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[1104] 血液
   
日時: 2014/11/24 19:39
名前: ID:DZZMvPhI

 液体の形を成してそれは世界をぐんぐん回す、ざわめく喧騒を押し流すわけでもなく、ただ四十八日目の亡霊のようにすみずみまで世界を巡る、先はない、先を望んではいない、これは導きであった、傷悴と歓喜を程よく傲慢に配分するための。結局あなたがいないと成り立たないのでございます、そうねご神託かしらん。上司はそう嘲り笑う。だってあなた、こんな重労働を課せられてるのにまったく疲れていないでしょう、不思議だわ、きっと神様がお選びになったのよ、あなたにそれを授けましょうって。雨の日ずぶずぶざぶざぶ、それからときどき血液は空を仰ぐようになり、そして粘度の高い唾を道端に吐き捨て、くずが、呟くようになった。長靴でぐりぐりそれを擦りつける。自己中心的な憎悪をぶちまけるように、それが正しいものであると世界に粗雑に教え、反発するように。彼女は紛れもなく世界の一番高みにあった。大したことはない。努力も才能もそこにはあらず。ただ漠然と彼女が一番だと、世界の外の世界の誰かが決め込んだ。責任なしに。
「けれど憂鬱で沈痛な痛みに苦み悶えているからこそ、結局あなたは満足していられる」

>夢見の悪いこどもたちへ
しあわせつきひものがたり>>000/遅延>>>001/友がみなわれよりえらく見ゆる日よ>>002
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遅延 ( No.1 )
   
日時: 2014/11/24 19:50
名前: ID:DZZMvPhI

 人差し指をじっと眺める。その節目、浅いくぼみ、こまやかな波紋を余すことなく凝視した。
 ここに一体なにが挟まれば、私の心は動くのだろう。色、草、雲、毛、……。自分の今までを探って、好きなものを選んでみる。そしてはっと気づくのだ。それってまるで世界みたいじゃない! 私の指の、節の、細胞の凹凸の、わずかな隙間が世界になる!
 自分の思考に、窓加はひそかに賞賛を送りたくなった。指一本にたくさんの世界が廻っている。どんなに素敵なことだろう。この授業中、窓加はそういう設定で時間を乗り切ることにした。対象のないほほえみが漏れる。
「なにしてんの」
 やや引きつった声が突然鼓膜を揺らした。それにわずかに身を強ばらせながら、窓加はゆっくりと振り返った。隣の男子が怪訝そうにこちらを見ている。いきなり頭を動かしたからか、視界がややぶれて気持ち悪い。
 どうでもいいじゃないの、あんたにとって私なんて。それに教えたって理解してもらえない。そう、内心にはびこる自分の傲慢さを恥じながら、しかし相手に対する反抗心をささくれさせながら、窓加は口をつぐんだ。スカートのプリーツを探るように握り、視線を下にさまよわせる。
 それだけで自分の世界は充足しているんだから、窓加は自分でもどうしようもないと思っていた。自分は高尚で、貧乏。
「なんか言えよ」
 なんか、なにか、そればっかり。自分の周りの人たちは疑問詞が大好きな人たちばかりでつまらない。
「あーあ、つまんね。授業も塾でやったとこばっかで、周りだってちょっとつまんなくって」
 男子の言葉はだんだんとげとげしくなっていって、学生らしい窮屈さをのぞかせた。
 つまんなくって悪かったね。私は今、楽しいよ。楽しかったのにあんたに邪魔されて、ちょっぴり嫌な気持ちでいるっていうのに、生理中の女子みたいにぴーぴー喚いてうるさい。
 窓加はふたたび、指を観察する作業に戻る。窓加の世界は自らの思考という一直線上で無限に拡大と縮小を行き来し、とどまるところを知らない。前の席の茶色い髪の垢抜けた女の子のつむじ。シャーペンの先っぽの芯を入れる穴、またそこに潜む無限の可能性。制服の生地の繊維の複雑さ。…………。
「人が、足りない」
 そして彼女はようやくそこで、はたと気づいた。気づいてしまう。
 マスクの中でぼんやりと発音を繰り返す。人が、足りない。要領を得ない窓加だけの言葉。
 窓加の世界、いや線上には人がいなかった。彼女はひとりぼっちだった。チャイムが鳴る。きりーつ、れーい、椅子が静寂を切り裂いて、喜ぶようにがしゃがしゃ言った。
 情けないやら悲しいやらで窓加は喉奥のいたたまれなさに、今いちど、ゆっくりと、呼吸をした。
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友がみなわれよりえらく見ゆる日よ ( No.2 )
   
