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[8] 第五回短編コンテスト【結果発表】
日時: 2012/01/01 19:39
名前: 新短編コンテスト ID:eNBo.XXY

 あけましておめでとうございます。今年も新短編コンテストをよろしくお願いいたします。今回は2012年最初のコンテストになります。たくさんの方のご参加を待っております! 初心者の方も常連の方も、みなさんどんどん小説書きましょう!

●第五回短編コンテスト
 今月の管理者:葵

 こちらは短編コンテスト、作品投稿スレッドです。短編コンテストに参加される方はこのスレッドに作品をご投稿ください。
 執筆・投稿される前に、規約・企画説明スレッドをお読みください。
 今回は通常コンテスト回になりますので、以下に発表されるテーマを取り入れた原稿用紙20枚以内の短編を執筆するようにしてください。
 なお、ご質問等がございましたら、談話室の方にお願いいたします。

 ☆今回は初旬が冬休みということもありまして、二週間ほど早いテーマ発表となりました。発表は早めましたが、作品投稿はこれまでどおり15日からになります。万が一それ以前に投稿された場合も参加は承認いたしますが、ご遠慮いただくようお願い申し上げます。
 ☆作品提出期間は1月15日〜31日までです。余裕を持った投稿をお願いします。たくさんの方のご参加をお待ちしております!

●今回のテーマ 『ファンタジー』
 今回はテーマというより、ジャンル指定のような形になってしまうかもしれませんが。ファンタジー、大好きです。書いている間は自分が新しい世界を作っているような気持ちになれますし、読んでいる間は新しい世界を旅しているような気持ちになれます。素敵ですよね。何にも囚われず、ただ自由に書いてくださればと思います。個性的で夢のあるお話を待っております。今年最初の執筆は、ぜひ短編コンテストで!

●提出作品(敬称略)
>>2 Raise:『幽霊たまご』(13枚)
>>3 鈴一:『王語り』(6枚)
>>4 春姫:『フォンドネスドール』(6枚)
>>5 オムさん:『三キロメートルの無』(18枚)
>>6 かに:『召喚術師アラベス』(20枚)
>>7 宮塚:『ファンタジア』(20枚)

以上六名の参加を承認いたします。

>>10 結果発表
>>11-13 投票詳細
メンテ

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Re: 第五回短編コンテスト【テーマ発表:ファンタジー】 ( No.1 )
日時: 2012/01/15 04:43
名前: 管理者 ID:SPBfXl7Q

第五回短編コンテスト、投稿期間となりました。
先日お知らせしたとおり、テーマは「ファンタジー」となります。
作品はこちらのスレッドにご提出ください。
締め切りは1月31日となります。
期限に余裕を持ったご投稿をよろしくお願いいたします。
たくさんの方の参加をお待ちしております!
メンテ
幽霊たまご ( No.2 )
日時: 2012/02/01 00:00
名前: Raise ID:GXAPvNDw

ころころ、ころり、ころころころ。卵はずっと、海にむかって転がっていく。その音が土曜の冬の大気のなかで甘く響くのが、不思議なぐらい大きく聞こえてくる。走る。ひっそりと静まり返った、人足も車もない住宅街。だけどこの坂を超えさせるまで、ずいぶんとたくさんの卵を割ってきた。石ころにも幸運と偶然の重なりで当たらずにすみ、卵はひたすらに転がり続けていく。今日は調子がいい。卵はだんだんと弾みをつけて、やがて坂を抜ける。追い付けなくなる。海はもうすぐだ。いけ、いけ! 両手を組合せながらお祈りをしていた私の遠いその視線の先、ガードレールの手前で、だけど卵を待っていたのは自転車の車輪だった。
 ぶちゃり。
 私はため息をついて、去っていった自転車に星の数よりも多くの罵詈雑言を心の中で言おうと努めながら、降りてきた坂をもう一度駆け上がっていく。背中からずっと遠くのあの海の手前で、卵の黄身が凍り付いていく様を想像すると、私はひどく、いたたまれなくなる。

