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[8] 第五回短編コンテスト【結果発表】
日時: 2012/01/01 19:39
名前: 新短編コンテスト ID:eNBo.XXY

 あけましておめでとうございます。今年も新短編コンテストをよろしくお願いいたします。今回は2012年最初のコンテストになります。たくさんの方のご参加を待っております! 初心者の方も常連の方も、みなさんどんどん小説書きましょう!

●第五回短編コンテスト
 今月の管理者:葵

 こちらは短編コンテスト、作品投稿スレッドです。短編コンテストに参加される方はこのスレッドに作品をご投稿ください。
 執筆・投稿される前に、規約・企画説明スレッドをお読みください。
 今回は通常コンテスト回になりますので、以下に発表されるテーマを取り入れた原稿用紙20枚以内の短編を執筆するようにしてください。
 なお、ご質問等がございましたら、談話室の方にお願いいたします。

 ☆今回は初旬が冬休みということもありまして、二週間ほど早いテーマ発表となりました。発表は早めましたが、作品投稿はこれまでどおり15日からになります。万が一それ以前に投稿された場合も参加は承認いたしますが、ご遠慮いただくようお願い申し上げます。
 ☆作品提出期間は1月15日〜31日までです。余裕を持った投稿をお願いします。たくさんの方のご参加をお待ちしております!

●今回のテーマ 『ファンタジー』
 今回はテーマというより、ジャンル指定のような形になってしまうかもしれませんが。ファンタジー、大好きです。書いている間は自分が新しい世界を作っているような気持ちになれますし、読んでいる間は新しい世界を旅しているような気持ちになれます。素敵ですよね。何にも囚われず、ただ自由に書いてくださればと思います。個性的で夢のあるお話を待っております。今年最初の執筆は、ぜひ短編コンテストで!

●提出作品(敬称略)
>>2 Raise:『幽霊たまご』(13枚)
>>3 鈴一:『王語り』(6枚)
>>4 春姫:『フォンドネスドール』(6枚)
>>5 オムさん:『三キロメートルの無』(18枚)
>>6 かに:『召喚術師アラベス』(20枚)
>>7 宮塚:『ファンタジア』(20枚)

以上六名の参加を承認いたします。

>>10 結果発表
>>11-13 投票詳細
メンテ

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三キロメートルの無 ( No.5 )
日時: 2012/01/22 14:25
名前: オムさん ID:WivCYdMA

