三月は浮遊する ( No.3 )
日時: 2013/03/21 15:10
名前: バーニング ID:tbRr7bA2

 港の方から吹く海風を浴びた瞬間、ああ、帰ってきたんだなと感じた。潮の匂いと、船のオイルの匂いが入り混じった風が、なんだかとてもなつかしく感じる。かつてわたしは、この匂いのする街にいたのだ、と。
 2 月の初週に大学の期末テストを受け、そのあといくつかあったレポートをこなして提出すると、大学生活初めての春休みに入った。夏休みは小学生のときからずっと長かったけれど、夏休みと同じくらいか、少し長いくらいの休みをこんな時期に迎えるのはまだ少し実感がない。そもそも何をして過ごせばいいのかもよく分からず、バイトをつめこむでもなく、スキー旅行をするわけでもないわたしは、ふらふらと2月の後半を過ごしたあと、こうやって地元に帰省することにした。
 少し前まではまだ2月らしい冬の寒さが残っていたので春休みという実感はなかった。こっちに帰ってくるとさすが西日本と言うべきか、瀬戸内式気候と言うべきか、ずいぶんと暖かいように感じる。早咲きの桜はそろそろ咲き始めているのかもしれない。
 帰ってきて感じたのは、呼吸が、息をするのが楽だな、ということだ。空気がさほど汚れてないせいもあるだろうけれど、やわらかい海風はやさしく、高い建物もさほど多くはないから、空が大きく見える。高いビルが周りにたくさんある生活に慣れてしまうと、空にはこんなに何もなかったのか、と感じせられる。ゆったりと動いている小さな雲を真上に眺めながら、そう思った。


 ゲームみたいなものだよ。限られた時間のなかで学科と運転の科目をこなして、最終的には運転免許っていうクリアーの証明をゲットする。失敗してもやり直せるところも、ゲームみたいじゃないか。現実ではそういうことはなかなか多くない。
 教習の担当になった30歳前後の男の教官の人が、最初の運転教習の車内でそんなことを言っていた。多くの人が、特に多くの女性がAT車免許用の教習を受けるなか、せっかくなのだからと親に言われてMT車に乗ることになったのだが、足を動かすのと同じくらい手を動かすことが多くて、教習をゲームにたとえるなら左手にはコントローラーがあるようなものなのかもしれない。体の正面にはハンドルというもうひとつの大きなコントローラーがあって、この感覚をつかむのもちょっとばかし苦労した。そっか、わたし、あんまりゲームはうまくなかったな。小さい頃に男友達とまじってスマブラをやってたこともあったけど、グランツーリスモはやったことがなかったっけ。
 車は男のものなのではないか、と教習所に来るたびに思う。春休みという時期もあってか、自分と同じ大学生くらいの歳の若い子たちが免許をとりにたくさん来ている。 わたしのようにMT車に乗るのは男の子ばかりで、女の子はほとんどAT車に乗っている。教官は数十人いるがほとんどが男性で、女性は数人しかいない。働きにくいんじゃないかな、そんなこともないのかな。