 玄関では、母が待っている。
「はる。卵、また一つ足りない」
「食べちゃった」
「悪食よ」
「夏目漱石もしてたらしいよ。腹壊したらしいけど」
 あんたもお腹壊したいの? ぶつぶつ言いながら、母さんは半開きの卵のパックを受け取る。ざらついた手だ、と私は思う。靴を思いっきり力強く脱ぎ捨てて(でも、母さんの背中が振り向かないように音は立てずに)、二階の自室へ駆け上がっていく。下からの呼び声。
「昼ごはん、すぐ出来るわよ」
「いいよ。親子丼、別に好きじゃないし」
「ふるさとの味をありがたく思いなさい」
「料理本の親子丼はかあさんの味とは言わない」
「つくってるのかあさんよ」
 カーテンを開けて、陰気な光でもなんとか部屋に招き入れて、制服を着替えて、オレンジでドットのブラウスと、ちょっとレトロなプリーツスカート。鏡の前の、春物の格好に身を固めた自分に、果てしない満足を覚える。ふいに窓から見える海は、春なんて永遠に来ないみたいに、どこまでも薄暗くて、陰気だ。日本海なんて蒸発してしまえばいい。水がなくなったあとの砂漠のほうが、きっとずっと目に楽しい。不穏で、しかもばかげている、と自分の想像を笑いながら、私は母さんに気付かれないように玄関の扉をそっと開ける。
「風邪ひくよ、あんた」
「やるな。さすがは我が母君」
「ばかなこと言ってないで早く席に着きな」
 まったく、何考えてんだかわかりゃしないんだから。この真冬にオレンジの薄いブラウスを着るのに文句をつけるのは、もうやめにしたらしい。それが少し、気を楽にした。
「今日も遅いの?」
「うん」
 卵をとくその手はいつ見ても荒れていて、私はすこし、さみしい。海辺の冬の夕方は、いつも早い。さっきまで高かった太陽が、もうがくりと足を踏み外しかけている。窓に立ったまま、私は自分の手を見る。凍るような潮風にあてられて、それでもまだ瑞々しさを失わずにいる、年相応の長い手を。

 学校は好きだ。授業も好きだけど、休み時間はもっと好きだ。
「はるちゃんさ、幽霊の話、聞いた?」
「深夜二時、国道沿いに出るってやつか」
「説明しよう! って感じだね、変なの」口元に手を当てて笑うと、夕草はとてもかわいい。私はこの瞬間の彼女がとても好きで、いつひょうきんなことを言ってしまう。紙パックのレモンティーのストローを少し噛む。もう飲み切ってしまった。私はいつも飲むのが早い。夕草は遅いので、ずっと吸う音をたてている。 二人とも足をぷらぷらさせて、机の上にスカートをべたりと広げて座っている。
「その幽霊はさ、あそこの病院の看護婦の霊なんだよ」学校から病院はよく見えるので、ちゃんと私は指差してやる。誰もが知っている、国道沿いのその病院の建物は、灰色の曇天のなか、死んでしまった細胞みたいな静かで凝り固まっている。「働かされ過ぎて死んじゃった看護婦の霊」足のぷらぷらが自然と加速する。「あと、卵が好きなの。でも、食べるのが好きなんじゃなくて、坂の上からごろごろと転がすのが好き。よく観察してると見れるかもしれない。もしくは聞こえるかも。卵がごろごろごろごろ、転がっていく小さな音を。耳をよく澄ませば、ね」
「わたし、耳悪いよ、はるちゃん」
 でも、そんな音が聴けたら、ちょっと自慢できるかもね。それにしても、掴みどころのない幽霊だよね、と夕草は笑う。私は長く垂れ下がった彼女の髪の先っぽを、そっと指に巻く。きれいな髪だなあ、と私は嘘偽りない気持ちでいう。結婚したいなあ。
「もう、女同士だよ。なんかそんなさ、サブカル漫画みたいなノリやめようよ。とりあえず女くっついたら詩的! 素敵! きゃははははうふふふふ、みたいなやつ」
「変な言い方するなあ」おかしくて、笑う。「もう女って」

