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[1109] 保存不可
   
日時: 2014/04/04 07:43
名前: 潮見 ID:lhX4AkjM

潮見といいます。

タイトルは思いつかなかっただけです。


意味のないお話を思いついたら書き込みます。
たまにつながってたりします。



飢えた獣や狩人。
>>1


それは と呼ぶに。
>>2


鳴き止まないわりには苦しそうな。
>>3
メンテ

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Re: 保存不可 ( No.1 )
   
日時: 2014/03/28 08:48
名前: 潮見 ID:8bC5CZIQ


 明日香は縁側に腰掛け八つ切りにされたスイカを頬張っていた。赤くみずみずしいそれを目にした僕は思わず唾を飲み込む。

 ここの所猛暑の上を行く猛暑が続いている。よっぽどの目的が無ければ常識人なら外には出ない。一歩でもエアコンの支配下から離れようものなら眩暈と吹き出す汗に襲われるだけだ。そうして引きこもるという賢明な判断を下したのは僕も例外ではない。なのにどういうことか、自宅から徒歩数秒の交番で留守番のバイトをしていた僕は運悪くかかってきた電話に呼び出されたのだ。

「おとなりさん、事件だよ」

 無感情にそう放った受話器の向こうの舌足らずな声。おとなりさんというのは以前彼女が同じマンションに住んでいた時に隣室にいた僕の事で、つまりご指名だ。その時にも同じ台詞を吹き込まれて事件に巻き込まれた(この事件が原因で彼女は隣町に越したのだが)僕はこの恐ろしいまでの暑さの中、沸騰しそうな体中の血を滾らせてここまで来た。どう考えても先に待っているのは解雇レベルの事件なのだがむしろそうでなくては困る。爽やかなライトブルーのシャツの制服を汗で一段落暗色に下げた意味がなくなってしまう。

 そうして直射日光の下、僕は久方ぶりに明日香と向き合っていた。

「事件って?」

 縁側は小ぢんまりした庭の木の影が重なって随分と涼しそうだ。裸足を水撒きで濡らした地面に投げ出し未だ
スイカを貪る明日香。何の嫌がらせだろうか。

「……とりあえず、隣座っていい?」
「どうぞ」

 返答が来ると同時に隣に腰かけると、先程までのじりじりと身を焼くような暑さは嘘のようになくなった。吹く風も涼しく、僕は楽園に降りた気分でシャツで胸元を仰いだ。しばらく何もする気が起きず二人の間に沈黙が訪れた。
片田舎の自然はそれらしい蝉の声や木の葉の揺らぐ音を耳に届け続けている。畳部屋に頭を向けて半身横たえ、心地よさに目を閉じかける。視界に映る屋根と青空がボケ写真のようにあいまいになっていく。明日香が呟くように言った。

「久しぶり」
「ああ、久しぶりだね。元気だった?」
「うん。おとなりさん、まだあそこでバイトしてたんだね」

 間を置いて明日香の背中を見つめる。大柄な花のプリントが施されたTシャツに手を伸ばし、その先の褪せた髪に触れる。

「クビにはならなかった」

控えめに笑った拍子に弄っていたひと房が指先から離れる。彼女は立ち上がり軽快な動作で部屋の奥に向かったかと思うと、手に切り分けられたスイカを持って戻ってきた。
 驚きに寝かせていた上体を起こしそれを凝視する。期待が胸の中で確実に広がっていく。再び縁側に座り、その手がこちらに差し出されるまでを目で追っていた。

「お疲れ様」

 八つ切りにしては少し大きめの一切れを受け取る。遠慮なく「いただきます」と言い終わらないうちに食べ始めた僕の額の汗をシャツの裾で拭う。心なしか鮮やかだった花柄が影を落とされたように暗色がかった。



「昼がなくなるまでは我慢だね」
「もしかして、そのために?」
「ううん、スイカいっぱい貰ったから。消費したくて」

 苦笑いで返すと明日香は「またね」と手を振った。振りかえした手についた血を拭い、空を見上げた。




 蒸した風が吹いた。幾分か気温は下がったようだ。

メンテ
Re: 保存不可 ( No.2 )
   
日時: 2014/04/04 07:38
名前: 潮見 ID:lhX4AkjM

 またあの人だ。


 心の中で思って私はちらちらと不自然に彼を見た。カフェの入り口から、内装とは少し雰囲気のずれたドアベルがりん、と鳴った。いらっしゃいませ、と少々上ずった声で言うと不器用に笑う。


 彼は抹(まつ)さん。名付けたのは私。
私がアルバイトとして働いているこの廃れたカフェに二日に一度は足を運ぶ常連さんだ。名前の由来は抹茶ラテだ。毎回それだけを頼んでゆっくりと時間が過ぎるのを待つように椅子に背を凭れるから。
どうということはない、いちお客様だが私は彼と話がしたかった。それは歳がさして離れてそうでもないのに昼間からここに来る理由を知りたかったし、単に客ではなく個人的に好きになれそうな気がしたからかもしれない。