「ここ、席座ってもええ?」
 教習所の建物の一角に飲み物とパンの自動販売機があって、その近くに丸い机とイスがいくつか置かれている。教習の合間の空き時間にわたしはよくここでコーヒーをカップで飲みながら文庫本を広げていた。声をかけられてふりかえると、背の高い女の子がいた。歳も近そうだ。ショートカットと明るい髪の色が、英字のプリントされたTシャツの身なりとよく似合ってる。
「うん、ええよ」
 いきなり話しかけられてびっくりしたが、よく考えたら教習所で会話を交わす人はは担当の教官か事務の女性の人しかいなかったことに気づく。その女の子はイスを引いて腰を下ろした。
「ありがと。確か、マニュアルの教習受けよるよな?」
「え、ああ、うん。そうだよ」
「やっぱり。マニュアルの呼び出しのときは男ばっかやけど、珍しく女の子がおるなーと思って。ちょっと気になってて、話してみたかったんよ。いきなりごめんな」
「ううん、全然。わたしもちょっと気にはなってた」
 さっきも思ったが、教習所では男の人の空気を強く感じる。こんなにも非対称なんだ、と思うくらいMT車とAT車では乗る人の性別が違う。
「わたしも、わたし以外でマニュアル車に乗る女の子がいるんだ、って思った。免許をとるだけならオートマのほうが簡単だし、お金も時間もちょっと少ないし、わたしそんなに車に興味があるわけではないからなんでマニュアルを選んだのかっていうとうまく言えないけど」
 こちらをじっとみつめながら、彼女はカップに入った飲み物をすする。そんなにじっとみつめなくてもいいと思うけれど。
「普通はそうやんな。分かるわ、わたしもなんでめんどくさいマニュアルになんか乗ってんやろうなあ」
「でもさ、ゲームみたいじゃない?」
「は、ゲーム?」
 予想外だったのか、目を大きくした彼女のきょとんとした表情が少しかわいいな、と思った。
「そう、ゲーム。担当の教官に言われたんだけどね。短期コースの申し込みだと限られた日数のなかで教習をこなさないといけないよね。だからゲーム感覚でやればいいよ、みたいな。もしだめでもクリアするまでもう一回トライできるし」
「でもそれって場内教習やから言えるけど路上に出たらちょっと意味合いが違うんちゃうん」
 路上か。まだ考えてなかったが、仮免をとれば路上に出て他の車のいるなかで走らないといけないんだった。
「そっか、そうかもね。でもなんだろうな、クラッチの操作とか、左手の操作とか、マニュアルに乗ってるとやたら手足を動かさないといけないじゃない。それも少しゲームっぽいな、って私は思った。ゲームのコントローラーがいっぱいあるな、って」
 なるほどな、それはそうかもな、とうなずいて飲み物をすする。わたしは気づいたことを尋ねる。
「そういえば、さっきからずっと方言だね」
「そうか?むしろ普通やろ、と思ったけど。そっちは方言使わんのやな」
 確かにそういえばいつのまにか口から出てこなくなったな、と思った。去年の夏休みに帰省して、こっちの友達と会ったときはずっと方言でしゃべってたと思うけど、いつから使わなくなったんだろう。そういえば
「そういえば、名前まだ言ってなかったね。春香です、よろしく」
 軽く頭を下げて、ぺこりとすると、彼女も同じ動作をした。
「七海。よろしく」


 短期コースはつめこみだ。毎日のように教習があるのはもちろんだが、一日のなかでもつめこみだ。車を運転し。学科で勉強し、また車を運転する。効果測定という、ミニテストも合間に受けないといけない。これにクリアしてようやく仮免許の試験にチャレンジできる。
 実家と教習所の往復の日々は、良くも悪くも体を疲弊させる。わたしはいかに大学に入ってのんびり生きてきたのかと、実感する。一年ほど前までは受験勉強の日々で、これも家と学校の往復ではあったけど、学校でクラスの友達や部活が同じだった友達に会うのは楽しかった。疲弊する感覚もあったけど、楽しいという感覚という感覚で卒業までみんなといられたのは、もう二度と戻らない瞬間のひとつだろう。教習所に通う合間にあのころの友達に会う時間がどこかでとれるかなと思ったけど、教習の日程表を見る限りはしばらくは無理のようだ。
 七海とは学科で一緒になることが多いので、学科と学科の間の休み時間に話をするようになった。相変わらず方言でしゃべる彼女と、いつのまにか標準語になってしまったわたしとでは少しちぐはぐな感じもするけれど、ざっくばらんに人と話すときに方言という言語は便利なんだろうなあと思う。やわらかくて、どこかふわふわしているわが地元の方言は大阪弁ほど自己主張が強くなく、岡山弁ほど濁らないのは心地よいと感じる。大学に進学してからは標準語に慣れきってしまった(ただし一部の関西出身者は関東でも関西弁を使うことに余念がないらしい)方言が少し田舎くさいなあとも思うけど、田舎くさいところに戻ってくると安心する自分もいる。なんなんだろ、このふわふわする感じ。安心するけれど、でも昔みたいに毎日のように会う友達も、過ごす場所もなくて。いや、そのかわりに教習所があるし、詰め込みの教習のおかげで毎日疲弊している日々はある。

