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[1098] どこかの誰かの物語
   
日時: 2015/01/29 23:49
名前: 眉毛。 ID:SxWOH5aQ

 ひっそり生えてます。
 これから更新頑張ります。

ふぁーすときす。
>>0001

もしも。
>>0004-0005

赤屋敷殺人事件。
>>0007


お客様
チワワさま
メンテ

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赤屋敷殺人事件。(2) ( No.9 )
   
日時: 2015/02/02 12:26
名前: 眉毛。 ID:KNNV8xbE

「捜す……? 5年前の犯人を、ですか?」
「ええ、そうよ。」
「しかしあの事件は未解決事件です――それに犯人なんてどうやって……」

 佐伯は戸惑った表情でわたしを見た。

「わたしも5年間、何もしなかった訳じゃないのよ。沢山勉強したわ。」
「しかし手がかりなんてどこに……。」
「手がかりなんて殺された部屋へ行けばいいじゃない。事件当時から、調べられてから何もいじってないんだから。」

 それに、と付け加えてわたしは話を続ける。

「不自然だと思わない? あの事件、警察は少ししか動かなかった。不自然な箇所は沢山あるのよ。」

 マグカップを机の上に置き、わたしは立ち上がる。ついてきなさい、と佐伯に向かって言うとわたしは自室を出て長い廊下を歩く。佐伯は後ろから何も言わずについてきた。カツカツと二人分の足音が廊下に響く。
 廊下の一番奥でわたしと佐伯は足を止めた。

「ここは、」
「ええそうよ。5年前、お母様が亡くなられた、お母様の部屋よ。」

 長年触っていなかったせいか、ドアノブは埃を被っていた。それを手で払いのけてドアノブを握って右へ回す。キィ、と古びた音をたててドアは開いた。

「……懐かしいわね。」

 白を基調とした部屋はずっと使っていなかったこともあり、少しだけ暗く見えた。電気をつけると幾分綺麗に見えたが、血痕などは当時のまま残っていた。
 事件当時のことが頭へ映像として流れ込む。わたしはそれを受け入れるように思い出した。







 5年前、わたしは15歳だった。綺麗なお洋服を毎日着て、美味しいお食事を毎日、家族で囲んで食べていた。優しくて冷静な父親に、厳しくてしっかり者の母親。2人がいたからこそわたしは毎日笑顔でいられたし、そして2人とずっと一緒にいたいと思っていた。そしてもう一人、わたしを支えてくれたわたしの使用人――いわゆる執事の佐伯。佐伯は家族ではなかったものの何でも話を聞いてくれたし、相談にも乗ってくれた。その優しさに甘えて、家族のちょっとした話も、学校での話しもよく彼に話していた。家族にように佐伯を好いていた。

「お嬢様、もう真っ暗ですよ。そろそろ休まれてはいかがでしょうか?」
「あら。もう日付が変わっていたのね。」

 気付かなかったわ、と言いながらノートを閉じた。ノートの表紙には何も書いていなかったが、中はぎっしりと文字で埋め尽くされている。お母様は中学受験が終わってからもわたしに執拗に勉強をさせた。勉強は苦手だったが、お母様のためならどんなことだって学んだ。お母様の喜ぶお顔は花が咲いたようで美しかった。それを見るために毎日必死に勉強をしていた。

「少し頑張りすぎですよ。お肌に悪いですしもう少し勉強時間を減らされてはいかがでしょうか?」
「いえ、大丈夫よ。まだ頑張れるわ。」
「しかし……」
「……今日は寝るわよ。心配ありがとう、佐伯。」
「ごゆっくりお休みを、お嬢様。」

 わたしが寝具に入るのを見守ると、佐伯は頭を下げて扉は閉じられた。ついでに部屋も真っ暗になる。目を閉じてお母様の喜ぶ顔を思い浮かべたら、少し疲れが取れた。

(明日、お母様が笑いますように。少しでも喜びますように。)

 目を閉じても考えるのはお母様のことだった。お母様にはよく叩かれたし叱られたけど、それでもお母様を愛さなかったときはなかった。好きで好きで、きっとわたしは依存しすぎていた。

