召喚術師アラベス ( No.6 )
日時: 2012/01/22 22:53
名前: かに ID:NytgZvpk

 術法の基本は転送にあり。火を知らねば火は出せぬ、水を知らねば水は出せぬ、風を知らねば風は出せぬ、地を知らねば地は出せぬ。術法は世の恵みを拝借し、転送にて術者の意により呼応する。

「つまりワープは、自分自身を知らなければ使えないということだ」
「自分なんてわかるわけないよ。なんでみんな使えるのさ」
「それが術師の鍛錬だ。瞑想して研ぎ澄ませ。頭の上から指の先までオーラを張り巡らせろ」
 アラベス・カートは肩を落として父シベックに従った。ワープが成功するまでは解放されそうにない。大理石の床張りに座禅を組んで目を瞑る。ふと体に意識を向けると胃の収縮が気になりはじめて落ち着かない。今頃は食堂でチキンライスが用意されていることだろう。おいしそうに頬張っているクラスメイトを思い浮かべる。
「お腹空いた」
「ダメだ。明日は昇級試験だろう? 飯が食いたきゃワープで行け」
「そんなあ……」
 昇級試験は半年に一度開かれているが、アラベスはゴールドワッペンの昇級に二度も落ちたままだった。制服の肩には未だに銀の星のワッペンが縫われている。ゴールドへは自転送(ワープ)の術を使いこなせることが合格条件に入っている。
 シベックは王宮に仕える赤の騎士団の隊長だ。四大元素で最も扱いが困難とされる火炎の術を使いこなし、前線で部下を率いて魔物退治の任をしている。市民からは英雄視され、国王からの信頼も厚い。
 しかし後光は息子に受け継がれなかった。能無しとして罵られ、教師や同期に虐げられた。事あるごとに鈴の遺跡に一人で行き、オカリナを吹いて心を癒した。シベックはそんな息子の様子を見かね、今期はさらに指導に力をいれている。暇などないはずなのに、時間を割いて教えている。アラベスは有難いと思う一方、無理な予感もまたあった。なぜなのかはわからない。
 アラベスの意識は自身よりも食堂の皿に盛りつけられたチキンライスに向かっていた。新鮮な野菜汁の染み込んだ米と、ハンターの仕留めたフェイルバードの胸肉が、鍋の上で絡み合って絶妙な味に仕立てられる。王立術法学校でもフェイルバードのチキンライスは評判が高い。甘辛い味を想像し、ゴールドワッペンの憎きネグロ・マルキーナの浅黒い顔の前にある皿へと狙いを定めて叫び上げる。
「転送!」
 両目をカッと見開くとチキンライスが現れた。シベックが咎めるよりも先に、皿へと素早くしゃぶりつく。スプーンまでは転送できず、素手でライスを口に運ぶ。
「そういうことには機転が効くのか。どこまでも愚かだな」
 シベックは呆れるように首を振り、ワープで姿を消していった。アラベスはライスを掬いながら、父が怒って出ていったことに無念の寂しさを募らせる。
「これだから僕はダメなのかな」
 胃は満たされても心が晴れることはない。食べ終わると、首に掛かったオカリナを持って鍛錬場で吹き鳴らした。乾いた音色が反響して少年の瞼を震わせた。

 結局ワープは成功せず、再三の試験も落とされた。それだけではなく中途半端に挑んだことが裏目に出て恥をかいた。
 試験内容は百フィート先の赤旗の位置へワープをすること。ところがアラベスが術を使うと、制服と靴と下着だけが肉体を置いて忽然と消えた。見学していた女たちは黄色い悲鳴を叫びあげ、冷やかしに来ていたネグロからはこれ見よがしに笑われた。
 アラベスは真っ赤になってネグロの服を自分の手元に転送した。ネグロもまた裸になり、怒った彼は周囲にある小石を操りアラベスへ向けて慣性をつけた。身を守る術は一つだけ。
「石をネグロの上空へ!」
 転送術で周りの小石を消去した。小石たちは雹のようにネグロの頭へ落とされる。
「あああああああ!」
 小石といえど重力による加速が乗れば相当痛いことだろう。ネグロは両手で頭を抱え、血を流して丸くなる。
「ざまあみろ。何がゴールドワッペンだ!」
 アラベスは鼻息荒くして、ネグロの服を放り投げた。自転送以外の転送術ならゴールドにもプラチナにも劣らない自負はあった。
「シルバーのままで何が悪い。僕は最強のシルバーだ」
 試験官の咎める声も気にせずに、身の内に漲るオーラに酔って蹲るネグロを見下ろした。そのとき頬に熱い痛みが弾け飛んだ。眼前は人影で塞がり、その正体が父であると認識するのに時間が掛かった。赤いマントを身につけた、背の高い、壮年の男。アラベスに似た栗色の髪を後方へと流している。
「父さん」
「最低だな」
 一言置いて、シベックは消えた。アラベスは大声を上げて芝生の上に泣き伏した。