 あるとき家のトイレの便座が私に向かって倒れかかってきたために、小便が私に跳ね返ってきたことがある。私は顔まで小便まみれになり、立ちションをしていたのだから仕方のないことなのだが、家のトイレの便座は緩いということに私は憤りを感じたのである。
 全くもって殺人的なまでに退屈な日曜日の昼。出かけようにも車がない。売り払われてしまったのだ。親元を出なければ、と思うのだが次第に袋小路に追い詰められていく。この田舎町で車がなければどのようにして用を足せば良いのだろう。私の家は周囲から三キロメートルの距離で建っている。というよりも、私の家がそのまま周辺三キロメートルにわたって広がっているというべきだろう。夏は牧草、冬は雪原、照りつく太陽と遠方の山並み。私は牛たちに囲まれている。牛は今のところ鳴く以外には能がない。食べるだけだ。乳を出すまでにはまだしばらくかかるようだ。手違いで乳牛を出荷してしまったのだ。ところがその牛たちはしっかりさばかれて肉になってしまった(私が知るかぎり最も残酷な体験)。
 私は私の周囲が自決に向かって自転を繰り返しているような気がする。
 とはいえ私は家でこうして小説を書いているだけだ(小説を書くのに実務経験など必要ではない。十年に及ぶ文章修行で到達した真理がこれである)。他にするべきことも見当たらない毎日なのだ。だが日曜日はやはり退屈なものなのだ。そういう時に私はインターネットで“契機”を探し始める。とにかくも契機が大切なのだ。契機がなければ何事も始まりはしない。目の前にはただふやけて引き伸ばされた時間があるばかりだ。私にできることはまだ何も無い。
 契機はすぐに見つかった。そして私は筆を執る。
「ちょっとあんた、三島さんのところまでひとっ走りしてくれないか」
「車がないのにどうしろっていうんだ」
「車がないって、ないのはあんたの車だけじゃないか。練習だと思って乗ってきなよ」
「だめだ、僕はオートマチックしか乗れない。クラッチなんて忘れた」
「せっかく何もないところにいるんだよ。今乗らないでどうするよ。あたしの金で免許取らせてやったんだから、少し乗ってきなさい」
「冬道じゃないか。物事には順序があるよ」
「順序ったって最初の一手をいつまでも渋ってる人間なんだから、無理矢理にでもやらせないとしょうがないじゃないか。あんたがいると暗くてたまんないんだよ。ほら、車のキーはここに置いとくからね。これが三島さんに渡す菓子折り。頼んだからね」
 と私の母親が私に言った。私の思いは挫かれた。
 車のキーを挿してエンジンをかける。車はのろのろと走り出し、周囲には何もないから車窓を流れる景色に集中できる。しかし景色は何も変わらない。
 せわしない現実を離れて遠い世界に、いや、まったく新しい世界に。走りだせば体が操作を思い出すから、慣れないマニュアル運転でも余裕ができて空想を始められる。変わらないことが契機になり始まることができたのだ。重要なのは次のことだ。世界をまるごと作ることだ。地球のモデルを書き換えていくというのは、細部に拘る。そういうことだから、拘った細部が魅力的に動けばそれでいいのだ。要するに誰もが夢を見たい。ぼんやりとした印象の夢が明晰に見えてくるほど、人の心を惹きつける。
 大体原稿用紙を四枚ほど消化しただろうか。残るところ十五枚と少々。短編であるから起承転結をしっかりさせておかなければならない。道はどこまでも直線のままだ。太陽が積もった雪に照り返して眩しい。前が見えなくなりそうだ。地吹雪でも起これば自分がどこにいるのか、私はすっかりわからなくなるだろう。牛舎が点在しているらしい。こんな冬でも牧場の臭いは漂う。私の鼻をつく臭いはまるで使用直後の便所のようだ。これなら人を殺せそうなものじゃないか。犬ほどに鼻が利くなら、人はこの臭いに犬ほど鈍感ではいられないだろう。まるでモンスターじゃないか。くさいのだ。
 私は角を想起している。ねじ曲がった螺旋が枝分かれして先を尖らせている、禍々しい角だ。すでに西洋の空想に足を踏み入れ、肉でも食い荒らしてきそうなところだ。それでもまだ角だけだ。顔は牛のようになるだろう。しかし瞳は緑色だ。魚のように生気がない。死を直截に見つめている。何の感慨も抱いていない。生きながらにして死んでいるのだ。だから食らうのに容赦がない。動くものなら何でも食らう。特に人を好む。筋肉が盛り上がった前足が地面を蹴ると地鳴りが起こる。群れで襲われれば地震となる。だから逃げる場所がない。追い詰められて袋小路(追い越しをかけられて目の前が真っ白になる)。舞い上がる雪に包まれ急停止した車が突然横転する。誰もいない道端で一回転した車から私は放り出されて右肩を痛める。牛舎から逃げ出した牛が私の横でモウと鳴く(心底どうでもよさそうに)。
 車は道から大きく外れ逆立ちしたまま変形している。脇の段差を転げ落ちたらしく潰れた後部座席にあったはずの菓子折りも無事では済まされないだろう。近づく気もしない。そう思っていると乾燥した空気にやられたようだ。見ている間に車が火を吹き炎上した。爆発音が立て続きに響き、火柱が上がっているのを私はただ呆然と見ている。隣に立ったままの牛は同じ調子でモウと鳴く(心底どうでもよさそうに)。
 メラメラと燃え続けている。
 ――困難な世界だ。
 物語の類型について、大学の文学部でV字型の法則を学んだ。これは古代の神話から現代のエンターテイメントまで広く用いられているもので、この類型に個々の要素を正しく散りばめてやることができれば、優れた物語は完成したも同然である。とその教授は豪語していたが私としても同感だ。ただし書き手が書いているものとの距離にあまりに意識的になっている場合は、こうした類型はむしろ意識されない方が良い。科学の有効範囲と哲学の有効範囲に関するある哲学者の議論がこのことを説明してくれる。科学がもうこれ以上いけない、といった地点から哲学の領域が始まる。事物に関する研究が行き詰まったところから、綜合の研究が始まるのだ。要素の効果的配置は要素の分析と表裏一体であるから、それらを別のレベルから照射する段階に至れば分析の思考は背景化する。つまり前景化しないということだ。ところが私はこう思うのだ。私はこのファンタジーというジャンルを物語的にはきっちり類型に納めてしまうことができるジャンルだと考えている。ファンタジーが一個のファンタジーとして魅力的なのは、その物語が独創的であるからというより、展開される舞台が独創的であるからだ。というよりも、そうでなければファンタジーというのは一体どのように指し示すことができるのか、困ったことになる。異世界における人々の暮らしを延々と書いた所でそれは架空の話以上にはならない。こういうことだ。ファンタジーにはファンタジー足りうるべき展開の約束があるのであり、物語はある意味では必要ではない。というより、必要不可欠であるのだが、借用するだけでもなんとかやっていける。そういうことだ。ところでV字型の法則を説明していなかったが、残り枚数が不安だから今は割愛することにする。
 早起きは三文の得だというが、できた時間を使わされることが多いのが実家暮らしの辛いところだ。午後に目を覚ましていれば今頃温かい布団の中だ。見えない道を歩いているが右肩の痛みはまだ取れないし、迷子にならないように道路を歩くからいつ轢かれてもおかしくない。死と隣り合わせの行軍。かといって飽きて眠ってもそこは雪の上だ。まったく人の住む所ではないと思う。右肩は血こそ出ていないが骨にひびが入っているかもしれない。歩く度に響くように痛みが走る。歩く度だから心が休まることもない。
 菓子折りを諦めて実家に引き返すことにした。どの道炎上しているのだから助かりはしまい。西から広がった曇り空のせいで辺りは灰色の一色になって寂寞としている。じきに吹雪き出すだろう。先日流氷が接岸したというから寒さだって厳しいだろう。氷点下は二桁を数えるのが当たり前だ。こういうときいつでも私は途方に暮れる。途方に暮れるというのは飽きることも慣れることもない。いつでも通り魔のように、深く静かに途方に暮れることができる。先が見えなくなると見ようとも思いたくなくなるものだ。だが見えている。先が見えないということがどこまでも見えている。同じ風景の繰り返し。振り返ると雪、前にも同じ雪が続いている。辺りは吹雪きはじめている。牛はどこにいったのだろう。自分で牛舎に戻るぐらいなんでもない奴だ。勝手に戻っているに違いなく情けないのは私だけだ。
 北国のことは絶対に書いてやらない。私は決心した。人には北を目指す人種と南を目指す人種がいる。北を目指す人種とはわかりあえない気持がある。私は南を目指す人種だからだ。目指すまでもなく北国はここにある。さらば北国。私は逃げ出そう。妄想のトンネルを走り、小麦色の肌と出会う。ウクレレを持つ。腰巻の上は男も女も裸だ。垂れ下がる乳房が目を奪い、捲くれば性器が顔を出すから誰もが陽気に交わっている。熱が満ちているから臭いは消えることがない。漂うのは汗の臭い、花の臭い、土の臭い、焼ける肉の臭い。南国の植物はそれぞれがまったく違う臭いを、強烈に発しているだろう。幹からも、葉の一枚一枚からも。それぞれの臭い。衣類に染み込んだ生活の臭い。唾液混じりの食物の臭い。糞尿の臭い。精液の臭い。嘔吐物の臭い。香水の臭い。チーズを咀嚼した時のように輪郭の曇った粘性の刺激臭。溢れかえった人々の群れ。それぞれの相互無関心。よく見るとどれも同じ顔をしている――
 まだ雪道を歩いている。私は愕然とした。私は南国の経験がない。印象は画一的で私はそれ以上の細部を描けない。経験していないことは結局書けないのだ。皮膚感覚から遠のくほどに私はうそ臭さを感じる。それでいてどれほどの皮膚感覚を持っているか私は自問自答する。
 痛い。
 しばれとはつまりこういうことだ。
 鼻水も凍っているらしい。頬の表面がきりきりと痛む。手の感覚はもうほぼ失われている。足も冷え切って何も感じていないようだ。色彩感もそうだが、外界に対する感受性が失われていくのが北国ということだ。厳しいというのは単調さなのだ。雪が積もった北国ではもう、変化するものは何も無いからだ。代わりに内面が肥大し、風景は内面の延長に発見される。美しさは内面の働きを借りなければならない。空想には有利になる。だけど私はその空想を信用することができなくなりそうだ。考え過ぎたらしいのだ。
(陽の高さからするとまだ二時を過ぎたところだろうか)
 それでも事故までの時間を鑑みればそれほどの距離を歩かなければいけないわけではないのだ。まるで根拠はないがそろそろ家につく頃だろうと思う。五メートル先が見えないと永遠を目視できる気分だ。だが唐突に現実は馬脚を表す。
 家にたどり着いて、私は寝た。
 作家志望だった父親の講釈。
「そりゃ、読むことは大事だ、そう思ってお前は読んでいる、だけどお前は自分が面白いと思うことだけを追っている。プロというのは職人だ。職人は技術を資本に金を得るのだ。技術を磨くことは、鍛錬が必要だ。鍛錬は自分と異質なものを身を削って習得していくという作業も含んでいる。お前はそれをどれほど意識したことがあるか。どうやって取り組んできたか。自問自答してみるがいい。お前は日本文学が好きだ。昭和の日本文学が好きだ。おれは普段口を出さないがお前の本棚を見ているからよくわかっている。本棚はお前よりもはっきりとものをしゃべるからな。内向の世代、その前後。変なものが好きだな。後藤明生。古井由吉。黒井千次。しかし一番好きなのは後藤明生だ。他に小島信夫は敬愛の域だな。実は野坂昭如も愛読している。文章が変だからだ。普通のものより変なものを、変なものよりすっとぼけたものを好む傾向がある。お前はだがそれらの作家がほぼ絶版であることをどう説明する。読まれないのだ。どんなにお前が面白いと思っても、読まれないものを参考にしたものは、読まれない。古井由吉なんて、もう古い(それが言いたかっただけか)」
 温かい風呂と温かい食事を与えられ、怪我のお陰で私は一日を生きながらえたような気がする。布団の中で私はそう思う。
 紙面が余っている今のうちにV字型について説明しておこう。単純なことだ。転落と再生の道。ある人物が困難に陥り、やがてそこから逃れる、そのプロセスがV字を描くというだけのことだ。転落と再生という文字から安易に生じるアナロジー。上と下、高い状態と低い状態の対比による直感的な認識。だがそれが最も普遍的な物語類型となるのだ。そのことが最も直接的に示されているのは『オディッセイア』だ。オデュッセウスは故郷を目指す。その旅路でオデュッセウスは様々な困難に遭遇する。その度にオデュッセウスは窮地に陥り、しかしやがては困難に打ち勝つ。小さなV字を繰り返す。しかしその勝利は新たな困難を呼び起こす。困難が困難を呼び、やがてオデュッセウスは冥府に下る。だが冥府に下るということが終わりを意味するわけではない。冥府は過去の英雄たちが行き着くところだ。彼らの言葉を聞き、オデュッセウスは帰還する。最大の転落からの回復。帰還したオデュッセウスは更に航海を続け、故国で妻を取り戻し大団円となる。物語は見事なまでにV字を描く。
 あとは要素を埋めればいい。架空の世界と架空の人物と架空の出来事を正しく配置してやればいい。それで一つの話は完成だ。この小説の場合問われるのは架空のディティールそれのみだ。この小説なら困難は具体的な形を取った方が良いだろう。具体的な形とは現実的な存在という事ではない。現実的な存在でないからといってリアリティを失っていいわけでもない。ここがややこしいところだが、化物の形にするならわかりやすいだろう。モンスターだ。現実を準拠枠にした動物が怪物として創造されれば理想的だ。モンスターとの戦いならば肉体的な成長と精神的な成長を同時に達成させる。強敵の登場は主人公をどん底に突き落とす。想像の世界ならば死後にだって行けるだろう。そして戻ってくることも可能だ。死をも克服することが出来るならば、困難の元凶と対峙する時期も来ている。すべてを終わらせる時だ。すべてが終われば日常が取り戻される。日常は安定しているから日常だ。バランスゲームみたいなものだ。崩れた均衡を再び取り戻す。取り戻すのが物語なのだ。視点を変えればこういうことだ。それが幻想ということだ。転落と再生のV字展開。
 ファンタジーはこうして作られる(今になってみるとあの講義は少々単純に過ぎたようだ。文学論というよりコミュニケーション理論を専門とする教授だったからコミュニケーション的な単純化がそこにはあったのかもしれない)。
 三キロメートルの無。布団に入った今になって寒気がする。私はまだ走っている車を飛び出し、雪原へと転げでた。その後車は燃えたのだ。そして一時間に及ぶ死の行軍(私は後にそのことを知ったのだ。三キロメートルの無は時間の感覚も奪う)。いずれを見ても大事故だ。然るべき場所で起これば大事件だ。だが一切が認識されなかったのは、ひとえに三キロメートルの無が、私と私の事件とを包み隠してしまったからだ。目を閉じて目を開ける。すでに昨日は終わっている。それで終わりか。
 残りの紙面が気になる。ファンタジーの起承転結を収めきるのに二十枚で足りるかどうかが気になる。私はそれが気になってまだ何も書き出せずにいるような気がする。
 右肩がやたらと痛み出した。動かすのにも苦労する。予想はできたことなのだ。内側から告げられた痛みは際限がない。だから私は書くことを中断する。キーボードを打つにも苦労するのだから、他のことにはまるで役に立たない。
「あんたなんか早く死んじまえばいいのに」
「死ねばいいったって健康に生まれてしまったからまだまだ死ねないししょうがないじゃないか」
「それを言ったらあんたを生んだことがしょうがないことだけどねえ。ああ、セックスなんて、するもんじゃないのよねえ!」
 と母親が言ったのを私は聞いた。同意を求められても私に経験のないことは答えようがない。そう私が告げた。
「本当に、あんたなんか早く死んじまえばいいんだよ」
 母親はそう言ったが私は正確には聞かなかった。狭い家なのだ。
 家の裏に牛が集まって競って糞をしていた。そこから臭いはこの部屋にだけ入る。どういうわけか隙間が開いているらしいのだ。それでも暖房のおかげかそれほど寒さを感じない。ところが臭いとなると露骨に感じられるのだ。
 ――そんなこと言ったって牛たちほどに気にしないでいて欲しいものだよ。
 あと何年続くのかわからないからお互いの不安がどこかで共有されてしまう。起きてから今日はまだ何も口にしていない。
 お腹が空いたら、牛でも食べてみようかと思う。全くもって殺人的なまでに退屈な月曜日の昼。牛を取って食っても誰を取って食っても伝わらないのなら、どっちが起こっても同じことだろう。起こることは観察されたことでしかないのだ。事実は事実になる前に退けられても良い。昨日の雪が嘘のように本日は快晴。尿意を催したので、痛い右腕を使うことなく、左手で慎重に便座を上げて放尿をする。