(今日はもう寝よう。)

 毎日自主勉強で頭を使っていたが、そのおかげで毎日ぐっすり寝ることができた。その日も例外ではなく、堕ちるように夢の世界へと入り込んでいた。

 幸せな夢をみていた。わたしが学者になって、お母様が毎日喜んでいた。勉強を無理強いされることはなくなっていた。みんなが笑顔だった。お父様もお母様も、佐伯も。ほかの使用人たちもみんな笑っていた。


 しかし夢は覚めてしまう。残酷な形で、突然音をたてることもなく。平穏は突然崩れていく。



「――これはどういうことだっ!」
「わたくしは何も――……」



 父の叫び声で目を覚ました。あとに続いて使用人はあせった声を出していた。朝から騒々しかった。梅雨のせいで窓の外は不機嫌な表情をしていて、雨は降りやまず、雷が少しずつ近付いていた。

(いったい何……?)

 眠たい目をごしごしと擦って、ベッドから体を起こした。いつもなら朝から佐伯が起こしにくるはずなのに扉は開かなかった。不思議だった。外の騒ぎがきっとそれ程大きいのだろう。気になり扉を開けた。廊下を覗くと廊下の一番奥に家の使用人という使用人が集められていた。中心で叫ぶ父親、佐伯の姿もそこにあった。
 ペタペタと足をそこへ忍ばせたが、みんな部屋をみたり父親の様子を窺ったりとやはり少しいつもと違う光景が広がっていた。眠さのせいで回らなかった頭は、そこがお母様の部屋の前と気付かなかった。

「――すみれ様! 来てはなりません……っ」

 わたしの姿を見るなり青ざめた顔をして、お母様についている執事――斉藤は言った。来てはならない? どういう意味だろうか。止められても体は部屋の前へと向かっていた。使用人を掻き分けて叫んでいた父親の元へとたどり着く。

「なんの騒ぎな――」

 の、と言うと同時に声を失った。目の前で広がる光景に声が出なかった。
 開けられた扉から見えたのは白い綺麗なお部屋。白い絨毯の上に倒れこむお母様の姿。綺麗な長くて白い手足。綺麗なお顔。
 しかし今日のお母様の綺麗なお顔には血はまるで通っていないように思えた。首元は何かで絞められたような痕。何度も何度も刺された痕の残る右手首。真っ赤に染まっていた。鼻にツンと血の臭いがくる。

(なに、これ。)

 どうしてお母様が倒れこんでいて、どうして絞められた痕が残ってるの? どうして刺されているの? どうしてみんなは騒いでるの? どうしてわたしはそれを見てるだけなの?
 不意に視界がカッと光る。割れたガラス窓から、雷雲が光った証拠だった。

「いったい誰がこんなことを!」

 父が張り上げた声と同時にドン、と雷が落ちる音がした。倒れているお母様、叫ぶ父、外の雷。全てが頭の中で交差して、そしてゆっくりとお母様が死んだという事実が流れこんだ。事実を飲み込んだあとのわたしはとにかく、狂ったように泣いて泣いて、泣き叫んでいたのを覚えている。その日の晩は、声が思うように出せなかった程泣いていた。泣くわたしに、そっと上着を掛けてくれた佐伯。佐伯の優しい温もりに余計涙が溢れ出た。


 事件の次の日には警察が沢山上がり込んできて屋敷は昨日よりも大きな騒ぎへなっていった。世間には「赤屋敷殺人事件」としてわたしのお母様が殺されたという事実が流れ込んだ。わたしは学校へは行かなくなった。友達に会っておはようなんて言える自信なんて欠片もなかった。高校は中退という形でやめた。警察は事件から一週間経っても捜査を続けたが、指紋も何も残っていなかったため、事件の犯人はわからなかった。使用人たちにも全員アリバイがあったため、事件の犯人は更にわからなくなっていった。

「もう捜査はいい。」

 父がため息混じりに呟いた。顔はひどく痩せていてげっそりとして見えた。

「お前らも、もう出て行け。」

 屋敷の使用人たちに向けられた言葉は冷たい口調で放たれた。わたしの隣にいた佐伯が悲しそうな表情をする。出て行くって、佐伯にもあたる言葉なの? そう考えたときには佐伯の手を握り締めていた。

