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[8] 第五回短編コンテスト【結果発表】
日時: 2012/01/01 19:39
名前: 新短編コンテスト ID:eNBo.XXY

 あけましておめでとうございます。今年も新短編コンテストをよろしくお願いいたします。今回は2012年最初のコンテストになります。たくさんの方のご参加を待っております! 初心者の方も常連の方も、みなさんどんどん小説書きましょう!

●第五回短編コンテスト
 今月の管理者:葵

 こちらは短編コンテスト、作品投稿スレッドです。短編コンテストに参加される方はこのスレッドに作品をご投稿ください。
 執筆・投稿される前に、規約・企画説明スレッドをお読みください。
 今回は通常コンテスト回になりますので、以下に発表されるテーマを取り入れた原稿用紙20枚以内の短編を執筆するようにしてください。
 なお、ご質問等がございましたら、談話室の方にお願いいたします。

 ☆今回は初旬が冬休みということもありまして、二週間ほど早いテーマ発表となりました。発表は早めましたが、作品投稿はこれまでどおり15日からになります。万が一それ以前に投稿された場合も参加は承認いたしますが、ご遠慮いただくようお願い申し上げます。
 ☆作品提出期間は1月15日〜31日までです。余裕を持った投稿をお願いします。たくさんの方のご参加をお待ちしております!

●今回のテーマ 『ファンタジー』
 今回はテーマというより、ジャンル指定のような形になってしまうかもしれませんが。ファンタジー、大好きです。書いている間は自分が新しい世界を作っているような気持ちになれますし、読んでいる間は新しい世界を旅しているような気持ちになれます。素敵ですよね。何にも囚われず、ただ自由に書いてくださればと思います。個性的で夢のあるお話を待っております。今年最初の執筆は、ぜひ短編コンテストで!

●提出作品(敬称略)
>>2 Raise:『幽霊たまご』(13枚)
>>3 鈴一:『王語り』(6枚)
>>4 春姫:『フォンドネスドール』(6枚)
>>5 オムさん:『三キロメートルの無』(18枚)
>>6 かに:『召喚術師アラベス』(20枚)
>>7 宮塚:『ファンタジア』(20枚)

以上六名の参加を承認いたします。

>>10 結果発表
>>11-13 投票詳細
メンテ

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Re: 第五回短編コンテスト【テーマ発表:ファンタジー】 ( No.1 )
日時: 2012/01/15 04:43
名前: 管理者 ID:SPBfXl7Q

第五回短編コンテスト、投稿期間となりました。
先日お知らせしたとおり、テーマは「ファンタジー」となります。
作品はこちらのスレッドにご提出ください。
締め切りは1月31日となります。
期限に余裕を持ったご投稿をよろしくお願いいたします。
たくさんの方の参加をお待ちしております!
メンテ
幽霊たまご ( No.2 )
日時: 2012/02/01 00:00
名前: Raise ID:GXAPvNDw

ころころ、ころり、ころころころ。卵はずっと、海にむかって転がっていく。その音が土曜の冬の大気のなかで甘く響くのが、不思議なぐらい大きく聞こえてくる。走る。ひっそりと静まり返った、人足も車もない住宅街。だけどこの坂を超えさせるまで、ずいぶんとたくさんの卵を割ってきた。石ころにも幸運と偶然の重なりで当たらずにすみ、卵はひたすらに転がり続けていく。今日は調子がいい。卵はだんだんと弾みをつけて、やがて坂を抜ける。追い付けなくなる。海はもうすぐだ。いけ、いけ! 両手を組合せながらお祈りをしていた私の遠いその視線の先、ガードレールの手前で、だけど卵を待っていたのは自転車の車輪だった。
 ぶちゃり。
 私はため息をついて、去っていった自転車に星の数よりも多くの罵詈雑言を心の中で言おうと努めながら、降りてきた坂をもう一度駆け上がっていく。背中からずっと遠くのあの海の手前で、卵の黄身が凍り付いていく様を想像すると、私はひどく、いたたまれなくなる。

 玄関では、母が待っている。
「はる。卵、また一つ足りない」
「食べちゃった」
「悪食よ」
「夏目漱石もしてたらしいよ。腹壊したらしいけど」
 あんたもお腹壊したいの? ぶつぶつ言いながら、母さんは半開きの卵のパックを受け取る。ざらついた手だ、と私は思う。靴を思いっきり力強く脱ぎ捨てて(でも、母さんの背中が振り向かないように音は立てずに)、二階の自室へ駆け上がっていく。下からの呼び声。
「昼ごはん、すぐ出来るわよ」
「いいよ。親子丼、別に好きじゃないし」
「ふるさとの味をありがたく思いなさい」
「料理本の親子丼はかあさんの味とは言わない」
「つくってるのかあさんよ」
 カーテンを開けて、陰気な光でもなんとか部屋に招き入れて、制服を着替えて、オレンジでドットのブラウスと、ちょっとレトロなプリーツスカート。鏡の前の、春物の格好に身を固めた自分に、果てしない満足を覚える。ふいに窓から見える海は、春なんて永遠に来ないみたいに、どこまでも薄暗くて、陰気だ。日本海なんて蒸発してしまえばいい。水がなくなったあとの砂漠のほうが、きっとずっと目に楽しい。不穏で、しかもばかげている、と自分の想像を笑いながら、私は母さんに気付かれないように玄関の扉をそっと開ける。
「風邪ひくよ、あんた」
「やるな。さすがは我が母君」
「ばかなこと言ってないで早く席に着きな」
 まったく、何考えてんだかわかりゃしないんだから。この真冬にオレンジの薄いブラウスを着るのに文句をつけるのは、もうやめにしたらしい。それが少し、気を楽にした。
「今日も遅いの?」
「うん」
 卵をとくその手はいつ見ても荒れていて、私はすこし、さみしい。海辺の冬の夕方は、いつも早い。さっきまで高かった太陽が、もうがくりと足を踏み外しかけている。窓に立ったまま、私は自分の手を見る。凍るような潮風にあてられて、それでもまだ瑞々しさを失わずにいる、年相応の長い手を。

 学校は好きだ。授業も好きだけど、休み時間はもっと好きだ。
「はるちゃんさ、幽霊の話、聞いた?」
「深夜二時、国道沿いに出るってやつか」
「説明しよう! って感じだね、変なの」口元に手を当てて笑うと、夕草はとてもかわいい。私はこの瞬間の彼女がとても好きで、いつひょうきんなことを言ってしまう。紙パックのレモンティーのストローを少し噛む。もう飲み切ってしまった。私はいつも飲むのが早い。夕草は遅いので、ずっと吸う音をたてている。 二人とも足をぷらぷらさせて、机の上にスカートをべたりと広げて座っている。
「その幽霊はさ、あそこの病院の看護婦の霊なんだよ」学校から病院はよく見えるので、ちゃんと私は指差してやる。誰もが知っている、国道沿いのその病院の建物は、灰色の曇天のなか、死んでしまった細胞みたいな静かで凝り固まっている。「働かされ過ぎて死んじゃった看護婦の霊」足のぷらぷらが自然と加速する。「あと、卵が好きなの。でも、食べるのが好きなんじゃなくて、坂の上からごろごろと転がすのが好き。よく観察してると見れるかもしれない。もしくは聞こえるかも。卵がごろごろごろごろ、転がっていく小さな音を。耳をよく澄ませば、ね」
「わたし、耳悪いよ、はるちゃん」
 でも、そんな音が聴けたら、ちょっと自慢できるかもね。それにしても、掴みどころのない幽霊だよね、と夕草は笑う。私は長く垂れ下がった彼女の髪の先っぽを、そっと指に巻く。きれいな髪だなあ、と私は嘘偽りない気持ちでいう。結婚したいなあ。
「もう、女同士だよ。なんかそんなさ、サブカル漫画みたいなノリやめようよ。とりあえず女くっついたら詩的! 素敵! きゃははははうふふふふ、みたいなやつ」
「変な言い方するなあ」おかしくて、笑う。「もう女って」

 幽霊に性別なんてあるのだろうか、と私はさえない田舎町の道路を歩きながら、ふいに考える。冬の海沿いは、本当に寒くて、風が吹くたびに震える。大学受験に向けた補習が終わるころにはとっくに日は沈んでいて、海と船と街しか、もうここにはない。女の幽霊とか、よくテレビでやってるし。やっぱり、性別の差はあるんだろう。だけど私には、せめて幽霊にはそんな取っ掛かりがなければ、と願う。お小遣いで買った卵のパックをスーパー袋の中でゆらゆら揺らし、私は坂の上をゆっくりゆっくりと、一歩ずつ踏みしめて登っていく。いつからか、この坂を振り返ることはしなくなった。いや、初めのうちからだったろうか。引っ越したばかりは、坂の途中から見える海が何とも好きで、振り返ってばかりいた。今はもう、そんなことはしない。帰ってくると、昨日の親子丼の具の残りが鍋に入っている。火は弱火でね、と解りきったことをわざわざメモにする、その几帳面さが、私にはひどく苦しかった。補習の疲れから、ベッドに滑り込むと私はすぐに眠りに落ちていった。何ひとつ、何ひとつ考えたくなかった。

「岸のお母さんって、あそこの病院だっけ」聞かれた質問に答えるのは、当たり前。「そうだよ。大変な仕事だよ」学校の窓辺から、病院の建物はあまりによく見えすぎる、と私は思った。いっそ全部カーテンで覆うか、あるいは窓を割ってしまいたかった。窓を割っても、結局見えるのは同じだったけど。「千葉の病院みたいに、綺麗じゃないよな、うちのって」曇り空の多い季節に、日焼けしたその手は、この街の潮のたまものだ。机に置かれたその手を、私はすこし、羨ましい気持ちで眺める。それからこっそりと、机の下の自分の、真っ白な手を、見つめる。「幽霊が出るらしいよ」「そっか、そりゃそうだよな、あんな汚かったら、患者の霊が出てもおかしくはねえよな」「ううん」視線を、またその骨ばった手に、落とす。「看護婦の霊」「へ?」「働き過ぎて、身体がぼろぼろになった、看護婦の霊だから」

 卵を転がすのは、いつからの習慣だったろう。習慣というのは、ゆっくりと形作られるもので、だからいつから、という問いかけは、あまり意味を成さない。だけど坂を上りながら、私はまたその問を、繰り返す。いつから私は、卵を転がすようになったんだろう。夜風が吹く。三日月。オレンジでドットのブラウスと、ちょっとレトロなプリーツスカート。春が来るのは、この海沿いの田舎町では、遅い。私は道路に体育座りをして、右手に置いた卵パックを開く。一つつまみ、そっと置く。卵ははじめはゆっくりと転がり出す。ころころ、ころころころころ。どんどん早くなって、私には見えなくなる。潮の音が、何故かこの坂の上には聞えない。それなのに、卵がガードレール下をかいくぐって、水の中に落ちた音は、ひどくはっきりと聞こえてくるのだ。そんな気がするだけなのかもしれないけれど。成功に気分をよくしたわたしは、二つ、三つ、と卵を転がしていく。ぽちゃん、ぽちゃん。私は最後の卵を、そっと右手の中に握る。道路で少し割ると、私は黄身と白身を丸ごと飲んで、それから坂を静かに下る。ゆとりのあるプリーツスカートは、ほんのすこしの風でもすぐにはためく。まるで映画みたいだ。酔っている自分に恥ずかしさを覚えながら、私は海に沿った国道を、季節外れのオレンジで歩きだす。

 その日帰ってくると、母がいた。
「今日、筑前煮よ。もうできてるから、早く食べよう」
「珍しいね。夜勤じゃないんだ」
「たまにはね。親子囲んでの晩御飯も、いいじゃない」
 本当にそうかなあ、と私は心に出たままの疑問を口にしながら、靴を脱いで、手を洗う。母娘二人だけという人数にふさわしい、そんなに広くもないキッチンの中央を、テーブルが我が物顔で占めている。一昨日は親子丼の具が入っていた小さな鍋には、にんじんとごぼうと鶏肉がごっちゃに煮られて入っている。鍋をテーブルに置くのが我が家の晩御飯だ。私は用意を手伝いながら、所々枝毛の目立つ短い髪に、そっと視線をやる。思わず自分の髪を、おさえてしまう。
「いただきます」
「これ、おいしいね」
「ね。婦長さんに教えてもらってね。作り方、少し変えた」
「じゃあ、おふくろの味じゃなくて、上司の味なんだ」
 なんだ、残念。頭を、はたかれる。憎まれ口をたたかないの。
「国道、幽霊が出るんですって。病院でもっぱらの噂だった」
「そんな話するんだ」
「私たち機械人間じゃないのよ。あんたたち中学生と変わんない話だって、ちゃんとするんだから」それ、自慢することじゃないよ。私は笑う。母さんも笑う。その様は、少しばかり夕草に似ている。「何の幽霊だと思う?」「順当に行けば、うちの患者さんじゃない。まあ、普通死ぬような患者さんは、紹介状書いて送るんだけどね」「へえ」あ、じゃあ別に汚いからって死ぬわけじゃないんだ、と私は妙に納得する。「じゃあ、何なんだろう」「さあ」「適当な返答。母とは思えん」「母だって適当な発言ぐらいするわよ」私の空いた皿に、勝手に筑前煮を盛り付けて。でも、それは、私の食べ具合をよくわかっているから出来ることだ。「幽霊だって、一度か二度ぐらいは、地の底から出たくなるのよ。さみしいんだもの」「それ、本気で言ってる?」「せっかくあんたに合わせたのに、そんなぶっちょ面することないじゃない」母はおたまを握ったまま、自分の皿を取り上げる。「いいよ」「何が」「私がするから」今日ぐらい休みなよ。疲労回復に良かったんだっけ、とテレビの健康特集を思い出しながら、私はにんじんをたっぷり入れる。お疲れ様。どうも。

「はるちゃんって、レズなの」夕草は、ときどきこういう不躾な質問をする。「違うよ」私は肩をすくめる。「絶対に、違うよ」
「じゃあ、千葉でさ、彼氏とかいたの」「ううん、いなかった。みんな、引いてた。父ちゃんが、ほら、うちあれだからさ」「ああ、確かにそういう現象あるよね。同級生で近親が死んじゃったりすると、なんか、引いちゃうよね」「ひでえ」そういう、屈託のない、空気を読んでないと言ってもいい夕草の無礼が、私は好きだ。「ほんと、そうだった。みんな、最低だよね。父ちゃんがいなくても、別に私は私だし、何歳で父ちゃん死のうが、お前らだって全員親死ぬし、って思ったよ」「えげつないなあ、はるちゃん」夕草は、笑う。「ああ、でもかわいい」「え?」「かわいいー」私がぎゅうと抱きしめると、夕草は、ちょっとまって、やっぱはるちゃんレズでしょ早く彼氏つくりなよ一生引っ越したままここで終わることになるよ、とさらりと惨い忠告をしながら、暴れた。もがくのが不満だったので、私はぎゅうと、抱きしめる。女の子の母というのは、こんな風に温かいものを抱けるのだろうか、と私はふいに、思う。