 了
メンテ
召喚術師アラベス ( No.6 )
日時: 2012/01/22 22:53
名前: かに ID:NytgZvpk

 術法の基本は転送にあり。火を知らねば火は出せぬ、水を知らねば水は出せぬ、風を知らねば風は出せぬ、地を知らねば地は出せぬ。術法は世の恵みを拝借し、転送にて術者の意により呼応する。

「つまりワープは、自分自身を知らなければ使えないということだ」
「自分なんてわかるわけないよ。なんでみんな使えるのさ」
「それが術師の鍛錬だ。瞑想して研ぎ澄ませ。頭の上から指の先までオーラを張り巡らせろ」
 アラベス・カートは肩を落として父シベックに従った。ワープが成功するまでは解放されそうにない。大理石の床張りに座禅を組んで目を瞑る。ふと体に意識を向けると胃の収縮が気になりはじめて落ち着かない。今頃は食堂でチキンライスが用意されていることだろう。おいしそうに頬張っているクラスメイトを思い浮かべる。
「お腹空いた」
「ダメだ。明日は昇級試験だろう? 飯が食いたきゃワープで行け」
「そんなあ……」
 昇級試験は半年に一度開かれているが、アラベスはゴールドワッペンの昇級に二度も落ちたままだった。制服の肩には未だに銀の星のワッペンが縫われている。ゴールドへは自転送(ワープ)の術を使いこなせることが合格条件に入っている。
 シベックは王宮に仕える赤の騎士団の隊長だ。四大元素で最も扱いが困難とされる火炎の術を使いこなし、前線で部下を率いて魔物退治の任をしている。市民からは英雄視され、国王からの信頼も厚い。
 しかし後光は息子に受け継がれなかった。能無しとして罵られ、教師や同期に虐げられた。事あるごとに鈴の遺跡に一人で行き、オカリナを吹いて心を癒した。シベックはそんな息子の様子を見かね、今期はさらに指導に力をいれている。暇などないはずなのに、時間を割いて教えている。アラベスは有難いと思う一方、無理な予感もまたあった。なぜなのかはわからない。
 アラベスの意識は自身よりも食堂の皿に盛りつけられたチキンライスに向かっていた。新鮮な野菜汁の染み込んだ米と、ハンターの仕留めたフェイルバードの胸肉が、鍋の上で絡み合って絶妙な味に仕立てられる。王立術法学校でもフェイルバードのチキンライスは評判が高い。甘辛い味を想像し、ゴールドワッペンの憎きネグロ・マルキーナの浅黒い顔の前にある皿へと狙いを定めて叫び上げる。
「転送!」
 両目をカッと見開くとチキンライスが現れた。シベックが咎めるよりも先に、皿へと素早くしゃぶりつく。スプーンまでは転送できず、素手でライスを口に運ぶ。
「そういうことには機転が効くのか。どこまでも愚かだな」
 シベックは呆れるように首を振り、ワープで姿を消していった。アラベスはライスを掬いながら、父が怒って出ていったことに無念の寂しさを募らせる。
「これだから僕はダメなのかな」
 胃は満たされても心が晴れることはない。食べ終わると、首に掛かったオカリナを持って鍛錬場で吹き鳴らした。乾いた音色が反響して少年の瞼を震わせた。