 よくわからないふわふわした感覚を抱えながら、しかし車を運転するときは背筋が伸びる思いも感じながら、とうとう迎えた仮免試験のあと、七海と教習所近くのガストで食事をした。カフェでもあればよかったのだけれど、教習所が面している広い県道沿いの道にカフェを期待したわたしが間違っていた。ちなみに仮免試験はわりとあっさり合格だった。まだ教習全体の半分で、通過点なわけだけれど。
 最近ふわふわしているような気がするんだ、という話を七海にする。
「ふわふわってなんやねん」
 うん、わたしも同じこと思ってる。
「うまく言えないけど、大学に行ったりあっちで生活していると、どこかせかせかしていて忙しないというか。歩くスピードはみんな早いし、電車は一本逃してもすぐ次が来るし、標準語は懇切丁寧だけどどこか冷たく感じるし。どこか全体的に窮屈で、わたしひとりは身軽で自由でいろんなところに行ったりいろんなことをしたりできるけど、窮屈な空気からは逃れられなくて」
 へー、そんな感じなんやな。そっちのことはよーわからんわ、と七海はとぼけたように言う。
「そうやって、ようわからんわーというー人がわたしの周りにもう少しいれば、少しは窮屈から逃げられると思う」
「で、逃げてきたんか?こっちに」
「うーん、そういうつもりはないよ。大学生活はすごく楽しいし、学校行って、そのあとはバイトに行くかサークルに行くかして、休日は買い物に行ったりして。まあ一つ一つは別にたいしたことじゃないんだけど、場所が変わってもちゃんと自分の日常はあるんだ、と思って」
「なんや、楽しそうやん」
「うん、楽しい。楽しいけど、どこか不安で、どこか窮屈な感じもする。ごめんね、めんどうくさい話して」
 そんなことはないけどな、知らん話を聞けるんはおもろいと、パフェをすすったあとに喋る七海は、わたし以上に身軽で自由に思えてしまうのは気のせいだろうか。
 七海のことをそういえばまだよく知らないな。そのわりには他愛ない話をこうやってできるのは不思議だな、とも思う。
「七海は」
 と言いかけてやめた。ん、なになに?と聞き返してくる。
「いや、なんでもないよ。ありがとね、なんかいつもわたしが話してばっかだけど、付き合ってくれて」
「人と話すんは好きやからな、そもそも話しかけたんわたしのほうやし」
 忘れていたけれどそういえばそうだった。どういう人でそういえば何歳かも聞いてないけど、自分のいろんなことをわたしは七海に喋ってるなあ。この感覚は、たぶんきっと。
「いや、やっぱりちゃんと言うね。七海って」
 七海って自分のこと好き?という問いかけに、は〜?と言いながら口をぽかんと開ける。初めて会ったときも思ったけど、七海のリアクションは見ていて楽しいし、気持ちいい。こうやってはっきりと自分の意思や態度を相手に示すことが、わたしはできているだろうか。
「またなんかようわからんこと聞くなあ。好きか嫌いかって聞かれても困るわ。まあ、自分を嫌いでいるよりは好きでいたいどな」
 ああ、ほんとに素直だな、となぜかわたしは感服する。


 路上教習が始まると、背筋はさらに伸びて、首も伸びて周りをきょきょろするようになった。明らかに法定速度をオーバーしている車がこんなにいっぱい道路の上にいたんだと思うと、歩行者のときの自分を想像して少しぞっとする。しかしながらそんな車の集団のなかでわたし一台だけノロノロ走ると今度は後ろがつっかえてしまう。このバランスが何度路上教習をやっても難しく、かと言って教官が隣に乗っているなかで法定速度を大幅に越えるわけにもいかない。さて、どうしようか、わたし。
「路上は楽しいか?前にも言ったけどゲームみたいだろ」
 ただし不用意な追い越しは危ないのでするなよな。これはあくまで現実だ、と教官が隣で言ってくるので余計にややこしい。つまるは、ゲームのようぬ現実を乗りこなせばいいんだろうか。そんなことをする勇気、わたしにあるのか。
 そんな調子のまま高速教習を迎えたが、平日午後の高速にはほとんど車が走っておらず、あっさり合流したあとはいまで体感したことないような速度でふたすら走るだけだった。もう普通の路上に戻れないんじゃないかというくらい車を運転する感覚が違う。
 このままならどこにだって行けそうだ、と思わせてしまう魔力があった。しかしあたりまえだが、高速道路というものは普通の道路とは別に造られているものであるから、いずれ普通の路上に戻るし、そのあとはどこかで車から降りるだけだ。仕事で高速道路を毎日のように走る人からすると馬鹿馬鹿しいかもしれないが、わたしにとっての高速教習は何か夢を見ているようでもあった。普段と感覚がまったく違うのだから、そのたとえはあながち間違ってもいないと思う。夢は短く、あっという間に終わり、わたしが車から降りるとき、夢からさめて現実に戻るのだ。教官が教習をゲームにたとえたのは、こうした現実との境界を意味したのではないと思うけれど、夢をゲームに言い換えても、いやそのほうがより自然に聞こえるのではないか。