 バサルト市から西に離れた鈴の遺跡で笛を吹く。周りには人も魔物も見かけない。崩れかけた柱に下がった大きな鈴は魔除けの役割を果たしている。鈴の下の大きな穴は自殺の名所とされており、人間もまた近付かない。
 アラベスは太陽が地平に沈んだあともオカリナの音を鳴らしていた。父には叱られ、昇級試験に三度も落ち、あんな事態が起こったあとで学業を続けられるだろうか。
「潮時かな」
 オカリナから口を離して目を伏せる。父の背中はもう追えない。シベックとは縁を切り、バサルト市から発つしかない。笛を吹いて旅をすれば行くべき道は見えてくる。一人旅でも術があれば魔物を祓うくらいはできる。
 瓦礫から腰を上げて、錆びた鈴に目を向ける。その下の深い穴。この場所ともしばらく別れることになる。もう一度だけオカリナを吹いて鎮魂歌を遺跡に捧げる。
 足元が揺れ出した。振動は次第に大きくなり、鈴は鈍い音を鳴らす。アラベスはバランスを崩して穴に飲みこまれていった。
 落ちていく。こんなときにワープを使えば助かっていたことだろう。己の無力さに歯噛みをする。重力に身を任せて死ぬのを待つしか手はないのか。
 地に着いた。思った以上に浅かった。全身を打ちつけられたが意識はまだ残っている。穴の底は明るかった。紫色の輝きに満ち溢れていた。
「……ここは?」
「私の背中だ」
 突然の低い声にアラベスは大きく仰け反った。尻もちをつき周囲を窺う。声の主はどこにいるのか。
「ここだ」
 地面が傾いた。また落ちたらたまらないので紫の岩にしがみつく。地面は急速に上昇し、ついには地上の外へ出た。鈴は荘厳な音色を鳴らし、柱の上を回転する。アラベスは遺跡の床に放り出された。声の主、地面の主の全貌が次第に竜の形になる。
「アメジスト・ドラゴン……」
 岩石のような半透明の紫の鱗。アメジストは八大石竜の一頭で、高位の魔物とされている。その力は測り知れず、騎士団も恐れをなすほどだ。グラニット国の全勢力でも注がなければ倒せないといわれている。
 アラベスは姿勢を整え落ちた鈴を横目で見やる。魔を祓う鈴であれば、アメジストの注意を逸らす役割くらいはできるだろう。その隙に逃げなければ命はない。
 転送術を使う直前、アメジストは首を垂れた。
「礼を言いたい」
 集中が途切れた。意外な言葉に目を丸くする。アメジストは慇懃な態度でアラベスへと理由を述べた。
「笛の音が気持ちよかったのだ。しかし貴方はこの地を去ってしまうと言う。私はそれが惜しくてな」
 愛おしげに目尻を下ろして竜は少年を見つめている。アラベスは固まったまま台詞を反芻していった。アメジストに敵意はないのか。首に下げたオカリナを包むように両手で持つ。
「気に入って、いただけましたか」
 まさか竜が音楽を好むとは思いも寄らなかった。人間でさえもバサルト市には音楽を愛する者は少ない。父もそのうちの一人で良く思っていなかった。
「嬉しいな。僕にもファンがいたなんて」
「別れる前に名を聞きたい。貴方の名は?」
「アラベス・カート。術法学校の学生だった。この制服ももう必要ないけどね」
「術師か。ならばまだ、私にも希望は残される。額に手を触れて欲しい」
「額に?」
 アメジストは頭をもたげてアラベスの前に差し出す。牙の覗く口部に恐れを抱きながらも、言われたとおりに半透明の額の水晶に手を伸ばす。
「これは」
 全身に波紋が広がった。体が柔らかく溶けだして、泥のように変化した。液体は粒に分解され、一頭の竜の絵を描く。アメジスト。紫のオーラを纏った竜。鈴の遺跡で静かに眠り、子守唄を聴いている。オカリナのまろやかな旋律。傷ついた魂たちを癒してくれる鎮魂歌。
 八大石竜と呼ばれているが、アメジストの本質は。
「まさか、あなたは」
「私は無念の集合体だ。遺跡の穴に身を投じた者たちの」
「では、他の石竜も?」
「わからぬ。しかしこれで貴方は私を理解した。たとえ遠く離れていても笛の音は私に届くだろう。貴方もまた私を意識することができる。困ったら私を呼んで欲しい」
 アメジストは儚げにアラベスへと微笑んだ。紫色の輝きは遺跡の穴へと消えていく。けれどオーラは感じている。鈴の遺跡でアメジストは息を潜めて呼応している。
「信じられないけど、僕にはわかる」
 アメジストを転送できる手応えがある。生物の転送は難易度が高く、術師はせいぜい自分自身を転送するのが精一杯だ。魔物はおろか他者の人間でさえも成功例は見られない。
「これってすごいことだけど、でも魔物は人間の敵……」
 アメジストを呼び出せば、人の敵意は竜に向く。可哀そうな魂に、傷を抉らせるわけにもいかず、アメジストの転送は封印しようと決意する。