 風が吹いていた。海のさざめきが、その夜は、不思議なことに坂の上まで聞こえていた。私は今日は、体育座りはしない。ただ四つ入りの卵パックを開くと、それを一斉に、坂の上から転がした。目で追うことも、しなかった。不揃いな四つの音がしたのも、しばらくしてから、気づいた。私が考えていたのは、ただ、母さんの手のことと、幽霊たちのさみしさだけだった。寂しいヨット。父さんのヨット。転覆した、その舟の影は、あの海のどこにもない。母さんの話だけから聞いたそれをぼんやりと思いだしながら、私はもう、卵を転がすことはないだろう、と思った。
メンテ
王語り ( No.3 )
日時: 2012/01/19 18:52
名前: 鈴一 ID:OSGnTAXg

 王はただ、前を見ていた。
 特注の、様々な宝石と意匠を凝らしたシャンデリア。美しい金色の刺繍の入った、滑らかな真白い絹のカーテン。豪華な大理石の大机と、それを彩る、細やかな細工を施された銀食器の上の、宝石とも見紛う絢爛豪華な料理の数々。

 そのどれにも目もくれず、王はただ、前を見ていた。

「食べぬのか?ジャンヌ」

 豊かな口髭を揺らして、王は言う。左手のフォークを、手近な果物に突き刺して。

「こんなに美味いのに」

 真っ赤な林檎。その皮を剥きもせず、大口を開けてかじりつく。黒い口腔から、金色の歯が覗いた。

「毒が盛ってあるといけませんから」

 ジャンヌ、と呼ばれた少女は、ニコリともせず言う。王と同じく、ただ前だけを見つめて。
 肩口で切り揃えられた、真っ直ぐな金髪。蒼く澄んだ双眸。白く、ふっくらとした顔に浮かべた、意志の強そうなその表情は、身に纏う煌びやかなドレスとは見事なまでにアンバランスで、

「既に自室で、食事は済ませています。信頼できる者に作らせた料理で」

 その見た目に違わぬ、強い意志の籠った声。
 ふむ、と王は一つ咳払い。次いで、テーブルの上のベルを二度鳴らす。

「――ダグラス」

 声に応じ、すぐに初老の執事長が出てきた。幾人かの、みすぼらしい姿をした従者を従えて。

「毒見させろ」

 命令は、ただそれだけ。言われるがまま、従者の一人が、ジャンヌの目の前のそれに手を付ける。
 鴨肉のロースト。その肉にスッとナイフを入れ、一切れ、ゆっくりと口に運び、機械的に飲み込む。

 と、

「――がふっ!?」

 飲み込んだとほぼ同時、従者は背を丸めて蹲る。口元に当てた手の間から、得体のしれない金色の液体が零れ、床に落ちたそれはジュウと音を立て、絨毯を焦がした。

「医者を――」

 動き出そうとした執事長は、しかし、

「無駄だ」

 王の言葉に止められる。

「随分と即効性の強い毒薬じゃないか。……体液を強酸性に変えられたのか? 確か東の国、シンディアで、そのような薬が開発さえれたと聞くな」

 言って、興味をなくしたように今も蹲る従者から目を離し、

「鴨肉のロースト、お前の好物じゃないか。――命拾いしたな」

 再び食事に取り掛かる。ワインを少し傾け、サラダにたっぷりとソースをかけて。

「父上しか知らない好物ですが」

 強い目で王を見据えたまま、ジャンヌは言った。

「――いつまでこのような事を続けるおつもりか」

「このような事、とは?」

 惚けた風に言う言葉は、しかし、

「無為に国を傾け、民を苦しめる事を、です」

 強い声に弾かれる。けれど、

「国は王だよ、ジャンヌ」

 キィン、と、スプーンで手近な皿を鳴らし、王は言った。

「なれば、いつか国は滅ぶぞ。無能な王の時代に、何をしようと、何もせずとも。古今東西、滅ばなかった国などない」

 しかし、ならば、

「勝ち続けている限りは、滅ばぬだろう?」

 サク、と音を立て、メインのステーキにナイフを突き立てて。
 その目は、前を向いたまま。

「……本気で、そのような事を仰せですか?」

 少しだけ、震える声でジャンヌは言った。

「儂は王ぞ」

 少しの震えもなく、王は言った。

「――わかりました」

 ならば、

「お別れです、父上」

 ああ。

「それこそ、わが望み、だ」

 何故なら、

「――その名は、そのためにつけたのだから、な」

               ******

 王だった者はただ、前を見ていた。
 錆色の格子の入った、簡素な造りの明かり取り。血とも体液ともつかぬ何かが浸み込んだ、小汚い毛布。所々毛羽だった、木製の古い机と、くすんだ鉛色をした食器の上の、一切れのパンとミルク。

 そのどれにも目もくれず、王だった者はただ、前を見ていた。

「殺さぬのか?ジャンヌ」

 自らの血や、体液で固まった口髭をいじりながら、王は言う。

「既に、吹けば飛ぶような命だというに」

「まだ、処刑の時まで数刻ありますから」

 表情を変えず、ジャンヌは言う。王だった者と同じく、ただ前だけを見つめて。
 銀色の、しかし、所々汚れてくすんだ鎧。確かな年月を重ねた、腰に下げた武骨な鉄製の剣。目はあの時のまま、強く、短かった髪は、今は背の中ほどまでに達していた。

「――私自ら、あなたの首を刎ねます」

 少しの震えもなく、ジャンヌは言った。

「それでいい」

 掠れ、しかし満足気に王だった者は言った。

「言い残す言葉は?」

 は、と短く鼻を鳴らして、

「言葉など」

 少しの間。珍しく、少し迷う風に。

「無力、だよ」

 絞り出すように、ただ前を見つめて、王だった者は言った。

「お前こそ、父に言い残した言葉はないか?」

 父。その言葉が、少しだけ懐かしくもあり、けれど、

「――あなたは王であった」

 振り払うように、ジャンヌは言った。精一杯の敬意を込めて。

「如何に傾こうと決して諦めず、国を支えようとしたあなたは、方法こそ違えど王であった。今は、そのように思います」

 けれど、

「国は人です、父上」

 だから、

「誰か一人が国であるなど、あってはいけないのです」

 そうだった、のであろうな。

「返してください、とでも言われると思ったわ」

 いいえ。

「二度と帰らぬものです。」

 そして、

「返してくれと、そう言えぬものです。だから、あなたを許しはしない」

 だから、

「――お別れです、王だった者よ」

 ああ

「それこそ、わが望み、だ」

 何故なら、

「その名は、そのためにつけたのだから、な」

 言って、王は静かに目を閉じた。
メンテ
フォンドネスドール ( No.4 )
日時: 2012/01/20 14:35
名前: 春姫 ID:DTiomFAA


 私がとっても綺麗だから、王様は私をお城の地下深くに閉じ込めてしまった。暗い暗い地下は、蝋燭の明かりだけだから恐ろしくて、どんなに綺麗な宝石も、調度品も意味を成しはしないの。
 王様は気が向いたときだけ地下に降りては、一頻り私を愛でて、満足顔で去っていく、後はただ、決められた時間に運ばれてくる食事を機械的に食べるだけ。
 美しいドレスなんて、美しい装飾品なんて、こんな地下では何の役にも立ちはしないの。それが分からない王様は、馬鹿みたいにガラクタを積み上げていく、まるでお人形遊びみたい。
 お人形と言えば、私付きの侍女のメルディは無口で無表情、私の身の回りのお世話はみんなメルディがやってくれる。髪を梳かして、爪を磨いで、体を拭いて、身なりを整える、私はメルディがいないと何もできない。
 メルディは背が小さくて、ぽってりとした唇に薔薇色のほっぺた、金色のウェーブの掛かったボブヘアはまさしくお人形の可愛さ、私の推測だけど、メルディも王様のお気に入りの一人だと思う。
 今日もメルディが食事を運ぶ足音が聞こえてくる、石階段を下りる音が響いてくる。すぐに控えめなノックの音が二度、ゆっくりとドアが開かれると、そこにはいつもと違ったメルディがいた。
 お人形のように変化のない顔が、まるで火事にでも出くわしたみたいに汗だらけで、表面上だけはいつもの澄まし顔だけど、そんなの無いも同然、おかしなメルディね。
 私は出来るだけメルディを落ち着かせようと微笑んで見せた。可哀想に震えてるメルディの肩を数回撫でてあげる、すると落ち着きを取り戻したのか、メルディは息を大きく吸った。
 話を纏めれば、王家けが失墜したらしい、あっそう、で締めくくってしまうのもいいけれど、あんまりにもメルディが悲痛な表情をするものだから困ってしまう。

「可愛いメルディ、それで私はどうしたらいいかしら」

 こんな地下じゃ、地上で起きた事は届かない、だからかしら、少しも焦る気持ちが沸いてこないのわ。

「このままここにいては殺されてしまいます。この奥に隠し通路がございますので、そこからお逃げください」
「メルディはどうするの」
「私はここをお守りしないといけません」
「そんなの困るわ、誰が私のお世話をしてくれるというの、メルディ、あなたがいなければ私は何も出来ないお人形なのよ」

 とっても綺麗だから、誰も私を働かせようとはしなかった、ただそこにいて笑ってくれればいいんだよ、と、みんなお決まりの台詞ばかり口にした。
 王様だって同じ、こんな地下に閉じ込めた。
 どうしてかしら、メルディだって可愛いのに、王様だってメルディを可愛がっているはずなのに、どうしてメルディばかり苦労を買っているのかしら。
 私の後ろには、腐るほどのドレス、つけきれないほどの装飾品、全部いらないって思っていたのに。

「ねえ、メルディは着飾った事があるかしら」
「そんなこと今は関係ありません、早く、早くお逃げください!」
「いいのよメルディ、ここから逃げたって、逃げなくたって、きっと何も変わらないわ」

 慌てるメルディを化粧台の前に座らせて、馴染んだ櫛で丁寧に髪を梳いてあげる。色とりどりのダイヤがあしらわれた髪留めをつけて、愛らしい頬に紅をつける、唇には淡いピンクを彩って、一層華やかに見せる。
 その間に私の昔話をメルディに聞かせてあげる。まだ暗い地下に閉じ込められる前のお話ね。
 私は王国から大分離れた村に住んでいた。小さな頃から皆に、綺麗だ綺麗だって褒められて生きていた。だから辛い仕事なんて一度だってやったことはなかった。
 水汲みも、畑仕事も、飯炊きも、何一つ私はやらなくても良かった。私があんまりにも美人だから、結婚相手は引く手数多だったの、でも、私は王様に見初められて暗い地下に閉じ込められてしまった。
 私を取り戻そうとした男がいたけれど、反逆罪で死刑にされてしまった。その頃には地下にいたから、その話を聞いたのは大分後になってしまったの。
 その人は、私の婚約者だった。冴えない人だったけど、深い愛情と優しさ溢れる人物でね、愛されてて気持ち良かった。そこで私の手は止まってしまう。
 後はドレスの背にあるボタンをかけるだけ、姿見に映るのは美しい女、もしかしたら私はメルディのように侍女をやっていたかもしれない、メルディは私のように生きたかもしれない。

「どっちにしてもお人形ね」

 でも私は、メルディが妬ましかった。

「っ足音が!」
「さ、行ってメルディ」

 本当はとっくの昔に知っていた隠し通路にメルディを押し入れる。逃げ出そうと思えばいつだって逃げれたの、でも、私は誰かに囲われなくちゃ生きれない。
 でもメルディ、あなたは違う。
 大きな喧騒が地下になだれ込んでくる、数分もしない内にここも見つかってしまう。
 どうしてメルディを逃がすのか、そんなの私にだって分からない、ただ、私はメルディと自分を重ねて見ていた。私と違って笑いもしなければ愛想もないメルディだったけれど、まるで鏡合わせの様に同じに見えていた。
 ドアを壊す音は一瞬で、すぐに人が飛び込んでくる、私はとびきりの笑顔で彼らを迎え入れる。悟らせはしない、私の人生初の大仕事だ、失敗は許されない。


 その日、王家は崩壊し、王族は皆吊るし首となった。地下に囚われていた女は、その美貌で命を拾い、後に流行り病で命を落とす。
 同日、身形を整えた一人の女が、森を駆ける姿が目撃される。話によれば女は、それはそれは綺麗な笑みを浮かべていたそうだ。
 これは小さな王国の幕引きのお話でございました。
メンテ
三キロメートルの無 ( No.5 )
日時: 2012/01/22 14:25
名前: オムさん ID:WivCYdMA