 不確定でどうにも踏み出せない一線。いつも今日こそはと思って話しかけようとするのだが成功したことはない。
 今日も私は挨拶だけを一丁前にかまして席に水を運ぶため厨房に戻った。中でミトンを手にはめる先輩にコップを押し付けると、彼女は悟ったのか意地悪な笑みを浮かべて言った。

「あ、今日は来る日だったかな。実璃オーダー取ってきて」
「先輩行ってくださいよ、どうせ抹茶ラテだし!」
「どうせ抹茶ラテだから下っ端にやらせんのよ。私はクッキー焼かなきゃいけないからよろしく」

 あぁ、と間抜けな声を出す私をよそに奥へ消えていく。
コップに水を汲む動作を意味もなく時間をかけて済ませたが店内に出られない。いつも水を運ぶ時に抹茶ラテを頼まれるのだ。かしこまりましたと滞りなく言えるだろうか。もし別の物を頼まれたらパニックに陥らずにいれるだろうか。

「考えれば考えるほど不安になっていく……いっそ帰ってくれないかな」
「それはそれで不安になりそうだね」
「ですねー……。先輩、クッキー焼くんじゃありませんでした?」

 いつの間にか真後ろで私の独り言に答えていた先輩は先ほどの意地悪な顔のまま「いいから行った行った」と背を押した。盆の上のコップから水が溢れそうになって慌てて持ち直す。一歩店内に踏み出した右足を抜かす左足。ああ、戻れない。

 抹さんは定位置と化した窓際の二人席で大きな欠伸をひとつした。

「ご注文はお決まりですか」

 よし、ちゃんと言えた。と難関クリアにニヤけると「抹茶ラテを」と予想通りの答えが返ってきた。
そして安心して去ろうとした私の背中にもう一声。

「あの」
「は、はいっ!」

 びく、と効果音が聞こえそうな程肩が反応して恥ずかしくなりながらも振り向くと、抹さんは携帯電話を片手に店内に視線を泳がせ言った。

「ちょっと電話したいんだけど、ここでしていい?」

 思考停止。困ったように眉を下げる彼の顔をまじまじと数秒見つめ、ようやく言葉の意味を理解した私は神がかった速さでカウンター席、テーブル席を見回した。他に客はいない。

「えっと、構いませんよ。今日は風が強いですしねー……あはは」
「そうだね。じゃあ少し失礼」

 番号を打ち込み耳に端末を当てるまで動けずにいた私は不思議そうな目を向けられたことにようやく気付き、深く頭を下げて厨房へ足早に戻った。


 ……変な感じだ。声を聴いてしまった。視線が交ざった。意識を手放してしまいそうな程頭は混乱していて。

「……あぁ〜、すっごい変なこと言った気がする……」

 思い出せない自分の言葉に後悔しながらその場に蹲る。何なんだこの気持ちは。
何で店内で電話するんだろう。何でわざわざ許可を取ったんだろう。誰に電話するんだろう。
 彼の家族や友人や知り合いといったものの存在は今まで考えたことがなかった。ただ窓際のテーブル席に座っている、抹茶ラテを嗜む人。ひとり、この世界で生きてきたのだと思わせるような不器用な笑顔の人。

そんな彼はどんなことを、どんなふうに、どんな顔で話すのだろう。


 私の知らない、知ってはいけなかった部分の抹さんが見えてしまうような気がした。
想いを掻き消すように立ち上がるとドアベルが鳴いた。内装の雰囲気にはすこし合わない、りんと可愛らしい。



数分前にも聞いたはずの音が何故だかとても新鮮に聞こえた。


メンテ
Re: 保存不可 ( No.3 )
   
日時: 2014/04/04 07:42
名前: 潮見 ID:lhX4AkjM


 私立とは名ばかりの古びた高校、鳴きやむことないひぐらしの声。それだけだ、ここにあるのは。


「暑い」
「暑いって言われると余計暑い。黙ってやれ」
「先生も暑いんじゃないですかー!休憩しましょうよ。このままじゃ熱中症まっしぐらですよ!」
「黙れって言ってるだろ、つーかもうお前の声が暑いんだよ!」
「それ暴言ですよ!PTAに訴えてやる」
「おい、それを口実にクーラーの効いたPTAルームに行くつもりか」

 背を向ける須久井の襟元を掴むと「離してくださいよ、もう飽きたんです」と拗ねたように放たれる。うなじに滲む汗を見て、自分も相当量のそれをかいているだろうとうんざりした。わざとらしい程のため息を吐くと須久井は頬を膨らませながらも花壇に向き直った。