 結局ワープは成功せず、再三の試験も落とされた。それだけではなく中途半端に挑んだことが裏目に出て恥をかいた。
 試験内容は百フィート先の赤旗の位置へワープをすること。ところがアラベスが術を使うと、制服と靴と下着だけが肉体を置いて忽然と消えた。見学していた女たちは黄色い悲鳴を叫びあげ、冷やかしに来ていたネグロからはこれ見よがしに笑われた。
 アラベスは真っ赤になってネグロの服を自分の手元に転送した。ネグロもまた裸になり、怒った彼は周囲にある小石を操りアラベスへ向けて慣性をつけた。身を守る術は一つだけ。
「石をネグロの上空へ!」
 転送術で周りの小石を消去した。小石たちは雹のようにネグロの頭へ落とされる。
「あああああああ!」
 小石といえど重力による加速が乗れば相当痛いことだろう。ネグロは両手で頭を抱え、血を流して丸くなる。
「ざまあみろ。何がゴールドワッペンだ!」
 アラベスは鼻息荒くして、ネグロの服を放り投げた。自転送以外の転送術ならゴールドにもプラチナにも劣らない自負はあった。
「シルバーのままで何が悪い。僕は最強のシルバーだ」
 試験官の咎める声も気にせずに、身の内に漲るオーラに酔って蹲るネグロを見下ろした。そのとき頬に熱い痛みが弾け飛んだ。眼前は人影で塞がり、その正体が父であると認識するのに時間が掛かった。赤いマントを身につけた、背の高い、壮年の男。アラベスに似た栗色の髪を後方へと流している。
「父さん」
「最低だな」
 一言置いて、シベックは消えた。アラベスは大声を上げて芝生の上に泣き伏した。

 バサルト市から西に離れた鈴の遺跡で笛を吹く。周りには人も魔物も見かけない。崩れかけた柱に下がった大きな鈴は魔除けの役割を果たしている。鈴の下の大きな穴は自殺の名所とされており、人間もまた近付かない。
 アラベスは太陽が地平に沈んだあともオカリナの音を鳴らしていた。父には叱られ、昇級試験に三度も落ち、あんな事態が起こったあとで学業を続けられるだろうか。
「潮時かな」
 オカリナから口を離して目を伏せる。父の背中はもう追えない。シベックとは縁を切り、バサルト市から発つしかない。笛を吹いて旅をすれば行くべき道は見えてくる。一人旅でも術があれば魔物を祓うくらいはできる。
 瓦礫から腰を上げて、錆びた鈴に目を向ける。その下の深い穴。この場所ともしばらく別れることになる。もう一度だけオカリナを吹いて鎮魂歌を遺跡に捧げる。
 足元が揺れ出した。振動は次第に大きくなり、鈴は鈍い音を鳴らす。アラベスはバランスを崩して穴に飲みこまれていった。
 落ちていく。こんなときにワープを使えば助かっていたことだろう。己の無力さに歯噛みをする。重力に身を任せて死ぬのを待つしか手はないのか。
 地に着いた。思った以上に浅かった。全身を打ちつけられたが意識はまだ残っている。穴の底は明るかった。紫色の輝きに満ち溢れていた。
「……ここは?」
「私の背中だ」
 突然の低い声にアラベスは大きく仰け反った。尻もちをつき周囲を窺う。声の主はどこにいるのか。
「ここだ」
 地面が傾いた。また落ちたらたまらないので紫の岩にしがみつく。地面は急速に上昇し、ついには地上の外へ出た。鈴は荘厳な音色を鳴らし、柱の上を回転する。アラベスは遺跡の床に放り出された。声の主、地面の主の全貌が次第に竜の形になる。
「アメジスト・ドラゴン……」
 岩石のような半透明の紫の鱗。アメジストは八大石竜の一頭で、高位の魔物とされている。その力は測り知れず、騎士団も恐れをなすほどだ。グラニット国の全勢力でも注がなければ倒せないといわれている。
 アラベスは姿勢を整え落ちた鈴を横目で見やる。魔を祓う鈴であれば、アメジストの注意を逸らす役割くらいはできるだろう。その隙に逃げなければ命はない。
 転送術を使う直前、アメジストは首を垂れた。
「礼を言いたい」
 集中が途切れた。意外な言葉に目を丸くする。アメジストは慇懃な態度でアラベスへと理由を述べた。
「笛の音が気持ちよかったのだ。しかし貴方はこの地を去ってしまうと言う。私はそれが惜しくてな」
 愛おしげに目尻を下ろして竜は少年を見つめている。アラベスは固まったまま台詞を反芻していった。アメジストに敵意はないのか。首に下げたオカリナを包むように両手で持つ。
「気に入って、いただけましたか」
 まさか竜が音楽を好むとは思いも寄らなかった。人間でさえもバサルト市には音楽を愛する者は少ない。父もそのうちの一人で良く思っていなかった。
「嬉しいな。僕にもファンがいたなんて」
「別れる前に名を聞きたい。貴方の名は?」
「アラベス・カート。術法学校の学生だった。この制服ももう必要ないけどね」
「術師か。ならばまだ、私にも希望は残される。額に手を触れて欲しい」
「額に?」
 アメジストは頭をもたげてアラベスの前に差し出す。牙の覗く口部に恐れを抱きながらも、言われたとおりに半透明の額の水晶に手を伸ばす。
「これは」
 全身に波紋が広がった。体が柔らかく溶けだして、泥のように変化した。液体は粒に分解され、一頭の竜の絵を描く。アメジスト。紫のオーラを纏った竜。鈴の遺跡で静かに眠り、子守唄を聴いている。オカリナのまろやかな旋律。傷ついた魂たちを癒してくれる鎮魂歌。
 八大石竜と呼ばれているが、アメジストの本質は。
「まさか、あなたは」
「私は無念の集合体だ。遺跡の穴に身を投じた者たちの」
「では、他の石竜も?」
「わからぬ。しかしこれで貴方は私を理解した。たとえ遠く離れていても笛の音は私に届くだろう。貴方もまた私を意識することができる。困ったら私を呼んで欲しい」
 アメジストは儚げにアラベスへと微笑んだ。紫色の輝きは遺跡の穴へと消えていく。けれどオーラは感じている。鈴の遺跡でアメジストは息を潜めて呼応している。
「信じられないけど、僕にはわかる」
 アメジストを転送できる手応えがある。生物の転送は難易度が高く、術師はせいぜい自分自身を転送するのが精一杯だ。魔物はおろか他者の人間でさえも成功例は見られない。
「これってすごいことだけど、でも魔物は人間の敵……」
 アメジストを呼び出せば、人の敵意は竜に向く。可哀そうな魂に、傷を抉らせるわけにもいかず、アメジストの転送は封印しようと決意する。