 あるとき家のトイレの便座が私に向かって倒れかかってきたために、小便が私に跳ね返ってきたことがある。私は顔まで小便まみれになり、立ちションをしていたのだから仕方のないことなのだが、家のトイレの便座は緩いということに私は憤りを感じたのである。
 全くもって殺人的なまでに退屈な日曜日の昼。出かけようにも車がない。売り払われてしまったのだ。親元を出なければ、と思うのだが次第に袋小路に追い詰められていく。この田舎町で車がなければどのようにして用を足せば良いのだろう。私の家は周囲から三キロメートルの距離で建っている。というよりも、私の家がそのまま周辺三キロメートルにわたって広がっているというべきだろう。夏は牧草、冬は雪原、照りつく太陽と遠方の山並み。私は牛たちに囲まれている。牛は今のところ鳴く以外には能がない。食べるだけだ。乳を出すまでにはまだしばらくかかるようだ。手違いで乳牛を出荷してしまったのだ。ところがその牛たちはしっかりさばかれて肉になってしまった(私が知るかぎり最も残酷な体験)。
 私は私の周囲が自決に向かって自転を繰り返しているような気がする。
 とはいえ私は家でこうして小説を書いているだけだ(小説を書くのに実務経験など必要ではない。十年に及ぶ文章修行で到達した真理がこれである)。他にするべきことも見当たらない毎日なのだ。だが日曜日はやはり退屈なものなのだ。そういう時に私はインターネットで“契機”を探し始める。とにかくも契機が大切なのだ。契機がなければ何事も始まりはしない。目の前にはただふやけて引き伸ばされた時間があるばかりだ。私にできることはまだ何も無い。
 契機はすぐに見つかった。そして私は筆を執る。
「ちょっとあんた、三島さんのところまでひとっ走りしてくれないか」
「車がないのにどうしろっていうんだ」
「車がないって、ないのはあんたの車だけじゃないか。練習だと思って乗ってきなよ」
「だめだ、僕はオートマチックしか乗れない。クラッチなんて忘れた」
「せっかく何もないところにいるんだよ。今乗らないでどうするよ。あたしの金で免許取らせてやったんだから、少し乗ってきなさい」
「冬道じゃないか。物事には順序があるよ」
「順序ったって最初の一手をいつまでも渋ってる人間なんだから、無理矢理にでもやらせないとしょうがないじゃないか。あんたがいると暗くてたまんないんだよ。ほら、車のキーはここに置いとくからね。これが三島さんに渡す菓子折り。頼んだからね」
 と私の母親が私に言った。私の思いは挫かれた。
 車のキーを挿してエンジンをかける。車はのろのろと走り出し、周囲には何もないから車窓を流れる景色に集中できる。しかし景色は何も変わらない。
 せわしない現実を離れて遠い世界に、いや、まったく新しい世界に。走りだせば体が操作を思い出すから、慣れないマニュアル運転でも余裕ができて空想を始められる。変わらないことが契機になり始まることができたのだ。重要なのは次のことだ。世界をまるごと作ることだ。地球のモデルを書き換えていくというのは、細部に拘る。そういうことだから、拘った細部が魅力的に動けばそれでいいのだ。要するに誰もが夢を見たい。ぼんやりとした印象の夢が明晰に見えてくるほど、人の心を惹きつける。
 大体原稿用紙を四枚ほど消化しただろうか。残るところ十五枚と少々。短編であるから起承転結をしっかりさせておかなければならない。道はどこまでも直線のままだ。太陽が積もった雪に照り返して眩しい。前が見えなくなりそうだ。地吹雪でも起これば自分がどこにいるのか、私はすっかりわからなくなるだろう。牛舎が点在しているらしい。こんな冬でも牧場の臭いは漂う。私の鼻をつく臭いはまるで使用直後の便所のようだ。これなら人を殺せそうなものじゃないか。犬ほどに鼻が利くなら、人はこの臭いに犬ほど鈍感ではいられないだろう。まるでモンスターじゃないか。くさいのだ。
 私は角を想起している。ねじ曲がった螺旋が枝分かれして先を尖らせている、禍々しい角だ。すでに西洋の空想に足を踏み入れ、肉でも食い荒らしてきそうなところだ。それでもまだ角だけだ。顔は牛のようになるだろう。しかし瞳は緑色だ。魚のように生気がない。死を直截に見つめている。何の感慨も抱いていない。生きながらにして死んでいるのだ。だから食らうのに容赦がない。動くものなら何でも食らう。特に人を好む。筋肉が盛り上がった前足が地面を蹴ると地鳴りが起こる。群れで襲われれば地震となる。だから逃げる場所がない。追い詰められて袋小路(追い越しをかけられて目の前が真っ白になる)。舞い上がる雪に包まれ急停止した車が突然横転する。誰もいない道端で一回転した車から私は放り出されて右肩を痛める。牛舎から逃げ出した牛が私の横でモウと鳴く(心底どうでもよさそうに)。
 車は道から大きく外れ逆立ちしたまま変形している。脇の段差を転げ落ちたらしく潰れた後部座席にあったはずの菓子折りも無事では済まされないだろう。近づく気もしない。そう思っていると乾燥した空気にやられたようだ。見ている間に車が火を吹き炎上した。爆発音が立て続きに響き、火柱が上がっているのを私はただ呆然と見ている。隣に立ったままの牛は同じ調子でモウと鳴く(心底どうでもよさそうに)。
 メラメラと燃え続けている。
 ――困難な世界だ。
 物語の類型について、大学の文学部でV字型の法則を学んだ。これは古代の神話から現代のエンターテイメントまで広く用いられているもので、この類型に個々の要素を正しく散りばめてやることができれば、優れた物語は完成したも同然である。とその教授は豪語していたが私としても同感だ。ただし書き手が書いているものとの距離にあまりに意識的になっている場合は、こうした類型はむしろ意識されない方が良い。科学の有効範囲と哲学の有効範囲に関するある哲学者の議論がこのことを説明してくれる。科学がもうこれ以上いけない、といった地点から哲学の領域が始まる。事物に関する研究が行き詰まったところから、綜合の研究が始まるのだ。要素の効果的配置は要素の分析と表裏一体であるから、それらを別のレベルから照射する段階に至れば分析の思考は背景化する。つまり前景化しないということだ。ところが私はこう思うのだ。私はこのファンタジーというジャンルを物語的にはきっちり類型に納めてしまうことができるジャンルだと考えている。ファンタジーが一個のファンタジーとして魅力的なのは、その物語が独創的であるからというより、展開される舞台が独創的であるからだ。というよりも、そうでなければファンタジーというのは一体どのように指し示すことができるのか、困ったことになる。異世界における人々の暮らしを延々と書いた所でそれは架空の話以上にはならない。こういうことだ。ファンタジーにはファンタジー足りうるべき展開の約束があるのであり、物語はある意味では必要ではない。というより、必要不可欠であるのだが、借用するだけでもなんとかやっていける。そういうことだ。ところでV字型の法則を説明していなかったが、残り枚数が不安だから今は割愛することにする。
 早起きは三文の得だというが、できた時間を使わされることが多いのが実家暮らしの辛いところだ。午後に目を覚ましていれば今頃温かい布団の中だ。見えない道を歩いているが右肩の痛みはまだ取れないし、迷子にならないように道路を歩くからいつ轢かれてもおかしくない。死と隣り合わせの行軍。かといって飽きて眠ってもそこは雪の上だ。まったく人の住む所ではないと思う。右肩は血こそ出ていないが骨にひびが入っているかもしれない。歩く度に響くように痛みが走る。歩く度だから心が休まることもない。
 菓子折りを諦めて実家に引き返すことにした。どの道炎上しているのだから助かりはしまい。西から広がった曇り空のせいで辺りは灰色の一色になって寂寞としている。じきに吹雪き出すだろう。先日流氷が接岸したというから寒さだって厳しいだろう。氷点下は二桁を数えるのが当たり前だ。こういうときいつでも私は途方に暮れる。途方に暮れるというのは飽きることも慣れることもない。いつでも通り魔のように、深く静かに途方に暮れることができる。先が見えなくなると見ようとも思いたくなくなるものだ。だが見えている。先が見えないということがどこまでも見えている。同じ風景の繰り返し。振り返ると雪、前にも同じ雪が続いている。辺りは吹雪きはじめている。牛はどこにいったのだろう。自分で牛舎に戻るぐらいなんでもない奴だ。勝手に戻っているに違いなく情けないのは私だけだ。
 北国のことは絶対に書いてやらない。私は決心した。人には北を目指す人種と南を目指す人種がいる。北を目指す人種とはわかりあえない気持がある。私は南を目指す人種だからだ。目指すまでもなく北国はここにある。さらば北国。私は逃げ出そう。妄想のトンネルを走り、小麦色の肌と出会う。ウクレレを持つ。腰巻の上は男も女も裸だ。垂れ下がる乳房が目を奪い、捲くれば性器が顔を出すから誰もが陽気に交わっている。熱が満ちているから臭いは消えることがない。漂うのは汗の臭い、花の臭い、土の臭い、焼ける肉の臭い。南国の植物はそれぞれがまったく違う臭いを、強烈に発しているだろう。幹からも、葉の一枚一枚からも。それぞれの臭い。衣類に染み込んだ生活の臭い。唾液混じりの食物の臭い。糞尿の臭い。精液の臭い。嘔吐物の臭い。香水の臭い。チーズを咀嚼した時のように輪郭の曇った粘性の刺激臭。溢れかえった人々の群れ。それぞれの相互無関心。よく見るとどれも同じ顔をしている――
 まだ雪道を歩いている。私は愕然とした。私は南国の経験がない。印象は画一的で私はそれ以上の細部を描けない。経験していないことは結局書けないのだ。皮膚感覚から遠のくほどに私はうそ臭さを感じる。それでいてどれほどの皮膚感覚を持っているか私は自問自答する。
 痛い。
 しばれとはつまりこういうことだ。
 鼻水も凍っているらしい。頬の表面がきりきりと痛む。手の感覚はもうほぼ失われている。足も冷え切って何も感じていないようだ。色彩感もそうだが、外界に対する感受性が失われていくのが北国ということだ。厳しいというのは単調さなのだ。雪が積もった北国ではもう、変化するものは何も無いからだ。代わりに内面が肥大し、風景は内面の延長に発見される。美しさは内面の働きを借りなければならない。空想には有利になる。だけど私はその空想を信用することができなくなりそうだ。考え過ぎたらしいのだ。
(陽の高さからするとまだ二時を過ぎたところだろうか)
 それでも事故までの時間を鑑みればそれほどの距離を歩かなければいけないわけではないのだ。まるで根拠はないがそろそろ家につく頃だろうと思う。五メートル先が見えないと永遠を目視できる気分だ。だが唐突に現実は馬脚を表す。
 家にたどり着いて、私は寝た。
 作家志望だった父親の講釈。
「そりゃ、読むことは大事だ、そう思ってお前は読んでいる、だけどお前は自分が面白いと思うことだけを追っている。プロというのは職人だ。職人は技術を資本に金を得るのだ。技術を磨くことは、鍛錬が必要だ。鍛錬は自分と異質なものを身を削って習得していくという作業も含んでいる。お前はそれをどれほど意識したことがあるか。どうやって取り組んできたか。自問自答してみるがいい。お前は日本文学が好きだ。昭和の日本文学が好きだ。おれは普段口を出さないがお前の本棚を見ているからよくわかっている。本棚はお前よりもはっきりとものをしゃべるからな。内向の世代、その前後。変なものが好きだな。後藤明生。古井由吉。黒井千次。しかし一番好きなのは後藤明生だ。他に小島信夫は敬愛の域だな。実は野坂昭如も愛読している。文章が変だからだ。普通のものより変なものを、変なものよりすっとぼけたものを好む傾向がある。お前はだがそれらの作家がほぼ絶版であることをどう説明する。読まれないのだ。どんなにお前が面白いと思っても、読まれないものを参考にしたものは、読まれない。古井由吉なんて、もう古い(それが言いたかっただけか)」
 温かい風呂と温かい食事を与えられ、怪我のお陰で私は一日を生きながらえたような気がする。布団の中で私はそう思う。
 紙面が余っている今のうちにV字型について説明しておこう。単純なことだ。転落と再生の道。ある人物が困難に陥り、やがてそこから逃れる、そのプロセスがV字を描くというだけのことだ。転落と再生という文字から安易に生じるアナロジー。上と下、高い状態と低い状態の対比による直感的な認識。だがそれが最も普遍的な物語類型となるのだ。そのことが最も直接的に示されているのは『オディッセイア』だ。オデュッセウスは故郷を目指す。その旅路でオデュッセウスは様々な困難に遭遇する。その度にオデュッセウスは窮地に陥り、しかしやがては困難に打ち勝つ。小さなV字を繰り返す。しかしその勝利は新たな困難を呼び起こす。困難が困難を呼び、やがてオデュッセウスは冥府に下る。だが冥府に下るということが終わりを意味するわけではない。冥府は過去の英雄たちが行き着くところだ。彼らの言葉を聞き、オデュッセウスは帰還する。最大の転落からの回復。帰還したオデュッセウスは更に航海を続け、故国で妻を取り戻し大団円となる。物語は見事なまでにV字を描く。
 あとは要素を埋めればいい。架空の世界と架空の人物と架空の出来事を正しく配置してやればいい。それで一つの話は完成だ。この小説の場合問われるのは架空のディティールそれのみだ。この小説なら困難は具体的な形を取った方が良いだろう。具体的な形とは現実的な存在という事ではない。現実的な存在でないからといってリアリティを失っていいわけでもない。ここがややこしいところだが、化物の形にするならわかりやすいだろう。モンスターだ。現実を準拠枠にした動物が怪物として創造されれば理想的だ。モンスターとの戦いならば肉体的な成長と精神的な成長を同時に達成させる。強敵の登場は主人公をどん底に突き落とす。想像の世界ならば死後にだって行けるだろう。そして戻ってくることも可能だ。死をも克服することが出来るならば、困難の元凶と対峙する時期も来ている。すべてを終わらせる時だ。すべてが終われば日常が取り戻される。日常は安定しているから日常だ。バランスゲームみたいなものだ。崩れた均衡を再び取り戻す。取り戻すのが物語なのだ。視点を変えればこういうことだ。それが幻想ということだ。転落と再生のV字展開。
 ファンタジーはこうして作られる(今になってみるとあの講義は少々単純に過ぎたようだ。文学論というよりコミュニケーション理論を専門とする教授だったからコミュニケーション的な単純化がそこにはあったのかもしれない)。
 三キロメートルの無。布団に入った今になって寒気がする。私はまだ走っている車を飛び出し、雪原へと転げでた。その後車は燃えたのだ。そして一時間に及ぶ死の行軍(私は後にそのことを知ったのだ。三キロメートルの無は時間の感覚も奪う)。いずれを見ても大事故だ。然るべき場所で起これば大事件だ。だが一切が認識されなかったのは、ひとえに三キロメートルの無が、私と私の事件とを包み隠してしまったからだ。目を閉じて目を開ける。すでに昨日は終わっている。それで終わりか。
 残りの紙面が気になる。ファンタジーの起承転結を収めきるのに二十枚で足りるかどうかが気になる。私はそれが気になってまだ何も書き出せずにいるような気がする。
 右肩がやたらと痛み出した。動かすのにも苦労する。予想はできたことなのだ。内側から告げられた痛みは際限がない。だから私は書くことを中断する。キーボードを打つにも苦労するのだから、他のことにはまるで役に立たない。
「あんたなんか早く死んじまえばいいのに」
「死ねばいいったって健康に生まれてしまったからまだまだ死ねないししょうがないじゃないか」
「それを言ったらあんたを生んだことがしょうがないことだけどねえ。ああ、セックスなんて、するもんじゃないのよねえ!」
 と母親が言ったのを私は聞いた。同意を求められても私に経験のないことは答えようがない。そう私が告げた。
「本当に、あんたなんか早く死んじまえばいいんだよ」
 母親はそう言ったが私は正確には聞かなかった。狭い家なのだ。
 家の裏に牛が集まって競って糞をしていた。そこから臭いはこの部屋にだけ入る。どういうわけか隙間が開いているらしいのだ。それでも暖房のおかげかそれほど寒さを感じない。ところが臭いとなると露骨に感じられるのだ。
 ――そんなこと言ったって牛たちほどに気にしないでいて欲しいものだよ。
 あと何年続くのかわからないからお互いの不安がどこかで共有されてしまう。起きてから今日はまだ何も口にしていない。
 お腹が空いたら、牛でも食べてみようかと思う。全くもって殺人的なまでに退屈な月曜日の昼。牛を取って食っても誰を取って食っても伝わらないのなら、どっちが起こっても同じことだろう。起こることは観察されたことでしかないのだ。事実は事実になる前に退けられても良い。昨日の雪が嘘のように本日は快晴。尿意を催したので、痛い右腕を使うことなく、左手で慎重に便座を上げて放尿をする。