 このころはまだ「召喚」の概念は確立されていない。グラニット史の後世には転送術から召喚術が派生されることになるが、アラベス・カートは召喚術の先駆者として名を残す。

 アラベスは一年の間、旅をした。ハンターとして狩りをしたり遊戯団で笛を吹いたり身を賄う生活はできた。旅の途中で何度も危機に陥ったが、竜は一度も呼ぶことなく、知り合った仲間の力を借りて乗り越えてきた。
 そのうちの一人がペルリーナ・ロザート、赤髪を三つ編みに束ねた女剣士だ。彼女の両親は魔物に殺され、齢十五でギルドに身を置くようになった。
「アラベスって本気出していないよね」
 携帯食を口にしながらペルリーナは視線を投げる。アラベスの額を左手でかざし、深紅の瞳で覗きこんだ。
「オーラに雲が掛かってるね。隠しているでしょ」
「え? 何を」
「教えてくれないのね。まあいいわ」
 とぼけてはみたものの、ペルリーナはアメジストの存在に気づきはじめている。オーラが見える体質らしく、時々アラベスを見つめては期待を寄せるようにしてその力を問おうとする。
 乾いた丸太に腰掛けながら、土に落ちた乾物の破片をペルリーナは踏みつぶす。
「私にも力があれば、魔物をたくさん殺せるのに」
 肉親の仇を取りたいのだろう。幼さの残る可憐な少女に似つかわしくない言葉を吐く。
「魔物か。僕はそんなに憎くないな。襲われたら追い返すし、必要であれば狩りをするけど」
「あいつらは人のオーラを食らうのよ。理性と知性が足りないから、人を食って補っている」
「じゃあ僕たちも似たようなものだ。お腹が空いたらフェイルバードやタウオークを食らっている」
「……私は人よ。あいつらと一緒にしないで」
 アラベスから目を逸らし、ペルリーナは立ちあがる。この様子では人と魔物の共存への道は遠い。アラベスはアメジストを知って以来、魔物とは何かを考え続け、ある構想を練っていた。魔物がオーラを食らうのならば、人から少し分け与えて彼らを満足できないかと。アメジストが人を襲わなかったのは、高位の魔物はオーラを自ら生み出せるためで、食らう必要がないからだ。ゆえに竜はめったに人前に姿を見せない。アラベスが倒した魔物たちはほとんどが低位で飢えていた。
「そろそろ出発しようか。僕はバサルトに向かうけど、ペルリーナはどうする?」
「ついていくわ。でもなんでバサルトに?」
「少し気になることがあってね。戻るつもりはなかったけど」
 嫌でも故郷を思い描くことがある。父を意識し、夢を見る。すると手に取るように行動がわかるのだ。赤の騎士団は十日前に墓地へ入り、オーラの纏った透明な石を発見した。それを採取し、バサルト市にある流星の塔に持ち帰った。
「あの輝き、もし予感が当たっていたら大変なことになる」
 シベックを説得して、石を洞窟に戻さねばならない。父と会うのは気が重いが、王都が危機に直面していることを思うとなりふり構っていられない。ペルリーナのように悲しみと憎しみに明け暮れた人を増やさないために。
 急ぎ足で森を出る。三日後にはバサルト市に着き、アラベスが描いた予想通りの光景が目に広がった。
 一頭の竜が外壁を破って人々を爪で裂いていた。