日時: 2014/11/24 20:27
名前: ID:DZZMvPhI

 僕はその大路から、脇目も振らずに逃げだした。春の昼つ方の暖和な色めきに祝福され、そこは裕福な仕合わせに均一に充ちていた。そのような場所で僕だけが、神様に冷えた注射針で輪郭をほりぬかれ、生身の醜さを浮き彫りにされたかのようだった。じぶんはなににもゆるされていないのだという気持ちになった。息を継ぐたび、肺臓がおそろしいほど冷やついた。肉体は濡れた熱にこもっていた。全身が苦痛に打たれていた。走りながら、すべてが愉快だと思った。惨めなじぶんが心地よくすらあった。走るにつれて、かかえていた花束から花が抜け落ち、そのはなびらが路に散り散りになっていくのが、被虐性にあふれ、ひどくうつくしいと感じた。
 笑いがとまらない。
 笑いがとまらない。

 空をあおげば、すでに日は落ちていて、僕は家の前に膝を折ってくずおれていた。妻は、殉教者のような姿をなさってどうされたの、せっかくの晴れ着もこんなありさまで、と軽口じみた叱責をくりかえしながら、僕を回収した。あのたいそうな着物を買ってきた妻の姿が走馬燈のように脳裏をよぎった。あの仕合わせを遠く想った。そして、妻が僕から巧妙に隠そうと努力した倹約の辛苦を想った。鼻頭が混濁した熱を帯びる。
 妻は僕を詰問することをいっさいしなかった。せっかくの晴れ着を汚したことを厳しく責めなかった。なぜ花束を渡してこなかったのかも聞かなかった。黙々と夕飯を壊れかけのちゃぶ台に配膳し、僕の横に自然に腰を落とし、いただきます、と口にした。今日はお疲れでしょう、こんなちっぽけな量で足りるかしら、ごめんなさいこのくらいしかなくて、と気遣いすら見せた。僕は応えることも、丁寧に添えられた粗末な箸を取ることもできず、ずっと花束の袋を両腕に抱えていた。妻もそれにつれて、なにも言わなくなった。けれど僕のなかでは、まるですべての内臓がお互いに擦りつけあっているような落ち着かなさが肥大していった。すでに妻の、かぎりなく澄み切った、僕のための余情に対する感慨が、胸のうちから沁みでて、こぼれおちそうだった。きっと妻は僕が逃げ帰ってきた理由を知っていて、こういう態度をとっているのだった。さすがにそれに気づかぬほど、僕は子どもではなかった。そして妻の態度は、余情であるがゆえに、ほんとうの慈しみから導かれた、清潔な諒恕であることを僕に知らしめた。妻は貧しい。僕もまた貧しい。それでも妻は立派であった。僕とは異なり、富裕を欲張り、羨むことをせず、ただ貧苦のなかの仕合わせを享受していた。
 そこまで思いを巡らせて、僕はついに、妻を尊く思う気持ちと愛おしく思う気持ちをこらえきれなくなった。それは人が立派であることを羨み、妬む、僕のなかの醜悪さを強い力で押しのけた。花束の袋を放りだして、妻を抱きしめる。それだけで胸の底があたたかくなった。それがただ惨めでおかしかった。しかしどうしようもないくらいの仕合わせが僕を襲った。僕はそれほどに貧しかった。けれどもたしかに仕合わせであった。
 あの大路の先にあったパーティ会場で、あの立派な友人に渡すにふさわしく豪華であっただろう花束は、もうどこにもなく、ただひとひら赤いはなびらが、すがるようにして袋に付着していた。妻の赤ぎれでいっぱいのしなやかな指先が、それをすくいとったのが横目に見えた。僕は泣いた。いろいろなことが綯い交ぜになって、よく分からないままに泣いた。妻はただ僕に身を任せるに留めつづけていた。




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友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ

短歌の解釈の授業で書きました。勝手に解釈しました。歌は石川啄木です。
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