 了
メンテ
召喚術師アラベス ( No.6 )
日時: 2012/01/22 22:53
名前: かに ID:NytgZvpk

 術法の基本は転送にあり。火を知らねば火は出せぬ、水を知らねば水は出せぬ、風を知らねば風は出せぬ、地を知らねば地は出せぬ。術法は世の恵みを拝借し、転送にて術者の意により呼応する。

「つまりワープは、自分自身を知らなければ使えないということだ」
「自分なんてわかるわけないよ。なんでみんな使えるのさ」
「それが術師の鍛錬だ。瞑想して研ぎ澄ませ。頭の上から指の先までオーラを張り巡らせろ」
 アラベス・カートは肩を落として父シベックに従った。ワープが成功するまでは解放されそうにない。大理石の床張りに座禅を組んで目を瞑る。ふと体に意識を向けると胃の収縮が気になりはじめて落ち着かない。今頃は食堂でチキンライスが用意されていることだろう。おいしそうに頬張っているクラスメイトを思い浮かべる。
「お腹空いた」
「ダメだ。明日は昇級試験だろう? 飯が食いたきゃワープで行け」
「そんなあ……」
 昇級試験は半年に一度開かれているが、アラベスはゴールドワッペンの昇級に二度も落ちたままだった。制服の肩には未だに銀の星のワッペンが縫われている。ゴールドへは自転送(ワープ)の術を使いこなせることが合格条件に入っている。
 シベックは王宮に仕える赤の騎士団の隊長だ。四大元素で最も扱いが困難とされる火炎の術を使いこなし、前線で部下を率いて魔物退治の任をしている。市民からは英雄視され、国王からの信頼も厚い。
 しかし後光は息子に受け継がれなかった。能無しとして罵られ、教師や同期に虐げられた。事あるごとに鈴の遺跡に一人で行き、オカリナを吹いて心を癒した。シベックはそんな息子の様子を見かね、今期はさらに指導に力をいれている。暇などないはずなのに、時間を割いて教えている。アラベスは有難いと思う一方、無理な予感もまたあった。なぜなのかはわからない。
 アラベスの意識は自身よりも食堂の皿に盛りつけられたチキンライスに向かっていた。新鮮な野菜汁の染み込んだ米と、ハンターの仕留めたフェイルバードの胸肉が、鍋の上で絡み合って絶妙な味に仕立てられる。王立術法学校でもフェイルバードのチキンライスは評判が高い。甘辛い味を想像し、ゴールドワッペンの憎きネグロ・マルキーナの浅黒い顔の前にある皿へと狙いを定めて叫び上げる。
「転送!」
 両目をカッと見開くとチキンライスが現れた。シベックが咎めるよりも先に、皿へと素早くしゃぶりつく。スプーンまでは転送できず、素手でライスを口に運ぶ。
「そういうことには機転が効くのか。どこまでも愚かだな」
 シベックは呆れるように首を振り、ワープで姿を消していった。アラベスはライスを掬いながら、父が怒って出ていったことに無念の寂しさを募らせる。
「これだから僕はダメなのかな」
 胃は満たされても心が晴れることはない。食べ終わると、首に掛かったオカリナを持って鍛錬場で吹き鳴らした。乾いた音色が反響して少年の瞼を震わせた。

 結局ワープは成功せず、再三の試験も落とされた。それだけではなく中途半端に挑んだことが裏目に出て恥をかいた。
 試験内容は百フィート先の赤旗の位置へワープをすること。ところがアラベスが術を使うと、制服と靴と下着だけが肉体を置いて忽然と消えた。見学していた女たちは黄色い悲鳴を叫びあげ、冷やかしに来ていたネグロからはこれ見よがしに笑われた。
 アラベスは真っ赤になってネグロの服を自分の手元に転送した。ネグロもまた裸になり、怒った彼は周囲にある小石を操りアラベスへ向けて慣性をつけた。身を守る術は一つだけ。
「石をネグロの上空へ!」
 転送術で周りの小石を消去した。小石たちは雹のようにネグロの頭へ落とされる。
「あああああああ!」
 小石といえど重力による加速が乗れば相当痛いことだろう。ネグロは両手で頭を抱え、血を流して丸くなる。
「ざまあみろ。何がゴールドワッペンだ!」
 アラベスは鼻息荒くして、ネグロの服を放り投げた。自転送以外の転送術ならゴールドにもプラチナにも劣らない自負はあった。
「シルバーのままで何が悪い。僕は最強のシルバーだ」
 試験官の咎める声も気にせずに、身の内に漲るオーラに酔って蹲るネグロを見下ろした。そのとき頬に熱い痛みが弾け飛んだ。眼前は人影で塞がり、その正体が父であると認識するのに時間が掛かった。赤いマントを身につけた、背の高い、壮年の男。アラベスに似た栗色の髪を後方へと流している。
「父さん」
「最低だな」
 一言置いて、シベックは消えた。アラベスは大声を上げて芝生の上に泣き伏した。

 バサルト市から西に離れた鈴の遺跡で笛を吹く。周りには人も魔物も見かけない。崩れかけた柱に下がった大きな鈴は魔除けの役割を果たしている。鈴の下の大きな穴は自殺の名所とされており、人間もまた近付かない。
 アラベスは太陽が地平に沈んだあともオカリナの音を鳴らしていた。父には叱られ、昇級試験に三度も落ち、あんな事態が起こったあとで学業を続けられるだろうか。
「潮時かな」
 オカリナから口を離して目を伏せる。父の背中はもう追えない。シベックとは縁を切り、バサルト市から発つしかない。笛を吹いて旅をすれば行くべき道は見えてくる。一人旅でも術があれば魔物を祓うくらいはできる。
 瓦礫から腰を上げて、錆びた鈴に目を向ける。その下の深い穴。この場所ともしばらく別れることになる。もう一度だけオカリナを吹いて鎮魂歌を遺跡に捧げる。
 足元が揺れ出した。振動は次第に大きくなり、鈴は鈍い音を鳴らす。アラベスはバランスを崩して穴に飲みこまれていった。
 落ちていく。こんなときにワープを使えば助かっていたことだろう。己の無力さに歯噛みをする。重力に身を任せて死ぬのを待つしか手はないのか。
 地に着いた。思った以上に浅かった。全身を打ちつけられたが意識はまだ残っている。穴の底は明るかった。紫色の輝きに満ち溢れていた。
「……ここは?」
「私の背中だ」
 突然の低い声にアラベスは大きく仰け反った。尻もちをつき周囲を窺う。声の主はどこにいるのか。
「ここだ」
 地面が傾いた。また落ちたらたまらないので紫の岩にしがみつく。地面は急速に上昇し、ついには地上の外へ出た。鈴は荘厳な音色を鳴らし、柱の上を回転する。アラベスは遺跡の床に放り出された。声の主、地面の主の全貌が次第に竜の形になる。
「アメジスト・ドラゴン……」
 岩石のような半透明の紫の鱗。アメジストは八大石竜の一頭で、高位の魔物とされている。その力は測り知れず、騎士団も恐れをなすほどだ。グラニット国の全勢力でも注がなければ倒せないといわれている。
 アラベスは姿勢を整え落ちた鈴を横目で見やる。魔を祓う鈴であれば、アメジストの注意を逸らす役割くらいはできるだろう。その隙に逃げなければ命はない。
 転送術を使う直前、アメジストは首を垂れた。
「礼を言いたい」
 集中が途切れた。意外な言葉に目を丸くする。アメジストは慇懃な態度でアラベスへと理由を述べた。
「笛の音が気持ちよかったのだ。しかし貴方はこの地を去ってしまうと言う。私はそれが惜しくてな」
 愛おしげに目尻を下ろして竜は少年を見つめている。アラベスは固まったまま台詞を反芻していった。アメジストに敵意はないのか。首に下げたオカリナを包むように両手で持つ。
「気に入って、いただけましたか」
 まさか竜が音楽を好むとは思いも寄らなかった。人間でさえもバサルト市には音楽を愛する者は少ない。父もそのうちの一人で良く思っていなかった。
「嬉しいな。僕にもファンがいたなんて」
「別れる前に名を聞きたい。貴方の名は?」
「アラベス・カート。術法学校の学生だった。この制服ももう必要ないけどね」
「術師か。ならばまだ、私にも希望は残される。額に手を触れて欲しい」
「額に?」
 アメジストは頭をもたげてアラベスの前に差し出す。牙の覗く口部に恐れを抱きながらも、言われたとおりに半透明の額の水晶に手を伸ばす。
「これは」
 全身に波紋が広がった。体が柔らかく溶けだして、泥のように変化した。液体は粒に分解され、一頭の竜の絵を描く。アメジスト。紫のオーラを纏った竜。鈴の遺跡で静かに眠り、子守唄を聴いている。オカリナのまろやかな旋律。傷ついた魂たちを癒してくれる鎮魂歌。
 八大石竜と呼ばれているが、アメジストの本質は。
「まさか、あなたは」
「私は無念の集合体だ。遺跡の穴に身を投じた者たちの」
「では、他の石竜も?」
「わからぬ。しかしこれで貴方は私を理解した。たとえ遠く離れていても笛の音は私に届くだろう。貴方もまた私を意識することができる。困ったら私を呼んで欲しい」
 アメジストは儚げにアラベスへと微笑んだ。紫色の輝きは遺跡の穴へと消えていく。けれどオーラは感じている。鈴の遺跡でアメジストは息を潜めて呼応している。
「信じられないけど、僕にはわかる」
 アメジストを転送できる手応えがある。生物の転送は難易度が高く、術師はせいぜい自分自身を転送するのが精一杯だ。魔物はおろか他者の人間でさえも成功例は見られない。
「これってすごいことだけど、でも魔物は人間の敵……」
 アメジストを呼び出せば、人の敵意は竜に向く。可哀そうな魂に、傷を抉らせるわけにもいかず、アメジストの転送は封印しようと決意する。

 このころはまだ「召喚」の概念は確立されていない。グラニット史の後世には転送術から召喚術が派生されることになるが、アラベス・カートは召喚術の先駆者として名を残す。

 アラベスは一年の間、旅をした。ハンターとして狩りをしたり遊戯団で笛を吹いたり身を賄う生活はできた。旅の途中で何度も危機に陥ったが、竜は一度も呼ぶことなく、知り合った仲間の力を借りて乗り越えてきた。
 そのうちの一人がペルリーナ・ロザート、赤髪を三つ編みに束ねた女剣士だ。彼女の両親は魔物に殺され、齢十五でギルドに身を置くようになった。
「アラベスって本気出していないよね」
 携帯食を口にしながらペルリーナは視線を投げる。アラベスの額を左手でかざし、深紅の瞳で覗きこんだ。
「オーラに雲が掛かってるね。隠しているでしょ」
「え? 何を」
「教えてくれないのね。まあいいわ」
 とぼけてはみたものの、ペルリーナはアメジストの存在に気づきはじめている。オーラが見える体質らしく、時々アラベスを見つめては期待を寄せるようにしてその力を問おうとする。
 乾いた丸太に腰掛けながら、土に落ちた乾物の破片をペルリーナは踏みつぶす。
「私にも力があれば、魔物をたくさん殺せるのに」
 肉親の仇を取りたいのだろう。幼さの残る可憐な少女に似つかわしくない言葉を吐く。
「魔物か。僕はそんなに憎くないな。襲われたら追い返すし、必要であれば狩りをするけど」
「あいつらは人のオーラを食らうのよ。理性と知性が足りないから、人を食って補っている」
「じゃあ僕たちも似たようなものだ。お腹が空いたらフェイルバードやタウオークを食らっている」
「……私は人よ。あいつらと一緒にしないで」
 アラベスから目を逸らし、ペルリーナは立ちあがる。この様子では人と魔物の共存への道は遠い。アラベスはアメジストを知って以来、魔物とは何かを考え続け、ある構想を練っていた。魔物がオーラを食らうのならば、人から少し分け与えて彼らを満足できないかと。アメジストが人を襲わなかったのは、高位の魔物はオーラを自ら生み出せるためで、食らう必要がないからだ。ゆえに竜はめったに人前に姿を見せない。アラベスが倒した魔物たちはほとんどが低位で飢えていた。
「そろそろ出発しようか。僕はバサルトに向かうけど、ペルリーナはどうする?」
「ついていくわ。でもなんでバサルトに?」
「少し気になることがあってね。戻るつもりはなかったけど」
 嫌でも故郷を思い描くことがある。父を意識し、夢を見る。すると手に取るように行動がわかるのだ。赤の騎士団は十日前に墓地へ入り、オーラの纏った透明な石を発見した。それを採取し、バサルト市にある流星の塔に持ち帰った。
「あの輝き、もし予感が当たっていたら大変なことになる」
 シベックを説得して、石を洞窟に戻さねばならない。父と会うのは気が重いが、王都が危機に直面していることを思うとなりふり構っていられない。ペルリーナのように悲しみと憎しみに明け暮れた人を増やさないために。
 急ぎ足で森を出る。三日後にはバサルト市に着き、アラベスが描いた予想通りの光景が目に広がった。
 一頭の竜が外壁を破って人々を爪で裂いていた。