 幽霊に性別なんてあるのだろうか、と私はさえない田舎町の道路を歩きながら、ふいに考える。冬の海沿いは、本当に寒くて、風が吹くたびに震える。大学受験に向けた補習が終わるころにはとっくに日は沈んでいて、海と船と街しか、もうここにはない。女の幽霊とか、よくテレビでやってるし。やっぱり、性別の差はあるんだろう。だけど私には、せめて幽霊にはそんな取っ掛かりがなければ、と願う。お小遣いで買った卵のパックをスーパー袋の中でゆらゆら揺らし、私は坂の上をゆっくりゆっくりと、一歩ずつ踏みしめて登っていく。いつからか、この坂を振り返ることはしなくなった。いや、初めのうちからだったろうか。引っ越したばかりは、坂の途中から見える海が何とも好きで、振り返ってばかりいた。今はもう、そんなことはしない。帰ってくると、昨日の親子丼の具の残りが鍋に入っている。火は弱火でね、と解りきったことをわざわざメモにする、その几帳面さが、私にはひどく苦しかった。補習の疲れから、ベッドに滑り込むと私はすぐに眠りに落ちていった。何ひとつ、何ひとつ考えたくなかった。

「岸のお母さんって、あそこの病院だっけ」聞かれた質問に答えるのは、当たり前。「そうだよ。大変な仕事だよ」学校の窓辺から、病院の建物はあまりによく見えすぎる、と私は思った。いっそ全部カーテンで覆うか、あるいは窓を割ってしまいたかった。窓を割っても、結局見えるのは同じだったけど。「千葉の病院みたいに、綺麗じゃないよな、うちのって」曇り空の多い季節に、日焼けしたその手は、この街の潮のたまものだ。机に置かれたその手を、私はすこし、羨ましい気持ちで眺める。それからこっそりと、机の下の自分の、真っ白な手を、見つめる。「幽霊が出るらしいよ」「そっか、そりゃそうだよな、あんな汚かったら、患者の霊が出てもおかしくはねえよな」「ううん」視線を、またその骨ばった手に、落とす。「看護婦の霊」「へ?」「働き過ぎて、身体がぼろぼろになった、看護婦の霊だから」

 卵を転がすのは、いつからの習慣だったろう。習慣というのは、ゆっくりと形作られるもので、だからいつから、という問いかけは、あまり意味を成さない。だけど坂を上りながら、私はまたその問を、繰り返す。いつから私は、卵を転がすようになったんだろう。夜風が吹く。三日月。オレンジでドットのブラウスと、ちょっとレトロなプリーツスカート。春が来るのは、この海沿いの田舎町では、遅い。私は道路に体育座りをして、右手に置いた卵パックを開く。一つつまみ、そっと置く。卵ははじめはゆっくりと転がり出す。ころころ、ころころころころ。どんどん早くなって、私には見えなくなる。潮の音が、何故かこの坂の上には聞えない。それなのに、卵がガードレール下をかいくぐって、水の中に落ちた音は、ひどくはっきりと聞こえてくるのだ。そんな気がするだけなのかもしれないけれど。成功に気分をよくしたわたしは、二つ、三つ、と卵を転がしていく。ぽちゃん、ぽちゃん。私は最後の卵を、そっと右手の中に握る。道路で少し割ると、私は黄身と白身を丸ごと飲んで、それから坂を静かに下る。ゆとりのあるプリーツスカートは、ほんのすこしの風でもすぐにはためく。まるで映画みたいだ。酔っている自分に恥ずかしさを覚えながら、私は海に沿った国道を、季節外れのオレンジで歩きだす。