 こうして長く続いたゲームは、残り一日、路上のコースを暗記して走るという試験を終えれば、ひとまず終わる。仮免許試験は教習所でも受けられるのに、本免許は後日改めて試験場に受けにいかないといけないので、そこまで終えて、免許証を手に入れれば、やっとクリアだ。やったねはるかちゃん。
 教習としては実質的に最後の回を終えたあと、初めて七海と話したラウンジで、あの日のようにコーヒーを飲む。自分のペースではなくて詰め込みだったせいか、長いという実感はあまりない。大学生活は基本的に自由だ。一日何をして過ごそうが、誰にも何にも言われない。どの講義の単位をとろうが、そもそも自分で選んでとった講義に出席するかどうかも、強制されることはない。そのために出席にカウントされなくても、あげく単位を落としてしまっても、自己責任である。そう、自由と責任は表裏一体だ。とはいえ、自由を謳歌してはいるが責任はまかあまり感じていないのだろうと思う。だから、ふわふわした感じだ、と七海に話したのかもしれない。
 果たして、それでいいのだろうかと自問する。自由なまま自由の身分を謳歌するのは、それは一つの権利だ。大学生にしかない特権と言ってもいい。今までに出会った社会人が口々に、社会人になると遊べなくなるから大学生のうちに遊んだ方がいい、というのは、十分理にかなっていると思う。
 問題は、ほんとうにそれでいいのかどうかという点だ。選びとって自由でいるというよりは、今のわたしは単に自由でいられるだけだ。この時間がいつか終わることを知りながら、まるで長い夢のなかにいるいうな、そんな気分に近い。でも当たり前だけど、夢の先にあるのは現実で、わたしは現実から目をそらしているだけではないのか。いつまでも高速道路を走っていたかった、あの感覚がそうであったように。