 ダイヤモンド・ドラゴン。無色透明の鱗を持つが筋繊維や内臓は乱反射の光で見えない。四色の王宮騎士団はそれぞれの得意な元素を操りダイヤモンドに転送している。水流と岩と竜巻はダイヤモンドの固さに屈し、赤の騎士団の炎だけが効くという状態だ。しかし炎の転送術は扱える者が少ないために熱せられる温度も低く致命傷は与えられない。
 ダイヤモンドは狙いを炎の術師に定めて牙と尻尾で数を減らす。雄叫びを上げながら建物を崩して突き進む。探し物でもするように。
 アラベスとペルリーナは壊れた壁の隙間からバサルト市へと踏み入った。避難する人々を掻き分け、ダイヤモンドを遠望した。
「酷い……!」
 ペルリーナは剣の柄に手を掛けたが、アラベスは抜くのを制止した。
「剣では効かない。ペルリーナは怪我人の救助を」
「あんたは?」
「こいつを止めるよ。追い出す方法は知っている」
 ペルリーナの瞳が揺れた。
「なんでそんな言い方するの? あんたなら殺せるでしょ。殺してよ」
「無理だよ。僕のオーラは君が期待しているような力じゃない」
 胸の前のオカリナを両手に包んで吹き鳴らす。鈴の遺跡に意識を向け、眠る竜に呼び掛ける。アメジストにしか止められない。今だけ力を貸して欲しい。
 紫色のオーラを放ち、アラベスは術を使う。アメジストの転送。後に召喚と呼ばれる術は目撃者を驚愕させた。半透明の紫色の竜が現れ、ダイヤモンドに組みかかる。
「これでよいか? アラベス」
 アメジストは首を回して少年を見る。久しぶりに会えたせいか嬉しそうに目を細めた。
 アラベスは頷いた。
「頼んだよ。そいつは君の仲間だ。ダイヤモンドは僕が救う」
 マントを翻して駆ける。目指すべきは流星の塔。しかし行く手を阻まれる。
 剣を構えた赤髪の少女が唇を結んで立っていた。目に憎悪をたぎらせて。
「ペルリーナ、通してくれ」
「あんたは魔物の味方なの? なんで竜を転送できるの?」
 転送術を使うには対象を理解しなくてはならない。ペルリーナは術師ではないが、基本知識は持っている。アラベスは解き明かした。
「アメジストは元は人間だったんだよ。この世に生きる苦しみを背負われ命を絶った者たちの」
 ペルリーナの持つ剣先が震えた。柄を握り直す動作をアラベスにも見て取れた。隙がある。意識を向けて自分の手に転送する。ペルリーナから剣が消えた。
「あっ」
「悪いね。刃こぼれから血の錆まで観察させてもらってるよ。それに君の心もね」
 剣を噴水に投げ捨てる。水の跳ねる音がした。棒立ちになったペルリーナを一瞥して通り抜ける。
 流星の塔へ急いだ。人々の悲鳴、二頭の竜の取っ組み合い、術師たちの掛け声を、背中に受けて駆けていく。
 塔の門前。幸い衛兵はいなかった。しかし施錠はされており、複雑な錠は理解しがたく転送術で解錠できない。ならば壊すしかないが、アラベスには水平の力を持ち合わせていない。術法学校を中退したため、ゴールドワッペンから取得できる念動術を身につけなかった。
「入れる方法はないのか! ……いや、窓は開いている」
 ただしアラベスの身長の十倍ほどの高さにある。登ろうにも大きな建物は近くになく、足を掛けるところもない。ワープができれば開いた窓へ入れるが。
「ワープか。たぶん僕は父さんとは違う道に行きたかった。術をマスターするよりもオカリナを吹いていたほうが性に合っていたんだな」
 アメジストとの邂逅が道に光を示させた。そして旅をするうちに確信へと変わっていった。
 アラベスの今の願いはダイヤモンドの心を救い、犠牲者を増やさないこと。ダイヤモンドはオーラの源を奪われて、耄碌する意識の中で取り返そうとしているだけだ。額には空洞がある。ダイヤモンドを司る知性、それが今は失われている。
「返さなきゃいけないんだ。そのために僕は!」
 意識を自身に集中させ、肉体と心を感じ取る。窓の奥を脳裏に焼きつけ、全身のオーラを解き放つ。
「転送!」
 体が塔に吸いこまれた。石畳の部屋に着地し、光り輝く鉱石が正面に静かにたたずんでいた。
「あれだ。ダイヤモンドへ転送する」
「そうはいかねえぜ、シルバー野郎」
 石畳が一枚外れてアラベスの足を打ちこんだ。防御の転送も間に合わず、痛みに悶えて膝を折った。
 ネグロ・マルキーナが黄色のローブに身を包みながらアラベスを嘲笑った。
「久しぶりだなあ。やられた恨みは忘れてねえぜ」
「その服装は……黄の騎士団に入ったのか」
「そうさ。俺は術をマスターした。今なら負ける気はしねえ。貴様に味わった屈辱を倍返しにして晴らしてやる!」
 邪魔が入った。アラベスには戦う気はない。首を振ってネグロを落ち着かせようとする。
「そんな暇はない。ダイヤモンドを止めるのが先だ。その石を返すんだ」
「何言ってやがる。こいつはグラニットの発展のために必要な研究資材なんだ。見ろよ、なんていうオーラの量だ。こいつを兵器に転用すれば、全世界を統治できる。そして俺は貢献した一員としてさらなる権力、名誉、財産を!」
「くだらない」
 アラベスはネグロに向けて手をかざした。カーテンを剥ぎ取るように指を軽く折り曲げる。一息に腕を振る。
 絶叫がこだました。ネグロは頭を抱えて倒れた。
「き、貴様……! 俺のオーラを……、転送……」
「そのへんに置いといたよ。ほら早く拾わなきゃ。廃人になりたくないだろ?」
 ダイヤモンドと同じ痛みをネグロに思い知らせてやった。アラベスは歩を進めて、安置された石に手を置く。
「僕は敵じゃない。心を開いてくれないかな」
 対象を理解しなければ転送術は使えない。石は呼びかけに応じるようにアラベスを光で包みこむ。
 ダイヤモンド。恋人たちの誓いの結晶。かつては教会だった場所に人々の思いは埋められた。アラベスは離れてしまった欠片の思いを全身に受けて転送のためのオーラを練る。
 同調する。白い光をあるべき場所へ。
 石は手をすり抜けた。光の筋を微かに残して。
「これでいい」
 しかしもう遅かった。窓の外へと振り返ると、都市が業火に焼かれていた。二頭の竜は炎に身悶え、煤になって倒れていく。
 首筋につと冷たい感触。背の高い男の気配。
「邪教に身をやつしたか。どこまで恥をかかせれば気が済む!」
「転送!」
 二頭の竜をアラベスは送り返した。気配の確認、自分の身の確保よりも竜の安全を優先させた。
 シベックは殴りつけた。剣に炎を宿らせて、アラベスの頬に近付ける。
「俺の言うとおりにしろ。命だけは助けてやる」
 アラベスは父に捕縛され、月光の塔へ幽閉された。二頭の竜を操った魔物使いの烙印を押され、ダイヤモンドはアラベスが呼び寄せたということにされた。
 塔は特殊な構造をしており、術の使用は封じられる。オカリナを吹いて癒そうとすると、シベックに取り上げられた。
「これが貴様を堕落させた!」
 粉々に粉砕された。アラベスは父を見返した。

 三年後。バサルト市に再び竜が現れた。月光の塔の天井が吹き飛び、赤髪の少女が救出に来た。アラベスは少女の手を握る。
 彼女の名はペルリーナ・ロザート。後にアラベスの妻となる。
 二人はダイヤモンドの背に乗り、光のある地へ飛び立った。

(了)
メンテ
ファンタジア ( No.7 )
日時: 2012/02/01 00:00
名前: 宮塚 ID:RscLuBts

 この物語を記すことに僕は今でもいかんせん意味を見出していない。
 そもそも僕以外に意味のある物語なのかどうか、それが疑問ですらある。今、僕の目の前には物語を記すためのアンチョコ(学習する要点が記されていて、自分で調べたり考えたりする必要のない参考書。虎の巻きなんて呼ばれている。学生時代にこれを重宝した諸君は多いはずだ。とはいっても僕の学校の先生はアンチョコに頼らせないために自作のプリントしか使わないというかなり偏屈な先生で、生物の遺伝の話をする前段階として、「そもそも我々にとっての世界とは〜」なんて語りだす始末だった)があるけれども、それも何も知らない人が見ると意味不明の文字の羅列にしか映らないだろう。恥を忍んでそのアンチョコの最初の何行かを書き写すと、こんな感じだ。

 現実とは別の世界。超自然の生命体とは何ぞや? 真夏の夜の夢。夢≒空想。生きる夢。なぜここに生きるのか。私は誰? Who are you? 私の中にそぐわうもの。共に生きるあの悪魔。 andこの心の中のほころびは神だろうか。シリメツレツなゲーム。終わりなき夢。なぜあなたは死んでいるの?

 ほら、意味分かんないだろ? そもそもこの文章は僕の記憶があるからこそ意味を成すものであって、その記憶を持たない者にとってはこれは安直(アンチョコの語源だ。そういえばアンチョコというのは元々学生の俗語らしいが、それをはじめて使いはじめた伝説の人がいるはずなんだよな。僕は時々、この言葉をはじめて使いはじめたのは一体全体どんな馬鹿野郎なんだろう、なんてことを思ったりする。まあ「ヤバい」とか「KY」とかの言葉を使いはじめた人間を探すのと同じくらい、もしくはそれ以上どうでもいいことだとは思っているけど。そんなことを言い出したら、僕らの使っているこの言語をはじめに使いだしたやつはなんなんだよ、神か。みたいな禅問答な議論になってしまうからしない方がいい)でもなんでもなく、ただの出来そこないの暗号でしかない。
 じゃあいきなり本質に入ろう。朝起きると僕の目の前には可愛い悪魔が座っていた(その悪魔はいわゆる夢魔という分類に入るだろう。アダルトゲームでもよく題材になるこの悪魔だがご存知の通り歴史は古い。夢魔にはインキュバスという男ヴァージョンと、サキュバスという女ヴァージョンが存在するが、僕の目の前に座っていたのはもちろん後者だ。どちらも自分と性交したくてたまらなくするために、襲われる人の理想の異性像で現れる、とされているが、実際にサキュバスに会った僕の論で言うならば、実は外見自体がそんなに美しいわけではない。ただ、その身体が放つフェレモン、というかその淫靡な魅力が人知を超えているのである。そういえば面白い説の一つとして、インキュバスとサキュバスは同一の存在とするものがある彼らは人間の精子を奪って人間女性を妊娠させて繁殖するというのだ。それって意味あるの? と思わなくもないのだが、おそらくは自分の胤をどこかの段階で流し込んでいるのだろう。そもそも夢魔というのは厳格なキリスト教社会において“言いわけ”のためにつくられたとされている。何の言いわけかってのは言わなくてもわかるだろう?)。その悪魔は僕に覆いかぶさると性交をはじめた。細かい描写は都条例にでもひっかかったらたまったもんじゃないので勿論省くけれど、結構長い時間に及んだ。因みにその時僕は大学生だったのだが、大学生にしてのファーストキスを奪われてしまった。貞操を奪われてキスもなにもないかもしれないけれど、それでも一応大切な人にとっては大切なのは一人くらいわかってくれるだろう。それまで僕は結婚するまでは性交をしない、なんて旧時代甚だしい信条を持っていたものだから、その行為に甚く絶望した。なんだ、こんなに簡単に人の信条って崩れるのか、と。その後はどうあれことの最中、僕はその行為をそれ以上にないくらい楽しんでいたからだ。僕の手は彼女を抱きよせ、彼女の唇が生み出す快感は僕の身体を震わせた。僕に近付いた彼女の首筋はまるで空腹の時に与えられたチョコレートのように感じた。後にも先にもこんなにも甘美な匂いを嗅いだ事はない。最後にその悪魔は僕に近付いて愛の言葉を囁いた。甘く苦い愛の言葉だ。その言葉にまた僕は快楽を感じた。もう彼女から離れたくない、ずっとこのままでいたいと思った。だけど時間は永遠には続かない。それは神様が原初に決めた変えようのない事実だ。その夢のような時間はいつしか終わり、いつの間にか彼女は僕の目の前から消えていた。正直、最近までずっと夢だと思っていた。夢だと思いたかったというのもある。現実だとすれば、これは僕にとってどうしようもない人生の汚点だからだ。冴えない童貞のちょっとばかしリアルな夢だと、僕はそう信じていたかった。しかし僕はその後これが現実だったということを知ることとなる。
 去年のことだ。僕にはSNSを通して知り合ったある女の子がいた。その女の子は美術大に通っていたものの、中退しある画廊で画家を目指して働く、ごく普通の青年だったのだが、事件と言うのはいきなり起こる。僕の目の前にいきなり現れた夢魔のように。
 彼女、花崎アリス(仮名)と僕には共通の友人がいた。彼の名前は三賀和助(これまた仮名)。アリスを僕に紹介したのも彼だ。僕の高校の頃の同級生でもあり、大学に入ってからは地元のキャバクラでキャッチーとして働いていた。休日もアイドルの握手会なんかで握手券や盗撮写真を売るような違法すれすれ(というか違法なんだろうか。僕は法律に詳しくないし、特に彼がどこまでやっていたのかも知らないのでよくわからない)のアルバイトをするような、ある意味大学生らしい大学生だった。周りからは節操のない意地汚い男と思われていた節があったが、彼を知っている僕だから言える。彼自身は確固たる信念を持っていたのだ。彼は法律とか他人の決めた決まりを守らないことはそりゃああるだろうが、それでも自分の決めたルールだけは決して破らない、そういう男だった。だから今でも僕は彼を信じている。これだけは言っておきたい。
 ある日(これから先も“ある日”が多くなる。しかし正確な日時を覚えていないのだから勘弁してほしい、というかそもそも正確な日時を教えることはできない)の午後、三賀と僕は三賀の住む学生寮の近所にある喫茶店で、彼が朝時にいつも飲んでいるというモカコーヒーを楽しんでいた。
「知ってるか?」三賀はコーヒーを口に含む僕にいきなり尋ねてきた。「自分のウンコをさ、糞愛好家に売るバイトがあるんだよ」
「飲食中にその話はないんじゃないか?」しかもコーヒー飲んでるときに何言ってるんだこいつは、と軽い殺意すら覚える。
「食事の配分で糞の味も変わるらしいぜ? まあ確かにコアラの糞とか結構いい匂いするもんな。ライオンの糞の匂いなんて嗅げたもんじゃないけど」「俺はコアラの糞もライオンの糞も嗅いだことはない」
 僕らの周りの席にいた人がそそくさと場を変えるのが見える。当たり前か。
「で、そのウンコ屋がどうしたんだよ。お前やってんの?」「いやあ、俺はやってねえよ。体調管理とかむかないし」問題はそこではないような気もするが、その旨は伝えず僕は彼に続きを促した。「知り合いがな、そのバイトの斡旋屋っつーかマネージャーみたいなことをやってるんだがな、そいつの周りがさ、なんか変なんだよ」
「変?」どこがどのように変だというのか。変と言うにも色々ある。交友関係が変態じみてるのかもしれないし、きな臭いのかもしれないし、もしくはその人自身が変なオーラでもまとっているという可能性もあるし、何にしてもどこがどう変なのかわからないだろうが、その言いようだと。しかし彼は困ったような表情を浮かべて「いや、何とも言えないんだが、とにかく変なんだ」としか言わない。
「そんなこと言われても反応に困るだろうが」
「そうは言っても変なんだからしょうがないだろ。それで少しさ、俺はそいつのまわりを調べることにしたんだよ」
 ほう。三賀らしくない。こいつは自分に絶対の自信を持っているが、その分他人の生き方には全く興味のない人間だった。探偵の助手のバイトでもしていれば別だが、その三賀が興味を持つとは一体どう変なやつなのか。僕もまた興味を覚えた。
「いや、お前は関わっちゃだめだ。俺がお前に言いたいのはさ、俺にこれから何があっても絶対に何があったのかを探らないでくれ、ってことなんだよ」また要領を得ない話だ。「とにかく、お前には迷惑かけたくないんだよ、友達だろ」「だったら鼻っからこんな話すんなよ」「こんな話しなかったら俺になんかあったときお前は絶対に首突っ込むから言ってるんだよ」三賀のその顔は真剣そのものだった。その時点では彼の言っていることの意味が全くわからなかったので、中身のない話とのギャップに僕は思わず吹き出してしまった。
「笑い事じゃないんだ。とにかく、今のことを忘れるなよ。いいか、絶対に忘れるなよ」わかったよ、と言いながら僕はまだ笑っていた。彼はため息をついていたが、とりあえずは伝えたからな、と念を押す。そこからはまたいつものくだらない話をしはじめ、僕らは二人の憩いの時間を楽しんだ。
 そんなことがあってからのある日だ。僕は三賀とアリスと三人で映画でも見ようと彼の住む寮を訪れた。見ようと思ったのは『黄昏の夕焼け』という邦画で、そのタイトルを聞いた時の僕の第一声は「黄昏の夕焼けってなんだよ、被ってんじゃねえか」というものだった。刑事もので、アクションよりも人間心理の描写や演出が話題となっていた映画で、結構楽しみにしていたのだが結局僕はこの映画を見ていない。見る機会が失われてしまったからだった。観劇の日、僕とアリスは映画館の前で三賀を待っていたがいつまで経っても彼が現れない。僕は奴のアパートの部屋の前にいた。アリスには映画館の中で待っているようにと言ってきている。「おい三賀いないのか」何度インターホンを押しても返事がない。確かにいつもアルバイトで家にいない奴だが、今日映画に行くことは伝えている。業を煮やした僕はドアノブをまわした。今から考えるとお約束のような経験だが、鍵はかかっていなかった。その時点では「おい鍵かけろよ、不用心だな」くらいしか思わなかった。間抜けにも程がある。少なくとも数日前の三賀の発言を思い出しているべきだった。そこで思い出していたからと言って何が変わったわけでもないだろうが、僕はつくづくそう思う。
 家の中に入るとすぐに僕は鼻をつまんだ。強烈な硫黄臭が鼻をついたのだ。人の居住する部屋でなんでこんな匂いがするんだよ。今にも吐きそうなその匂いに眩暈を覚えながらも僕は部屋の中を見渡す。三賀はいない。それどころか部屋はひどい有様だった。三賀はあんな性格だが実は自分のまわりはかなり神経質に整頓する方だ。前に彼の部屋を訪れた時にはその几帳面さに脱帽したものである。手作りの棚や収納器具を駆使して、三賀は己の居住空間をかなり快適なものにしていた。いつも本や漫画やらが散乱している俺の部屋とは酷い違いだ、と僕は苦笑したのを覚えている。そんな三賀の部屋は今、強盗にでも荒らされたかのように乱雑になっていた。「エントロピー増大し過ぎだろ」僕は部屋の奥にいけばいくほど強くなる硫黄臭と闘いながらその乱雑な空間を探った。この匂いにこの有様、一体何があったんだ。僕はふと視界に入った真っ二つに割れた卓袱台の上に置いてあった封筒を手に取った。宛先も何も書いていない。中にはA4紙の手紙が四つ折りになって入っていた。その手紙の真ん中に印刷されていた文字を見た瞬間に僕の背筋は凍った。