「お父様、佐伯は残して。」
「なにを馬鹿なことを――! そいつも信用ならん!」

 出て行く使用人たちを尻目に父は言った。けれどわたしは佐伯の手を放さなかった。放したら本当に彼は出て行くと思った。それは確信に似たような気持ちだった。睨みつけるように父親を見つめたまま視線を放さなかった。佐伯を握る手は震えていた。

「……お前がそこまで言うなら、俺が出て行く。」
「お父様、それは――」
「すみれはこの家が、佐伯が大好きなんだろう。わたしは別荘に住むことにするよ。」

 警察も使用人ももうすっかり出て行ってしまって、広いお屋敷に三人という空間で、父はわたしと佐伯に向けて言った。優しい瞳でわたしを見つめてた。

「ごめんなさい、お父様。」
「謝ることはない。元気でな」

 父はわたしの頭を撫でると荷物を持って家を出ていった。背中は小さく思えた。扉がバタンと閉まる。お母様をお父様を、屋敷の使用人を失った15歳。佐伯だけがわたしの手元に残った。

「佐伯はそばにいてくれる?」
「最初からそのつもりにございます。いつまでもあなたのお側に。」

 佐伯が優しく微笑んで会釈をした。綺麗な黒髪が揺れていた。佐伯は嘘をつかなかったから言葉を信用するのは容易かった。小指を差し出すと優しく佐伯は右手の小指を絡ませた。指きりげんまん、子供らしい馬鹿みたいなことにも佐伯は付き合ってくれた。佐伯の左手がわたしの目へと動く。

「……目が腫れてしまいましたね。」
「ずっと泣いていたから。」
「僕はずっとそばにいます。だからどうか、――泣かないで。」

 佐伯は辛そうな表情をしていた。またわたしは泣いていたようで、佐伯はすぐにそれに気付いたらしい。頬に涙が伝わないよう、わたしの代わりに彼が拭ってくれた。きっと多分当分泣くだろう。

「だいすきよ、佐伯。」

 泣きながら微笑んで、彼を見つめた。佐伯は微笑(わら)って、僕もですと言った。







「……きっとお父様は別荘の方にいるわね。」

 別荘を見つめながら言うと佐伯は僕もそう思います、と同調した。

「忠実なお方です、きっといるんでしょう。」

 お母様の大きな割れた窓から別荘をみた。やはり人影はなかったが、父は中にいるような気がした。
 別荘から目を逸らし、振り返る。視界に広がる母の部屋。くっきりと残る血痕。

「犯人、見つけなくちゃ。」

 絨毯に残った母の血痕をみてぼそりと呟いた。佐伯は何も言わなかった。
メンテ
Re: どこかの誰かの物語 ( No.10 )
   
日時: 2015/02/02 00:00
名前: チワワ ID:0QzN6rtY

こんちわ。
もとチワワさまです。さまづけはさすがにおこがましいのでやめました;
申し訳ないですが、ミステリーものの最新話からさきによみました(ミステリー、ホラー大好き!)。まだ起承転結の起ぐらいなかんじですが、悪くないつかみで続きが気になりますね!
ぼくの予想だとおやじ殿は死んだりするんですかねー、とかおもいます。でもそれじゃお嬢がかわいそすぎか;
にしても、おっしゃる通り、ストテラはかつてなく過疎ってますねー。チャットもなくなったし。2、3年前は読者もちゃんといるようなかんじだったんですがネ。
いまはどの板も作者からの一方通行になりがちで寂しいので、ジャンル別でぼくが一番面白いと思う小説に感想をと思った次第です。二次はあんまり詳しくないし
では、更新がんばってください。乱文ごめん
メンテ
Re: どこかの誰かの物語 ( No.11 )
   