 その日帰ってくると、母がいた。
「今日、筑前煮よ。もうできてるから、早く食べよう」
「珍しいね。夜勤じゃないんだ」
「たまにはね。親子囲んでの晩御飯も、いいじゃない」
 本当にそうかなあ、と私は心に出たままの疑問を口にしながら、靴を脱いで、手を洗う。母娘二人だけという人数にふさわしい、そんなに広くもないキッチンの中央を、テーブルが我が物顔で占めている。一昨日は親子丼の具が入っていた小さな鍋には、にんじんとごぼうと鶏肉がごっちゃに煮られて入っている。鍋をテーブルに置くのが我が家の晩御飯だ。私は用意を手伝いながら、所々枝毛の目立つ短い髪に、そっと視線をやる。思わず自分の髪を、おさえてしまう。
「いただきます」
「これ、おいしいね」
「ね。婦長さんに教えてもらってね。作り方、少し変えた」
「じゃあ、おふくろの味じゃなくて、上司の味なんだ」
 なんだ、残念。頭を、はたかれる。憎まれ口をたたかないの。
「国道、幽霊が出るんですって。病院でもっぱらの噂だった」
「そんな話するんだ」
「私たち機械人間じゃないのよ。あんたたち中学生と変わんない話だって、ちゃんとするんだから」それ、自慢することじゃないよ。私は笑う。母さんも笑う。その様は、少しばかり夕草に似ている。「何の幽霊だと思う?」「順当に行けば、うちの患者さんじゃない。まあ、普通死ぬような患者さんは、紹介状書いて送るんだけどね」「へえ」あ、じゃあ別に汚いからって死ぬわけじゃないんだ、と私は妙に納得する。「じゃあ、何なんだろう」「さあ」「適当な返答。母とは思えん」「母だって適当な発言ぐらいするわよ」私の空いた皿に、勝手に筑前煮を盛り付けて。でも、それは、私の食べ具合をよくわかっているから出来ることだ。「幽霊だって、一度か二度ぐらいは、地の底から出たくなるのよ。さみしいんだもの」「それ、本気で言ってる?」「せっかくあんたに合わせたのに、そんなぶっちょ面することないじゃない」母はおたまを握ったまま、自分の皿を取り上げる。「いいよ」「何が」「私がするから」今日ぐらい休みなよ。疲労回復に良かったんだっけ、とテレビの健康特集を思い出しながら、私はにんじんをたっぷり入れる。お疲れ様。どうも。

「はるちゃんって、レズなの」夕草は、ときどきこういう不躾な質問をする。「違うよ」私は肩をすくめる。「絶対に、違うよ」
「じゃあ、千葉でさ、彼氏とかいたの」「ううん、いなかった。みんな、引いてた。父ちゃんが、ほら、うちあれだからさ」「ああ、確かにそういう現象あるよね。同級生で近親が死んじゃったりすると、なんか、引いちゃうよね」「ひでえ」そういう、屈託のない、空気を読んでないと言ってもいい夕草の無礼が、私は好きだ。「ほんと、そうだった。みんな、最低だよね。父ちゃんがいなくても、別に私は私だし、何歳で父ちゃん死のうが、お前らだって全員親死ぬし、って思ったよ」「えげつないなあ、はるちゃん」夕草は、笑う。「ああ、でもかわいい」「え?」「かわいいー」私がぎゅうと抱きしめると、夕草は、ちょっとまって、やっぱはるちゃんレズでしょ早く彼氏つくりなよ一生引っ越したままここで終わることになるよ、とさらりと惨い忠告をしながら、暴れた。もがくのが不満だったので、私はぎゅうと、抱きしめる。女の子の母というのは、こんな風に温かいものを抱けるのだろうか、と私はふいに、思う。

 風が吹いていた。海のさざめきが、その夜は、不思議なことに坂の上まで聞こえていた。私は今日は、体育座りはしない。ただ四つ入りの卵パックを開くと、それを一斉に、坂の上から転がした。目で追うことも、しなかった。不揃いな四つの音がしたのも、しばらくしてから、気づいた。私が考えていたのは、ただ、母さんの手のことと、幽霊たちのさみしさだけだった。寂しいヨット。父さんのヨット。転覆した、その舟の影は、あの海のどこにもない。母さんの話だけから聞いたそれをぼんやりと思いだしながら、私はもう、卵を転がすことはないだろう、と思った。
メンテ
王語り ( No.3 )
日時: 2012/01/19 18:52
名前: 鈴一 ID:OSGnTAXg