 『逃げろ。』

 結局その日は三賀の部屋からアリスに電話をし、今日は三賀は風邪で行けそうにないから映画はまた今度にしようと伝えた。アリスは二人でも観ようよと不満げだったが僕は、三賀を一人にはしておけないよと言い訳をした。あの三賀が失踪した。しかもこんな部屋を残して。となると流石の僕も先日の三賀の言葉を思い出す。
「俺にこれから何があっても絶対に何があったのかを探らないでくれ」
 ふん、と僕は鼻で笑った。ふざけるなよ、僕がそんなに薄情な奴だと思うのか。確かにここで逃げ出す奴もいるんだろうよ、けど僕はそんなことはしない。そんなことを僕はそこにいない三賀に言った。
 まずは異臭の酷い部屋の中から何か手掛かりがないかを探った。部屋を探っているうちにわかったのは、三賀がいつもアルバイトに重宝していた数冊の手帳の束が一切合財無くなっているということだった。確かに、ここには強盗がきたのだ。それも金品目的ではないタイプの。小一時間ほど僕は部屋をこねくり回したが手掛かりとなるようなものは何もでてこない。そんなものは全て持ち去られたのだ、と僕は直感的にそう思った。だったら打つ手なしじゃないか。溜息をつく。確かに奴の言うとおり放っておいた方が身のためだろうか。さっきまで絶対に三賀を見すてるようなことはしないと意気込んでいたくせにそんなことを思う。人間なんて薄情だな、と僕は微笑した。そこであることを思い出したそうだ手帳だ。ここには手帳はないかもしれないが奴にはある癖があった。奴はいつも自分の持っている手帳の写しを他人に預かってもらっていた。それも奴の几帳面のなせる技だが、僕はこのご都合主義な展開に小さくガッツポーズを取る。問題はその写しを誰に預けているかだ。真っ先に思い浮かんだのはやはりアリスだった。僕はさっそくアリスに電話をした。電話の向こう側では「もしもし」と不機嫌そうな声が聞こえた。映画のことをまだ引きずっているのかもしれない。僕はそう思い、さっきはごめんと謝る。アリスは別にいいよ、と笑うと三賀の調子は大丈夫? と聞いてきた。そうだった。アリスには三賀は風邪だと言っておいたのだった。ああ、大丈夫だよととりあえずその場は誤魔化し、「ところで聞きたいことがあるんだけど」と、本題に移る。三賀が自分の手帳の整理をしたいと言っているんだけど、アリスは三賀から渡されてるものはないか。あったら回収したい。そんな旨のことを言う。一応不自然はないはずだ。僕は冷や汗を拭い、アリスの返事を待っていたが返事がない。心あたりがあるか思い出そうとしているのだろうか。そんなことを思ったが先か、「駄目」そう返事が返ってきた。駄目? 何が。とっさのことに僕は訊き返す。するとアリスが強い口調で続けた。駄目だ、あなたまでかかわっちゃ駄目だ、と。「あなたまでってどういうことだよ」そう言い終わる前に電話は切れてしまった。困った。しかしこれはどういうことだろう。アリスまでも三賀が何かとんでもないことに関わっていることを知っていたということだろうか。それにしては僕の嘘を疑う素振りすら見せていなかった。しょうがない。アリスから探るのはもう無理そうだ。僕は手当たり次第に三賀の交友関係を洗い始めた。一週間かそこら経っただろうか、僕は三賀の仕事仲間だというヤンキーからある情報を仕入れた。今時特服リーゼントという失笑物の格好だったが、かなりの情報通らしく三賀もよくこのヤンキーから情報を買ってたらしい。どこからどういう風に仕入れた情報だか知らないが、とりあえずそのヤンキーに僕は感謝した。手に入れたのは、三賀が前に話していたあの糞愛食家に糞を売るという馬鹿みたいな仕事の斡旋屋をしているという男の連絡先だ。三賀はその男を調べると言った矢先に姿を消したのだ。何らかの関係があるのは間違いない。僕は用心のため一応公衆電話からその男の連絡先に電話をする。「はい、こちらヤブサカウンコファーム」なんだか冗談みたいな名前が聞こえた。こんなときにあれだが僕は思わず少しだけ吹いてしまった。失踪する前からそうだったが三賀のまわりは色々と騒々しい。
「三賀和助という人間をご存じありませんか」「お前誰だ」攻撃的な響きが耳元に届いた。僕は深呼吸をして、相手の出方を待つ。向こうは何だお前はとか俺を非難しにきたのかなどと怒声を響かせている。散々怒声を浴びせてからしばらくたって、「俺の何が知りたい」そう聞いてきた。僕はすかさず「会えないか」と男に聞く。考え込んで後に相手は待ち合わせ場所を指定してきた。郊外の古いビルの地下に自分の事務所があるからそこで落ち合おうと。今思うとこれも馬鹿だった。何者かもわからない人間の命令通りに動くなど間抜けにも程がある。しかし当時の僕はそこまで考えられるほど経験も積んでいなかったし、余裕もなかった。かくして、その次の日に僕は男が指定したビルの前にいたのだった。そのビルはもう廃ビルと言っていいほどに荒んでいて、中にいくつか事務所はあるようだがまるで地獄の入口のようなそんな雰囲気を醸し出していた。そしてビルの中に入った時点で僕は気付いた。あの硫黄の匂いがする。三賀の荒れに荒らされた部屋でも嗅いだ吐いてしまうほどの強烈な異臭。僕は手で鼻を覆うと指定された地下室の戸を開いた。匂いが強烈さを増した。脳天を貫くかのような異臭に僕は頭を抱える。そこは駐車場だった。広い空間で錆かけた車が数台置いてある。「動くな」そんな声が聞こえた。僕はその声に反応して振り向こうとした。しかし不思議なことに身体が動かない。自分の身体を動かしている感覚がまるでなかった。金縛りにでもあったかのように。「金縛りだよ」すぐ後ろから声がした。「お前らやちまえ」駐車場の奥からまだ十代にしか見えない若者たちがぞろぞろと現れた。あ、やばい。僕は逃げようと試みたが何せ身体が動かない。そうこうしているうちに不良のバッドが僕の脳天を強打した。それからは凌辱に凌辱だ。僕は殴られ蹴られ唾を吐きかけられる。後ろからさっきのと同じ声が聞こえた。「おまえがなにかは知らねーが」死んじゃえよ、と。意識が朦朧とする中、恐怖を感じた。僕は死ぬのか。その時だった。急に僕の目の前の不良たちに異変が起こった。
 首筋から勢いよく血を噴き出したのだ。
 どれを合図にしたかのように、どの男たちも壊れた人形のように動きを止め、ありとあらゆるところが紅く染まっていく。最後に僕の背後で悲鳴がして、ぶしゅうと大量の血が僕の身体を濡らすのがわかった。僕は後ろを振り向く。金縛りはいつの間にか解けていた。そこに立っているのはアリスだった。そして僕は見た。今にも泣きそうなくしゃくしゃのアリスの後ろ、にたにたと笑い禿鼠のように全身肌色の。
 悪魔が立っていた。
 これが僕の経験した物語のすべてだ。それ以上はない。僕がここにいることはあの悪魔が教えてくれたのだとアリスは言う。正確には、あのウンコファーム経営者の場所を。認めたくないが、そこに立っているのは確かに悪魔だった。悪魔としかいいようがない。そんな不条理な存在が、空想にしか生きられないような強烈なファンタジアがこの世にはいるのだということを。僕はこれを機にそれを知ってしまった。そしてそれから僕は気付いたのだ。あの大学時代の夢は本当だったのだということを。だがしかし最近わかってきたがこの世は不条理だがそれでもある一定のパターンで動いている。悪魔は人間と契約をして人外の能力を人類にもたらすがそれでも人は人だ。
 僕はこれから息子に会ってくる。僕の物語の空想を現実にひきもどしたい。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【投票期間】 ( No.8 )
日時: 2012/02/01 04:38
名前: 管理者 ID:eNBo.XXY

投稿期間が終了いたしました。以上六名の参加を承認いたします。

これより投票期間に入ります。
投票場所はこちらになります。
投票所に記載している注意書きを熟読の上で投票してください。
締め切りは2月10日となります。期限に余裕を持った投票をお願いいたします。

※管理者が多忙のため、総評の掲載にお時間をいただく可能性があります。出来る限り急ぎますので、ご了承ください。申し訳ありません。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【投票期間】 ( No.9 )
日時: 2012/02/10 17:59
名前: 管理者 ID:TsDsAFsg

投票期日となりました。
現在提出されているのは2名です。

Raiseさん、鈴一さん、オムさん、宮塚さん

の4名は今日の23時59分までに急ぎ投票の提出をお願いします。

また管理側の都合により、投票開示が翌日11日の早朝、もしくは午後19時以降となることがあります。
あらかじめご了承ください。申し訳ありません。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【投票最終日/未提出4名】 ( No.10 )
日時: 2012/02/11 02:08
名前: 管理者 ID:EhNjvu1E

○結果発表(敬称略)
1位 かに:『召喚術師アラベス』(6pt)
2位 春姫:『フォンドネスドール』(4pt)
3位 宮塚:『ファンタジア』(1pt)

投票未提出失格:
Raise:『幽霊たまご』(3pt)
鈴一:『王語り』(0pt)
オムさん:『三キロメートルの無』(4pt)
※全作レビューをペナルティ消化スレッドに提出しなければ、次回の短編コンテストに参加できません。

なお、今回新人賞は該当者なしとなりました。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【投票最終日/未提出4名】 ( No.11 )
日時: 2012/02/11 02:10
名前: 春姫(投票) ID:EhNjvu1E

※敬称略

::Raise/幽霊たまご
 さあ感想書くぞ、と、思って開いたら、違う話になっていて吃驚しました。ポップ・レクイエムを気に入っていたので、少々残念に思いました。
 もちろんこちらの話も好きになると思います。今にも波の音が聞こえてきそうな、潮の香り漂う作品だと思います。
 主人公のはる、はるのお母さん、友人の夕草、出てくるキャラクター一人一人がちゃんと動いていて、毎回羨ましくなるほどです。
 なにより会話のテンポが気持ちよく進んでいたと思います。
 母親と友人がいることで、はるという人間の多くを見れるというか、上手く言葉に出来ずに申し訳ございません。うーん、勉強させていただきます。
 話は変わりますが、Raiseさんの小説を読むと、たまごをもう一度見直したくなります。冷蔵庫を開けて、いつものところからたまごを手にとって、しげしげと眺めたくなります。
 それに、読み終わりのあと必ず優しい気持ちになります。これからも是非、コンテストをご一緒させてくださいまし。

::鈴一/王語り
 今回で一番ファンタジーに相応しい作品だと思います。
 淡々と進めらていく文章は、すっきりと読みやすいですが、それ故に話の内容とのアンバラスを感じます。まるで映画のような話の流れでした。
 王とジャンヌの間にある確執、過去は想像するしかありませんが、そこをほんの少しでも掘り下げると感情移入しやすいと思います。
 その名はそのためにつけた、という言葉も、意味は分かるんですが深い思いまでは伝わりにくかったです。
 散々言ってしまいましたが、とても良い作品だと思います。また是非ご一緒させてください、ありがとうございました。