 このころはまだ「召喚」の概念は確立されていない。グラニット史の後世には転送術から召喚術が派生されることになるが、アラベス・カートは召喚術の先駆者として名を残す。

 アラベスは一年の間、旅をした。ハンターとして狩りをしたり遊戯団で笛を吹いたり身を賄う生活はできた。旅の途中で何度も危機に陥ったが、竜は一度も呼ぶことなく、知り合った仲間の力を借りて乗り越えてきた。
 そのうちの一人がペルリーナ・ロザート、赤髪を三つ編みに束ねた女剣士だ。彼女の両親は魔物に殺され、齢十五でギルドに身を置くようになった。
「アラベスって本気出していないよね」
 携帯食を口にしながらペルリーナは視線を投げる。アラベスの額を左手でかざし、深紅の瞳で覗きこんだ。
「オーラに雲が掛かってるね。隠しているでしょ」
「え? 何を」
「教えてくれないのね。まあいいわ」
 とぼけてはみたものの、ペルリーナはアメジストの存在に気づきはじめている。オーラが見える体質らしく、時々アラベスを見つめては期待を寄せるようにしてその力を問おうとする。
 乾いた丸太に腰掛けながら、土に落ちた乾物の破片をペルリーナは踏みつぶす。
「私にも力があれば、魔物をたくさん殺せるのに」
 肉親の仇を取りたいのだろう。幼さの残る可憐な少女に似つかわしくない言葉を吐く。
「魔物か。僕はそんなに憎くないな。襲われたら追い返すし、必要であれば狩りをするけど」
「あいつらは人のオーラを食らうのよ。理性と知性が足りないから、人を食って補っている」
「じゃあ僕たちも似たようなものだ。お腹が空いたらフェイルバードやタウオークを食らっている」
「……私は人よ。あいつらと一緒にしないで」
 アラベスから目を逸らし、ペルリーナは立ちあがる。この様子では人と魔物の共存への道は遠い。アラベスはアメジストを知って以来、魔物とは何かを考え続け、ある構想を練っていた。魔物がオーラを食らうのならば、人から少し分け与えて彼らを満足できないかと。アメジストが人を襲わなかったのは、高位の魔物はオーラを自ら生み出せるためで、食らう必要がないからだ。ゆえに竜はめったに人前に姿を見せない。アラベスが倒した魔物たちはほとんどが低位で飢えていた。
「そろそろ出発しようか。僕はバサルトに向かうけど、ペルリーナはどうする?」
「ついていくわ。でもなんでバサルトに?」
「少し気になることがあってね。戻るつもりはなかったけど」
 嫌でも故郷を思い描くことがある。父を意識し、夢を見る。すると手に取るように行動がわかるのだ。赤の騎士団は十日前に墓地へ入り、オーラの纏った透明な石を発見した。それを採取し、バサルト市にある流星の塔に持ち帰った。
「あの輝き、もし予感が当たっていたら大変なことになる」
 シベックを説得して、石を洞窟に戻さねばならない。父と会うのは気が重いが、王都が危機に直面していることを思うとなりふり構っていられない。ペルリーナのように悲しみと憎しみに明け暮れた人を増やさないために。
 急ぎ足で森を出る。三日後にはバサルト市に着き、アラベスが描いた予想通りの光景が目に広がった。
 一頭の竜が外壁を破って人々を爪で裂いていた。

 ダイヤモンド・ドラゴン。無色透明の鱗を持つが筋繊維や内臓は乱反射の光で見えない。四色の王宮騎士団はそれぞれの得意な元素を操りダイヤモンドに転送している。水流と岩と竜巻はダイヤモンドの固さに屈し、赤の騎士団の炎だけが効くという状態だ。しかし炎の転送術は扱える者が少ないために熱せられる温度も低く致命傷は与えられない。
 ダイヤモンドは狙いを炎の術師に定めて牙と尻尾で数を減らす。雄叫びを上げながら建物を崩して突き進む。探し物でもするように。
 アラベスとペルリーナは壊れた壁の隙間からバサルト市へと踏み入った。避難する人々を掻き分け、ダイヤモンドを遠望した。
「酷い……!」
 ペルリーナは剣の柄に手を掛けたが、アラベスは抜くのを制止した。
「剣では効かない。ペルリーナは怪我人の救助を」
「あんたは?」
「こいつを止めるよ。追い出す方法は知っている」
 ペルリーナの瞳が揺れた。
「なんでそんな言い方するの? あんたなら殺せるでしょ。殺してよ」
「無理だよ。僕のオーラは君が期待しているような力じゃない」
 胸の前のオカリナを両手に包んで吹き鳴らす。鈴の遺跡に意識を向け、眠る竜に呼び掛ける。アメジストにしか止められない。今だけ力を貸して欲しい。
 紫色のオーラを放ち、アラベスは術を使う。アメジストの転送。後に召喚と呼ばれる術は目撃者を驚愕させた。半透明の紫色の竜が現れ、ダイヤモンドに組みかかる。
「これでよいか? アラベス」
 アメジストは首を回して少年を見る。久しぶりに会えたせいか嬉しそうに目を細めた。
 アラベスは頷いた。
「頼んだよ。そいつは君の仲間だ。ダイヤモンドは僕が救う」
 マントを翻して駆ける。目指すべきは流星の塔。しかし行く手を阻まれる。
 剣を構えた赤髪の少女が唇を結んで立っていた。目に憎悪をたぎらせて。
「ペルリーナ、通してくれ」
「あんたは魔物の味方なの? なんで竜を転送できるの?」
 転送術を使うには対象を理解しなくてはならない。ペルリーナは術師ではないが、基本知識は持っている。アラベスは解き明かした。
「アメジストは元は人間だったんだよ。この世に生きる苦しみを背負われ命を絶った者たちの」
 ペルリーナの持つ剣先が震えた。柄を握り直す動作をアラベスにも見て取れた。隙がある。意識を向けて自分の手に転送する。ペルリーナから剣が消えた。
「あっ」
「悪いね。刃こぼれから血の錆まで観察させてもらってるよ。それに君の心もね」
 剣を噴水に投げ捨てる。水の跳ねる音がした。棒立ちになったペルリーナを一瞥して通り抜ける。
 流星の塔へ急いだ。人々の悲鳴、二頭の竜の取っ組み合い、術師たちの掛け声を、背中に受けて駆けていく。
 塔の門前。幸い衛兵はいなかった。しかし施錠はされており、複雑な錠は理解しがたく転送術で解錠できない。ならば壊すしかないが、アラベスには水平の力を持ち合わせていない。術法学校を中退したため、ゴールドワッペンから取得できる念動術を身につけなかった。
「入れる方法はないのか! ……いや、窓は開いている」
 ただしアラベスの身長の十倍ほどの高さにある。登ろうにも大きな建物は近くになく、足を掛けるところもない。ワープができれば開いた窓へ入れるが。
「ワープか。たぶん僕は父さんとは違う道に行きたかった。術をマスターするよりもオカリナを吹いていたほうが性に合っていたんだな」
 アメジストとの邂逅が道に光を示させた。そして旅をするうちに確信へと変わっていった。
 アラベスの今の願いはダイヤモンドの心を救い、犠牲者を増やさないこと。ダイヤモンドはオーラの源を奪われて、耄碌する意識の中で取り返そうとしているだけだ。額には空洞がある。ダイヤモンドを司る知性、それが今は失われている。
「返さなきゃいけないんだ。そのために僕は!」
 意識を自身に集中させ、肉体と心を感じ取る。窓の奥を脳裏に焼きつけ、全身のオーラを解き放つ。
「転送!」
 体が塔に吸いこまれた。石畳の部屋に着地し、光り輝く鉱石が正面に静かにたたずんでいた。
「あれだ。ダイヤモンドへ転送する」
「そうはいかねえぜ、シルバー野郎」
 石畳が一枚外れてアラベスの足を打ちこんだ。防御の転送も間に合わず、痛みに悶えて膝を折った。
 ネグロ・マルキーナが黄色のローブに身を包みながらアラベスを嘲笑った。
「久しぶりだなあ。やられた恨みは忘れてねえぜ」
「その服装は……黄の騎士団に入ったのか」
「そうさ。俺は術をマスターした。今なら負ける気はしねえ。貴様に味わった屈辱を倍返しにして晴らしてやる!」
 邪魔が入った。アラベスには戦う気はない。首を振ってネグロを落ち着かせようとする。
「そんな暇はない。ダイヤモンドを止めるのが先だ。その石を返すんだ」
「何言ってやがる。こいつはグラニットの発展のために必要な研究資材なんだ。見ろよ、なんていうオーラの量だ。こいつを兵器に転用すれば、全世界を統治できる。そして俺は貢献した一員としてさらなる権力、名誉、財産を!」
「くだらない」
 アラベスはネグロに向けて手をかざした。カーテンを剥ぎ取るように指を軽く折り曲げる。一息に腕を振る。
 絶叫がこだました。ネグロは頭を抱えて倒れた。
「き、貴様……! 俺のオーラを……、転送……」
「そのへんに置いといたよ。ほら早く拾わなきゃ。廃人になりたくないだろ?」
 ダイヤモンドと同じ痛みをネグロに思い知らせてやった。アラベスは歩を進めて、安置された石に手を置く。
「僕は敵じゃない。心を開いてくれないかな」
 対象を理解しなければ転送術は使えない。石は呼びかけに応じるようにアラベスを光で包みこむ。
 ダイヤモンド。恋人たちの誓いの結晶。かつては教会だった場所に人々の思いは埋められた。アラベスは離れてしまった欠片の思いを全身に受けて転送のためのオーラを練る。
 同調する。白い光をあるべき場所へ。
 石は手をすり抜けた。光の筋を微かに残して。
「これでいい」
 しかしもう遅かった。窓の外へと振り返ると、都市が業火に焼かれていた。二頭の竜は炎に身悶え、煤になって倒れていく。
 首筋につと冷たい感触。背の高い男の気配。
「邪教に身をやつしたか。どこまで恥をかかせれば気が済む!」
「転送!」
 二頭の竜をアラベスは送り返した。気配の確認、自分の身の確保よりも竜の安全を優先させた。
 シベックは殴りつけた。剣に炎を宿らせて、アラベスの頬に近付ける。
「俺の言うとおりにしろ。命だけは助けてやる」
 アラベスは父に捕縛され、月光の塔へ幽閉された。二頭の竜を操った魔物使いの烙印を押され、ダイヤモンドはアラベスが呼び寄せたということにされた。
 塔は特殊な構造をしており、術の使用は封じられる。オカリナを吹いて癒そうとすると、シベックに取り上げられた。
「これが貴様を堕落させた!」
 粉々に粉砕された。アラベスは父を見返した。