日時: 2015/02/02 12:34
名前: 眉毛。 ID:KNNV8xbE

> チワワさん


コメント本当ありがとうございます励みになります(;;)
はてさて、おやじ殿はいなくなるのでしょうか。笑
以前チャットありましたもんね…よく参加したのになあ……。まだリンク自体探せばありそうなものですが、ここから直結ではいけなさそうですね。残念です。
面白いと認識していただけてなによりです。本当にありがたい…!!
またゆる〜く更新させていただきます!
                                   眉毛。
メンテ
赤屋敷殺人事件。(3) ( No.12 )
   
日時: 2015/02/02 15:39
名前: 眉毛。 ID:KNNV8xbE

 あれから5年間、高校へは行かなくてもずっと勉強していた。母がいなくなっても勉強を強いられなくなっても、やめることはなかった。勉強して賢くなって、母を殺した犯人を見つけてしまいたかった。学者になって、きっと天国にいるであろう母を笑顔にさせたかった。

「犯人はどうやって見つけるおつもりでしょうか?」
「それは……分からないけれど。考えたらわかるんじゃないのかって思うのよ。」
「と、言いますと?」

 首を傾げる佐伯。難しい顔をしていた。

「いい?佐伯。事件当時、母の部屋は酷く荒れていた。割れた窓ガラス、転けた椅子、テーブルの位置も少しずれていた。けど――ガラスの破片は外にも中にも落ちていなかった。」
「どうしてでしょうか。外か室内、どちらかに落ちていてもおかしくないのに。」
「わたしが思うに、犯人は外部からか内部からかわからなくするために全て拾ったのよ。」
「……そんなことをわざわざするでしょうか?」
「わたしならするわ。証拠を残さないように犯人がわからないようにするならね。」

 つまり犯人は慎重に動いてたのよ、と続けた。佐伯はなるほど、と言って頷いた。

「指紋も残っていませんでしたっけ。」
「ええ、何も残さなかった。使用した凶器ですら、現場からは見つからなかった。」
「どうやって指紋を隠したんでしょうか?」
「簡単よ。手袋を使用したら指紋は残らない、凶器は持ち帰った。」

 凶器は刃物であることに間違いないが、どんな刃物だったかは少し想像がつかなかった。傷はとても深かったが、さすがに傷跡からは凶器は読み取れない。

「窓ガラスは派手に割って、細いガラスが落ちないようにした。もしくはガラスが細かくなったとしても細い破片ですら犯人は残さないように必死だったのよ。」
「どうしてでしょうか。」
「佐伯、わたしはね、内部からの犯行だと思うの。」
「それは、使用人の中に犯人がいた、ということでしょうか?」
「わからないけれどね。そう思うのよ。ここは二階よ、窓ガラスをどうやって外部から割るのかしら。」

 疑いたくはなかったが、使用人しか疑う人たちがいないのは事実だった。父にはきっと、お母様は殺せなかった。父はお母様を心の底から愛していたから、殺すなんて考えたこともなかっただろう。

「なるほど、確かに二階の窓を外部から割るのはほぼ不可能に近いですね。」
「何か物を投げれば簡単だけど、お母様の部屋は外からはあまり見えない位置にあるわ。」

 そう言ってお母様の割れたガラス窓から外をみた。木々が左側にあり、外をみたらかろうじて住宅街の屋根が見えたくらいだった。

「つまり事件は使用人が何らかの理由で奥様を殺された、と。」
「ええ、そういうことよ。」
「しかし、いつ窓ガラスが割られたのでしょう?もし夜にならば使用人の誰かが起きてもおかしくはないはず……。」
「推測でしかないけれど、みんなが寝たあとよ。使用人も寝静まる時間帯を狙ったの。」

 難しいがそう考えるほかなかった。屋敷はひろいが、使用人それぞれに部屋はなく、使用人の寝室は全員同じ部屋だった。可能性としてあり得るのは朝は早くから夜は遅くまで一緒にいたお母様の執事の斎藤だが、彼にもきっと殺すことはできなかった。小心者の彼は血をみるのを酷く嫌がっていたし、なによりもお母様を尊敬していた。いつも厳しく、時々横暴で、けれどとても人を思う、綺麗に笑うお母様をずっとそばで見ていたのは彼だった。そして事件の時、一番に発見し、彼もボロボロと泣き崩れていた。そこを父が発見し、あの現場に至ったのだ。