 そもそもどうしてこんな真夏の陽の下、ごく普通の現社教師が校舎裏で草むしりなんかをしているのかというと――間違いなく須久井が原因だ。

 こいつが立ち入り禁止の屋上に足しげく通っていることが俺によってバレて、生徒指導にしこたま怒られたのが一週間前。必死に頼み込まれて反省文を書くのを手伝ったら俺にまで飛び火してしまって本日、金曜日の授業終了後に理不尽な仕事を押し付けられたのだ。
もちろん生徒指導に「なんで俺が」と抗議しに行ったのだが「須久井は現社の授業はサボらず出てますし。下社先生のいう事なら聞くと言ってますし。一人だと抜け出すでしょうし。先生は草むしり好きそうですしおすし」と訳の分からないことを言われて追い返された。

 そうして背広も脱いでシャツを捲り、軍手をはめるという紛れもない草むしりスタイルで二人途方もないそれを続けていたのだが。そろそろ腰が限界だ。曲げっぱなしだった背骨が音を立てて逆側に反れる。

「老人みたいですね」
「……若くてもこの作業はキツいだろ。それより須久井、お前全然やってないよな?ノルマの五分の一にも達してないぞ」
「ノルマなんて何のことやら……。むしろ真面目にやってる先生にびっくりですよ」

 足元に目を向けるとむしった雑草が山になっていた。単純作業に案外熱中していたことを恥ずかしく思いそっぽ向く。「あれ、単純作業に案外熱中してたことに気付いて恥ずかしくなりました?」とか、心読むな。

「……やしろ先生、この辺りやっておきますから休んでくださいよ。表の自販機に飲み物があるから……レモンジュースお願いします」
「さりげなく買わせるのかよ。逃げ出すなよ?」
「そんなことしたら生徒指導に息の根止められます!」

 軍手を放り作業を中断して校庭側に回り自販機に向かう。喉の渇きは誤魔化せそうにない、俺は導かれるように普段は使わない赤い箱に手を伸ばした。

「レモンジュース……これか。レモン100%って書いてあるけどもう何がしたいんだよ。味覚狂ってんのかあいつ」

 ガコン、と缶が取り出し口に降りる。続けて烏龍茶を買い両手に持つと手のひらからじんわりと心地よい冷たさが伝わってくる。それを独り占めしている気分で少し優越感が湧いてきた。さっき充分働いたし、少し休めと言われているし……。頭の中でなぜか言い訳しながら俺は背もたれのない木のベンチに腰掛けた。
 酷使した全身の力が抜けていく。深呼吸すると心なしか視界がすっきりした。意味もなく地面につま先を滑らせる。落とされた影は陽向とのコントラストを強めつつあった。


「遅いです」
「進んだじゃないか」
「聞いてます?レモンジュースちょっと温くなってるし」

 須久井は軍手をはめたまま叩いて草を払うと俺からレモンジュースをかっぱらった。小脇に挟んで素手にし、不満そうに顔を顰める。

「これで少しは機嫌を直してくれますかー?腰痛いから今度こそ帰りたいです」

 レモン100%を煽る。酸っぱくないのか……?言葉よりそっちに意識が行っていることに気付いたのか「美味しいですよ」と言ってくる。

 ひぐらしの声が聞こえる。風も涼しくなってきたようだ。今日はここで切り上げていいものか草の山を横目に思案する。レモンジュースを飲み下す音が聞こえる度、烏龍茶の缶の上で指が反応した。
 暫くの沈黙の後、不安そうな目で睨まれる。

「あの、すごく飲みにくいんですけど……そんなに気になります?」
「まあ。まともな味覚を持ってるのか疑うな」
「何ですかそれー」

 笑い出した須久井は俺の方に寄ってきてジュースの缶を差し出した。いらない、と無声音だけを吐き出した唇が須久井のそれと重なった。


「――……っ」

 僅かな隙間から割って入った舌が上顎を撫で、途端異様な酸味を伴った唾液が流れてくる。これがジュースと呼ばれるものの味なのかと逡巡して、いやそれよりこの味の伝え方は人間としてどうかと思う。     
曇りガラスの向こうに須久井がいるような現実味の無さ。生温い温度を突き放せずに小さく咳だけを繰り返した。


「――直緒、」


 ひぐらしの声が、風音がうるさすぎる。
うるさすぎたから何も聞こえなかったふりをして持っていた缶を落とした。


「……初心な反応ですねー。童貞?」
「お前は退学だ」
「えっ、真顔!?やめてくださいよ。まあ何て言って退学処分に持ち込むのか興味深いですけど。PTAルーム行きます?」
「黙れ!それとそのジュースクソ不味いぞ、やっぱり味覚狂ってる」
「結構気に入ってるのにー!あ、待ってください、僕も一緒に帰ります先生!」
「ついてくるな!」

 俺は校門に走り出した。結局草むしりはノルマ達成には程遠かったし、烏龍茶は半分以上無駄になったし、極めつけには出来の悪い教え子にレモンジュースの味を覚えさせられるし。だけどとりあえず何もかも忘れるために全ての元凶から逃げ続けた。




後ろからまだ何か言っている声が聞こえたがやはり夏の夕暮れにかき消された。
メンテ

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