 ダイヤモンド・ドラゴン。無色透明の鱗を持つが筋繊維や内臓は乱反射の光で見えない。四色の王宮騎士団はそれぞれの得意な元素を操りダイヤモンドに転送している。水流と岩と竜巻はダイヤモンドの固さに屈し、赤の騎士団の炎だけが効くという状態だ。しかし炎の転送術は扱える者が少ないために熱せられる温度も低く致命傷は与えられない。
 ダイヤモンドは狙いを炎の術師に定めて牙と尻尾で数を減らす。雄叫びを上げながら建物を崩して突き進む。探し物でもするように。
 アラベスとペルリーナは壊れた壁の隙間からバサルト市へと踏み入った。避難する人々を掻き分け、ダイヤモンドを遠望した。
「酷い……!」
 ペルリーナは剣の柄に手を掛けたが、アラベスは抜くのを制止した。
「剣では効かない。ペルリーナは怪我人の救助を」
「あんたは?」
「こいつを止めるよ。追い出す方法は知っている」
 ペルリーナの瞳が揺れた。
「なんでそんな言い方するの? あんたなら殺せるでしょ。殺してよ」
「無理だよ。僕のオーラは君が期待しているような力じゃない」
 胸の前のオカリナを両手に包んで吹き鳴らす。鈴の遺跡に意識を向け、眠る竜に呼び掛ける。アメジストにしか止められない。今だけ力を貸して欲しい。
 紫色のオーラを放ち、アラベスは術を使う。アメジストの転送。後に召喚と呼ばれる術は目撃者を驚愕させた。半透明の紫色の竜が現れ、ダイヤモンドに組みかかる。
「これでよいか? アラベス」
 アメジストは首を回して少年を見る。久しぶりに会えたせいか嬉しそうに目を細めた。
 アラベスは頷いた。
「頼んだよ。そいつは君の仲間だ。ダイヤモンドは僕が救う」
 マントを翻して駆ける。目指すべきは流星の塔。しかし行く手を阻まれる。
 剣を構えた赤髪の少女が唇を結んで立っていた。目に憎悪をたぎらせて。
「ペルリーナ、通してくれ」
「あんたは魔物の味方なの? なんで竜を転送できるの?」
 転送術を使うには対象を理解しなくてはならない。ペルリーナは術師ではないが、基本知識は持っている。アラベスは解き明かした。
「アメジストは元は人間だったんだよ。この世に生きる苦しみを背負われ命を絶った者たちの」
 ペルリーナの持つ剣先が震えた。柄を握り直す動作をアラベスにも見て取れた。隙がある。意識を向けて自分の手に転送する。ペルリーナから剣が消えた。
「あっ」
「悪いね。刃こぼれから血の錆まで観察させてもらってるよ。それに君の心もね」
 剣を噴水に投げ捨てる。水の跳ねる音がした。棒立ちになったペルリーナを一瞥して通り抜ける。
 流星の塔へ急いだ。人々の悲鳴、二頭の竜の取っ組み合い、術師たちの掛け声を、背中に受けて駆けていく。
 塔の門前。幸い衛兵はいなかった。しかし施錠はされており、複雑な錠は理解しがたく転送術で解錠できない。ならば壊すしかないが、アラベスには水平の力を持ち合わせていない。術法学校を中退したため、ゴールドワッペンから取得できる念動術を身につけなかった。
「入れる方法はないのか! ……いや、窓は開いている」
 ただしアラベスの身長の十倍ほどの高さにある。登ろうにも大きな建物は近くになく、足を掛けるところもない。ワープができれば開いた窓へ入れるが。
「ワープか。たぶん僕は父さんとは違う道に行きたかった。術をマスターするよりもオカリナを吹いていたほうが性に合っていたんだな」
 アメジストとの邂逅が道に光を示させた。そして旅をするうちに確信へと変わっていった。