「斎藤はほぼありえないでしょ?一番疑われていたのは彼だったけれど。お母様の寝る時間も把握していたし。」
「彼は毎日のように寝る直前まで奥様のお話をしていられましたからね。血をみたらいつもビクビクと怯えた表情をしていましたし。」
「しかし、どういう理由で犯人はお母様を殺したのかしら。何か特別な恨みでもあったのかしら。」
「それはどうでしょうか……。恨みを持つ使用人などほとんどいなかったはずですが。」

 佐伯は考え込むように眉にシワを寄せていた。わたしも分からなかった。お母様を邪魔に思う使用人なんていなかったはずだし、恨みなんて――。

(恨み……、お母様を恨む人……。)

 一人一人、当時仕えていた使用人を思い出す。料理人、メイド、執事……。けれどピンとくる人も、母と特別親しい仲だった人も特に思い浮かばなかった。考え込んで沈んでいた頭をあげると、佐伯と視線が絡んだ。

(佐伯も特には――)

 恨みはないわよね、と思いながら佐伯をみた。佐伯は難しそうな表情のままわたしを見つめた。不意に彼の目の奥がぎらり、と光った。ふ、と昔のことを思い出した。





 事件のおこる前日、わたしはお母様に右頬を叩かれた。勉強の様子を見にきたお母様に、わたしはつい本音を言ってしまった。勉強は疲れた、もうしたくない、と。それにお母様はショックを受けたらしい。

「もう二度とそんなことを言わないで!」
「……ごめんなさい。」
「わかったら手を動かして。」

 お母様の鋭い視線に手が自然と鉛筆を握った。ノートにもう一度向き合って背中を丸めた頃にお母様と佐伯が入れ替わりで入ってきた。

「お嬢様、何か言われたのですか?」

 後ろから聞こえた声に振り返ると佐伯がいた。出て行くお母様の態度を見てのことだろう。けれど心配をかけたくなかったわたしは嘘をついた。

「いいえ、大丈夫よ。なんでもないの。」
「……そうですか。あまりご無理はされないでくださいね。」

 その時に少し、彼の目が光った。奥の方でぎらり、と。その時の彼の視線の先は――わたしの右頬だった。





「……あ、」

 自然と漏れた声は恐怖で震えていた。目の前の彼はわたしの右頬を当時みていた。右頬を叩いた手を、彼はきっと知っていた。それはお母様の右手だった。事件当時、沢山刺されたあとの残る、お母様の右手。

(でも、そんなはず、)

 ない、と信じたかったが、もしそうだとすれば辻褄が合う。彼がお母様のことを、もし憎んでいたならば? 佐伯はわたしを家族のように愛してくれた。彼は自分の家族よりもわたしを愛している、と話しをしてくれたこともあった。そんな彼はわたしが母に叩かれた時、いつもすぐに気づいたり聞いたりしてきた。

「さえ、き……?」
「……どうかされましたか?」
「佐伯が、犯人なの?」

 わたしの問いかけに彼が少し目を開く。そして落ち着いた口調で言った。

「どうしてそう思われるのですか?」
「佐伯は、いつもわたしが叩かれたこと知ってた、から――。」

 震えた声には恐怖と否定と疑いが乗せられていた。佐伯の目の奥が光る。心臓が、体が、震えた。


「……ご名答です。」


 ――聞きたくなかった答えを、わたしは耳を塞ぐこともできなかった。ただ、ただ、目の前の彼が怖くて、足がすくんで動かなかった。

 どうして佐伯が。どうしてお母様を。どうして、どうして――?

