のグラエナたちも、残らずそう言う連中だ…。
だが、頼れる副リーダーや、リーダに守られているから安心して野生が鈍る。
バカみてぇに人間に甘えてくる連中は、そういうこった。上がしっかりしてるんだ」

「……俺が失格なら、ほかのグラエナも俺を咬み殺しにくる、か」
「お前だけじゃねぇ、俺もさ。舐められねぇように必死だ」

オズはようやく苦笑し、落ち着いた口調で肩を揺らした。

「だが、俺は要なしだからって…家族を見捨てたりはしねぇ。
このラッキーだって、もうソリのチームに戻れはしねぇが…、俺の家族だ。
一緒にこのエットウ地の冬を乗り切り、一緒に帰る。死ぬまで面倒を見る」

「そうか…」

わかってはいたが、それを聞いて安心した。アキラはラッキーを撫でた。
もしもう用無しで、この基地には必要ないと言われでもしたら。
このグラエナを引き取って、自分がトレーナーとして連れて行くつもりだった。
バトルには不向きでも、きっとできることがある…。
そう思っていた矢先、ぼんっと頭を撫でられて不意をつかれた。

「なぁに残念そうな顔をしてやがる?てめぇにはやらねーぞ、ラッキーは」
「!っなに言って、…そんなんじゃねぇ!」
「はっはっは!!てめぇにくれてやるには、ラッキーはもったいねぇ」

心を読まれたかのような言葉に、アキラはどもりながらも笑った。
そうだ、この男は信頼していい。グラエナを尊敬しているから、見捨てたりしない。
男が豪快に笑うのを見守り、アキラはふと口を開いた。

「なぁ…、おっさん。どうしてこんなにたくさんのグラエナと暮らしてるんだ。
他にも、調査で役に立ちそうなポケモンはたくさんいるんじゃねぇか?
グラエナにこだわる理由が、なにかあるのか?確かにこいつは優秀だし…」

「捨てられたポケモンだからさ」
「力強いし、野生が強くて根性があるけど…。え?」
「こいつらは全員、トレーナーから捨てられたポケモン。生まれた瞬間にな」



言葉が、うまく飲み込めなかった。口が開閉し、息が漏れる。
目が泳ぎ、思考が真っ白になる。脳内を駆け巡る言葉。
手が震え、なにか紡ぎだそうと口があくあくと動いた。オズが、アキラを見る目は冷たかった。

「なん…、っえ…?」

「お前らポケモントレーナーが、捨てていったポケモンだって言ってんだ。
俺には仕組みがよくわからねぇが、お前らそれを『厳選』というんだってな?」

ずず、と熱いコーヒーをすすったオズが端的にそう質問する。
うんとも、違うとも言えなかった。その知識を知っていた。そういう行為はある。
そうされるポケモンを見たことも、その行為について専門的に語る人間を見たことも。
だが…、今現実にここで遭遇することが受け入れられなかった。

「…、厳…選…」

「お前がたどり着いた俺たちの小屋の、数キロ先に育て屋があってな。
そこへ立ち寄るトレーナーが、タマゴが孵化すると同時に育ちを予想するんだそうだ。
強く育つか、弱く育つか。タマゴの殻から出てきた瞬間に分かるらしい。
そこで必要なのは、強く育つたった一匹。それ以外は、道端にその場で捨てられる」

「…、お、っさん…」

「えらい数…、捨てちまうらしいなぁ。俺には想像もつかねぇが。
生まれたばかりのポケモンを野に放てば、勝手に野生になると思ってんだろうな。
人間に母親が必要なように、ポケモンだって生まれたばかりで例外はいねぇ。
それを、道端に、よぉ。つくづく、トレーナーってのは俺の性に合わねぇ職業らしい」

「おっさん…ッ!?」

言葉を遮るように、アキラは蒼白になって叫んだ。
体が震え、男の突き刺さるような視線に耐えるだけでも息が止まりそうだった。
怖かった。目の前で眠るラッキーが、急に恐ろしいものに見えた。
ほかのグラエナたちも同じだ。自分を支え、守り、この地で生かしてくれたグラエナたち。
そのグラエナたちがすべて、自分と同じトレーナーに捨てられたポケモンたち…。

「…その、…ちがう。いや、そういうことが起きるのは、知ってる…。
俺はトレーナーだ…、そういうトレーナーがいることも知ってる…、珍しくはねぇ。
いや!ちがう、俺が言いたいのは…。あの…、っ全員じゃ…その」

「てめぇは違うと言いてぇのか。そういうことじゃねぇだろう?」
「っ…、その、……」
「てめぇ一人がマシだろうが、なんの解決にもなってねぇ」

ハッ、と鼻で笑われて苦い思いがこみ上げた。辛かった。
なんと言い逃れすればいいのかも、そもそも自分がどう思われているのかも。
あまりにも評価が酷で、何も反論出来なかった。

「…まぁ、おめぇを責めてもグラエナたちの怒りは収まらんだろうよ。
それに俺だって、どうこう言えた立場じゃねぇ。つまり…、あれだ。
俺も神じゃねぇんでな。全てのポケモンを救ってやるのは無理だ。
だから、結局はてめぇに都合のいい、使えるポケモンを選別してるのが現状だ。
グラエナはこの土地で生き抜くスペックを持ってる。調査に使える。
それ以外のポケモンは、極力里親を探すなりしてはいるが…。
収入も少ないんでな、一人で生き抜けるのかも不安な時期まで育てて、自然へ返しちまってる」

「!」
「無責任野郎たぁ、俺のことだ。だが俺ぁ、てめぇに恥たくねぇもんで」

男は珍しく、煙草に火をつけて深くふかした。
ラッキーが煙に苦しみ、片腕を引きずって部屋を飛び出していった。
男にあるまじき、ポケモンに配慮のないひどい行為だった。

「おっさん…」

「俺ぁ、トレーナーは嫌いだがてめぇに見込みはあると思ってる。
俺の大切なグラエナを傷つけたんだ、これからはもっと自覚を見せろ。
腹を据えて、グラエナと付き合え。…半端な気持ちじゃ、指食いちぎられるぞ。
時には、連中を蹴ったり殴ったりすることも、場合によっちゃあ愛になる時もある」

「…わかったよ」
「…俺も、おめぇを死なせねぇよう、調査に命を懸ける」


男と交わした、男の乾杯は中身の酒が宙に散るほどに力強かった。
初めて飲み干した酒の味は、喉が焼け、胃が溶けるほどにキツくほろ苦い味だった。

メンテ

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