 王はただ、前を見ていた。
 特注の、様々な宝石と意匠を凝らしたシャンデリア。美しい金色の刺繍の入った、滑らかな真白い絹のカーテン。豪華な大理石の大机と、それを彩る、細やかな細工を施された銀食器の上の、宝石とも見紛う絢爛豪華な料理の数々。

 そのどれにも目もくれず、王はただ、前を見ていた。

「食べぬのか?ジャンヌ」

 豊かな口髭を揺らして、王は言う。左手のフォークを、手近な果物に突き刺して。

「こんなに美味いのに」

 真っ赤な林檎。その皮を剥きもせず、大口を開けてかじりつく。黒い口腔から、金色の歯が覗いた。

「毒が盛ってあるといけませんから」

 ジャンヌ、と呼ばれた少女は、ニコリともせず言う。王と同じく、ただ前だけを見つめて。
 肩口で切り揃えられた、真っ直ぐな金髪。蒼く澄んだ双眸。白く、ふっくらとした顔に浮かべた、意志の強そうなその表情は、身に纏う煌びやかなドレスとは見事なまでにアンバランスで、

「既に自室で、食事は済ませています。信頼できる者に作らせた料理で」

 その見た目に違わぬ、強い意志の籠った声。
 ふむ、と王は一つ咳払い。次いで、テーブルの上のベルを二度鳴らす。

「――ダグラス」

 声に応じ、すぐに初老の執事長が出てきた。幾人かの、みすぼらしい姿をした従者を従えて。

「毒見させろ」

 命令は、ただそれだけ。言われるがまま、従者の一人が、ジャンヌの目の前のそれに手を付ける。
 鴨肉のロースト。その肉にスッとナイフを入れ、一切れ、ゆっくりと口に運び、機械的に飲み込む。

 と、

「――がふっ!?」

 飲み込んだとほぼ同時、従者は背を丸めて蹲る。口元に当てた手の間から、得体のしれない金色の液体が零れ、床に落ちたそれはジュウと音を立て、絨毯を焦がした。

「医者を――」

 動き出そうとした執事長は、しかし、

「無駄だ」

 王の言葉に止められる。

「随分と即効性の強い毒薬じゃないか。……体液を強酸性に変えられたのか? 確か東の国、シンディアで、そのような薬が開発さえれたと聞くな」

 言って、興味をなくしたように今も蹲る従者から目を離し、

「鴨肉のロースト、お前の好物じゃないか。――命拾いしたな」

 再び食事に取り掛かる。ワインを少し傾け、サラダにたっぷりとソースをかけて。

「父上しか知らない好物ですが」

 強い目で王を見据えたまま、ジャンヌは言った。

「――いつまでこのような事を続けるおつもりか」

「このような事、とは?」

 惚けた風に言う言葉は、しかし、

「無為に国を傾け、民を苦しめる事を、です」

 強い声に弾かれる。けれど、

「国は王だよ、ジャンヌ」

 キィン、と、スプーンで手近な皿を鳴らし、王は言った。

「なれば、いつか国は滅ぶぞ。無能な王の時代に、何をしようと、何もせずとも。古今東西、滅ばなかった国などない」

 しかし、ならば、

「勝ち続けている限りは、滅ばぬだろう?」

 サク、と音を立て、メインのステーキにナイフを突き立てて。
 その目は、前を向いたまま。

「……本気で、そのような事を仰せですか?」

 少しだけ、震える声でジャンヌは言った。

「儂は王ぞ」

 少しの震えもなく、王は言った。

「――わかりました」

 ならば、

「お別れです、父上」

 ああ。

「それこそ、わが望み、だ」

 何故なら、

「――その名は、そのためにつけたのだから、な」

               ******

 王だった者はただ、前を見ていた。
 錆色の格子の入った、簡素な造りの明かり取り。血とも体液ともつかぬ何かが浸み込んだ、小汚い毛布。所々毛羽だった、木製の古い机と、くすんだ鉛色をした食器の上の、一切れのパンとミルク。