 三年後。バサルト市に再び竜が現れた。月光の塔の天井が吹き飛び、赤髪の少女が救出に来た。アラベスは少女の手を握る。
 彼女の名はペルリーナ・ロザート。後にアラベスの妻となる。
 二人はダイヤモンドの背に乗り、光のある地へ飛び立った。

(了)
メンテ
ファンタジア ( No.7 )
日時: 2012/02/01 00:00
名前: 宮塚 ID:RscLuBts

 この物語を記すことに僕は今でもいかんせん意味を見出していない。
 そもそも僕以外に意味のある物語なのかどうか、それが疑問ですらある。今、僕の目の前には物語を記すためのアンチョコ(学習する要点が記されていて、自分で調べたり考えたりする必要のない参考書。虎の巻きなんて呼ばれている。学生時代にこれを重宝した諸君は多いはずだ。とはいっても僕の学校の先生はアンチョコに頼らせないために自作のプリントしか使わないというかなり偏屈な先生で、生物の遺伝の話をする前段階として、「そもそも我々にとっての世界とは〜」なんて語りだす始末だった)があるけれども、それも何も知らない人が見ると意味不明の文字の羅列にしか映らないだろう。恥を忍んでそのアンチョコの最初の何行かを書き写すと、こんな感じだ。

 現実とは別の世界。超自然の生命体とは何ぞや? 真夏の夜の夢。夢≒空想。生きる夢。なぜここに生きるのか。私は誰? Who are you? 私の中にそぐわうもの。共に生きるあの悪魔。 andこの心の中のほころびは神だろうか。シリメツレツなゲーム。終わりなき夢。なぜあなたは死んでいるの?