 アラベスの今の願いはダイヤモンドの心を救い、犠牲者を増やさないこと。ダイヤモンドはオーラの源を奪われて、耄碌する意識の中で取り返そうとしているだけだ。額には空洞がある。ダイヤモンドを司る知性、それが今は失われている。
「返さなきゃいけないんだ。そのために僕は!」
 意識を自身に集中させ、肉体と心を感じ取る。窓の奥を脳裏に焼きつけ、全身のオーラを解き放つ。
「転送!」
 体が塔に吸いこまれた。石畳の部屋に着地し、光り輝く鉱石が正面に静かにたたずんでいた。
「あれだ。ダイヤモンドへ転送する」
「そうはいかねえぜ、シルバー野郎」
 石畳が一枚外れてアラベスの足を打ちこんだ。防御の転送も間に合わず、痛みに悶えて膝を折った。
 ネグロ・マルキーナが黄色のローブに身を包みながらアラベスを嘲笑った。
「久しぶりだなあ。やられた恨みは忘れてねえぜ」
「その服装は……黄の騎士団に入ったのか」
「そうさ。俺は術をマスターした。今なら負ける気はしねえ。貴様に味わった屈辱を倍返しにして晴らしてやる!」
 邪魔が入った。アラベスには戦う気はない。首を振ってネグロを落ち着かせようとする。
「そんな暇はない。ダイヤモンドを止めるのが先だ。その石を返すんだ」
「何言ってやがる。こいつはグラニットの発展のために必要な研究資材なんだ。見ろよ、なんていうオーラの量だ。こいつを兵器に転用すれば、全世界を統治できる。そして俺は貢献した一員としてさらなる権力、名誉、財産を!」
「くだらない」
 アラベスはネグロに向けて手をかざした。カーテンを剥ぎ取るように指を軽く折り曲げる。一息に腕を振る。
 絶叫がこだました。ネグロは頭を抱えて倒れた。
「き、貴様……! 俺のオーラを……、転送……」
「そのへんに置いといたよ。ほら早く拾わなきゃ。廃人になりたくないだろ?」
 ダイヤモンドと同じ痛みをネグロに思い知らせてやった。アラベスは歩を進めて、安置された石に手を置く。
「僕は敵じゃない。心を開いてくれないかな」
 対象を理解しなければ転送術は使えない。石は呼びかけに応じるようにアラベスを光で包みこむ。
 ダイヤモンド。恋人たちの誓いの結晶。かつては教会だった場所に人々の思いは埋められた。アラベスは離れてしまった欠片の思いを全身に受けて転送のためのオーラを練る。
 同調する。白い光をあるべき場所へ。
 石は手をすり抜けた。光の筋を微かに残して。
「これでいい」
 しかしもう遅かった。窓の外へと振り返ると、都市が業火に焼かれていた。二頭の竜は炎に身悶え、煤になって倒れていく。
 首筋につと冷たい感触。背の高い男の気配。
「邪教に身をやつしたか。どこまで恥をかかせれば気が済む!」
「転送!」
 二頭の竜をアラベスは送り返した。気配の確認、自分の身の確保よりも竜の安全を優先させた。
 シベックは殴りつけた。剣に炎を宿らせて、アラベスの頬に近付ける。
「俺の言うとおりにしろ。命だけは助けてやる」
 アラベスは父に捕縛され、月光の塔へ幽閉された。二頭の竜を操った魔物使いの烙印を押され、ダイヤモンドはアラベスが呼び寄せたということにされた。
 塔は特殊な構造をしており、術の使用は封じられる。オカリナを吹いて癒そうとすると、シベックに取り上げられた。
「これが貴様を堕落させた!」
 粉々に粉砕された。アラベスは父を見返した。

 三年後。バサルト市に再び竜が現れた。月光の塔の天井が吹き飛び、赤髪の少女が救出に来た。アラベスは少女の手を握る。
 彼女の名はペルリーナ・ロザート。後にアラベスの妻となる。
 二人はダイヤモンドの背に乗り、光のある地へ飛び立った。

(了)