 そのどれにも目もくれず、王だった者はただ、前を見ていた。

「殺さぬのか?ジャンヌ」

 自らの血や、体液で固まった口髭をいじりながら、王は言う。

「既に、吹けば飛ぶような命だというに」

「まだ、処刑の時まで数刻ありますから」

 表情を変えず、ジャンヌは言う。王だった者と同じく、ただ前だけを見つめて。
 銀色の、しかし、所々汚れてくすんだ鎧。確かな年月を重ねた、腰に下げた武骨な鉄製の剣。目はあの時のまま、強く、短かった髪は、今は背の中ほどまでに達していた。

「――私自ら、あなたの首を刎ねます」

 少しの震えもなく、ジャンヌは言った。

「それでいい」

 掠れ、しかし満足気に王だった者は言った。

「言い残す言葉は?」

 は、と短く鼻を鳴らして、

「言葉など」

 少しの間。珍しく、少し迷う風に。

「無力、だよ」

 絞り出すように、ただ前を見つめて、王だった者は言った。

「お前こそ、父に言い残した言葉はないか?」

 父。その言葉が、少しだけ懐かしくもあり、けれど、

「――あなたは王であった」

 振り払うように、ジャンヌは言った。精一杯の敬意を込めて。

「如何に傾こうと決して諦めず、国を支えようとしたあなたは、方法こそ違えど王であった。今は、そのように思います」

 けれど、

「国は人です、父上」

 だから、

「誰か一人が国であるなど、あってはいけないのです」

 そうだった、のであろうな。

「返してください、とでも言われると思ったわ」

 いいえ。

「二度と帰らぬものです。」

 そして、

「返してくれと、そう言えぬものです。だから、あなたを許しはしない」

 だから、

「――お別れです、王だった者よ」

 ああ

「それこそ、わが望み、だ」

 何故なら、

「その名は、そのためにつけたのだから、な」

 言って、王は静かに目を閉じた。
メンテ
フォンドネスドール ( No.4 )
日時: 2012/01/20 14:35
名前: 春姫 ID:DTiomFAA


 私がとっても綺麗だから、王様は私をお城の地下深くに閉じ込めてしまった。暗い暗い地下は、蝋燭の明かりだけだから恐ろしくて、どんなに綺麗な宝石も、調度品も意味を成しはしないの。
 王様は気が向いたときだけ地下に降りては、一頻り私を愛でて、満足顔で去っていく、後はただ、決められた時間に運ばれてくる食事を機械的に食べるだけ。
 美しいドレスなんて、美しい装飾品なんて、こんな地下では何の役にも立ちはしないの。それが分からない王様は、馬鹿みたいにガラクタを積み上げていく、まるでお人形遊びみたい。
 お人形と言えば、私付きの侍女のメルディは無口で無表情、私の身の回りのお世話はみんなメルディがやってくれる。髪を梳かして、爪を磨いで、体を拭いて、身なりを整える、私はメルディがいないと何もできない。
 メルディは背が小さくて、ぽってりとした唇に薔薇色のほっぺた、金色のウェーブの掛かったボブヘアはまさしくお人形の可愛さ、私の推測だけど、メルディも王様のお気に入りの一人だと思う。
 今日もメルディが食事を運ぶ足音が聞こえてくる、石階段を下りる音が響いてくる。すぐに控えめなノックの音が二度、ゆっくりとドアが開かれると、そこにはいつもと違ったメルディがいた。
 お人形のように変化のない顔が、まるで火事にでも出くわしたみたいに汗だらけで、表面上だけはいつもの澄まし顔だけど、そんなの無いも同然、おかしなメルディね。
 私は出来るだけメルディを落ち着かせようと微笑んで見せた。可哀想に震えてるメルディの肩を数回撫でてあげる、すると落ち着きを取り戻したのか、メルディは息を大きく吸った。
 話を纏めれば、王家けが失墜したらしい、あっそう、で締めくくってしまうのもいいけれど、あんまりにもメルディが悲痛な表情をするものだから困ってしまう。