 ほら、意味分かんないだろ? そもそもこの文章は僕の記憶があるからこそ意味を成すものであって、その記憶を持たない者にとってはこれは安直(アンチョコの語源だ。そういえばアンチョコというのは元々学生の俗語らしいが、それをはじめて使いはじめた伝説の人がいるはずなんだよな。僕は時々、この言葉をはじめて使いはじめたのは一体全体どんな馬鹿野郎なんだろう、なんてことを思ったりする。まあ「ヤバい」とか「KY」とかの言葉を使いはじめた人間を探すのと同じくらい、もしくはそれ以上どうでもいいことだとは思っているけど。そんなことを言い出したら、僕らの使っているこの言語をはじめに使いだしたやつはなんなんだよ、神か。みたいな禅問答な議論になってしまうからしない方がいい)でもなんでもなく、ただの出来そこないの暗号でしかない。
 じゃあいきなり本質に入ろう。朝起きると僕の目の前には可愛い悪魔が座っていた(その悪魔はいわゆる夢魔という分類に入るだろう。アダルトゲームでもよく題材になるこの悪魔だがご存知の通り歴史は古い。夢魔にはインキュバスという男ヴァージョンと、サキュバスという女ヴァージョンが存在するが、僕の目の前に座っていたのはもちろん後者だ。どちらも自分と性交したくてたまらなくするために、襲われる人の理想の異性像で現れる、とされているが、実際にサキュバスに会った僕の論で言うならば、実は外見自体がそんなに美しいわけではない。ただ、その身体が放つフェレモン、というかその淫靡な魅力が人知を超えているのである。そういえば面白い説の一つとして、インキュバスとサキュバスは同一の存在とするものがある彼らは人間の精子を奪って人間女性を妊娠させて繁殖するというのだ。それって意味あるの? と思わなくもないのだが、おそらくは自分の胤をどこかの段階で流し込んでいるのだろう。そもそも夢魔というのは厳格なキリスト教社会において“言いわけ”のためにつくられたとされている。何の言いわけかってのは言わなくてもわかるだろう?)。その悪魔は僕に覆いかぶさると性交をはじめた。細かい描写は都条例にでもひっかかったらたまったもんじゃないので勿論省くけれど、結構長い時間に及んだ。因みにその時僕は大学生だったのだが、大学生にしてのファーストキスを奪われてしまった。貞操を奪われてキスもなにもないかもしれないけれど、それでも一応大切な人にとっては大切なのは一人くらいわかってくれるだろう。それまで僕は結婚するまでは性交をしない、なんて旧時代甚だしい信条を持っていたものだから、その行為に甚く絶望した。なんだ、こんなに簡単に人の信条って崩れるのか、と。その後はどうあれことの最中、僕はその行為をそれ以上にないくらい楽しんでいたからだ。僕の手は彼女を抱きよせ、彼女の唇が生み出す快感は僕の身体を震わせた。僕に近付いた彼女の首筋はまるで空腹の時に与えられたチョコレートのように感じた。後にも先にもこんなにも甘美な匂いを嗅いだ事はない。最後にその悪魔は僕に近付いて愛の言葉を囁いた。甘く苦い愛の言葉だ。その言葉にまた僕は快楽を感じた。もう彼女から離れたくない、ずっとこのままでいたいと思った。だけど時間は永遠には続かない。それは神様が原初に決めた変えようのない事実だ。その夢のような時間はいつしか終わり、いつの間にか彼女は僕の目の前から消えていた。正直、最近までずっと夢だと思っていた。夢だと思いたかったというのもある。現実だとすれば、これは僕にとってどうしようもない人生の汚点だからだ。冴えない童貞のちょっとばかしリアルな夢だと、僕はそう信じていたかった。しかし僕はその後これが現実だったということを知ることとなる。
 去年のことだ。僕にはSNSを通して知り合ったある女の子がいた。その女の子は美術大に通っていたものの、中退しある画廊で画家を目指して働く、ごく普通の青年だったのだが、事件と言うのはいきなり起こる。僕の目の前にいきなり現れた夢魔のように。
 彼女、花崎アリス(仮名)と僕には共通の友人がいた。彼の名前は三賀和助(これまた仮名)。アリスを僕に紹介したのも彼だ。僕の高校の頃の同級生でもあり、大学に入ってからは地元のキャバクラでキャッチーとして働いていた。休日もアイドルの握手会なんかで握手券や盗撮写真を売るような違法すれすれ(というか違法なんだろうか。僕は法律に詳しくないし、特に彼がどこまでやっていたのかも知らないのでよくわからない)のアルバイトをするような、ある意味大学生らしい大学生だった。周りからは節操のない意地汚い男と思われていた節があったが、彼を知っている僕だから言える。彼自身は確固たる信念を持っていたのだ。彼は法律とか他人の決めた決まりを守らないことはそりゃああるだろうが、それでも自分の決めたルールだけは決して破らない、そういう男だった。だから今でも僕は彼を信じている。これだけは言っておきたい。
 ある日(これから先も“ある日”が多くなる。しかし正確な日時を覚えていないのだから勘弁してほしい、というかそもそも正確な日時を教えることはできない)の午後、三賀と僕は三賀の住む学生寮の近所にある喫茶店で、彼が朝時にいつも飲んでいるというモカコーヒーを楽しんでいた。
「知ってるか?」三賀はコーヒーを口に含む僕にいきなり尋ねてきた。「自分のウンコをさ、糞愛好家に売るバイトがあるんだよ」
「飲食中にその話はないんじゃないか?」しかもコーヒー飲んでるときに何言ってるんだこいつは、と軽い殺意すら覚える。
「食事の配分で糞の味も変わるらしいぜ? まあ確かにコアラの糞とか結構いい匂いするもんな。ライオンの糞の匂いなんて嗅げたもんじゃないけど」「俺はコアラの糞もライオンの糞も嗅いだことはない」
 僕らの周りの席にいた人がそそくさと場を変えるのが見える。当たり前か。
「で、そのウンコ屋がどうしたんだよ。お前やってんの?」「いやあ、俺はやってねえよ。体調管理とかむかないし」問題はそこではないような気もするが、その旨は伝えず僕は彼に続きを促した。「知り合いがな、そのバイトの斡旋屋っつーかマネージャーみたいなことをやってるんだがな、そいつの周りがさ、なんか変なんだよ」
「変?」どこがどのように変だというのか。変と言うにも色々ある。交友関係が変態じみてるのかもしれないし、きな臭いのかもしれないし、もしくはその人自身が変なオーラでもまとっているという可能性もあるし、何にしてもどこがどう変なのかわからないだろうが、その言いようだと。しかし彼は困ったような表情を浮かべて「いや、何とも言えないんだが、とにかく変なんだ」としか言わない。
「そんなこと言われても反応に困るだろうが」
「そうは言っても変なんだからしょうがないだろ。それで少しさ、俺はそいつのまわりを調べることにしたんだよ」
 ほう。三賀らしくない。こいつは自分に絶対の自信を持っているが、その分他人の生き方には全く興味のない人間だった。探偵の助手のバイトでもしていれば別だが、その三賀が興味を持つとは一体どう変なやつなのか。僕もまた興味を覚えた。
「いや、お前は関わっちゃだめだ。俺がお前に言いたいのはさ、俺にこれから何があっても絶対に何があったのかを探らないでくれ、ってことなんだよ」また要領を得ない話だ。「とにかく、お前には迷惑かけたくないんだよ、友達だろ」「だったら鼻っからこんな話すんなよ」「こんな話しなかったら俺になんかあったときお前は絶対に首突っ込むから言ってるんだよ」三賀のその顔は真剣そのものだった。その時点では彼の言っていることの意味が全くわからなかったので、中身のない話とのギャップに僕は思わず吹き出してしまった。
「笑い事じゃないんだ。とにかく、今のことを忘れるなよ。いいか、絶対に忘れるなよ」わかったよ、と言いながら僕はまだ笑っていた。彼はため息をついていたが、とりあえずは伝えたからな、と念を押す。そこからはまたいつものくだらない話をしはじめ、僕らは二人の憩いの時間を楽しんだ。
 そんなことがあってからのある日だ。僕は三賀とアリスと三人で映画でも見ようと彼の住む寮を訪れた。見ようと思ったのは『黄昏の夕焼け』という邦画で、そのタイトルを聞いた時の僕の第一声は「黄昏の夕焼けってなんだよ、被ってんじゃねえか」というものだった。刑事もので、アクションよりも人間心理の描写や演出が話題となっていた映画で、結構楽しみにしていたのだが結局僕はこの映画を見ていない。見る機会が失われてしまったからだった。観劇の日、僕とアリスは映画館の前で三賀を待っていたがいつまで経っても彼が現れない。僕は奴のアパートの部屋の前にいた。アリスには映画館の中で待っているようにと言ってきている。「おい三賀いないのか」何度インターホンを押しても返事がない。確かにいつもアルバイトで家にいない奴だが、今日映画に行くことは伝えている。業を煮やした僕はドアノブをまわした。今から考えるとお約束のような経験だが、鍵はかかっていなかった。その時点では「おい鍵かけろよ、不用心だな」くらいしか思わなかった。間抜けにも程がある。少なくとも数日前の三賀の発言を思い出しているべきだった。そこで思い出していたからと言って何が変わったわけでもないだろうが、僕はつくづくそう思う。
 家の中に入るとすぐに僕は鼻をつまんだ。強烈な硫黄臭が鼻をついたのだ。人の居住する部屋でなんでこんな匂いがするんだよ。今にも吐きそうなその匂いに眩暈を覚えながらも僕は部屋の中を見渡す。三賀はいない。それどころか部屋はひどい有様だった。三賀はあんな性格だが実は自分のまわりはかなり神経質に整頓する方だ。前に彼の部屋を訪れた時にはその几帳面さに脱帽したものである。手作りの棚や収納器具を駆使して、三賀は己の居住空間をかなり快適なものにしていた。いつも本や漫画やらが散乱している俺の部屋とは酷い違いだ、と僕は苦笑したのを覚えている。そんな三賀の部屋は今、強盗にでも荒らされたかのように乱雑になっていた。「エントロピー増大し過ぎだろ」僕は部屋の奥にいけばいくほど強くなる硫黄臭と闘いながらその乱雑な空間を探った。この匂いにこの有様、一体何があったんだ。僕はふと視界に入った真っ二つに割れた卓袱台の上に置いてあった封筒を手に取った。宛先も何も書いていない。中にはA4紙の手紙が四つ折りになって入っていた。その手紙の真ん中に印刷されていた文字を見た瞬間に僕の背筋は凍った。