::オムさん/三キロメートルの無
 この作品のおかげでファンタジーが何か、という謎が解けた気がします。というより、ファンタジーをこのように使用するのは、考えもしなかったことなので脱帽です。
 実に頭の悪い感想ですが、この話は頭の良い人が書いた論文のようだと思います。
 映画化すれば面白そう、と、勝手に脳内で映像化したりしました。全体的に枯れている雰囲気が、冬の景色とよくあっていました。
 この感想を作者様に読まれるなんて、とっても申し訳ない気持ちになりますが、許しを得れたら良いと思います。
 またご一緒させてください、お疲れ様でした。

::かに/召喚術師アラベス
 面白い! 単純に面白かったです。短いながらに上手くまとまっていて、子供に読み聞かせるのにピッタリだと思います。
 主人公のキャラクターも、嫌味が無く、心根の優しさが文章から伝わってきました。竜との対話シーンが一番印象的です。
 常なら、幽閉されているのはお姫様で、ドラゴンを倒してハッピーエンド(偏見)だと思いますが、この作品はそれを覆しています。
 私はこんなお話しを書くことは出来ないので、素直に凄いと感嘆します。
 次のコンテストでも、是非作品を拝見したいです。

::宮塚/ファンタジア
 う○こを売る人間がいるとは世の中も広いなあ、と、全て読んだあとの感想とは思えない発言ですみません。
 正直夢魔よりもそっちのほうが、私にとってファンタジーに近かったです。いえ、幻想的とは間違ってもいえないので、リアリティーに欠けているという意味です。
 それは良いとして、主人公は友人を見捨てるほど薄情ではない、と言っているのに、最後さっぱり忘れているというのに驚きです。
 しかし、私もあの場で、あのような状況になったら、友人の事など昨日の夜ご飯並に忘れるのは明白です。
 とても勉強になりました、次回もご一緒したいです、ありがとうございました。

::最後に私/フォンドネスドール
 直訳で愛玩人形、だった気がします。英語なんて小学校以来、げふんげふん。
 この作品はファンタジーを何度も何度もぐぐった結果、もう訳分かんないと匙を投げ捨てて生まれた作品です。とりあえず王家とか出たらファンタジーだろ、みたいなテンションです。
 メルディ視点も書いたんですが、妹に読ませたところ「蛇足」と切り捨てられたので、吐き出し場に吐き出してきました。
 皆さんの作品の感想を書くにあたって、自分の作品の粗がよく見えてきました。見えたと言っても、それに手が届くかはまた別のお話しなので、気長に行こうと思います。
 今回も素敵な作品ばかりで、ランキング付けが憂鬱でたまりません。


※敬称略
 ▼ベスト1位 かに/召喚術師アラベス (短いながらにファンタジーを詰め込んだ作品でした!)

 ▼ベスト2位 Raise/幽霊たまご (崩れない作品が魅力的でした!)

 ▼ベスト3位 宮塚/ファンタジア (オムさんと悩んで、悩んで、インパクトの強さで決定しました!)
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【結果発表】 ( No.12 )
日時: 2012/02/11 02:13
名前: かに(投票) ID:EhNjvu1E

これといって1位にしたい作品がなく、順位をつけるのに悩みます。
敬称略。

■ベスト1位 春姫:「フォンドネスドール」(3点)
多少の粗はありますが、物語として楽しめたのが本作なので1位です。

■ベスト2位 オムさん:「三キロメートルの無」(2点)
なんだかんだで紆余曲折なエピソードに楽しみました。

■ベスト3位 Raise:「幽霊たまご」(1点)
差し替え前なら1位でした。物語としての体はあるのでこの順位に。


以下、レビュー。自作のあとがきも含む。

>>2 Raise:『幽霊たまご』(13枚)
差し替え前の「ポップ・レクイエム」のほうが話としては面白く、完成度も高かったです。差し替えの理由は想像の域を出ないのですが、ファンタジー要素が希薄だったということでしょうか。ただし何にファンタジーを組みこもうとしているのかという意図は「ポップ・レクイエム」のほうが意欲的に感じました。
一方でこちらの「幽霊たまご」は、幽霊という単語でテーマ消化を測ろうとしているのでしょうけど、こちらもファンタジー要素は希薄なように思います。
坂の上から卵をころころ転がす、主人公はるの奇妙な習慣。なんでころころ転がしているのか、卵もったいない、と思いながら読み進める。
母の手は荒れている。主人公は冬なのに春服を着る。母子家庭。母は看護婦。卵をころがす奇妙な幽霊は、過労で死んだ看護婦だとはるは語る。夕草とGLっぽい。
幽霊に性別があるのかを考えるのは、夕草とラブラブしたい願望になるのでしょうか。卵というキーワードは性別が区別される前の生まれる前を表しているのかもしれないですね。
卵を海へ転がすのは、海もまた生死を表す単語なので、人生みたいなものなのでしょう。卵が海まで到達できれば、寿命を全うしたという私の解釈が大いに入ってしまうけれど、これでいいのかな。父を失った主人公が卵を海まで転がせれば、父は坂の上での人生上では途中で死なずに全うできたということになるのでしょう。ラストで4つ転がしたのは、主人公の分と母の分と父の分と夕草の分、かな。夕草だけ家族でないのが少しモヤモヤしていますが、坂の上だけでも夕草と家族になりたいと思っているのでしょうかね。
なんかほとんど憶測でレビューを書いていますが、もう少しキーワードを掘り下げて結びつきを強くすればよかったかと思います。父が死んだことに対する寂しさもそれほどストレートには伝わってこない。
「岸のお母さんって、あそこの病院だっけ」の質問をしている人物が誰なのかがわかりません。


>>2 Raise:『ポップ・レクイエム』(20枚)
差し替え前の作品。書いてしまったので、載せておきます。
日常生活のディティールがすごいですね。主人公の生活感がこまやかに伝わります。
父は文学部の教授だけど、先生と呼ばれるのは嫌う。代わりに「先生」と呼ぶべき人がいる。なんで先生なのかというと、主人公の家庭教師だからという目線ですね。んー、なるほど。けれどそれだけではないかもしれない。主人公と先生の絶妙な関係。先生は小説を昔書いていたけど小説家になれなかった。運、と言われるのはせつないですね。
軽い眠り、軽い音楽。軽やかでないと眠れない。先生のつらい過去から剥離された軽やかな世界がレクイエムとして癒されるのでしょうかね。読み進めると、このへんがファンタジーに暗喩しているのかも、と読みとります。
主人公は良い子を作る。人を楽しませられたら、そのご褒美に自分へチョコレートという密かなルール。受験は出題者を喜ばせる回答をしなくちゃいけない。将来の夢は医者というのも親を喜ばせるためだが、本当は小説家になりたいことを先生に告白。先生の心境の変化はここからはじまる。海に連れていったのは、現実逃避かな。先生自身が逃避したかった、これも軽やかな音楽と関連しているとも見ています。違う世界=現実逃避=ファンタジーの構造でしょうか。
二足草鞋。先生は主人公に昔の自分を重ねていたのかもしれないですね。家庭教師としてやる気をなくしたのは、トラウマのせいなのかな。酒を飲めない人が酒を飲むほどにつらい過去を思い出し、今の状況にやるせなさを感じてしまったのかなと。「だめな人間なんだよ」という台詞が先生の自虐気味な落胆を表していますね。せつないです。
先生は主人公が二の轍を踏むことを恐れている。同じようになってほしくない。
主人公は幸いにも医学部に合格した、親たちは先生を追い出し、ポップスのレクエイムだけが残された。作家になったら主人公は先生が眠れるために書きたい、小説はそもそも違う世界で軽くて逃避できるもの、それが癒しになる。ファンタジー小説を読めば先生は眠れるかもしれない、ということなのでしょうか。
ただ、ファンタジーが軽いものとされているのは疑問です。ファンタジーはポップスではなくメタルであり、もっと濃ゆーいものだと私は思っています。これは譲れません。
なのでテーマが消化されているかというと、首を横に振らざるを得ない。
話はよかったです。先生がいつか報われるといいですね。


>>3 鈴一:『王語り』(6枚)
前半パートでは王様の権力の時代。後半パートでは王様の失墜の時代。
王様とジャンヌの関係が逆転する構図ですね。軽やかな文体での小話。
王様は前半も後半も前を向いているので、役割を演じていたことに後悔はしていないのでしょう。ジャンヌが反旗を翻すことも計算済みのようですね。そうすることを望んでおり、ゆえに娘をジャンヌと名付けた。
とはいえジャンヌをWikiってみると、フランス人のよくある女性の名なんですが、ここではジャンヌ・ダルクを意味しているのでしょう。この世界でもジャンヌという名は英雄として通っているんでしょうね。
ジャンヌは姫様なのに、その権力にしがみつかない偉い人。それも国と民を思ってのことで、王様とは思想が違う。
王が富を独占していた時代は返らない。だからジャンヌは王を許さないし処刑をする、ということですかね。
王の残す言葉「無力」に何がこもっているのか、無力である自分をジャンヌの手で倒して欲しいと願っていたのかもしれません。
ラストの、「けれど、だから、いいえ、そして」はちょっと読みづらかったです。
目新しさはなく、そういうもの、とすればそれまでですね。
テーマの消化にはディティールが足りないかもしれない。西洋っぽい国があるだけでは、ファンタジー世界を表現するには物足りないかなと思います。


>>4 春姫:『フォンドネスドール』(6枚)
「機械的」って単語に違和感があります。中世の世界観なら、この語彙は使わないほうがよいです。
一人称の語りも少しぎこちないですね。
主人公とメルディは綺麗だから地下に保管して独占したいっていう王様の趣味ですかね。
その趣味に巻きこまれて、人形みたいな生活をしている。メルディは人形みたいに表情の変化が乏しいけれど、主人公よりはよほど働き者で、何もしない主人公のほうが人形という状況。昔から何もさせてくれない苦しみ。だからメルディが羨ましく思っているんですね。
メルディも綺麗なのに待遇は侍女だった。どうして逆にならなかったのかはわからず。メルディの過去も主人公と似たようなものなのでしょうかね。メルディの過去の描写もあれば、似た者同士の待遇の違いをより効果的に浮き出せたと思います。メルディが普段は無表情な理由もほしいですね。
人形みたいに着飾るだけの主人公が、はじめて「何かをやった」転機が王家の失墜。メルディを逃がすこと。捕まったけど、人形から脱して満足でしょうね。
よくまとまった小話でした。
ラストで逃げるメルディが笑みを浮かべていた理由が気になりました。これ理解できません。


>>5 オムさん:『三キロメートルの無』(18枚)
出だしにインパクトありました。便座が倒れかかったってw
掴みはいいですね。軽妙な文体でつづられる、主人公の生活の状況。田舎、牧畜、雪国、実家暮らし。アンニュイな雰囲気がいいですね。
小説を書くという行為がプロとしてなのかアマとしてなのかが気になります。ニートなのか職業としてなのか。このへんははっきりさせておきたかった。後に講義の話が出てくるけど、読む限りでは回想っぽいので学生ではない可能性も考えられます。主人公の立場がはっきりしてれば、母から菓子折りを届けに頼まれた場合の反応も、ニートだったら後ろめたいから行くとか、そういうリアクションができて生活感のディティールがより増したと思います。それにファンタジーの考察も、プロとアマでは読者に訴える説得力のレベルも違います。このへんがわからないので、読み進めても地に足が着かない状態でモヤモヤしました。
契機は発想のきっかけ、ネタみたいなものでしょうか。
車の横転というV字の転落。そして帰宅という再生。雪の中に囲まれている状況で、閉鎖的で、そこだけまるでフィクションのような、という展開。「事実は小説より奇なり」で起こった出来事をファンタジーと重ねたいのだろう、とテーマの消化を測ってるのかと読みとってます。ファンタジーは特に転落と再生が色濃いジャンルであると物語は語っている。ファンタジーの定義は曖昧ですけど、私はもっと夢があってもよいのではないかと思いますね。
メタな話ですが、メタの視点が主人公なのか筆者なのか。V字の説明は筆者視点ですし、ファンタジーの構想を練るのは主人公視点ですね。二重のメタが掛かっていると判断してます。ただこれが成功しているかは疑問で、筆者の書かれたこの小説自体が起承転結が緩く、およそファンタジーらしくないと思いました。捻くれた意見ですが、メタで挑まれると読む方も捻くれた見方になってしまいます。


>>6 かに:『召喚術師アラベス』(20枚)
久しぶりの参戦ですが、新しい短コンは何気に初参加ですね。
詰めこみすぎました。枚数ギリギリです。もっと描写をしたかったのですが、紙面の問題で極力カットしてしまいました。後半なんか酷いものです。
設定や話は気に入ってますが、枚数があれなので伝えきれなかった部分もあり、悔しさが残ります。でもしょうがないことですね。完全版を書けたら書きたいものですね。
テーマがファンタジーなので、ファンタジーらしい要素をとにかくぶちこんでみました。
国とか騎士とか魔法(ここでは術)とか魔物とか竜とかいいですよね。ファンタジーでも特にエピックものが好きです。時代の変革を書きたがるのはファンタジーに限ったことではないですけどね。
召喚の原理を妄想してたらこんな話になりました。召喚獣が人間の味方をするのはなんでだろうと思ってみたり。召喚獣はなんでいきなり現れるんだろうって考えるうちに、転送へと至りました。術のギミックを考えるのも楽しいです。
魔法という単語は世界観を考慮して避けました。「魔」って言葉にこの世界の住人たちは嫌悪感を示すので、「魔法」ではなく「術法」なのです。
あとはそれっぽい単語を並べてそれっぽくしています。固有名詞は考えるのが面倒なので、8割くらいは石の名前から拝借しました。「アラベスカート」で検索するとなんか出ますw
タイトルは相変わらずです。いいタイトルが思いつかないと、主人公の名前をつけるという癖は抜けません。


>>7 宮塚:『ファンタジア』(20枚)
あまり好きな作風ではないので、レビューを書くのが少し大変です。
冒頭のアンチョコについての説明は、この物語においてどのくらい意味があるのか判断しかねます。アンチョコという単語をはじめて知りましたが、本来は虎の巻という意味合いなんでしょうけど、ここでは意味のない文章の羅列と解釈しておきます。
この物語もメタ的なもので、主人公は意味のない文章の羅列を書いているということでしょうね。
つまりこういうスタンスなので、読み手としては困惑します。こういうスタンスが好きであればよいのですが、私には合いませんでした。
もう一段、内層に入れば悪魔が存在するかもしれないという物語が展開される。悪魔と性交したことが夢のように感じられたが、結末で「息子に会ってくる」と書かれているので、悪魔の存在や悪魔との性交は夢ではなく現実ということでしょうね。
中盤はミステリー風味で単体のエピソードとして見れば面白いですが、謎は解消されることなく、ウンコ屋が「変」だと三賀は語ったけれど何が変なのかわからずじまい、そして失踪した三賀はどうなったのかもわからずじまいで、中途半端に終わったのが残念に思えました。というよりも、悪魔で締めくくったのがミステリー風味のエピソードには合わなかったようにも思えます。
物語を構成するピースがバラバラで、不可解。これもメタで「アンチョコ」なのでしょうか。
私にはアンチョコが言い訳にも思えてきます。