「可愛いメルディ、それで私はどうしたらいいかしら」

 こんな地下じゃ、地上で起きた事は届かない、だからかしら、少しも焦る気持ちが沸いてこないのわ。

「このままここにいては殺されてしまいます。この奥に隠し通路がございますので、そこからお逃げください」
「メルディはどうするの」
「私はここをお守りしないといけません」
「そんなの困るわ、誰が私のお世話をしてくれるというの、メルディ、あなたがいなければ私は何も出来ないお人形なのよ」

 とっても綺麗だから、誰も私を働かせようとはしなかった、ただそこにいて笑ってくれればいいんだよ、と、みんなお決まりの台詞ばかり口にした。
 王様だって同じ、こんな地下に閉じ込めた。
 どうしてかしら、メルディだって可愛いのに、王様だってメルディを可愛がっているはずなのに、どうしてメルディばかり苦労を買っているのかしら。
 私の後ろには、腐るほどのドレス、つけきれないほどの装飾品、全部いらないって思っていたのに。

「ねえ、メルディは着飾った事があるかしら」
「そんなこと今は関係ありません、早く、早くお逃げください!」
「いいのよメルディ、ここから逃げたって、逃げなくたって、きっと何も変わらないわ」

 慌てるメルディを化粧台の前に座らせて、馴染んだ櫛で丁寧に髪を梳いてあげる。色とりどりのダイヤがあしらわれた髪留めをつけて、愛らしい頬に紅をつける、唇には淡いピンクを彩って、一層華やかに見せる。
 その間に私の昔話をメルディに聞かせてあげる。まだ暗い地下に閉じ込められる前のお話ね。
 私は王国から大分離れた村に住んでいた。小さな頃から皆に、綺麗だ綺麗だって褒められて生きていた。だから辛い仕事なんて一度だってやったことはなかった。
 水汲みも、畑仕事も、飯炊きも、何一つ私はやらなくても良かった。私があんまりにも美人だから、結婚相手は引く手数多だったの、でも、私は王様に見初められて暗い地下に閉じ込められてしまった。
 私を取り戻そうとした男がいたけれど、反逆罪で死刑にされてしまった。その頃には地下にいたから、その話を聞いたのは大分後になってしまったの。
 その人は、私の婚約者だった。冴えない人だったけど、深い愛情と優しさ溢れる人物でね、愛されてて気持ち良かった。そこで私の手は止まってしまう。
 後はドレスの背にあるボタンをかけるだけ、姿見に映るのは美しい女、もしかしたら私はメルディのように侍女をやっていたかもしれない、メルディは私のように生きたかもしれない。

「どっちにしてもお人形ね」

 でも私は、メルディが妬ましかった。

「っ足音が!」
「さ、行ってメルディ」

 本当はとっくの昔に知っていた隠し通路にメルディを押し入れる。逃げ出そうと思えばいつだって逃げれたの、でも、私は誰かに囲われなくちゃ生きれない。
 でもメルディ、あなたは違う。
 大きな喧騒が地下になだれ込んでくる、数分もしない内にここも見つかってしまう。
 どうしてメルディを逃がすのか、そんなの私にだって分からない、ただ、私はメルディと自分を重ねて見ていた。私と違って笑いもしなければ愛想もないメルディだったけれど、まるで鏡合わせの様に同じに見えていた。
 ドアを壊す音は一瞬で、すぐに人が飛び込んでくる、私はとびきりの笑顔で彼らを迎え入れる。悟らせはしない、私の人生初の大仕事だ、失敗は許されない。


 その日、王家は崩壊し、王族は皆吊るし首となった。地下に囚われていた女は、その美貌で命を拾い、後に流行り病で命を落とす。
 同日、身形を整えた一人の女が、森を駆ける姿が目撃される。話によれば女は、それはそれは綺麗な笑みを浮かべていたそうだ。
 これは小さな王国の幕引きのお話でございました。
メンテ

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