 『逃げろ。』

 結局その日は三賀の部屋からアリスに電話をし、今日は三賀は風邪で行けそうにないから映画はまた今度にしようと伝えた。アリスは二人でも観ようよと不満げだったが僕は、三賀を一人にはしておけないよと言い訳をした。あの三賀が失踪した。しかもこんな部屋を残して。となると流石の僕も先日の三賀の言葉を思い出す。
「俺にこれから何があっても絶対に何があったのかを探らないでくれ」
 ふん、と僕は鼻で笑った。ふざけるなよ、僕がそんなに薄情な奴だと思うのか。確かにここで逃げ出す奴もいるんだろうよ、けど僕はそんなことはしない。そんなことを僕はそこにいない三賀に言った。
 まずは異臭の酷い部屋の中から何か手掛かりがないかを探った。部屋を探っているうちにわかったのは、三賀がいつもアルバイトに重宝していた数冊の手帳の束が一切合財無くなっているということだった。確かに、ここには強盗がきたのだ。それも金品目的ではないタイプの。小一時間ほど僕は部屋をこねくり回したが手掛かりとなるようなものは何もでてこない。そんなものは全て持ち去られたのだ、と僕は直感的にそう思った。だったら打つ手なしじゃないか。溜息をつく。確かに奴の言うとおり放っておいた方が身のためだろうか。さっきまで絶対に三賀を見すてるようなことはしないと意気込んでいたくせにそんなことを思う。人間なんて薄情だな、と僕は微笑した。そこであることを思い出したそうだ手帳だ。ここには手帳はないかもしれないが奴にはある癖があった。奴はいつも自分の持っている手帳の写しを他人に預かってもらっていた。それも奴の几帳面のなせる技だが、僕はこのご都合主義な展開に小さくガッツポーズを取る。問題はその写しを誰に預けているかだ。真っ先に思い浮かんだのはやはりアリスだった。僕はさっそくアリスに電話をした。電話の向こう側では「もしもし」と不機嫌そうな声が聞こえた。映画のことをまだ引きずっているのかもしれない。僕はそう思い、さっきはごめんと謝る。アリスは別にいいよ、と笑うと三賀の調子は大丈夫? と聞いてきた。そうだった。アリスには三賀は風邪だと言っておいたのだった。ああ、大丈夫だよととりあえずその場は誤魔化し、「ところで聞きたいことがあるんだけど」と、本題に移る。三賀が自分の手帳の整理をしたいと言っているんだけど、アリスは三賀から渡されてるものはないか。あったら回収したい。そんな旨のことを言う。一応不自然はないはずだ。僕は冷や汗を拭い、アリスの返事を待っていたが返事がない。心あたりがあるか思い出そうとしているのだろうか。そんなことを思ったが先か、「駄目」そう返事が返ってきた。駄目? 何が。とっさのことに僕は訊き返す。するとアリスが強い口調で続けた。駄目だ、あなたまでかかわっちゃ駄目だ、と。「あなたまでってどういうことだよ」そう言い終わる前に電話は切れてしまった。困った。しかしこれはどういうことだろう。アリスまでも三賀が何かとんでもないことに関わっていることを知っていたということだろうか。それにしては僕の嘘を疑う素振りすら見せていなかった。しょうがない。アリスから探るのはもう無理そうだ。僕は手当たり次第に三賀の交友関係を洗い始めた。一週間かそこら経っただろうか、僕は三賀の仕事仲間だというヤンキーからある情報を仕入れた。今時特服リーゼントという失笑物の格好だったが、かなりの情報通らしく三賀もよくこのヤンキーから情報を買ってたらしい。どこからどういう風に仕入れた情報だか知らないが、とりあえずそのヤンキーに僕は感謝した。手に入れたのは、三賀が前に話していたあの糞愛食家に糞を売るという馬鹿みたいな仕事の斡旋屋をしているという男の連絡先だ。三賀はその男を調べると言った矢先に姿を消したのだ。何らかの関係があるのは間違いない。僕は用心のため一応公衆電話からその男の連絡先に電話をする。「はい、こちらヤブサカウンコファーム」なんだか冗談みたいな名前が聞こえた。こんなときにあれだが僕は思わず少しだけ吹いてしまった。失踪する前からそうだったが三賀のまわりは色々と騒々しい。
「三賀和助という人間をご存じありませんか」「お前誰だ」攻撃的な響きが耳元に届いた。僕は深呼吸をして、相手の出方を待つ。向こうは何だお前はとか俺を非難しにきたのかなどと怒声を響かせている。散々怒声を浴びせてからしばらくたって、「俺の何が知りたい」そう聞いてきた。僕はすかさず「会えないか」と男に聞く。考え込んで後に相手は待ち合わせ場所を指定してきた。郊外の古いビルの地下に自分の事務所があるからそこで落ち合おうと。今思うとこれも馬鹿だった。何者かもわからない人間の命令通りに動くなど間抜けにも程がある。しかし当時の僕はそこまで考えられるほど経験も積んでいなかったし、余裕もなかった。かくして、その次の日に僕は男が指定したビルの前にいたのだった。そのビルはもう廃ビルと言っていいほどに荒んでいて、中にいくつか事務所はあるようだがまるで地獄の入口のようなそんな雰囲気を醸し出していた。そしてビルの中に入った時点で僕は気付いた。あの硫黄の匂いがする。三賀の荒れに荒らされた部屋でも嗅いだ吐いてしまうほどの強烈な異臭。僕は手で鼻を覆うと指定された地下室の戸を開いた。匂いが強烈さを増した。脳天を貫くかのような異臭に僕は頭を抱える。そこは駐車場だった。広い空間で錆かけた車が数台置いてある。「動くな」そんな声が聞こえた。僕はその声に反応して振り向こうとした。しかし不思議なことに身体が動かない。自分の身体を動かしている感覚がまるでなかった。金縛りにでもあったかのように。「金縛りだよ」すぐ後ろから声がした。「お前らやちまえ」駐車場の奥からまだ十代にしか見えない若者たちがぞろぞろと現れた。あ、やばい。僕は逃げようと試みたが何せ身体が動かない。そうこうしているうちに不良のバッドが僕の脳天を強打した。それからは凌辱に凌辱だ。僕は殴られ蹴られ唾を吐きかけられる。後ろからさっきのと同じ声が聞こえた。「おまえがなにかは知らねーが」死んじゃえよ、と。意識が朦朧とする中、恐怖を感じた。僕は死ぬのか。その時だった。急に僕の目の前の不良たちに異変が起こった。
 首筋から勢いよく血を噴き出したのだ。
 どれを合図にしたかのように、どの男たちも壊れた人形のように動きを止め、ありとあらゆるところが紅く染まっていく。最後に僕の背後で悲鳴がして、ぶしゅうと大量の血が僕の身体を濡らすのがわかった。僕は後ろを振り向く。金縛りはいつの間にか解けていた。そこに立っているのはアリスだった。そして僕は見た。今にも泣きそうなくしゃくしゃのアリスの後ろ、にたにたと笑い禿鼠のように全身肌色の。
 悪魔が立っていた。
 これが僕の経験した物語のすべてだ。それ以上はない。僕がここにいることはあの悪魔が教えてくれたのだとアリスは言う。正確には、あのウンコファーム経営者の場所を。認めたくないが、そこに立っているのは確かに悪魔だった。悪魔としかいいようがない。そんな不条理な存在が、空想にしか生きられないような強烈なファンタジアがこの世にはいるのだということを。僕はこれを機にそれを知ってしまった。そしてそれから僕は気付いたのだ。あの大学時代の夢は本当だったのだということを。だがしかし最近わかってきたがこの世は不条理だがそれでもある一定のパターンで動いている。悪魔は人間と契約をして人外の能力を人類にもたらすがそれでも人は人だ。
 僕はこれから息子に会ってくる。僕の物語の空想を現実にひきもどしたい。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【投票期間】 ( No.8 )
日時: 2012/02/01 04:38
名前: 管理者 ID:eNBo.XXY

投稿期間が終了いたしました。以上六名の参加を承認いたします。

これより投票期間に入ります。
投票場所はこちらになります。
投票所に記載している注意書きを熟読の上で投票してください。
締め切りは2月10日となります。期限に余裕を持った投票をお願いいたします。

※管理者が多忙のため、総評の掲載にお時間をいただく可能性があります。出来る限り急ぎますので、ご了承ください。申し訳ありません。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【投票期間】 ( No.9 )
日時: 2012/02/10 17:59
名前: 管理者 ID:TsDsAFsg

投票期日となりました。
現在提出されているのは2名です。

Raiseさん、鈴一さん、オムさん、宮塚さん

の4名は今日の23時59分までに急ぎ投票の提出をお願いします。

また管理側の都合により、投票開示が翌日11日の早朝、もしくは午後19時以降となることがあります。
あらかじめご了承ください。申し訳ありません。
メンテ

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