「わたしは奥様がとても憎かった。あなたに手を出す全てが憎かった。あの右手が許せなかった。」

 わたしの心の奥を見透かしたように、佐伯は言った。あの頃のように、彼は目の奥を光らせてわたしの右頬をみた。

「わたしに出会った頃のことを、覚えていらっしゃいますか?」

 彼の言葉に、昔のことを思い出す。鮮明に覚えているあの記憶が、どろりと鈍く脳内へ、震える体へと入り込んできた。彼の瞳の奥には、わたしが映っていた。





 14歳の頃まで、わたしには専属の使用人がいなかった。中学校からの帰り道、14歳の頃、わたしはいつもと違う道で家に帰ってみたくて、ふと川沿いを歩いてみた。川沿いの道を歩いたことがなくて、興味本位というのが大きかった。川沿いを歩いているといろんな発見があって楽しかった。意外にも車通りが少ないこと、川の水は透き通るほど綺麗なこと、魚がちょっとだけ棲んでいること。色々な発見をしながら歩いていると、不意に視線が黒いものへ移った。黒いものとは人のことで、正確にいうと、黒いのはその人の服だった。細い体に黒い服、服は少しだけボロボロ。細かったものの少し筋肉質であったし、全体的に丸みもなかったので、男の人だというのは直ぐにわかった。

(なあに、あれ。)

 ホームレス、という言葉をあまり知らなかったわたしはその黒い服を着た人に近づいた。足音に気付いたらしく、近くにいいった時にはその人がわたしを振り返った。黒い髪、黒い服、鈍く光のない瞳。

「なに、あんた。」

 低い声で威嚇するようにその人は言った。これがわたしと佐伯の初めてあった日だった。

「あなた、こんなところでなにしてるの?」

 怖いもの知らずだったわたしは初対面の彼に喋りかけた。こんなところで一人でなにをしてるんだろうか、鞄はとても大きく、沢山の荷物が入っていたから、ただ単なる疑問だった。

「別に関係ないだろ。」
「年齢は?」
「だから関係ないって――」

 キレ気味に言った彼はわたしと視線を絡ませて、口を止めた。言っても無駄と理解したらしく、はあ、とため息をついた。川原に彼は腰をおろした。

「……年齢は16歳。ホームレスしてんの。」
「ほーむれす?」
「……家出して家ないからここに住んでんの。」

 川原に座った彼はそう言って視線を逸らした。視線の先は川だった。彼の隣にゆっくりと腰をおろしたが、彼は特にどうでも良さそうだった。

「どうして家出したの?」
「親にムカついたの。あんな家帰らない。」
「喧嘩?」
「みたいなもん。」

 鈍い鈍い瞳の奥は少し寂しげに思えたが、声のトーンと口調から、なんとなく本当に帰る気がない、ということがわかった。そして14歳のわたしなりにわかったのが、16歳で家出というのが危ないということだった。

「危ないわ、そんなの。」
「家に帰ったら殴られる蹴られる文句しか言われない。」
「だったらうちに来たらいいじゃない。」
「――はあ?」

 自然と漏れた意見に彼は眉間にしわを寄せて言った。本当に意味がわからなかったらしく、口をあんぐりと開けていた。

「あのなあ……捨て犬や捨て猫じゃないんだから。人を拾うって、なんだそれ。」
「だって、わたしの家は大きいわ。赤い屋根のおうち、知らない?」

 あそこに見えるんだけど、と赤屋敷の方向を指差すと、彼はあの屋敷を既に知っていたようでぎょっとした様子でわたしを見た。

「あの広い家に住んでるのって、あんたなんだ……。」
「一応お嬢様なのよ、わたし。おうちは広いしあなたの部屋も用意できるはずよ。」
「あのね、お嬢サマ。そんな簡単に人のこと家にいれちゃ駄目なの。わかんない?」
「でもあなた、いい人だわ。見ず知らずのわたしとこんなに喋ってくれたじゃない。」
「……馬鹿じゃねえの?」

 はあー、と大きなため息と一緒に彼は言った。馬鹿じゃないわ、と返事をしてから彼についてくるよう促した。しかし彼は立とうとしなかった。わたしは彼の手を引いて、ついでに彼の大きな鞄も持った。

「ちょ、あんた! まさか本気で――」
「本気よ、こんなところ危ないわ。」

 そう言って握った手を思いっきり引っ張ると彼はいきなりのことにビックリしたらしく、少しよろめきながらたった。わたしが走ると彼も走る。

「……ほんと、馬鹿じゃん。」

 どうなっても知らないから、と言って彼はわたしに引っ張られるまま、赤屋敷へとついてきた。赤い夕日が二人の影を伸ばして地面へ映していた。
メンテ
赤屋敷殺人事件。(4) ( No.13 )
   
日時: 2015/02/12 14:07
名前: 眉毛。 ID:TSR5f9l.