「お、久しぶりやな」
いつものように本を読みながらコーヒーを飲んでいると、七海が声をかけてきた。お互いすれ違って顔を見ることは何度もあったが、そういえば最近は話をしてなかったな。
「うん、久しぶり。どう、順調?」
「そうやなー、効果測定がちょっと何回かひっかかってるくらいで、運転はだいぶ慣れてきて楽しいしな。まあなんとかなるやろ」
あっけらかんとして語るところが、ちょっとうらやましうな、とわたしにはない余裕だな、と。すこしばかりうらやましく思う。
「わたし、明日合格すれば卒業なの」
「へー、そうなんや。ちゃんと受かるといいな。わたしはもうちょっと先かなあ」
「ありがとう、頑張る。そういえば」
言いかけて、少し口が止まる。だめだなあ、わたし。
「なんよ、言いたいことあるんやったらちゃんと口にせな」
言い方は少しきついけど、不思議と安心する声だ。
「あ、うん、ごめんね。自分のことは前にちょっと話したけど、七海のことはまだちゃんと聞いてないなって思って。明日無事終えたら教習所に来ることはなくなるから、最後に七海のことちゃんと知りたいなって」
「なんや、それだけのことか」
あきれたように七海は言う。
「わたしも大学生よ。看護の勉強してる」
「か、看護なの?」
ちょっとびっくりしてしまった。よく言えばざっくばらんで、でもちょっとぶっきらぼうなところもある七海が看護とは。
「こらこら、笑うな。看護師は肉体労働やからな、自分で言うのもなんやけどわたしぐらいのほうがむしろふさわしいと思ってる。あとな、前も話したかもしれんけど人と話すんは好きやからな」
ああ、そうか、なるほど。理は通ってる。でもやっぱりちょっとおかしくて、笑ったまま開いてしまった口を手でおおう。
「まあ、わたしもいろいろあってな。ちょっと人助けみたいなことをするのも悪くないかな、と」
「なるほどね。じゃあ、通ってるのはG大? 」
地元の国立大学であるG大には医学部があって、確か看護学科があったはずだ。
「そうそう。家からも近いしな。そういえば」
「え、そういえば?」
「前に話してた、ふわふわしてるってのはどうなったんよ。教習中になんか変化はあったん?」
うーん、実は鋭いな。わたしの認識がガタガタと崩れてゆく。
「そうだね、まず端的に言えばそんなには変わってないと思う。教習しながらいろんなことを考えたりしたし、役に立つのか分からないような小言を教官に言われたりしたけど、いまのわたしのままだと、ふわふわと浮遊した感覚はあんまり変わってないな、と思う。でも、教習それ自体は、楽しかった。すごく久しぶりに、カッチリと動いた自分がいたなって思った。生活リズムもそうだけど、車に乗るたびに緊張する感じとか、路上でクラッチ操作を失敗してエンストしたらどうしようとか、終わってみれば全部杞憂だったけど、終わるまではドキドキだったなあ。いや、明日もまだあるんだけどね」
ふーん、と七海はつぶやく。
「前にもたとえたけど、長いようで短かったようなゲームがやっと終わるんだ、と思うと結構気分がいいね。達成感を感じる」
七海がにこっとしたのが分かった。表情が変わった。
「よかったんやない?」
はて、どういうことだろう。
「ふわふわしてる、って言ってたんはつまり、縛られてないってことやろ。縛られたいってことかもしれん。で、いったん自分を縛ってみて、その縛りからいまほどけようとしてる。いまでも、ふわふわしたって言えるか?ちょっと違うんとちゃうん、自分の感覚が」
「えっと、それは、つまり」
わたしは、ちょっと変わったのだろうか。では、何が変わったのだろうか。ふわふわしているとかいないとか、自分でもなんだかよくわからない感覚につけた、ただの抽象的な言葉でしかない。
「わたし、どこか変わったのかな?」
「変わったか変わってないか、成長したか成長してないか、ほんとのとこそれはようわからん。でも、いまはなんか前と違う。そんな感覚、持ってないか?」
 わたしは。
「まあ、達成感だけ味わって、すぐ忘れてしまったらあんま意味ないんやろうけどな。忘れてもええんか、覚えときたいんかは、自分で決めなあかん」
 自分で決めること。自由な世界で、あえて責任を負うこと。いまのわたしはこれができる環境にありながら、きっと不十分にしかできていない。ゲームのように現実を乗りこなすことも、あるいは現実をゲームのようにたとえることも、わたしにはまだできないと思う。でも少しだけ、少しだけ自分を縛ることができれば、案外に達成できてしまうこともある・・・
「そっか、そうだね。ありがとう。なんだか、七海には助けられてばっかりだなあ」
「別に大したことしてへんけどな。思ったことを言うただけや」
 そろそろ次の教習が始まるなあと、教習所の壁に掛かってある時計を見て七海は言う。ああもうお別れか、とわたしは思う。やっと七海のことを、少し知れたところなのになあ。
「じゃ、頑張って。またどっかで会えたら」
 そう言いつつ立ち上がる七海に、わたしは待ったをかける。ちゃんと、忘れないようにするために。
「あ、ねえ七海。ツイッターとかフェイスブックとかやってない?よかったら、教えて欲しいんだけど」
「あ、そやな。せっかくやし、教えてもええよ」
 バッグから取り出したスマートフォンの画面を操作し、ほら、とわたしに見せる。へえ、こういう名字だったんだ。わたしもスマートフォンを取り出し、七海を検索して、申請のリクエストを送る。
「いま、申請したよ。画面見ながらさっき思ったんだけど、七海の名字、珍しいって言われない?」
「そやなあ、その分覚えてもらいやすいけどな。逆に名前はあんまし覚えてもらえんけど。こっちも気に入ってるんやけどね」
 その少し残念そうなあきれ顔を、わたしはちゃんと覚えていようと思った。


 教習頑張って、と七海に手を振り見送ったあと、教習所の外に出る。吹く風はやわらかく、気温ももうずいぶん暖かくなって、さっきも教習所のテレビでは連日のようにどこそこの桜が開花しました、とニュースを流していた。けっこうな速度で、新しい季節がやってきている。ひとつゲームが終わり、また車に乗らない日々に戻っても、その勢いに乗り遅れないようにしないとなあ。
 七海の言ってたこと、ふわふわしていた自分のこと。まるで浮遊するように日々を過ごせたらきっと楽なのだろう。いや、今までのわたしはそうだったのかもしれない。忙しく立ち回っている日々の中で、その窮屈さからできるだけ逃れようと、生きてきた。
 あえてその日々に決別するのか、それとも可能な限り浮遊し続けるのか。いつかちゃんと、選べたらいいと思う。わたし自身のゲームの設定を変えることは、きっといつだってできるだろう。
 
 けたたましい車のエンジン音が響く国道沿いを歩いて、家に帰る。この道のりも、もう明日で一区切りだ。
 ジャケットのポケットから、スマートフォンのバイブが揺れる。曰く、あなたの申請は承認されました、と。その二文字が、わたしにはとても心強く感じる。
 安心してゴールまでたどりつけるだろうと感じながら、夕暮れの家路を歩く。


(了)