総評。
ファンタジーというせっかく楽しいテーマなのに、ストレートにファンタジーな物語がないのが寂しかった。もっとみんな夢を持とうよ!
傾向としては、中世世界のテーマ消化と、メタにテーマを語る消化と、現代に不可思議要素を入れる消化の3つに分かれたかなと思います。

新短編コンテスト、参加して楽しかったです。小説って書くの楽しいです。
素敵なテーマを与えてくださった葵さんに感謝。ありがとうございました。
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【結果発表】 ( No.13 )
日時: 2012/02/11 02:14
名前: 宮塚(投票) ID:EhNjvu1E

 みなさんこんにちはこんばんはおはようございます。
 宮塚です。久しぶりのコンテスト参加でした。
 まずは投票から。

1位 かに:『召喚術師アラべス』
2位 オムさん:『三キロメートルの無』
3位 春姫:『フォンドネスドール』

Raise:『幽霊たまご』
 とりあえずひとつだけ言わせてください。
 女の子かわいい! なんでさ、こんなに女の子かわいく書けるんだろ。秘策を教えてください←
 それはさておき。幽霊たまごって題名、インパクトあるよね。坂の上からたまごを転がす習慣を持ちながらも、友達にはそれは「幽霊の仕業」だと話すはるちゃん。はるちゃんがたまごを転がす理由は何なのだろう、と考えると幽霊のことを持ち出していたりするし、寂しさからなのかな、と僕は読んだ。最後にたまごを転がすことをやめたはるちゃん。ずうっと続いたその習慣をやめたのはたまごが海についたからだろうか、それとも母のおかげだろうか。なかなか面白い小説だと思ったのだけれど、急いで書いたからなのかそもそも設定がぶれているように感じます。正直、わかりづらい。文章はいつも通りキレイだし、ほんわかとしたドラマみたいな雰囲気は嫌いじゃないのだけれど、ちょっと練りが足りなかったかな。それとファンタジーのテーマに何か掠ってはいるのだけれど、でも消化はしきれてないんじゃないかな、というのも痛い。Raiseんなら20枚という括りの中でももっと面白いものを書けたと思うんだけど。そんな感じで次点です。

鈴一:『王語り』
 「その名は、そのためにつけたのだから、な」のフレーズが印象強すぎて、ジャンヌという名前に何か物語上の暗喩でもあるんだろうか? とか頭ひねって考えたんですけど、だめでした。ただわからないにもわからないなりに印象づけちゃう強引さはまあいいよなあ、と変に感心したりもする。
 愚かな王をその息子・娘が倒す。かなりベタな展開で、ファンタジーというテーマも消化しているのだけれど、流石にわかりやすすぎると思う。確かにまさに王道のファンタジー展開なのだけれど、そういう展開を紡ぐときというのは何かしらのエッセンスがほしい。そのエッセンスがこの作品では弱すぎた。小説に成る前のプロットを読まされている感覚、というか色のあるリアルな情景を浮かべることができなかったです。

春姫:『フォンドネスドール』
 閉じ込められた姫君。とこれもにやにやするほど“ファンタジーな話”ですよね。ただ題名には考えさせられた。
 フォンドネスドール。溺愛人形といったところでしょうか。主役たる地下に閉じ込められた女がそれなのだけれど、女につくメルディはラスト、その女にお人形のように扱われる。話も文章もすごく荒削りなのだけれど、その物語に意味を持たせようとする意図がすごく好印象で、なんだか今後の作品を見るのが楽しみに思わせてくれました。……なんで上から目線(笑) さらりと読むと流しちゃうけど、主役の女(メルディは影の主役かしら)すごいと思うんだよね。産まれてから村に住んでいるときから王様に気にいられて地下に閉じ込められなくたって、この女はひとりで生きて行くことはできなかった。それどころか他人にアクションを起こすことなんかほとんどできないだろう。いつまでも受動態の人生。しかも王家が滅んでもちゃっかりそこでは生きていられてる。どんだけ美人なんだろう。一目みたい。しかし、その女が最後自分の意思でメルディを逃がす「人生初の大仕事」をしでかす。こうした人物設計にプロットの丁寧さを感じました。や、全体的に荒削りなんだけども。これはもっとうまく描写すればいい物語になる。そういう面を考慮しての三位です。面白かった。

オムさん:『三キロメートルの無』
 ファンタジーについて語る物語、ってその発想はなかった。
 確かに。人文学部のレポートでも読まされてんのかと思ったけど、この切り口は面白いと思う。それだけでこの作品は三位以内にはいれよう、と思えました。実際その発想だけじゃなくて、それを読ませる話も書けていますし。
 僕はオムさんの作品をはじめて読んだのですが、相当ひねくれた方なんじゃないかと思いました。テーマの消化方法もそうだけど、文章の書き方も何か素直じゃない(笑) 物語は殺人的なまでに退屈な日曜日の昼にはじまり、殺人的なまでに退屈な月曜日の昼に終わる。いつまでも退屈じゃねーか。起こることは観察されたことでしかない、って量子論じゃないんだから。とはいえそのことばは(書き手が描写する以外には)全く観察されることなかった車の事故にかかっているような気がして鼻で笑えない。
 情景描写からファンタジー概論、ファンタジー概論から情景描写、展開というより文章そのものがめまぐるしく変わっているのだけれど、なぜか切り替えはそんなに苦に感じずに読める。小説ならではの表現方法でしっかり魅せてくれるその手法には脱帽
 ところで作品内に作家志望の父親が(冗談かもしれないけど)、息子の本だなから本読みの傾向を当てるシーンがありますが、ほんと人の本棚で性格わかりますよね。僕の正直な本棚はあまり見せたくない!← 

かに:『召喚術師アラべス』
 今回のコンテスト作品の中で一番「ファンタジーを読ませてくれた」と思ったのがこの『召喚術師アラべス』です。一番今回のテーマを消化していた。短いながらもこんなにも世界観を語ることができるんだな、と感心しました。そうですね、20枚で語ろうとするとこれくらいが限度、ちょうどいい気がします。たかが20枚でファンタジー世界の歴史を雄弁に語る。全体的に話のバランスがよかった。本当にちょうどよかった。自分にかにさんの爪の垢を煎じて飲ませたい。
 魔法、ドラゴン、魔物、召喚、オーラ、ワープ、オカリナ、剣士。話の材料は他作品と同じで王道のファンタジーなんだけど、独創的にしかも無理なく料理できている。完成度が高い文章とは言い難いのだけれど、しっかりと物語を読ませる力があって、本当にすごいなあ、と思いやした。主人公に立ちはだかる父親とか、ラブロマンス繰り広げる女性キャラとかもう王道でしかないんだけどやっぱ王道面白いんですよね。とはいえ贅沢を言えばもっと捻ったものが見たかったなあ、と思ったりもする。欲張りです。


 今回、ファンタジーという単語から連想したのは“中二病”でした。じゃあ中二病世界のファンタジアをまじめに書いてみよう、と思ったらあんな作品に。題名はもっと捻るべきだったと今更思う。20枚ってこんな短かったっけ!? と久しぶりの推敲にての取捨選択に戸惑いながらも(結局できてない)、なんとか完成させることができました(でも〆切過ぎてる)。
 ただやっぱり〆切があって、レビューという枷もあって、と楽しかったですね。また参加したいなあ、という気分になります。それでいつも失踪するのだけれど(笑)
メンテ
Re: 第五回短編コンテスト【結果発表】 ( No.14 )
日時: 2012/02/11 02:22
名前: ID:EhNjvu1E

(総評)
 投票未提出3名と、大変残念な結果になってしまいました。投票締切日のお知らせが不十分だったでしょうか。
 ど真ん中のファンタジー作品が少なく、もう少し弾けても良かったんじゃないかなと思ってしまいます。しかし、しっかりと文章を書かれる方が多く、どの方の作品もとても読みやすかったです。20枚という字数制限に苦しまれている方や、提出期限に余裕を奪われて苦心された方も多かったのではないかなと思います。制限がある中でどこまで書けるのか、難しいことですが書く前にある程度見通しを立てることが必要なのかもしれませんね。何はともあれ、平均レベルは高く、楽しませて読ませていただきました。参加してくださったみなさん、本当にありがとうございました。よろしければこれからもご参加ください。
 また、今回投票を提出できずペナルティを受けることとなってしまった参加者の方、旧コンテストとは違いペナルティを消化せずとも次々回からの参加が可能ですので(もちろん消化できそうなら消化してくださいね!)、どうかこれに懲りずに、またの参加をお願いします。

(全作レビュー)
>>2 Raiseさん:『幽霊たまご』(13枚)
いつどの作品を読んでもRaiseさんの作品はRaiseさんらしいですね。今回もそれを強く感じました。
高い文章の技術はもちろん、散りばめられた要素の数々や、一つ軸となる小道具を用いて話を展開させていくのが、らしさを感じる要因なのかもしれません。毎度レベルの高さを感じます。
細部まで作り込もうとする意気は十二分に感じられたのですが、しかし今回は少し薄味だったんじゃないかなと感じてしまいました。
時間の関係もあったのかもしれませんが、いつものRaiseさんのお話は一見ばらばらに見える様々な要素が実は一つに繋がっていて、いつもそれに感心するのですが、今回はなんだかまとめきれず方々に拡散したまま終わってしまったような気がします。
抽象的な言い方になってしまってすみません。そして、私が読みきれていない部分も多分にあると思います。ごめんなさい。
もう一つ、ファンタジー要素が薄かったかなと思いました。Raiseさんのファンタジーが好きなだけに、そう思ったのでしょう。タイトルはいつもどおりすばらしかったです。

>>3 鈴一さん:『王語り』(6枚)
読みやすい文章で淡々とリズムよく進んでいくお話でした。前半と後半の対比といい、省略された文といい、なにやら詩的ですね。
全部書き切らないで想像させるというのは、良くもあり悪くもありだったと思います。雰囲気としては良かったのですが、少々物足りなく感じる部分もがありました。
特に王とジャンヌの関係だとか、ジャンヌの決起の背景だったりとか、もう少し書き込んで組み立てて欲しいなと思います。作りこんで欲しかった。
また、ほぼ波がなくテンポもシーンも固定されていたのは惜しいと感じました。どうせならもっと色々な場面を読みたかった。
ジャンヌが格好良かったです。それだけに、もっと彼女に関して掘り下げてほしかったです。最初の食事のシーンの緊迫感、すごいですね。引き込まれました。

>>4 春姫さん:『フォンドネスドール』(6枚)
短いお話でしたが、囲われる「私」の空虚感が痛切に伝わってきました。どこか朴訥とした彼女の語りで静かに物語が進んでいくのも、魅力を増すのに一役買っていたと思います。
最初の段落のたった三行で、手早くかつ分かりやすく状況を説明していたのはすばらしかったです。すぐに頭に舞台を想像することができました。
欲を言うなら、形だけが煌びやかな外と物足りない「私」の様子をもう少し派手に落差をつけて書いたら、虚しさを増すのに効果的だったかもしれませんね。
それから、枚数にも時間にも余裕があったようなので、もう少し書き込んで欲しいなと感じる部分もありました。メルディ然り、ラスト然り、そして「私」の寂しい生活も。ただのわがままです。
まだまだ広げられる可能性を感じる作品だっただけに、もっと読みたいと考えてしまったのだと思います。このままでも十分面白かったのですが。

>>5 オムさん:『三キロメートルの無』(18枚)
センスの効いた小気味良い文章が素敵で、とんとん前へ前へ読ませてくれます。冒頭もいいですね。ぐいっと引き込まれました。
状況や情景が分かりやすい描写で、今どこで何が起こっているのかが鮮明に目の前に浮かんできました。上手いです。
終盤に『ファンタジーの起承転結を収めきるのに二十枚で足りるかどうかが気になる。私はそれが気になってまだ何も書き出せずにいるような気がする。』とありますが、空想と現実とを後者に寄りながらも微妙なラインで書かれていたのは、そのあたりが原因なのでしょうか。
若干どっちつかずになってしまった感じがしたのがもったいなかったかなと思います。少々話が行ったり来たりしていて、どこか考えながら書いたという印象を受けました。
ファンタジーというテーマを違った面から料理しようというのはとても面白かったです。
『三キロメートルの無』という言葉には、色々想像をかきたてられました。いいタイトルですね。

>>6 かにさん:『召喚術師アラベス』(20枚)
ものすごく驚きました。たった20枚でここまでのファンタジーが書けなんて、思ってもみませんでした。とても面白かったです!
設定もそうですし、ストーリー展開もそうですし、細部まで凝っていて何から何まで本当に楽しめました。とてつもない密度。
特にキャラクターの使い方が非常にうまかったのが印象的です。シベック、ネグロ、そしてペルリーナ。みんな存分に使いこなしていらっしゃいました。
展開も次から次にリズミカルで飽きさせず、わくわくしながら読めました。何度読んでも楽しめます。本当に面白いです。
一つだけ、これはもう文字数の関係で仕方ないことですし、かにさんも仰ってますが、最後ペルリーナが迎えに来てくれたところはもうちょっと読みたかったかなと思います。
ドラゴンの設定がよかったです。色々この短編だけで終わらしてしまうのがもったいないなと感じてしまうほどの作品でした。ご馳走様でした。

>>7 宮塚さん:『ファンタジア』(20枚)
中盤が面白かっただけに、導入と最後が惜しい作品でした。導入は少々重くて入りにくかったですし、逆に最後は文字数の関係と時間の関係もあるでしょうけれど、物足りない感じがしました。
『去年のことだ』の前の文章はもう少し間引いてもよかったんじゃないかなと思います。そして駆け足になってしまった終盤に文字を割いてほしかったなと思います。
中盤のストーリー展開は面白くて、ぐいぐい引き込まれました。本当に、ここからをもっと書いて欲しかったなと思います。
最初に悪魔をほのめかせておいて、ずっと出てこないまま終盤まで書いて、そこで再びもってくるという形はとても良かったと思います。ちょうど忘れていた頃だったので、効果的でした。
あとはタイトルをもう少しひねってほしかったかなと思います。こちらも時間に急かされていたのでしょうか……。

●反省会
明日、2月12日(日)20時から、コンテストチャットにて開催します。よろしければご参加ください。
メンテ

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