 赤い夕日がすっかり存在感を消そうと下へ下へとくだった頃、家についた。どんと構える広いお屋敷、屋敷の前に広がる大きなお庭。目の前にある門をキィ、と開けて庭をずかずかと歩いた。綺麗に咲いた花は優しく風に揺れていた。

「……広い庭。」
「そうでしょ?」

 否定すると嫌味にしかならないので肯定をして歩みを進めた。左手に持っている彼の鞄が少し重たくなってくるのを感じ取った。それに気付いたのか偶然か、彼が鞄をわたしの手から取った。

「……あなた、お名前は?」
「佐伯龍。あんたは?」
「楠木すみれよ。」

 ふうん、と後ろから声がした。右手から彼――佐伯の左手がするりと抜けた。後ろにいた佐伯龍が右隣に並ぶ。

「佐伯は学校に行かないの?今日行ってなかったみたいだけど。」
「行ってない。やめたんだよ、学校。」
「どうして?」
「学費、親が払わなくなったの。ギャンブルで負けて払う金なくなったって。」

 話を聞くほど佐伯が大変な思いをしたことが伝わった。たった二つしか違わないのに大変な思いを沢山している。もしわたしが逆の立場ならどうしただろう、もし学校にいけなくなったら、お母様や父と喧嘩をして追い出されたら。考えたけれどきっと佐伯みたいに家出なんてできなかっただろう。

「……大変なのね、あなた。」
「ここに住んでるのも大変そうだけどな。」
「そんなことないわ、少し広いだけよ。」

 そう言いながら歩くスピードを落として、やがて足を止めた。屋敷の前に着いたからだ。目の前にきた大きな扉をあけて広い玄関にはいる。

「ただいま帰りました。」

 少し大きめの声を出すと、上から階段を降りてくる音が聞こえた。タッタッタという音と一緒にお母様が顔を出す。

「あら、お帰りなさい。……そちらは?」

 お母様はわたしの顔を確認してから隣にいる佐伯に目線を配った。初めてわたしが人を連れてきたということもあり、興味を示しているような表情だった。

「佐伯っていうの。お母様、お願いがございます。」
「お願い?」

 どうしたの?と首を傾げるお母様。お母様はわたしが何を言うのか分からないようで、不思議そうな表情をしていた。相変わらず佐伯に注がれるお母様の視線は少しだけ輝いてた。
 ゴクリ、と生唾を飲んでから、あのね、と話を持ちかける。

「佐伯をね、ここの、……使用人に、して欲しいの。」
「……え、」

 さすがに母も驚いたようで興味津々だった目は消え、きょとんとした少し抜けた表情になった。隣にいる佐伯をみると、最初は聞いてないという視線をこちらに向けてきたが、自分の立場もあるせいか、真剣な眼差しでお母様をみた。わたしの視線は、広い大理石の玄関の床を見るほかなかった。お母様を視線を交えるのが、なによりも怖かった。

「……ふ、あははっ」

 突然笑い出す母に、視線は下のまま、肩だけが震えた。

「何を言い出すのかと思ったら、ふふっ――変な冗談を言うようになったのね、すみれは。」
「え……?」

 冗談? 何を言ってるの、お母様。わたしは本気でこの人――佐伯と、このお屋敷にいたいって思ってるの。なのに――冗談? どうしてお母様はそんなことを言うの?

「お母様、わたしは」
「――本気なわけないわよね? そんな汚い子供の面倒まで見てられないわ。」

 威圧じみた、お母様の言葉。一つ一つが脳内へと流れ込む。
 汚い子供とは紛れもなく隣にいる佐伯のことなのだろう。でもわたしは彼を見捨てられなかった。見捨てると彼はまたあの川に戻るんだろう、家に帰らず食事もきっとまともに摂れず、もしかすると死んでしまうかもしれない。そんなことまで考えた。

「本気です、お母様。」

 視界が揺れた。なきそうになってるのを自分でもわかった。お母様と目を合わせるのがとても怖くてそれだけが唯一わたしには怖くて、けれど意地でも目線を合わせた。睨みつけるような視線をお母様に浴びせたのはこれが初めてだった。
 お母様がゆっくりと距離を詰めてくる。厳しい表情のまま、こちらへと来る。たたかれる、と思い目を瞑ったが痛みはなく、ゆっくりと目を開いた。

「……今年、プレゼントはなしよ。彼に執事として見込みがなかった場合、すぐに追い出すわ。」

 相変わらず厳しい表情だったが、声色を優しくして母は言った。そして佐伯の方へと顔を向けた。

「……状況がさっぱりでしょうけど、あなたは今日からわたしの娘、すみれの執事よ。敬語、礼儀をこの家では忘れないで頂戴。忘れたらあなたに居場所はないわ。」
「……かしこまりました。」

 佐伯の返事を聞くと母は大きなため息をついて玄関をあとにした。玄関にはわたしと佐伯――わたし専属の執事と、二人だけになった。

「佐伯! 早速命令を聞いてもらうわ!」
「なっ、なん……でしょうか?」

 危うくタメ口を話しそうになった佐伯は途中で口調を変えてそう言った。わたしはにんまりと笑って、大きく息を吸った。

「ここから出て行かないで。」
「……そんなことでい――よろしいのですか?」

 きょとんとした表情でいう佐伯にわたしはもちろんよ、と言って笑った。

「あなたがいないと寂しいわ。そばにいなさい。」

 じっと見つめて言うと、戸惑った表情をして、佐伯は視線を逸らして、かしこまりました、と呟いた。


 佐伯は執事としての才能があるのかなんなのか、敬語を誰に対しても忘れることはなく家を追い出されることはなかった。寧ろお母様以外のみんなが佐伯を気に入っていたと思う。お母様はあまり人を好かないような方だったし、努力をしないでできてしまう人は苦手なようだった。きっとお母様が努力家だからだろう。
 翌朝からは佐伯が起こしてくれ、就寝前まで一緒だった。髪が伸びればといてくれたし、時折結ってもくれた。素敵な執事だった。彼を手放したくないわたしがいつの間にかいた。

 お母様が殺される事件が起きてからより一層依存していた。







「わたしはあの日から、あなたに忠誠を誓った、執事になると決めたあの日から、あなたに献身的でした。そしてそれはいつの間にか、あなたを傷つけるもの全てを何倍にも傷つけたいという気持ちに陥っていました。」
「で、も……」
「何度も何度もあなたを傷つける奥様をみて、いつしかあなたへの同情から奥様への憎しみへと変わっていました。大きく腫れたあなたの右頬をみて限界でした。」

 わたしから視線を逸らすことなく、間をあけることもなく、彼は言葉を続けた。

「限界を感じたあの日、奥様が就寝する時間をわたしは知っていました。深夜2時頃、奥様は寝息をたてられると斎藤に伺っておりました。お嬢様もとっくに寝ている時間でしたし、斎藤も他の使用人もぐっすりと眠っていましたから。奥様の部屋に入って首を絞めて、何度も何度も憎い憎いあの右手を刺しました。」

 安易にその光景が想像できた。しかしそれは目の前で犯人がそれを語っているからなのか、それともいまいる部屋が事件当時の部屋だからなのかは、わからなかった。

「息が止まるのを確認してからハッとしました。お嬢様のそばにいれなくなる、と思ったのです。とっさに目に入った大きな窓を椅子で割らせていただきました。お嬢様のおっしゃるとおり、窓ガラスの破片は全て拾いました。幸い、細いものは落ちませんでしたから。」

 その間に誰も起きず、ことをそのまま運べたのはある意味すごいのだろう。物音に何一つ、誰ひとりとして気付かなかった。

「でもだからって……殺さ、なくても……」
「お嬢様もあの右手に怯えていた。あなたが怖いものはわたしにとっては処罰の対処です。傷つけるのなら、尚更。」
「」
「しかし、あなた様にバレてしまっては仕方ありません。自首させていただきます。一緒に」

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